PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<月没>ほむすびの翼

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 日々、苛立ちを募らせる黄龍の様子を見てはいられない。神主である滝倉の娘も心配しているのかその一柱に付きっきりである。
 静寂ばかりが満ち溢れた天津神宮の拝殿にちょこりと座っていた黄泉津瑞神は溜息ばかり。
 憂う彼女の様子に表情を曇らせたのは側仕えの巫女である火乃宮 明瑠であった。
「大丈夫ですか、瑞様……」
「心配を掛けて御免なさい。明瑠。……そういえば、恵瑠の姿が見えませんね」
 恵瑠の――妹巫女の名を呼ばれてから明瑠は更に表情を昏く沈ませる。妹は近頃、人目を忍んで何処かに出掛けていってしまうのだ。
 明瑠、明瑠と文字通りべったりであった妹の『姉離れ』に少しばかりの寂しさを滲ませる明瑠は自分が沈んでいる場合ではないと首を振る。
「恵瑠も好いた人が出来たのかも知れませんね。恵瑠よりも瑞様です」
「……それは、ないかと、思いますが……」
 恵瑠が実の姉である明瑠をどの様な瞳で見詰めているのかを瑞神もよく知っている。
 あれは憧れや家族愛を通り越した恋情だ。その美しくも悲しい恋心は瑞神は禁忌だと咎める事無く見守っている――が、明瑠には響いていない。そんな妹巫女の『可哀想な事情』はさて置いても、事態は深刻である。
 神使は中務省を離反した。警察を名乗り、夜妖の討伐を行いながら『あの』天香 遮那に手を貸しているのだという。
 彼等はヒイズルの良き友人であると認識して居たというのに――逆賊であったならば国の敷居を跨がす許しを行ったことが間違いであったか。
「仕方がありません。航海(セイラー)よりの賓客であったではありませんか。瑞様の所為ではありませんよ」
「……航海(セイラー)とて国家の未曾有の危機を知っていたわけではありません。彼等を責めることも出来ませんが……。
 彼の者達が『母上』を害するならば、我ら『神霊』は彼等と戦う道を選ばねばなりません。明瑠、その覚悟はありますか?」
 瑞神に明瑠は頷いた。火乃宮に拾われてから、否、霞帝にその命を救われてから、瑞神に仕える事が決まってから、覚悟をして居た。

 ――この命は、国家と神霊の為に。


 息を切らして走る少女が一人。明瑠と同じかんばせは瓜二つのものである。妹巫女・恵瑠は慌てたように高天京特務高等警察:月将七課の詰め所へと転がり込んだ。
「……ご、ごめんくださいまし」
 ひい、ひい、と。肩を揺らがせる恵瑠は天津神宮の巫女として仕えながらも『違和感』を憶えて居た。
 瑞神が慕う豊底比女が悪しき存在に思えてならなかった。その恐怖に答えるように論を翳し敵対した遮那始めとする神使。
 彼等の意見に同調し、大切な姉には知られぬように人知れず密偵紛いのことを行い続けて居たのである。

「――成程……」
 詰め所で『現実からの調査依頼』を受け、資料のチェックを行っていた月ヶ瀬 庚は表情を曇らせる。
 どうやら神霊たちへの侵食は激しい。其れ等に愛される素質のある霞帝や影響されやすい天香 長胤へと侵食が始まっていたことは知っていたが、神霊たちに『ここまで』侵食するというのか。
「瑞神は、それから何と?」
「……此の儘であらば、神霊の皆様との戦いが起こるでしょう。主上も出兵の準備をと、お庭番衆に伝えておりました」
 膝を突いて言葉をひねり出す恵瑠は不安げに肩を揺らす。
 神霊――黄泉津瑞神を始め、黄龍に四神……青龍、朱雀、白虎、玄武との直接対決が起こる可能性があるか。
 そして、その加護を受けた主上、『霞帝』とその懐刀である鬼灯を始めとしたお庭番衆の出兵準備。
「……悠長に調査している場合でもありませんか」
『月閃』とはどの様な代償が必要なのか。それが侵食を齎すのでは――そう音呂木 ひよのから調査依頼が舞い込んでいたが、そうとは言っては居られぬのかも知れない。
「恵瑠さんは一先ず奥で……と、言いたかったのですがそうも行かぬ様ですね」
「ひ、」
 びくりと肩をふるわせた恵瑠が大きく仰け反った。気付けば開かれていた詰め所の扉の向こう側に、黄泉津瑞神の『眷属』が立っていた。
 白き尾を揺らがせる狐が数匹。その背後には眠たげに首を捻る少年が立っている。

