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シナリオ詳細

<Scheinen Nacht2021>アメジストの軌跡

完了

参加者 : 36 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 肌に感じる早朝の冷え込みに震えながら目を覚ます。
 温かい布団の中から手を出せば、冷たい空気が指先から伝わって来た。
「寒……」
 アメジストの瞳を窓に向けた『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は目を擦りながら上半身を起こす。
 途端に香るのは和室特有のい草の匂い。掃除は行き届き空気は澄んでいるのに、何処か懐かしいような気持ちになる。燈堂本邸の自室で龍成は深呼吸をした。
「帰って来たんだな」
 三ヶ月もの間、ROOからログアウト出来なかった龍成は、久々の布団の感触に目を細めた。
 一つあくびをして立ち上がる。
「っと……やべ、筋肉落ちたか?」
 寝起きでふらついた龍成は壁に手を付いた。視線を上げればハンガーにマフラーが掛けられているのが見える。この燈堂本邸の自室も十ヶ月も住んでいれば私物がそれなりにあった。
「荷物移動させねぇとな」
 手狭になってきた本邸から離れへ移り住む事になった龍成は、その直後にROOから出られなくなったのだ。
 一緒に住む予定だった親友には怒られるし、心配を掛けた友人達にも泣かれたり爆弾を押しつけられたりしたけれど。ようやく帰って来る事が出来た。それが何だか嬉しいのだ。

「何かと大変だけど、うちはクリスマスやるよ。子供達も楽しみにしてるからね」
 朝食を食べた後、龍成達を蔵へと先導する『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は、いつもの調子で歩いて行く。重い扉を開けて蔵の中に入れば底冷えの様な冷たさが足下を攫った。
「この辺かなぁ? あ、あった。……うわっ! 埃っぽい」
 暁月が蔵の奥から引っ張り出して来たのは『クリスマスツリー』だ。
「まず掃除ですねぇ。飾り付けは子供達も楽しみでしょうし。料理は白銀さんと牡丹さんが張り切って作ってくれてますし頑張らないとですね」
 暁月と同じようにツリーを覗き込んだ『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は、飾り付けの小道具が入った箱を引っ張り出す。
「こんな大変な時期なのに、クリスマスパーティとか大丈夫なのか?」
 龍成は薄暗いままの空を見上げた。
 マザーという練達国そのものとも言えるAIの暴走。
 その顛末によって齎された爪痕は色濃くこの国全土に残されたままだ。
「そうだね。こんな時期だからこそ、子供達の笑顔を絶やしちゃだめなんだよ。それで救われるのは子供達だけじゃない。大人だってそうだ……よいしょっと、龍成そっち持ってくれるかい」
「あ、ああ……結構重いな?」
「それでは、私が運びましょう」
 暁月と龍成を制してツリーを持ち上げたボディ・ダクレ(p3p008384)は、熊でも狩りに行くのかという風体だった。

 石油ストーブの上に鍋が置かれている。
 龍成は蓋を開けて覗き込んだ。中に入っているのは黒豆だ。
「何じゃ? 味見したいのか龍成?」
「燈堂ってクリスマスに豆食うのか……?」
 蓋を戻した龍成は後ろに立っている牡丹に問いかける。
「いや? それは正月に出す煮豆の試作じゃ。ほれ、一つ食べてみい。甘くて美味しいぞ」
 牡丹が一粒くれた豆は、ほろりと解けて口の中に甘さが広がった。
「ボディも要るかぇ?」
「いえ、私は……食べる姿は子供達が怖がってしまいますので」
 牡丹の後ろから顔を出す幼児に、ニコニコマークを向けるボディ。

「あいなー! あいなー! もちあげてー!」
 クリスマスツリーの飾り付けに駆り出された恋屍・愛無(p3p007296)は本来の姿で子供達を抱え上げた。
「すごーい! あいなは力もちだね!」
「わーい!」
 子供達に懐かれて微笑む愛無をこっそりと覗き込むのはしゅうだ。
「愛無……」
「おや、しゅうもおいで。持ち上げてあげよう」
「うわ!?」
 ひょいと手を伸ばしてしゅうを抱え上げた愛無は、飾り付けを一つ渡す。
 その様子を微笑ましく見守るシルキィ(p3p008115)と廻。
「愛無さん大人気だねぇ」
「はい。僕達も愛無さんに持ち上げて貰いましょうか」
「そうだねぇ」
 二人は笑い合いながら飾り付けを手にツリーへと向かった。


 もみの木に『オーナメント』を飾り付け、一番最後に天辺へ星を掲げる。
 それが、幻想国や練達国での『聖夜』の習わしだと教えてくれたのは神使たち。
『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は自室に持って来たもみの木に目を細めた。
「ルル家よ、その丸い飾りを取ってくれ」
「はい」
 一つ一つ自分の手で飾り付けていくツリーはとても楽しいものだ。
 されど、後ろに控えている夢見 ルル家(p3p000016)の声色が固いのも気がかりだった。
「体調が悪いなら無理せぬようにな」
「いえ。問題ないのですよ! どんどん飾り付けましょう! 朝顔さんもどうぞ」
 ルル家は隠岐奈 朝顔(p3p008750)に振り返り、飾り付けの小道具を渡す。
 朝顔はツリーより高い目線で、上部を飾り付けしていく。
「白い綿は雪の代わりなんでしょうかね」
「そうみたいだな。こっちも付けてくれ朝顔」
「はぁい」
 遮那から四角の飾りを受け取った朝顔はツリーの枝に輪を引っかけた。

