シナリオ詳細
<双竜宝冠>エンド・ゲイム
オープニング
●独り言
「これは独り言だから、別に聞いてくれなくてもいいし。
何なら、聞かなかった事にしてくれても全然良いんだけどさ」
上等の酒を傾けながらパトリス・フィッツバルディは言った。
何となくこの所の習慣になった夜の一席に生じたノイズにアーリア・スピリッツ(p3p004400)は応えない。
『屋敷内に設えられたバー』は時の人となったパトリスにとっては安心出来る場である。トゥデイ・トゥモローならぬこの場所は、幻想随一の高級バーと同じ位の気密性を有してここに在るのだ。
「ぶっちゃけ、髪が黒いってそんなに酷ぇ事だったかな?」
「……?」
アーリアはパトリスが語り始めた酒の話の意味が分からなかった。
とは言え、こういった場を得意とする彼女は知っていた。
『聞き返すにはタイミングというものがある』。
気難しい誰かの気持ちをめくるのならば、聞くだけが一番の時間もある。
(ソースは私、なんて)
閑話休題。
「綺麗な人だったんだよ。特に長い黒髪が鴉の濡れ羽って言うのか――抜群で。
そりゃあ、父上だって夢中になっただろうさ。本当に素敵な人だったんだ」
「父上」のワードにアーリアは合点した。『それ』は母親の話なのだと。
宣言した通りアーリアの反応に関わらず、パトリスは先を続けるだけだった。
「『双竜宝冠』事件に関わってるんだから知ってるだろ?
父上の後継候補は皆、金髪に碧眼だ。でも俺は染めてるだけなんだよね。
母さんに似た黒髪だったから」
パトリスは実に淡々と――竜の仔らしくない黒髪を産み落とした母への苛めは壮絶を極めていたと語る。
ハッキリ言えば世界はレイガルテ以外の全てが敵だった。彼だけは母に相応の気を配ってくれたらしいが、彼は多忙の身である。その目が届かぬ所で実家からも見捨てられた彼女はやがて心を病み、実に不幸な結末を辿ってしまったという。
「まあ、そりゃあ皆を憎んだもんさ。
フィッツバルディも、それに関わるものも全部くそったれだ。
精々、赦せるのは父上位なもので――その父上にだって俺は合格点をやれやしない。
第一、今ぶっ倒れてる訳だしね。遠慮なんてしようがないってモンだろう?」
パトリスは嘆息した。
「だから『金髪(これ)』は決意と抗議の証みたいなもんなんだ。
双竜宝冠は手に入れたい。それが一番早く仕返しをする方法だから」
「……こんな事、聞くのは馬鹿馬鹿しいけど」
アーリアはここまで聞いてから漸く自分から言葉を挟んだ。
「事件は、貴方が引き起こしたの?」
パトリスがフィッツバルディなる血そのものを呪ったというのなら、それは納得の出来る話である。
しかし。
「いいや」
パトリスはあっさりと首を振る。
「『俺は兄弟を蹴落とし、殺す事にも躊躇はない』。
……いや? 実際その現場になったら躊躇はするかも知れない。それでも、その覚悟はしている。
『シンドウ』もクロード達も同じ『手段』だ。ああいう連中を使ってでも勝つ気でいるのは間違いない。
だけどね、今回の話は『結果的にそうなった』だけなんだ。
少なくとも俺は犯人じゃないし、黒幕でもない。
……信じてくれる? アーリアお姉さん?」
わざとらしく幾分か甘える調子で言ったパトリスの言葉にアーリアは笑みを浮かべた。
「信じるわよ」
「意外だなあ。結構お人好しなの?」
「いいえ。どちらかと言えば私は人が悪い方なの」
ルージュを引いたアーリアの口角が華やかな弧を描いていた。
「貴方が犯人なら、こんな事は言わない方が得だったでしょう?
もっと言えば、『犯人でなくても言う必要は無かった』わ」
「……」
「どうして貴方は言ったのかしら。
まあ、これは想像に過ぎないけど――言っておけば止めて貰えるから、だったりして」
頬を掻いたパトリスは何とも言えない顔で宙を眺めた。
「確かに意地悪だ。
よりによってそういう事ハッキリ言うかなあ。
うーん、飲みに誘う相手を間違えちゃったかも……」
●遅れてきた『本命』
「挙兵の準備は整っているのだろうな!?」
隆々たる体躯に力が漲っている。
病床の弱々しさを微塵も感じさせないアベルト・フィッツバルディは傘下貴族達に精力的な号令を下していた。
ドラマ・ゲツク(p3p000172)の働きかけにより、パウルの呪いを解かれた彼はまさに十全といった姿である。これまでの抑圧を晴らすかのような猛烈な動きを見せたアベルトに、フィッツバルディ主流派はあっという間に大勢力を作り上げていた。
「戦争が不可避である以上、可及的速やかな決着こそが最善。
兄弟を制圧した上で、おかしな動きを見せる叔父上との決戦は不可能であろう!」
「素晴らしい!」
アベルトの言葉に沸く主流派貴族カザフス・グゥエンバルツの一方で、エンゾやザーズウォルカは何とも言えない顔をした。
「……チョット、これ、いいの……?」
「良くは無いが……いよいよ、話は難しい」
耳打ちをしたイグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)にエンゾは苦笑いをする。
諸手を上げて賛成という事は間違いなく無いのだが、反対するには弱いといった所か。
元々圧倒的な本命視をされていたアベルトが快復した以上は、状況が彼を中心に動くのは間違いない。
『例えば誰か英雄か何かが圧倒的な解決でもしてくれない限りは』アベルトの言う通り戦争は不可避なのだから、少しでも幻想やフィッツバルディが負う傷を小さくするには早い決着を狙うというのはおかしな理屈では無かった。
……まぁ、アベルトを快復させたドラマ等は今頃「これだから人間は愚か」と渋面を浮かべているかも知れないのだが。
「まずは、どう動きますかな?」
「うむ。フェリクスの奴めが生意気にも対決の姿勢を見せている。
フィッツバルディ派の若手や、胡散臭いマフィア等をあてにしているパトリスよりも……
あのファーレルをはじめとした外様の名門を後ろにつける奴の方が厄介だ。
まずは奴を破り、余勢を駆ってパトリスの身柄を確保する。
ザーズウォルカ! くれぐれも私の身の安全には注意せよ!」
攻め手に力を貸せと言われれば難しいが、守れと言われて断れる立場ではない。
ザーズウォルカは「御意に」と応じたが、その金色の仮面に苦悩が見えた時、イヴェットは彼を慮らずにはいられなかった。
●貴公子の戦い
「兄との戦いは、この事件の結末を左右する分水嶺になるでしょう」
フェリクス・イロール・フィッツバルディは端正な顔を厳しく引き締め眼前のリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)にそう告げた。
「ファーレル伯……御父上をはじめとしたお歴々が私を支持してくれています。
だが、それでも彼我の力の差は小さくない。
これより私は共に出陣し、命を賭けて兄との決着を付ける事になるでしょう」
リースリットがちらりと視線を向けた父――リシャールが頷いた。
兄弟の中でもかなり果断に戦いに意識を向けていたフェリクスであるから、この状況は決してアベルトの横暴であるとは言えないだろう。『これはフェリクスがパトリスよりも上手であると思われているからこその結果でもある』。
「……リースリット様、私の帰りをお待ち頂けますか」
パトリスの問いに果たしてリースリットは首を横に振って見せた。
彼の言葉の端々、態度からは特有の感情が見え隠れする。
それに対してリースリットが『どう』思うかは別にして、確かにそれは絵画のような一ページだった。
「そうですか」
実らなかった言葉に少し寂しげな顔を見せたフェリクスにリースリットは言った。
「お待ちはいたしません。私は他に取るべき手段を持っております」
凛とした娘の言葉にリシャールは大きく頷いた。
何時も優等生で、自分を押し殺す事ばかりが上手かった愛娘が見せた成長は父にとって何よりの喜びだっただろう。
成る程、彼女は温室の花ではない。この令嬢はきっともう、随分前からしなやかな強かさを身に着けていた。
「おーおー、見せつけてくれるわ」
「見せつける相手がいない者の言う事か?」
「何か言いました?」
「何も言っていない」
紫乃宮たては(p3n000190)がそんなやり取りを混ぜっ返した。
傍らに立つ刃桐雪之丞(p3n000233)と共に、乗りかかった船と付き合う剣客達はフェリクスの持つ貴重な鬼札二枚である。
「お二人には、戦場の中で兄を討ち取って貰いたい。
あちらには幻想最強のザーズウォルカがついているだろう。
それに、ローレットの戦士達も護衛に居るかも知れない。
ハッキリ言って難しい仕事だとは思うが……頼めるだろうか」
「誰に言うとるんや?」
たてははフェリクスの言葉を鼻で笑った。
「西の空舞う死之揚羽。大紫乃宮とはうちの事や」
「それに」と彼女は付け足した。
「『幻想最強』とかこっちに断りも無く、随分大きく出たやないの。それはうちの旦那はん!!!」
●小鳥と遊ぶ
「ああ、何て素敵なお天気でしょう。
小鳥が囀り、薔薇は今日も咲き誇っています。
特別のお茶にスコーンにジャム。一つも不満もございませんわね?」
噎せ返る薔薇の香りに包まれた庭園でリーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)は芝居がかった調子で言った。
周囲にはハッキリそれと分かる人影はない。
まるでそれは独り言のようであったが、少なくとも彼女はそうではないと知っていた。
「不遜なる不埒者が我が領地を跋扈するのなら、こんな素敵な天気も台無しになるというものですわ。
……私は誰かの為に何かをしてあげる事は少ないけれど、自分がお世話になった相手を捨て置く程甘くはありませんわ。
幼馴染のやり残した仕事を引き継いで、命じてあげるのも領主の役割というものでしょう」
王都で時間を稼いだイーリン・ジョーンズ(p3p000854)等『暗夜騎兵』と連携したアーベントロートは持ち前の諜報力でより精密な事件の全容を掴み始めていた。リーゼロッテの言う『不埒者』は白薊 小夜(p3p006668)がそう読んだ通り、双竜宝冠の事件の中心に在る連中では無かったが、彼等がパトリスの『武力』を担保している事実は大きい。明らかに問題のある連中を排除し、それぞれの候補者達の力をそぎ落とすのが事件収束の鍵であるのは言うまでもない。
まず倒すべきが恨み骨髄なる『シンドウ』なれば、独り言を聞く男も大いに喜ぶ下知となるだろう。
(……アベルトが復活した以上、彼とフィゾルテの全面対決が一番の厄介事になるでしょうが)
それまでに少しでも不測の事態を除かねばならないのは明白だ。
『シンドウ』は得体が知れないが、パトリスと結び付いたのは確かなのだ。
『ここを逃せば彼等の排除は政治問題になる可能性さえある』。
この混乱は連中を撃滅する好機と捉える事も出来るだろう。
「『分かっておりますわね』」
返事は要らない。伝わっているという確信はある。
「上手くおやりなさい。自分自身の為にもね」
●名探偵
「――と、まぁ。そういう訳で、集まった情報から僕が得た結論はラウル氏のものと概ね一致している」
バーテン・ビヨッシー・フィッツバルディは家中で知れた変わり者(めいたんてい)である。
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)『猫の家』も経由して様々な情報を集めたバーテンの言葉は重いが、相棒のマサムネ・フィッツバルディは頭をばりぼりと掻いて何とも言えない顔をした。
「人の推理に乗っかるだけじゃ、名探偵の名折れってモンだろうがよ」
「勿論、話はそれだけじゃないさ」
肩を竦めたバーテンはそんなマサムネに話を続ける。
「ローレットの大立ち回りに君の調査能力が加われば、全てを隠せる者なんていないさ。
双竜宝事件の登場人物を一人ずつ眺め回して、現状までに僕は或る程度事件に関わる結論を得ているのだ」
「……結論?」
「犯人とか、動機とかね」
「!?」
マサムネの表情が色めき立つ。
「この事件は表面的には『双竜宝冠』、即ちフィッツバルディ家の家督を争う暗闘だと思われてきた」
「表面的には?」
「ああ。だが、実際の登場人物を見ると『こう』だ。
大本命のアベルト兄さんは最近まで病床に臥せっていて間違いなく動けなかった。
やる気たっぷりに見えるフェリクスも性格を考えれば結果的に追い詰められてのものと考えられる。
……いや、主観的な評価は辞めよう。客観的な事実を添えるならローレットがあんなに張り付いていて襤褸を出さないのは難しいよ。それに、本当に彼が犯人ならファーレル令嬢とロマンスをしている暇はない筈だ」
(……この物言いは報告した俺の責任だな。すまんな、フェリクス……)
閑話休題。
「一見すれば一番怪しいパトリスも同じくだ。
『見るからに怪しいのだから、誰も彼も厳しく彼をマークしていた』のだ。
或る意味で彼にはマサムネも知っている通り――『動機』もある。
だが、あれだけ厳重に守られ、或る意味見張られて滅多な動きを出来るのなら、最初からこの事件は解けないだろう?」
バーテンは「イレギュラーズの調査と動きは大いに参考になった。僕の目的は調査と共に彼等の自由を縛る事だったから」と云う。
「……じゃあ消去法で犯人はフィゾルテ叔父か」
フィゾルテの性質の悪さはマサムネも良く知っている。
彼を語る時のマサムネの表情は自然と苦いものになっていた。
「いいや」
だが、バーテンは首を横に振る。
「『叔父上は状況に操られているだけに過ぎない』」
「操られている!?」
「マサムネ。人間が一番不幸を感じる時はどんな時だと思うかい?」
「……どういう意味だ? 何が言いたい」
「答えは、幸せの絶頂からどん底に叩き落される時だ。
持ち上げられてから叩き落される以上の一撃はそう無いだろうさ」
「……?」
「この事件の本質は『怨恨』だ。
叔父上には優秀過ぎる兄が居た。父上という黄金竜は叔父上にとって絶対に敵わない、逆らってはならない太陽だった。
……叔父上は誰よりも双竜宝冠を望みながら、産まれた時から何の目も無かった人なんだよ」
バーテンは嘆息した。
『他ならぬマサムネには知られないようにフィゾルテを調べ上げたのはどうあれ双方が身内であるから』だ。
フィゾルテは碌な死に方を出来る男ではないだろう。少なくともマサムネが『アレ』に辿り着いたら、結末は見えている。
「その叔父上は『彼の予定通り』なら双竜宝冠を抱くんだろう。
そうして宝冠を抱いた上で、最後に犠牲者として名を連ねる……怨恨での事件ってのは度し難いものさ。
余人には信じられない位の執念と憎悪で、彼はこの時を待っていたんだから!」
●嗤う鴉
「さあて、いよいよクライマックスか」
挙兵したアベルトの動きに対抗する為、慌ただしく動き始めた城内でカラスは一人落ち着いたままである。
「仕上げはとくとご覧じろ。ちゃあんと盛り上げて――きっちりカタをつけてやるからよ」
安楽椅子に座り、足を組んだカラスは自覚しないままに思わず小さな笑みを零していた。
事件のフィナーレより前にシラス(p3p004421)が嚙みついてきたのは傑作だった。
「それにしてもいい女だったねェ。兄弟で女の趣味が似るってヤツかね?」
怒った顔が綺麗な女は特別だ。
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の目を思い出したカラスはくっくっと鳥のように笑う。
あんな女傑をガールフレンドにして、まあまあ上手くやっているようで――まぁ、兄としては実に安心したものだ。
(……まぁ、あんなのでも俺の可愛い弟、だ)
何がどう転ぼうと、これより自身がどうなろうとだ。あの様ならそう悪い結末にはなるまい。
永遠に噛み合わない関係なのは理解している。
母(くそおんな)に対して何を語った所で、今更分かり合えない事は分かっている。
「お前を守りたかっただけだ」なんて言った所で語るに落ちるし、カラス自身それがシラスの為だったのか。それとも自分の欲望や憎悪の為だったのか断言出来ない程にあやふやなのだから実際の所、胸を張れるような話でもない。
何れにせよ、母親はカラスの手でこの世を去り、シラスはそんなカラスを許さなかった――事実はそれで十分だ。
(事実はそれだけで十分だけどよ――)
――諸悪の根源がのうのうと我が世の春で許せるか?
殺すだけならばそんなに難しい話ではない。
『後先を考えないのであれば復讐のやりようは幾らでもあった』。
但し、それでは余りにも手緩すぎるというものだ。
『卑劣な貴族の浮いた嘘を信じ切った馬鹿女は妄想と失意と薬に溺れた挙句、実の息子に縊り殺されたのだ』。
目には目を、歯には歯を。
唯死ぬだけであれが贖われると、カラスはそんな価値観を持ち合わせていない。
――願いがあるのでしょう?
嫌らしい女の臭いはまるでどぶ川のようだった。
――力を貸して差し上げますわ。
いいえ、お礼等宜しくてよ。
ただ、少しだけ、私を愉しませてくれたら良いのです――
「魔種、ねェ……」
カミサマとやらが機能するなら、何故この世界はこんなにクソったれなのだろうと思う。
それはとりもなおさず、カミサマとやらがこの世界にも劣るクソったれだからなのだろうと確信していた。
神に弓引く連中を悪魔と蔑むのは容易いが、『どぶ川』が願望機をくれたのは確かであった。
「おい」
答えない『気配』にカラスは告げた。
「アベルトか、フェリクスか、それともパトリスか。
この状況ならお前の『能力』が一番生きるだろ?
兎に角、フィゾルテ『様』が戴冠出来るように、きっちり連中を仕留めてこいよ」
カラスの口元には自身を含めた此の世の全てを軽侮するかのような邪悪な笑みが浮いていた。
- <双竜宝冠>エンド・ゲイムLv:70以上、名声:幻想50以上完了
- ――人生は喜劇である!
- GM名YAMIDEITEI
- 種別長編EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年11月07日 12時00分
- 参加人数31/31人
- 相談7日
- 参加費350RC
参加者 : 31 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC47人)参加者一覧(31人)
サポートNPC一覧(5人)
リプレイ
●『お茶会』I
「さて、改めて。色々お世話になりました。
折角ですから、お茶でもしましょうか――」
人好きのする――もう少し言えば『男好きのする』微笑みを浮かべた『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の目の前には、大凡穏やかな空気がそぐわない一人の男が座っていた。
「『幻想は誰より長いのでしょう』?
折角ですから、おすすめのケーキと紅茶でも教えてもらえません?
女性のエスコート位は、期待しても良いですよね」
騒がしさを増す幻想南部。フィゾルテ領を近くに臨むとある街の一角の出来事であった。
人影も疎らになった街でそれでも営業を続けていた喫茶店のテラス席で、少し肌寒くなってきた気温にも頓着せずに頬杖を突いている。『彼女らしく、或る意味で彼女らしからぬ』蠱惑を浮かべた魔女に魔術師はわざとらしく大仰な溜息を吐いていた。
「随分と過剰なサービスを要求する女だなア。
第一、正義の味方としては今が正念場じゃあないのかネ?」
「そんなこと」とマリエッタは笑う。
「実は私、そんなに正義の味方じゃあないんです。悪い子なんですよね。
それに……別に何もしない訳じゃないんですよ?
パウルさんに聞いてもらいたい話と、少し頂いた"眼"についてのご教授を頂きたくって……
そうでなければ『どぶ川』近くなんて、お茶会の場所には不似合いでしょう?」
「フン」と鼻を鳴らしたパウルは「人選を誤ったかな」と皮肉に唇を歪めていた。
とは言え、面白がりの彼の事。本調子でない事や契約上の問題から今回は首を突っ込まないというのが本当であったとしても、話し相手の一人位は確保しても良いと思ったのだろう。「それで? 何の用かね」とマリエッタに水を向けていた。
「まずはお茶を愉しみましょう?」
時間はあるのだから、と毒婦は笑う。
唾棄すべき魔術師に比較的な好意を向ける彼女は言うまでも無く『何処か壊れている』。
「見た目は兎も角――」
――君も大概、どぶ川みたいな臭いがするよねェ。
悪食の鴉の評価さえマリエッタは「じゃあ良い香水を買わないと」とかわしてみせた。
●激動
――メフ・メフィートはフィッツバルディ別邸。
アベルトが拠点としていたこの屋敷は実を言えばそれ以上に重要な意味を持っている。
(全くもう! 次から次へと……!)
敢えて決戦の場に赴かぬ『お留守番』役になった『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)が内心で悪態を吐く事を咎められるものはいないだろう。
人生は塞翁が馬とは言うが、骨を折って問題を解決しアベルトを復活させた事が事態を加速したでは浮かばれぬ。
パウルを解放したその片割れのドラマもまた事件解決の為にいよいよ思い切った行動を取っていた。
(事態収拾の名目でフォルデルマン王にもご協力を頂いたと言うのに、より自体が悪化したとあっては申し訳が立たないのですよ……!)
