PandoraPartyProject

ギルドスレッド

造花の館

閉架式書庫

セレマの図書室は造花の館のなかでも大きな割合を占めている。
入ってすぐ目につくのは、一面に並んだ自動スタックランナーの列だ。
練達の技術によって自動化された図書室は、常に書物にとって最適な温度と湿度を保ち続けており、微かに香るミントの香りで満たされている。

セレマ自身が使うためのテーブルもソファもあるので、ここで快適に本を読むこともできるだろう。


●主要な蔵書
・混沌各地で集めた物語
・異世界の戯曲や脚本多数
・歴史書ならびに民俗学書
・魔術関連の一般的学術書
・詩集、画集、楽譜などの芸能に関する本

●やってはいけないこと
・天秤を載せた丸テーブル席に座ってはならない
・意識がハッキリしないならここにいてはならない
・奥にある開かずの扉の先にあるものを気にしてはならない
・知らない声が聞こえても返事をしてはならない

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(渡されていく本に視線が行く。
 刺繍で描かれた文字はどれも見知らぬ形で文法も分らないが、分からないままに読める。
 物珍しそうに目を細め、野生動物めいてふすふすと匂いを嗅いだ)

要するに「自分の生きた証」のようなものが欲しくなった、ということか。
わからないでもないな。
我々は全ての価値や繋がりを元の世界に置いてくる。
途切れたものを繋ぐために、己の最も頼りとするところを利用するのは「ある」ように思う。

……しかし、「最も強く価値のある生き物」か。
不滅性の担保がそこなのは美少年であるな。
そいつがマジで何を考えてるかは知る所ではないが。
ボクにとっての象徴がこの姿であるように、そいつにとっては自分そのものが象徴である可能性は十分にある。そうでなけりゃ好き好んで自分の皮ひん剥くかよ。
頭おかしいぜ。

……まあ、実際問題。
そいつもなかなかうまくやっているように思えるが。

(ついでとばかりに、自分用に歴史書を1冊引っ張り出すと、テーブル席へと向かう。)
ふうん?
(どちらかと言えば、なんで?と、問いかけるような声質)

(書架から離れてテーブルに向かう貴方の後ろをぴたりついて行く。
 そして、丁度座ったタイミングで選んでもらった童話を一冊、貴方の膝の上に乗せに掛かるのだ)

読んで。

(幼女じみた欲求も口にする。
 年齢不詳だが少なくとも子供と言える年ではないくせに、側にしゃがんで見上げたりもする)
そうじゃねえよ。
この「なんて」はそうじゃねえよ。
そうだけどそうじゃねえよ。どういうことだよ。
この前朗読しただろう。
上手だったから、変な夾雑物なしで聞きたい。
(………………こいつはいったいなにをいってるのだろうか。

 いや、こいつがおかしいことは今回に限った話ではない。ないのだが。
 今日のこいつは殊更におかしいというか油断をしすぎである。
 というか最近、互いがどういう関係性であるかを忘れ始めている節がある。
 あるいは分かったうえでそうなのかもしれないが、だとするとなおさら質が悪い。
 というかなにが『読んで』だよお前の年齢だって大概ババアとかそのラインだろガキかオメーはいや違うはコイツガキだったわ情緒ジェットコースターのクソ陰キャの根暗のガキババアだったわ。なんだこいつ四重苦かよ。いや常識知らずの倫理ぶっこわれも加算しなきゃだわ。うるせえよなんだっていいよもうとにかくお前のなかでこの関係性がどういうものかは知らねえけど変な甘え方してくんなよ馬鹿じゃねえのこいつほんとに馬鹿じゃねえの舐めてんじゃねえのコイツほんと糞じゃんなにが一番クソって『上手だった』という賞賛にある種の満足感を覚えている自分自身の承認欲求含めてクソなんだよそしてこいつはそういうこと全然わからず言ってるのがさらにクソだってことがクソおぶクソなんだがなんだよこの状況どうやって整理をつけるんだよなんでボクがそれを解決する方法を考えなきゃなんねえんだよ一銭の得もねえよでも断った場合に想定できるパターンが何より一番面倒くせえんだよ次に駄々っ子まで入ったらボクが切れるぞ切れねぇよクソがボクの書庫だぞたかだか値打ちもの程度しか収まってねえとしても備品の方が高くつくんだよクソがじゃあ拗ねられた場合もどうかっていうと別に損はしないけどコイツ絶対なにがしかの形で仕返ししてくるだろうスパーリングで不意に必殺打ち込んで来るようになるだろお前それまだ許してねえからな根に持ってるからなだが想定しうる最悪のパターンは情緒ジェットコースタークソ陰キャクソガキババアがこの件を拒絶と捉えて妙な感傷に陥って積み上げてきたものが瓦解することだここまで積み上げてきた負債を無に帰すことが一番の不利益でありそれを回避しなければいけないのは絶対条件であるとするとそれとなく言い訳を付けて朗読できない理由をつけるかいや公的機関であるならともかくとして自宅では苦しい言い訳しか用意できないだろう執務があることにして席を外すことも考えるがこいつはボクの時間管理能力をしっているからバレる可能性があるそうすると次に考え
             (ここまで数拍)

