シナリオ詳細
紫陽花と雨音
オープニング
●ぱた、ぱた、ぱた。
薄曇りの下。湿気が肌にまとわりついて『Blue Rose』シャルル(p3n000032)は目を細めた。その目頭近くを雫が伝っていく。
手を伸ばせば指先に雫が当たって。当然のことながら冷たかった。
「シャルルさん、風邪引いちゃいますよ……ぴぃ"っ」
後ろからかかった声、……が唐突に潰れる。振り返るとひよこが地面へ顔を突っ込んでいるではないか。
「……何かの遊び?」
「ちーがーいーまーすー!!」
シャルルの言葉に顔を上げたブラウ(p3n000090)は、その前面を茶色に染めて。
「僕、シャルルさんが風邪引くんじゃないかって心配して来たんですよ?」
「……そう言うけど傘は、」
「ないです! 持てませんし!」
ぴよ! と翼を広げるブラウ。仕方ないと言わんばかりの雰囲気に、けれどシャルルは呆れたような視線を向けた。
「アンタ、人型になれるでしょ」
「…………あっ」
たった今気づいたような反応に、シャルルはやれやれと溜息をついて。そして雨にけぶる紫陽花畑へ視線を移すと、小さく目を細めた。
(……そうか、僕は)
風邪をひく体なのか、と他人事のように理解する。精霊であった頃はそんなものどころか、何もかもの狭間すら曖昧で。精霊として唯一あったのはそこに『有る』か『無い』か。
「シャルルさん?」
我に返って視線を向けると、足元でブラウが見上げていた。
「お店に行って、タオルを貸して頂きませんか?」
「……そうだね。そうするか」
頷いたシャルルはブラウをひょいと持ち上げ、腕の中へ。このひよこを歩かせていたらいつまで経っても着かないし、濡れているのはお互い様だ。
暫しの無言。雨音は声をひそめるようで、足元で跳ねる水音が遊ぶような旋律を奏でる。
「……ねぇ、シャルルさん」
「何」
「シャルルさんがこちらへいらしたのは、去年の今頃でしたっけ?」
ブラウの問いにシャルルは小さく首を傾げ、頷く。確かに今頃だった。そんな話もしたかもしれない。気がつけば去年は紫陽花が終わってしまっていたのだ。
「それじゃあ、シャルルさんの誕生日ですね」
精霊であったこと。人として召喚されたことを知るひよこは、召喚された日を誕生日と告げた。その言葉をシャルルは口の中で転がすように呟いて。
「……そうかもね」
もうすぐ、ここへ来てから──1年。
●カフェ『Hydrangea』
「いらっしゃいませー!」
店員の声が元気よく響くそのカフェは、紫陽花畑のすぐ隣にある。
ブラウン基調の落ち着いた室内にはカウンター席とテーブル席があり、どこからでも外の紫陽花畑を眺めることができる。店の構造柄、少しジメジメしてしまうのはご愛嬌。なんたって紫陽花畑を楽しむカフェなのだから。
メニューにはデフォルメされたドリンクのイラストが載っている。更にページを1つめくれば、そこには軽食や簡単なスイーツなども載っているのだ。
「注文はご注文口でどうぞ。店内をご利用のお客様は、先にお席の確保をお願い致します!」
注文し、受け取り口から客自らが受け取るシステムになったらしい。近くのA型看板には『シェアするならアジサイパフェ!』と大きく書かれていた。
「すみませーん! タオル貸してくださーい!」
ひよこの声が店内へ響く。店員の少女は少々お待ちくださいね! とバックヤードへ走っていった。
- 紫陽花と雨音完了
- GM名愁
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年06月25日 00時40分
- 参加人数44/50人
- 相談5日
- 参加費50RC
参加者 : 44 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(44人)
リプレイ
●Morning
しとしと、しとしと。
朝から雨降る空は、重たげな曇天で。けれどその下でヴァイスは楽しそうに微笑む。
頬を雫が落ちていく。傘を差さぬその身が濡れていく。けれど最早腐るわけでも、カビるわけでもなくなったこの体にとっては関係ないもので。
「ねえ、あなたはどこへいくのかしら?」
そう問えば、不思議な風体をしたカエルが家に帰るのだと告げる。紫陽花畑のずっと向こうにあるのだと。
