PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<廻刻のツァンラート>巻き戻りの街

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 点と、点が繋がり始める。

「フードを被った怪しい人物は、霊魂だったわ」
 ツァンラートの街にてその正体を見破った善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が報告する。共に追い詰めた夜乃 幻(p3p000824)と微睡 雷華(p3p009303)も頷いた。その霊魂自体はあっという間に逃げてしまったけれども、中身が無いのならばマントを人目につかぬ場所へ捨てて行けば『消えるように逃げてしまった』と思われることだろう。マントを見つけたとしても、それを捨てて逃げたようにしか思われない。
「こっちは1月5日の新聞。『今回』の」
 再び持って帰ってきた新聞をテーブルへ出すのはグリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)。そこにはいくつかの相違点――イレギュラーズの幾人かなら心当たりのある出来事が記事として載っている。ループして『なかったことになった筈』だというのに。
 調査中もいくらかの者たちが予想していたことではあるが、完全に元通りというわけではないらしい。基本的にはイレギュラーズが訪れた1度目と同じような普通らしい生活をしているし、人の記憶は元に近いものであるようだが、それでもどこかしらに綻びができているのだ。
「こちらは時計台の立ち入り禁止エリアを調査してきた。広がっていたのは『血痕』だ」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はあの夥しく広がった黒い痕を思い出す。他に怪しいものが存在しなかった分、あの血痕は鮮烈に印象付いた。
「それについての調査はしてきたよ。わたしたちが次に行くべきは『墓場』だと思う」
 そう告げたのはЯ・E・D(p3p009532)だ。その時計台で起こった出来事、その関係者が墓守をしているのだという情報を得たらしい。
 今回、外壁付近の魔獣討伐を行った者たちからは壁近くに埋められた人骨があったという情報もある。それは結界か何かで守られて破壊できず、未だそこにあるようだが――魔獣の素材を聞くだけでも墓場という場所は都合が良さそうだ。
「気を引き締めよう」
 これまでの経験によるものか。ベネディクトは頭の中で警鐘が鳴っているような感覚がした。



 三度の潜入。ツァンラートの街をドーム状に覆う『見えない壁』をイレギュラーズは通り抜ける。相変わらずこの街は『1月4日』から『1月11日』を繰り返しているようだ。今日はあれから日数が立っていないからループはギリギリしていない。丁度最終日にあたる。
 何故7日間――1週間を繰り返すようにしたのか。意図的であったのか、偶然であったのか。それさえも謎は解けていない。けれども街の住民の事を思えば止まっている訳にもいかないのは確かだ。
 街の住民に教えてもらった墓場は随分とさびれた場所にあった。件の男はここで1人、墓守をしているのだと言う。その姿は見えないがどこにいるのか、と一同は墓地へ踏み込んで男を探し始めた。
「……嗚呼、来てしまったのか」
 不意にくたびれたような声にイレギュラーズははっと振り向く。そして、感じただろう――肌を刺すような狂気。じわじわと精神を脅かすような『魔種の気配』。
「邪魔をしないでくれ。これからまた戻るんだ」
 どこに? だなんて、もう聞かずとも察しているだろう。だって今日はこの街の1月11日。ループ最終日だ。

「世界の希望……パンドラを集める特異運命座標。今度はお前達でも通り抜けられないような『壁』だ」

 突如、世界が暗闇に呑まれる。否、これは世界を丸ごと呑み込んだわけではない。イレギュラーズたちを閉じ込めるように壁が生じている。しかも見渡してみるとどことなく、来た時と数が合わないような。もしかしたら外にいる仲間も居るのかもしれないが、如何せん外の様子などは一切わからない。
 どこに時計がある訳でもないのに、針の動く音が響いた。
 チクタク、チクタク。
 チクタク、チクタク。
 急かすようなその音は暗闇も相まって不安を煽る。そしてイレギュラーズたちは暗闇の向こうから、ナニかがやってくるのを察した。
 何処からともなく吹く風が腐臭を運び込んでくる。色濃い死の臭い――この墓地で眠っていたはずのモノがないまぜにされた気配と共に。
「あれは……」
 不意に別のイレギュラーズが全く別の方向を見て気づく。一見暗闇だが、よく目を凝らすと薄ら、人らしき輪郭が見えるのだ。
 幽霊? いや、幽霊なんているわけがない。ならばそれっぽい何かか。こちらには気づいていない様子であるが、友好的な存在であるとも限らない。
 チクタク、チクタク。
 チクタク、チクタク。
 嗚呼、急かす音がする。この音が止まった時――この内部にいるイレギュラーズは、どうなってしまうのか。それを現実に見ないためにも早く脱出しなければ!

GMコメント

●Denger!!
 この長編シナリオにおいては、相談掲示板で行き先表明・相談することを推奨します。
 敵の結界が打ち破れない場合、【何が起こるかわかりません】。

 また、前提としてイレギュラーズは魔種が作った強固な結界の中、或いはその外からスタートします。
 全員が一度墓地へ集っているということになります。

●ご挨拶
 愁です。
 この<廻刻のツァンラート>は鉄帝の街『ツァンラート』を舞台とした全4回予定の長編シリーズです。
 今回は第3回となります。途中からでもご参加頂けます。

 第1回、第2回では数名に個別コメントをお送りしています。有益な情報もあるかもしれませんが、それを提示するか否かは各々に一任されています。

 起承転結の『転』まで参りました。
 『●Denger!!』に色々と書いてありますが、ご一読をよろしくお願い致します。
 時系列としては前回からループ無しの最終日(1/11)、混沌世界では2月中旬程度とご判断ください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 不明点の多い空間に取り残されています。

●プレイングについて
 この長編シリーズではパートが分かれています。
 プレイングの1行目にパートの数字を、
 プレイングの2行目に同行者の名前or同行タグを、
 プレイングの3行目から本文を書いてください。

例:
1
【ひよこ隊】
時計台に登ってみよう!

●パート1:結界を破る(外側)
 偶然にも外へ弾き出されたイレギュラーズがいます。他の仲間たちは黒いドーム状の壁に包まれ、中の様子も定かではありません。内外で意思疎通は難しいでしょう。
 このドームへ外側から攻撃を加えることである程度の弱体化が見込めます。しかし魔種の狂気にあてられた住人が墓地へ侵入し、それを阻むように襲い掛かってくるでしょう。
 このパートで弱体化させるとパート2に貢献できます。しかし『このパートのみで完全破壊は不可能』です。

 住民たちは狂気に呑まれていますが、戦闘不能にすることで正気へ返すことができます。
 彼らは自身の怪我をいとわずイレギュラーズへ襲い掛かってきます。武器は包丁であったり、自警団で使用される武器であったり、はたまた素手であったりと様々です。
 強さはそれほどでもありませんが、どんどんやってきているため数が多いです。これをいなしながらドームに攻撃を加えることになります。

●パート2:結界を破る(内側)
 魔種の能力による結界内に閉じ込められたようです。急かすような時計の音が鳴り続けています。
 ここでは次々と操られた人魂が襲い掛かってきたり、精神的な干渉をしてくることがあります。
 それらを退けて進みましょう。邪魔をしてくるということは、その先に出口となりうる場所があるはずですから。
 『このパートでのみ結界の完全破壊が可能』です。ご注意ください。

 このパートでは戦闘or心情で人魂たちを退けることができます。
 以下のどちらかか、お好きな方からお選びください。
 内容で判断できると思いますので、選んだほうの数字を指定する必要はありません。どうしても間違われたくない! という方は2-1,2-2とかで書いておくと良いと思います。