………お前、まさか美少年の朗読をタダで聞けるとは思ってないよな。

       (最大限の譲歩と牽制で対応することにした)
(耳がピンと立ったような気配)

うむ、何を対価に望む?
吾から毟り取れるものは大体把握して居ろう。
(微塵も警戒してねえ。腹立つ。)

知らんもう。あとで考える。

(最低限の体裁を維持できたとする。
 これは折れたんじゃない。非常に重い投資だ。)

(そういう不機嫌さを隠しもせずに本に童話に手を伸ばす。)
(床にそのまま座って話を聞く体勢になる)

(正直な所、断られないと思っていた。
 美少年は何より人からの賞賛に飢えているので、しかもそれを自身が価値があると認めた者からの本心からの言葉であれば響くのは間違いなかったし。
 なによりも、こちらが弱みを開示しているのだから美少年側にデメリットはないのだ。
 屈服させるのが目的であるのなら乗るべきだ。無駄に高いプライドからどれだけ葛藤が生まれようとそうするだろう。そういう信頼はある。問題は自分自身が少し悪い事をしたような気分になっている事で、それを隠すために犬のフリを続けなくてはならない事だ。
 そんなことをしてやる価値のあるものではないぞと、言わないでおくのはとても難しい)
(童話を手に取ってから、無作為にページをめくる。
 なんでこんなことをと喚く己をきっかり10秒かけて宥め、5秒かけて自分を騙す。
 そしてやるからにはそれなりに真当なものをという自意識が、5秒かけて己を諭す。
 ここまで20秒。寛大で心が広くて切り替えの早い己を褒めてやりたい。)

(気持ちの整理がついたところで、ちょうど開いたページをそのまま目の前のクソ………美少女に向ける。選んだわけではない。たまたまそのページだったのだ。
 あとは内容はほぼ頭の中に入っているのでそのまま読んでやればいいのだ。
 大丈夫だ。ちょろいもんだ。)
              《大きな鼻のアドリーヌ》
                   ・
                   ・
                   ・
昔々、ある国に、アドレーヌとアドリーヌという名の2人の姉妹がいました。
姉のアドレーヌはとても美しい娘でしたが、妹のアドリーヌの顔には、瓜のように大きくな鼻がついていました。
その鼻があまりに大きいものですから、出会う人は皆面白がってアドリーヌを笑うので、アドリーヌはいつしか自分の部屋に閉じこもるようになってしまいました。

そんな妹を元気づけるように、アドレーヌは扉の向こうから毎日声をかけ続けました。
「アドリーヌ、あなたの鼻が大きくても、姉さんはあなたが大好きよ」
続けてアドレーヌは言います
「アドリーヌ、今夜はあなたの為に本を読みたいの。私のお部屋においでなさい。
 遠い国のお話よ、きっと楽しい気持ちになるわ」
けれどアドリーヌは悲しそうに言うのです
「ごめんね姉さん、わたし、きれいなお話も、楽しいお話も聞きたくないわ。
 美しくてきれいなお話を聞くほど、わたしはこの大きな鼻がいやになってしまうの」

