シナリオ詳細
<Sprechchor al fine>喝采が鳴り止む日
オープニング
●『原罪に喝采を』――呼ぶ者の名を持つ男(表)
ロナルド・アーレンス・コールは精神科医であった。
元の世界でもそうであり、『混沌』に於いてもその使命を全うするべく使命感に満ちあふれていた。
それは恐らく、ただの使命感のみならず。もしかしたら、空中神殿に呼び出された際の鮮烈な出会い、そして選ばれた人間であるという自負がそうさせたのであろう。
現に彼は優秀な人間であり、混沌にあっても『そう』であった。彼が治療に携わった者達は、彼に惜しみなき喝采を向けたことだろう。
……『だろう』と推測形であるのは、彼に関する記録が余りに不足しているからである。
ロナルドがロナルドであった日々はそう長くはなかった。彼は心を救った人々と同じ数かそれ以上、『反転』への道をひた走る人々を止められなかった。
心を癒やせば大丈夫なのか? 気を強く持てば抗えるのか? もしくは避けられぬ運命なのか?
日々を重ねてひとり、またひとりと『原罪の呼び声』に連れ去られた人々を前に、ロナルドはあまりに無力であった。人々は助けられた恩以上に、助けられなかった無力を責めた。
これではまるで、反転を促す狂気の医師ではないかと。
『なぜ人々は反転するのか』
これはロナルドの研究における命題のひとつとなり、長らく彼を悩ませることとなった。当然、彼が人々を救うために、である。
反転などというものがなければ、混沌に於ける精神医学は正しく発展するのではないかと、彼はずっと思っていた。それは祈りにも近い願いであったことは想像に難くない。
反転させたくない。
『呼び声』などという病魔に負けぬ強き心を育てたい。
弱った心を再構築することは難しいが、壊れた心をそうするよりは遥かに簡単だ。
イレギュラーズとなって加齢が止まったことで彼は辞め時というものから目を背けるようになる。
一年が過ぎ、五年が過ぎ、季節が四十の変化を重ねた時点で彼は次第に狂気への道を歩んでいくことになった。
探求というものに対して極めて冷静であった彼は、然し己の狂気というものの定義を理解できないが故にゆっくりと心が死んでいったというわけだ。
……反転へと向かう人々を止められないのであれば、後押しして『テストケース』を増やせばいい。
そうして変わっていく人々の心にこそ、自分が求めるものがあるのだ。
だから、彼はいつしか自らを『原罪の呼び声に応じる者へ喝采を送る者』――即ち『原罪のシュプレヒコール』と名乗ることとなった。
●『アルフラド・ノウェル』領の惨劇
ローレットによる各国での調査や度重なる魔種・旅人・肉腫達との戦闘は、幻想王国の貴族『アルフラド・ノウェル』の治める領地に『原罪のシュプレヒコール』が潜伏しているという情報をローレットに齎した。これを以て、ローレットは幻想王国に調査を打診。結果として――その地に起きている惨劇の影を認めるに至った。
数多の魔種、肉腫、怪王種が闊歩するその空間は『滅びのアーク』の体現と呼ぶに相応しく、ローレットは領主の館のある『商業街区』へ、最短ルートで精鋭の面々を送り込む作戦を決行するに至る。
異次元の世界と化した領主館内部、そこに控えるのはシュプレヒコール当人、『傲慢の膠窈』アウスグライヒ、彼女が生み出した肉腫達も多数配されていることだろう。それらを突破するには、幾つかに手分けする必要があるだろう。
畢竟、楽な戦場などどこにも無いということになるが……そもそも彼らは、逃げ隠れをする気はないはずだ。
●『正気の所在は誰にありや』――呼ぶ者の名を持つ男(裏)
「シュプレヒコール、御主に客人だぞ。なんと言ったか……そう、『ローレット』。御主の同類の巣窟から御主を殺しに奴らが襲撃(く)る」
「物騒だね。私はただ反転について研究を重ね、そして…………、? ああそうだ、最初から研究したかっただけなんだよ。恐らく、そうだ」
「自身の行いの理由すらも不確定では『だけ』とは言うまいよ。御主はどこまでも詐話師なのだな」
ノウェル領、領主館の最奥部。イレギュラーズが突入すれば、奥も手前もない異空間となるのだから位置関係など意味がないのだが……彼はそこに座り、困ったように首を傾げた。
「そもそも、空中神殿は私から貴重な、それでいて哀れな小鳥を奪ったじゃないか。大召喚だなんだといって可能性を摘み取っていったのは非常に噴飯ものだ。だというのに……だというのに! 純種であれば運命の加護も関係なく反転するだなんて! 正義巛巛は本当に面白いサンプルの情報を持ち帰ったものだ!」
「然らばシュプレヒコールよ。当座の目的は『小鳥』の反転を目指すことで相違ないな?」
「君の『傲慢』に引きずられるかな?」
「吐(ぬ)かせ。求められる者を得たばかりの、己に自信が乏しい形質の魂など常にそれを欲しておるわ」
「期待しているよアウスグライヒ。君は最初に会ったときからずっと、私のほしいものをくれる」
扉が閉まる音とともに、彼の言葉が背中を叩いた。莫迦なことを言う、とアウスグライヒは述懐する。
『原罪のシュプレヒコールは狂気に陥ることなく、正気のままに研究のために反転事例を積み重ねてきた』。
多くのイレギュラーズが共有しているであろうその情報はそもそもが誤りである。正確には、『彼が正気と狂気の境目を認識できないだけだ』。