「まあ! それじゃあ、この紫陽花畑は庭のようなものなのね」
それじゃあ雨の日は? なんてヴァイスは興味津々に問いを重ねて。
そこへ足取り軽く紫陽花畑を進んでいたサンティールがやってきて、ぱっと瞳を輝かせた。
「ウィル! 見て! 真っ白なカエル!」
ヴァイスがトカエルの行き先を教えると、サンティールは「じゃあ、家族のカエルにも会えるかもしれないね!」と笑う。
ヴァイスと別れたサンティールは、傍らを黙々と歩くウィリアムを見上げた。
「ねえ、ウィル」
サンティールの好きな空は、青い空。けれど草も花も喜んでいるように見える雨の日だって『結構好き』と言えるくらいには好きで。
雨は好き? と聞けば、彼は小さく肩を竦めた。
「雨は、正直あんまり好きじゃないな
本は湿気るし、空は見えないし……」
「ふふ、あはは! ウィルがあまり好きじゃないの、見たらわかるよ」
だってほら──サンティールが示したのはウィリアムの肩。片側だけ夜色の傘からはみ出して、濡れてしまっていた。
「まあ、確かに。雨に濡れた草花は、見方によっては綺麗かもな」
それでもやっぱり、ウィリアムが好きなのは夜の空──そこに煌めき浮かぶ、星々なのだろうけれど。
お気に入りの傘の中でサンティールはその答えに笑うと、次は喫茶店に行こうかと彼を促した。
『次』『いつか』
この相手とならいくらだって浮かぶ、未来への希望。いつも通りの気分で、けれどそれを2人とも口には出さず歩き続けた。
(雨か……まぁ、時期的にしょうが無いけどな)
珈琲のカップを口から離し、ジェラルドは外の天気に目を細めた。
雨に対して、気が滅入るという者とそうでない者がいる。ジェラルドは後者。
雨だからこそ外へ出てこういった喫茶店を訪れて、紫陽花を眺めながら美味しい珈琲を飲む。こんな時間のお陰で1日が始まるのだ。
(そういや、そろそろ薬草が尽きるか。取りに行かなきゃなぁ……)
なんて、紫陽花を見ながらジェラルドは頭を掻いた。
青、紫、ピンク。花の色は土壌の性質による。それが分かれば採取できる薬草の種類もわかる──なんて、思ってしまったから。
ねねこは彼よりも喫茶店の中央に位置する椅子へ座り、本を開いた。
まだこの世界に来たばかり。自らが無知であるという自覚はある。学生であっ彼女のやるべきことは1つだろう。
──そう、勉強である。
歴史や地理の本を購入してきたねねこはコーヒー片手に頁をぱらぱらとめくって。
「う~ん……この本だけじゃまだ良く分からないですね……」
わかる者に話を聞いた方が良さそうだ、と本を読みきると首を傾げた。そしてモーニングのクロワッサンへと手を伸ばす。
これを食べ終わったら次の本を読もう。外は生憎の雨だが、勉強や読者には丁度いい天気だから。
さあさあと、静かな音が耳を擽る──そんな朝。
●Noon
「憂鬱ね……」
そう呟くレミアの体は、その姿ゆえに上半身しか雨を防げない。それでも傘を差して、紫陽花畑というなかなか見ることのなかった景色を眺めて進む。
新鮮な気持ちで紫陽花を見て進むレミアは、雨宿りできそうな場所を見つけるとそこでとぐろを巻き、傘を閉じた。雨の音を聞いて、鮮やかな紫陽花を眺めて。ふと、そこに白い影を見て、レミアはちょっとした遊びを思いつく。
彼女とは正反対に、グランツァーは傘なく外を歩いていた。それは只々、雨に包まれたありのままの世界を楽しむために。
目を楽しませる紫陽花も。静かに降る雨も。そしてそれに打たれ薫る土も風情というもので。
土の味を持ってその苦労や手間、ロケーション作りの手間に想いを馳せてみる。庭園は1日にしてならず、なのだから。
そして紫陽花に隠れる生き物へ、グランツァーは目を向けるとそっと細めた。
「お気に入りの和傘、準備よしっ! 多少濡れた時のためのフェイスタオル、準備よしっ!」
雨と紫陽花を楽しむ準備を万全にした焔は意気揚々と外へ出かけた。
(よくお母様と一緒に神社の敷地に咲いてる紫陽花を見てたっけ)
父の訓練も少なくなる雨の時期。母とゆっくり花を見られるこの日がとても好きだった。今は体を動かせないことが残念だけれど、それでもそんな思い出のおかげか雨の日はウキウキしてくる。
