PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<希譚>みじか夜

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 音呂木(おとろぎ)。
 それは希望ヶ浜に古くから存在しているという神社の名前である。
 その名の由来は神社境内に存在している神木からとされており、『神々が神木を目指してお通りなさった』という意味合いで御路木(また、神木が天の世界に繋がっているとされお通りなさるという意味で『戸路来』)と呼ばれていたらしい。
 それが転じ『御途路来』となり、現在の漢字が当て嵌められたと言われている。

「この地に根付いた進行の中心地と呼ぶべきでしょうか。
 信仰者ではなく宗教を知らないという方でも地元の夏祭りに行った経験は?
 何気なく神社の境内で遊んだことは? 神様という言葉を口にしたことは? 初詣でお祈りしたことは?
 そうやって何気なく日常に寄り添った『何気ない存在』である神社がここ音呂木神社です」
 音呂木・ひよの(p3n000167)は音呂木神社の境内でそう告げた。
 長く伸ばした黒髪を三つ編みに結わえ、水晶のように澄んだ水色の瞳を有する巫女は本日ばかりはげんなりとして居る。
 その傍らでは澄原 水夜子 (p3n000214)がにんまりと微笑んでいる。
「音呂木神社では『音呂木の神』を祀っています。申し訳ないながら私は神様の名を呼ばないのです。
 名を呼ぶことは即ち言霊と成り得ます。神の名を呼ぶのはその存在を降ろすと同様。おいそれと名を呼ぶべきではありませんから」
 向き合うように座っていたひよのは「便宜上、音呂木の神とお呼び下さい」と告げた。
「はい、音呂木の神に対して本日は?」
「はい。本日は『語部会』という催しを行ないます。これは、音呂木神社では数年に一度行なわれる催し物です。
 我々は日々を神の加護の元で過ごしています。故に、何があったのかという日々の暮らしをご報告差し上げるもの……だったのですが、形骸化した事で『百物語』のようにもなっていますね」
 ひよのは肩を竦めた。怪談を話すも良し、日常の嬉しかったことや可笑しかったことを話すも良し。
「言霊を捧げる、という催しです」
 またも彼女は『言霊』という言葉を口にした。
 ひよのは詳しくは語る事は無い。寧ろ、己がそれを語る事を避けているかのようでもある。
 水夜子のように『怪異方面には』何の柵もない存在は、簡単に神の名を呼び、神を祓い除ける方法を模索するがひよのはと言えば、祓えぬ存在であることを念頭に置いて其れ等との接触を避けてきている。
(……音呂木さんは『音呂木の神様』の巫女ですから、その庇護下に置かれているようなもの。
 言霊、言霊、……貴女が明言を避けるのだって、何か意味があるのでしょう? 『音』という字を当て嵌めているのですから)
 水夜子は何も言うことはなくひよのの顔を眺めて微笑んでいた。
 ――音呂木の神様。神様。神様が希望ヶ浜では何と呼ばれているかを彼女はよく知っている。
 真性怪異。
 石神の。逢坂の。両槻の。そうした場所の真性怪異と音呂木に何ら違いも無い。人間の心の持ちようだけだ。
「それでは、日暮れから始めますから……それまで、蔵掃除を手伝ってくださる方は居ますか?
 ああ、あと、語部会は私ではなく、親戚が進行しますので其方も宜しくお願いします」
 いつもの通り、多くを語ることはなくひよのはそそくさと立ち上がった。まるで何かを隠すような口ぶりで、彼女は何時も通りを演じている。


「やあやあ、久しぶりに『入らせて』貰えるやなんて嬉しいわあ。ねえ、久しぶりやね、みゃーこちゃん」
 長く伸ばした白髪に、和装を身に纏った関西なまりの娘はくすくすと笑った。その傍にはすらりとした長身の青年が立っている。
 顔立ちは良く似ているが青年は黒髪に蜘蛛を思わす意匠の洋服を身に纏っている。
「水夜子も居たんですね。今から何を?」
「こんにちは、とこよ先輩。うつしよさん。
 今からひよのさんのお手伝いで蔵掃除を。お二人は準備ですか?」
 とこよと呼ばれた青年は「そうそう。うつしよが張り切ってしまって」と傍らの『うつしよ』と呼ぶ女を見た。
 葛籠とこよは希望ヶ浜学園の大学に通う青年だ。民俗学を専攻する水夜子の先輩にも当たる。とこよの双子の妹が噺家を生業とするうつしよである。
「ほんまに久しぶりでなあ。いつもはひよのちゃんが入ったらあきませんって言いますやろ? せやから、神社にも立ち入ることができへんくて……」
 悲しげに袖口で顔を覆ったうつしよに「うつしよ、ひよのちゃんだって事情があるんだからさ」と肩を竦めてとこよは肘で小突いた。
「あまりひよのちゃんを嫌ってやらないでおくれよ、うつしよ」
「嫌ってなんかありゃしませんよ。
 ひよのちゃんからすりゃ、うちは敵かもしれませんけどね。そんなん女の子のちょーっとした気紛れみたいなもんですやろ?」
 意味ありげに語らう二人を水夜子は眺めて居た。どうにも、二人の間にしか分からない事情があるようだ。
 音呂木ひよのの親戚筋。葛籠うつしよ、葛籠とこよはひよのにとっての『縁者』にあたるのだそうだ。
(それにしても、葛籠――)
 葛籠という名字と『音呂木の縁者』という存在には曰くがあった。
 音呂木神社には希望ヶ浜怪異譚と呼ばれる一冊の書が纏められている。そこから派生してエッセイや手記が無数に残されているのだ。
 それこそが真性怪異を研究する水夜子にとっての道標であり、イレギュラーズが共に追掛けてきた希望ヶ浜各地の怪異の残滓。
 その著者こそが『葛籠 神璽』と名乗る男であると言われている。
 その書が音呂木にある時点で葛籠 神璽も音呂木の信者であろう。その名を引く縁者の双子。それだけでも穿った見方をしてくれと言うかのよう。
「どないしはったん?」
「いいえ……語部会を楽しみにしています」
「そうしてなあ。お話ししてくれる子ォ、連れて来てくれたら嬉しいわあ」
 にんまりと笑ったうつしよに水夜子は目を伏せてから「ええ」と頷いた。
「ああ、みゃーこちゃん」
 水夜子は呼ばれてから振り返った。

「タムケノカミには気ぃつけなさいな」


 音呂木神社の蔵には様々な曰く付きの品が仕舞われている。大半が、神社に持ち込まれたものではあるが、その最奥にある隠し扉の内側には音呂木の縁者の残したものが数多く置かれている。
 水夜子は仕事半分趣味半分。怪異の蒐集を行なう為に度々この場所に出入りしているのだが――
(葛籠 神璽、何時も行き当たってはその全容は分からない。ですが、確信出来る。ひよのさんは何か知っている)
 常世、現世。そんな如何にもなネーミングを有した双子と、葛籠の名。此度こそが気になる機会ではないか。
「うーん」
 蔵掃除はひよのがうつしよやとこよと貌を合せる時間を短くする為に準備したのだろう。
 音呂木が何かを隠しているのは確かなこと。だが、それを調べるにはひよのそのものを疑わねばならないのだ。
「困っちゃいますよねえ」
 仲良くしているという自覚はある。実のところ、澄原水夜子という人間は『明るく元気な娘』を演じている。
 その本質はただの献身と父の期待へと応えなくてはならないという一種の洗脳だ。バカみたいな話だが、父親の発現が痼りのように残って、自身は役に立たねばならないという意志が強く残っているのだ。
(まあ、お父さんもそんな……娘に死んで欲しいなんて思っちゃ居ないんでしょうけどね……)
 そうは言われたって、自身は何とかせねば従姉兄達に好かれることはない。彼等に好かれて、良い位置に納まってくれと父が言うのだから其れに従うしかないのだ。良い道具であろうと考える水夜子は蔵の奥で何時も通り書を探る。
 此処でよくある『曰く付き』の品なんか出て来てくれれば良いのだけれど。
 最悪の場合死に至るような呪われるものならば皆が葬式で泣いてくれれば良いな、なんて思う。
 いや、そうでないならば、新しい怪異との出会いになるだろうか。
 水夜子はひよのの目を盗んでこっそりと一冊の書を手に取った。ひらりと一枚の紙が落ちる。

 ――非夜乃へ。

(ひよの……?)
 そう読む事ができる。夜に非ず。彼女の名はその様に書くのだろうか。

 ――云う勿れ。

(何を……?)
 水夜子はそのメモをポケットに滑り込ませる。手にしていたのは葛籠神璽の名が刻まれたいつかの日の『語部会』の記録であった。

GMコメント

 希譚の季節です。
『希譚』はそれぞれ『違う舞台』にお出かけをしています。今回が第一回目ですので、お気軽にご参加下さい。

●希譚とは?
 それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書です。
 実在しているのかさえも『都市伝説』であるこの書には様々な物語が綴られています。
 例えば、『石神地区に住まう神様の話』。例えば、『逢坂地区の離島の伝承』。

 そうした一連の『都市伝説』を集約したシリーズとなります。
 前後を知らなくともお楽しみ頂けますが、もしも気になるなあと言った場合は、各種報告書(リプレイ)や特設ページをごご覧下さいませ。雰囲気を更に感じて頂けるかと思います。

[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]

●音呂木神社
 希望ヶ浜では良く知られる神社となります。今日は『語部会』が開かれる日です。
 音呂木の神域は皆さんにとって決して悪いものではない(はずです)。少なくとも、何も悪いことをしなければ怒るような神様ではありません。

●怪異
 ・タムケノカミ
 再現性東京202X街『希望ヶ浜』地区に存在するとされている悪性怪異。
 水夜子曰く「希望ヶ浜怪異譚にすこしばかり記載されている怪異の一種」
 旅人の安全を護り、旅の安全を祈るが為に道端に存在しているとされたみちの神の一種であるとされ、正確な名前は判明していない。
 葛籠 神璽曰くは音呂木家に縁が深く、『音呂木』より旅立つもの見守っていた存在であろうと考えられているらしい。

 ・真性怪異(用語説明)
 人の手によって斃すことの出来ない存在。つまりは『神』や『幽霊』等の神霊的存在。人知及ばぬ者とされています。
 神仏や霊魂などの超自然的存在のことを指し示し、特異運命座標の力を駆使したとて、その影響に対しては抗うことが出来ない存在のことです。
 つまり、『逢った』なら逃げるが勝ち。大体は呪いという結果で未来に何らかの影響を及ぼします。触らぬ神に祟りなし。触り(調査)に行きます。

●NPC
 ・音呂木ひよの
 音呂木神社の巫女。真性怪異に嫌われる為、他の怪異とは同居できないタイプです。
 その理由も『音呂木の神様』の加護を持っているからだそうですが……。
 イレギュラーズの『先輩』。実年齢は不詳。真性怪異及び悪性怪異の専門家。
 神事の奉仕、及び神職の補佐役を担っていますが、希望ヶ浜学園の学生及びアドバイザーとしての立場が強いようです。
 今回の案内人ですが非常に不機嫌そうです。