アウスグライヒは反転へ狂気じみた研究を続ける彼の前に現れ、イレギュラーズとして、反転を求めぬ者として得物をとったロナルドを完膚なきまでに叩き伏せた。
殺さないでおいてやる、存分に研究に励め。ただし妾は付かず離れず眺めているがな、と。彼にとっては甚だ噴飯ものの提案を突きつけられ、しかしロナルドに否定する力も言葉も存在しなかった。
すり減っていく正気と浴びせられる人々の――救えなかったという――罵倒のなかで、彼は驚くほど急激なスピードで狂気を飲み干していったのである。アウスグライヒの持ちうる『原罪の呼び声』など余録にもならぬはずだろうに。
結果として彼は正義の心や常識というものを語りながら狂気を闊歩する悪意と成り果てた。
「アウスグライヒ様、ご指示を」
「準備は整っております。我ら『双鎚』、いついかなる時でも貴女の障害を打ち壊しましょうぞ」
『双鎚』と名乗った二体の純正肉腫、ミヅチとハヅチ。いずれも鎚を手にした者だが、長柄の鎚を振り回すミヅチと、投擲用鎚を無制限に振るうハヅチとは戦闘スタイルがかなり異なる。相互に補完しているといえようか。
「御主らは無策に突っ込んでくる者達を蹂躙せよ。雑兵の肉腫共の『種』なら地下牢から引き出せば数多あろう。くれぐれも妾に近づけて反転などさせるなよ」
「御意に」
「シュプレヒコールは放っておいてもあの小鳥奴等を狙いに顔を出すだろうよ。妾は彼奴の傍らで下らぬ連中の首を刈るのみよ」
「しかしアウスグライヒ様。……貴女があの童に肩入れする理由はもうありますまい」
「アウスグライヒ様はいずれさらなる厄を呼ぶ者。ここで身を粉にする必要を我らは存じ上げませぬ」
「――それ以上、妾から別れた分際で物を語ることを許さぬぞ」
『双鎚』はアウスグライヒの怒気に触れ、びくりと身を震わせるとすぐさま姿を消した。彼女らの消えた方向から怪王種達の唸り声や肉腫となった領主達の嘆きの声が反響する。
遅からず、自らも戦場に赴くのだ。
――アウスグライヒさん、その質問は無粋というものでしょおぅ?
――彼は正気でありたいと思い続けている狂人ですよぉ。
「そうだな、そうであろうよ。あの詐話師は、自分にすら嘘を吐き続けているうちに自分の在り処も忘れてしまったのだろうよ。だから狂った後に取り逃した小鳥の羽に誘われるばかりでどこにも行けなんだ」
あの医者も狂っているが己の居場所を理解していた。だからこそ、シュプレヒコールに……ロナルドという男に対する違和感を理解できたのやもしれぬ。
だとすれば、アレが追い求める『小鳥』もまた、彼を理解しうる可能性があったのだろうか……。
- <Sprechchor al fine>喝采が鳴り止む日完了
- GM名ふみの
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年03月14日 22時36分
- 参加人数52/50人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 52 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(52人)
リプレイ
●現実は午睡の如くにて
「アウスグライヒ様は貴様をいたく買っておられる」
「貴様の死は我等にとって損失となる、ぬかるな」
『双鎚』は冷たく、しかしどこか熱の籠った言葉でシュプレヒコールにそう忠告した。屹度、彼女達にはアウスグライヒしか拠るべがなく、アウスグライヒは自分になんらかの依存を抱えている。自分も恐らく、欠けたなにかを彼女の存在、そしてこの手から零れ落ちた『手折るべき相手』。それを手に入れられねば、燃え尽きる魂なのだろう。
「貴様(あなた)は燃やす」
「言葉は選んだ方がいい……預けていた子は、返してもらうよ」
武器商人の宣戦布告に、彼はヨタカへと手を差し伸べた。しかし彼の目は明確な否定の念をその目に宿し、静かに首を振った。
「人生を、そしてこれからの一生を、人を人と思わないような奴らに弄ばれるなんて嫌だ」
明確な否定を受けたシュプレヒコールの表情が明確に歪むのと、周囲に侍らせた複製肉腫の群れが波を打って動き出すのとはほぼ同時だった。
「がおっ!」
が、彼等は動き出すにしても余りに遅すぎた。そして数で押すことを重視するあまりに固まりすぎた。畢竟、ソアの咆哮に密集した十数名が巻き込まれ、その何名かは動きを止めた。彼女に敵意を向ける個体は、しかし手を振り上げるより早くシラスの手刀で手首を打たれ、足を踏み出す前に膝を踏み台にされ、身構えた者は宙を舞う彼の足刀で延髄を撃ち抜かれた。
「悪いが手加減はしてやれねえ。一気に片付けるぞ、ソア!」
「まかせて!」
シラスはその戦闘術により、長期戦には致命的に噛み合わない。然るに相手の動きが確立するより早く動き出し、相手が形勢を整える前に決着をつけねばならない。少なくとも、複製肉腫相手ならば。
「あー……くそっ、皆さん元気で何よりでスね! 10対1とまではいきませんが、数が数なんでスからもう少し慎重に……」
「悠長に身構えていれば待つのは破滅です。露払いは早々に終わらせましょう」