「裏切るんだ、妹巫女」

「――珠々尾……!」
 無数の尾を魔力で生み出した狐の少年は唇を吊り上げる。
「明瑠を裏切ってまでも、そいつらの味方をする理由は? 『御母上』の御威光が恐ろしくなったか。
 身を委ねれば、明瑠共々、喰らうて貰えたというのに。……もうだめだね。恵瑠は死んだことにしないと」
 恐れながらも刀を手にした恵瑠の手が震える。大切な明瑠までもが害される――それを許しては置けまい。
「どうやら『黄泉津瑞神』は勘が鋭い。下がって――! 神使の皆さん、どうか、奴らを追い払って下さい!」
 庚は驚愕と明瑠への害を気にして動けずに居た恵瑠を庇う様に前に出た。
 ここで彼女を眷属『珠々尾』と戦わせれば瑞神はその側に使える明瑠へ、彼女の姉へ、何らかの影響を与えるかもしれない。
「良いですね。恵瑠殿。貴女は此処に居なかった。納得できるのならば後ろで身を隠して下さい。
 神使殿。致し方在りませぬ。『珠々尾』を此の地で消滅させましょう……!」

GMコメント

 夏あかねです。現実ではエルメリアが敵サイドでしたがR.O.Oでは……?

●目的
 成功条件:珠々尾の討伐(消滅)
 失敗条件:恵瑠が殺害される。

●高天京特務高等警察:月将七課 詰め所
 新規イベントを受けたイレギュラーズの新たな立場です。詰め所は『協力者』達により帝都の至る所に存在します。
 庚が本拠としている位置であり、神霊の関知を避けるために郊外を選んでいるようです。
 広さはそれなりですがテーブルや棚などの障害物が多くあります。外での戦闘も可能でしょう。
 戦闘開始時は皆さんは詰め所奥から介入することとなります。珠々尾は入り口から入り込んできたばかりです。

●火乃宮 恵瑠
 ひのみやえる。ハウメア(p3x001981)さんの関係者。エルメリア・フィルティスのR.O.Oの姿。
 名のある八百万の名家の養子であり、天津神宮の巫女。姉の明瑠と共に双子巫女として知られています。瑞神の側仕え。
 明瑠よりも先に恵瑠は『違和感』に気付き、遮那や神使に協力を申し込んでいました。
 黄泉津瑞神は恵瑠の動きに気付いたため刺客を差し向けたようです。『母』に仇為すならば身内であれども容赦は為ず。

●珠々尾
 黄泉津瑞神の眷属。狐の少年。魔力の尾が九つ。その力が弱まるほどに尾が減ります。
 少年の姿をとっているのは幼い姿をした瑞に合わせてのことでしょう。本来の姿は老人です。恵瑠の命を狙ってきています。
 基本的な攻撃は魔力による遠距離攻撃。符等によるバッドステータスの付与などです。

●眷属の狐 5匹
 珠々尾が連れている眷属の狐です。物理攻撃を行います。また、弱ると自らが消滅し珠々尾の『尾』となります。
 つまり、一気に片を付けなければ珠々尾が大幅に回復してしまいます。

●月ヶ瀬 庚
 陰陽頭。現実世界の月ヶ瀬庚のR.O.Oアバター。恵瑠の護衛を行います。
 現実と少し勝手が違うので、強さはソレなり程度ですが出来る限り努力をします。

