シナリオ詳細
<夏祭り2020>かき氷大食会・雅
オープニング
「『雅』とは」
立派な筆文字の立て看板を前に、イレギュラーズは思わず呟いた。
場所は夏祭り会場となった神ヶ浜の片隅。天幕の下に長机が並べられ、何人かが必死の形相でかき氷をかき込んで――頭がキーンとなって悶えている。器が空になると隣の屋台から山盛りのおかわりが運ばれ、参加者は虚ろな目で匙を動かす。
「『雅』……とは」
イレギュラーズは繰り返した。『かき氷』も『大食会』も分かるが、『雅』はさっぱり分からない。一文字だけ四倍大きいので重要っぽいのだが。
「おや、神使さんも参加を希望で?」
法被を着た、糸目に出っ歯の男がススッと近寄る。
「いや、違くて。『雅』って何ですか」
気になってるんですけど、と指をさす。法被の男は大きく頷いた。
「ああ、ああ、神使様にはお馴染みがございませんか。一番多くかき氷を食べた人が優勝、という大食い大会の規則はご存知でしょうか」
「それぐらいは」
「『雅』はですねえ、参加者の服装、食事風景の素晴らしさが評価に加わるのでございますよ。杯数だけを重ねても駄目! 己を最大限に美しく装い、観客を魅せた者が最も勝利に近いのです」
「はぁ」
熱弁に生返事をする。
「勝敗にこだわらず一杯食べて棄権なさってもまったく構いませんので、ええ」
ご参加いかがですか。うちの氷は天香家の流れを汲むお貴族様御用達の氷室から仕入れた一級品ですよ。
眉唾な能書きはともかく、ふわふわの氷に果肉混じりの氷蜜をかけて、仕上げにアイスクリームを乗せた姿は抗いがたい魅力にあふれていて。
「じゃあ一杯だけ参加を……いちご練乳ある?」
「アイヨッ! 一名様ご案内!」
ニコニコ笑顔の法被男に導かれ、イレギュラーズは参加席に座る。間髪入れずに差し出されたかき氷の器に手を添え、削りたての匂いをまとった竹のスプーンを構えた。
●
今年は海洋王国とカムイグラの合同祭事となったサマーフェスティバル。
場所は豊穣・神ヶ浜。
所変われば品変わり、異国情緒あふれる屋台が並んでいる。
その片隅で『かき氷大食会・雅』――いわゆるエクストリーム早食い大会(かき氷)が開催されていた。
ルールは簡単。正装で参加し、雅な作法で沢山食べた人の優勝。
正装と言っても畏まる必要はない。仕立てたばかりの浴衣や水着は夏祭りの正装だし、仕事の際に着る服も正装である。自分を最高に格好良くあるいは可愛く美しく見せる装いはすべて正装に含まれる。
食事風景も、求められるのは完璧さではない。観客の度肝を抜きビーチを沸かせるパフォーマンスだ。ただし食べ物を粗末にしたら失格。
カムイグラの夏に体が火照ったら、冷たいかき氷はいかがだろうか。
- <夏祭り2020>かき氷大食会・雅完了
- GM名乃科
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年08月05日 22時05分
- 参加人数50/50人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(50人)
リプレイ
●豊穣の夏、祭りの夏
白い砂浜、青い海。立ち並ぶ屋台に呼び込みの声、あちこちから漂ういい匂いに心と足が浮き立つ。
水着姿で待ち合わせたミエル・プラリネと霧ノ杜 涼香は、お互いの姿に驚いた。
「制服姿しか見たことがなかったんで新鮮な感じですねぇ」
「普段降ろしているので三編みも新鮮で素敵です……!」
仲の良い友達にもまだまだ新しい一面があるようだ。
「いざ、食べ歩きの旅へ!」
「おーっ!」
拳を突き上げて行かん、海洋と豊穣の味を巡る旅へ。
まず目に付いたのは大食会の看板だった。集合地点の横だったせいだ。
「かき氷ですって! 一緒に如何ですかぁ?」
「そうしましょう」
雅って付いてたり人智を超えたパフォーマンスをしている客がいるが、美味しいかき氷を求めて二人は会場へ向かった。
お祭りの楽しさで蒸し蒸しとした暑さも吹き飛ぶ――とよかったけれど。
「……失敗致しました」
砂浜でしんなりしおれるヴァイオレット・ホロウウォーカー。
