PandoraPartyProject

ギルドスレッド

美少女道場

【RP】前略、貴方へ

貴方はこの物語の続きを知っていますか?

(美少年と美少女の間で交わされ、紡がれる童話。
 無数の手紙と原稿用紙の束。その記録)

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(ある日、便箋と原稿用紙が詰まった封筒が貴方に送られてくる)

貴方はこの物語の続きを知っていますか。

(便箋にはそれだけ書かれている)

(以下、原稿用紙の文章)
前略、貴方へ


 昔々、ある所に一人の女の子がいました。
 美しいかんばせに色褪せた瞳の子で、瞳の色と同じように色褪せた世界を見る子でした。その子は色が分からなかったのです。
 艶やかな桃色の唇をほめそやされても、鏡に映る自分は灰を塗ったような単調な色合いでちっとも美しいと思いませんでした。
 色鮮やかな花束を渡されても、一体どの花が情熱的で、どの花が儚げな色合いをしているかなんて理解できませんでした。
 でも、分からないと皆に告げてしまうと悲しんでしまうのは分かっていました。
 だからどんな時も女の子は「お気遣いをありがとう」と微笑むのです。
 そうすると、唇の色を褒めた彼も、花束をくれた紳士も喜んでくれました。
 そして周りの人は「あんなに思われて、なんて幸せな子だろう」とささやき合うのです。
 女の子は自分を不幸せとも思いませんでしたが、幸せとも思ってはいませんでした。
 色褪せた世界で女の子を慰めるものは物語でした。
 白い紙面と黒いインクだけは女の子が皆と共有できる世界でしたし……なにより言葉がありました。
 現実では分からない雨露の輝きも、煌々と照らす暖炉の光も言葉を通じてなら理解できたのです。