●ほしよみキネマ
 https://rev1.reversion.jp/page/gensounoyoru
 こちらは帝都星読キネマ譚<現想ノ夜妖>のシナリオです。
 渾天儀【星読幻灯機】こと『ほしよみキネマ』とは、陰陽頭である月ヶ瀬 庚が星天情報を調整し、巫女が覗き込むことで夜妖が起こすであろう未来の悲劇を映像として予知することが出来るカラクリ装置です。

●情報精度なし
 ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
 未来が予知されているからです。

●侵食度
 当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

  • <月没>ほむすびの翼完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

わー(p3x000042)
ほむほむと一緒
グリース・メイルーン(p3x000145)
灰の流星
Siki(p3x000229)
また、いつか
ハウメア(p3x001981)
恋焔
ベネディクト・ファブニル(p3x008160)
災禍の竜血
壱狐(p3x008364)
神刀付喪
ECHO(p3x009308)
癒歌の蒼
純恋(p3x009412)
もう一人のわたし

リプレイ


 ――嗚呼、我らが母よ。導き給え。

 机が音を立てて倒れる。後方へと火乃宮 恵瑠を押し遣って月ヶ瀬 庚が浮かべた焦燥は侵食の早さを感じさせるようであった。
「ほむすび……ころりん?  ほむっほむっ。何だかおなかが空いてきましたけど、やるべき事がまず先ですね」
 表示されたクエストを受諾しながら『兎のおみみ』わー(p3x000042)はこてりと首をかしいだ。鮮やかな紅玉の瞳は『やるべき事』たる眼前の御遣いの狐を映している。現実との差異を楽しんで、非日常的なゲームめいた世界を楽しむ――そんなコンセプトで携わっている場合でもないかと『妖刀付喪』壱狐(p3x008364)は神刀『壱狐』を構えた。わずかな焦燥が身を包む。
「……状況はよくない、か。だが、最悪と決まったわけでもない」
 現状をよく表した言葉だと『蒼竜』ベネディクト・ファブニル(p3x008160)は自嘲した。自身らの為すべきをこなすだけではあるが、現況はなんと称するべきかも難しい。
「月ヶ瀬殿、火乃宮殿を任せます」
「承知いたしました。蒼竜の君」
 小さく頷く庚は自身の後方に身を隠す恵瑠を一瞥した。彼女は此処には来ていなかった。この場の誰もが口裏を合わせ、目の前の障害を排除することができれば――一先ずの身の危険は払えるであろうか。
「黄泉津瑞神直々の眷属が来るとは……」
 本領を出す前に倒さなくてはならないかと内心で舌を打つ壱狐の傍らで『青の罪火』Siki(p3x000229)はひゅ、と息を飲んだ。『リアル』では心優しく、そして常に民のことを思うて憂う国の守護者。その彼女が自身の側仕えをこうして狙うというのだ。
「瑞……君は、今、何を思っているんだろう。君の笑顔の為に、ヒイズルの為に。私に出来ることを探しに来た。
 ……もちろん恵瑠さんのことも守らなきゃね。絶対守るから、信じてほしいんだ」
 恵瑠が現実世界の誰であるかは一目瞭然であった。その姿は『巫女姫』として神使の前へ現れた魔種のものと合致している。この世界では味方で、そして己たちが守るべき存在なのだ。『灰の流星』グリース・メイルーン(p3x000145)は今度こそ、と心に決める。
(……混沌では君の事は敵でしかなかったけど。今ここで君を助けられる、っていうのならこれは、まさしくチャンスというものだね)
 彼女は友人の妹だった。救いの手を伸ばすことも許されなかった存在。庚に全てを任せているわけではない。グリースは自身の力全てで恵瑠を守ってみせるとそう誓って。
「良いご身分だね。恵瑠。明瑠のことはどうでも良くなった? 特務高等警察に守られて、自分だけ高みの見物かい?」
 珠々尾の声音に後方に控えていた恵瑠が唇を噛む。明瑠の名を出されると彼女も其ればかりは分が悪いのだろう。その視界を遮るように『しろきはなよめ』純恋(p3x009412)はするりと歩み出て首をかしげる。手にしたのはブレイブウォール、目を一等引く盾だ。
「うわあ、カミサマって怖いですねえ。勿論その眷属も然り……ですが、我々神使もなかなか恐ろしいってことを教えてあげないとですね」
「何だって……?」
 睨め付ける珠々尾に純恋はくすりと笑うだけだ。瑞神に付き従う彼女の姉、明瑠の事も気になるが其ればかりではいられない。
「まずはこの場を切り抜けましょう」
 小さく頷く『碧音の金糸雀』ECHO(p3x009308)は言霊に力を宿す。側にあれども同じ理想を持たねば居なかった事になる。その理不尽が罷り通る訳もない――だが、神という存在は不を可とするのだという。何かが狂わせていく。
「わたしは、出来る事をするまでです。それが此方の神に仇なす事であっても、人を守る事には変えられません」
 ECHOの声は『歌』になる。珠々尾の耳に、彼女の言葉は届かない。それが『Whisper voice』。高らかに柔く、囀る小鳥は戦場では作戦高く、言葉を溶ける相手を選んで。
「へえ……歌うとか余裕のつもり?」
 珠々尾は小さく笑った。「いいのかい、恵瑠。身を委ねれば、明瑠共々、喰らうて貰えるんだよ?」とせせら笑った声音はハウメア(p3x001981)の神経を逆撫でる。
「身を委ねれば、共々喰らうて貰えた……? 二人は知らされずに贄にされる予定だったとでも言うの!? ふざけるなッ!!」
「贄? 失礼だな。違うよ、全ては『御母上』の為に。瑞様も、我らもそう。神光とは『そう言う国』であったのだから」
 それが侵食。それが真性怪異。叫声のごとくガーンディーヴァがぎりりと音を立てた。「ハウメア」と窘めるSikiも珠々尾の声音には不安を覚える。
 瑞は――この国は、どうなっているのだろうか。


