PandoraPartyProject

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楽園へようこそ

 軍用の重ガレオン船――サン・セニョーラ号から縄ばしごを伝い、小さなボートへと飛び移る。
 ぐぐっとした、急な傾きによろめくが、スカートを抑えながら、どうにかこらえて踏ん張った。
 程なく、するすると引き下ろされるのは、革の大きな旅行鞄だった。ハートの刺繍がお気に入りの――
「あんた、ローレットのアルテナさん……だったかい? こりゃあ、たまげたもんだ」
「え、ええ……まあ。驚かれるのは、なんていうか……割と心外なんだけど」
「なあに、乗っけてやれて光栄ってだけさ。あんたも『かの英雄殿等』の一員なんだからよ。んじゃ漕ぐぜ」
 これみよがしに両腕を広げる船頭に、小さな溜息を返して――アルテナ・フォルテ(p3n000007)はボートに腰を降ろすと、大海原を一望する。爽やかな潮風が心地よい。
 頬についた波の雫を指にとり、「しょっぱい」と呟いて、ちらりと舌を出す。
 真昼の青い海へ、真珠の宝石箱を一面にひっくり返したように、陽光がきらきらと跳ね返っていた。
「まあ海もいいだろうが、あっちを見てくれ。あんたらのお陰で、あの街があるんだからよ……」

 ここフェデリア諸島は、海洋王国大号令により切り拓かれた島々だった。
 コン=モスカ領の先にある、かつて『絶望の青』と呼ばれていた海域は、冠位嫉妬の討伐、そして滅海竜リヴァイアサンの封印により『静寂の青』へと名を変えたのだ。海洋王国の悲願は、ローレットのイレギュラーズ――つまりあなた達が居たからこそ成し遂げられたのである。
 セレブなどと言われれば笑ってしまうが、いずれもこの辺りでは、ちょっとした有名人扱いだ。
 それから幾ばくかの年月が経ち、このフェデリアは未曾有の発展を遂げている。まずは海洋、鉄帝、豊穣の三国による大貿易時代が始まり、多くの人々が新天地に夢を馳せて移住してきた。すぐに商館が立ち並び、ほどなく為替や証券の市場が誕生した。総督府の周囲には各国の大使館が建築され――こうして商業の中心地は二番街と名付けられ、総督府周辺は一番街となった。無論、世界一の商売屋である『ラサの商人』も見逃すはずはない。経済が回ればそれらを維持する人も必要になり、好循環は街をどんどんと大きくして行く。
 そうなれば唸るほどの金持ちも誕生する訳で――やがて作られた三番街が誇る世界一の高級リゾートだ。
 ホテルやカジノが立ち並び、今や『世界で一番金が動いている都市』などとも噂されていた。
 当然、見て見ぬ振りをされる『格差』も生じているのだが――
 はてさてそのあたりには相応のしきり役も居るのが常である。
 他には広大な自然を抱く四番街の国立公園、それから租界となっている五番街はリトル・ゼシュテルなどとも呼ばれているらしい。

「しかしあんたらイレギュラーズは言わずと知れたVIPだろうに。それこそ旅客船に乗るか……そもそも。あそこのなんだったかな、一番街にある……そうだ! ローレット支部に転移出来るんじゃないのかい。どうしてまた軍艦になんかに乗って、あんな人混みがひっでえ、港湾方面なんかに用があるってんだね?」
「……近海調査の見回りついで、でしたので。あとここが依頼主さんの商館の、最寄りの港だったから」
「あんたらも大変だねえ……。さて着いたよ。長旅お疲れさん」
「ありがとう!」
 ついでに久々の船旅を楽しんだのは、役得だけれど。
 謝礼と共にチップを手渡し、甲板に降り立ったアルテナは旅行鞄を引き上げる。
「ようこそ、ここがフェデリア『シレンツィオ・リゾート』――」

