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シナリオ詳細

<クリスタル・ヴァイス>銀世界に咲く花の<騎士語り>

完了

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 木の窓枠が吹雪を受けてガタガタと揺れる。
 右へ吹いていた風が、今度は左へ流れているらしい。
 細身の青年ラッセル・シャーリーは小さな溜息を漏らした。
 彼の横には体格の良いノルダイン獰猛な獣の瞳をした『獣鬼』ヴィダル・ダレイソンがいる。
 二人が見据える先、石造りの部屋――倉庫といってもいいような大きな空間にはグリフォンを思わせる獣が鎮座していた。ぎょろりと目を瞬かせた大きな獣。

「お前、本当にエーヴェルトなのか?」
「ヴィダルにはこの姿を見せるのは初めてだったな」
 バサリと大きな翼を広げたエーヴェルト・シグバルソンは以前のような青年の姿ではない。
 イレギュラーズの不倶戴天の敵である魔種(デモニア)となったのだ。
 その姿は欲望と怒りを内包するような獣に変幻していた。
 ノルダインの勇猛な戦士たるヴィダルとて、魔種となったエーヴェルトの威圧感には胆が冷える。
 隣のラッセルなどは内心恐怖に震えているだろう。
「姿など些細なことだ。それよりも作戦を忘れるな。俺が行かねばならぬような事態にするなよ」
 爪で石畳を踏んだエーヴェルトが威嚇するように息を吐く。

「分かってるさ、リブラディオンの地下に乗り込むんだろ?」
「そうだ。あそこにはハイエスタどもの雷神ルーが居るからな。アラクランの奴らを駒に使って神殿ごと雷神をぶっ壊してやるぜ!」
 興奮したように鼻息を荒くしたエーヴェルトは近くに居た黒仮面の少女エメラインを鷲づかみにする。
「……う」
 石床にたたきつけられたエメラインは小さく悲鳴を上げた。
 少女を数度踏みつけたエーヴェルトは最後に後ろ足でエメラインを壁へと蹴って部屋の出口へ向かう。
「俺は出る。明日はくれぐれも失敗するなよ」
「はい」
 頷いたラッセルはエーヴェルトが部屋から離れて行くのを確認して振り返った。
 ヴィダルはエメラインを見遣り舌打ちをする。
 動かないままの少女を担ぎ上げ部屋の隅の干し草の上に乗せた。
 冷たい体温と鼓動も呼気もないエメラインの身体。彼女はアンデットだった。
 彼女の奥にはベルノの実弟ユビル・シグバルソンと大柄の全身鎧を着た漆黒の戦士も居る。
 更に奥にはハイエスタと思わしき何十もの人々。全員命無き者。エーヴェルトに操られたアンデット。
 ヴィダルやラッセルは知る由も無いが、その中にはヘザー・サウセイルの娘や孫たちも含まれる。
 彼らはエーヴェルトが居ない時は、文字通り動かぬ死体だ。

「趣味が悪いぜ」
「ヴィダルも人の事言えないんじゃない?」
「うっせえ、俺のは良いんだよ。可愛がってやってんだからよお」
 他人の趣味には口を出さないがヴィダルの奴隷を苛める悪癖には辟易していた。
「あいつらがあれか。リブラディオンの……」
「うん、エーヴェルトが墓を掘り起こして連れて来た。ハイエスタならいくらでも消費していいだろうって」 拳を握り締めるラッセル。当時ラッセルはまだサヴィルウスには居なかった。大規模な襲撃を行ったという事だけを知っている。その原因がユビルの死が引き金になっていることも。

「はぁ……」
「んだよ、辛気くせえ。そんな嫌ならベルノんとこ帰れよ。この『ヴァルハラ』に居なくても良いだろ?」
 挑発するようなヴィダルの言葉に、キッと睨み返すラッセル。
「二人居なきゃ意味無いだろ、それこそ裏切り者だ。何の為にエーヴェルトの下に居ると思ってる。ベルノさんの為に決まってるだろ。たとえ兄弟でもベルノさん意外に従うのは御免だね。僕の命を救ってくれたのはベルノさんなんだから」
 吹雪の中行き倒れていた自分を救ってくれたベルノにラッセルは忠誠を誓っていた。
「……だから、ヴィダル。君があいつの呼び声を受けて魔種になるなら殺すよ」
「へいへい、そん代わりお前が魔種になったら殺すけどな」
 ラッセルとヴィダルがベルノの下を離れてエーヴェルト率いるヴァルハラに居るのは、情報を得るためだったのだ。こと、知略であればエーヴェルトよりラッセルの方が能力が上であろう。
 されど、ラッセル一人では潜る事は出来ても戻る事は出来ない。
 だからヴィダルと共にヴァルハラに来たのだ。どちらかが魔種になるような事があれば殺す約束だ。
「明日はベルノ達も居んのか? 腕が鳴るぜ。こういうのは本気じゃねーと面白くねえからな」
 拳を鳴らすヴィダルを横目に、ラッセルはベルノへと魔力で作り出した冬鷹を飛ばす。
 この吹雪でもベルノの下へは飛んで行けるだろう。遠くなっていく影をラッセルは見つめていた。


「はあ!? 何だって!?」
 ローゼンイスタフ城内の一室でベルノ・シグバルソンの声が響く。
 エーヴェルトの下にいるラッセルから知らせが届いたのだ。
「おい、トビアス! 戦いの準備をしろと皆に伝えてこい!」
「わかった」
 部屋を飛び出した息子のトビアス・ベルノソンの隣に居た『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)と共にポラリス・ユニオンの作戦会議室へと向かうベルノ。
 会議室のドアを開ければ、其処には『餓狼伯』ヴォルフ・アヒム・ローゼンイスタフが居た。
「次の戦場が分かったぜ、おっさん!」
「……話しを聞こう」
 敵対していた辺境伯を前に、物怖じしないベルノの姿はかつての仇敵シグバルドを彷彿とさせる。

「ヴァルハラはアラクランと手を組んで、リブラディオンの地下を攻めるらしいぜ」
 ベルノがポラリス・ユニオンにもたらした情報を元に現状を整理する。
「フローズヴィトニルの力を纏った新皇帝派の軍人がリブラディオンに向かってるそうだ」
「この雪の中をか?」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の問いかけに首を横に振るベルノ。
「いいや。地下道を伝っていくらしい。フローズヴィトニルの力を使い、雷神ルーを神殿ごと破壊しようとしているんだとよ」
「そんな事が可能なのか?」
 訝しげにベルノを見遣るシラス(p3p004421)に肩を竦め手の平を見せる。
「分かんねーけどよ、新皇帝派の軍人はそれが可能だと思い込んでるみたいだな。フローズヴィトニルの力を使えるってのも本当かどうか分かんねー。まあでも何にせよやることは変わんねえよ。向かってくるヤツが居れば倒しゃいいんだろ!」
「作戦はこの地下空洞でいいと思う。迎え撃つには適切だろう」
 以前、入手したリブラディオンの情報を元にマルク・シリング(p3p001309)が地図を指差した。

「それにしてもよ、あいつはどこいったんだ?」
 ベルノの言葉に一同が言葉を詰まらせる。
 ギルバート・フォーサイスの行方は、まだ掴めていない――


 白い雪が斜めから吹いて頬を冷たく濡らす。
 ざくざくと雪の道を歩きながら、ギルバート・フォーサイス(p3n000195)は苦悩していた。
 何故だか頭にこびりついて離れない言葉がある。

 ――穢れた血脈に雷神の制裁を。

 吹雪が勢いを増す。視界が雪に覆われる。
「はぁ……」
 吐いた息が即座に白い結晶となって空に霧散した。
 ポラリス・ユニオンは、仇敵ノーザンキングスとさえも休戦の契りを結び、今や新皇帝を打破するための大道を歩もうとしていた。
 本当ならば、あのヴォルフ伯は、統王シグバルドを狩りたかったろう。
 多くのイレギュラーズだって同じ気持ちだったはずだ。
 それさえも出来ずに居ながら、けれど懸命に王者の道を歩もうとしている。
 あまりに眩しく――

 ギルバートはふと、唐突に笑顔のアルエットの団欒を思い出していた。
 なぜか腸が煮えくりかえるような思いに苛まれる。
「……俺は何をしているんだ」
 それに引き換え、自身の悩みなどなんてちっぽけなものなのだろう。