1. 戦闘で倒す
 人魂たちはそれなりの戦闘力を持っているようですが、その詳細は不明です。
 物理適性よりは神秘適性の方がありそうです。また、消えては現れてと非常につかみどころがないでしょう。しかしそれに対して動きはそこまで早くないようです。
 それなりの数でけしかけてきますので、押し負けないように気を付けてください。
 彼らは倒しても倒しても現れますが、倒した分だけ結界の力は弱まります。

2. 心情で退ける
 人魂たちの中には戦ってくるのではなく、人の心に忍び込んでその人が欲するような記憶を見せることがあります。
 これは見せられた者が確固たる意志を以て抜け出そうとしなければ抜け出せません。尚、人魂に忍び込まれている間、他の人魂からは攻撃を受けません。
 実際には人魂たちの生前の記憶ですが、心に忍び込もうとする人魂たちは皆さんの心の無意識下に潜んだ願い、想いに反応します。つまりプレイングが余程特殊な内容でない限り、書いたとおりの精神攻撃となるでしょう。見る記憶に現れる人間も、皆さんの記憶や潜在意識に残った知人に見えます。
 暖かな家庭で過ごすひと時。恋人とのデート。師と慕う人に認められる瞬間など。
 どんな記憶を見るのかと共に、どのような意志で打ち破るかプレイングを記載ください。打ち破ると結界の力が弱まります。

●パート3:幽霊のような者に接触を図る(内側)
 OP中で視認された幽霊らしきものは襲ってくる人魂と異なるようです。こちらに気付いていないようですが、接触すれば気づくでしょう。
 敵味方の区別は勿論、気になることをぶつけてみてください。

 このパートの成否は依頼に関係ありません。故にこちらへリソース(人員)を裂き過ぎると、パート2で力不足になりますのでお気を付けください。

●パート4:その他
 自由行動できますが、行動に対しての成功は保証されません。

●過去作
第1回:<廻刻のツァンラート>隔絶された街
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5085
第2回:<廻刻のツァンラート>廻りゆく街
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5331

  • <廻刻のツァンラート>巻き戻りの街完了
  • GM名
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年05月17日 22時10分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
フローリカ(p3p007962)
砕月の傭兵
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
箕島 つつじ(p3p008266)
砂原で咲う花
一条 夢心地(p3p008344)
殿
夜式・十七号(p3p008363)
蒼き燕
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女
グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)
心に寄り添う
微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
想光を紡ぐ
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
白妙姫(p3p009627)
慈鬼

リプレイ


 今日――とはいっても、このツァンラートの街で示す今日は外の今日と異なる。
 去る1月11日。それがツァンラートの今日である。過去の1週間を繰り返しているこの街を調査したイレギュラーズたちは、解決の鍵を持つと思われる墓守の元へと赴いていた。