「そういえば、鹿ノ子はどうしたのかの? 先程、姿を見た様な気がしたのだが」
 天香邸の屋敷に鹿ノ子(p3p007279)が入って来るのを遠目に見かけたから、すぐ会えると思っていたのだが、一向に現れない事に遮那は首を傾げる。
「台所の方を手伝っているのかもしれませんね」
「ふむ、飾り付けが終わったら様子を見に行くかの」
 去年は喪に服していたから盛大には行われなかった宴も、今年は女官共が張り切っているらしい。
 大陸から伝わってくる渡来品を取り入れて、豪華に祝うのだという。
「楽しみだな」
 遮那はツリーの飾り付けを見つめ琥珀色の瞳を細めた。


 アメジストからラピスラズリへ移ろいゆく冬の空。
 星降る夜の一時は、凍える程の寒さと温もりに揺られる。
「そこは寒いだろう? 温かい暖炉の方へおいで」
 窓辺で星を見上げていたジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)を手招きするのは『翠迅の騎士』
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)だ。
「ありがとうございます」
 微笑んだジュリエットはギルバートに手を引かれ、ゆらゆらと揺れる椅子に腰掛ける。
 パチリと暖炉の薪が弾けた。
「温かいですね」
「そうだな」
 揺れる炎を見つめていると顔が火照るようで、ジュリエットは隣で普通の椅子に座っているギルバートを見つめた。翠の瞳に炎が揺れるのが綺麗だと思う。
「そんなに見つめないで欲しい。只でさえ君は美しいのだから。触れてしまいそうになるよ……なあ、ジュリエット?」
 少しだけ意地悪そうに緑色の瞳が細められ、ジュリエットの頬がオーロラ・ピンクに染まる。

 シャイネンナハトに降る雪と星。
 雪原は月に輝き、風に乗ってキラキラと舞い踊るのだ。

GMコメント

 もみじです。輝かんばかりのこの夜に!
 シャイネンナハトですね。星降る夜に思い出を刻みましょう。

●ロケーション
 大きく3つに分れています。お好きな所へどうぞ。

A:燈堂家
 練達国の希望ヶ浜にある燈堂家に敷地です。
 日本の旅館を思わせる作りをしています。
 中庭や大広間、和リビングなど色々な所がクリスマス仕様。
 宴会が行われています。
 振る舞われるのは、手作りの家庭料理が中心です。
 子供達も大勢居ます。わいわいと騒ぎたい人はこちら。
 庭園や離れに静かな場所もあります。

B:豊穣
 カムイグラ天香邸の周辺。
 盛大な宴会が行われています。遮那の部屋もツリーが飾られています。
 豊穣の街も活気づいて、聖夜を祝う縁日が出ています。
 飲食や、お土産物、雑貨類、めずらしい舶来品などなど。
 街でお散歩やお買い物も出来ます。

C:ヴィーザル
 鉄帝国ヴィーザル地方、ヘルムスデリー村周辺。
 雪に包まれた銀世界の村です。
 シャイネンナハトに降る粉雪と星々の煌めき。
 月が雪原を照らし、美しい光景が広がります。
 静かに過ごしたい方にもおすすめです。

D:自宅
 ゆっくり自宅でシャイネンナハトをお祝いしたい人向け。
 国家や部屋の様子があれば分かりやすいです。

●プレイング書式例
 強制ではありませんが、リプレイ執筆がスムーズになって助かりますのでご協力お願いします。

一行目:出来る事から【A】~【D】を記載。
二行目:同行PCやNPCの指定(フルネームとIDを記載)。グループタグも使用頂けます。
三行目から:自由

 例:
  A
  【雪廻】
  メリークリスマス!
  えっと、幻想とかでは『輝かんばかりの、この夜に!』ですね。
  何だか大変ですけど、こうしてみんな無事でよかった。
  本当に……あれ、ちょっと嬉しくて泣けてきたかも。
  だ、大丈夫です。お祝いですから飲みましょう!
  牡丹さん達が作ってくれた料理美味しいですから。ほら!

●NPC
【A】
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)
 Aの燈堂家で宴会を楽しんでいたり、リビングや離れでまったりしていたり。

【B】
○『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)
 Bで聖夜を楽しんでいます。盛大に行われる宴に居ます。
 自室や街へお散歩に誘っても大丈夫です。

【C】
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 Cで家の中でまったりしていたり、雪原で星を見上げていたり。

 他、もみじNPCは居そうな場所で呼べば現れる可能性があります。

●諸注意
 描写量は控えます。
 行動は絞ったほうが扱いはよくなるかと思います。
 未成年の飲酒喫煙は出来ません。

  • <Scheinen Nacht2021>アメジストの軌跡完了
  • GM名もみじ
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2022年01月12日 22時05分
  • 参加人数36/30人
  • 相談7日
  • 参加費50RC

参加者 : 36 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(36人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)
賦活
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
日輪 寿(p3p007633)
日向の巫女
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
眞田(p3p008414)
輝く赤き星
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
シュロット(p3p009930)
青眼の灰狼

サポートNPC一覧(5人)

燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
天香・遮那(p3n000179)
琥珀薫風
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
翠迅の騎士
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔

リプレイ


 ふわふわと降り注ぐ雪の白さを移し込んだ祝音の瞳。
「メリークリスマス。……みゃー」
「にゃー」
 白雪の返事でROOでの口調になっていたと口元を恥ずかしそうに覆う。
「こんばんは。みゃー」
 ごろごろと祝音の膝の上で丸くなる白雪に目を細めた。
「クッキー買ってきたよ。食べられるのかな?」
「みゃー」
 祝音が差し出したクッキーを食む白雪。彼は夜妖だから何でも食べられるのだろう。
 そっと白い毛並みを撫でて賑わいを見せる燈堂家の宴会に耳を傾ける。
「練達も色々あったけど、皆無事で……本当に、良かった。こうやって皆とわいわいするの、嬉しい」
 祝音が視線を上げればフランと花丸が炬燵に入っているのが見えた。
「うう、寒い」
 身体を震わせるフランの横で花丸はポテトをひとつまみ。
 子供達のはしゃぐ声に二人は目を細めた。
「えへへ、あの子達がこうして楽しそうにクリスマスを過ごしているのを見ると、花丸ちゃん達が頑張った甲斐があったってモノだよね、フランさんっ!」
「すんごくすんごく大変だったけど……こうやってみんなの笑顔を見てると、守れたんだなぁって嬉しくなるよねぇ」
 こてりと花丸にもたれ掛かったフランは「んぐぐ」と顔を顰める。
「フランちゃんも鈍ってる?」
「もう、バキバキだよお。ストレッチしよ」
 花丸の腕を掴んで伸ばし合い、「あたしも皆を助けにいくって思ってたのになぁ」とフランが零した。
「まさか花丸ちゃん達が囚われる事になるなんて思っても見なかったし」
「ねぇー」
 しみじみと帰って来たのだと実感する。
 けれど。目の前に広がる美味しそうなご飯には勝てなくて。
「やっぱりしんみりするよりご飯だよ!」
「止まらないねー! だって久しぶりのリアルの家庭料理だし? 鈍った身体を元の状態に戻すにはやっぱり沢山食べて体を動かさないとだし?」
「そうそう。だって体力を取り戻すために動かなきゃいけないし。その前にご飯は食べなきゃいけないし! あ、待ってそっちの美味しそう」
 目を輝かせるフランに花丸は「絶品だよ?」と皿に乗せる。
 この後のケーキは別腹で置いておくとして。今は美味しい料理に舌鼓を打つのだ。

「……いやな、騒動収まったし。龍成なんやかんやで帰って来たし、な?」
 静かに宴会に混ざるつもりだったカイトは龍成の隣に座り日本酒の徳利を傾ける。
「澄原さんち的に揉めてない? 大丈夫? 一応俺心配しとんのよ?」
「何の話しだ。もう酔っ払ってんのか? まあ、カイトにも色々心配掛けたな。すまねぇ」
「まあ、いいけどよ……本当に大丈夫なんか?」
 不明になった三ヶ月。身体は鈍ってるが今の気持ちは晴れやかだと龍成は笑う。
「あー! りゅーせーだー! 輝かんばかりのこの夜に、だねぇ。んん……こっちではめりーくりすます、だったっけぇ……?」
「おう、イーハトーヴ。メリークリスマス」
 龍成は友人の姿に笑みを浮かべる。けれど、イーハトーヴの瞳に涙が浮かぶのに驚いて顔を覗き込んだ。
「あれ? えへへ、おかしいなぁ。涙、と、止まらなくなっちゃった……」
 ぽろぽろと落ちる涙をハンカチで拭って肩を優しく叩く龍成。
「だって……きゅ、急に会えなくなっちゃって、俺、ずっと心配で」
 イーハトーヴは「帰ってきてくれて、よかった」と龍成に笑みを浮かべる。
 ROOの戦いでも、友人に胸を張れるように頑張ったから。
「だから、ありがとう、龍成!」
「そりゃ良かった」
 くしゃりとイーハトーヴの頭を撫でて龍成は口の端を上げた。

「輝かんばかりの、この夜に。……ん。練達や旅人の人には、メリークリスマス……の方が、馴染みあるの……かな」
 チックはエルと一緒に子供達にお菓子を配る。
「今日のエルは、サンタクロースさん、なのです。行きますよ、サメエナガさん」
 大変な事件が練達に降り注いだと聞いたけれど子供達は笑顔でキャンディやチョコレートを受け取った。
 エルはサンタクロースの衣装を身に纏い、可愛くラッピングしたおせんべいを手渡す。
「もう寝てしまっている子にも配りましょうか」
「そうだね。ちょっとでも……誰かの楽しい思い出を作る『お手伝い』、出来ますように」
 こっそりと小さな子供達が寝ている部屋へやってくるエルとチック。
 部屋のドアから中を覗き込んで見れば、同じように首を傾げる子供に出くわした。
「……あわわ、エルは見つかってしまいました。えっとえっと。おせんべい、1袋多く、あげちゃうので、エルの事は、内緒ですよ?」
 目隠しをした子供はこくりと頷いて廊下を走っていく。
 その後ろ姿を見遣りエルは何処かであったような気がすると首をこてりと傾けた。

