PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<月没>蛇渡り

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 朦朧とする意識の中、薄明かりの天幕に僅かな月光が見えた。
 眠りに落ちる感覚は嫌いでは無い。けれど、もし目覚めなかったらという不安は付き纏う。
 薄衣は頼りなくその褐色の肌を包み、太腿はよく風を通すように深いスリットが入っていた。
 口元を覆うヴェールの下。唇が小さく開かれ赤い舌が見える。
 呼吸は長く深くなって行き。
 黄金の瞳はゆっくりと落ちて、巫女は深い眠りについた。

 蒼穹を駆ける翼は二つ螺旋になりて落ちてくる。
「どっちが早いかな!」
「負けないよ、ボクは白虎様の眷属だからね」
「アタシだって、朱雀様の眷属だ、勝つよ!」
 赤と白の少女が空を一直線に飛んで軌跡を描いた。

 空を駆け、目指す先は航海(セイラー)の貿易商船である。
 ヒイズル港の灯台を目指す鋼船へ、四神二柱の眷属達は、競い合うように迫った。
「どかーーん!」
「ばりばりー!」
 紅蓮の炎が吹き荒れ、紫閃の雷撃が迸る。
 先ほどまで美しい青空が広がっていた空には黒い雲が掛かっていた。
 二人の四神眷属の神気に呼応し大気は割れんばかりに吹き荒れる。

「遮那坊が何かを持ち込もうとしているんだ」
「それは――」

 ――豊底比売様に、仇為すものだ!

「何処にあるんだろ?」
 朱雀の眷属、翼宿(たすき)が甲板の上に降り立った。
「あれじゃない?」
 白虎の眷属、参宿(からす)が指を差す方へ視線を向ければ大きな木箱がある。
 頑丈な鎖が巻かれた大きな木製の箱。そこには封印の札が大量に貼られていた。
 動かないように鎖の先は甲板の鉄輪に留められている。
「すっごい厳重! 絶対これだよ!」
「たしかに間違いないね!」
 翼宿と参宿は封印の札をめしゃめしゃに引きちぎり、鎖を断ち切った。
「おい! お前達何してるんだ!? 大切な積み荷を!」
 二人の後ろ。ナイフを抜いた『運び屋』ユーマが翼宿と参宿を睨み付ける。
「なになにー? ボクたちと戦うの?」
「止めた方がいいよー? 死んじゃうよー?」
「うるさい! 俺は運び屋だ。その荷物は大事なものなんだよ!」
 運び屋の矜持として引けるはずも無いとユーマは怒りを露わにした。
 されど、翼宿と参宿の力はユーマ一人ではどうすることも出来ないものだ。
「アタシ達の邪魔をするってことは、豊底比売様に、仇為すもの!」
「成敗! 成敗!」
 無慈悲にも炎雷の力はユーマに降り注ぐ。
「が……っ、ぁ」
 蹌踉けたユーマは甲板の上から海に投げ出された。
 致命傷を負ったままでは溺れ死ぬだろうと翼宿と参宿は興味を無くしたように木箱へと振り返る。

「中身は何かな?」
「何かな? あれ? これって……!?」
 目をまん丸にした翼宿と参宿はお互いの顔を見合わせて中身を引きずり出す。
「ねぇねぇ。壊すの勿体なくない? これを持って帰れば豊底比売様も喜ぶかも!」
「そうだね。利用出来るかも! きっとそうに違いない!」
 二人は積み荷を掴んで「せーの!」で空高く舞い上がった。

 ――良かったね。お前はお役に立てる。
 ――豊底比売様もお喜びになる。

 赤と白の少女は満面の笑みで積み荷に語りかけた。
 朦朧とする意識。運命の輪が廻り出す。


 軽やかな花と深い木香が合わさり優美な色香が部屋の中に香っていた。
 華美な設えは流石最高級の遊郭と名高い『柊』と行った所だろう。
「ようこそ、おいでなんし」
 伽羅太夫の金色の髪に繊細な飾りが揺れる。
 只の挨拶だというのに伽羅太夫の美しい声は耳の奥に残った。
 柊の番頭に愛言葉を伝えたイレギュラーズは最上階の奥の間に通されたのだ。
「九重葛の夜、陽出流るまで、か」
 イズル(p3x008599)は愛言葉を反芻する。
 目の前には伽羅太夫の他に天香遮那の姿もあった。