 それより少し遅れて、『蒼き燕』夜式・十七号(p3p008363)は皆に追いつくよう墓地へ急いでいた。
(一体何があるのやら。ロクでもなさそうではあるが……)
 決して縁起の良い場所ではないし、そこで眠る者たちもいるだろう。何事も無ければ手短に済ませたいところであるが――当然、そうもいかない。
「ッ!」
 十七号の視界に見えたのは、ドーム状の何かに覆われる仲間たち。それが結界であると叫ぶ間もなく、あっという間に仲間たちは閉じ込められた。
「遅かった……やられた、分断とはな……!」
 駆け寄ろうとした十七号の脇を、黒い影が滑りぬけていく。一瞬そちらへ視線を取られるが、すぐさま別のものへと目が移った。
「住民……いや、様子が……?」
 ふらふらと墓地の方へ向かってくる住民たち。しかしその様子は正常でない。
(魔種の狂気か)
 あのままでは戻れなくなってしまうだろう。しかしドームに閉じ込められた者たちも早急に助け出さなければ、何が起こるか分からない。
「他の者たちはドームを破壊してくれ! 狂気に当てられた者は私が引き付けるッ!」
 十七号は言い放ちざま振り返り、狂気に当てられた住民へ対峙した。柄へ手をあて、鯉口を切って――抜刀。シンプルな動作のひとつひとつが一般人に対して『只者ではない』という威圧を与える。
「死にたくなければ掛かって来い! 気絶くらいはさせてやる!」
 彼らに立ち向かっていく十七号。『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)はその背中から視線をドームへと移した。
(音も声も聞こえない……どうかご無事で……)
 この中で何が行われているのかすら定かではないが、仮にもイレギュラーズであればそう簡単にやられることはないだろう。そう信じてリュカシスはドームに向かって殴り掛かる。
「力こそパワー!! 皆でこれを破りましょう!!」
 時間をループさせている理由がいつまでも来ない12日にあるのか、それともこの1週間の中に何かを閉じ込めているのか。何はともあれ、時間に関与するということは十分な規格外。気を張っていかねばならなそうだ。
 十七号だけで押さえきれなかった住民たちがちらほらと寄ってくる。その1人を殴り倒したリュカシスは「起きて!」と強く揺さぶった。
「な、なんだ……? 俺は一体」
「あのね、今は緊急事態です! この場所はほんっとうに危険なので早く離れて、なるべく多くの人に墓場へ近づかないよう警告をしてください!」
 必死の形相で告げるリュカシスに住民はこくこくと頷き、一目散に走り出す。避難勧告も誘導も人手が欲しい所だが――もう少し倒さなくてはならなそうだ。
「ようやく調査に赴けたと思ったら……!」
 『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)は黒いドームへ肉薄して至近戦でダメージを与える。ちらりと視線を向ければ――住民対応はまだ、任せて良さそうか。
「まぁ私としては、こういう展開の方が好みだが」
 そう告げるのは『ヴァンガード』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)。先ほど結界からはじき出された時に出てしまった変な声は誰も聞いてない。聞いてないんだ。是が非でもそういうことにしておいてくれ。
(戦場は心地よい。痛みと死の恐怖が在る)
 恐れるべきそれは、しかしグリゼルダにとって生への渇望を与えてくれる唯一でもある。とはいえ、狂気にあてられた住民たちまで命の危険にさらしてはいけない。
「あちらは任せてくれ」
「ええ。お願いします」
 グリゼルダは住民たちの方へ。オリーブは黒いドームに専念する方へ。
(住民の方の命は奪いたくありません……が、今は余裕がありませんからね)
 オリーブは小さく眉を寄せ、黒いドームを凝視する。
 この壁が何であるのかはわからないが、イレギュラーズを分断しこうしてダメージを与えられている以上、物理的にこの場へ存在していることは確かだ。
「それに魔種絡みとあれば、容赦は不要です!」
 仲間たちを救うべく、彼は攻撃を一心に加え続ける。
 今日は繰り返しの最終日だ。ドーム内に取り残された者たちがこのままループを迎えるようなことになれば、その後何が起こるか。未知であるが故に、危険かどうかも不明であるが故に、なんとしても回避しなければならない。
(ドームに変化は……!?)
 まだか。まだないか。攻撃し続ければ何かが起こるかもしれない。少しでも内側との接点が持てるかもしれない。その希望を胸にオリーブは只々、武器を振るい続ける。
 一方のグリゼルダは喝を放ち、住民たちをその勢いで吹き飛ばす。手加減らしい手加減はできないが、自分の中では威力を押さえた一発だ。
(だが、まだ来るか)
 狂気に当てられた者は時として、常時とは異なるほどの力を出すこともある。それが魔種から与えられた力のみであるか、それともその肉体に負荷をかけてのことかは図りかねるが。
 吹き飛ばされた住民たちは後ろからやってきていた別の住民にぶつかったり、倒れた住民でよろけたりと互いが互いの進行を阻害する。それ自体で気絶することはなさそうだが、一気に多くを相手取らなくて済むのなら多少は楽だろうか。
「小癪な結界め……しかし吾は屈しないのである!」
 十七号やグリゼルダたちが住民たちを食い止めている間、『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は地上を、そして空中を――彼女曰く空気中に舞い上がっているチリを――蹴って華麗に空を舞う。
 狙うべき的は大きく、動くこともない。誰からも邪魔されぬその位置から百合子は白百合百裂拳を叩き込む。
「クハッ! 動かぬ的を殴り続ければ良いとは楽な仕事であるな! その分――」
 さらに、おかわりをどうぞ。
「――特急便であるが!」
 短時間高火力の攻撃にほんの少し、ドームが揺れる。それなりに耐久性があるらしい。このペースでいけば早々に気力が尽きてしまうだろうが、出し惜しみをしていてはドームを打ち崩すこともできないだろう。
「悠長にやっとる時間はなさそうかの」
 『殿』一条 夢心地(p3p008344)もまた百合子同様に空へとその身を躍らせる。飛び道具などを持っていない限りは攻撃を受けない高さまで飛びながら、夢心地はドーム内が見えるところや綻びなどがないかとチェックする。
 最も魔種が作り出したとなれば、そんなものがあるとも思えない。念のための確認は夢心地の予想通りに終わる。代わりに分かったのはそれなりの規模と強度を全体的に保っているということだった。
(麿の流儀には反するが仕方あるまい)
 本来ならば真っ当に解除するのが安全確実な手段だ。そしてその方法にはそれ相応に時間と準備が必要となる。けれどその時間も惜しいとなれば話は別。夢心地は早くドームを壊すべく大技を繰り出した。
(この手の術式は中にいる者を逃さないよう閉じ込めるもの。もしくは外部からの侵入を阻むもの。いずれかの性質であるはずじゃ)
 調べるような時間はなかったが、恐らくこのドームもその類の術式であるはずだ。閉じ込めるだけであれば、両面からの衝撃は考慮されていないかもしれない。
「僅かな亀裂でも生じさせられたなら儲けもの。なあに、こんな時のために研鑽を続けてきた剣よ」
 何度振るって変わりがなくとも、積み重なれば結果は変わるものだ。それを信じて、夢心地は上空から剣を振り続ける。
「皆、無事かい!?」
 リニアドライブで空へ飛んだ『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)は砲弾の如く結界へ飛び込み、蒼の軌跡を残しながら蹴りを放つ。強固なこれは予め用意されていたものか。
(ええい、落ち着け! 通り抜けられない結界なら、破壊するまでだ!)
 突如の事態に混乱していない、と言えば嘘になる。けれどこのままモタモタしていれば悪い方向へ転がっていくのは確実だ。何が起こっているのか分からなくとも、まずは現状を打破しなければ。
 マリアは仲間たちに狂気へ当てられた住民を任せ、そちらの様子も気にしつつ全力を結界へと叩き込む。かなりの強度だがマリアの持ち味は圧倒的な手数だ。結界の方が固いか、それともマリアの攻撃が強固な壁を破るか――勝負といこうではないか。
(無意味に結界の種類を変えるはずもない……嫌な予感がする!)
 弾ける紅雷、輝ける蒼雷。1撃は高火力の者に比べたら軽いかもしれないが、それをも補い上回るほどのスピードでマリアは攻撃を繰り出していく。それでもヒビひとつ入らないそれは、流石と言うべきか。
「それでも、諦めないよ! 皆、聞こえたら返事をするんだ!」
 今は聞こえなくとも、聞こえるまでになったならそれは結界が弱まっている合図だ。そうなれば内外合わせての攻撃もできるだろう。
 ぐずぐずしている暇はない。それは内側で戦っているであろう仲間たちにとっても――外で戦う自分たちにとっても。
「まったく……ロクでもない予感ばかり当たるんですから、もう!」
 急所を死なぬ程度に打ち込む『春疾風』ゼファー(p3p007625)は、未だ現れる住人たちに小さく眉根を寄せる。念の為に警戒しておこうと墓守から適当な距離を取っていたのは、今となっては正解だっただろう。
(それにしたって、どれだけ集まってくるのかしら)
 ゼファーの視界には起き上がってくる住民と、その向こうから墓場へと入ってくる住民が見える。誰も彼も、正気という顔ではない。邪魔をされては困るので静かにしてもらいたいが――力加減を謝る訳にはいかない。
 幾度と重ねられた巻き戻し。けれどそこには必ず綻びが存在している。それを思えば、ここで失われた人の命が通常の時間軸で戻ってくるとは思えない。
 なればこそ。
「まあ、随分と物騒な御遊びですこと。知ってた? 良い子にしてなきゃ飴玉は貰えないのよ」
 その視線を引き付けるように言葉を放ち、命を奪わぬよう武器を振るう。手にしている武器を払い落し、その手足を捻って。
(痣になった、なんて恨まれそうねぇ)
 その時はその時だが、どうせならその辺の記憶もばっちりリセットしてほしいものだ。死のように取り返しの付かないものではないのだから。
 ドームへ力の限りを尽くした百合子も、今は断続的に現れる住民たちの相手へ混ざっていた。ゼファーも余力がある時は結界へと向かう様だし、それならば自分がこちらへ回ろうと。
「勢いは良いが武器を強く握り過ぎである。次」
 避けた際に髪が靡いて軌跡を作る。その視線は今しがた拳で倒した者ではなく、既に次の相手へと移されていた。
(昔やった100人組手を思い出すであるなぁ……)
 最も、今はそれ以上の人数が向かってきているかもしれない。けれど操られるだけの100人と戦う覚悟を決めた1人。その差がないはずもない。
「幾らでもかかってくるがいい」
 故に、百合子は挑発する。自信を胸に、小さく笑みを浮かべて。
「――もしかすると、四方を囲むくらいでは足らぬかもしれぬぞ?」



 想いに呼応し、願いを呼び起こす。生者の欲する記憶を見せる霊魂。
(それなら、私の故郷の景色も見せてくれるのかな)
 『君たちに幸あれかしと』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は飛び込んできた霊魂に目を閉じる。浮かぶのは一面の赤茶色。荒野の続く世界。それを、美しい夕陽が照らしていて。
「――!」
 はっと瞠目したシキは、いつの間にかその地に立っていた。懐かしい匂い。懐かしい景色。そして今、名前を呼んだのは――殺した、弟。
(今なら、謝れる?)
 世界一大事な弟に『殺してごめん』と。言ったら、許してくれるだろうか。それともここはそんなことが無かった世界なのだろうか。
 目の前に立った弟を凝視して、それからシキは彼を抱きしめた。
「優しい夢を見させてくれて、ありがとう」
 これは夢なのだ。真実ではない。ここで謝ったって死んだ者は蘇らず、言葉は届かず、そして自らの手を汚した罪が消えることは無い。
(だから、ここに来たんじゃないか)
 墓守の――魔種の男。女性技師が死んだと言う4日から1週間を繰り返しているのは、彼女を何度も殺したい故か、それとも救いたい故か。
 真実を知らなければならない。これ以上悲しみを繰り返してはならないのだ。
「私は、行くね」
 弟の身体を離してシキは薄く笑う。夢から現へ。真実の在る世界へ。
 死んだ彼女の魂を導くことこそ、処刑人たる自身の務めでもあるのだから。
(もし、女性技師さんの魂もここにいるのなら――どうか、見ていてね)