 室内の障害物は恵瑠を守るためのもの。ぷえ、と小さく声を漏らしてわーはほむぬいをぎゅうと抱きしめた。
「特に何の恨みもありませんが、仕事ですのでめっためたにやっつけさせて頂きます。ぷえ!
 刺客しすべし。たまたまおさん、ご覚悟です! ジュビーさんだったかもしれません……ぷえー……」
「すずお!」
 ふんと外方を向く珠々尾にわーが目を丸くする。「たまたまおさんじゃないですか? はわわ」と慌てた彼女は言葉だけは愛らしく、DAEMON<IDEAScript>の起動を行っている。†死を穿つ†が為に魔力を研ぎ澄ませ、『たまたまお』ではなく眷属を狙い穿つ。
「たまたまお……」
 つぶやいたグリースは小さく笑った。呼ばれた名を訂正する程度の『余裕』をあちらはどうやら持っているらしい。後方で庚が護衛する恵瑠はこちらを伺っているが、自身らが壁になれば彼女の無事は安泰だ。V&FH137『karma』にストレングスフォースの宝珠が煌めいた。殺傷性に優れたガトリングから放ったのは中域へと広がるスキルエフェクト。
 流石にゲームめいた世界か。珠々尾の周辺の眷属には『Down』と書かれたエフェクトが纏わり付いてその体をすとんと落ちた。
「どうやら眷属というのは悠長なのですね。お手をどうぞ。珠々尾様?」
 庚がチェックした資料を荒らさぬ為に。純恋は眷属の狐を睨め付ける。シンプルなアルゴリズムで舞台演出をする乙女は珠々尾の体を外へと押し出さんばかりにするりと接近した。
「何が言いたい?」
「いいえ。室内で暴れるのは無粋というものではありませんでしょうか」
 囁けば、眷属達を吹き飛ばす。恵瑠から引き離すが為、そして庚の仕事を無駄にしない為。言葉にすれば彼は「麗しの紫菫の君」と感謝の弁論を交えることだろう。さておき、純恋に『悪戯』一つされた珠々尾へと勢いよく詰め寄ったのはベネディクト。
「珠々尾、だったか。先程聞き捨てならぬ言葉が聞こえたが、明瑠共々、喰らうて貰えたとはどういう意味合いだ」
「言葉の通り。贄なんかじゃないさ。神様は何を食らうか知ってる? 人じゃない、そんなよこしまな存在と母を一緒にしてはならないよ」
「……何?」
 文字通り、でないならば。そう問いかけるベネディクトは恵瑠を取り巻く環境を知っておく必要があるだろうかと彼を睨め付けた。
 珠々尾にとっての常識は『神霊』にとってのものだ。この地に所縁の無き神使が知る由もない。だが、たとえ架空の人間であるとしても『エルメリア・フィルティス』は豊穣で関わりのあった存在なのだ。あちらでは助けることが叶わなかったがこちらでは――そんな『IF』を求められるのだから。
「神は信仰を食らう。……だからね、恵瑠は『もっと信じなくてはならないんだ』。巫女の祈りは其れは其れは素晴らしい力だからね」
「……彼女には指一本触れさせん、お相手願おう」
 その信心深き心が『どうして』生み出されるのか。それは純粋な神頼りではないはずだ。Sikiは庚と宇奈月あった。恵瑠を共に守るが為、彼女は戸の後ろに。外へと出過ぎず、窺え、神使が何時でも守れる位置へと移動する。