 Rapid Origin Online(R.O.O)2.0『帝都星読キネマ譚』のイベントが進行し、『月没』の副題が冠された。
 攻略のため、これまで帝に協力する形でイベントに参戦していたイレギュラーズであったが、システムはそこから寝返り、帝に反逆する天香遮那への協力を要請してきた。
 だがそれはヒイズルという国家そのものと敵対するということでもある。イレギュラーズの立場を安定させるため、練達上層部『佐伯 操』と、神威神楽の陰陽師『月ヶ瀬・庚』は協力し、システムへと直接的に手を加え、高天京特務高等警察へと書き換えた。

 その理由は、再現性東京2010:希望ヶ浜にも見られた『侵食の月』だ。
 この月は突如として希望ヶ浜と神咒曙光――つまり現実の無辜なる混沌と、ネクストへ同時に現れた皆既月食である。だが徐々に陽が月を奪い返すと蝕み始める奇妙な動き。それも異常なほど輝いている。
 そしてヒイズルには侵食度』というパラメーターが表示された。
 これこそ、R.O.Oでは『豊底比売』と呼ばれた水神、国産みの女神。希望ヶ浜では『日出建子命』と呼ばれる国作りの男神。真性怪異の影響である。
 光は国を産み、発展させ。けれどその反面、強すぎる光は、怪異の大量増殖や精神への異常な影響などを引き起こしている。対抗する手段は、夜妖の力を制し、纏い、戦うこと。

「今日、来て貰ったのはセイラーからの『積み荷』を守って欲しいからだ」
 遮那はイレギュラーズの瞳を真っ直ぐに見つめ言い放つ。
 その積み荷は元々砂嵐(サンドストーム)にあったもので、航海(セイラー)の貿易商船が運んでくる予定だったものらしい。
「星読幻灯機が映し出した映像には、朱雀と白虎の眷属がその積み荷を奪って行く姿があった。あれは大枚を叩いて買ったものだからな。軍艦一隻分に相当する」
「軍艦一隻分……」
 イズルの隣に座る九重ツルギ(p3x007105)が途方もない金額に息を飲んだ。
 それ程までに重要な積み荷。中身は一体何なのだろう。

「えっと……いいかな」
 後ろの方に座っていたタイム(p3x007854)がこてりと首を傾げ手を上げる。
 揺れるロップイヤーに伽羅太夫が目を細めた。
「これは、おやおや。珍しい事もありんすな。それで、どうしたでありんすか?」
 自分と同じ顔をしたタイムに伽羅太夫は視線を流す。
「その船って海の上よね? どうやって行くのかしら?」
「ああ、その事か。それは特高のを使う」
 現場となる貿易商船へは高天京特務高等警察の小型船で乗り付けるという事らしい。

「船の上で戦う事になる。貿易商船だから客も乗っているだろう。あまり長引かせると不安がって面倒な事になりかねない。早急に朱雀と白虎の眷属を排除してほしい」
 淡々と事実を述べていく遮那を見つめるタイム。
 現実世界でも、大人になった遮那はこんな声で喋るのだろうか。

「ところで、その積み荷の中身は教えて貰えるだろうか?」
 イズルの問いかけに、遮那は一呼吸置いて言葉を繰る。
「積み荷は砂嵐の――『蛇巫女』アーマデルだ」

GMコメント

 もみじです。巫女が攫われるのを阻止しましょう。

●目的
・朱雀と白虎の眷属の撃退
・巫女の保護

●ロケーション
 大きな貿易商船の甲板です。
 大きな二つの煙突からは黒い煙が出ています。
 船内には一般人も数多く居ます。特高が来た事で何かあったのかと不安がっています。
 長引くと目立ってしまうので、早急に撃退しましょう。

