シナリオ詳細
<霊喰集落アルティマ>クリスタラードと七つの集落
オープニング
●竜の住処より
「霊喰集落アルティマ……本当に存在していたのですね……」
西洋と東洋の入り交じったような、占い師のような格好をしたリザードマン系ドラゴニアが呟いた。人間種がぎょっとするような、優しく可憐な女性の声だった。
彼女の名は『占い師』プルネイラ・吏・アガネイアム。風属性のドラゴニアであり、常人を遥かに凌ぐ占いの力を持っていた。ただし、彼女が占う内容は必ずといっていいほど災いに関するもので、その多くが避けようのないほど大きなものだった。そして全ての災いを予知できるというような便利さでもないことから、彼女は『たまに当たる普通の占い師』を装って生活していた。
避けられない、そして当たるとは限らない災いの未来など、触れ回ればよりひどい状態が待っているのは目に見えているからだ。
そんな彼女が見た災いのひとつが、『霊喰集落アルティマという伝説上の場所から七体のしもべが放たれ、人々を奪い去り贄とするだろう』というものだった。
占いが当たって悲しいのは、こういうときだ。
そしてこういう時だからこそ、動かねばならないだろう。
プルネイラは薄暗いテントの下で立ち上がり、そして垂れ幕を払って外へと出た。
混乱を招くであろう里の者ならともかく、外部の者であるなら……あるいは次なる災いへの対処も可能なのではないか。と。
「こいつぁ……マジか。……マジかー……」
頭に手を当て、くしゃくしゃと灰色の髪をかきまわすドラゴニアの女。
角と尾を除けば人間種のそれと変わらない彼女だが、そんな人間種標準をしても独特な体型をしていた。屈強さと豊満さ、そして『いい意味での太さ』を兼ね備えた絶妙なバランスによる体つきである。
背には亜竜の骨から作り出したとされる剣を背負い、赤いマフラーを首からさげている。
地下空洞に巨大居住エリアをもつ亜竜集落ペイト。その坑道区画にて警備兵を務める女である。それも、警備兵という組織を束ねる長だ。
つい先日、兄貴分であるラ・イワンがアルティマより現れたという伝説上の怪物に食い殺されたという事件があってから、繰り上がりで長の座についたこともあり貫禄という意味では弱い。
けれど、元々素質があったのか、彼女――『ダイアモンドドレイク』アダマス・パイロンの姉御肌な雰囲気にはフォロワーも多かった。
そんな彼女の頭を目下悩ませているのは、まさに兄貴分を食った怪物のこと。より深く言うなら、霊喰集落アルティマのことである。
石をくりぬくように作られた大きなドーム状の部屋には熱鉱石の明かりが灯り、石の円形テーブルとその周りに集まる人々を照らしている。
アダマンの他には部下の坑道警備隊員……だけではない。そこにはフリアノンからやってきた占い師プルネイラ。そしてこの二人とはある意味対照的な人物がいた。
「ちょっとちょっと! なんでみんなして暗い顔してるわけ? 別に里が滅ぶわけじゃないんでしょ!?」
両手をぱたぱたと上下に振り、それだけでは足らないとばかりに身体も上下に動かすピンク色の少女。
ウェスタ近郊の湖内外に集落をかまえるドラゴニア。『鈴家当主』鈴・呉覇(リー・ウーパー)である。中華風と和風を併せたような美しい服を纏い、耳からは両生類の(あるいはウーパールーパーの)エラのようなツノが伸びている。
翼はそれこそエラのようで、下半身からはつるんとした尾がのびていた。ドラゴニアの中にたまにいる、両生類っぽい外観の個体だが、彼女はその特徴がかなり強く出ていた。
そして個性が強いということは、多くの場合血も濃いということである。
ウェスタでもそれなりに影響力をもつ鈴家の長として、そしてウェスタ近郊を襲撃した怪物への対策担当者としてここに居るのだ。
彼女の少女めいた外見や、きゃははという鈴を転がしたような笑い方、そしてこの格好。どれをとっても幼いが、この地位にいるものが幼子なわけがない。
これが彼女の演技であることも、他者と交渉する際の武器にしていることも、この場に居る者たちは理解していた。
なぜなら、呉覇の振る舞いには幼さと同時に妖艶さもまた、あるからである。
そして、彼女の言うこともまた、理にかなっていた。
「アルティマから三体の怪物が攻めてきた。これは事実ね?
ケド、これが里に入り込んだからって滅ぶほどの怪物じゃないし、一部じゃ派遣したイレギュラーズチームが撤退したっていうけど、皆殺しにされたわけじゃなかったんでしょ?
だったら、強行偵察に行ってくれたその……」
ちらり、と呉覇はそこに集まるもう一人の顔をみた。
視線は一人に集まる。ウェスタの戦士であり、遠隔地における偵察能力に優れた『紫光』リュートである。
彼は憮然とした顔で首を横に振った。
「俺は二度と御免だぜ。あの場でバレなかったのは奇跡みたいなもんだ。もしかしたらバレてたのに泳がされてたのかもしれねえって予感もしてるんだぜ」
彼はウェスタ郊外を超越者ヴァイオレットが襲撃した際、単独で尾行しアルティマの場所を特定したのだった。
そして彼が盗み聞きした情報によれば、アルティマはドラゴニアを家畜として飼育し、支配者であるドラゴンのクリスタラードへ定期的に貢ぐというサイクルがなされていたらしい。
「配下の怪物どもと戦うにしても、七つはいるだろうボスのうち三つしか知らねえ。それも一度やりあった程度の浅い知識だ。戦うにしても戦力が足らねえし、知識も足らねえ」
リュートの言葉に、呉覇がムーンと不満そうな声を出した。頬をぷくーっと膨らませるかわいらしさで。
「わかってるわよ。私達が直接コトをかまえたら、上にいるドラゴンが文字通りくちばしを突っ込んでくるかもっていうんでしょ?」
そうなれば本当に集落が滅びかねない。
強硬策は滅びへの道なのだ。
未だ黙ったまま話を聞いているプルネイラムにかわり、アダマンが腕組みをして彼らの顔を見る。
「だったら、頼るべきは一つだけじゃあないのか? アタシらが直接手を出せないなら、代わりに手を出す奴を雇うしかない。でもって、ここ覇竜領域にドラゴニア以外がいるとしたら、そいつは――」
「ローレット・イレギュラーズだけ」
可憐な声がした。プルネイラムの声だ。
「この災いを止められるのは、きっとあの人達だけだわ……」
彼女のつぶやきを否定する声はなかった。
それは同意であり、そして同時に、ローレットへの依頼が決定した瞬間でもあった。
●強行偵察以来
こうしてローレットにもたらされたのは、亜竜集落フリアノン、ペイト、ウェスタ合同による霊喰集落アルティマへの強行偵察依頼であった。
ローレットの立場は突如として覇竜領域デザストルに現れた余所者であり、本来なら交友どころか接触することすら不可能な位置にあった。
しかし領域を突破しこの地で戦っていくことができることが多少なりとも証明されたことで、ローレットという組織はフリアノンとの友誼をかわすことが可能になったのだ。
そしてそれを一部の里長たちのみならず、里全体で共有し証明するために、亜竜集落からローレットへ亜竜退治などの依頼が舞い込むようになったのである。
そこへきて、今回のアルティマ強行偵察依頼。
下手をすれば命を落としかねない危険な仕事である。
それでも依頼することになったのは、それだけローレットという立場が彼らにとって有効だと証明できたと同時に、ローレットでなければこの役目を担うことができないという事実のためだ。
そして、そういった側面から……ローレットには調査の方法や順序は指定されなかった。
霊喰集落アルティマと呼ばれるエリアは七つに分かれている。
全ての支配者であるドラゴン、霊喰晶竜クリスタラードのもつ力の水晶が七つであることを起源にしてか、それぞれのエリアは色の名で呼ばれている。
――高い塔が並ぶブラックブライア
――地下空洞ホワイトホメリア
――死都ヴァイオレットウェデリア
――溶岩地帯レッドレナ
――海底遺跡オーシャンオキザリス
――密林イエローイキシア
――楽園グリーンクフィア
どのエリアから手を付けるかは、あなたが選ぶのだ。
そしてこの先どのような未来が訪れるかも、あなたにかかっている。
- <霊喰集落アルティマ>クリスタラードと七つの集落完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月21日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
