PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<希譚>葛籠神璽

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●語り部とは
 言霊幸う国とさえ称されるこの国の文化は分かり易いにも程があろう。
 八百万の神々への信仰を行なう一方で、忌み嫌われる言葉の数は山ほどある。口にしてはならぬと言うのは言葉には霊力が伴うと考えられていたからだ。
 例えば、異質なるものを目にしてはならぬと言うのはその存在を認識するが故だろう。
 例えば、決して口にしてはならぬと言うのはそれを『呼び寄せて』しまいからだと言われている。
 よく考えてみて欲しい。神仏などをその身に触れる降霊術などは口寄せと呼ばれるのだ。死人に口なし、とは言うが『死口(しにくち)』を以てして他者に肉体を貸し出して死者の言ノ葉を伝える事が稀にあったのだ。
 口に戸は立てられず噂は吹く風の如く広まり流れる川の如く現代に染み居る。知らず知らずの内に我々は信仰の最中にある。食事をするときに頂きますと口にすることさえもそうではないか。殺生を咎める訳ではないが命に感謝をし、食物を頂く行為を挨拶として慣例化しているのだろうか。
 信心深くなくとも我らは神と生きている。当たり前に過ごすその最中に、傍らに神の目があろうとも心を寄せることもなく。

 音呂木ひよのという娘は希望ヶ浜という安寧の地で生れ育った娘である。
 音呂木神社とはルーツは明確である。地域に一般的に行なわれる夏祭りや点在する寺社仏閣。そうした我々の日常に染みこむように存在するフィールドのオブジェクトの一つであった。
 だが、それだけでは形骸化したただの社でしかない。故に、理由を添えてやるのだ。
 まず音呂木という名である。言に一を付け加え、音とする。日が立てば朝が来て鶏の鳴き声が『響く』のだ。
 呂は口二つ。木とはそのものの見立ての漢字ではあるが古くより依代としても使われる。
 音呂木という家は言霊に関する立場であったのだ。希望ヶ浜に棲まう者を言祝いで、言霊によって平穏を与える。

「ひよのさん」
 呼ぶ。
「パイセン?」
 呼ぶ。
 音呂木・ひよの(p3n000167)が目の前に立っている。
 ひよのという名は、『非夜乃』と書くらしい。夜に非ず。
 音呂木神社の境内に立っている彼女を前にして笹木 花丸(p3p008689)はじいと彼女を見ていた。
 弟子にして欲しいとその身を寄せ、慣れ親しんだ場所であるというのにこの地は異質であるとも茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は感じ取る。
(……やべー気配するよね、ね?)
 ぞう、と背筋を伝った嫌な気配が彼女からするだなんて思いたくはなかったけれど。
「夜に非ず」
 葛籠 うつしよは扇子をぱちりぱちりと音を鳴らしながらやってきた。
 音呂木ひよのにとっては縁者となる彼女は双子の兄であるとこよと共にやってくる。
「けったいな名前やと思いません?」
 振り仰ぐ。よる。夜妖<ヨル>――まるでそうではないとでも告げるかのようだ。
 最初から彼女はずっと其処に居た。
 希望ヶ浜怪異譚を紹介し、彼女が皆を誘導するように進んで来た。その道の最中に立っている。
 巫女とは。『巫(かんなぎ)』、口寄せを行なう存在であるとされている。ならばこそ、神懸りを成すべき巫は。
 彼女だ。
 音呂木ひよの。
 己のプライヴェートを口に為ず音呂木の加護を有していたから他の真性怪異の領域に踏み込めやしないと告げて居た彼女。
(違う)
 花丸はその時、実感した。
(……違う)
 ひよのは『音呂木の巫女』だから入れないのではない。真性怪異の依代だから入れやしなかったのだ。
「あなたは、誰?」
「ちょま、ちゃん花?」
 慌てた様子で振り返った秋奈と、花丸の傍に立っていたしにゃこ(p3p008456)が「ジョークですか!?」と花丸の頬をぱちぱちと叩いている。
 驚愕した様子であった越智内 定(p3p009033)にジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)が勢い良く飛び付いて「どう言うことですぞーーー!?」と叫んでいた。
「ああ……」
 ざらりとした声を出した後、カイト(p3p007128)は帰り道を見失ったことに気付く。
 歩き回るのはタムケノカミ。それはひよのの元へとやってきて、帰り道を失ったかのようにその場だけをぐるぐると回っていた。
「どうやら、音呂木の神様とやらは俺達を帰しちゃくれないようだ」
 呟いたカイトの隣ではいつの間にやら復調した様子の澄原 水夜子(p3n000214)が「あらまあ」と呟きながら何食わぬ顔でaPhoneをいじっている。
 其の儘ポケットにaPhoneを滑り込ませてから彼女はにんまりと微笑んだ。割り切れない感情と相対するのは『今』ではない。
「ずっと、疑問だったのですけれど、私から聞いても?」
「ああ、水夜子君に『マイク』を」
 恋屍・愛無(p3p007296)が促せば水夜子は頷いた。
「同じ手法ですか?」
 豊底比売――R.O.Oの『あの場所』で顕現していた夜妖と同じように。
 真名とはそのものを象徴する。真にその名を忍ばせるならば『葛籠神璽』とするべきか。
 ああ、ならば。
 真性怪異に人としての名を与えて『神ならぬ人として顕現させようとしていたのは』。
 水瀬 冬佳(p3p006383)は囁いた。
「うつしよさんととこよさんは箱と言いました。
 ひょっとして、葛籠の血を引いた者は、葛籠神璽という存在の容れ物――つまり、本来意義の依代として成り代わることを目的としていたのでは。
 けれど、その適性が誰よりも優れていたのが音呂木のあなただった。だから貴女はずっと真性怪異の傍に居た」
「簡単な話ですよ。実在するかも分からぬ存在を忍び込ませるならば多くの目を必要とする」
 囁くひよのの背後で誰かが笑っていた。それがひよのに被さって、一つになる。
 その刹那だったか。
 気付けば周囲の景色が変化する。

 時計が見える。時計だ。それは駅構内に設置されている比較的新しい形のモノであろうか。
 電子時計の指し示した時間は01:20。
 淡いワインレッドのクロスシートが並んでいる電車が滑り込んできた。そうか、此処は液化。
 開いた扉の向こうには幾つかの客席が見える。ひよのはそそくさと車両へと踏み入れた。
 あなたはその背を追掛けた。追掛け『てしまった』。体が勝手に動いたのだ。五両編成の四両目。

『この度はサルユメ鉄道をご利用いただきありがとうございます。
 当列車は1時23分発 シャクジジジジジジジジジジジジ――――』

 それは何時かの怪異。猿夢と呼ばれたネットロアの数々だ。
「それでは、参りましょう。葛籠神璽の跡をたどって……」
 深夜1時23分に『希望ヶ浜中央ターミナル駅』より出発するとされる心霊列車。
 利用者数減少により廃線が決定した石神線の石神駅に辿り着くという噂――その列車は異界に繋がっているだけではなく都市伝説『猿夢』を顕現させるものであった。
 電車に乗った者だけが辿り着く異界には土地神を思わせる大木と石剣、そして白蛇の巻き付いた夜妖が祭り囃子と共に駅へと練り歩いていた。そしてその地で『封印』したはずなのだ――彼女を。
 眼前にはその光景が広がっている。「さあ、まずは此処から――」

『此れよりこの列車は“虐殺”に入らせていただきます。
 お乗りのお客様は、皆様死んでいただけますよう――』

 アナウンスがひよのの言葉に被さった。

●『来名戸村の儀式』 35ページ
 秋祭りが行われている。中央には来名戸神社が存在している。
 来名戸村の中央に鎮座する招霊木はご神木と呼ばれ、周辺に広がる山間部の一部を鎮守の森として認識している。この根元には神の化身なる蛇が住まうとされているそうだ。
 この地は再現性東京地区の『外』に繋がる場所に存在するという事から、そちらの縁を切ると面も大きい事が推測される。塞の神としての認識も強く希望ヶ浜の発展に対する願いが込められているものだとも考えられる。歪に神が習合した結果、その奉り方も特異な発展を遂げてたこの地では例年、秋祭りの日のみが神域に立ち入ることが許される。
 鎮守の森の最奥――神域と呼ばれしその場所は申の日に亡くなった者達を土葬し神へとその忌むべき日に亡くなった穢を祓って貰う事ができると考えられた。そして、同時に死者は神へ仕え、共に仕える者を鬼籍へと導くそうだ。来いようと手招き、神域の中で神隠しに遭うという。しかし、時折、呼べずの者が出るらしい。呼べなくては神のお遣いが減り、そのお心に背くことになる。そうはならぬ為に神域では呼べずの者が出た際には人柱が立てられた。秋祭りはその霊魂を鎮める目的があるともされている。

●山に棲むと謂う事(著:佐伯製作所 石神研究室)
 石神地区は現代日本の『田舎』にフォーカスを当てて作成された拠点の一つである。其れらしさの付与の為に土着信仰というスポットを住民に与えた所、面白い結果が得られた。
 突如としての召喚と余儀なくされた異界での生活に馴染めぬ者達は架空の神を存在しているかのように祀り始めたのである。希望ヶ浜には精霊と似た悪性怪異と呼ばれる存在が事象より発生する事が多い。それ故に、この地区では『架空の伝承』から組み立てられた悪性怪異:夜妖<ヨル>の発生が頻繁に観測されている。


「もしもし、ごめん今電話してる場合じゃ――え? 何て?
 いやいやいや、あのさ、ちょっとこれだけは良いかな? 扉ってね、ぶち破る為のものじゃないんだぜ?
 聞いて、聞いてって! 君ってそもそも普通の女の子枠で居てくれるんじゃ無かったのかい!?
 あ、薊さんが一緒……ああ、うんうん。そっか、そうだねって、違うと思うなあ!?」
 定のaPhoneから硬質な音が聞こえる。
 ついでの様子でからからと笑う少女の声と、呆れた様子の女の声が聞こえた。
「晴陽」
 肩を竦めた國定 天川(p3p010201)に「ご機嫌よう」と返したのは澄原 晴陽 (p3n000216)であったか。
「あ、やっほー。私だぜ」
「ああ、なじみ嬢か。……所でこの音は?」
 楽しげに笑う綾敷・なじみ (p3n000168)の声を聞いてから天川は異質に変化した景色を眺めながら何気なく問うた。
 硬質な音が聞こえる。硬いモノを只管に殴り続けて居るような深いな音だ。
 それを響かせながらもなじみは「そっちに行くね」と笑った。
 どちらかと言えばなじみの勢いの方がホラーめいている。
 鋭い音が聞こえたかと思えば、壁に罅が入った。
「あ、居た居た」
「……」
「薊さん、削れてませんか」
「うーん、猫鬼(あざみ)はレトゥムの力を食べてたから、それが削れただけかも。普通の夜妖に逆戻りだね。良い事だ」
 成程とおとがいに手を当てて悩ましげに呟いた晴陽の傍でなじみがにんまりと笑う。その隣では不服そうな顔をした猫耳に金色の眸の娘、薊が立っていた。
「なじみ嬢が二人。いや、薊か」
「定くんの欲張りセットだよ」
「違うけど!?!?!?」
 定は思わず叫んだ。鞭を手にしていた女医は「成程」と興味深そうに定を見遣る。
「そんな目しないで貰えます!?!?」
「いえ……人の趣向は様々です。それより、現状をご説明しますね」
 外から遣ってきた晴陽は、現在地はGPSでは『この中では出ない』と告げた。
 だが、外からやってきた以上は位置を把握している筈だ。

「ここは石神地区の来名戸という村です。ああ、言い方を間違えました。
 本来はそうであった場所です。現代ではダムの底に存在しその存在自体が消滅しています」

 本来は消滅した筈の村の場所にイレギュラーズは誘われている。
 その場には『音呂木の神』――いな、言いやすく葛籠神璽と呼ぼう。葛籠神璽の領域が展開されているのだそうだ。
 それは卵の形をした結界であった。
 真性怪異レトゥムの力を喰らっていた猫鬼がその一部分を削り取って入って来たというのが現状だ。
「猫鬼……薊さんの力を使って出られるってこと?」
「出られるとは思うけど、ひよひよが葛籠神璽に食べられちゃうよ」
 なじみの言葉に花丸がひきつった声を漏した。
「どうすればいいって訳?」
 秋奈の問い掛けになじみは頷く。

「ひとーつ! 『葛籠神璽』を封じ込めよう。
 ふたーつ! この怪異領域を消滅させよう!」

 単純明快だ――だが、先程言って居たではないか。ここは卵の形をした結界だ、と。
「養分という事ですか、我々が」
 冬佳は呟いた。この場の者達の恐怖に、信仰に、そして『言霊』を吸い上げて葛籠神璽は縒り強力な神となる。
 葛籠神璽。その名から良く分かる。
 葛籠――容れ物。神璽とは八尺瓊勾玉を差す。陰を差すそれが力を得、信仰の柱として君臨するのだろう。

「まあ、のんびりとはしていられ無さそうです。封印方法は?」
「――んー、わかんない! 創意工夫! 以上!」
 冬佳は眉を寄せてから「ああ」と呟いた。
 その道を示した『ひよの』と『葛籠神璽』が別の者だというならば音呂木ひよのはその肉体に確かに存在して居る。
 ただ、神が成り代わり、その身を巫(よりしろ)として再誕する事を防ぐというならば。
 何に封じ、何を求めるか見定めねばならないだろうか。

GMコメント

 どちら様もご興味がございましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
 希譚、これにて最後とさせて頂きます。どちらさまも、存分に呪って参りましょう。