「ふんふ ふんふ ふっふふっふ ふんふんふ~ん♪」
楽しげな歌は、紫陽花の中で。
フロウは紫陽花畑の景色を見て、懐かしげに目を細めた。
「此処に来るのも1年振りですか。相変わらず綺麗ですね」
海種である彼女に傘は必要なく、雨も多少なら気にならない。
以前と──去年と同じように、急く必要もあるまいとのんびり紫陽花の間を抜けて。
去年も訪れた紫陽花畑。去年と違うのは、さらに色鮮やかに見える事。そして──蜻蛉と傘が1つであること。
「あれからもう1年経ったとは、どおりで最近足腰がキツいわけだ」
「……まぁ、1年経っただけやないの。よお言うわ」
その表情は呆れているけれど、どこか楽し気で。彼女は落ち着かない十夜の内心に気付いているのだろうか。
ふと、蜻蛉が紫陽花を見て花言葉を知っているかと問うた。雨の中で健気に咲く花であれど、その花言葉は決して明るい物ではない。
「……でも白は、寛容、ひたむきな愛情、やて」
つきり、と。花言葉が十夜の胸に刺さった。思わず出そうになった言葉は余計も余計、悲しませこそすれど喜ばせはしない言葉。それを飲みこんで、代わりにと呟いた言葉は。
「……苦しくねぇのかね。ひたむきに……一途に、想いを抱え続けるってのは」
同じ傘の下、その言葉が拾えない筈もなく。そしてその問いは、蜻蛉自身にも重なって。
「……ひたむきに誰かを想うこと。たとえ叶わなくとも……”想う”だけで倖せなんよ」
それは花の話のはずなのに、互いに”誰か”を差しているようで。揶揄い混じりの視線を向ければ、蜻蛉の肩が濡れそうなことに気付く。そして、そのすぐ後ろの真白な紫陽花にも。
「なら……気丈な”花”が風邪を引いちまわねぇよう、気をつけてやらねぇとな」
傾けられた傘の下。十夜を見上げた蜻蛉は、何も言わずに微笑んだ。
「さて、何を頼むかのぅ……お勧めは紫陽花ぱふぇのようじゃが」
「んー。どんなパフェなのか分かんないけど、これにしよっか」
華鈴と結乃はお互いを見て頷いて。それじゃあ飲み物と一緒に、と注文しようとした2人は店員に止められた。止められた、というよりは注文をやめざるを得なかった、と言うべきか。
「1つにしたほうがいいの?」
「そうですね……お2人が沢山食べる方でないのなら」
「まぁ、足りなかったら追加で何か頼むのじゃ」
(なんでだろ? 子どもだからかな?)
結乃はそう首を傾げるも──その答えはすぐにわかった。
「……おっきい」
「……思った以上に大きいのぅ」
どう見ても、1人分ではない。
「これはアドバイスを聞いて正解じゃったな……」
「うん。無理矢理頼んでお残ししたら食べ物に申し訳ないもんね。じゃあ……いただきます」
2人は店員に感謝しつつ、手を合わせて。ひと口食べれば、花が綻ぶように笑顔が浮かんだ。
(ふふ……! 美少女……いや、美女?)
夏子の傍らにいるイーリンは、ひょこりとウサ耳カチューシャを揺らして。どう見たって2人が同い年だと思う人はいるまい。
「注文は貴方と同じでいいわ。それより貴方とおしゃべりしたいしね」
その言葉に夏子は頬を緩ませて。彼女を待たせないようササッと注文してしまう。
「カフェオレ2つ。あ~……せっかくだしアジサイパフェも」
注文したものを受け取り、イーリンの元へ戻れば──不謹慎ながらもやっぱり見てしまうのは胸。
(どうしても目が追っちゃうんだよね~)
……なんて夏子だが、イーリンの話は至極真面目に聞いていた。冒険者であることや、ダンジョンが好きな事。何気ない話までイーリンが話せたのは、夏子が話しやすいように相槌を打ったりしてくれているからかもしれない。
夏子はふと、イーリンと紫陽花の景観を独り占めできることが贅沢だ、なんて言ってみせて。
「そんでどうだろ?今夜は一緒に忘れられなくなるような熱くてHOTなナイト・ヴィジョンを──」
言い募る夏子の鼻を煙の臭いが擽る。それは目の前の──イーリンの、紙巻き煙草から。
「そういうのは視線をちゃんと上に向けてから言うものよ」
とはいっても、夏子のほうがイーリンよりずっと大きいのだけれど。
小さく笑ったイーリンは、帰りましょうか、と夏子を促した。
「こんにちは、シャルルさん。えっと、良かったら一緒にお茶しない?」