 ・澄原水夜子
 澄原病院のフィールドワーカー。明るく元気な前のめり系民俗学専攻ガール。
 基本、怪異に突貫していきます。澄原と名乗っていますが晴陽/龍成の姉弟とは従姉の間柄になります。
 父親に晴陽に取り入ってある程度良い地位において貰うようにと幼少期から厳しく躾けられました。言われるが儘に育ちました。ある意味で後ろ暗い過去やら、良いとは言えない生育環境で育っていますが彼女自身は明るく振る舞っています。
 ――そうじゃなきゃ、嫌われちゃうでしょ?
 怪異の気配に敏感ですが、注意喚起を前に特攻していくタイプですの当てになりません。

 ・真城 祀
 水夜子の保護者なのかひょこりと顔を出しました。意気揚々とやって来ては水夜子の調査を邪魔しているようです。

 ・葛籠 うつしよ
 怪談の噺家。とこよの双子の妹。音呂木の縁者を名乗っており、ひよのもそれを否定していません。
 水夜子にとっても知り合いのようですが……。
「うちは別に敵やありません。だって、敵や味方なんてそんな分類、神様の前では大した意味さえ持ちません。
 ひよのちゃんからすりゃ、うちは敵かもしれませんけどね。そんなん女の子のちょーっとした気紛れみたいなもんですやろ?」
 カラカラと笑う彼女は、何か知っているようですが……。

 ・葛籠 とこよ
 希望ヶ浜大学民俗学部に所属している青年。水夜子の先輩でうつしよの双子の兄です。
 ひよのはとこよを嫌っている様子です。ですが、数年に一度だけ『音呂木神社』に入れるため、やって来ました。
 夜妖憑きであり、つちぐもが憑いているのではないかと水夜子は推測しています。『希望ヶ浜怪異譚』についても詳しいようですが……。

 ・葛籠 神璽
 希望ヶ浜怪異譚と呼ばれる都市伝説を蒐集した一冊の書です。その作家、エッセイスト。著書多数。

●Danger!
 当シナリオには『そうそう無いはずですが』パンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。

【1】語部会(かたらべかい)
 音呂木神社で行なわれる神前に言霊を捧げる会です。
 ひよのではなくうつしよが進行します。
 当シナリオのメインコンテンツ。つまり、『怖い話』や『話したいこと』、『最近あったちょっと良いこと』などを話せばオールクリアです。
 百物語を思わせる様子にも為っており、締め切った部屋にはクーラーの音、生温い気配、蝋燭の火が揺らいでいます。
 どんな話でも構いません。複数人で話を繋いで頂いても構いません。
 話し終えた後は塩水を飲んでから何も話さず順序に沿って境内を廻ってください。
 そういう『決まり』です。
 話し終えた後、誰かに呼ばれても振り向かないで下さい。
 話し終えた後、何があっても声を出さないで下さい。
 ……帰り道が分からなくなってしまいますよ。

(※話の方針だけ決めて『怪談』をお任せ頂いても構いません。
 時刻、現場、希望する雰囲気やオチだけでもご指定頂ければ嬉しいです)

【2】音呂木の蔵掃除
語部会の前準備です。会ではお話をせず裏方に廻ります。
ひよのと一緒に蔵を掃除しましょう。色々な蔵書が出て来ます。
何か気になる本を探しても良いですね。呪われないように気をつけましょう。
動き出す人形や、何か奇妙な記述が載せられていたりもします。

うつしよととこよは出入りできないようです。ひよのが固く禁じています。水夜子が代わりにお手伝いをしています。
怪異に関する情報なども存在してそうですねえ……?

  • <希譚>みじか夜完了
  • [注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
  • GM名夏あかね
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月29日 22時05分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
武器商人(p3p001107)
闇之雲
古木・文(p3p001262)
文具屋
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
越智内 定(p3p009033)
約束
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ルビー・アールオース(p3p009378)
正義の味方
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者

サポートNPC一覧(2人)

音呂木・ひよの(p3n000167)
澄原 水夜子(p3n000214)

リプレイ


 再現性東京202X街。希望ヶ浜と名付けられたその地は全てが紛い物である。空も、地も、海も。何もかもがホログラムや電子的な要素を組み合わせて作られた都市国家内部の『エリア』でしかない。
 だが、だからといって全てが伽藍堂であるわけではない。信仰を始め、各地に点在する建築物も使い古されてそのものがあるべき存在だと認識されている。
 その最たる例が音呂木神社だろう。近隣にぽつねんと存在する神社の祭神にまで気を配る者は余り多くないのではないだろうか? 夏祭りに子供時代に参加すれど、一体どうした位置づけの祭であるかを気にするものか。ただただ、縁日を練り歩いて楽しむ程度の事ではないだろうか。
 音呂木神社にも祀る神が存在して居るが、対して気にする者が多くないのも我々の生活に置いて密接な存在であるからに違いない。
 音呂木姓を有する巫女である音呂木・ひよの(p3n000167)に学べば詳しくも慣れるだろうが、此度はそうしたルーツを知る為の場というわけでもない。
「暑いですね」
 汗を拭ってから澄原 水夜子(p3n000214)はにっこりと笑った。ペットボトルの麦茶を『お手伝いさん』に配っているらしい。
 今宵は音呂木神社の祭事の一つである『語部会』が開かれる。それまでの間はひよのがする蔵掃除の手伝いを行なう事となったのだ。
「ははー。そういえばずっとここで巫女見習いやってんのに蔵掃除初めてだわ。サボってるからか! ぶはは!」
「秋奈さん、後ろ後ろぉ」
 水夜子がついついと『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の腕を引っ張った。ゆっくりと振り向いた秋奈の表情にべったりと不安と困惑、それから危機たる感情が滲む。
「……うわお! パイセン? 次からちゃんとやるからその怖いオーラ仕舞って!」
「ええ。ちゃんと手伝ってくれるのであれば問題はないですよ。ええ」
「……怖いってば!」
 慌てる秋奈に小さく笑ってからひよのは「さあ、申し訳ありませんが早速のお手伝いを宜しくお願いします」と笑みを浮かべた。
 水夜子はちら、とひよのを眺め遣る。音呂木神社の蔵掃除をして語部会に『奉納する話』を探しているというのはひよのが先に告げた事だった。
 曰く付きの品が多いのならばそうするべき――なのだろうが。それだけではないように感じられたのだ。
「お祓いや供養などが目的で持ち込まれたモノが多いだけに、妙な気配がする物が多いわね」
 蔵の中に踏み入れてから『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は不思議そうに周囲を見回した。
(……これほどの曰く付きの品々を傍に置いているなんて、"音呂木の神"はそれだけ寛容なのかそれとも……)
 司令塔として立て居るひよのを一瞥してからアルテミアは首を振った。何か、思うところがあるのは確かだが、今は何も分かるまい。
「語部会、参加させて貰うがひよのさんも無理はするなよ。……まあ、何が心配なのか気に食わんのだか知らねぇけどよ」
「ああ、いえ――ッ!?」
「ラムネ」
 ラムネ瓶をひよのの肩口へと押し付けてから『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はからからと笑った。
 それじゃあと手を振って去って行く彼をひよのは「まあ、バカみたいな事が心配、なんですけどね」と呟いた。
「色々あったが、多少ゆっくりできると思ったらこの仕事か……。
 まぁみゃーこもひよの嬢もいる。何か力になってやれるかもしれん。晴陽への土産は期待できそうにないが気張るとするか」
 軽い挨拶を行った『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)は「やけに不機嫌そうじゃねぇか」と声を掛ける。ひよのは「そんなことありませんよ」と目を伏せた。
「へえ。ひよのさんでもそういう顔するんだね。ひよのさんが不機嫌そうな顔を表に出すのって珍しいぜ」
「……あら、定さん。お元気そうで何よりです。なじみとはその後?」
「ッ、つ、付き合ってないよ。まだ」
「まだ」
「そ、そうじゃなくってさ……!」
 語部会が始まるまでは『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)と一緒に時間を潰そうかと考えて居た『綾敷さんのお友達』越智内 定(p3p009033)だが、彼女が「聞いても良いの?」と言わんばかりの瞳を向けてくることに気付いてここまで逃げてやってきたのだ。
 不機嫌なひよのに対して定は咳払いをしてから「で、なんであの兄妹が苦手なんだい?」と声を掛けた。
「は?」
「あはは、顔に書いてあるぜ。……それに、元居たとこじゃそう言う表情良く向けられたしね」
「……そ、それは」
「自虐じゃないぜ、今はもう全然気にしてないし。ひよのさんに直接こんな事を聞くのだって、今までの僕ならしなかったろうけど。
 ……後悔するような事はもうしないようにしたいんだ。
 それに何がどうあったって花丸ちゃんはひよのさんを放ってなんておかないんだから、なら僕だってそうするに決まってる」
 何処にも行かないよね、と手を握り締める彼女の姿を思い出す。天真爛漫で居て、芯の強い彼女は諦めることを知らない。
 そんな友人がそうするならば定だってそうだろう。ついでのようになじみだって『そう』してしまうタイプだ。
「今年のクリスマスは『いつも通り』で居たいしさ、ひよのさんは違うかい?
 ……一緒の気持ちって言ってくれるなら、それだけで十分だよね。だからまあ、言えるなら教えて欲しいかなって」
「やや複雑な関係性の親戚とでも、そう考えて頂ければ、今は」
「親戚、かい?」
「ええ。親戚です」
 血の繋がりって煩わしいとぼやいたひよのはしゃっきりと立ち上がってから「あれ、奥に持って言って下さい」と定を顎で使うように指差した。
 使いっ走りとなる定を見詰めてから天川は笑う。晴陽の所に居るデスマシーンじろう君もこの蔵に居る何かの仲間なのだろうかと思い浮かべてはつい、笑みが浮かんだ。
「真性怪異ってのどれも手に負えなくて困る。斬って解決できりゃ話は早いんだがな。
 ひよの嬢は真性怪異と対峙した経験はあるか? あったならその時はどう対処したんだ? 逃げる以外の選択肢があるなら是非ご教授願いたいね」
「……ええ」
 ひよのは僅かに目を細めてから「ありますよ」とそれだけ囁いた。ひいひいと言って居る定を助けに行く天川の背を見送ってからゆっくりと俯く。
「はあ。凄えな、ちょっとした博物館だぜ」
 マスクをしてはたきで埃を落として行く『竜剣』シラス(p3p004421)はついつい、そのようにぼやいた。
 その傍らでは書物を探しながらもひよのの指示に従い掃除を行って居るアルテミアの姿がある。丁寧に掃除を行っているシラスは「中々、曰く付きの者が多いもんだな」と呟いた。
「ええ、そうね。…………奇妙な映り方をする鏡だったり如何にもな物ばかりね。
 水夜子さんは度々ここに出入りしているとの事だけれど、やっぱり情報収集だったり見つけた物を此処に持ち込んだりしているの?」
「私が持ち込むことは少ないですかね。その前にひよのさんに止められます」
「やっぱり、曰く付きだからか?」
「ええ」
 アルテミアは「成程ね」と呟いた。シラスはあっけらかんと言う水夜子に「そんなの何処で見付けるんだよ」と呟く。
「案外、石神をはじめとした今まで対処した真性怪異についての記載もあったりするかもだしね
 それにしても、こうも埃が多いと鼻がムズムズと……ふぇ、ふぇっくちにゃぁ!?」
 大きなくしゃみをして転倒したアルテミアに水夜子が「あらまあ」と揶揄うように笑っている。転がり落ちていく彼女の周辺を慌てて確認したのは『夜善の協力者』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)であった。
「ふーー! 大丈夫ですかな!?」
「え、ええ……」
 何かを壊してしまったら行けないからと転がり落ちたアルテミアは頭にごすんと落ちていた本を何気なく手に取ってからジョーイに「水夜子さんって何処に居るかしら?」と問うたのだった。
「貴様――掃除ボランティアは大歓迎だが、真逆、私の別の存在の棲家の如くに燃やす事は『ない』筈よ!」
「掃除の時間でしょう!!!!? 外に持ってきなさいよ!!! 燃えるゴミを相手してやるわ!!」
 火々神・くとかが胸張り告げれば『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は「Nyahahahaha!!! 大人しく掃除『も』成すのだ」とそそくさと周囲を見遣った。
「正直に――私は再現性東京、つまりは日本的な怪異、神には疎いのだ。
 今更ながら勉強、学ぶ事に力を注いでも問題はない筈。そもそも連中、名前や設定が有るクセに曖昧が酷いのだよ。
 しかし随分と書物が、人形とやらが多い。まさか、私と『目と目』を合わせたいとでも謂うのか?
 Nyahahahahahahaha!!! 私は貴様等とは違って『目がない』のだ、残念だったな!」
 楽しそうなオラボナの声を聞きながら「燃える塵ならこっちよ」とくとかが外から声を掛けている。ひよのに言われたゴミ袋を持って蔵の外へと一度出た時、空気の違いにシラスは思わず息を詰らせた。
(……中は歪んでるな)
 そう言いたくもなるような気配が充満していたのだ。「大丈夫か」と問うたのは『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)だ。
「あ、ああ。埃っぽくて凄いけどさ」
「そうだろうな。わざわざ掃除するということは日常的に掃除はしていないというわけだ。
 つまり、時間経過による蔵書の劣化などもしっかりチェックはしておいた方がいいだろう。
 時間が経ちすぎると内容を修復出来ないほどに劣化してしまっていることも少なくないからな。
 ……そうやって失われる知識というものは多いと聞くし、折角人手があるのだからなるべくしておいた方がいいだろうか」
 音呂木の蔵は曰く付きの代物も多いだろう。それらも分類しておかねば後々大変なことになりそうだとゲオルグはある程度の材料を用意してきたのだ。
 書き写す処置が必要なものを探した方が良いかと呟くゲオルグの背に「サボりが多いからそこは直ぐに分りそうだ」とシラスが肩を竦めた。
「……まあ、ないとは思うが曰く付きの品が語部会に影響を齎す可能性も気にはなるな」
 何せ歴史のありそうな蔵だ。曰く付きにも輪に掛けてなんとも言葉に出来ない代物が存在して居る可能性は高い。
「人が集まっている中で霊障とか起きたらひとたまりもないからな」
 ゲオルグが困った顔を為たとき「それはマジやばたにえんじゃん」と秋奈がひょっこりと顔を出した。
「てか、それ埃? マ? ホコリがやばたんだもんな! あとは奥側からな!
 掃き掃除から拭き掃除! フフッちゃんとお掃除できる系JK、秋奈ちゃんだ!」
 勢い良く飛び込んでいく秋奈は笑みを浮かべていた。ふと振り返れば葛籠の双子が立っている。
「あ、しよんととこよんか。入れないんだっけか? 何何?リクエストある?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうねえ」
 見守って居る二人に秋奈はふと首を傾げてからそそくさと作業に戻った。
 どうしてみているのかは分からない――けれど、妙に気になってしまったのは確かなのだ。
「……後輩」
 誰と話していたのだと言いたげなひよのの目線に気付いてから秋奈は肩を竦める。そんな不機嫌そうなひよのを見てからジョーイは「おお!」と手を打ち鳴らした。
「むむむ?! ひよの殿なんだかごきげん斜めの予感?
 ぬーん、葛籠兄妹と過去に何があったかしらぬでありますが、あまりごきげん斜めなのはよくないであります!」
「……ええ」
「思えば吾輩ひよの殿の事で知らぬことのがだいぶん多いでありますからなぁ。
 葛籠兄妹の事も全くわからんでありますし、吾輩色々気になります! であります!
 もちろん言いたくない事は言わなくてもいいから、言える範囲の事は話してほしいですぞー。
 あ、葛籠兄妹に対する愚痴とかでもオールオッケーでありますぞ! こういうのは誰かに話すことですっきりするってこともあるですからな!」
 ちら、ちらと見ながらも掃除をする為の箒を手にしていたジョーイに対して困ったような顔を為てから「私の我が侭ですよ」と呟いた。
「我が侭?」
「ええ、なんていうか、家庭に縛られるって嫌ですねえ」
 ひよのはそれだけ告げてから「ほら、蔵掃除」とジョーイの背を叩いた。