 広い甲板の上で戦います。
 足場、灯り共に問題ありません。
 戦場の隅には頑丈な封印の施された木箱があります。
 しかし、封印は翼宿と参宿に破られています。

 翼宿と参宿、ユーマが対峙している所にイレギュラーズは乗り込みます。

●敵
『翼宿(たすき)』
 朱雀眷属の一柱。
 炎系BSを多数保有する、近接型トータルファイターです。
 飛行能力があります。

『参宿(からす)』
 白虎眷属の一柱。
 痺れ系BSを多数保有する、中距離型トータルファイターです。
 飛行能力があります。

『煉獄鳥』×8
 高速飛行しながら、炎でなぎ払ってきます。
 オールレンジかつ攻撃力が非常に高い、厄介な敵です。

『風雷虎』×4
 高速飛行しながら、雷を落としてきます。
 オールレンジかつ攻撃力が非常に高い、厄介な敵です。

『獄火』×16
 飛行しながら、中~遠距離に単体~範囲攻撃の炎を放ってきます。
 攻撃力が高いです。

●味方
『運び屋』ユーマ
 星読キネマの映像では翼宿と参宿に致命傷を負わされ海に落ちてしまいます。
 幸いイレギュラーズが到着する時には、まだ生きて居ます。
 重傷を負っていますが、まだ助ける事ができるでしょう。

※遮那と伽羅太夫はこの戦場には居ません。

●魔哭天焦『月閃』
 当シナリオは『月閃』という能力を、一人につき一度だけ使用することが出来ます。
 プレイングで月閃を宣言した際には、数ターンの間、戦闘能力がハネ上がります。
 夜妖を纏うため、禍々しいオーラに包まれます。
 またこの時『反転イラスト』などの姿になることも出来ます。
 月閃はイレギュラーズに強大な力を与えますが、その代償は謎に包まれています。

●侵食度
 当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。

●『侵食の月』
 突如として希望ヶ浜と神咒曙光に現われた月です。闇に覆い隠されていますが、徐々に光を取り戻していく様子が見て取れます。
 一見すればただの皆既月食ですが、陽がじわじわと月を奪い返そうと動いています。それは、魔的な気配を纏っており人々を狂気に誘います。
 佐伯操の観測結果、及び音呂木の巫女・音呂木ひよのの調査の結果、それらは真性怪異の力が『侵食』している様子を顕わしているようです。
 R.O.Oではクエストをクリアすることで、希望ヶ浜では夜妖を倒すことで侵食を防ぐ(遅らせる)ことが出来るようですが……

●ほしよみキネマ
 https://rev1.reversion.jp/page/gensounoyoru
 こちらは帝都星読キネマ譚<現想ノ夜妖>のシナリオです。
 渾天儀【星読幻灯機】こと『ほしよみキネマ』とは、陰陽頭である月ヶ瀬 庚が星天情報を調整し、巫女が覗き込むことで夜妖が起こすであろう未来の悲劇を映像として予知することが出来るカラクリ装置です。

●情報精度なし
 ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
 未来が予知されているからです。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

  • <月没>蛇渡り完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

桃花(p3x000016)
雷陣を纏い
ハウメア(p3x001981)
恋焔
リアナル(p3x002906)
音速の配膳係
九重ツルギ(p3x007105)
殉教者
タイム(p3x007854)
希望の穿光
入江・星(p3x008000)
根性、見せたれや
イズル(p3x008599)
夜告鳥の幻影
アイシス(p3x008820)
アイス・ローズ