生真面目な優等生な性質も持つドラマだからこそ、自分が仕事で関わって事態が好転しないという点は認め難い部分もある。『英雄個人』が持ち得る奇跡の分量に幻想を抱いてはいないが、運命に風穴を開けられず何をして特異運命座標であると言えるのか――という話でもある。
アベルト様がドラマに投げた依頼の本質は、自身が動けない間の間諜的な意味合いが強かったのは間違いない。
解呪が成功した今となってはお役御免といった所であろうし、義理は果たしたという自負もある。
(ならば、全ての解決へと乗り出すのみ!)
繰り返し述べている話ではあるが、『ドラマは幻想の動乱を認めていない』。
無論、争いを好まない幻想種の気質によるものでもある。
受けた仕事を完遂する生真面目さもそれを肯定しているのは間違いない。
やや冷淡ながら、持ち合わせる善性からしてもこんな事件はとっとと終わりを迎えるべきなのだ。
だが、それより何より。
(幻想は幻想なのです――)
外の世界に出て、ローレットに交わって。
本来故郷以外には大した思い入れも無かったドラマに嫌という程の爪痕を刻んだ場所なのだ。
『ドラマはあとたかだか数十年しか残されていない宝石よりも貴重な物語を有象無象等に侵される事を認める訳にはいかないのだ』。
「うーん、誰かの思惑で状況を動かされ続けてきたよね。
それなら流れ通りに動いたら――最後もその延長線上にあったのかも」
同じ目的を有して同道した『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の言葉にドラマは頷いた。
「話を通した時点で幾つか奇跡の綱渡り。酷い博打をしたものですが、これも何時もの事でしょうか」
「踊らされてる人も多いから難しい所。
だからこそ、まずは大きな流れを根っこから堰き止めないと駄目かも知れない。
……でも、まぁ。出来る事はした心算だしね。『これ』が上手く行けば――少しは状況は変わる筈だから」
多くの人間がそうであるのと同じようにスティアのしなければならない事もかなりの困難だった。
倒せば終わりという分かり易い敵がいるのなら達成難度に関わらず話は分かり易いが、今回の『戦い』は常に暗中模索。五里は霧中の中にあった。
(……とはいえ、内側から幻想を崩そうとする内部工作って考えると私のやらない事は見えてきたよね。
内乱の被害を最小限に抑えて、ここに住まう民達が苦しまないように立ち回らなきゃ!)
幻想の大司教であるイレーヌや天義の情報機関――親友の兄である――フウガ・ロウライトまであてにして様々な情報を集めてきたスティアである。
その上でこの事件の枝は捻じれて曲がってはいるものの、大本を考えれば一つであるというのが彼女の結論だった。
即ち、全てを解決するその鬼札(ジョーカー)は。
「兎に角、レイガルテさんが回復すればいい。回復させないといけない」
スティアの改めての言葉にドラマはもう一度頷いた。
最悪の情勢は変わらないが、この事件の結末に多少なりともの救いを求めたいのならレイガルテという重しは必要不可欠だ。
公子は言うに及ばず、貴族達も、野望の王弟すらも万人が認める王の中の王。
彼が健在ならば全ての事件は起きなかったと考えるなら、彼を叩き起こす事はどんな方法にも優れた最良である。
『双竜宝冠』事件において、当初よりこれまで。
面会謝絶のレイガルテは貴族達は言うに及ばず、公子達であってもその状況を知れない状態にあった。
その一切を取り仕切るのは家令の身でありながら、この局面では大貴族をも上回る決定権を持つエンゾであり、彼はこの状況に対して鉄のカーテンで主を覆い隠す手段を選択してきた。そしてそれはレイガルテの病状が極めて政治的な意味を帯びる現況なれば、正しかったと言う他は無いだろう。
しかし、その手段が意味を持つのはあくまで状況が現状維持であった場合のみである。
「……エンゾ様が折れたのは、まぁアベルト様が挙兵したからでしょうね」
「イレーヌさんが協力してくれたのも大きかったかも」
頷いたドラマの言うのは塞翁が馬の『良い方』だ。
アベルトが決戦の挙兵をした以上、同道せざるを得なくなったエンゾは別邸の警護が手薄になる事を理解していた。
またフィッツバルディという守るべき主家に迫る苛烈にして喫緊な問題をより強く意識する事になったと言えよう。
事これに到れば時間を稼ぐ事は得策にならず、致命的な状況を回避する為には変化が必要だという結論を得たに違いない。しかしながら、エンゾの立場を考えれば最重要なのは『相手が信頼出来るかどうか』である。
「これも急がば回れってやつだったのかな?」
「私達が言うと冗談にならない気もしますが」
スティアに応じて『幻想種ジョーク』を飛ばしたドラマは考える。
要するにこれまでの活動は決して無駄にはならなかったのだ。今回の彼女達の動きは果断な決断であると同時に、地道極まる地固めの結果に他なるまい。スティア・エイル・ヴァークライトは治癒術士として幻想ではかなりの名声を得ている。ドラマ・ゲツクは先日、アベルトを蝕む呪いを解除し彼の復活を成功させたばかりである。そしてこの二名は何れも『フィッツバルディ派として特にレイガルテの覚えの良かった人物』だ。
客観的に考えてエンゾ程の男がそういう情報を完璧に把握していないとは思えない。
自分自身を含めたフィッツバルディの主力が別邸を離れる以上、レイガルテは絶対的に信頼出来る誰かに任せる必要がある。
そしてそれは如何に重要かつ彼に心酔する人物であったとしても『偏っていてはいけない』。
極めて政治的中立性が高く、活動履歴がクリーンな二人はエンゾがしたくもない博打を打つならば不幸中の幸いであったと言えるだろう。
つまる所、イレーヌより推薦を受けた上で護衛と治療要員を買って出た二人はエンゾからすれば賭けるに相応しい適役だったのである。
そして、それは極めて少数である必要があったのは確実だ。
同じく別邸に残った祝音等は、邸内の警戒と見回りに当たっている。
尤も、それを許されている時点で十分特別扱いと言う他は無いのだろうが。
「大勢を近付けたがらなかったエンゾさんの読みは結果的に最高だったね。
人の心をどうにかする可能性があるとか。冠位色欲が何をしてくるかも分からないしね」
「クソ鴉のお墨付きのどぶ川ですからねぇ」
そしてスティアは自分達が買って出るだけではなく、もう少しだけうまく立ち回っていた。
この事件で十分に構築した協力関係を頼み、イレーヌ等幻想大教会勢には王都で不測の事態が起きた場合のケアを。
未だに怒っている(?)妹との仲立ちを条件にフウガ等一党には周辺の警戒を頼んでいた。
無論、天義の忍である彼等が公的に姿を現す事は無いだろうが、このバックアップはかなり有効である事は間違い無かろう。
「……さて」
一つ息を吐き出したドラマの前の肩の上で小鳥が小さく鳴いた。
「分かっています」
彼女の前には一際重厚な扉がある。
部屋の入口の両脇には完全武装したフィッツバルディの精兵が鼠も逃さんと剣呑な警戒に当たっている。
二人の事は話が通っているのであろう。
同時に彼等もまた期待を寄せているのであろう。
「頼んだ」と短く告げる兵士達の感情もまた、改めて説明する必要のない事だ。
そこがどんな場所だかは改めて説明するまでも無いだろう――扉の先がスティアとドラマの戦場だ。
「やるしかない。頑張ろう!」
「ええ」
気を吐いたスティアにドラマは一つ大きく頷いた。
(この場は王に次ぐ幻想国重鎮の寝所。
私達よりも腕の立つ護衛や医者、治癒術師が揃っているコトでしょう。
恐らくは『現状維持』さえ最良なのでしょう? それ程に事態は深刻だったのでしょう?)
彼女は他者を過小評価したりはしない。
(彼の星官僚の魔術師ならば、指先一つで解決してしまうのでしょうが。
我々には『自称神の所業』等、望める筈も無い)
彼女は自己を過大評価したりもしない。
(ただ――状況は最早、何の猶予も許さない。
悠長に公の快復を待っていたら、行き着くトコロまで行き着いてしまう……!)
ならば、戦いとは前線で剣を交えるだけには非ず。
(貴方の息子が馬鹿にした、深緑の治癒の秘術の本当を、お見せします。
鼓動を強く、もっと強く! そもそも、貴方が誰にもお墨付きを与えなかったから争いが拡大しているのです。
『竜』ならば、とっとと起きて下さいな――)
重く軋んだ音を立て、運命に通ずる扉が開かれる――
●決戦 I
「今回の三すくみの戦いは第三者から仕組まれた物。ローレットの者がこの戦いの裏で真犯人を追っています!」
バーテン、マサムネ、両フィッツバルディからの依頼を受けたローレットはこの双竜宝冠事件による被害を最大限に軽減すべく、事件の解決に向けて奔走してきた経緯がある。『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)とて、訴えかけたアベルト・フィッツバルディの近くに在り、彼を守る事で一定の信頼を積み重ねていたのは間違いない事実である。
しかし――
「こんな事、リュクレース様は望んでおられない!
命がけで御身を救ったドラマも……『竜は臆せぬものである』なら、どうか冷静なご判断を!」
――至極真っ当なものであるとはいえ、このベルナルドの言葉は果たしてどれ位に響くものだっただろうか?
ローレット、ないしはイレギュラーズがこの事件を俯瞰して眺める事が出来るのはあくまで当事者ではないからという側面もある。
「私は冷静に判断して、決戦を決めている」
まずはフェリクス・イロール・フィッツバルディとの決戦に挑むとしたアベルトは同道し、説得するベルナルドに冷静に応じていた。
彼のような貴族らしい貴族が、まず自身への方針への発言を認めるという事実自体が、かなりの譲歩と言えるのだろう。
「私はこれまで動けない状態だった故、取れる選択の幅は広くは無かった。
だが、決してこの挙兵は突然のものでも、思い付きでも無い。
『なるべくしてなった』に過ぎず、当のフェリクスやパトリスとて是非は無いと思うがな」
「ですが、相手は御兄弟で――」
「――そう、弟達だ。だが、それが問題だろう?」
アベルトの表情にも苦いものが浮いていた。
「この戦争は別に私が始めたものでもない。
いや、始まるべくして始まったのだから『誰』が発端かを問い詰める心算は無いがな。
私が病床にあった時、弟だか、その後援者の誰だかは――私に暗殺者を差し向けたのだ。
無論、この私も相応にお返しはしたがな。
ならば、雌雄を決するのみ。それで話は十分ではないか?」
ベルナルドもアベルトの切り返しには思わず言葉を詰まらせた。
実際問題、これまでの経緯さえ水面下にあったとはいえ殺し合いであった事は確かである。
アベルトの望む決戦は体調の快復と共にそれを『ハッキリ』させただけに過ぎまい。
比較的理想的であり、民政派の受けが良いイロールとて、兄弟の暗殺計画は是としていたのだから。
受けて立つ『本命』がこれに怯む事など有り得まい。
「それに」
アベルトは続ける。
「『仮に私が許しても、双竜宝冠はそんなに安い話ではないのだ』。
そしてそれは私に限らず、フェリクスやパトリスにしても同じ事。
それぞれの派閥がそれぞれの思惑で動いている。
既に危ない橋を渡り、後ろ暗いやり方に手を染めている者も多い。
ならば、戦う決断を出来ない神輿等、打ち捨てられるばかりよ」
「父上ならば、それでも抑え切ったのだろうが」と言うアベルトは幾分か自嘲的であった。
成る程、フィッツバルディの大看板は門閥、一派貴族達の利益代表だ。
全てを掌握し切る政治の怪物(レイガルテ)ならいざ知らず、その後継候補如きが『身勝手』を押し通せるものではないという事か。
(確かにいつかはこうなるとは思ってたっスけど……思ってたより事の進みが早ぇな……)
アベルトの言葉に『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は内心で苦笑した。
(訴えて変わるなら何でもしようってモンっスけど、今はお家騒動の結末を見届けるだけっスね。
……マジで、ただのお家騒動で済めばいいんスけどね……)
極めて不穏な時間を長く過ごした子竜達は極めて深い猜疑心に満ちている。
彼等を支援する貴族達もそれぞれを完全な敵と見做している。
『兄弟の誰も概ね他を害したいとまでは思っていないが、自制心のみでどうにか出来る段階は既に過ぎていると評価せざるを得ない』。
「……オレはあくまで中立っス、どこかに本格的に肩入れする気はねぇっつーか……出来ないつった方が近いっス。
他の候補者の事情を知らない以上、尚早な判断は命取り過ぎるっスからね」
そう言う葵にアベルトは視線を向けた。
「とは言え、貴方が本命と呼ばれる理由とやりたい事、これを無下にする気はないっスけどね。
あれは納得出来る話だったし、真っ当な理想だった。他の候補者の理想がどうであれ、十分信用に値すると思ってるっス。
だから――」
葵は何ともやり難そうな顔でそう言う他無い。
「――ただ黙って見てる訳にもいかねぇし……
他候補者の暗殺狙いとか、まず間違いなく今回も有りうるっスよね。
そうなると、貴方を直接狙う連中から位は守るのがスジって奴、だよなあ」
葵の言葉にベルナルドも頷く。
「ああ、まあ。何つーか、結局さ。
アベルトは信用に値するっス、出来る範囲で手助けする理由なんてそれで十分だろ」
この葵の言葉には、当のアベルトも「感謝する」と珍しく小さく頭を下げた。
ベルナルドにせよ、葵にせよ、この挙兵――フェリクスを積極的に倒す動きに手を貸す心算は無かった。
それは恐らくフェリクス側につくイレギュラーズも同じであり、彼等の多くが望む決着はあくまで『諸悪の根源の切除』である。
事件を少なからず納得のいく形で終えるには、先に続く火種を回避する為には『これ以上の犠牲は厳禁』である。
斃されたのがアベルトであろうと、フェリクスであろうと、パトリスであろうと誰かが死ねば確実に復讐の連鎖は終わらない。
(俺には好きな人がいる。助けを求める声に気付いてやれずに、苦しめちまって後悔してる。
アベルト様を守るのは、その先に彼女の幸せを見据えてるからだ――)
個人の事情も含めて、これを失敗する訳にはいかないのはベルナルドにとっても絶対だった。
説得が不調に終わる事は知れていた。
アベルトから引き出した恐らく彼の本音であろう言葉も決して否定し難いものである。
だが、その上で。ローレットがハッピーエンドを望むのなら、『特異運命座標らしいやり方』は必要不可欠。
――かくて、アベルトを頂点とするフィッツバルディ主流派の軍勢は彼方に弟の軍勢を臨む決戦の場に到達した。
(だから、頼むぜ。『騎兵隊』――)
幾多の思惑が絡むこの事件はイレギュラーズと言えど、全て立ち位置を同じとするとは言えないけれど。
――我等こそは騎兵隊!
何の為に私達が居るか、それは民のため。
そして、黄金双竜がため! 貴君らも守るべき民であれば! 我々は身命を賭す事に、何の躊躇も無い!
この戦い、止められよ! 我が忠告、聞き入れず。それでも敵としたいのであらば、受けて立つ!
『それさえ、神は望まれる』!
「……いやあ、随分な啖呵を切るっスねぇ」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)らしい口上に葵は思わず感心した声を上げた。
アベルト側であろうと、フェリクス側であろうと決戦場に準備周到に現れた『第三極』には目を見開いたに違いない!
●決戦 II
時は少し遡る。
「アルテミアの事ばかり考えている間に、何だか大変な事になってきたね。
来るべき時が来た、という感じなのだろうけど……いや、こうなったからには少しでも被害が少なくなるよう頑張るとしかないな」
『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)の見据えた『敵陣』は『自陣』の陣容に対して余りに威圧的であった。
「たぬ……『猫の家』に集まった情報で状況は把握出来たけれど、フィゾルテに囚われている間に随分のっぴきならない状態になっていたのね」
ヴァン・ドーマン伯爵令息曰く『お転婆』。
事件の重要なキーマンであり、かなり評判の悪いフィゾルテの領地に一人で潜入し捕らえられたこの『銀焔の乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)を救う事はウィリアムにとって最高のプレゼンスだった訳だが、いざ彼女を救い出しても今度は幻想を揺るがすこの事件は待ってはくれない。
「ミロシュ暗殺の黒幕とその動機、そしてチラつく冠位色欲の影……
今の状況となると黒幕をどうにかしたところで武力衝突は止まらないでしょうし、黒幕をどうにかしても候補者たちが暗殺されれば元も子もないわ。
この騒動、着地点がどうなるかは分からないけれど、これ以上の犠牲者を出さないようにしないといけないのだけは確実だわ!」
誰に味方するかという問いで重要なのは、往々にして『誰に味方したいか』という点である。
「そうだね」と頷いたウィリアムにとってそれが何より『アルテミア』であるというのなら、是非もない。
「本格的な戦いになるかも知れないね」
「……ええ」
ウィリアムの言葉にアルテミアは重く頷いた。
幻想の貴族としてノブレス・オブリージュを背負う彼女はこの戦いにさえ高潔な責任を有している。
なればこそ、『家の事情も何も関係なく彼女を抱きしめた』以上、ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズに怯む余地はないのだから。
(……やれる限りはやらないとね)
(あんな事があって、ヴァン卿にも随分と迷惑を掛けてしまったし……
自分に素直になろうって決めた以上、ここは絶対に譲れない話だわ!)
奇しくもウィリアムとアルテミアは示し合わせる事も無く似たような事を考えていた。
国の為に、誰が為に――否、何より自分の為にである。
アルテミアの『決定』を聞いたなら、祖父のロギアは目を大きくして頭痛を堪えられないかも知れない。
フィルティス家は蜂の巣を突いたような大騒ぎで、ウィリアムも何事も無く綺麗に話が収まるとは思っていない。
錆び付き重い『幻想の貴族家』なる鉄の扉を開くなら、この後に重ねなければならない苦難は目に見えている。
だが、そうすると決めたなら――この戦いとて、二人がこれから手を取って立ち向かう難題への試金石ともなるだろう。
国難鉄火場にロマンスとは、まあ大概に心強い限りではあるのだが――それも彼等が『勇者』足り得る証明か。
それに、ウィリアムやアルテミアばかりを責める事なかれ。
それよりも『真ん中』に居る主役も、実際の所二人に何かを言えた義理でもなかったりする。
――フェリクス様……私の気持ちは、前にお伝えした時から変わっておりません。
どうかこう仰ってくださいませ。共に来てくれ、と。
彼方に兄の軍勢を見据えた鎧姿のフェリクスは脳裏に蘇ったその言葉に、今一度強く拳を握り締めていた。
『紅炎の勇者』の名、伊達や酔狂で得た訳では無いのです
お父様、お許しください。私は、フェリクス様をお支えしとうございます――
この決戦に『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が同道する以上、フェリクスにとってこの戦は負けられないものになったと言わざるを得なかった。
(……いや、知らない間に。理想に殉じる心算になっていたのかも知れないな)
フェリクス・イロール・フィッツバルディは理想派である。
彼の政治理念は父であるレイガルテとは幾分か異なり、どちらかと言えばガブリエル・ロウ・バルツァーレクのような民政派に近い。
無論、こうして兄との決戦に臆さぬような武断的な所もある事から、常に平和的で融和的な彼と同じとは言えないし、時に眉を顰められるような強権を振るいながらもこの国を支えてきた父の事も相応に尊敬はしていた。
とは言え――アベルト(やリュクレース)がレイガルテのフォロワー的であるのに比すれば、やはり彼の受けは『良くは無かった』。
フィッツバルディの主流派はあくまで貴族主義の強い連中が多く、そうでないフェリクスを支持するのはリシャール・エウリオン・ファーレル伯等に代表される『外様』ばかりである。貴族派として隆盛を極めるフィッツバルディ派中軸の支援や支持が得られない以上、まともな戦いでフェリクスに勝ち目等あろう筈も無かったのだ。兄(アベルト)が病床のままなれば、風見鶏のような連中は態度を濁しただろうが、こうなれば最早流れは止まらない。
「……フェリクス様?」
「いや、少し考え事をしていただけです。『勝つ為』の術を」
従軍の傍らで慮るように声をかけてきたリースリットにフェリクスは淡く微笑んだ。
『先の説明では力の差は小さくないと言ったが、実質の所は絶大だ』。
リースリットに帰りを待って欲しいと告げた時点では恐らくは自分は死ぬ心算だったのだろうとフェリクスは振り返る。
しかして、今同じ気持ちかと言えば大いに違う。
最早一蓮托生の賭けをさせてしまったファーレル家の事も含め、何とか粘り強い結論を得なければ。
自身の為した事は愛した女を不幸にしただけに留まるだろう。そしてそれはフィッツバルディの――紳士の名折れと呼ぶ他は無いのだから。
「アベルト軍の相応の割合は指揮官のやる気だけで兵の質は低い勝ち馬乗りが多いかと。
直下の精鋭は別でしょうが、或る程度は温存したい筈ですから――餌を与える意味でも、恐らく敵前衛は風見鶏主体。
指揮官は序列的にグゥエンバルツ卿と考えます」
「侮られているのが助けになるかも知れないな」
偵察に出た舞花、一定のコネクションから得たリースリットの分析にフェリクスは頷いた。
「彼は政治謀略に長ける老練な人物ですが、公子共々自らの実戦指揮は如何程のものか。
彼は兎も角、他の風見鶏の大半は既に勝った心算でいる連携も甘い多領主連合軍でしょう。
アベルト公子に阿り覚えを良くしたいだけの風見鶏を徹底的に叩いて兵力を大幅に削ぎ、継戦の損得を迫る……
現実的にはその辺りが求められる所でしょうか」
「ええ。とは言え、やり切るには中々難しい話でもあります。
カザフス・グゥエンバルツ卿はかなり強く兄を支持する貴族ですから。
翻って彼を先陣に立てているのなら、兄も流石に緒戦を甘く見切る心算は無いらしいということ」
「成る程」とリースリットは頷く。
(政治的な事情を加味すれば当然ではあるが)彼女にしては珍しく辛辣にアベルトの挙兵は『軽挙妄動の論外』ではあるのだが、情勢が甘くない事は彼女とて承知の話である。決戦は多勢と無勢によるものであり、まともなぶつかり合いだけで逆転を楽観出来るような差ではないのだから。
「それに、問題はそれだけじゃないからね」
二人のやり取りに『無尽虎爪』ソア(p3p007025)が口を挟んだ。
「本当の意味で事件の解決を考えるなら冠位魔種のことは捨て置けないと思うの。
ミロシュさんとリュクレースさんを殺したらしい敵を追いたいと思って来たんだけど……
これは勘でしかないんだけどね。うーん、ボクなら次の狙いはフェリクスさん」
「――――」
「だから守りにきたの、よろしくね」
「頼りにしています」
「任せておいて。たっくさん暴れちゃうから」
ウィンクをしたソアはローレットでも指折りの『武闘派』である。
(リュクレースさんの時は護衛が突然に狂ったというお話よね。
何か、誰かの干渉があったって話だけど――ボクが気付けばそれも止める事は出来る、よね……?)
