PandoraPartyProject
グレイテスト・ショー
「進捗はどうかねハカセ――いいや、『ペレダーチア団長』?」
新皇帝派のグロース・フォン・マントイフェル将軍は蜂蜜のように甘く幼い声で問いかけた。
幼く、ちいさな、姿は子供のそれである。
ともすれば軍服をきた幼女にすら見える。
しかしその声色と表情、そして瞳の奥の光には老齢した悪魔めいたものがギラギラとしていた。彼女が参謀本部の悪魔と呼ばれる所以である。
対して、飾り立てたるハットとスーツ。今にもサーカスショーを始めそうな男ペレダーチア団長は慇懃な態度で頭を下げて見せた。
「ええ、上々。実に上々ですとも。きっと素晴らしいショーをご覧に入れて差し上げましょう!」
張り付いた、いびつな笑みで顔をあげる。
「イレギュラーズへのゲームは既に整えてございます。ご観覧されますか?」
「フ……」
グロースは笑みも返さず、『他は?』と続けた。
「ええ、ええ。大回天事業サーカス団きってのスターたちが、それぞれ『公演』を開いておりますよ。グロース将軍のご命令どおりに」
――『玉乗り道化師』クラウン
――『火吹き男』グラニット
――『怪力男』ヴィゴーレ
――『踊り子』リーナ
――『獣使い』ベスティエ
彼らは鉄帝首都スチールグラード内各所の住民シェルターを襲撃し、虐殺ショーを開くことになっている。
その際抜かりなく『これはクラースナヤ・ズヴェズダー革命派筆頭アミナの命令である』と喧伝することも忘れない。壁に血文字で大きく描いたなら最高だろう。
ペレダーチア団長はそこで、笑みの形をすこしだけこわばらせた。
「しかし……なぜアミナなのです? 牽制すべき派閥は他にも多くある筈」
「『貴様が知る必要は無い』……と言いたいところだが、そうだな」
グロース将軍は椅子に腰掛け、いびつに笑みを浮かべた。
少女らしく柔らかい、だからこそいびつな笑みだ。
「あの胡散臭い連中に乗じたまで。我々の目的はバルナバス陛下のご意志を汲み実行するのみである。
実際、首都のシェルターを襲撃できればその名目はなんでもよかったのだよ」
首都内にはラド・バウ独立区の他にもシェルターはいくつか存在する。というより、元々首都には無数の住民がおり、モンスターが放たれた今でもその場を動けぬ者は大勢いるということだ。彼らはバリケードを作るなりして今を凌いでいるらしいが、こうして襲撃を仕掛けるだけで瓦解するシェルターも多いだろう。
「悲劇は怒りを生む。それが『だれかのせい』であればなおのことな。
『形のないもの』のせいにすれば感情は足場を失い浮いてしまうがね」
「ふうむ……?」
抽象的なことを言うグロース将軍に、ペレダーチア団長は首をかしげた。
「それこそ『貴様が知る必要は無い』、だ。
貴様等の残虐非道な行いは既に鉄帝国に知れ渡っている。
そんな貴様等が都市内で好き勝手にショーを開いて見ろ。悲嘆と憤怒が荒れ狂うことは容易に想像できるだろう?」
「おやおや、それは心外。私は皆様を楽しませ、そしてよりよい存在へと『改造』したいだけだというのに――」
再び笑みを深くするペレダーチア団長。
これだ。この狂気が、軍のG-Project主任研究員であった彼とそのサーカス団を収監し死刑囚へと変えたのだ。
ギアバジリカのもつ兵士改造技術は『あるデメリット』を除けば優秀な兵力増強手段であった。軍はひそかにそれらの装置を回収し、研究していた。
だがその中で判明した対象者の精神や尊厳を奪いさるという大きすぎるデメリットゆえに研究は凍結。それでも技術に魅了された主任研究員は装置一式を奪い施設を脱走。次々に人体実験を行い、己の『サーカス団』を作り上げたのだった。
前科と呼ぶにはあまりにもセンセーショナルなその事件群は、鉄帝でも未だ記憶に新しい。
「それに、真実など私どもにはどうでもよろしい。
研究を続けられる、改造を続けられる。『公演』を続けられる――それだけで、私どもは至上の幸いなのでございます」
ペレダーチア団長は今度こそ深く頭をさげて見せる。
「どうぞ――大回天事業サーカス団のショーをお楽しみあれ」
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