リプレイ


 潮風が頬を攫って行く。小型船の欄干から上がる水飛沫が青空へと跳ねた。
「うわー」
 小さく声を零した『月将』タイム(p3x007854)は興奮冷めやらぬ頬を両手で覆う。
「わたしと同じ顔のNPCが出て来てびっくりしたぁ」
 柊遊郭で見た伽羅太夫の妖艶さ、そしてその隣に居たネクストの天香遮那は随分と大人びていて。
「少しどきっとしちゃった。それにしても星くんが正純さんだったのもびっくりよ!」
「ええ。ヒイズルではこの姿の方が良いかなと思いまして」
 袴の裾に手を当てたのは『星が聞こえぬ代わりに』入江・星(p3x008000)だ。
 星はいつもの男性のアバターではなく、現実世界の少女の姿をしていた。
「さて、今回はR.O.Oの遮那さんとタイムさんからのご依頼でしたか。タイム、では無く伽羅太夫さん? まあ、その辺は良いでしょう。少し遅れて直接会うことは出来ませんでしたが」
 そのうち挨拶をしたいと僅かに瞳を伏せる星。
「それで積み荷はアーマデルさんですか。慣れたつもりではいましたが、こちらの皆さんがきちんといるんですねぇ」
「そうね。現実の人が敵として出てくるのもそろそろ驚かなくなってきたわね。それでもやりにくい事には変わらないけど!」
「確かに。まあ、生憎と未だ自分を見かけたことがありませんが、どんな風になっているのやら」
 少し心配だと星は胸に手を置く。
「そこはそれ、今回の敵は白虎様と朱雀様の眷属が相手。この国の異常を止めるためには、御二方の眷属であろうと排除させていただきます」

『氷華のアイドル』アイシス(p3x008820)は水平線に見えて来た貿易商船を見上げた。
「積荷の巫女については余り分かりませぬが見た限り奪われてはよろしくない事態になりそうですね」
 遮那が告げた星読みキネマの映像では巫女が連れ去られる所が映し出されていた。
「四神の眷属と戦うのは豊穣出身といたしましては余り気が乗りませんがこのヒイズルの為にもしっかりと依頼をこなしましょう」
 アイシスは深呼吸をして隣の『殲滅給仕』桃花(p3x000016)に視線を向ける。
「そりゃあシャーネーから助けてやろうとは思ってゼ? まさかヒイズルで助ける事になるとは考えもしなかったけどヨ!」
 桃花はR.O.Oの大規模イベント『Genius Game Next』で蛇巫女たるアーマデルと対峙していた。
 彼を取り巻く環境は悲惨なもので。いつか手を差し伸べたいと思って居た。
「ま、別にどこだって構わネー。チャンスが来たならひっ捕まえねえとナァ!」
「少女をいたぶる趣味はありませんが、生憎と虫の居処が悪いもので。想像しうる限りのあらゆる苦痛を与えて差し上げましょう」
 内側から怒気を孕んだ眼光を商船へと向ける『殉教者』九重ツルギ(p3x007105)。
 その隣には『夜告鳥の幻影』イズル(p3x008599)が顎に指を当てて考え込んでいた。
 そういえば蛇巫女の事をツルギには伝えていなかった。
「ユーマさんも間に合うなら助けたい」
 星読みキネマの映像では勇敢に眷属達へ立ち向かっていたユーマにイズルは口の端を上げる。
 現実世界のリズクッラーが到底敵わない巨人に立ち向かったのと同じだったから。
「それにしても、巫女の呪物扱いが気になる」
「……ええ」
「ただ渡航するだけなら普通に乗客として乗ればいいのでは? しかも売買されている……?」
「確実にわけありですね」
 イズルの疑問にツルギが拳を握り込む。早く助けてやらねばと気持ちが焦った。
 小型船の速度がもどかしい。
 隣に立つイズルは目元が見えないし平気そうな顔をしているが、きっと中で操る少年の心は僅かにかき乱されているはずなのだとツルギは視線を送る。彼の平穏を取り戻すのが自分の役目。
「巫女アーマデル。同じ顔の他人とはいえ、彼までも運命に縛られ苦しんでいる姿は見るに堪えません。まずは遮那さんの元へ護送してから、助ける術を探さねば」
 愛しい人と同じ顔をした少年は他人であれど。全くの無関係では無いのだから。

「確かに魔神の『戯れ』が此方の戦力になれば心強いでしょうが、不安要素は付きませんね……」
 ハウメア(p3x001981)は溜息を吐いて水面を見つめる。
 仮に蛇巫女の中にクロウ・クルァクが存在したとして、四神の手に渡っても遮那の手に渡っても考えるべき最悪の想定は無数にあるだろう。
「もちろん、遮那さんには算段があるのでしょうが……」
 唸るハウメアは首を振って視線を上げた。
「ともあれ、今は彼を無事に護送する事が先決です」
「まぁ中身のことは運び屋としては関わらないが吉」
 ハウメアの肩に手を置いたのは『調査の一歩』リアナル(p3x002906)だ。
「碌なことにならないのは目に見えてるからね。ま、そこらへんは生き残ってから考えよう」
 リアナルの緑青の瞳が水面の反射を受ける。

