PandoraPartyProject

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海よりの魔

 ダガヌ海域――。
 海洋王国はフェデリアと、豊穣を繋ぐ海に横たわる広大な海域である。
 気候は南洋のそれ。熱い太陽と蒸した熱気の漂うそこは、『どこにでもある海域』でしかなかったはずだ。
 ……この海域での事故が報告され始めたのは、数か月ほど前から。その数は片手で数えられるほどから、やがて両手でも足りぬほどに増発していった。
 元より、かつては絶望の青と呼ばれた海域。残存する狂王種などは存在するにはすれど、それでもこれほど、襲われることになるとは珍しい。
 その日も、一隻の商船が、豊穣目指してフェデリアを出発していた。荷の納期は最短での事。大きくダガヌを迂回すれば間に合わない。結局ここを、突っ切るしかなかった。
「大丈夫かね」
 と、船員が言うのを、船長は頭を振った。
「例の遭難事件か。分からんな……」
「狂王種(ブルータイラント)の仕業かねぇ。幽霊船(ワンダーサーペント)の類もまだ少なからず残ってるって話だが」
「それから、海乱鬼衆(かいらぎしゅう)もだな」
「海乱鬼衆ってなぁ、あの豊穣の海賊か?」
「ああ。食い詰めたならず者たちだの、豊穣で魔種の配下だった奴らだの、らしいが……最近は、フェデリアも羽振りが良くなったってんで、ちょいちょいこっちの方にも進出してるらしいな。
 奴ら、船が小さい分、小回りが利く。張り付かれたら終いだから、見張りはしっかりしとけよ」
「ああ。
 しかし、魔物……かね。急に増えたとしたら、怪しいもんだなぁ」
 船員がそういうのへ、船長は苦笑した。
「また、ここが絶望の青に戻るかもってか。大丈夫だろうさ。冠位魔種は滅び、リヴァイアサンは眠りについた……おう、大丈夫、のはずだ」
 ぎぃ、ぎぃ、と船が揺れた。波は高く、湿度のあるはずの南洋の海が、どこか薄寒くすら思えた。それは、人の感じた不安と恐怖ゆえだろうか。だが、ここ最近のダガヌは、どこもこう言った機構のように感じていた。まるで、恐怖が形を持ってしまって、この海域を覆ったかのような、そんな感覚。
 ぎぃ、と、船がひときわ大きく揺れた。「高波か?」と、船長が言う。「マスト、デカイ波か!?」吠える船長に、マストに備え付けられた見張り台に乗っていた船員が叫び返した。
「いえ、こんな揺れるような波は……」
「他に何かあったか!?」
「分かりません、確かに波は高めですが、こんな揺れるようなのは――」
「船長! 左舷! なんか張り付いてやがる!」
 見張り台の男の言葉を遮る様に、左舷側から声が響いた。船長が慌てて駆けだして覗いてみれば、海の中かから、何か黒い、うじゅうじゅとした影のようなものが、無数に這い出して来るところであった!
「な、なんだあの黒いのは!?」
「狂王種か!? だが、あんな種類は見たことねぇぞ……!?」
 さながら、黒いスライムか、影が質量を持ったような存在である。それは、船の左舷側から、うじゅる、うじゅる、と這い上がって来るではないか!
「さっきの揺れは、これに取りつかれたからか……!」
 船長が悲鳴を上げる。「近接戦闘用意ぃ!」叫ぶ船長に応えた船員たちが、直ちに抜刀する。じゅる、じゅる、と音を立てて這い上がってきたそれは、見るものに強烈な嫌悪感を覚えさせた。tが問えるならそう、神が地球生物を作り上げたとするならば、その神の偉業を汚すために生み出されたような、冒涜的な何かである。
『いぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁ』
 それらは、嫌悪感を催すような悍ましい声で鳴いた。本能的な忌避の感覚。これまで相対したことのない相手に、船長たちはたじろぐ。
 ばちゃり、ばちゃり、と船が揺れる。そのたびに、黒い何かが海から這い上がって、船に乗り込んでくる。黒い雪崩。悪意と敵意を持つ、悍ましき怪物――。
「まるで、深海から来た魔じゃねぇか……」
 船員が呟くのへ、船長はごくり、とつばを飲み込んだ。
「戦闘員は足止めしろ! 非戦闘員から持てるもんだけ持って退艦準備!」
「逃げるんすか……!? 荷も捨てて!?」
「命があれば再起はできる! とっととボート降ろせ! ずらかるぞ!」
 果たして船長の判断は懸命であった。
 黒い怪物たちが、その船を飲み込むのに、10分と必要としなかったからだ――。


「以上が、ダガヌの異変からの数少ない生存者の証言だ」
 フェデリア総督府所属、総督エルネスト・アトラクトスは、あなた達ローレット・イレギュラーズ達へ向けて、そう言った。
 ローレットが、シレンツィオ・リゾートへと、フェデリアへと招かれた本当の理由の説明が、これだった。
「ダガヌ海域。フェデリアと豊穣を結ぶ海域の一つ。本来は穏やかな南洋で、大小の無人島の並ぶ海域に過ぎなかったが――」
 エルネストがイレギュラーズ達を見やりつつ、言葉をつづけた。
「ここ数か月、奇妙な海難事故が頻発している。船舶は片っ端から行方不明になり、生存者もほぼいない。
 数少ない生存者から得られた証言は、謎の怪物による襲撃。こればかりだ」
「狂王種、幽霊船。これらの敵は以前からいたが、特に得体のしれない深海からの怪物という報告が多い」
 海洋軍所属、ファクル・シャルラハ大佐が頷く。彼の言葉が堅いのは、ここでの彼の言葉は、海洋軍を代弁しての言葉だという意味合いを感じさせていた。
「我々は、これを『深怪魔(ディープ・テラーズ)』と呼称することにした。恐らく新種の魔物達である。
 そして、ダガヌ海域は、サマーフェスティバルに合わせて行われる大規模なクルーズツアーの航路に選定されているのだ」
「何を危険な海域を、と思うかもしれないが、そもそもここはそんな危ない海域じゃなかった。
 故に選定されたんだが、このザマだ。
 クルーズツアーには、豊穣、海洋の政府はもちろん、色々なスポンサーがいる。この海域が通れないので中止ですね、じゃあ、もう止められない所まで来ているわけだ」
「これは、大海洋王国の威信をかけた事業でもある。絶望の青を制し、人類の支配下に置いた。それが再び、魔のものに奪われることになってはならない」
 ファクルの言葉に、頷いたイレギュラーズもいるだろう。これはもはや、イベントが潰れる、等という事態ではすまされない。
 様々な金が流れ込んだ潮流はもはや止められないし、それだけの金を集めてイベントをご破算にさせれば、海洋王国のメンツが大いに傷つく。
 また、既に人類の勢力下においた静寂の青が、再び魔によって隔たれる可能性を考えたならば、それはどうしても避けるべき事態である。
「そこで、貴殿らにはこのダガヌ海域に赴き、調査を行ってほしい。恐らく先行偵察部隊から、何らかの報告があり、それに対応する形になるだろう」
「バカンス気分のところ申し訳ないが、一仕事をお願いしたい。
 サマーフェスティバルのあたりには大規模掃討作戦も計画しているが、とにかくその露払いを、お願いしたいわけだ」
 エルネストの言葉に、イレギュラーズ達は頷く。
 さわやかな青い空の広がるリゾートの空に、ほんの少しだけの暗雲がかかっているような気がした。

 ※シレンツィオ・リゾートより、依頼が舞い込んできています……!

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