PandoraPartyProject

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魔将の渇き

 無数の戦場を駆けてきた。
 振り返れば、この渇きと暫しでも別れた瞬間はあったか。
 いいや。はっきりと断定できる。
 ――そんなことは、ただの一度もなかったと。
 それは、この身が魔に侵されるよりもはるか前から。
 一度たりとも、ありはしなかった。
 初めて人を斬った時は、親の前だった。
 初めて戦に勝った時は、親の前だった。
 親の前で迫りくる敵を斬り伏せて、そうでなくともあらゆる敵を斬り捨てた。

 戦場の悲鳴に、激昂に、昂りに、狂奔に浸り続けながら、どこか渇き続けていた。
 だから――最後には己が肉親さえも剣の餌食としたわけだ。

 くだらない――くだらない――くだらない。
 震えるような戦場など、何処にもありはしない。
 気づいた時には、あらゆる敵を斬り殺して勝ち続けていたまでの事。
 いくら敵を叩き潰そうが、戦場に身を尽くそうが、どうしたって拭いきれぬ。
 心の中で、どこか空しささえあった。どれほど戦ったって、あまりにも空しい。
 どれほどの敵兵を斬り捨てようと、どれほどの強敵を退けようと、いつも心には『つまらねえ』という渇きがあった。

 だからこそ――ローレットに叩き潰されたあの瞬間は、久方ぶりに心が躍ったという物だ。
 遠路はるばる、鉄帝を越えてヴィーザルに至り――腑抜けた阿呆共を駆り立てる。
 そうすれば、ローレットは必ず来る。来ないはずがない。
 その推測は正しかった。
 まさか真っ向から交渉までされるとは思わなかったが。
「あぁ――全く、いいねぇ、楽しいったらありゃあしねえ」
 綻ぶ顔を抑えながら、ヴァルディマールはその場で天を仰いだ。

 眼球が熱を帯び、毛髪は蛇のように踊り狂いはじめた。
 疼く。疼く。
 じわじわと、ズキズキと。
 体の中を、蛇が這いずり回るような気持ち悪さがある。
 どうしようもなく燻る怒りが溢れ出す。

「――ハッ、お早いお目覚めだなぁ……いや? 寧ろちぃとおせぇぐれぇか?
 まぁ、どっちでもいいわな」
 自身に笑って、男はゆっくりと立ち上がった。
「春が来たみてぇだなぁ、ローレット……あぁ、全く。愉しみったらありゃあしねぇ」
 ヴァルデマールの双眸が蛇のようなそれへと変質すれば、周囲の空気がズン、と重くなった。
「決戦の時は春先。まぁ、もうそろそろあの寝坊助な蛇神様とやらも目を覚まそうとする頃合い。
 俺も、もうそろそろ動けるようになってきたってもんだ」
 首をコキリ、コキリと動かして身体を伸ばしたヴァルデマールは、そのまま部屋に備え付けられてある鳥籠に腕を突っ込んだ。
 小さく跳ねながら、数羽の小鳥がヴァルデマールの指に乗っかった。
 遠き空へ消えゆく小鳥たちを見送って、そのまま窓の淵へ腰を掛けた。
「あの鳥どもが辿り着けば戦火があがる。あとはもう、戦だけ。
 ――待ってるぜ、イレギュラーズ。
 楽しい楽しい、狂奔のその先で思う存分、殺りあおうじゃねえか!」
 獰猛なる笑みを浮かべ、蛇眼の男は迫る戦へと心を弾ませるばかり。

 お前らならきっと――俺のみが砕けて燃え尽きるその瞬間まで、戦場で殺し合える。
 お前らならきっと――どうしようもないこの渇きを潤してくれる。
 その最後が死なのだとしても――あぁ、全く。
 きっとそれは、何よりも楽しい終わりだ。

<貪る蛇とフォークロア>のオープニングが公開されました

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