多勢に無勢、そして仲間を奪ったシュプレヒコールが前にいる。美咲の精神の均衡はギリギリを保ち、薙ぎ倒すように次々と打ち据えた相手らの虚無を湛えた表情に苛立ちすら覚えた。だが、どこかで切り替えなければ敗北する。大きく息を吸った際に打ち掛かってきた個体は、沙月の掌打を受け蹌踉めく。次の瞬間、背後から向かってきた数体は沙月の手練により漠とした表情で足を止めた。
「とにかく体力気力魔力を振り絞って持ち堪えて戦ってくしかないよね! 本当、嫌になる数……!」
そこを狙いすましたように打ち据えたのはカインの放った破式魔砲。守りに割く思考を奪われたそれには、威力にすべてを振り分けた一撃は覿面に効く。
「多人数相手は得意だから大丈夫だよ! ボクもシラスも強いからね!」
「全く反論出来ないのが本当になんとも言えないところでスね……まあいいでス、動ける奴優先で全力で倒していきましょう」
ソアの自信満々な言葉は、今までの実績が大いに裏付けていた。ゆえに、反論する余地も無い。美咲は一瞬言葉に詰まったが、論を交わす余裕もないのは確かだった。
「殺したくはないけど、万が一は恨みっこなしってことで……!」
「助かることを祈るしかありません、勝たねば全員死ぬだけですから」
動きを止められ、猛攻を受け、じりじりと数を減らして尚数の圧は凄まじい。沙月とカインはその圧力を前に、いっそうその戦意を滾らせ前へ踏み出す。無為に殺すためではなく、救うために闘うのだと己に言い聞かせて。
「グレイテスト・オブ・オールタイム! ここから先は史上最高の俺達コンビが相手だぜ、『双槌』!」
「ハヅチ、私が相手をしましょう」
「……莫迦にしているのか?」
「我等【純正】に一対一で挑むと?」
ミヅハの高らかな宣言と、無骨なオリーブの声による宣誓。『双鎚』の二人は彼等が正面切って相手をする、と言われ僅かに鼻白んだ。そして、その不遜さに急激に怒りが持ち上がる。それがミヅハの策略だと、屹度双鎚は気づくまい。
バカにするなと振り上げられた大鎚を鼻先で躱し、ミヅハは大弓からの乱射を叩き込む。思いがけぬ反撃に足を止めたミヅチは、ハヅチに視線を送る余裕がない。
「あなたの間合いは遠距離。ならば私の間合いに引き込むだけです」
「愚か――!」
ハヅチは投げかけた鎚を握りしめ、オリーブの脳天目掛けて振り下ろす。得意な間合いでの竜撃に、不利な間合いの咄嗟の一撃。どちらが優勢かなど語るべくもないが、それでもイレギュラーズの一人と純正肉腫という戦力差は明らか。竜撃を打ち砕かれる格好で仰け反ったオリーブに追撃が迫る。
「君に譲れないものがあるように、私にも護りたい人達がいる。務めを果たしたければこの壁を越えてみろ!」
「…………!?」
が、その追撃は徹ることはなかった。なぜなら、眼前には繁茂が立っていたからだ。繁茂の守りが、ハヅチの一撃の破壊力を上回ったのだ。
「ヒュウ、ナイスタイミングだぜ繁茂!」
「得意な距離で闘う、素晴らしい判断です。オリーブさんは私が守りましょう。余裕があればミヅハさんも、守ります!」
ミヅハの称賛に、繁茂は淡々と、しかし熱のこもった声で応じた。
逃げる選択もある。勝てぬことが前提の不利な戦だ。だが……手を抜くことは、彼等三人に有りえぬ選択肢なのだ!
●Like a girl(Ⅰ)
「全く幻想は腐りきっているな。浄化をする必要があるだろう。全てはリーモライザと王国の為に」
ヲルトの行動原理は主君たるリーモライザへの忠誠にある。幻想王国の平和も、世界の平和も、そのための布石に過ぎぬ。
正面切ってアウスグライヒに肉薄した彼は、ざっくりと裂けた己の胸元に無関心な視線を向けた。血の流れは抑えたが、さりとて見切れぬ速度ではなかった。
異常な手管だと理解し、だが怯まずその前進を阻んだ。
「お前の武器はオレにも視えている」
「ならば目を離すなよ若造。さもなくば直ぐに死んでしまうぞ」
愉快そうに指を動かすアウスグライヒは、しかし死角から連続して放たれた魔砲を煩わしげに打ち払い、僅かな指先の焦げ跡に顔をしかめた。
「相手は追い込むと強くなるタイプかぁ……厄介だよね。結構打ち込んでるのに、あれを弾くって……」
Я・E・Dは周囲の音を聞き分け、雑多な戦闘音と狂気的な音の揺れに意思を乱されつつも破式魔砲を乱射し、戦場をかき回していた。怪王種ごと狙った渾身のそれが叩き落されるという異常に声が上ずるが、さりとて肉が焦げる匂いは間違いなく効いている証だ。無駄なことなど何一つ無いと言わんばかりの成果だ。
「ヲルトさん、回復を」
「まだだ、俺より強い奴、戦える奴を優先して守れ! 少しくらい、血が抜けたほうが調子がいい……!」
気遣わしげなフォルトゥナリアの言葉に、ヲルトは即座に否定を返した。強がりではない。事実として、血を用いる彼は極限に於いて加速する。
「視野を広くしても不可視というのは非常に厄介だ。獣達を相手取って貰っている以上、手を抜けないな」
愛無は闇のオーラを爪に籠め、呪いとともにアウスグライヒに叩きつける。体表で渦巻く風に一瞬阻まれたが、構わず引き下ろし風ごと彼女を引き裂きにかかった。返す刀と振るわれた戯れの風は無視できぬ威力を持っていたが、さりとて回復の陣容は薄くない。フォルトゥナリアの治癒、星穹の片手間ながらの治療、そして戦場を駆け回るキルシェの広域治癒などが組み合わされば、愛無や傷ついた面々が倒れることはそうあるまい。……現状に限っては。
「だいたい、そのナントカコールっての? それ、全然しらんし」