 貿易商船が目前に迫っていた。


「待ちなさい!」
 甲板にハウメアの声が響き渡る。
 小さな童女の姿をした翼宿と参宿は貿易商船の上に『神使』が居るのに目を瞠った。
「なんで!? 神使が居るなんて聞いてない!」
「でも、あの箱はやっぱり悪いものなんだ! 消さなきゃ!」
 翼宿と参宿の声に反応して風雷虎と煉獄鳥が空いっぱいに広がる。
 ハウメアは少女達が動き出すより先に空へと舞い上がった雑魚共に向けて紫焔の矢を解き放った。
 奈落の焔より出流る業火と猛毒の雨は蒼天を覆う暗雲から降り注ぐ。
 ハウメアは視線でリアナルに合図を送った。それを受け取ったリアナルは光輝なる灯火を瀕死状態の『運び屋』ユーマへと届ける。
「動けるならこっちに……!」
「ユーマさんは戦闘に巻き込まれない位置……出来れば船内へ退避できる?」
 リアナルとイズルの言葉に傷を押さえながらユーマは動き出した。
「何? 逃げちゃうの?」
「無理だよ! 追いかけちゃう!」
 参宿は猫が獲物を追いかけるようにユーマへと駆け出す。
 付与魔法をユーマへと施したイズルでは参宿の速度に追いつけない。息を飲むイズル。
 いざとなれば庇うと覚悟していたのに。身体が咄嗟に動かない。
 されど。白虎の目の前にツルギの剣尖が走った。
 イズルが届かない部分をカバーしてこそ相方。イズルの中の『アーマデル』が嬉しさに唇を噛む。
「貴方の雷、大した事ないですね。白虎の力もたかが知れる」
「な、何をー! お前ー! 白虎様を侮辱するのかぁ!」
 参宿の怒りの矛先は完全にツルギへと向いた。彼は目配せしてユーマをイズルへ託す。
 ユーマをしっかりと抱きしめたイズル。
「船内へ行ける?」
「でも、積み荷が……」
「大丈夫。俺達が必ず守るから」
 ユーマは火蓋が切られた戦場を見上げ、自分が出来る事は無いと悔しそうに頷いた。
「ごめん。任せる」
「ああ」
 船内へと駆けていくユーマに踵を返すイズル。視線の先にはタイムが居る。

「ツルギさん参宿はお願いしますね!」
「ああ!」
 タイムはツルギと二手に分かれ翼宿の前に立ちはだかった。
 見た目は完全に童女。子供である。真剣な正論よりもおそらく、此方のペースに乗せた方が良いだろうと判断したタイムは微笑みを浮かべ言葉を繰る。
「弱いものいじめだけじゃつまらないでしょ? 相手になってあげる!」
「違うもん。これは悪いものだから燃やさないといけないし。あいつは邪魔したから悪い奴なんだよ!」
 タイムの言葉にムキになって反論する翼宿。
「そうなのね。だったら、私達もあなたの邪魔をするわね」
「なんで!」
「因果応報。やったら、報いを必ず受けるものよ」
 月の閃きがタイムを包み、翼宿の身体を捉えた。
「ほら、遅い」
「きいいい! 遅くないもん!」
 タイムの挑発に乗せられた翼宿は彼女を執拗に狙う。

