PandoraPartyProject

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魔王イルドゼギア・クローン

 世界があった。
 そこに、自分があるのが分かった。
 目というものが闇を見て、それがまぶただと知り開くことができた。
 半透明な液体の中にいるのだと、ごぼりと吐き出した泡で知った。
 自らに四肢があるのだという実感と、それを翳し自らの手があるという――それが見たこともない手だと知り、まずはじめて困惑が脳裏をよぎった。
 困惑は頭の回転を高速化し、状況を知ろうとする。目がおよぐように周囲を観察し、やっと自らが筒状の水槽に入っていたことに気がついた。
 半透明な壁に手をかざし、軽く触れてみる。かなりの頑丈さだ。防弾性と耐魔力コートがなされた強化ガラスだろう。おそらく地獄の炎を浴びせても溶けず、劣化にも強いため数百年放置したところで形ひとつかえないだろう。
 と、そこまで考えてから更なる困惑が走った。
 記憶にない知識だ。このガラスがいかに強固であるかを実感として知っているのに、誰がそれを作りどんな名前であるかを知らない。
 思わずガラスを殴りつける。
 かなりの頑強さをもっていた筈のガラスは、自らのパワーによって粉砕された。
 流れ出た液体とともに水槽の外に転がり出ると、ゆっくりと身体を起こす。
「今奮った力は……」
 自らの手を、もう一度見た。不思議なことに、自らの腕力を初めとするステータス。そして使える魔法とその効果。リキャストタイムや範囲、細かな癖に至るまでが詳細に理解できた。熟知していたと言ってもいいほどだ。
 そしてそうした理解の先に、生まれて二つ目に理解したことがらを思い出す。
「この身体は……そうか……」
 自らの声は深く、重く、威厳あるものだった。
 まるで産まれたときから覇者となることが決まっていたかのような声だ。
 そんな声の自分が、いつまでも片膝と片手をついた姿勢のままではいけないだろう。
 ゆっくりと立ち上がり、熱風の魔法をとなえ自らについた液体を渇かす。
 あらためて見回してみれば、ひどい部屋だった。いや、部屋といってもいいのだろうか?
 壁も天井もそして床も、無数のキューブ状のブロックが敷き詰められてできた真四角の部屋には、奇妙な石でできた装置のようなものが並んでいる。どれもはるか昔に壊れたようで、動かすことはおろか修理することすら不可能だろう。自らを覆っていたガラスと違って劣化には弱いらしく、装置はフレームごと朽ちている。
 部屋を出ると、そこには――怪物がいた。
 額にも第三の目をもつ巨大な四足獣で、尾は大蛇になっていた。
 今にも人をダース単位で食べそうな牙をむき出しにして開くと……。
「魔王様。お目覚めになられましたか」
(えぇ……)
 かけられた言葉に、困惑した。
「ま、まおう……」
「はい。イルドゼギア魔王陛下。四天王がひとり『獣王』ル=アディン……御身の前に」
(えぇ……)
 手を。今にも人間の頭をひとつかみで潰しそうな手を、自らの顔に当てる。
「陛下。ご気分がすぐれないのでしょうか」
「……い、いや」
 しどろもどろになりそうな所を、魔王(魔王らしい)はゴホンと咳払いをして言い直した。
「問題無い。それより、玉座の間に皆を集めよ」
「は」
 頭を一度下げ、ずしんずしんと音をたて立ち去って……いこうとして、立ち止まる。
 まだ何かあるのだろうかと思っていると、ル=アディンが振り返って言った。
「陛下。玉座の間に行かれるのでしたら……まずはお召し物を。その格好では、あまりにワイルドすぎまするゆえ」
「ぇ」
 小さく声が出てしまう。
 慌てて自らの身体を見下ろすと。
 衣服らしいものは一切なかった。
 確かにこの格好はワイルド過ぎる。
 自分が魔王イルドゼギアであるということはわかった。この際受け入れよう。
 だが、いかな魔王とてこの格好はル=アディンの言うとおりワイルドすぎる。
「ふむ……ぼ、わた、お、我の衣服はどこにしまっていただろうか?」
 一人称を手探りしながら言ってみると、『はて?』という顔でル=アディンが首をかしげる。先ほどから巨大な猛獣の顔なのだが、話していると次第に感情が読み取れてきた。
「セァハが管理していたかと。部屋は――」