「知らぬなら忘れて佳いぞ小娘。どうせ思い返す命もあるまい。御主ほど無知に無頓着であれば、小僧もああはならなかったろうよ!」
秋奈の『緋憑』と『奏覇』による不可避の連撃をいなし、アウスグライヒは笑みを浮かべた。翻った風が秋奈の心臓めがけ撫でつけられるが、彼女は掠り傷を残し退避。溢れた血の量は軽微なれど、油断できぬ重みを見せた。
知らぬことは罪ではない。敵であるとわかればよい。互いにどちらが上かのマウントの取り合いこそが、戦いの真実なのだから。
「貴女をここで倒さねばさらなる悲しみが広まりましょう……悲しみの連鎖は断ち切らねばなりません!」
「……誰も失わずに勝とう。敵は全て、必ず討伐する!」
ヴェルミリオが肉体強化を駆使し、イズマをカバーする形で前に出る。アウスグライヒの攻勢が『近づけぬ』ためのそれであったのは、彼らにとってプラスに作用した。流れ弾じみて飛んできた一撃を受け止め、振り払ったヴェルミリオの影からイズマが竜撃を叩き込む。身に纏った風で受け流したとて、そこに潜む守りを削る悪意は防ぎきれない。びりびりとしびれる感触に、アウスグライヒは顔を顰めた。
「殆どの雑兵は直ぐに狂うと踏んでいたが、面白い」
「スケさん、この通り骨はある方でして! 骨しか残ってないのですが!」
「お前の風の音があまりに煩くて、この空間が異常だなんて秒で忘れてしまったな」
嬉しそうに笑う肉腫の姿に不快感を覚えないわけもない。だが、二人は異常な状況に心揺さぶられるほど脆くはない。精神の底に残った澱は後々効くだろうが、さりとて『後々』がなければいい。
「イズマ様が作ってくださった隙を、ニルは逃しません」
肉腫の表情から、僅かに余裕の色が薄れる。イズマの一撃に紛れるように間合いに入ったニルは、いきおい至近距離から神秘の極撃を叩き込んだのだ。魔力を杯に注ぎ込み、生み出した魔法陣の振動は共振により炸裂する。彼女の体力を思えば戯れの一撃だろうが、『徹した』事それ自体が過大な成果だ。
「全く――厄介で面倒で、しかし愛おしいほどに脆い御主等は格好の遊び相手よな! 詐話師や双鎚にくれてやるのが惜しい程に!」
●怪なる獣を討つ者
「ハ! 都合が良いものだ。面倒そうな大一番にはしっかり呼び出されるんだな」
魔導槌を手にしたヨハンは、眼前で行手を阻む怪王種、1つ目の巨人の姿に不敵な笑みを浮かべた。主敵たる存在については皆目知り得ぬが、眼前の敵は闘うに不足無いとわかる。振り下ろされた大刀の腕を避け、突き出した槌から炎弾を吐き出し打ち払わんとする。
「肉腫に怪王種にとよりどりみどりな戦場なこって……」
別の場所では魔種までいるという。錬は余りの混沌さに目眩を覚えつつ、しかし陰陽術を以てヨハンに迫る個体を縛りつける。手を武器化することで精度向上には成功したが、翻ってそれは腕の届く距離でしか攻撃できないということだ。進行速度を鈍らせ、距離をとり、符術でもって確実に削り切る。彼の得意分野を十全に活かせる相手というわけだ。
「さあ、貴方達の意思の輝きを見させていただきんすよ」
エマは不敵に笑うと、錬とヨハンに翻弄される個体目掛け術技を連続してはなっていく。どれを選ぶか、何を用いるか。曖昧に思考を巡らせたがゆえの綻びが幾度かその身を危険に晒したが、さりとて仲間のフォローがあればそれも最小限に抑えられる。
「ウォーカーは反転しなくても狂うって話だったっスね、まさか実例を見るとはおもわなかったっスけど」
「……その事は肝に銘じておきましょう。ただ今は、眼前の世界の敵達を倒すことに集中を」
アンナの舞踏に誘蛾灯の虫のごとく引き寄せられたサイクロプスは、大槌と化した手で以て彼女を押しつぶすべく振り下ろす。が、重くあっても鈍重なそれは彼女に叩きつけられることなく空振り、交差するように蹴り上げられた葵の『ワイルドゲイルGG』を眼球にもろに受け、思わず仰け反った。脅威たらしめるのは、それでも眼球が潰れすらしない、ということ。
「なんて頑丈さっスかあれ……何発目に潰れるんだろうな」
「私が引きつけておいてあげるわ。最悪もう一体おかわりになるけど、大丈夫?」
「嫌っス無理っス、とは言えねえんだよな……アンタが死なない程度に頑張るっスよ」
冗談めかして返してきた葵の頬に冷や汗が一筋つたったのを、アンナは見逃さない。それでも弱音を吐かぬ姿は、やはり一線級のイレギュラーズということだ。
その期待に応える為にも、逃げられない。避けて通れぬ敵は、倒さねばならない。
「いやー凄いね! 外の世界にはこんな敵が居たんだねー」
「サイクロプスと言いましたか、あの一つ目入道が如き怪物……私が全力で引きつけ、逃げに徹します。アウスグライヒに向かう皆さんが邪魔されぬよう頑張りましょう」
興奮気味にサイクロプスを見るカンブリアに、玉兎は冷静に声をかける。自分がなんとかする、という強い決意。それは一人で一体を抱えると言っているわけで、無理とは言わぬが多大な消耗を伴う。一撃の重みを避け続ける、逃げ続けることは狂気を背に駆け回るこの戦場では相当な負担だ。
「点滴穿石、尺蚓穿堤。ちゃんとサポートするし、小さな積み重ねで攻撃を続ければきっと無駄にはならないよ」
「共に戦い、共に生き残りましょう。万が一があればわたしが引き受けます。一人だけじゃ、ありませんから」