 敵の攻撃は思った以上に味方の体力を削るなと眉を寄せるリアナル。
 この身を強化し月夜妖を纏う。
「……例えこの力で練達が良くない方向に行くとしても、だ。三塔のオーダーを無視するのは私の流儀に反する」
 自分が歩んできたの指標たる三塔を軽んじる事などできはしない。
「ロクでもない神をぶっ飛ばして最後に残った夜妖をぶっ飛ばすだけだよ。真正だろうがヒイヅルだろうが全部だ」
 リアナルは空を飛ぶ桃花を見上げた。
「鴉天狗の力に蝕まれた時の力、引き出してやらァ!」
 桃花の雄叫びが空中で咲いた。月閃は少女に緑柘榴の加護を与え禍々しい邪気を孕む。
「かかってこいよ丁稚共! テメーらなんざ桃花チャン1人で相手してやるヨ!」
 鮮烈な桃花の言葉に引き寄せられるように敵が群れを成した。
 仲間が巻き込まれぬ位置に単身駆け抜ける桃花。
 それは危険な賭だ。この世界で死亡するという事は無いが、この船にはサクラメントが無い。
 復帰にはそれなりの時間が掛かるだろう。
 それでも短期決戦にはこの方法が最善なのだ。
「痛ェ痛ェ……。流石にこの数はキチーわ……でもなぁ、今からお前らの方が万倍痛くなるゼェ!!」
 桃花は船上に残るハウメアを一瞥する。
「もう……無茶なんですから!」
 遠慮せずに自分を巻き込んでいいなんて。けれど、確かに桃花の言うとおり。
 今現時点において、ハウメアと桃花が最大火力で攻撃を仕掛ければ敵の数は激減するだろう。
「一般人も居る以上、あまり時間も掛けてはいられません。出し惜しみは――無しよ」
 ハウメアの翼が黒く染まる。純白から漆黒へ。月閃は黒き堕天使を地上に落す。
「翼宿と参宿。どちらも撃破するのは難しいだろうし、サクラメントも遠いし、やられたら帰ってくるのは難しいだろうね。まあ、やるなら付合うよ」
 桃花とハウメアの意図をくみ取ったリアナルが口の端を上げた。
「行きます!」
「サァ、地獄を見て来やがれ!!」
 溢れ出した桃花の魔性が暴風を伴って赤黒く渦巻いた。
 それに相反するハウメアの紫焔が桃花ごと敵の多くを巻き込み爆散する。
 次々と海に落ちて行く煉獄鳥たち。
「ひゅー……流石に、痛ぇ」
 ゆっくりと降下してくる桃花にリアナルの癒やしの光が降り注いだ。
「ギリギリ過ぎだ」
「でも、結構減らせたぜ……回復ありがとな」
 桃花を受け止めたリアナルは船上を走り抜ける星を見つめる。

 素早い動きで敵の攻撃の合間を縫い、星は封印の箱まで走った。
 気がかりであったユーマは既に船内へと避難している。残る懸念はこの封印の箱の中身。
 箱の隙間から褐色の太腿が見えた。
 その一瞬を見逃さなかったリアナルはぽつり「……エロイニーチャン」と零す。
「ショタじゃないのか……」
 褐色の太腿と膝小僧があるので大枠ではショタになるかもしれないけれどリアナル的には大人過ぎるということだった。私は青年と少年の狭間は大好きですが。
「……いやそんなこと考えてる暇じゃないな、うん」
 小さく首を振ったリアナルは桃花の回復を続ける。

 星は意識の無い『蛇巫女』アーマデルを箱ごと持ち上げた。
 幸い箱もアーマデル自身もとても軽いものだ。戦場の攻撃が当たらない場所までゆっくりと運ぶ星。
 されど、目敏い翼宿がタイムに掴みかかりながら星へと言葉を投げる。
「こらー! 持って行っちゃだめなんだよ!」
「私と戦ってるのに余所見? ほら、どうしたの? もうおしまい?」
 目の前のタイムと箱を移動させる星を交互に見比べる翼宿。
「もう、お前達! はやく箱をとりかえして!」
 翼宿は残った雑魚共に命令を下す。
 そこへ立ちはだかるはアイシスだ。
 出し惜しみなどしていられない。全力で挑まなければならない相手ならば。

「陰(かげ)と陽(ひ)よ、転じて廻れ――魔哭天焦『月閃』!」

 アイシスのアイドル衣装は白い振り袖に替わり額の模様から角が生える。
 空中の水分が凝固し出現した氷の般若面がアイシスの顔に張り付いた。
「夜妖を纏うのは気持ちの良いものではありませんが」
 四神の眷族が相手であれば背に腹は代えられないとアイシスは氷の刃を空中へ解き放つ。
「強化された今の内に出来るだけ多く敵を減らしましょう」
 アイシスの氷刃は雑魚を的確に霧散させた。