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参加者一覧(30人)
リプレイ
●燃えた怒りのレッドレナ
溶岩の川が流れていた。
その上をわたるように、石の橋がかかっている。
「…………」
『紲家のペット枠』熾煇(p3p010425)はちらりと溶岩の川を覗き込み、吹き上がる熱気に目を細めた。
とてもではないが、人間が生息するべき環境ではない。熾煇はここへ至るまでの説明を思い返していた。
偽装した亜竜馬車の中で、『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)がこんなことを話していたのだ。
「アルティマの赤を司る敵……。
やはり、火の亜竜の類なのでしょうか。
だとしたら、行かない選択肢はないのです。
もっとも、それが私の望む紅蓮を繰る存在であろうと、みすみす隷従してやるのは真っ平御免なのですが」
胸の内を自分の中でころがしているうちに、無意識に言葉にでてしまったのだろうか。熾煇がきょとんと首をかしげて意図を尋ねるような仕草をすると、クーアが小さく首を振ってみせた。忘れて下さいという意味だろうか。熾煇があまり深くとらえずに頷くと、クーアがこれからのことを説明してくれる。
「今から行く場所はとても危ない場所ですから、気をつけて潜入をして下さいね」
それからクーアは、今から行くレッドレナという集落の『管理者』が不明であることと、間違いなく熱や炎に関する存在であることを説明してくれた。
熾煇はぼんやりと里長のようなドラゴニアを想像して、会ってみたいなあと話した。
対して、クーアの反応は険しいものだった。
「敵地で最も強力な存在に、面会をするんですか……? さすがに自殺行為ではないでしょうか。まずは住民と接触して管理者や他の亜竜たちについての情報を集めるべきだと思うのですが……」
なぜ? といったリアクションをとる熾煇にいくつかの説明をすると、熾煇は最後には納得したようだった。たとえ気配を殺して移動するにしても最深部までノーダメージで進むことは不可能だろう。なにより、仲間全員に危険が及ぶなら最初からやらないと熾煇が選択したことが大きい。
とりあえずということで、クーアが背負う大きなリュックサックの中に詰め込んでじっとしていてもらうことになった。
「『鳥さん人形』があってもかなり熱いですね。ここで生活するのは難しそうです。ここから落ちたらどうなるんでしょうね?」
流れる溶岩の川を見つめ、クーアがぽつりと呟いた。
「熱だけのダメージならともかく、実ダメージで確実に死ぬんだろうな……」
クーアに比べて『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の顔色はいい。過酷耐性の強度が違うのだろうか。
イズマとクーアは亜竜種に変装した状態で、レッドレナへと入っていった。
最深部はともかく、集落の外側は外部との接触が比較的容易だった。
集落から逃げ出す人間がそういないからだろうか、それとも『逃げるだけ無駄』だと分かっているからだろうか。
イズマがそう直感したのは、頭上を飛ぶ赤いワイバーンの集団を見たせいだ。
少しでも騒ぎを起こせばあれが一斉に襲いかかってくるのだろうか。一匹二匹ならどうにかなるかもしれないが、あの数をすべて相手にするなら確実に命を落とすことになるだろう。
「なあ、あんた。見ない顔だな」
後ろから声をかけられ、イズマとクーア(あとリュックの中の熾煇)が振り返った。
相手は少年のようだった。リザードマンタイプの亜竜種のようで、顔は赤い鱗に覆われていた。
一度アイコンタクトをとってから、イズマが切り出す。
「そうなんだ。勝手がわからなくてな。ここではどうやって生活しているんだ」
「あー……バルバジス様に浚われてきたっていうやつか。まだいるなんて聞いてないぞ」
「……」
イズマたちは今の発言の中に出た三つの要素を、頭の中で書き記す。
バルバジス。
浚われてきた。
まだいる。
ここは話に乗っておいたほうがいいだろう。クーアがわざと抜けているフリをしながら答えた。
「浚われてきたのはそうなんですが……ばるばじす? さま? というのは?」
「ここのボスだよ。目の前で同じ事言ったらああなるから、気をつけとけよな」
少年が指をさす。と同時に、遠くから悲鳴のようなものが聞こえた。
周囲を見たイズマは、少年の指が空にむいたことを察して天空を仰ぎ見る。
ひときわ巨大な、真っ赤な鱗をした亜竜が空を飛び、足に掴んだドラゴニア男性を空中でぽいっと放り投げる。
男に翼はあったようだが、握力によってか既にへし折られ、ひしゃげた翼を必死に動かしながら男は落下し……そして、ぼちゃんと溶岩の中へと落ちていった。
イズマの言った言葉を、クーアは思い出してぶるりと身体を震わせる。それがどういう感情による震えかわからず、リュックの中で熾煇は首をかしげた。
「あれは?」
「逆らった奴だよ。たまにいるんだ。家族を贄にするのを嫌がったんじゃねえかな……」
少年の顔には諦観があった。
イズマは目細め、頷き。そして少年の案内で歩き出す。
●炎人巨斧の亜竜、バルバジス
『帰ってきた放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)は、男が掴み上げられ空高く放り投げられるのを見た。
それを巨大な亜竜がつかみ取り、どこかへ連れて行くのを。そしてその声や態度からして、決して優しい結末にならないことを察した。
(おいおい、思った以上にヤバイことになってやがるな……)
バクルドは大きな石の柱の裏に身を隠しながらその光景を、じっと見つめていた。
およそ10歳になるかどうかという幼い娘と、それを抱きしめなにごとか叫ぶ女性。そして、女性に向けて高く斧を掲げる人型の亜竜という光景を。
集落の調査を仲間に任せ、まずは適当な家族へと接触を図ったバクルド。
家族は近郊の集落から浚われてきた家族なのだと話した。
「私達ともうひとつ。二つの家族が連れてこられました。もうひとつの家族は連れて行かれたので、きっと……」
父と母と娘という三人組は、身を寄せ合うようにして震えていた。
「そうか……」
バクルドは頭の中に浮かんだ考えを、振り払う。ここで彼らを連れて逃げだそうとしたところで、全員殺されて終わりだ。
ほどなくすると、赤いワイバーンが家族のもとへと降下してくる。
「『贄の儀』が行われる。バルバジス様のもとへ来い」
柱の裏に身を隠し、バクルドは見ていた。
父親が立ち上がり、娘と妻を守ろうとして放り投げられたさまを。
そして今まさに、母と娘が殺されようとしているさまを見ている。
――見過ごすべきだ。いま出て行ったところで何にもならない。情報は持ち帰れず、どころか拷問にあって仲間の情報を抜き出されるかもしれない。あいにくバクルドはリーディングを始めとする拷問対策を備えてきてはいないのだ。
(そうだろ? 俺にできることなんざ)
無意識に触った義腕の冷たさに。
なぜだろう。
気付けば。
バルバジスの振り下ろす斧をその腕が受け止めていた。
バギンと音をたて砕け散る義腕。
見るからに表情を歪め、驚きからすぐに敵意や怒りへと変わるバルバジス。
「……やべえ、やっちまった」
バクルドは娘の手を残った腕で掴むと、走り出す。
「あんたも来い! こうなったらどうにでもなれだ!」
これでいいのだ。見過ごすことなど誰に出来ただろう。
バクルドが走るその後ろで、娘の母らしき女は。
バルバジスの腕へとしがみついた。
「走って!」
思わず振り向いてみたその顔には、安堵と希望があった。
その表情に込められた全ての意味を察して、歯を食いしばるバクルド。
残った腕で出来ることなど限られている。バクルドは娘を抱え、更に加速した。
「お嬢ちゃん、名前は」
「……トルハ」
呆然と答える少女トルハを一瞥して、そしてそれ以上何も言わなかった。
バクルドは少女トルハを抱えたまま集落から脱出に成功した。その際に合流したイズマ、熾煇、クーアの支援が彼らの命を繋いだのは言うまでもないだろう。