「輝かんばかりの……メリークリスマス、です」
「えへへ、メリークリスマス!あーんど、輝かんばかりのこの夜に!」
 廻の傍に座ったメイメイとシルキィは乾杯とジュースを傾ける。
「こうして、廻さまたちと迎えることが出来て……本当に、ほんとうに……良かった、です。えへへ、楽しくお祝い、しましょう、ね」
 朗らかに笑うメイメイに廻もつられて微笑んだ。
 こうして皆がいつも通りにクリスマスを過ごしている事に安心するのだとメイメイは胸に手を当てる。
「来年もこうやって過ごせるように。良い年になるように」
「はい。約束ですね」
 またこうして楽しい聖夜が過ごせるように祈らずにはいられない。
「子供達も大盛り上がりだねぇ」
「はい。僕達も一緒に楽しみましょう!」
 皆で過ごす幸せな時間。夜空も台所から次々と料理を運んでくる。
「あたしも燈堂の一員だもん、おもてなしなら任せて!」
 夜空はこの場に集まったイレギュラーズに感謝の気持ちを込めて給仕をしていた。
 彼女にとってこの燈堂家は大切な居場所。それが無くなってしまわなくて良かったと安堵したから。
「あたしも、もっと強くならなきゃだよね。国も家族も、自分の手で守れる位に……」
「おら。難しい顔すんな夜空」
 黒曜は料理を運ぶのを手伝いながら、眞田の隣に腰掛けた。その向こうには丁度廻がやってくる。
「まーだーさーん!」
「わわ、お酒持ったままは危ないよ」
 ふらつく廻を抱き留めて座らせる眞田。最初はこのテンションのギャップが面白いと思ったものだ。
「お酒もう少し飲む?」
「はい! えへへ~」
「……飲みすぎるなよ」
 上半身をゆらゆらと揺らしては眞田にぶつかる廻。それが微笑ましくて何でも無いこんな時間が贈り物のように思える。
「そうだ、今日は手ぶらじゃないんだよ。ケーキ貰ってさ、一緒に食べようよ! 子供たちも食べるかな」
「はい!」
「あ、黒曜さんって甘いの好きだっけ? 苺大きいやつがいい!」
「おい、横着するな。ちゃんと切り分けろ」
 苺を狙う眞田のフォークに為す術も無く主役を明け渡す黒曜。
 その隣では廻がケーキを黙々と食べている。廻が瞳を上げればハンスの姿があった。
 少し入り辛そうにしている彼を廻は手招きして隣に呼ぶ。
 廻がはしゃいでいる姿をこっそりと覗いてお暇するつもりだったのに。
 何をするかも思いつかなくて立ち尽くしていたのだ。
「はい、ケーキ食べましょ!」
「俺が買ってきたから」
「……ふふ」
 難しい理由なんて必要無い。ここに居たかったからいるのだとハンスは微笑む。
 約束の続きは何時返せるかわからないけれど。
 それでも、彼等が無事で嬉しかったから。今日ぐらいは美味しい苺のケーキを食べるのも悪く無い。

 シルキィは顔を伏せて寄りかかってきた廻の頭を撫でる。
「……ね、廻君。本当に、大変だったよねぇ」
 色んな人がROOに囚われて戦って。それでも自分達は遣り遂げて、楽しい時間が過ごせる位に頑張り抜く事が出来た。
「……だから。嬉し涙なら、少しくらいはいいんじゃないかなぁ?」
 廻の瞳から溢れる涙をシルキィの指先が掬った。
「はい……っ」
「わたしも、みんなが無事でいてくれて。キミが無事でいてくれて……本当に良かった」
 廻の涙につられてシルキィの頬にも雫が流れる。
「ふふ、廻君とシルキィ君も高い高いしてあげようかね?」
 二人を後ろから抱きしめた本来の姿をした愛無がツリーの元までやってくる。
「しかし子供というモノは無邪気と言うか、恐れ知らずというか。実際、僕が恐ろしいとは思わないのだろうか」
 ヒトガタを取り、人の世に溶け込んで来たとはいえ本来的には、愛無は受入れ難い存在であるだろうに。妙な気分だと肩を竦める。
「愛無さんは優しいですから」
「まぁ、悪い気はしないのだがね。こうして廻君がいてしゅうがいて。シルキィ君達や燈堂家の皆がいる」
 廻とシルキィをぎゅうと抱きしめてツリーを見上げる愛無。穏やかな時間。満たされたひととき。
「来年も、こうして皆で過ごしていきたいモノだね」
 しゅうと廻とシルキィと。三人ぐらいなら背負ってみせるから。だから来年も、また――

 そんな幸せなやり取りを背に。アーリアと暁月は縁側に座っていた。
 この日常を守れたことが堪らなく嬉しくて。眦に月の雫が浮かぶ。
 初めて燈堂家に来た時より随分と賑やかになった。それが己の家族を思い起こさせるのだ。
 隣の暁月も何も言わず酒に付合ってくれていた。
「私は少し早く解放されたけれど……一応これ、言えてなかったから」
 アーリアは緑瞳を暁月に向けて「ただいま」と口にする。
「心配掛けてごめんなさい。廻君にも心配させちゃったかしらねぇ」
「おかえり。君が無事に帰って来てくれて良かったよ」
 御猪口を煽り降雪を見上げたアーリアは横目で暁月の顔色を伺う。
「……で、よ。二人とも、元気にしている?」
 春先より確実に『蝕まれている』顔にそう問いかける。
「そうだね。元気だ……と言っても君には隠せないからなぁ。なんとかって所かな」
 冗談めかして笑う暁月にアーリアは頬を膨らませた。
「一応ずーっと私、二人を……っていうか、何でも背負いこむどこかの先生を心配してるんですけど」
「ありがとう、ごめんね」
 この謝罪は「この話はここでお終い」という意味合いのものだ。容易に弱音を吐かない暁月の精一杯の甘えでもある。子供の様に泣きついてしまいたい衝動は誰にだってあるものだ。けれど、それを包容力のあるアーリアには見せられない。時折、恋人にそうしていたように、弱々しく縋ってしまいそうになるからだ。
 それを察してアーリアは御猪口を高く上げた。
「今日は皆が帰った後も居座ります! こたつでもう、べろんべろんになるまで飲み明かしちゃうんだから! とびきりのお酒、よろしくね?」
「はいはい」
 大人になるにつれて、甘え方が下手になっていく――