 幼馴染が、いたのだ。温和な笑みを浮かべる少年が。『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が幼かった頃には、まだ――。
「ねぇレジーナ」
「んー?」
 彼に呼ばれて彼女は視線だけをそちらへ向けた。考え込む彼の顔が視界に映った。
「レジーナは家族を作るってどう思う?」
「はぁ?」
 彼の言葉に眉根を寄せる。どう思う、なんて聞かれても何を求めているのかが曖昧過ぎて困る。
「いや、えーと、何と無く聞いてみたくなったと言うか?」
「意味わかんないわよ。汝(あなた)はその前に結婚する所からでしょうが」
 ばっさり言ってしまえば彼は苦笑を浮かべてそうだね、と返した。本当によくわからない。
 けれど。
「貧弱な汝(あなた)の事だもの。来てくれる女(ヒト)なんていないでしょ。もし、大人になって『貰い手』がいなかったら我(わたし)が面倒を見てあげるわ」
 この世界、この村においてはいかにも"弱そう"に見えてしまう彼だから。きっと女性や少女たちは強くて格好良い男性の元へ行ってしまうだろう。そう思っての事だった。
「何よ変な顔して」
「あ、いや! そ、そうだね!」
 取り繕うような笑い声をあげる彼に胡乱な表情を浮かべるが、先ほどの変な顔といい今の態度といい説明してはくれなさそうだ。
(実に、抗い難くて、けれど――)
 これは全て紛い物なのだとレジーナは束の間目を閉じる。こんなこと、有り得る訳がない。
 だって彼は、魔族によって殺された。べちゃっと音を立てて転がった残骸が、あれこそが現実だ。
(そもそもレジーナ・カームバンクルは『彼女』ではない)
 記憶こそ有しているけれど。ここにいるレジーナは、記憶の中で動いていた自身ではない。
「――これ以上【女王】様の思い出を汚すわけにはいかないのだわ」
 故に、始めよう。嘘に塗れたこの世界からの脱出劇を。

 ――どうしてお前はまだ生きている?
 ――どうしてお前はまだ立ち続けている?
(ああ、俺が求めていたのは)
 『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は小さく吐息を漏らす。
 ニコラスは、友を殺したことがある。ニコラスは、自身の代わりに師を喪ったことがある。どちらも原因は自分自身で、ずっとずっと、苛まれている。
 歩いているのか。立ち止まっているのか。立ち止まってしまえたなら良い。だってニコラスはこれが『自身の夢』ではないことを知っている。『自身の記憶』でもないことを知っている。
 他人のそれは、自分の想いであったはずのものさえ自分のものでないと錯覚させるようで。
(それでも、立ち止まることは許されねぇんだ)
 ニコラスは、1歩を踏み出す。自分は前に進んでいるのだと、そう自覚させるように地面を踏みしめた。
 諦めるなんてできるものか。
 立ち止まるなんてできるものか。
 それは何があったとしても自身が赦さない。どれだけ叩きのめされようと諦めないと固い意志がそこにはあった。
 少女、少年たち。糞爺。ニコラスの記憶には苦々しいと言うには余りあるほどの光景と、一時期を共に暮らした者たちの姿がある。その姿を脳裏に思い浮かべて、もう1歩。
(諦めない。それが俺の、俺に残されている意志だ)
 だからまだ、歩き続ける。

(これは、夢)
 『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は自らの指に嵌る結婚指輪をそっと触る。
 少し離れたところでおぎゃあおぎゃあと赤子のなく声が響いていた。あの子供は自分と、夫の間に出来た子であるらしいのだが――。
(この瞬間に夫の感情が感じられないなんて、有り得ない)
 ベッドに横たわった幻は小さく息を吐きながら、冷静にそう判断を下す。彼の事だ、もし本当に子供が生まれたならその喜びようは尋常じゃないと思う。
 しかしこれが夢であるというのならば、何時か叶えれば良いだけのこと。幻は夢を叶える者であるのだから。
「僕を捕まえたければ、本物の夫を連れてきてください。僕が囚われるのは彼だけです」
 ――その瞬間、世界の時間が留まる。誰もがぴたりとその動きを止めた中、赤子の鳴き声だけが響いていた。
(僕には子がなせるのでしょうか)
 わからない、けれど愛があればできると言う者もいる。それならば夫から溢れんばかりの愛を受け、それを返す自分たちにできぬわけもないだろう。
 自分たちは世界一愛し合う夫婦なのだから、と小さく笑って。幻は立ち上がると赤子の方を向いた。
「幸せな夢は堪能しましたよ。でも僕は現実で待つ夫と、将来できるかもしれない子供のために現実へ帰らせて頂きます」
 このような光景を見せて来るのなら、霊魂は子供を産んだことのある母親だろうか。
 それならばきっと、子供の出来る幸福や愛されて過ごした子供時代を覚えているのではと幻は問うた。そんな幸せ、死んで早々に失ってしまうとは思えなかったから。
「もし貴方が不幸な子供時代を送ったなら、僕が貴方の親の代わりに愛を送りましょう」
 幻は赤子をそっと抱き上げ、小さく体をゆする。安心させるようなそれに赤子はややあってうとうととし始めた。
「……一緒にはいけませんが、きっといつか会えますよ」
 そう囁いた時には、もう赤子は夢の中。対して幻は現実へ引き戻されるような力のうねりを感じていた。

 がやがやがや。がやがやがや。
 幻想王国の王城、その一室は本日とても賑やかだった。
 誰が見ても見聞きしたことのある顔、名前。そんな混沌の各国主要陣が勢ぞろいしていたからだ。
 彼らは重要な会議へ出席するため幻想へと出向いていたが、それも無事に終了したため食事会となるのだ。
 その料理長として選ばれたのが『Meteora Barista』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)。1年と少し前に召喚された特異運命座標である彼女は、同時に世界有数な飲食企業の社長兼一流シェフでもある。信頼と実績のある彼女に白羽の矢が立ったのは当然とも言えよう。
 美しい料理に舌鼓を打った者たちは皆モカをほめそやし、専属シェフへと誘う。誉めそやされ、認められ。そんな光景は――。
(……違う。私は、私が望む光景は……)
 いつしかは、こう望んでいたかもしれないけれど。
 生活の糧として開いた料理店の傍ら、ローレットからの仕事をこなしていくうちにこの世界の事を知った。世界には裕福な者もそうでない者もいて、大多数は後者だ。裕福な者たちが食事を残すこともある一方で、そうでない者たちは日々の食事にも困窮している。
 そんな現実を知って、彼女の願いは定まった。
(私の願いは、この世界に生きる多くの人々に、栄養豊富で美味い食事を毎日毎食食べてもらうこと!)
 身分や収入なんて関係ない。ひとりの料理人として、作った料理を美味しく食べてもらって、笑ってもらうことだ。
 それは、この場所じゃできないから。現実じゃないとできないから!

