シナリオ詳細
<無意式怪談>Say your wish
オープニング
●PHASE 0
あなたは――そうあなたは夢を見ていた。
あなたが希望ヶ浜のホテルで、あるいは自宅で眠っていた間のことだ。
夢の中であなたは大きくて怖くて黒くて親しくてとても理不尽なものと向かい合っていた。
大理石で出来た背の低いテーブルをはさんで、向かい合った二人がけのソファに座っていた。
大きくて怖くて黒くて親しくてとてもとても理不尽なものは、あなたにギザギザな歯を見せて笑っている。あなたはそれを、なぜだか『せんせい』だと思った。
せんせいはあなたに向けて一枚の写真を翳すと、それをテーブルへと置いて見せる。
「ここへ行け」
理由を語ることも、事情を説明することも、あまつさえお願いすることすらせずにそうとだけ告げると、せんせいは足を組んでワイングラスを手に取った。
あなたは――なぜだろう――せんせいの言うとおり、その場所に行かなければいけないと、そう考えた。
了解の意を口に出して告げた――その瞬間に、目が覚める。
夢のことは、不思議と頭の中に残っていた。
●PHASE 1
あなたは仕事のためか、それとも学業のためか、あるいはほんの気まぐれか、練達は再現性東京希望ヶ浜地区、希望ヶ浜学園へと訪れていた。
ブツッという音が校内に取り付けられた大型スピーカーから聞こえる。マイクがオンになった音だ。
『――――、至急校長室まで来て下さい。繰り返します、あなた――』
続いたのはまごう事なきあなたへの呼び出しだった。
一体どんな理由だろう。あなたは色々な可能性を考えながら、あるいは何も考えずに校長室へと向かった。
がらりと扉を開くと、そこには一人の人間がソファに腰掛けていた。
……いや、腰掛けていない。二人がけのソファに寝そべっている。
高級そうな革靴を見せびらかすように、そしてあなたの側へと頭を向けて寝ていた『希望ヶ浜学園校長』無名偲・無意式 (p3n000170)があなたが部屋に入ったことに気付いてニッと笑う。ギザギザとした歯が見えた。
「おお、待っていたぞあなた。待ちわびていたぞ、あなた。待ちくたびれさえした」
無名偲校長はギザギザと笑いながら足を振り上げ勢いを付ける。
つやつやの、ろくにすり減っていない怠け者の靴が振り下ろされる勢いで身体を起こすと、無名偲校長はソファへと座った姿勢になった。
顎をしゃくって向かいに座るように示す校長。あなたが促されるままソファに腰掛けると、無名偲校長は懐から一枚の写真をとりだした。
それがどういうものか、説明もせずに大理石のテーブルへと置く。そしてあなたに見えるようにスッと押し出した。
「この街の『結界』が壊れていることは、もう気付いているか?」
突然切り出された話に、あなたは少なからず困惑する。
結界とは何か?
壊れたとは?
気付いているわけがない。そんなものはもとから知らない。
……本当に?
「竜によって希望ヶ浜地区のみならず、練達ごと滅亡しかけたのはつい最近のことだ。
命があっただけでも儲けものなんだろうが、あいにく命があるからには人生もあるらしいんでな。人生があるからには、環境は欲しくなる。特にここ、希望ヶ浜では環境の崩壊は人生の崩壊に直結する」
一度は空がブルースクリーンに覆われ竜が全てを破壊し始め日常という日常が物理的にも精神的にも壊れてしまったが、希望ヶ浜が復旧するのは思いのほか早かった。
既に電車もタクシーも走っており建物は急ピッチで再建され、人々は驚くほど早く通勤通学を再開しテレビもインターネットも元通りになっていた。
ひどい台風だか地震だかがおきたことにして、人々の日常はドラゴンすら『なかったこと』にしたようだ。
だが、事実そのものが消えるわけではない。
「急激に日常を取り戻せば、そのしわ寄せは必ず生まれる。
この街の――あちら、こちらに」
そこでようやく、無名偲校長は写真をトントンと指で叩いた。
その写真を、あなたはよく覚えている。
夢に見た、あの写真だった。
「ここは、この希望ヶ浜地区を守る『結界』の一部……あるいは、『結界』にまつわる場所だ。
今この場所周辺に強力な夜妖が頻繁に発生している。当然、『結界』に与えるダメージも酷いものだ。放置すれば、いずれ破られるだろう」
最後にトンッと指を写真に置くと、弾くようにあなたへと写真を滑らせた。
「ここへ行け」
聞き間違いではない。行けと、無名偲校長は言ったようだ。
依頼内容は、『行け』。
調べろでも倒せでもなくだ。
「その場所で何をするのかはお前が考えるんだ。この町を、この事件をどうしたいかも、お前が決めろ。これは、そういう『契約』だ」
無名偲校長はそこまで言うと、もう話は終わったとばかりにソファによりかかり、足を組んでワイングラスを手に取った。
そして、あなたは……
- <無意式怪談>Say your wish完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月10日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
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参加者一覧(30人)
リプレイ
●どこまでも狭小でどこまでも広大な箱庭
再現性東京20X0希望ヶ浜地区。
『現代日本』の世界から一方的に召喚されたウォーカーたちが、非日常を受け入れられずに作り出した町。
「ローレット・イレギュラーズ……お前達の多くには共感しづらいことだが、大抵の人間は日常を愛し、非日常を憎む。『望んだわけでもないのになぜこんな場所に』と考える者も、当然いるだろう。家族や恋人と離され絶望する者もいる。剣と魔法の世界があまりに暴力的すぎて考えもしたくない者もまたいる。
この町はいわばモラトリアムだ。『平和な日常』を、この世界を包む諸問題が解決するまで続けるための殻だ。
それが正しいものかどうかはどうでもいいことだ。少なくとも、俺にとってはな」
●トンネルの向こうにはなにもない
カツン、カツン――と足音がする。
歩幅もリズムも少しだけとびとびなのは、『彼』が線路のレール部分だけを歩いているからだ。
すこしさび付いた、そのわりに妙に形の整った鋼のレールの上を、両手をジャケットのポケットにいれフードを目深に被った少年が歩いている。
足音はひどく反響し、そこがこもった場所だと教えてくれた。
明かりは……わずかに、そしてぽつぽつとある。アーチ状に整形された煉瓦の端にはオレンジ色の裸電球が等間隔にさがり、道順だけがかろうじて分かるような薄暗さをつくっていた。
かつん。とレールの上の足が止まる。
「出ておいでよ。いるんだろう?」
フードの下の顔があがり、目がのぞく。
まるで対抗するかのように、前方の暗闇に赤い二つの光が開いた。いや、二つだけではない。いくつもいくつも、一斉に開いた。
人とも獣ともとれない、形容不明な『亡霊』ともいうべき怪物たちは裸電球に照らされた僅かな明かりの下へと飛び出し鋭いナイフのように変形した腕や触手めいたものを振りかざす。
彼は――『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は振り込まれたナイフの腕を止めた。眼前に生まれた半透明な魔術障壁によってだ。
次々に打ち付けられる無数の刃がついに障壁を貫いて昼顔の肩に突き刺さるが、それでも昼顔は一歩たりとも引かなかった。
「引きつけありがとう。ここからは、私がやるわ」
後から声。透き通るような、白く澄んだような声だった。
と同時に暴風のエネルギーが昼顔の脇を抜け、亡霊たちへとぶつかっていく。
まるで巨大な杭でも通り抜けたかのように丸く穿たれた亡霊たちの身体。
ちらりと振り返ると、『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)が手をかざし後ろをついてくるのが見えた。
「頑張って終わらせましょうか。あなた達がなんのつもりかは知らないけれど……ごめんなさいね?」
「防御と攻撃とセンメツは任せて下――サイ!」
ヴァイスとは逆側からズイッと前に出た『無敵豪腕鉄火砲』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)。