シャルレィスの言葉にシャルルは目を瞬かせた。アジサイパフェが食べてみたいのだと言えば、納得したように頷く。
「あれ、1人じゃ食べきれなそうだよね。ボクも迷ってたんだ」
「ほんと? 良かった!」
シャルレィスはパフェを注文してテーブルまで戻ってくると、シャルルの方へ正面を向けて。
「……これは、」
「えへへ、シャルルさん、1歳の誕生日おめでとう!」
『Happy birthday』のプレートは、店員とこっそり相談したもの。プレゼントは用意していなかったけれど、何かの形で祝いたかったから。
「シャルル、素敵な誕生日パフェだね!」
丁度外から来たサンティールがその姿とパフェを認め、にっこりと笑う。
「シャルル、おめでとう!」
「それか、旅人だから……この世界に来てくれてありがとう、かな?」
彼女とウィリアムの言葉に、シャルルは小さく微笑んで。
「……折角だからさ。このパフェ、4人で食べない?」
──なんて、提案してみせた。
そこから少し離れて。
「はぁ……」
ため息ひとつ。エルはホットカフェラテで冷えた体を温める。けれど、心までは温かくならなくて。
(あとで謝ろうと思うけど……)
同居人との喧嘩は些細なきっかけ。それでも謝るには勇気がいるし、心の整理も落ち着きも必要で。
ふと、楽しそうな声が聞こえた。誰かを祝うような言葉。
(……誰かの誕生日なんでしょうか?)
今はお祝いする、できる気にはならないけれど。エルは小さくおめでとうございます、と呟いた。
「腹がへったー♪ 腹がへったー♪」
歌うワモンは喫茶店に気づき、中へ。おすすめメニューを見てビックリ仰天。
「な、なんだってー?! アジが入ったパフェがあるのか!」
好奇心か、何かが誘うままそれを注文するワモン。量なんて気にしない──はずだったが。
「おー、でけぇ! お、思ったよりでけえぞ……そしてアジが入ってねぇ!」
当然である。
アジが入っていないことに束の間しょんぼりしたワモンだが、気を取り直して。そこへ見たことのあるひよこを発見する。
「お、ブラウ! おめえもこれ食うの手伝ってくれ!」
「ぴよ! わかりましたトドさん!」
「だからトドじゃねえ!!」
「少し歩き疲れたけど、まだまだ、見たいところいっぱいだね」
「ああ。だが『腹が減っては戦はできぬ』てな。俺の住んでたところで使われていた言葉だ」
エストレーリャと誠吾は喫茶店へと寄り、メニューを眺める。
「紫陽花モチーフのパフェに、菓子類。ピザ…いろいろあるな」
「いっぱいで、迷っちゃうね。誠吾くんは、何頼むの?」
その問いにパスタとピザと、と言いかけて。誠吾は一瞬口を噤むと、視線をメニューの別の場所へと向けた。
「折角だし二人でシェア出来る奴頼もうぜ。サンドイッチと、デザートにパンケーキにするか」
パンケーキはイワツムリ風らしい。いったいどんなものなのだろう。
「分け合うのも、いいね! こういうの、初めてだからわくわくする!」
エストレーリャはにっこり。窓際の席を取って、受け取り口で呼ばれるまでに取り皿も用意しておく。ふと視界に不思議生物が見えた。これは──。
「あ、イワツムリ!」
声を出せば、丁度料理を受け取ってきた誠吾が戻ってくる。この場所は色々なものが見えて、あれこれ摘まめて、時間もたっぷりある。ずっとずっと喋っていられそうだ。
「小夜ちゃん、タピオカって知ってる? メニューにあるんだけど」
本来は他の世界にある飲み物だ。まあこんな時はお馴染み、練達の働き(仕業)である。
「たぴおか……? よくわからないけれどお任せするわ」
「はーいっ」
政宗は抹茶ミルクとミルクティーのタピオカを注文し、小夜の座るテーブルまで運ぶ。
「わ、もちもちだ!」
「これは……不思議な食感ね」
中々こんな食べ物……いや、飲み物だろうか? 食す機会もないというもの。2人はタピオカを食べながら、会話に花を咲かせて。
「あら、透垣さんもあの時のお花見に居たのね」
「うん!色んな出店があったし楽しかったよねぇ」
知り合って間もない2人だが、あっという間に時間は過ぎる。
「今日はお誘いありがとう、楽しかったわ」
「こちらこそ楽しかっ……!?」
腕に絡みつく感触。小夜が抱きついてきたのだ。政宗の頬が朱に染まる。
(小夜ちゃんの目が見えなくて良かったよぉ……!)