 ある時、女の子は図書館で本を見つけました。
 埃だらけで(女の子には分かりませんでしたが)日焼けして褪せた表紙の本です。
 タイトルも書かれていない本を興味深く思った女の子が本を開くとどうした事でしょう、本の中から魔法使いが現れたのです。
「本を開けてくれてありがとう。お礼に君の願い事を叶えてあげよう」
「まぁ、どうしてかしら。私、本を開けただけだわ」
「それが一番重要な事だからさ。誰かに手に取ってページをめくってもらうのが本の幸せだよ」
「そうかしら。だけど、急に願い事を叶えると言われても分からないわ」
 女の子は願い事を持ったことがありませんでした。
 世界は白と黒とそれを繋ぐ灰色ばかりで美しいものは何一つありません。
 美しいものは全て世界の外、誰かが描き出す文字の内側にありました。だけれど、女の子はそれが触れられないものだと知っていました。
 だからちっとも願った事が無かったのです。
「いけないよ。それは全くいけないことだ。
 人の幸せは願いを叶える事だ。君は幸せにはなりたくないのかい?」
「皆は私の事、幸せな女の子だっていうわ」
「君が感じることが重要なんだよ。君にとって価値のある事はなんだい?」
「本を読むことは好きだわ。でもこれって価値のある事かしら」
「十分だとも。さぁ手を取って。物語の世界に連れて行ってあげよう」
 にっこり微笑む魔法使いの手に女の子は手を重ねると二人は開いた本の中に吸い込まれて行きました。
 気が付くと女の子は冬の庭に居ました。
 凍て空は白く澄んで軒先には素敵な薔薇が蔦になって絡みつき、ナイチンゲールが恋の歌を歌っています。
「まぁ、かわいい薔薇の蕾」
 女の子が思わず薔薇に手を伸ばすとちくりと棘が指先を刺して、血が白と黒の物語の世界にぽたりと垂れてゆきました。
「素敵な赤色ね。あたしもこれくらい素晴らしい赤の薔薇を作って見せるわ。なにせあたしもとうとう運命の恋をしたのだもの」
 ナイチンゲールがいつの間にか歌を止めて女の子の方を見ていました。
 女の子にとっては血もインクも同じ色なのだけれど、ナイチンゲールにとっては素敵な赤色に見えるようです。
「あたしの運命の方が恋焦がれる方に送る赤い薔薇をこしらえてあげるの。
 ねぇ、聞いていたでしょう、あたしの恋の歌を。恋ってとっても辛くて痛いもの、だけどとても甘美なものなのよ」
「確かにそうかもしれないわね。でも、あなたって失恋をするために薔薇をこしらえるの?」
「ええ、もちろん」
 うっとりとした声音でナイチンゲールは囀ります。
「あたしが恋をしている事が大事なの。
 今まであたしは他人の恋ばかり歌ってきたわ……でも今はあたしの恋を歌っている。
 ああ、ああ、そのためならあたしは失恋したって構わない。この命を捧げる事だって厭わない」
「怖い事を言わないで、死んでしまったらそれでおしまいじゃない」
「いいえ、あたしはこれから死ぬのよ。
 あの方の求める赤い薔薇を咲かせるために命を捧げるの」
 女の子はぞっとしてナイチンゲールを見つめましたが、ナイチンゲールはそんなことちっとも気にしていません。
「あたしが命がけで咲かせた赤い薔薇をもってあたしの運命の方は愛しい人に愛を告げるのよ。
 とても残酷だわ。だけど、これがあたしの叶えたい恋なの」
「でも、それじゃ貴女が幸せにならないわ」
「まぁ、じゃあどんなことが幸せだっていうの?」
「ええっと、お腹いっぱいご飯を食べたり、暖かい布団で眠る事?」
 しどろもろどろに答える女の子をナイチンゲールは軽やかな声で笑いました。
「あなたって昨日までのあたしとおなじね。
 本当に自分がどうしたいのかも分からない、毎日他人の歌を歌っているだけのあたしとおんなじ」
 みてなさい、とナイチンゲールは小さな足で跳ねてひと際大きな薔薇の棘に立ちました。
 そうして女の子が、あっと声を出す間もなく体を突き刺してしまったのです。
「さぁきいて、これがあたしの最後の歌よ」
 ナイチンゲールの体から目を刺すような刺激的な色合いがしたたり落ちてきます。
 今この時、血の色を通して女の子は初めて赤い色を知ったのです。
 悲鳴のような甲高い歌声が冬の庭に響き渡ります。それは末期の絶唱です。
 長く、体中の血が抜けてカラカラになるまでナイチンゲールは歌いきりました。
 冬の庭には瑞々しい赤い薔薇と、みすぼらしい鳥の死体が転がっていました。