「探しましたよ、ギルバート」
 吹雪の中、ふと顔を上げれば一人の女が立っていた。
 黒い服を纏った怪しい空気を纏う女をギルバートはじっと見据える。
「誰だ」
「分からないでしょうね、こんな姿になっているのですから」
 なぜこんなに、懐かしい気持ちになるのだろう。
 その口調と会話の間合いがひどく懐かしさを覚えるのだ。
「私はあの日、あの村で家族を失いました。娘も、娘婿も、沢山の孫も全員」
「……」
「けれどその中で、一人だけ生き残ってしまいました」
 悲しげに揺れる女の瞳。それがよく知っている『誰か』を思い起こさせる。

「――まさか、あなたは」
「ええ、ギルバート。お久しぶりね。お薬やさんのヘザーおばあちゃんです」
 女の言葉は、真実としか思えなかった。
 その声音も、表情も、まるであの老婆を若返らせたように感じられて――
「ギルバート、何をしているのです。あなたには為すべきことがあるはずです」
「なすべきこと……」
「私と共に憎きノルダインを根絶やしにするのです。
 新皇帝など関係ない。我等ハイエスタが生きるための国を作りましょう」
 ハイエスタが生きるための国。ノルダインからの脅威も無い安全で幸福な時間を過ごせる場所。
 ギルバートは目の前のヘザーの手をじっと見つめる。

 ――――
 ――

 ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)達は吹雪の中で、行方不明となっているギルバートを追っていた。視界が白く覆われるヴィーザル地方ヘルムスデリー村の近くには、林の奥深く、彼が最近よく心を整理するために立ち寄る泉があった。この吹雪の中でも凍ることのなかった、美しい場所だ。
 そこに足を踏み入れた時、確かにギルバートはそこに居た。
 虚ろな表情で、もう一人の誰かへ視線を注いでいる。

 彼の前に立つのはヘザー・サウセイル。憤怒の魔種だ。
 ギルバートはあろうことか、差し出された手を握ろうとしているではないか。
「っ……待って、駄目。ギルバートさん!!」
「だめっ!!!! その手を取らないで!!!!」
 吹雪の中にリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)とジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)の声が響き渡る。
 やっと見つけたギルバートの姿に、ジュリエットは自分でも驚く程大きな声を上げた。
 チック・シュテル(p3p000932)の灯火が吹雪の中を駆け抜け、ギルバートとヘザーの間に迸る。
 その間に走りだしたジュリエットはギルバートが伸ばした手を掴んだ。
「私は確かに許さなくても良いと申しましたが、手段を選ぶなとは申しておりません!」
 必死にギルバートの胴へしがみつくジュリエット。
 見上げればギルバートの瞳に覇気が無い。虚ろな瞳だ。

「ヘルムスデリーは良いのですか!?」
「……」
 リースリットの叫びにギルバートの肩が震える。
「彼らは――彼らは、何れ必ずヘルムスデリーを滅ぼしますよ。ギルバートさん。貴方の知るヘルムスデリーの人々は……憎しみのままに他者を根絶やしにする、そんな戦いに手を貸す人々ですか?」
 ギルバートの脳裏に浮かぶのはダニエルやパトリシアといった家族の顔。
 そして、ディムナやヴィルヘルム、セシリア……友人達の笑顔だ。
「……今思い浮かべたのは貴方と共に在る人々でしょう。そして――今まで貴方と出逢い共に在った全てとの想い出は。ギルバートさん、貴方が踏み止まる理由にはなれませんか……?」
 積み重ねてきた記憶と時間。笑顔と楽しいひととき。紡がれた想いは怒りに塗りつぶされていいものなのかとリースリットは問いかける。
「ちゃんと考えてそれでも魔種になりたいっつーんなら好きにすりゃ良い。そん時は俺もお前の敵として立ちはだかるだけだ。だがなギルバート」
 ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は外套をはためかせ、鋭い瞳でギルバートを見据える。
「お前は魔種になって何もかもわからなくなって良いなんて思っちゃいねえだろ。魔種になったお前は止めようとする両親だって殺すだろう。生きていたカナリーだってそうだ」
 ギルバートの虚ろな瞳が動揺に揺れた。

「……そこのジュリエットを殺しても構わねえのか? 違ぇだろ」
 ギルバートへしがみ付いているジュリエットの顔が見える。守るべき大切な人だ。
「お前はお前の故郷を奪ったやつが憎いんじゃねえのか! 鉄帝の事が終わって、まだベルノが許せねえってんなら決闘の場も作ってやる。ルカ・ガンビーノの名にかけて誰にも邪魔させねえ。
 戻ってこいなんて言わねえ――だが魔種に逃げるんじゃねえ!!!!」
 ルカの言葉にギルバートの瞳が大きく見開かれる。
「俺は……逃げようとしていたのか?」
 ヘザーへと伸ばす手が頼りなく震えだした。されど、まだ迷いがある。
「……ギルバート。今から聞く事、隠さずに答えて。この場所が、君を有りの侭でいさせてくれるというの……なら。思った事、そのまま教えてほしい──ベルノ達の事は、今でも赦せないと思う?」
 チックはギルバートの背に静かに問いかけた。

「俺は、許せない。この怒りは……」
 リースリットはギルバートの肩を掴み力を込める。
「貴方のその怒りは当然のものです。捨てる必要も、否定する必要もありません」
「君がベルノ達に赦せないと、怒りを抱く事を。間違いとは思わない」
 チックもリースリットの言葉に想いを重ねた。
「もし……彼らと戦いたいと願うなら、おれは止めない。でも、魔種としてじゃなく……ギルバート自身の怒りを以て戦うなら、だよ。君がこれまでに抱いてきた感情を、在り方を。歪めてでも尚というのなら」
 この場で止めてみせるとチックは杖を握り締める。
 ギルバートの胸に渦巻く激しい怒りは、大切な者を奪われた悲しみと同義だ。
 リースリットはその膨れ上がる感情を否定しない。
「小さくなんてありません。――誓います。全てを明らかにし、必ずけじめを付けさせると」

 ジェック・アーロン(p3p004755)はヘザーへと視線を向けた。
 皆がギルバートの頬を叩き手を差し伸べるなら、ヘザーは自分が相手すると一歩前に出る。
「やぁ、ヘザー。ベデクトぶりかな、あの時の風穴は癒えた?」
「……あなたですか、うろちょろ、こそこそと。それでいて痛烈な――」
 ベデクトの戦いでは、ジェックは狙撃によって、ヘザーに幾度も痛打を浴びせていた。
 ヘザーは影を操る魔種であり、身体さえもそういった存在に変質したと思われる。
 だが力を奪われ続けたことは事実だろう。
「あれからキミの墓へ行ったよ。
 五年は長いね、どの墓も草木に覆われていた。
 けれど……誰もキミを忘れていなかった」
「……」
 ヘザーの表情が歪む。
 考えたくないとでも言うかのように。
「ねえ、ヘザー。キミの怒りは、恨みは、憎しみはキミの物だ」
 ジェックは真正面からヘザーを見据えた。
「けれど、だからこそ。
 キミが愛したハイエスタの子を、『それだけ』にしていいの?
 笑顔の絶えなかった『ヘザーお婆ちゃん』ですら、『それだけ』になってしまったのに」
「あなたに、あなたに何が!」
「そうじゃないから、今まで村の皆の前に姿を現さなかったんでしょう」
「――ッ!」
「キミの復讐はキミの物で……皆にはただ幸せでいてほしいと願うから」
 そして問う。
「……違う?」
 微かな沈黙の後に、ヘザーは唇を戦慄かせた。
「ええ、仰る通りでしょう」

