シナリオ詳細
<鳳圏戦忌憚>さらば豊かなりし我が祖国
オープニング
●作り出された戦争
兵舎の一つで爆破がおき、窓ガラスが砕けて飛んでいく。
壁際に身を伏せつつもガラス片を浴びた鳳圏兵士は、身を起こして銃剣を構えた。
「なんだあいつら、撃っても撃っても起き上がってきやがる!」
彼の言うように銃弾を撃ち込んだ黒軍服の兵士は胸や腹を撃たれても平気そうに起き上がり、手にした銃剣での発砲を続けてくる。ピンッと手榴弾のピンを抜いた音を察知すると、鳳圏兵士は伏せろと叫んだ。
窓をぬけて転がり込んだ手榴弾。兵士は目を見開き、そして……爆発が全てを払っていく。
負傷者だらけの第二兵舎。空をとんでやってきた伝令兵が、黒い煙をあげながら墜落してきた。
医療班が駆けつけるが、それを振り払って身体を起こす。
「チィ! 小鳥遊隊、応答ありません! 南隊、大原隊、赤柳隊も……くそっ! みんなやられた! 殺された!」
傷付いた翼を庇って墜落した伝令兵が、地面を叩いて涙を流す。
「なんでだ! なんで、我が祖国の軍人が我等を殺すんだ! 俺たちが何をした!」
「ほう……やはり、黒き軍服をきた不死身の兵団であります、か」
負傷者たちの中から起き上がり、ゆらりと現れたのはぼろけた着物を着た包帯だらけの男である。抜き身の刀には呪力がみなぎり、それこそが彼の身分と名を仲間へと知らしめた。
「あなたは……『斬奸無頼』木邑・夜叉丸!」
「国の暗部を司る『密葬』の剣士……実在していたのか」
木邑と呼ばれた男は、自分を噂だけで知る男達をシニカルに笑った。
「フン、おれは榛名大佐の命令をただこなしていただけであります。勤勉こそが生きる道。女子供であろうとも、命令があれば斬り殺すのみ」
刀を握り、表へと出る。
こちらへ迫る一団が見えた。黒い軍服とガスマスクの集団だ。どれだけ銃弾を撃ち込んでも起き上がる不死身の兵士『屍兵』。
「おもしろいでありますなぁ」
木邑は刀を握り彼らを次々に必殺剣によって効率的に斬り殺していく。不死身の兵士といえど、二度と起き上がれぬまでに。
が、そんな彼へと黒い軍用犬が飛びかかり、腕へと食いついた。
悲鳴のような声をあげ、押し倒される。犬とは思えぬ力と俊敏さだ。
「ギイエ!?」
「夜叉丸先輩!」
兵士たちは彼を庇って回収し、牽制射撃をしながら建物のバリケードを閉じる。
ここは鳳圏国内。残存する兵士たちは皆、謎の屍兵たちによって抹殺されつつあった。
●鳳圏戦忌憚
鳳圏という小さな土地があった。
荒れた野原と小さな沼しかなく、酷く寒くて動物もろくに住み着かない土地だった。
帝国の侵略によって周辺部族が次々と併呑されていく中、難民となった僅かな人間がその土地に住み着くことにした。
木を切り野を刈り家を建て、芋を育てて沼魚をすくった。
出身世界の貧しさと軍人としての教育からそんな方法を熟知していたウォーカーは、惜しげも無く技をつたえ、道具の作り方を教え、農作も漁も、船の仕組みもなにもかもを広めていった。
『彼』への感謝から道具には彼の故郷を思わせる紋章がつけられ、服は彼に習った軍服姿を広めた。
やがて難民達は集まり、集落となり、『彼』はリーダーとして慕われ続けた。
だがそれも永遠ではなかった。彼は老いて、そして人らしく死んだのだ。
彼の教えを受け継ぎこの集落に名を刻もう。構成まで受け継ぎ生きていこう。
だがそんな考えは、一人の娘によって覆された。
『彼』の孫にあたる少女。今や名を残さぬ少女。彼女は神の如き奇跡を集落へ次々にもたらした。
一夜にして沼を豊かな湖に変え、芋しか育たぬ野に豊かな牧場と畑をもたらし、非現実的なまでの魔力を資源化し村をたちまち都市化していった。
娘の周りにいた者たちはたちまち豊かになり、知らず知らず娘へと傾倒し、気付けば娘は『王』を名乗っていた。
鳳圏は国を名乗り。周辺部族への侵攻を始めた。
いち集落が持つにはあまりにも大きすぎる、過剰とも言える戦力は不死身の兵団を作り出し、かつて友好的であった周辺部族は食い殺されることを恐れ対抗し、国を名乗り武力をもった。
枯渇するはずの魔力資源は無尽蔵に与えられ、鳳圏はいつまでも、いつまでも戦争を仕掛け続けた。
不思議なことに隣国鬼楽もまた無尽蔵の兵力を生み出し、対抗をし続ける。
『終わらない戦争』が、幕を開けたのである。
長い長い歴史のなかで起きた、これは戦争の物語。
――<鳳圏戦忌憚>である。
●さらば豊かなりし我が祖国
ぐつぐつと音を立てる寸胴鍋がある。対応した長いおたまを沈め、ゆっくりと三度ほどかき混ぜる。
側面を撫でるサァっというかすかな音が、まるで独特な楽器を奏でているかのようだ。
たちのぼる香りは、豊かなりしカレーの香り。鮫島 寿彰(p3p007662)はその香りだけで中尉特製甘口エビカレーであることを察した。
鍋を見つめおたまを手にしているのは、鳳圏海軍唯一の戦艦を任されている男、鯨津 三十一中尉である。
彼は鍋を見つめたまま言った。
「我々鳳圏海軍は、小さな軍隊だ。任務と言えば周辺海域の警戒と測定。戦う力は、そう大きくはない」
「しかし! 戦艦があるではありませんか!」
「戦艦とはいっても、見よう見まねのシロモノにすぎないよ。砲も長いこと撃っていない。そもそも鉄帝国の戦艦が海戦をしたのはいつぶりだ。グレイスヌレ以来、ないじゃあないか」
「しかし……」
鮫島は悔しげに歯がみした。
「鳳王陛下が、魔種であったことはもはや明らかであります。民は閉じ込められ、事実を知った兵達は銃殺されていると聞きます。今我々が立たずして……!」
スッと手がかざされる。鯨津中尉はコンロの火を消し、鮫島へと振り返った。
表情は変わらない。だが、目には悲しみが映っていた。
「戦争を、終わらせられるのか」
黒い目の奥には、幾人もの戦友達がおとした命が浮かんでいるようだ。
「幾人もの仲間の死を見届けてきたが、誰一人として同じ死はなかった。この愚かな戦争の中で……」
愚かな。そう、愚かな戦争なのだ。
「戦争が全て愚かだとは思わん。やるべき戦も、賢き戦もある。だがこれはあまりに愚かだ」
ひび割れた鏡を投げ捨て、小刀祢・剣斗(p3p007699)は怒りに顔を歪めた。
鳳圏を覆う城壁の外。並ぶ屍兵たちとにらみ合うようにして陣取る鬼楽兵たち。その中には伊達 千尋 (p3p007569)を初めとするUQ魂のステッカーを貼った者も多くいる。
『あの混乱』の中でこうも早く軍を編成できたのは、彼らが結んでいた新たな絆故だろう。
そう。彼らの国家の礎となっていた『鏡の魔女』真経津が、己の若さを保つため猛き戦士達の生命力を永きにわたって喰らい続けてきたという事実が発覚したのである。
喰らう対象は鳳圏兵であり鬼楽兵であり、彼らが戦争のために子をなし増やし育て、戦場へと出て行くたびに彼女はこっそりと『刈り取って』いたのだ。
鳳圏との戦争はそのための道具であり、鳳王とはその密約が成されていたという。
真実にぶつかった鬼楽御三家の様子はひどいものだった。『剣』『勾玉』両二家は、鬼楽内に蔓延る不自然さから目を背けていたことを自覚し己を恥じ、既に真経津に取り込まれていた『鏡』家とその従者たちは破れかぶれに争いを始める始末である。
だがそれでも。それでもだ。それでも国は壊れなかった。
「今ここに、俺等がいる」
キュパッっと指を鳴らし、剣斗は叫んだ。
「真経津――否、『魔鏡の魔女』Tezcatlipocaを討ち、我等が誇り高き鬼楽の魂を勝ち取るのだ!」
戦の火蓋が、切って落とされる。
●死を超克され得ぬならば
生きることは、ひどく難しい。
加賀・栄龍(p3p007422)は最近、そう思わされてならない。
おもえば戦争をするのは楽だった。命令され、突撃し、そして死ねばよかった。
人の心もしがらみも考えなくてよかった。誰かの心を動かそうと頭を悩ますこともなく、壊しただけでは解決しない山のような問題に挑むための勇気だっていらない。
けれど、知ったのだ。
「伎庸の人々は、生きようとしていた。肉親が殺され、アンデッドにされた憎しみを手近な誰かにぶつずに……中将殿についてきてくれた」
「おいおい」
肩をポンッと叩き、志村・亮介准尉が人好きする笑顔を作った。
「中将殿じゃなくて、『お前』についてきてくれたんだろ栄龍?」
ふと、弥彦中将殿の言葉が思い出される。
――「倒してくれるんやろ? 鳳王『野郎』を」
これからやるべきことは、もう決まっていた。
振り返ると、仲間達が既に武装を整えてジープへと乗り込んでいる。
戦闘可能な兵達が乗り込んだダンプカーも満員だ。
「…………行こう」
――俺の国の平和を掴みたい……掴まなきゃいけないって思ったんだ。
――戦わなきゃダメだ、意味が無いって。
――皆もそうだろう?