●目的
 ・『葛籠』の封印
 ・『怪異領域』の消滅

●希譚とは?
 それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書です。
 実在しているのかさえも『都市伝説』であるこの書には様々な物語が綴られています。
 例えば、『石神地区に住まう神様の話』。例えば、『逢坂地区の離島の伝承』。

 そうした一連の『都市伝説』を集約したシリーズとなります。
 前後を知らなくともお楽しみ頂けますが、もしも気になるなあと言った場合は、各種報告書(リプレイ)や特設ページをごご覧下さいませ。雰囲気を更に感じて頂けるかと思います。

[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]

●ロケーション
 特異な信仰で成り立っている希望ヶ浜と練達のハザマの地域。石神は周囲を山が存在する田舎の村です。メインとなる部分を石神中央、または石神市街と呼びます。山手には『石神山上ダム』や『旧山道』が存在していました。
 来名戸村とは外界を隔てる山を岐の神として神域とし、その中腹に存在した村。今は『石神山上ダム』の底――にありますが、皆さんはどうやらそこにいます。
 卵のような形の結界に罅が入っていますが直ぐに修復されています。意図的にこの空間が作り上げられているようです。
 この内部には様々な怪異が囁いてきます。ぞろぞろと猿の姿をした存在が着いてくるようですが――

・「死者は来名戸の神域なる山麓に全てお返しする事と決定され、その御霊が神の許へと辿り着く様にと祈りが捧げられる。例年の秋祭りの頃になれば来名戸神社より石神中央市街へと神の遣いとして猿の仮装をして練り歩く風習があるそうです。この界隈では猿を神の遣いとして好む傾向があるらしい。庚申信仰との習合が理由であるとされる……」と参考文献にもあります。
・電話ボックスが鳴り続けています。
・奥の滝では人柱の儀式が行なわれた痕跡が残されています。

・真性怪異(用語説明)
 人の手によって斃すことの出来ない存在。つまりは『神』や『幽霊』等の神霊的存在。人知及ばぬ者とされています。
 神仏や霊魂などの超自然的存在のことを指し示し、特異運命座標の力を駆使したとて、その影響に対しては抗うことが出来ない存在のことです。
 つまり、『逢った』なら逃げるが勝ち。大体は呪いという結果で未来に何らかの影響を及ぼします。触らぬ神に祟りなし。触り(調査)に行きます。

●Danger!
 当シナリオには『そうそう無いはずですが』パンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 私も、後悔なきように呪わせて頂きます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。


【どうする?】
 あなたはたった今、選択を迫られた。

【1】『葛籠神璽』を封じ込める
メインディッシュです。何らかの怪異による呪いを受けやすい可能性がありますので、注意して下さい。

●音呂木ひよの
 葛籠神璽の依代。音呂木神社の巫女。
 真性怪異に嫌われるタイプ、というのは誤りで、『真性怪異の依代だから他の領域に入れなかった』が正しいようです。ばっちり憑いています。
 いつも皆さんの帰り道を表す鈴の音をさせていましたが『今は』しません。鈴の音は彼女の象徴だったのでしょうか……。

●葛籠神璽
 ひよのの体を借り受けている真性怪異そのもの。音呂木の血を引く、ある種先祖のような存在です。非常に強力な呪術を使う存在とでも認識して下さい。詳細は不明です。
 皆さんを養分にして神格を確立させる事も目的です。正確な名前は不明です。
 ひよのの体を使って村の中を練り歩いています。物理的にひよのの肉体ですので戦闘が可能。
 封じるには『創意工夫』が必要のようです。なんでも試してみて下さい。
 村の内部には色々ありますし、何ならなじみと晴陽が持ち込んだ事にして頂いても構いません。

●葛籠 うつしよ
 怪談の噺家。とこよの双子の妹。音呂木の縁者を名乗っており、ひよのもそれを否定していません。
 水夜子にとっても知り合いのようですが……。
「うちは別に敵やありません。だって、敵や味方なんてそんな分類、神様の前では大した意味さえ持ちません。
 ひよのちゃんからすりゃ、うちは敵かもしれませんけどね。そんなん女の子のちょーっとした気紛れみたいなもんですやろ?」
 カラカラと笑う彼女は、何か知っているようですが……。

●葛籠 とこよ
 希望ヶ浜大学民俗学部に所属している青年。水夜子の先輩でうつしよの双子の兄です。
 ひよのはとこよを嫌っている様子です。ですが、数年に一度だけ『音呂木神社』に入れるため、やって来ました。
 夜妖憑きであり、つちぐもが憑いているのではないかと水夜子は推測しています。『希望ヶ浜怪異譚』についても詳しいようですが……。

【2】『怪異領域』を破壊する
 来名戸村を表すこの村の領域を破壊します。
 怪異を退けながら壁に穴を開けましょう。簡単には開かないかも知れませんが……頑張りましょう!
 外に出るために。タイムリミットがあると言えばあります。でも、タイムリミットが来ても良いですよね。皆で一つになれますしねえ。

○怪異:『ワカイシュ』
 練り歩いています。あ。皆さんお気づきですか。
 今日は因みに2010年(平成22年) 1月22日……先勝(壬申)だそうです。

○怪異:『子化身』
 何らかの贄になった幼子達です。更なる深い『領域』に引き摺り込もうとしてきます。

●澄原水夜子
 澄原病院のフィールドワーカー。明るく元気な前のめり系民俗学専攻ガール。
 基本、怪異に突貫していきます。澄原と名乗っていますが晴陽/龍成の姉弟とは従姉の間柄になります。
 父親に晴陽に取り入ってある程度良い地位において貰うようにと幼少期から厳しく躾けられました。言われるが儘に育ちました。ある意味で後ろ暗い過去やら、良いとは言えない生育環境で育っていますが彼女自身は明るく振る舞っています。
 ちょっぴり『恥ずかしいこと(<希譚>語り部に非ず)』があったのでやや控えめです。
 ああ、もう、本当に――怪異の前に居るときは私は私なんだ。

●真城 祀
 水夜子の保護者なのかひょこりと顔を出しました。意気揚々とやって来ては水夜子を口説いています。どうして。

【3】『怪異』達を払い除ける
 葛籠神璽及び、怪異領域の破壊を補佐する役割です。
 パラダイスばりに怪異がたくさん来ます。むしろぞろぞろと増えてきている気さえします。

○怪異:『ワカイシュ』
 練り歩いています。あ。皆さんお気づきですか。
 今日は因みに2010年(平成22年) 1月22日……先勝(壬申)だそうです。

○怪異:思念達
 この村にこびり付いていた思念や人柱になった者達です。有象無象が歩き回っています。
 水に深く沈めてしまえれば、ぞろぞろと出てくるのでしょうか。滴る音がします。

○怪異:『二つ棺(き)』
 伽藍堂の容れ物です。が、その姿は人が思い描いた者に変化します。
 晴陽は決して見たくはないようです。鹿路心咲(晴陽の親友)にでもなられたら救いはないですしね。

●綾敷なじみ&薊
 なじみと猫鬼のあざみです。二人揃って怪異を押し退けに来ました。
 あざみが顕現しているので、なじみさんは普通の人間モードですが晴陽に武器を借りました。何故かバットを振り回しています。非常にロックな姿!

●澄原晴陽
 なじみが「ひよひよは友達だから助けたい」と言い張ったためやってきました。
 窮風&マヨヒガという武器を持っています。鞭と攻撃を反射する守護のブレスレットです。
 また、ピンキーリングで國定 天川(p3p010201)さんとの連絡を取る事が出来ます。

●デスマシーンじろう君
 何か居た! 魔除け効果とか癒し効果があると言われている(自己申告)人形です。
 チェーンソーを持って戦います。恐いですね。

  • <希譚>葛籠神璽完了
  • [注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
  • GM名夏あかね
  • 種別長編EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年12月26日 22時25分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
武器商人(p3p001107)
闇之雲
古木・文(p3p001262)
文具屋
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
越智内 定(p3p009033)
約束
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
葛籠 檻(p3p009493)
蛇蠱の傍
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者

サポートNPC一覧(4人)

音呂木・ひよの(p3n000167)
綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
澄原 水夜子(p3n000214)
澄原 晴陽(p3n000216)

リプレイ


「物語というものは語り部だけでは意味が無い。読み手がいなくては成り立たなくて」
 そう言った女の髪はのっぺりとした黒色であった。
 美しい夜の色だ。夜で塗り固めたとしか大凡思えない色彩をして居る。
 音呂木ひよのという女に対して葛籠とこよが最初に抱いた印象はたったそれだけであった。
 随分と大人しく、自己主張の薄い女だと感じた。それっきりの印象だがこれから長い付き合いだからと愛想笑いだけを返した。
 とこよにとってひよのという女は親戚にあたる。音呂木神社の跡継ぎ娘。だと言うのに、彼女は神が何たるか信仰とは何たるかを語る口を持たなかった。
「ひよのちゃんは、大きくなったら何になりたいん?」
 とこよはそりゃないぜ、と言い掛けてから愛想笑いの儘で妹を見た。妹だ。血の繋がった、卵を分けた妹である。双子とも言えよう。
 ただ、出てくるのがとこよのほうが早かっただけのこと。妹のうつしよにとっては頭の位置程度の話とさえ考えられ居る。ああ、兄も弟も、姉も妹もこの場にはどうでも良い蛇足だ。
「巫女」
「そりゃあそうやね」
 そりゃあそうだととこよも返した。相変わらず自己主張なんてなく役割にばかり合わせた少女だった。
 音呂木ひよのという娘は少なくとも、そうやって作り上げられたのだ。人間のなり損ないのようだと感じたのは彼女がそれだけ神様に近かっただけなのだろう。