「求める手を間違えるな! ギルバート、お前が望んで来たのはノルダインを根絶やしにする事か? ハイエスタの国を興す事か? 違うはずだ、卿の……貴様の怒りは! その様な大義の話ではない!」
 ベルフラウはギルバートの横に並び顔を向ける。
「貴様の怒りは、貴様の周りに起きた惨状に対する物だったはずだ。貴様の怒りの矛先を他人に委ねるな! 貴様が自らちっぽけだとする悩みを私は見落とさない」
 このヴィーザルの地に積み重なり、膨満としてはち切れんばかりの怨嗟、怒り、悔恨を思いベルフラウは胸に手を当て拳を握る。
「その全てを私は軽んじたりはしない。大も小も全て拾い上げてみせる」
 拾い上げるもののなかにはギルバートの怒りも含まれている。
 決して諦めたりなんかしない。
「私の手を取れ、お前に付けられたこの手の傷に誓う。お前の積年の怒りを、無碍にはしないと!
 信じろ! ここにいる私たちを!!!!」
「あ……」

 ジュリエットは苦しげに歯を食いしばるギルバートの頬をその手で打った。
「魔種になってまで、全てを滅ぼさねばなりませんか?
 罪のない者まで巻き込む事が貴方の本当の望みですか!
 ……私に聞いて欲しい話があるのは嘘ですか?」
 ほろりと零れ落ちる涙がジュリエットの頬を伝う。
「……酷い人」
 けれど、自分が一番酷いのだとジュリエットは銀白の瞳を上げた。
 柔らかな唇がギルバートに触れる。
「何処にも行かないで……私の……側に居て」
 吹雪の中に囚われていたギルバートの心がジュリエットの口付けで解けて行く。
 其れだけでは無い、彼の心を叩いて引き上げたのは仲間達の声だ。
「ジュリエット……みんな」
 嫋やかなジュリエットの身体を抱きしめたギルバートはその温もりを確かめる様に力を込めた。
「ありがとう。俺はもう大丈夫だ」
 ギルバートの翠の瞳には強き光が戻っていた。

 それを見たヘザーは悔しげに眉を寄せ、蝙蝠のような影となって何処かへと飛び去った。


 ローゼンイスタフ城内がざわめき立つ。
 ギルバートと彼を探していたイレギュラーズ達が帰還したのだ。
 彼は魔種ヘザーによる原罪の呼び声を受けていた。
 駆けつけたイレギュラーズはギルバートを無事に引き戻し、彼は一行に感謝と謝罪の意思を伝えていた。
 ギルバートはベルノと強い確執がある。だがリースリットが告げた事実は衝撃のものだった。

「それは本当なのか? リースリット」
「ええ。リブラディオン襲撃を画策したのはエーヴェルトです。ベルノの実弟ユビルを殺し。和平交渉に応じようとしていたサヴィルウスの戦士たちを怒りに突き落とした……それに貴方の従姉妹のアルエットさん『アルエット・ベルターナ』を殺し、それを使役しているのも」
 リースリットの齎す情報にギルバートは唇を噛んだ。
「使役しているだって? 殺すだけでは飽き足らず、死者を冒涜しているというのか」
 リブラディオンで出会った黒仮面の少女エメラインは、アルエット・ベルターナであった。
 沸々と湧き上がる怒りを抑え、ギルバートは冷静に深呼吸をする。
 怒りに囚われてはならない。囚われればまたジュリエット達を悲しませる事になる。
 ぐっと拳を握ったギルバートはベルノの元へ向かった。

「戻ったかギルバート」
「ヴォルフ殿、ポラリス・ユニオンの皆、それにベルノも……すまない。重要な時に城を開けてしまって」
 頭を下げるギルバートの背を力強くバシンと叩くのはベルノだ。
「どうってことねえよ。それよりもお前、俺達に言いたい事があんだろ、うじうじ我慢しやがって」
「あるに決まっているだろう。怒りと悲しみがこの身から消えることはない」
 無論、ベルノとてリブラディオンの民を殺害しているのは事実。確執の全てが消えた訳ではない。心というものはどうしようもなく、憎しみがなくなることはないだろう。
 それでもギルバートは前へ進み出そうとしていた。
 イレギュラーズとの絆により、力強く。未来へ向かうように。
「俺も参戦させてほしい、たのむ」
「おう! 俺達の面倒くせえあれこれは後回しだ。全部終わったあとに幾らでも相手してやるよ!」
 かかっと笑ったベルノは「野郎共行くぞ!」と一番に部屋を出て行く。

 ――――
 ――

 一方、ギルバートの元を去ったヘザーは、新皇帝派の中でも『アラクラン』と呼ばれる手勢を率いて、雷神ルーの元へ向かっていた。
「……何をしているのです?」
 そこに居たのは同じくアラクラン――エーヴェルトの部隊だ。
「させませんよ」
 リブラディオンの地下空洞で見つけた彼の部隊と自分の部隊がにらみ合う。

 どちらも目的は、雷神ルーの力。
 だがヘザーとしてはノルダインの民などに、ルーの力を奪われる訳にはいかない。
 呉越同舟は早くも軋みを見せていた。
 ヘザーは知らない。
 エーヴェルトの部隊には、死体を操った魔物が存在していることを。
 そしてその中に混ざっているのはヘザーが愛する、滅びた故郷リブラディオンの民。
 彼女の友も、子も、孫さえも、魔の手に操られているとしたら。
 もしも真実を知ったなら、ヘザーは――

GMコメント

※このシナリオは公開後、数日以内で状況が変更される可能性があります。ご注意ください。
※追記:2023/01/18に追記があります。

 もみじです。因縁の地リブラディオンの地下へ。

●目的
・アラクランの撃退
・魔種『ヘザー・サウセイル』の撃退または討伐(★2023/01/18追記)

●ロケーション
 ヴィーザル地方ハイエスタの村『リブラディオン』の地下です。
 戦場となるのは幻想的なクリスタル地下空洞。
 一面を覆っている魔石光のおかげで仄かに明るいです。
 リブラディオンとは反対方向から敵が攻めて来ます。迎え撃ちましょう。

●敵
○アラクランの軍人『スミロ・ボーケル』
 フローズヴィトニルの力を持っているとされる軍人です。
 その力の真相は定かではありません。
 ですが、何か強い力を持っているようです。
 リブラディオンの神殿へと向かっています。
 目的は神殿を破壊し雷神ルーを潰す事です。

○アラクランの軍人×20
 スミロに従う兵士たちです。そこそこの強さです。

○『獣鬼』ヴィダル・ダレイソン
 左目の大きな傷と屈強な肉体を誇るノルダインの戦士です。
 戦いとあればその斧を振い、荒れ狂う獣のように戦場を駆け抜けます。
 その戦い振りからハイエスタの間では『獣鬼』と恐れられています。
 戦士の名に違わぬ臨機応変な戦いをします。
 ベルノの為にヴァルハラに居るようですが、嬉々として積極的に攻撃をしてきます。

○『サヴィルウスの学者』ラッセル・シャーリー
 鉄帝国ヴィーザル地方のノルダインの村『サヴィルウス』に棲まう学者。
 ある冬に行き倒れていた所をベルノに拾われる。
 ベルノの為にヴァルハラに居ます。積極的に攻撃はしてきません。
 戦場の一番奥に居ます。

○『黒仮面の少女』エメライン
 エーヴェルトによってアンデットにされた『本当のアルエット』です。
 生前はアルエット・ベルターナ。
 現在はエメラインという名を与えられています。
 基本的に喋りませんが「助けて」「死にたくない」と時折呟きます。

○『魔女』ヘザー・サウセイル(★2023/01/18追記)
 強力な憤怒の魔種であり、影と毒を操ります。
 しばらく前に独立島アーカーシュに潜伏していた魔種。
 人だった頃――ハイエスタの村リブラディオン出身であり、村人を魔法の薬で癒やす心優しい魔女(ドルイド)だった。
 お菓子作りが得意で、村人の多く(ギルバート・フォーサイス(p3n000195)達)から、実の祖母のように慕われていたようだ。
 しかしノルダインの襲撃で夫や子供、孫などを全て喪ったという。

 魔種ターリャと共に『何か』の情報を掴み、ノーザンキングス統王シグバルド(p3n000301)を暗殺した。
 現在は新皇帝派『アラクラン』に身を寄せ、ノルダインへ復讐の機会を狙っている。

※重要
 彼女はエーヴェルトの軍勢がリブラディオンの民だったアンデッドを率いていることを、まだ知りません。また、彼がリブラディオン襲撃の真犯人だということも。
 もしも知ってしまったのだとしたら?