「どうしてあんな物語の世界に連れて行ったの?」
 図書館へと戻ってきた女の子は魔法使いに尋ねました。
「ナイチンゲールが一番大事なものをよく知っていたからさ」
 わからないわ。と女の子は首を振りました。
 恋の成就でもなく、ただ恋したままである為に死を選んだナイチンゲールの気持ちが理解できませんでした。
「一番大事なものって、あんなに可愛そうな死に方をするようなものではないと思うわ」
「じゃあ君の一番大事なものってなんだい?」
 そう問われると女の子は黙り込んでしまいます。
 本を読むのは好きでも、それが一番大事なものかと言われるとそうではないような気がしたのです。
「わからない。でも、私はもっと違うものを大事にしたいわ」
「例えば?」
「少なくとも……孤独ではないこと。それから自己満足の為に死んでしまわないような事」
「彼女が孤独かどうかは本人でなければ分からない事だがね」
 魔法使いは本のページをめくり始めました。
 女の子を新しい物語の世界にいざなう為です。
「じゃあ、君。今度は別の物語に連れて行ってあげよう。そこでなら君の願い事も見つかるかもしれない」
 次に瞬きを終えた時、少女は小さな島にいた。
 足元は穏やかな波に揺られた真白な砂浜が踊り、水平線の向こうからやってくるそよ風が雲の一団を引き連れて頬を撫ぜる。
 見渡す限りの青い海と、青い空。どこまでも続く空と海の真っただ中、少女は青色の中に落とされた一滴の雫になったようだった。
「ずっと世界の端まで続いているのかしら」
 だがこの光景も少女にとっては灰色の景色だ。ぼやけた水平線に絡み合う空と海の違いも、少女には理解できはしない。
 ただはっきりと分かったのは、波と風の音に紛れて聞こえる二つの笑い声だ。
「嬉しいね」「嬉しいね」
 それは海と空の笑い声だった。
 白波の揺らめきに合わせてレース状の雲をたなびかせる空と、翻る風の軽やかさをなぞり渦潮を運ぶ海が、笑いながら戯れていた。
「嬉しいね」「嬉しいね」
 それはまるで海と空が踊っているようでもあり、鏡写しに絡み合っているようでもあった。
 海と空は少女の目の前で、どこまでも広い水平線で笑いあっている。
「なんだかとっても嬉しそうね。一体どんないいことがあったのかしら」
 少女は疑問に思って、その問いかけを海と空に投げかける。
 しかしその返答は少女が思いもよらないものだった。
「なんにもないよ」「なんにもないの」
 海と空はおかしそうに手を取り踊りながら答える。少女にはちっともわからない。
「なんにもないのに嬉しいの?」
「そうだよ、だって空が嬉しいから」「そうだよ、だって海が嬉しいから」
 鏡写しのように、木霊のように響く空と海の声。
 少女は2人と話しているはずなのに、1人と話しているような奇妙な気持ちになった。

「空が悲しいから悲しい、だって空が悲しいから」「海が怒ると怒るよ、だって海が怒っているから」

「海が喜んでいるから」「空が喜んでいるから」

「海と空はずっとひとつで、それがとても幸せ」「空と海はずっと同じで、寂しい気持ちなんてなにもない」

 このどこまでも空と海しかない景色の中で、少女だけが異物だった。
 やがて雲行きが変わり、空と海は互いの波風をぶつけ合いながら白い飛沫を迸らせる。

「怒った」「怒ったぞ」
「気に入らない!」「お前が気に入らない!」

 鏡写しの海と空は、その穏やかな喜びから一転して互いを憎み始めていた。
 それでも水底のヒトデが攫われて散る姿と、風にあおられて流れる星の奇跡まで、その姿はまるで同じだった。

「ねえ、どうして怒ってるの?」
「お前が怒るから!」「お前が怒ったから!」
「「全部、全部、お前のせいだ!!」」

 やがて怒りのままに海と空は取っ組み合うと、濃紺の奔流となって完全に一つに溶け合い、巨大な嵐となって水平線を逆さまする勢いで大喧嘩を始めた。
 少女のいる孤島すら押し流さんとするその光景の中で、生まれて初めて感じる思いが少女の中にはあった。
 その奔流が少女を飲み込みかけた時、少女は初めて『青』の意味を知ったのだ。
「どうしてあんな物語の世界に連れて行ったの?」
 図書館へと戻ってきた女の子は魔法使いに尋ねました。
「一番孤独ではない世界だからさ」
 そうかしら、と女の子は首をかしげました。
 空と海は永遠に鏡合わせて同じ気持ちで居たので確かに孤独ではないかもしれません。
 でも、女の子は不思議と空と海を羨ましいとは思ったりしませんでした。
「少なくとも、相手と同じ気持ちで居るのは不便ね」
「どうしてだい?」
「だって、いつでも同じ気持ちで居たらいつまでたっても仲直り出来ないもの」
 物語の世界では今も空と海は荒ぶっているのでしょうか。物語の住人でない女の子には分かりません。
「じゃあ、君はどんな【孤独ではない事】を望むんだい?」
「違う考えの人と仲良く居る事かしら。でも、全く違う人と仲良くなるのも難しそうね?」
 さてね、と魔法使いは本のページをめくりました。
「物語の世界ならばそういう事もあるさ。
 さぁもう一度、違う世界を覗いてみよう」

