PandoraPartyProject

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別たれる道

 煌めく太陽は燦々と降り注ぎ、近づいて来る夏の気配が広い中庭を覆う。
 希望ヶ浜の一区画。燈堂家の中庭には、青々とした緑の息吹が咲き誇っていた。
 艶やかな葉をつけた木々が陽光を受けて地面に木漏れ日を落す。
 ピンクや青、紫を抱く紫陽花は、まるでウェディングブーケのように花開いていた。
 その中を赤い絨毯が真っ直ぐに伸びている。
 ゆっくりとした足取りで絨毯の上を歩いてくるのは、紋付き袴を着た『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)と白無垢を身に纏う『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)だ。
 二人とも幸せそうに――少し照れくさそうに手を繋ぎ進んで行く。
 一見すれば神前式の結婚風景に見える二人の姿を、集まった人々は静かに見守っていた。

 以前の暁月ではあり得ない、優しげな微笑み。
 全てはイレギュラーズ達が彼らの運命に深く関わったから勝ち得たもの。
 歪な形で悪影響を与えていた妖刀無限廻廊は、星の導きにより正しい道筋を辿り。
 万年桜の下で絡まった『過去』とも、きちんと別れを告げた。
 前へ、進めるなんて、想像もしていなかったのだ。
 だから、今日この日がとても幸せで。明日が少しだけ寂しいと暁月は想った。

 ――――
 ――

「やあ、来てくれてありがとう。こういうのは人が多い方が良いからね」
 暁月は柔らかな笑みを浮かべイレギュラーズへと手を振った。
「さっきの結婚式は、まあ、一種の儀式なんだよ」
 紋付き袴を着た暁月はゆっくりと振り返り、白無垢を身に纏う廻へと視線を向ける。
「廻はこの前の戦いで、『泥の器』にされてしまったからね。今すぐに死ぬというものではないけれど、体内に溜った穢れはやがて廻を蝕んでしまう。だから、それを浄化するために本家に行くのさ」

 この前の戦い――暁月が当主としての重圧や黒呪の印により暴走した事件だ。
 星の奇跡とイレギュラーズの想いが暗闇から暁月を救い上げた。
 しかし、暁月を救えた裏側で、葛城春泥の暗躍により廻が重大な呪い『泥の器』にされてしまったのだ。
 これを浄化するには、本家に赴くしか無いのだと暁月は『寂しげに』告げる。

「それで、一旦『繰切の巫女』という役目を終えて、深道へと居を移すんだ」
 単純に引っ越すというだけではないのかと、疑問を浮かべるイレギュラーズに暁月は少し真剣な表情を浮かべ頷いた。
「そうだね。こういうのは手順を踏まなければ、因果は廻へ悪影響を与えてしまう。だから、一番手っ取り早い『嫁入り』という形をとったんだ。まあ、形式的なものだよ」
 暁月は「見てご覧」と中庭ではしゃぐ門下生に視線をあげる。
 そこには、白蛇を巻いた銀髪の少女がウェディングドレスを着てくるりと回っていた。隣にはタキシード姿の少女もいて、どちらも楽しげに笑っている。
「彼女達は門下生の湖潤・仁巳煌星 夜空だ。……ふふ、気になるかい? 君も着てみるといい。ちょっと照れるかもしれないけど。割と楽しいよ」
 紋付き袴の袖を持ち上げた暁月はイレギュラーズに悪戯な笑みを浮かべた。

「おら、主役が何処ほっつき歩いてんだよ」
 鋭い目つきで暁月を見遣るのは『番犬』黒曜だった。彼も何時もよりお洒落なスーツを身に纏っている。
「主役って、もう式は終わったじゃないか」
「ちげーよ。そっちじゃねぇ。誕生会の方だ」
 この宴会は、イレギュラーズへのお礼と、廻の送別会、それに暁月、廻、龍成の誕生会を兼ねていた。
 先の戦いから慌ただしい日々がようやく落ち着いたのだ。
「しかたないなぁ、黒曜は。……君も一緒にお祝いしてくれるかい?」
 振り返った暁月は顔を綻ばせて子供みたいに笑った。

 ――――
 ――

 白無垢の重さと帯の締め付けに、しっとりと汗ばむ廻の肌。
 その額へハンカチを押し当てるの『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)の指先。
「廻くん……」
 とうとうこの日がやってきてしまった。分かってはいたけれど、寂しいという気持ちばかりがシルキィの心を覆ってしまう。本家に行くということは、燈堂の離れに帰っても「おかえりなさい」という廻の声がきけないということなのだ。
 傍には『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)も寄り添うように肩に手を置いていた。

「まあ、泥の器を浄化する事が出来れば、また戻って来るから心配はいらないよ。半年もすれば元通りさ」
「半年も……その間は会えなくなるのかなぁ?」
 シルキィは廻の手を取って悲しげに瞳を揺らす。本家に尋ねて行けば会えるのだろうかと。
「そうだね。深道の人間であっても禊の蛇窟がある『煌浄殿』は、ごく限られた者しか立ち入る事を許されていない。煌浄殿の主『深道明煌』の許し無くてはね」
 深道佐智子の末子。暁月の叔父にあたる人物がその建物の管理を任されているらしい。

「……その人に許して貰えれば、会う事は出来るんですかね?」
 こてりと首を傾げた廻はシルキィと共に暁月を見つめる。
「うん。許しが出れば会えるよ。煌浄殿の『呪物』に対して明煌さんは絶対権限を持っているんだ。呪物の中には凶暴なものも多いからね。だから、特異な能力を持った叔父が一任されている。廻は呪物『泥の器』として、その理に縛られる事になる」
 つまり許しが無ければ、外に出ることすら叶わないという事だ。
 絶対的な強制力にシルキィは不安げに視線を落す。