「蔵……Uhhh……。ここにもいわくつきが多いんだよね? に、逃げ場ないよね。いざってときはひよのもいるし大丈夫……だよね?」
「私の傍は大丈夫ですが、あっちの女は危険ですよ」
 ひどいと叫んだ水夜子に『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はぱちくりと瞬いた。
 決して怖い話から逃げてきたわけではないのである。掃除中に気になるものが出て来たって掃除は完遂してみせると胸を張ったリュコス。
 そんなフラグを立て居るリュコスの傍でそそくさと掃除をしていた『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)はと言えば綺麗にするついでに整理整頓をし「これは危険なものですね」とささっと端へと避けた。
「き、けん……?」
 聞き馴染みがあって欲しくない言葉にリュコスがぱちくりと瞬く。
「ええ、こちら、目が動きましたから」
「―――――!」
 正直なことを言えば動く人形にリュティスは慣れている。デスマシーンじろう君というチェーンソーを持った日本人形が友達めいた活動をしていた事もあるのだ。丁重に扱わなければ動き出しそうだと感じているのはリュティスだけではない。
「う、うご……」
 見る見るうちに怯えの表情を見せたリュコスは深く息を吐いた。
 けれど――リュコス自身ずっとずっと考えて居ることがあるのだ。
(怖いものが苦手、怖いのはいや……なのに、どうして)
 どうして、こうやって怪異に近付いていくのだろう。苦手だからと目を伏せることなく近付いてしまう。
 怪異を通して見えてしまった『過去』からどうしようもなく離れられないのだ。それが怪異の罠だとしても、それから離れることが出来ない。
(……そっか、そうなのかも。言えないけどね。でも新しく気づいたこともあるよ
 ぼくみたいに何かがあって、何かを埋めるために怪異に関わってる人は他にもいるんだって。
 心を読んだわけじゃないけど何となくそういう気配がする時があるんだ。……大きな声では言えないけど。
 わかってきたような気がするけど嫌だな。認めたくないなぁ)
 嘆息してから動きそうになった人形からそっと目を逸らした。怪異への拭いきれない興味がリュコスの体を突き動かしてしまう。
 ひよのや水夜子の事を心配しなくても良いと思いながら、彼女達の危険が無いことばかりを願って仕舞うのだ。
「こちら、気になりますね」
「……?」
「音呂木神社の歴史に、こちらは、奉る神、都市伝説、怪異について……。
 希望ヶ浜で起こる不思議な現象を少しでも理解できれば良いなと思っておりますのでみゃーこ様ならば詳しいかも知れませんね」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は資料を見るなら自身も結界術に関連するものを確認して起きたいとぼやいた。
「……まーったくなぁ、単なる掃除なら良かったんだが、正直言って嫌な予感しかしねぇんだよなぁ。
 こういう時は変なものとかうっかり調べたり読まなきゃ良いのがセオリーっちゃセオリーだが。
 蔵だけあって歴代の資料とかはありそうだが……はてさて周辺の奴が踏まずに済むんだか。……踏む気しかしねぇけどな!!!」
 踏みそうになって居るリュコスは「みやこー、これ、なんて読むの……?」と首を傾げて水夜子に教わっている。
「呪いの一端のようですが」
「!?!?!?!?!」
「嘘です」
「み、みやこー」
 おっかなびっくりした様子のリュコスを笑う水夜子。彼女の様子を眺めれば死への直行電車は案外近そうだとがくりと肩を降ろした。
「まあ、此処にあるものは『開かずの扉』以外は安全ですよ。ね?」
「……ええ」
 ひよのが奥の扉は触れなくて良いと鍵を掛けていた。確かに、そうでなくては人に掃除を手伝わせることはないかとカイトも合点がいった。
「奥は開けないのかね」
『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)はと言えば興味が強かった――が、それだけではない。水夜子が居る。
(……『音呂木』。他の神性ですら忌避する謎の多い真性怪異が都市部に存在する。『澄原』としては野放しにできまい)
 ひよのと水夜子は友人関係である。だが、それぞれが『使命を帯びている』と言えるだろうか。
「ひよの君。少し話を為ても?」
「ええ。あ、お任せします」
「任せて欲しいですぞー!」
 るんるん気分のジョーイはフルフェイスに「^^」の顔文字を浮かべた。
 そう、そそくさと掃除を続けて居るジョーイは真面目だった。
「吾輩こう見えて家事はなかなか得意でありますからにー、どうです? 吾輩優良物件ですぞー?」
「はいはい」
「あ、ひよの殿ー、この本はどこに運べばよろしくてー? しっかしずいぶんと色々な本がありますなぁ。
 やっぱりこれってどれも怪異がらみだったり禁断の書って感じのだったりするのでありますかな?」
 そんな禁断の書(らしきもの)を水夜子達が普通に読んでいるのを見ればジョーイだって中身が気になり始める。
「できればひよの殿おすすめの一冊なんてのがあればちょーっと読んでみたいでありますぞー」
「じゃあ、普通の絵本はどうですか。大切にしすぎたら登場人物が出て来て殺しに掛かってきた曰く付きです」
「ええ……」
 楽しげに笑った彼女は先程とは表情が変わっている。それでも、違和感があるのだ。それを感じずには要られまい。
(……我が侭)
 何度も繰返す、それを我が侭だと言った彼女は果たして、何を厭うているのであろうか。
「樹木信仰。道祖神信仰が大元なのだろうが。
 これまでの神性のように一部の狂信的な信仰に支えられるのではなく、まさしく『何気なく日常に寄り添った何気ない存在』なのだろう。
 日常の何気ない行為が『信仰』となるなら厄介だが。その神性の危険性というのは『管理者がいる』かどうかで相違はないだろうか」
「ええ。そうですね。都市に存在するからこそそれが何気ない信仰となるならば、それらを管理している一族が居るからこそ成り立つのでしょう」
「ふむ。水夜子君の『仕事』にも役立つかも知らん。僕も他の子の様に彼女に必要とされるようになりたいゆえに」
 愛無が聞かせて欲しいとひよのに言った。水夜子というのは求められれば外方を向く。全く以て愛無にとっては『追掛ければ逃げていく雲』のような娘なのだ。
 何を聞こうかとひよのをまじまじと見た。「あの二人は、ひよの君にとっては嫌な存在か」と愛無は問うた。
「紛れもなく」と彼女は頷く。そう告げたひよのに「ひよの、此れ」とカイトが声を掛けた。
 実のところ『危ない橋を渡りに来ていた』カイトはとっくにそれらしき者を一度見ていた。
「ひよのが何かしらの考えで動いてるのは確かだろうが、此方も危険を承知で動かなきゃならないって話だろ? だから――」
「それ、危ない本では?」
「うっかり変なものを読んだり見たりする? はははは」
「大丈夫ですよ。チョットお腹を壊す程度ですから」
「それはそれでどうなんだ」
 有耶無耶にされた話にカイトは愛無へと視線を送った。ひよのはそれ以上を語らない。
(まあ、そうだろうな。ひよの君は必ずしも『味方』ではないのかもしれないゆえにな)