 アーマデルとヴェルグリーズと共に燈堂家へ足を踏み入れたのはテアドールだ。
「僕が行って大丈夫でしょうか?」
「いろいろあったがきっとこれからもいろいろな縁があると思うし。大丈夫。先に連絡しておくから。それに白銀殿の料理は美味いんだぞ」
 眉を下げるテアドールにアーマデルは優しく頷く。
「まあ、折角だからテアドール殿の服を選びたいが、俺が選ぶとこうなるから」
 アーマデルは自分の服を摘まんで見せた。
「そうだね。テアドール殿はおしゃれに興味はあるかな? 今度買いに行こうか。コーディネイトは……」
「それなら清楚系で華美すぎないものがいいだろうか」
 ヴェルグリーズの後ろからイシュミルがスッと現れる。いつもの様に現れるから気にも止めていなかったがアーマデルは彼を呼んだだろうかと訝しんだ。
「よければ今度一緒に買い物に行こう。この世界には本当に色々なものがあるんだ。それを学ぶのはとても楽しいよ、俺が保証する」
「はい! ショッピング行きましょう。『約束』です」
「テアドール殿は可愛いし大人しそうに見えるから、変なヤツに引っ掛らないようにな……変なやつに引っ掛ってぶちのめしたら、やりすぎだって怒られてな」
 眉を寄せるアーマデルにテアドールがくすりと微笑む。
「一緒に色々な経験をしていこうね。まずは今日の宴会から、かな?」
 緊張しているテアドールの背をヴェルグリーズがそっと押した。

 賑やかなパーティも終わり、静かな夜がやってくる。
「宴会で余った料理持ってきましたけど、龍成が苦手な物、ありましたか?」
「いや、ねえよ?」
 ボディは重箱に乗せた料理を自分達が住まう離れに持って来ていた。
 縁側で雪と星を見上げ一年を振り返る。
 出会いは鮮烈。苛立ちと共に殴りった。
「正直あの時は、私たちがこうなるとは予測できませんでした。私もまだまだ性能不足で」
 この家で住む約束をした直後にROOでログアウト不可になった事も良い思い出で。
「……貴方が無事に帰って来てくれて、良かった」
 未来の事は分からないけれど、それでも龍成と共に過ごしていきたいと伝う。
「そういえばなのですが、練達の事件がおさまってから私に不可解な変化が起きまして」
 立ち上がったボディに視線を向ければ「とう」と小さな声と共に、彼の身体が光に包まれた。
 眩しさに目を瞬けば見覚えのある少女の姿が目の前に現れる。
「……は? え、何。俺まだログアウト出来てない????」
 龍成はシステムウィンドウを開く動作をするが、ここはROOの中では無い。
 虚空を繰る指先はボディの腕を掴んだ。
「理由は分からないんです。これ、どうしましょう」
「どうしようってもな?」
 龍成はボディの――『生身』の少女の指先をまじまじと見つめる。
「私はこの姿も許容できる」
 けれど、この姿のままでは一緒に住む龍成が嫌なのでは無いかと思ってしまうのだ。
「龍成、こんな同居人は、嫌ですか」
「何でだよ。お前はお前だろ? 俺が嫌がると思ってたのか? んなわけねーだろ。こっちの姿もあっちの姿もお前って事にかわんねー。ボディは俺の親友なんだから。そこは自惚れろよ」
 手を引いてボディを抱き込んだ龍成は親友の頭をこれでもかと撫で回した。


 豊穣の地は湿気が多い。
 故に降り注ぐ雪も何処か重たく降り積もる。

 ルナールとルーキスは寄り添って豊穣の街へ歩みを進めた。
「大体仕事だったしなぁ……今日くらいはゆっくり観光しよう」
「まともに観光らしいことも出来てないしねー」
 この聖夜ぐらいは羽を伸ばしても許されるだろう。
 露店を覗き込んだルーキスは目を引く彩りに頷いた。
「よし、これにしよう」
 翡翠を飾ったバンクルをルナールの腕に嵌めるルーキス。
 妻とバンクルを交互に見つめ目を瞬かせる。
「たまには緑も良いでしょう。昔の私の目の色だぞー」
「そうか……うん、緑も好きだぞ。君に関わる色であれば尚更」
 願いを込めた石の色。
 一番好きなのは青色だけれどとルーキスの頭を優しく撫でれば、視線はゆるりと細められ。
「よしよし、流石ルナール先生は何付けても似合うね」
「何でも似合うのはルーキスだぞー?」
 大切な人の喜ぶ顔は何よりの贈り物。「次はどこへ行こうか?」なんて囁き合いながら。
 二人は雪が舞う豊穣の地を気の向くまま進んで行く。

 千尋と寿は豊穣の街をゆっくりと歩いて行く。
「ふふ、また伊達さんとお出かけ出来て嬉しいです。お会いしてない間、怪我とかしませんでしたか? 私何時でも治しますから……ね?」
 振り返った寿がこてりと首を傾げ微笑む。
 彼は色々な人と仲が良い。けれど、自分とも沢山接してくれるのだ。
 負担になっていなければいいと寿は胸に手を当てる。
「いえ、癒せるくらい私が頑張らなければ! 完璧にエスコートするくらいのきもちで……」
 小さく息を吸い込む寿は、しっかりと千尋を見上げ――