そっれきり、いくら声をかけても、自分の部屋を開けようとしません。
姉さんと一緒にいることは楽しいですが、美しいアドレーヌ姉さんと、大きな鼻のアドリーヌを比べてしまうことが苦しかったのです。
アドリーヌは「待っていれば、いつかこの鼻も小さくなる」と、そう自分に言い聞かせて、毎日お祈りをして過ごしていました。

(挿絵:美しい娘と、鼻だけが異様に膨れ上がった娘の絵。
    その洋服からして富裕層であることがうかがえる。
    鼻の大きな娘は部屋に閉じこもり、一方の娘が本をもって扉の前に立っている。)
(じっと朗読するそちらの顔を見上げていた。

 朗読を聞くのは好きだ。
 読書は作者の世界に自分がいるが、朗読は読み手という案内人が居る。
 文字を追うだけでは取りこぼしてしまう感情や情景……思いの乗った景色がある。
 読み手の語り口から漏れる感情や人物への好嫌を聞くのも好きだ。
 そこは原作にはない色で、しかし、登場人物以上の意味を見出せない自分にとっては激しい憧憬を抱く部分であるので。

 物語の進む速度に合わせて挿絵へと視線が動く)
ある時、この国の王子様が舞踏会を開くことになりました。
国中の人が集まって、歌と音楽、踊りに食事を楽しむ、素敵なパーティーです。

アドレーヌは扉の向こうから声を掛けます。
「アドリーヌ、今夜は楽しい舞踏会よ。素敵な王子様にも会えるわ。
 姉さんがついているから一緒に行きましょう。怖がらないで、きっと楽しい夜になるわ」
けれどアドリーヌは悲しそうに言うのです
「ごめんね姉さん、わたし、舞踏会には行きたくないわ。
 誰にも大きな鼻を見られたくないし、一緒にいれば姉さんまで笑われてしまうわ。
 姉さんだけで舞踏会にいってきてちょうだい」
アドレーヌは何度も、何度も、アドリーヌを誘いましたが、部屋から出てこようとしません。
仕方がないので、アドレーヌは妹をおいて舞踏会に出掛けてしまいました。

(挿絵:泣きじゃくるアドリーヌは、白亜の城へと駆け出す一台の馬車を見届けている。)


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家族が出て行ってから、悲しくなったアドリーヌは泣き出してしまいました。
本当はアドリーヌも一緒に行きたかったのですが、大きな鼻を笑われることが怖かったのです。
「ほんとうは、わたしも舞踏会に行きたいわ。
 でも、こんなに大きな鼻がついた醜い顔では、きっと誰も相手をしてくれないわ。
 ああ、誰か、誰か、わたしの顔を隠してくれればいいのに」
すると、アドリーヌを可哀想に思った魔法使いが目の前に現れたのです。
「泣くのはおよし、可哀想なアドリーヌ、私があなたを舞踏会へ連れて行ってあげるわ」
「本当? でも、こんな大きな鼻では皆に笑われてしまうわ」
そういうと、魔法使いは魔法の杖を一振りすると、あっという間にアドリーヌの鼻は小さくなりました。
小さな鼻のアドリーヌは、それはそれは可愛らしい娘でした。


(挿絵:とんがり帽子の魔女が、柔和な笑顔を浮かべて彼女の方に触れている。
    杖でその鼻を小突くと、アドリーヌの鼻は小さくなっていた。)
(……『童女みてーな顔しやがって』という悪態を隠しもしない顔つきである。
 であるが、語り口そのものは詰まることなく流暢であった。
 ある種の完璧主義的思考と、演劇に対する造詣の深さ故だろうか。