両手はシンプルな革手袋。この季節にはちょっと暑苦しいくらいにだぼっとしたロングコートを着ているが、袖部分がガバッと二つに割れるようにして開き内側からやけにゴテゴテとした装備が露出した。希望ヶ浜活動用にと親友に作って貰った専用装備である。
「それって全部じゃない?」
「そうかもデス!」
ヴァイスとリュカシスが飛び込み、亡霊たちとバチバチにぶつかり合う。
リュカシスの円錐形ドリルになった右腕が亡霊を貫いた所で、二人に無数の亡霊ナイフが突き刺さった。
対抗するように『暁風神火』を放つ昼顔。
「そろそろ仕上げをしてもいいんじゃない?」
「ん? ああ、かも」
昼顔が振り返ると、『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)がなんかやけにごてごてした武器(?)をためつすがめつ観察しいじっていた。
「……何やってるの?」
「あ、ごめん。安全装置の解除方法がわかんなくって。校長先生、説明書くらいつけてくれればいいのに」
あ、これか! と言いながら小さなレバーを操作してから、両手でしっかりと構える。構えてから分かったが、グレネードランチャーとリボルバー拳銃のいいとこどりみたいな、なんか意味わかんない武器だった。
「二人とも下がって!」
トリガーをひくとガポンという奇妙な音と共にグレネード弾が発射され、亡霊達の間で爆発。素早くひいたリュカシスたちが、『おお』と言ってその様子を眺めていた。
「それが校長先生から借りた武器ですか?」
リュカシスが(そういうの大好きなのか)しげしげと銃を観察してくる。
定は『まあね』と言って、銃をおろした。
ヴァイス、リュカシス、昼顔、定。この四人はそれぞれ別々に校長室へ呼ばれ、それぞれ別々に写真を渡され『行け』という依頼を受けていた。
それなら四人一緒でもいいじゃないかと思った定だが、写真はトンネルの外観を写したものだったり内部を写したものだったり、同じ外観でも明らかに写した角度が違ったりとなぜか別の写真を使っているようだった。
(同じ場所へ向かわせたけど、意図は違った……ってことか? たまに意味のわかんないことするんだよなああの人)
定がぼうっとしていると、ヴァイスが『ねえ』と声をかけてきた。
「もう敵はいないみたいよ。どうしましょうか?」
そんな風に言いながらもヴァイスはトンネルの更に奥を指さしている。暗に『このまま進んでみよう』と言っているようだった。
目をぱちくりとさせるリュカシス。彼の後ろからお手伝いロボのFLASH-DOSUKOI02がころころと卵みたいに転がってついてきた。
「何か感じたんですか?」
「んん……なんて言ったらいいのかしら……」
ヴァイスには『あらゆるものと疎通できる』という特殊な能力がある。石ころやタンポポ、幽霊や精霊でもだ。そのぶんぼやけるのかもしれないが、逆に言えば『漠然とした雰囲気』を感じることにかけては特出していると言って良いだろう。そんな彼女がひどく言いよどむのは珍しいことかもしれなかった。昼顔が警戒したように目を細める。
「危険なもの?」
「違う……とは言い切れないわね。少なくとも敵意はないけれど」
ヴァイスは『どうする?』ともう一度問いかけてきた。
同じ言葉だが、バイアスが違う。『危険が待ってるかもしれないが行くか?』という意味だ。
対して、リュカシスは即断即決且つ即答だった。
「行きます!」
リュカシスを先頭にトンネルを進む。
少し長すぎるかなと思えるくらい進んだところで、やっと外の光が見えてきた。『外だー!』とリュカシスが元気よくトンネルを飛び出して――。
両目と口をいっぱいに開いて固まった。反応の大小こそあれ、残る三人の反応も同じようなものだった。
――大樹だ。
――草花だ。
――崩壊したビル群だ。
希望ヶ浜都心部にあるビル街にそれは似ていたし、行った覚えのあるショッピングセンタービルの『209(まるきゅー)』というロゴ看板はその一部が崩れ、地面に落ち、思ったよりでっかかったんだなと思わせる3mの『2』が、三分の一ほど水に沈んでいる。
水は澄んだ湖のように透明で、2mほど陥没した道路がそのまま川になっているのだと気付いた。
ビルというビルはほぼ植物に覆われ、その殆どがまともに機能していないことがわかる。
「静かな世界……」
ヴァイスのつぶやきが、妙に耳に残った。
●勇者と魔王と、そのどちらでもないひとびと
スマホでマップアプリを立ち上げ、画面を見ながらてくてくと歩く『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)。
「えーっと、どこだろな、ここ……」
道中現れた夜妖を難なく退治したルアナは、ただいま希望ヶ浜の町をふらふらしていた。
校長から渡された『写真』は明るいカフェに見えた。カウンターテーブルとエプロンをした店員。木目で整えた店内には綺麗に飾られた棚がある。
見たことがあるようなないような……。
「校長もちゃんと場所を言ってくれればいいのに……わっ!?」
曲がり角にさしかかったところでドンと人にぶつかった。
慌てて謝ろうとしたルアナが顔をあげると――。
「おじさま!?」
そこに立っていたのはまさかの『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)。
ルアナの脳裏に『運命!』というワードが流れたが、グレイシアは涼しい顔をしている。
「おや、ルアナ。その写真は……校長からの依頼かね?」
どこか優しい、シルバーの香りがする声音でグレイシアは言う。
どことなく灰の香りがするのは、グレイシアも戦闘を終えてすぐなのかもしれない。
こくこくと頷き写真を見せるルアナに、グレイシアはフッと笑って自分の写真を見せた。
写真は薄暗いバーに見えた。カウンターテーブルとバーテンダースーツを着た店員。シックなタイルで整えられた店内には綺麗に飾られた棚がある……が、その棚だけがなぜだかカフェのそれと同じだった。置いてある小物も絵もすべてだ。
「どうだろう、我輩と同行するか?」
知ってるの!? と目を丸くするルアナに、グレイシアはスマホでどこかのホームページを開きながら頷いた。
「すぐ近くだ。ついてきたまえ」
グレイシアに連れられてやってきたのは、写真のカフェであった。目立たないビルの三階に、ものすごくこじんまりと存在している客の来なさそうなカフェ。テナント規模に対してあまりにも狭い店内スペースはテイクアウト専用ゆえのレイアウトらしく、なんでもこだわりのコーヒーを淹れるらしい。
グレイシアがカウンターに立ちつつ、スマホで開いたホームページからカフェのロゴマークを表示する。そして指をくるくると円を描くようになぞっていくと……みるみるロゴマークがシックなバーのそれに変わった。なんでもないようにカウンターに画面が見えるように置き、グレイシアは注文を述べる。
「エクストラホイップコーヒージェリーアンドクリーミーバニラフラペチーノ。カフェイン抜きで」
突然の呪文にルアナが目をぱちくりさせていると、店員はカウンターの下で何かを操作したようだった。するとカウンター脇の棚がガコンと音を立てて下がり、そして……なんと隠し扉へと変わった。
「ようこそ。異界の魔王とその――」
白いスーツにサングラス。そして白いハットを被った男がソファに座ったままこちらに手をかざす。グレイシアが小さく顎をあげたのを見て、白スーツの男はハハッと笑った。
キョトンとするルアナを指さし『彼女にシャーリーテンプルを』と述べてから、向かいに座るように手招きする男。
グレイシアはどっかりと座り、手を組んで膝に乗せた。
「無駄話は好きでない。要件を聞こうか」
「そうかい? あの『人間モドキ』が呼んだというからちゃらけた奴かと思ったんだが……案外真面目なんだな」
男が胸ポケットから出したのは三枚のポラロイド写真。そしてSDカードだ。
「希望ヶ浜は人材の宝庫かつ神秘の宝庫だ。この環境を利用したいやつは山ほどいる。金儲けをしたいやつや神を作りたいやつ。……ここを魔界に変えてモンスター牧場にしたいやつ」
「……」
グレイシアが足を組み、ルアナは胸にずきりとしたものを感じた。
「あんたに対処してもらいたいのは、この『夜妖遣い』どもだ。この町を恐怖と混乱に歪め、夜妖の跋扈する魔界に変えることを目論む結社が存在する。
