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帝都星読キネマ譚:禍事転ず

「聞こえた?」
 拝殿より顔を出したのは白髪の娘であった。
 神咒曙光に生を受けた滝倉の娘は黄泉津瑞神に使える神主としての血を引いている。
 神主を務める兄は目覚めたが早いか直ぐに御所へと向かった。火急の用だと言い残したきりである。
「はい。しかと耳に致しました。滝倉の姫様」
 滝倉の姫様――そう呼ばれた娘の名前は。滝倉の巫女であり、神格をその身に降ろす事の出来る『神子』である。
 織は応えた白髪の娘を一瞥してから切なげに眉を寄せる。
「明瑠。恵瑠は見つからなかったのかい?」
「……はい。瑞様も眷属を派遣なさり、探してくださいましたが……恵瑠を連れ戻すには至らなかったと。
 これも全ては高天京特務高等警察を名乗る者共の仕業でございましょう。奴らめが恵瑠を拐かしたのでございます」
 口惜しげに吐き捨てた娘は天津神宮の双子巫女の片割れである。八百万の名家『火乃宮』の娘である明瑠には恵瑠という妹が居た。
 如何したことか彼女は日に日に何かに競り立てられ姿を消したのだ。
 主神たる『豊底比売』への参拝も行わず、歪夜に身を委ねるかの如く――自身らを庇護する黄泉津瑞神は恵瑠の変り身を疑問視し、眷属の狐を差し向けたそうだが結果は『特務高等警察』による反抗で恵瑠を連れ戻すことは叶わなかったと聞く。
「それは口惜しい……。だから、常世の姫様は此程にまでお怒りでいらっしゃるのか……。
 奴らめは天香の坊に協力するらしい。主上も御庭番をお集めになって戦の準備をと指示を出されていたよ。
 この国は信仰で成り立っている。神は信仰心を糧に生き仰せ、その権能を我らが人の子に返すというのに。神を害そうなどと―――!」
 苛立ちを吐き捨てた織が目を見開き、拝殿を見遣った。

 ―――――――――――――!!!!

 怒号だ。
 耳を劈く秋霖の如く。月暈を思わす目映さの如く。
 天と地を混ぜ合わせ、腹の底へとずんと落ちる恐ろしき声である。
「ひ、」と明瑠は思わずへたり込んだ。
 己が身が神格と適合していたとしても重圧には耐えれないかと織の額に汗が滲む。
「姫様、姫様……」
 震える声音は幼子が縋り付くばかりのものにでしかあるまい。
「姫様、姫様……」
 それ以上の言葉を振り絞ることは出来まい。
「どうなすったのですか、姫様……」
 藻掻くように織は拝殿の中へと入り込んだ。指先が震えている。
 母の怒りに臓腑が混ぜ返されたかのような不快感が身を支配する。これは、恐怖か。

 ――――――――――――!!!!!!?

 其れは女の声か。
 ヒステリックにも響き渡った其れの前で織は頭を垂れる。
 賢明にもへたり込みながらも頭を伏せていた明瑠は見ては居ない。
『其れ』を眼に映したのは織だけだ。滝倉の生まれであったからこそ、見ても平常で居られた。
『神子』は唇を震わせる。『神子』である故にそれを生身の儘で受け入れられたのだ。

「『我が愛を拒むというのですか、人の子よ。なんと愚かな――――!』」

 明瑠は織の唇を通してその声を聞いていた。彼女の身に何者かが降りている。

「『身を委ねれば侵食(く)ろうてやったものを……! まだ抗うと言うのですか。なんと、なんと愚かな!
  我が愛を受け入れさえすれば永劫のさいわいを与え給うたと言うものを! 何と愚かな……!』」

 其れは『母』の声か。明瑠は顔を上げ、織を見た。見てしまった。
 見た瞬間に歓喜に心が震え、涙が溢れる。
 嗚呼、嗚呼! 美しき、愛しき、慈しむべき、母が、其処に――!
 何という甘美な気持ちであろうか!
 母の降臨に神子が力を添えている。その御身を委ねた神子は何と懸命であったか!
 明瑠は涙を流しながら言った。
「大いなる母よ。我らを導き給え……」
 母の答えは『最初から』決まっていたのだ。
「『人の子よ、我が愛しき国を守っておくれ』」

これまでの再現性東京 / R.O.O

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