●傲慢の塔とブラックブライア
『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)の放つあまりにも強烈なアッパーカットが、ドラゴニアの顎を砕き脳を揺らす。
白目を剥いて仰向けに倒れたドラゴニア。ジーンズパンツのみを着用し上半身を露わにしていた彼の肉体は屈強で、よく割れた腹筋と丸太のように太い腕は喧嘩の強さが如実に表れている。
一方で貴道の肉体も見事なものだ。すらりと絞られた肉体は総鋼の槍を思わせ、丸くなった拳は想像を絶する戦いの歴史を感じさせる。
パチパチというゆっくりとした拍手。見れば、ねじれたツノをもつ黒人男性めいた男が窓の外を……厳密には『上の階』を指し示す。
「オマエは一つ上に行く権利を得た。ここを出ろ」
ブラックブライアには無数の塔が建っている。巨大だが、頂上に行くにつれて狭まっていくそれにエレベーターはおろか『階段』すらない。外へぽっかりとあいた口が一つだけあり、そこから空へと飛び立つことのみが許されていた。
貴道は三階から外へ飛び出し、空中を蹴るようにして四階の高さへと上がる。
周囲では無数の大鴉型のモンスターたちが監視し、おかしな行動をとれば即座に撃ち落とす構えをとっていた。
いつでも外に飛び出せる作りだが、実質的にこの塔は密閉されたようなものだ。攻撃され飛行継続能力を喪失すれば毒ガスの中で死ぬことになるだろう。
(文字通りの実力社会ってわけか。シンプルだぜ)
塔のルールは三つ。
・階層の人間と戦って勝利したなら一つ上の階へ行く権利を得る。
・より上の階層に住む人間が偉く、豊かな生活が約束される。
・敗北した者は下の階へと落とされ、最下層の者は贄に変えられる。
(このまま戦い続け、頂上を目指せばその塔は支配下に置ける。ブラックアイズへ離反させることすら、不可能じゃねえ)
最下層へと入れられ、『新顔だから偉い人に挨拶がしたい』とうったえた紲 月色(p3p010447)に対して返った答えはシンプルだった。
「ブラックアイズ様にお目通りする方法は二つだけだ。
ひとつは贄になって送られ、クリスタラード様に食われること。
もう一つは、塔の最上階に行くことだ」
「どうすれば行ける? それに、他の塔に行くことはできないのか? 一緒に浚われた親戚が見当たらないんだ」
わざと狼狽えたような言い方をする『Utraque unum』冬越 弾正(p3p007105)に、名も無きドラゴニアは首を振る。
「それなら方法は一つしかない。最上階を目指せ。
行き方はシンプルだ。その階層の誰かを倒すしかない」
塔の中は異様だった。誰もが身体を鍛え、戦う訓練を続けている。
負ければ落とされ、贄へ変えられる。そうでなくても飢えや病で死ぬだろう。
この地で生き残るには力を付け、同胞を倒しより上階へ進むしかないのだ。
「ふむ……」
弾正と月色は考えた。ブラックブライアのルールの中でも『勝ち残ることが絶望的な者』はいるだろう。
特に最下層は贄を待つ身のたまり場だ。
彼らは敗北者だが、同時に上を目指すつもりのない人間でもある。
弾正が小声で月色に問いかける。
「最下層の人間達を味方にできないか。ここのルールが『倒す事』であるなら、出来レースを繰り返せば最上階へ至ることだって不可能じゃない」
「…………なるほど」
相手と取引し、わざと負けて貰えば上に行ける。それを数十人で行い更に上階で味方を増やして出来レースをし、それを繰り返していけばこの塔を味方でいっぱいにすることができる。
塔ごとブラックアイズに反抗すれば、他の塔への影響も大きいだろう。集落全てが反抗したなら、安定的な贄の提供ができずにこの『ドラゴニア牧場』は破綻する。
「情報によれば、クリスタラードは人間の生命力を食って生きている。今は特に膨大な量を必要としているようだ」
月色の調べでは、過去にくらべ五倍以上の贄を要求するようになったらしい。そのために周辺集落から調達を始めているが、そんなやり方ではすぐに追いつかなくなるだろう。やはりメインの供給源はこの集落なのだ。
「そうと決まれば、だな」
弾正は月色の助けを借りながら、風を称えるような歌をうたいはじめた。
『魔法騎士』セララ(p3p000273)は考えた。ブラックアイズと交渉をして平和的解決ができないかと。
しかし交渉のテーブルにつくことができるのは対等の立場をもってからだ。
彼らはドラゴニアをはじめ人間たちを家畜と考え、塔で生命力を高めるシステムを作って飼育している。野生の豚が交渉を求めてきたら殺すか家畜小屋に入れるだけだろう。財産をもつなら奪うだけだ。それができない相手でなければ、そもそも交渉にはならない。
そして仮に交渉ができたとして、相手の要求が『市民〇百人を餌として寄越せ』では話にならないだろう。
なので狙うべきは集落の意志の変更であり、率直に言えばクーデターだ。
セララはカラスのスーちゃんを使って塔のシステムやルールを理解し、そして上階を目指し勝利を重ねていた。
セララほどの器用さとまっすぐさがあれば塔の上を目指すことなど容易なのである。
「こっそり上の階へ進もうともおもったけど……あれだけ監視されてたら無理だよね」
塔の外に広がる大鴉の軍勢を見て、セララはうええと顔をしかめる。
「まずは最上階の立場を手に入れないとかな……」
セララは様々な隠密行動の中で得た情報を頭の中でまとめてみた。
市民たちの抱える切迫感と不満。特に下層市民の環境は劣悪で、生きるために必死に互いを蹴落とし合う状態が続いている。
セララは『可愛そうだな』とだけ考えたが、実際このシステムは有益だった。一部の力ある市民にだけコストをかけ、残る市民は低コストで飼育できる。彼らのフラストレーションはお互いを蹴落とし合うことに注がれ、生き残るために生命力を高めようと努力する。
特に強力な個体は裕福な立場を維持するためにその場にしがみつこうとし、反抗の意志を見せない。
例外があるとすれば、やはり最上階に立った者だけだろう。
「ブラックアイズと直接やりとりをするのも、その限られた数人だけ……ってことだよね」
●黄金の王
ブラックブライアを訪れた、『ボクを知りませんか』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)。
彼には困惑と、そして震えるような恐怖があった。
「お待ちしておりました、『黄金の王』。この地に栄光と繁栄を。そう、『あの地』のように――」
ヴィクトールがまず迎えられたのは塔の最下層……ではなく、あろうことか最上階であった。
円形の、数人が社交ダンスをする程度の広さしかないフロアの中央に立たされたヴィクトールを、壁際に並ぶ十数人のドラゴニアたちがにらみ付けている。
視線に含まれているのは敵意や憤怒。突如現れた正体不明の、それもまるで屈強そうに見えないオールドワンの男性への不信もまたあった。
原因は間違いなく、目の前の女性だ。
背が高く、豊満な胸の女性ドラゴニアであった。長い髪は黒く、しっとりと濡れたような目は不思議なことにヴィクトールによく似ていた。
より不思議なのは、彼女に対して不自然なまでに『特別だ』と感じられたことだった。
首を振る。ヴィクトールは自分を信じない。なぜなら、自分を『知らない』からだ。
「あなたは……」
「『ビクトリア』と申します」
しっとりと艶のある声で言う彼女、ビクトリアはどうやらこの塔の最上階を預かるドラゴニアであるらしい。ルール上、この塔で最も強い人間ということだ。
それが傅くだけの価値がヴィクトールにあるのかと、周囲は問うているのだ。
「ビクトリア様。あなたは……ボクを『知っている』のですか?」
「ええ、ええ、勿論」
あげた顔。みつめる目に、怪しい光が宿る。
ビクトリアは這うようにヴィクトールの足元へ近づくと、這い上がるように彼の頬へと手を伸ばす。
「全て知っておりますよ。教えて差し上げます。だからさあ……『わたくしの王』になって下さいまし」
ぐらり、と頭が揺れた気がした。
ヴィクトールに突きつけられたのはいくつもの要素だが、単純に言えばたった二つだ。
――ビクトリアを信じるか。
――ビクトリアを疑うか。
中間はあり得ない。どちらを選んでも、おそらく引き返せないだろう。
選択しなければならない。
いま、すぐに!