――だから怒ってるんだ。当然だよな。
伎庸混成軍、鬼楽軍、そして鳳圏反鳳王派。
一度は壊れた戦士達は再び剣を取り、戦いへと挑み始める。
これが最後の戦争だ。
鳳圏戦忌憚最終幕――敵は普天斑鳩鳳王と、Tezcatlipoca。
- <鳳圏戦忌憚>さらば豊かなりし我が祖国完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別長編
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年02月07日 22時08分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
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参加者一覧(30人)
リプレイ
●最後の戦争
五人の戦士が、市壁の前に立っていた。
人口千人程度の小さくせまい都市、鳳圏の市壁である。その人口や面積には不釣り合いなほど固く高い壁は、鳳圏という『自称国家』のいびつさであるようにも、今の『特異運命座標』時任 零時(p3p007579)には見えた。
「人間、長生きするといろんな事があるもんだねえ」
老兵として軍を抜け、特異運命座標となって世界を渡り歩き、やっと返ってきたと思えば……。
振り返る零時に、軍服の兵らが一斉に敬礼の姿勢をとった。固い軍靴の踵が鳴るほど強く足を揃え、横に大きく張るように肘をあげ軍帽のつばの上へと手をかざす。
殆どが橘 征史郎中佐の派閥に属する兵であり、仲間達のものと併せればかなりの大部隊になる。中には鳳圏国内から逃げ出してきた者もおり、彼らの話から国内で屍兵による虐殺が行われていることが判明していた。
で、あるが故。
「茅野少佐、部隊の再編成を具申致します」
「しょ、しょうさ!?」
自分にあてられた階級に、『折れぬ華』茅野・華綾(p3p007676)は思わず相手を二度見した。
自分の父親くらいの年齢の男性が熟練の敬礼姿勢をとりながら、華綾の眼をじっとみつめているのだ。
どういうことですか中佐! と橘を見ると、橘は親指を立てて獣のように笑った。
「指令系統は壊滅。ってことは階級の一番高い俺に一時的な任命権がある。兵どもはタフだが寄せ集めだ。どっかの派閥に加えりゃカドが立つだろ。その点おめーらをアタマに据えりゃ全員納得できるってもんだ」
「だからってぇ!」
華綾はグーにした両手を上下に振って……そして、肩ごと下ろした。
ここでダダをこねてもしょうがない。そして今、自分の父親くらいの年齢の部下と己の気持ちは……ひとつだ。
胸いっぱいに息を吸い、くるりと市壁に目をやる。
「友を救い出し、愛する祖国を魔種の手から解き放つ!
全ては! 我らが! 祖国のために!」
『祖国のために!』と、全員が声を揃えた。
実際零時や華綾に隊を預けるのは正しい選択だったようで、彼らは市壁北側の門を守る屍兵たちへと乱れぬ隊列を組み攻撃を仕掛けた。
特に零時のそれは凄まじく、まるで天空から無数の手でコマを動かしているかのように正確に、集団を一個の生命体のように連携させて屍兵を追い詰めていく。
個々が一兵を上回る身体能力を持つ屍兵といえど、『1対5』を数回繰り返すなどという状況を押しつけてやれば簡単に削り殺すことができる。こまめに隊員を切り替えることで損耗を抑えつつだ。
「命を張るべき時もあるけれど。
僕の指揮下に入る以上無駄死になんて許さないからね。
この戦いが終わった後にも明日は来る。
やることなんて目一杯あるんだよ?
まだまだこき使うから覚悟するように。
この戦いに勝ったらまた美味しいご飯作ってあげるからね。
全員で生きて帰るんだよ」
そして連携という意味では、零時大隊と華綾大隊の組み合わせは理想的とも言えた。
素晴らしい統率能力に加え、信頼を得る才能とでもいうべき華綾の人柄が寄せ集めだった兵達をひとつにし、最前線で負傷した兵を引っ張り戻し治療しロケット鉛筆の要領で次々に敵陣へ打ち込むという恐るべき運用を実現していた。
「わたくしは鳳圏軍加賀隊付衛生部員、茅野華綾衛生曹長です。皆様、よくぞ堪えましたね!
ここで死んでは意味がありません! 共に鳳圏の夜明けを見られないとなったら、わたくしは泣きますからね!」
さあ前へ! そう命令する華綾に応え、二人ひと組を作った兵が最前線のバックアップへと走る。
市壁北門が打ち破られるのはもはや当然の流れであり、そこから『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)率いるブライアン大隊が勢いよく突入していく。
「こりゃあ……」
門内側で防衛にあたる多脚戦車たちへ砲撃を始める部下達と共に太刀を振るい、戦車の走行を斬り割くブライアン。
つい最近に見た鳳圏の風景とは、あまりにも違いすぎる。近代的(20世紀日本をさす)な建物と路面電車に彩られた街は炎と血に染まり、道ばたにいくつもの死体が転がっていた。
「死者に鞭打って働かせる内容が祖国の侵略だなんて冗談にしてもタチが悪すぎるぜ……」
死体の一部が起き上がり、弾切れとなった銃剣を掴んで突進してくる。
部下が射撃を加え腕や頭を飛ばすが、それでも止まらない突進を足払いによって転倒させ、落ちていた剣で地面へとピン留めするように固定した。
「これが内ゲバだってか? まるでマジの戦争だろ」
ブライアンは脳より心臓でものを考えるタイプだ。もっと言えば、筋肉で考える。だから今の状態がイヤで仕方なかった。荒れ地から作り上げたこの近代的な都市がたった一日で崩壊したという事実がイヤだった。屍が呻きながら戦争を続ける風景がイヤだった。『形あるものはいずれ壊れる』等という言葉で、この風景をかたづけるのがイヤだった。
「おいヤロウ共! 自分らの死に様が、ダチの死に様が、死んでも踊るクソ野郎の操り人形だとよ。
そんなの許せるか? 許せねえよなあ……!」
ため込まれた苛立ちが、叫びとなって漏れ出た。
「やってやるぜ屍兵(サビ残野郎)ども!!
時間外労働なんてクソ食らえだろう? 直ぐに寝かしつけてやるよ!
俺たち【慈悲の師団】がな!!」
北門周辺に広がっているのは主に兵舎区画だ。
立てこもった兵士達が必死に戦うエリアである。
その中にある一つの兵舎が、いま陥落しつつあった。
入り口をバリケードで固め銃撃を続ける兵士達。弾はつきかけ、何人もが負傷し床に転がっている。
投げ込まれた手榴弾にしがみつき自らを犠牲に全員を守った者もいた。
「もう終わりだ」
誰かがそう呟いた。感情のダムが決壊したのだろう。流れ出た感情は周囲の感情をも決壊させかねない衝撃をもって、沈黙を広げる。
隣のもう一人が同じことを言おうとして……ついこんな言葉が口を出た。
「響子さんに告白しとくんだった」
ハッとして、初めに呟いた男が振り返る。
他の面々もだ。
「いや、俺が先だ」
「俺は本命のチョコレートを貰うと占いに出た!」
「告白は階級順だバカモン! 俺からだ!」
男達は冗談のような本気のような、あるいは自棄のような事をいいあって、そして笑った。
銃声と屍兵たちのしわがれた叫び声しかなかった戦場に、彼女の声が聞こえたようだった。
「ああ、お迎えがきた」
眼をやられ顔半分を包帯で覆った兵士(手榴弾から皆を庇った勇敢な兵士)が声を上げる。
「響子さんの声だ。あのひと、やっぱり女神だったんだ」
「だ、誰が女神ですか!?」
声は、現実のものだった。
駆けつけた衛生兵による治癒魔法をうけ視力を取り戻した彼は起き上がり、包帯を脱ぎ捨てる。
『天狗』河鳲 響子(p3p006543)が、そこにいた。
血塗れの刀をおろし、その後ろには手足を切り落とされいもむしのようにごとごともがく屍兵の姿がある。
そして響子がちらりと顔を上げると、全身包帯まみれの夜叉丸先輩が転がっている。
「おお……」
「『密葬』の剣士と謳われる貴方が味方とは心強いです。まだ戦えますね?」
差し伸べる響子の手を、ガシリと両手で掴む夜叉丸先輩。
「結婚しよう」
周囲の兵たちが一斉に銃剣のストック部分で彼の後頭部を殴った。
「私はフォルトゥナリア・ヴェルーリア! ここから先は通さない! 通ろうと言うなら私を倒してからにしてもらうよ!」
兵舎の一つに、『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)率いる部隊が集結していた。
部隊といっても三個小隊。大部隊とは言いがたい数である。がしかし……。
「私はフォルトゥナリア・ヴェルーリア。橘中佐から貴方達の指揮を任された者だよ。
今まさに大量の命が失われようとしている。その中には貴方達の仲間も、家族も居るかもしれない。私達でできる限り多くの人を助けるよ!