 一方で、結末を知るが故だろうか。
 物語がこれから良い方向へと動こうとしているのに、どこかニヒリズムを含んでいる。)
「それからアドリーヌ、畑で一番大きなキャベツをとっておいで」
嬉しくなったアドリーヌは、魔法使いを待たせないようにと、台所から一番大きなキャベツをもってきました。
魔法使いがそのキャベツを叩くと、キャベツはどんどん大きくなって、なんと銀色の馬車になったではありませんか。
「まあ、立派な馬車。すてき」
「まだまだ、これからよ。馬車を引くには、馬が必要よ。そこに、ネズミを6匹捕まえておいで」
早く舞踏会に行きたいアドリーヌは、猫が捕まえたネズミを取り上げてきました。
魔法使いは杖でネズミの1匹にさわると、ネズミはみるみるうちに、立派な葦毛馬になりました。
続けてネズミに触れると、立派な運転手やお供の人に早変わりしました。

(挿絵:喜ぶアドリーヌは台所からキャベツを、猫から鼠を取り上げる。
    魔女はつぎつぎと魔法を使って、馬車や馬へと変身させていく。)


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「ほらね。馬車に、馬に、運転手に、お供。さあアドリーヌ、これで舞踏会に行く仕度が出来たわよ。それからこの銀のティアラを」
そういって魔法使いは、アドリーヌに素敵な銀のティアラをわたしました。
小さくて整った鼻、かぼちゃから作った豪華な馬車、きらめくガラスの靴、アドリーヌはとても喜びました。
最後に魔法使いはアドリーヌに1つだけ注意を与えました。
「この魔法はあなたをずっと幸せにはできないから、必ず12時までには戻ってきなさい」
「わかりました。かならず12時に戻ってきます」アドリーヌはそう約束して、大喜びで舞踏会へ出かけました。

(挿絵:豪華な銀のティアラをアドりーヌの頭へとかぶせる魔女。)
(一方で、あなたといる時は感情が下振れする時以外はさほど表情の変わらない女である。
 集中出来て居そうにない顔をしているのに、淀みなく朗読するなんてすごいなぁ。位にしか考えてないに違いなかった。

 華やかな挿絵は主人公の喜びを彩っている。
 しかし、対照的に語り手の声色はそれを否定している様に感じる。
 アンバランスな状況にいっそう息をひそめて物語の続きに耳をそばだてる)
さて、舞踏会に着いたアドリーヌは、たちまちみんなの注目の的となりました。
誰もアドリーヌを笑いませんし、誰もアドリーヌだと気づきませんでした。
王子様もアドリーヌに気づいてアドリーヌを踊りに誘いました。
「ぼくと、踊っていただけませんか?」
「もちろんです。王子様」
アドリーヌは王子様と夢のような時間を過ごしているうちに、時の経つのも忘れてしまい、魔法使いとの約束も忘れてしまいました。
今まで家の中に引きこもりがちだったアドリーヌにとっては、それほど満ち足りたひとときだったのです。
アドリーヌが魔法使いとの約束を思い出したのは、12時をとうに過ぎて、舞踏会が終わったころでした。
まだアドリーヌがどこの誰だか聞いていなかった王子様は引き留めようとしましたが、アドリーヌはあっという間に消えてしまいました。
階段にはアドリーヌが落としてしまった銀のティアラだけが残っていました。

(挿絵:たくさんの人に囲まれ、幸せなひと時を過ごすアドリーヌ。
    王子を振り払い、走って家へと帰ろうとするアドリーヌ。)
アドリーヌを出迎えた魔法使いは、とても残念そうな顔をしていました。
「どうして約束を破ってしまったんだい、アドリーヌ」
「ごめんなさい。でもわたし、始めていろんな人とお話ししたんです。王子様に素敵って言われたことが嬉しかったんです」
魔法使いは困ったようにアドリーヌに鏡を向け……アドリーヌは悲鳴をあげました。
そこには魔法の解けた、大きな鼻の、そして年老いてしわくちゃになった醜いアドリーヌの姿が映っていたのです。
「どうして私はこんなおばあちゃんになってしまったんですか」