●いと妬ましき海底都市、オーシャンオキザリスよ
「なあ、俺って本当にこんな格好しなきゃいけなかったのか?」
『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は青いウーパールーパーのようなかぶり物をして、脚ヒレまでつけて深い海の底を泳いでいた。
そこは奇妙な石で出来た海底都市であり、地上とはまるで異なる仕組みで文化が気付かれていた。
サンディが観察した限り、ここオーシャンオキザリスは化物だらけの海だ。
例えるなら『絶望の青』だろうか。あそこにいた奇怪なブルータイラントを連想させるような化物があちこちにいて、それがこの地域を支配する亜竜たちであるという。
「人間種だってバレたらあそこで殺されてただろうしね」
こわいこわいと呟いて隣を泳ぐ『特異運命座標』鯤・玲姫(p3p010395)。
彼女たちがこの集落に『浚われてきた』テイで潜入してすぐ、見かけない顔だからと一旦都市の神殿へと連れて行かれた。
この土地の管理者は『アリアベル』という巨大な海蛇のような亜竜であった。
イメージとして一番近いのはリヴァイアサンだが、サイズ感は全くと言って良いほど小さい。戦えばかなりの脅威だろうが、あまり強烈な敵意も感じなかったし、威圧的な態度もとられなかった。「ああ、そう」というそっけない態度をとられただけだ。
そしてだからこそ、彼らの調査は上手くいったのである。
玲姫の使役した小動物や、サンディがもつ多種多様な調査能力が至るところで炸裂した。
そうした色々から得られた情報を、まずはまとめてみよう。
「このエリアを武力で制圧するのはかなり困難だ。海底で活動できる人間は限られるし、よしんば編成できても防衛に当たってる亜竜の数が多すぎる」
「住民を説得してレジスタンスにするのも、ちょっと難しそうだね。『余所者』に対して排他的すぎるよ。ここでは住民とあまり関わらずに、こっそり活動するのがいいみたい」
そしてコッソリ活動して得られたのは、『神殿』という建物にはアリアベルの弱点となる『海の宝玉』なるアイテムが安置されているという情報だった。
「アリアベルの攻略法はやっぱり、『海の宝玉』を盗み出すことだろうな。俺と玲姫が力を合わせれば、きっと可能だ」
長期戦向きで粘り強い玲姫が陽動を行い、シーフ系の技に長けたサンディが宝玉を盗み出す。
この計画が成功すれば、アリアベルを大幅に弱体化させるのみならず、オーシャンオキザリスを混乱に陥れ『贄』としての機能を大きく阻害することだってできるだろう。
サンディと玲姫はガッと拳を打ち合わせ、次なる計画の相談を始めるのだった。
その一方『微睡む水底』トスト・クェント(p3p009132)。
元々両生類めいた外見特徴をもつトストは、不思議とこの集落になじんでいた。
というのも、オーシャンオキザリスの住民は奇妙なほど両生類的特徴を強く有していたからだ。
「君も大丈夫? いつも大変でしょ。いやえっと、おれこっちでやってけるかなって」
そんな風に語りかけると、相手は不思議そうな顔をしたあと奇妙な答えを返してきた。
「私は自分がどこで生まれたのかを覚えていません。大人になるまでどうしていたのか記憶がないのです。気付けばここで暮らしていて、それが当たり前のように思っています」
トストが抱いた違和感は、そんな彼らのもつツノの特徴だ。
依頼人鈴・呉覇に非常によく似たウーパールーパーめいたエラ型ツノで、体表もつるんとした両生類系の鱗肌だ。
トストは黙って考えた。
(鈴・呉覇くんは一族の中でも血が濃くて特徴が強く出たと聞いたことがある。この人達の特徴も鈴家の人間なんだろうか。ドラゴニアの中ではかなり変わった身体特徴がここで頻繁に見られるというのは、一体……)
この依頼をトストに持ちかけたのは他ならぬ鈴・呉覇だ。仮に彼女に不利になるような情報があるなら依頼する意味がわからない。
逆にどうにかしてほしい特別な事情があるなら、最初に話しておいてくれない意味がわかあらない。
「鈴・呉覇は、おれになにをさせようとしているんだ……? それとも、おれの選択を待っているのか……?」
●死都ヴァイオレットウェデリア
『ノットプリズン』炎 練倒(p3p010353)、『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)、『空の王』カイト・シャルラハ(p3p000684)、『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)の四人は鉄格子の檻に入れられた状態のまま、空を飛ぶ亜竜によって運ばれていた。
深い霧の中を暫く飛んだかと思えば、不意に霧が晴れ石造りの町が見えてきた。
町といっても、目につくのは中央の豪華な建造物のみだ。町の各所に紫色に光る炎のような照明が灯り、殆どの家屋は無理矢理に取り壊された痕跡だけを残し消えていた。
まるで、民全てを殺し尽くした領主の町といった様子である。
「寂しい所だな……」
練倒をして、そう思うに充分な風景だ。こんな場所は見たことがない。いや、この状態で都市機能が維持されるなどということはほぼありえない。
シューヴェルトが呟く。
「住民への聞き込みは、できると思うか?」
「なんでそんなこと言う。それが目的だろ」
見ろ、と顎で示すシューヴェルト。町の端には無数のブロックが積み上げられていた。
……いや、ブロックじゃない。練倒が目をこらしてみると、それが檻だとわかった。
まるで段ボールか木箱でも積み上げるように密集して、今まさに自分達が閉じ込められている檻と同種のものが置かれているのだ。
そしてその全てが『正しい用途で』使われているのが見て取れた。
檻のひとつから、少年たちの集団がこちらをぼうっと見つめているのがわかった。
「……マジかよ」
カイトが身をぶるりと震わせる。飛行能力をもった大勢のドラゴニアが檻をひとつひとつ巡回し、ボードに何かを書き込みつつ作業をしている。その様子にはカイトも見覚えがあった。
『豚の飼育』だ。豚小屋を周り、餌を与え掃除をし、必要になれば男女を交配させ数を増やす。
ここは完全な『人間牧場』だった。恐るべきは、人間の飼育を人間にやらせているということなのだが。
「ヴァイオレットは大食らいだ。ボスに献上する分もあわせればかなりの数を産めや増やせやで確保してることになるぞ……」
「けれど、飼育作業は『人間に』やらせているのですね……?」
澄恋がぽつりともらした疑問にカイトが首をかしげたが、すぐに言わんとすることがわかった。
アンデッドを労働資源として使用できるのになぜ飼育は人間にやらせるのかという疑問なのだ。
「同情して逃がしてしまうようなことだってあると思うのですが……」
「確かにデメリットが大きいように見える。しかし、『そうしなければならない』理由があるんじゃないか?」
そんな話を小声でしている間に、檻は積み上げられた山の上へと新たに置かれた。巡回していたドラゴニアの一人が近づいてくる。後ろには飛行するドラゴニアアンデッドを複数体連れていた。
「メスとオスに分けろ。メスはT15番、オスはI05番に追加しておけ」
ドラゴニアの命令に従い、開かれた檻からカイトたちが連れ出される。抵抗はしない。なぜなら――。
ドラゴニアがそっとカイトの手にメモを握らせた。気付かれぬように見てみると、『リュートから聞いている。頼んだ』という文字と共に檻を開くための共通鍵が添えられていた。
一方こちらは澄恋。T15番の檻へ乱暴に放り込まれた彼女だが、ポケットの中にはこっそりとこの檻専用の鍵が入れられているのを知っている。慌てる必要はないだろう。
まず檻の中にいるドラゴニアたちの様子を観察することにした。
澄恋と外見年齢の近い女性が五人ほど。
こちらを警戒するようにして檻の端で身を寄せていた。
澄恋はにっこりと笑い、歩み寄る。
カイト、練倒、シューヴェルトは入れられた檻から難なく脱出し、同じく檻に入っていた三人ほどのドラゴニアと脱出を助けることを取引材料としてインタビューを終えていた。
リュート(カイトたちの協力者であり先行偵察をしていたドラゴニア)によって脱出ルートが確保できていたためによる交渉カードだったが、使えるのはおそらくこれ一度きりだろう。なにせ、こちらは泳がされている可能性がまだ抜けていないのだ。
脱出ルートへと到達した所で澄恋と合流。撤退を始めながらも情報共有を行っていた。
「我輩が調べた限りでは、飼育されているドラゴニアは別として飼育係のドラゴニアたちは完全な恐怖支配を受けているようだ。誰しも、殺されてアンデッドとして永久労働などさせられたいとは思わぬ」
練倒のため息交じりの言葉に、シューヴェルトが深く頷いた。
「超越者ヴァイオレットによる死霊術だな。この辺りにも無数の霊魂がさまよっているが、どれも苦痛と悲鳴に満ちていた。正気を保てていた霊魂はひとつとしてない」
逆らえば死してなお永劫に苦しめられる。従順になればヴァイオレットかクリスタラードに魂まで食い尽くされ苦しむことはない。
そんな最悪の二択を、この都市の住民はつきつけられているのだ。
「私が聞いたのは、旧管理者のバザーナグナル様のことです」
澄恋は目を閉じ、回想した。
