PandoraPartyProject

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下手くそ母娘

 恐ろしい程の存在感を発揮し続けていた冠位暴食(ベルゼー)の威圧が去って幾ばくか。
 深緑を覆う破滅の運命の一端に立ち向かったイレギュラーズは僅かに人心地をついていた。
 ……いや、厳密に言えばそれは安心出来る状況では有り得ない。実に即物的で短絡的な破滅――竜種共が去ったとしても、遅効性の毒、即ち冠位怠惰(カロン)に端緒する『夢檻』の問題は拡大しており、予断を許す状況ではないからだ。
 だが、それでも。
「……アンタさ、自分に任せろみたいな事言っていて、何失敗してんのよ。
 結果として、偶々暴食があの場から消えた訳だけどさ。
 詰めが甘いのよ。恥ずかしいにも程があるわよ?」
 すっかり『混ざり合ってしまった』ルシェ=ルメアの『ほとり』でリア・クォーツ(p3p004937)は何とも彼女らしい悪態を吐いていた。その相手、玲瓏郷と呼ばれた揺らぎの世界の主こそ、口をへの字にして難しい顔をしたリアの母親であるベアトリクスである。
 彼女は今回深緑を襲った未曾有の災厄に対して協力を申し出た存在だ。自分の命を捨ててでもベルゼーを撃退するとした彼女に対して当のリアが心穏やかでいられなかったのは無理からぬ事であり、事これに到るまでまあまあ複雑にもつれた母娘のやり取りは素直に奇跡の再会を喜ぶような色合いを帯びていなかったのは言うまでもない。
「あら、リア。酷いことを言うわね。
 私も一緒に消えたほうが良かったかしら――」
 苦笑交じりのベアトリクスは自身が無意識の内に『出し切れなかった事』を一番理解していた。
 もし彼女が事前に覚悟した通りの捨て身をやり切れたとするならば、流石の冠位暴食とてこれを防ぐ手立てはなかったと思われた。少なくとも強大なる願望機の『反作用』とでも呼ぶべき破壊性はかの魔種に相当の痛手を被らせたに違いない。
『ベアトリクスが即時の消滅を回避した事それそのものが、ベルゼーに有効打を届かせなかった理由と一致しているのだ』。
「……ばっ……この……!」
 頬を紅潮させたリアが何かを言いかけて口をパクパクとさせた。
 彼女からすれば自分を捨てた母親である。
 自分の母親はアザレアで、家族はクォーツ院の皆以外に居ないと思っている。
 ……実際の所はリアも子供ではない。理由がある事は分かっているし、事実ベアトリクスは言わないだけで、此の世の多くの物語が肯定する通りに如何ともし難い事情というものは転がっているものだ。
 彼女がリアから離れたのは、彼女がどうしようもなく衰弱しているのは『悲しい程の不完全を帯びて産まれ落ちた娘(リア)という命を生かす為』でしかない。
 リアがそうと知らないだけでベアトリクスは常にリアに繋がってリアに己の生命力を注ぎ続けていたし、それは割れた器に水を入れ続けるような自己犠牲そのものだった。
 言えばいいのに言う事は無い。言わなければ当然そんな事は伝わらない。
 故に二人は『下手くそ母娘』だ。
「……っ……!」
 それでもどうしようもなく割り切れない相手は、冷徹に接しようとしてもそれすら出来ない相手は確かにリアに強い繋がりを感じさせた。
 本人は否定するだろうが二人は何とも言えない位に良く似ている――
「ごめんなさいね、リア。決着をつけられなくて――」
「誰がそんな事!」
「――ああ、そんな顔をしないの。本気で言っていないわ。
 どうも、お母さん、貴女に似てそそっかしいみたい。
 違うかも。貴女が私に似たのかも」
「てめぇ、この自称母親……!」
 これまでよりは幾分か気安い調子。
 自分をからかうような顔をしたベアトリクスにリアは大袈裟な咳払いをした。
「……正直を言えば、もう少しやれたと思うわ。
 あの時ね、貴女の顔が過ぎってしまったの。
 まだ消えたくないって思ったら――どうしようもない位に力が出なくて、失敗してしまったわ。
 でも、それは貴女のせいじゃないの。私がただ弱いだけ。
 それに少し嬉しいの。初めて貴女に甘えて貰えて、母親らしい事が出来たんだって、そう思えたから」
「……詰めが、甘いのよ」
 語るに落ちている。日頃丁々発止とたくましいリアの舌鋒もいよいよ鋭さを失っている。
 申し訳無さそうなベアトリクスの言葉は悔しいながらも嬉しいものであり、何より彼女が――
(……約束、守ってくれたんだ。守ろうとしてくれたんだ)
 ――世界だの、盟約だの、母の想いやらよりも。自分の我儘を優先してくれたのだと思えば、鼻の奥が詰まりそうになるのは止められなかったからだ。
「……ごめんなさいね、リア。
 私が何時まで混沌に残れるかは分からないけれど……でももう少し一緒に居させて。
 ベルゼーが何を考えて退いてくれたかは分からないけど……
 ……正直感謝しているわ。最期の時間が伸びたのは、私にとって望外の出来事だったのだから」
 フン、と鼻を鳴らしたリアは「勝手にすればいいじゃない」とまた可愛くない顔をした。
 べそをかきそうな顔をして、怒った『心算』の顔をして――
「……そうするわ」
 ――淡く微笑んだベアトリクスの白い肌に刻まれた無数の亀裂に必死で気付かない振りをした。

 ※夢の中に囚われた者達は『夢檻の世界』にいるようです……
 ※【夢檻】から抜け出す特殊ラリーシナリオと、冠位魔種の権能効果を減少させる特殊ラリーシナリオが公開されました。

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