 ――地上の楽園さ。

「……眩しい」
 南国の陽を浴るコロニアル様式の白く瀟洒な建築物は、いずれも背が高く真新しい。
 それらの庭園にはヤシのような葉がそよ風に揺れ、プルメリアにハイビスカスが咲き乱れている。
 アルテナは一軒の商館で依頼完了の手続きを終えると、その広大な庭園で背伸びをしてから歩き出した。
 ここ港湾エリアは活気に満ちあふれており、さながら人種の坩堝である。
 遠路はるばるラサからやってきたであろう商人が、金融街となっているストリートに向かい――その後ろにある、フレッシュジュースの露店では、胸元もあらわな海種の女性が、景気の良い声を張っている。
 豊穣から来たヤオヨロズの男性は、着物姿でサングラスに麦わら帽子といったちぐはぐな出で立ちで、スパイシーなタコの串焼きを頬張った。鋭い目をした幼い少年が財布を抜き取っていったことには、まるで気付いているまいが――。いずれも真新しい街の発展は止まらず、筋骨逞しい鉄騎種の男達が今日も建設を続けていた。島の一部に租界を勝ち得た鉄帝国から、近代的な技術が入ってきている訳だ。
 街を歩きながら、ふと思い出すのはR.O.Oにおける『ヒイズル』という国である。あの時の発展具合は、あるいは『ネクスト』のデータが構築された際に、これを読み取ったものかもしれないとも感じられた。
 街の短い歴史はともあれ、個人というものには各々の心境というものがある。
 仕事を終えたなら――
「……あとは、どうしようかな」
 このままローレット支部へ向かって帰るか、それとも――
「ま、いっか。遊んじゃお!」
 鉄帝国式路面汽車(スチーム・トラム)に飛び乗ったなら、向かうのは三番街のリゾートだ。

 がやがやとうるさい二番街とは打って変わって、こちらはひっそりとした静けさに包まれている。
 歩いている人々は、南国らしくラフな格好をしているが、いずれも上等な仕立ての服を着こなしている。
 とはいえ、いざ高級ホテルの前に立つと、なんだか心細いものだが――グランド・バルツ・ホテルの前に立ち尽くすアルテナは、偶然見かけた仲間に駆け寄り肩を叩いた。
「嬉しい! ちょうどいい所で会っちゃった」
 その場で軽くステップしたアルテナは、ほっとした笑顔を浮かべ、仲間の腕にしがみつくようにしながら、看板を指さした。ホテル内のレストランらしい。
「ねえ、お昼まだならあそこで何か食べてみない? 一人じゃ味気ないし……」
 ここからでは店の名前はおろか、何が書かれているのかも、よく見えないのだが。
「こういうのって結局、延々迷っちゃうから、そしたら適当に決めちゃうんだけど」
 どうやらホテルやレストランは、ローレットのイレギュラーズであれば、イザベラ女王とコンテュール家の計らいで(度を過ぎなければ……だろうが)無料で利用出来るらしい。
「なんかこういうのって、デートみたい……えっへへ」
 小声で笑ったアルテナが、少しひやりとした指先で、仲間の手をそっと握って歩き出す。
 アンティークが飾られた大理石の床を歩き――ふと立ち止まれば、絵画は海洋の高名な画家カルエが晩年に残した数少ない作品ではないか。なんというか、何もかもが贅沢な作りをしている。
 このホテルでは三千点を越える彫刻や壺、絵画などを到るところで鑑賞出来るのが売りらしい。出資者は幻想王国のバルツァーレク派の諸貴族達らしく、なるほど『らしい』と思う。
 近隣にある他のホテルも同様に、やれベイサイドプールだ、個室の露天温泉だと様々である。
「これは、なんだろう、お花? 帆立?」
 何本も並んだ銀のナイフとフォークを外側から掴むと、ずしりと重い。
 適当に選んだホテルレストランの料理ではある。
 アルテナはここまで来て、料理メニューが『幻想宮廷風』かと、落胆しかかったのも事実である。
 けれど一口食べてみたら、そんな懸念は一瞬にして吹き飛んだ。
 これほどの逸品は、まず遊楽伯爵の屋敷(さもなくば再現性東京の名店)にしかないだろう。
 頼んだ女性向けのランチコースは、大きな磁器の皿に小さな食品がちょこんと乗っているものが多く、どこか絵画めいて見える。ソースに拘っており、旅人風に言うなればモダンなフレンチに極めて近い。デザートまで小洒落ている。ワインも勧められたが、ここはガスウォーターとフレッシュジュースにしておいた。
「それは、えっと。私は遠慮しとくかな」
 食事を終えたら、葉巻とダークラムのサービスを持ちかけられたのだが、アルテナは断った。そもそも吸ったこともないが、まずもって煙草の香りが得意ではないから――
 さて……あとは、水着にでも着替えてビーチかプールにでも行こうか。
 遊びに来たなら――ならば――そうせねば勿体ない。
「そういえばこれ、さっき露天で買ったネックレスなんだけど、色が合わなくって。着けてみて」
 アルテナが仲間の首元に腕を回し、髪先が頬をくすぐる。
 押しつけられた温かな体温と、甘酸っぱい柑橘のフレグランスが漂い――
「――うん、似合う似合う!」