「さて、曰く付きの品が多数あると謂うならば蔵にだって置かれている筈よ。
 他に気になる『もの』と謂えば、嗚呼、真性怪異に関するものだな。
 真性怪異は真性怪異でも『神』と名の付くものだ。私の親しみ易い輩は居ないものか探るとしよう」
 ロジャーズは掃除の最中に本探しとは掃除をする気は全くないのだと水夜子を一瞥する。
「んふ」
 誤魔化す少女にロジャーズは「まったく冒涜的だ!」と手を叩く。
「勝手に、ひとりでに動かないか。開かないか。これが文字通りのパンドラの箱を開ける、と、謂う事か。
 想像していたよりも遥かに、病的なまでに執着しているのだよ、神は!」
「あ、その子は動きますよ。夜毎にブレイクダンスを踊って鬱陶しいのだそうです」
「……」
 ロジャーズは奇怪な人形と見つめ合っていた。彼方が見てくるがこちらに目がないのだが、見つめ合っているというしかないであろうか。
「そういえば、つい最近は猫鬼という怪異の問題が終ったが……猫の夜妖がいるのだから他の動物絡みの夜妖も勿論いるのだろう。
 例えばほら、もふもふした狼さんの夜妖とか羊さんの夜妖とかひよこさんの夜妖とか……。
 いや、まぁ、危険なことの方が多いだろうが、こちらの味方をしてくれる夜妖だっているのではなかろうか」
「居るとは思いますよ。どんなものでも」と水夜子は微笑んだ。
「また、そうした夜妖を探してみても良いですね。なじみさんの猫鬼――『あざみ』さんも呼んで、ご一緒に」
「ああ」
 頷くゲオルグは喜ばしそうである。『航空猟兵』綾辻・愛奈(p3p010320)は「みゃーちゃんさん」と声を掛けた。
 澄原さんと呼び掛けた愛奈に「みゃーちゃんでも、みゃーこでも。親しみを込めて。澄原は多いので」と水夜子が体を乗り出したのだ。
「ああ、確かに澄原さんは多いですね。みゃーちゃんさんのお手伝いをさせて下さい。まだ見ぬ希書にお目通りが叶うかも知れない、と思うと楽しみでもありますが」
 愛奈は各古書に目を通す前にaPhoneのアラーム機能を利用するように心掛けていた。
「愛奈さんったら、確りお分かりですね」
「ええ。念には念を。周りに皆さんはいますし、何よりもみゃーちゃんさんが居るので大丈夫だとは思いますが……。
 引き摺り込まれる、というのは懸念事項です。応えず、振り向かずを徹底したとしても何が起こるかは分かりませんから」
 愛奈は自身の持ち得る技術を使って希望ヶ浜の地理情報や来歴を付き合わせていた。
「……他文献との比較は古典調査の基本だと思うのですが、いかがでしょうかみゃーちゃんさん」
 ピックアップしたのは地名や人名、その他固有名詞の韻律や黄泉の意味合い的な共通点。それから複数の古書などに登場する固有名詞のチェックだ。
 希望ヶ浜が人工的に作られた楽園であるのを念頭に置いたとしても歴史は確りと構築され、『真性怪異』――否、混沌世界と同じ用語を使うならば『大精霊』や『神霊』の作り出した歴史は構築されている。
「しかし、斯うしてみると不安点が多いですね。ロジャーズさんが仰って居ましたが名は有れど、姿がありません」
「そうなのです。希望ヶ浜怪異譚――通称を『希譚』。この中に騙られる真性怪異は全てが害を為しますが、どれもが『形がない』ものに思えるのです。
 それでも、希譚を見ればその足取りを追える。これは、怪異を追った、ではなく、怪異が追掛けてくるような……」
「想像された物語に対して、怪異がそれに沿って動き出し、結末が与えられないままに力を膨張させている、と?」
「分かりませんが」
 水夜子は悩ましげに呟いた。音呂木の文献には幾つか『タムケノカミ』という言葉があったが、それは言葉の意味ならば道祖神だ。
「これも、気には掛かりますね。……何を『手向け』るのでしょう」
「タムケノカミ――つまりは『手向けの神』。旅人の安全を護り、旅の安全を祈る神との事だけれど……ただの旅ではないわよね。
 手向けは、神仏や死者の霊にささげ物を指す言葉。
 となると、死後に神の下へ誘う旅を指している可能性が高いかしら……贄を意味している可能性もあるけれど」
 呟いたアルテミアに水夜子は「有り得ますねえ」と肩を竦める。
「それにしても怪異はどのようにして産まれるのでしょうか?
 ガイアキャンサーと似て非なるもの……産み出される方法は同じように見えます。しかし産まれたものは非なるもの。
 この土地が影響するのか、それ以外の何かがあるのか……わからないことが多いですね」
 水夜子はリュティスの問い掛けに「そもそも、精霊という存在とガイアキャンサーは違いますから、分類と言えば大精霊などと同じなのでしょう。それが土地による様々な影響を受けて怪異として現れている……というのが私の見解です」とさらりと応える。
 さっそく水夜子がサボ……いや、勝手に文献を見ている様子を眺めてから確認済みの本をさっさと確認し修復するべき箇所があったかをリストアップする。
 本を系統に分けてから巻数純に並べ直し、ばらばらに並んでいるときになるからと細かく確認していた。
「俺ってば自分の部屋ぐちゃぐちゃなのに何でこんなに掃除頑張ってるんだろ。
 ああ、これはご褒美が欲しいなあ、ひよのさんさあ。みゃーこちゃんもそう思うだろう?」
「そうですねえ。シラスさんは私の手伝いをしてくれてますしぃー」
 水夜子がにまりと笑えばシラスと彼女の顔を見比べてからひよのは「分かりました」と肩を竦めた。


『ノブレス・オブリージュ』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)にちょっては真性怪異の力を得る方法を欲していた。
 この場は準備段階だ。猫鬼と相対した時に『真性怪異を喰った怪異』を自らの体に映そうにも相応の準備や土台が必要であると云うことは分かって居た。
「水夜子。怪異の力を得る方法は分からないか?」
「普通の夜妖憑きですか?」
「……いや、真性怪異に憑かれる方法だ」
「ああ……知らない、とは言いませんけど。良くて、死ぬだけですね」
 水夜子の言葉にシューヴェルトはぎょっとした様子で水夜子を見た。書物を漁っていたのは彼女も同じだろう。
 葛籠神璽と呼ばれた真性怪異について蒐集しているエッセイスト・文筆家を辿るのは何もシューヴェルトだけではない。
「真性怪異と人間の関わりについての書物も読んだ。真性怪異の力を得る方法は載っていなかったが……僕自身を呪って貰うことは出来ないか」
「その……何処まで、というのかは分かりませんが、真性怪異に憑かれるというのは即ち『それをものにする』ということで相違はありませんか?
 その場合は、そうですね、良くて死ぬだけです。悪くて肉体を糧にされて無に返す程度でしょうか。そういう存在に、好かれるのとものにするのはまた違いますから」
 水夜子はシューヴェルトを見上げて肩を竦めた。
 真性怪異に好かれる方法があるのか、と問われれば水夜子は首を振るだけだろう。それは、此れまでのその当人の行動次第だ。ひょんな事で好かれる可能性もあれば、突如として厭われる可能性もある。
「私も知りたいんですよね」
「……それは何故?」
「あはは! だって、私って怪異に嫌われそうな女じゃないですか? 死にたがりは怪異に好かれますが、それを求めれば求める程に嫌われるのですよ」
 あっけらかんと言う水夜この声を聞いていた『闇之雲』武器商人(p3p001107)は「おやまァ」と呟いた。
「それで良いのかい? 水夜子」
「いいえいいえ、全く以て困ったものです」
 唇を尖らせた『死へとクラウチングスタートを決める』娘こと澄原水夜子。彼女を見詰めてから武器商人はくすくすと笑った。
 武器商人は暮らそう自前にとこよと接触していた。警戒心というものは見受けられず、寧ろ、警戒されるのであれば魔眼を駆使して緊張を和らげんとした武器商人の作戦染みた行動にも「寧ろ、その方が警戒される」と揶揄ったほどだという。
「あの人達、ちょっと怖いですよねえ。あんまり敵対行動って思われたくないですよね」
「ああ、そうだねぇ。勿論さ。……それにしたって――」
 話し込んでみれば、怪異噺を好いている訳ではないのかも知れないと言うのだ。産まれた時から培われたものだった、とでも言うのだろうか。
「いまいちな反応だったのは確かさ。けれどね、『神格』にして『蔵書』たる彼は己の存在を真性怪異の中に一つずつ組み込んだ。
 つまり必然、音呂木の神の中にも組み込まれているということだ……どう思う?」
「私は……そうですねえ……どう、言いましょうか」
 水夜子は敢てそれ以上を口にはしなかった。
「葛籠神璽、人気ですねえ」
「ああ。好きなのだろうね、彼のことが。我(アタシ)も識りたがりだからさァ。
 モノガタリも信仰も、識る者がいないと成り立たない。愛しいモノだよね。ヒヒヒヒヒ……」
 くすくすと笑った武器商人は葛籠神璽と同じ姓を持つうつしよととこよこそがその縁者であるのではないかと、そう考えていた。
『無情なる御伽話』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)はその家系であると断定してからひよのに問うてきた後である。
 妙に誤魔化されてから「うつしよは胡散臭いでしょう」と外方を向かれたのだが――
「みや……いえ、みゃーこ、私もお手伝いしますよ」
「有り難うございます」
 何か分かりましたかと言わんばかりに見透かした水夜子の笑みにミザリィは『言葉にせずに』問うた。
『……手慣れていますね? 此処にはよく来るんですか?
 なにか探し物をしているように見えましたので。私でよければ、一緒にお探ししますよ』
『ええ。何時もここには入れて貰っていますから。
 探しているのは……そうですね、タムケノカミ、道祖神の話です。一方通行にならないように』
 ぴくり、とミザリィの肩が揺れ動いた。道祖神や地蔵。そうした分類のそれは旅立つ者を見守ると言う。それを悪性とした場合は何かの影響で転じてしまったのか、それとも『その在り方』が危険視される可能性があるというのか。
「……単なる見守り手ならば『警告』が飛ぶようには思えないしな。
 それに、信仰に付く手垢ってのは大抵、歪みを齎すもの、じゃなかったか……?」
 呟いたカイトはひよのに揶揄われながらもタムケノカミに関する情報を探していた。
「問題は怪異譚ですら『少しばかり』の文量な訳だ。意図的に情報が抑えられている可能性もあるわけだが。
 まるで意図してそうあるようにコントロールして居るみたいだな。書き手が怪異の印象を其方に誘導しているような……」
 まさかなあとカイトは小さく漏したのであった。