「おい――」
 呼ぶ。
「とこよ」
 呼ぶ。
 ゆっくりと顔を上げてからとこよは「ああ、何か?」と胡乱に返した。何かとは何だと咎めるような顔をして『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)がじろりと睨め付ける。
 ラサ出身の商会社長は『気が強い』。肝が据わった女性の方が共連れには丁度良いととこよは考えて居たからこそラダのような娘は心地良かった。
「聞いていたか」
「それを肯定すると、怒られてしまいそうだけれど」
「……聞いていなかったんだな」
 まるで教室で生徒が教師に叱られているような心地だととこよはぺろりと舌を覗かせた。ふと、喧噪にとこよは振り返る。
 燃えるような赤毛に、太陽の如き輝きを閉じ込めたような美しさだととこよは思った。それが火々神・くとかという少女だという事は知っている。
「いやよ」
 首を振ったくとかが睨め付けたのは『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)であった。
「いいや、拒否はできるまいよ。……貴様、毒を食らわば皿まで、理解出来たろう。
 此度はシンプルな殴り合い、否、戯れの類よ。発火だけではない、貴様、その炎を揮え」
「いやだって」
「貴様」
「行かないって行ったでしょ、アタシ嫌だって。なんで此処にまで来させられるの? 嫌よ、どーして『ここにいる』と思う?
 あー。応えない。そうね、そーよね。答えなんて分ってる物ね! アンタが拉致してきたものね!!!」
 くとかはロジャーズに叫んだ。先生だ貴様、などと言う彼女に「うるさい!」と叫ぶ。
「でもいいわよ。アンタ以外の先生や生徒のためなら働いてやるわ。
 それに、アンタだけだと火力が不足するものね!!! ほら、壁になりなさい壁に!!!」
 不遜に笑った彼女は何かの音を過敏に感じ取ったように「もういやーーー! 見たくない物は見ないわよ!」と叫んだ。
 朗々と語ったロジャーズにやめましょうとよなんどもくとかが繰返しているが聞かない振りをした。
「ヤケに騒々しいと思えば、成程、名が在り方を定めるとは嘯いたものだ。
 いや、灯台下暗しの類か? 人間が『夜に非ず』と口遊んだのが鍵とも謂えるな。
 ――さて、最終章、その頁とやらに、私も書き加えてくれないか。
 本来で在れば私の頁に神が、佛が、刻まれるべきなのだが! しかし此処は楽園か? 怪異どもが蔓延っている」
 そう、同一奇譚と名乗るからには物語が『同一』になるのだ。成程、其れは素晴らしい。
「物語か。さて、とこよの旦那、うつしよの方」
「なんでっしゃいましょ」
 ころりと笑ったうつしよの目を瞠るほどの白髪は確かにひよのやとこよと大きく違うのだと『闇之雲』武器商人(p3p001107)はそうも考えた。
「『葛籠神璽』は『呪術師』でもある。で、あれば。『葛籠神璽』の核となった『神に至ろうとした何某か』の名前を知っているかだろうか」
 印を差す存在である神璽。それは三種の神器として知られては居るが実在さえも不明なのだ。その名を取ったというならば、ああ、何て皮肉か。
 ――そもそも、そのベースになった存在は必要は無かったとでも言いたげな行いではないか。
「知ってたらどうなさいますの?」
「さて、『葛籠神璽』を羽織って神に至り、『葛籠神璽』として顕現しようとするのだろう?
 ならばね、『葛籠神璽』のヴェールを剥がすのが有効だろう。封印はその場凌ぎさ。ならば神格に至ることを塞ぐ方が良い。
 最も、我(アタシ)達をこれ以上害すことなく神格として封印されることを向こうが良しとするならそれはそれでかまわないのだけどさ」
 とこよはじらりと見遣った。武器商人は「ひよのの方は殺したって解決はしないのさ。ようく分かって居るだろうにね」と囁いた。
「ああ、そうだろう。ひよのが落ちたならばお誂え向きの箱がある。一方は蜘蛛だが、もう一方はそうじゃないだろう。
 スペアと呼んでしまうと些か引っかかりも強いが……憑かせるわけにも行かない。『とこよ』もそう思っているだろう?」
 ラダの問い掛けにとこよは「だからこそでしょう」と脚を蠢かした。己の背には蜘蛛を。背負い込むには余りに不似合いな存在だ。
 つちぐもを背負っていると彼は言うがラダはひょっとすれば絡新婦ではないかと静かに問うた。
「それは本来はうつしよのものだった、なんて……そんなことないか。箱がすげかわったと考えれば良い」
「ご明察。これはうつしよが得るべきものだったけれど、そんなことはどうでもいいんです。ひよのちゃんでなんとかなるなら、ねえ」
 穏やかに微笑んだ男にラダはそうかとそれだけ行って目を伏せた。器にも行けないならば何処へ向かうか。
 葛籠神璽という『神格未満』は誰ぞが準備した品か、全ての源たる怪異譚の輪の中か。
(ひよのが怪異譚を擬えたのか、それとも作り上げたのかは分らないが――見つかる可能性はあるだろう。
 しかし、見付けて如何するか。封印術の知識はない、が)
 ラダは考え倦ねるようにまじまじととこよとうつしよだけを見ていた。
「葛籠神璽、その名を素直に読み解けば葛の籠に収められた三種の神器、或いは天子の印、ヒトが負うには大きく重い名だな。
 ……葛籠、即ち容れ物。『屑籠』とも通じる音だが、それは不要なものを容れる器。
 ヒトにとって不要なものが怪異にとってもそうであるとは限らない」
 確かめるように呟いた『蛇巫女』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は葛籠の紋所も『三」という数と縁があるのだと呟いた。
「『斬るべきラインがうっすらと見える』と表現すべきか。……裏見草、九頭……その辺りの要素は取り込まぬよう避けたい所だ」
 分割しやすいというならば、それを参考に『分けてしまわねばならない』のだろう。
 アーマデルは「音呂木の札は持っていたりしないか」とうつしよに問うた。
「何に使いますの?」
「神璽、つまりは三種の神器、故に分割されやすくはあるのだろう。
 神璽、天子の印。音呂木神社の御札は手に入るだろうか、そこに記された印も分解を試みよう。
『名』それ自体と比べれば小さな要素かもしれないが、様々な方面から解していくのは、逃げ場を潰す事にもなろうかと思ってな」
 逃がすまい。神璽、『神示』、信じる。音を留めておいた方が縁は深かろうか。
「葛籠神璽は、恐らく本当に元は人間の……魔術師、呪術師。
 その名は……確か。そう、逢坂の時に得た断片には『神という字を名に入れ込んだ』とあった筈。
 それは本当の事なのでしょうつまり……人間としての真名は、葛籠璽……うつしよさん、とこよさん。間違っていますか?」
 静かに問い掛ける『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)へうつしよが美しく、それはそれは、美しく微笑んで見せた。
 アーマデルは『璽(しるし)』と呟いた。
「しるしか。系譜を辿ればその名を持つ者は居る可能性はあるか。
『葛籠』はその姓を持つものがこの場に居て崩しにくいが、『神璽』即ち籠へ収めるものを解き、分割するのが比較的やりやすいだろう。
 三種の神器、或いはそのうちの勾玉、鏡が日であり勾玉は月……たしか女性は日で男は月なのだったな? ならばひよの殿を日陽と仮定して……」
 呟くアーマデルは「ひよの」と繰返した。
「ひよの。漢字では『非夜乃』と書くと聞いています。ならば、男女何方であっても彼女は『月』だったのいかもしれません」
 冬佳は静かな声音でそう言った。武器商人は「成程ねえ。彼女は勾玉の役目を与えられてしまっていたのか」と朗々と呟く。
「……男女別々の役割を持つなら、男女の双子がいるのも成程、分かり易い事だ」とアーマデルはとこよとうつしよを見た。 
 うつしよはにっこりと微笑んでイルだけだった。


『本と珈琲』綾辻・愛奈(p3p010320)はそっと壁に手をやった。正確には『壁』ではない。
 じりじりと鳴り続ける公衆電話。古式奥ゆかしい電話ボックスの中では鮮やかなライトがぼんやりと灯っている。
 山を追い立てるように上らされたかと思いきや、未知なる線路が繋がっていたのだ。それはダム湖の下に落ちて行くように続いていた。
 行くも行かぬも不幸である。後方からは凄惨なる死を齎す『猿夢』が奇怪な笑みを浮かべているのだから。
「愛奈さん、征きましょうか」
「策がありますか?」
 水夜子に愛奈は敢て問うてみた。彼女は何時だって怪異に対しての謎の情熱を燃やしていたのだから。
(成程……進まねば此処で怪異に処理されるのみ。
 ……こういうわけのわからない空間に閉じ込められるのは…前回と、夢檻の時を入れると3回目ですか。
 私はここで果てるわけにはいきません。ましてや、みゃーちゃんさんも……出ますよ。生きて出ますとも)
 ダム湖の底へ『歩いた』のは初めての経験とも言える。景色は変化する。ダムがなかった時代にその場所には村があったからだ。
『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)はその光景に愕然とする。
「よもや、来名戸村にまた来る羽目になるとは。
 ……あまり此処には良い思い出が無いのですが、希譚の大元の封印というのなら、喜んで対応しましょう」
 見慣れた景色だ。本当に。良い思い出のある場所ではない。
「でも、知っている場所の方が安心ですね。出られるかも知れませんし」
 水夜子は何気なく壁をどついた。ガツンと硬い音がする。
「……みゃーこって、攻撃タイプなんですね」
『無情なる御伽話』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)はてっきり彼女は後方支援役かと思っていたと告げた。
「後ろに居たら怪異に近づけませんし」
「いえ、否定はしてませんよ。少し驚いただけですよ。……それが、本当の貴女なのでしょう?
 ここには、貴女に何かを強制するひとはいません。だからどうか、貴女は貴女の思うがままに――私は、どんなみゃーこでもすきですから」
 すき、と淡々とその思いを告げたミザリィに「うふふ、照れてしまいますねえ」と水夜子は楽しげに笑って見せた。
 じいと、その横顔を眺めて居た『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)は静寂の中に佇んでいた。
(澄原水夜子。彼女は死に焦がれ真性怪異に恋している。この状況は彼女にとっても望む物かもしれない。
 ――僕としても実際、一つになるという状況は魅力的だが。これでは不純物が多すぎる。最後の晩餐は静かに楽しみたいしね。
 故に水夜子君。君を浚っていく事にするよ)
 そっと愛無は水夜子の手を握った。水夜子は「どうしましたか」と笑う。
「水夜子君は知らないだろうが。僕は本来、強引なたいぷなんだ」
「あら、愛無さんは知らないでしょうけれど。私って本来、我儘なタイプなんです」
 そうか、それは知らなかったと揶揄うように笑う愛無はこのような場所に惹かれてはならないと彼女をただ、結ぶように手を握っていた。
「さて、戦いでも始めよう。君との日常と非日常を楽しみたいからね。
 先勝。タイムリミットは午前中という事か? 夜のような暗さだが、時刻は朝だ。何にせよ急ぐのは吉だろう。さ、始めるか」
 淡々と告げる愛無は葛籠神璽は音呂木の神様ではないだろうとも考えて居た。
 信仰の塗り替えによる神殺しか、イレギュラーな方法での神性の獲得か。来名戸と成り立ちが良く似ているのだろう。
(結界の楔がどこかにあるのだろう。そして、この空間こそが『その存在を知らしめている』と考えるのが道理だろうか)
 愛無は一歩ずつ、確かめるように足元を見て歩く。直感的に感じ取る奇怪な空気に蟲の合わないあの男は捨て去ろうと考えた刹那。
「ここって。村か」
 渋い顔をしたのは『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)だった。
「嫌な場所に来ちゃったな。思い出が蘇る……よし思い出せる。おっけー。
 で、ひよのくんが良くない感じなのか。まぁでも、その辺はもっと仲良しな人達がなんかするでしょ。会長はそっちじゃないし、良い子じゃないし」
 首を振ってから茄子子は独り言ちる。いの一番にこう言う場所から帰ろうとした。茄子子はそうやって活動してきたのだ。
 それでも、その帰る場所はひよのだった。それは変わりなく、ひよのの元に返る筈だった茄子子の帰り道が『ないのだ。
「じゃあ、まあ、今度は私がひよのくんの帰る場所になるよ。ま、いつも通りだね。会長は早く帰りたいんだ。この村は嫌いだから」
 この陰湿な村は気味が悪い。帰りたいと思えば帰られる。そう、この村では帰れなくなる。何もかもを忘れるから。
 だからこそ、個々では意志が、言葉が必要なのだ。それさえ在れば生きて帰れる可能性が増えるのだから。
「で、どうするんだっけ?」
「結界だ」
 と、そう告げたのは『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)であった。
「逃すつもりがないのなら、道を示すのが俺らの仕事。
 こういう作業に最前線で向き合うのははじめてなんだが……残念ながらとうに覚悟は決まってるんだよな」
 やれやれと青年は肩を竦めた。この結界はどうにも『人を逃がすつもりがない』事を体現していて困惑もするのだ。
 逃がすつもりがないという言葉を聞いてから『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は呻いた。
「真性怪異ってやつは、本当に、ほんっっっとーーにめんどくさいな!
 でも、それを生み出す根本の要因は『人間』そのものなんだよなあ。はー、みんなつづりみたいに可愛い心でいればいいのに。
 今回のヤツも、またとびきりめんどくさいやつみたいだな。倒し方もかなりややこしいみたいだけど……考えるのはやめた!」
 堂々と告げた風牙は専門家や頭の良い奴に任せて兎に角ぶっ飛ばしてやると笑った。それも単純な解決方法だ。
 ならばとカイトは手を合せる。思い浮かぶのは葛籠神璽という名前だ。
「さて、葛籠神璽の名前を見てはたと気付いたのは。名前に神を入れたことで『弊害として成立した』語句があること。
『神璽』ってのは八尺瓊勾玉のことだろ? つまり剣と鏡が足りない訳で。三種の神器、って言葉もある。強大すぎるなら『分けて』しまえば良い。
 今更文献の全部から筆者の記述を削ろうにも意味はあるが外のそれをなんとか出来ない。
 なら、そっちの言霊ってルールに乗っかって崩す他ないだろ。……という、単なる机上論だ」
 それで構わない。言霊というのは案外『言った者勝ち』の所があるのだ。それを利用しないわけがない。
「剣と鏡があった所で勾玉としての依代のもう一つが足りないだろ。
 ……言った奴が責任を取らずに何をしようっていうんだ。一人じゃ背負いきれないのなら。
『分けてしまえば』良いんだから。お前の抱えたそれを、背負わせろ。それだけの話だ」
 そう言ってからカイトは唇をつい、と釣り上げた。側に居たのは『道祖神』だった。
 嗚呼、成程なあとカイトは呟く。石神という地区は道祖神信仰が強かった。様々な信仰が根付いて居たがそれらが混ざり合った神性のミックス状態。
 詰まる所は『如何にもな神様の作り上げ』だ。それを思えば、覚悟をバッチリ決めてしまった。
(ま、だからこそ、面倒でも構わないんだけどよ――最初から予感してたんだ。それから逃げなかったのはコッチの勝手だ)
 嘆息したカイトは『道祖神』を探す様に歩き出す。本当に厄介な場所なのだ。
 何処から聞こえてくる声音は、地を這い狙うように腕を伸ばし続けるのだから――