○アラクランの軍人×10(★2023/01/18追記)
 ヘザーに従う兵士たちです。そこそこの強さです。

○アンデッド×数体(★2023/01/18追記)
 リブラディオンから奪取された遺体を使ったアンデッドです。
 エーヴェルトの命令でこの場に来ています。スミロに従います。
 生前はヘザー・サウセイルの夫、娘、孫達です。

●味方
○『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン
 ギルバートの仇敵。
 数年前のリブラディオンで、村を壊滅に追いやった首謀者と思われていましたが、真犯人はエーヴェルトだということが判明しました。
 ノーザンキングス連合王国統王シグバルドの子。トビアスの父。
 獰猛で豪快な性格はノルダインの戦士そのものです。
 強い者が勝ち、弱い者が負ける。
 殺伐とした価値観を持っていますが、それ故に仲間からの信頼は厚いです。
 ポラリス・ユニオンはベルノ達の停戦共闘を受入れました。
 現在の彼らの目的はシグバルドを殺した魔種の撃破です。

○『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン
 ヴィーザル地方ノルダインの村サヴィルウスの戦士。
 父親(ベルノ)譲りの勝ち気な性格で、腕っ節が強く獰猛な性格。
 ドルイドの母親から魔術を受け継いでおり精霊の声を聞く事が出来る。
 受け継いだドルイドの力を軟弱といって疎ましく思っている反抗期の少年です。
 ですが、死んだと知らされていた妹のカナリーと再会し考えを改めました。
 父を裏切るつもりは無い。けれど、守りたいものがあるのだと。
 尊敬すべき父と共に戦えることが嬉しくて仕方ありません。

○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
 ギルバートの仇敵ベルノの養子であり、トビアスの妹。
 母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
 トビアスがローゼンイスタフに保護された事により、『兄』と再会。
 本当のアルエットの代わりにその名を借りています。
 戦乙女の姿で剣を取り戦います。

○サヴィルウスの戦士×10
 血気盛んなサヴィルウスの戦士達です。
 皆、筋肉質で獰猛な性格をしています。

○ローゼンイスタフ兵×10
 ヴォルフの命を受けて参戦しています。
 イレギュラーズを援護しますので指示があればお願いします。
 剣や槍で武装しています。

○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)(★2023/01/18追記)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。

 無事に帰還しました。もう迷うことはありません。
 また皆さんとの絆により原罪の呼び声に強い耐性を得ています。
 罪滅ぼしとでも言うかのように、懸命に戦ってくれます。

○ヘルムスデリーの騎士たち(★2023/01/18追記)
 ヴィルヘルム、セシリア、クルト、ギルバートの両親、関係者など。
 援軍に駆けつけました。イレギュラーズを援護します。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●騎士語りの特設ページ
https://rev1.reversion.jp/page/kisigatari

  • <クリスタル・ヴァイス>銀世界に咲く花の<騎士語り>完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年02月05日 22時05分
  • 参加人数12/12人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(12人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
シラス(p3p004421)
竜剣
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
フーガ・リリオ(p3p010595)
世界で一番幸せな旦那さん

リプレイ


 凍てつく白き悪魔が視界を遮る。
 一つ一つは小さな雪だというのに、風に乗って吹きすさべば暴力と化した。
 ビョウビョウと吹雪が風を切る音が、何処か獣の遠吠えに聞こえてくる。

「よく帰ってきたなギルバート」
 寒々しいリブラディオンの地下階段で『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)へ歩み寄ったのは『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)と『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)だった。
「心配掛けてすまない」
 ギルバートが此処で居なくなってしまえば、ヘルムスデリーの騎士達の士気にも関わっただろうとベネディクトは青い瞳をギルバートへ向ける。
「問うまでも無いとは思うが、戦えるのか。ギルバート」
「ああ、翠迅の騎士として俺は此処へ来た」
 剣柄に手を置いて真っ直ぐにベネディクトを見つめるギルバート。
 その目に迷いは無い。ならば、全力で支えなければとベネディクトは頷いた。
「だけど無理はするなよ。お姫様が泣いちまうぜ?」
 ルカがギルバートの肩を肘でつつく。彼らの視線の先には『翠迅の守護』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)が真剣な表情でヘルムスデリーの騎士達へ作戦を伝えている。
「ジュリエットの涙も美しいが、悲しませるのは辛いからな。肝に銘じておくよ」
 さり気なく惚気たギルバートへ肘鉄したルカは笑みを零し階段を先に下りていった。

「ギルバート……」
「ああ、ディムナ」
 親友であるディムナ・グレスターの柔らかい笑みは心が和らぐ。
「心配だったけれど、無事に戻って来てくれたんだね、ギルバート」
 ディムナはいつもギルバートの窮地に傍へ居られない自分を悔しいと思う。あの時も、今回も。
 されど、ギルバートが此処に居るということは、得難い友人の存在があるから。
 もう彼は『ヘルムスデリーの騎士(じぶんたち)』だけのリーダーではない。
 少し寂しくて、とても誇らしい。であるならば――
「『聡剣』ディムナ・グレスター。ヘルムスデリーの騎士として、参戦させて貰うよ」
「頼りにしてるよ親友殿」
 拳を突き合わせ、ギルバートとディムナは頷き合った。
 そのディムナの瞳が僅かに伏せられ悲しみの色に染まる。
「……まさかこの様な形で顔をヘザーさんと合わせる事になるなんて……戦いは嫌だね、本当に」
 剣技の才能を持った優しすぎる男は、戦いの悲惨さに憂う瞳を揺らした。

 ジュリエットは真剣な眼差しを地下階段の奥へ向ける。
 雷神ルーの力、それをヘザーに渡すわけにはいかない。
 ましてやエーヴェルトに壊させるなんて以ての外だろう。
「……」
 小さく息を吐いたジュリエットは後ろから下りて来るギルバートを横目で捉える。
 ヘザーやアンデッドはギルバートにとって親しい人たちだ。
 それはヘルムスデリーの住人――パトリシアやヴィルヘルム、クルトも同じだろう。
 辛い戦いになるのは明白。されど、自分が今悲しい顔をするのは違うとジュリエットは首を振る。
 しっかりと立って戦わねばならぬ時なのだ。
「ヴィルヘルムさんたちは私達の後から攻撃をお願いします。アンデッドは……後回しに」
「ああ、指揮は任せた」
 ヘザーは魔種である。交戦経験の無い彼らが相手取るにはこうした綿密な指示が必須だった。
 ジュリエットの言葉を真剣に聞いているクルトを後から見つめるのは『騎士の矜持』フーガ・リリオ(p3p010595)だった。
 ギルバートが悩んで居なくなった時、自分は何も出来なかったと後悔を拳に握る。
 だかこそ、その分全力で支えたいとこの場にやってきたのだ。
 彼らが二度と冷たい思いをしないように。

「リブラディオンの地下道が……繋がっているのですね」
 慎重に前へと進みながら『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は岩肌に手を置いた。ノルダインの領域の何処か、恐らくは闇の眷属の拠点と繋がっているのだろう。
「それは、つまり……神々の元の関係を考えれば、調停の民と闇の眷属の本来の関係は……」
 眉を寄せ考えを巡らせるリースリットの隣に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)姿があった。その後ろには『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソンも。
「アルエットさん、トビアスさん協力をお願いしたい事があります」
「どうしたの?」
「恐らく、この戦いはベルノさんにとって重大な転機になり得ます。エーヴェルトの事……今まで起った全てを明らかにし、対峙する必要がある……万が一、ベルノさんが怒りに呑まれそうになった場合。きっと私達の言葉では足りません。家族である貴女達の言葉を届けてほしいのです。彼には、アルエットさん達、家族の言葉なら必ず届くでしょうから」
 リースリットの真摯な言葉にアルエットとトビアスは「任せて」と頷いた。
「だって、パパとママの子供だもん、私達」
 家族を目の前で失うなんて、絶対に嫌だからと二人は拳を上げる。