「『招かれねば入れない』双子も気になるが。水夜子君から目を離すと、また新しい『恋敵』がでてきそうだ。さて、どう思う――?」
 愛無のaPhoneの向こう側で真城 祀が笑っていた。
「あの双子については何か知っているだろうか」
『そうだなあ、あまり。コレと言って。ですが、其方も何か手がかりがあったでしょうに』
「鍵になりそうなのはタムケノカミ、ツチグモあたりか。
 謎多き神の先触となる神。ひよの君が忌避する『縁者』。人付き合いにも卒がなく夜妖憑きにも忌避感が少なそうなひよの君が忌避する存在。
 ならば『憑いてるモノ』が問題なのだろうか。単純な蜘蛛の怪異とは言えぬのがツチグモだ」
 ツチグモといえば排除される事が多い存在だ。畏怖すべきものそのものでもある。
 葛籠という名前には『葛(かずら)』が含まれる。歴史を紐解けば、大和国においてそれらが討ち取られた地を葛城(かつらぎ)と名を与えたのだ。
 どうして討ち取られたかと言えば元来的には妖怪ではなく、王権に恭順しなかった者達という話だが――
「印象的だろう。『神への叛意を示した者』としての示唆であるか、それとも。神を喰らう可能性がある者という意味なのか」
『そう捉えれば、彼等は神を何時だって殺す事が出来る存在なのかもしれないねえ。水夜子は友人が死ぬのは耐えられ無さそうだけれど』
 からからと笑う祀に愛無はやな奴だと思わず呻いた。葛籠家と音呂木家の関係性は彼は敢て語る事はしなかった。

「ひよの。これって借りても良いのか?」
 シラスが何となく手に取ったのは可愛らしい少女の人形であった。日本人形をどうしてか『手にした』のは訳がある。
 それに何となく見覚えや知っているような気配を感じたからだ。
 ずっとそれを目に付けていたのだ。彼女の――『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)と『魔女の騎士』散々・未散(p3p008200)の傍に存在する少女、あさに良く似ているような気がしたのだ。
(……怪異か。あさって子も気になるんだよな。
 何にせよ、真性怪異の力は再現性東京の作り手である練達の技術力を明らかに超えている。混沌中を探しても他に類を見ない特殊なものだ。
 上手く扱えば貴重な情報や効果を引き出せると思ってる。
 ひょっとするとアレクシアの記憶の問題が緩和することもあるかも知れない……それを前に足踏みなんてしていられるかよ)
 怪異の力を駆使して、代償を怪異に喰わすなんて事が出来れば――そう想像してからシラスははあと小さく息を吐いた。

「むしろ巫女としての力も欲しいんだけどなー! 私ちゃんもなー!
 こういうときビビってちゃ何も始まらねぇ!私ちゃんの出番みたいなもんだ!
 パイセンに怒られるまでやる! 幽霊でも夜妖でも話しかける! 対話だ! むむっ! この本は目が離せない。うむ、おてては貼りついたみたいだぜ! ぶはは!」
「後輩!」
 叱るひよのの声を聞いてから秋奈はからからと笑った。求めているのは『アリエ様』のことだった。気軽に大丈夫になりたいが真性怪異に好かれてしまった彼女は封印の余波で体に這いずる気配を感じているのだ。
「……このまま真性怪異がどうのってなるのもそれはそれで。
 それに! 音呂木の神様についても、こっそり調べちゃうもんね!」
 ふと気配を感じてから秋奈は振り返った。
「む、君誰よ。いままでいなかったじゃんよ?
 こんなとこで何してんの? マジかよ、さみしい子供だったんだな。おーい、知らん子いるんだけど!」
「は?」
 カイトが顔を覗かせたが――「誰もいないけどよ」
「あり?」
 気付けば其処に居たはずの少女の姿は掻き消えていたのであった。


 しんと静まり返った音呂木神社の境内には幾人ものイレギュラーズが居た。
「この間やったやつまたやるんだな。普通に面白かったから楽しみだよ。
 逢坂や両槻に狭照屋、私は知らないが石神などでも、ここの神にはずいぶん助けられている。
 借りがあると言われればその通り。それを返すのもまた道理。
 ただ――私達、ずいぶん借りてるだろうからなぁ。供物はまだ足りないような気もするけれど」
『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)に水夜子は「確かに」と頷いた。
 此れまでの事を考えればひよのが音呂木神社の巫女として手を貸した時点でその神の手を借りたとも言えるだろう。
 その為に供物を惜しまないというのは、良い心がけだと(関係ないくせに我が物顔で)水夜子は言う。
「百物語。それは肝試しの一種。だが怪異を呼び出す儀式とも言えるが」
 ニコラスは水夜子に気付いてから「よお」と軽い挨拶をした。「みゃーさん」と呼び掛ければ彼女は何時も通りの笑みを浮かべている。
「突っつきすぎてヘマこくんじゃないぞっ。
 どーせ何かあっても俺たちが助けてくれるって無理も無茶もするんだろ?
 ……死ぬ前に助ける。そう約束もしたしな。せめて手の届く範囲にいろよ。そこから外れて落ちたなら追いかけるの大変だからよ」
「……ニコラスさん」
「ん?」
「百物語とはどのようにお考えですか?」
「そうだな。言霊を捧げる。つまり鬼を譚ずれば怪に至る。……最後に出てくるのは青行燈だっけか?
 じゃあ今回はどうなるのかね。99で止めりゃいいが100までいったら何が出る? 青行燈か……それとも『音呂木の神』が姿を現してくださるのかね」
 水夜子はぴくりと指先を動かした。神様とは詰まりは真性怪異だ。何が出るかは分からないが、悪い事とならぬ事だけを願わねばならないか。
 そんな話をしている二人の傍で『結切』古木・文(p3p001262)は頭を抱えていた。
「ああーー、どうしてここに来てしまったのかなぁ。文献を読んで怪異について調べていた方が良かったと云うのに。
 葛籠姓を持つ二人のことがどうしても気になって此方へ来てしまった。
 大勢での会話は苦手だけど教え子の前で醜態をさらす訳にもいかないし……自分で決めたことだ。腹を括るとしよう」
 すう、はあ、と深く息を吐く。文字に呪いを込める文はそれと似通った意味合いのある言霊に関して気になっていた。
(しかし、『葛籠』か……。葛籠と音呂木の間に繋がりがあるのは知っていたけれど、ひよのさんがあんなにも彼らのことを避けるとは思わなかった。
 水夜子さんとは、また別の関係性があるようだけど……しかし話せる機会が出来たのは僥倖だ)
 何故、葛籠神璽は怪異に遭遇し続けたのかが知りたかったのだ。何故、あれらを前に生き延びてあまつさえ記録できたのか。
(……今迄葛籠 神璽の記録に頼って来た所為か。何でも文字に書きつけて記録に残してしまう自分の悪癖の所為か。
 葛籠 神璽に対して他人とも思えないところがある。
 しかし、てっきり葛籠姓を持つ者は筆記に長けていると思い込んできたが……うつしよさんは噺家か)
 だが、うつしよの話を聞いた事があるはずの文はそれを思い出せやしなかったのだ。
 難しい顔をした文が室内に入ればごうごうと冷房の音がする。その下で物珍しそうに『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が周囲を見回しているのだ。
「話を聞く限り、語部会っていうのは儀式のようなものなんだね。ひよの……嫌じゃなかったらひよちゃんって呼んでもいい?」
「ええ、なんなりと」
「ひよちゃんには希望ヶ浜に来た時お世話になってるし、助力は任せて!」
 にんまりと笑ったシキにひよのは頷いた。念のため、そう、念のためにひよのを見ていた。
(……何かあるのかな……)
 表情が硬い。そう思いつつも花丸は「ひよのさん」と呼び掛けた。
「ジョーさんは蔵掃除ちゃんと出来てた?」
「……ええ」
「あの……あ、ううん、何もない」
 葛籠家の双子を見るとひよのの表情が硬くなるのは気に掛かる。此程不機嫌そうな所を見るのはあまりないからだ。
(希望ヶ浜怪異譚の事も気になるし、まだ知らないことが多い音呂木の事だって……。
 ひよのさんとこの先も付き合っていくなら知っておかないといけないことが多そうだし、語部会の前に彼らにちゃんと挨拶して縁だけは繋いでおいた方が良さそうかな)

 ゆっくりと室内に入ってきたのは練達に棲まう少年だった。名をスピネル・T・ローズと言う。『正義の味方』ルビー・アールオース(p3p009378)の付き添いでここまでやってきたのである。
「お邪魔しまーす。ここって以前から名前は知ってたけど、縁は無かったんだよね。
 こういうお話会って初めてだから何話したらいいのかよく解らなくて。的外れだったらごめんね?」
「大丈夫だよ、ルビー」
「そうかな? 皆が喜んでくれると嬉しいな」
 にこりと笑ったルビーにスピネルは頷く。うつしよは「あらあ、仲良しさんですなあ。楽しみやわあ」とにんまりと微笑んだ。
「さて、うつしよさんだったか?」
「あ、私も話したかったんだ!」
 うつしよに声を掛けたニコラスの傍にシキが勢い良く飛び込んだ。にんまりと笑ったシキは「タムケノカミには気をつけてって聞いたんだけど」と問うた。
「行きはよいよい、帰りは怖いって訳ですわ」とくつくつと喉を鳴らして笑う。
「すまない、手順を聞いても? ところで百物語は語り終えたら蝋燭を消していくものと聞いたがここでは作法が違うのかね。
 異国の風習だから物珍しいけれど物慣れない。ちなみに境内を回るのってひとりずつ? 葛籠の2人もやるのかな」
 一緒に回るのはどうだろうかと提案したラダに「ぼくでよければ」とひょろりとした背を曲げてとこよが微笑んだ。
「話し終えたら一緒に回りますか? ぼくが居た方が安全すぎて何ら面白みも無いかも知れませんが」
「……何かあるのか?」
「何もなさ過ぎるのかも」
 飄々とした『水夜子』の先輩にラダは眉を顰めた。
「はじめまして、うつしよ様、とこよ様。おふたりはひよの先輩の親戚のひとなのですね。……? ひよの様とは、なかよくない、のです」
 あからさまにご機嫌斜めなひよのに気付いてから『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)がこてんと首を傾いだ。
「あはは、そうなんよ」
 手をひらひらと揺らがせたうつしよを見詰めてから『シンギュラリティ』ボディ・ダクレ(p3p008384)は「葛籠とこよ、うつしよ」とぽつりと漏した。
(彼等はあの本の著者と同じ名字ですし、『希望ヶ浜怪異譚』に纏わる語りなどをするのだろうか。
 もし語るのなら是非とも聞いてみたい限り……それにしても何故音呂木様はあからさまに不機嫌なのでしょう。彼らのせい?)
 彼等が何を語るのか、というのが嫌なのだろうかと首を傾げた。
「音呂木神社の行事に参加できるなんて光栄だね。なんてことない話しか持ち合わせていないけれどよろしくお願いするよ。
 ……ひよの殿、何だからあまり機嫌が良くなさそうだけれど……大丈夫かな?」
「ええ、ご心配なく。参加して頂けて嬉しいですよ」
 ひよのがぎこちない笑みを浮かべれば『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は頷いた。今回は珍しく彼女は案内役ではないらしい。
「初めまして。とこよ殿、うつしよ殿。今日はよろしくお願いするよ」
「ええ、ええ」
「そういえば、うつしよ殿の言葉にひよの殿から見たら敵だなんて、穏やかじゃないことを言っていたと耳に挟んだんだけどどういうことなのかな……?
 それも今日の語部会や音呂木の神様に関係することなのかな。何事も無いのならそれはそれでいいのだけど」
「そうあるような宿命ってだけなんですわ」
「中二病って奴だよね、うつしよ」
「ちゃいますやろ、とこよ」
 楽しげに話す二人を見詰めてからヴェルグリーズは首を傾げた。知っている話があれば聞きたいが彼等はそれ以上は話してはくれなさそうだ。
 花丸が緊張した面立ちでひよのの傍に居ることに気がついてから『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)はぺったりと寄り添っていた。
「おやおや~鉄壁の笹木さんでも幽霊が怖いんですかぁ~?」
「怖くないよ」
「本当に~?」
「怖くないってば」
「別にしにゃは怖くないですけど! 怖いから花丸バリアーしようと思ってる訳じゃないですけど!」
 因みにしにゃこは封印を解除してしまうからと蔵掃除からは除外されたのであった。
「それはともかく噺家さんだったよな。なら本業の噺楽しみにしてるぜ」
「ええ、ええ、よろしゅう頼みます」


