PandoraPartyProject

PandoraPartyProject

月だけが見ている

 陽の光の下に、出る事が出来ないのはお互い様だ。
 吸血鬼であった娘が日光を嫌ったのはまるで物語の登場人物のようで微笑ましくもなった。
 熟れた果実のような魅惑的な瞳を有した彼女は確かに吸血種の姫君であったのだろう。そうあるように育てられたのだから必然的に所作には気品があった。
 だが、所詮は紛い物なのだという。
 彼女は不機嫌そうに、さも当たり前であるかのようにこう言った。

 ――王の器に足りない。

 王、玉座、そうした場所に彼女は固執して居たように思える。
 彼女はラサが嫌いであった。理由は単純だ。『義姉』が居着いていたからだ。
 彼女は『赤犬』が嫌いであった。理由は単純だ。『義姉』が好んでいたからだ。
「王の器に足りない。所詮は群れた野良犬のリーダーでしかない」と彼女は嫌悪を滲ませて言うのだ。
 彼女の何がそうさせるのかは分からなかったが、会ったことも無い男のプロフィールを眺めただけで親でも殺されたかのように彼女は恨みを滲ませる。
 実に愉快な存在ではあったが、利用価値はあった。
『私』はラサが欲しい。このも理由は単純だ。ラサというのは傭兵と商人達が寄り集まって作った共同体だ。詰まり、人の出入りが激しく、目立ちにくい。
『私』のような存在を赦して仕舞う程に寛容なこの共同体は、傭兵と商人に綻びを作れば簡単に解けてしまうかのような危うさもあった。

「で?」
「商売だよ。『私』の実験には廃棄物が多くてねぇ、どうだろうか」
 悪くはないとは笑った。世の中には悪人は星の数ほどいる。正直に言えば、誰でも良かったが彼が特に素晴らしい。
 全く以て、他者を思いやるつもりがない。人間同士の関わりでも欲求を優先し私腹を肥やさんとする姿勢は実に評価できる。
 そして、男は『凶』の狂犬の弱みも握っているというのだ。なんと素晴らしいか。
『私』達は手を取り合った。陽の下なんて似合わない者同士だ、月の下で仲良くやろうではないか。

「――こんな所に潜んでいたのですね」
 さて、彼女だけは余計だったが、吸血鬼達に相手をさせた。
『レナヴィスカ』は、否、幻想種は面倒だ。仲間意識が強く、生まれ育った地と植物との繋がりを愛している。
 独自の文化を有するアルティオ=エルムからわざわざ飛び出してきた癖に、仲間思いの幻想種の女は『仲間』と見做したイレギュラーズやラサの人間の為に危険を顧みないのだ。
 彼女達の拠点となる村を探しておこうか。それだけ繋がりが強いので在れば全員のパーツを繋げてやれば喜ぶかも知れない。
 何にせよ、今の実験が終ってからだ。無駄なことを考えて居れば、それだけ時間が過ぎてしまう。さあ、作業を続けよう。