グレイシア=オルトバーン。ルアナ・テルフォード。この結社のアジトを見つけ出して潰すのが、俺たちからの依頼だ」
●怪盗リンネの嘘と嘘
虫の鳴く夜のこと。
閃くナイフが影を切り裂き、断末魔をあげて夜妖が消滅していく。
『表裏一体、怪盗/報道部』結月 沙耶(p3p009126)は一息ついてから、口元を覆うマスクに指をひっかけた。
少しだけ荒い息がもれる。
「言われたとおりに来てみれば即座に夜妖と遭遇するとはな」
この希望ヶ浜という町で夜妖の存在は隠蔽される。もし人々に知れ渡れば彼らの日常はたちまち未知の危険に侵食され崩壊するだろう。唯一のよりどころとして暮らしている平和な町が事実上消滅するのだ。その恐怖は想像を絶する。
「『平和を護る』なんてガラじゃあないが……子供が泣くのを見て楽しむ趣味もないんだ」
協力するだけしてやろう。そう呟きながら、懐から写真を取り出す。
立派な建物には看板がたち『CORE』と書かれている。写真をスッと下ろすと全く同じ風景が目の前にあった。
復興に乗じる形で最近希望ヶ浜に拠点を増やした組織で、一言でいうと『怪しい宗教的なもの』だ。
彼らの目的はROO騒ぎの際に発生した希望ヶ浜裏世界を意図的に作成し、『本当に平和な希望ヶ浜』を作り出してそこで暮らそうというものだ。
そのために人々の意識を変革する必要があるらしく、こともあろうに人々に夜妖の存在を喧伝してまわろうとしているのだ。
そんな組織の拠点に、ただの夜妖退治だけを理由に沙耶を派遣するとは考えにくい。
「何をするかは私次第というわけか。いいだろう」
沙耶は目を細め、建物へと近づいていく。
監視カメラが首を動かしているが、スペクタースキルを発動させてそのまま壁にはりついた。彼女は監視カメラに一瞬たりとも記録されることはないだろう。
壁に向けて透視能力を発動――したことをまるで監視していたかのように、極めてタイミングよくワイヤレスヘッドセットにコール音が入った。相手は分かっている。タップして通話状態にした。
「どうした、校長」
『建物についたか。中で何が行われているか見たか?』
「……今見ているよ」
魔方陣をかいた床に膝をついた人間と、周囲で何かを祈るようなしぐさをする人々。
中央の人間には何かが這い上がり身体に入り込んでいく。
「あれは……夜妖? いや、夜妖憑きを……意図的に作っている?」
『フン、やはりな』
「どうしろというんだ、これを?」
『さあ?』
通話越しの声は至極興味のなさそうな様子だった。
『貴様はどうしたい、結月沙耶』
●希望ヶ浜に雨は降るか
『この街の人々に、また生まれよう、と告げる』
それが、この街を観察した『名高きアルハットの裔』アルハ・オーグ・アルハット(p3p010355)の出した解答だった。
夕暮れのある日のことである。
アルハが訪れていたのは希望ヶ浜でもかなり田舎めいた雰囲気のあるエリアだった。自衛隊駐屯地という建前がついているが、この国に自衛隊なんてない。兵器の格納施設ですらない。誰かが作り、そして放置したエリアなのだ。
そんな場所に、やはりというべきか自衛隊員のような影がちらほらと見えた。
アルハは実体のない輝く闇の大鎌『ルーパ・アルーパ』をとると、金色の目を細めた。
自衛隊員はこちらに気づき駆け寄ってきて、そして一斉にアサルトライフルを構える。
構えてから発砲までは秒とかからなかった。警告も無しに攻撃とは――とアルハは訝しむが、さもあらん。相手は人間ではなかった。
魔術障壁を展開して銃弾の威力を落とすと、自衛隊員たちめがけて無数のマジックミサイルを一斉発射。……しながら、一気に距離を詰めて鎌を振るった。
脆く崩れ去る実体が、まるで氷細工のように散っては溶ける。
「これは夜妖というものか」
ザッとギリースーツを被っていた自衛隊員風の夜妖が立ち上がり、ライフルを構えた。
囲まれた。
一斉発砲――が成された途端、紫色の風がふいたように見えた。
気付けば、『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が紫色の輝きを僅かに放ちながら割り込み全ての銃弾をたたき落としていた所だった。
「やあ、奇遇だねえ。同じ場所を指定されたのかな?」
シキはチラリとアルハを見るが、アルハは肩をすくめるだけだ。
「いずれにせよ、ここは手を組んだほうがよさそうだ。前衛は私に任せて」
ガンブレードのトリガーをひき魔術を発動させると、彼女を神威が力を増し相手の一人を切り裂いて行く。
それによって輝きを増したシキは、集団の中をジグザグに跳ね回るかのような巧みな動きで残る全員を斬り割き、そして破壊し尽くした。
「これで仕事は終わりかい? なかなか手応えのある夜妖だったようだけれど……」
そう言って剣をしまうシキの手が――ぴたり、と止まった。
「雨の音が聞こえる」
「?」
周りを見回すアルハ。空は晴れ、茜色の雲がゆっくりと風にながれる様子が空に映っている。だがシキは耳元に手を当て、そしてハッとしたように周囲を見回していた。
シキには聞こえていた。強い強い雨の音が。
それも、命あるものを殺した時に聞こえるような、後悔の音だ。
そんなはずはない。夜妖に命があったことなんて一度も……。
「校長は、これを見せたかったのかな……」
シキはゆっくりと歩き、そして建物にかかっている札を見た。
卯没瀬自衛隊駐屯地と、書かれている。
●『名も無き神』の社
「よっ、と――」
高いブロック塀を悠々と跳び越えると、『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は広い敷地内へと入り込んだ。
見回してみれば、そこは夜霧の深い神社の境内に見える。
イグナートはその風景に顔をしかめた。
鳥居がひとつ。社はひとつだけ。イグナートはあまり詳しくないが、前に見た神社というやつは大きな社とは別に小さい社がいくつか置いてあって他の神にも参拝できるようになっていたような気がしたが、そうしてみると随分寂しいものだ。
けれど、イグナートが顔をしかめたのは境内の寂しさゆえではない。彼が塀のむこうから『広域俯瞰』によってのぞき見たとき、この場所は荒れた空き地だったはずなのだ。三つ山形に摘んだ土管が放置されただけの、にも関わらず四方がブロック塀で囲われたへんな空き地。
なのに……。
「入ってみれば神社とはね」
肩をすくめ、そして――後方へと素早く身をひねり掌底を繰り出す。
いつの間にか背後に回り込んでいた白いワンピースの女が吹き飛んだ。
ただの女ではない。身の丈がおよそ2m半はあろうかという巨体の女だ。
彼女から向けられた確実な殺気を、イグナートは本能的に察知し反撃したのだ。
吹き飛んだ女はブレーキをかけ、反撃しようと凄まじいスピードでイグナートへ襲いかか――ろうかという瞬間、女の身体が大きく横に倒れた。
一緒に銃声。音の方を振り向けば、『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)が素早く塀を跳び越えて敷地内へ入ってくる所だった。
「戦闘中だったようだからな。協力させてもらう。そいつは……夜妖だな?」
イグナートの後方につくかたちでライフルを構え直すラダ。正しい配置だ。そして、正しい認識だ。イグナートが頷くと、ラダもまた頷いた。
装着していたサングラスタイプのサイバーゴーグルの奥で目を細めると、ラダは夜妖めがけて二発目の射撃を開始。
今度ばかりはと手をかざし弾丸を『受け止めた』夜妖に二人は瞠目するが……そんな夜妖の背後から踊るように現れたものがあった。
『Utraque unum』冬越 弾正(p3p007105)である。
彼はマイクを手に即興の歌をうたいながら現れると、身をひねり振り払おうとした女の腕を掻い潜って滑り込み、至近距離から剣をたたき込む。剣は鎖状に伸び、女をぐるぐると拘束すると歌の終わりと同時に女を切り裂いた。
光の粒のようになって散って消えていく女。
ラダたちはそれ以上の攻撃がないことを確認すると武器をおろした。
「二人も、この場所を指定されたのか?」
弾正も同じように武器を下ろし、ポケットから写真をとりだした。
何の変哲も無い道ばたのブロック塀が写っており、場所を特定するのはかなり難しいように思われる。
が、偶然にもというべきか、弾正もイグナートも、あまり馴染みのないラダでさえ見覚えのある場所だった。
偶然……なのだろうか?