 手順を説明されてうまく出来るかとスピネルを見たルビーだがすうと息を吸ってから皆へと向き直る。
「まずは自己紹介、私はルビー・アールオース。
 練達生まれ練達育ちの18歳! 希望ヶ浜学園の学生でもあります。こっちのスピネルとは小さい頃からの幼馴染です。正義の味方邁進中!」
「スピネルです。宜しくお願いします」
「私達は幼い頃に一緒に冒険をしようって夢があってそれに向かって頑張ってたんだけど、ある日スピネルが神隠しにあってカムイグラまで行ってしまったの。
 情報屋の人に神隠しについて教えてもらって、カムイグラに行って、そこで巫女さんや責任者の人に教えてもらって無事に再会できて……。
 それから今はローレットの事件を一緒に受けたり、一人で行かなきゃいけない時は『おかえり』って出迎えて貰ったり。
 そんな充実した日々を過ごしてます……ってなんか凄い自分語りしちゃったけどこれで良かったのかな!?」
 うつしよが「素敵な話やわあ」と囃し立てる。ルビーは少しだけ頬を赤らめてからにんまりと微笑んだ。
「色んな所に行って冒険や事件に関わったりしたけど、やっぱり一番大きな事って言うとこれだから。
 それに神隠しっていうだけあって神様に関わりのありそうなことかなーって。
 バグ……ただ偶然起きた事なのかもしれないけれど、なんだか私達にとっての試練みたいな気もしちゃって。
 会えるまではただ悲しくて不安で堪らなかったけど、今はすごい思い出。もしも神様がそうしたのなら感謝したいぐらいかな。
 ――そんな私たちのお話でした!」

 花丸は「私も!?」とぱちくりと瞬いた。慣れない空間と雰囲気にそわそわしていたのはルビーだけではない。
 花丸とてどうするべきかと頭を悩ませていたのだ。怖い話を花丸は苦手としている。だからこそ、それをパスして、話したいのは――
「皆で頑張って……ヒーローが一人の女の子を助けたってお話っ!
 あの時のジョーさん、本当にカッコ良かったよねっ!
 あの後二人が付き合うことになったのかとかその辺気になるんだけど、流石に此処じゃダメだよね?
 その辺りも聞こうかと思ったんだけどジョーさんが逃げちゃってさ。
 あ、でも、あの時も真性怪異だったよね。猫鬼……今は、あざみさんか。あざみさんだって真性怪異を食べちゃったりしたし」
 花丸は思い出すように指折り数える。『花丸手帳』にはやりたいことが沢山描いてあったのだ。
「あとね、シレンツィオ・リゾートにもお出かけしたし、ひよのさんとは色々と楽しいお出かけをしたよ。
 今年もクリスマスとか、思いっきり楽しめるといいなあ。以上です!」
 そう告げてから塩水を口に含む。境内から出て、決められた順路を辿るのだ。
 しにゃこと一緒に行っても構わないと聞いてから、花丸は彼女が語り終えるのを待っていた。
「しょうがないですね! しにゃ渾身の怖い話を披露してあげましょう!
 昔々ある所に超絶美少女がいましたが8月31日にも限らず夏休みの宿題に追われていました。
 眠い目を擦り必死に答えを丸写しして短縮を図り、ギリギリに終わらせ気づいた時には9月1日登校直前の時間です。
 慌てて宿題を詰め込もうとスクールバッグを掴み取ると……なんともう一冊、丸々手を付けていない宿題がゴロリと転がり出てきたのです。
 紙で出来ているのにも関わらず鉛の様な重さを感じました。絶望した少女は夢であるように願いながらお布団へ倒れ込むのでした」
「……寝たんですか?」
「えへ」
 しにゃこは塩水後ぐいっと飲んでから花丸を連れてぐんぐん歩き出した。しょっぱと叫びたくなったが止めたのだ。
(怖くないですけど! 喋るなって言われると喋りたくなる性分が今は嫌になります!)
(それなりに見慣れた景色の筈なのにいつもと違う事をしたからかな? ……何だかいつもと違って見えるかも)
 灯された仄明かりを辿るようにぐるりと境内を回る。決して話さず、振り向かず。歩いているだけで何処に行くのかが分かる。
 どうやら、ぐるりと回った後、先程話していた部屋の隣室に辿り着くようだ。
 話しても良い場所にまで辿り着いてからしにゃこは息を大きく吐いてから「いやあー」と肩を竦めた。
「なんか途中で聞こえた気がするんですけど気の所為ですよね……? 耳が良すぎるのも困りものですし」
「……え?」
「え?」

 文は「えっと、僕の番だね」と頷いた。何処かで聞いた話と同じではあるのだが、上手く思い出せないのだ。
「怖い話じゃなくて、少し不思議な話になるんだけど……最近、夜出かけると誰かが後ろにいる気がするんだ。
 妙によく会うご近所さんだったり、恨みを買っている誰かなのかもしれないと思ってね。
 ほら、怖い話で『誰かに見られてる』とか『何かの気配がする』ってよくあるでしょう?
 それで振り返ってみたら、大きな花が一輪咲いていただけだったんだ。ただそれだけなんだけど……ごめん、変な話しちゃったね」
 徘徊さんとうつしよが言った。
「これは聞いた話ですよ。当時女子大生だったAさんがね、暗い住宅街を一人で歩いてたんですって。
 もう終電も終った時間。空気がひんやりしてましたわ。
 そんな道をAさんは慌てて歩いて行く。いやだなあ、君が悪いなあなんてねえ。
 すると、後ろからぺたぺた、と足音が聞こえてくる。不審者か、それとも。Aさんは振り向こうとしたらしいんですが唐突に嫌な感じがして無視して走り出したらしいですわ」
「うつしよ」
 とこよが声を掛けるがうつしよは語る言葉を止めやしない。不快そうな顔をしたひよのに『斯うしたところが嫌いなのか』と文はつい、と視線をやった。
「そしたらねえ、足音が着いてくる。ぺたぺた、足音を立てて『重なってくる』
 足音まで完璧に揃うのだから、これは人間じゃあないとAさんは慌てて近くのコンビニに入りました。
 リズミカルな音楽がして、コンビニの入店ミュージックが安心させてくれます。よかったとため息を吐いてから何となく軽食を購入したんですって。
 ええ、不審者なら諦めるだろうという時間をちょっとだけ稼いでね。
 店から出る前に硝子張りのそこから外をそっと覗いたんですわ。……するとね、居たんですよ。
 まるで大輪の花のようなものを持った何かがそこで待ってたんですね。Aさんは思わず驚いて店を出るのを少しばかり遅らせました。
 後から入店し、直ぐに煙草を買って出て行った男の人が居たんですが、『それ』は男の人に着いていきました。
 Aさんは何が起るんだろうかと追掛けたんですね。
 そうするとね、男の人はくるっと振り返って『それ』を見たんだそうです。『それ』はいきなり笑い始め――頭から――……」
「うつしよ」
 とこよに制止されてからうつしよはにこにこと笑った。

 ――ぺた。

 ――――ぺた、ぺた。

 何処からか、足音が聞こえてくる気がして気味が悪いが、文は其の儘手順に従うようにその場を後にした。

「さて、私の番です。語る内容は小耳に挟んだお話ですが――」
 ボディは語る。それは新月の夜の話なのだそうだ。ざあざあと浜には波が返す。
 気紛れに立ち入った男が、遠くにポツンと突っ立っている人影を見付けたのだという。
 時折、ひゅん、ひゅんと音が鳴る。
 何かを振りかぶるようにしてそれが揺れているのだ。真っ暗な影は何度も何度も揺らいでいる。
 可笑しいなと思って近付いたのはそれが怪異や幽霊に見えたからだ。
 けれど――近付けば灯が切れてしまったという釣り人だったのだという。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花。よくある話ではありますが」
 ボディは頷いた。そして、ふと、思い出したように問う。
「神に言霊を捧げる催しなら、何故話し終えたら何も話してはいけない?
 他にも言葉を出した方が、たくさん言霊を捧げられそうなのに。
 ……物は試しと何か声を出してみたいですが、私にも帰る場所がありますので軽率に破るのは危険ですよね」
「……『捧げる』のは限られたものでなくてはなりませんでしょう。特に、斯うして場を治める事が出来ていないならばそれは危険な行いです」
 ひよのが静かに告げる。捧げすぎればそれは大きくなって、何れは暴れ始めるだろう、と。


 怪談だろうと異国の話を聞くのは面白い。湿度の高い生温い暑さはカラリと晴れたラサに比べれば鬱陶しいが、聞いている間は気が紛れる。
 ひよのの様子を気にしながらも、ラダは自らの前に順番が回ってきたことに気付いた。
「そうだな、聞いてばかりでなく私も一つ出そうか。
 今回は踏切の話などどうだろう。希望ヶ浜だから去夢鉄道の話になるわけだけど――」

 カンカンカンとリズミカルに鳴り響く踏切とは印象深い。それが開かずの踏切と呼ばれるようになったのは随分前のことらしい。
 茹だるような夏、開かずの踏切の前に立っているとそれだけで永遠の時間が流れたような気になるのだ。
 ずっと踏切の音を聞いていると、向かい側に人の気配がする。どうやら開かずの踏切を渡る為に待っているらしい。
 この開かずの踏切という名前がまず行けない。駅が近く、本数がそれなりに多いため、電車の往来が激しく踏切が開く時間がめっぽう少ないから付けられたのだ。
 それでも僅かな『間』を縫うように開くことがあるのだが、時折、何かを見越したように踏切は勝手に開くことがある。
 それが入り口なのだそうだ。蝉時雨の中をゆっくりと踏込むと、音が消える。
 踏切を渡り終えた途端に快速列車が背中の向こうを走っていく。
 振り向けば、そこはもう異世界だ。踏切は二度と開かず、招かれた事になるのだそうだ。
 それからどうなるって? さあ、どうだろうな。……何せ、招かれた後の者の話は聞く機会もないだろうから。

『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は「怖い話でも良いんですよね」とうつしよを見た。
 うつしよはうんうんと頷く。