(1/3)
 女の子が瞬きすると目の前には一面の麦畑が広がっていました。
 収穫前のたわわに実った麦が穏やかな風に揺れている中で、一匹の老いた野鼠が手紙を読んでいます。
 鼠は小さな前足で手紙をひしと掴んで鼻先を紙にうずめるようにして紙面を凝視し、やがてほろりと涙を流しました。
 艶の無い灰色の毛並みの上を青い雫が落ちていきます。
「鼠さん、一体どうしたの?」
「都会に住む私の友人が亡くなったようなのだ……」
 涙をこすりながら鼠は答えたえました。
「鼻持ちならない所があったが、都会に住んでいるだけあって色んなことを知っていて話していて飽きないヤツだった」
「まぁ、仲のいいお友達だったのね」
「どうだろう。手紙はよく交わしたが、実は会ったのは数回だけでね」
 深いしわが刻まれた前足の指を器用に動かして鼠は会った回数を数えている様でした。
 そうしている間にもぽろぽろと涙がこぼれてくるので女の子は目元にハンカチを押し当ててやらねばなりませんでした。
「楽しかったよ。都会でしか出来ない遊びもいっぱいやったし、ご馳走も食べたしね。
 でも、都会には猫という恐ろしい化け物がいてね、楽しいけどちっとも心が休まらないのさ。
 アイツにとっては田舎は刺激が無さ過ぎるらしいが、私はここ以外ではとても暮らしてはいけない……」
「だけど、とても大事なお友達だったのね?」
「一度都会に遊びに行ってから会う事は無かったけど、手紙が途切れなかったという事はそうなのだろう」
 すんすんと鼻を鳴らしながら鼠は頷きました。
「ああ、だがどうしよう。アイツの葬式に出てやれない」
「どうして?」
「さっきも言っただろう。都会には猫がいるんだよ。鼠を食ってやろうと虎視眈々と待ち構えているに違いない。
 若い頃はどうにか逃げ切れたが、今の私では逃げ切るのも難しいだろう」
 行きたいなら行けばいいのに、と女の子は思いましたが流石に命がかかっているとなればそう簡単な話ではありません。
 鼠の涙をふいてやりながら、女の子はうーんと唸りました。
「葬式に出る以外の方法で悼むのは駄目なの?」
「猫に怯えなくても済むが、そいつは何とも不義理じゃないか。
 アイツは生前、私を何度も喜ばせてくれたが、私はちっともアイツを喜ばせられるようなモノを持っていないんだ。
 取れたての瑞々しい大根も、轢きたての小麦の香りも私は素晴らしいものだと思っているけれど、アイツにとってはそうではなかったようだからね」
「あら、でもずっと文通してらっしゃったのよね。
 つまらないと思っている人といつまでも文通を続けるなんてあるのかしら。
 ねぇ、鼠のおじいさん。都会のお友達にお手紙を書いて差し上げましょうよ。
 私はその方をよく知らないけれど、きっと喜ばれると思うわ」
 鼠はしばらく考え込んでいましたが、やがて泣くのを止めました。
「わかった、私からの最後の手紙を書いてみよう」
 そして、ペンと便箋を取りによたよたと小屋へと入っていきます。
 女の子がふと気が付くと天中に差し掛かった太陽に照らされて麦畑が黄金に輝いています。
 この時初めて「黄」という色に女の子は気づいたのです。
「今度の物語はどうだった?」
「少しだけ優しい物語だったわ」
 図書館に戻ってくるなり尋ねた魔法使いに、誰も死ななかったし、嵐にも巻き込まれなかったもの。と女の子は答えました。
「鼠たちはそれぞれ幸せと思う場所が違っていたけれど仲良くできていたね」
「そうね。きっと私が思う孤独じゃない事に近いのかもしれないわ。
 欲張りになるなら、もっと頻繁に会いに行きたいって思うけれど」
 満足げな女の子に魔法使いは微笑みました。
「それで、君の一番大事な事は孤独じゃない事、でいいのかい?」
 そう聞かれると女の子はまた黙り込んでしまいました。
 孤独じゃない事は大事な事です。でも、一番大事な事かと聞かれると少し違うような気がしたからです。
「孤独じゃない事はとても大事な事だけど、もしかすると私にとって一番大事な事ではないのかもしれないわ。
 ねぇ、魔法使いさん。皆は私の事、幸せな女の子だっていうわ。
 でもその度に、なんだかとっても寂しかったの。
 その時、幸せだなんて思ってなかったのよ。
 なのに皆が幸せだっていうから、幸せじゃないのに幸せのフリをしないといけないとおもっていたの。
 誰かが寄り添ってくれていても、その人のために心を捻じ曲げなきゃいけないのは嫌だわ」
「君の感じる事が君にとって一番大事な事だ。
 君にとって一番大事な事は、理解される事だったんだね」
 でもこまったな、と魔法使いは首をかしげました。
「君の願い事を魔法で叶えるつもりだったのに、君は大事なものを自分で見つけて、それを叶えようとしているね」
「そうね。だから、最後に一度だけ魔法使いさんにお願いしてもいいかしら」
 三つの色が見えるようになった女の子は、ここまで導いてくれた魔法使いに微笑みました。
「魔法使いさんの物語を見せてくださらない?」
 色取り取りの本が並ぶ図書館の中で、女の子が見ていた世界と同じ灰色のままの魔法使いは同じように灰色の本を開きました。
『昔々のお話です。
 あるところに一人の小さな少年がいました。
 少年は毎日をとても退屈に過ごしていて、この退屈な毎日を変える術を探していました。
 ある日のこと、少年の元にひとりの魔女が現れて言います。
 「あなたの願いをひとつだけかなえてあげましょう」
 しばらく考えたのち、少年は―――                』