「輝かんばかりのこの夜に、ごきげんよう遮那殿」
「輝かんばかりのこの夜に! なのだわ! 遮那さん」
 鬼灯と章姫を快く迎えた遮那は座敷に座り込んで歓談と洒落込む。
「今年は遮那殿にとってどんな一年だった? 有意義な一年になっただろうか」
「ああ。実に充実した日々だった。其方はどうなのだ?」
 鬼灯は遮那にROOでの活動を語り聞かせた。
「いんたーねっとげーむ? ふうむ?」
「ま、まあそこで。自分によく似た人物が居たり」
「私に似てる者も居たのか?」
「あー」
 この情報は教えて良いものだっただろうかと鬼灯は思案する。ヒイズル、暦。頭痛が痛い。
「ま、まあ……でも俺にとっても暦にとっても、もちろん章殿にとっても良い一年だったことには代わりがない。この穏やかな時間がずっと続けばよいな」
 鬼灯の言葉に遮那は頷いて。聖なる日の一時が過ぎていく。

 そわそわと隣で金の髪をいじるルル家に遮那は首を傾げた。
 聖夜ということで友人に頼んで隈隠しの化粧をして貰ったのだ。勇気をくれた友人の為にもルル家は遮那を街に誘った。
「あ、あの遮那くん……人が多いですね。は、はぐれたら大変かな~……なんて思っちゃいまして」
 手を繋いで欲しいの一言が言えなくて。唇を噛みしめるルル家。
 断られないとは分かっていても、気持ちを伝えるのには覚悟がいる。
 こんなこと、少し前までは平気だったように思うのに。
「ルル家?」
「ててててて手を!!! 手を繋いでくれますか!?」
 顔を真っ赤にしたルル家に、遮那は微笑みを浮かべ。
「ああ、構わないぞ。さあ――お手をどうぞ?」
 少し悪戯っぽい顔を見せる遮那の手にルル家は指先を乗せた。
 しばらくそうして繋いで、「おや、遮那とルル家殿」という声に振り向けば灯理の姿が見える。
「あ、灯理殿! 輝かんばかりの、この夜に!」
 ぺこりと挨拶をしたルル家は手を繋いだままだと言う事に気付いた。
 赤かった頬が、余計に朱を散らす。
「どうした? ルル家」
「な、何でも無いです!」
 見られて恥ずかしい乙女心に配慮して欲しいとルル家は一歩前に突き進んだ。
 視線を上げれば分厚い雲が見える。
「あれ? ちょっと雲行きが怪しいですね? 雨が降らないと良いのですが」
 もし、雨が降ってしまったなら――不安がルル家の胸に広がる。

 朝顔は遮那を雪のちらつく街に連れ出す。
「遮那君って、屋内で何かやるより外で遊ぶのが喜ぶタイプかなと思いますし、室内から中々出られなさそうなので、気分転換しやすいかなーと!」
「そうだな。楽しみだ」
 温かい格好をして街を二人で歩けば、去年よりも盛大に聖夜を祝う灯りが灯されていた。
「これも帝のお陰……かもしれませんが」
「其方達神使が尽力してくれたからだろう」
「でも、少なからず、遮那君が慣れない執務を頑張った影響があるはずです!」
 力説する朝顔に目を瞬かせて微笑む遮那。
 朝顔は遮那に似合いそうなアクセサリーを探して露店を覗く。
「あ、遮那君。欲しいのがありましたなら、言って下さいね!」
 朝顔は振り返り、胸に渦巻く言葉を告げる。
「……ねぇ遮那君。私はどんな貴方でも全部愛せるし。全部受け止めるから。だから弱さも感情も隠さず、全て曝け出して。私の前では有りの侭で居て」
「有りの儘、か……嘘は吐いたりしていないのだが、不安にさせてしまったのかの? そうだの。誰しもが不安を抱えて進んで行く。だから、私はその道行きが少しでも明るくなるように頑張っておるのだ」
 遮那の言葉に朝顔は「はい!」と元気よく応えた。

 ルル家と頑張ったお陰で無事に宴会の準備が終わったと割烹着を解く正純。
 落ち着いたタイミングを見計らい遮那の元へやってくる。
「遮那さん、お疲れではないですか?」
「おお正純と……明将も来てくれたのか」
「明将、こら明将。そんな端っこに居ないでこちらに。聖なる日、とはいいますしそんな仏頂面してないで遮那さんとお話を……」
「いや、もう余計なお世話だし、母親かよ」
「誰が母親ですか! そんな歳じゃありませんよ! 全くもう」
 明将と正純の『親子げんか』に遮那は微笑み眉を下げる。もし姉が生きていれば、周りから見ると自分達姉弟は、二人のような感じだったのかもしれないと目を細めた。
「聞いたお話だと、この後も予定が沢山入られてるようですし少し休みますか?」
「そうだな」
「ふふ、相変わらずおモテになるようで」
 正純の言葉に頬を掻く遮那。揶揄っている訳では無いのだと正純は言葉を繰る。
「貴方のその輝きは、多くの人を惹きつける。その頑張りは、多くの方を救うでしょう。でも、だからこそ、疲れた時はその羽根を休めてください」
 遮那はきっと、自分を省みずにどこまでも頑張れてしまう人だから。それをあの世界で知ったから。
「頼りない止まり木かもしれませんが、貴方が1人で飛べるようになるまでお支えしますからね」
「ありがとう、正純。其方の心遣いは安心する」
 気を張らなくて良い姉のような存在なのだと遮那は正純に伝う。