「いいえ、必然でしょう」
女性の声がした。
咄嗟に振り向く三人は、二つのことに瞠目する。
ひとつはいつの間にか女性が立っていたこと。
もうひとつは、いつの間にか周囲が昼間のように明るくなっていたことだ。
半分ほど崩れた寂しい社には、木製の階段をあがったところにひとりの女性。現代日本風の、やや一般的な服装をした女性に見える。
彼女は階段に腰掛けると……ラダ、イグナート、弾正の三人の顔をそれぞれ見た。
「『ふぁうすと』が寄越すと言っていたのは、あなたたちですね?」
問いかけられて、弾正たちは顔を見合わせた。
「いや、そのナントカという奴は知らないが……」
「少なくともここへ来るようには言われている」
ラダはそう言いながら、風景の違和感を口に出した。
「私たちは夜にここを訪れたはずだが……。私達を異空間に引き込んだのか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言えるでしょう」
女は手をかざし、大きな鏡のようなものを空中に浮かべた。するとそこには、夜の空き地で向かい合うラダたち三人がうつっていた。
「あなたたちが見ているのは、いわば白昼夢。あなたの心に直接、わたしが語りかけているのです」
「ふうん……?」
イグナートはピンとこないままとりあえず受け入れているようだ。
ラダはといえば未だ懐疑的な視線を女に向け、弾正はスピリチュアルな概念を理解している様子だ。
なので、弾正が先を促すのは自然なことだったろう。
「俺たちにやってほしいことがある。そうだな?」
「半分は、そうですね。けれど……あなたたちのやりたいことが、たまたま私の希望に合致しただけとも、言えるでしょう」
「曖昧な言い方はもういい。要件を話せ」
すこし突き放した言い方をしたラダに、女は苦笑を浮かべた。
「皆さんは、この希望ヶ浜……いいえ、練達国家の過去に起きた災いに直接関わっていましたね?」
三者三様。しかし肯定の意で返す。
「私はそのさなかに産まれた、『名も無き神』とでもいうべき存在です。
人々が信じてもいない神に祈った瞬間や、信仰らしい信仰を持たぬ人々が思い描く運命の擬人化。彼らが一度は願った救いの証なのです。
ですが――」
「あの災いを忘れようとするせいで、消えかけていると?」
ラダの言葉に、イグナートが『ああ!』と手を叩いて納得の様子を見せた。
「助けて欲しいってことだな! 練達が滅茶苦茶になった時のキモチだけは忘れないでほしいっていう」
「ほう……的を射たことを言う」
弾正が感心したように頷き、そして歩み出た。
「それなら、俺の考えと同じだ。希望ヶ浜の日常を破壊しようとか、この生活を続けたい人々を害そうとは考えてない。しかし、自分達が災いに晒されたことを忘れるべきじゃない」
「『ラクダから落ちたことを忘れた者はまた落ちる』……だ。少なくとも災害への備えはするべきだろう」
ラダの同意に、イグナートが『そうそう!』と勢いで乗っかった。
しかし問題は『その方法』だ。偉い人々にかけあって『事実を公表しろ!』などと横暴なことはできない。するべきはイグナートのいうような『キモチの維持と保管』だ。
うーむと唸る二人に、イグナートが手を叩いて示す。
「だったら、祭りをやろう! この神様をまつったお祭りを開いて、神輿を担いだり踊ったりすればいい」
ほう、と今度は女――もとい『名も無き神』が感心した様子を見せた。それに弾正やラダも続く。
「なるほどな。イベントとして定期的に残すことで、事実ではなく感情だけを伝えていくことができる。希望ヶ浜の人々は平和な日常を歩みながら、『来るかも知れない災い』に備える気持ちを持ち続けるということか」
方針は纏まったようだ。そう感じた途端……三人はハッと意識を取り戻した。
三人は夜の空き地に立ち、向かい合って立っているのみだった。
●秘密の花園
夕暮れの校舎内。窓から差し込む光が等間隔に床と壁を茜色に染める廊下を、『星読み』セス・サーム(p3p010326)はゆっくりと歩いている。
ちらりと窓の外を見る。美しい空を夕焼け。夜になれば星も瞬くだろう。だが……これが偽物の天球だとセスは知っている。
「皆、それを一度は見たはずなのですがね……」
喉の奥のコアを隠すために巻いているという薄いストールの下で、そんなことを呟く。
図書室の司書としてこの希望ヶ浜に赴任したセスが無名偲校長によってよび出されたのは昨晩のこと。一昼夜あけて一通りの仕事を終え、セスは再びここ希望ヶ浜学園新校舎の第二図書室へとやってきていた。
『第二図書室』。現代日本の学校に関する知識が深いと言えば嘘になるが、セスもこれが不自然なことだとは理解できた。
扉の上にも、そして扉にも、それがどういう部屋であるかを説明する札はない。
この学園の者に『図書室はどこか』と尋ねれば全員が全員、第一図書室をさすだろう。というか、第一図書室などと呼びはしたがみなそれを単に『図書室』と呼び、第二の存在自体をろくに知らないのだ。
「…………」
セスは鍵をさし、回す。
ガチャンチチチチチ――という鍵を開けるにしては奇妙な音がかすかにしたかと思うと、扉のロックが外れた。ゆっくりと引き戸をあけ、中へ入る。図書室というより資料室といった様子で、無数のスチール棚に本が並べられている。どの本も不思議なことに背表紙に文字がなく、試しにとってみると表紙もまたまっさらだった。色こそついているものの、文字も絵もない。開けば、それは白紙のページが続くのみだ。
セスが指定された写真は、この図書室の扉を写したもの――ともうひとつ。不自然に一箇所だけ出っ張った本棚の写真である。
写真をあらためて見つめ、見回してみると……確かにそれはあった。
そしてなんとなく……そう、なんとなく働いた『予感』を元に、セスは出っ張った本を手に取った。
「――」
ウルル、と狼のようなうなり声をあげた『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は、大地を蹴って飛び出した。
青白い花びらが散り、リュコスの身体は宙へ浮く。否、宙を駆けた。
弾丸やジェット機のそれと同じく周囲の大気を穿ち、空を蹴るかのごとく駆けたリュコスは首のないビジネスマン風の姿をした夜妖へと己の爪を繰り出した。
五つの孤月を描いて切り裂いた爪が、夜妖の姿を破壊し――そして、夜妖はすぐにその形状を取り戻した。
がしりとリュコスの首をつかむと、その身体を高々と持ち上げた。
小柄なリュコスからすれば倍ほどはあろうかという長身によって掲げられれば、足はぱたぱたと浮くしかない。
それでも拘束をはずそうと腕を掴み爪を立てるリュコス――のもとへ、一本のナイフが飛んだ。
青白い刀身をもつナイフは夜妖の腕をあろうことか切断し、そのまま遠くへ飛んでいく――かに思われたところで、半透明なワイヤーによって引き戻された。
もどった先でナイフをぱしりとキャッチしたのはひとりのメイド。いかにもハウスメイドらしい服装をした女性の名は、『はじまりはメイドから』シルフィナ(p3p007508)という。
シルフィナは丁寧にリュコスへお辞儀をすると、握ったナイフを構え夜妖へと走った。
夜妖は破壊された腕を再構築し、斬りかかるシルフィナへと腕を伸ばす。
腕は彼女の首を掴むか――と思われたが、シルフィナの大きく飛び込み前転する動きによってそれは回避され、かわりに夜妖の足がナイフによって切断される。
「異様に脆い……ですが、それをおぎなうだけの再生力ですか。攻撃を畳みかける必要がありそうですね」
「たくさん、こうげきすればいい?」
リュコスは俊敏に距離をとりながら、急に現れたシルフィナとの連携を本能的にとりはじめた。
夜妖をはさむように展開する。が、それだけではない。
『こちらへ近づいてくる何者か』が加わりやすいようにスキマをあけた。
「仲間が追いついたようです」
『何者か』の到着を察したシルフィナが視線を一瞬だけ向けるのと、夜妖が振り返るのは同時だった。
夜妖はまるで本性を現したかのようにスーツを内側から吹き飛ばし、なかった筈の首をめきりとはやす。その姿は童話に描かれる赤鬼のようであり、ツノと厳めしい顔と赤い瞳には殺戮と暴力への期待がこうこうと燃えていた。