当時護衛についていたイレギュラーズもソアと同等の一流ではあるが『知っている』と『知らない』の差は余りにも大きい。
ラウルやバーテンの推理、イレギュラーズの調査に裏打ちされた情報は整理されており、何を疑えば良いかは既に明白なのだ。
(目当ての魔種(?)が現れたら、がぶっと!)
強敵の出現を待ち望み、目を輝かせるような所があるソアは不純と言えば不純なのだが……
真なる虎にそれを言っても余りにも詮が無いと言うものだろう。
「どぶ川臭い奴は絶対に近付けさせないからね、安心してて!」
実際、彼女がフェリクスの護衛についてくれたのは本人にとってもリースリットにとってもかなり有難い話であった。
実際に相対する敵が冠位色欲ルクレツィアなのか、アベルト軍なのかはさて置いて。
ローレットからしても、個人的な事情からしても、それ以上の大局からしても、公子がこれ以上失われる事は絶対に避けなければならない最悪だ。
尤も、戦争相手のアベルトとて、或いはこのフェリクスとて。
『必ず』兄弟を討たねばならないと思っているかと思えば、かなり微妙な話なのだろうが――
――閑話休題。
互いの軍が決戦の場に揃い、睨み合ったなら。
待つ時間も惜しく始まりはすぐそこにある筈だった。
数多の思惑と運命を飲み込む戦いは、一先ずは多少の血を求めていた筈だ。
激しく、始まる筈だったのだ。本来は。つつがなく、すぐにでも。
――我等こそは騎兵隊!
何の為に私達が居るか、それは民のため。
そして、黄金双竜がため! 貴君らも守るべき民であれば! 我々は身命を賭す事に、何の躊躇も無い!
この戦い、止められよ! 我が忠告、聞き入れず。それでも敵としたいのであらば、受けて立つ!
『それさえ、神は望まれる』!
戦場に鳴り響く勇ましい、凛としたその声が無かったとするならば!
●『バランサー』
「……あーあ、言っちゃったわよ」
やるだけやって肩を竦める。
それは彼女一流らしいやや冷笑的な仕草であり、同時に情熱的な発露でさえある。
景気の良い啖呵を切ったイーリンはまず【騎兵隊】の編成と登場がこの決戦に間に合った事に安堵していた。
「言ってしまいましたねぇ」
応じた『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は状況を良く理解していた。
【騎兵隊】は第三極として睨みを利かせる事でこの決戦を遅延させる事を狙った勢力である。
「両軍の布陣と状況は概ね確認してる。まあ、想像通りご機嫌に最悪だけどね」
情報網とコネクション、更に広域俯瞰での『現地確認』。
行人の言葉は知れていた話の『確定』に過ぎない。【騎兵隊】に編成されているのは何れも強力なイレギュラーズであり、その個々の実力は貴族の軍の平均等遥かに上回っている事だろうが、軍を相手の立ち回りで簡単に勝てるのならそもそも幻想の支配者は早晩ローレットになっているだろう。
「大きな戦力を用意する事で抑止力にするって奴ですよね。
……でも実際に稼働する事にならないと良いんですけど……」
「まぁ、無理ね。恐らくは双方に敵視されるでしょうね」
協力してくれたねねこの期待に沿い難いのは嬉しく無い。
飲み込んでいたリスクとは言え、イーリンは自分自身の言葉に嫌な顔をした。
「外患があるってのに、内憂で損耗されても困るんですけどねえ。官僚の視点からすると特に」
相も変わらず熱の籠らない調子だが、黒子からすれば現状は『残業の極み』を想起する――最も辟易するような事態である。
公子二人はそれぞれがその気になっており、同時に【騎兵隊】の為さんとする事は極めて政治的に高度な問題を孕んでいる事は否めない。
「少数で軍勢に仲立ちでは、最悪両者がこちらを先に殲滅しに来ることも有り得るな」
レイヴンの分析は極めて正解に近いだろう。
少なくともレオンが聞けば渋面を隠せないであろう今回の行軍は『フィッツバルディの家督争いにローレット(イレギュラーズ)が武力介入を行う』という極めてセンシティブな意味合いを隠せていない。
(幻想の貴族の争いなぁ……
貴族のあれこれは良く分からないと言うか……いえ遮那君の側に居ようと思うのなら、知るべきかもですが……)
朝顔が『知らない』世界に内心で茫と呟いた。
貴族はこれを善悪の問題以上に、『平民の増長』と捉えるのだろう。
それは貴族らしい貴族の傲慢であると同時に、彼等が脈々と受け継いできた或る種の正統性を有している。
家督争いに第三者が関与する事は、決着後の政治的問題を大きくする可能性を孕んでいるからだ。
『そういった事が容認した結果、没落した家も国もあるのだから必ずしも間違っているとも言い切れない』。
「偉くなるというのも大変だな、しがらみに雁字搦めで価値観も――取れる選択肢さえ容易に狭まる」
エーレンが皮肉に零した。
根回しの暇も何も無かったのだから、第三極の存在が好都合なフェリクスとてそれ自体にいい顔はすまいが。
何よりこれは産まれながらに染みついている彼等大貴族のプライドに障る行動という訳だ。
とは言え、こうなったからには是非は無い。
「兎に角、私が居る事で誰かの死を防げるなら全力で!」
頭を振った朝顔が強く言い切った。
「ええ。捨て置く訳にはいかないでしょう?」
「まぁ、狂気の沙汰程何とやら、か」
レイヴンとムサシは頷いた。
(誰も、そんな手は取りたくはない
……アベルトさん、そう言った貴方がその手を最悪のやり方で使ってしまうのです。
ならばもう、何事も争わずに笑顔で終われるなんて道は無いのでしょうね)
【騎兵隊】も含めた武力衝突は決してムサシの望む所ではない。
それでも、他に手段が無いのならこれは唯一の解答であると言わざるを得まい。
(大戦争なんか起こさせてたまるものか……!
騎兵隊の一員として陣取って止める!
『少しでも』。『たとえ無理だと言われても』!)
この局面でムサシが描いた正義は少しでも、一人でも被害を減らす事である。やり方が正しかったかどうかは歴史書を読むしかないのだろうが、少なくともローレットの特異運命座標ならぬ、ヒーローとしての彼の無限の善性は強い意志と共に絶対的な一事を肯定している!
「言ってやりなさい」
それでも動きを見せかけた両軍の先鋒を鋭敏に察知しイーリンが小さくそう言った。
すぅ、と息を吸い込んだムサシは言われるまでも無い。先のイーリンの声量にも勝る、遠雷のようにその『命令』を叩きつけた!
――『止まれ』!
それは幾度と無く戦場に轟いた名乗り口上の如き一喝だ。
――こちら、騎兵隊所属イレギュラーにして宇宙保安官、ムサシ・セルブライト!
フィッツバルディの名を『血に塗れた兄弟殺しにして無用な戦を幻想で起こした愚か者』として汚すことなかれ!
改めて両軍に勧告する! 直ちに剣を収め兵を引きなさい!
『演説』は先のイーリンに勝るとも劣らず勇ましい。
――この上、引かないのであれば是非も無し!
我々騎兵隊が全力でお相手させていただく!
『竜種』や『冠位』と渡り合った実力、存分にお見せしよう!
命を奪う気はないが……それなりの『痛み』は味わってもらうぞ!
吹き抜けた風にざわざわと遠い木立ちが揺れる。
「言ったわねえ」と幽かな笑みを見せたイーリンに「言いました」とムサシも笑う。
「魔種から人々を守る、その目的に派閥は関係ない。
人間同士の戦いで消耗してる場合じゃないはずなのに」
「幻想貴族どもの内輪揉めなんてのは、正直言って関わりたくねぇヤツだが。
ここまで来たら、そうもいっちゃいられねぇからな」
「まったく。貴族同士のいざこざに首を突っ込むなんて、私も焼きが回りましたかね……えひひ」
サンディが溜息を吐き、エマが笑う。
「俺が動く理由は単純。『知人が困ってるなら手を貸す』。そんだけってな」
「要はグダグダにすりゃいいわけだな? 得意分野だ任せとけ!
突っ込んでくるような血の気の多いのは俺が全部受け止めてやるからよ!」
やや芝居がかって飄々にカイトが嘯けば、一方のゴリョウは力強く気を吐いた。
流石の【騎兵隊】と言えど軍を破る事等出来はしない。
「あれこれ考えてても足踏みにしかならんしな、まあ実際に足踏みする羽目になるのはアイツラの方にしよう」
しかしながらバクルドの言う通り、裂帛の気合と示した覚悟は然して戦い慣れぬ貴族軍を一時躊躇わせるには十分だろう。
この事件が解決に向けて動き始めた以上、時間を稼ぐ事は他の仲間を信じる事に他ならない。
「陰謀、欲望、思惑渦巻く混乱必須の劇場。
ご自身に正直な人ばかりで大変よろしいのでは無いかと存じますが……
生憎、今は先約がありますので。ご用命に従い、この戦争には待ったをかけさせて頂きましょうか」
何処まで本気か幾分か露悪的に倉庫マンがそう言った。
「大きく描いてやろう。騎兵隊の紋章を。
士気を削ぐには、やはり我らの威光をわかりやすく示してやるのが一番ではないか」
「ボク達を見ても彼らは動くかな?
……まぁ、動くだろうねぇ。問題は何時、どんな風に動くかだけど。
さて、お仕事の内容は武力介入での彼らの足止め……どうあれ励むとしようか」
「いつも通り、事情はよく知りませんが……
要は身内同士のバカ騒ぎを、殴り付けて止めれば良いんですよね?」
幸潮、ラムダにせよ、ステラにせよ、一同の覚悟のスイッチは早くしたたかすぎる。
『特異運命座標は総ゆる無理を押し通せば、道理さえ引っ込ませる事を知っている』。
それもその筈。極まった鉄火場は超えた場数こそが物を言う。
考える程に因果な戦訓ばかりではあるが、経験に学ぶ愚者足り得なければ勇者等とてもやっていられる商売ではないのだから!
「助けが必要ならそれでいいさ」
だから、武器商人は張り詰めたピアノ線のような空気さえ華やかに笑い飛ばすばかりだった。
「◼◼◼チ。いいとも、『キミがそれを望むなら』!」
●『お茶会』II
「とても美味しいケーキでした。
流石に長生きだと博識ですね!」
「そりゃあどうも」と頬杖を突いたパウルは然して面白くも無さそうに鼻を鳴らす。
「それで、結局何の用かね。
再三の問いだが、僕の時間は無限だが無駄じゃあ無いんだよ」
「お話を愉しんでも良いじゃないですか」
釘を刺したパウルにマリエッタは少し拗ねたように唇を尖らせた。
見目そのものの性質を持ち得ない魔女が、見目を理解してあざとい真似をする。
人当たりの良さでコーティングした性質の悪さはどちらも似たようなものである。
「でも、あんまり気を持たせたら帰られてしまいそうです。
ですから、そろそろ『お話』しましょうか」
「やっとかよ」
「まあまあそう言わずに」とマリエッタ。
「『舞台上の俳優が戯曲を俯瞰する事は無い』。
舞台を諦めた方が見えるものもあるかな、と思いまして」
「……」
「概ねの推理は名探偵の内容で正しいでしょう。犯人も、動機も、舞台をひっくり返すジョーカーも。
けれど、それらが読み切られ、未然に防がれるとして……思い通りに運ばない時、より悪辣な存在はどうするでしょう?
観客席の私達になら分かるんじゃないかって思ったんですよね」
長広舌のマリエッタは実に上機嫌に立て板に水を流していた。
「ええ、ええ。彼女はきっとさらにもう一度演目に手を加えるのでしょう。
だからこそ彼女は私達と同じように、この悲劇の演目を客席で眺めている筈で……
物理的にどうかと言うより、魔法的なあれそれの可能性もありますけど。
『私はパウルさんと一緒にこの事件を検証したかっただけなんですよ』」
「成る程ねえ。
じゃあ、君は僕と一緒にこの物語を傍観する事を選んだ訳だ。
しかし、余裕じゃないカ。切羽詰まった正義の味方が、そんな『無駄』に力を割くなんて――」
「――代わりと言うと違いますけどね。
セレナには色々聞いて貰って、代わりに動いて貰っているんです。
それに、これって案外無駄でもありませんよ」
マリエッタはコロコロと笑う。
「まず、私はパウルさんを信頼しているんです。
きっとパウルさんは私達よりも『どぶ川』の気持ちが分かるでしょうし……
それから、私、パウルさんのこと結構好きなんですけど、別に信用はしていないんですよ」
にこやかにナイフを突き立てる魔女は言う。
「『あわよくば』貧相なお尻を軽く蹴り上げる力を借りられないかと思い、『万が一』約束を破って登壇する事に警戒する……
まあ、どちらも唯の可能性です。可能性ですけど……
『私一人で済むのなら、それをケア出来るのって中々合理的なやり方だと思いませんか?』」
●血濡れて、情濡れて
「黒が内になかった為」
小さく嘆息した『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は現状を確認するように小さく零した。
「人生は塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し。
良い筈だった事も、事態をややこしくする場合があるというのが厄介なような、面白くもあるような」
ドラマ(とマリエッタ)がパウルより情報を引き出し、アベルトを快復させた事は事件の解決の為の重大なピースだった事は間違いない。されど快復したアベルトが大きな動きを見せた事は余り有難い事態ではない。
(全く、益体も無いのです)
猛進する敵の刃を宙を舞うようにして回避する。
遅れて靡いた網髪が揺れる。後方に一回転すると同時に裏返った視界に密やかなる赤い糸を這わせている。
唯の一攻防で見せつけたその技量は絶大であり、この戦いがあくまで彼女の掌握中にある事を告げていた。
「ですが――」
静かに着地したヘイゼルは立て続けの追撃をも難なく避けて誰にともなく言う。
「――これが双竜の混沌という事でせうか」
パトリスは例え黒ではなくても、残ればフィッツバルディや幻想の禍根とも成り得る存在だ。
だが、それがマイナスばかりとは限らないのが彼女の思う妙味であった。
ドラマの適切な働きかけが事態を(良くも悪くも)動かしたように、パトリスなる毒さえ一概に有害とも言い切れない。
(まぁ、だからと言って別に有益になると言える話でもないのですが――)
害だ益だの合理性は実を言えばヘイゼル・ゴルトブーツという女には余り重要な話では無かったりする。
傍目にはどうも、非の打ち所のない優等生である彼女だが、その本質はとんでもない位の面白がりである。
世の中を観測するのがヘイゼルの本質だ。尽きない好奇心はしばしば隠せない程に『面白い方』を求めている。
「――まぁ、ここで討たれてしまうことが一番『つまらない』のは確かなのです」
影を追いかける徒労を重ねる凶手達を弄ぶようにヘイゼルの余裕は崩れていない。
「それではいつも通り。まだまだゆるりと参りませうか」
奇妙な程の余裕と構えの深さは、底が知れない。
何ら声も気配も荒げていないのに、歴戦の凶手さえ警戒させる彼女の戦いは何処か魔性めいて美しい。
「ああ、もう。それにしても! 遂に戦争が始まってしまったという訳ですよね……!」
何処までも流麗なヘイゼルの『堪えなさ』は兎も角、混乱に満ちた情勢に輪をかけるように、鋭く声を発した『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)等の置かれた鉄火場はその熱量を増していた。
『見ての通り』アベルト・フィッツバルディの挙兵から加速的に進展した事態の『余波』は、アベルト・フェリクスの会敵した決戦の地から遠く離れたパトリス・フィッツバルディ邸をも大きく揺るがしていた。
(このままではまた死人が出てしまいます。しかし、それは誰も望んでいないはず……きっとアベルトさんだって!
望んでいる人物が居るとすれば、この事件の黒幕だけの筈なのに!)
これまでよりも圧倒的に『乱暴』になった屋敷の襲撃者をヘイゼルと同様にあしらいながら、チェレンチィは臍を噛んでいた。
俯瞰して見ればアベルトは挙兵しフェリクスを破る為に進軍し、フェリクスは密かにアベルトの命を狙っている。アベルトはフェリクスと同時進行でパトリスを仕留めようとこうして凶手を飛ばしている。
仔竜達の争いが待ったなしのものになっている以上は、やり方が徹底するのも道理だった。
実際の行動の強度に兄弟達が関与しているか、それとも派閥の意思によるものなのかは別にして。
「……っ……!」
閃いた黒光を幾つも弾き飛ばし、それ以上に鋭利な一撃で影を抉る。
「……本当に、こんな、こんな国ですけど!
生まれ故郷の平和を……『君』が居た国を守りたいと、ボクだって望んでいるのです!」
チェレンチィからすれば出来る事をするしかない。
彼女の手は全てを掬うには余りにも小さく、同時多発的に進行する総ゆる事件を防ぐ事等出来はしない。
ハッピーエンドに到る唯一の道が、各々が出来る事をやり尽くすのみであるというならば是非もない。
チェレンチィに求められるは、彼女が守ると決めたパトリス・フィッツバルディを失わない事に尽きるのだ。
(彼が後継者になるのには反対ですが、死んでほしい訳ではありませんし。
第一何がどうあれ! 竜の一族に動乱を招き、幻想中を巻き込んだ事態を引き起こしたその人物の思惑通りにさせる訳にはいきません!)
「ごめん、頼んだ」と両手を合わせたパトリスの事を思い出し、チェレンチィは小さく苦笑した。
チェレンチィを手強いと見た凶手は少し距離を見て、数を頼みに彼女を囲みかけている。
じりじりと距離を詰めながら隙無く油断を狙っている。
「これも義姉のやり残した事の一つではあります。
幻想自体も安定していただければそれでいい程度ですが――後から振り返って後悔するのも嫌ですしね」
苦笑いをするしかないような情勢は周辺の偵察を完璧に済ませたシルフォイデアだからこそ良く知っている。
(小夜さんと同郷の人物、か)
パトリス邸が襲撃に苦労をする理由は分かり切っていた。
武力の相当量を担保していた『シンドウ(マフィア)』の動きがすこぶる鈍いのだ。
『まるで自身等が襲撃されたかのように、沈黙し、凍り付いている』。
(計算の内とは言え、有難いお話ではないのです)
ヘイゼルはこれを見越して貴族派(クロード)へ兵力の増員を頼んでいた。
屋敷の外周りを『シンドウ』に、邸内を貴族達に守らせるという算段は、或る程度の信頼を勝ち得ていたヘイゼルの言葉故、つつがなく実行されていたのだが……問題はやはり邸内ではなく外周りだった。
(ほぼ、素通しという事は)
やはり『シンドウ』に何かあったと考えるのが得策であろう。
パトリスの私兵達もあちこちで戦いを繰り広げているが、今回のタイミングの悪さは折り紙付きだ。
(あちらを立てればこちらは立たず。全てやるしかないのが特異運命座標の大変な所、なのでしょうね)
パトリス邸の苦難はさて置き、チェレンチィはかなり複雑な想いを禁じ得なかった。
『パトリスが跡を継ぐのは反対だし、薄汚い連中と公子が結びついている事実自体がこの国の為になる筈がない』。
この機会が最初で最後かも知れない明確な切除のチャンスなら、【シン・サリュー】の連中の動きも頷けようというものだ。
ともあれ。
パトリス――フィッツバルディから離れて『シンドウ』までも絡んだ捻じれ枝の物語はさて置いて。
先鋒で足止めをしたチェレンチィと同様に、パトリスを今護衛(エスコート)する面々もまさに今正念場を迎えていた。
それぞれの目的の為にそれぞれが独立した動きを見せる局面は複雑に絡み合い、一筋縄でいくようなものではない!