(挿絵:魔女が出した鏡に映るのは、鼻の大きな醜い老女の姿。)
「この魔法はあなたをずっと幸せにすることはできないから、足りない幸せはあなた自身から埋め合わせるしかないのよ」
「魔法使いさん、あなたの魔法で元の姿に戻してください。わたしもう鼻を小さくしてほしいなんて言いませんから」
涙を流しながらアドリーヌがお願いするも
「できません。あなたは私の注意を聞かないばかりか、私のお願いにも答えてくれませんでしたね。」
そういって魔法使いは聞いてくれません。
「幸せになれる魔法なんてどこにもないのよ。
 私にできることは、いままでの頑張りを、報われるようにするだけ。
 頑張りもしないで幸せになろうとする人にとって、私の魔法は毒にしかならないのです」
「では、わたしは一生このままなのですか?
 せめてもう一度王子様とお話させてください、そのためだったらなんだって頑張りますから」
「可愛そうなアドリーヌ。あなたに会うべきではありませんでした。
 零れ落ちた幸せは二度と手に入らないと知らないから、土に塗れてキャベツを取ろうとも、ネズミを捕まえようともしなかった。
 さようならアドリーヌ。さようなら」
引き留めようとするアドリーヌの言葉もむなしく、魔法使いは消えてしまいました。
醜いアドリーヌと腐ったキャベツ、ネズミの死体が、その場に置いてけぼりにされました。

(挿絵:魔女は年老いたアドリーヌを置いて、霧のように消えてしまう。
    アドリーヌの足元にはキャベツとネズミが残されている。)
次の日の朝。
王子様は何とかしてあの舞踏会の女性を探し出そうと、おふれを出しました。
銀のティアラの持ち主をお妃さまにする、というので、身分の高い女性が次々に王子様の元へと訪れました。
アドリーヌも王子様の元へと訪れましたが、アドリーヌの姿は醜くなっていたので、門番の兵士に追い払われてしまいました。
王子様が探していたのは、銀のティアラを戴いたアドリーヌなのです。アドリーヌではありませんでした。
最後はアドリーヌ姉妹とは、全く無関係の女性が、王子様と結婚することになりました。
アドリーヌが悲しみに暮れる中、結婚式は国中を挙げて七日間行われました。

(挿絵:門前払いを食らうアドリーヌが必死に門番に縋りつく。
    門の向こうでは王子による祝宴が開かれている。)
それからというもの、アドリーヌは以前よりもずっと、自分の部屋に閉じこもるようになりました。
誰にも会わず、じっと窓からお城を眺め続ける日々でした。

次の日も
(挿絵:途方に暮れたように、窓から見える城を眺めているアドリーヌの姿。
    片隅には虫の集ったキャベツとネズミの残骸がある。)

次の日も
(挿絵:途方に暮れたように、窓から見える城を眺めているアドリーヌの姿。
    窓から見える木には青々とした葉が茂り、夏の鳥が大空を舞っている。)

その次の日も
(挿絵:途方に暮れたように、窓から見える城を眺めているアドリーヌの姿。
    黄金色に輝く麦が、風に揺れてさざ波のようだ。)

その次の日も、ずっと。
(挿絵:途方に暮れたように、窓から見える城を眺めているアドリーヌの姿。
    部屋は埃を被り、蜘蛛の巣が張っている。片隅には虫の集ったキャベツとネズミの残骸がある。
    景色は雪に包まれ、銀色の煌めきの中を子供たちが賭けている。)
花は落ち、虫は眠り、木が葉っぱを脱ぎ捨てて、またつぼみが膨らんで、季節を4つ数えてもアドリーヌは外には出ませんでした。
もうアドリーヌは「待っていれば、いつかこの鼻も小さくなる」と、自分に言い聞かせることもしませんでした。
それでも、アドレーヌは声をかけ続けました。
国の誰もが大きな鼻のアドリーヌのことを忘れても、声をかけ続けました。
「アドリーヌ、あなたの鼻が大きくても、しわくちゃのおばあさんになっても、姉さんはあなたが大好きよ。
 今度、あなたに合うお洋服を用意してくるわ、あなたに着てほしいわ」
アドレーヌは続けて言います
「アドリーヌ、庭の花が開く頃よ、一緒にピクニックに行けたら姉さんは嬉しいわ。
 お花のいろんなお話を聞かせてあげるわね」


(挿絵:アドリーヌの後ろ姿だけが、うすら寒い部屋の中にある。)
おしまい?