同じ檻に閉じ込められていた女性たちは、かつてバザーナグナルに仕えていたドラゴニアだったという。元々生贄制度をとっていたヴァイオレットウェデリアだったが、年老いた者から順に身を捧げるというサイクルでこの都市は比較的清く回っていたと彼女たちは話した。
バザーナグナルは『死は万人に平等である』という考えのもと、亜竜や人間の区別をつけず差別することもまたなかった。恐ろしい力を持っているのは確かだが、それだけ慈悲深い存在だったのだ。
「それが、超越者ヴァイオレット様がこの地に出現したことで一転したそうです。バザーナグナル様は敗れ、仕えていたドラゴニアたちは家畜に落とされました。そしてバザーナグナル様は……」
「リビルドエンデッドとして使役されている」
言葉を繋げたのはカイトだった。
シューヴェルトと練倒が頷きを返す。
彼ら三人は脱出する前に都市中央の様子を観察していたのだった。そこで目撃したのは巨大な亜竜の骨である、西洋風ドラゴンにもにたその骨はスケルトン状態のまま動き、そして殺戮への渇望だけを目に宿していた。
「だが良い情報もあった。超越者ヴァイオレットは『狩り』のためにこの集落を留守にすることが多い。その隙にバザーナグナルを倒す事ができれば、この都市の暴力装置を大きく削ぐことができるだろう」
シューヴェルトの言葉に、カイトが少し首をかしげていたがすぐに納得した様子で目を開いた。
「そうか。ヴァイオレットが作り出せるアンデッドは低位な『たべかす』ばかりだ。
この都市内で力を持っているのはリビルド・バザーナグナルのみ。それを倒せば、都市を解放させられるな!」
でかした! と叫んだカイトは、その顔のままふと澄恋を見た。
「ところで……その女性達はどうしたんだ? 脱出計画には入ってなかったようだが……」
澄恋は首を横に振った。
「あの方々は、バザーナグナル様のもとを離れたくないと仰っておりました。滅びて尚骸を利用され続けるあの方を置いていくことはできないと」
「そうか……」
カイト、そして練倒とシューヴェルトの目にぽっと小さな炎が宿った。
「ならなおのこと、解放してやらないとな」
●密林イエローイキシアSUB-ROOT 密林の精霊たち
うっそうと茂る森の中を、草をかき分けて進む。
『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は蒸すような暑さと背の高い草にハアとため息をついた。
「空を飛んで進んだらだめなの?」
「やめとけ。ろくなことにならねぇぞ」
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が汗を拭いながら空を指さした。
奇怪な鳴き声をあげて空を飛んでいく巨大な虫型亜竜が見える。
トンボとカマキリを混ぜ合わせたようなその姿はひどくグロテスクだが、それ以上に危険さが際立っている。
奴らに見つかれば戦闘はさけられない。戦って倒せるかもしれないが、群れで攻められれば敗北は必至。情報を持ち帰れないどころか抜き出される立場になるのはレイチェルも御免被りたい。当然オデットだってそうだ。
「今日ほど背丈の低さを呪った日はないわね」
そんな冗談をいいながら、草を両手で左右に分けた。
小学生程度の背丈しかないオデットにとっては、人にとって腰ほどに高い草は全身を覆いかねない。
レイチェルは『隠れやすくていいじゃねえか』と言っていたが、オデット的には全然よくなかった。
「それにしても不思議ね。覇竜領域といえば岩がごろごろしてる所ばかりだと思ってたけど、こんな森が地上にあるなんて」
「そうだな。局所的な生態系の変化ってところなんだろうが……」
レイチェルはそこまで話した所で、ぴたりと足を止めた。
彼女の目から見えた風景を説明するなら、『精霊の水浴び』だった。
そう広くない、けれど澄んだ泉の中央で、身体の透き通った女性が一糸まとわぬ姿で立っている。手をかざすと水の球が泉がから持ち上がり、水風船のように破裂したそれを頭から被る。そんなことを繰り返しているようだった。
「マジか」
「上位精霊!? こんな所に!?」
思わずオデットがレイチェルほどの高さまで飛び上がり声をあげた。
女性……もとい精霊がびくりとこちらを振り返り……そしてぱちくりと瞬きをしたまま硬直した。
見つめ合う三人。誰も声をあげぬまま、その時間が暫く続いた。
「なんだ、クリスタラードの手先じゃなかったのね」
泉の水面に膝を折るようにして座った精霊が、流水のような髪を手でもてあそぶ。
「まあな。ハッキリ言うなら、俺は敵だ。管理者とクリスタラードを殺る」
レイチェルの殺意すらこもった言葉に、精霊がうええという顔をした。荒事を好まない性格なのだろうか。なのでオデットが代わりに問いかけをしてみた。
「あなたは、何故こんなところに?」
「何故って。森が豊かだから自然に沸いたのよ。精霊ってそういうものでしょ?」
自然に上位精霊がぽんぽん沸いてたまるかとレイチェルは思ったが、オデットはある程度納得したらしい。
「亜竜が支配したことで自然が豊かになったのね……そんなこともあるんだ……」
「何をしに来たかあんまり興味ないけど、自然は壊さないでよね。私達、もうずっとここに定着してるんだから」
『達?』とレイチェルが振り返ると、オデットが解説を加えてくれる。
「低位の精霊が沢山いるわ。こういう子達は一歳児以下の知能もないから会話すらできないけど、こういう子たちが沢山いることで上位精霊が生まれやすくなるの。
ねえ、精霊さん? あなた、この土地の管理者を見たことはある?」
「そりゃあ毎日見てるわよ。『ヘラクレス』さんのことでしょう?」
●密林イエローイキシア
「「…………」」
『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)と『闇之雲』武器商人(p3p001107)の現状を語ろう。
藁で編んだ大きな敷物の上に座り、目の前ではナスを干物にしたみたいなおばあちゃんがゴリゴリと何かをすりつぶしている。
額からねじれたツノのようなものが伸びている所からしておそらくドラゴニアだが、なんかどこにでもいるおばあちゃんに見えた。武器商人視点でいうとサヨナキドリのラサ支部長に似ている。
おばあちゃんは『フチヌンケ』という名前だと……いま隣に座ってずっと真顔でいる色黒のドラゴニアが教えてくれた。
フチヌンケはなにかパクパクと口を動かすと、すりつぶしたものを湯でこしたお茶を差し出してくる。
「ペヌ茶をどうぞと母は言っている。カドゥカマッヤの葉を干したもから煎じた飲み物だ」
「あ、ああ……」
言ってる単語が全部わからない。錬の知識と照らし合わせると一般的な茶と同じように健康を意識して飲む茶のような匂いと色をしている。
二人の間でずーーーっと真顔のまま固まっていた『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)の肘をこづいてから、錬は意を決して飲んでみた。
なんかミントのようなスッーっとした感じがする。
『飲めるぞ』のサインを出してやると、武器商人とリディアが続いて木製の湯飲みに口をつけた。
ここはイエローイキシアを分け入ったところにある部族の一つ。クヌェ族の集落だ。
『亜竜集落』などといってもちょっとした都市並みの規模があるフリアノン等と比べ、ここはマジモノの集落である。村ですらない。
簡単に数えられる程度の少ない家屋と一日もあれば顔を覚えきれそうなくらい数少ない住民。彼らは血の繋がった一族であり、森に囲まれた中に小さな集落を作って暮らしているという。
錬が聞き込んで調べた所によれば、こうした集落がこのイエローイキシアにはいくつもあり、それぞれが獣道とも言えないくらい細い細い道によって繋がっているという。案内なくしてそれぞれの集落にたどり着くことは困難であり、それゆえに集落はそれぞれの独自性を保っていられるのだ。更に言えば、親から子へと口伝するだけの文化形態であるために書物に残らず、もし英国式の統治でも行おうものなら10年もたたずに文化ごと消滅するだろうと思われた。
(未開地の部族のような暮らし、ね……)
武器商人は心の中で呟いた。
ここにたどり着くまでに虫系亜竜をいくつも見てきた。『虫系』と勝手にカテゴライズしているのは自分達だけで、実際に明確な区分はないのかもしれない。見た限り空飛ぶ巨大なセミやコオロギ、ダンゴムシのおばけみたいなものを多数みかけた程度だ。そもそも『亜竜』というカテゴリー自体、『覇竜領域に生息する高位のモンスター』程度のふんわりしたものだ。明確な区分はないし、する意味がない。
もっと気にすべきは、ここに住まうドラゴニアたちの接し方だ。
尋ねるように求めた武器商人のジェスチャーに答えて、リディアはこほんと咳払いした。
「もうお察しかもしれませんが、私達は外から来た者です。皆さんが、クリスタラードとその配下たちによる支配を受けていると認識していますが……私達の今回の目的はその調査なのです」
リディアの話を黙って聞いていたフチヌンケがパクパクと口を動かした。隣の男が頷く。
「母は、あなた方を歓迎すると言っている。この土地を管理しているヘラクレス様という亜竜は、定期的にいずれかの集落に訪れては生贄を求める。その代わりに、この密林にすまう亜竜たちに集落を襲わせない約束をしている。しかし……」
男はフチヌンケの顔を見て、そして二度ほど頷いた。