少女の目の前で、少年のいる景色にぐしゃりと穴が開く。
ぐしゃり、ぐしゃりと景色に空いた穴は徐々に大きくなっていって…穴の向こう側から、赤暗い色の大きな虫が覗き見えた。書物を食らうシバンムシの怪物が、物語の中にいくつもの大きなトンネルを掘っていたのだ。

悲鳴を挙げる少女の傍らで、魔法使いはそれを宥める。
「大丈夫だよ。あいつらは君には手を出せない。だって君は本物だからね。」
自らの物語がスポンジのように穴だらけにされても尚、魔法使いは穏やかに言う。
戸惑う少女の手を引き、魔法使いは物語を進む。
どこもかしこも穴だらけで、少年が何を願ったのか、その中で何があったのかの何一つも読み取ることはできない。
「ねえ、魔法使いさん。あの少年は?」
「ああ、あれかい?あれはボクだよ。」
「少年はどうなっちゃったの?魔女に出会って何を願ったの?」
「さあ、わからない。もうずっと昔に食べられてしまったから。でも、たったひとつだけわかることがあるよ。」

『―――そして少年は、自分の魔法を手に入れて魔法使いになったのでした。』

「ボクは魔法使いになったんだ。」

食い残された結末に添えられた、丘から見える街の景色の絵。
街を彩る木々や家々も、空の明るさも、虫に食われて見る影もない。
「ねぇ、どう思う?この話は素晴らしい話だと思ったかい?」
少女は首を横に振って否定する。
魔法使いは言う。
かつてこの物語も様々な人に触れられてきた。そんな気もする。
多くの人に触れられ、多くの人に親しまれた。そのような気もした。
一番の物語を聞かせてほしいと子にせがまれた親に朗読された。そんなこともあったような気がした。
そのことを喜びとし、それを幸せとしていきたこともあったかもしれない。