ああ、でも早鐘を打つ鼓動が聞こえてしまってるかも。そんなことを思いながら政宗は傘を差し、彼女を濡らさぬようエスコートしながら帰路へと着いた。
「うわ……雨降ってるし……」
リリーはげんなりした表情を浮かべた。この時期は雨が多くて鬱陶しい。ディープシーは濡れても平気なのでは、という声にリリーはいや、頭を振った。
まず濡れる。髪とか特に。濡れるとつまり、乾かさなければいけない。面倒である。
「もうカフェの隅っこでじっとしてよ……」
殻に半分篭り、ドリンクだけ注文して。ニート万歳を読んで動かないでいよう。
「ぴよ……それじゃあまるでカタツムリさん……」
「は? 今誰かカタツムリって言った…?」
胡乱げに向けた視線の先には、瞳をぱちくりとさせたひよこが──あっ逃げた。
「ブラウさん!」
弥恵の声にブラウはぴよっとそちらを向いて。
「わぁ、あの時はありがとうございました!」
「お元気そうで何よりです。まさか情報屋してるとは知りませんでしたが……。
不幸事に巻き込まれぬように気をつけて頑張ってくださいね」
はい、と元気な返事ににっこり笑って。そして弥恵は何やらそわそわとし始めた。
「ブラウさん、その、膝に抱えてもふもふさせてもらえたりとか」
そう問えば、やはりというべきか。ブラウの動揺が目に見てわかる。
「無理強いはしませんよ。それなら……代わりとはなんですが、お食事などご一緒にいかがでしょう?」
「! はいっ、それなら是非!」
──そう、それは水無月の昼下がり。
窓ガラスを遠慮がちに叩く雨は、しかして止む気配を見せず。水を含んだ空気が物憂げな表情を浮かべる女の前を、ふと通り過ぎた気がした。
……などとモノローグを自ら拵えるは高性能アンドロイド・エリザベス。彼女ほどともなると風邪をひき、まず関節が痛くなるという人間っぽさを発揮するらしい。
そんなエリザベスが何をしているのか? それは「何も考えていないように見えて実は色々考えていそう、でもやっぱり何も考えていない」ごっこである。雨から避難して人間ウォッチングをしているとも言う。ちなみにお供は本。薄いやつ。
さあ、今は誰を見ているのかと言えば──。
喫茶店の出入り口で空を見上げていたシャルルへ、1本の傘が差し出された。
「精霊サマの誕生日って聞いてな、折角なんで贈り物でもってな」
リボンで飾られたそれに、シャルルは小さく目を見張って。グレンはその様子に小さく笑ってみせる。
「美人に贈り物するチャンスを逃しちゃ男が廃る……ってことで一つ、受け取ってもらえるかね?」
シャルルは冗談めかせたその言葉に目を瞬かせ、小さく笑みを浮かべた。ありがとうの言葉とともにリボンが解け、傘が開く。
グレンがもう諦めたそれが、この少女にとって僅かでも良き日であるように──そう思わずにはいられない。
そして雨の中、開いた傘の内1つ。
晴れは嫌いだけど、苦手ではない。雨は苦手だけど、嫌いではない。
(……どちらせよ傘をさすのは変わりませんが)
クローネは鮮やかに咲き誇る紫陽花を見て回る。その花言葉は無常、冷酷、移り気などというが、一体何を表しているのか。
その足が、ふと止まる。
(……私は)
今、どんな色をしているのだろう。今となってはローレットに所属する1人。昔は──。
(今の私は……どう映っているんだろうか……私は、)
嗚呼。何故、雨が嫌いだったのか。
雨へと手を伸ばしていたクローネは、そこに真白い少女の姿を認めた。
「あじさいがいっぱい!」
すごい、綺麗とはしゃぐQ.U.U.A.は傘もささずに紫陽花の間を駆け回る。
紫陽花の足元には白い姿。
「トカエルだ!」
くるりと宙返りしながら紫陽花な上を通り過ぎ。
「こっちはイワツムリー!」
温度視覚で生き物を探す。
「ほかにもいるかな?」
興味津々、好奇心の塊なQ.U.U.A.はトカエルの家族を発見して。
「たくさんのトカエル! こういうのたべるかな?」
持ってきた菓子を出してみたり、にらめっこしてみたり。楽しげな声が紫陽花畑に響いた。
大正の女学生姿で蛇の目傘を差すレジーナの傍らには、お忍びでやってきた青薔薇の君。
2人で1本の傘を共有すれば、必然と距離は近くなるもの。そうなりたくて誘ったのだ。リーゼロッテはその心を知ってか知らずか、レジーナの差す傘に入った。
「紫陽花が綺麗ですね」
(本当は汝(あなた)の方がお綺麗ですが)