だから、私についてきて! 貴方達の命もきっと私が護るから! 全員で生き残って、沢山の人を助けて! 戦いの後には宴を開こう!
だから――もしまだ屍兵に立ち向かう力がある人が居るなら、私達についてきて! 一緒に戦おう!」
後ろの兵たちに呼びかけると、弾も心も尽き果てた彼らの心に勇気の灯がともった。
三個小隊はみるみる大隊規模となり、師団とよぶに相応しい数へと膨れ上がっていく。
誰もが死にかけの兵であり、武装もろくに残っていないが、全員が最強の武器を持っていた。
『勇気』という名の武器である。
泳ぐように走ってきた陸鮫へと飛び乗り、先陣を切って走り出すヴェルーリア。
彼女はまるで戦女神の如く勇気の火を灯して周り、屍兵たちの侵攻を食い破っていった。
●聖者の行進
大勢の兵を乗せたダンプカーが走っていく。
最もよく見える位置に立っているのは、我等が『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)であった。
「おれらの武勇伝の、総決算って感じだな」
「装備も山ほど持ってきたからねえ」
ジェイビーとホランドが気合い充分といった様子でジャンクを組み合わせた装備を担ぐと、その後ろで伎庸からの民兵たちが同じジャンク装備を掲げて見せた。
リュカシスがこれまで繋いできた絆はいまや大きな軍団となり、今まさに鳳圏へと牙を突き立てる巨大な獣となっていた。
より具体的に述べてしまうなら。
「ここが気合いの最終決戦です。戦の準備は宜しいですか! 力こそパワーです!
みなさんには死ぬ気で戦っていただきますが、絶対に全員生きて伎庸に帰ること!」
リュカシスはダンプカーの上で専用の大砲『無敵豪腕鉄火砲』を構えた。
三人がかりで運ぶ特殊な大砲でありホランドの傑作である。名前はリュカシスが昨晩決めた。
「突撃ぃー!」
ズドンと放たれた大砲が、鳳圏市壁西門へと直撃。手前に配置されていた屍兵たちを吹き飛ばしながら、門を崩壊させた。
ダンプカーはその門をさらに突き破って市壁内側へとねじり込み、民兵たちを展開させる。
民兵の中には武装した鳳圏市民たちもいたが……。
「これは……一体……」
想像していた故郷の風景からあ余りにかけ離れた有様に、鳳圏市民こそが最も戸惑いの声をあげた。
殆どの建物は破壊され、あちこちには死臭が染みついている。
路地を走ってきた多脚戦車がそんな民兵をとらえ、大砲を放つ。
飛来する球状の砲弾を、『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)が両腕をクロスした防御姿勢で割り込み受け止めた。
ズッと身体に走るのは呪力の衝撃だろう。球体には髑髏めいた幻影が纏い、回転が止まったことでそれが人の頭蓋骨であったことがわかった。
「これは……相当だね」
ンクルスは表情を変えずに砲弾(頭蓋骨)を地面へ置くと、多脚戦車めがけて走り出した。
第二の砲撃が放たれる様子は、ある。だがそれよりも早く――。
「皆に創造神様の加護がありますように!」
飛び込み掴み、多脚戦車の上でビッと逆立ち姿勢となる。
民兵たちが思わず『あれは!』と叫んだ。
「はいぱーじゃっじめんと――戦車スペシャルっ!」
勢いよく戦車の向こう側へと転がり戦車をしっかりと掴む姿勢になったンクルスは、その勢いを全くころさずどころか加速までして、戦車をあろうことか高く持ち上げた。
「悪い人には天罰を!」
いくら小型とはいえ多脚戦車に対するバックドロップは凄まじい衝撃を与えたようで、がちがちと脚を動かしたっきり戦車は動きをとめた。
そこへ腕に色のついた腕章をつけた屍兵たちが急行。ンクルスめがけ剣を抜くが、ンクルスは両目をカッと見開き両手を出した。
ンクルスが彼らより早く動いたのは当人の勢いのよさか、それとも民兵たちの後押しか、あるいは運命が味方したか。
いずれにせよンクルスの両手はがしりと色つき屍兵たちの顔面をつかみ、身長差があるにも関わらずその場で回転。
遠心力によって地面と水平になった屍兵たちを手放した時には、彼らは回転しながら道路両側面の建物外壁部へと突き刺さっていた。
「す、すごい……」
「後に続くぞ」
『蒼き燕』夜式・十七号(p3p008363)が鋭く唱え、刀を抜く。
蒼き光が刀身に煌めき、軌跡をひく。革製の籠手でぎゅっと柄を握りしめると、十七号の目の奥に赤と青の光がそれぞれきらめいた。
「この様子では、街の一般市民も危うい。北の兵舎側は鬼楽を味方につけた仲間が攻略しているはずだ。私達は西側の居住区を抑えるぞ」
「鬼楽が? なんと……」
そう応えたのは伎庸の長である及川であった。
伎庸を束ね、鬼楽を味方にし、そして鳳圏を討とうと集うこの戦いで……かつて殺し合っていた三つの勢力はひとつになっていた。
「ローレットの御方。あなたは……戦争を終わらせにきたのですね……」
「そんな大それたことをしにきたつもりはない」
十七号は応えようとして、振り返る。路地の向こうから姿を見せた軍用犬が大きく吠え、大量の屍兵が集まってきていた。
民兵たちが応戦を始め、早くもで負傷者たちは西門外に作った救護スペースへと運び込まれている。
「西門へのルートを確保するぞ。戦線を維持する」
「分かりました!」
十七号は刀を握って走り、こちらに向けて発砲されたライフルを刀で打ち払った。
たちまち距離を詰め、袈裟斬りに切断する。
そして、路地を曲がった所で視界の端に人間の姿をとらえた。
正確には、三階立ての建物の窓からちらりとこちらをのぞき見る子供の顔をとらえたのだ。
屍兵に制圧され、屋内に閉じこもっていたのだろう。
思わず声を上げてしまったらしく、屍兵たちもそれに気付いて建物へと走り始めた。
「させん――!」
素早く身をかがめ、剣を払う。青い孤月状の衝撃波が屍兵たちの脚を切断し、その場に転倒させた。
倒れた屍兵を見下ろし、『護国の盾』伊佐波 コウ(p3p007521)は試製四六弐型火雷を握りしめる。
こんなものを作り出してしまった人間のことを……彼があのとき最後に見せた瞳の色を思い出しながら。
「死人を出すのも使うのも終わらせる……わんこはそう誓って戦って来マシタ。
それにわんこ、伎庸って国が好きになってマスカラ。
及川サマに大口叩いて協力仰いだんだ、最後までやり通すのが筋ってものデス!」
『倫敦の敵』わんこ(p3p008288)は通路を走って扉を蹴破ると、室内で女性の髪をつかんでいた屍兵めがけて飛んだ。咄嗟に手を離し武器を構え直した屍兵だが、わんこの拳が炸裂する方が早かった。
衝撃がそのまま窓ガラスへと叩きつけられ、砕け散るガラス辺に混じって屍兵が野外へと転落していく。
わんこもまた一緒に飛び降り、屍兵を下敷きにして着地した。
下で戦っていた驚いた顔で振り返るが、それがわんこだと気付いてホッとした色を僅かに浮かべる。
「皆サマ、上を警戒! 壁側に寄ってクダサイ!」
だが安堵するのはまだ早い。わんこの鋭い呼びかけに応じて壁側へと民兵達が飛び退いた瞬間、機関銃による射撃が道路を一直線にうちながら道路中央のわんこへと走った。
翼を広げた飛行種タイプの屍兵が機関銃を構え、低空飛行状態となってわんこたちを狙ったのだ。
望むところだとばかりに指鉄砲の構えを取るわんこ。
射撃をしかけ――ようとした瞬間。向かいの建物から窓ガラスを突き破って別の屍兵が転落してきた。見事に飛行種タイプに激突。地面に接触した飛行種タイプは機関銃を掴んだまま石畳の地面をすべる。
ハッとして見上げると、割れた窓からひょこりと『竜断ち(偽)』すずな(p3p005307)が顔を出し、そして空中へと飛んだ。
「死ににくいと言うお話ですけど、元は人ならどうとでもやりようがあります。
それが犬だろうと空を舞っていようと……」
着地と同時に刀を突き立てたすずなは、まとめて串刺しとなった屍兵が動きを止めたのと確認して立ち上がった。
「この戦いで……『終わらない戦争』が終わるのですね」
すずなの眼の中に、いくつもの感情の色がよぎった。
戦争というものにはいつも『終わらせ方』がある。利益で戦争をする人間には利益を、誇り(あるいはメンツ)で戦争をする人間には主張できる功績を戦いの中でくれてやればいい。しかし『戦争のために戦争をする』人間にくれてやるものは、滅び以外の何物でも無かった。そしてそれが最も難しいことだと、すずなは経験で知っている。
多くの血が流れるだろう。犠牲は計り知れない。
けれど……。
「頑張ってくださいね、にゃんこ」
少し冗談めかして呟いてから。その『彼女』が恋人と共にまっすぐ進めるように、自分は民を守る戦いをするのだと決めた。
……と同時に、頭の中で返答が想像できた。
「だれがわんこですかっ」
「ハイ!?」
わんこが困惑と共に振り返り。
ん? え? と二秒ほど二人は見つめ合った。
互いに理解の色が浮かぶか浮かばないかというところで、回転しながら呪術砲弾が飛来する。
呪力による爆発――は、払われる。わんこが五指をフルに使って放った空気砲が小さな障壁となり呪力爆発を防いだのだ。
そしてそれだけのスキマがあれば、すずなが走るには充分である。
そばに落ちていた短剣を拾いあげて投擲すると、煙の向こうから姿を見せた多脚戦車に顔をしかめる。
「成程、なかなか骨が折れそうですね」
脚を器用に動かして短剣を弾く戦車めがけ、剣を大上段に振り上げ、飛びかかる。
大きく目を見開いたすずなの剣は、見事に戦車の装甲を斬り割き、そして内部に格納されていた屍兵もろとも切断していった。
ズッとブーツの底で石畳を滑り、ブレーキをかける。その背後で、呪力による誘爆を起こしたらしい戦車が崩壊した。
「屍兵などなにするものぞ! 全力で、斬り伏せるのみです……!」
●鬼の居ぬ間に
「俺様復活!」
片手にゴブリン人形を握りしめた『最期に映した男』キドー(p3p000244)が、般若兵めがけてゴブリン飛び膝蹴りを繰り出した。
「あ?見ねェ顔だな? あ? この『悠久』古参メンバーのキドーさんを知らねェと? 覚えとけオラァ!」
誰だあいつはという顔をしている黒ジャケットの男達に振り返ると、その肩を『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)がポンと叩いた。
「俺たち『悠久ーUQー』の絆、今こそ見せるときだぜ」
鬼楽という自称国家は今、崩壊の危機に立たされていた。
女王は昏睡し、建国の立役者にして最古参である鏡の魔女は魔種であったことがわかり、かつての英雄たちを素体としたアンデッド兵たちに襲われているという状況だ。
里に誇りを持っていた者ほど混乱によって腕が鈍り、アンデッド兵といえどかつての英雄への憧れから攻撃の手もまた鈍るのだ。これらは言ってみれば、鏡の魔女が仕掛けていた『鬼楽のキルスイッチ』だと言えるだろう。
「そこで俺らだ!」
千尋とキドーは揃いの黒ジャケットを羽織り、肩を組んで同じジャケットを羽織った鬼楽バイクチームたちへと笑いかけた。
「いいかァお前たち、俺は『悠久ーUQー』としてここにいる。
お前たちの帰る場所は、俺の帰る場所でもある。
だからお前たちを見捨てるなんて事はしねえ。
仲間のイレギュラーズも協力してこの状況もなんとか片付けてやるさ。
だけどよ、お前らこのままでいいのか?