「花丸ちゃん」
『約束』越智内 定(p3p009033)は呼ぶ。『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は振り向いた。
 定の側で「花丸ちゃん」となじみも呼んだ。定の右腕が引っ張られる。ぎゅっと握り締めたなじみの掌は柔らかい。なんだかんだで、直ぐに彼女は手を繋いだ。
「あざみちゃんも来るし。友達を助けたいからってこんな危ないトコにさあ……! もしかしてこの状況を好転させる策とかある?」
 そうやって無鉄砲に飛び込んでくる所が好きだとは言いやしないが、思って居る。言いやしないけれど、正直安心だって出来た。飛び込む理由にもなった。
「ない」
「ないんだ」
「ないけど、二人居るよ、いいでしょ」
 欲張りセット――そんな風に言う『金色の眸の猫鬼』とからからと笑う若草色の眸の『普通の女の子』。違うなんて言い切れない、結構本気でそうだった。
「ひよのの事はかなり気にはなるが……ここは、花丸らに任せるとしよう。
 私は私なりに出来る事を、ここで成すとしようか。まぁ、単純に暴れるだけなのだがな!」
 にまりと笑った『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)はまじまじと『定くん欲張りセットの片方』を見た。
「……ところで、一つ気になる事があるのだが。あざみよ。御主、単体でも人の姿になれたのだな?」
「なじみの姿を借りるけれど、大丈夫だよ」
 猫の耳を有する『いつものなじみ』だった。それでも金色の眸に妖力で坂だった髪は印象的でもある。
「なじみさん」
「どうしたの? しにゃこちゃん」
『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)の表情は固いものであった。何とも言えぬ顔をして居る。
「創意工夫って滅茶苦茶苦手なんですけど! ひよのさんを連れ戻す為にもできる事は全部やっておきましょう!
 まずは全身にじゃらじゃら鈴を装着! こんだけついてたら聞き逃さないでしょう!
 あと名前……ひよのさんって呼ぶのはなんか依代を認めるみたいで嫌なので、新しく名前つけましょう!
 う~ん……ごにゃこ、とか……駄目ですか!? じゃあさんにゃこ!」
「音呂木さんにゃこになったら、どうしようかなって思うんだけど。順番は関係ないよ」
 花丸は困った顔をした。でもでも、としにゃこは頬を膨らませる。
「順番の問題じゃない……もう皆さんにお任せしますよ! そして新しい名前で呼びますか!」
「ひよのさんで、いけるならひよのさん。ダメなら……うん、用意はしたよ」
 そう呟いた花丸を見てから「そうだね、如何するか考えよう」と定は静かに言った。
「此処に居る二つ棺、こいつ容れ物っぽいからこれに入れられないかな。
 ひよのさんの中に居られなくなった時に、例えば似た外見の容器があったなら、飛びつきたくなるかも知れない。
 ……それにもし、飛びついたなら、怪異の名の通りなら、真性怪異を殺しうる箱にもなるかも知れない。
 棺の中に入るのは死者のみだ、死者の入った棺は柩になって神様でも倒す事が叶う様になる可能性もある、そうだろ?」
 定は「触れぬ神ならさあ、触れるようにしちゃえ――ってなじみさん何殴ってんの?」
「おばけ」
「いやいや、って、なじみさんなんか僕より強くない? 何その退魔バット、めっちゃイカすんだけど!」
「えー、いいでしょ。みゃーこちゃんに作って貰ったんだ。定くんもおそろっちする?」
「今言ってる場合じゃないけどさあ!」
 定は思わず「でもめっちゃいいな」と呟いた。そう言えば、金属バッドでストレス発散的に様々なものを殴る施設があるらしい。
 思う存分に暴れ回るなじみというのを見て見るのも良いだろうか。そんな事を思い浮かべてから定は小さく笑った。
「あーあ、なるほどなー、時々やってたあの顔。私ちゃんのせいなんじゃなくって、そっちの方の問題だったか」
 ぽつりと呟く『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は所在なさげに腕を擦った。残る『怪異の残滓』。
 それが秋奈の肉体を包み込む内は『ひよのと同じにはなれっこない』と翌々知っていたのだ。
 構わないのである。侵食が目立って、後戻りが出来なくなっても『怪異を受け入れれば』それで構いやしないのだ。
「秋奈」
『絆の紐結』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)は「大丈夫か」と問うた。
 紫電はひよのに祓って貰ったのだ。有柄島での封印の儀で被った怪異を。取り憑いた穢れはひよのの肉体に救う怪異の餌となったか。
 その食い残しが肉体に残されたのは苦いことではあるが、望んだことを悔いては仕方が無いと息を吐く。
「秋奈。助けるぞ。絶対に、ひよのを取り戻す。
 これは音呂木の巫女見習い護衛として――そして、秋奈のめおととしての責務だ」
 紫電は翌々分かって居た。隣に居る彼女が何をしたいのかも、どうするつもりなのかも。
「秋奈」と呼び掛けようとした紫電は息を呑む。隣に居るのは秋奈なのか、それとも。
「ま、それはそれとして、私ちゃんが『音呂木の巫女』続投か?
 こりゃあ見習い卒業か~? もはや怪異巫女だけどな! ぶっはっは!
 だから――帰ってきて。あの人に『おかえり』と言わせて上げて下さいね」


「目的は、葛籠神璽か。流石にこうした空間を作り上げたというのは『それが全ての根幹だった』と言われれば分かり易いね」
『結切』古木・文(p3p001262)は常ながら表情を余り変えて等は居なかった。内心では此度の現状には比較的胸が躍っているのは確かだ。
 曰く、希望ヶ浜怪異譚は人造怪異というものなのだという。文が目にしてきた朱殷の衣なども、その一種だというならばそれは深くに根付いて居る。
 人間というのは場に根ざした『信仰』を否定できまい。ああ、だからこそ――怪異というものがこうやって育ってきたのか。
「かつて人であった者が真性怪異となり神格を得ようとするだなんて、なんとも大それた事をするものだわ。
 もっとも、『本人』が実際に計画して脈々と受け継がれてきた儀式がコレなのか。
 どこかで別の思惑が入って儀式が始まったのか真実は不明だけれど……こういうのも"死人に口なし"と言えるかしら?
 なんにしても"アレ"の養分になるつもりは無いし、ひよのさんも喰わせるつもりもないわ」
 そう呟く『銀焔の乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)へと文は頷いた。そうだ、これは『音呂木ひよの』の奪還作戦と銘打つべきだ。
 ウキウキとした様子の綾敷なじみも。閉鎖された空間にのっそりと入って来た澄原晴陽も。その様子を穏やかに眺めて居る澄原水夜子もそうだが、怪異とはある程度の肉体が必要だ。
 依代たるものがあれば場に定着できる。化生でも構わないが、人間である方が望ましいというのは其方の方が溶け込みやすいからだろう。
(だからこそ、血縁である『ひよのさん』か。ひよのさんの身体は彼女自身のものだ、真性怪異から取り戻そう。
 蕃茄さんのように分魂にして封印するのはどうか……それが有力な手なら、僕は実行する仲間の負担が減る動きをしたいな)
 文は『神様だったもの』を思い出す。彼女も希望ヶ浜怪異譚に擬えられたものだ。
 蕃茄という娘は両槻という地の端山信仰に根付いて居る。山を神奈備とするという信仰形態は古くから知られているものだ。
 在るときに狂い咲いた桜は神の意志だと誰ぞが言ったのだろう。そうして大切に為れていた桜は遂には山の淵に存在したことで神性を帯び『分霊』となった。その幼い神格を封じ込める事が出来たのは良いことだが――
(けれど、武器商人さんが言う様に彼は『人』だ。そして彼の名前は僕達が十分に呼び、認識してきた。
 ……解決方法が存在すると僕たちが認識できれば真性怪異に縛りを設けることができるかもしれない。
 ひよのさんは軽々に名前を呼ぶことを避けていた。文字や音の響きを変える事で意味を持たせていた。
 言葉と名前に別の意味を持たせて、今或る存在を別の存在に上書きする、なんてのはどうなのか)
 武器商人が葛籠双子に名を問うていたように、新たな名で名を被せ作り上げる事が唯一のやりとりか。
 ならば、『夜に非ず』と名を頂く彼女は如何するべきか。音呂木ひよの、その肉体を確保する為には――?
「なあ」
 カイトは声を掛けた。
「其処に居るんだろ。道祖神(タムケノカミ)」
 石神が全ての始まりだというならばこの地は分かり易い程に様々な信仰が入り込んでいる。
 ――『都市伝説』
 ――人身御供に村の因習。土葬文化。
 ――道祖神。
 ああ、それだけではない護島(ゴトウ)と名乗った者達の居たあの島だってそうだ。
 ――民族的差別。
 ――山を神奈備(聖域)とする信仰。
 あの満開の桜は端山信仰だ。
 何方にしても全ては山に通じ、土地に縁を持っていた。土地を別つように炉端に立つのは道祖神だ。
「お前が道を示せないなら、俺達が示せるようにならなきゃいけない。
 ガイドが迷い果てるなら、助けに入らねぇと。誰がガイドするってんだ?
 悪いね、役者ってのも『嘘付き』の仕事だから。……結界だけの親近感か? あはは、そりゃ悪かったかもな」
 くつくつと笑ったカイトに「誰と話しているの?」とアルテミアは問うたか。だが、それに答えない。
 カイトの前にはタムケノカミという神様がいた。音呂木に仕える道祖神だ。それが迷うというならば、導くのみ。
「――俺は、『音呂木ひよの』という存在の帰り道を繋ぎたいだけだから。
 俺に何かしらが降り掛かっても、『音呂木ひよの』の日常が返ってくるなら、それで良い」
「……ああ。そのようにしよう。ここは俺にとっても因縁のある村だ」
『決闘者』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は葛籠神璽を探すと告げた。ひよの自身がそうであるならば、それを抜き出す方法が必要だ。
 葛籠神璽を断ち切るために正義の思いを抱かねばならない。道祖神に『道を示す』とカイトが告げたように、己も騎士の剣舞に呪いの渇望を込めるほかにないか。
(嗚呼、善き神が居るなら応えてくれ。この愚かにも神に挑みし我に、其れと対等に戦えるだけの力を。
 ……そして、葛籠神璽は我を呪え。我はその呪いすらも食い破り、新たな力へと変えて見せようぞ)
 祈るように青年は考えて居た。周囲の海尉の声が響く。それが彼の心を疲弊させていくが致し方もあるまい。
 人の手によって殺せなくとも、自らが弱らせることは出来るだろうと考えた。真性怪異なんてものを野放しに何て出来るものか。
 シューヴェルトの決意が地を叩く。『無銘クズ』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)はと言えば頭を抱えていた。
「はぁぁぁ?! ひよの殿が怪異の依り代?!
 そういえばすでに怪異に目を付けられてる人は他の怪異から嫌われるとかいう話は聞いたような……。
 ひよの殿が怪異に嫌われてたのはそういうわけだったのでありますな! それにしてもびっくらポンすぎであります!
 ともあれひよの殿に憑いてる葛籠神璽をひっぺがして封印すればいいのですな?
 皆の知恵を合わせればきっといい手が浮かぶはず! さあ、ひよの殿を助けるためにレッツゴーであります!」
 うきうきとした様子のジョーイは「葛籠神璽を封印するにあたって、相手の真名がわからないのはいささか不安でありますな」と呟いた。
「幽霊の正体みたり枯れ尾花ともいいますし、真名を暴くことで弱体化をはかれるやもしれませぬ、ここはいっちょ危険を承知で直接暴きに行ってくるでありますかな」
「お名前、ですか?」
 きょとんとした『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)にジョーイは頷いた。
「そうであります! 吾輩的にはひよの殿と葛籠神璽のどっちに繋がるかは分りませんが、直接聞きたいですが!」
「お名前……」
 鈴をちりちりと鳴らしながらニルは確かめるようにもう一度言った。
「ココア、行きましょう。ニルはひよの様がすきだから、ひよの様がひよの様でなくなってしまうのは、いやです。
 ひよの様がどうしてもソレになりたかったなら別だけど、きっとちがうはずです。
 建国さんがアドレ様に歪められてしまったとき、ひよの様は『きっと、苦しいでしょう』って言ってたのです。
 ひよの様がくるしいのはかなしいです。かなしいのはいやです。
 ニルは……帰ってきてほしいのです。いつもは「ただいま」をいう側だけど、今度は「おかえりなさい」を……おにぎり、まだ食べてないでしょう?」
 俯いたニルは側に居る小さな小さなココアを抱き締めた。
 鈴の音と共に、手がかりを探す様に歩き出す。怪異の存在を背中にひしひしと感じながらもジョーイが「こっちですぞ」と呼ぶ声に顔を上げた。


「おーおー。こりゃまた大勢でお越しなすったもんだ。腕が鳴るってものだ。オカルトよりは、こういう荒事の方が俺には向いてるな!
 みゃーこも気にはなるがあっちにも手練れは大勢いる。そこまで心配することはねぇだろう」
 にたりと唇に笑みを浮かべた『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)を一瞥してから晴陽は「ええ、従妹は案外好かれていました」と頷いた。
「と、言うわけだ。……せいぜいロートルは露払いに徹するさ。
 晴陽も気を付けろよ。君を信頼しちゃいるが、俺にも面目ってやつがあってな。守らせてくれるとありがたい」
「前に、大人しくお姫様になっていろと女性に言われました。今回は天川さんに任せましょうか」
 離れないように致しますと、素直に応じる晴陽は些か不愉快な気配を感じているかのようにも見えた。
 ひしひしと近付く怪異の存在に気付いたように天川は顔を上げた。
 いち早く反応したのはあざみだ。『あれ、倒しても良いの』と眸が聞いている。
「いいよ、あざみ」
 薊は痛い。ちくり、と指先に珠のような血潮を作る。それを翌々分かって居るからこそ、なじみはあざみを止めやしない。
「怪異領域を怪談で殴るとはなんというか。不思議なモノですが――『目には目を歯には歯を』と言いますし、きっと役に立つでしょう。」
 愛奈は地を蹴った。結界のようなものであるならば綻びだってある筈だろう。ないならば作り出せば言い。
 どこかしらから迫ってくるのは猿を思わせる者達だった。ぴょいんぴょいんと跳ね上がるようにして近寄ってくる其れ等を愛奈は異形の物として双眸に映す。
「一体――」
「暦を見ましたか。2010年と書いてありました。秋祭りをしているのかも知れませんね」
 水夜子に愛奈は頷いた。その傍らで「何なんだこの村は」と『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は呻く。
「有象無象のように子供達がわらわら。猿を思わす輩がわらわらと。一体あいつらはなんだ。
 それにふと村のカレンダーを見た。どういうことだ。
 みゃーこ先輩。俺はかつての少女に別れたを告げた――だがな、根本では人は変われないんだ。つまり、何が言いたいかというと……」
 ブランシュは確かに変わった。子猫のように可愛らしく人懐っこいというのが水夜子の印象だったが、それが大きく変化したのだ。
「つまり何が言いたいかというとだな。
 助けてくれ。滅茶苦茶怖い。無理だよこれ。あんなのに勝てっこないのに突撃するなよ。
 前は前でなんとか見たことあるから我慢できたけど、今はもうだめ。なんか子供がこっち来てる!!! ワーー!!!!!」
 水夜子は思った。あ、この子はちゃんとあの頃の『ブランシュさん』だと。怯えて手を繋いで叫んでいる相手だ。
「なんでダムの下とか行くんだ、どうして、行くも帰るも何方もダメなのか。行かねば安心だったのに、来てしまったら帰りは怖い」