「いやあ、苦労かけてすまないねえ」
「まったく! 肝が据わってるんだかスリル好きなんだか知らないけど余裕だわね!?」
パトリスを横抱えにして遮蔽物に飛び込んだ『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の真横を黒塗りの投げナイフが通り過ぎる。
多数の敵を引きつけ、食い止めに掛かったヘイゼルやチェレンチィの助けもあり、パトリスを差し迫る脅威から隠す事には成功したのだが、敵もさるもの。最初から妨害を想定していた敵方は予め兵力を分けていたらしく執拗な追撃は邸内奥深くまで彼女達をつけ狙っていた。
「……俺が言うのも何だけどさ。本当にこんな風になって良かった訳?」
「良い訳ないでしょう?」
罰が悪そうに苦笑するパトリスにアーリアは溜息を吐いた。
「でも、言っとくけどね。
捨てられた子犬みたいな目で『信じてくれる?』なぁんて、世間知らずなお嬢様なら騙せたかもだけど私は騙せたりしてないからね」
アーリアがこんな状況になってまでパトリスを守る事を決めたのは『騙されたから』ではない。
「そうねぇ……こんな時は合理的な損得とか理由なんて後回しなのよ、案外」
『女の甘やかな囁きは、時に狂気を帯びた泥となり、容易に誰しもを蝕むのだ』。
猛烈に攻めかかる様子を見せる敵方を牽制するようにアーリアが得意の『搦め手』を展開した。
多勢に無勢では時間稼ぎ程度の意味にしかなるまいが、それでも彼女はこの場所を譲る心算は無い。
「お屋敷で飲んだお酒が美味しかったから。貴方を守る理由なんて、その一つで十分だわ――」
嘯くその言葉は大半の場合と同じようにアーリア・スピリッツなる女の『全て』を表すには余りに言葉足らずではあったのだけれど。
(私は『シンドウ』とやらがどうなろうと興味はない)
これは女の勘だけど、彼ってばどうやら沢山恨みを買って――こわぁい女の子達が狙われてるのでしょう?)
この鉄火場に本来は現れなければならない連中の沈黙に恐ろしく冷淡である。
(あの子達はきっと、パトリスさんには興味はない。
きっと、というより確定よね。『シンドウ』の姿が見えない以上、今頃あっちも地獄だわ)
それは確信めいた推理である。
(踏んだり蹴ったりは間違いないけど、結果的に『シンドウ』も敵を引きつけてくれてるでしょう?
……甘いかもしれないけれど、私はこの子に兄弟を殺してほしくないのよね)
家族だから。
「お人好し」
「……そうかもね」
『妹と幸せではない邂逅をしたアーリアだからこそその想いは尚更強い』。
「……」
轡を並べて奮闘する『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)の美貌に幾ばくか複雑そうな想いが浮いた。
賢しらな彼女の横顔には割り切れない強い想いが蟠っていた。
簡単には口にしない。されど見る者が見たならば全てを隠し通すには難しい――
口にすれば語るに落ちるのは間違いないけれど、アーリアは時折本人が思うより嘘が下手になる時がある。
――家族だから。
「……………」
ギリ、と奥歯を噛み締めたゼファーの顔に浮かぶ表情は彼女らしからぬものだった。
彼女の視線は今まさにパトリスを狙う凶手達の内の一人に注がれていた。
(此れまでに辿った噂は散々の空振り。
赤の他人か、関わった奴は悉く居なくなっているか。
今回だって徒労に終わる筈――)
――だった、のに。
ゼファーにとってそれは待ち望んだ幸運であり、無意識に考えないようにしていた最悪だった。
アベルトに雇われたであろう凶手のリーダー格は黒ずくめの連中の中に一人だけ堂々と青衣を纏い、異常なまでの存在感を隠していない。
(『おじいちゃん』)
暫く前に邂逅した恩人は素知らぬ顔でゼファーに不吉を告げたものだった。
彼の語る想いは彼に焦がれ探し続けた彼女に報いる類のものではなく。
強い決別とその先にあるものを予感させるに十分ではあったが、いざ。
いざ、敵として相対せば彼女の胸を揺らす想いは決して尽きる事は無い。
「ほっぺにキスでもしましょうか?」
「……!?」
歳不相応に『隙の無い女』として鳴らすゼファーが傍らから投げられた不意の言葉に珍しい顔をした。
軽妙な言葉とは裏腹に真剣な顔で前を見据えたままのアーリアは声色に彼女一流の余裕を乗せている――勿論、努めて。
「肩の力を抜いて、ね。見た事ない顔してるけど、それじゃ上手くはいかないわ」
「ははあ。やっぱり『先輩』か」
背中を軽く叩いたアーリアにゼファーの緊張が僅かに解れた。
「でもね、私はいつも通りよ
ただ、デカい喧嘩の前にちょーっと気が張ってるだけだわ?」
アーリアが嘯く彼女の言葉を『信じた』かどうかは問題にはなるまい。
「分かっているだろうが、恐ろしいまでの強敵だぞ」
「ごめんね、ありがと。あのお客さんは……今日のVIPよりも大事な用事なの!」
自身の動きをサポートするゲオルグにゼファーがそんな風に応じてみせた。
重要なのは彼女が風のような自由さを取り戻した方の事だった。
拘泥は澱みとなり、自縛はその軽やかさを奪う枷なれば。
自由気ままに強かな彼女は今日も西風(ゼファー)であるべきだった筈だ。
仲間達の援護を受け、飛び出した彼女はまず迫りくる凶手の一人を迎撃した。
「降りかかる火の粉を払わないとね!」
鎧袖一触とはいかぬが、力強さを取り戻した彼女の槍は強かに敵を叩きのめす。
刹那の工房の間にも彼女の瞳(アイスブルー)はその向こうの男の一挙手一投足を見逃していない。
鋭利な老人は目を細めて見違えた『弟子(むすめ)』の姿を見つめている。
「――見事也」
場違いとも言える親しみ深い賞賛を述べた彼は手にした槍で周囲を制する。
抜群の存在感は最早行き過ぎて魔性の領域に達している。
(……誰が、衰えてるって言うのよ)
悪態の一つもくれてやりたくなる程だった。
埒外の極みに到った武人が特有に纏うその気配は既に十分過ぎるレベルまで戦い慣れたゼファーの背筋に冷たい汗を流させた。
「二人の世界だなんて狡いわ、そこのおじさま――せめて名を教えて頂戴な」
気負わずにいられないゼファーを上手くアーリアの『混ぜっ返し』がサポートした。
「失敬。此方は風月(フウゲツ)、唯の風月という。
金で仕事を請け負い、好きなように暴れる無法者。
此方、煮ても焼いても食えぬ外道の類故、覚えても覚えなくても良い。
どの道――長い付き合いには成り得ない故に、な」
「良く言うわよ」
少し、腹が立った。
槍を握るゼファーの気持ちに一撃をくれてやりたい炎が点った。
(――相手が私だからって、加減なんてしない筈)
それはそう。
(だから、此処で決着をつけてやる。一発ブン殴って……洗いざらい吐いて貰う。
何もかもが、『どうして』としか思えないことばかりなんだもの)
それもそう。
だけど。
(――身体の芯に染み付いた殺しの業も、血の匂いも。全部あなたが授けてくれたもの。
私は、あなたの業の全てを識っている。だから、止められるのは私だけ……其の筈なのに)
その筈なのに。
実際の所、ゼファーの『本当』なんてそんな所にはありやしないのだ。
――どうして、私を置いて行ってしまったの?
嗚呼、言葉にしたら何てみっともない泣き言だろう?
「では、一手お相手願おうか。お若いの」
ゼファーの気持ちを知ってか知らずか、いやさむしろ望んでか――
恩讐の彼方にも、彼はあくまで素知らぬ顔をして。
本当に珍しい年甲斐を発揮する少女に『泣きたくなる位に懐かしい構え』を取って見せるだけ。
●薊の君
――果たして、同じ頃。
「つまる所――優先順位の問題なのですよ」
皮肉に唇を歪めた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の目の前には怯えて竦む『シンドウ』の兵が居た。
双竜宝冠は極めて繊細な複雑性を帯びた事件である。
絡み合う要素の数々は舞台に上った各々に己の為すべきを要求していた。
時に公益の為に。時に私事の為に――被害を軽減するという暗黙の了解こそあれど、それに優先する項が存在するのは今回は決して責められまい。
「何故、ローレットが――」
問われれてもそれはまさに愚問の限りだ。
「元より私は、双竜宝冠という状況を、この目的のために利用する事に専心していた。
生憎と私は正義の味方ではなくてね。これがシン・チームサリューの総仕上げという訳ですよ」
撃ち殺した雑兵に哀れみさえ向ける事無く、寛治は実に冷淡にそう言った。
――防衛戦になりますからね。守備体制を確認したく。
そう言って近付いて、事を起こしたのがつい先程の出来事だ。
寛治等【シン・チームサリュー】からすれば『ヘイゼルが内と外を切り分けてくれた』のはむしろ助かったとも言えた。
聡明な彼女の事、高確率で起きる『不測の事態』も考慮しての事かも知れないが、問うても惚けるだけだろうが――
何れにせよ、流れで屋敷外周の防御を任された『シンドウ』である。
この状況は郎党の撃滅を狙う寛治にとって格好の好機を提供された事になっていた。
「それにしても」
『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)は少し呆れたように嘆息した。
「すずなに新田さんの御友人、と久しぶりに会いに行くだけでこんな大事になるなんて嫌われたものねえ。
私としては色々と積もる話に花を咲かせたい所だけれど、『話』をするにもまずは刀(これ)に頼るしかなさそうなのよね」
これまでに斃した数人の反応を見ても、『小夜』が特別視されているのは明白だった。
『シンドウ』の連中が首魁に何を言われているのかは知れないが、藤十郎が余程の後ろめたさを感じているのは肌で分かった。
(恨みはない。むしろ弟を救ってくれた恩がある――でも、貴方は信じてくれないでしょうね)
『貴方は、弱い人だから』。
さりとて、いざまみえるが近付けば擦り切れた記憶も蘇ろう。
繊細な彼の優し気な指先が頬に触れた頃を思い出す。
そんな些細な事で馬鹿みたいに頬を染め、点った熱に気付かれないように苦心した頃を思い出さずにはいられない。
(馬鹿ね)
彼との思い出は悪いものばかりではない。
むしろ大半が――思い出せば面映ゆい、女怪ならぬ小夜の黄金時代そのものだった。
「……本当に」
もう見えない目の、その瞼の裏に蘇る褪せた記憶は美しい寂寥を帯びていた。
少なくとも『あれ』は誰が悪かったかと言えば誰も悪くはなく、同時に皆が悪かっただけの話だ。
家族を巻き込む程に頑固過ぎ、一本気が過ぎた父も。そんな彼を切り捨てた藩の上役も。
婚約者を守ってくれなかった藤十郎も、彼に全力で寄りかかってしまった愚かな娘も――皆が悪かっただけの話なのだ。
「ただただ前だけを見据えて! ……行きましょう、小夜さん!」
――とは言え、感傷を肯定出来ない、する訳にはいかない『簪の君』すずな(p3p005307)も居る。
白薊小夜の放浪、死に場を求める旅の発端は何よりもまず『彼』に在る。
抜群の存在感を持っている癖に、気付けばいなくなってしまいそうな儚さの原因が彼に在る事は余りにも明白だ。
武家社会の倣いである。元よりすずなは理性的だ。『男女の縺れ』を部外より咎めるには気が引けるのは確かだが――
(……許せませんよ、こんなもの……!)
――自覚して、すずなは反吐を吐き捨てるように内心で悪態を吐いた。
彼女の怒りは半ばが新藤藤十郎を向き、半ばは自嘲で消化されている。
重要なのはあくまで小夜なのだ。すずなは彼女が絡むこの事情を決して公平に見る事は出来ないだろう。
クリスチアンの後を継いで『お嬢様』の為にシンドウ撃滅を狙う寛治を笑える筈も無い。
結局、すずながここに在る最大の動機は『言ってやりたい』だけなのだ。
どうしても我慢が出来ない、どうしても許せない一事を、叩きつけてやりたいだけなのだから。
「小夜もすずなも随分とだりぃ事に巻き込まれてるじゃないの!
ここにゃ居ないマリアやタイムの分まで手を貸してやるわぁ――高く貸してやるから後でちゃあんと奢りなさいよ?」
マリ屋で一杯と言えばコルネリアはどんな顔をするだろう。
「そこの眼鏡にスカウトされたし、その期待に応えないとね。
日本人形は初めましてだけど、なーんか色々あることは理解してるわ。
要するにアタシらは『真っ直ぐ行って殴ればいい』ってことでしょ!?」
鈴花の言葉に小夜は「日本人形……」と思わず自分自身を指さした。
「知らないシンドウさん達、ごめんとは言わないわ。
殺したアンタの顔は忘れない――後で地獄で抗議して」
殲滅が『依頼』なれば是非も無し。乱射が敵陣を叩き、硝煙が辺りに煙る。
「幻想はラサのお得意サンだ。
だから政治には関わらねえつもりだが……マフィア潰す分には構わねえよな?」
「兄貴だってそう言うに決まってる」とルカの乱暴な一撃がまとめて敵を吹き飛ばした。
「さぁさ、お姫様方。どうぞ前へ、ってな!」
「ああ、うん。こんな露払いなら大いに結構!
しっかりと小夜殿、すずな殿を送り届けてやろうではないか!」
女性だてらに『エスコート』が板につくのはやはり麗人のブレンダらしいと言えるだろう。
「ここは私たちに任せて先に行け、というやつだ。
まったく、一度は言ってみたい台詞だったが」
嘯く彼女に続き、
「邪魔だ! 道を開けろ! 全く野暮な連中だぜ!
ほら! お二人さん! 道が空いたらさっさと行きなよ!」
荒っぽく腕を振るった天川が阻まんとした新手を叩きのめした。
「いやあ、実に頼りになる方々です。人選が完璧でしたねえ」
飄々と眼鏡のつるを持ち上げた寛治の言葉は半ば以上が本音だろう。
寛治、小夜、すずなだけでは敵の数の荷が勝ったのは確実だ。
よしんば負けなかったとしても頭を取り逃す可能性は高かったと言わざるを得ない。
鈴花、コルネリア、ルカにブレンダ、更には天川。
実に計算高く『腕利き』を頼んだ用意周到なる抜け目の無さは彼の本質を示していると言えるだろうか。
「しかし、気にかかる事も。具藤氏はともかく、果たして臆病な頭目殿は現場に顔を出してくれているものか」
寛治の懸念は尤もであると言える。シンドウ一派はサリューに本拠を構えている。
彼等が張り込む双竜宝冠事件は大きなビジネスだろうが、藤十郎が本拠にあった場合、この場で頭を潰す事は叶わない。
「安心していいわよ」
「と、言いますと?」
「藤十郎はこの場に居るわよ。自分で言うのもなんだけど。
彼は『捨てた女』の影がちらつくような状態で一人で居られる程、強くはないもの」
「成る程ね」と合点した寛治と言葉面に犬歯を剥いたすずなの反応は対照的なものだった。
(道理以上に、譲れないものもあります)
そも、すずなは元より正義の味方を気取った事など無いのだ。
善性がないとは言わない。願わくば世が安寧であれと思うのも確かだ。
しかしながら、彼女は逸脱足り得ずとも武芸者であり、この物語には乙女を絶対的に正当化する譲れぬ恋さえ絡んでいた。
『この機会にかこつけてシンドウそのものを抹殺せんとする行為』は事件の本筋とは関係のない思惑だ。
この仕掛けがパトリス邸の防御の苦難を生じさせていると考えれば、エゴイズムであるとさえ言えるだろう。
さりとて、シンドウからすれば降ってわいた『災難』が破竹の勢いで攻め寄せるのも。
パトリスが今まさに危機に追い込まれているのも、天網恢恢疎にして漏らさず。
人生でのつけは一番しんどい時に回ってくると言われれば、そういうものであると納得する他も無いのだろう。
「――死んだと聞いていたけれど」
シンドウ一派を血の轍にして『薊』の進んだ先にやがて見知った顔が現れる。
「生きていてくれて嬉しいわ、鹿丸……いえ、今は具藤だったわね。
それに、藤十郎『様』もお久し振り。お顔を見れなくて残念だけれど――」
既に刀を抜いた新藤具藤の背後には小夜にとっては懐かしい男も在る。
大きな事件の内にある小さな事件の――ごくごく私的な事件のクライマックスが今ここにあるのは明白だった。
「まだ神は信じているかしら?」
「主の教えに救いがあるのなら、こうなる事はありますまい。『姉上』」
「……ふふ、そうでしょうね。でも私は信じているわ、だって、そうじゃないと斬れないじゃない」
貴方は私の弟だもの、と小夜の居住まいに凄味が満ちる。
「見違えたよ、お小夜。君は男を立てる三歩下がった女だったように思えていたが」
「心外ね。今でもそうしている心算だけど。
……でも、其方はお変わりないようでなんだか安心したわ。
ただ、薔薇の君に睨まれるなんてやりすぎたわね」
「寄る辺の無い混沌生活は中々大変であってな。手法を選ぶ余裕は無かったという事だ。
ローレットに身を寄せれば別の未来もあったやも分からぬが、この私とてお小夜に罪悪感を感じぬ訳では無かったのでなあ!」
『昔の男』とのやり取りは軽妙であり、やり取りを見るに藤十郎も腐っても武士という事か。
奇襲からの猛攻で数を減じた一派と敵方の戦力を見誤るような男では無かろうが、慄く姿は見当たらない。
「一つだけ」
すずなが一歩前に出た。
「貴方は! 許嫁だったのでしょう!
どうして、守って――救ってあげなかったのですか……!」
問うても詮無い事である事は理解している。
しかしながら、『世の中には詮無いからと言って呑み込めぬものもある』。
「それより何より! どうして、今! 小夜さんの前に立ったのですか!
今更ですよ! 出て来ないでくれれば――それで、それだけで良かったのに!」
「お小夜はいい『友人』に恵まれたものだなあ」
藤十郎は「此方にせよ其方にせよ。これは最期故、長広舌を垂れる事を許せよ」と苦笑する。
「出てきたくなぞ無かったよ。いやさ、もう一度出会えるとは思ってもみなかった。
私からすればこの世界は見知らぬ土地で、元はお小夜が居るなんて思っても見なかった。
尤も、悪行の言い訳をする心算は無い。それは私がそういう男だったというだけのこと。
ただ、離れた運命が引き寄せてしまったのはお小夜の信ずる神の問題なのではあるまいか?」
皮肉を述べた藤十郎は立て板に水を流すように続けるばかり。
「感情的になる『若者』に声を荒げるのが大人のやり様とは思わないがね。
守りたかったさ。救いたかったさ。私は私なりにお小夜を愛していたんだから。
だが、あの事件の『白薊』は何時だって余りにも幼過ぎた。
私の予定も、やり方も全て悉くを壊してくれたものだ。
高誠殿が最低限、藩の面子を立てておられれば……
あの時、お小夜が家老様に直訴のような真似をせねば……ああ、いい。詮無い。
愛に殉じて、想いに殉じて私も腹を切れば正解だったか?