いいわけねえだろ?
自分の愛する場所をここまでされてひよってるやついる!?
いねーーーーよなぁ!!!」
千尋の演説に、誰からともなく足を踏みならし手拍子を重ねた。
ドッドパ――という独特のリズム。アクセルをふかす音がそこへ重なり、男達の闘志をみなぎらせる。
「行くぞテメーーーーーーらァ!!!!!」
バイクに跨がった千尋とキドー。走り出したのは里の中央施設を狙って襲いかかる般若兵たちへだ。
「キドーさん! 振り落とされるなよ! そしていい感じのゴブリン戦法見せてくれよ!」
「焦んなよ。まだまだ俺らは走り続けられ――」
と言っていた途端に般若兵から油瓶が投げつけられた。顔面に炸裂。
「アブラァ!?」
「千尋オオオオオオ!」
直後、たいまつが投げつけられた。顔面が炎上。
「ファイアアアアアア!?」
「千尋オオオオオオオオオオ!?」
こうなりゃこの手しかねえと悟ったキドーは千尋の両足を掴むとジャイアントスイングを開始した。
無駄に(あるいは派手に)精霊の力がのったスイングは炎の独楽となり般若兵をなぎ払っていく。
彼らの派手な戦いっぷりは、身を隠して移動する『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)にとって絶好の陽動であった。
人員の多様性と一定の配慮によって、意図していなくても勝手に連携される……というのはローレット・イレギュラーズの個性であり強みであった。
(全く……結局鬼楽のお家騒動に巻き込まれてるのって何なんだゾ?
ボクは外部の人間なのに……いや、一応は顔見知りもあるし、ここの連中はある意味で気のいい奴等が多いから愛着自体はあるけど)
瑠璃は胸の前でつんつんと人差し指をつきあわせると、こほんと咳払いをした。
(まあ、前回諸悪の根源である敵の暴露を行ったから後はボク好みの戦闘の時間だゾ!)
グッとガッツポーズをとり、そして物陰から顔を出す……と。
「ぐああああああああああ!?」
『勾玉』玉響 尊の首が般若兵に掴まれ、天高く掲げられていた。
今にも死にそうな声をあげる尊に、『えぇ……』と顔を曇らせる瑠璃。
このまま放っておいたら例の『負債』も消えるのではと頭の中でちっちゃい瑠璃(三頭身)がそろばんをはじいていたが、途中でちっちゃい瑠璃がそろばんをぺいっと地面に叩きつけた。
「そういうのは、ちゃんとしないと明日食べるご飯がまずくなるゾ!」
物陰から飛び出し、毒を塗ったアイスピックを般若兵へ突き立てる。
毒が回り崩れ落ちる般若兵を見下ろした後、尊へと目を向けた。
「尊のおっさん! これが終わったら、約束は履行して婚約破棄だゾ!」
「フ……いいだろう……。だが一つだけ言っておこう」
尊は口の端からこぼれていた血を拭うと、指を突きつけていた瑠璃の手をとった。
「結婚してくれ」
「なんで!?」
戦争、という言葉が丁度良かった。
『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は鬼楽のあちこちで起きている戦いの様子を俯瞰視点から観察しつつ、風にのってやってくる音に耳を立てていた。
鬼楽はあまり精霊に好かれる生き方をしていないのか、それとも土地柄か、言語を解するレベルの精霊は感知できない。だが風にゆれるタンポポ程度の知性とも言えない程度のオートメーションに僅かな操作を加えることは出来た。今やっているのはそれだ。
「鬼楽にも非戦闘員は多いだろうからね。まずは彼らを安全な場所に。安全確保は……俺がやるしかない、か」
行人は空を飛んでいた陸鮫からぴょんと飛び降り、鏡派の魔女たちの前へと着地した。
それまで国の運営に携わっていた事務方の女達だったが、彼女たちはそれまで被っていた『非力な女たち』という仮面を脱ぎ捨て死霊術によって作り出した骨の剣を突き出してくる。
「俺はこの土地については縁が薄い。今回初めて来たといっても過言じゃない。
ここに来た理由は知った顔が派手にやるって聞いたんだ。なら俺も乗っからないと、だろう?」
誰にともなく語り、突き出された剣をかわす。
刀をトンと叩くような動作をすると、鞘の周囲の空気が突如凪いだ。
刹那の中で命を取り合っている人間達にとって、風の動きというものは大きな影響を及ぼす。行人は静かな風の中で剣を振り抜き、魔女の腕に一筋の傷を作って飛び退いた。
「精霊剣士か……厄介な」
殺気を隠しもしない視線でにらみ付けてくる魔女。その感情を浴びつつも、行人は涼しげに肩をすくめてみせる。
脳裏に描くのは、この鬼楽という『国』の行く末だろう。
(これまでかろうじて国を主張する程度の自治能力をもっていたみたいだけど……鏡派閥を失ったら組織運営が瓦解するんじゃあないかな? 誰かが領主となって統治すればあるいは、って感じだけれど……)
そこへ加勢に入ったのは『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)だった。
魔女達が次々とスケルトンを生成し襲いかからせる中で、魔力圧縮によって加速した剣で次々とスケルトンを破壊していく。
「終わりなき戦争だとか永遠の美しさだとか…何を言っているのやら…これだから魔種は度し難い」
ラムダは刀に『起きろ』と呼びかけ、握った手のひらからコードを入力。さらなる加速をかけると暴風となって魔女たちを切り払っていく。
が、そんなラムダを阻むものがあった。
はるか昔、鬼楽最古参の戦士として名高い人間から作られた般若兵である。
般若の仮面を被った屈強な男が棍棒をまるで棒きれのように軽々と振り回し、ラムダめがけて叩きつけてくる。
直撃コース――だが、あえてかわさない。
バキンとガードに使った腕から嫌な音が漏れ、反動で魔導鋼翼がひしゃげた。
が、その中でラムダは的確に敵の弱点を見抜いていた。
「隙の無い動き。屈強な身体。劣化した部分も鉄板で補強して万全――とみせかけて」
ラムダはクンッと姿勢を低くすると般若兵の股の下をスライディングでくぐりぬけていく。
そして、後ろに庇われるように存在していた鏡派の魔女に目を付けた。
「ヒッ――」
飛び退こうとする魔女だが、加速したラムダのほうが遥かに早い。
両肘から魔力圧を噴射すると不自然な勢いで立ち上がり剣を繰り出した。
魔女の首が切り取られ、回転しながら飛んでいく。
一方の般若兵はといえば、命令を失って困惑しているかのようにきょろきょろとし始めた。
「灰は灰に、塵は塵に、土は土に…そして、死人は死人あるべき場所へ黄泉に還れ…だよ?」
こうなってしまえばいかに強力な『兵器』といえど破壊するには容易だ。ラムダは刀に氷の魔力を纏わせると、振り向きざまに解き放った。
たちまち氷漬にされた般若兵がうつ伏せに倒れ、そしてバラバラに砕け散る。
「クッ……」
鏡派におけるナンバーツーと言われる魔女、真経津 凝女の表情には戦況がありありと出ていた。
魔術の才を見いだされ鈿女の養子として育てられた彼女(当時2才であった頃から鈿女の養子は変わっていないしお姉ちゃんと呼ばされていた)にとって鈿女は崇拝の対象であった。
そんな『鈿女おねえちゃん』の計画は完璧だったはずだ、と凝女は考える。考えていた。
鬼楽という組織内に自らを含め真経津を崇拝する人間は多く、財務をはじめあらゆる組織運営の基礎を抑え込んでいた。死した英雄を埋葬すると称してアンデッドに改造することが長年まかり通るほどに。
だからこそ、自分達が反旗を翻せば暴力装置である『勾玉』も女王の周りから離れられない『剣』も簡単に制圧できる筈だった。そして彼らをアンデッド化し、大進行を装って鳳圏へと進軍させ大量の死者を出させた後今度は鳳圏の英雄として振る舞い、これまでと同じような寄生先とする。そういう計画だったはずだ。
「お前も。お前も同じように死ぬはずだったのだ。名も知られぬ、英雄にも慣れぬ小物として!」
小太刀を突きつけ、目を血走らせる凝女。
その切っ先は、『愛と勇気が世界を救う』小刀祢・剣斗(p3p007699)へと向いていた。
両手を広げ、肩をすくめて笑う剣斗。
「そうかもしれない。この里から出ることなく、この里しか知らなければあるいは……な」
激しく混乱し壊滅しかかっていた小刀祢派閥は、剣斗が声を上げたことで突如統率を取り戻した。
「我等はこれから護国の修羅となる!