カンブリアの励ましは、深い叡智に裏打ちされた自信すらも感じられた。力の如何ではなく、諦めない心を宿す。それは戦士としての資質が十二分に備わっていることを意味する。プラハの言葉もまた真理だ。一人ではない。玉兎の手法でいくなら、一人で引きつけ続け、逃げ続けるには限界がある。なれば一人でなければいい。逃げ続け、引きつけ、僅かな隙を突いて、そして倒す。
迫りくる足音を前に、三人は意思を一つにした。
「まあ、まあ! まあ!! なんて大きな身体、それにその厳つい腕! こんな『素敵』な殿方に会えたのですもの……全身全霊をもってお相手しないと失礼ですわよね?」
「戦場は支える、不利とみれば此方も打って出る。だから無理だけはしないように頼む」
シャルロッテの目の輝きは、練達で亜竜と対峙した際のそれを想起させた。むしろ、正面切って戦えるサイズ感なのが彼女の興奮を後押ししている。ゲオルグは四方に意識を飛ばし治癒に駆け回っていたが、彼女の危険性がいっとう高いことを肌で理解する。
「痩せた考えは不要、ワタクシは真っ向勝負。殴って倒した方が正義ですわ!」
「GOOOOORUUUUU」
シャルロッテの気迫に乗ったか、サイクロプスが棍棒と化した腕を振り下ろす。一歩も引かずに正面から振り上げた拳は、他のイレギュラーズより遥かに打点が高く、結果として相手の得物の加速の途上で叩きつけることになる。
結果、一瞬でこそあれ彼女が打ち勝つ。二度三度と繰り返されればその限りではないが、ゲオルグの治癒がある分、自己治癒に割り振らない後先考えない拳が唸る。
「これが……ッ、淑女の嗜みですわ!!」
地面に走る衝撃。目の前の極限に表情を歪めるゲオルグは、周囲に視線を走らせ仲間の状況を見た。寧ろ、見られている気さえしたが……。
「私らが相手するには随分とおあつらえ向きな敵もいるじゃあないですか、クーア?」
「ええ、業炎と紫電は我らが領分。利香と二人がかりならそうそう負けないのです!」
利香とクーア、二人のサキュバスにとって、狼の怪王種が持つ特性は如何にも相手してください、と言わんばかりのものだった。
だが、それ以前に。利香はシュプレヒコールの協力者に舐めさせられた辛酸を、仲間との勝利を以て雪辱を果たすことで拭おうとしている。
利香の魅了に引き寄せられるように向かってきた狼達は、正面から叩き込まれた負の夢魔術をもろに受ける格好となる。迂闊にも引き寄せられたそれらは続くクーアの炎によってその身を焼かれるが、さりとて獣の本能に滅びのアークを上塗りした個体の破壊衝動が利香へと食らいつく。
繰り返し繰り返し打ち込まれる爪牙は利香の守りを貫くに値しないが、さりとて避けることを許さない。じりじりと追い込まれる状況は、『それだけ』ならきっと敵うまい。
「レーザーソード展開……ゼタシウム……ブレイザーァッ!!!」
「やれ、獲物を得たりと思っている手合いほど御しやすくて助かりますのう」
仲間がいなければ、だ。
横合いから放たれたムサシの剣技は、利香に迫る一体を一旦引き剥がし、連携に乱れを生じさせ、戻ってくるタイミングで他の狼ごと巻き込んだ支佐手の呪いは、振り下ろされた獣の爪を地面に空振らせ、以てその爪の切れ味を鈍らせる成果を得た。
「熱いも痺れも痛いもみんなボクが持ってくから、最後までみんな立っていてね!」
利香達と並び立つように身構えたムサシや支佐手も、決して無傷ではなかった。彼方此方に散っていた狼達が、利香によって一手に集められたのは彼等の尽力あらばこそ。そして、それを支えるように縦横無尽に駆け回ったのが帳なのだ。狼に限らぬ敵との対峙をフォローする役割を担ったからこそ、魔力量は相当減っている。……だからなんだというのか。最後まで支えるという気概があれば、勝てない相手ではないのだから。
「悪いけど、俺は狼が大嫌いなんだ。利香、俺も少しは引きつける。……いや、引き受けさせてくれ。こいつらを見てると苛々するんだ」
アルヴァは狼の一体に鋭い雷撃を叩き込み、振り向いたそれに不敵な笑みを返した。己はここにありと、討ち果たしてみせよと名乗りを上げるその姿は、狼以上に勇猛な獣として彼を認識させるに足るものだった。
「構いませんけど、無理だけはしないでくださいよ?」
「リカも無理してるからどっこいどっこいだと思うのです……」
「うるさいですよクーア」
アルヴァの提案を渋々受け入れた利香の様子をおちょくるクーアだが、もとより彼女に『無理』などないと知っていた。だが、仲間が差し伸べてくれた手を打ち払う道理がないとも、彼女は知っているのである。
「なに、二人に限界がきたなら儂も控えてるんじゃ。貴殿らにだけ無理はさせん」
「ええ、石柱の魔女の名にかけて、私も狼の動きを精一杯封じましょう」
バクは二人に防御術式を付与することで継戦能力を大いに底上げし、オーガストは治癒術士でありながらも多彩な手管でもって狼達の動きを制限し、あるいは奪っていく。
敵味方入り乱れる状況、ここまでの混戦は恐らくムサシや支佐手にとってもそう多い経験ではない。……なればこそ、魂を燃やすほどの緊張が、神経を焦がすほどの興奮が、彼等を本来の実力以上へと押し上げる。
魅了の術や感情操作は万能ではなく、時折隊列が乱れることだってある。が、オーガストと帳が治癒に回ることで最小限の被害に抑えることに成功していた。パワードスーツの頭部が割れた視界から覗くムサシの眼光は、今までの戦いのどれより鋭く――。