ミステリアスな占い師の雰囲気を引き継いだ素敵な仕立ての水着は通気性がいいけれど、夏の炎天下は相性が悪かった。海洋とも違った暑さに只人の身はバテ気味だ。
ヴァイオレットが日陰でうずくまっていると、シキ・ナイトアッシュが通りがかった。健康的な肌とうなじが眩しいポニーテールのビキニ姿である。
「お嬢さん、大丈夫かい?良ければ涼しい所までエスコートさせて頂くけど?」
「有り難い助け舟でございます」
へらりと笑顔で差し出された手を取った。暑さでほてったヴァイオレットの体温と、少し低いシキの体温とが重なって同じになる。
「水分を取った方がいいよねぇ。……あ、あそこでなんかやってる」
シキの目にとまったのは『かき氷大食会・雅』の看板。冷たくて美味しい気配がする。
二人は手を繋いでそちらを目指した。
「目指すは優勝!」
「参加しませんよって言ったのに……」
スプーンを構えるセララと強制連行されたハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルクの前に、山盛りのイチゴ味かき氷が並ぶ。
「いただきまーす!」
冷たくて甘い氷を一口含んで、舌の上で溶かして飲み込むセララ。頭が痛くならないこの作戦で優勝を狙うのだ。
(雪を食べて吐息を消すことはありましたけれど、味わうとなると……)
マリーは小さくすくって味見をした。シャリシャリの食感とシロップの甘さが口から喉へと通り過ぎる。
食感を楽しむものなら大食いでなくとも――なんて考えていたらペースが速かったようで。
「!?」
頭に突き抜ける衝撃。
「あ、マリー大丈夫? 痛いの痛いのとんでけー!」
すぐに気づいたセララが頭をナデナデして、痛みを『静寂の青』へぽいっと飛ばす。
「いや、ナデナデされても……」
「舌の上で溶かしてからごっくん。てすると頭キーンてなりにくいよ。優勝がんばろ!」
「んー……まぁ、がんばりますか」
小さく二人で拳を掲げ、優勝目指して一匙口に運んだ。
隣の席では超ちっちゃいタルト・ティラミーが、体に合わせた超ちっちゃいかき氷を、ちっちゃいスプーンでサクサクと食べていた。
先に複数個頼んで少し溶けたところを食べる――なんて作戦もあるが、お菓子の妖精としては美味しく楽しんで優勝するのが一番なのだ。
薄く砕いたシンプルな氷に、あまぁいシロップをかけたオーソドックスなかき氷。時々つついてかき混ぜるとほぐれて溶けて、また違った食感も楽しい。
「雪山をシャクシャクとほぐし溶かすのもかき氷の醍醐味だけどね~♪」
「おーおー、小さいのに頑張るなぁ」
杯数を重ねるタルトを見て、喜久蔵・刑部は関心する。彼にとっては小指の爪ほども無い小さな入れ物が、次々と空になって積み上がる様は爽快だ。
「そんじゃまぁ、オイラも優勝をかっさらうとするかぁね」
作務衣から伸びる巨腕をいかして片手で二杯を持ち、大口開けてかき込んで一口か二口で空にした。
鮮やかな早技で、空の器は山のように積み上がる。
「それじゃあ、練乳氷にオーロラソースと焼きそば乗せで」
さらりと放たれたロトの注文に係員は動揺した。すわ、大人しそうな眼鏡のふりして無駄判定一発退場を狙う愉快犯か……?
「え? あの……粗末にする気はないよ?」
ちょっぴり殺意のこもった疑惑の視線を否定して、お願いしますと念を押す。間もなく供された一杯を前にロトは手を合わせる。
「いただきます」
ケチャップとマヨネーズを混ぜた単純ながら奥深いソース。夏らしい屋台の味の焼きそば。練乳の甘みをまとったかき氷のひんやり加減が調和せず口の中で大乱闘する。
「うん、やっぱり美味しいね」
ロトは顔をほころばせる。彼は超が付く味音痴だった。
皆と一緒に食べるととても美味しいねえ、なんて言う彼の器を楊枝 茄子子は三度見した。すっげえもん食ってる人がいる。
茄子子はフリルをあしらった涼しげな色合いの浴衣でキメて、優勝を狙いに来ていた。
「宇治金時とみぞれください! よっしゃ二刀流で食レポだぜ!」
めちゃくちゃ妖討滅をしたせいか観客から茄子子様ー、なんて声援が飛ぶ。
「入信はいつでも歓迎だよー!」
なんて返して、かき氷を一口ずつ味わった。
「このかき氷、とてもふわふわしていて、口に入れた瞬間に無くなってしまいました……」