「……このような私を守るだなんて」
「……ううん。君は大事なんだよ。君に身に覚えがなくったって。私たちは一つの縁の糸を辿っている。守るから、どうか信じていて」
 優しく囁いたSikiの瞳をまじまじと見やった恵瑠は「織」と呟いた。しき、その名にSikiはぱちりと瞬いた。知っているようで、知らない響き――恵瑠の知る『R.O.O』の自分……?
 問うている暇も無いか。珠々尾は地を蹴り魔力の尾を揺らがせた。炎に変じ、周囲を灼かんと広まり続ける。
「ここが朝廷より独立した特務高等警察の詰め所と知っての狼藉とあらば舐められたものです。
 功を焦った瑞神の眷属よ、何処とも知れぬ場所にて果ててもらいます!」
 神刀『壱狐』を手に、少女の体は眷属狐へ向けて飛びついた。陽光の如く、射干玉の髪を揺らした娘は距離をも詰める。構えをとり、放つのは陰陽五行。術式を浴びせれば後方で庚が「良き術ですね」と頷いた。符で攻撃を受け流す術式を転じている庚を一瞥し、壱狐は地を蹴る。
「『特務高等警察』を余り嘗めないで下さいね」
「いいや、評価しているさ。けれど、天香の坊に付いた時点でその評価も地に落ちたけれどね!」
 ――『来ます』。歌声として転じたECHOの声音に頷いたのはベネディクト。珠々尾の動きを遮るベネディクトを支えるべくECHOは言霊に癒やしを乗せた。
「少しでも時間を稼ぎます。視線で追えなくなれば、或いは」
 周囲の机を立て、視界を遮り狐達の動きを緩める。小細工と言われようとも立派な戦法だ。ECHOはヒーラーだ。戦線維持が為に、身を隠しながらも前線で立ち回る仲間を守らねばならない。
「先日、白薬叉大将やお庭番衆やらとも刃を交えた。瑞神達は随分と手強い手勢をお持ちの様だ」
 ベネディクトは今一度と刀を握る手に力を入れ直し珠々尾を睨め付ける。
「ああ、白太郎と遊んだのはアンタか。瑞様は霞帝とも懇意だからね。つまり、この国は母上無くしては成り立ってないって事」
 お分かりだろうかと笑う珠々尾にECHOはその余裕はどこから来るのであろうかと首を傾いだ。
 余裕でも、虚勢でもない。それが信仰というのだろうか。この国は急速的に発展したのだという。ECHOが『知るカムイグラ』という場所と大きく文明のレベルを隔てている。それが『母上』と呼ばれた豊底比売によるものだとするならば。
「……神による信仰ではなく、洗脳ではないですか」
 呟く声音は、聞こえぬように歌声となった。月閃を使用せねばならないか。だが、後方で庚は首を振った。
 使用した場合、『何らかの不和』を与える可能性がある。例えば、そう――あの天涯の月に『光』を与える可能性さえ。
 ベネディクトは、力を振り絞る。眷属の狐全てを巻き込むように圧倒的な声を響かせる。
 それは彼にとっての決意であった。この世界が起こり得なかった可能性を宿す泡沫であろうとも。救えるならば救ってみせる。それが己の覚悟であると示すが如く。