 ――次は~~。

「アナウンスをするな、やだーーー!」
 遠く聞こえる虐殺の音。生々しいほどにそれはリズミカルに響いている。まるで厨房で楽しげに料理でもしているかのような音である。
 そう、人間も肉だ。それを翌々理解してしまえば此程にリズミカルに音を立て楽しげに『調理』をされればダイレクトに光景が浮かんでしまうというものでもある。
「ジョー! 数が多い! 出来るだけお互いに死角を潰し合うぞ!」
 其れ等を食い止めるのも自らの仕事であった。長期戦が必須というのだからこれまた面倒だ。
 天川は「大人しくしていてくれよ」と晴陽を見た。晴陽は「天川さん」と振り返る。『憑いて』やってきたデスマシーン次郎くんが大立ち回りをして居るのだ。
「……」
 思わず黙りこくった天川の側で『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)がやや知っていますとでも言いたげな顔をして居た。
「デスマシーンじろう君に前線はお任せ致します」
「任せられるのか?」
「はい。頼りになります。寧ろ、そう言わねばなりませんよ」
 リュティスは淡々とデスマシーンじろう君の扱いに長けている様子を見せていた。驚くばかりに何故かリュティスに懐いている、いいや『憑』いているのだ。
(みゃーこ様は気がかりですが――間接的に護る方が余っ程良いでしょうね)
 あれだけ取り乱した彼女でも、周りがそれだけ手を差し伸べてくれていると知れば心も落ち着くと言うことなのだろう。
 お任せしますと告げれば何時もと変わらぬ顔で笑うのだからどこまでが本心なのかさえ分らない。ただ、彼女は『そう言う性格』だということだ。

 こんな所で死ぬ訳にはいかないですから……それにいざという時の約束も守らないといけませんから。

 そう告げたとき、水夜子は妙な顔をした気がするけれど、きっと気のせいだ。
 彼女の側にはミザリィが、そして愛無や愛奈が居る。逃げ惑うブランシュが神木を殴っている周辺に海尉が集まっているのだって気のせいではなかろう。
「たくさん、たくさんです」
 呟いたニルに「任せてね」となじみがバットを振りかざしている。ぱちくりと瞬くニルは「ホーーーームラン!」と楽しげに笑ったなじみを見た。
「ええと……」
「何がしたい?」
「ニルは、ひよの様を助けたいです。ひよの様から引き離して、分割して封印する。そのための器と、分割するための方法が必要、です?
 ひよの様に似せた何かを用意するなら、血は難しいけど、勝手に音呂木の名前を名乗るとか……?」
 ニルはぱちくりと瞬いた。そして、その手に握る杖の感覚を確かめる。
「人でないものを器にするのなら、たとえばレガシーコア……魂があったはずの……今は空っぽな、宝石は、ナニカを受け止める器になりますか?」
「なると思うよ」
 なじみはそう言ってから定と花丸を見た。
「でも、それって君の大切なものだと思うんだ。ジョーイさんのヘルメットならいいかもだけど!」
「吾輩の!?」
「でも、ニルくんのは大事なものなら、ひよひよは悲しむぜ。だって、それが台無しになっちゃったら、ニルくんがかなしいでしょ?」
 ニルはこくりと頷いた。なら、二つ棺は容れ物には成り得るか――
 定は両槻の地に存在するという山辺のその建物を思い浮かべて微笑んだ『魔女の騎士』散々・未散(p3p008200)を一瞥して息を呑んだ。
「未散君」
 鋭く呼ぶ『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の眸には、真摯な色が灯されていた。
「護るよ」
 騎士であるという未散に、守り抜くと決めたアレクシアに。その双方は怪異を間に挟んで宙ぶらりんな状態だ。
 特に怪異に嫁ぐ事をも是とする桜痣の娘にアレクシアは「ダメだよ」と厳しくも声を掛ける。
「ダメだよ」
「ああ――そう仰ると、思っておりましたよ」
 桜の気配がする。アレクシアの背後の『あさ』が渋い表情をした、気がした。


「断片のなかには自身の存在を真性怪異のなかに刻んだとあった。……それと共に存在する、とも。
 それが本当ならば石神地区の土地神とお嬢さん、逢坂地区は蛇蠱、両槻地域の万年桜が弱体化している今。
 此の真性怪異の力も弱まるはずなのに勢いを増している意味は?」
 呟く文の傍らで冬佳は「さて」と思い悩むように呟いた。
(封印は……仮の依代に移す必要があるけれど……石神、逢坂、両槻、そしてレトゥム。
 何れも同じ。生贄や人形を用いて人の形を依代としていた――人の信仰に依りて在る、人の神だからでしょうか。
 恐らく、真性怪異の依代は人の形である必要がある……巫女としてひよのさんを依代とする音呂木も同様でしょう)
 其処まで想像すればこの地というのは良く分かる。人身御供を用意する村の風習。死骸を土葬する文化。そして、その地だからこそ隠蔽できた死骸を駆使しての屍人達。
 この地は人間という存在により強く隣接している。ひよのも最初に此処に来た。それはこの地が『人を柱にし、人の魂を取り込む』怪異だからだったのだろうか。
(ひよのさん、うつしよさん、とこよさんの3人が依代候補であるなら、其処には条件が在る筈。
 血縁、生まれた時に刻まれた名……そんな所か。中でも最も優先度の高い依代がひよのさん――
 確実に移すなら、他の二人に流れない様に仮の依代をひよのさんと魔術的呪術的に照応させる必要がある)
 さて、と冬佳は側を駆けて行く『怪異』と『猫』を見詰めた。その背後をついて行くのはその宿主カップル(仮)や花丸だ。
(……とはいえ、この場で人形の急造は出来なくも無いけれど、粗悪な完成度で一時的であれ抑え込めるかは些か心許ない。
 ……ひよのさんと一番縁が深く結ばれて彼女の痕跡がついているのは、花丸さん。
 人形等の物品ではなく誰かを一時的な仮の依代とするなら、最も適性が高いのは屹度彼女……)
 そう考えてからは花丸を照応させる事が出来るのではないかとも考えた。そんな冬佳の考えと同等に晴陽に「音呂木の鈴を持ってきて欲しい」と頼んでいたのは『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)であった。
「ひよの殿にはこれまでたくさん支えてもらった、故に見過ごすことなんて出来ない――と思って用意をして貰ったけれど」
 神楽鈴は秋奈に手渡しヴェルグリーズはその鈴を腕に付けた。神楽鈴は幾つか二分けることが出来たのはこれ幸いだ。
「こうしてひよの殿が帰ってくるまで鳴らし続けよう。そうすれば帰ってくることが出来るはずだ」
 ヴェルグリーズはあと『二つの手段』を考えて居た。一つは三種の神器を模した分割封印を行ないたいという事だ。
(さて、どうなるかは分らない。もしもの時は剣である俺と、紫電殿で封印の柱になれるか……)
 それが難しいと云うならば書物の封印が役に立つかもしれない。だからこそ、考えは合った。
 ざあざあと滝の中にやってきたアレクシアは「来名戸といえば、ねえ『お嬢さん』、どこかで見ているのじゃないかしら? ここはあなたのテリトリーじゃあないの?」と微笑んで見せる。
 側に立つ未散はお嬢さんの気配を感じることはないようだ。アレクシアは『敢てその場に彼女がいる』と言う前提で声を掛ける。
「前に来た時は私にはあなたの声は聞こえなかったけど。
 今なら素直に聞けるような気がするよちょっとお邪魔虫をどうにかするのを手伝ってほしいんだ。
 力を弱めるでも、ちょっと逃げるのを妨害するでもなんでもいいよ。
 お返しに、あなたの望む何かを渡してあげるから――もちろん、私の『友達』以外をね。
 あ、何だったらあなたもお友達にならない? たまになら遊びに来るよ!」
 滝壺の中から人影が浮かび上がり、そっと何かを指差した。アレクシアは「ダメだよ」と首を振る。
 あさだ。あさを求めようとしている。あさはと言えば「それでもいい」と言いたげだ。
「あさ君がいいなら、新しいお友達だよ。……『お嬢さん』、よろしくね」
 アレクシアは静かな声で囁いた。
 駆抜けながら仲間を護るべく尽力する汰磨羈をあざみは追掛ける。
「余り離れないでね」と告げる定の言葉虚しく、あざみはすいうしと先に征くのだ。
「あざみよ」
「何? たまきち」
 あざみの眸がぎらりと輝きその指先の爪が伸び上がった。猫憑きらしい戦い方だ。猫鬼の周囲に漂う呪詛の気配も知ったものである。
 それの肉体がある状態で為していたのだから末恐ろしい。今その状況見ればよくなじみが無事であったと感謝もしたくなるものだ。
「合わせられるか?」
「たまきちが合わせて」
 随分な言い草だ。女王様め、と汰磨羈は思わず呟き笑った。ワカイシュ達はこの場では強力な存在である。
 だからこそ、武を以て制するのだ。それが『そういうものだ』と認識さえ出来てしまえば恐い物ではない。
「任せろ。道は私がこじ開ける!」
 汰磨羈の放つ痛烈な一撃に重ねた様子であざみの呪力が交わった。おどろおどろしい気配をさせたそれは紛れもなく怪異そのもののものだ。
「あざみと私を以てしてもこれほどか……だが、これしきの事で参る口ではないだろう?」
「勿論。たまきちは後ろで座っていても良いよ」
「言ってろ」
 汰磨羈は小さく笑った。嗚呼、本当に――なじみは定が護ってくれているだろうに、あざみはなじみと違ってすいすいと進んでいく。
 水を得た魚の如く。彼女は『器』がなくともある程度ならば離れられたか。それとも、この空間特有だろうか。
 この空間は怪異にとっては住みよい空間だ。汰磨羈からすれば息苦しく重苦しい異界だが、あざみから見れば栄養豊富なプールのようなものだろう。
『蛇蠱の傍』葛籠 檻(p3p009493)は葛籠神璽と静かに呟いた。
「それは神という字を名に入れ込むことで自身の存在を高位存在だと見なした。
 そうして奴は神と相成った。真性怪異とともに存在し、名が残った。神とは、信仰で成り立つものだ」
 そうだ。檻は信仰者だ。己の噛みを求め続けたのだ。だからこそ、よく知っているのだ。
「ただただ、姓が同じだけ。たかがそうであれど汝は『名に神を込め、力を得た』のであれば小生とて『檻』だ。
 葛籠の檻。此度はお前を封じ込めるだけの存在として来た。
 ……巫女は道であり、真性怪異を害せない。そのようなしきたりなども全て壊しながら進むのが混沌の特異運命座標というものだろう?
 巫女の祈りも、人の思いも、すべてを込めて神威などを否定してやろう」
 ああ、だから、側に居るのだ。あいだ。あいだよ。
 振られてしまったと感じたその女は良い女であった。あいだは『アリエ』と共に在るのだ。秋奈の側にアリエの側に居るのだから。
(アリエ、ああ、アリエ。小生は、お前を忘れられぬ。
 だからこそ、あの神を堕とすのだ。落とし、貶し、封じてみせよう。――偶然なれど、小生は『檻』だ。葛籠の神を檻に閉じ込めてみせよう)
 葛籠『璽』という存在が、神という字を消し去って只の人間となって閉まったならば霊魂でしかない。
 養分として狙っているというならば己で構わないだろう。檻だ。名は縛り付けるだけの価値がある。『檻』は小さくほくそ笑んだ。


「……酷いことで」
 嘆息する晴陽には何が見えていたか。そう、見る者によって姿を変えるか良いというのは面倒な存在だ。
 例えばロジャーズの目の前に居るのは。

 ――何が視えるのか?
 ――彼か彼女か、或いは、彼なのか
 ――誰にしても、私に殺されるならば、本望だと思うがな!