 あるところに中学生の子供がいたんですよ。素行の悪い俗に言う不良ですよね。
 その子、物を壊すのが大好きだったんですね。特にガラスとか鏡とかそういうのを好んで壊してました。
 最初は自分の家にあったガラス製品や鏡を壊したり、次に人の家の窓に石を投げこんで割ったりとか
 そしてとうとう夜中の学校に忍び込んで学校中の窓やガラスを割り始めたんです。
 最初は楽しく割っていたんですが、急に声が聞こえるようになったんです。
 ……「痛いよ」って。最初は空耳かと思ったのですが、ガラスを割ったりするたびに聞こえるんです
 ……「痛い痛い、どうして傷つけるの」ってね。
 不気味に思って割ったガラスをよく見ると映った自分が泣いてるんです。血を流して、痛い痛いと。。
 割ったガラスに映る自分が全員。
 気づくと同時に今度はガラスの破片から赤い液体が染み出してきたんです。まるで怪我をしたみたいに。
 悲鳴を上げてその子は逃げ出しました。その後、翌日学校で見つかったらしいですよ。両目がガラス片でつぶれていたようですが。
 怖いですねぇ……まさか僕も『恐怖のあまり自分の両目を潰す』とまでは思いませんでしたよ――
「え?」
 ひよのが鏡禍を見た。
 意味ありげに笑った鏡禍は塩水を飲んで話してはならないでしたね、と立ち上がる。
「にしても塩水を飲んで話してはいけないとは、まるで見つかってはいけないみたいじゃないですか。
 何かいるんでしょうかね……語られた何かか、呼ばれる何かが」

「ひよの君もご存知のハヤマ様。まあ、なんでそんなに未散君にご執心なのやらって感じだけれど……。
 怒らせてしまっているなら仕方がない、そういえば深緑では精霊に捧げる歌とかもあるじゃない。こっちの神様にも似たようなことができないかってことで」
「ぼく達、ふたりで『AM04:25(アム)』というバンドをやってるんですが。
 最近、ヤキモチ妬きな神様を――……少しばかり、便利センサーとして使い過ぎてしまっていたものですから」
 ほら、と未散が肌に咲いた華を見せた。アレクシアの拗ねた表情が印象的だ。
「歌を、作ったんです」
「神様に気持ちを鎮めてもらうための歌を」
 二人は顔を見合わせた。ひよのはふと、アレクシアの背後から何者かの影が覗いたことに気付く。
 あれは――狭照屋村で二人についてきた夜妖だろうか。
 メロデイィも詩もオリジナル。奉納の曲というのも作法を知っているわけでも無い。アレクシアも未散も調べ尽くした上で気持ちが大事だと割り切った。
「ええですなあ。どんな歌にしはったん?」
「えへへ。夜も更けてお腹が空けば、桜の神様にちなんで桜餅食べてみたり……そこから脱線して桜の話で盛り上がってみたんだよね。
 深夜のテンションで、投げキッスを振り付けにしてみようとしたり、楽しいひとときだったよ」
「ええ、ええ。徹夜してカップラーメンを啜ったり、『一重咲きか八重咲きか如何か』で審議を醸したり。
 泥の様に眠った後、頭を抱えてもんどり打ったりして。楽しゅう、御座いました。それこそ、創作の醍醐味かと」
 目を細めて囁く未散にアレクシアは「それでね」と彼女を見た。
「それで少し思ったのですけれど、ぼく等、タムケノカミにも歌を一曲作ってみたりしたくて。
 ええ、後でお掃除されてる倉庫の方にも、顔を出して見ようかと……抑も、神様にロックが通じるのか、判らないんですけどねぇ、ふふ」
「まあ、通じなくても、分からせてやる! くらいの心意気で!」
 ぴくり、と肩を揺らしたのはひよのとうつしよであったか。楽しげに笑っているのはとこよだけだ。
 奉納した歌に一礼し、二人はゆっくりと境内を廻る。
 決まり通りに進む前にアレクシアは『あさ』の手を握り締めた。
 塩水を口に含んでゆっくりと進む。途中でアレクシアの腕をくいと引いた小さな掌。それがあさであることは分かって居る。
 そっと隣を見れば未散も誰かの手を握っている。あさは此方に居る。なら……?
(ああ、ああ、あささまではないだろう。ぼくはあささまを怖がらしてしまっているし、彼女の掌が……こんなに、大きな訳がない)
 何かと手を繋いでいる。横目で正体を伺おうとする未散を制するように『此処で唯一声を出しても良いあさ』が「あーああうあああ」と意味の分からない言葉を繰返した。
 背に氷を入れられたような心地であった未散は独り言ちる。
(嗚呼、厄介な神よ 寵児(いとしご)と 御心適ひし ぼくながら 勝手致すを 見逃したまへ――)
 見逃しやしないと云うかの如く、桜の花がその実の半分にぞうと広がった。強く手を引こうとしたアレクシアはその気配を感じ取る。
 彼女が何かを見る前に、『花』がそれを阻んだのか。それ以上は行けないと、伝えるかのようである。
(……ここの神様は、ハヤマ様にとっても許せないの?)
 アレクシアの胸中の想いをあさが「あうあ」と応えるように譫言を帰した。
(……ねえ。怒らないでよ、また今度遊んであげるからね。ああ、そうだ、あさ君も一緒にバンドしてみる?)
「ううあ」と返した彼女は体が無いのだと拗ねたように腕を動かした。

 シキは満足げに「うーん。夏の夜はやっぱり怪談かなってさそれに不謹慎だけど、沢山の人とこういうのも楽しいよ」と笑みを浮かべて見せた。
 それは聞いた話である。夏の夜に、こんな暑い日の事だ。冷房を付けた室内で独りでモニターを見ていた時のことだという。
 ごおごおと音を立てたクーラーやパソコンから僅かに聞こえる駆動音。それは煩わしさはあるが日常的なものだろう。
 耳を傾けていると、どうした事か、室内でぱきん、という音が立った。何かが音を鳴らしたのだろうか。
 気にもなってあなたは立ち上がって部屋を見回しただろう。
 ぱきん、どこからか音が鳴る。振り返ってから何も無かったとモニターを見た。
 ページを遷移したときの一瞬のブラックアウトに、アナタの背後には――――

 話し終えてから塩水を口に含んでシキは歩き出した。定められた順序にそって境内を回るのだ。
(ここにいるのは音呂木さんの神様なんでしょ? なら郷に行っては郷に従わなくちゃ。言葉を発さず、振り返らず)
 何かあれば思わず叫んでしまうかもしれないが――それも言霊になってしまうのだろうかとふと考えて居た。


「昔々、有る所に狐がいました。それもただの狐ではありません。妖狐……ご存じでしょうか?
 寿命を越え長き時を生きる中で自然と強い力を得た獣。伝承には様々な種において伝えられていますが、狐においてはそう呼ばれています。
 中でも特に長く生きた力ある者は、高い知性を身に着け仙術を習得したり神通力すら得て神に等しき存在と云われる者すら居り、人に好意的な者と人に害成す者とが居る……とか」
「ええ、長く生きた者はそうした力を得て神へと至ると言いますからね」
『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)に頷き微笑むのは水夜子だった。折角だからと水夜子と対談の形式をとってみた冬佳。
 猫鬼の一件では留守番役を任されて拗ねていた。水夜この事が気がかりであるのは違いない。
(私の知る限りでも彼女は相当に優秀ですし、恐らく本人が自覚してる以上に慕われ可愛がられていると思うのですが……。
 事情というものは、儘ならないものですね)
 家庭の事情というのは何とも儘ならないのだ。水夜子の場合は特に父親からの影響が強いと冬佳は聞いている。
 水夜子の父親は澄原 清治と言う。その姓の通り、澄原姉弟――晴陽と龍成の叔父に当たり、性格は晴陽に良く似ているのだそうだ。
 佐伯製作所に勤め、晴陽の元婚約者(幼馴染みと言うべきだ)である草薙夜善と同僚関係にある彼だが、澄原の跡継ぎとして選ばれなかった所謂敗者だ。故に、娘をそれなりの地位に宛がいたかったのだろうがその努力が裏目に出た結果が水夜子である。
 溌剌としており、死を恐れぬ前のめりさ。厭世的でありながらも天真爛漫さをコーティングした歪な娘。
(……まあ、それはさておいても、今は音呂木の儀式を見届けましょうか)
 冬佳は静かに声を震わせた。
「さて。時の世は乱れ、人と妖の境界が揺らぎ少なからぬ衝突が起きていた時代。
 とある神社の神主が、乞われて争いの仲裁をしたそうです。
 調べてみると一方の悪行が明らかであるように見え、程なく決着の判断が下される所……でしたが。
 妻の助言を受け調べ直した結果、被害者とされたこそが真の加害者であったとか。
 それもただの加害者ではなく、人に化け人を化かして陥れていた狐であった事も判明したそうです」
「まあ、狐が」
「ええ。その妖狐は退治され、事件は無事に落着と相成りました。
 ……神主の男は疑問を持ち、妻に問いました。何故分かったのかと。妻は答えました。妖狐の仕業だとすぐに解ったからと。
 何故、それが判ったのか。問答の果て、観念した妻は白状しました――自分も狐だからだ、と」
「ふふ、化かされていたのは『誰』なのでしょうか?」
 くすりと笑った水夜子に冬佳は「さて」と首を傾いで見せた。実家に伝わる話だ。先祖の話だというのだから自身だって血を頂く可能性はある。
(……この話を捧げ、どの様に神が動くのか。例えば、それを集めた上で『物語が造り上げられる』なら?)
 うつしよではない。その近くで静かに行き居ているひよのの事だけが気に掛かっていた。

「神様に報告するだけの話なのだけれどね」
 ヴェルグリーズは目を細めて笑った。
「とはいっても、他愛のない話だよ。
 心結も生まれて初めての夏だけれど兄妹揃ってプールに遊びに行ったり……
 スイカを食べたり、クーラーの効いた部屋で昼寝をしたり……そうして夏を満喫する二人の成長を俺はとても誇らしく思っているんだ」
「ええことですなあ。ご家族は大事になさって」
 にこにこと笑ううつしよにヴェルグリーズは頷いた。その様子を見ていれば、うつしよは悪い人間では無いような気がしてならないのだ。
(うつしよ様、とこよ様がひよの先輩の親戚なら、ニルはなかよくなれたらうれしいです……。
 ひよの先輩はやさしくていいひとです。うつしよ様たちもそうなのでしょう)
 けれど、そうしてはならないような気がしてニルはこっそりとひよのに声を掛けた。
「ひよの先輩が不機嫌そうなの、ニルは心配です。おいしいものを食べたらなおりますか?
 お話が終わったら、お夜食とか食べますか? ニルはおにぎり握るの得意です」
「ありがとうございます。あとで一緒に握りましょうか」
 微笑んだひよのは背を撫でた。
「ただし、此れは約束して下さいね。帰れなくなるかもしれないので、ココアが『にゃあ』と泣いたら振り向いてはなりません」
「……? はい」
「うつしよも、とこよも『端から見れば善い人』です。どちらかと言えば悪いのは――」
 私かも知れない、とひよのは囁いてからニルに「いってらっしゃいと笑いかけた。
「ニルの番ですね。ニルは怪談がよくわかりません。夜妖のお話が怪談ですか? 怖い話が怪談?
 ニルがこわいのはかなしいこと、ニルのだいすきなひとが傷ついたり、いなくなってしまうこと、うつしよ様は怪談に詳しいのですか?」
「ええ、それを仕事にしておりますから。何話して貰っても構いませんよ」
「かみさまに聞いてもらう話なら、明るくて楽しい方がいいでしょうか? おいしいごはんの話とか」
 ぱちくりと瞬いてからニルははっとした。
「そういえば。ニルが聞いたこわいはなし。
 ひとりひとり、人が消えていく。周りの人がみんな、その人がいたことも忘れてしまう。そんな話です」
 記憶から消え失せていくように。生まれたはずの誰かが喪われていくのだ。
 蝉時雨の中、楽しげに遊んだ友人の名前も「おおい」と呼び掛けたその声も。
 かくれんぼうをして居るときに、もう良いかいと振り返ったら『独り足りなかった』事がある。
 それは、その子が連れて行かれたということなのだ。
 存在が消え失せて、それ以降は何も残らない――
「忘れてしまうのは、思い出せないのは、かなしくてこわいから。やだなって思ったのです
 このお話……ニルはどこで聞いたのだったでしょう……?」