 現実から精神世界へ引き釣りこまれる感覚。『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はそれに抗うことなく結界の外で何事も無く過ごしているだろう住人たちを思い浮かべる。
(もし私がここの住人だったら、どんな気持ちだろう? いつかは何かに違和感を覚えるのかな……?)
 1人きりで違和感を覚えることが幸か不幸かはわからないけれど。魔種の目的を知り、場合によっては手を貸してあげる事で街を解放することもできるかもしれない。
「わっ……」
 引き釣り込まれるような感覚に、思わずアレクシアは目をつぶった。
 まず感じたのは、風だ。穏やかで優しい風。そして両隣に魔種となった者たちの気配。
 最も、そこに流れる空気は風と同様に緩やかだ。
「シャルロット、リコット――」
 その空気の中で、3人は穏やかに語り合う。人間と魔種が手を取り合った平和な世界。誰もが傷つくことなく平和に過ごし、命を失う必要のない世界。
(……嬉しいはず、なんだけどな)
 優しい時間の中で、けれどアレクシアはチクチクと胸を指す何かを感じていた。
 何かを忘れている?
 誰かを忘れている?
「行かなきゃ」
 気づけば、立ち上がっていた。2人が行ってしまうの? と言うようにアレクシアを見上げる。
「今もどこかで誰かが苦しんでいる。……なんとなく、そう感じるんだよ」
 戦うことは嫌いだ。誰かを傷付けたくも、命を奪いたくもない。それは誰であったって辛い事なのだから。
 それでも――戦うことを放棄して、誰かが苦しむところはもっと見たくないから。
 1歩を踏み出せば、思い出す。ああ、そうだ。待ってる人がいる。
「ねえ、いつか、本当に願いが叶ったら」
 いつかもわからないけれど、そう笑ってアレクシアは2人を振り返る。
「ゆっくりお話しようね」
 だから――またね。

(予感は、していました)
 『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)は目を開けて、それから小さく眉根を寄せた。
 自身の記憶にはない。誰の記憶にもない。『終わり』の光景を見る、何かの記憶。
 これまでと変わらぬ日常を過ごす者がいれば、隅で風に揺れる草花のように何もしない者もいる。自暴自棄に慟哭して足掻く者もいる。
 ここに未来がないことを誰もが知っていて、だから思い思いに過ごしている。目と鼻の先まで来た『破滅』を受け入れている――だって、受け入れるしかないのだから。
(ああ……そうか。ヨハナも、頑張らなくていいんですね)
 ふ、と。体の力が抜けた。
 これまで曖昧な予感とか、未来の為にと振り回されて来たけれど。未来が無いのならばもうそれも無いのだろう。ヨハナは結局普通の人間だったのだ。
 夢を見続けるなんて、疲れてしまうでしょう?
「……違う」
 けれど。ヨハナはぽつりと呟いた。こんなものを見せるだなんて、間違ってる。
 この街のふざけたループを住民たちが心底信じていることなんてもうわかりきっている。けれど死者である彼らが欠片程の抵抗もせず、言われるままにまやかしを見せるなんて――。
「――こんなの、あなたたち自身も望んでいないでしょう!」
 ヨハナは叫んだ。この夢という世界に。見せる魂に、響けと。
「この街のこと、1人残らず『未来』へとお繋ぎします! だから、どうか手を貸してください!!」
 このままにしてなるものか。過去に縛り付けられるのではなく、現実に囚われ続けるのでもなく。未来へと進まねば!

(街がおかしくなっとったんは魔種の影響やったんか)
 結界の中。『砂原で咲う花』箕島 つつじ(p3p008266)はきっとその向こう側を見るように睨みつける。関わった時間はほんの僅かだが、それでも好きになるには十分な時間だ。
 だからこそ、これ以上好き勝手させるわけにはいくまい。向かってくる人魂に相対したつつじは、ふとこみあげてくる記憶に困惑した。
(何? こんな記憶……あったっけ?)
 いつも行ってる幻想の孤児院。小さなそこは子供達の声で相変わらず賑わっていたけれど、随分と小綺麗になっている。
 子供達には過ごしやすい服を。
 建物には修繕と、新しい家具を。
(ああそうや、貴族が庇護してくれることになって……警備の人もちゃんとついてくれるようになったんよな)
 それならば用心棒のつつじはお役御免。けれど孤児院の皆はそれでもつつじを暖かく迎え入れてくれる。その暖かさに笑みが漏れた。
 こんな幸せな――『夢』におぼれては、いけない。
「違うんや……」
 夢が崩れても、つつじは怯まなかった。本当にあんな未来を掴むのなら、ここで幸せな夢に囚われてはいけない。
(目の前の事から1歩ずつ進んでかんと、叶えたい願いも叶わんわ!)
 幻を払いのけたつつじの前には、所在なさげに揺蕩う霊魂があった。きっと暖かな家族を持っていたのだろう。
(利用されとんのか)
 あの魔種に。そう考えると不愉快でもあるが、とにかく突き進んでいかなければ。
「あんたの無念、ウチが晴らしたる。綺麗に全部終わらせるで!」