 ベネディクトが後方へ下がるが、Sikiがサポートに入る。交代すれば長期的な戦いは可能であった。
 サクラメントの場所は確認していないが庚曰く『なんとかなる』と言うのだから、死しても復活が可能であるイレギュラーズと『死ねば最後』の珠々尾ならばどちらが上手かは分かりきっている。
 薔薇を飾った杖をぎゅうと握ったわーを一瞥し純恋は小さく頷いた。この儘、攻め入れば良い。ECHOのおかげで幾分か戦線維持はできている。だが、それ以上に復活可能であるというイレギュラーズの特権が事をうまく運んでいるか。
「やらせません。絶対に。わたしが出来る事はこれくらい、ですから。全力を尽くします。あなたを守るのがわたし達の使命ですから」
 ECHOはそう宣言した。もう二度とはない。そう手を伸ばし、アクティブスキルに治癒の響を乗せて歌とする。
「さあ、『濁濁』と。『凜凜』と。聞いて下さいますか?」
 純恋の声音が朗々と。自身を■■■と定義し『理想』の近似解を得た乙女はゆらり、ぐらりと翻弄をし続ける。
 壱狐は珠々尾の事を解析できないかとまじまじと見やった。その成り立ちは神霊の眷属――つまりは大精霊における精霊達と同様だ。詳細を取得はできないが、彼は目に見えて疲弊していた。
(このまま瑞神の眷属を倒してしまえばいいですね。……ええ、これが『彼方に警察が敵対している』と決定づけるとしても!)
 恵瑠を守るためには必要不可欠である。壱狐は星をも超えた神殺しの一撃を放つ。眷属の狐は姿を見せやしない。
「あちらが恵瑠さんに手を下すつもりなら、こちらも神を屠っていいのでしょうね。神霊への反逆、こわいけど何だか胸が高鳴る気がする……!」
 なんだか『ゲームの世界に入ったような』――そんな高揚感を感じるわーは『ぷえええええ』と杖先より禍々しい破壊光線を放った。
 愛らしいかんばせには似合わぬ勢いに乗せられたのは逃がさぬと言う強き意志。うさぎのお耳をぴこりと動かして、ほむほむっとやる気を出せばわーは狐をしっかりと見つめやる。
「神逐(かんやらい)――か」
 呟いたグレースは結い上げた烏の濡れ羽を大きく揺らした。ふわりと舞うように、狙撃を繰り返す。
「傷がつくたびに僕の矢は、刃はより鋭さを増していくんだ。
 だから――とっととお帰り願おうかマザコン。僕にはお母さんはいなかったけど、少なくともそんな理由でこの子をくれてやるつもりはない」
 母なる存在に憧れも存在しない。母なる存在に魅入られ『人の子(まもるべきもの)』をも害する存在を神と、その御遣いと呼んでも良いものか。
 グレースがしかと睨め付けた先で珠々尾は減った尾を揺らがせて小さく笑った。傷つくほどに彼の尾は数を減らす。九つから八つ、そして七つと数を減らしながらも炎は強く成り行く。それはグレースの復讐の如き弾丸をも飲み込まんとする烈火。
「ッ――ひどいな。瑞神の眷属になんてことを」
「そうだね。瑞の眷属を倒したくはないのだけど……許しておくれね。それでもどうしても、譲れないから!」
 Sikiの剣先に蒼き光が宿る。この場でもしも負けたと戦をやめれば恵瑠は連れて行かれるだろう。裏切者だと断ざれる娘の『未来(さき)』など明らかだ。
 ベネディクトが剣を構え、傷つきながらも恵瑠を守るその姿を一瞥してSikiは舞う刀を翻した。
 珠々尾は恵瑠を狙っている。彼が疲弊するたびに恵瑠を見ている事は誰の目で見ても明らかだ。
「あの子を二度も失う訳にはいかないのよッ!!!」
 叫んだのはハウメアだった。『一度』が何を指すのかをグレースは、ベネディクトは知っている。ハウメアの光の矢は珠々尾の尾を貫いた。