 ――――
 ――

「イズルさんの前でこの様な姿は晒したく無いのですが、全ては愛が故に――『月閃』!」
 ツルギは禍々しい姿に変幻し、蓄音機と竪琴の音を響かせる。
「ここで死者を出してしまえばイズルが心を痛めてしまう」
 誰も死なせない為に、ツルギが出来る事は目の前の敵を最後まで押さえ込む事。
「お前達はどうして此処に来た? 誰からの命令だ?」
 巫女の輸送は秘密裏に行われていたはず。遮那側に内通者がいるのか。それともハージェス側か。
「誰から聞いたんだっけ?」
「うーん、いつものお告げだよ! こうキラキラした『黄緑の光』が目の前に現れるんだよ」
「光輝く黄緑……?」
 翼宿達の言葉に反応したのはイズルだ。
 黄緑の光を最近見た様な気がする。このヒイズルの地を訪れてからだ。
 だが、記憶を辿る前に敵の攻撃がイズルの思考を遮断する。

「使わせていただきましょう、月閃」
 戦場の隅に箱を移動させた星がその身を転じる。
「星の光は、目を逸らしても、身を隠しても、その身に降り注ぐもの」
 瞬く星の輝きが闇夜を引き連れて太陽を覆った。
「この世界で星の声は聞こえませんが、代わりに私がその声を放ちましょう」
 辺り一面が闇に包まれ、星の指先が振り下ろされた瞬間
「星の輝けぬ光など、願い下げです」
 無数の彗星が産声を上げる。降り注ぐ――!

 朱雀と白虎の眷属を巻き込み煌めく星屑が霧散した。
 逃げ行く二人の背にリアナルが伝う。
「帰るなら伝えといてくれ『私は神が大嫌いだよ』ってな」


 甲板が静けさを取り戻し乗客が恐る恐る顔を出す頃。
 煌めく氷のステージが花開く。
 何処からかライブ音楽が流れ出し、アイシスに視線が集まった。
 光輝くライトとミュージックに、観客は先ほどの爆発音はライブの準備だったのかと安堵する。

「巫女さんとユーマさんは無事? 早くここを離れて安全な場所に行こう」
 小型船に戻って来たタイムはユーマとアーマデルの様子を心配そうに見つめた。
 タイムは遮那がアーマデルを積み荷扱いしていたのが引っかかっていた。現実世界では考えられないような随分と冷たい言い方。酷い扱いを受けなければいいけれどとタイムは眉を寄せる。
 タイムに続き封印の箱を覗き込む桃花。
 翼宿と参宿によって解かれた蓋の中にはアーマデルが虚ろな瞳で座っていた。
 以前アーマデルと遭遇した時はシステムに弾かれ触ることが出来なかったけれど。
 そっと頬に触れる桃花。少し体温が低いように感じるが生きてはいる。
「魔神の目をかいくぐって来たのか? 誰がどうやって?」
 月閃と侵食も然り。情報が交錯する。分からない事が多すぎると頬を膨らませる桃花。
 イズルは意識が朦朧としているアーマデルに白衣を着せる。
「久しぶりだね。キミは『アーマデル』? 診察は必要かな?」
「……」
 虚ろな瞳をイズルに向ける少年。意志はあるようだが、動きが緩慢すぎる。
 これは正常ではないのだろう。薬か何かで眠らされていたと推測するのが妥当だ。
 アーマデルの身体を念入りに調べるイズル。
「厳重な封印。蛇神か化身を納めてたりはしない? 素質があれど肉体への神降しは負担が大きいが眠らせたまま容れ物とするだけなら負担は減る筈」
 現実世界では砂漠から南下し練達に至った。R.O.Oでは神光と練達の関りが深い。
 練達に代わり、神光へ至るのではないかとイズルは思案したのだ。
 遮那が真性怪異と直接契約を交したりしていたのならば。イズルの背筋に冷や汗が滲む。