 胡乱に笑う。そもそも神様というのはそういう存在であるべきなのだ。自らに取り込んで、それら全てを無碍にする。
 何も、それらを取り立ててやる必要などあるまい。ロジャーズの笑みが強く、強くなる。
 眩い光を有したロジャーズは唇をついと釣り上げてからくとかに合図を一つ。
「こっちよ」
 くとかは晴陽の手を引いた。それを指示したのはロジャーズだ。己を会議と定義すれば再現性東京の人間からも十分に可笑しな存在に見えるだろうか。
「人間、見たくないものは見なくても良いのだ。
 尤も――本来で在れば、私も『視てはいけない』怪異の類なのだがな。Nyahahahahahahaha!!!」
 人に非ず存在が人らしく振る舞うなんてなんと滑稽な――!
 そう笑うロジャーズの横顔を見遣ってからくとかは「先生になっちゃったんじゃないの」と呟いた。
「俺の婚約者に余計なものを見せるんじゃねぇ。最近やっとこさ落ち着いたばかりなんだ。
 晴陽にはこれからもっと素敵なこと、楽しいことを見せてやりてぇんでな」
「……天川さん」
 ――婚約者と呼ばれ慣れていない晴陽は眩いロジャーズの光で『見えなくなった彼女』から視線を逸らした。
 淀みなく近寄ってくる晴陽は「ロジャーズさんのお陰で助かりました」と頷く。周辺に集う者は未だに数を減らすことはない、が。
「少しだけ良いですか」と晴陽はそう言ってから天川の肩へと額を擦ってから五秒。
「大丈夫です、気を取り直して参りましょう」
 鞭を手にした彼女は淡々とした様子で怪異を見詰めた。
「……」
 思わず一瞬の硬直をした天川にボディは「義姉さんをお願いシマス」と穏やかに一礼した。
「いや……」
「お待ちください、晴陽先生」
 追掛けるボディは『想い人の姉』であるその人を見ていた。晴陽はボディを一瞥してから「雛菊さん」と呼び掛ける。
 彼女には心情を吐露している。故に、理解がある存在ではあるのだが――ああ、顔から火が出そうだ。それでもボディは息を一度吸い込んでから気を取り直したように話しかけた。
「此処は私にお任せ下さい先生。貴女には傷一つつけさせませんとも」
 親族(予定)としては彼女の事を支えたい。良いところを見せておきたいのは未来の義姉からの心象をよくしたいからだ。
 彼女が辛くなったら辛い。だからこそ、守り切る。そうでなければ龍成だって屹度悲しむだろう。
 ボディの背中を見詰めていれば天川も対、愉快になって笑みを零した。
 ああ、本当に面白い。人間関係が広がっていけば彼女にとっても『見慣れぬ世界』が広がるのだろう。
 それはどれ程に喜ばしいことか――!
「毎度言ってる気がするがオッサンにゃ堪えるな。いつまでぶった斬りゃいいんだ?
 結末が楽しい思い出にならねぇと割に合わねぇぞ。皆頼むぜ!」
 天川の言葉に応えるようにニルの杖が呼応した。
「みなさまの、お手伝いをします」
 ニルは探し求めていた。本を焼いてしまうことも破いてしまうこともきっと難しい。
 ならば、名を変え、別のものとすればいい。ココアがいれば護ってくれる。その間にただ、ひよのを救う手立てを探し求めているのだ。
「不気味な建造物、いわくありげな物品は、破壊し更地にしていくぜ、こいよ!」
 風牙は叫んだ。枯れ尾花から幽霊が生まれる。それが怪異の在り方だ。風牙は堂々と言い放つ。
「なら、枯れ尾花を刈れば幽霊も消えるって寸法だ! UFO? 流れ星だ! 人面魚? 目の錯覚だ!
 夜中のピアノ? 犯人はオレだ! お化けなんてないさ! お化けなんて嘘さ! ――消えてなくなれ怪異領域!!」
 犯人がオレだと叫んだその素晴らしさに思わず晴陽が拍手した。怪異も驚きの結果だろう。
 何もかも、おぞましいものなんて、此処にはないとでも言うように風牙は振る舞い続けるのだ。
 それが怪異を乗り越える方法だと知っているから。
「しかしキリがありませんね。怪異達はどこから湧いてくるのでしょうか?
 デスマシーンじろう君であれば何かわかったりしないのでしょうか?
 核となる怪異がいたり、そういう場所があってもおかしくないとは思いますが……」
 リュティスはちらりと見た。「うつしよ様もしくは、とこよ様が呼び寄せているとかはないでしょうか?」と確かめるように告げるリュコスに「そんなことしやしませんよぉ」とうつしよが笑う。
「どちらかといえばひよのちゃんやないかなあ。うちらは、ほら、今は被害者」
「ああ、そうならなかったのであれば『そうした』と言うことですね。承知致しました。
 ひよのさんの中でそれが暴走していなければお二人は双子だからこそ一方が『箱』となり、もう一方がそれを守り切るのでしょう」
 リュティスの問い掛けにうつしよがにんまりと笑う。
「勘が宜しいことで」
「察する事も従者の勤めです」
 うつしよがちら、と見た。
「うちらの本懐は、葛籠神璽をきちんと降ろすことやった。それを『管理』するんが丁度ええのよ。
 けれどね、東京のバランスが崩れてしまった。どうしてか分る? 夜妖は増加傾向や。夜妖憑きやって、ねぇ――?」
 うつしよの視線は晴陽を見る。増加傾向という言葉に晴陽は「ええ、勿論」と頷いた。
「患者は増え続けています。バランスが崩れたのは確かでしょう。我々も把握はしています」
「嗚呼、そういう事ですか……。
 再現性東京に私達が入ったことで世界が夜妖という存在を認めることが多くなった。
 だからこそ、自然発生する怪異の姿を目にすることが多くなり、我々という『異分子』はそれらを認め受け入れ、適応し続けたとでも」
 リュティスはじらりとうつしよを見た。
「怪異を『管理』していたというのは?」
「真性怪異の大部分は音呂木の管轄よ。がらんどうのひよのちゃんが、いいや、葛籠神璽がおまえさんたちを利用して来たから目にしただけ。
 本来は鎮め、語り、延命するはずだった。それが『この場所』の在り方やないの!」
 うつしよは手を叩いた。
 近場にある崩れた祠や、何ら理由も知らずぽつねんと存在する寂れた社。そうしたものは脈々と受け継ぐ伝統であろうに。


「この世、無辜なる混沌の 両槻に咲き誇りておはし坐す ハヤマが櫻の御神に畏み畏み申します。
 其の神力をお借りするも誠に大仰にはあれど 我が力にて向かふべき誠に些事にはありけれど
 櫻花弁の御印をば此の喉頸に戴きし 何を以てか櫻神の御目に留まりし此のぼくに
 只の一片なりとでも其の御呪を手向けられ 今よりぼくが歩を進む戦場に励ましめ給へば――ぼくが心も、益々御身に傾けらるべし」
 ちう、と透き通る青い掌に接吻を一つ。未散は囁いた。
 ああ、だからね――お嬢さんと同じように『メロメロになるから、手伝ってくれ』と言うことなのだ。
 そんな未散を見付けてからアレクシアは「行こうか」と囁いた。
「ええ、けれど、そうは許して呉れないようで」
「一先ず。相手しながらひよの君のところに行きましょう」
 何でそう思ったのか、ひよのと何があったのか『アレクシアは余り覚えて等居ないけれど』、行かねばならないと思ったのだ。
「みゃーちゃんさん……」
「はあい」
 くるりと振り返った水夜子に愛奈は「どうなさいますか?」と問うた。
「うーん、やばそうなら我が身を呈してでもと考えて居ましたが、一応聞いても良いですか。ご意見、如何でしょう」
「私はお知り合いになってからは短いですが、貴女の帰りを待っている人だっているのではないですか?
 こんな……気の滅入るような所には長居すべきではないでしょう。
 何より私も……貴女には笑顔の方が似合うと思いますから。ほら、帰りましょう、みんなで一緒に」
 愛奈は静かに言った。緩やかに頷いた水夜子は「その為の努力ですよ」とウインクを一つ。
「……前は私が手当てをしてもらいましたからね。やっと恩を返せます」
 ミザリィはそっと水夜子の手を握り締めた。「ふふ、借り貸しがなくなったようで」と彼女がころころと笑った。
 周囲の怪異を見てから水夜子は何かを考えて居たようだが「拝借しました」と無骨な剣を手にしていた。
「みゃーこ、大丈夫ですか?」
「勿論です。寧ろ、何だか爽快ですね。殴って殴って、ぶん殴って! あ、斬ってますけど。
 面白くなってしまうくらい。私って結構良い子なのでこう言う経験無いんですよ。これが鉄バッドなら脳天ぶちかましです!」
 うきうきとした様子の水夜子にミザリィはくすりと笑った。
「結界なんて綻びてなんぼでしょ。自分のこと何年前の村だと思ってんの。盛者必衰だよ」
 茄子子は何故か壁を撫でていた。なでなで。優しい手だ。
「ほら、虚をつかれたんだから、空け。私は言霊使いだぞ。壁を説き伏せるなんてお手の物なんだから。
 ……まぁダメなら普通に殴るけどね! おら! 穴あけ!! おら!!! ……手が痛い!! 聞いてんのか、壁!」
 叫ぶ茄子子に僅かに『崩れた壁』の間から光が見えた。
 aPhoneを手にした茄子子は腕だけを外に突っ込んで電話を掛ける。相手は側に居た真城祀だった。
「……おや?」
「ほら遊んでないで役に立って真城くん。友達でしょ。
 会長が外に出たらaPhone越しに中と外に繋がりができるから。もし結界が閉じても大丈夫なはず。そしたらあとはみんなで帰ってきなよ」
「出るんですか」
「出るよ、勿論。これが最後なら、帰りたいでしょ。こんな所で閉じ込められたくないでしょ。
 それに会長ってこんな場所に入られないからさ。出る。出ようよ。意地でも出て行くからね」
 壁に頭を突っ込んだ彼女はじりじりと外だけを目指していた。
「あああああ―――――!」
 怯えながらブランシュは神木を蹴り飛ばした。
「恐い恐い。悪くない。悪い事何てしていない。ヤダーーー!!! 助けてーーー!!!
 みゃーこ先輩達も口説かれたりしてないで、破壊に有効な箇所とか教えてくれ。俺が物理的にやられる前に精神的にやられる。
 あれ? もしかしてまた叫んでたら俺が狙われたりする? ヤダーーー!!! みゃーこ先輩助けて!!!!」
 叫ぶブランシュが勢い良く何度も神木を蹴り付ける。壊れるまで叩き切ると決めた様子で殴りつけている。
 それはまるで、嘗てのようで水夜子はにんまりと笑ってしまう。
 彼女は人が変わったように見えたが、実の所は彼女の言う通り根本的に変化はないのだろう。
「ブランシュさん、来ましたよ」
「ヤダ―――――!!!!」
 水夜子はニコニコとしている。外周で、逃げ道を探しているけれど、彼女が叫んでいるのを見るのはこれはこれで何とも言えぬ楽しみがあるように感じられてならないのだ。
「今の僕は好きな子の前で張り切る小学生みたいなモンだ。さぁ、片っ端から薙ぎ払っていこう。
 邪魔する奴は全て敵だ。所詮は神も仏も腹に入りゃ、全部一緒だからな。喰い殺す」
 美味しいかどうかと言われたって知ったことでは無い。神木か。それは丁度良い。
 下手な鉄砲も数打ちゃ当たると愛無は食らい付く。言霊は有効だ。折れない。曲がらない。貫くだけだと唇に音乗せた。
 神木を攻撃し始めてから怪異の数が増えた。
 ――迫り来る。怪異の群を前にしてミザリィは壁に向かって災いの言葉を口にした。
 それが呪いとなり、姿を転じ蝕みの呪いとなるように。
「私は、いいえ、私たちは、なにがあってもここから出なければいけないんです。
 バッドエンドもメリーバッドエンドも御免です。私はハッピーエンドが好きですので!」
 ミザリィを眺める水夜子は穏やかな笑みを浮かべた。ああ、これでハッピーエンドが迎えられたならばどれ程素晴らしい終わりが待ち受けているだろうか。
 そんなもの、特異運命座標でなければ導けまい!
「みゃーこ、ここから外に出られたら、貴女はどうしたいですか?
 ”本当に”逃げたいというなら、私は貴女を攫って地の果てまでも逃げてしまいますよ?」
 揶揄うように笑ったミザリィに水夜子は「ミザリィさんは良いのです?」と問うた。その紫の瞳が楽しげに細められる様子だけをミザリィは見ている。
「私ですか? ……私はいいのですよ。帰る場所があるわけでもありませんし。母様も兄様も、私の愚行をお咎めにはならないでしょう。
 名前に込められた想いとか、押し付けられた役目とか、決められたレールとか、そういうのが嫌になることくらい、私にもあるってことですよ」
「ねえ、ミゼラブルさん」
 水夜子は遠く、ひよのたちの様子を眺めながら肩を竦めた。
「此の儘、私が色々なことを受け入れて、嗚呼、違うかも。
 色んな事を受け入れ、飲み込み、それでいて、拒絶も覚えて個として歩き出して……何気なく東京で生きていくならば貴女はどうします?」