 霊魂に入れられた者たちは、その時間の長さに関わらず無防備になる。彼らを守るように、何より結界を打ち破るべく。向かってくる霊魂たちと直接的に戦う者たちもいた。
「数が多い様だが問題はあるまい。皆も行けるな?」
「もちろんです、御主人様」
 『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の問いかけに『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が頷く。
 繰り返される日々と今回の事件について鍵を握っているであろう『墓守』。その彼が魔種であったことは今更驚くことでもない。予想していた者もいるだろう。
 しかし彼をどうにかする前にこの結界を破壊しなければならない。急かすような時計の針の音は、この後何かを起こす予感を想起させるに十分である。
「よし。――行くぞ!」
 ベネディクトの言葉で一斉に駆け出す一同。『砕月の傭兵』フローリカ(p3p007962)は向かってくる魂たちへ突っ込んで武器を振るった。地面へと叩きつけられた斬撃が衝撃波となって周囲の魂を襲い来る。
(いつまでも繰り返される日々か……それはそれで一種、幸せなことなのかもしれんな)
 引き起こしている犯人が魔種であるのならば、そこには何らかの思惑があるのだろう。どのような願いを持ってこの事態を起こしたのかはまだ分からないが、邪魔をするなと言うからにはまだループが必要なのか、それともこれから何かを起こそうと言うのか。
 何にせよ、積極的にイレギュラーズを排そうという様子ではなかった。どちらかといえば『干渉されなければ良い』とでも言うような。
(イレギュラーズが関わるほどに、『ループでない』部分が増えていくからか……?)
 まだ、分からないことだらけだ。干渉を嫌う理由が日々の再現に遠のくからか、それとも何か取り戻したいものがあるのか。
 そもそも先ほどの声も墓守だったのか。街の巻き戻り自体だって、引き起こしているのが彼でも完全制御出来ているのかは不明だ。
 得物を振るい、フローリカは小さく首を振る。全てはそう、この結界を脱してから。
(墓守の男、死んだ女性技師の恋人……彼が魔種であるならば)
 『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)もまた、考える。時計台で見た血痕は新しいものだったそうで、あの規模ならば致死量を超えているだろう。別の仲間が聞いた殺人事件の死者とは、十中八九あの血痕の主だ。事件の日付を見るに、巻き戻りの起点もその前後だと思って良い。
(時を撒き戻らせて女性技師の死を回避しようとしている……? いや、そうとも限らないでしょうか)
 神気閃光を放ち、仲間たちを援護しながら目を細めるアリシス。
 女性技師は事故死ではない。けれどどのように死んだのかは知らないのだ。この1週間のうちに挙がってこない殺人犯の存在も気になる。魔種自身が殺人犯である可能性だって、ゼロではないのだ。
 それに――そう、何よりも。ループの最初である4日に女性技師が死んだのなら、その遺体は何処へいった?
「敵の増援、来てます!」
 リュティスの声にはっと顔を上げる。少しずつ少なくなっていた霊魂のさらに向こう側、結界の壁の方から新たな魂の影が見えた。射程内へ入った敵へアリシスは再びネメシスの光を瞬かせる。
(……恐らく、死者までは巻き戻らない)
 この魂たちも、とっくに死んでいたのかループの中で死んだのかはわからないが。既に死んだ者は、たとえループしても仮初の生は与えられない。ただ痕跡だけが残り、街の人々には辻褄が合うような記憶が植え付けられるのだろう。
「倒しても倒してもキリは無いが……結界には確実に、影響が出ている筈だ」
 前衛で戦うベネディクトは乱撃で霊魂を払いのけながら周囲を見回す。未だ、異変の見える箇所はない。それでも戦い続け、そして仲間たちが強い心を持って霊魂を跳ね返しているならば。いつか必ず隙が見いだせるはず。
 チクタク、チクタク。
 進む針の音に急かされる。早々にこの状況を何とかしなければと思うけれども、霊魂たちがそれを許すこともない。
(なればこそ、焦ってはいけない)
 結界へと突っ込んでいけば霊魂に取り囲まれるだろう。自分は1人ではない。背を預けることが出来る仲間たちがいるのだから、頼って道を切り拓くのだ。
 紅の稲妻が敵陣を走り、次いでフローリカの痛烈な一撃が叩き込まれる。後方から放たれる不吉な蝶に続いて、癒しの軌跡が仲間たちの背中を押した。
 少しずつ、確実に。霊魂たちを押しこみ、壁へと近づく一同。そこへ『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)も活路を開く一撃で加勢する。
 霊魂が邪魔をしてくるのならば、その先に彼らが望まぬ結果――自分たちが望む結果があると考えるのは道理だろう。そして今回において、ハンス自身に都合が良い。可能性を切り拓こうという意思さえあれば進んでいける。きっと悪い結果にはならないのだと、信じている。
 チクタク、チクタク。
 鳴り響く針の音。決まった店舗で聞こえるそれは、本来ならばハンスにとって好ましい音のはずだった。けれども。
(嗚呼、喧しい)
 霊魂を振り払いながら顔を顰める。ここで鳴る音は、ハンスが好ましいと思うような音じゃない。故に只々、不快な音が響き続けているだけ。
 過去に囚われ、未来を消し去ろうとする音。今に生きているとは到底言えない。
 どれだけ絶望的な今日でも、どれだけ享楽的な明日でも。たとえ逆であろうとも。
「今日という日の花を摘め」
 明日を迎えるための祈りを、ひとつ。
 突破口を切り開くが如く前へ進むハンスへ、後方に置いて行かれた霊魂たちが追い縋っていく。振り向いた彼は一網打尽にすべく神気閃光を放った。
(流石にこれだけでは……)
 ダメか、と。なおも接近する霊魂たちを見やる。しかし集まったのならばあとは殲滅していくのみ。ハンスが倒れるのが先か、霊魂がいなくなるのが先か。かつての権能を限定的に再現させながらもハンスは懸命に応戦していく。共に制圧せんと『雷刃白狐』微睡 雷華(p3p009303)もまた加勢した。
(この人魂はそんなに邪悪な存在でもない感じがするけど……)
 周囲を浮かぶ霊魂の様子を窺う雷華。邪悪ではない、が好意的でもない。恐らくはあの魔種に操られているのだろう。ならば戦うしか選択肢はない。
 薄暗闇に目を凝らしながら、雷華は手加減の込められた一撃で霊魂の数を減らしていく。向こうの方に見えるのは――壁、だろうか?
 結界の境界が、とうとう近づいてきたのだ。雷華が声を上げると仲間たちがそちらへ向かって動き出す。雷華もまた霊魂の露払いをすべく、彼らの群れへと突っ込んでいった。
(あの時に聞こえた声は、助けてあげてと言っていた)
 思い出されるのは、風に乗って聞こえた誰かの声。『誰を』と言わなかったその声が願ったのは、ループに巻き込まれた被害者たる街の住民と、もしかしたら魔種自身も含んでいるのかもしれない。
 イレギュラーズが事態の黒幕を掴んだ以上、どんな形であれここから大きく動き出すことになるだろう。その最中に余裕があるとも思えないが。
「――一度、話してみたいね」
 かの魔種、墓守の男と。席について落ち着いてという事態は万が一にも有り得ないだろうが、次に会った時には少しなりとも、話せるだろうか。
(そのためにも、まずはこの暗闇を突破する、よ)
 速度を上げ、手数を増やし。風の如く走り抜けていく雷華を『永久の新婚されど母』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)の射る矢が援護する。その耳が拾い上げるのはどこまで行っても、仲間たちの声と武器を振るう風の唸り。
(やはり、音もなく消えては現れ……ですか)
 周囲を取り巻き、襲い来る霊魂たちはまさに神出鬼没だ。仲間たちが相手をしている霊魂たちへ援護するも、気づけば近くにというパターンは少なくない。
 けれどもマグタレーナはその生命力を自身へ吸収することでしのぎつつ、霊魂を返り討ちにする。まだだ、まだいける。
 チクタク、チクタク。
 どこからか聞こえてくる針の音。これは町にそびえたつ時計台の音だろうかとマグタレーナはふと考えた。このような結界の仕掛け、準備は必須だろう。動力としてかの塔が一端を担っていても不思議はない。
(そうならば尚の事、閉じた時間の輪を開かねばなりませんね)
 時計の針は常に現在を刻み、その先は未来を指す。そう在る事が時計職人たちの矜持を守る事にも繋がるだろう。
「故に……退いて頂きます」
 暗い、昏い月が辺りを照らす。その中心に佇むマグタレーナは、ふと『悲しみ』に触れたような気がした。自身のものではない、別の――。
(……人魂の感情でしょうか)
 すぐさま攻撃してきた霊魂に集中力を持っていかれ、確実な判断まではできない。けれどなんとなく、彼らが悲しんでいるような……泣いているような、そんな気がした。
 チクタク、チクタク。
「……ふざけるなよ」
 『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)は黒い結界を睨みつける。睨みつけたいのは、本当はその先にいるであろう魔種だ。
 霊魂たちを感応呪術で引き寄せ、その身に攻撃を受けながら。それでもグリムは最後の最後まで良しとしないだろう。
 グリムにとって『死霊術』は悪と断じるものではない。同じ墓守の立場として、眠れる魂が――死者の尊厳が穢されないのならばなんだって良いのだと、そう思っている。
(でもあの魔獣には……人がいた。名が見えた)
 粗末な骨と、腐った肉。その中に彼は最初の贈り物(名前)を見出したのだ。
 それはそこに存在していたという証。そこに存在し続けているという証。つまり、あの魔獣に使われた骨や肉の一部は――。
(なら、これは悪であり不正義だ)
 許されない。赦されない。何者であったとしても、死を穢すことだけは不正義だ。
 ならば救わなければならないだろう。誰が? 勿論、自分(墓守)が。
 彼の背中から光が溢れ、仲間を癒す力を降り注ぐ。そして同時にそれは敵を切り裂く刃ともなった。
「悪なる者に囚われた者よ、その死を穢された者よ。どうかその魂に安らかなる眠りがあらんことを――」
 魔種の呪縛から解き放たれ、再び静かな時間に揺蕩えるように、願って。
 しかしこの結界内にはいったいどれだけの霊魂が閉じ込められ、操られているのか。湧き出してくる霊魂はイレギュラーズたちが全力で対処するも、未だ湧き出てくる。
「ええい、耳障りな! こ奴らもいい加減減れば良かろうに!」
 『特異運命座標』白妙姫(p3p009627)はくわっと吠えながら刀を振るう。霊魂如きに後れを取るほどではないが、数で押されてしまえば話は別だ。特に自分のような『かよわい女子』は囲まれてしまえば終わりである。
 チクタク、チクタク。
 急かすような秒針の音に苛立ちを覚えながら、白妙姫は大きく跳躍して霊魂の輪から抜ける。
(結界の端は――)
 視線を巡らせれば、もう少しで届きそうな仲間たちとそれを邪魔するように浮遊する霊魂たちの姿がある。あそこさえ突破できたなら、壁へ直接攻撃を叩き込むこともできるだろう。
 この結界はどうやら霊魂たちと密接な関係があるらしく、霊魂の多くを返り討ちにしてきたイレギュラーズたちはその変化をようやく感じ始めていた。結界の壁が全体的に薄くなり、ぼんやりとながら外の様子が見えてきたのである。
 はっきりと、というわけではないが外側でも何やら交戦が行われているようだ。一方で結界へ攻撃をぶつけている仲間がいるのも見て取れる。最も、外側の音は一切聞こえないが。
 押し込むなら、今だ。
「のども、奮起せい! 百戦錬磨のいれぎゅらあずの力、見せてみよ!」
 最前線へ躍り出てその身を晒す白妙姫。先へ行けと叫ぶ彼女に仲間たちが霊魂たちを切って退け、あるいは白妙姫のカバーもあって飛び出していく。白妙姫は追いすがろうとする霊魂たちへ、少しでも邪魔をされぬようにと攻撃を加えた。
(最悪、身体が動けば何とかなるもの。とはいえ――こんなところでわけもわからずとり殺されてなるものか!)
 皆が、なにより自身が生きて帰るために。可能性をつかみ取るのだ!
 アリシスは追いすがろうとする霊魂たちを見やる。けしかけられたこれらは、恐らくあの墓守が操っているのだろう。街の外壁付近にのさばっていた魔物はアンデッドやゴーレムの類だと、仲間の言葉からは察せられる。この『墓場』にいれば、確かに骨も腐肉も手に入るに違いない。
(死霊術師であるのなら……地中に埋まっていたという人骨は、亡くなった女性技師の遺骨?)
 まだ疑問の範囲だ。彼の目的も、また然り。それでも口にせずにはいられない。
「……彼女の……反魂、何らかの形での蘇生……?」
 呟きとほぼ同時。先を行くベネディクトが高らかに声を上げる。
「好機――! 結界を突破するぞ、各々全力を振り絞れ……!」
 ベネディクトの言葉にイレギュラーズたちが攻勢で畳みかける。この一撃に、全力をかけて!
(魔種の事は……念の為、確認くらいはしておきたかったが)
 何をするにしても、余裕がない事だけはわかる。故にフローリカもまた、全力全霊を込めて攻撃を叩き込んだ。