 宴会場に入ってきた百合子は遮那と安奈の前に立ち、勢い良く包み紙を破いた。
「前年は何を選んでいいものか分からなかった贈り物であるが今年はしっかり選んできたぞ!」
「これは……」
「うむ、ヤドリギをリースにしたのだ。ヤドリギだけではちょっと寂しいので、松ぼっくりで飾りもつけてみた。リボンも少々不恰好であるが吾が編んだのだぞ……これを安奈殿と遮那殿に!」
 眩しいばかりの笑顔を向ける百合子に遮那は満面の笑みを見せる。
「ありがとう、百合子!」
 去年までは何の為に贈り物をするのか、意味すらも分からなかったけれど。
 このヤドリギに込められた想い。安奈なら分かってくれるだろうと視線を上げる。
 ヤドリギの花言葉は『困難に打ち勝つ』、そして、松は「希望」だ。
 これからも天香は受難の日々が待っているのだろう。
 それに希望を持って打ち勝てるように思いを込めた。
 自分自身で結んだリボンは自分も共にという誓いでもあった。
 言葉にするべくもない、けれど、大切な思い。
「吾は多分、我儘になってしまったのであろうな」
 自分の中に流れていた『感情』を知った。薄らとではあるが確かに存在していた。
 それに戸惑う事の方が多いけれど。自分の気持ちが伝わればいいと願いを込める。
「だからちょっとだけ気に入っていただけるか心配であるが――どうか受け取っていただきたい!」
「嬉しいのだ」
 遮那の顔を見ればしっかりと百合子の気持ちは伝わったと分かる。
 百合子はそれが、少し嬉しかった。

「夢を見るんです。失くした記憶の片鱗を。誰かの優しい歌声を」
 自室で待って居た鹿ノ子が遮那に告げた言葉。
 悲しそうな表情に、遮那は鹿ノ子の頬を包む。
「今までは目覚めれば忘れていたはずなのに、今はもう頭から離れないんです」
 歌声と同じ旋律のオルゴールを鹿ノ子は持っていた。ただの夢では無い。現実の過去が追い立ててくる。
「夢を見るたびに記憶が鮮明になっていくんです。だから眠るのが怖くて……」
 涙を流せない鹿ノ子が苦しそうに遮那を見つめていた。
「遮那さん、今日だけ、今日だけでいいんです。どうか僕が眠るまでお傍にいてください。あなたの隣なら、僕は、僕を見失わずにいられる気がするから」
 ずるい女だと鹿ノ子は自分の事を思う。
 嘘は吐いていないけれど、隠し事をしたのだ。
 夢に出て来た歌声の持ち主は、遮那と同じ琥珀色の瞳に夜色の翼をしている。
 本当は、その夢に出て来た人こそが自分にとって大切な人で、遮那に面影を重ねているだけなのではないかと不安が過る。記憶が無い鹿ノ子にはそれを否定する術が無い。
 こんなのは、本当に恋と呼べるのだろうか。

 わからない。わからない。わからない――
 帰る場所がみつからないの。
 縋り付く腕はこれしかないの。
 どうか、どうか今だけはあなたの隣に。

 切なる願いを遮那は知らず。
 けれど、悲しみに包まれた鹿ノ子の背をそっと抱きしめる。


 アルエットと四音は雪原をさくりさくりと進んで行く。
 降り注ぐ雪と星。温かな格好をして二人で歩く。
「こうして手を繋げば、ほら寒くないでしょう?」
「本当なの」
「ふふふ、もっと肩を寄せ合ったりしても良いんですよ?」
 四音の言葉にアルエットは背中の翼で親友を抱きしめる。
「アルエットさん、私に隠していることが……」
「うん?」
「……いえ、何でもありません。私にとって貴女は大切な人」
 四音はアルエットの手を握り微笑んだ。
「アルエットも四音さんの事大好きよ」
 物語が流転する、その導きを期待して四音は小さく笑みを零す。

「一面銀世界でとても静かだな」
 シュロットはプレーティに連れられて賑やかな町並みから白の世界へと足を踏み入れた。
「こういうのも悪く無い。それに何処か懐かしい」
 幻想の奴隷市で解放される前の事はあまり思い出せないけれど。
 プレーティから聞き及んだ見知らぬ思い出を含めても。きっとこの風景はこの先も記憶に刻まれる。
「ここに連れて来てくれてありがとう、プレーティ」
「まあ、あなたが記憶を取り戻すきっかけになればいいなって……それだけよ」
「これからもよろしくな」
 差し出された手を見遣り、恥ずかしそうに手を伸ばすプレーティ。
 普段は素直になれないけれど、聖夜の一時ぐらいは自分の気持ちに正直になれるから。
 二人は星空を見上げ思い出の栞に残した。

「しかし、すごいもんだな北国の雪ってのは」
「本当に綺麗よねー。私もこの風景大好きなんだ」
 ミーナは目の前に広がる一面の雪に目を輝かせる。
「そういえば、私が後ろをついていくって珍しいね」
 レイリーの少し前を歩いて彼女が歩きやすいように踏み固めているミーナ。
「ん? たまにはいいじゃねーか。ちょっとはいいところ見せたいってもんだよ」
 大事な女の子の前では格好いい自分でありたいから。
 くすりと微笑んだレイリーにミーナは再び前を向いた。
「そんな風に色々連れてってよ。私、ミーナと一緒に知らない所沢山行きたいんだから」
 背中に感じるレイリーの体温が温かい。耳元で囁かれた言葉に頭を掻くミーナ。
 雪原の真ん中で触れあう唇に、お互いの想いが重なって。
「大好きよ、ミーナ」
 星降る夜の甘いキス。二人だけの秘密の思い出。
 願わくば、この時が何時までも続きますようにと祈りを捧げ――