 地下洞窟の奥に気配が見えた。スミロ・ボーケル率いるアラクランの軍人達だ。
 敵影の中に蠢く『アンデッド』を見遣り『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は怒りの表情を浮かべる。
「糞ったれが!!!!」
 湧き上がる怒りはエーヴェルト・シグバルソンへ向けてのもの。
「死者を手駒にするなんざ、最低だ。遺体を操って、家族と戦わせるなんざ……趣味が悪過ぎる。何処に行きやがった!!! 奴を殴らせろ!!!!」
 自分が同じ立場だったのなら……レイチェルは身震いをして歯を食いしばる。
「レイチェルさん」
 袖を引いたアルエットをぎゅっと抱きしめるレイチェル。
「……カナリー、大丈夫か? 無理すんなよ。
 糞ったれを焼き殺す前にな。片割れの魂、早く開放してやろう」
 レイチェルの言葉に、アルエットはこくりと頷いた。
「リブラディオンに行った時。どうして、彼らが『いない』んだろう……って。ずっと思ってた」
 灯火の杖を手に『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は小さく息を吐いた。
 迎えた結末が酷いものであったとしても、その眠りは安らかであるべきなのだ。
「それなのに。魂が……身勝手な目的で消費される、なんて。……許す事、出来ない」
「ええ。それに神殿ごと雷神ルーを壊すだなんて、そんなこと、させるもんですか!」
 チックの言葉へ『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が頷く。
「あの時……扉を潜った時、誓ったもの。真実を見つけるって――それがどんな痛みを伴っても、背負ってみせるって」
 チックもジルーシャも決意を持ってこの場に集ったのだ。

「どちらを向いても復讐ばかりだ」
 眉を寄せて指先を解きほぐす『竜剣』シラス(p3p004421)の視界は的確に敵の特徴を捉える。
 アラクランとアンデッド、それに魔種。敵の数は多い。
「それに敵味方入り乱れ、状況が移ろう複雑な戦場だね」
 シラスの隣では『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)が戦場の奥の人影を見据えた。
「でもようやく元凶に迫ることが出来たのかも知れない。掴んだ尻尾は離さないぜ」
「うん、流れを見極め、的確な手を打とう」
 シラスが戦術を駆使し戦場の最中で道を拓く『力』であるならば、マルクは後方から冷静な目で見極め最適解を見出す戦略の『頭脳』だ。戦術の力と戦略の頭脳。二つが組み合わさったとき戦況は大きく動く。

『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)は一歩前に出て黒き影を纏う『魔女』ヘザー・サウセイルを見上げた。スミロと共に戦場で蠢くアンデッドはヘザーの家族だ。彼らを傷つけないよう、彼らに他の誰かを傷付けさせないよう、ジェックはその戦術を持って駆け出す。
「ベルフラウ。悪いけど、守ってね」
「ああ。任せろ」
『戦旗の乙女』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)が御旗を大きく掲げた。
 その隣には『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソンの姿も見える。
「轡を並べるのも既に何度目だ? 最早やり易さすら覚えるよ」
「なあに、俺達は俺達のやり方で暴れるだけだ。面倒な事は知らねえ」
 獰猛な笑みを浮かべたベルノへベルフラウは目を細めた。
 視線は敵影へ移り。
「雷神を狙うか……だがリブラディオンを破滅に導いた時の様にはいかんぞ」
 突撃の合図と共に戦線は剣檄の火花を散らす。


 先陣を切るレイチェルの右半身に赤い紋様が輝く。
 その背に顕現するは、白き片翼の翼。
「説得とか指揮とか、難しい事には向かねぇ」
 それが出来るならば復讐鬼などに成ってはいない。
 この赤き紋様は、ただ我武者羅で不器用に前進するしかない、愛しき鬼の生き様だ。
 目の前の敵を、只管薙ぎ払い続けるのがレイチェルの役目。
「今はあの指揮官──スミロが死者達を従えているンだな?」
「うん、そうみたいなの」
 レイチェルの問いかけにアルエットが頷く。
「なら、奴を殺るだけだ」
 短く応えたレイチェルは先陣を切ってその身に紅蓮を纏わせた。
 出来る事なら、この焔で軍人達の死体を焼き尽くしてしまいたい。
 エーヴェルトの手駒にされてしまっては、相手の戦力が増強される一方だから。
 戦場に赤き焔が迸り、洞窟の天井を染め上げる。

「やあ、ヘザー」
 有り得ない程の命中精度で穿たれた身体を、黒い霧に変えたヘザーはその弾丸の主を睨み付けた。
「ジェック、どうして貴女が……」
 いつも重要な場面でジェックはヘザーの前に現れる。因果というやつなのだろう。
「キミがこうしてルーの力を手にしようとするのはさ……」
 ノルダインに奪わせないためか復讐に使うためか、それとも。
「リブラディオンの神殿はハイエスタのものです。何人たりとも奪わせてはいけない。奪われるのであれば私がそれを使うまで」
「じゃあさ。キミの大切な人を奪ったのは誰?」
「ノルダインに決まっているでしょう! あの時の悲しみと怒り、あの子達の声を一日達とも忘れた事はありません……そこのノルダインたちが『そう』なのでしょう?」
 ジェックは「なんで彼らは襲って来たんだと思う?」と問いかける。
 和平の使者を殺したのは──殺して得をするのは、今得をしているのは、誰なのだろう。
「村を焼き払われたハイエスタ? 実弟を殺されたベルノ? ……違うよね。本当は誰が黒幕だったのかなんて、もう分かっているんじゃないの」
 ジェックの言葉にヘザーは考えを巡らせる。リブラディオンの襲撃の前後でノルダイン側で裏切りが起ったのだとしたら、誰が一番得をするのか。

 シグバルドの陣地を魔種が知っていた事に疑問を抱いていたルカは「ちっ」と舌打ちをする。
 ヘザーはシグバルドの仇の片割れだ。されど、リブラディオンの生き残りでもある。
 目の前で家族を皆殺しにされてしまった母の嘆きは如何ほどのものだろうか。
 魔種である以上、いつかは倒さなければならない相手だろう。
 されど、シグバルドの仇討ちとしては見られなくなってしまった。
 何よりも、その状況を作り上げたエーヴェルトにこそルカは腹を立てている。
 弟のユビルを殺し、アルエット・ベルターナを殺し、リブラディオン襲撃を画策した元凶。
 エーヴェルトがシグバルドの居場所をリークしたのだとしたら。
「ベルノ、逸るなよ。それと、戦う相手を間違えるんじゃねえぞ」
「…………」
 長い沈黙から舌打ちをしたベルノへ声を掛けるのはリースリットだ。
「ベルノさん、私は気になっている事があります。彼女達は何故シグバルドの行動を、居場所を正確に知って襲撃できたのでしょう?」
 リースリットの声がベルノの耳に届く。ジェックに銃を向けられたヘザーは眉を寄せた。
 アラクランという繋がりが明らかな今、答えは分かりきっているものだ。
「ヘザーさん。貴女達にシグバルドの情報を流したのは……エーヴェルトですね?」
「……そうだ」
 ヘザーの返答にベルノの内側から怒りが溢れ出る。
「嘘じゃあねえよな? 俺はお前らが親父を殺したのを見たぞ。場所を教えたのがエーヴェルトだぁ? あいつがノルダインって知ってたよな、エーヴェルト・シグバルソンって名前も!!!!」
 エーヴェルトの情報を持って統王であるシグバルドを潰す。それが目的だったのだろう。
 統王が死ねばノーザンキングスは混乱する。ヘザーにとってもノルダインを駆逐する為の布石だった。

「だったら、エーヴェルトこそが本当の仇だ」
 ルカは今にもヘザーへ飛びかからんとするベルノの腕を掴む。
「リブラディオンの虐殺、シグバルドの死。他にもあるのかもしれない。あの男が、この地の因縁における核心的な黒幕です」
 離せと言わんばかりにルカを睨み付けるベルノの目の前を赤い御旗が遮った。
「落ち着けベルノ……トビアス達が見てるぞ」
 振り返れば、アルエットとトビアスが心配そうにベルノを見つめている。
 守るべき子供の存在は、時に抑止力となる。
「我々と和平を結ぶ時、エーヴェルトの反応はどうだった? 奴がノーザンキングスと言う組織こそを重要視しているのであれば、リブラディオンとの和平交渉の時も同じであったろう」
「あいつは……怒り狂ってたよ。俺の事を腰抜けって罵ってな」
 ならばユビルを殺したのはだれなのか、ベルノには分かるはずなのだ。
「父の仇であるヘザーへの怒りは当然だ。しかし、その原因を作ったのは誰か。そしてそこのヘザーは、リブラディオンの民だ。だから大局の方を見よという事ではない。後をどうするかは、ベルノ次第だ」
 ベルフラウは真実を悟り、悔しそうに拳を握るベルノを見つめる。