誰おま状態の淑女モードで、雅にレポートしてみる。続けて三口、四口と食べて。
「うま……抹茶は甘さも控えめで小豆がほくほくしてて美味しい……みぞれはとてもシンプルな甘さで、氷の味がハッキリ感じられますね」
正直、うめぇ! って叫んでバリムシャァしたいがそれは雅じゃない。勝ちにいくのだ。絶対失敗しないのだ、絶対――
「うわぁ!? 無理だ!? うめぇ!? 以上!」
無理だった。
イケメン女子がビーチに降臨した。引き締まった抜群のプロポーションに水着をまとえば鬼に金棒。ファンサで失神者(女子に限る)が現れるほど。
「ふっふふ、私達なら制覇は容易いでしょう!」
「そうね、2人揃えば何も怖くないわよ! 何でもかかってきなさい!」
闘志みなぎるウィズィ ニャ ラァムとレイリ―=シュタイン。
「フルーツてんこ盛り女子力アゲアゲカラフルスイーツかき氷を! いただきまーす!」
「私は宇治金時ミルクソフト小豆白玉練乳特盛下さい! いただきます!」
優勝目指して素早く、かつ優雅に食べ始めたが。
「頭痛い!」
レイリーはキーンときたこめかみをもみほぐし、痛みをやり過ごす。波が収まったら深呼吸。
「っっっああぁぁあ?」
ウィズィはお腹を押さえてうずくまる。頭痛よりむしろ、食道と胃を冷気ダメージが駆け抜ける。
「ごめん、私が間違ってました……フツーに食べよ……」
「うん、自分のペースで、食べましょうね」
痛みに懲りた二人はマイペースに、かき氷を半分こして、涼を楽しんだのだった。
ポシェティケト・フルートゥフルは蜂蜜と太陽の水着での参加。
ラヴ イズ ……も水着だ。慣れない格好は恥ずかしいけれど、楽しい気持ちが先に立つ。シンプルないちごシロップのかき氷が届いたので、瞳がきらりと光った。
初めてのかき氷にそわそわしながらスプーンを持って、連れのポシェティケトに念押しする。
「沢山食べても、引かないでね?」
「ええ、大丈夫よ。心配しないで。どうぞ心ゆくまで、たくさんおかわりなさってね」
にこにこ笑顔に見守られ、キュウはかき氷を口に運んだ。シロップの甘さを添えて、氷の冷たさが火照った体にひんやりと染み渡る。
夏にぴったりの氷菓はあっという間に空になり、次が運ばれてくる。
果物、練乳、小豆にアイス。シロップ以外にも色々な食べ物を組み合わせた味が、一つ一つ新鮮で。
「じゃあ、次は白玉にチョコソースと……」
注文もスプーンを動かす手も止まらない。空の器が積み重なっていった。
あまり冷たい食べ物に馴染みがないポシェティケトは、マンゴーとシトロンシロップのかき氷をゆっくり食べる。
夏の黄色の一杯は甘くてすっぱくてふわふわだ。美味しいわねえ、と口に広がる涼を楽しむ。
ゆっくりゆっくり、暑さに表面が溶けてシャリシャリすると食感が変わり、甘みも強くなった。
キュウの食べた杯数は優勝に迫る勢い。芸術的に積み重なった空の器を見上げて、けれど体が冷えてはしまわないかと、ポシェティケトはぬるめのお茶を差し入れた。
気持ちとお茶の温かさが嬉しい。ペースも上がる。
「この、DXかき氷パフェも追加していい……?」
「鹿の時間はいくらでも平気よ。キュウこそ、ひとつきりで大丈夫?」
「それなら……とりあえず三つお願いします」
隠密の必要がないため水着姿を披露した黒影・ナイスボディ・鬼灯と、涼しげなブルーがよく似合うマリンセーラーワンピの嫁殿。お似合いの夫婦は部下達と共に祭りを満喫していた。
可愛い部下と夏祭りに来れるとは幸せだな、なんて呟くと嫁殿が頷く。
『ええ、そうね! みんなと楽しい思い出作りましょうね、鬼灯くん!』
そしてやって来たのはかき氷大食会。めいめい頼んだかき氷が所狭しと並び、テーブルが彩りにあふれる。
「ああ、奥方殿! 今日も素敵なお召しも、の……んんっ! とてもお似合いですわ、奥様」
氷より嫁殿が気になる流星は、今日はフリルたっぷりの青い浴衣が可愛いオフ仕様。「リュゼと呼んで?」と仲間にも告げて休日を楽しんでいた。
「へー、メロン味ってアタシの髪の色に似てるんだ!」
朝香は己の髪をつまんで器の緑色と見比べた。ふわふわの癖っ毛が日に透けてキラキラしている。かき氷に戻って、練乳をかけて食べれば冷たさと甘さが口の中で踊る。