貴兄等にはまだ迷いもあるものも居るだろう…裏切ったとはいえ、敵は同じ鬼楽を支えあった家族だった者達だ。
俺とて本心は剣を向けたくない…だが! ここで我らが億すれば我らが愛しき家族、そして我らの鬼楽が魔女の手に堕ちるぞ!」
演説を語りながら仲間達を集結させる剣斗。それを阻もうと襲いかかるも、女王警護を専門とし統率された小刀祢派閥を食い破ることは極めて困難だった。
「鬼楽の勇者達よ!今こそ奮い立つ時!鳳圏との戦以上の一世一代の負けらない戦場だ!貴兄等の「愛」と「勇気」を示せ!
「正義」は我らにあり!今こそ鬼楽の名を示せ!」
剣斗は笑った。
愛しい鏡(かぞく)を自ら手にかけねばならない苦しみと、それでも闘わなければならない使命の間で、あえて笑ってみせた。
「俺こそは御三家が一人、『剣』の小刀祢・剣斗! いざ参る!」
そんな剣斗の抜刀は、勝利を確信させるに充分であった。
●Tezcatlipoca
仲間達によって切り拓かれた道を進み、鳳圏中枢基地内部へと突入した『呑まれない才能』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)たち。
(本来は同じヴィーザル地方であろうと鳳圏や鬼楽に干渉するつもりはなかったのだ。
だけど……一連の事件の後ろに死霊術師が関わってるというなら話は別なのだ。
死霊術師は死者の力を借りながらも死者の安寧を願う者。死者を己の欲の道具に扱う様な死者を愚弄するその所業。死出の番人(ニブルヘイム)の一族として到底見過ごす事は出来ない)
心の中で強く決意を固めながら、ヘルミーネは『呪紐グレイプニール』を解き放った。
通路の先から散発的な射撃を仕掛けてくる屍兵へと絡みつき、動きを僅かに阻害した直後急速に詰め寄ったヘルミーネの『フェンリスヴォルフ』が食い込んだ。
胸元にスッと当てたヘルミーネの手が冷たく、そして優しい『死』の概念となって屍兵へとしみこんでいく。
力尽きた屍兵から、捕らわれていた魂が感謝と共に成仏していくのを感じた。
魂は縛られ、肉体はまるでリモート操作されるドローン兵器のように動かされていたのだ。
それは魂の冒涜であり、番人に訪れる平等なる死への冒涜だ。
「吐き気を催す邪悪な「忌人」……「魔種」は必滅せねばならない。
覚悟しろ、Tezcatlipoca。ニヴルヘイムの名に懸けて、てめーを討伐するのだ!」
ギッとはを食いしばり、表情に一瞬だけ憎しみの色を浮かべるとすぐにそれは沈んだ。
もし彼女と親しい者がいたなら、この静かな死のごとき無表情こそが真の怒りの表情だとわかるだろう。
「今までてめーが弄んできた奴等の怒りを知るがいいのだ」
快進撃を見せるヘルミーネと鬼楽から選抜された兵団によって基地への制圧は進み、そしてついに……地下に広がる隠し通路を発見した。
「やはり……か」
階段を美しい足取りで降りる人影が、二つ。
『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)。
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)。
まるで花と妖精が舞い踊るかのようなオーラを纏って歩く彼女たちの後ろには、竜をもしたような鎧を纏った……いや、鎧そのものが歩いている。
鎧、『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)が問うような視線をセレマへ向けると、それに応えてセレマは語り始めた。スッと心に入り込むような美しい声で。
「鳳圏と鬼楽の間にかわされていた密約。その内容からして、鳳圏には表沙汰に出来ない実験場が存在して然るべきなんだ。伎庸占領地に作られた工場と同種のものが、ね」
左右を見れば、不気味な色をした巨大な水槽や台が並んでいる。
部屋中央の通路を進んでいけば、やがて広い部屋へと出た。
セレマの引き連れた兵団が一斉に構えると同時に、部屋の奥で整列していた屍兵たちが一斉に構える。
かつて弔われた筈だった鳳圏の兵たち。彼らの後ろには、鏡の魔女――Tezcatlipocaが立っている。
「よく来たわね。歓迎するわ。けど、ひとまず――死んでもらえるかしら」
その言葉を合図にしたかのように兵達の戦闘を開始され、ウォリアは先陣を切って突撃。
(混戦、乱戦、されども狩るべき魂は解るものだ。
いと深き業が満ちるこの戦場においても、一際厚く塗り重ねた様な業を煌かせるあの魂。
業深き魔女の魂を狩るまたと無い機会に、闘志が燃え滾る。
ただ、己が焔の揺らめくままに駆け、永遠たる死を運ぼう)
巨大な神滅剣アヴァドン・リ・ヲンを盾のように翳して銃弾をはじき、距離を詰めたウォリアは燃え上がる炎によって兵を斬りさいた。
ヘルムの奥で、カッと炎が燃え上がる。
「鏡の中の見たいものだけを眺める生は満足出来たか?