口に出してなんて、言えない。この距離にあって、雨が2人を傘ごと包んでいるようで。
「お嬢様は、雨はお好きですか?」
「ふふ、そうね」
青薔薇の君は小さく笑って、呟く。そこにどのような想いが含まれているかはわからないけれど。
──貴女と見る雨は悪くないかしら? なんて。
「あめは いいわね」
「Pi! PiPi!(雨、気持ちいいね!) Pi~!(びしょびしょ)」
濡れながら、それも気にせずボムグラニットは空を見上げる。その前を進み、時折水溜りへダイブするみどりは楽し気だ。
ボムグラニットがまだ花であった頃は、雨が大好きだった。今も好きだけれど、残念ながらもう雨水を吸う事はできない身体である。
「PiPiPi! Pi!(ぼくね、水を飲んで美味しいのを作れるんだよ)」
「え? みどりちゃんは おみずをすえるの?」
ボムグラニットがみどりの言葉を何となく読み取ってそう返す。みどりは雨水を吸収すると、頭の葉から蜜を出した。
「わあ とってもすてきね。」
雨水が蜜になったのだと知って、ボムグラニットは両手を胸の前で合わせる。
「わたし あまいのがすきよ とってもあまいの ひとつぶくださいな」
蜜をひと口。みどりがどうだろう? というように窺っているのがわかる。
「Pi!(すごく甘くしたよ!) Pi! PiPi?(ポム、美味しい?) PiPiPi~(美味しかったら嬉しいな)」
「このみつ とってもおいしいわ」
ボムグラニットはにっこり。みどりはぴょんこぴょんこと嬉しそうに飛び跳ねて。
2人の精霊種はのんびりと、紫陽花畑の散策を再開した。
「天義はまだ大変だけど、たまにはこんな日もいいわよねぇ」
ふわりと笑うアーリアからは、優しい旋律が聴こえていた。この前までとは全く違う、むしろ以前より柔らかくなった旋律。
アーリアに呼ばれたリアは顔を上げる。
「リアちゃん。この前は……妹との喧嘩について来てくれて、ありがとねぇ。私がどんな気持ち(葛藤)だったか、ぜーんぶ貴女のギフトにはお見通しだったでしょ?」
その言葉にリアは苦笑を浮かべた。あの時は壊れてしまいそうな旋律で、怖くて。とても、心配した。
(2人が互いに向き合えるようになったってんなら、あたしも嬉しいんだけどさ。なんだろう、こうちょっと、なんだろう……)
リアの様子に「なぁに?」とアーリアが声をかける。
彼女にとって、アーリアは姉の様な存在だ。けれど、アーリアには本当の妹がいて。それがどうしようもなく──もやもやするのかもしれない。
「うー……あのその! アーリアさん! これからも、貴女の事をお姉ちゃんの様に思っていてもいいでしょうか!」
その言葉に一瞬ぽかんとしたアーリアは、満面の笑みを浮かべた。
「──勿論!」
そして何故だか、アーリアは傘を閉じて。
「って! 濡れちゃう! 濡れちゃうよ! お姉ちゃん!」
「ふふ、大丈夫よぉー。ね、”リア”も一緒に!」
2人は手を繋いで、びしょ濡れになって。こらえきれなくなったように、笑いが零れた。
●Night
未だ雨は、静かに降り続けて。
「思い出がまた一つ、こうして増えるのは嬉しい事。……ですよね」
ランタン片手に、傘を差したエルナはほう、と感嘆の息を零した。ここまでの量はなかなか見られない。
白、青、紫。進めば移りゆく紫陽花の色を楽しんでいると、そこには少しばかり変わった生物たちも見えて。
(此処は不思議な場所ですね)
不思議な場所で──羨ましい場所。
「……、色を変えても尚。咲き誇り続ける貴方達が。少し、羨ましく思います」
そう呟いて、エルナは紫陽花たちの声に耳を傾けた。
傘を差したミーナはカンテラはェクセレリァスに持たせ、彼女も共にその下へと入れる。
「狭いとか文句は言わせねぇぜ? デートなんだから当然だろ」
「別に雨に濡れても私は平気っちゃ平気なんだけどねー。ま、この方がいいか。距離近くなるし」
なんでもない事のように彼女の肩を抱き寄せるミーナ。ェクセレリァスは内心飛び跳ねそうなくらい喜んでいて。
(今日はミーナと一緒だ。やったー♪)
2人きりの時間。2人きりの世界。2人を囲む紫陽花はどの世界でも大体同じで、雨に似合うのも一緒。
「変わるものもあるけど、変わらないものもあるもんだ」
例えば、紫陽花と雨。例えば──ミーナとェクセレリァスの関係。
「変わらない、かー……そうであってほしいね」