(沈黙が落ちて暫く。
 ページが繰られる事もなく、息継ぎの間でも余韻の間でもなさそうだったが、確認も含めてそう尋ねた)
ああ、おしまいだ。
『大きな鼻のアドリーヌ』はこれで終わり。
姉のアドレーヌによる呼びかけで締めくくりだ。満足か。
んむ。満足した。
やはり美少年は上手いな、練習無しの一発目でほとんど文章も見ないままスラスラ語るのだから。
抑揚も区切りも聞き取りやすかったしな。感情はあってもクセがない方が没入感があっていい。

(それから、と言葉を続けかけて、まだ感謝の言葉を述べてない事に気づいて)

……ありがと。

(感謝の度合いの割りに中途半端に付け足したような言葉が挿入される)
よろしい。
礼節をわきまえない童女レベルにまで退行を起こしていたら、いくら気の長いボクでもビンタをくらわすところだったよ。
(残りは自分で読め。そう言うと今度はあなたの膝の上に本を投げ込む。)
それで済ませてくれるのだから美少年は優しいよな。

(うっかり落として角が傷にならないように投げ込まれた本を柔らかく受け止めた。
 タイトルの装飾文字を指先で撫でて、余韻に浸る様にゆっくりと瞬きをする)
あんまり優しいと連呼しても張り倒すから、そこんとこよく覚えとけよ。

で、なにあれ。さっきの。
お前は急に母性や父性に飢える病でも患ってるのか。
わかった。

……?
(人に読み聞かせるという行為が母性や父性につながらなかった様子で僅かに首を傾げた)
お前に朗読させたのに明確な理由が欲しいという事か?
暇潰しに来た女が、人ん家の童話集引っ張り出して、床にしゃがみこんでから朗読を壊れる状況に対して、これっぽーーーーーーーーーーーーーーーっちも疑問を抱かねーほどボクはお人好しでじゃねーし、気のいい老人でもねぇよ。
朗読を聞くのが好きだから、断らないと踏んだお前に頼んだ。

(結論を先に置いてから一拍して)

吾は、生徒会長(種族の代表)であるから、他者にとって分かりやすい様に振舞わねばならぬ。
戦場で怯えることがあってはならぬし、忠義を裏切る様な事があってはならぬ。
朗読を嗜むのは美少女ではないとは言わぬが、やや外れた趣味である事は間違いない。
別に吾の私人としての面を見せようと今更どうということは無いが、それでも立場上はよろしくないと今まで我慢してたのよ。
内容が童話なのはお前が選んだからであろう。別に詩集とかでもいいぞ。
………じゃあ、なんだ。お前。
普段あんだけハイな身の振り方してたら、友人知人の1人や2人できそうなところを、それでも自分のパブリックイメージとか自意識の為に、そういうの我慢してたってことかよ。
分かっちゃいたけどくっっっっそ面倒くさいぞ。お前。
(怒るとか、苛立つとか、そういうものを通り越して呆れが来ているようだった。)
もう最強でも何でもないが、この服を着ている限りは責任は果たさねばならん。
好きで我慢していると言い換えてもいい。ほとんど実益がないのは認めるところだが。
しかし、別に混沌に居る美少女という種族は吾だけではない。
それが他者に侮られる事があれば吾の責任である。せめてそれ位はせねばなるまい。
生きづらいなぁ、お前は………
そうまでして頑なに自意識に従いたいなら、ボクの前でも同じようにすりゃいいだろ。
自意識と言うがな、周囲の利益になるからこそやるのだ。
だが、お前にとっては……そうではないと思った。
何もせずとも吾はお前に従うのに、それで尚屈服させるとか言うだろう。
つまり吾が与える利益はお前にとって不足というか、やり方が違うのだろう。
故にお前の前だけでは止めてる。
ふーん………… そう。
多少は支配される側としての振る舞い方がわかってるじゃないか。
どうしようもないほど自縄自縛かと思っていたが、そうでもないらしい。
お前に対する評価をもう少しばかり上げてやってもいいぜ。
お前がそう言うという事は、正解ではないがさほど間違ってはいなかったと見える。
別にお前に支配されるつもりはないが……お前の言う「投資」の恩恵を受けて居るからな。
多少は返したくある。
まぁ、お前の求める物は何一つ分からんのだが。
仮にも群雄割拠をよしとする世に身を置いていたくせにわからないか。