「――――――い」
 さて、今から何を――
「せーんせい!」

『博士』は顔を上げた。頬を膨らませたジナイーダは「ずっと呼んだのに」と仁王立ちをした儘、立っている。
 ゆっくりと身を起こしてから「何かようかな」と博士は問うた。
「防衛の魔法が解けちゃったから、イレギュラーズが来るよ。リュシアンだってくる。どうするの?」
「そうだなあ……捕まえようか、何人か」
 博士は大地に大きく魔法陣を描いた。赤い液体を引き摺って、奇怪な紋様を描く。
 リリスティーネの血は少量で構わない。
 後は、ラサの市場で紅血晶を手にした者達から採取して置いた。肉体が変化し、自我も薄れたのだから有効活用して遣った方が良い。
 所詮は処分する固体だった。アツキやエルレサに幾人も拐かさせたが誰も彼もが助けて、助けてと煩かった。実験動物は活きが良い奴ほど鳴く。
「これはなあに?」
「『烙印』だよ」
「烙印って、わたしの体にあるやつ?」
「ああ、そうだね。他の吸血鬼達にもあるよ。……上手く体に浸透して私が調整してあげたから、ジナイーダは立派な吸血鬼だ」
「えへん」
 胸を張ったジナイーダに『博士』は長い腕を伸ばした。頭を撫でれば、彼女は本当に幸せそうに笑う。
 ――そう言えば、生前から彼女はそうだった。
 恵まれた家庭で育った、恵まれた少女。衣食住が約束され、教育も十分に受けた幸せを体現したような娘だった。
 唯一欠点があれば人を信用しすぎるところだろう。疑うことを知らない、からこそ扱いやすかった。
「あれ? ベル、どうしたの?」
「……外に行く」
「外で、幼馴染みちゃんを待つんだってさァー! ちっすちっすー!」
 ベルトゥルフブリードを担いだまま言葉少なにその場を後にした。
 あの時、悲痛な表情をした幼馴染みを見て自分は間違いを犯したのだと気付いて仕舞ったのだ。
(……ルカ、俺はお前が羨ましかっただけだった)
 イレギュラーズになった。世界に選ばれたお前が。傭兵団の息子だった。将来が決まっていたお前が。
 誰よりも、努力をして、誰よりも、強くなろうとしたお前が。
 羨ましかった、だけだった。
「ベルトゥルフ」
「ケルズ……」
「行くの」
 ケルズ=クァドラータは柄にもないことを言った。
 彼は、観測者だ。世界のあらましを眺め全てを記し決して干渉しない立場にあった。だが、どうしても口を開いたのだ。
 絆されたのか。自身もと同じ『欠陥品』だったのかは分からない。
 ただ、彼とはもう二度と会えない気がしたのだ。
「……お前は、」
「妹ちゃんと仲良くなれるといいねェ!」
「うるせぇ」
 ブリードがげらげらと笑い続ける。ベルトゥルフが咎めたが、ケルズは何も言わず肩を竦めているだけであった。
 外に出れば、傭兵団の仲間達が待っている。『宵の狼』の仲間達を付き合わせてしまったが、所詮は泥船だ。
 残った者達は皆、ベルトゥルフと居る事を選んでくれたのだ。ならば、最期の時までそれらしく振る舞おうと決めた。
「……じゃあな、ケルズ、ジナイーダ」
「ばいばい、ベルトゥルフ」
「さようなら、ベルトゥルフ」
 ケルズはそう言ってから、それっきり話さなかった。

「ねえ、博士」
「なんだい、ジナイーダ」
「リリちゃんは、どうするの?」
 リリスティーネ。ジナイーダとは対照的な不幸な娘。
『博士』は彼女を思い出す。時間の流れとは残酷だ。不死ではないが、緩やかな時を生きてきた彼女は終わりの時が近付いている。
 外見(すがた)が衰えずとも、内面(こころ)が衰えれば、待ち受けるのは死だ。
 呪われた桃色の娘。
 生を謳歌することなく、誰かの傀儡としてでしか生きてこられなかった人形のような彼女。
 偽物の玉座を与えられ、偽物の姫君となった彼女の心は何時だって『本物の王』に恋い焦がれていたのだから。
「可哀想な子だね。だから、私は考えてあげたんだ。
 死の間際くらい、愛されるのはどうだろう。沢山のイレギュラーズの愛を受けて死んでいけば良い」
「あい?」
「難しい言葉だったね、ジナイーダ。君が当たり前の様に享受してきたものだよ。
 それを、リリスティーネにあげようとおもう。さあ、おまじないの完成だ。見ていてご覧」
 魔法陣が光を放つ。
 哀れなリリスティーネ。
 崩れゆく、砂上の姫君。
 君に私が素晴らしいプレゼントを贈ってあげよう。
 私の作った『烙印』は、恵まれない君を愛するように出来て居る。
 君を愛して、君を王だと仰いで、ほんの刹那の時だけ、君だけを見てくれるように出来ているのさ。
 君が『本当に欲しかったモノ』だけは手には入らないだろうけれど。

 恵まれない君の本当の望みも。
 死んでしまった君の嘘っぱちの生も。
 ――私達のことを、月だけが見ている。

 『月の王宮』での決戦の時が刻一刻と迫っています――!
 ※『博士のおまじない』の効果で烙印に変化が生じました――!



 ※天義騎士団が『黒衣』を纏い、神の代理人として活動を開始するようです――!
 (特設ページ内で騎士団制服が公開されました。イレギュラーズも『黒衣』を着用してみましょう!)

これまでの覇竜編ラサ(紅血晶)編シビュラの託宣(天義編)

トピックス

PAGETOPPAGEBOTTOM