視線の先。駆け寄る影は人のようにも見え、全身に大量の札をつけたジャケットを羽織っていた。手にした武器は槍一本。片手で印を結ぶと札のひとつがパタパタと自動で折りたたまれ鳥の形をなし、夜妖へと襲いかかる。
振り払うその動きに乗じる形で加速した彼――『アラミサキ』荒御鋒・陵鳴(p3p010418)はまっすぐに構えた槍に鬼ごろしの力を宿し一気に夜妖を貫いた。
パンッ、と風船が弾けるような音と共に夜妖の姿が変わる。それこそ風船のように爆ぜた外装の下は人の形とはとても思えない青白い粘性の物体であった。
「『鬼』は祓った。続け」
陵鳴の言葉にシルフィナとリュコスは全く同時に飛びかかり、そして粘性物体にしか見えない夜妖を切り裂いて行く。
流石に今度ばかりは再生能力も追いつかなかったようで、夜妖は崩れ、そして消えていく。
顔を見合わせるリュコスや陵鳴たち。
そしてそこに、突如としてセスが円形のゲートを潜って出現した。
青白く小さな花が咲き乱れる平原に、それは見えた。空は青く雲がまだらにかかっている。風はここちよく、春の陽気に思える。
「これは……一体?」
第二図書室の本を開いた途端花園にゲートが開いたという、なんとも奇妙な出来事にセスが首をかしげていると、シルフィナが陵鳴に目を向けながら語った。
「確か……同じローレットのセス様でしたね? メイドのシルフィナと申します。
セス様も『白い本』を開いてゲートを潜ったのでしょうか?」
「その様子だと、あなたがたも?」
セスの問いかけに陵鳴は頷いた。校長から突然呼び出された陵鳴は希望ヶ浜地区にある小さな図書館へと訪れていた。偶然というべきなのかシルフィナとほぼ同じ写真を渡されていた陵鳴は、二人で図書館の地下二階への階段を降りたのだった。そこで見つけたのはたった一冊の本であり、表紙になにも書かれていない、白紙だけの本だ。それを開くと、先ほどセスが通ったようなゲートが現れたのである。
ならばリュコスもそうか……? と三人の視線が集まった所で、リュコスは小さく首を振る。
「ううん。ぼくは、ちがうよ。ヤスヒラはかせに、いわれて来たの」
「ヤスヒラ?」
聞き覚えのない単語に抱く疑問には、しかし素早く答えが返ってきた。
「私のことですよ。ローレットの皆さん」
フォン、と音を立てて開いたゲートから白衣を着た女性が現れる。眼鏡をかけ、青白いワイシャツをきた彼女の胸には『泰平レム』と書かれていた。
「この場所は私の『アーカイブ』です」
花をいっぽんつまみとり、それを顔の前に翳す泰平レム博士。
「アーカイブ……?」
セスは見回すが、花が咲き乱れる平原にしか見えない。
「そうはみえないのですが……情報媒体は一体どこに? 本やチップなどがこのあたりに埋め込まれていると?」
「いいえ、皆さんが今見ている、コレですよ」
泰平博士が翳すのは、青白い花。
シルフィナはそこでやっと、それがネモフィラの改良種であることに気がついた。
「もしや――」
瞠目するシルフィナの前で、青白い花びらがぱっと散り、そして舞い始める。
シルフィナの特殊能力(ギフト)、『瑠璃唐草の乙女』の発動である。
その時触れた情報量は、これまでシルフィナが経験したものとは比べものにならない程多く、そして濃厚だった。
「どうやら、あなたは特殊な疎通能力があるようですね。この花はスピリットフラワーといって、遺伝子に情報を記録された花なのです。精霊疎通によって情報にアクセスすることができ、たとえ練達という国家そのものが崩壊し消え去ったとしても記録した情報は花として自生し、数百年経った後でもその情報を後の世代に開示することが出来る……」
「――『忘れないための花園』」
シルフィナのつぶやきは、リュコスが想像したイメージと同じだった。
そして、リュコスが予め泰平博士から聞いていた話を、泰平博士は皆へと聞かせた。
一通りの話を終えた所で、話が戻る。
「この場所を狙う夜妖が増えています。それを、まずは排除して欲しいのです」
●お葬式は誰のため?
半透明な女に見えた。顔は苦悶と恐怖に満ち、伸ばした手は共感を求めている。
そんな存在が空中を滑るように飛び、『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)めがけ飛び込んできた。
「あぶねっす!」
斜めに飛び込み前転をかけることで掴みかかることを回避したウルズは、素早く起き上がるとターンしこちらに再び狙いをつけた相手に跳び蹴りを繰り出した。
ゴッという奇妙な音がして、半透明な相手の顔面に石膏像のようなヒビがはしる。
そのまま思い切り蹴り抜くと、相手は壁にぶつかり砕け散った。
「へえ、幽霊って蹴り技効くんすね?」
「効くわけがあるか。こいつは夜妖だ」
答えたのは『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)だった。
サラリーマン風の半透明な『幽霊夜妖』の集団に向けて二丁拳銃を構えると、思い切り撃ちまくる。
何発かは最前列の幽霊夜妖たちに命中し少しずつ削れていくが、何度かのけぞりながらも勢いよく迫る夜妖の集団はまるで押し寄せる土砂か雪崩れのようであった。
夜妖たちはたちまちジェイクのそばまで詰め寄り、ついに一体のひび割れた手がジェイクの肩に掴みかかる。
途端、脳に直接誰かの大声を流し込まれたかのようなギンとしたショックが走った。
「ぐおっ!?」
額を抑え、夜妖を銃のグリップで殴りつけながら大きく飛び退く。
流れ込んだのは『不特定多数の誰か』が叫ぶ無念であった。
よく見れば、どの幽霊夜妖も男女らしき違いは見えども体格は極めて平均的。服装の違いこそあれ顔も平均的なテクスチャをコピーして貼り付けたような姿をしていた。
けれど、なぜだろう……。
「ジェイク先輩!?」
「頭に誰だかわかんねえ奴の声が流れてきやがる。マジな訴えに思えたぜ……」
それこそ、何百人もの声をミックスして平均化したような声だ。『不特定多数の誰か』と呼ぶに相応しい。
「……その声は、なんて?」
「悪いが良く聞き取れなかった。ったく、でかい声とでかい感情ってのは相手に伝わらねえもんなんだぜ」
片手で幽霊夜妖たちに狙いを付け、素早く三発ヘッドショットを入れていく。
頭の砕けた夜妖たちはそのまま砕け散り、あたりは一転して静かになった。
フウ、と息をつく二人。
ジェイクは帽子を被り直すと、ポケットから写真をとりだした。
ウルズも同じように写真をとりだし、そして同時に翳す。
まるで周囲の風景にぱっちりはまり込んだように写るそれは、古い石造りの施設だった。
「これ、なにっすか? 焼却炉? にしては学校のよりはるかにデカいっすよね」
「大方間違ってねえな。こいつは火葬場だ。それも古いやつだな。今じゃ使ってねえタイプの」
写真を下ろすと、そこには確かに火葬場があった。
ひどくさび付いた看板には『阿僧祇霊園』の名前がある。
阿僧祇霊園といえば希望ヶ浜でも有名な七つの組織のひとつだ。
――希望ヶ浜学園、音呂木神社、佐伯製作所、阿僧祇霊園、去夢鉄道、静羅川立神教、澄原病院。七つ揃って通称『七不思議』と呼ばれている。彼らは希望ヶ浜地区の暗部を司り、人々の平和を裏と表からそれぞれ守っているという。といっても、人々を利用して悪事を企む者も中にはいるようで、それぞれの組織も一枚岩とは言いがたい。
二人は暫く火葬場を眺めた後、互いの顔を見合わせた。
「……で、これが夜妖大量発生の原因ってことなんすかね?」
「わからん。もう少し情報が欲しい所だが……」
さてどうしたものか、ジェイクは深く考え込んだ。
●人は何かを信じなければ生きられない
心というものについて、どう考えるだろうか。
特に心の許容量については、はるか古代から世界中が対面してきた問題だと言えた。
世界の全てを知り、全てを考え、全てに思い巡らせ続けることはできない。だから人は信仰をもち、『ここから先は信じます』という線引きをして生きている。
時にそれは神であったり、魔法であったり、科学であったりするが、ここ希望ヶ浜ではそれらをひっくるめて『常識』と呼ぶことがある。