魔法使いは言う。
しかし時が流れればそれもまた変わる。
物語は「めでたしめでたし」で終わったとて、その先もそうであるとは限らない。
いつしか「素晴らしい」と褒めたたえた者は、見向きもしなくなった。
いつしかページを読み飛ばされて、手に取られることもなくなった。

魔法使いは言う。
言葉は何時だって嘘になる。行動は誤魔化される。
「めでたしめでたし」のその先で、願いを叶えた魔法使いの行く末など誰も気にしないように、誰もがその時その時もっとも心地の良い物語を、そのように受け取っている。

魔法使いは言う。
「確かなものは事実だけ。疑いようのないものは事実だけ。
 好きも幸せも、求めれば求めるだけ欲しくなるから、ずっと手元にあれば邪魔になる。
 だからね君、ボクは君の願いを叶えたかったんだ。
 そうすればボクは本当に『誰かの願いを叶えられる魔法使い』になれる。
 その確かな事実さえあれば、ボクはこの物語を抜け出してどこにだって行ける。」

少女は灰色の魔術師に問う。
あなたの幸せはなにかと。

「自分の為に、自分が幸せになれる何かになるために頑張ることだ。
 それがボクの幸せ。世界中の誰にも誤魔化されない、確かな幸せだ。」

魔法使いがそう言い切った時、物語の最後の一文にシバンムシの顎が伸びた。
「やめろ!それはボクのものだ!ボクが手に入れたものなんだ!」
魔法使いがそう叫ぶのも束の間、じゃくりじゃくりと音を立てて紙片が嚙みつぶされる。
音を立てて消えていく物語、崩れ去っていく魔法に、魔法使いは悲痛な叫びを挙げるもなす術はない。
じゃくり。

句読点までのみ込まれた時、少女は現実で目を覚ます。そこに灰色の魔法使いの姿はない。
足元に落ちた絵本の最後の章には、虫食いで穴だらけにされてしまった魔法使いの物語。
もはや見る影もない物語。

混乱の中、少女は気づく。
挿絵の魔法使いと、いままで見てきた魔法使いの姿が違う。
はたしてあの魔法使いはこのような姿だったろうか?
穴だらけのページをめくり、その名残を追ううちに辿り着いた最後のページ。
そこには丘から街を見下ろす穴だらけの魔法使いの絵……そして隅の方に灰色クレヨンで小さく落書きされた、みすぼらしい人の絵が描かれていたのだった。
(そして)

(そして物語は現実に移ります。
 そこは消毒液と、それに覆い隠された饐えた死の匂いのする病室です。
 中央に置かれたベッドの上には満身創痍の魔法使いと、ベッド脇の椅子には腕を石膏でカチカチに固められた女の子が居ました)

……お話の続きを考えてきた。

(少しの沈黙の後、女の子は言いました。
 本当なら魔法使いと話す事なんて大したことでもないのに、無意識のうちに酷く言葉を選んでしまいます。
 へんだなぁと思いながらも、何をしたいか、何を思っているのか伝える事は何よりも大事だと考えて居たので短いながらも奇妙な緊張のある声でした)
(千切れたビスクドール…いや、乱暴にねじきられたソフトビニール人形だった)


(左脚はビニール、捻じれ捻じれて細くなって、あるべき足先がぷつりと途切れていた。
 右肩は巨大な押しピンで刺したせいで、内側へと丸く凹み切って、そのまま貫通して穴になったせいで中途半端に千切れていた。中途半端にくっついているせいで、持ち主の意思を反映した右腕は指先でシーツを握りこんでいた。
 体はアクリル塊。各所が破れたせいもあって内側に大きなひび割れを抱えていた。乱暴にひかれたヒビの線は顔筋を縦方向に刻み、整った線に無視できない程のズレを生んでいた。
 きっと内側には溶けたプラスチックが入っている。千切れた面から溢れ出すことなく、滲み出るそれは今や人間の瘡蓋を真似たように面をふさいでいる。まるで泡立つ傷口、それともケロイド人形のように。面を多い、罅割れに滲み、黒い濁った気泡を含んだ出来の悪い溶接痕だった。)