……一族郎党を巻き込んで、高誠殿と同じように。投げ捨てれば良かったか? 己の責を」
「――――」
飄々とした口調に篭った僅かな熱に刀を握るすずなの握力が強くなる。
「我が身、非才にして凡百なれば。鹿丸――具藤を救い出すので精一杯。
方々に金子を握らせ、彼を『死んだ事』にし、当家の養子と引き取り、白薊の血脈を残す事を先とした。
彼が私の側に立つ事実で、彼がどう考えているかは理解して貰えると思うのだが。
別に許せと乞い続ける心算もないのだよ。全て最早取り戻せぬ、過ぎ去ったばかりの日々なれば」
「問答はもういいでしょう、『兄上』。
お慕いしておりますよ、姉上。しかし、兄上を斬らんというのならまずは私が相手になります。
いえ、私も標的でありましたな。ならば尚更同じ事」
白刃を闇に煌めかせた具藤は居並ぶ一級の戦士を相手取っても一歩も退く心算は無いらしい。
「藤十郎、貴方に恨みはないの。むしろ弟を救ってくれた恩がある。故にここで止めるわ」
「ええ。ええ、小夜さんも藤十郎殿も。仰る事は『分かりました』」
『かつて小夜の愛したであろう男の、そして小夜の本音を聞けた事はすずなにとって今夜最も僥倖だった』。
迷いあらば刃も曇る。全てを理解し、納得した上で斬に殺意を込められるなら明鏡止水にその切っ先が揺らぐ事は決してない。
全ての事情を勘案すれば何の事は無い。
悪辣の極みなる『シンドウ』なぞおらず、ここに在るのは何の事も無い。『情も愛もある悪党』がいるばかりだった。
「舞台はいよいよ佳境。ですが、これは……」
独白めいた男の言葉を受け、寛治は溜息を吐いた。
例えば自分ならどうするか。愛に殉じるか、それとも逃れるか。
(問うまでもない)
さもなくばあの『幼馴染』相手では勝負の土俵にも上がれまい。
世の中は得てして不都合ばかりが転がっているものであった。
『大人だから』選択の順序は間違わないが、寛治は折れた男を面罵する程、『子供ではない』。
理解はする。されど決してままならぬ。藤十郎とて『やり直せる』なら別の選択肢を選んだ可能性すらあろう。
こんなもの、吐いて捨てる位の苦味に違いないのだけれども――
「……これは思ったより、残酷なシーンと言えるのでしょうね」
――誅滅の結末、決して変わらねど。人間の営みは何時だって芸も無ければ進歩もしないから。
●親子 I
「しっかし籠城じゃなくて挙兵かぁ……王座を狙うにしちゃ動きが早すぎやしねぇかね?」
「何、物事には理由がつきものなれば。それはそうせざるを得ないだけの事だ」
軽口を叩いた『竜の狩人』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)に応じたの他ならぬフィゾルテ自身だった。
アベルト挙兵、更にはフェリクスとの決戦の報は当然このフィゾルテの居城にも届いていたが、ミヅハは素朴に疑問を口にする。
「こーゆー争奪戦ってライバルが減ってから動くもんだと思ってたんだが……
これも侯の策略なのか? まぁ、俺としては間近で軍略を見せて貰うのも悪くはないって話なんだが……」
護衛の『イレギュラーズらしい』言葉遣いや態度もここは咎める事は無い。
「フッフ」と含み笑ったフィゾルテは『珍しく自身に好意的な』ミヅハに腹を立てる様子も無く重ねての問いに答えてみせた。
「甥共は『やらざるを得ないからやっている』に過ぎんのだよ」
「……と言うと? アンタは違う?」
「無論。『やらされる挙兵』と『周到な挙兵』はまるで違うものなのだ。
私はこの時の為に十分な準備を整えてきた。しかし、翻って甥共はどうだね?
お互いに小競り合いを繰り返し――無駄な消耗を重ねた上で今に到る。
アベルトに到っては碌な準備を整える暇も無かったであろう。アベルトに釣り出されるフェリクスも然り」
「……えーっと……」
長い付き合いではないが、フィゾルテの能力を高く評価するミヅハは早晩に彼の言の完全な理解を諦めた。
頭を掻いた彼に出来る事はフィゾルテが御機嫌のまま全てを解説してくれる事を祈るばかりだ。
「……」
一方で余り機嫌の良い顔をしていない『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は複雑な気持ちを禁じ得ない。
護衛を承ったフィゾルテは自身の親友であるアルテミアを監禁した男なのだ。
『自身も含め冒険者の真似事等していれば地下牢に放り込まれる位なら日常茶飯事と言えるのかも知れないが』割り切るに簡単な話ではない。
その上で、シフォリィには目下『些細な悩み事』が存在していたりもする――
(――ヴァン卿には文を出してはおきましたが、結局直接は謝れませんでしたからね……)
――親愛なるヴァン・ドーマン様へ
先日はありがとうございました。
お陰で私の親友は無事に戻り、或いは彼女にとって一番良い未来を歩み始める事が出来たのかも知れません。
その上で些か虫の良いお話とは存じておりますが、その折に伝え切れなかったお話を此処に記させて頂きます。
私はその実、貴方の事を嫌っておりました。
世情の評判ばかりを見聞きし、ずっと貴方の事をただ軽薄な方だと思っておりました。
ですが、それは違ったと認めざるを得ません。
今は己が目で確認もせず、思い込みでぞんざいな態度を取った己を恥じるばかりです。
私はあの男の罪を白日に晒す為にもこの命を賭けて生かす心算です。
私は貴方にお願いをしたいのです。
その間、あの子の大事な物を守って下さい。他ならぬ貴方に頼むのは酷かもしれませんが、貴方だからお願いしたいのです。
そうして、全てが上手く行って――もし私が戻れたら、豊穣の美味しいお茶を御馳走させて頂きたいと思うのです。
乙女かよ。
(ああ……何て手紙ですか。もう、もう! ああもうなんで、こんな事を気にしなければいけないのか!?)
「想像はつくかね?」
「アベルト公子は病床より早く立ち上がり、己の覇気を示す必要があった……という事では」
銀色の美貌に眉根を寄せたシフォリィの表情をどう受け取ったのかフィゾルテが水を向け、内心で七転八倒したシフォリィは即座に冷静な我に返る。
その短い言葉のやり取りにミヅハは首を傾げるが、実を言えばシフォリィの方はフィゾルテの言葉に幾らか合点と目安を得ていた。まぁ、見ての通りこれはミヅハとシフォリィの勘の良さの問題というより『貴族仕草』への理解の問題と言えるだろう。
「アルテロンドの娘だったか、流石だな」
「皮肉ですか」
「いや? 皮肉なぞはそも並び立つ相手に吐くものだ」
没落した実家の事を大貴族に持ち出されればその渋面も一層のものとなる。
それでなくても、シフォリィはアルテミアを救出した謎の一団が自分達でないとバレていない心算は無い。
その上でフィゾルテがシフォリィを護衛として受け入れている事実が、相手の厄介さを告げている。
「要するに、アベルト公子は勢いを得る必要があったという事。
フィゾルテ侯と違って、彼はあくまで完全な実権を掌握していない公子に過ぎない。
誰よりも出遅れた以上、『本命』としては誰より早く『結果』を出す必要があったという事でしょう?」
フィッツバルディ派――その中でもアベルト支持を形成する連中も熱意にしても実力にしても思惑にしても一枚岩ではない。
何時何処に転ぶかも知れない連中を纏め上げ、双竜宝冠の挑戦権を確固たるものにする為には戦争が必要だったという事なのだろう。
レイガルテの実弟、大貴族たる侯爵として数十年も君臨するフィゾルテと子供達の基盤の強さはまるで違う。
「先の問いに戻そうか。何故私が挙兵したかなぞ簡単だ。
やるしかないアベルトがフェリクスとぶつかるのなら、アベルトに連戦を強いてやるのが一番勝利の確率が高かろう?
論理的に分かり易い形勢不利を見せつけてやれば風見鶏もより動きやすくなるだろうよ。
翻ってここで篭ったらどうだ。『予想通り』勝利するならアベルトはより勢いを得た上で、態勢を整える事が可能になろう」
「はあ」と感心した声を上げたミヅハは己の見立てが間違っていなかった事を確信する。
(このバケモンが操られてるって……そんなバカな話があるもんか。
これを自由に操るなんてそこら辺の人間にできる訳ねぇよ。つーか、あの優男ホントに探偵なのか?
こんなの操れるなんて魔種くらいなもんだぜ。それも並じゃねぇ。例えば冠位クラスの――)
ミヅハはフィゾルテを『一枚上手』と見ている。
真相は兎も角として、彼にはこの厄介な古狸が負けるような絵は見えなかった。
「サービスが良すぎるのでは?」
「良いではありませんか。護衛とクライアントの意思疎通、信頼関係が増すのは良い事でしょう?」
ここで軽い笑みを浮かべながら側近のカラスが口を挟み、シフォリィはこの言葉に軽く釘を刺した。
フィゾルテの行軍はアベルトとフェリクスの決戦に乱入するタイミングには無かろうが、バーテンや多くのイレギュラーズは事件の中心地は間違いなくフィゾルテとカラスの傍に在ると見ている。
「おや。これは失敬。ははあ、美しいその顔に曇りが見える。どうやら嫌われてしまいましたかな?」
「そうですね。戦場に到る鉄火場で、美しいだなんだ――あんまり軽薄な殿方を好む理由はないですね」
お互いに薄ら惚けたやり取りは、言葉の切っ先で小さな火花を飛ばしていた。
「そうそう。お抱えのカラス殿は『忙しそう』だからな?」
「ローレットの俺達なら、アンタも幾らかは信用出来るだろ?」
「勿論。では、ごゆるりと歓談をば」
嘯くミヅハと『竜剣』シラス(p3p004421)も牽制に皮肉れば、無論『主君』を前に猫を被るカラスは慇懃無礼な礼をしてこの場を早々に引き下がっていた。
バーテンの推理に拠れば『事件を引き起こした張本人』であるカラスはイレギュラーズ達の最大警戒対象となっている。
カラスの目的は十中八九、フィゾルテ自身であるが、『タイミング』は何よりも重要だろう。
従って、今この瞬間カラスが凶行に及ぶ可能性はほぼ無いだろうが、いざという時イレギュラーズを信頼して貰えない局面は避けたい話だ。
『堂々とフィゾルテの護衛として付き従う』のはミヅハとシフォリィの二名だが、
「正念場という訳だ。いや、鉄火場を望んでいる訳ではないのだがな」
追加で一つ皮肉めいた『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)も長らく活躍した情報拠点――【猫の家】を引き払い、この表舞台に登場している。
「猫の手も必要な状況なら、な。名探偵の推理もある事だし」
「……そうだね」
伝わらぬように独白めいた汰磨羈に『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が頷いた。
(バーテン殿の言う通り、実行犯は兎も角、事件の主犯はカラス殿で間違いないだろう。
その言を信じるのなら、この事件の根幹はカラス殿がフィゾルテ侯に抱く怨恨が全ての原因)
ヴェルグリーズはそこまで考えてミロシュの仇を取ると息巻くラウルの事を思い出した。
彼は情緒が比較的薄い『剣』なのだが、美しい感情で自身を振るった主君が在ったが故なのかも知れない。
ラウルは成り行き上で関わるようになった人物ではあるがヴェルグリーズとて、彼の主君を想う気持ちには感じ入るものがないではなかった。
(……)
ヴェルグリーズの直接のクライアントになるヴィルヘルミーネはこの事件に軟着陸、玉虫色、大人の解決……
何でも良いが、ハッキリさせない事こそを望んでいるのだが、それは彼に期待するには結果的に人選の失敗になったと言わざるを得まい。
(俺は――この先に起こる事件を予測しカラス殿がフィゾルテ殿を害する瞬間を押さえる。
そうして……その罪を償わせる、それが俺の為すべきことだ)
今回の事件は幻想の貴族社会が生み出したものかも知れなかったが、カラスを見逃したとして浮かばぬ瀬がある事を彼は誰より知っていた。
ミロシュ、リュクレース、その周りの人達の無念は如何程のものであったか想像も出来ぬ。
カラスがフィゾルテを害しただけならば兎も角、あの一癖も二癖もある公子達は決して殺されねばならぬ人間では無かった筈だ!
アルテミアの祖父ロギアやテレンツィオ等、内戦を食い止めんと動く人間も多いが、事態はそう簡単ではない。
(あの無念を、一体誰が持っていってくれるんだい?)
ヴェルグリーズは何度考えてもそれを自問せずにはいられなかった。
(目を瞑ることは……俺には出来ない。なら、引けない――)
――つまり、カラスには報いを与え、償わせねばならない。
兄に対してシラスが感じているかも知れないヒューマニズムは十分理解出来る。
だが、ヒューマニズムを理解するのなら犠牲者側を気にしないのは片手落ちが過ぎるとも思えた。
彼はシラスと特に親しい関係では無かったが、彼が誰より強かな一人である事は知っていた。
彼の思惑を正確に測る事は不可能だが、可能性として――実兄を逃れさせたいと思うのなら、彼は今日のヴェルグリーズにとって強敵足り得よう。
「余り、気負うな」
不意に向けられた汰磨羈の言葉にヴェルグリーズははっとした。
「様々思惑も問題もあるのは私も承知している。
然して、此度の事件は生憎とそう簡単なものではないぞ。
取らぬ狸の皮算用ばかりでは、本命すらをも見逃すぞ」
「私は猫だが」と冗句めいた汰磨羈にヴェルグリーズは「ありがとう」と応じた。
(……はてさて、シラスに協力するも吝かではない。
だが、ヴェルグリーズの思惑も分からんでもない。
……第一が、祈れよ。シラス。もしカラスが魔種と化しておるならば、問答すらも無用になろう。
うむ、バーテンよ。お主の看破、確認するにも一筋縄ではゆかぬかも分からぬぞ……?)
『最悪』を想起するならイレギュラーズ同士の激突さえも否めない情勢だ。
『その時』があったならどう動くか――正直、汰磨羈でさえも決めかねている。決めようがない。
……双竜宝冠だけではなく、イレギュラーズさえも一枚岩からは程遠い。
彼等はそれぞれの思惑を以って虎視眈々と『その時』を狙っている。
殆どの目的は『事件の解決』だが――
フィゾルテの無事が必要か。
カラスをどう断罪すべきか。
いやさ、それ以上。背後に臭う『どぶ川』をどうするか。
――その解釈は別々だ。『差が有り過ぎる』。
(……ああ、実際。シラス達が何を企んでるかは知らねぇけどよ)
成る程、ミヅハが見ても分かる程度にはシラスの横顔は鬼気さえ帯びており、この事件への尋常ならざる想いが感じられるものだった。
「まぁ、私達がついているのですわ。ゼシュテルの鋼鉄船にでも乗った心算でドンと構えていて宜しくてよ!」
「……海洋王国大号令であれって殆ど沈まなかったっけ?」
「御存知ありませんの!? こういう緊張する場ではゼシュテルジョークで場を和ませるのが淑女の嗜みなのでしてよ!!!」
『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が意図的にそれを言ったかは別問題にして、彼女がこんななりでありながら実は結構な友人想いである事は事実である。
(名探偵の推理は置いておくとしましても……
リュクレースの件も何も、状況からして一番怪しいのはやっぱりカラスですわよね。
でもシラスの唯一の家族なのは事実。……彼が大方の予想通りの犯人だとしたら、私はどうすれば良いのかしら……?)
本当に人は見た目にはよらないとは彼女の事だ。
普段ならこんな厄介な話、投げ出したくもなるのだろうが、ヴァレーリヤは乗りかかったこの船を中座する心算は無かった。
有体に言えば、彼女はシラスを心配している。実兄(カラス)が事件の真犯人であるとされ、護衛する対象が人生の仇の象徴であると理解したシラスに完全な平常を求める事は幾ら何でも人の心がない要求と言わざるを得まい。
まぁ――当のシラスがこれを知れば「後で何請求されるか分かったもんじゃない」位の悪態を聞けるのかも知れないが。
「笑えない冗談っていうか、普通に不吉だろ。それ」
「最終的に勝てば良かろうというものなのですわ!!!」
「ゼシュテルならな」とシラスは肩を竦めた。
「……もう。本当にしょうがないこと言ってる」
ヴァレーリヤとのやり取りで幾らか『ガス』の抜けたシラスに『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は小さな安堵の溜息を吐き出している。
「いよいよ佳境だね」
「ああ」
「……とはいえ、私のやることは変わらないよ。
この事件の犯人を突き止めて、かつ誰の生命も奪わせないこと!
……無実の人が死なないのはもちろん、犯人も罪を問うにしろ償うにしろ生きていてこそ。
死んじゃったら、すべての可能性が潰えるんだから」
「……だろうな、うん。そうだろう、アレクシアなら」
何とも難しい顔でアレクシアの言葉を肯定したシラスの中には迷わない彼女とは対称的な葛藤ばかりが燃えていた。
実際に『犯人ではない』フィゾルテは「大変結構」と頷き、一方のカラスは言葉を小さくせせら笑う。
複雑な人間関係と思惑が作り出す奇妙な静けさはまさに嵐を待つ猶予の一時であるようだった。
(そうなんだ)
アレクシアは内心だけで決意を新たにした。
(どれだけ綺麗事だって言われようとも、命を奪う行為はまた次へと同じことを繋げるだけなんだ。
どこかでそれを断ち切らなきゃいけない。どこかで辞めなきゃいけないんだ。
たとえつらくとも、苦しくとも――耐え難くたって。
それは復讐だ。怨恨だ。それにこの国の貴族の在り方にしろ何にしろ、全部そうなんだ。
不幸を招く流れは、一つずつ断っていかないと、結局は何も変わらないんだ――)
少なくともアレクシアは傍らに在り続けた不器用な青年がこれ以上傷付くのを見たくはなかった。
彼は少年から――気付けば青年の顔に変わっていたけれど、彼女の知っているシラスに何も変わりは無かったから。
●決戦 III
――Auf zum Schlachtfeld.(戦場へ)
Auf zur Front.(前線へ)
Und auf bis zu eurem Tod.(そして死地へ)
死神たるフロイントは今日も謳う、朗々と。
「僕はボスのために戦う駒だ。これが何を意味するのか、よくよく考えて貰いたいね」
「『騎兵隊』の先駆けたる者、エレンシア=レスティーユだ! まずは挨拶がてらに貰ってきな!」
派手な『一発』はエレンシアの見事過ぎる『挨拶』であり、戦場の鏑矢になる――
【騎兵隊】の乱入により、公子同士の決戦は予想外の展開に振れていた。
第三極の存在は本来早々に全力でぶつかり合う筈だったアベルト・フェリクス両軍の動きを確かに良く食い止めた。
強い逡巡、打算、侮られたかのような挑発への怒り……
渦巻く感情は確かに場を掻き回し、それを企図したイーリンの思案の通り時間を稼ぐという状態を作り出したと言える。
さりとて。
【騎兵隊】の在り様は美しく勇猛で同時に余りにも挑戦的過ぎた。
イレギュラーズは冠位魔種さえ撃滅せし、名にしおう勇者の集まりだ。
さりとてフィッツバルディの両軍は幻想にて最も高貴な血筋に近い貴族達の連なりである。
意気旺盛な彼等が如何な勇者とて、部外者に控えよと言われて止まると思うならば――それは幻想の理解が浅すぎると言えるだろう。
「色々頭に血が上ってるんが多い事多い事! ほな、頭冷やしてもらいましょか!」
間違っても殺さないよう、注意を払う彩陽が荒れ狂う指向の雷で兵士を叩く。
「まあ、嫌われたもんですなあ」
「――そりゃあそうよ!」
実を言えばイーリンは最初から『これ』を承知していた。
両軍が【騎兵隊】のみで止まる事等無いのだと。こんな不品行な介入をすれば袋叩きは当然だと。
だから、イーリンは臆面も無く『予定通り』旗の下の仲間達をこき使うだけなのだ。
「――だから皆、頑張んなさい!」
厳密な始まりがどのタイミングだったかを確認する術は無かったが、アベルト・フェリクス両軍と【騎兵隊】の乱戦はなし崩し的に始まっていた。
但しこれが彼等にとっての僥倖なのか不幸なのかは知れなかったが、幾分か敵意(ヘイト)を引き受ける量は【騎兵隊】が勝っているように思われた。
本来の敵軍同士も問題だが、これは彼等が『貴族階級の敵』と考えられた事に起因するのだろう。無論、フェリクスもアベルトも損を引く気はない。あくまで互いの様子からは目を切らず、まずは目障りな相手を叩き潰さんという風情なのだろう。
「騎兵隊を助け犠牲を一人でも減らす――」
元より多勢に無勢、間違っても優勢を取れるような話でもない。
三つ巴とは言え、かなりの敵意を買う事に『成功』した【騎兵隊】を下支えするのはまさにこの局面を凌ぐ事に力を発揮する華蓮だった。
「――今の私にこの戦いを治める力が無いなら……まずそれだけでもやり切りましょう!」
気を吐く彼女は元々間違っても猛々しいタイプではないが、これも長らくの成長と言えるのだろう。
「帰りましょう。あなたが愛する人の元へ。生きて帰りましょう……ただただ、それだけを願います」
常日頃から優しさが勝る彼女もまた、幾多の戦いの中で折れてはいけない場所で折れないしたたかなしやかなさを身に着けていた。
支援役である華蓮とはいえ、前も後ろも右も左も無茶苦茶な戦場では敵の圧力に晒されるのも止むを得ない。
軸の一人である彼女を狙った一撃をミーナの刃が弾き上げた。
「悪いけど、こちとら白兵戦もそれなりにやれる暗殺者なんでね。そう簡単には負けないよ」
嘯く彼女は複数の敵兵を引きつけ、その技量でいなしながら食い止める。
戦いはそこかしこで激しさを増していた。
「私の名はレイリー=シュタイン! 貴方達の全て受け止めてあげるわ!」
玲瓏たる宣言は戦場に轟く白き衝撃の如くであった。
「――この白き城塞、何人たりとも越えさせない!」
絶対の宣言の下でレイリーが猛烈な勇戦を続けていた。
「魔種とか魔王とか、嫌な動きはどんどん強くなっていくばっかり!
……だってのに、怪しい事やりあったりいがみあったり、いい加減にしろっての!
どうしてもやり合いたいって言うなら、相手になってやる。根気比べなら、オレは大得意なんだからな!」
抜群の存在感を見せたプリンが気迫で敵方を圧倒している。
無論、【騎兵隊】は如何な劣勢でも防戦一方を是認するような連中では無い。
「魔種から人々を守る、その目的に派閥は関係ない。人間同士の戦いで消耗してる場合じゃないはずなのに!」
「消し炭になりたくなければ、止まる事をお勧めしますが」
「貴族とは強き者に従うためにその剣を振るうのではない、弱き民を守るためにその剣を振るうのだ!」
攻め手もさるもの。飛行して撃ち下ろすオニキスのマジカル☆アハトアハト・QB、更には渾身の大火力を投射するステラの『砲撃』を従えたシューヴェルトがシェヴァリオンに跨り仲間を先導する――道を作れば、仲間達はその奮闘にこそ奮起する!