「うーん、美味! 皆のはどんな味?」
「マンゴー味をいただいているわ。角切りフルーツを乗せてマーマレードも少し。サマーでトロピカルな一品でしょう?」
リュゼは甘党な師匠・水無月殿の橙色を選んだ。膝にハンカチを敷いて、袖を汚さないよう丁寧に食べてゆく。
「どれがいいのかな……オススメはあるかな……?」
「アタイはねえ、抹茶とブルーハワイが気になるんだ!」
初めて着た浴衣が可愛いらしい逢華は、朝香の言葉にヒントをもらってブルーハワイに決めた。青は神無月班の色だし、師匠の目の色だから、という理由から。
自信は無いけど頑張ろう、と決めて、青い氷菓子をさくさくと食べ進めた。
角灯は丈の短いジレとサルエルパンツで砂漠の民風の装い。首にアフガンストールを巻いてほんの少しお洒落をしてみた。
「おれ、これ。お袋の、色」
と頼んだのはラムネ味。こちらも敬愛する上司の瞳の色、薄氷を連想する色で選んだ。「いっぱい食べる子が大好きだよ」という上司の言葉を胸に、抱えるほどの山盛り一杯をもりもり食べる。
雪見は頑張る仲間からすこし遠慮して、小盛りのかき氷をのんびりつついていた。鬼灯と嫁殿の仲睦まじさや、仲間の装いの愛らしさなど、食べるよりも目で楽しむものが多かったのもある。
ただのうさぎ故、鬼灯のような『雅』勝負はとても出来ないから――と見守り姿勢に入っていたが、横から突き刺さる視線が一つ。
トッピングを楽しむ小さな器と雪見を見比べて、角灯は目を細める。露骨な挑発だった。
(……む)
「すみませぬ! 雪見のかき氷は、抹茶練乳アイスクリーム乗せの大盛りで何卒!」
売られた喧嘩を即買いして、雪見は角灯と雅に大食い対決を開始する。彼にだけは負けたくないのだ。
大酒飲みをウワバミやワクと呼ぶけれど、大かき氷食いは何と呼ぶのか。
「みんな勢いよく食べると頭が痛くなるからな、ゆっくり食べるんだぞ」
特に飲む勢いで杯を重ねる二人に向けて、鬼灯は声をかけた。はい、なんて行儀のいい返事はするものの、角灯も雪見もペースを落とさないので苦笑が浮かぶ。
そんな風に部下を見守りつつも、鬼灯だってなかなか雅な大食いを披露していた。
顔布をずらしてかき氷を食べるのだが、ギフト・口元隠れの術がいい仕事をする。スプーンがきらっと光って見えなくなる。お代わりの器に遮られる。目元から推測されるイケメンの口元がちらりとも見えない状況に観客は引き込まれた。
見る者を飽きさせないパフォーマンスを織り交ぜて、鬼灯は空の器を重ねてゆく。
大好物の日本酒を使ったかき氷と賑やかな部下と祭りの空気で気分が上がる。
『あらあら! みんな舌がカラフルね!』
嫁殿が部下を見てはずんだ声をあげる。
彼らはシロップの――敬愛する人の色に染まった舌を、誇らしげに見せ合っていた。
御天道・タントとジェック・アーロンはお揃いの水着での参加。スポーツタイプの水着に白いTシャツ、シンプルな装いから伸びる手足が健康的だ。
「え、待って、氷食べるの?」
周囲の様子を見、引き気味のジェック。出身世界と混沌の違いには、まだふいに驚かされる。
タントは、かき氷を初めて食べる恋人のために大きなかき氷を注文した。
一面はフルーツたっぷり、一面は宇治金時、一面は練乳いちご……場所により様々な味が楽しめる特製かき氷だ。
「ジェック様! かき氷は急いで食べますと危険ですからね!」
太陽の光を反射して、キラキラしている。
ジェックはレクチャーを受けてかき氷をすくった。一口食べれば――
「……! 冷たい……」
まず氷の冷たさが、続いてシロップの甘さが口の中にあふれる。万華鏡のようにどんどん変わって、驚いているうちに溶けて喉へと流れていった。
ジェックは吃驚しながら様々な味を試す。
その様子を見つつ自分も食べていたタントだが、ついペースが上がっていたのだろう。
「ぴゃああっ……!!」
衝撃が頭を走り、おでこがぴかぴか危険を告げる。
「た、タント、大丈夫?」
「こ、こうなりますので、ゆっくり食べるのですわよ……!」
ジェックは悶えるタントのおでこをさすさす、痛みがおさまるまで撫でた。
「私はベリーで! シロップ、たくさん掛けて頂戴ね?」