 眼前のひよのは佇んでいたが、ひよのそのものではないように思えた。
「葛籠神璽」
 名を呼べば『彼女』は笑う。眼前の彼女を一瞥してから未散はギターと鈴を手にしていた。
 頭などすっからかんにして詰らない決め事も言いっこなしに言の葉を載せれば良い。
 アレクシアは「もちろん私達にできることは物理的に殴る……じゃなくて、音楽で!」と微笑んだ。
「歌に神事は付き物でしょう、音呂木だって鈴を使う! 音と詞には力があるのさ、ってことで!
 ベースを準備して、やってやりましょう未散君! あさ君も、盛り上げてね! お嬢さんも?」
 石神を呪う『お嬢さん』の気配を感じ取ってから未散のギターが鳴り響く。
「さあさあさあ、Let's rock'n'roll!」
 ――何者かなどとは知らない。ただ、言霊を塗り替えるだけ歌ってやれば良い。
 そう『身体から出てこい』とアレクシアは告げるのだ。鈴の音が鳴り響く。それは、きっとひよのにとっての道標だ。
「さあ、ひよの君の体から、そしてこの地から出ていきなさい! こわーい人だって見ているのだから!」
「Check one two! Ha Ha Hey Hey!」
 未散の声は楽しげに高らかに、ただ、その言葉には『何か』の含みがあった。
 それに気付かぬアレクシアではない。目を瞠り、アレクシアが「未散君」と呼ぶ。嫌な予感がして居たのだ。
「仮令此の先が二度と醒めぬ悪夢なれど 仮令この先が夢すら無い、亡い、永遠の無なれど 今存在ことの全てを懸けて、賭けて、駆けましょう
 ぼくの わたしの 生きる理由 死ねる理由 全て、総て
 何時か何処かで落ちた断頭台の刃、嵌められた義務の軛『皆の為に』ではなく『ぼくのぜんぶをあなたに』
 パンドラの箱よ今其の蓋を開けよ(きせきよおきなさい)!」
 そんな、歌詞に込められたのだ。それはまんまるおひさま。騎士の誓いを捧げた蒼穹の魔女への手紙だ。
 くしゃくしゃの譜面裏。存在も、記憶すらも残せないかも知れないのに魔女を一人で老いて行ってしまう騎士がただ一人。
(ああ、櫻吹雪よ。今こそぼくを。根の下に攫う時だ。暖かくて擽ったい。なぁんだ、案外優しい所あるんですね、かみさま――……)
 目を伏せった未散の肉体を桜の花が更に蝕んだ、だが。
「未散君」とアレクシアは呼んだ。命に関わらないことならばアレクシアだって『大目に見る』のだけれど――
「分かって居る、未散君。もしも、君に何かあったら私は私のパンドラだって擲つよ。
 こんなところで、『騎士様』を、大切な友達を失いたくなんてないもの!
 あさ君だってきっと悲しむだろうしさ! ねえ? そういうのはさ、魔女の役目なんだから! 騎士様には抑えてもらわないと!!」
 ――ああ、本当にいつだって、無茶をするのはお互い様のなのだ。
 ああ、けれど、両槻の神様はどうやらその手を差し伸べた。有柄と両槻と、お嬢様と。
 コレまでの怪異を揃い踏みにさせたのは確かなる力となり得よう。
「養分か……上等だ。オレと秋奈を、怪異(ありえさま)を、余さず喰らえるものなら、やってみろ!」
 紫電の唇が吊り上がった。一の手、怪異には、怪異の力。そして二の手――封印といえば三種の神器と呟けば悔しさだけが滲んだ。
 秋奈と違って己には『アリエ』と呼んだ真性怪異の封印の余波は余りに残っていない。腕に残された僅かな『残穢』ならば駆使することが出来るか。
(まあ、ひよのの肉体から追い出すのみ、か)
 それは本来の書物では無かったのだろうか。ひよのの肉体より無数の文字が飛び出してくる。
 ラダははたとそれを見た。フィクションですと注釈の一つや二つ入れてやりたいが、その文字の『入れ込む箱』が必要か。
「或いはそう、そもそも名前だ。その大層な名前から神の字を削るとどうなるのか。
 ほらこの国の漢字って文字、似たのが多いだろう? そことここ、ここも削れば伸爾に変えられるそうだ」
 aPhoneで調べた結果化のだと告げるラダに武器商人は「ああ、悪くはないさ」と笑って見せた。
「帰り道の依代なんて者は、そうそう安くはないだろうがね、インクで名を記し閉じ込めてしまえば良い。
 名は縛りだ。こうして溢れる文字の数々が――いいや、『言霊』が縛ってきたのだろう。希望ヶ浜も、怪異も」
 これで怪異の全てが居なくなるわけじゃない。そもそもにおいて怪異なんて者は自然発生だ。
 だが、人為的に真性怪異を作り出すという余りに荒唐無稽な行いは終る。初めて、音呂木ひよのがイレギュラーズと相対したその夜から全ては始まった。
 旧校舎の怪異なんて『入り込んでしまえば何が起こるか分らないそれが、何が起こるのかと推察するイレギュラーズ』によって強化されたのだ。
 そうやって、その場所は怪異の存在が醸造されていく。噂話なんてものは呪いの欠片みたいなものだ。食い付いて、暫くは離れない。
 浮かび上がる文字を、文は塗り潰すように筆を動かした。宙空のそれをラダが言う通りに神を『伸ばす』。
 それだけではない。これから様々な媒体に残される彼の名を消さねばならないのだ。電子媒体を通さない街談であれば何れは噂は消えるだろう。
(いや、それはそれで愉快だな。電子媒体にだけ残されてインターネットで繰り返し知られる名前――
 そうやって新たな怪異が生れ落ちる世界が何処かにあるのかも知れない。名は縛りであり、命そのものだ)
 名を与え、そして容れ物を用意するならば。
 神器。その言葉を思い浮かべてから紫電はヴェルグリーズと呼んだ。
「余り背負ってくれるなよ」
 己もそうだ。『剣』は神器の一つに擬えられる。ならば、分割で閉じ込めることが出来るのではないか。
 晴陽から受け取っていた鈴を音鳴らす冬佳は「花丸さん」と囁いた。
 その鈴の音に背を押されてから花丸は「冬佳さんは私に何を持っていて欲しいの?」と問うた。何か考えがある筈だ。
「ええ、依代とは血でした。神器で斬り、分け、そしてそれを『人という器』にならば封ずることが出来ましょう。
 ひよのさんとの縁ならば貴女が一番に持っている。貴女と秋奈さんならば、器と導き手の役割にもなれる可能性がある。
 だから――相応しい品を持って、正式に封印するまでの『支え』として欲しいのです」
 言霊だというその存在を『文字として扱えば』書や紙へと記して封じ込むことは出来るかも知れない。
 だが、それこそ神事司るもののやり口だ。冬佳は「みゃこ、頼みますよ」とある程度の依代となるべき物質の材料集めを依頼していたのだ。
「……相応しい品、かあ」
 花丸はぽつりと呟いた。
 思い返せば長く一緒に居た。
 いつものメンバーだと、定に、なじみに、花丸に、そしてひよので。
 何処へ行くのも笑い合った。細かいプランを決めたわけではない。ただ、なんとなく行こうよと走り出せるような関係だった。
「……あのね、少しだけいいかなあ。ずっとずっと歩いてきて、人の話を聞いて、分ったことがあるんだけど」
 花丸はにっこりと笑ってから「あさひ」と紙に書いた。
「葛籠……容れ物。神璽が勾玉を差すなら残りの鏡と剣を用意して容れ物を分けてみるか
 神という字を外して更に必要なら新しい名づけをして高位存在から引きずり落とす事も出来るよね。
 でも、それはあくまでもそれを封じるだけ。
 新しく何か名前を与えて別個の存在にして怪異の管理者を作り出せば言い。今度は名前で縛るんだよ。
 名前は……うん、『あさひ』とか。確かひよのさんの名付けの際に此方の字を宛がうかで家庭内が険悪になったって言ってたっけ?」
 思い出した様子で花丸は言った。

 ――非夜乃。

 ――あ、私は本来的には名前を漢字で書くとこうなのだそうです。
   此れを譲ってくださった当時の神主は私の事を書き示すときは必ず漢字で書いていましたからね。

 夜妖を斥ける為の名としてあさひを宛がうかで家庭内は険悪だった。あさひ、ひよの。何方に慕って『夜』ではないと告げるその名。
 ひよのに纏わるならば屹度ぴったりだ。うつしよととこよが双子であるように。
 同一の存在であるはずの二人がぴったりと『合わせ鏡』のように向き合って、互いを互いでコントロールできるなら。
(ひよのさんだって、出来る)
 彼女には真性怪異を『使役できる』だけの力はある筈だ。『夜』の色をした髪に、冷たいアイスブルーの瞳は明けの色をしている。
(ひよのさんなら、出来るんだ)
 彼女は何時だってイレギュラーズの先輩だった。だからこそ『先輩』に出来ないわけがないと信じることが花丸に出来る事だ!
「ああ、もう。名前が何であるかなんて関係ない! 一緒に遊んだり働いたりした貴女が帰ってくればそれでいいです!
 名前も一新したならもう一度最初から貴女の事教えてください! ついでに勉強も!」
 叫ぶ。しにゃこは秋奈とひよのの背を押した。危ない事も在ったけれど、色々と引き寄せ体質のしにゃこは何だって出来るのだ。
「もう、困っちゃったのなら、私がひよにゃこです!」
「……ひよにゃ、こ……」
 ジョーイはぱちくりと瞬いた。
「だって、そうじゃないですか! ひよのさんが困っちゃってるなら新しい名前を与えてやるべきですし!
 だから、今の依代の私はひよにゃこです! やーい、ひよにゃこ! こっちですよ! 合体ですよ!」
 べえ、と舌を見せるニルの側で檻は「ならば檻」だと告げた。
 逢蛇が側に居る。あいだ。そう呼べば彼女は一層微笑むのだ。有柄の巫女であった女が側に居る。
 それだけでも、あの神が恋しくなる。
(目の前の神は小生の求める者ではないのだ)


 ――あの日、ひよのが言った。『弟子をお願いします』と。
 彼女が弟子をとったのが戯れだったとしても、それでも『ひよのと秋奈』の間には確かな関係があった。
 秋奈の手を握り締め紫電の唇が震える。
「オレがどうなろうとかまわない……アリエ様、どうか秋奈を」
 護っていてくれ。
 その想いを知ってか知らずか。
 ああ、知っていたとしても、秋奈は知らない振りが出来てしまうのだ。
 それが紫電にとっては『どれ程に苦しい事か』を彼女が分らぬ訳もないだだろうに――
「普段なら、神璽センセともお話したいトコだけど、此処はどうしても、ね」
 にこりと笑った秋奈は言った。