「ここ最近、生贄の数も頻度も明らかに増えた。このままでは我々部族は滅ぼされてしまうだろう。我等クヌェ族は族長である母フチヌンケの決定によって、あなた方に協力することにした」
「……それは」
リディアが何かを言おうとしたが、先周りしてフチヌンケが頷いた。
「ヘラクレスサマ、タオス。他ノ族長、セットク、スル」
「フチヌンケ……」
自ら声を上げたフチヌンケに、驚きの表情を見せる男。
男は取り乱した様子だったが、すぐに咳払いをしてリディアたちを見た。
「このイエローイキシアには他にもいくつもの部族があります。
彼らを味方につけることができれば、ヘラクレス様とも戦うことができるでしょう。我々もこれまで説得を続けましたが、いい返事はもらえていません。亜竜に対抗する力がないと思われているからです」
「ならば」
そこからはリディアにもわかった。
「私達がこの土地の亜竜を倒して回ることで信頼を勝ち取ればよい、と言うことですね?」
キラリと光る目。男が何度も頷いた。
「特に近日中、パウパ族の集落が反抗的意志を見せたということで大規模な刈り取りが行われると聞いています」
「それを守ることができれば……!」
ぎゅっと拳を握りしめるリディア。武器商人と錬の顔を見ると、彼らもまた頷いた。
「次にすべき行動は決まったな。亜竜と戦い、部族を味方に付ける!」
●地下空洞ホワイトホメリア
「こんな場所に、町が……?」
変装用のローブを纏い、『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)はフードの下から風景を眺めていた。
そこはペイトのような地下集落だったが、全体的にかなり薄暗い。それでも問題なく見ていられるのは、サイバーゴーグルを着用しているからに他ならない。そうでなければ、日常生活はおろか歩くことすらままならないだろう。
「あまり大きい声は出してくれるなよ? この辺りはホワイトライアーに服従している奴ばかりだ」
そう声をかけてくるのはペイト坑道警備隊のひとりであり前隊長ラ・イワンの同僚にあたる人物だった。当時ホワイトライアー襲撃時に食われたとされていたが、どうやらホワイトライアーの腹の中に保管されここへと浚われてきたらしい。
「言われなくても目立ちゃしねーよ。どう見たってヤベー」
『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)は風景とは別のところに視線をやっていた。
町のあちこちには白い大蛇がおり、舌をちろちろとやっている。
不穏な動きをする人間を感知すればすぐに攻撃にうつり、その情報は即座にホワイトライアーへと届くことだろう。
彼らが襲ってこないのは、『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)たちの変装が充分だからというのもあるが……それ以上に住民とまるで変わらない様子でとぼとぼ歩いてみせているからだった。
「私一人でどうにかできる環境ではなさそうだ。住民を蜂起させることは可能か?」
モカが尋ねてみると、元警備隊の男はかぶりを振った。
「だめだ。俺も試してみたが、ここの連中は完全にモグラ人間になりきってる。蛇たちからもたらされる食料を食っては坑道を掘り続けるだけの奴隷さ。ただまあ、協力者がゼロってわけでもないがな」
そう言って連れてこられたのは拡張された穴蔵の一つだった。ここホワイトホメリアは巨大な地下迷宮でできているが、その理由は複雑かつ入り組んだ拡張掘削によるものだ。まるで暗号のように複雑化した道順を覚えている者のみが特定の部屋へたどり着くことができる。
部屋は外と比べて僅かに明るく、老婆が一人腰を下ろしていた。
「この方は?」
ローブの下から相手を観察する『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)。
「ホワイトホメリアに古くから住むばあさんだ。ホワイトライアーへの対抗策をずっと探してた曲者でもあるぜ」
乾いた笑いを浮かべる元警備隊の男。老婆はアーリアたちの顔ぶれを一人ずつ見つめると、ややあってから口を開いた。
「ホワイトライアーはこの地下迷宮奥深くに住んでおる。集落の管理を眷属たちに任せてな。
眷属の力は強くはないが、張り巡らされたネットワークは一つの異常を即座に排除する。まるで巨大な身体を流れる免疫機能じゃ」
「なるほどな。ホワイトライアーの機嫌を損ねたら即処刑ってわけか?」
風牙が皮肉げに言うと、老婆は皺だらけの顔を更にしかめた。
「それならまだよいがな……」
続きを説明したのは元警備隊の男だった。
「ホワイトライアーは怠け者なのさ。集落に殆ど関心がない。眷属に監視させてるのは俺たちをここに閉じ込めるためだけなんだ」
そこまで聞いて、モカは集落の様子に合点がいった。
皆とぼとぼと歩く様子は諦観めいていて、蛇たちも警戒するというよりただ威嚇しつづけるだけのように見えていた。
老婆が顔をうつむける。
「かつては抵抗しようという者もあった。どれだけホワイトライアーの陰口を言おうが放置されておったからな。けれど、ひとたびここを出ようとすれば、大量の眷属が現れその場に居た者は皆殺しにされる。無関係の者まで『面倒だから』という理由で殺された。
町にいる大蛇に少しでも手を出しても同じじゃ。だから、わしらは互いを監視しあって余計なことをせんようになってしまった」
「だが、そのやり方では管理が立ち居か無くなるはずだ」
モカが腕組みをして呟いた。周囲の視線が集まったので、説明を加える。
「初めに聞いた話によれば、この集落はクリスタラードへ生贄を差し出す『贄の儀』のための人間牧場のはず。なら、『産んで増やして』が必要だが、少なくともこの町の住民にそういう意志があるようには見えない。積極的な『管理』を行わなければ、家畜は死んで減るだけだ」
「ん? あ、だからか?」
千尋は首をかしげて声をあげた。
「他の『管理者』は三大集落に近づきこそしたけど仲間では入ってきてないじゃん? ホワイトライアーだけだぜ、ペイトの坑道に出現したの。それって、周辺集落に通い慣れてるってことだろ」
「住民を増やさせずに、『他から奪って閉じ込める』を繰り返してるってことかしら……」
嫌ねえ、とアーリアは頬に手を当てる。
そしてその目にどこか冷たい光をやどした。
「今の住民の数は、どの程度かしら?」
老婆はいわんとすることを察して顔をより一層歪めた。
「20もおらん。殆どの者は病気や餓えで死んだ。迷宮に迷って集落に戻れなくなった者もおる」
粗末な管理が家畜の寿命を減らす。少なくなった『食料』は外から定期的に奪う。
それをただただ繰り返しているというのだ。
「『贄の儀』がどの程度の頻度でおこるかわからないけど、近いうちに他の集落が襲われるわねぇ……」
アーリアの発言に、元警備隊の男が目を剥いた。同じ惨劇が繰り返されると知っての恐怖だ。だが、アーリアの意図は別にあった。
「けど、『前回と同じ』ならまたホワイトライアーが動き出すはずよぉ。私達にとっては、チャンスだわ」
モカ、風牙、千尋。彼らの目にキラリと光が宿る。
「戦う……いや、戦えるのか?」
老婆の目にも、やはり同じ光がやどっていた。
アーリアたちはゆっくりと頷きを返す。
すると老婆は意を決したかのように、腰を上げて自らの後ろにかかっていた布をめくる。
なんと、布の先は人が通り抜けられる程度の穴になっていた。
「外への抜け道じゃ。これを使って外へ出るがよい。ホワイトライアーさえ倒せば、この集落は解放される」
憎しみすら込めた老婆の目に、モカは『待て』と手をかざした。
「いや、奴は強い。戦力を整えても直接戦えば負ける確率のほうが高いだろう。勝算を得るには、やり方を変える必要がある」
「やり方って?」
千尋は振り返り……つつも、ちょっとだけわかってはいた。
それは皆も大体同じだったようで、アーリアが口元に手を当てつつ呟く。
「『兵糧攻め』」
「なるほどそうか!」
風牙がぽんと手を叩いた。
「集落の人間が増えねーなら外から持ってくるしかない。けど外から持ってくるのを邪魔され続けたら……立ち行かなくなる!」
「戦力を余計にさくことになるし、集落の守りも薄くなるわぁ」
アーリアは、老婆たちへと手を振った。
「次に来るときは、いい知らせをもってくるわねぇ。ひとまず……『次の襲撃』を邪魔しましょ」
●楽園グリーンクフィア
たんぽぽの花が揺れている。ひとつだけを手に取って、『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)はフッと息を吹きかけた。
綿毛が飛んでいき、風にのってフワフワと舞う。
不意に吹いた強い風にのって綿毛が浚われていき、その行き先へ振り返った花丸は緑色の絨毯を……いや、見渡す限りの豊かな草原を見た。
「この場所、不思議……覇竜領域にこんなところがあるなんて」
今にも歌いながら踊り出しそうな気分を深呼吸によって落ち着けると、花丸は嗅覚をつよく働かせた。
草花の豊かな香りに混じって、確かに特殊な成分を感じる。
幻覚作用や酩酊作用のある薬品を警戒していたが、そういう様子はない。
むしろ逆の……極めて冷静になれるツンとした香りだ。
香りをたどり、その元である緑色の花をつみとる。
「ルブラットさん、無……空観さん。これなんだろう?」