「……面倒くせえあれこれは後回しだっつってギルバートに俺は言ったんだ。だったら、俺の面倒くせえあれこれも後回しだろうがよ! 今は、全力でアラクランをぶっつぶす! 付いてこいや野郎ども!!!!」
 この割り切りの良さを、慕う戦士も多いのだろうとベルフラウは目を細めた。
「ならば行こう、サヴィルウスの戦士達はベルノへ続け! 我がローゼンイスタフの兵士達はスミロ率いるアラクラン兵へ展開せよ! ただし、ヘザーには近づくなよ。魔女の呼び声を受けたくなかったらな」
 手にした御旗にはローゼンイスタフの薔薇を守る二頭の獅子が鼓舞するようにはためいた。

 ヘザーはごちゃごちゃと話しているイレギュラーズの言葉に考えを巡らせる。
 されど、エーヴェルトがリブラディオン襲撃の黒幕とはいったいどういう事なのだろう。
 何か見落としている情報があるのではないか。
 それを知ってしまうのが怖いとヘザーは眉を寄せる。自分は『誰に』手を貸したのだ、と。

 ――――
 ――

「どけよテメェら。今の俺はちっとばかし機嫌が悪ぃぞ!」
 ルカの魔剣から吹き荒れる疾風がアラクランの軍人を吹き飛ばす。
 赤き血の雨を撒きながらルカが暴れ回れば、アンデッドが近づいて来るのが見えた。
「ちっ」
 やりにくいと言わんばかりにベネディクトへ視線をやったルカは彼へアンデッドを任せる。
「俺が相手をしよう」
 アンデッド相手に言葉が通じているかは定かではないが、目の前に現れたベネディクトへ標的を変えた。衝動的な怒りに突き動かされるようにベネディクトへと群がるアンデッドたち。
 出来る事ならリブラディオンの民である彼らアンデッドを傷つけたくない。
 これは最善を掴み取るための、リスクのある判断だろう。
 されどそれを積み重ねなければ理想すら描けない。
「多少の傷など、どうってことはない」
 彼らの無念を思えば、少しばかりの傷の痛みは消し飛んでしまう。

 それに……フーガの黄金に輝く旋律はベネディクトの傷を容易く癒し手しまうのだ。
 奏でられる旋律は戦場を走り、仲間を勇気づける力となる。
「大丈夫、傷はすぐ癒すから思いっきり戦ってくれ」
 仲間を的確に癒すことは強靱な精神力を必要とするだろう。フーガの額に汗が滲んだ。それでも彼は仲間を癒し続ける。旋律に魔力を乗せて癒やしの音色を届けるのだ。
 フーガは敵影の中に『獣鬼』ヴィダル・ダレイソンを見つける。
 自分の後でクルトが身構えるのが分かった。
 この少年がリブラディオンを守る為に来てくれたのは嬉しいけれど。
「……絶対においら達の傍から離れるんじゃねーぞ」
「フーガ?」
「またアンタをイジメようとしたら、おいらが全力で守ってやる」
 クルトの背を叩いたフーガはニッと歯を見せて笑った。
 少年にとってはその笑顔が何より安心出来るものだっただろう。

 戦術の道を拓かんとシラスが指先を敵影へと向ける。
 クリスタルに彩られた戦場へ張り巡らされた無数の糸が敵を絡め取るように巻き付いた。
「うわ!? なんだこれ!」
「取れない!」
 アラクランの軍人達はシラスが放った目に見えない糸を取り払おうと必死に藻掻く。
 そうすることでより一層糸が身体に巻き付き締まった。
 苦しさに身悶える敵を容赦無く締め上げるシラス。
 アンデッドの強さは未知ではあるが、話しを聞く限りではリブラディオンの住民であった彼らを積極的に傷つけたくないとシラスは一瞬だけ視線をあわせる。
 不殺はあるが、さて。
「その前に先ずは数を減らすのが先決だな」

 ジュリエットはシラスが動きを止めてくれた敵へと杖を向ける。
「スミロを倒してしまえば、おそらくアンデットは活動しなくなるはずです」
「そうかもしれないわね」
 ジュリエットの言葉にジルーシャは頷いた。
 命令を聞くということはアンデッドの操作権限をエーヴェルトから貰っているのだろう。
 スミロを倒せば彼らが動かなくなるという推測は正しい。
「いくわよ!」
「はい!」
 ジルーシャと息を合わせたジュリエットは熱砂の魔術をアラクランの軍人達へ叩きつけた。
「トビアス、おれたちも……」
「任せとけ! アルエット行くぞ!」
「うん!」
 チックとトビアス、アルエットはアラクランの軍人へ攻撃を仕掛ける。
「ベデクトやロクスレアで、これまでの皆の戦い……しっかり見てきた」
 その在り方や、抱いている想いを揺らがせたりしない。
 チックはトビアス達と自ら前線へ走り、戦いの只中へ身を投じた。
 導きの歌を奏でる為に――

「恩義を裏切り寝返ったのか、ラッセル!」
 戦場の奥で見守っていたかつての学友へマルクは声を張り上げる。
 同時に、ハイテレパスでラッセルへ直接語りかけた。
『――ラッセル、君がヴァルハラにいる事情は聞いたよ』
『マルク、僕は自分の意志で此処に居るんだ』
 懐かしい学友の声が脳内に響く。思い出と共に郷愁がこみ上げた。
『うん、知ってるよ。だから聞きたいんだ。エーヴェルトは此処に来ているかい?』
『いいや、この場には居ないね。昨晩から姿を見せていない。何処かへ行っているようだ』
 戦場の近くにも気配は無いとラッセルは応える。
『ただ、この戦場の状況はエメラインを通して把握しているだろうね』
『やっぱり彼女をファミリアーのように使ってるんだ』
 眉を寄せたマルクはラッセルから視線を外し、軍人へ向けて漆黒の泥を放った。
 騒ぎ立てる軍人たちの奥、再びラッセルへと視線を交すマルク。
『そっちが見つからない程度に援護お願いするよ』
『あまり期待しないでほしいけど。やれるだけやってみる。僕がここに居るのはベルノさんの為だから。それからヴィダルは手加減とか出来ないだろうから、死なないようにね』
 マルクは怪我をして蹲る兵士に肩を貸す。
「ヴァルハラさえ退ければリブラディオンの地下神殿を守れる、そこに至る逆転の道を見つけ出せ!」
 マルクは戦士達を鼓舞するように言葉を投げかけた。
 士気が下がるということは、それだけで死者が出る確率が跳ね上がるもの。
 諦めない限り勝ち筋があるのだと声を張り上げることは、戦場では何より仲間を勇気づける力となる。
「冬を弄び、死を弄ぶ。ヴァルハラとアラクラン、君達にはこの国の未来を見る資格は無いと知れ!」
 マルクはシラスと相対しているヴィダルを一瞥する。

「よお、また遊ばれに来たのかよ小僧。存分に嬲ってやるよ」
「望むところだぜ、ここをテメーの墓場にしてやる」
 ヴィダルの斧をシラスが足で弾いて距離を取った。ベルノの為にヴィダルがヴァルハラへ潜っている事は知っている。彼の性格からエーヴェルトに疑われないよう戦いも手を抜いたりはしないだろう。
 ヴィダルとはこれまでの戦いでも殺すつもりで挑んだ。それでも彼はシラスの前に何度も現れた。
 ならば今回も下手に手加減するより本気で戦った方が良いのだろう。
 スパイにとって『怪しまれる』というのは致命的なのだ。背負う危険も少なくてすむ。
 何より、とシラスは目の前のヴィダルを見遣る。
 戦いが好きな獣のの瞳。細かい話しは抜きにして本人が戦いを望んでいるのが分かった。
「ぶっ殺してやるぜ」
「望むところだ」
 戦場を走る一迅の光はシラスの放った術式魔法だ。それを真正面から受け止めたヴィダルは痛みに疼く身体に狡猾な笑みを浮かべた。
「戦いはこうでなくっちゃあなあ!」
 己の血が付いたままの斧をシラスへと振り上げた。