お前の「死」を運びにやって来た。
「戮神」が前に、無へと還るがいい!」
視線の先にあるのはTezcatlipocaだ。それを阻むように群がる屍兵たちは、繰り出される剣によってなぎ払われた。
当然Tezcatlipocaにまで剣は届くが……ガキン、と周囲の鏡から伸びた骨の手がウォリアの剣を止めた。それも一本ではない。何十本という手が群がり、剣を押さえつけたのだ。
うっとりと、Tezcatlipocaが笑う。
だがそれを承知していたかのように、背後へと美しい美少女歩きで回り込んだ百合子がグッと拳を作る。
キキキンッという奇妙な音と共に拳へ美麗なエフェクトが集中し、ちらりと振り返るTezcatlipocaへ破壊の権化となって襲いかかった。
「魔女よ! 今こそ砕ける散るがいい!」
拳は鋭くTezcatlipocaをとらえた――筈だったが、百合子の拳は空振りし、そして気付けば部屋の入り口へ逆方向に立っていた。
ハッとして振り返るとそこには巨大な鏡。百合子は空間をつなぎ合わせたTezcatlipocaによって別の場所へと放り出されていたのだ。
それは彼女だけではない。ウォリアもまた突き飛ばされ部屋中央へと転送される。骨の手が大量の剣を持ち、ウォリアへと突き出される――かに見えたその時、セレマが割り込みその全てを自らの肉体で請け負った。
剣が肉体のあちこちを貫くが、彼の美しさはまるでそう意図した美術品のごとく貫いた剣すらも美しく彼を飾り立てる。
「セレマ オード クロウリー……あなたは、少し邪魔ね」
Tezcatlipocaの囁きに、セレマと視線が交差する。セレマの持つ擬似的な不死性に対して邪魔と述べたのかもしれないが、Tezcatlipocaの言葉には別の意図もあるように見えた。
セレマがこのまま鬼楽というコミュニティに食い込み続ければ、いずれ彼の存在は巨大なものになっていくだろう。そして組織というものは一個人と違って完全に滅ぼすことは難しい。残存した僅かな勢力を培養し再び牙を剥かないとも限らない。
いや、彼ならやるだろうという確信が、Tezcatlipocaにはあったようだ。
「ここで、殺してあげる。その若さ、美しさ……私が上手に使ってあげるわ」
鏡を通り抜け、セレマを至近距離に引き寄せたTezcatlipocaは彼の首へと手を当てた。
不死性を貫通しセレマの意識を強制的に奪い取る。
「セレマさん!」
兵の一人が慌てたように叫び、彼へと駆け寄ろうとした。
隊列が大きく乱れたのを確信して、Tezcatlipocaが笑う。
「所詮貴方たちは烏合の衆。一握りの強者に縋ってやっと戦えていたということを、今教えてあげるわね」
あえて優しく言うと、Tezcatlipocaは手を伸ばし絶望した兵たちへと骨の手を――。
ざくり、と骨の手が次々と。兵の胸へと突き刺さる。
嘲笑を浮かべるTezcatlipocaは……しかし、その表情を崩した。
セレマに意識をとらわれ無防備となったはずの兵たちは、まるで『ずっと前から教わっていた』かのように的確に急所をさけ、そして自らの肉体を犠牲にしながらもTezcatlipocaめがけて一斉に銃を構えていたのだ。
「行け! 逆賊、鏡の魔女を討つべき時は今ぞ!」
百合子の声が響く。絶望に伏したはずの兵達の眼に、カッと光が宿った。
一斉射撃。それも力尽きたセレマもろともだ。
「魔女よ、その美少年を侮ったな」
一発ずつは些細な衝撃でも、こうも集まればタダでは済まない。
更には百合子とウォリアの攻撃までもが重なり、Tezcatlipocaの顔面を破壊する。
Tezcatlipocaは顔から血を吹き、悲鳴をあげながら力を振り回した。
大量の鏡が現れ、砕け散り、伸びた骨の腕が部屋中をかき回す。
力を振り絞り、死の嵐のなかを駆け抜ける百合子とウォリア。
が、兵達はそうはいかない。急所をさけていたとはいえかなりのダメージを負ったのだ。
「任せて!」
そこへ走ったのは赤い稲妻であった。
否、稲妻の如きスピードで部屋中を駆け回り兵達を回収し、部屋の隅へ集めて自らの身体ひとつで攻撃を引き受けた『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)であった。
「もう、ここで終わりにしよう。鏡の魔女……ううん、Tezcatlipoca!」
「ほう、にゃんこか。頼もしい」
「にゃんこじゃないんだよ!」
両手をグーにして抗議の声をあげるマリアに、百合子は戦士の目で言った。
「その兵等を預ける。美少女式兵法は死にすぎるのでな」
その言葉に、マリアは小さく頷く。
ガイアズユニオンの将官のみが付けることを許される軍服とマントが、そして光翼勲章が期待に応えるかのようにパチリと赤い稲妻を纏った。
「――ッ!」
片目からだくだくと血を流しながら、Tezcatlipocaは表情を歪める。
そして天井を突き破り、はるか上空へととびあがる。
「空だと!?」
「この地より逃げる気か!」
追いかけようと走り出す百合子たちだが、マリアは天井にあいた穴をみあげ、動かない。
その表情には……うすい笑みすらあった。
「大丈夫。今だよ、ヴァリューシャ」
鳳圏共同墓地。誇り高き戦士達を弔うための墓地を突き破り、空高くへと飛行するTezcatlipoca。
いかにしてこの場を脱するかを考えた彼女――めがけて、箒に乗った魔女が凄まじい速度で激突した。
魔法によって加速し魔法の殻をかぶった『フリームファクシの魔女』トバリによる突進である。そこへ相乗りした『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)のメイスが、太陽の如きまばゆい光を伴って叩きつけられる。
「ぐっ――!?」
あまりの衝撃に飛行能力を喪失し、転落するTezcatlipoca。並ぶ墓石の上をバウンドしながらも、周囲から屍兵を召喚。一斉に立ち上がった屍兵は銃剣を構え――そしてTezcatlipocaへと向き直った。
一斉射撃はTezcatlipocaへと浴びせられる。
「そんな、私の死霊術を……転写された!?」
「魔鏡の魔女は、あなた一人ではありませんのよ」
トバリによって地上へとおりたったヴァレーリヤは、メイスをさげてTezcatlipocaへと向き直る。
移動した屍兵たちが、まるで意志をもったかのようにトバリの後ろへと整列する。
「フジャッケンナ……こんな魔法、また使わせやがって……」
トバリは小さく毒気づくと、箒から降りてTezcatlipocaへと向く。
「マリィ」
「大丈夫だよヴァリューシャ。鬼楽の兵士達は無事さ」
穴から飛び上がってきたマリアが、百合子たちを小脇にかかえて現れる。
対して、Tezcatlipocaは一人きりだった。
傷付いた顔を必死に手でおさえ、ぜえぜえと息を荒くしている。力が衰え始めたのか、幼い美少女めいた顔立ちは徐々に皺が増え、醜い老婆のそれへと変化していくのが分かった。
ヴァレーリヤはしかし、追撃をしない。
目をそらしていたトバリへとあえて向き直り、頷いた。
「言いたいことが、あるのでしょう?」
「……」
トバリは小さく頷いた。すると、彼女を守るかのように何人もの『フリームファクシの魔女』たちが周囲へと降りてきた。
意を決したように、顔をあげTezcatlipocaを見つめるトバリ。
「『鏡』様――ありがとうございました!」
頭を下げるトバリ。
「あなたの魔法のおかげで、家族をもてた。とんでもないクソ魔法だったし、そのせいで姉さんたちを失ったけど……魔法がなかったら、私はフリームファクシの魔女にはなれなかった。
あんたはクソ野郎だし今すぐ死ぬべきだし、ぜってー許さねえけど……けど、それは、ありがとう」
「…………」
皺だらけの顔で、Tezcatlipocaがうつむいた。
ヴァレーリヤが、祈りの言葉を呟き始める。
「『――この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え』」
振り上げたメイスが浄化の炎をあげ、そして……Tezcatlipocaを炎の中へと包み込んだ。
●鳳凰よ暁は誰のものか
パチン……と小気味よい音がした。
将棋盤の上に、駒の置かれた音だ。
駒に書かれた文字は鳳や界といった文字で、少なくとも将棋のルールに則ったボードゲームではなさそうだ。
置いた駒の位置を、やや引いた目で俯瞰する。白い髪の美しい、それは美女だった。
「陛下」
重々しく呟いたのは、そばに立つ戦士……不動界善。
ちらりと見れば、報告を記した床に書が散らばっている。
鳳圏が誇る何人もの才ある戦士たちが敵側へと寝返り、今まさに軍を率いてこの基地を攻めおとさんとしている内容がそれぞれに書かれている。
「従順な駒には栄光を。邪魔する塵芥には絶望を――」
そう呟いた美女の目には、赤い血のような光があった。
普天斑鳩鳳王。
この『国』を栄え、富ませ、強大な力を与えた神に等しい存在。
不動の胸にあるのは絶対の忠義であり……その腕に美しい赤子を抱いた日の思い出であった。
どこへも行けない『ただの男』でしかなかった不動に居場所を与え、命を救ったひと。それが神であっても、悪魔であっても、付き従うことは彼の喜びであった。
鳳王にとって、この戦争はゲームだった。
Tezcatlipocaというもう一人の指し手によって永久に続く、無限に駒の増えるボードゲームだ。
初めは確か、湖だった筈だ。泥の沼をかき混ぜ実り豊かな湖に変えた。
荒れ地を肥沃な土に変え、皆豊かに笑うようになった。
望めばなんでも手に入った。なんでもできた。
なんでもできたから……退屈になったのだ。
とはいえかの強大なる御方の怒りに触れれば、いかな鳳王といえど太刀打ちできぬ。それ以上に恐ろしい者だっているだろう。
だから、この閉じられた箱庭の中に身を沈め、安全なゲームをし続けることにしたのだ。
戦争は楽しかった。
『歴史は勝者が作るもの』という言葉通り、周辺の小部族を破壊するたび自分を神と崇める歴史ができあがった。動かせる駒を縛って、敵軍に強力な駒が現れるたび興奮できた。
駒を失って悲しむことや、駒が思うように動かず苛立つこともあった。
退屈は、紛れた。
しかし……。
「もはや、この二つだけとは」
自らを示す駒と、不動を示す駒。その二つを除き全ては床に散らばっている。
将棋台に手をかけ、払った。
台は部屋の隅へと飛んでいって、壁へとめり込んだ。
「終わらせましょう。この盤は、もはや……」
基地の中をレブンに乗って走りぬける『自在の名手』リトル・リリー(p3p000955)。
ファミリアーを通して『little』たちからの報告がはいった。
今回だけだよと特別に力を貸してくれた仲間達によって、基地内部の情報は瞬く間に集まった。
捕らえられていたであろう榛名大佐も、限定的ながら確保に成功したという。
しかし……。
「戦神と普天斑鳩鳳王。この二人を倒さなくちゃここから出ることも難しいよね」
その時である。ピリリ、とリリーの直感が危険を促した。
なにか根拠があるわけでも、特別な能力に因ったわけでもないが、本能で死の気配を察したのだ。
だから行動は早かった。
レブンに回避行動を取らせ、魔術障壁を展開。と同時に側面の壁が崩壊し、『戦神』不動・界善が出現した。
そのまま外側の壁も崩壊し、リリーはレブンごと野外へと放り出される。
だが一方敵にやられるつもりは毛頭なかった。
「鳳圏を、皆を、こんなに滅茶苦茶にしておいて……無事で済むと思わないでねっ、絶対に……"皆で"、殺す!」
『DFCA47Wolfstal改』を構える。小さな銃だが、その威力は折り紙付きだ。
順番に込められた特別な銃弾が、熟練の手際によって連続で放たれる。
対する不動も凄まじいもので、リリーのきわめて回避の困難な銃弾を半分ほど刀で弾き、そしてリリーめがけて剣を迫らせたのだ。
もし事前にレブンに回避行動をとらせていなければ、魔術障壁を展開していなければ、リリーの身体は真っ二つにされていたかもしれない。
そしてもう一つ――。
「俺様登場。満を侍して、ってな!」
地面を転がるリリーに代わって山賊刀を繰り出した『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が、不動の剣を受け止めていた。
非常に頑強な彼をもってしても完全に押さえ込むことは難しいのか、グッと剣が押し込まれる。
「戦神なんて呼ばれてんだってな?