問いかけられたのは剣士とペスト医師風の二人組。彼岸会 空観(p3p007169)と『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)である。
差し出された花を見つめ、ううむとうなるルブラット。
「私のいた世界では、ハーブというものは『魔女』のものだった。一部の医師はこれを研究史医学に役立て、先端医療にも取り入れられたと聞くが……おそらく精神に影響をもたらす植物だろう」
花に顔を近づけ、ふむふむとなにごとか呟いてから顔をはなす。
「おそらく欲望を阻害する効果をもつ花だ。この匂いは覚えておいたほうがよさそうだな。危険かもしれん」
「なんで? よくぼーを消すのはいいことじゃないの?」
花丸の言葉に、空観がなんともいえないビミョーな顔をした。
「欲望というものは、良くも悪くも人間を生かす作用があります。人は眠らず食べずでは死んでしまいますし、生殖や社会活動をしなければ種が滅びます」
欲望を殺された人間は従順な機械になる。そういう人間は実際のところ多いが、この高原にはそういった傾向があるということなのだろうか……。
「それに、気付きませんか」
空観が周囲を見回してみせると、花丸とルブラットも同じように周囲を眺めた。
胸の中にうかぶ違和感。不気味さ。けれどそれが何故なのかわからない不安。
空観はそんな二人の反応を理解したのか、説明を続けた。
「この高原には『動物がいない』のです」
空観は予め、このグリーンクフィア集落へ入る前に周辺エリアの動物たちから情報収集を行っていた。ほぼ同族レベルまで疎通した彼女によって集まった情報によれば、グリーンクフィアへ繁殖領域を拡大した動物は例外なく拡大に失敗しているということだ。(グリーンクフィアとか土地とか集落という概念が動物たちになかったので空観の主観と例えが混じっているが)、動物たちはこの土地を本能的に忌避し、あえて近寄らないようにしているという。
「生存本能や欲求を殺された動物など、肉の塊に過ぎませんからね……」
「だがしかし、この土地では生態系サイクルが死んでいるようには見えんな。草花はこうして育っている。動物は……はあ、なるほど」
ルブラットは近づく何者かの存在に気付き、隠れるように仲間たちへ合図を出した。
それまで花丸たちが居た場所へ、一頭の四足獣系亜竜が現れた。ドレイクという種の亜竜だが、その体躯は通常個体に比べ何倍も大きく、頭部の角からは先ほどつんだような緑色の花がいくつも咲いていた。
●光の巫女
恐るべきことが起きた。
色鮮やかな花々で飾られた椅子に、『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)は腰掛けている。
椅子はそのまま神輿のような台に乗せられ、何人もの男女によって担がれている。
白夜の高原を進む神輿は石でできた円形の台の前に止まり、タイムはゆっくりと神輿ごとおろされた。
周囲の人々は一斉に跪いており、タイムに対して最大の敬意を払っているのが見てとれる。
そしてそのことが何よりも恐ろしかった。
「…………」
タイムは心の中で『ヤツェックさん助けてー!』と視線を送るが、かなり遠いところからこちらを眺める『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は手を出すことができない。
なぜならば……。
「『七晶石』を持つあなたこそ、光の巫女に相応しい」
白い衣を纏った壮年の女性が微笑みながらそう言って、タイムに石の台へ登るように求めてきた。
この土地にタイムとヤツェクが入った途端、ドラゴニアたちから歓迎を受けた。
『祝福』という儀式が始まるので参加してほしいと求めてきたためだ。
ここで拒否すれば土地に入ることはできないと言われ、仕方なく彼らは儀式への参加を受け入れた。
何の説明もなくパイやスープを食べる時間が訪れたり楽器にあわせて歌う時間があったりと、儀式は奇妙なルールにそって進んでいく。
だがその内容は徐々に変化し、ヤツェクたちとタイムとで内容が明確に区別されるようになっていった。
それが、タイムが首にさげていた『七晶石』のせいであることは、先刻壮年の女性が述べた言葉から疑う余地もない。
言われるまま、台に立つ。
ツンとしたにおいがした。台の周りは緑色の花で飾られ、台そのものも緑色に塗られている。そこからのぼる香りであることは明らかだった。かぐたびに冷静になれるような香りだ。代わりに、いろんなことがどうでもよくなっていく。
ひとりの老人が、タイムの前にやってきた。
老人は緑色の水晶でできたナイフを翳すと、刃部分をもち柄側を向ける形で、タイムへと差し出した。
壮年の女性がささやきかける。
「そのナイフでジェファーソンの心臓を刺してください」
「……はい」
タイムはそう答え、ナイフを受け取った。
『どうして人を殺してはいけないの?』という子供がよくやる問いかけがある。
オトナ的にいろんな理由を作れるし、そういった議論ははるか古代からずっとやってきたことだが、極めて端的に言うなら『生理的に無理』だからだ。
人は死やそれに類することに対して本能的な忌避感をもち、気持ち悪くなったりめまいを起こしたりと肉体的な異常すらおこす。
しかしそうした本能が、生への欲求が失われた人間は極めて冷静に、『殺した方がよい理由』に納得できれば殺せてしまう。実際、そういう場面は多々ある。
「――まずい!」
その時。ヤツェクは猛烈な速度で台へと走り、ナイフを両手で握り微笑みさえ浮かべていたタイムにタックルを浴びせた。
思わずナイフを取り落としたタイムに、懐から小さなスプレーボトルを取り出す。
このエリアの調査を決めた時、直接の依頼人であるプルネイラ・吏・アガネイアムから手渡されていたボトルである。渡された時『本能をかきたてる作用のある香水です』とか言われたのでなんか色っぽいアピールでもされたのかと驚いたが、こういうときのためだったようだ。
「しっかりしろ、お嬢ちゃん!」
効果てきめん。ハッと瞬きをしたタイムはナイフを恐れるかのようにザザッと後ろ向きに這い、周囲の人々を見回した。
壮年の女性はハアとため息をつくと、拾いあげたナイフでジェファーソンと呼ばれた老人の胸を刺す。
するとどうだ。老人は途端に緑色の十六面水晶に包まれ、そのなかでだくだくと血を流しながらゆっくりと崩れ落ちていくではないか。
「ここにいちゃマズイ、逃げるぞ!」
タイムに肩を貸し、走り出すヤツェク。
「待ちなさい」
微笑みを浮かべたまま、壮年の女性や周りの男女たちがそれぞれ緑色の水晶でできたナイフを握り、追いかけてくる。
儀式の様子を影から観察していた空観、花丸、ルブラットの三人も逃走に加わり、魔術砲撃や斬撃を加えることで牽制しながら撤退を始めた。
「ったく、不気味さの原因がハッキリしたぜ」
安全な場所まで逃げ切ったヤツェックが、帽子を被り直して毒気尽く。
タイムはぜえぜえと荒い息をし、ぺちぺちと自分の頬を両手で叩いて気を張っていた。
安全を確認し終えたルブラットが戻ってくる。
「グリーンクフィアは、自主的に生贄を捧げるルールができあがっていたようだ。
あの集落の人間達はルールで生殖しルールで生活し、ルールで贄を捧げる。
家畜が自らを加工肉にして届けてくれる便利な牧場というところだろうね」
「なんとも、醜い……」
空観の感想に、こればかりは頷くしかない花丸。
「このエリアを蜂起させるのは無理そうだね。やっぱり、あのドレイクを倒すしかないのかな」
ローレット側にとっての最終勝利条件は、アルティマという集落群をエネルギー源としている竜クリスタラードを倒すこと。
しかし戦って倒すにはあまりにも強力すぎる上接触すら難しい。
そのための足がかりであり、有効な妨害手段が、このアルティマのエネルギー供給能力を崩壊させることなのだ。
方法は大きく分けて二つ。
ひとつはエネルギー源である人間(ドラゴニア)たちを蜂起させ、供給困難状態にすること。
二つ目は管理者である亜竜を倒し統治能力を崩壊させることだ。
空観はそれまで張っていた緊張を解くかのよううに肩を落とすと、小さく笑った。
「斬って殺せるなら簡単なことです。あの住民を説得するより何千倍も」
方針は固まった。次にするべきは、襲撃計画だ……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
●アルティマの調査0
七つの集落のドラゴニアたちは、クリスタラードのエネルギー源として『飼育』されていたことがわかりました。
そのことから、今回の最終勝利条件が決定しました。
勝利条件には二通りあります
1.『各エリアの管理者を倒す』
アルティマ各管理者を倒す事で、クリスタラードへ贄を提供することが一時的にでも困難になります。
クリスタラードは力を蓄え傷を癒やすチャンスを逃し、より長い休眠を余儀なくされるでしょう。
2.『各エリアのドラゴニアを逃がす』
各エリアのドラゴニアたちは飼育される環境に対し(それぞれの理由で)従順です。
ですが彼らの心を動かして反抗させることができれば、クリスタラードへ提供されない状態を作り出すことができるでしょう。
以上二つのうちどちらか、あるいは両方を達成するとクリスタラードは力を大きく削がれることになります。