アイスクリームとはまた違った氷菓に舌鼓をうつヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ。こういうのがいつでも食べられたらいいのに、と味気ない故郷のお店を思い返す。
「ゼシュテルにもこんなお店があれば良いのに……」
「鉄帝にはないんだ? いつか遊びに行きたいな!」
とマリア・レイシス。故郷で存在は知っていたがこちらもかき氷初体験である。
「レモン味どうだい?」
「あら、くれますの? それではお返しに」
自分の器から一口すくって、相手の口にスプーンを運ぶ。美味しいものは二人で食べると二倍美味しいし、シェアすると四乗の美味しさになるのだ。
ついでに観客は浴衣美女のあーんが尊くて昇天した。
「そういえばヴァレーリヤ君には愛称はあるのかい……?」
一段落したところで、マリアは勇気を出して聞いた。今までの人生で愛称で呼び合う相手なんかいなかったけれど、そうなるならヴァレーリヤがいい。
「愛称、ですか? 親しい人は『ヴァリューシャ』って呼びますの」
「ヴァリューシャ……うん……素敵な愛称だと思う。ヴァリューシャ。私も呼んでいいのかな?」
「もちろんですわ!」
「ありがとう。それと……私の愛称も考えてくれたら嬉しい!」
「そうですわね。『マリィ』なんて如何ですこと?」
「マリィ……マリィか。えへへ……」
愛しい人がくれた新しい響き。マリアは微笑んだ。
「マリィ」
「なんだ、ヴァリューシャ?」
「呼んでみただけですわ」
祭りに銀鼠の浴衣で参加したバルガル・ミフィストは、のんびりと味わいながら周囲の盛り上がりを楽しんでいた。
甘いものも冷たいものも無茶に食べると堪えるお年頃。餡蜜をベースにきな粉をまぶした一杯を選んだ。
優しい甘みと柔らかな氷の冷たさが火照った身に沁みる。軽い口当たりに誘われて、いつの間にか器は空になった。
「うめぇけどいてぇー!?」
そんな悲鳴を上げたのは篠崎 升麻。男の姿、ついでに海パン一丁のラフスタイルでこめかみをモミモミいたわっている。
頼んだ抹茶小豆が美味しくて、ついがっつり食べたらキーンて来た。
「い、一気に食うとこうなんのか……よくガンガン食えるな?」
「美咲さんと一緒に誂えたこの浴衣なら、正装たるに不足無し! だよね、きっと!」
「今年の浴衣はかなりいい感じだし、正装としちゃ問題ないよ。さ、のんびりいただいて涼むとしましょ!」
ヒィロ=エヒトにとって『雅』なんて縁遠い単語だったけれど今は別。大好きな美咲・マクスウェルの手を引いて会場へ向かった。
「このウジキントキ、ボク達と同じくらい『雅』だね」
知らない名前に挑戦したヒィロの前に、小豆と抹茶の一杯が届く。渋い色合いのそれは初めての味だったけれど、落ち着いた調和の甘さだった。
「言われてみればそうね」
美咲は首肯し、桃と苺の果肉蜜に練乳付きのかき氷をサクリと味わう。つやつやの果肉と練乳の組み合わせもまた魅力的で、ヒィロの尻尾がぱたぱた揺れる。
「……ねねね、半分こ、ダメ?」
「心配しないの、元から分けるつもりで別のにしたんだから」
「わーい、ありがと!」
器を交換していざ実食。サクサクの氷はいくらでも食べれそうだが――
「あっあっあっ」
無情にも襲いかかる頭痛。キーンの威力に耳がぺしょりと寝る。
はしゃいだらそうなるよねえ、と苦笑交じりに眺めつつ、美咲は温かいお茶を挟んで小休止。
「美咲さんに膝枕してもらえたら、すぐ良くなりそうなんだけどなー」
こめかみを押さえながらちらっちらっと期待の視線を飛ばすヒィロに、美咲は「もー」と怒ったポーズをした。
「して欲しい時はちゃんと言うのよ? こっちも聞こえないふりするよ?」
「えへっ」
口ではそう言いつつ膝を貸してくれる美咲は優しくて、柔らかいふとももは幸せが満ちている。
あってないようなお品書き。種類が多いと目移りする。
「ここは抹茶かな? おにーさんは決めたかい」
「ルーキスは抹茶か……俺はイチゴが良いかな、食べなれてるし」
水着でのんびり参加のルーキス・グリムゲルデとルナール・グルナディエ夫婦。かき氷を半分こで二倍楽しめるのは二人でいる利点だ。
「……しかし、季節とはいえ。この頭痛がまた」