雑魚どもを蹴散らして、さぞいい気分だろうよ。
だが、この世界にゃ神もクソもねェって事を教えてやるぜ!」
グドルフはあえてゲハハと汚らしく笑い、全身に赤いオーラをみなぎらせて不動を押し返した。
飛び退き、距離をとる不動。
交差する視線に、グドルフは既視感を覚えた。
「──てめえにとっての命の恩人(カミサマ)が魔種だった。それだけが、てめえの不幸だってこったな」
挑発するように呼びかけると、不動は表情を変えずにどっしりと剣を構える。
「不幸? いいや、違うな」
目を閉じ、何かを思い返すように再び開く。
そのまなざしを……グドルフは知っているような気がした。初対面だというのに、どこかで……。たとえば朝起きて洗面台に立ったときに……。
「チッ」
グドルフは舌打ちをして、そして突撃する。
不動とグドルフの間で幾たびも剣が打ち合わされた。山賊刀と斧を巧みに操り、そして強力に打ち込むグドルフ。それを不動は巨大な両手剣でもって払い、そして強力な一撃をたたき込んでくる。
両者の撃ち合いは互角に見える。が、相手は歴戦の戦士にして魔種。グドルフはこれが互角などではないことを重々承知していた。
故に。
「さあ、てめえの神とやらに祈りな!」
防御を捨てた渾身の一撃。刀と斧を揃えた大上段からのそれを、不動は水平に構えた剣で受け止め――た瞬間を。
「不動界善殿――覚悟ッ!」
疾風のように走る一人の兵士が、その拳をたたき込んだ。
『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)の拳である。
「ぐぅ……!?」
鍛え抜かれ、幾たびも撃ち込まれた迅の拳は丸く、そして固い。まるで大砲のように撃ち込まれた腕は獣めいたオーラを纏い、不動の頬を的確にとらえた。
(――鳳圏。うるわしき我が祖国。
余人には地獄のようかもしれませんが、共に死線を駆けた朋輩も、出征する兵達を支えてくれる国民の皆さんも、僕にとっては輝く宝のようなものです。
……僕は軍人ですが、実は『鳳圏』という枠には特に拘りはありません。僕にとって此処は、僕の目に映る人々、僕が守りたいと思う者達が暮らす場所。ただそれだけです)
胸の中で抱いた想いを強くする。
(我ら日車一門が胸に抱くは忠ではなく愛。
国よりもいとしき人々のために我らの爪牙はあるのです。
だから、陛下が民をもう要らぬと仰せであれば、大変悲しいことですが僕は陛下の喉笛を食い破らねばなりません)
強く強く燃え上がった炎は、まるでエンジンのように腕に力を伝えた。
「それを阻むものは何者であれ打ち砕きます。
例えそれが鳳圏の戦神……不動閣下であろうとも!」
思い切り振り抜いた拳は、不動を吹き飛ばすほどのものであった。
宙を舞い、しかしぐるんと身をひねって脚をつけた不動は――即座に防御の姿勢となった。
なぜなら『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)による強力な斬撃が走ったためである。
両手の指輪から赤と青の両手剣を生み出したステラは、その巨大な力を直接叩きつけるかのように不動めがけて振り込んだ。
「『戦神』不動界善! あなたは――ここで止めます!」
城を、あるいは竜の鱗すら斬ったであろう剣が不動の翳した剣とぶつかる。
力量は――不動が勝った。
弾けた力が全身のあちこちに切り傷を作り血を吹き出させたが、振り抜いた不動の剣はステラの作り出した光の剣を破壊しさらなる暴風を作り出す。
迅とステラが、そしてグドルフやリリーがまとめて吹き飛ばされる。
が、ステラは咄嗟に光の短剣を作り出すと地面に突き立てブレーキ。サッと伸ばした手に、思い切り飛ばされた迅の手が繋がれた。
ステラと迅は視線を交わしあい、頷き合う。
暴風の中を、思い切り投げるかのように迅を放ると、迅は自らを弾丸のようにまっすぐに、地面を蹴って不動めがけて突撃する。
あまりにまっすぐな攻撃というものは、そしてまっすぐな性格というものは、時として強力な脅しとなる。それが戦神とうたわれた不動であっても、真正面への防御を作らざるを得ない。
なんとしてでも突破しようという鋼の、あるいは獣のごとき迅の意志が形となって迫ったためだ。
水平に構えた剣と迅の拳が激突する。衝撃は……殺せた。だがこのとき気付くべきだったのだ。
このやりとりは既に一度やったのだといういことに。
「鳳王への道、拓かせて頂きます!」
側面から回り込んできたステラの剣が、不動の脇腹へと突き刺さる。不動は咄嗟に小太刀を抜くとステラの肩へと突き立て、同時に迅を蹴り飛ばした。
がくりと膝を突く不動。
いかに強力な力をもっていても、死と破壊を免れることはできないのだ。
ステラたちも立ち上がるのがやっとという様子だが、しかし……その図は勝敗を明らかにしていた。
立ち上がった戦士たちと、膝を突いた戦神という図は。
「見事……」
そして、不動界善は倒れ伏した。
「國の在り方は、俺には良く分からぬ……所詮は、一介の旅浪人故にな」
無数の屍兵を斬り捨て、ゆらりゆらりと『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)が進む。
「だが、それでも……俺にだって分かる事くらいはある。
それは『貴様等が敵』であり……そして『友とその祖國を亡くそう』としている事……そんな状況で指を咥えて見ていられる程、俺は腑抜けてはおらぬさ。
この國に思い入れがある訳でもない、ましてや俺は部外の者……だがな、それでも譲れないものはあるのだ!」
群がる兵を刀のひとふりで切り裂きなぎ払い、そしてギラリと笑った。
「それに、志村殿の代わりも務めねばな。今こそ『刻』ぞ、栄龍殿!」
呼びかけは、その後方より来たる兵団に……その先頭に立って走る加賀・栄龍(p3p007422)へと向けられていた。
彼の兵団は、あまりにいびつだった。
家族を殺された伎庸の民。
取り残され捨てられた鳳圏の民。
祖国を裏切った軍人。
その他諸々。ごちゃまぜだ。
鳳圏一色であった、それさえあればよかった栄龍とは違う……いや、『今の栄龍』にはぴったりの軍団と言うべきなのかもしれない。
「構え――撃ェ!」
号令と同時に放たれた銃撃の嵐が屍兵を払う。
そして向こうにあるものを露わとした。
「あまりに、愚かしい」
美しい声で囁く、赤と白の存在。
血に濡れたような模様をした袖を振れば、それだけで周囲の風景が破壊された。
建物ごと破壊されて吹き飛び、地面すらえぐれた。
「ぬ、ぐう……!?」
歯を食いしばり、全身に突き刺さる赤いナイフのようなオーラに耐えながら立ち塞がる幻介。
にらみ付けるのは――。
「普天斑鳩鳳王様!」
栄龍の叫びが、暴風の中に響く。
ただの一兵卒が、王の前に軍団を率いて立ち、そして刀を抜くのだ。
本当にいいのだろうか。俺なんかが。こんなどうしようもない、俺なんかが。
心の中で弱い自分が顔を伏せようとする。縮こまって何もかも終わるまで待つべきだと泣き言をいう自分もいた。
だがその背より――。
「栄龍!」
「加賀さん!」
「エータツくん」
「栄龍殿!」
「准尉――いいえ、あなたはもう軍籍を剥奪されたのでしたか。なんと呼びましょうね」
久慈峰はずみ少佐が涼やかな声で言った。
「ただのおとこ、加賀」
「モテない親友、栄龍」
「おもろいエータツくん」
「なんかすごいひと」
「土下座軍人さん」
好き放題よびながら、弥彦や亮介、率いてきた仲間達が栄龍の前に列を成した。
暴力的な破壊の嵐が、やむ。
いや違う。仲間達によって栄龍が守られたのだ。
わずかな風だけがふく中で、横に『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)が立った。
「今は耐える時だ。
望む結果の為には、反吐を呑み込んで笑顔を浮かべろ。
お前が軍人だと言うならそうするべきだ」
聞き覚えのある言葉だ。
あのときは、なんと返したのだったか。
栄龍は考えすぎてからっぽになりつつある頭で……とくに思いつかなかった。
「ははっ」
肩から力が抜け、そしてなんだか笑えた。
「この戦争は、貴様が始めたんだ。私はそれについてきた、あるいは利用したに過ぎない」
エッダはカチューシャを装着し、やや乱れた髪をぱっと手ではらう。
「自分の意志で戦うとは、苦しくてつらくてどうしようもなくやめたくなるものだ。あれを見ろ、あのどうしようもなくなった『なれのはて』を」
エッダ仲間達の列を割り、姿をさらす。メイドカチューシャに鉄帝陸軍の軍服というなんともミスマッチな格好でだ。