●Like a girl(Ⅱ)、若しくは午睡が覚めるとき
「だいぶ傷が増えてきたね。調子がいいんじゃないのかい」
「吐かせ異形。御主には妾がこの状況を楽しんでいるように見えるか」
「まあね」
体力の消耗、肉体の損傷、それに伴う劇的な魔力の増加。愛無はアウスグライヒの立ち姿に正味のところ、脅威を感じずにいられない。それをおくびにも出さぬのが、熟達の者らしくはあるが。
「俺達の行動原理は簡単だ。――飛んでくる火の粉を払って、『叩き潰す』。俺は舞台を整える、仲間が舞台で正しく踊る。それですべて終いだ」
カイトは仲間達の攻撃に合わせ幻影を生み、魔弾を叩き込み、以て相手の動きを封じるのが役割だ。避けられてはならず、阻まれてはならず、そして足を止めてはならない。百の機会に五でも十でも、アウスグライヒが止まれば僥倖。舞台を整えれば、あとは仲間の役割なのだから。
「誰も死なせません、絶対に、こんなところでは!」
「『こんなところ』とは言ってくれるな小娘。これでも妾の傑作なのだが。美的感覚の相違は気に入らぬな」
フォルトゥナリアの強い言葉に、アウスグライヒは狂気的な笑みを浮かべ魔力を充填する。星穹は仲間達に散開の合図を執りつつ其々の位置を把握し、襲い来る一撃を見極めようとした。
ヴェルミリオはイズマを、星穹はカイトと秋奈を庇いに回り、万一に備える。全員は狙えまいが、油断は禁物だ。
愛無は咄嗟にЯ・E・Dを庇うべく跳び、そして背に激しい衝撃を受けた。広域に吹きすさぶ風は、そのすべてを剃刀の如き鋭さで舞い踊る。それを耐えられたのは、恐らく判断と偶然の産物だったのだろう。続けざまに振るわれた暴風も、彼方此方を切り刻み荒れ狂った。……だが、それは長く続かなかった。
「それ以上は好き放題させたくなかったから、私も無理したよ」
「絶対に殺すという意思が『聞こえた』。けど、撃つごとに命を削っているのもわかった。お互い、これが最後だったってことだよ」
イズマの黒顎魔王とЯ・E・Dの破式魔砲の十字砲火。アウスグライヒが耐えきれぬ威力ではないはずだが、それでも彼女を打倒せしめたのは、暴風の一撃が命を削る性質があればこそ。死の際をみた彼女がイレギュラーズを蹴散らすことを使命とみなし放った風は、しかし相討ちを狙うには相手の力量を見誤りすぎたのだ。
「ルシェがいっぱい治すから、誰も死んじゃダメなのよ! ここで悲劇の大本倒して、みんな無事で一緒に帰るのよ!!」
リチェルカーレに乗って駆け回るキルシェは、涙まじりの声で治癒の魔力を注ぎ込む。アウスグライヒはその姿を徐々に消滅させんとしていたが、イレギュラーズ側の被害も少なくはない。未だ続く激闘をして、死の危機を乗り越えねばならないのだ。
「ハ、死ぬにはいい日だ。いいぜ武器商人の師匠。アンタが望むなら、『死んでやる』」
「武器商人さんとヨタカさん、あんなに仲のいい二人を邪魔するなんて馬で蹴ってあげる……!」
瑠々とフラーゴラの言葉に籠もる情念は、恐らく仲間との繋がりの深さあればこそ。武器商人とヨタカ、二人が築いた信頼の証明といっていいだろう。
「そうとも。奴等の小煩え喝采を止めるのは俺達だ」
「さあ、皆様。生きましょう。そして、一人も欠けずお家に帰るのよ。よくって?」
ジェイクとメルランヌの言葉がそれに続き、イレギュラーズ達の連携がシュプレヒコールへと向けられる――手始めに、その周囲の煩わしい肉腫へと。
「こんな狂劇、終わらせてやる」
「ヨタカは大事な友人で商人は親代わり。手前に遣れぬ。むろん他の者も」
ヨタカと京司は迫りくる肉腫目掛けて其々の技巧を解き放つ。如何にシュプレヒコールの指揮統制が効いてるとはいえ、熟達の神秘を軽々に無視することは叶わない。
……そもそも、統制が取れていればひとところに集まる愚を犯すはずがなく。それをなしたのは、サルヴェナーズによる誘導だったのだ。
「ここから先は通せません。皆さんの命が掛かっているのですから」
己を獣に錯覚させることで強烈な敵意を引きつけた彼女は、向かってくる敵意の波濤に一歩も引くこと無く立ちはだかる。迫る乱撃を受け、倒れない。倒れない。悲鳴を上げそうな痛みも、使命感の上に成り立つ力でもって立ち上がる。
「ち……」
「おっと、それはなしだぜシュプレヒコール」
胸元からメスを抜いたシュプレヒコール、その手首を打ち据えたのはジェイクの銃弾だ。仲間との連携でもって適正距離に立った彼の早撃ちは、最早常人が見抜くに能わぬレベルだった。
「肉腫は早々にご退場いただこうか。……起きろ『無明世界』、咎人狩りの時間だ」
「エルは、シュプレヒコールさんの、お声なんかに、従いません。勿論、誰も連れて行かせは、しません。肉腫の皆さんも、出来る限り生きていてもらいます」
ラムダとエルの猛攻は、動きの精細を欠いた肉腫達へと襲いかかり、こと、エルの『おとぎ話』は不調を被ったそれらを痛めつける。さりとてそれは殺意ではなく、純粋な勝利への渇望あってこそ。
「俺も、章殿も、商人殿が居なければ此処には存在しえなかった」
「私も居るのだわ! 章姫もいるのだわ!」
鬼灯はシュプレヒコール目掛け、苛烈な一撃を叩き込む。ジェイクの一射で動きを鈍らされた彼に、避ける手段などありはしない。……ありはしないが、防ぐ手段は持ち合わせたらしい。張り巡らされた神秘の網が、極撃を受け止めたのだ。