「ここの街の人は、死んだら火葬をしてお墓に入るのが常識っきゅ。そうしなきゃ、死んだ人が弔えないって、みんな信じてるっきゅ」
子供アザラシを抱えた獣人の少女が立っている。子供アザラシこと『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)は、きっと眼前をにらんだ。
「だからっきゅ!? だから、『そんな風に』なってしまったっきゅ!?」
レーゲンの眼前に広がっているのは、亡者の群れであった。
簡潔に述べるなら半透明の男女の集団。
まるで数百人をミックスして平均化したかのように、全員が全く同じ背格好と全く同じ顔をしていた。特徴という特徴をもたず、誰もが極めて平均的な『不特定多数の誰か』とでも言うべき姿である。
彼らをあえて、『幽霊夜妖』と呼んだ。
彼らはまるでさまようように手をかざし、レーゲンたちへ掴みかかろうと走ってくる。
「っきゅ!」
対抗して放たれる『魔光閃熱波』の光。美しく奏でたハンドベルの音色が魔法となって、光る音符マークが命中する。
それでも雪崩のように迫る幽霊夜妖の前に『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)が立ちはだかり、両手を翳し魔術障壁を展開。
掴みかかる幽霊夜妖たちがフリークライにがしりと触れ、彼の『何か』を奪い取ろうとしてくる。しかしフリークライは自らに治癒魔法をかけることで踏みとどまり、なかば強引に幽霊夜妖たちを振り払った。
「人々 不都合 忘却 誤魔化ス。
死者 死因 誤魔化ス。
死者 思イ出ス 感情 無理スル。
死者 想ウコトソノモノ 忌避ヤ シンドイ 繋ガル」
魔法を放つフリークライとレーゲン。群がる幽霊夜妖たちは次々と倒され、かれらはまるで石膏像のように砕け、そして溶けるように消えていく。
戦闘を終えたフリークライは、あらためて振り返る。
「…………」
そこは阿僧祇霊園の経営する広大な墓地であった。
ひとけはなく、並ぶ墓石もまばらだ。
先だっておこった竜による混乱は、少なからず死者を出し、その殆どの遺体は回収され弔われた。そこまではいい。
しかし先ほどフリークライが言うように、そしてレーゲンも危惧したように、無念をもって残留した霊魂が自らの身に起きた不幸を人々が忘れ去ろうとすることに対して反発するように動き出したのが先ほどの幽霊夜妖……なのかもしれない。
「けど、そうやって暴れ出すにしては数や形状が不自然っきゅ」
「…………不自然?」
疑問を呈するように目の光を点滅させるフリークライに、レーゲンが肯定するようにきゅっきゅと鳴く。
「それならもっと自己主張をするはずっきゅ。なのに幽霊夜妖には『個性』がまったく無かったっきゅ」
このまま調べを進めていけば、今回の夜妖大量発生事件の真相に、あるいはその一部にたどり着けるかもしれない。
レーゲンとフリークライは顔を見合わせ、そして行動を開始したのだった。
●ghost highway
切り裂く風。アスファルトを切り裂き駆け抜ける。『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)はティンダロスType.Sに跨がり、後ろと高速で流れていくオレンジ色のライトの列のなか前だけを見つめていた。
希望ヶ浜から外部を繋いでいるトンネルの中だ。
「一先ずあの騒ぎは未曾有の災害って形に収まった訳か。事実を知りたくないって現実逃避も此処まで来たら一種の奇跡だな」
思う所は、ないでもない。
ちらりと後ろに意識を向けると、バイクのエンジン音が近づいてくるのがわかる。
徐々に近づいてくる気配。真横に並んだその姿を振り向くと――バイクのライダーの姿が見える。相手の首は、なかった。
「――!」
マカライトが構えたのは相手の首がなかったから、では厳密にはない。相手がサブマシンガンを抜きマカライトへ向けたからである。
トリガーにかかった指が引かれるのはもはや当然のことだった。
超高速で編み上げた鎖を何重にも集め壁にする。次々に鎖が砕け散っていくのがわかる。ただの銃撃ではないようだ。
舌打ちと共に鎖を放つマカライト。相手の腕に巻き付いた鎖がそのまま相手の腕をねじ切ろうとするが、相手の引く力の方がはるかに上だった。
ティンダロスから放り出され宙を舞う。
鎖がほどけ、トンネルを抜ける。希望ヶ浜の夜景が眼前に広がり、自らの身が放り出される。アスファルトに激突し身体が削り取られる想像をした、その瞬間。
ギャッとはげしいドリフト音を響かせて赤いオープンカーが現れた。
マカライトを助手席にキャッチしたオープンカー。すぐに頭をあげたマカライトは運転席を見た。
「お前は……!」
運転席でハンドルを握る『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)。握ったままの指でピッと指し示した先には写真があった。このトンネルを出た場所を撮影したであろう写真がピンではりつけてある。皆まで言うなとばかりに。
「僕は、この街の人々がまた以前の生活にもどれるようになればいいと思う」
突然何を言い出すのか、とは思わなかった。マカライトは再び身体を起こし鎖の盾を展開。首なしライダーの射撃を
防御する。
「外の世界と危険を知ってもか?」
「街ひとつが完膚なきまでに破壊されても、人々は集まり街を再び作り上げ、そして日常を取り戻す。大事なのは、『何を日常とするか』だと思う」
「同感です」
大きなカーブ。ガードレールの先から飛び上がった人影はウルリカ(p3p007777)だった。
見開いた左目の瞳孔にはレティクルサインが浮かび、翼のように広がった青白いエネルギー体がウルリカの身体を急加速させる。
斜めからぶつかりにいいたウルリカのボディもとい衝撃波をうけバイクから投げ出される首なしライダー。地面をバウンドし人間であれば確実に死んだであろうねじれかたをしながら転がっていく。バイクは横倒しになりガードレールに激突。おおきく歪ませ動きを止めた。
衝撃を空中に逃がし、ウルリカが大きくターンし二人の前へとゆっくりと降下してくる。
「私が望むのは『現状維持』です。前向きな、現状維持」
『今』というものは変わっていく。すぐに過去になり、ものは腐り錆び付いていく。
今を続けるにはそれだけの労力が必要になるのだ。
「無辜なる混沌は絶えず戦いを求めますが、だからといって、戦いに順応することこそが正しいとは限りません」
トン、と地面に足を付け、いちど閉じた目を開く。
「たとえ歪んでも、穏やかに過ごせることは……きっと良いことなのですから」
自然なことが、順応することが正しいならば人は裸で山野に暮らせば良い。木を切り家を建て山を削り川を動かし道具をあやつり豊かに暮らすことは、それすなわち歪みであるのだ。
「それは分かった。だが、そのためには邪魔になるものがある」
車をとめたシューヴェルトは車両からおりようとシートベルトに手を伸ばす。
「大量に発生した夜妖は――」
と、その瞬間。
後方でカッとヘッドライトの光がついた。
はげしいクラクション。
まるで『いま突然現れた』かのように唸る重厚なエンジン音。
振り返る三人が見たのは、大型トラックであった。
運転席のドライバーに……首はない。
「なんと」
ウルリカはつぶやき、次の瞬間三人は車両もろとも突き飛ばされた。
ガードレールという物体への信頼を失ったのは今日が初めてだ。
まるで紙切れのようにちぎれ吹き飛んだガードレールと共に宙を舞うオープンカー。
シューヴェルトは素早くシートベルトを外すと、車両から飛んだ。
瞬間、ティンダロスType.Sがマカライトとシューヴェルトをさらうようにキャッチし、その横をウルリカが飛行。転落していくトラックからは一台のバイクと首なしライダーが飛び出していた。
逃げられる。
そう思ったが――。
「希望ヶ浜学園、情報科目担当。ギョスり部、ホスト部、社長部兼任顧問。しかしてその正体は」
唸るバイクのエンジン音。跨がる『無限ライダー2号』鵜来巣 冥夜(p3p008218)はベルトバックルを握りしめ、ヘルメットやライダージャケットに一瞬でコスチュームチェンジした。