「どうしてここまで……!」
「どうして?」
思わず漏れた敵兵の言葉に命を奪わぬ不殺の一撃を放ったムサシが応じた。
「どうしても何もない。自分は――自分はこの不毛な戦争を止めたいだけだ」
傷付いても退かない。
「誰にも家族が居る」
不利を承知で、痛みを承知で立ち塞がる。
「愛する者も居る」
イレギュラーズの在り様を恐らく貴族の一派は理解出来まい。
「いや、それ以前にこの戦争は家族同士の殺し合いだ」
捨て置けるものかとムサシは思う。
自分がヒーローを名乗るなら、否。少なくともそう在りたいと願うのならば決して退けない理由が十分過ぎる!
「分からないなら、自分は決して越えられない。いや、決して越えさせない。
その問いを向けてくれた事を感謝する。お陰で『もっと力が沸いてきました』」
嘯いたムサシも少なからぬ消耗を負っている。
但し、そんな言葉はあながち強がりばかりとは言えなかった。
「いやあ、当たるもんだな。
いや、当たれとは思ったが。今回だけは――本当に、心から」
「女難の相って、まあ女難の相だよな」と零したベルナルドの視線の向こうで一人の女が大立ち回りを見せていた。
「ホントにどいつもこいつもお邪魔虫!」
憎々しげに呟いたのは一閃を止められた紫乃宮たてはその人だ。
追い込まれたフェリクスの数少ない勝ち筋はアベルトの首を一足飛びに取る事であった。
当然ながらそれを察知するアベルトはザーズウォルカを自身の護衛につけ、暗殺に細心の注意を払っていた。
だが、悪態を吐いたたてはが睨みつけるのは幻想最強の黄金騎士ではない。
「何の因果かふたりの凄腕に狙われている御仁故、義によって助太刀いたすー!
名のある連中(ネームド)との対決なんて浪漫だぜ。混沌に爪痕残さねーとな!」
相も変わらず掴み所のない調子で胡乱に応じた鈴音にたてはが明らかに苛ついていた。
梅泉から離れるだけでそうまで性能が急上昇するのか、彼女のやり方は今回徹底していた。
戦いの混乱の中、密かに忍び寄り。遅延と防御のスペシャリストである雪之丞をザーズウォルカにぶつけ自身がアベルトを『獲り』に来ていた。
圧倒的な攻撃型でなければそう簡単に捉え得ぬ雪之丞ならば時間を稼ぐとの判断だろうが、それは果たして正解であった。
「ああ、もう。本当にローレットって連中は!」
……彼女の誤算はたてはの『匂い』を辿る事で襲撃のタイミングをほぼ完璧に看破した女難の男(ベルナルド)の存在をはじめとするアベルトの護衛――『お邪魔虫』が予想以上に多かった点である。
さしものイレギュラーズと言えども、紫乃宮たてはを一人で止められるような者は居ないだろうが、逆を言えばたてはとて、複数の立ちはだかるイレギュラーズを簡単に突破するような真似は出来はしない。昔ならいざ知らず、今の彼等は鍛え上げ、練り上げてもいるのだから。
「美人さんとお話出来るってこういう事だよなあ!」
へらりと笑ったジュートの攻めが数歩たてはを後退させた。
「……っ……!」
「まあまあ。そんな顔しないで。
たてはちゃん。暗殺の依頼を受けてる以上、いざこざが終わるまで戦う義務があるなら、とことん付き合うってもんだからさ!」
「ちゃんとか言うな、あんぽんたん!」
言葉の調子とは裏腹に、紫色の殺気を蝶のように広げたたてはから本気が奔る。
(やはり、旺盛。いやはや、狙うべきはたては様でしょうね。
彼女が引けば、雪之丞様も引くだろうから)
猛烈なる彼女を冷静過ぎる位冷静に分析した冥夜が牽制した。
「……」
「戦いの途中に余所見?」
たてはが気になるのか苦笑した雪之丞にイグナートが言う。
「もうこうなったら大騒ぎは止める手がないからね!
せめてこれ以上滅茶苦茶になるのは勘弁ってヤツなんだよ!」
「貴様もフェリクス様の手の者なれば、私は是非を語る立場にない。
だが、イグナート。その男、余所見と呼べる程には隙がないように見受けられる」
「まあ、そりゃあ、ねえ?」
嫌という程、相手の厄介さを知っているイグナートは言われるまでも無く理解している。
雪之丞の氷の剣は時間を縫い止める為にここに在る。
ザーズウォルカや自分が同時にかかれば負ける事は無いのも分かっている。
だが、これに『勝ち切る』のは相当の困難だ。そしてたてはに相対する連中は時間を稼げても『勝てはしない』。
つまり、この局面を防ぐならザーズウォルカをたてはにぶつける必要があるのは間違いないのだが、それが簡単な話になっていないのだ。
紫乃宮たてはと刃霧雪之丞。二人の剣士と相対するイレギュラーズ達。
「アベルト様!」
我が身を慮るベルナルドの強い警告にアベルトが小さな呻き声を上げていた。
「アベルト様、引き時です! 御身より大切なものがありましょうか!?」
「それでも……」
危険は承知、ここで退けば『目』は無いのだ。
アベルト・フィッツバルディは打算混じりながらに自身を守ろうとするベルナルドの言さえ跳ね除ける他はなかった。
「……それでも退けぬ。これも『双竜宝冠』の為なれば!
この程度で退けば、弟(フェリクス)もこの兄を笑おうというものよ!」
――嗚呼、この場所もそう安穏とはしていられそうにない。
「戦国時代に、似たような話が確かありました」
冬佳は小さく嘆息した。
「油断した敵軍を十分に引き付けてから鉄砲と弓と投石で一斉掃射し、混乱した所に突撃し寡兵で大軍を打ち破ったという戦。
この場合、私達の術による爆撃が鉄砲掃射の代わりになりますか。
……兵力差で確実に踏みつぶせる。間違いではないけれど凡将の印象は拭えない。
窮鼠は猫を噛むものです。どうやらその計算は入ってないとお見受けします」
逆転の搦め手を狙う当のフェリクスも戦場にある。
死力を尽くすフェリクス軍も、
(この事件の下手人は後継者候補に死んで欲しいはず。だからこそ、私はその人たちを守ることに注力するだけ――)
その旗印を守る事に全力を尽くすフォルトゥナリアもまた困難の連続に立ち向かわねばならないのは必然であった。
「――前へ! 退かぬ防御を!」
凛然と声を張るフェリクスの横でリースリットも熾烈な現況に少なからぬ焦りを抱えていた。
(思ったよりは随分強い。それに、短絡の極みと思いましたがそれでも一応は『公子』という事か)
彼女にしては辛辣なアベルト評の原因はこの状況がもたらす事情を十分に含んでいるが、とびきりの凶手の対応を余儀なくされるアベルトよりも、フェリクスの置かれた現況は甘いものでは有り得ない。
(あんな事があって、ヴァン卿にも随分と迷惑を掛けてしまったわね……
彼からすれば、これ以上私に首を突っ込んでほしくは無いでしょうけど)
「やるしかない、って事だろうけどさ!」
ウィリアムの渾身の一撃が内心で呟いたアルテミアの憂いと肉薄してきた敵兵を一度に吹き飛ばす。
「……そうね、やるしかないわ」
誰に迷惑をかけても、例え怒られても謗られても。
ヴァン・ドーマンが『お転婆』と称したアルテミアは決めたらならば真っ直ぐだ。
自分を自分で押し殺して、冷たい牢に閉じ込めてきたのに。
「アルテミア、まだ平気? 大丈夫?」
傍らで自らを慮る彼(ウィリアム)が全て壊してしまったのだから。
「ええ!」
そう力強く頷いた彼女は自分に素直になる以外の選択肢を持っていない。
「何だか、季節の割に気温が高い気がするわ」
珍しく冗句めいて、
「全く人使いの荒い……貴族のお嬢様というものも、思い切ったら随分過激なものなのね」
珍しく愚痴った舞花が高く鋼の音を泣き喚かせて突き出された槍の穂先を刈り取った。
一流の剣士たる彼女の様は流麗で、見る人間が見たならば目を細めたに違いないがこの乱戦に審美眼等無いだろう。
「まぁ、『仕事』とはそういうものでしょう?」
肩を竦めたアリシスに舞花も似たような仕草を見せた。
「パウル・ヨアヒム・エーリヒ・フォン・アーベントロート……
昔、ディーテリヒ様から聞いた事がある『宝石の森(エーデルシュタイン)の鴉殿』……
まさかも含めれば、だけれどね。仕事を選べるのなら私だって『そちら』だったわ」
アリシスの言葉は冗句を含み、何処か皮肉めいていたがその戦い振りは中々大したものであった。
『思い切ったら随分過激な』リースリットが今回のクライアントである以上、そのオーダーは『全力でいけ』に他ならない。
むしろ嘯く彼女等の物言いは、半ば状況を鼓舞する意図を持っていた。
実際に余裕めいた彼女達の美しい戦いを見れば、士気も否が応無く上がるのである。
「うーん」
一方でこの激戦の鉄火場こそを楽しみにしていた者も居る。
「『ここ』だと思ったんだけどなぁ、まだ『どぶ川』の臭いしてない感じ」
冠位色欲ルクレツィアを指すその言葉を待ち望むような人間はそう多くあるまい。
乱れた戦場こそ自分の狩場とばかりに縦横無尽の大暴れを見せるのはソアだった。
ローレットのイレギュラーズの中で取り分け獰猛で、取り分け奔放な彼女は自慢の爪牙でこの戦場を切り裂き続けている。
本能を解放した彼女は飛び散る返り血すらもぺろりとピンク色の舌で舐め、例外的にこの場所を愉しんでいた。
「まぁ、どぶ川さんが来ないなら――まぁ、来なくても。
フェリクスさんが一番助けたくなる人だったから、まあいっか」
気分屋にして無軌道な『野生の虎』は厳しい戦場で指揮を執るフェリクスに聞こえるように大声で言った。
「ね! フェリクスさん!
ふっふーっ、お礼は豪華ディナーでいいからね!」
「……これは浮気に数えられませんよね?」
「はい。まぁ、ただ――」
微苦笑を浮かべたリースリットはたっぷり逡巡して言葉を選んでやっと続けた。
「文字通り『食べられない』ように、その。御武運(?)を……」
●『お茶会』III
コン・ゲームのような会話は続いていた。
「結局は、何処まで想定していたのです?」
「別に?」と惚けたパウルにマリエッタは「いいえ」と首を振った。
「パウルさんは、恐らく最初から着地点を見ていたのです。
でなければ、不干渉を気取ったりはしないでしょう?
貴方は、幻想自体の滅亡なんて望んでいないのですから」
「フン」と鼻を鳴らしたパウルはマリエッタに応えるでもなく言った。
「僕は僕をあんな目に遭わせた連中を過小評価なんてしないサ。
まあ、色欲でも何でも傲慢の極みも持ち合わせる冠位連中がどうなんだかは知らないがネ。
『少なくとも人間は失敗から学習する』。
こんな所で油を売る奴も居る位だ。僕の見立ても案外買い被りだったかも知れないガ」
パウルの強烈な嫌味にマリエッタはニコニコと笑っていた。
本当に嫌そうな顔をしたパウルは言葉を続ける。
「元からこの事件をどうにかする鍵なんて幾つかしかないんだ。
諸君が諸君なりに頭を絞ればやり方なんて分かるってモンだ。
決戦は佳境、あの面倒臭い女(イーリン・ジョーンズ)が退場したなら、そろそろ次のキャストだろ。
……しかしねェ。まあ、何だ。アレは介護が随分要りそうだけど、案外捨てたもんじゃないんだロウな。
ううん、認めたくはないガ――何だ、僕が思うに『アイツ』に一番似てるんだよなア……」
●決戦 IV
果たして見てきたように語る魔術師の言の通りであった。
長らく戦場を掻き回し、状況を滅茶苦茶にしてきた【騎兵隊】の動きはいよいよ減退の頃合いを迎えていた。
敵を倒し、屠る戦いならばいざ知らず。ただでさえの不利に重ねて『一方的な不殺』を掲げればそうなるのは当然だった。
騎兵隊の動きは、割合多く戦力的不利を抱えるフェリクス側に寄与したが、それを加味してもフェリクス側もかなり厳しい。
アベルト側はと言えば、前のめりに食らいついた凶手達が未だ粘り強くやり合っていたが、決め手には欠いている。
一同の活躍でアベルトとフェリクスの正面衝突が大きく遅延されたのは事実だが、犠牲者を防ぐという意味において最早そのやり方は限界であった。
故に、この先は決まっていた。
――正面衝突。
唯でさえ感情が行き違い、相手に敵意を抱いているアベルトとフェリクスである。
更に言えば二人は感情論を捨て置いても自信を支持する貴族派閥の利益代表者である。
ならば、実際に兵を出した貴族達が直接本格的に殺し合えば和解の目等何処にもなくなるのは言うまでもない。
八方塞がり、言葉を変えれば手は及ばず、時間切れ――
『犯人』が双竜宝冠の勝利をフィゾルテに捧げた上で動き出すその心算なら、ここが止まらぬのなら元より勝ちの筋等ありはしない。
遠く離れたフィゾルテ軍の真ん中でカラスはゆっくりと待てばいいだけなのだから!
だから、これで『詰み』の筈だった。
――もし、その声が響いていなかったのなら。
「――そこまでだ! アベルト公子! フェリクス公子!」
誰のものかと疑うかのような朗々としたその声は白馬に跨った一人の男のものである。
「……は?」
思わずイーリンが間の抜けた声を上げた。
「はい……?」
リースリットの美貌にハテナが浮いた。
「……ええっと……?」
「は、ははは……」
ソアは首を傾げ、ベルナルドは思わず乾いた声で笑うしかない。
「ま、まさかの展開っス……よね……?」
戦いを続ける葵だって、疲労も忘れ、思わず疑問形で状況を確認せずには居られなかった。
白馬の主の名は――誰あろう、かのフォルデルマン三世であった!
「流石陛下にゃ……にゃ!」
恐らくは人生で初めての大舞台に案外しっかりと胸を張るフォルデルマンを眺め、傍らのみーおが耳をピンと立てていた。
「屑が双竜汚すのも冠位の手先が継ぐのもお断りだからね」
同道したヨゾラにしても争いを止める事は何よりも重要。
「まあ、王座に座るのがフォルデルマン陛下であるのならば、究極的には事件が解決さえすれば結末はどう転ぼうとなんら問題は無い。
だが、それ故に陛下のご意向は絶対でなければならないのだ」
当然だ、と言わんばかりに『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)が頷いた。
(リーモライザの求めるところは『幻想三貴族の変わらぬ拮抗』、つまり現状維持だ。ならばこれは最上の筈)
ヲルトの糸を引くのはクロード・リーモライザ。冷徹なるリーモライザ家の現当主であった。
クロードは厳格な男だが、フォルデルマンの側近とも呼べる王党派であり、同時に彼を最も強く支持する貴族の一角であった。
クロードはフォルデルマンの胡乱な願いを彼なりに解釈し、最善を目指すだけだ。
今回で言えば「何とか穏便に済ませたいものだ」なる呟きを聞けば、その為に必要な手段をかき集め、全力を尽くすという具合である。
命をも惜しまずフォルデルマン、或いはリーモライザに忠誠を誓うヲルトにとってこの事件の軟着陸は最優先するべき事柄であった。
(この一連のお家騒動の解決は陛下が関与したお陰である、ということが印象付けられればいい。
陛下こそが幻想を統べるにふさわしい。その為には、フィッツバルディの醜い共倒れなどあってはならない。
歯車を再び噛み合せる必要がある。その為なら、オレは何だってするだろう)
直接の任務はヲルトに。しかし、フォルデルマンを預ける以上、クロードもそれを十分に信頼していると言えるだろう。
ヲルトの沈思黙考の一方で『こちら』は全く屈託ない。
「ふっふーん、フォルデルマンはボクの友達だからね。やる時はやるんだよ。ね、ガブリエルさん!」
「は、はあ……まあ、その、はい」
誇らしげに言った『魔法騎士』セララ(p3p000273)に応じたガブリエル・ロウ・バルツァーレクの反応は何とも言えないものだったが、現実としてはセララの言う通りである。『何とも驚くべきか、フォルデルマン三世は一軍を率いてこの決戦の場に現れたのだ』。
「本当に、やる時はやったんだよ!」
しみじみと言葉を重ねたセララはここに到る前、王宮でのやり取りを思い出していた。
――この事件の終わりについて。
フォルデルマンは、フィッツバルディの誰かが犯人だったらその人を裁くって事で良いんだよね……?
――ああ。フィッツバルディは私の大切な臣下だ。犯人が別に在る事を願っているからな。
――ローレットはその辺りの捜査をしているんだよ。犯人は分かるかも知れない。でもね……
分かったとしても、切っ掛けか、或いは強制力か。そういう何かが無いともう止まれない段階になってるのかも知れない。
――うむ、しかし私は自慢ではないが何の実権も無いお飾りのようなものだぞ?
自慢ではないが政の全てはレイガルテが、厄介事はリーゼロッテが、調整はガブリエルが何とかしてくれる事になっているのでな!
――ほ、本当に自慢にならないけど! それでもフォルデルマンには裏表が無いし、フィッツバルディ同士の憎しみを止められるかも知れないよ。
――そ、そうか? そういうものか?
――うん。犯人が犯行に及んだ動機はもしかしたらこの国の根深い問題に絡んでいるかも知れない。
でも、だからこそ王様のフォルデルマンなら何かを変える事が出来るかも知れないと思う。
フォルデルマンは権力も実績も実力も無いって言うけどね。
ボクはキミの事が好きだよ。フォルデルマンには政治の才能は無いかもだけど、人に好かれる才能はあると思うんだ。
だからね、大きな目標だけ立てて皆に手伝って貰うスタイルで行こうよ。
キミが駄目な案を出したら修正して素敵な案にして貰えば良いんだよ。キミが出来なくたって誰かがきっと助けてくれるから!
「……まあ、ここまで持って来れたのはガブリエルさんのお陰でもあるけどね!」
「恐縮です。しかし、お礼を言いたいのは此方の方ですよ」
以前に比べ幾分か覇気を増した顔でガブリエルが微笑んだ。
「丁度、フラーゴラさんが此方にアプローチをくれていた所でしたからね」
ガブリエルの言葉に「えへへ」と少しフラーゴラがはにかんだ。
「い、一応果ての迷宮ではバルツァーレク派だし! ガブリエルさんが今回の話をどう考えてるのかと思って……!」
三大貴族の一角――さりとて実力では大きく劣る、そんな遊楽伯ガブリエルはかつてリシャールに見限られた男である。
しかし、その彼も『尻を蹴っ飛ばす彼女(リア・クォーツ)』の存在で随分とたくましさを増したものであった。
実力及ばぬ事を知りながらも、この決戦を調停せんと兵を集めていたガブリエルの動きはセララの強い説得で腰を上げたフォルデルマンにとって最大級の渡りに船だった。王宮の親衛隊位しか自分の私兵を持たないフォルデルマンでは『恰好付ける』事さえ難しかっただろうが、こうして遊楽伯爵の軍を背後に置けば王者の風格も幾らかは滲もうというものであった。
「……あの、私もお礼を言って構いませんか?」
「???」
「ありがとうございますありがとうございますありがとうござますありがとうございます!!!!」
(別にいいけど、どうしてだろう?)