クリスタラードのもつ七つの特殊能力をそぎ取ることができたなら、直接対決のチャンスが巡ってきた時非常に有利に戦うことができるはずです。また、そのことが相手にも明白であるためクリスタラード側も強硬手段をとりづらくなるでしょう。
●アルティマの調査
今回の調査の成否のみを共通公開します。
成功したエリアは『理解度』が上昇し、管理者との戦いを有利にします。
【白】ホワイトホメリア:成功
【紫】ヴァイオレットウェデリア:成功
【赤】レッドレナ:成功
【青】オーシャンオキザリス:成功
【黄】イエローイキシア:成功
【緑】グリーンクフィア:成功
GMコメント
霊喰集落アルティマへの強行偵察依頼が舞い込みました。
七つのエリアからひとつを自由に選び、偵察を行ってください。
全く均等に人数を配置しなければいけないわけではないので、ある程度好みで選んで構いません。
※このシナリオは『霊喰集落アルティマ』にまつわるものです。
必ずしも過去の内容を参照する必要はありませんが、過去のシリーズやTOPログを見ることで解決する謎や疑問もあるかもしれません。
https://rev1.reversion.jp/page/dragonbonelog
■■■プレイング書式■■■
迷子防止のため、プレイングには以下の書式を守るようにしてください。
・一行目:パートタグ
・二行目:グループタグ(または空白行)
大きなグループの中で更に小グループを作りたいなら二つタグを作ってください。
・三行目:実際のプレイング内容
書式が守られていない場合はお友達とはぐれたり、やろうとしたことをやり損ねたりすることがあります。くれぐれもご注意ください。
■■■パートタグ■■■
以下のいずれかのパートタグを一つだけ【】ごとコピペし、プレイング冒頭一行目に記載してください。
今回の依頼は七つのエリアの中から好きな場所を選び偵察を行うというものです。
偵察中の補正や追加ルール等は、後述する『●追加ルール』をご覧下さい。
【黒】ブラックブライア
特徴:高い塔|飛行必須|鳥系亜竜
巨大な岩の塔がたち、周囲をそれほどではないが岩を削り出して作られた塔が立ち並ぶエリア。
道らしい道は殆ど無く、地面には危険なガスが満ちている。住民はみな塔の中で暮らし、飛行が可能な者しかいない。
巨大鴉型亜竜ブラックアイズを管理者とし、同じような鳥型亜竜が数多く存在している。
【白】ホワイトホメリア
特徴:地下空洞|暗視必須|蛇系亜竜
広大な地下空洞であり、奴隷としてドラゴニアたちが鉱山労働をさせられている。
内部は度重なる拡張のせいか迷宮のように入り組んでおり常人では道を覚えることは困難。また全体的に薄暗く、ほぼ誰も明かりを用いない。共通して暗視能力を持っている。
巨大蛇型亜竜ホワイトライアーを管理者とし、同種の蛇系またはトカゲ系亜竜が数多く存在する。
【紫】ヴァイオレットウェデリア
特徴:廃都|霊魂多数|屍系亜竜
はるか古代に滅んだであろう廃都であり、ドラゴニアたちはあまり労働を課せられていない。
労働はアンデッドが行い、自給自足も成り立っている。
ただし大量の死霊が都に満ちており、その全てが新たな管理者である超越者ヴァイオレットに服従している。
それまでこの地を支配していたアンデッド系亜竜バザーナグナルを屠ったことが理由であり、超越者ヴァイオレットは暴食の魔種ではないかと言われている。
このほかアンデッド系亜竜が多数存在しており、そして全てヴァイオレットに服従している。
【赤】レッドレナ
特徴:溶岩地帯|過酷耐性&火炎耐性有効|炎系亜竜
大きな山とそこに流れる溶岩地帯で形成されている。
この地で生きられる体がなければ死んでしまうため、住民はみな過酷耐性をもつ。
火炎耐性を持てば溶岩の熱を受けてもダメージを免れるが暑さに耐えられるわけではないので過酷耐性が必須になっている。
管理者は不明だが、この地には炎に関する亜竜が多数観測されている。
【青】オーシャンオキザリス
特徴:海底&海辺|水中行動必須|両生類系亜竜
海辺にできた小さな集落と、海底に作られた遺跡群で構成された海辺のエリア。
住まうドラゴニアは全て水中行動が可能であり、生活も海底で主に行われる。
管理者は不明だが、巨大なカエルやサンショウオなどの両生類系亜竜が多く観測されている。
【黄】イエローイキシア
特徴:密林|毒耐性有効|虫系亜竜
うっそうとしたジャングルで構成されており、ドラゴニアもみな未開地の部族のような暮らしをしている。
周囲の植物や虫などはみな当たり前に毒をもっており、この地で生活する者は必ず毒耐性をもっている。
管理者は不明だが、巨大なカブトムシやカマキリのような虫系亜竜が多数確認されている。
【緑】グリーンクフィア
特徴:高原|不気味|植物&獣系亜竜
広い高原に一年中鮮やかな花が咲く不思議な土地といわれ、なぜかこのエリアだけ白夜状態にある。
住民であるドラゴニアは植物でできた簡素な服を着て、つねに笑顔で歌ったり踊ったりして何かのお祭りをしている。
管理者は不明だが、頭に鮮やかな花を咲かせた巨大で知性あるドレイク(四足獣型亜竜)が目撃されており、他にも獅子や牡鹿など獣に似た亜竜が多く確認されている。
●追加ルール
偵察にあたり、以下の補正をえることができます。
・『最低限の変装』
エリア内に入り込みやすいよう、亜竜種を摸した変装をしたことにできる。
ただし変装は簡単なものなので深く接触を図ったり派手に動けば解けてしまう。
スキルを用いた変装や潜入はこの限りではない。
・『理解度』
各エリアで得ることの出来た情報の度合いに応じて『理解度』というポイントが蓄積される。
理解度はローレットと依頼主全体で共有され、そのエリアの管理者や亜竜と戦う際にダイスの出目を有利にするなどの恩恵が得られる。
また、他のエリアへの理解度を加算するボーナスが発生することもある。
・『撤退の約束』
戦闘が起こったり正体がバレそうになった際、無事に撤退することが決められている。
アルティマ内にずっと残ろうとしたり、死ぬまで戦おうとするといった行動は禁止される。
逆に言えば、この依頼のなかで【不明】や【死亡】といった状態になるリスクはない。
ただしあまりにも極端な行動を試み、それが良くも悪くも成功してしまった場合はこの限りではない。
■■■関係者とガイド■■■
このシナリオには一部、PCの関係者が登場し、彼らによって個別にPCへ声がかかったケースがあります。PCはこれに応えて行動してもよいし、しなくてもよいものとします。
・プルネイラ・吏・アガネイアム→ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
災いの未来を占ったプルネイラは、その未来を回避するため里でのんびりギターを奏でていたヤツェックをつかまえ依頼をすることにした。
どこが対象でもよいので、内部の情報を探ってきて欲しいという依頼である。
・アダマス・パイロン→伊達 千尋(p3p007569)
坑道警備隊長であるアダマスは自ら動けない代わりにガッツのある人物を見つけ送り込むことにした。
坑道のラフな生き方に案外適応した千尋が目にとまる。
アダマスは兄貴分を喰らったというホワイトホメリアのホワイトライアーについて調べるよう彼に直接依頼を持ちかけた。
・鈴・呉覇→トスト・クェント(p3p009132)
ウェスタの、それも両生類系ドラゴニアにわりとなじんだトストは呉覇に気に入られた。
その流れで、彼へ同じく水のドラゴニアたちが支配されているというオーシャンオキザリスへの調査依頼をもちかけた。
・リュート→カイト・シャルラハ(p3p000684)
超越者ヴァイオレットとの戦いにて善戦したカイトを知っているリュートは、継続してヴァイオレットウェデリアの調査依頼をもちかけた。本人は無自覚だが、カイトに謎の親近感を得たのかもしれない。
・ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
今回誰に依頼された分けではないが、ブラックアイズの述べた『黄金の――』という言葉が妙に頭にひっかかる。
ブラックブライアへと調査に行けばなにかわかるのだろうか……?
・オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
・天目 錬(p3p008364)
前回の戦いから独自に調べを進めたが行き詰まりを起こしたため、ブラックブライアやホワイトホメリア以外の場所に何かしらの突破口があるのではという考えが浮かんだ。
未だ未開のエリアを調べることで、なにか新しい発見があるかもしれない。
・レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
クリスタラードとの戦いの噂を聞いたフリアノンの老人が接触し、彼女の対人調査能力を見込んで直接調査の依頼をもちかけた。
調査する対象はどこでも構わないが、高い期待が寄せられている。
・タイム(p3p007854)
クリスタラードとの戦いの中で手に入れた『七晶石』が怪しい光を放ち始めた。
その輝きはグリーンクフィアの白夜に似ており、なぜだか運命的なものを感じる……。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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