 暁月は廻の頬に手を当てて謝罪の言葉と共に唇を噛んだ。
「傍に居てやれなくてすまない。君だけを他所へやってしまう」
「僕は大丈夫ですから。穢れをきちんと祓って、戻って来ますよ。だけど、その間にまた暁月さんが落ち込んでしまったら僕はとても悲しいので、しっかりと燈堂を守ってください。約束ですよ?」
 悪戯そうな笑みを浮かべた廻に、暁月は目を細める。こんなやり取りでさえ、以前の暁月であれば落ち込んでいただろう。されど、イレギュラーズが彼の心を救い上げた。だから、寂しいけれど送り出せる。
「ああ、約束だ。廻もしっかりと勤めを果たしてくるんだよ」
「はい!」
 廻はくしゃりと笑みを零した後、シルキィと愛無へ向き直った。
 二人の手を取り、眉を僅かに下げて、指に力を込める。
「ちょっと、本家深道へ行ってきます。必ず帰って来ますから、待っててくださいね。愛無さんはシルキィさんを僕の代わりに守ってあげてください。シルキィさんは愛無さんが拾い食いをしてお腹を壊さないように見守ってあげてください。……帰って来たらまた三人で美味しいもの食べましょうね」
 約束を指先に絡ませて廻は愛無とシルキィへ、精一杯の笑顔を向けた。

「あ、シルキィさん……これ渡しておこうと思って
「ふぇ? なぁに?」
 廻が懐から取り出したのは美しい刺繍が入った小袋。
 中を開くと、黄緑色の丸い宝石がチェーンと共に転がってくる。
「ネックレス?」
「はい、この僕が持ってるネックレスと同じ石を割って作られています。ペリドットなんですけど」
 廻の掌にはもう一つのペリドットネックレスがあった。
「これを握って僕の名前を呼んでください。そうしたら、ちょっとの間だけ会話が出来るんです」
 魔術的な術式を組み込んであるのだろう。
 ほんの少しだけでもお互いの声が聞きたい時に。想いを乗せて伝える言葉。
「嬉しいよぉ! ありがとう、廻くんっ!」
 シルキィは白無垢の廻を力一杯抱きしめた。

 ――――
 ――

 廻は白無垢の裾をたくし上げながら『刃魔』澄原龍成(p3n000215)『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)の元へとやってくる。
 慣れない衣装と草履に転びそうになるのを龍成が咄嗟に抱え込んだ。
「しっかり立てよ」
「うん……ありがと」
 綿帽子の間に廻のアメジストの瞳が物憂げに揺れる。こういう顔をするときは何か言いたい事を戸惑っている時なのだ。龍成は「どうした?」と優しく問いかけた。
「龍成……あのね。暁月さんのこと頼めるかな? 元気になったとはいえ、ちょっと心配だから」
「ん、分かった。見とくようにする」
 もっと深刻な事かと思えば、廻の口から出たのは暁月の心配だった。
 今の暁月なら心配は要らない。頼りがいのある友人もいる。

 それよりも――

「廻も気ぃつけてな。あいつ居るんだろ? 葛城春泥だっけ? 暁月達はあいつの事信用してるかもしれねぇけど。俺は怪しいと思ってる。だから、何かされそうになったら逃げて帰って来い。いいな?」
「うん、分かったよ。ありがとう……ふふ」
 廻の頭を撫でようとした手は、綿帽子に阻まれ。代わりに頬を突くように龍成の指先が触れる。
「何笑ってんだよ」
出会った時は龍成が何かする方だったのにね」
「悪かったって」
「冗談だよ」
「知ってる」
 こんな会話の応酬が出来る程に仲良くなったから。龍成は廻にとって気が置けない友達なのだ。
 だから暁月を任せて行ける。
「じゃあ、行ってきます」
「おう。頑張れよ」

 振り返るとボディがじっと龍成を見つめていた。
「……寂しいですね」
 ボディは自分の感情には疎いくせに、龍成の寂しさや不安を敏感に察知する。
「ん、まあしゃーねぇ。穢れを祓うには深道に行かなきゃなんねーんだろ」
 優しい親友の緑黒の髪をわしわしと撫でつけて、龍成は去って行く廻の後ろ姿を見つめた。

「廻君~! こっちこっち!」
「アーリアさん……っ」
 宴会場で廻へと手を振った『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の後ろには、『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)が並んでいた。
 その向かいには『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)、それに『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)が杯を交していた。
「ほら。ここ座って」
 簡易椅子に腰掛けた廻はアーリアから杯を手渡される。
「暁月さんの事はお姉さんに任せなさい。だから、自分のことだけ考えて、しっかり穢れを落して、無事に戻ってくるのよ」
 万年桜で彼らは暁月の傍に居てくれたらしい。暁月の忘れられぬ記憶を『過去』にしてくれた。
 アーリア達にならば今の暁月を任せられる。
 きっともう彼は。あの暗い座敷牢の中、鬱屈した瞳で、自分を支配した暁月では無いのだ。
 雁字搦めだった糸は、やわらかな輪となって、暁月と廻を結んでいる。
「はい。頑張ってきます。……暁月さんのこと、お願いします」
 ぺこりと頭を下げた廻の肩を、天川がヴェルグリーズが次々に優しく叩いていく。

「じゃあ、今日はぱーっと飲み明かすわよ!」
「はい! いっぱい呑みましょうね……せーの、乾杯!!!!」

 ――――嫌な予感を振り払うように。廻は杯を蒼穹広がる天に掲げた。

※『祓い屋』燈堂一門で祝勝会と誕生会と送別会が行われています――


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