シャルロッテの事情等、改めて説明すれば語るに落ちるが過ぎるだろう。
涙ぐむシャルロッテの表情に思い当たらない『子供』なセララはさて置いて。
幾つかの偶然と閃きと努力で生じたこの『第四極』の登場にアベルト・フェリクス両軍が凍り付いたのは確かな事実であった。
とても弓を引ける相手ではないのだ。
「今この時ばかりは。私が陛下の手に、足に、剣になります。何なりとご命令を」
恭しく礼を捧げるヲルトの姿は決しておかしなものではない。
如何な無能とて、如何なお飾りに過ぎなかったとて。
フォルデルマン三世は幻想においてアイオンの血を引くという一点のみをもってある種のアンタッチャブルに違いないのだから。
『彼が片鱗ながらもその王器を見せたのなら、誰も勝てる者等居ないのだ』。
「今一度告げる!」
フォルデルマンの名代の如くヲルトが力強く宣言を響かせる。
「この事態に陛下は酷く心を痛めている。『これ以上、この場で無駄な血を流すことは、レガド・イルシオンが看過しない』!」
リーモライザが許さない、に『少しのスパイス』を盛り付けて、仰々しく言えば、両軍はその勢いを消沈させずにはいられなかった――
●親子 II
短く苛立った舌打ちを聞いた者は一体何人居ただろうか。
そしてその舌打ちの主が慇懃無礼なるフィゾルテの能吏、カラスの放ったものだった事を理解した者は居ただろうか。
それは普通ならば防ぎようのないタイミングだっただろう。
それはカラスの一挙手一投足から執念めいて目を離さなかった誰か以外に阻めたものでは無かっただろう。
その刹那、『何か』を繰り出したカラスの視線の先で硬質の音が転がった。
「は……な、何を……?」
「……つくづく、邪魔してくれやがるな。ええ、クソ弟よ!」
「育ちがいいもんでな、クソ兄貴」
突然の事に合点のいかぬフィゾルテの前に立ち、カラスに対峙したのは言わずと知れたシラスであった。
「いよいよ正体を現した、といった所ですわね!?」
「まーな」
口調も雰囲気もガラリと変えて水を向けたヴァレーリヤに獰猛に笑う。
「俺の復讐はどうやら『不完全』が決まったよ。これだけマークするって事は恐らく『大体』バレてんだろうしな。
そうでなくても馬鹿みてえな綱渡りを上手くやってこれだったってのによ。
ああ、まったく――実に腹の立つ連中だぜ、お前等は!」
この場の誰もカラスの言う正確な所は理解出来なかったが、推測するに仲間達が『やり切った』事は伺えた。
恐らく何らかの手段でアベルトとフェリクスの、或いはパトリス邸の状況を感知していたカラスは理解したのだ。
『双竜宝冠をフィゾルテに戴冠させ、それを奪い取るという彼の予定の完遂は最早不可能になったのだと』。
「……もう、いいだろ」
絞り出すようにシラスは言った。
「そんなクズ、どうなったって構わない。だが、頼むよ、止まってくれ」
「シラス君……」
アレクシアは目を丸くした。
シラスの本当の気持ちは彼女でさえも全て分かっていた訳ではない。
彼が復讐すると言っても、果たして正論で止められる自信は無かった。
だが、彼は彼女がそう伝えるまでも無くもうとっくに『分かっていた』のだ。
「そうだよ、これ以上は――意味がない」
「ああ、そうだろうよ。アンタにとってはな」
アレクシアの言葉をカラスはせせら笑った。
「だが、『完璧』が無理なら『次善』位はやらせて貰うぜ。
こうなりゃもう『エレガント』なんておしまいだ。
せめてもその豚だけでもぶっ殺さねーと、こっちの収まりもつかねぇってもんでな!」
この期に及べば、自分が『何』を雇っていたのか理解したフィゾルテが這うようにカラスから距離を取った。
彼は恐らくこの時、人生で最も恐怖していたに違いない。
カラスという男は一朝一夕にフィゾルテの近くに居た訳ではない。
フィゾルテは都合よく表れた男を信用するような男では無い。
尽きない悪意を、煮えたぎる憎悪を何ら悟らせる事無く、カラスは何年も、何年も彼の傍らに在り続けたのだ。
フィゾルテの我儘を叶え、彼に忠実な能吏の仮面を被り、汚れ仕事も何もこなして。
全ては天秤が釣り合う程に、彼に復讐の痛打を与えるその為に!
「勝てると思うか? 周りは敵ばかりだぞ?」
じり、と間合いを詰めた汰磨羈にカラスは「何とかするさ」と笑って応じた。
同時に戦い慣れた――イレギュラーズの肌が粟立つ。
独特のその気配はカラスのものに非ず、彼等の良く知る魔種のものであった。
「――願いは届いたか。どうやら兄上は魔種ではないようだな、シラスよ」
軽口を叩いた汰磨羈のすぐ傍を不可視の衝撃が通り抜けた。
否、厳密に言えばそれは汰磨羈の回避である。必要最低限の動きでこれをいなしたのだ。
「どうやら、大した相手ではないようだな? 『どぶ川』なら別だったのだろうが――」
「――何、そんな三下には期待なんざしてねえさ。ちょっとした手品を除けば、な!」
汰磨羈の見立てが間違っていなければカラスに使役されていると思しき魔種は大した力を持っていない。
少なくとも歴戦で強力な魔種達と相対してきた汰磨羈を恐れさせるようなレベルには到達していない。
カラスの言葉もその評価を肯定するならば、つまりそれは。
(……そんな『つまらない』奴にミロシュ殿や、リュクレース殿は……)
ヴェルグリーズは強く感情を揺さぶられずにはいられなかった。
ルクレツィアの手にかかれば良かったという話ではない。
だが、彼等は――汰磨羈に、カラスに鼻で笑われる程度の『雑魚』にあんな目に遭わされたのだ!
「――――」
ヴェルグリーズはそこで内心に蟠る激情の正体に気が付いた。
気付けば周囲の兵達の様子がおかしい。状況から察するならばそれは。
「――精神汚染!」
「リュクレースさんの時と同じ轍は二度と踏まない。踏ませない!」
ヴェルグリーズの合点とアレクシアの結論はほぼ同時のものになっていた。
彼女の感情探知は周囲で爆発的に高まった感情の揺らぎを確かに察知していたのだ。
(……このやり方は、許せないよ……!)
人為的な災害のように沸き立った怒りや不安といった感情は、まるで心を軋ませる不協和音そのものだ。
不安定なまま誰かをその手に掛けさせられたなら、リュクレースの時と同じであった。
その人までもが己の命を絶ってしまわないとも限らない!
「……っ、危ない!」
逃げ惑うフィゾルテをアレクシアがその身を挺して庇っていた。
背中より斬りつけられた彼女は傷を負い、それでも危険な状況を毅然と睨みつけている。
「くそ、滅茶苦茶しやがる!」
すかさずミヅハがアレクシアをフォローし、フィゾルテの安全をカバーした。
成る程、多勢に無勢では狙いを果たせないのは間違いない。
或いは逃れようにも状況を混沌とさせる必要はあったのだろう。
『予想外の展開』に疑心暗鬼になったフィゾルテの軍はまさに今混乱状態にあった。
姿を隠す事を辞めた魔種(ザコ)はそんな程度でありながら、実にこの場の適任だった。
故にカラスは『次善』を口にしたのだろうが――迷惑な事にイレギュラーズとカラスの対決の時間を演出し切っていた。
「雑魚でも馬鹿でも要は使いようって事だろ?
まあ、そいつに関しちゃ『どぶ川女』の特別製らしいけどな」
「ああ。だが、雑魚でも馬鹿でも意地ってモンもあるんだよ」
周囲で生じた混乱に乗じて地面を蹴ったカラスの拳をシラスが何とか受け止めた。
振り払うようにして、今度は自分から仕掛ける。
(ガキの頃は兄貴の背中ばかり見ていた。だが、それも今日で終わりだ、『超えてやる』――)
思えば武技を鍛え上げてきたのもこの兄弟喧嘩に勝つ為だったのかも知れなかった。
(兄貴がやったことが許されないなんて分かってる。俺にだって水に流せないことがあるのだって。
それでも死なせたくない。死なせたくないんだよ――)
カラスを死なせずに済む方法があるのだとしたら、それは最初からたった一つに違いない。
(特異運命座標になって。それで向かう結末が兄貴をもう一度殺すことだって?
ふざけんな。ふざけんなよ。あんまり俺達を舐めるなよ)
神を呪い、国を呪い、人を呪い――それから、少しだけ。少しはこの世界を好きになれた気がしていたのに!
「そんなカミサマ何ざ願い下げだよ! この世界も、どぶ川以下のクソったれだ!」
シラスの右ストレートがカラスの顔面を捉えていた。
たまらず吹き飛ばされたカラスがククッと鳥の鳴き声のような笑い声を立てていた。
「本当に甘ぇな、お前は」
「――――」
カラスの視線が自分の背後に向いている事に気付いたシラスは瞬間、僅かに面食らった。
「此方にも退けない理由はある」
間合いを詰めたヴェルグリーズにはシラスの持ち合わせない殺意があった。
「……ッ!?」
シラスはこれを咄嗟に阻まんとするが、ヴェルグリーズとて易々とやらせるような下手は打たない。
強烈、そして苛烈な攻め手がカラスを襲い、彼もまたヴェルグリーズに同様をお返しする。
「アンタのが十倍『マシ』だよ。
責任のある奴に責任を取らせようってのはなかなかどうして、イケてるね。
少なくとも泣いて喚いて『お兄ちゃん大好き』よりゃあ――筋がある」
苦笑いを浮かべたカラスはそこで一つ舌を打った。
「最悪だな」
カラスの視線の先、彼方からフィッツバルディの紋章を掲げた別の軍が近付いてきていた。
その先頭にマサムネ・フィッツバルディと『君を全肯定』冬越 弾正(p3p007105)の姿を認めた時、カラスは本当に理解したのだ。
この復讐に成就の目はなくなったのだと。
名探偵であるバーテンはフィゾルテがマサムネの狙う『仇』である事を知っていた。
だが、親友であり親戚である彼が暴走する事を恐れ、敢えて彼とフィゾルテの因縁を伝えなかった経緯があった。
(何をして正解とするかは――何時も難しい)
……弾正が敢えて汚れ役を被った理由は二つだった。
一つはバーテンを慮っての事。親友に恨まれるような隠し事をする彼の負い目の辛さが痛い程分かってしまったからだ。
二つ目は未だ姿を見せない『どぶ川』――冠位色欲の存在が故だ。
今回の双竜宝冠事件然り、ルクレツィアなる性悪がヒトの心を弄ぶ事を得手とするのなら、マサムネの空隙は余りに危ういように思えていた。
真実は常に残酷だが『復讐は何も産まない』は一つの見方に過ぎまい。
乗り越え、果たさねば浮かばれぬ瀬もあるとするのなら――マサムネの本懐はまさにそうであるとしか思えなかった。
「マサムネ殿」
「……ああ、ああ。分かってるよ。教えてくれたのはアンタだ。分かってるさ、約束は破らねぇよ」
――奴をすぐ殺すのは簡単だが、それでは君が奴と同類になってしまう。
君の様に、苦しい思いをした者は多いかも知れない。
フィゾルテの悪行の全てを白日の下に晒し、正義を証明しよう。
奴を許す必要はない。ただ、俺達との友情を信じ、血に絡みつく復讐の連鎖を断って欲しい。
他の兄弟とは違う優しさを持つ君なら、きっと出来る筈だ!
「フィッツバルディの汚れ屋として叔父貴を『確保』する。まぁ――その先は、分かってるがな。
此の世に幾らかでも正義があるんなら、カミサマが居るってなら……
……まあ、アンタみたいなのも居るんだしな。任せてみるのも悪くはねえよ」
マサムネは知っている。
弾正はフィゾルテが『裁かれ罪を受ける』と考えている事を知っている。
しかして、マサムネはやはりそれ以上も知っている。
自身の誰より大切な人は貴族では無かった。
『フィゾルテという男の罪が明らかになったとて、この大侯爵を断罪出来る術はこの国には無いのだと』。
マサムネは知っている。フィッツバルディの係累だからこそ――知っていた。
「クソったれだぜ。何もかもよ」
青臭い、しかし情熱的な弾正のその言葉は果たしてそう皮肉るマサムネにどう響いただろうか。
唯、少なくとも冬越 弾正という男が誰にとっても一番マシな終わりを真剣に望んでいる事だけは信用していた。
それを信じるに足る何かがあったから――『辛うじて』煮えたぎる怒りが自制に傾いたのは間違いない。
――閑話休題、かくて物語は終局へと向かうだけ。
「悪いな、兄ちゃん。アンタの思い通りからは程遠い」
激しい攻防を経て、ヴェルグリーズが地面へと叩きつけられた。
「実力差は百も承知! お生憎様! 潰れてひしゃげても喰らいつくのが、ゼシュテルのレディの嗜みですのよ!」
「幾つあるんだよ、アンタの嗜みってやつはよ!」
更にはヴァレーリヤがカラス目掛けて突っかける。
何人かのイレギュラーズが彼を阻まんとするも、正面からの殴り合いで一方的にシラスを『のす』カラスの暴力は一級品に過ぎた。
「少なくとも俺の物分かりはそんなに良くねえよ。
なあ、シラス。次は俺を殺すか? 殺せるか? お前は何時も『甘い』からなあ!」
「甘いだなんて!」
カラスの軽侮に憤りを見せたのはシラスではなく何度やられようと堪えないヴァレーリヤだった。
「せっかく家族が残っているのですもの。大事にするのが当然というものでしょう!?」
その言葉は彼女が彼女が故である。
失うを知り、足るを知る彼女だからこそである――
それを甘さと軽んじられるのは譲れる一線を越えている!
「私のフルスイングが貴方の顔面を引っ叩いていないのは――ええ、精々シラスに感謝することですわね!
尤も? まだ余計な事を言うのなら、今すぐにでも矯正して差し上げても宜しくてよ!」
ヴァレーリヤの啖呵にカラスは「おお、怖ぇ」と肩を竦めた。
「ま、シラスは家族の問題だ。
それより問題は――兄ちゃんの方か」
カラスが次に見たのはヴェルグリーズの方だった。
「食い止められるもんなら食い止めてみなよ、俺の怒りを。
勿論、アンタ達の怒りも俺は食らってやるから、よ!」
弾正等の到着を待つ事も無く、カラスはこの鉄火場から姿をくらませていた。
カラスがいなくなれば手品が取り柄の魔種(ザコ)如き、この場の面子の敵ではない。
だが、カラスの方は見るに負けた癖に負けた風情を認める心算は無いらしい。
何とも負けず嫌いな彼は言われてみればシラスと実に良く似ている。
「……これで終わりならいいんだけど」
呟いたアレクシアはシラスとの血の繋がりを感じずにはいられなかった。
「終わりでも続きでもいいさ」
独白か、それともアレクシアへの応えか。シラスの言葉が静かに響く。
「どっちみち、変わらねえよ。誰が殺すか、クソ兄貴……!」
それは悪態のようでそうでもない、シラスにとっては過ぎた救いに違いなかった。
●『お茶会』 VI
「色欲は直接手を下さない。だけど酷い負けず嫌いなのではありませんか?」
マリエッタは確信めいてそう言った。
「なにもしないならそれはそれで拍子抜けですが――ショウを気取るのにそれでは余りにも片手落ち」
悪食の鴉は笑って応じた。
「君の可愛い魔女に取引を持ち掛けられたんだよねえ。
どいつもこいつも僕を何だと思ってるんだカ。
思い上がるのも甚だしい! こうして体が戻った今、どうして使い走りみたいな真似をすると思うんだロウね。
……まあ、それはいいや。どうも彼女も君と似たような事を考えてたみたいだケド。
ああ、案外君の差し金だったりする訳?」
「とんでもない」とマリエッタはお茶を一口啜っていた。
「私の推測は『参考』にしているでしょうけど、セレナはセレナの考えで動いている筈です。
さて、契約だ何だは兎も角、パウルさん。幻想は残したい、あの女は嫌い。
ですから、パウルさん。貴方は別に私達の味方なんてしていないんですよ」
ひねくれ者だから。
「ね? 唯の利害の一致ですよ。そうしたら、少し位は手を貸したくはなりませんか?」
●『どぶ川』
時は少し遡る。
丁度それはフィゾルテ軍が大きな混乱に見舞われた頃。
箒星に跨り、上空から警戒を強めていた『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は離れていたが故に鋭敏にその感覚を察知していた。
(やっぱりマリエッタの言った通りじゃない!
私が冠位色欲なら。事態が収束するその瞬間にひっくり返します、って!)
大事なマリエッタが『どぶ川』と似たような思考をしている事を喜んでいいのかどうかは知れなかったが、少なくともセレナはイレギュラーズが上手くやりカラスの目的が大きく挫かれた事を理解していた。カラスの言う所の『次善』はまだ生きていたがその目が薄い事も分かっている。
ならば、ルクレツィアが『盤面をひっくり返す』タイミングは確かにこれが最上だった筈だ。
(マリエッタがその眼で見通した未来。その未来を覆す! それが、わたしが任された役割!)
混乱のフィゾルテ軍のすぐ近くに発生した違和感は周囲に満ちた魔種の気配に紛れ巧妙な偽装を見せていたけれど、パウルが『どぶ川』と称した臭いは成る程、セレナにも頷けた。
急降下したセレナは『現場と思しき場所』に走り――そして、見て、聞いた。
「キィエエエエエエエエエエ――ッ!」
何処かで聞いたような猿叫に似た裂帛の気合、振り抜かれた妖刀の切っ先が虚空を引っ掻き、切り裂いていた。
「……何、コイツ。一体どんな了見ですのよ」
漸く姿を現した小柄で華やか、毒々しい女が何とも言えない顔をした。
「旦那は旦那だからねえ」
伊東時雨は愉快そうに笑い、
「ま、漸く面が拝めた訳だ。『冠位魔種』様ってヤツの、さ!」
このもう一つのクライマックスに現れたのイレギュラーズはセレナだけでは無かった。
「よう、人斬りども。ゴキゲンな陽気だな、秋晴れが清々しいじゃねえか
ちょっくらこの『ピクニック』に混ぜてくれないかい。握り飯とたくあんぐらいなら用意してるぜ?」
「梅泉さん、時雨さん、今日は『仲良く』して下さいね!」
何とも彼らしく惚けた調子で言った『竜拳』郷田 貴道(p3p000401)の傍らにはココロの姿もあった。
「郷田貴道か」
「知られてて光栄だね。てっきりアンタは面食いかと思ってたぜ?」
梅泉の美女好きを揶揄すれば彼は「戯け」と口元だけで笑って見せた。
「武技優れた者の名は頭に入っておる故。それから侮るな。わしは『酷い』面食いじゃ」
(……あ、男の人同士で盛り上がってそう!
やはり優先順位の問題で……守りきれなかった汚名を払拭する方が重要だからでしょうか。
まぁ、復讐とか考えるような人達ではないでしょうし)
一安心したココロだが、成る程貴道と梅泉は敵対的な様子ではない。
「それにしてもさっきの。
何で異空間だか何だかに隠れてる奴を一閃で引きずり出すとか出来るのよ。
もう何もかも意味不明で、相変わらず人間辞めてるわよ。ホント、心の底からそう思うわね……」
呆れ半分、感心半分に零したのは『夢の女王』リカ・サキュバス(p3p001254)である。
(鉄の皇帝も悪くなかったケド……やっぱり私はね。
『本懐』が最優先って言うか、何て言うか。
それにしても本当に『因果』よねぇ。自分を殺せる強者の精気が極上に美味しいなんていうのはね!)
現れたイレギュラーズを今日は敵とする心算は無いらしい。
リカは自身に視線もやらない梅泉の「この際、手出しは構わぬが邪魔をするなよ」と言わんばかりの可愛くない後ろ姿に溜息を吐く。
ありとあらゆる手を使ってここまでたどり着いて、首尾よく轡を並べたのにだ。
「最強の剣士の手伝いをして冠位との邂逅が僥倖だケド……流石にネ。分かるわ、分かる」
こうまでつれないのだから紫乃宮たてはが拗らせるのも頷けてしまうものだった。
それにリカからすればルクレツィア自身にも言いたい事はあるのだった。
「同族ですもの。私が獲物をじっくりと攻め狩るように――貴女だって掌の上で転がるのを裏から楽しむ類よネ。
だって言うのに、興冷めだわ。色欲が簡単に表に出ちゃあ、駄目。全然、駄目」
「あら、ご挨拶な。御機嫌よう、イレギュラーズの皆さん、で良いのですわよね?」
わざとらしい溜息を吐いて見せたリカにルクレツィアは余裕を見せた。
「ええ。烏殿をして『臭い』と言わしめる冠位色欲。
決して表に出ないというその姿を見つけられたのは、僥倖だったのかしらね?」
しかし、皮肉ったレジーナにルクレツィアは今度こそ「あのクソ鴉」と悪態を吐かずにはいられなかった。
(パウルはイレギュラーズの味方をしている? 『まさかね』。あのクソ野郎がそう素直なものですか!)
ルクレツィアの思考は当たらずとも遠からず、だ。
しかし少なくとも、事これに到れば読まれていたと気付かない方がおかしいだろう。
「しかし、何だ。ええ? アンタ。どうやら観客気取りで随分良い席に陣取ってたもんだな?」
貴道はこの冠位魔種にこそ用があったのだ。
敵は諸悪の根源だし、恐らくはぞっとする位に『強い』から。
(……ま、梅泉達が一番上手く見つけると思ったのは正解だったな?)
見た目よりずっとクレバーな所がある貴道はそれ故に梅泉達を『張って』居たのだ。
同行しようと言えば碌な反応をしないと知っているから、実に上手く張っていた。
(実際の所、気付いてねえ訳もねえ。狙いが似たようなもんなら許容って所だろうが、よ)
恐らくは貴道の推測は正しいだろう。
イレギュラーズがルクレツィアに到ったのは梅泉(りょうけん)の鼻のお陰とも言えようが、リュクレースに雇われていた故に、面子の問題でルクレツィアを狙っていた梅泉と解決の目が見えた双竜宝冠に横槍を入れさせたくないイレギュラーズの狙いは似ているようで少し違う。事実上の利害の一致はあるが、毛色の違う『敵』達にルクレツィアが合点しないのも分からないではない話だ。
「……ま、そんな事はいいんだ」
「いいのよねぇ」
貴道が言い、リカが倣った。
重要なのは――
「ちょっと、付き合って貰わねえといけねえって事の方だぜ?」
肉弾凶器が地面を蹴り『何度でもぶん殴ってみたくなる』冠位魔種めがけて拳を繰り出す。
瞬時に影を無数に展開したルクレツィアはそれをデコイに貴道の攻めを避けるが、
「こっちも、ね!」
リカは更にそこに追撃を掛けている。
「あらよっと!」
「冠位色欲、ルクレツィア。悪趣味なショーはお呼びじゃないのよ!