 シレンツィオの一番街、豊穣大使館では関係各国の重鎮が顔を揃えていた。
「こちらが帝からの親書となります」
「これはご丁寧に、どうも」
 豊穣では陰陽頭を務める月ヶ瀬 庚(p3n000221)が、海洋貴族筆頭であるソルベ・ジェラート・コンテュール(p3n000075)に書巻を手渡し、丁寧に腰を折った。
 豊穣風にお辞儀されるというのは、ソルベにとってまだ少し落ち着かないが、ともあれ。
 今年も海洋王国サマーフェスティバルは、豊穣とそれから鉄帝国までをも交えて、これまた盛大に執り行われることになっている。
「しかし申し上げにくいながら、問題がありまして……」
 海洋から豊穣へ向け、ぐるりと一週する盛大なクルージングツアーも予定されていたのだが、その際に航路として予定された『ダガヌ海域』というトライアングル状のエリアで、遭難・難破・行方不明などの事故が相次いでいるのだ。街では『廃滅病で死んだ亡霊がさまよっている』とか、『まだ魔種の残党が潜んでいる』など、様々な噂が流れている始末だ。
「賓客をもてなすに、あの海域では危険が過ぎるであろう、どうにかならんかえ?」
 扇子をぴしゃりと閉じた女王イザベラ・パニ・アイス(p3n000046)の問いに、一同が押し黙る。ラド・バウ闘士や四神はともかく、双子巫女やらに危険を背負わせる訳にはいかない。
「戦う力があろうとなかろうと、賓客を危険に晒すというのは国家の品格が問われます」
「すまんのじゃ、客人にこのような話を耳に入れるなど」
「いえ、構いませんよ。豊穣もまた出資した身の上、一蓮托生かと」
 肩を落としたソルベとイザベラに、庚はあわてて手を振った。
「ではどうじゃ、大佐。そなたであれば既に対処ははじめておろう」
「ええ、陛下。こっちも調べちゃいるんですが、まだどうにも原因が掴めてません。我等とて海の男、ことこれに関しちゃあ、弱気なんざ吐きたかありませんが――来月がクルーズとなると……厳しい所かと」
 海洋王国軍のファクル・シャルラハ大佐もまた、腕を組んで唸る。
「困りましたね……航路を変えるとなると、今度は来賓のスケジュールに関わりますが」
 迎えるのは国家重鎮達とイレギュラーズ。いずれも多忙な身の上である以上、予定の狂いは許されない。
 そうなるとクルージングツアーでは、この海域は避けて通れないではないか。
 更には、通常の貿易等に関しても、この海域を使う航路は重要なのだ。
 出資者である海洋や豊穣の貴族や商人達――コンテュール家を初め、フォルネウス家インディアクティス家、霞帝、天香家などにとっても困った事態なのだった。
「そうなると、やっぱ頼るべきを頼るしかねえんだろうな」
「招く側が仕事を課すというのも、なんとも情けない話ではありますが」
 あなた達、ローレットのイレギュラーズは、大切な賓客ではあるのだが――
 背に腹は代えられない。頼るべきには、やはり頼る他にないのだ。

 ――光と闇を抱くこの都市シレンツィオで、新たな冒険が始まる予感がしている。

シレンツィオ・リゾートへ行けるようになりました!

※リミテッドクエスト『<太陽と月の祝福>Recurring Nightmare』が公開されています!

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