「お前も、私も、いつまで生きるかわからない。だけどこの命ある限り、変わらないだろ?」
この想いはな、と告げるミーナ。ェクセレリァスは「お互いに長く生きられることを願うよ」と返し、ふと周りを見回した。
「いつも空飛んでたから、花を見る機会ってあんまりなかったなー」
いつだってこうして、2人で過ごせたら──なんて思ってしまう。その内心はもっともっと独占欲に満ちていて、けれどまだ今は、言わずに。
「あ……シャルルさん?」
メルナが声をかけると、薔薇模様の傘がくるりと回る。
「……あ。えっと、この前はお疲れさま」
この前、と言えば共に行った果ての迷宮のこと。不思議で、綺麗で、不気味な水の階層。
労い混じりに話をしていたメルナは、あの、と言葉を切りだした。
「今日、誕生日なんだよね? おめでとう!」
当日に知ったものだから、プレゼントは何もない。けれど気持ちが大事だと思うから。
「それに、誕生日を祝う事……それに祝われる事って、きっと大切な事だって思うんだ。……お兄ちゃんが言ってた事だけど、ね?」
「そっか。……あ、それじゃあ」
メルナの誕生日も教えてくれる? とシャルルは首を傾げて。
──そしてシャルルが最後に会ったのは、竜の少女。
「誕生日おめでとう……シャルル」
ヨルムンガンドは、自身もシャルルのように召喚された日を誕生日としていた。人になることで出会う人々。過ごす日々。そしてシャルルの誕生日を祝えたこと。呼ばれたことに後悔はなく、只々嬉しくて。
「今聞くのは野暮かもしれないけど……シャルルはここに呼ばれた事、どう感じてる?」
「そうだなぁ……なんて、考える余地はないよ。一緒さ」
視線が交錯して、どちらからともなく微笑みを浮かべて。
「これからの君にも、どうか溢れんばかりの幸せがありますように……!」
「うん。ヨルムンガンドにも……両手で抱えきれないくらいの幸福が訪れますように」
「こんな時間に、紫陽花を眺めながら楽しめる喫茶店があったなんて……」
感嘆の声を上げるエンヴィとクラリーチェは喫茶店の中へ。休憩を兼ねて何か飲み物を、とメニューを開くが──。
(隣同士で、一緒にメニューを見るのは……少し、気恥しいわ……)
クラリーチェは気にしていないのかしら。気にしていないのかも。それなら、きっとエンヴィが気にし過ぎなのだろう──なんて思いながら視線をメニューへ移した。
「えっと、お勧めは紫陽花パフェみたいだけど…流石にこの時間に、二人で分けるパフェは……」
迷う素振りを見せるエンヴィ。クラリーチェも時間的に重たいと思う。
「ならばまた後日、パフェを食べに昼間に来ましょうか」
「ええ、そうね。その時はお昼を少し軽めにして……」
頼んだのは紅茶とフルーツサンド。クラリーチェは珈琲を。
席に着けば、窓から店内の明かりに照らされた紫陽花が見えた。思わず、ぽつりと言葉が零れる。
「……紫陽花、綺麗ね……」
「はい。時間帯のせいか店内も静かですし、ゆっくり眺められますね」
淡く色づいた紫陽花。照らされる様は、どこか幻想的で。
「貸切とまでは行かないけれど、贅沢な気分だわ……」
雨の小さな音を聞きながら、2人は暫し時を忘れて紫陽花を眺めていた。
蛍と珠緒も、2人仲良くアジサイパフェを分け合って。綺麗な紫陽花だったと顔を綻ばせるも、その花言葉を思い出した。
「そういえば紫陽花の花言葉ってたしか……『移り気』だったかな。あんなに色とりどりだからかしら?」
「紫陽花は、移りゆくもの、常ならぬもの。桜咲の知識でも、変わらぬもの、永遠なるものを求める方は多く思えます」
それは、変化を拒むように。手の届かぬものへ手を伸ばすことが前向きに、手から零れ落ちていくものは後ろ向きに捉えられるのかもしれない。
珠緒にどの色が印象的だったかと問えば、青色と返ってきた。青でも薄い、淡い青。
「段々と濃い青へと変化していく様は、雨の水色を身にため込んでいるようで……成長していく姿のようにも、思えるのです」
「そっか……ボクはピンク色だな。雨の中でも元気な感じがして」
そんな話をしていれば、いつの間にやらアジサパフェはなくなって。収まったのは当然、2人のお腹だ。
「帰り道の間、眠くならないように注意しませんと」
「あ、それなら帰りの駅馬車が来るまで、さっきのお話の続き聞きたいわ」
まだまだ、いつだって──話し足りないから。