「『無限ライダー2号』!」
走り出す冥夜のバイクが首なしライダーと並走する。
「誰かが助けを呼んでいる。無限ライダーは真に助けを求める者の味方です。
この地に夜妖がいる限り、人々の安寧は訪れない。ならば全て祓いきるのがゴールでしょう!」
突きつけられた銃を片手で掴みねじり上げる。虚空に打ち出される銃弾。
バランスを崩した首なしライダーがバイクから転落すると同時に冥夜もまたバイクを捨てるように飛び降り、地面を転がった。
取り出すスマホ。起動されるアプリ。表示された『黄金・炎雨乱雨』の文字と共に黒き雨が呼び出された――と同時に、起き上がった首なしライダーの背後からシューヴェルトによる貴族騎士流抜刀術『翠刃・逢魔』、更にウルリカのソニックブームとマカライトの『鎖の黒龍』が殺到した。
集まる衝撃に、木っ端みじんに破壊される首なしライダー。
冥夜は変身を解くと、ビシッときまったビジネススーツ姿となった。ポケットから取り出した眼鏡を上品にかける。
「どうやら。私達は同じものを追いかける宿命にあるようですね」
●ねこ
「参上――『ヴァイスドラッヘ』!」
ブロック塀へ跳躍し、四肢より展開した剣と盾。四辻の中心に生まれた形容不明な怪物と対峙すると、発狂したような叫びを吠えるような名乗りで払いのけた。
「人々の「夢」を護りたい。
この再現された街で夢を見る人がいるだろう。
この再現された街でやりたい夢がある人がいるだろう。
この再現された街を護る夢がある人がいるだろう。
そんな夢を護るヒーローが私なんだ」
ヒーローは人知れず、怪物から浴びせられる無数の腕を切り払う。人知れず怪物に距離をつめ、人知れずその顔面に剣を突き立てる。
吹き上がる血とも闇とも知れぬもの。
崩れ落ちるその姿を見て、レイリーは背を向けた。
むくりとあがる腕。
しかし、レイリーは反応しない。できないのではなく、しないのだ。
なぜなら――。
「待たせたな」
ズンと着地の姿勢をとり、怪物を圧縮マナによるスタンピングで破壊し尽くす『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。
スッと立ち上がり背筋を伸ばした彼女に、レイリーはやっと振り返った。
「誰かと合流するかもしれないとは思っていたけど……なるほど、汰磨羈殿だったわけね」
ピッと出した写真にはこの四辻が写っている。汰磨羈もポケットから写真を取り出すが、やはり四辻が写っていた。西側と北側というそれぞれ異なる角度で写っているのは、偶然なのか意図的なものなのか。
「いずれにせよ、狙い通りにはなったようだ」
顔を上げると、ブロック塀の上で香箱座りをしていた猫が立ち上がり、こちらを一瞥してから歩き出す。まるでついてこいと言わんばかりに。
「私が気になっているのは『結界』という言葉だ」
「…………」
閑静な住宅街を歩く二人。
無言で先を促すように視線だけよこすレイリーに汰磨羈は続ける。
「認識そのものがレイヤーとなって覆うなら、それは立派な形而上的結界となる。例えばそれは、『常識』」
汰磨羈がそこまで言ったところで、レイリーははたと頭の片隅にあった記憶が蘇った。
時折、本当に時折だが無名偲校長が『常識の結界』という言葉を使ったことがあった。
「夜妖の大量発生は、その『結界|常識』が弱まったことが原因だと?」
「仮に相互関係があるなら、だがな」
常識はそのまま信仰と言い換えることもできる。
たとえば21世紀日本人は一般的に地球が太陽の周りをまわると信じ、水の流れや林檎が落ちる理由を万有引力で説明し、頭のなかには脳が胸には心臓があり脳でものを考えるという常識を信仰している。
ちなみに二千年ばかり遡った別の土地では胸でものを考え頭には鼻水が詰まっているという常識を信仰していたらしい。
どちらが正しいという問題では、この場合はない。
「明日が平和だと、毎日のんびり登下校ができるのだと信じられることが、ここでは重要だ。ある日の下校中、空がエラーメッセージで満たされ、空を割って竜が街を飲み込もうとした。
彼らの『常識』は決定的に崩れたといって、いいだろう」
「然様」
声がした。猫が喉を鳴らすような声だ。
レイリーと汰磨羈は気付けば雑草のはえた土の上にたち、そこは神社の境内だった。
賽銭箱が置かれているような場所に、太った猫が座っている。
「ふたりとも、ねこじゃないようだ」
「ねこだが?」
「汰磨羈殿は少し黙っていて」
スッて手を上げたレイリーに耳をしゅんとさせる汰磨羈。
対する猫はもぐもぐとやってから、顔をあらう仕草をした。
「『常識|結界』を求める心と現実を直視せよという圧力は、反発を生む。この街はそんな彼らを赦し、『結界|常識』を与えた。
彼らが『結界|常識』を疑うたび、この街に夜妖が生まれる。それを人知れず払い続けるかぎり、彼らは『結界|常識』の内側にいられる。
これはそういう、契約だ」
「私は協力する。何をすれば良い」
汰磨羈がすぐにそう続けたが、猫は顔を洗い続けている。
「今までのことを、続ければ良いだけだ。『結界|常識』が疑われれば、猫たちが――」
そこまで喋って、はたと手を止め顔を上げた。空を見上げる。
「いかんな」
瞬間。レイリーと汰磨羈の視界が暗転し……気付けばアスファルトの路上に立っていた。ねこはいない。代わりに、手の中に葉っぱが一枚あった。
●ヨルは僕たちの時間
「まさか……またここに来ることになるとはね」
写真を懐にしまいなおし、『精霊教師』ロト(p3p008480)は複雑そうに顔をしかめた。
眼前にあるのは三階立ての建物。
住宅街から遥か離れ、長く続く丘の先にて異様に佇むその場所は、外から見ても普通の
施設だとは思えない。窓という窓には金属製らしき格子がはいっており、明らかに脱出を阻止する作りであることがわかる。
外壁の様子は古く、一部には植物のツタすらはっていた。
「『病院』……? っぽくはあるよなあ」
ロトと同じ建物を別のアングルからとった写真をもって、『カーバンクル(元人間)』ライ・ガネット(p3p008854)がぼやくように言う。
医術の心得をもち、それゆえに希望ヶ浜学園では養護教諭(保健室の先生)をやっていたライ。だから病院にでも派遣されるのかと思っていたが、どうやら建物からして様子がおかしいことに気付いたようだ。
「ロトは何かしらないのか? 元々先生だったんだろ?」
「希望ヶ浜の教師じゃないよ、深緑の……ってそれはなんでもいいんだよ」
学園でカウンセラーの役割を(なかば強引に)押しつけられがちなロト。
資格ではなく能力で役割を負わされるというのは、希望ヶ浜の常識のようなものだった。
「なんだ。珍しい組み合わせだな」
そこへ現れたのは『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)だった。
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)と連れだって歩き、丁度別の道からロトたちと同じ場所を目指して歩いているところだったらしい。
「もしかして、二人もアレが目的地かな?」
翳した写真は病院のものだ。ロトたちよりも近くで撮影されたもののようで、うっすらと看板が見える。
「目的地が一緒なら、そのまま一緒に行動してもいいんじゃねえのか? ただなあ……」
カイトが翳した写真はさらに近くで撮影されたもののようだが、そのせいで看板の文字がよく読める。
『新卯没瀬精神病院』と、看板には書いてあった。
ロトがみるからに顔をしかめる。
病院の入り口はチェーンによって閉ざされていたが、こんなもので止められるほど四人はヤワな生き方をしていない。
まるでなんてことのないように開いて屋内へ侵入すると、そこは綺麗に片付いた病院のロビーであった。
受付用らしきカウンターと、並ぶソファ。カウンターの裏を探索してみるとスイッチがあり、操作するとあたりの照明が点灯した。従業員用らしき部屋に続く扉と、診察室へ続くらしき通路。
診察室はひとつだけで、鍵のない引き戸で仕切られている。
これだけか? と思いながら探索を進めると……カウンター裏から従業員室への扉を開くための鍵を見つけた。