ルーキスはじわじわ痛む額をさすり、なんとか一杯食べきったところで見学に転じた。
味を変えておかわりを続けるルナールは、頭痛なんて無縁な涼しい顔だ。
「そういえばかき氷の頭痛って冷やせば収まるらしいよ?」
なんて、そんな気配はないけど口実に。ルーキスは器で冷えた手をルナールの額に当てた。
突然の冷たさに、ルナールは驚きより心配が先に立つ。
「ん、手冷えすぎだぞルーキス。俺の背中かなんかで温めとけな?」
ほっそりした手を取って背中に導く。妻は目を細めてその体温を楽しんだ。
「ブルーハ……いやイチゴ味で」
宿敵の魔種を思い出してしまい、サイズは急遽注文を変更した。
鎌の刃に少しだけかき氷を落として、本体でゆっくり味わう。食べた後はしっかり拭いて、続きは妖精ボディでおいしくいただいた。
休息修理の時間はのんびり過ぎてゆく。周囲もマイペースに楽しむ者ばかりだ。
笹木 花丸もその一人で、水着にパーカー姿で好きな物を好きに食べに来ていた。
「おかわりっ!」
味を変え具を変え、お腹と相談しつつ食べ続ける。
雅って何だろうとガチ勢の死闘を眺めてみた。食事作法はともかく、個性が煌めくパフォーマンスがあれこれ披露されて見ていて飽きない。
隠岐奈 朝顔は黒から青へのグラデーションが綺麗な浴衣姿。誰がこんな巨体の浴衣を見たがるんだ、なんて本人は思っているけど、大きなキャンバスに描かれた星空は夜を切り取ったかのよう。存在感と相まって神秘的な雰囲気をかもしだしていた。
「宇治抹茶を氷にして、削ったかき氷はあるかな?」
一番美味しい味の一手間かかるメニューはあるかと聞けば、係員はすぐに運んできた。
端から端まで宇治抹茶味のかき氷を頬張り、口に広がる苦味と甘みをしばし堪能した。
「おのれ雅!」
祭りの会場でアイスを売っていたランドウェラ=ロード=ロウスは、いまいち売れ行きが悪い原因を探してここにたどり着いた。アイスに飽きたからかき氷を食べに来たのもある。
イチゴ味の美味しいやつ、とふわっと頼んで待つことしばし。
フワッフワな氷に果肉入りを回しかけ、さらにアイスクリームまで乗った贅沢な一杯が来た。
ざっくり発注となんかすごい結果。イレギュラーズあるある。
「なんて贅沢な……味わって……と、とけてしまう……」
あわあわしながらランドウェラはスプーンを握る。
「イチゴとメロンを左右半分ずつかけてほしいッス!」
水着姿の鹿ノ子は自分の髪とお揃いのツートンカラーを指定した。爽やかな色合いと味を楽しんだら。
「イチゴと、えーと、その青いのがいいッス!」
次は妹の髪とお揃いにした。どちらも冷たくて美味しくて、故郷のラサでも売り出してほしいと思う。
トナカイの尻尾が嬉しくってぶんぶん揺れた。
参加するからには勝ちを目指そうか、と席に着いたマルベート・トゥールーズとソア。
スイカ割りなんかしたら映えそうな水着姿のマルベートは、自前のナイフを優雅に構える。
「一気に食べると頭が痛くなるからね」
とかき氷を一口サイズに切り分けて優しくスプーンに乗せて上品に食す。なんとも雅で、晩餐会の一幕のようである。
朝顔柄の浴衣を着たソアは、かき氷が届いた刹那本当の姿に戻った。
観客がどよめく。小さな少女が大きな虎に。立派な体には小さい椅子に、バランスを保ってちょこんと座っている。
かき氷の器を前足で挟んで口元に寄せると、ペロリと一口で食べてしまう。一滴も残さずこぼさす、この食べ方が一番綺麗だとソアは思うのだ。
そして次々と来るおかわりを勧められるままに空っぽにする。
「……ふふっ、大丈夫? キーンとしてないかな?」
一生懸命な様子を眺めていたマルベートは確認する。しかしまだまだソアは平気だ、気遣うお姉様に一声鳴いた。
浴衣姿で集まった四人。
「皆、今年の浴衣、素敵だね」
マルク・シリングは女性陣の艶やかな姿に目を細める。
「でしょでしょ? 見てこの大人びた私!」
「ふふーん、今年もかわいいでしょー!お姉さんだからね!」
スティア・エイル・ヴァークライトは袖を持ってくるりとターン。サクラも負けじとポーズを決めた。
「リディアさんも大人っぽいね!」
「うんうん、リディアちゃん可愛い」