「そいじゃ次は俺の番か。何を語ろうかねぇ。……言霊を捧げるんだ。なら言霊に因んだ噺にでもしようかね」
 ニコラスは言う――
 ある所に一人の男がいた。名前を『与一』と言うらしい。
 与一は一人暮らしだ。両親は早くにおっ死んじまって、母親に頼りきりだった与一はこりゃ一人で過ごすのも大変だったらしい。
 だがよ、有る時に家に女が訪ねてきた。
「御免下さい」
 与一は「はいはい、どうしました」って扉を開けた。まあ、驚く程に綺麗な女だったらしい。勿論だが、与一は直ぐにその女に見惚れた訳だ。
 女は「一晩泊めてはくれませんか」と言った。与一はどうぞどうぞと女を招き入れてから、礼だと彼女の飯を食った。
 布団を敷いておやすみなさいと行った時に女が言うんだそうだ。
「素敵な方ですね。お名前は?」
「与一と申します。あなたは?」
 問い掛けた与一が横を見れば其処はもう蛻の殻だった。
 便所にでも行ったのかと与一は独りで眠って、翌朝起きて、こりゃたまげた。自分の体が足元にある。
 魂ってのが抜け出したのか、それとも……すると与一の体は勝手気ままに動き出してこう言った。
『お身体戴きました』ってな。
「どういうことだ?」
「お前様は誰とも分からぬものの作った飯を食い、名を渡したではありませんか」

 ああ、思い出した。それに因んでもう一つ。これは俺が体験した噺なんだがよ――

「……まあ、つまるところ名前ってのは強い力を持ってるってことだ。畏れや恐れ、分からないを分かるものにできる。
 或いは自己確立の為の大事な欠片ってわけだ。
 だから名前を伝える時は気をつけることだ。言霊に縛られて好きに弄ばれちゃ叶わんだろ?」
 にいと笑ったニコラスはゆっくりと立ち上がり部屋を後にする。

 ――言霊に、縛られて好きに弄ばれちゃ。

 その言葉がニコラスの脳内ではぐるりと回る。どうしたことか、言霊とは縁があるような気がしてならなかったのだ。


(さて――)
 ヴェルグリーズは水夜子の手に入れていたメモに手順を踏んでいるものがあるのかを確認していた。
(……決まりを破ると帰り道が分からなくなる儀式、『音呂木』より旅立つもの見守るタムケノカミ。
 なんだか無関係には思えなくてね。こっそり『タムケノカミ』に声を出して呼びかけてみようかと考えたんだ。
 もちろん危険は承知の上、けれどこれは調査……神には触りにいかないと、ね)
 そのヴェルグリーズが振り向けばラダと、とこよの姿が見えた。
 ボディはaPhoneのメモ機能で「喋ったら何が起きる?」と書いて問うていたのだろう。
「今は」
 ととこよが自身の持っていたタブレットに記入したのが遠目で見えた。
「存在を認知されるだけ」
 その文字列を確認してからヴェルグリーズは昼間に水夜子に言われたことだけを思い出す。
 ――帰り道が分からなくなるのは何時だって、『後の話』なのですよね、と。
(……成程ね、タムケノカミは手順を護ったものの帰り道を保証してくれるのだろうけれど)
 ヴェルグリーズはそっと塩水を自身の手拭いに吐出してから周りを見た。やけに大きく聞こえた蝉時雨と、何処からか感じられた息遣い。
(ここでは勝手に歩いて帰れ、というだけか)
 何かに背を押される気配がしたのは音呂木の娘との縁のお陰だったのだろうか。
 鏡禍は探っていたがそれらは霊魂とは言えない存在だったのだろうか。
 仮に呪われようとも自身は妖怪だからと感じていたが背筋に何かが張り付いている気配がするのだ。
(語りに誘われてやってきたのは、神か。それとも、その遣いか――はたまた無関係の何か、か)
 タムケノカミが『音呂木の神』の為にあるのならば、無関係の何かが摘まみ食いにきているのかもしれない。
 鏡禍はそう考えながらもゆっくりと順序良く歩き回る。
(希望が浜の神社の周りはだいたい木が植わって小さな森のようにも見える。
 暗い中を歩いていると、何もなくても何かあるように見えてくるものだな。
 ……そういえば、境内とかお宮の中で多数の人が賑やかにしていると様子を見に来る気がするよな。ほら、両槻の時のように――)
 一周し終えたか。ぼんやりと考え事をしていたラダの傍でとこよが立っている。ぞう、と何かの気配を感じてから振り向いた。
 にこりと微笑んだとこよは何事も無かったような顔をして居るか。
 後方にはアレクシアと未散の姿が見えた。そのアレクシアの背後には『あさ』と呼んだ少女が立っている。
「……あさ君?」
 あさを制したアレクシアはその名を呼んだ。ここまで来たれば『水を口から吐出して口を濯げ』と指示が書いてあったからだ。
 即ち『話して』はならないという区間を抜けた事と同義である。
「とこよ殿」
 ラダが声を掛ければとこよは「何にも」と首を振った。あさが何かを警戒していたのは確かだが――『蜘蛛の糸』がぺたりと張り付いたことだけは見ない振りをしていた。

「さ、話させてもらいましょか」
 姿勢を正したうつしよがにんまりと笑う。
 境内を回って戻って来たラダは傍に居たとこよがひよのの元へと歩み寄っていく様子を眺めて居た。
「音呂木という名には特徴がありましてねえ。
 『言』に『一』を組み合わせたものを音と書くらしいんですわ。まあ、日が立つで朝日が昇るなんちゃって、そんな事も言いますわな。
 呂もおなじく『口』が二個も挟まれる。それを最後に木で終ると。木ィ、言うんはその形だけ見ればそれそのものですわ。
 そも、神木がありますわな。それを見立ててるというのもええかもしれません。
 漢字はどうでしょう? 十に八やろか。十八。とわ、永久(とわ)か。そりゃあけったいな名前やな。言霊とは言うたもんで」
「うつしよ!」
 ひよのが叫ぶ。手を伸ばそうとしたひよのの腕を『蜘蛛の糸』が掴んだ。
「とこよ!」
「話は遮ったらだめでしょうに。ひよのちゃん」
 うつしよは「ほんまやで。いややなあ、此れも一つの語りやありませんの」とカラカラと笑う。
 指先をぶるぶると震わせた音呂木の巫女はこれ以上は言うなとその目で語っている。
「音呂木ってのは元より、言霊に関する立場であった事には違いはありません。
 そしたら葛籠は? 葛籠ってのは其の儘の言葉ですわ。籠……まあ、箱ですわ。箱っていうのは『何かを仕舞う場所』でしょう?」
「うつしよ、止めなさい」
 ひよのがまたも声を荒げた。うつしよはにたにたと笑い言葉を続けるのみだ。
「なら、誰が語って、誰が、仕舞うんでしょうなあ。うちらが『そう』やと思ってはりました?
 それは大いに違うわ。誰が始めた物語やろうか。この『希望ヶ浜怪異譚』ってのは」
 そもそも、ひよのがそれをそうだと明言しなければ――?
 うつしよがにんまりと笑う。
「……うちらは切り離せん存在でしょうに。なあ、ひよのちゃん。
 皆さんに言うてへん事ありはるんやったら、そろそろ言うた方がよろしいんやないの?」
 ミザリィははっと水夜子を見た。予感はしていたが、その答え合せが期せずしてやってきてしまったか。

 ――音呂木の神様へ言霊を捧げるのに、進行が葛籠の者なのは何故です? そういう役割の家系なのですか?
 具体的に『言霊を捧げる』とはどういう意味です? 百物語のように怖い話だけをするわけでもないようですし。

 それは蔵掃除の際にミザリィがひよのに問うた言葉だ。ひよのは「いやあ」と誤魔化しただけだった。

 ――ひよのは……葛籠の家系になにか思うところが? それともあの双子に気に入らないところでも?
 ……あまり多くを語りたくなさそうでしたので、少なくとも友好的ではないのかと思いまして。

 ああ、そうだろう。家系に思うところがあったわけではなく。双子そのものを厭うて居るわけでもなく。
 ましてや、『葛籠うつしよ』と『葛籠とこよ』が『葛籠神璽』という存在の縁者というだけではなく。
「ほんまに、希望ヶ浜怪異譚を編纂して、言霊として使っていはるんはどこのどちらさんなんでしょう?
 ねえ、葛籠神璽の血を一番に引いてらっしゃる、『非夜乃』ちゃん。言霊に縛って飲み込まれんようにした名前はお上手でしたなあ」
「ひよのさんが……?」
「そうでっしゃろ。非夜乃ちゃんは語部やから『中には入れない』『怪異は語部に語って貰わないとあかんから取って食わない』んやねえ。
 嫌われるんやないでしょ。非夜乃ちゃんは語部やから喰ったら『あかん』だけやないの。
 対して語らず知らんぷりをして、信頼できない語部に澄原のお嬢ちゃんを借りてまで希望ヶ浜の学生さんを巻込んで……。
 最後は、ぜぇんぶがぜんぶ、音呂木の神様にでも捧げてしまうんかしら?」
「違う」
「帰り道を教えなかったら戻れませんからなあ。えらいこっちゃやねえ」
「違う……」
「それでも、帰してやってるのは情が湧きましたん?」
「――違うッ!」
 うつしよが笑った。定は花丸の手を掴む。蔵でこっそりと水夜子に相談して家系図を探していたのだ。
 葛籠神璽は親類であるならば、音呂木と繋がりがあるのならばこの蔵の中には世間には公表されていないものがあるのではないか、と。
「花丸ちゃん、これ」
「……怪談手帳」
 ひよのが幼い頃から書き連ねているそれは『何故か怪異が本当に存在するようになって居る』と聞いた事がある。
 蔵の中に仕舞い込んでいた理由をひよのは『音呂木の巫女が関われば存在が大きくなってしまう』と言っていたか。
「それから、さ。あの……ひよのさんの家系図は――」
 うつしよの言うとおりだったと定の唇が重苦しく動いた。
 葛籠神璽。希望ヶ浜怪異譚。その中に連ねられた真性怪異は人に害を与える者が多く居た。
(そうあるように、誰かがコントロールしていたら?)
 花丸はゆっくりと顔を上げる。
 眼前のひよのは――
「ひよの、さん……?」
 花丸が見たことの無いような顔をして居た。
「葛籠……うつしよ」
「どうしましたん、非夜乃ちゃん」
 うつしよはうっとりと微笑んでから扇をぱちんと閉じる。

「うちのお話は此れにてお終い。さ、儀式は滞りなく……なあ?」

 ゆっくりと立ち上がった女は嬉しそうに『順序の通り』に境内を回る。とこよがお開きだと告げた時、ひよのの姿は其処には無かった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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