PandoraPartyProject

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憤怒の箱

 不凍港ベデクトに届いた物資は瞬く間に各地へと運び込まれる――
 回復しつつある鉄道網を使いて鉄帝東部を中心に。
 更に地下道や、空浮かぶアーカーシュがあらば南部や西部にも行き渡ろうか。
 それはあらゆる流通の回復の意を指し示していると言えよう。
 新皇帝派勢力は押しのけられている。
 いつまでも暴虐の嵐に呑まれているばかりではないのだ。
 武こそが鉄帝の本質。多くの民の根底に在りしモノなのだから――

「やれやれ。『困った』とでも言っておきましょうかね?
 ええ、一応は。それらしく落ち込んでいるのですよ。これでもね」

 ――が。新皇帝派が集う本拠たる帝都スチールグラードは未だ揺らがなかった。
 王城宮殿内部。かつてヴェルス帝の治世における重鎮たちが腰かけていた椅子が一つに座しながら告げるのはフギン=ムニンだ。
 かつてはギュルヴィとも名乗り革命派の中に位置していた男である。
 しかし彼は今や革命派を離脱し新皇帝派組織『アラクラン』の総帥として舞い戻った――
 ……いやその正体を露わにした、と言った方が正確か。
 地下道にてフローズヴィトニルの欠片をその手中に収めた彼は、もう革命派に属する意味もなくなったのだから。後は、彼は『彼の王』の為に動くのみである――
「恐らく近い内に、ほぼ全方位から帝都へと押し寄せてくる事でしょう。
 制すか、呑み込まれるか。ソレによって全てが決まるといって過言ではありませんね」
「ハッハ。そうはさせねぇために南部へ強襲攻勢した――ってのに。
 シグフェズルの奴は失敗したってか。ザマぁねぇな」
「そちらこそラド・バウの頂点者に薙がれたと聞いたが? 正に無様と言う言葉が似あう身だ――」
「うるせぇ。次こそは必ず決着をつけてやるぜ。あぁ、必ずな」
 フギンの言葉に次ぐはアスィスラ・アリーアルなる男とシグフェズル・フロールリジか。
 アスィスラはラド・バウのチャンプ、ガイウスと些かの因縁のある人物だ――地下道攻略作戦の最中に邂逅した最中イレギュラーズと共に激突。当初はやや攻め気に欠けていたガイウスだったが、セララなどを中心とするイレギュラーズの発破により参戦後はアスィスラを打ちのめすまでに至った。
 されどアスィスラはむしろ彼への憤怒を強めるものだ。
 絶好の機会に決着を付けてやると――
 一方でシグフェズルは南部戦線の拠点、バーデンドルフ・ラインへの強襲作戦を決行。
 かの拠点や、南部の長たるザーバを暗殺せんと試みたのだが……しかし。徹底的に準備された虎の口に入ってしまった彼の軍勢は、娘たるエッダ・フロールリジといったイレギュラーズ達の反撃も中心に大きな痛手を負った。せめと一撃と放った代物も、スティア・エイル・ヴァークライトに阻まれ損傷はあまりに軽微。
 共に至っていた新皇帝派の精鋭を多く失ったばかりかシグフェズル自身にも負傷が見える。
「戦力があまりにも欠けた。後にやれる事は、残存戦力集めて再編が精々だろうさ――それ以上は間に合わないだろう」
「万全にはしておけ。なに。全ての戦力を集めた試行錯誤の大戦争となれば、本意でもあるだろう?」
「さて。負け戦には付き合いたくない所だが、な」
 そしてそれはシグフェズルと共に出向いていたディートハルト・シズリーもだ。
 彼も負傷している。己が娘に――執念とばかりに噛みつかれた傷はまだ癒えていない。ああ何たるこった。
 最早もう一度ザーバ・ザンザと言った中枢の人物や、各派閥の手に入れつつある切り札に事前に奇襲を仕掛ける様な余力はない。
(……まぁまだだ。まだやり様はあるものだ。連中が此方に来るのならば、相応に動くのみ)
 しかし。シグフェズルの口端から獅子の如き笑みは消えていない。
 彼には抱く夢の彼方があるのだから。死していないのならば幾度でも歩んでみせよう。
 例え何度止められようとも、だ。
 諦念の概念が欠片でも彼に宿っているのならば、かつて娘によって道を妨げられた時に――そのままヘルヘイムへと歩んでいただろうから。
 ……いずれにせよ、帝都進軍はきっと止まらないだろう。更には。