 夢から覚めた『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は小さく頭を振り、周囲へ視線を巡らせる。アリアの夢を捏造しようとした霊魂はどこかへ逃げてしまったか。けれど今のアリアにとって、優先すべきはその霊魂を追いかける事ではない。
(フードを被った人が幽霊なら、きっとあの人だよね)
 浮かぶ玉のような存在ではなく、薄らとながら人の輪郭を持っている霊魂。それはどうやら他の霊魂と異なり、そもそもこちらを認識してすらいないようだ。
 フードを被った不審者と、追いかけて出没するモンスター。あれはてっきり不審者がモンスターをけしかけているのだと思っていたが、もしかしたら彼女との接触を阻むためにけしかけられていたのかもしれない。

「――この街にあった墓を暴いたのは私ちゃんだ!!」

 不意に大声を出したのは『奏でる記憶』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。まずはこちらを認識してもらおうという判断であるが、その声は味方の視線も集め――本来の目的であった彼女もまた、他者という『存在』には気づいたようだ。
(あ、敵対されちゃうかな? まー間違ってはいないし? 何の骨なのかわかんなかったけど)
 敵対されたらそれはそれ。叩きのめしてから話を聞けば良い。
 どんな反応をするのかと興味津々に見ていた秋奈とアリアだったが、暫しして「あれ?」というように揃って首を傾げた。
「私たちの事は見えたみたいだけれど……」
「え、じゃあ情熱的にインタビューしちゃう? しちゃう!?」
 存在に気付いても言葉には大した反応を見せない霊魂。『墓』というワードにもそれらしい反応がないと言うことは、墓荒らしについては何も思っていないと言うことだろうか。それとも、秋奈が骨を見つけたあれは墓荒らしに入らないと認識しているためか。
(まー出られないのも今のうちだろうし? ボコってる皆がワンチャンやってくれそうな気がするし? ヤバめな状態だけどこっち優先っしょ!)
 出られるか分からない結界と、敵味方も判らぬ霊魂。後者を取った秋奈の横から、『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)はそっと顔を出して優しく問いかける。
「あなたはなぁに? ここにどうしているの? ここにはたくさんの彷徨える魂があるみたいだけれど、それらとは異なる存在見たい」
『……わたし、は』
 女性の声が響く。か細く震えた、敵意などどこにも感じない声。それは迷うように言葉尻をすぼめてしまった。
「――貴方が、墓守の恋人だったっていう女性技師さん?」
 『赤い頭巾の悪食狼』Я・E・D(p3p009532)の紡いだ言葉に、女性がはっと顔を上げる気配がした。輪郭のみで顔の表情は見えないけれど、確かに息を呑んだような、そんな音がした。
『わたしは、そう……あの人の、恋人だったの』
 まるで思い出したかのような口ぶり。霊魂になって彼女もそこそこ経つだろう、記憶が劣化し、喪われてきていてもおかしくはない。
「墓守を助けに来たよ」
『本当に……!?』
 女性の視線――目元など見えないけれど――を確かに感じた『メサイア・ダブルクロス』白夜 希(p3p009099)は頷く。彼女が助けて欲しいと告げた対象が、彼をも含む全員なのならば。この言葉が一番効果的なはずだ。
 実際、女性はこれまでで一番の反応を示した。
「街の外はもうグラオ・クローネだよ。貴方もお世話になった人に感謝を伝えにいかない?」
 けれど希がそう続けると、女性は小さく首を振る。もう、死んでしまっているから、と。
「気になる事は皆、沢山あると思うけれど……順番に聞いていきましょうか」
「オッケー! でも時間がないから手短にね!」
 フルールの言葉にぐっと親指を立てた秋奈。他の者たちも異論はない。いくら聞いても問いが尽きることは無いけれど、時間は有限だ。
「この世界……これを作ったのはあなた? それとも別の存在? あなたはここに閉じ込められたの?」
 フルールが示したのは今、自分たちがいるこの空間。ある意味閉じられたひとつの世界。釣られるように見上げた女性は、魔種が作ったものだと答えた。
『わたしは、ただ……偶然入り込んでしまっただけ』
「偶然に……?」
 思わず聞き返したフルールに、女性――ルーシェと名乗る彼女は頷いた。