それから暫し。人が閑散とした頃にやってきたラナーダはおススメのパフェを注文した。……勿論、1人で。
(お腹を空かせてきたから大丈夫。多分、きっと、めいびー)
そうは思っても、スプーンを持つ手は時たま止まって。静かな雨音を聞きながら外を眺めたり、ぼんやりと。何を思っているのか、そこから計り知ることは出来ないが──少なくとも眠くはあるようだ。
閉店間際になって食べ終えたラナーダは、欠伸をしながら雨の中へと去っていく。
その、雨の中。
「おおーっ! ママほどジャナイデスが花いっぱいデス!」
オジョウサンは早速紫陽花に紛れると、捕虫袋の蓋を開いたまま目を閉じた。
「ふぁぁ……とても落ち着くデス」
ヨダレまで垂らしてすっかり眠りを楽しんでいる。そんなオジョウサンからは良い匂いがして──羽虫がふらふらと。
中までやってきた虫をパクリと食べ、擬態は眠りながら幸せそうな笑みを浮かべた。
虫でもいい。人でもいい。早くやってこないだろうか。
だが、あとは只々時間が経つのみで。
「ふぁ……あ、もう朝デスか!」
もう行かなければ。それが家か別の狩場かはわからないが──ひとまず何処かへ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
去年ぶりです、の方も。紫陽花畑が初めまして、の方も。お楽しみ頂ければ幸いです。
シャルルへの祝辞、そしてプレゼントもこの場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。
それではまた、どこかでご縁がございましたらよろしくお願い致します。
GMコメント
●すること
紫陽花畑を楽しむ
●選択肢A
時間帯をお選びください。朝、昼、夜のいずれかより選べます。
●選択肢Bー1:紫陽花と雨を楽しむ(タグ【雨】)
紫陽花畑の散策です。広大な紫陽花畑をお楽しみ頂けます。雨が降っています。
傘の無い方は店からの貸し出しもしています……が、OPのように敢えて濡れるのも一興です。夜はランタンの貸し出しもしています。
地面から50cm程度の高さに青、紫、白と様々な色の紫陽花が咲いています。切って持ち帰る等はご遠慮ください。
紫陽花の影などに以下のような不思議生物を見つけられるかもしれません。
・トカエル(カエルっぽいなにか。白くてトカゲの尻尾がある)
・イワツムリ(ナメクジらしきもの。貝殻の代わりに中が空洞の石を背負っている)
……etc.
●選択肢Bー2:傍らのカフェで寛ぐ(タグ【喫茶】)
紫陽花畑の隣にある広いカフェで寛げます。入口が大きく開いており、窓も大きく作られているのでどこからでも紫陽花を眺めることができます。
基本的にはテーブル席。お1人様であればカウンター席もご用意しています。
ソフトドリンク、菓子、軽食などが売られています。アルコールはありません。
期間限定のお勧めはアジサイパフェ。2〜3名用です。
※夜でも営業していますが、人気が無くなるほどの深夜は閉まります。ご注意ください。
●プレイングの書き方(例)
1行目:夜【喫茶】
2行目:同行者or同行タグ(なければ改行のみ)
3行目:本文
上記の書き方ですと、執筆の際にとても嬉しいです。必須ではありません。
●イベントシナリオ注意事項
本シナリオはイベントシナリオです。軽めの描写となりますこと、全員の描写をお約束できない事をご了承ください。
アドリブの可否に関しては明記がなければ(多分)ほどほどにアドリブを入れます。
また、不思議生物及びカフェメニューは「こんなのありそう」と考えられる範囲であればご自由にどうぞ。
●NPC
私の所持するNPC、及び『ざんげ』以外の幻想にいる(と思われる)NPCは登場する可能性があります。
●ご挨拶
愁と申します。6月ですね。
去年に引き続き、紫陽花畑をお届けします。
シャルルの誕生日云々もしれっと混ぜてますので、もしシナリオでお祝いしたい方がいらっしゃいましたら、今回のイベシナでお願い致します。日付はブラウから聞いた、などお好きに決めて頂いて構いません。
ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。
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