「この軍装を見ろ。"貴様の敵"だぞ鳳王とやら。
私こそ貴様らをこの地へ追いやった鉄騎どもの末裔だ。
さあ戦争の続きと行こうじゃあないか。
まだ、"これ"は、貴様の戦争だ」
血のように赤い刃が、エッダの全身に突き刺さる。エッダはそれを無視するかの如く突進し、普天斑鳩鳳王めがけて拳をたたき込んだ。
幾度も幾度も、叩きつける。赤い障壁が次々に生まれてエッダを遮るが、障壁の力が徐々に薄くなっていくのがわかった。
「さあ、改めて始めようじゃないか、『ただの加賀』。
貴様たち鳳圏の――戦争をな!」
両手の拳に力を込め、思い切り叩きつけるエッダ。障壁が今度こそ打ち破られ、そして無数の赤い刃がエッダを貫く。
「全ては――」
栄龍は走った。
赤い刃が飛び、飛び出した幻介がその身で受けた。
「我が、祖国のために!!」
剣を握りしめる手に力がこもる。
(俺は、全てを敵だと見做して屠る日々は随分楽だったように思います。
国の為に戦っているのだと、相手もきっとそうだと、俺たちは国の礎として名誉に死ねるのだと。
本当に、随分と。それ以上のことを考えずに、目を逸らし、生きて参りました。
けれど、それはもう――今日を限りに終わりにします)
守りを失った栄龍に次々と刃が突き刺さる。
身体に染みついた、たたき込まれた、命をなげうって突撃するすべが、栄龍をもう一歩進ませる。
そしてこの瞬間に、悟った。
(大佐……あなたは、俺を『生かそう』とこれを教えたのですね)
死中に、栄龍は斬り込むべき刹那を見つけたのだ。
「祖国を民を救うために、お前を倒す! 覚悟しろ!!」
剣が、王の胸を貫いた。
強大な力をもっていたはずの王は、あまりにもあっけなく、まるでただの人間のように、剣に貫かれ……そしてごふりと血を吐いた。
栄龍の前に崩れ落ちるそれは、ただのか弱い少女に思えた。
晴れの日の雲のような真っ白い髪も、いまは力を絞り果たした抜け殻のように見えた。
この鳳圏という国を、戦争を、維持するための膨大な魔力を思って……栄龍は目を閉じる。
いま、それは失われたのだ。
大いなる意志と共に。
「加賀、栄龍くん……」
後ろから声がした。
優しい声だ。聞き間違えるはずがない。
目元を拭い、直立し、きをつけの姿勢をとる栄龍。
「大佐、今日初めて、ほんの少し……胸を張れるような気がします。
俺はやっと、本当の意味で──この国の為に働けた」
そんな彼の横に、榛名大佐が立った。仲間達によって助け出されたのだろう。
見上げた空は晴れ渡り、これまでの戦争がうそのように思えた。
「鳳圏は、王を失い国ですらなくなる。自治能力も喪失するだろう。遠からず、鉄帝陸軍による支配が始まるはずだ」
エッダをちらりと見てから、そして栄龍に向き直る。
「国のために、戦えるね? 君が誇り高い、軍人ならば」
その言葉の意味を、今の栄龍は理解できた。
「はっ! この身に変えましても! 祖国のために!」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
『戦争』は終わり、平和が訪れようとしています。
破壊が過ぎ去り、より困難な『創造』が始まるのです。
自治能力を失った鳳圏、鬼楽、そして伎庸は鉄帝国に併呑されるかたちで支配下にはいりましたが、その特殊性と功績を重んじローレット・イレギュラーズへの領地割譲という形で限定的な自治権が認められました。
鳳圏が、鬼楽が、伎庸がむかえる未来は、これからあなたが作るのです。
※領地コンテンツにて、鉄帝領地カテゴリに『鳳自治区』が加わりました。鳳圏、鬼楽、伎庸を含めた割譲領地群となります。
GMコメント
皆様、大変お待たせ致しました。
これより鳳圏戦忌憚最終幕が開幕致します。
鳳圏、鬼楽、伎庸。三つの国は己の誇りを取り戻し、未来を勝ち取ることができるのか。
それとも王と魔女に敗北し、再び終わらぬ戦争に墜ちてゆくのか。
未来は、あなたの選択にかかっています。
※このシナリオは情報量がとても多いため、特設ページを用意しました。
https://rev1.reversion.jp/page/houken
■■■プレイング書式■■■
迷子防止のため、プレイングには以下の書式を守るようにしてください。
・一行目:パートタグ
・二行目:グループタグ(または空白行)
大きなグループの中で更に小グループを作りたいなら二つタグを作ってください。
・三行目:実際のプレイング内容
書式が守られていない場合はお友達とはぐれたり、やろうとしたことをやり損ねたりすることがあります。くれぐれもご注意ください。
■■■パートタグ■■■
以下のいずれかのパートタグを一つだけ【】ごとコピペし、プレイング冒頭一行目に記載してください。
【鳳圏】
普天斑鳩鳳王とTezcatlipocaは真実を突き止めた皆さんを排除しもう一度国をやり直すべく、異形の兵たちによる旧兵抹殺作戦を開始しました。
鬼楽軍及び残存鳳圏軍による混成部隊を編成し、鳳圏内へと突入します。
パートの目的は今まさに抹殺されつつある鳳圏兵たちを助け出すことと、閉じ込められている市民たちを解放することです。どちらも屍兵たちを倒す事で達成されます。
都市内の戦闘となり、敵側の武装もかなり強力です。覚悟して挑みましょう。
・屍兵
鳳圏や伎庸から回収した死体を使って作られたアンデッド兵士たちです。
個体ごとの戦闘能力は低く、特徴としてEXFの高さがあげられます。
軍用犬や飛行種兵、果ては子供のアンデッドをまるごと組み込んだ多脚戦車といった兵器を投入してきます。
また、今回は鳳圏軍の強力な装備を着用し、装甲車や戦車といった兵器を都市内に配備して防衛をはかってくるでしょう。
・味方NPC
橘・征史郎中佐:軍の荒くれ者。橘派閥を率いている。倫理観がすっとんだ野獣だが、派閥の長として人望がありアンデッド兵器については『ぶっ殺せないから』とかなりキレている。
木邑・夜叉丸:榛名大佐の命令によって暗殺を担当していた夜叉丸先輩。今回は直属の上司であり信頼もある榛名大佐が捕らわれたと聞き屍兵たちに立ち向かう。……が、絶賛ピンチなので救出してからでないと味方にならない。あと犬が弱点。
鯨津 三十一:鳳圏海軍を率いるリーダー。船を見ていなくてはならないので投入できる人員は限られているが、彼らは心強い味方となる。
【鬼楽】
今現在、鬼楽は鏡派による反乱が起きています。
近衛部隊である『剣』は未だ眠りの呪いが溶けていない女王の防衛に、軍事担当である『勾玉』は大量に召喚された般若兵や鏡派の魔術師たちと戦闘中です。
・般若兵
鬼楽の英雄達を素材にして作られた強力なアンデットです。
身の丈2mほどあり、鬼のような棍棒を武器とする怪力が特徴です。
・鏡派の魔術師
Tezcatlipocaの支配下にある魔女たちです。
死霊術をはじめとする魔術を行使してきます。
【伎庸】
伎庸の混成部隊に交じり、鳳圏へと進軍します。
戦闘目的自体は鳳圏パートと同じですが、味方の陣容が異なります。
また、このパートで戦う場合混成軍が皆さんの仲間として一緒に戦ってくれます。ですが多くが民兵なので戦闘に長けては居ません。
もし戦闘指揮が得意なら、彼らを指揮して戦うのもいいでしょう。
・味方NPC
久慈峰派閥:久慈峰弥彦中将、久慈峰はづみ少佐、志村亮介准尉で編成された精鋭チーム。今井君はお留守番。
【Tezcatlipoca】
魔鏡の魔女Tezcatlipocaとの対決です。
彼女は死霊術によって召喚した大量の屍兵をけしかけながら、恐ろしい魔術を用いて戦う強敵です。
言うまでもなくTezcatlipocaは強力な魔種であり、ある程度味方の兵士がいるもののかなり苦戦しそうです。
ローレットからは5人以上のチームを組んで挑むとよいでしょう。
【普天斑鳩鳳王】
魔種であり鳳圏の王、普天斑鳩鳳王と対決します。
これまで正体不明で神と同一視すらされていた存在であるため、戦闘能力が未知数です。
更に、軍内で戦神といわれる不動・界善(魔種)も戦いに加わるため苦戦は必至です。
戦いの部隊は鳳圏の中心、鳳王のおわす鳳居内です。
ここには榛名・慶一大佐が捕らえられており、反乱の計画やメンバーをはかせるべく拷問をうける予定のようです。
ですが榛名大佐は未だこちらの情報を一言も吐くことなく、『加賀が王を討つだろう』とだけ述べています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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