「帯とリボンの色を揃えてるのも素敵だね」
口々に褒められてリディア・ヴァイス・フォーマルハウトは照れた。
盛り上がっていると頼んだかき氷が届き、いったんお喋りは中断。スプーンを手に手に食べ始める。
スティアは白玉抹茶のアイスクリーム乗せ。甘い物はいっぱい食べてもきっと大丈夫! というわけでカロリーなんかに遠慮しない。
「一口貰うね」
皆のかき氷もどんな味が気になるので、味見をさせてもらう。サクラのストロベリー味だけ山盛り取っていくのはご愛敬。
「マルクさんは何味ですか?」
メロン氷をゆっくり食べるリディアは、真っ白な氷の山に首をかしげた。
「『スイ』ってやつにしてみたよ。砂糖水を掛けただけだから、氷の味がよく分かるんだってさ」
玄人好みの一杯だ。
違う物を頼んだのもあり、お互いに一口ずつ味見をしあった。友達が好きな味もまた美味しい。
「ドレスコードがあるとは知らなかった。これで勘弁願えるだろうか」
「参加者も色々だろう? 問題ないと思うが」
うむう、とうなるパン・♂・ケーキにソロア・ズヌシェカは言った。
十二単の豊穣ご婦人から水着のイレギュラーズ、それに涼しげな普段着の一般人まで入り乱れてかき氷を食べている。ふわっふわのホットケーキで出来たボディも王子様ファッションも、自然と光景に溶け込んでいた。
そんなわけでパン・オスが注文したのは抹茶金時。
「うむ、これは……ふわっふわの氷が一瞬にして口の中で溶けて消えていく」
山奥に降り積もった粉雪のように儚い軽さが、ふわりとほどけて消える。削り方に秘訣があるのか、氷の製法からか……と作り手目線で観察していたが、はっと我に返った。
豊穣の暑さがじわじわとかき氷を溶かしている。水になる前に食べてしまわねば。
やや急いで一杯空けたら、次はイチゴと練乳。これもまたみずみずしくフルーティーな口触りで、分析も楽しみながら食べたのだった。
「水着の柄と同じシロップに、アイスと練乳ましましで!!」
ソロアは初水着を見せるように係員に披露して、そう注文した。
最初はもちろん鮮やかな黄色の部分を一口。冷たくて甘くて、少し酸っぱい美味しさが広がる。
練乳の部分は冷やされて少し固くなっているが、口に含むと溶けて舌にねっとりと広がるのがまたたまらない。その合間にアイスを挟んで濃厚なミルク感を体験する。
これだけ美味しいなら何杯でも食べられそうだし、キーンするのも受け入れ……
「あぁーーーー……」
ソロアはこめかみをトントンする。やっぱりこれはやだ。
浴衣に法被、お祭りらしい装いの如月=紅牙=咲耶は抹茶宇治金時の練乳乗せを頼む。
海から吹く、潮の香と熱をはらんだ風を肌に感じつつさくりとかき氷にスプーンを入れる。
まずは一口。
「ん~!! 口の中ですぅっ、と溶けるこの爽やかさ、清々しくて気持ちが良いでござるなぁ!」
火照った体の芯から熱が引いていくのを感じる。
「これなら幾らでも行けるでござるよー! いちごみるくやめろんにぶるーはわい、何杯でも持ってくるが良い!」
咲耶の注文に色とりどりの器が並ぶ。溶ける前にと急いで食べればアレに襲われるのはお約束。
「はっはっは、これは旨……うっ」
キーンときた頭を押さえて、咲耶は動きを止めた。
「しにゃちゃん、かき氷って、何?」
「はっはーん、バスティスさん、かき氷を知らないんですか? 仕方ないですねぇ、しにゃが教えてあげますよ!」
看板を見て、そんな会話をしたのが事の始まり。
気づけばしにゃことバスティス・ナイアは挑戦者席に座っていた。
「ところでしにゃちゃんは優勝を目指すんだよね! 応援するよ!」
「……あの一気に食べたら頭痛くなりますからね、大食いとか大変ですって」
「しにゃちゃんがんばれー!」
「…………全く、しょうがないですね! サクッと優勝してみせますよ!」
そんなつもりはなかったのに、ナイアのキラキラした視線に圧されてそういうことになった。如何物ならお腹を壊さず食べきれるギフト持ちだが、今回は普通のかき氷である。
サクサク杯数を重ねるごとに頭が痛み、口と体が冷えて震えが止まらなくなる。
アイスの乗った氷いちごを食べていたナイアは、ペースの落ちたしにゃこに声援を送る。
「頭抑えてる場合じゃないよー! がんばれー!」