(院内のベッドに寝かされたそれがまるで生きているかのように、人間の真似をしているかのように息をしている。)
女の子がどうなったのか描いていない。

(残酷な遊びで壊れてしまった人形のような姿になった魔法使いに女の子は言いました。
 恐ろしい化け物を見てもなんとも思わない女の子でしたが、今の魔法使いの姿を見ると無性に胸がざわつきます。
 どうしてでしょう。もっとグロテスクなものも女の子は知っているはずなのに)

女の子から始まった話なのだから、最後に結末を描かなくては。
(ゆっくりと、静かな動作で、視線だけがそちらを向く。
 顔にはめ込まれた象嵌細工がくるりと動き、狭まった穴の隙間から覗き見えた。)

……経験上。
ここで断ったところで、お前が止めた試しがねえ。
そうだな。

(女の子の眉が下がり、口元が緩みました。
 次に呼吸を整えるために深呼吸して、それから)

女の子は……女の子は、全部夢だったのかと思った。
だって、さっきまで居たはずの魔法使いは何処にも見当たらないのだから。
でも、周りを見回すときちんと周囲は色づいていて、灰色だけの世界はもうどこにもなかった。
魔法使いが居なくなった後も、きちんと魔法は女の子の中にあったんだ。
だから、女の子は魔法使いにお礼がしたくなった。
それに女の子の為にも必要な事だったんだ。
魔法のような出来事は終わってしまったけど、唐突に途切れてしまったからどうしても消化する必要があった。
奇特な奴だな。そいつが本当は何を企んでいるかもわかっていない癖に。
それに魔法使いだと思っていたソイツは、魔法使いですらない別の何かだ。
なにをどうするつもりだ。
そう、お前の言う通り女の子は何もわからなかった。
本に書いてあった物語を探す事は出来るかもしれないけれど、それは女の子の魔法使いの物語ではないからな。
でも例え存在しなくたって女の子にとって絵本の魔法使いとは彼の事だ。

だから自分で絵本を書く事にした。
魔女から与えられた魔法の力を使って自分も本物の魔法使いになろうとする少年の話を。
恋に狂うナイチンゲールに赤い薔薇を差し出し、いがみ合う空を海を仲裁し、憂う鼠を親友の死に目に会わせてやった。
体験したことを繋ぎ合わせて、自分が見た魔法使いの姿を残そうとした。
そうかな。
誰かの書いた物語を捻じ曲げるなんてとても自分勝手だと思うが。

……まぁ、でも、女の子はそうした。
お話の中でくらい誰もが幸せになんて思ったのかもしれない。
だが、それはついでの事で女の子の本当の目的はそうじゃない。

『―――そして少年は、自分の魔法を手に入れて魔法使いになったのでした。』

最後のこの一文を灰色で描かれた何者かに返すためだ。
きっと元々は違う誰かのものだったのだろうけど、そんなものは関係ない。
女の子を助けた魔法使いは灰色の魔法使いだったのだから。
………そう。

で、満足いくまで書ききってしまいか。
そう。

絵本にして本棚に入れて、それでおしまい。
(千切れかけた方の腕の、静かな指先が、言い淀む表情を示す、数拍。)

オチが弱いな。
だがまぁ……お前の初めて作った話としちゃこんなもんだろ。
そうかな。

……半分くらいはお前との合作だけど。
本当は自分の力だけで書かなくちゃいけないと思ってたんだ。
でも、上手く書けなくて筆が止まっちゃって……。
結局、お前の事を頼っちゃった。
…2通目の段階から思ってたが、結局何がしたかったんだよ。

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