 ――切り札ってのは最後までとっておくもんだぜ。

「秋奈」
 呼ぶ紫電は「ちゃん丸、力を貸すぜ」と笑った。
 全く以て困った話だと秋奈は思った。誰がサボった時に叱ってくれるんだ。保護者が保護者じゃなくなったならどうすればいいんだ。
 この神様は、誰に祈れば良いんだろう。
 神様が神様ならば、祈る相手なんて居ない。
 鈴の音が鳴り響く。りん、りんと。響く音色が秋奈の肉体を這いずり回った。
「ウチはアンタと縁がある。逃がさないよ。まあ、笑って誤魔化す――何てことする前に、どうにかしてよ。ねえ、『アリエっち』」
 檻が「ああ」と呻いた。本当に、彼女の側に居る影は恋い焦がれる姿をして居たのだ。
 檻の傍らに佇むのは始祖の巫女だとすれば、秋奈の側に居るのは醸造されたあやかしだ。それでも、それは余りにも愛おしい。
(いいんだぜ、アリエっち。好きにしても、受け入れてやれる。
 これで浸食が目立っちゃうし後戻りはできねぇってわけだ! でもアリエっちとの絆がますます深まったみたいな? むしろバイブス上がって、あとで奢るし!)
 しししと小さく笑った。これで『真性怪異憑き』はお揃いだ。彼女の側に居る紫電を一瞥してからヴェルグリーズは真っ向からひよのを見た。
「ひよの殿――」
 剣たる己の身ならば柱にもなれよう。水夜子に願い出て『物語』を用意した。それが葛籠神璽に奏上するものとなる。
「神は信仰無くして成立しない、『葛籠神璽』が神への道を望むなら信奉するものが必要なはずだ。
 ひよの殿を助ける為なら俺は『葛籠神璽』の巫女となろう。音呂木の『語部会』にて希譚の物語を語る語り部となろう。
 幸いにして櫻の花嫁はその手を差し伸べてくれている。お嬢さんは微笑み、アリエの呪いはこの地に蠢いた。
 なら、語る事は出来るだろう。俺が、この身体を掛けて――」
「ヴェルグリーズさん!」
 花丸は呼んだ。それでは、彼が危険に晒される。
「その中で『葛籠神璽』を……そうだな、希望ヶ浜の怪談を司る神として語り続ける。
 そうすることで疑似的にこの地へ封じることも可能なんじゃないだろうか」
 囁くヴェルグリーズの声に小さな笑い声が被さった。
「――いけませんよ」
「ひよの殿」
「ひよのさん!」
 花丸が駆け寄っていく。花丸の傷だらけの掌を覆うものは何もない。その掌が、重なって熱を持つ。
「ひよのさん」
 指先を絡め合わせて、綺麗だと笑ってくれたその人が花丸との間に柔らかな熱を感じ取って目を細める。
「ヴェルグリーズさんは、お子さんがいらっしゃるのですから、あなたを縛り付けたくなんてありません。
 名を。新たな名で結び、私がそれを信奉しましょう。奏上された書に、重ねた『名』を封じて……神木の下にでも埋めてやれば良いのです」
 ひよのの声が跳ねた。それがいいと秋奈がからからと笑う。
 それならば、分割して器で埋めて仕舞えとアルテミアは言った。己の髪や血を分けた人形を作り上げれれば石神の一件のようで愉快にもなろう。
 爪の欠片に、髪、それから血潮を染みこませた綿。其れ等全てを腹に詰め込まれた人形は呪詛の道具だ。
 それを眺めて居た未散は己の髪をぷつりと切ってから人形に詰め込んだ。
「ねえ、かみさま。ぼくを連れていくのはすこぅしだけ待っていて頂いても? どうやら、友達が手伝って欲しいようだから」
 アレクシアの咎める視線を背中に背負ってから、未散はくすりと笑った。
 花丸がその人形を手にしてからひよのを見る。ヴェルグリーズは、『葛籠神璽を切る剣だ』と己を定義した。
「斬り別たれたならば、その一つに『あさひ』と名付けるよ。これはひよのさんが貰うはずだった名前だから。
 ひよのさんの一部であり、そして怪異の『呼び名』にする。そうして、あなたを閉じ込め封じる」
 花丸はひよのの手をぎゅっと握った。
「『希望ヶ浜を管理するため』に力が必要だというならば、全部ひよのさんのものになってしまえばいい。
 あなたが、ひよのさんを得るんじゃない。ひよのさんがあなたを得るんだ!」
 花丸の声音は響いた。そうだ。語り部が必要ならばこれからも、彼女は語らえば良いのだ。
 あさひと呼んだその存在を自らのものとして、葛籠神璽を神木の下に埋め去って、その力を語り部が引き出せるようにすれば良い。
 ある意味延命措置であろうが、それで構わないのだ。物語は削ぎ落とされ、無事に『ただの怪異』に成り果てよう。
 それが語り部の本来の行なうべき仕事だ。偽りの信仰など立てる意味などあるまいに。
「ああ――残念ですなあ」
 呟いたうつしよにとこよは「仕方が無いよ、これも、必要なくなったな」とぽつりと呟いた。
 蜘蛛の力を借り受けることを為ずとも、それは『普通の怪異』として鎮められたのだ。
 神様に仇為すあやかしは蜘蛛という。その為に双子は別たれ、別々の存在として均衡をとっていた。
「花丸ちゃん、本当はねえ、ひよのちゃんって双子なんよ。
 ただ、お兄ちゃんは産まれたときに死んでしまった。それが、あさひという名前で、本当の神璽の容れ物だった」
 うつしよはくつりと笑う。ニルは「おにいさんが?」とぽつりと問うた。
「だから、あの子は二人分を背負ってしまった。ほうら、男女の双子なんてもんは『結ばれず心中した男女』と言うでしょう。
 葛籠と音呂木は必ず双子の男女が生まれて来て、一方が容れ物に、もう一方が殺す役割を担っているんですわ。永遠に結ばれないようにね」
 だから、ひよのは容れ物では無かった。ひよのは語り部であり、管理者であり、容れ物に何てなってはならなかったのだ。
 それでも『あさひ』という兄が死に、『ひよの』だけが残されたからこそ、真性怪異は力を得て暴走を始めたというならば。
「なら、この力そのものが『あさひ』になればいいよ。そうやって、二度と、男女の双子が産まれてきて殺し合わないように」
 花丸は強く言ってからひよのの手を握る。
「怪異の存在を管理するならば――怪異の存在を全て、識り、語り、そして『正しくあるように定める』。
 それが私の役目でした。そして……私のこれからの役目でもあります。あさひが共に在りますもの」
 ヴェルグリーズの言った通りだ。語り部会で語り、葛籠神璽を『あさひ』として封じる事に決めた花丸。
 ならば、その『あさひ』を別の個として認識し、葛籠神璽を別けてしまえば良いのだ。
 強大な力を切り分ける剣となった青年に、それを映し存在を詳らかにして行く少女。
 そして最後に待っていた『巫女』の少女は朗らかに云うのだ。
「なーるほどね。パイセンの兄ちゃんって事か。なら、それを全部受け持っちゃえばいいべ。
 パイセンがしんどくなったら秋奈ちゃんが居るぜい?」
 秋奈はあっけらかんと言った。大切な人を護るために、身さえも呈すると決めていた。
 ひよのは「ダメですよ」と厳しく叱るような声を出してから笑う。
「封じ込み、そして適切に語らいましょう。所詮はただの延命処置になるかもしれない」
 だが、それを正しく封じ込んで行けば良い。『あさひ』として、ただの『ひよのの兄』として認識し語れば良いのだ。
 そうして、力が削ぎ落とされるまで、それは捨置く道具となろう。
 武器商人は案外後世になれば『開けてはならない旭筺』などといって語られるのではないかと「あさひ」と書き仕舞われ神木の下に埋められるそれを眺めて居た。
 ――りんと鈴の音が鳴った。
「この音は、ひよのさんが何時も帰り道を示してくれたでしょう。だから、聞こえていた?」
「ええ、驚くくらいに。花丸さんの声がずっと聞こえていました」
 微笑むひよのの手を握り締めてから「帰る場所は此処なんだよ」と花丸は微笑む。
「怪異の存在をそのものを管理して、当たり前の東京を作るのなら、真性怪異を封じて回ったのも問題では無かったんだね。
 ひよのさんの中に居た葛籠神璽がそれを全て切り分けてしまっても――口伝で語られたそれを『改変してしまえば』問題は無いんだから」
「ええ。そうです。言霊は文字にも宿る。ならば、分かり易く、馴染みやすい怪異を用意して、それを循環していけば良い。
 怪異はその力を発揮し、大きくなる前に然るべき処置を為されて淘汰されていく。そうして、この東京は『当たり前の場所』になるのです」
 難しいね、と花丸はそう言ってから忘れていた様子でにんまりと笑った。
「おかえりなさい」
 ただそれだけを告げる。ひよのの眸に僅かな紅色が差した。
 花丸は怪異を切り分けようとも欠片は彼女の中に残っているのだと識る。
 ――言霊の巫女。その人は、怪異と共に生きて行く。
「お帰りなさい、ひよのくん」
 にんまりと笑った茄子子は肩を竦めた。良い子じゃ無いから、それほど心がこもっていないのは勘弁して欲しい。
 今まで色々とあった。それでも、命を一番に救って引き戻してくれたのは屹度彼女だ。
 ひよのが居なければ何度発狂したか、何度我を忘れて、何度自分を失ったかさえも分らない。
 そんな現状だからこそ、茄子子は敢て彼女の帰る場所になりたかったのだ。
 ふと、振り返ればタムケノカミはただ、道を示すように行く。カイトは嘆息した。それが『道を示す』という話であるようにそれに擬えて怪異は効力を発揮したのだ。
「帰り道は分ったか?」
「ええ、勿論」
 ――鈴の音がする。遠くはない。りんと、響く音色だ。
「所詮、神仏なぞ人間が作り出したモノだ。人間を理解できない僕が其れを理解しようなどおこがましい。
 ならば手っ取り早く。何もかんも、まっ平にして全て無かった事にしてしまおう――それが『人間の在り方』だろう」
 愛無の囁きを聞きながら水夜子は「だから、人間の方が恐いのですよ?」と笑った。
 人なんてものは怪異を都合良く使うのだ。そうやって、怪異を適当に産み出してそれを自分勝手に利用する。
 それが愛無にとってはどうにも看過できたものではない。できないけれど、否定も出来まい。
「色々試したみたが。実際、珈琲を淹れる方が難しい。
 帰ったら水夜子君に珈琲を淹れよう。ついでに一口齧らせてくれないかな。駄目か。嫁入り前の子に傷でも残したら大変だし。
 何か音楽でも聴きながらゆっくりしたいな。怪異譚でも聞きながら」
「私が死ぬとき小指の先くらいなら差し上げましょう」
「……それも悪くはないかな」
 開けた空を眺めてから愛無は目を伏せった。楽しげな歩みの水夜子はうんと伸びをする。
「晴陽、この仕事が終わったら飯でも食いにいこう。その後はむぎに会いに来るといい。ジョー達も来るか?」
 晴陽は「ええ、よろこんで」と目を伏せった。可愛い『むぎ』はふこふこと鳴きながら今も待っていることだろう。
「……変わらないことを選ぶのならば、こうなるのでしょうね」
 晴陽はそうやって目を伏せてから白んだ空だけを眺めていた。


 再現性東京<アデプト・トーキョー>202X街、希望ヶ浜。
 その地はまるで――東京だった。

 罅割れたaPhoneの画面では検索ワードの履歴がぞろりと並んでいた。その中の一つが『希望ヶ浜怪異譚』であった。
 それは希望ヶ浜に伝わるという都市伝説そのものだ。無数に綴られた物語は葛籠神璽によって著されたとされていた。
 本当に実在しているかさえ分らぬそれは『真性怪異』を呼び出す媒介ともなっている。解決方法も余り存在していない悍ましきものばかりを産み出すのだ。
 さて、ここで語られるのは一つの噂話である。
 何気なくウェブサイトを確認していた『あなた』はWeb小説の中に「希望ヶ浜怪異譚」というタイトルを見付けたことだろう。
 勿論、あなたは再現性東京に生きている。もしかしてあなたの名前は『私が知っている誰か』ではなかろうか?
 あなたは何気なくそれを読み進んだ。成程、再現性東京希望ヶ浜にあるとある地域が舞台なのだろう。
 XXXという集落は何処か知らないが、語られる風景を見れば希望ヶ浜市街からはそれなりの距離があるのだろう。
 知らない場所ならば簡単に読み進められる事だろう。噂話のようなものだ。其れ等の話は随分と脚色されている。模倣もされたものだろう。
 だが、あなたは読み進んだ。読み進んでから、はたと気付く。このタイトルで投稿したのは誰だったのだろうか。
 希望ヶ浜には都市伝説がある。都市伝説を蒐集したと言われている書は『希望ヶ浜怪異譚』と呼ばれていた。
 時折更新履歴が増えては、消えている。投稿されたかと思えば直ぐにその情報が失せるのだ。
 気味が悪い。それを読んでから、どうにも窓の外が気になるようになった。気のせいだと考えて居たがその疑惑は拭えまい。
 ――取りあえず、神社にでも行こう。パワースポットというのは悪いものを何処かに遣ってくれるらしい。それはいい。それならばいいだろう。

「こんにちは、特待生さん」
 顔を上げれば目の前には巫女が立っていた。のっぺりとした黒髪は夜色だ。
 穏やかな微笑みを浮かべている彼女は静かに佇んでいる。
「どうかなさいましたか?」
 あなたはWeb小説で読んだものを冗談めかして口にした。それを読んでからどうにも気味が悪いことが起きるのだと。
「可笑しいですね、個々ではそんなこと起こらないはずなのに」
 この再現性東京は揺り籠だ。微睡み、そして穏やかに過ごす事の出来る場所だ。再現性東京に満ち溢れるのは『当たり前』という空気だ。
 混沌世界は剣と魔法と、モンスター。何だってござれのファンタジー世界だ。そんな場所に『魔法』もなければモンスターも居ない世界の人間が導かれたならばどうなる?
 混雑する通勤電車に揺られ、慌ただしい時間を過ごす平凡な日々だ。手にしたスマートフォンで音楽のサブスクリプションサービスを通じて流行曲を聴きながら、24時間経営のコンビニエンスストアにたまに立ち寄るような当たり前の日々だ。そんな平々凡々の日々から一転すれば人間は簡単に精神に異常を来たす。だからこそ、旅人達は作り上げたのだ。この、楽園を。
 希望ヶ浜は楽園だ。魔法もなければ剣も振るわれず、スマートフォンが普及して独自ネットワークでSNSも存在して居る。
 翼が生えた人間もいなければ外見的に差異は余り存在せず、何よりも『モンスターによって命を失わない』。

 ――で殺害された女性が発見されました。

「あ、ごめんなさい。ラジオ付けっぱなしでしたね」
 彼女は慌てた様子で社務所のラジオを消した。人が疏らな神社は暇だったのだろう。
 そうだ。この場所では事故や事件で命を失う者が居てもモンスターには殺されないのだ。戦う必要だって無い、何不自由のない暮らしを約束された楽園だ。
 だと、言うのに彼女を見て入ればそれが嘘のように感じられてならないのだ。
「大丈夫ですよ。何も恐ろしい事なんて起こりませんし」
 彼女は何気なくそう言ってから手にしていた箒で掃除を始めた。
「そういえば、XXXって場所ってご存じですか?」
 あなたがWeb小説で読んだ地名だ。妙な偶然もあるものだと感じた事だろう。
「え? そうなんですね。いえ、何となくなのですけれど。ラジオで言っていたんですよ。雪が美しい場所なのだとか。今度行ってみませんか?」
 あなたは何となく了承した。それから、誰かに呼ばれた気がして振り返ってから、記憶が無い。


「なーんていう、のが最近の流行なのだそうですよ。
 怪異なんてそうそうなくなるものでもないのですものねえ」
 巫女の娘はくすりと笑ってそう言った。
「そうですよね、『あさひ』
 お役目はちゃんと果たしていきましょう。この楽園が壊れることがないように――」


[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]

成否

成功

MVP

ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣

状態異常

なし

あとがき

 個別に後書きは用意せず、皆様全員に向けての後書きを用意致しました。

 これは聞いた話です。

 私が当時住んでいた家は二階には三室ございました。ただ、その内の二室は襖で仕切られているだけで入り口は一つだけ。
 襖がなければ大きく開かれた部屋と、五畳程度の部屋の二部屋です。
 その大きく開かれた部屋の丁度左の隅で書いていたところ、土壁の向こう側、そうです、五畳程度の部屋がある方向でかたかたと音が鳴ります。
 ひんやりとした空気というのは土壁の隙間から流れてきているのでしょう。
 作りの古い家ならば仕方が無い事です。そういえば、少し前に「カリカリと音を立てるおばけ」という話をネットで読みました。
 それは私と同じ間取りの話ではなく普通のお部屋です。ワンルームでも、そうです。窓の外から何かカリカリと音が続くというだけの話です。
 その様な感じで随分と気味が悪かったのです。時刻は22時過ぎくらいでしたでしょうか。
 もうどうしても気味が悪いので、パソコンを消したのですが、ずっと壁を引っ掻くような音がしました。
 向こうの部屋に誰かがいるわけじゃないんですよ。ただ、その音がずっと近付いてくる気がするのです。
 まるで何かを引っ掻いている音です。扉は閉めていますが近付かれると気味も悪い。
 でも、気になってしまいました。
 何か居るのかなあと。だから、見たんですよ。
 あ、知ってますか? 土壁ってね、少しだけうっすらと隙間が空くんですよ。だから、此方の光が隣の部屋に漏れたりするのです。
 だから、そこから覗きました。
 物置になって居ますから、其処に誰も居ない筈なんですけど。
 誰かがぽつんと座っていました。
 それから、がりがりと何かを掻いてる音がしました。
 畳でも掻いていたのかなあと思ったのですがそれは違いました。その人は、ずっと爪を捲っていたのでした。
 それに気付いてから見ない方が良いと思って直ぐに離れました。
 それから、この話を知り合いにした所、その現象は消えてなくなったのです。
 なんだったんでしょうね。

 ああ、そうそう。
 最後に嘘をついてしまったことだけを謝っておきます。
 これは、聞いた話ではないのです。

 それでは、善い夜を。

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