 月明かりの雪原に降り注ぐ星々の瞬き。
 ソアとエストは「宝石箱みたい」と夜空を見上げ声を上げた。
「空が映ったソアの瞳も、宝石みたいだね」
「へへ」
 間近に感じるエストの吐息にソアは擽ったさを覚える。
「とても静か……この夜はボクたちだけのものだね」
「ふふ。二人だけの星空、だね。とても贅沢」
 ぴったりとくっついて。抱きしめればお互いの鼓動がトクントクンと聞こえてくる。
 他に誰も居ない二人だけの宝石箱。ソアを独り占め出来るのはエストだけ。
「ねぇ、ソア。何度だって伝えるよ。世界で一番、君を愛してる」
 その言葉が心地よくて嬉しくて。高鳴る鼓動と共にソアは瞼を閉じる。
「愛してる」
 重なる鼓動と唇の温もり。赤く染まった頬と夜空を移した瞳。
 大好き――気持ちが溢れ出す。
「来年も、君の隣に居たいんだ」
「うん」
 星が見守る雪の中。二人の吐息が耳を擽る。

 暫く会えて居ない友人に手を差し出したベネディクト。
「久しいな、ギルバート、それにディムナも。元気にしていたか?」
 温かい暖炉の前には美味しそうな食事が用意されていた。
「ああ、忙しそうだな。イレギュラーズは。大きな戦いがあったときいたぞ」
「そうだな。また遠くない内に戦いはあるだろうが、一息ついたと行った所だ。それで、そちらは最近の情勢はどうだ? 変わった様子が無いなら良いのだが」
 パチリと爆ぜる薪にお互いを労う言葉が交される。
「最近、俺も剣を使い始めてな」
「そうなのか。ベネディクトは槍を使っていただろう?」
 銀色の槍を振るう姿が美しい印象に残っていた。
「どうだ、二人とも問題が無ければ俺と訓練に付き合ってくれないか?」
「ああ、もちろんだ」
 訓練といえど手加減は無しだと木刀を握るベネディクトにギルバートも応える。
「さあ行くぞ――」
 これは争い事ではなく、コミュニケーションだから聖女もきっと許してくれるとディムナは微笑んだ。

 ラピスラズリを散りばめた夜空を見上げるジュリエットの瞳は星を写すのに。
 その心は焦る気持ちでいっぱいだった。
 ギルバートに手を引かれる間も、この日の為に編んだマフラーをいつ渡そうかと考えを巡らせる。
 隣に座る青年の翠の瞳が美しい。
(星はいつもより美しく輝いているのに、貴方から目が逸らせなくなってしまった……なんて言ったら、貴方は困ってしまうのでしょうか?)
 言葉に出したつもりは無いのに、ギルバートは照れくさそうに「そんなに見つめないで欲しい。只でさえ君は美しいのだから。触れてしまいそうになるよ……なあ、ジュリエット?」と首を傾げる。
「か、揶揄わないで下さいませ」
 顔に朱を散らし、ジュリエットは青年の前にプレゼントを差し出した。
「初めての試みなので、上手く出来たとは言えないのですが……」
「二人で巻くのに丁度良い。ありがとう」
 ふわりと掛けられたマフラーに吐息が聞こえそうな程近くにお互いの瞳があって。
 ジュリエットは柔らかな唇を震わせ言葉を紡ぐ。
「私……貴方の事が好きです。貴方の事を考えて編む時間は、とても楽しかった」
 彼の耳元へ唇を寄せ、小さな声で「触れたいとおっしゃって下さった言葉が本気であれば、私はとても嬉しいです……」と囁く。
 揺れる瞳、溢れる鼓動。ギルバートはジュリエットの手を取り、指先に親愛の印を落す。
「ありがとうジュリエット。俺も騎士として君を守りたいと思っている。傍に居られる時間は限られているけれど、君と過ごせるこの一瞬が何よりも嬉しい」
 温もりを確かめるように指先を優しく握ったギルバートは、翠の瞳を『愛しき雪花の姫』に向けた。

 すっかり馴染んだ空間を見上げ十夜は蜻蛉の紡ぐ言葉に相づちを打つ。
「色んな場所へも行けたし、おかげさんで楽しい一年でした」
「俺も、嬢ちゃんのおかげで退屈しねぇ一年だったぜ」
 酔いも相まって素直な十夜の台詞に蜻蛉も目を細めた。
 窓の外は真っ白なボタン雪が落ちてきて、それを追うように十夜の瞼も下がってくる。
 炬燵の温かさは冬の寒さに心地よい。
 微睡む十夜は自分が見られているのに気付いた。「あー」とばつが悪そうに頭を掻けば出てくるのは悪態ばかりで。
「少し、うちで寝て行かん?」
「……魚が無防備に寝てるからって、取って食ったりしねぇでくれよ?」
 冗談めかした言葉と共にごろんと横になれば、蜻蛉が布団を掛けてくれた。
 人の気も知らないで子供の様に寝ている男を見遣り、蜻蛉は猫の姿になる。
 普通の猫よりも少し大きい蜻蛉猫は、少しずつ十夜に近づいて懐へと入り込んだ。
 吐息の掛かる距離に男の顔があって、どうか目覚めないでと願った。
 蜻蛉猫の温かさに縋る十夜に抱き寄せられるまま、ゆっくりと顔を近づける。

 柔らかくて、優しくて。
 ……あぁ、泣いちまいそうだ。

 十夜の思いと重なるように。
 蜻蛉の鼻先が男の頬に触れた――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 聖夜のひとときに、彩りを添えて。

 NPCから小包が届いている方は、設定相談や文通などで詳細をお届け出来ます。

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