「ヨタカ、君は随分仲間に恵まれた、良縁に恵まれたといったところか。さしづめ私は因縁かな?」
「そうともシュプレヒコール、キミの手で反転していった人達の想いも載せて、君の運命、そして彼との悪縁はここで斬り分かつ」
「……ハッ」
ヴェルグリーズはシュプレヒコールの挑発を切り裂くように、三連撃を叩き込む。咄嗟に掲げられた剣が打ち合うが、その手練は到底受け止めきれるものではない。
イレギュラーズの猛攻をして、シュプレヒコールの手傷は浅くないはずだ。
「シュプレヒコール。俺の大切な白(おとうと)を汚した罪……その命で償うがいい!」
「弾正から彼を奪った罪、償ってもらうぞ」
弾正とアーマデルが、仲間達の連携を縫って前にでる。おおかた無効化された肉腫達など無視し、まっすぐ伸びた弾正の拳がシュプレヒコールを打ち据える。……その目には、些かの揺らぎもない。
続くアーマデルによる不調を積み重ねる連続攻撃は、並のイレギュラーズが正面切って受け止めれば到底耐えきれるとも思えない。それは、強力な個体と目されるシュプレヒコールとて同じこと。
不調に陥っている。敵意を受け止め続け、人間が耐えきれる限界を超えている――なのに何故、立っていられる。
「おい……おいおい、双鎚! お前らなんのつもりだ!」
「勝てる訳がない相手が、倒れている……? 理解できません」
その答えは、ミヅハとオリーブの動揺の声にあった。
「…………なるほどねぇ。いびつだとは思ったけど、それは異常だと思うよ」
その様子を見たフラーゴラは、即座に異常性を看破した。
「シュプレヒコール……まさか」
「醜悪極まりないね。やはり貴様(あなた)はいてはいけない」
ヨタカと武器商人の嫌悪顕な声で、周囲は漸く理解した。彼は、否、彼を思うアウスグライヒは、双鎚の命を彼と繋ぐことで、その実力と命脈を底上げしていたのだ。
「わかったところで、手は止めないだろう? ――ここからは全力でいくよ。蛇のお嬢さん、そして武器商人といったかな? 小鳥の番。『絶対に殺す』」
サルヴェナーズと武器商人、そして瑠々を射抜いたシュプレヒコールの目は心の底から殺意に満ち満ちていた。瑠々は傷が少ないが、その殺意の波濤に心底縮み上がる思いがした。
サルヴェナーズは、その手合いに背を向けられぬと心から理解した。
理解したから、なんだというのか。
「今度こそ、誰も堕としはしない。わたくしも、堕ちやしない!」
「盾でいること、立っていること。それだけで有利になる! だから倒れない!」
メルランヌは癒やすため、フラーゴラは守るため。
武器商人達とは別ベクトルで力を付けてきた彼女らは、彼等を倒す手段を整えたシュプレヒコールに対し鬼札足りうる。
あとは、何方が先に――魂の限界を迎えるか、ただそれだけの勝負となろう。
●夢の終わり
不安定だった足場は、古木の軋みを返す床に。
斑にぬりたくられた空間は、永らく使われていなかったであろうダンスホールへと姿を変えた。魔力を喪い、ひとの形を喪ったアウスグライヒはひと振りの剃刀に姿を変え、それすらも崩れ落ちていく。双鎚はとうに命を奪われ消滅し、床板を踏み抜くがごとく着地した怪王種達は、しかし生きている者も這々の体で戸惑うような素振りを見せていた。
既に決着はついている。あとはいかに犠牲をへらすか、選択と集中のみがこの戦場の焦点であった。
「……ああ……」
そして、喉の奥から絞り出されたような枯れきった声が戦場に響いた。それがシュプレヒコールのものだとは、多くの者が気付かなかっただろう。
「柔らかな羽根も、大きな宝石の様な瞳も、繊細な指先も、全部我(アタシ)の為にあるモノだ。貴様には何一つくれてやるものか」
「くっ……くく、小鳥。小鳥か。私が固執した少年が、よもや4年そこそこでそこまで多くを知るとは思わなかった」
武器商人の勝利宣言に似た言葉に、枯れた指先を持ち上げたシュプレヒコールは笑おうとした。だが、喉が掠れるばかりで声もままならない。
「手前にはもう、心は無かろう?」
「志なんて忘れたんだろうさ。それが、栄光から蹴落とされた勇者の末路だ」
京司は親密な者達を弄んだ彼に嫌悪しかなく、アルヴァはその末路に憐れみとともに過日の己を重ねた。英雄は戦で量産され、平和という土の下に埋められる宿命なのだ。
「この人にもこの人なりの正義があったのでしょう。でも、しでかした事の大きさを思えば、自分には思いやる余裕はないであります」
「甘い……な、君は。倒した相手を想うな。退けた正義に寄り添うな。そんなものは歪みだ悪だと蹴飛ばしてしまえ。でなければ私と変わらぬモノに成り果てる、ぞ」
ムサシはそれなりに経験を積んだが、しかし性善説をどこかで信じている節がある。シュプレヒコールは、かすれた声でその甘さを否定した。『それはそれで正しい思考だ』、などと言うほど彼も甘くはないのだ。
「ばいばい、ロナルド……違う形で会えたら良かったね……」
「真っ平御免だ、ヨタカ」
ヨタカの慮る声に、しかし彼はそこだけはしっかりと、否定の言葉を投げかけた。
「君の前途に、君の過去に、君の生き様に私がこびりつくのは御免だ。すべて忘れろ」
――それがシュプレヒコールの最後の言葉。
あるいは呪い。
原罪を言祝ぐ男は、誰かの心に残ることを否定し、そして死んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