『最悪』を演出したいならお見事ね。だって、貴方が舞台にいるんだもの!」
時雨の蛇剣が複数の影を貫き払い、セレナが仕掛ける。
「今回は、余りお嬢様に褒めては貰えなさそうだけれども!」
更にレジーナの火力が強かに辺りを灼いていた。
「……面倒臭い連中ですわねえ」
ダメージらしいダメージは無かったが、一張羅が少し汚れたルクレツィアの表情に苛立ちが乗る。
カラスの舞台が失敗した以上、止むを得ないと顔を出せばこの有様では彼女の不機嫌の理由も知れよう。
「分かりましたとも。では、分際を理解させて差し上げます――」
ルクレツィアの全身からこれまで以上の――冠位魔種らしい気配が上る。
――まぁ、待ちなよ。ルクレツィア。
偶発的に始まろうとした死戦は、しかし水を差す者によって邪魔をされていた。
「……パウル卿?」
愛しのお嬢様のムカつく実父――『お義父様』の声にレジーナの表情が渋くなる。
「今、忙しいのですけれど。身体も無い負け鴉は黙っていて頂けません事?」
――生憎ともう戻ったんだよねェ。そこでこうして君に話しかけているんだケド。
分かってないみたいだから言っておくけど、ルクレツィア。
そこのおかっぱ侍君は僕の識の檻をブチ破って、変装(ヨアヒム)を斬り飛ばした変態だぜ。
梅泉が微妙な顔をする。
――ついでに、その筋肉だるま君はバルナバス・スティージレッドとだって殴り合う変態だ。
まあ、それでも? 冠位魔種ならその数には負けないだろうねェ。勝つだろうさ。でも……
パウルは一拍を溜めて、言葉を続ける。
――分からないかなア、ルクレツィア。僕は結構怒っているんだぜ。
幻想は僕の玩具だ。僕が身体をなくしたからって横からしゃしゃって……
安全第一、手を汚すのが大嫌いな潔癖症の君は我慢できるのかい?
そこの変態君達と一緒に鴉殿も相手にしたいなら続ければいいよ。
尤も、僕はイレギュラーズ君達がくたばって、君が弱ってから残飯を漁る事にしようと思うがネ!
「クソ鴉が……!」
悪態を吐いたルクレツィアの周囲を黒い影が覆い、その場から全ての痕跡が消え失せた。
「……ブチ殺す相手が増えちまったなあ、旦那」
「全くじゃな」
獲物との死合いを邪魔された梅泉、時雨が刀を仕舞い興味を失ったかのように歩き出した。
――あ、そうそう。セレナ君。
「……私?」
訝しむセレナにパウルは告げた。
――契約しろしろと煩かったのだ。
これは契約じゃあ無いけれど、魔術師に貸しを作った意味は理解したまえ。
マリエッタ君も承知の上だし、僕は必ず取り立てる主義だから良く理解をするように!
『ドブ川女、嫌いなんでしょ。そいつが歯噛みする姿とか見れたらどう?
まさか鴉殿ともあろう魔術師が、横槍出してきた本人に何もお返ししないなんてね……?』
結局はパウルもアイオンの係累を切り捨てる心算は無かったのだろうが、いい出汁を取られた感は否めない。
口は禍の元かも知れない。あと、それにしてもマリエッタ!
(だ、大丈夫よね……?)
セレナは煽り過ぎた自分を少しだけ後悔せずにいられなかった。
●顛末
練達、そして現在――
「まぁ、場違いにも程があるってヤツだったんだけどさ」
お洒落なカフェでなじみを目の前にすれば定の口はどうしたって滑らかになる。
「あんな政争のド真ん中に僕が放り込まれて出来る事なんて――ある訳ないじゃん。
だからせめて記録だけでもつけとこうかって思ったんだけどさ」
「それで?」と話の続きをせがむ彼女の耳がぴこぴこと揺れている。
好奇心旺盛そうだが、まあ全然怪しくはない。
「ルクレツィアは退いて、カラスは逃げて、フィゾルテは逮捕されなかったよ」
「……えええええ!?」
「まぁ、しようがないって話だったらしい。
でも、良かった事もあった。
兄弟喧嘩は最悪を回避したし、フィゾルテは蟄居になった」
「……誰も裁けないんじゃなかったの?」
「うん。一人を除けばね」
――マサムネが駆け付け、フィゾルテを突き詰める。
カラスという脅威を逃れた彼は高らかに無謀な甥を跳ね返す。
「何年も前の事件、一体どんな証拠があるのだ。仮にあっても私を追求足り得るのか」と。
醜悪な開き直りは明らかだったが、言葉は確かに事実だった。
フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディは幻想最大の貴族派閥フィッツバルディのNO.2だ。
その権威は如何ともし難い程に絶大で、絶対であった。
「……候、少しお話が」
少なくとも彼はそうシラスが声をかけるまでは自身の優位を疑いすらしなかったに違いない。
「何、今ね。メフ・メフィート別邸にいる仲間……ドラマと連絡が取れた所なんですよ」
ここぞと意地悪くシラスは言った。
罵ってやったカミサマとやらもたまには良い事をするものだ。
「『シラスです。只今、弟君の側におりますが、お言付けがあれば承りますが』」
ドラマとシラス、ホットラインの使い魔同士はこの時の為にあったと言っても過言ではない。
――フィゾルテ、これより貴様には国元より動く事を禁ずる。
「は? あ、兄上? ……いや、しかし私は」
「貴様はわしの命令が聞けぬのか、だそうですわよ。
あらあら、怖い兄上を怒らせても宜しいのかしらね」
ヴァレーリヤが人の悪い顔をした。
「いやー、本当に大変だったんだから。ドラマさんがPPPでどっかんだよ、どっかん」
「別に爆発はしてませんが!?」
使い魔の伝える『向こう』の様子は晴れやかで和やかだった。
レイガルテという男が助かり、声を発したという最良のニュースがそうさせていた。
スティアとドラマ、彼女達は最後にジョーカーを引き当てたのだ。
特にやり切ったドラマはさぞ大きな顔をしている事だろう。
フィゾルテは侯爵位。市井の女を使い捨て、マサムネの乳母を殺した程度では断罪出来ぬ立場を持っている。
さりとて、この双竜宝冠の『乱痴気騒ぎ』を収められなかった事は、フィッツバルディ派のNo.2としては失点という『体』なのだ。
そしてレイガルテの命で国元に縛り付けられたフィゾルテは政治的な死を宣告されたに等しい。
次は無いとされれば、もう下手な動きを打つ事も出来ないだろう。
それは確かに幻想的であった。
それは確かに貴族の論理に他ならない。
しかし一朝一夕では決して変わり得ぬ幻想の暗部に一筋の光が差した采配であるとも言えた。
身内に甘いレイガルテが自身に忠実なる実弟に沙汰を下した事は、重要なその一歩に思われた。
「……それから、マサムネ」
シラスの言伝にマサムネは「はい」と頷いた。
マサムネは俯き、だがそれ以上を言わず。弾正はそんな彼の肩を叩くだけ。
「すまぬとは言わぬが――弁えた事、大義であった」
「……はい」
その目配りこそ、まさに彼がレイガルテたる所以と言えようか。
マサムネは血を吐くような想いで復讐を堪え、ガブリエルは立ち上がった。
リーゼロッテはイーリン等と共に奔走し、フォルデルマンもこの争いを見過ごさなかった。
『悪逆のマフィア』は確実に誅滅され、何よりフィゾルテも報いを受けた。
兄弟達に更なる犠牲が出なかったのも、あながち偶然ばかりとは言えなかったかも知れない。
彼等も知らぬ内に、無意識の内にそれを嫌っていたのだと解釈するのは、希望的観測が過ぎるのかも知れないけれど。
この国の明日を感じる、確かな足跡が残ったと思いたいのは感傷とは言い切れまい。
「……」
だが、それでも。
ヴェルグリーズはこの結末にも強く拳を握らずにはいられなかった。
(リュクレース、ごめんなさいましね……)
ヴァレーリヤも内心であの勝気な少女に頭を下げずにはいられなかった。
双竜宝冠事件においてやはり戻らぬのはミロシュであり、リュクレースであるに他ならない。
カラスは何処に失せたか。彼には確固たる責任が在る。
悪逆の冠位色欲には必ず報いを与えねばならぬ。それは間違いないと、別れの剣は決意した。
(――必ず)
友人と呼んでも良いかも知れない、ラウルの事を考えればそう誓わずにはいられなかった――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
55128><。
推奨字数すらぶっちぎり、ラリーを除けば過去最長レベル。
MVPは多分この話を一番ハッピーな感じにしたセララちゃんにあげます。
複数のエピソードが一本のシナリオの中で絡む長編らしいテイストになったかと思いますが、如何でしたでしょうか。
お楽しみ頂ければ幸いです。
尚、各エピソードはTOP等で補完していきます。
本文をこれ以上伸ばすと話がとっちらかりすぎる為、TOPでやります。
所謂一つの追加リプレイみたいなものです。
真の完結まではもう少し掛かりますが、そちらも是非お楽しみに。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
OP本文だけで7000以上あった……
以下詳細。
●依頼達成条件
・『双竜宝冠』事件の解決
※何をして解決と呼ぶかによりますが、成功失敗は総合的に判断します。
●王様と貴族
・フォルデルマン三世
御存知『放蕩王』。
パウルを信じ抜く事で彼を黙らせたりしました。
・レイガルテ・フォン・フィッツバルディ
御存知『黄金双竜』。
幻想元老院議長にして最大の権力者。
多数の貴族をまとめ上げる政治の怪物ですが、老齢で倒れてしまいました。
身内に甘い特徴があります。ある意味そのせいでこうなってる。
・リーゼロッテ・アーベントロート
御存知『暗殺令嬢』。
イレギュラーズしゅきしゅき。
彼女のオーダーは『シンドウ』の抹殺。
パトリスの武力をそぎ落とす事と、領主としての務めの双方から。
双竜宝冠事件については軟着陸の為に全力で動いています。
・ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
御存知『遊楽伯爵』。
商人達に絶大な支持を受ける内政の要。
色々あって一皮むけた模様。
好きな女に好きって言えるようになった。
やったね、ガブちゃん!
良識派貴族を取りまとめ、持てる戦力を統合しています。
・ヴィルヘルミーネ・カノッサ
カノッサ男爵家の現当主。悪そうな美少女。
ヴェルグリーズさんにコルビク家への様子伺い、或いは工作を依頼しました。
・パウル・ヨアヒム・エーリヒ・フォン・アーベントロート
アーベントロート当主。魔術師。鴉殿。諸悪の根源とも言えます。
ドラマさんとマリエッタさんを利用して復活。
『冠位色欲』ルクレツィアの情報をもたらし、アベルト呪いを解きました。
●後継者候補
・アベルト・フィッツバルディ
残っている最年長の息子であり、後継本命と見做されていた人物。
Pradise Lost事件でパウルが余計な事したせいで大怪我。
双竜宝冠事件を引き起こす結果になっています。
挙兵。目標はフェリクス、そしてパトリスからフィゾルテとの決戦です。
・ミロシュ・コルビク・フィッツバルディ
故人。事件勃発後、暗殺されてしまいました。
コルビク家の後援を受けている事からアベルトの次の本命と見做されていた模様。
死後に意外な人望を見せまくる事から、嫌味キャラはツンデレのようなものだったと思われます。
・フェリクス・イロール・フィッツバルディ
理想に燃える貴公子。やや危うい所も。
フィッツバルディ的ではない人物で、元王党派のリシャールとも親しい模様。
フィッツバルディ派内の外様から支援を受ける勢力です。
雪之丞とたてはを私兵として使っています。
ファーレル伯等、有力な外様貴族と共に挙兵。野戦でアベルトを迎え撃ちます。
・パトリス・フィッツバルディ
庶民的なフィッツバルディ。気さくな青年。
但しそれは表の顔であり、その出自と母の処遇からフィッツバルディを憎んでいます。
『シンドウ』やクロード・グラスゴル等、貴族派と軍備を整え済み。
アーリアに漏らした本音から、一族には憎しみが勝るものの、血縁の情が微塵も無い訳ではなかった模様。
『彼は本章でアベルトの放つ暗殺者(槍術の達人を含む)に狙われます』。
・リュクレース・フィッツバルディ
お嬢様(かわいい)。
超絶ファザコンでレイガルテの意向に忠実ですが、若年から来る思い込みの激しさも。
基本的に優秀なのですが、女の身もあって後継レースではやや不利が否めない模様。
梅泉と時雨を護衛に雇えた……のですが、暗殺されてしまいました。
・フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディ
レイガルテの実弟。
フィッツバルディでも一番評判の悪い男。
アルテミアさんを奪還されたものの、ローレットとの一定の協力感から安心しています。
アベルトの挙兵を受け、王都への進軍を開始。本格的な決戦を企図しています。
カラスという凄腕の戦士を召し抱えたようですが、それ息子だよ。フィゾルテさん。
マサムネの仇なのですが、バーテンは彼を慮り自分で調査を進めたようです……
●その他
・マサムネ・フィッツバルディ
フィッツバルディ家の汚れ仕事担当。
今回の事件でも親友のバーテン、ヴァンと共に調査に乗り出す。
色々あったのでこの人もフィッツバルディには愛憎半ばです。
事件の捜査を地味に進め、可能な限りでイレギュラーズの活動を助けてくれます。
状況のフォローから協力まで。困ったら頼ってみましょう。
・バーテン・ビヨッシー・フィッツバルディ
灰色の頭脳を持つ『探偵』。
マサムネと共に事件解決に乗り出します。
皆さんは情報を集め、彼と共に真相に迫る事を『選んでも良い』。
名探偵は皆さんに一定の結論を披露しています。
しかし事件の真相に関わらず、状況は最早『物理的に食い止めねばならない』フェーズに到っています。
・ヴァン・ドーマン
御存知『伯爵令息』。
アルテミアさんの(家が決めた)婚約者。
見た目も心も清い、パーフェクトイケメンです。
アルが無事で良かったよ。
・死牡丹梅泉
御存知『剣鬼』。
クリスチアン死亡後は陶芸したり絵を描いて生活していたらしい。
時雨と共に『冠位色欲』をつけ狙っています。
・紫乃宮たては
御存知『残念京都』。
梅泉から離れると知能他性能が上昇する事が判明しました。
今回、梅泉と別行動ですが果たして?(自称「ぶち倒して結婚する為」とのこと)
依頼を受け、アベルトを仕留めにいきます。
・刃霧雪之丞
梅泉の弟弟子。
苦労人のたては係。今回もたては係。
依頼を受け、アベルトを仕留めに行きます。
・伊東時雨
すずなさんの姉弟子。色々あってチームサリューに。
今回は梅泉とタッグを組んでいるようです。
梅泉と行動を共にし、『冠位色欲』を狙います。
・リシャール・エウリオン・ファーレル
ファーレル伯。
フィッツバルディ派ですが実質王党派なので外様です。
リースリットさんのお父さん。リースリットさんはきっとファザコンだと思う。
フェリクスの強行を容認し、彼と共に戦場へ。
・リースリット・エウレア・ファーレル
伯爵令嬢。リースリットさん。
フェリクスからは微妙な関係が伺える。
・アルテミア・フィルティス
一カ月の大半を地下牢で過ごす女(事実)。
アルテミアさん。フィルティス家令嬢でヴァン君の想い人。
助け出されています。えんだあ。
・カザフス・グゥエンバルツ
フィッツバルディ派のクソ貴族。
……失礼、レイガルテ至上主義者。
アベルトの下に馳せ参じ、戦争する気一杯です。
・クロード・グラスゴル
フィッツバルディ派のクソ貴族。
……失礼、頭が切れる野望の男。
パトリス派にて挙兵。しかし、不利は否めないでしょう。
・新藤藤十郎
小夜さんの元婚約者。裏切った男。
『シンドウ』頭首であり、サリュー近郊を根城にしています。
・新道具藤
或る意味でParadise Lostの諸悪の根源である小夜さんの婚約者新藤藤十郎の弟。
小夜さんの実弟である為、異様に剣才に優れています。
『シンドウ』の荒事担当。パトリスの護衛でもあります。
・エンゾ・アポリネ・バイヤール
フィッツバルディ家令。レイガルテの腹心。
この状況を憂慮しています。
アベルト派?
・ザーズウォルカ・バルトルト
幻想最強の黄金騎士。
レイガルテ(フィッツバルディ)大好きマン。
アベルトの護衛をしています。
・イヴェット・レティシア・ロメーヌブラン
ザーズウォルカに恋心を抱く副官。ロメーヌブランの令嬢騎士。
アベルトの護衛をしています。
・ラウル・バイヤール
通称・三成。
コルビク家の中でも信頼される男。ミロシュの側近。
圧倒的な聡明さでヴェルグリーズさんと共に捜査を進めました。
・カラス
輝かんばかりの金髪の男。
触れなば切れん凄味があり、その腕前は『シラス君を一方的にボコボコにする程』です。
フィゾルテの落胤であり、この事件の……
●で、このシナリオはどうしたらいいの?
登場人物は多岐に渡り、状況は雑然。
やれる事は多すぎて、明確な指示は少ない。
どないせいちゅうの、に対しての答えは『何をしても良い』です。
与えられたオープニング情報から取捨選択をして『したいようにして』下さい。
大目標は『双竜宝冠事件の解決』ですが、本シナリオはやや特殊です。
ローレットの仕事を受けるのか個人で動くのかも自由。
要約すると……
・皆さんは『依頼』に従って事件解決を目指しても良い
・皆さんは後継者達それぞれを個人的に応援しても良い
・皆さんはそれ以外の(しかしシナリオ趣旨に沿う)何かを目的に動いても良い
明確なNGは『シナリオの趣旨に沿わない事』と『行き過ぎた行動』だけです。
何が『行き過ぎた行動』か分からない人は『依頼』に従うと良いでしょう。
『行き過ぎた行動』そのものはこの場合ハイルールには抵触しませんが、社会的責任を負う可能性は高いです。
つまる所、自己責任なら何をしても良いが、何をするかはきちんと考えましょうという感じです。
但しこのシナリオは最終章です。
本作は強めの群像劇なので、全てが決着するかどうか等は全てプレイヤー次第です。
●EXプレ
書きたい事があるならどうぞ。
特にこのシナリオでは普段あまり実用的ではない関係者呼び出しが強力かも知れません。
●サポート参加
やりたい事があればどうぞ。
サポートはサポートですが凄い事書いたら何か起きるかも。
描写確約ではありませんので悪しからず。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
NPCの参加は仕様増えてたので手持ちのを放り込んだだけです。
システム的に参加していない人もいます。
人生最長OPをまた速攻で更新しました。
以上、宜しくご参加下さいませ!
行動方針
『双竜宝冠』事件に対してのイレギュラーズの大本のスタンスを示します。
【1】『依頼に従う』
マサムネ、バーテン、ヴァンの依頼に従って色々調査したり活動します。
大目標は『双竜宝冠』事件の解決。
ミロシュの死の真相や犯人、居るのであれば黒幕を突き止め、被害を減らしましょう!
この選択肢を選んだ場合、皆さんは『ローレットの仕事を受けた』形になります。
【2】『独自行動』
マサムネ等の依頼とは関係なく独自の動きを取ります。
但し、特段の理由が無い限り事件の解決者である事が望ましいです。
個人的な事情で動く方は此方が良いでしょう。
行動には自己責任が跳ね返りやすくなるので注意しましょう!
活動内容
以下の選択肢の中から一番近しい行動内容を選択して下さい。
又、同道する仲間等が居る場合は【】(タグ)指定か、キャラクターID指定をプレイング内の最初の行で行うようにして下さい。
【1】アベルト
挙兵したアベルトに同道し、何かをします。
彼はたてはと雪之丞に狙われています。
プレイヤーが阻まなければどうなるか分かりません。
【2】フェリクス
挙兵したフェリクスに同道し、何かをします。
アベルトとの決戦はかなりの不利が否めません。
戦死する可能性も高いです。
【3】パトリス
パトリスの元に留まり、何かをします。
彼はアベルトの手の者に狙われています。
プレイヤーが何かを出来なければ死ぬ可能性が高いです。
【4】フィゾルテ(カラス)
挙兵し、王都を目指すフィゾルテ周りで動きます。
フィゾルテの近くには側近のカラスが付き従っているでしょう。
【5】その他
その他、ガブリエルが調停の為の兵力を集めていたり、薔薇十字機関が事後対処に奔走していたり、フォルデルマンが無い頭を絞って大岡裁きを探していたり、梅泉と時雨が冠位色欲を狙っていたりします。
何をやってもいいです。
但し有効でない場合は余り重点的に描かれません。
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