 リースリットは赤い瞳で戦場を見据える。
 アラクランの軍人達は数を減らしているが、此方の兵力も幾分か削がれていた。
 されど、多くが負傷で済んでいるのはベルフラウやジュリエット、ギルバートの指揮があったからこそだろう。味方側の士気は高い。このまま何事も無ければアラクランの軍人は抑える事が出来るだろう。
 問題はヘザーであるとリースリットは眉を寄せる。
 彼女はまだ情報の精査が出来ていない。こちらもエーヴェルトへと敵意を向けさせるには慎重に言葉を選ばなければならなかった。
 それにマルクが言うにはエメラインをファミリアーのように使っているというのだ。
 エーヴェルト本人がこの戦場には来ていないというが、いつ洗われてもおかしくはない。
 警戒をつよめなければとリースリットは辺りの気配に注意を払う。
「ベルノさんとエーヴェルトのお母様は、同じ方ですか?」
 リースリットはベルノへと問いかけた。
「いや、俺とユビルの母親は同じだが、エーヴェルトは違うぜ。それがどうかしたか?」
「エーヴェルトだけが闇の眷属なのは、もしやと思いまして」
「……」
 剣を振るいながらベルノは考えを巡らせる。母親が闇の眷属であった場合ということだろうか。
 確かにエーヴェルトの母親は彼が幼い頃に失踪している。闇の眷属である可能性は低くは無い。

「ねえ、ヘザー。アタシはキミの家族の顔も名前も知らないけれど、キミ達の村の人がどんな服を着ていて、どんな物を身に付けていたのかは知っているよ」
 リブラディオンの人達がどんな恰好をしていたのか知っているとジェックはヘザーへ言葉を続ける。
「……今アタシの前にいるアンデッド達に、見覚えはない?」
 ヘザーはジェックから視線を逸らし、戦場に蠢くアンデッドを見遣った。
 血に染まって黒ずんでいるが、見覚えのある刺繍の服を着た女の亡骸。
 嫌だ、と。ヘザーの心の中で声がする。
「墓参りをしたと言ったよね。キミの墓が形だけなのは当然だけど……それ以外の墓にも、何も、誰もいなかった。中身もなければ、そう、魂も。チックが見たんだ。キミなら、この意味が分かるでしょう」
 ドルイドであるヘザーなら亡骸も魂も無いその意味が分かるだろうとジェックは問う。
 嫌だ、聞きたくないと、一歩後退った。
「聞いて、ヘザー、彼らが誰の命令で操られているのか、知っているでしょう。今まさに彼らを戦わせようとしているのが誰か、分かっているでしょう」
 ジェックの紅い瞳がヘザーを射貫く。内側に渦巻く拒絶が怒りへと変わる。
「キミが今なすべきはルーの力を手にすること? キミの『復讐』は何のためにあるの?」
 エーヴェルトは何をした。エーヴェルトに何をした。
 リブラディオン襲撃の真犯人も、自分の大切な家族の眠りを妨げているのもエーヴェルトで。自分はそれに手を貸したというのか。そんな滑稽な話がどうして受入れられようか。
「私は……憎い。エーヴェルトが、ノルダインが……憎い」
 膨れ上がったヘザーの毒霧がジェックの口を塞がんと迫った。
 それを受け止めたのはベルフラウの身体。
 侵食してくる毒がベルフラウの皮膚を溶かす。
「耳を塞がないで。目を逸らさないで。魔種であることに逃げないで」
「リブラディオンの民を傷つけるのは本意じゃねえだろ」
 シグバルドの仇ではあるが、いま此処で殺す気分に、ルカはなれずにいた。
「ヘザー。お前は……いや、お前らは何故シグバルドを殺した」
 シグバルドが生きて居た方がイレギュラーズを潰すには都合が良かったはずなのに。
 或いは、ヘザーのノルダインへの怒りが合理的な理由を上回っていたのだろうか。

「エーヴェルト、エーヴェルト、エーヴェルト、エーヴェルト、エーヴェルト、エーヴェルト……」
 ヘザーの中で怒りが膨れ上がる。魔女の怨嗟が戦場に広がる。
 それは『アンデッド(かぞく)』意外を侵食する怒りの毒だ。
「っちィ!」
「くそ」
 アラクランの軍人とベルノ達が同時に悲鳴を上げる。

 ――――
 ――

 荒れ狂うヘザーの猛威にジルーシャは魔種を見上げた。
 ジェックたちの説得は可能な限り『成功した』と言えるだろう。
 説得を試みなければヘザーとスミロの軍勢両方が連携してイレギュラーズに攻撃してきていた。
 呼び声を受けてしまう者もいたかもしれない。
「やるじゃない」
 ジルーシャはジェックやルカ、リースリットたちを見つめ目を細める。
 ならば自分が出来ることをするのだとジルーシャは顔を上げた。
 集中して戦場の精霊の言葉を聞く。スミロが本当にフローズヴィトニルの力を持っているのか。
 これまでフローズヴィトニルの力が強い場所には、精霊のような存在が現れていたのだ。
 強い力を持つのだから他の精霊達が警戒していてもおかしくない。
「だから、声を聞かせて……」
 ジルーシャの耳に囁かれる言葉。
『気をつけて』
『寒い、危険、怖い』
『膨れてる』
 精霊達が口々に『警戒』の色を示す。こんなにも強く注意を促すということは、スミロの持っている力がフローズヴィトニルに関連するものだと考えるのが妥当だ。
 それに精霊達が言った『膨れてる』とは力の暴発を意味しているのかもしれない。
「スミロに気を付けて! 精霊達が怯えてるわ!」
 もしこのまま力が暴走したのならばイレギュラーズはおろか、兵士や戦士たち。それにヘザーの家族も巻き込んでしまうだろう。せっかくジェック達が説得を成功させたのに、魔種まで暴走してしまえば取り返しのつかないことになる。
 いつものジルーシャならアンデッドと聞けば悲鳴を上げていただろう。
 正直言って今でも怖く無いわけではない。しかし、流石に恐怖より怒りが勝った。
「殺しただけじゃ飽き足らず、その死体を操るなんて――悪趣味なんて言葉すら生温い!」
 ジルーシャはスミロが暴発する前に何とかしなければと仲間を見遣る。

「フローズヴィトニルの力……本当に持ってるなら、悪用させる訳にはいかねぇ」
 スミロの前へ片翼を広げたレイチェルが割って入った。
 煌めく翼は彼女の血に眠る能力の一端だ。血の中に秘められた古の『鷲の大賢者』の一欠片。
 ジルーシャが言うには精霊達が警戒しているようだ。そういった者たちが注意を促しているときは何か大きな事が起る予兆に他ならない。
 紅き焔を纏い、レイチェルはスミロへと爆炎を放つ。
「何故、お前はエーヴェルトに従ってる?
 ……フローズヴィトニルの物かは分からんが。何か力を持ってるだろう?」
「煩い! 俺はなあ、この力で、この力があれば……は、は」
 スミロの目玉がぐるりと在らぬ方向を向き、奇妙な動きで突然走り出した。
 レイチェルにはその行動から瞬時に彼の状態が分かった。
 直感的な未来視だ。このままでは神殿へとスミロが向かい『自爆』してしまうと。
 エーヴェルトによってフローズヴィトニルの力を埋め込まれたスミロはその命と引き換えに神殿を爆破するのだろうとレイチェルには見えたのだ。
「くそ! エーヴェルトのやつめ! みんなそいつを絶対に食い止めるんだ!」
「うん……わかったよ」
 レイチェルの言葉にチックが土の壁を作り上げ行く手を阻む。