「あーあ、死んじゃったんだ」
 魔種ヘザー討伐の知らせを受けたターリャが天を仰ぐ。
 アラクランには既に欠員も生じている。
 ヘザーはなんだかんだ面倒見が良く、ターリャと一緒に居ることが多かった。
(おばあちゃんが居たら、あんなだったのかなー)
 普通なら泣けるのだろうか――胸にはやはり怒りの感情だけが渦巻いている。
 両親を殺した時も剣奴の師を殺した時も、涙一滴でやしなかったが。今は少し不思議な気分も混じるか。
(あの人達のせいなのかな師匠気取りのお姉さんへんなお兄さんそれから
 ターリャは香水の小瓶を手のひらにのせ、指で転がしてみる。
 蓋を開け、腕の内側につけ、首元になすりつける。実のところその香りは少し気に入っていた。
「めんどくさいなー」
 国を創ろうと誘われた日――原罪の呼び声に耳を傾けたあの日から、自身の心に疑問がないでもない。
 自身が本当にしたかったことは、実は全然違うことだったのだろうけれど。
 そんな気持ちが、ようやく形になりつつあると感じられたが――
 没したヘザーとは犬猿の仲だったエーヴェルトだが、何を考えているのかはうかがい知れない。
 これまでやって来たことを思えば『してやったり』といったところかもしれないが。そんな様子はおくびにも出さず、ただじっと話を聞いている。ハイエスタを陥れ、自身の家族さえ罠にはめ、実際のところエーヴェルトは何らかの強烈な目的を持っているようだが、果たして。

「わあ、各地に物資が運ばれちゃってますね。やっぱり可愛さが足りなかったんじゃないですか?
 モロチコフ中佐もゴールマン中佐も失敗三昧でしたし。ふふ、でも大丈夫ですよ! このマドカが姫様の為に何があっても勝って見せますとも!」
 意気込むマドカ・ヒューストン少佐が姫様と呼んだのは『ターリャ』と呼ばれる娘だ。
 ターリャは不思議そうな視線でマドカを一瞥する。美しく生れ変わった少女は褒められ慣れて居ない。
 雀斑の娘が共連れにするのはリボンやヘッドドレスなどを着けた屈強な男達だ。そんな異様な一行を眺めていたリスター・ゴールマン中佐は嘆息してから目線を『作戦指示書』に落とした。
「……作戦を遂行すれば良いだけですから」
 彼は星芒の瞳の娘と己の過去が重なり、全てを消化しきれぬ最中であった。
「そういえば、ブリギットさんは様子が変わりましたよね。ゴールマン中佐がテンション低いのも、モロチコフ中佐が煩いのも何時ものことですけど」
 マドカの話しには付き合っていられなかったリスターはそれでも顔を上げブリギット・トール・ウォンブラング(p3n000291)とその傍らに立っている外交官ローズルの様子を眺めた。
「フローズヴィトニルの制御は嘸、難しいのでしょう」
「ですかねえ。まあ、いいや。勝てば済みますしね!」
 ローズルは二人に気付いて手をひらりと振った。彼の傍には二人の魔種――乱花と魅咲がラサから購入してきたのだという菓子を摘まみ遊んでいる様子が見て取れる。
「ラサ帰ろっかな。紅血晶とかで面白いらしーじゃん」
「任せるよ。でも、コッチだって大詰め……でしょ? クラウィスがフローズヴィトニルの要石抱きかかえて微動だにもしない」
 魅咲の視線の先で息を潜めていたクラウィス・カデナ中佐はただ『フローズヴィトニルの封印』に必須であった要石を抱えたまま沈黙を貫き通していた。