 指定された部屋には、やはり怪物がいた。
 肉体の首から下半身にかけてをまっすぐに切り裂いたような皮を、まるでジャケットのように羽織った細身のシルエット。しかし腹には臓物が向きだしに、胸はあばら骨が直接見えるというおぞましい姿だ。顔面に至っては目の周りがぽっかりと空洞になり、そこに奇妙な赤い石が浮いている。
 いまにも人間を解体してダース単位で逆さ吊りにして遊びそうな怪物は、魔王イルドゼギアを見て『ああ!』と声をあげた。空間を直接震わせたような、どこか高めの声だ。
「魔王様。ル=アディンより承っております。お召し物をとのことで……」
 後ろにある大きなクローゼットめいた家具に向き直ろうとして、ハッと振り返る。
「申し遅れました、わたくし四天王がひとり『魂の監視者』セァハ。そのクローン。でございます」
(えぇ……)
「クローン……?」
「はい。わたくしも、ル=アディンも。そしてあなた様もはるか昔魔王イルドゼギア陛下がお創りになられたクローン! ……だと、思われます」
 胸(あばら骨だ)に手を当て演説するように言うセァハ。
 その空虚な顔が再びイルドゼギアを見た。
「しかし、何のために創造されたのかはわかりません。わたくしが目覚めた時にあったのは、この身体と存在、そして自らの名を刻んだ石版のみ。
 おそらくですが……魔王陛下と四天王がもし倒されるようなことがあっても、そのお力を依然のものとすべく肉体のコピーを創ろうとされたのでしょう。
 残念ながら、わたくしどもの力が本当に――仮に魔王陛下が世界を支配なさっていたならの話ですが――本当にオリジナルと同等であるかは判断しかねます。
 大きく下回っているかもしれませんし、あるいは同等やもしれません」
(えぇ……)
 今日何度目かの困惑がはしるが、表には出さない。イルドゼギアはこの骸骨のような顔に感謝した。
「実験はできないのか」
「難しいでしょう。なにせ、わたくしたちが目覚めた時には何も知らぬ古代獣たちしかおりませんでした。こうしたことがあれば担当した者が飛んでくるのが筋というものですが……状況から考えておそらく、本物の魔王様は既にお亡くなりになられたか、と」
(えぇ……)
 産まれはしたが、なにをすべきかわからない。
 いや。
 ちがう。
 何をすべきかはハッキリしている。
 自らの魂から湧き出る破壊衝動が、全ての人類文明を破壊せよと叫んでいる。
「なるほど……ならば、我々だけでやらねばならんな」
「実に、その通りかと」
 セァハは改めてクローゼットの扉に手をかけると、大きく開いた。
「申し遅れましたが、魔王様のお召し物は腰当てと肩パットのみとなっております」
(えぇ……)

 それから、少しばかりの時間がたった。
 玉座の間に入り、魔王イルドゼギアはゆっくりと歩いた。
 必死に鏡の前で練習を重ねて身につけた、覇王らしい歩き方で。
 そして椅子の前に立つと、あえて翼を広げどっかりと腰を下ろす。これもまた、訓練のたまものだ。
 眼前には、四体の怪物が並んでいる。
「『獣王』ル=アディン、御身の前に」
「『闇の申し子』ヴェルギュラ、御身の前に」
「『骸騎将』ダルギーズ、御身の前に」
「『魂の監視者』セァハ、御身の前に」
 四体とも見慣れた怪物だ。
 というか、この城を少し見て回ったところ、彼らと全く同じクローンが何体もいた。
 『四天王じゃないのかよ』というツッコミはダルギーズだけが四人で集まって麻雀をしていた時にし尽くした。
 ダルギーズは骸骨の身体に鎧を纏った将軍風のアンデッドだ。
 ヴェルギュラはイルドゼギアと似た特徴をもっており、これを一段階進化させたら魔王になるだろうという見た目をしている。
「陛下」
 ダルギーズが骸骨の顔をあげる。
「この城に侵入しようとした愚か者がいたようで御座います。しかしご安心召されよ。我が城のトラップと古代獣、そして四天王クローンたちの力をもってすれば、必ずや愚か者共を皆殺しにできましょうぞ」
「それは、確かなのかダルギーズ」
 隣でかしづいていたヴェルギュラが顔を向ける。
 ダルギーズはカタカタと鳴るホネの首で、ヴェルギュラへと振り返った。
「知りませぬ。試したことがありませぬ」
(えぇ……)
 今必ずやっていったじゃん、とはもはや言わない。
 イルドゼギアは顎をあげ、そして……覚悟を決めた。
 胸の内から湧き上がる破壊の衝動。
 それゆえに、人間達を皆殺しにするという決意は変わらない。
 ならば……。
「よかろう。この城の全戦力をもって、侵入者どもを撃退するのだ!」
「「はっ!」」

※アーカーシュのエピトゥシ城にて動きがあったようです……

 ※アルティオ=エルムを覆った眠りの呪い、冠位魔種『怠惰』の影は払われました。
 ※アルティオ=エルムでは『祝宴』が行われています。

これまでの覇竜編深緑編シレンツィオ編

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