PandoraPartyProject
永遠なる宿敵
「馬鹿な……こんな事は馬鹿げている……!」
フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディは何度目か知れない呟きを虚しく宙に浮かべていた。
「有り得ない。兄上が私を切り捨てる等。私は兄上に何時も忠実に仕事をこなしてきた筈なのだ……」
レイガルテから下された蟄居謹慎の命により、フィゾルテは中央での政治的権勢を完全に失った格好だ。
これまでも幾度かは苦言を呈された事こそあったが、兄は常に自身に忠実であり有能である自分を重用してきた事実がある。
「それが、こんな事で……?」
双竜宝冠事件で主な咎め立てを受けるべきなのは実際に殺し合った兄弟達であるべきなのは明らかである。
実際問題、フィゾルテは彼等と直接戦ってもいなければ暗殺者を差し向けたりもしていない。
多少の情報操作や対立煽りの工作位はしたが、そんなものは公子達の罪に比して大したものになる話でもないだろう。
「第一が私は被害者なのだ。魔種なぞを手を組んだ愚か者に騙されたようなものではないか」
だが、どうだ。この結果は?
「私だけが沙汰を受け、子竜共は𠮟責に留まっただと……?
確かにマサムネの件が露呈したのは面倒だった。しかし、たかが平民の女が一人死んだ位で!
この私は黄金双竜の実弟、フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディなのだぞ……!?」
独り言はまるで自身に言い聞かせるようですらある。
『少なくともこの期に及んでもフィゾルテはカラスが実子である事に気付いていない』。
彼は聡明だ。そして万事に極めて優秀な男だった。
だが他人の痛みや感情に何処までも冷酷に無関心になれる大貴族故に、その可能性にすら気を配っていないのだ。
全てはその傲慢さが招いた破滅であるのだが、恐らく彼は終生それを理解すまい。
「……ん?」
激情に駆られ、思考の海に沈んでいたフィゾルテはこの予想外の事態に騒がしかった城内が恐ろしい程に静まり返っている事に今更気付いていた。
石造りの城に蟠る奇妙な程の静けさは直感的に不気味さを感じさせるもので、フィゾルテはベルを鳴らして使用人を呼び付ける。
……しかし、すぐさまに馳せ参じる筈の彼が部屋にやって来る様子は無かった。
「……どうした、これは」
本能的にぞっとして席を立ちあがったフィゾルテに、聞き慣れた声が応じる。
「――いやあ、年貢の納め時ってヤツじゃないかね、フィゾルテ様」
声と共にドアを開けたのは無数の返り血を浴びた『あの』カラスであった。
「貴様! よくおめおめと私の前に顔を出せたものだな!?」
フィゾルテは激するが、カラスは生温い笑みを浮かべたままだ。
フィゾルテは即座に兵を呼び立てるが、当然と言うべきかこれに応じる者も無い。
「……これはどういうからくりだ? 貴様、また魔種にでも……」
「いいや。そのプランは失敗したからな。今度は何もかも俺一人だよ」
たっぷりの余裕を見せながらカラスは部屋の中に足を踏み入れる。フィゾルテは一歩を退がる。
「どういう事だ。城には私の兵共が……」
「考えろよ、フィゾルテ様。そんなもん全部ぶっ殺したに決まってんだろ?」
「は……?」
自身を暗殺せんとしたカラスの行方は知れなかったのだ。
フィゾルテは城内の警備に百をゆうに超える兵士を配置していた。
目の前の男はそれを皆殺しにしたという。いや、よく見れば彼の全身を染めるのは返り血だけではない。
余裕ぶってはいるが呼吸は浅く短く、身体中のそこかしこに『穴』が開いている。
(ならば、本当に。無理に強行突破をしてみせたとでも言うのか……!?
無茶苦茶な無謀をして。勝てる目等殆ど無かったに違いないのに?
瀕死の重傷を負ってここまで食らいついてきたとでも言うのか!?)
フィゾルテは引き攣った顔でそんなカラスを面罵する。
「この、愚か極まる痴れ者が……!」
「よーく分かってるじゃねェか。そうさ、俺は愚か極まる痴れ者さ。
流石に見る目があるな。『父上』は」
「――――」
ケラケラと笑ったカラスは更に一歩を踏み込んで続ける。
「母親の名前なんざ言わねえよ。これからけりをつける父親にもっと失望なんざしたくねェしな。
そんなつまらねェ奴の為にこうして人生全部浪費したなんて、いよいよぞっとするってもんだからよ」
「来るな……!」
フィゾルテの悲鳴が響く。
満身創痍の身体に鞭を打ち、一気に間合いを詰めたカラスが醜悪な男の心臓を刺し貫く。
断末魔の声を耳元で聞きながら、カラスは嗤った。
「――ああ、その声が聞きたかったんだよなア。もう何年も、何十年も」
本懐を遂げたカラスは全身の力が抜けていく事を自覚した。
酷く疲れた。それに眠たい。しかし、それでも最後の力を振り絞る。
(ミロシュにリュクレース。この城の連中だって同じさ。
常識的に考えてこんな悪党が一人で勝って高笑いなんて世の中、幻想(クソ国)位臭ェだろ?)
カラスが最後に始末をつけるべきは『自分自身』――全ての痕跡を消し去ってこそ、フィナーレだ。
地獄のような日々がカラスの中を走馬灯のように過ぎっていた。
クソったれた日常で美しく得難く守りたいなんて、似合わない感情を呼び起こしたものは一つだけ。
(――ビービー泣かせるのも面倒臭ェからな。
なあ、クソ弟よ。しっかり気を張れよ?)
クソ兄貴は逃げ延びるんだ。また何か悪い事をするかも知れねえんだぞ。
(強くなれよ。あのガールフレンド達にも宜しくな)
『カラスの行方は知れない』んだからな。その辺りは忘れるなよ?
(何時か兄貴を分からせてやるんだろう?
闇に潜む俺はずっとお前の敵なのさ。
すれ違い続け、止めなきゃならねェ敵なのさ。
そうだ。お前が死ぬまで、ずっとな!)
――惨劇の報はやがてメフ・メフィートにまで到達する。
フィゾルテの死は衝撃的なニュースとして駆け巡ったが、結局犯人が捕まる事は無かった。
そしてその真相が誰かの耳に入る事は無いだろう。そう、永遠に。
※双竜宝冠事件が一定の結末を迎えたようです!
※クリスマスピンナップ2023の募集が始まりました!
※テュリム大神殿の先の階層に進むことが出来そうです……。
※プーレルジールで合流したマナセとアイオンの前に魔王イルドゼギアが現れました――!
※双竜宝冠事件が劇的に進展しています!
※プーレルジールで奇跡の可能性を引き上げるためのクエストが発生しました!
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