 帝国陸軍参謀本部。新皇帝派の軍人たちのみが実質的に占拠したその基地内では、グロース・フォン・マントイフェル将軍が苦々しい顔で机に肘を突いている。
「全く、あのタイミングで革命派を潰せていればこうも困ることもなかったろうに。『象徴』を反転させ引き入れる計画も失敗したのだろう?
 おかげで首都に集結させざるをえなくなったというわけだ。貴様等も、仕事はしてもらうぞ?」
 グロース師団からの支援を受けて活動していたインガ・アイゼンナハトアレイスター・クロユリー、そしてメリナ・バルカロッタがそれぞれ会議室には集められている。
 彼女たちはとてもではないが軍人とはいえないが、並ぶ将校たちは何も言わない。グロースからの『特別扱い』であることを、その空気が物語っていた。
「――」
「ほう? メリナは例のイレギュラーズとの再会が楽しみらしい。確かに、良い舞台になるであろう。鳳圏の連中も是非招待せねばな」
「好きにするがいい。貴様の『黒百合の夜明け団』の兵隊が使えるなら、あとは貴様がどう遊ぼうが構わん。インガ、貴様もだぞ? 多くの闇闘士を失ったのだ。せめて精鋭だけでも使わせて貰う」
「かまわない。私は、あの子さえ手に入るのならな」
 グロースは椅子に寄りかかり、そしてにやりと笑った。
「せいぜい、満員御礼のパーティーにしようではないか。首都決戦など、鉄帝軍人にはご褒美だろう?」
 剣呑な空気は満ちて。
 ゆくえは暗雲に消ゆ――。

「いやぁ、絶景だねぇ、絶景だねぇ。両者全軍あげての決戦の準備ってやつだ!」
 小ばかにするようにそういうのは、レフ・レフレギノ将軍。新世代英雄隊――これまで起こり、これから起こる戦いの生贄としてささげられた者たちの首魁である。
 帝都の彼方此方で、あらゆる勢力が戦いの準備をしていた。その胸の内はいずれにあろうとも、どうせ近日中に死ぬ連中だ。どうでもいい。
 そう。いかなる思いを抱こうとも、皆纏めて死ぬのであれば――レフにとってはそれだけでよかった。
「歴史上類を見ないんじゃないのかねぇ~~~帝都での決戦ってやつは!
 いいよ、いいよ。誰もかれもが英雄(いけにえ)になれるチャンスってね。
 それにまぁ、この決戦があろうとなかろうと」
 レフはけらけらと笑う。
「バルナバスが本気を出せば終わりだよ終わり。全部まっさら。
 嗚呼――が先に脱落したのは少し残念だね。
 できれば、祝杯と行きたかったが」
「この戦に勝とうがまけようが、貴様にとっては本懐を達成できるということか。あの冠位さえいれば」
「不服かい? ルドルフ・オルグレン卿?」
 レフの言葉に、ルドルフは鼻で笑った。
「いずれ祖父らの血の沁みついた地だ。これ以上汚れたところで心は動かん。むしろ――」
 そのギラギラとした野心じみたその眼は、いっそ純粋な力にあこがれる子供にも似ていた。ルドルフはむしろ、帝政派を裏切ってなお意気軒高であった。あの、民の為と嘯き、貴重なリソースを偽善につぎ込む奴ら。その想いの一片でも、かつて併合した彼の民族に向けていたならば、彼はまだ、帝政派と手を組んでいただろうか?
 考えても詮無いことだ。力こそすべて。それは鉄帝の間違いない一側面であり、その側面を利用してのし上がったのも、同時に被害者でもあるのも、ルドルフという男に間違いなかった。
 そして、鉄帝という暴力の具現でもある男――バトゥ・ザッハザークは、この時以外にも静かであった。
「そうだとも。今更何の意味も持たん」
 バトゥがそうつぶやいた。
「死ぬも力。生きるも力。何れ強き者がすべてを決める。
 それこそが鉄帝なれば――この状況は、実に鉄帝らしい。
 すべての弱者を滅ぼし――その瓦礫の果てに、強者が立っていればよい。
 レフレギノ、我らはいつ出立する」
「まぁ、焦りなさんな。もう少しできっと、すべては暴発する」
 レフがそう答えた。
「もうすぐさぁ」
 空を見上げる。黒い太陽はギラギラと輝いていた。

 刻一刻と時が近付いている。
 帝都決戦まで、後――

 ※鉄帝国各地の流通網が回復しつつあります!
 ※不凍港ベデクトに届いた物資が行き渡り、全勢力の生産力が上昇しました!
 ※更にベデクトを解放していたアーカーシュと北辰連合の求心力が上昇しています!

 ※天義の都市テセラ・ニバスが消滅し、異言都市(リンバス・シティ)が顕現しました。また、遂行者勢力による天義での活動が観測されています!
 ※ラサの首都ネフェルストにて同時多発的に事件が発生し、『赤犬の群』の団長ディルクが行方を眩ました模様です……

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