この度は『原罪のシュプレヒコール』に関わる一連のシナリオの決戦となる本作にご参加いただけたことを有り難く思います。
白紙を除いて、全てのプレイングのクオリティが高く、どこに視点を移しても密度が高いため、大変執筆に苦慮致しました。
ともあれ、攻略するPC視点としては十分な結果であったのではないかと思います。
私が担当する形での一連の流れはこれで終了となり、個別のGMの結果で撤退や取り逃した敵がいれば、そちらは各GM移管となります。
これらに関しては個別に話が展開すると思われるので、そちらをお待ち下さい。
重ねてとなりますが、ご参加まことに有難うございました。初めての試みばかりで非常に勉強になりました。
GMコメント
<Sprechchor al fine>(シュプレヒコール・アル・フィーネ)、『原罪のシュプレヒコール』を巡る半年間の戦いに終止符を打つときです。
以下、詳細。
●目的
・『原罪のシュプレヒコール』の討伐(殺害)
・『アウスグライヒ』撃破
・全ての敵性存在の討伐
●失敗条件
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)ならびに武器商人(p3p001107)の死亡(両者参加の場合)
参加者から反転または死亡が一定数発生(上記の条件除外時)
●プレイング書式
【A】or【B】
グループタグ、または同行者
本文
上記の構文が守られていないプレイングに関しては、その内容を十全に発揮できない、または戦闘中行方不明(MIA)扱いとなり重篤な結果を招く可能性を『強く警告』します。
くれぐれも書式の遵守をお願いいたします。
●戦場
ノウェル領主館内(異空間)。
個別の部屋などがあり、其々の戦闘が行われている可能性はあります(各GMのシナリオ参照)が、決戦では広大な空間となります。
全体的にマーブルな空間で視覚的に酷く不快感を覚えます(恒常的に【狂気】判定が入ります)。
足場は安定していますが、こちらも視覚的に不安感を覚えます。
他の戦場の結果から影響を受けやすいシナリオです。
敵味方共に、増援の可能性があります。
A:アウスグライヒ討伐 アウスグライヒとその配下を討伐します。
怪王種はいずれも慮外のタフネスを備えています。油断禁物。
・怪王種『武器手のサイクロプス』×5
1つ目の巨人で、両手が刃や鎚に変化しています。ただ武器を持つよりもコントロールが高いため命中精度もそれに準拠。
鳴動(物至域:【乱れ系列】【呪殺】威力低)
乱舞(物至ラ:【出血系列】【致命】威力大)
咆哮(神近扇:【飛】【呪い】)
巨体(A:ブロック・マークに2名要)
・怪王種『雷鳴業火の狼』×5
炎と電撃を操るタイプの狼型怪王種。
雷電突撃(神超貫:【移】【痺れ系列】【火炎系列】)
火柱(神超ラ:【炎獄】【業炎】【喪失】【万能】)
遠吠え(神中扇:【虚無(大)】)
・『傲慢の膠窈』アウスグライヒ
俗に「セバストス・ガイアキャンサー」と呼ばれる肉腫の(確認段階で)最上位種。『原罪の呼び声』を微量ながら発し、肉腫へと変える能力も非常に高いです。
両手を動かすことで指先にまとっている空気を糸や刃のように操ることができます。EXAが非常に高いです。
少女の戯れ(物至単:【滂沱】)
破風(物中列:【連】【猛毒】、EXA判定に応じ威力上昇)
少女泰然(P:【加速(大)】【復讐(大)】)
責任在る者(神超域:【万能】【背水】ほか詳細不明)
B:シュプレヒコール討伐 シュプレヒコール及び肉腫達の撃破です。(此方の情報制度はやや低いです)
・原罪のシュプレヒコール(ロナルド・アーレンス・コール)
すべての元凶にあたります。
戦闘力は未知数ですが指揮統制に極めて高い適正を持っており、彼がいる限り戦場全体の士気は衰えず、戦意高揚により周囲の戦闘力は地力より大幅にあがっています。
もちろんイレギュラーズのトップクラスかそれを超える実力を持ち、狂っていながら冷静に戦闘を行う為、単独突撃はまず激しい危険が伴います。
得物は剣ですが、魔術の心得も相応にあるようです。
兎に角かなりの割合で詳細不明。アウスグライヒほど危険ではありませんが警戒対象です。
・『双鎚』ミヅチ&ハヅチ
アウスグライヒが生み出した純正肉腫たち。
ミヅチは長柄のハンマーを振り回すタイプ。近中距離に大威力の攻撃を叩き込んできます。
ハヅチは手元に戻る投げハンマーを複数投げつけてきます。スプラッシュ(中)などの遠距離~超遠攻撃を駆使してきます。
共通するのはいずれも【崩れ】【乱れ】【痺れ】系列の攻撃を多用することでしょうか。
・ノウェル領複製肉腫×50
領主を始めとした領館の人々。複製肉腫なだけあって能力は然程高くありませんが、命知らずな戦い方は手加減しづらいでしょう。
よしんば不殺にしても乱戦の中にあって救命できるかといえば疑問符が浮かびます。
弱いと言っても数が脅威です。回避減算に注意しましょう。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
(ただし戦場Bに対しては精度C相当です)
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