「ユーマさん、仕事の話は守秘義務があるだろうけれど、砂漠の村の話はどこまで大丈夫? 君は『積み荷』が巫女だって知ってた?」
 イズルの問いかけに首を振るユーマ。
「何を言われてヒイズルへ運ばれる事になったの?」
 タイムも心配そうにユーマへと視線を向ける。
 遮那は巫女を買ったと言った。巫女が居なければ誰があのハージェスの神を奉るのか。
「私としては、あんまりモノとして扱いたくないのが本音よ」
 しゃがみ込んでアーマデルの手を握るタイム。
 封印は悪神と関係があるのだろう。そうでなければこんなに厳重な封印は施さない。
 遮那が巫女を手にしてどうするつもりか、今度会った時にでも問いたださねばならないとタイムは虚ろな瞳を瞬かせるアーマデルに視線を上げる。
「雰囲気は違ったって遮那さんはきっと遮那さんだもの」
 小さく呟かれた言葉はイズルの耳に微かに届いた。
「売ったのは、代金を受け取ったのは、誰?」
 イズルはユーマに問いただす。
「まあ、助けて貰ったから言える範囲でなら……内緒にしてほしいんだけど。前の輸送も同じクライアントからの依頼だった」
 前の輸送――『妖刀廻姫』を運んだ依頼も同じ人物からなのだとユーマは伝う。
「人相とかはわからねぇ。いつも『黄緑の光』と共に依頼書が来るんだ」
 イズルはその言葉に息を飲み込んだ。先ほどの翼宿達も同じ事を言っていた。

「まあ何にせよ。あんな泣きそうなツラで見られちゃあな。放っておく事も出来やしねえ」
 以前アーマデルと戦った折、桃花は彼が辛そうな顔をしていたのを覚えている。
「ま、心配すんな。セクハラ魔神野郎からはこの桃花チャンが助けてやるからヨ」
 桃花の言葉にアーマデルの手がぴくりと動き、掌が少女の頬を覆った。

『それは、我の事か? 小童よ』

「……っ!」
 溢れる邪気にツルギが剣を抜き去り、桃花がアーマデルから距離を取る。
「やはり……悪神に憑かれていたか」
 ツルギは眉を寄せアーマデルの首元に剣尖を突きつけた。
『焦るなよ小僧。お前には『これ』を傷付けられぬだろ?』
 剣の先を指で押し返したアーマデルはゆっくりと箱の中から出てくる。
 普段は表情の乏しい少年の瞳が禍々しく揺らぎ、口元には高慢そうな笑みが浮かんでいた。
『大人しく眠って居ればぴーぴーと煩いのでな。起きてしまったではないか』
 アーマデルの姿形をしているが、中身は『悪神』――通称をクロウ・クルァクと呼ぶ――なのだろう。
 狭い小型船の上、イレギュラーズが固唾を見守る中、アーマデルはあくびをして見せた。
『何だ……まだ海の上ではないか。『アレ』に呼び出されて遠路はるばる来てやったというのに』
 それで、とアーマデルはイレギュラーズに振り返る。

『剣を収めよ人間ども。今は戦う気は無い。この船を壊しかねんからな。流石に泳いで行くのは面倒だ。それとも我を再び封印するか? そろそろ干からびるぞ巫女が』
 ハージェスからの長旅を仮死状態に近い封印で運ばれてきたアーマデルの身体は限界に近づいていた。
『お前達が来なければ、或いは、本当に死んで居たかもな。そうなれば封印が解かれた瞬間、怒りで暴れ出す所だったぞ。『玩具が壊れるのは我慢ならんからな』。……もしや、彼奴めそれが狙いだったか?』
 不機嫌そうに眉を寄せたアーマデルはツルギへと寄りかかる。
『まあ、我はもう少し眠る。これを天香遮那まで届けてくれ。彼奴が天香遮那には我が巫女が必要だと言うのだ。全く我儘な奴よの。それと、これは我の玩具だからな。くれぐれも壊してくれるなよ』
 一頻り喋り続けた後、すとんと意識を落したアーマデルをツルギはしっかりと抱き留めた。

 砂嵐の果てから。
 ヒイズルの地へ暗き獣が廻り来る――



成否

成功

MVP

ハウメア(p3x001981)
恋焔

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 絡んでいく道筋がまた一つ。

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