従業員用の部屋に入ると、四つほど集められたスチールデスクと棚。そして窓。窓からは別の通路らしきものが見え、その隣にもうひとつの扉があった。
「これは?」
「ああ……クワイエットルームか」
カイトの問いかけに、ライがさも当たり前のように言う。
「病人を隔離するための部屋だ」
「感染症対策? ……ではないな」
ゼフィラは言いかけて、窓をこつんノックした。
重い音。まるで向こう側に一切の音が通じていないような音だ。そこにある椅子を思い切り叩きつけたとしても割れないだろう。
人は時折心に病を負う。過剰に暴力的になったり、自傷行為に走ったり、現実と空想の違いがわからなくなったりする。それは希望ヶ浜に限ったことではなく、混沌世界のどこでだって起こりうる話だ。
そんな人間をきわめて無害な場所に隔離し、長期的に治療を行う施設。それがこの病院の大部分を占めているということだろう。
だが……。
「さっきのロビーもそうだが、人の気配が全然しねぇぞ。ロト、そういえばこの場所に覚えが――」
「ううん、『ない』よ」
ロトはゆっくりと首を振る。
「カイト君の写真を見たときから思ってたんだ。僕は確かにこの場所に建っていた建物を探索した経験があるけど、それは『卯没瀬島精神病院』って名前だった」
「…………ふむ」
名前が、微妙にだが、違う。
しかし違うにしても似すぎている名前だ。ゼフィラは窓にてをつけたまま、その違いについて考え――
ドンッ! とガラスの向こうから思い切り叩かれた。
ガラス越しの向こう側。ピンク色の人間が立っている。
顔面がねじれた渦になったピンク色の人型肉塊であり、解読不能な声で叫びながら窓を幾度も叩いている。
数歩だけ後退し、義手の戦闘機能をアンロックした。
ライもカイトも、そしてロトもそれぞれ構える。
何度も窓を叩いていたピンク色の人型肉塊はそれ以上叩くのをやめ、ゆっくりと窓を離れた。窓からのぞき込めない角度に移動したらしく、それ以上追いかけるには……やはり扉を開けて向こう側へ行くしかないだろう。
四人はそれぞれ顔を見合わせ、比較的耐久力の高いゼフィラを先頭にした陣形を組みつつ扉に手をかけて……ドアノブをひねった。
――ゾクリ、という不思議な感覚があった。
言うなれば『空気が変わった』感じがしたのだ。
それでもドアを開いて――
「は?」
思わずゼフィラは声をあげてしまった。
そこは、美しい月夜の学校。その廊下だった。
「オイオイオイオイオイ、どういうこったコレは? ついに俺の頭もおかしくなったか?」
廊下に出たカイトがそのまま窓際に立つと、広がる光景にウッと顔をしかめる。
広がっているのは街、であることは間違いないが、あまりにも荒れ果てていた。
はるか昔に破壊し尽くされたかのように建物は崩壊し、植物がその殆どを覆い尽くしている。野生動物の姿もちらほら見え、よく観察すれば森のそれと変わらない。
逆に、人間の姿を発見することはまったく出来なかった。
「あの……」
声をかけられて、ライが思わず振り返る。
四人とは全く異なる声であったにもかかわらず、あまりにも敵意がなさ過ぎたせいだ。
振り返ればそこには、眼鏡をかけた少女がひとり。希望ヶ浜の学園制服……に似ているが少し違う。女子高生らしき服装だ。
「き、君は?」
ロトは喉を詰まらせながら問いかけ、そして『しまった』と思った。
脚を突っ込んでしまった。抜け出すにはあまりに深い、これは沼だ。
少女は苦笑し、そして自らの胸に手を当てる。
「なんて言ったらいいんでしょう……皆さんの言葉を使うなら、私は『夜妖』です」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
今回のおはなしは冒険のはじまり、いわばひとりひとりに向けた個別オープニングテキストであります。
ですが皆さんはこのシナリオ内において自由です。
与えられた専用ルートや汎用ルートをそのまま続行してもいいですし、誰かのシナリオへ移ってもいいでしょう。
ましてや、誰かのルートが自分のルートに影響を及ぼす可能性もあるでしょう。
直接相談し取引をしたり、間接的な協力を求めたり、自由な方法でこの物語をお楽しみください。
現時点で発生した個別専用ルートは10種を越え、隠れたルートや同ルート内での分岐も合わせれば無限とも思えるほどルートは存在していることになります。
願わくば、あなたの望んだゴールへとたどり着けますように。
以下、当シナリオシリーズにおける補足事項になります
1:このシナリオシリーズでは『シナリオ外での相談』を許可します。ダイレクトメッセージやギルドスレッドや貸部屋その他、自由な方法で個別に相談を行ってください。
2:当シナリオの『リプレイに描写された内容』は自動的にaPhon等と通してアーカイブ・共有されたものとして『PCが既知の情報』として活用できます。それ以外の情報はPC間で情報を交換するなどしても構いませんし、秘匿しても構いません。
GMコメント
※このシナリオは連続することを想定した長編シナリオ。その第一回です。
参加者には高確率で次回への参加優先権が付与され、そのための導入が描かれることになるでしょう。
今から続くストーリーの『はじまり』であり、あなたが遭遇する物語をある意味決定づける回となります。
そのため、プレイングやリプレイの形式もやや特殊な形をとっています。ここからの説明をどうぞお読み下さい。
●プレイング形式
あなた――あなたが『どこ』へ行くかはこのOP公開時点で決まっていません。
あなたが行くべき場所は運命によって決定され、導かれるようにその場所へと赴くことになるでしょう。
ですので、プレイングには以下の三つを冒頭に記載して下さい。
・持っている技能(できること全般です。非戦スキル、ギフト、あるいは日常的にやっていることです)
・必ず一緒に行動したいキャラクター(大人数にならないようにしてください。多くとも3人グループを目安としてください)
・この町をどうしたいか
(『今回の問題』についての展望です。感想でも構いません。詳しくはこのあと説明します)
●『今回の問題』
希望ヶ浜地区は大きな破壊に対する急速な復興を見せましたが、そのせいで見えない所に歪みが起きています。
その歪みというのが『夜妖の大量発生』です。
今回の夜妖は人々が都合の悪いことを忘れようと、あるいは何かのせいにしてごまかそうとするたびに発生しているらしく、自然災害と言うにはあまりに無理のありすぎる大事件を忘れようとするためにかなり無理な感情の動きがあったのかもしれません。
あなた――あなたはこの問題をどのように決着されたいか。どこをゴールとしたいかを決めて下さい。
あなたは夜妖を全て倒し尽くすことを目的にしてもいいし、人々を安心させることを目的としてもいいし、人々がこの偽りの日常へ完全に回帰することを目的にしてもいいし、あるいはこの日常を破壊することや現状維持を目的としても構いません。
長編シナリオである都合上プレイングは(公開しようとしなければ)公開されません。完全に自分の思うように書いて結構です。
※補足
特定NPCとの関係性については、問題の外であるとします。
ただし『無名偲校長』に関してのみは目標に定めてよいものとします。
●第一回での必須事項
あなたが向かう場所では、やや強力な夜妖が大量に発生しています。
偶然(あるいは必然的に)居合わせた仲間と共にこの夜妖を退治しましょう。
そこは廃病院かもしれませんし、山の牧場かもしれませんし、夜の小学校かもしれませんし、佐伯製作所かもしれませんし、希望ヶ浜学園の地下室かもしれませんし、誰も知らない神社かもしれませんし、行き方の分からない四辻かもしれませんが、いずれにせよ戦いがあることには違いないのです。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●希望ヶ浜学園
再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
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