『彼には、見えないから』

 見えないから。それは『彼女の姿が』ということか。
「それじゃー次ね! 時計塔で黒いシミになった血痕を、あの場所で何があったかはあなた、知ってるっしょ?」
 束の間静かになった空間を秋奈がテンポよく進めていく。彼女の問いにルーシェは口ごもり、迷うような素振りを見せる。洗いざらい吐いて貰わねば、と口を開いた秋奈を制し、代わりに言葉を紡いだのはアリアだ。
「……1月4日、ある女性技師が殺害されました。事件現場は時計塔、殺された技師は……貴女だと思ってます」
 アリアの推理に、彼女は無言で頷いて。後を継いだのは希だった。
「静かな夜の街でも、動力に魔力を使えば無音狙撃もできる。時計塔は街のどこからでも見えるし……作業をしていたのなら、灯りがついていたんじゃないかな」
 どこからでも、誰からでも。あの夜に、時計台で誰かが作業していることは見えていたのだ。
 再び頷いた彼女は緩慢に、気づいたら死んでいたのだと答えた。あの日は夜間点検の日で、時計台を登ったところまでははっきりしているのだと。
(やっぱり、4日が彼女の命日なんだね……)
 Я・E・Dはルーシェの様子をじっと見る。輪郭しか分からなくても、息遣いや動きからある程度は読み取れるから。
「この街は1月4日から11日を繰り返している……何故11日までかはわからないけど、4日に戻る理由は『4日に人が死んだ』という事実をひっくり返すためではないかと思いました」
「11日でループする理由は、魔獣が街にやってきたのが12日なんじゃないかな。墓守は魔獣と殺人事件の両方の犯人にされて……反転した。それでも街の人を殺したくないから、やり直しを選んだんじゃない?
 死人は生き返らないから、結界を張って閉じ込めて。いつか来るかもしれない助けを、ずっと待っていた」
 アリアと、希がそれぞれが考え付いた推理を聞き、ルーシェは顔の向きを下げた。
『……あの魔獣は、あの人が作ったの』
「街の外から来たわけではない?」
 希の確認に首肯する。Я・E・Dがそっと口を開いた。
「……11日は墓守が魔種になった日?」
 4日に彼女が死んで。
 11日に彼が魔種になって。
 希が言う通り死者は戻ってこないから、4日から巻き戻しが始まった11日を延々と繰り返している。
(死を無かった事にするなんて、そんな事は不可能なのに)
 誰もが願って、けれど誰もが未だ成しえていない事。一介の魔種にできることなんて、精々モドキを作ることくらいではないだろうか。過去には月光人形と呼ばれた死者の傀儡や、深緑の妖精を核として作ったアルベドなどもいたそうだから。
「外壁で見たモンスターは、墓守が作った失敗作。……『喪ったものを創ろう』とした、なれの果て」
『助けて、あげて』
 アリアの言葉に帰ってきたのは、先日聞いたというのと同じ言葉だった。主語の存在しない、受け取り手によってどうとでも取れる言葉。
『皆……あの人も、生きてるの……! 喪ったものは取り戻せなくても、先があるのよ……!』
「わたし達は彼を……墓守を討伐するつもりだよ」
 ひゅう、と息を呑む音がした。ああ、とЯ・E・Dは思う。
 きっと彼女は、生者を生かしたかったのだ。けれどその願いは――その願いだけは恐らく、叶わない。
「待って。その前に、この街にいる殺人鬼を片付けよ? このままじゃ……魔種になったって、墓守が救われないでしょ」
 そう止めたのは希だ。女性技師を殺したという犯人が捕まった情報はない。ならばまだ、街の中にいておかしくないだろう。凶器は分解してジャンクパーツに売られているかもしれないが、イレギュラーズには伝手がある。
「フードを被った男が真犯人で、それに似せた霊魂を使って捕まえさせようとしているんでしょ」
「え、あれ。てっきりフードの人がルーシェさんかと」
 希の言葉にアリアが目を丸くする。ルーシェは魔種に操られている様子もないから、どちらも正解と言うことはないだろう。
 しかし――ルーシェは、どちらにも首を振った。あくまであの霊魂は魔種がイレギュラーズを監視するためのもの。
「それなら、真犯人は」
『死んだの。あの人が、殺したの』
 恨む者はもうおらず、さりとて愛する者ももういない。その過程か、末路かに男は反転したのだろう。
「……あなたが敵か味方か、まだよくわからないけれど……害意がないのなら、少なくとも私にとっては敵ではないわ。魔種だとしても、それが殺す理由にはなりません」
 そうでしょう? とフルールはルーシェへ優しく手を伸ばす。手の感触はなかったけれど、フルールは優しく包み込むように握った。
 魔種とて生きている。それは彼らが死ぬことからして間違っていない。そして反転してしまった者に人の心がないというわけでもないだろう。魔に犯されても己が役目を全うするものも、優しいものもいたことを知っている。
「もしも誰かを待っているのなら、一緒に待ってあげても良いわ。精霊たちも一緒だから賑やかよ?」
 だから、と優しく笑って。フルールはここを出る手伝いをしてくれないかと彼女へ問うた。
『……あなたは、あの人みたいに優しくて、眩しいのね』
「眩しい?」
 目を瞬かせるフルールに、ルーシェはようやく、初めて小さく笑った。しかしごめんなさいと首を彼女は横へ振る。
『わたしの力では、どうにもできないの』
「それなら代わりに、墓守の能力とか教えて欲しいな。知っている限りでだけれど」
 Я・E・Dの言葉に考え込む素振りを見せた彼女は、死霊術を扱えること以外はあまりよく知らないのだと答えた。元々戦うような者でもなかったらしい。
『このままだと……街の全体が、あの人に狂わされてしまう』
「そういうのを解決するのがイレギュラーズってもんよ! めっちゃ腐った魔獣出て来て倒し続けたの、知ってるでしょ?」
 任せて! と胸を叩く秋奈。その時、結界内を轟音が満たした。どうやら仲間たちが壁へと全力をぶつけているらしい。
 そろそろ、時間切れか。
「伝言があれば、聞くよ」
 振り返りかけたЯ・E・Dの問いに、ルーシェは小さく言葉を託す。
「幽霊さん? ルーシェさん? よかったら次、会う時は時計塔の上でね!」
 ひらり、と手を振った秋奈。次の瞬間、風船が割れるような音が大きく鳴り響いて――。

 終わりは、突然だった。
 風船が弾けるような音と共に結界が消え、外へ弾き出された者と内へ閉じ込められた者は束の間ぶりの邂逅を果たす。一同でどうにか住民たちを撃退すると、互いの無事と酷い傷を負っていないことを確認した。その間に数名が結界のあった周囲を調べる。
「もう敵の気配はなさそうですね」
「ああ」
 リュティスとベネディクトだ。リュティスは結界のあった場所に、触媒にされたと思しき骨を見つける。
(やはり、準備無しには展開できないものですか)
 外壁付近にも人骨が埋められていたと言うから、同じ類なのだろう。
「魔種は……いない、か」
 ベネディクトは周囲を見回す。かの墓守の姿はもう見当たらない。だが今はそれが有難いとも感じざるを得ない。
(過去に遡り、奴が何を求めているのか)
 気にならないわけではない。しかしそれが解決するのは――。
「……?」
「御主人様?」
 ふと視線を街の方へ向けたベネディクトへリュティスが声をかける。

 ――どうやら。今日はまだ、終わらないらしい。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)[重傷]
孤独の雨

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 次回、最終回です。近日公開予定で準備していますので、お待ちください。

 それでは、次のご縁もお待ちしております。

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