 チックはヘザーへと視線を上げた。
「……ヘザー。彼らが、君に深い悲しみと怒りを残した様に君達の行いで遺された大きな爪痕は、ずっと消えない……それでも。君の家族が、こんな風に利用されてるのを見過ごす事なんて、絶対に……嫌だ!!」
 戦場に響くチックの声はヘザーの耳に届いた。
 本当は、ジェックやリースリット、ルカの言葉も届いていた。
 少しだけ怒りが勝ってしまったけれど。
 それでも、ベネディクトやマルク、シラスたちイレギュラーズが家族(アンデッド)を攻撃しなかったことは見て分かった。
「……っ、」
 亡骸となった家族を、化け物として扱わない。
 それが、どれだけヘザーにとって心に染みたことだろう。
 ベネディクトは彼女の変化に気付いた。アンデッドが彼らの家族である以上、簡単に割り切れるはずもないのだ。ベネディクトが傷付かぬよう押し返したその手を、アンデッドは引っ掻いたことだろう。
 それでもイレギュラーズたちは『敵』として扱わなかった。
 チックの白き燈火が家族を包み込むのをヘザーは見つめる。
「灰に帰す光ではなく、取り戻す為の灯を……」
 チックは家族を戦場から助け出そうとしてくれているのだ。
「おれは、ヘザー達の家族へ手を伸ばす、よ」
「ああ、どうなるにせよエーヴェルトの支配からは助け出してやらねばなるまい」
 ベネディクトも同じ想いで戦っている。



 ヘザーの瞳から涙が零れ落ちた。
「私は、何を……」
 何をしていたのだろうか。イレギュラーズの行動を見たヘザーの怒りが解けていく。
「──アタシが、助けてあげるからって言ったよね」
 ジェックの言葉は救いに聞こえた。魔種になった自分を彼女は『必ず救って』くれるだろう。
 それだけでヘザーの心は穏やかになった。
「ヘザーお婆ちゃん!!」
「パトリシア?」
 その時初めて、ヘザーはギルバートの母パトリシアの存在に気付いた。
 彼女は調停の民でリブラディオンの住民にとって『守らねばならない者』だ。
 家族と同じぐらい、可愛い村の子供。クッキーが美味しいと笑顔を零してくれた。

「おい、気ぃつけろ!」
 空気が振動しているのを一早く感づいたレイチェルが警戒態勢を取る。
 スミロの周りに膨大な魔力が集まっていた。
 マルクとシラスは肌がざわめくのを感じる。本能が危険だと叫んでいた。
 ギルバートはジュリエットを庇うようにその背へ彼女を隠す。
「アアアアアアアア!!!!! 嫌だ、嫌だ!!!! 死にたくない、死にたく……!」
 スミロは頭を抱えのたうち回った。
 異様な光景に誰もが一瞬身構える。その瞬間視界が――黒く覆われた。

 それは、ヘザーが広げた毒霧の膜。暴発するスミロの力をその身体を持って押さえ込んだのだ。
 フローズヴィトニルの力はヘザーの体力を奪い去る。
 それでもまだ動こうとするスミロをヘザーは押さえていた。
「――ジェック!」
 耳を劈くヘザーの声が戦場に響く。
 その意味を瞬時に察したジェックは銃を構え引き金を引いた。
 鋭い銃声が戦場に木霊する。ヘザーとスミロを撃ち貫いた弾丸は戦場のクリスタルに突き刺さった。

「どうして!」
「……お前なら、出来ると思ったから」
 何たって魔種ヘザー・サウセイルを打ち貫けるのだ。
 胸に穴を開けたヘザーは口から血を吐いて呼吸を乱す。
「ジェック、まだ……、終わってないわ」
 指先を上げたヘザーがスミロを指し示した。
 顔を上げたジェックの瞳に映るのは、死して尚、動こうとするスミロだ。
 それが出来る者が居るとすれば……あるいは元より『操られて』いたのだとしたら。
 リースリットは眉を寄せる。エーヴェルトならばやってみせるだろう。

「くそが!」
 ルカの目の前でスミロの身体が膨れ上がる。
「雷神のオッサンには聞きたい事があんだよ」
 何よりも気に食わないのはエーヴェルトだ。
「暮らしを奪い、魂を奪い、死体を操り尊厳まで奪いやがった! これ以上リブラディオンから奪わせてたまるかぁ!!」
 スミロの身体から血飛沫が吹き上がる。それでも止まらない魔力の暴走。
「俺ぁノルダインじゃねえが、この地を守る雷嵐になってやる!」
 返す刃でルカはもう一度剣を走らせる。
 エーヴェルト達の目的はこの先の神殿を壊すことだとベネディクトは瞬巡する。
 つまり、ここで暴発しても大丈夫だとエーヴェルトは判断したのだ。神殿を壊せると。
 そうなれば、この戦場に居る全員が死んでしまう可能性がある。そんな事はあってはならない。
「だが、俺達がここに居る以上はそのような真似を黙って見過ごす訳にはいかない!」
 お前達の企みはここで終わらせるとベネディクトは槍をスミロへと突き刺した。
 レイチェルの焔がスミロを包み込み、ジュリエットの魔術が戦場を照らす。

 以前医神ディアンの加護を得られるかとセシリアに訪ねたことがあるとフーガは思い出していた。
 セシリアは『信じる人全てに与えられる』と言っていた。
 もし自分の祈りの力で癒す事を是とするなら、ディアンの加護は授けられるのだろうか。
 祈り方なんて分からないけれど、少しでも皆をささえられるなら。
「医神ディアンよ。私はただ愛しき者達の傷を癒したいだけです。
 凍土に春の日差しを齎すために。どうか力をお貸しください」
 そっとフーガの肩に触れた優しい光はきっと医神ディアンだったのだろう。
 フーガの祈りは戦場に癒やしを降り注いだ。

「諦めない。この力は僕達が積み上げてきたものだから」
 スミロの暴発が何らかの『力』であるならば、それを使おうとするならば。
 マルクはきっと押さえることができる。
 その確信を持ってスミロへ挑めるのは、後に続く仲間が居るから。

「――冬に終わりを告げるは春雷。それを失わせはしない!!」
 鮮烈なる赤い御旗が翻る。
 ベルフラウがその剣に宿したのは燦然と輝く光だ。
「雷神ルー、その権能を以て凍てつく凍土に咲く一輪の雷花を咲かせてくれ!」
 ハイエスタの雷神、光の神が有する神器『クラウソラス』の煌めきが戦場を覆う。
 眩い光が晴れた頃、フローズヴィトニルの力を暴走させたスミロの亡骸は跡形も無く消え去った。

 ヘザーはその輝きを見ながら涙を流す。
 ヴィーザルの光を見る事が出来たのはその地に生きる者として誉れであった。


 ヴィダルとラッセルがエメラインと共に来た道を戻っていく。
 静かになった戦場に転がった亡骸を回収するのはチックとフーガ、それにジュリエットだ。
 ジルーシャのデュラハンに乗せて、丁寧に戦場の隅へと運ぶ。
 中には痛んでいる遺体も多かった。チックはせめてもの償いになればとエンバーミングを施す。
 一人一人亡骸に寄り添って魂を灯火を持って導くのだ。
「こうしておいたら一人でもエーヴェルトの支配下から逃せるな」
 フーガの言葉にチックは頷く。フーガが連れて来た亡骸の中にクルトの両親もいた。
 感謝を述べるクルトの頭をフーガは優しく撫でる。

 ジュリエットとフーガは去っていったエメラインに思い馳せた。
 マルクからの情報によると彼女はエーヴェルトの使い魔として使役されているようだった。
 フーガはエーヴェルトが来るかもしれないと万が一に備え警戒を怠らなかった。

「ヘザー、つれてきたよ」
 ジェックの声にヘザーが瞼を開ける。
 フーガとチック、ジュリエットが家族を連れて来てくれたのだ。
 力の入らないヘザーの腕を支えたジェックは子供達の手を握らせる。
「あぁ……みんな。こんな、所に……いた、……」
 虚ろな瞳で、それでもヘザーは笑っていた。優しく慈しむように。

 ヘザーの身体から急速に水分が抜けて、元の老婆の姿へ戻る。
 しわくちゃな手はまだ子供達を離さない。

 彼女が焼くクッキーは美味しくて。頬が蕩けるぐらいで。
 皆、ヘザーお婆ちゃんが大好きだった。

 ――数日後。
 ヘザーの亡骸は家族達と共にリブラディオンの小高い丘に埋葬された。


成否

成功

MVP

チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠

状態異常

ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)[重傷]
雷神
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 ヘザーは無事に家族と共に眠りへつきました。
 MVPは死者達へ最も寄り添った方へ

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