支配する、というのはな。
相手の中に自分自身の価値を置き、自ら進んで従わせることだ。
それと同時に、その価値に従うことが自分の利益なのだとか、それこそが自らの喜びだとか……そういう感情を抱かせる工程でもある。
主従関係、国家という仕組み、征服と植民、力による制圧、寄生、そして依存、忠誠と奉仕……形がどうとか、高貴だとか下劣だとか抜かす奴がいるがな。
支配という関係性の根本にある、もっとも有益で素晴らしい点はそこだ。

……前の話を引き合いにするなら、これもひとつの自己保存欲求のひとつともとれるな。

まあそれはいい。
そしてこの支配という行為は、支配される側の価値が高いほど心理的にも実利的にも、大きな効果を得られるという点を忘れてはならない。
ボクがお前の価値を落とす以外の方法でそうしようとしているのはそれが理由だ。
だからボクが何を求めているかと言われれば……それそのものだ、という他ない。
誇れ。お前はなかなかに一芸に秀でた価値ある存在だよ。
その面倒くさい制服をひっぺがし、蝶よ花よと愛であげ、多少の甘い蜜を吸わせてやる。
それぐらいの価値はあるってこだ。
(それほどの価値は無いととっさに口を開きかけて、しかし違和感に口を噤んだ。)

(視線が彷徨い、言葉に悩む様子で唇が何度も開いては閉じて)
 
公的な立場に寄らず、好意を持って交流し、利益を齎そうとするというのは……。
……それは一般的に友人関係とかそういうものではないのか?
友達。
友達、ねぇ。

(シトリンに揺らめく瞳が、不愉快そうに、睨むように狭まる。)

考えた末に何を言うかと思えば。
お前がこの関係性にどういう名前を付けるかは勝手だ、とは言ってやったがな。
ボクから言わせればそんなもの、支配する手段の一つであり、その事実を体よく隠すだけの、世間受けする上辺だけの都合のいい言葉にすぎんさ。

それともなんだ。
今度は友達になりたいとでも言いだすか。
これから「支配」しようとする奴に言う言葉かそれは。
まぁよい。付加価値の為にお前の考えを理解している事を求められているのだと思っておく。

……お前も結構非効率よな。
お前が潔癖主義的であるのに対し、こっちは完璧主義的であるってだけだ。

…………そのためになんで児童書の朗読までしなきゃなんねーんだよ、とは思うがな。
つまり児童書じゃないやつならいいのか。そうかそうか。良い事を聞いた。
そういう意味じゃねーよ。
あと、官能小説の朗読させようなんてセクハラ染みた提案してきたら、読む前に張り倒すからな警告する前に張り倒すからな。
CDでやったことは、ボクという美少年であるボクという美少年がボクという美少年であるボクである美少年に対してボクという美少年として作ったから良いのであって、お前向けとか絶対にごめんだからな。
解釈違いも甚だしいからな。
読むなら自分で朗読しろ。左奥の棚だ。
ふうん。美少年が読んでた奴って濡れ場が異様に重厚に書いてある純文学じゃなくて官能小説だったの……。
えっ。官能小説?同じ顔3連単の入れ子構造とかいうよくわかんない世界観に浸りながらノリノリで読んだの?本当に?それも商業作品で?

……でも恥ずかしくはなかったんだろうなぁ、お前なら。
吾は短編小説とかでよい。

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