 ――「だいすき」

 姉妹喧嘩はもうおしまいにしよう。飽きる程に呼び続けた飽きる事ない愛しい名前。
 あの木陰で過ごした日々のような、その刹那を思い返して。今度は失わないと声を張り上げる。
 恵瑠の瞳が見開かれた。あの瞳が笑ってくれるだけでハウメアは嬉しかったから。
「退け――!」
 珠々尾が恵瑠だけでもと手を伸ばす。その手を弾いたハウメアは決死の思いで飛び込んだ。
「これ以上はやらせませんよ!」
 夜妖<ヨル>の如く――だが、それは月閃ではなく『イレギュラーズ』として持ち合わせた力。貫くは闇夜に研ぎ澄ましたは壱狐の刃。
 続くようにくすりと笑った純恋は続く。ああ、庚が使用をストップした月閃。それは、旦那様とは言わずともその力は取り込めればどれ程『役に立つだろうか』?
「君には月閃を使うまでもないんだけど、そこらへん解ってるのかなぁ?」
 煽るようにグリースは笑った。其れを使用せずとも自身らは彼に届く。それだけの力を用意してきたつもりだ。老体の眷属で倒せるなどと『嘗めた真似』をされたものだとグリースは地を蹴る。
「な、」と呟く声がする。恵瑠の瞳が見開かれるが、その視界を遮ったのは庚であった。「見ない方がよろしいですよ」と囁く陰陽頭の声にベネディクトははたと気づいた。
 そうだ。彼女にとっては珠々尾は『命を狙ってきた刺客』であると同様に知己であった筈なのだ。天津神宮に勤めた妹巫女と主神の眷属。其れ等は共に過ごした時もあっただろう。眷属はいずれは還る。消滅したわけではないだろうが、その死に際は見たいものではないだろう。
 これがこの地での戦。彼らが相手にするのは『見知った誰かのかんばせをした存在』であるかもしれないのだから。イレギュラーズであれば『サクラメント』からの復帰も叶うが、NPCはそうはいかない。現実と同じく一度失えば二度とは『同じ存在』は無い。恵瑠とエルメリアのように。別の地に存在する誰かであれど、彼女は彼女でしかないのだから。
「なにがあっても、貴方を助けるから」
 優しく声をかけたハウメアは恵瑠と何度もその名を呼んだ。現実では二度とは呼びかけても返らぬ声。
 見知った声は、見知ったかんばせから、穏やかに響いた。グリースはハウメアをまじまじと見やる。彼女が誰であるかはわからない――けれど、知っている予感だけがする。
「……明瑠……?」
 ハウメアにだけ聞こえるように呟かれたその名に、彼女は小さく微笑んだ。そうだとは答えられない。違えた世界の違えた道。
 それでも、彼女が守れただけで今は、今はそれでいい。

 ――恵瑠は不安げに目を潤めて呟いた。「明瑠を、助けて下さい」と。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

Siki(p3x000229)[死亡]
また、いつか
ハウメア(p3x001981)[死亡]
恋焔
ベネディクト・ファブニル(p3x008160)[死亡]
災禍の竜血

あとがき

 お疲れ様でした。さて、ヒイズルを取り巻く不安は大きく成り行くようですが……。

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