「もうむり……バスティス様、お、お許しを!」
しにゃこは猫神様を拝んだ。
「雅に優勝して水着のレディーからの熱い視線を独り占め! という完璧な計画でありますぞ! ありますぞ!」
一張羅のスーツで参戦したジョーイ・ガ・ジョイは、バイザー部分に (`・ω・´) の顔文字を浮かべてシャクシャクかき氷を食べていた。
右に座るは一条 夢心地。輝くような美白フェイスが眩しい羽織姿の殿である。
左に座るはマッチョ ☆ プリン。頭に巨大プリン、体にマッチョ柄のシャツをまとった全身鎧型の秘宝種である。
絵面の圧が強い。相乗効果で観客の目も自然と集まる。
「そもそも氷を匙で食すのが雅ではない!」
夢心地はそう言うとスプーンを手放し、両手で器を掲げた。何を言ってるんだこの殿様、という視線を集めたところで。
「秘術、天空・氷柱返し!」
かき氷めちゃ早食べる術を披露する。要は、口へざぱっと流し込んだ。激しく咀嚼しながら器を置いてこめかみを揉んで痛みを抑え込む。
ダイナミックな早技である。次、そして次、と平らげていたが――
「ア゛ア゛ア゛ーーーー!」
すごいキーンってきた。頭をトントンしながらいったん停止。
「一番ノ雅ハ、コノマッチョ☆プリンダ!」
その隙にマッチョが猛烈な追い上げを見せる。
ピカピカ光って注目を集め、懐からあるお菓子を取り出す──プリンである。
「フン!」
片手でにゅるんと握り潰せばシロップへと変わり、オリジナルのかき氷が完成した。
それだけでは終わらず、マッチョはプリン氷を上に放り投げた。
すわ無駄判定で失格かと観客が見守る中、空高く舞ったかき氷は美しい弧を描き、彼の口……口? に吸い込まれるように着地した。モシャ、と一噛みで完食である。
プリンと一体化したかき氷はギフトの感知内! 外すことなどありえない勝負だったのだ。
「コレガプリンダ!」
マッチョは雄々しく宣言した。これが大会・雄だったら優勝候補間違いなかった。
両脇のパフォーマンスに負けず劣らず、ジョーイも勢いのある食いっぷりを見せる。なるべく早く多く食べる、雅なアピールもする、両方やらねばならぬのがこの大会の辛いところだが、覚悟は出来ている。
一杯かき氷を食べる毎に。
「雅なポーズ!」
びしぃっ! と擬音が聞こえそうな勢いでポーズを決めるジョーイ。グラビア? 首が痛いイケメン? などと外野がざわついた。
時々タイミングが揃って謎ポーズトリオになる。妙な一体感が雅判定を受けて加点された。
雅だったり雅じゃなかったりスプーンの残像も見えない早食いだったり。
誰一人食べ物を無駄にすることなく、美味しくかき氷を食べたイレギュラーズのお陰で、かき氷大食会・雅は大盛況のうちに幕を閉じた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
美味しそうなかき氷のご指定ありがとうございました。またお衣装も素敵でたいへん目の保養になりました。
大会の優勝者は、喜久蔵・刑部さん。ガチ参加者のうち、非戦スキルを活用した作戦がお見事でした。
GMコメント
こんにちは、乃科です。かき氷を食べてキーンってするイベシナです。
ついでに雅を極めた参加者には優勝賞金(寸志)があります。
●成功条件
かき氷を食べる
●場所
『神ヶ浜』の一角。
夏祭り会場の一角です。
近くには屋台が連なり人で賑わっています。
●ルール
食べ物を粗末にしなければご自由に。
かき氷の注文やパフォーマンスはお望みのままのびのびとご指定ください。
たぶんありますし出来ます。ただし未成年と年齢不詳の方へアルコール分を含むかき氷の提供は出来ません。念のため。
●お願い
一行目に優勝狙いのガチ勢【勝】かマイペースにかき氷を食べたい【氷】か。
二行目に同行者名とID、もしくはグループタグをお願いします。
特に一行目は描写の方向に関わりますので、カギ括弧不要の一文字、お忘れなく。
服装は納品イラストを参考に描写します。『今年の浴衣』とか『去年の水着』といった指定で。
イラスト以外の服装も、ざっくり記載いただければ描写します。
楽しく素敵な服を着てご参加いただければ嬉しいです。
Tweet