PandoraPartyProject
ジーニアス・ミステイク
幻想北部、商都サリュー。
幻想でも随一に安定した統治を見せるその街に、今不穏な気配が満ちようとしていた。
「若。どうやら包囲は免れない様子です」
「何じゃ。珍しい、外したか」
短い調子で告げた刃桐雪之丞に死牡丹梅泉は鼻を鳴らす。
「天才の名が泣くな、クリスチアン」
口角を持ち上げ、揶揄するように言った死牡丹梅泉に『サリューの王』ことクリスチアン・バダンデールは溜息を吐いた。
「……いや、完全に頭に入っていなかった訳じゃないよ。
『最悪』この展開も予期していた。兵力は十分に集めたし、君達も居る。
政治的に阻害しているから正規軍の正面衝突がない、のも読み通りだ。
薔薇十字機関が『暗殺のプロフェッショナル』なら――夜闇に紛れた精鋭での襲撃が第一だ。
君達を乗り越えて、私を倒す事なんて出来やしないと思っていたよ」
「ですが、その侯爵はん? どうも無理を通して道理を引っ込める心算やないですか」
「そう、幾つかの誤算があったのは確かなんだ。
誤算というより前提が間違っていた感じ――どうも急転直下の話があったみたいでね。
天義の『封魔忍軍』がアーベントロートに合流したなんてのは今更の初耳だし。
それより何より――」
「……何だって魔種連中が連中に手を貸すかって話だよな。
第一、同胞だなんだって言うなら、アンタの方が余程近しい位だろうに」
紫乃宮たてはと伊東時雨の言葉にクリスチアンは「ああ」と頷いた。
「『侯爵はウォーカーだ』。つまり少なくとも魔種ではないし、狂気を受けている可能性も低い。
だが、実際の所――事これに到って魔種連中が侯を支援する心算なのは明白だ。
尤も? 私は謂わば『野良』だから彼等の仲間じゃあない。
魔種を縦割りする某かが自分主導でこの国に混乱を起こしたいならこの差配も分からない話じゃないな。
それに侯と魔種の関係も味方と言えるかどうかは怪しいものだ。
精々がお互いを勝手に利用し合う関係じゃないか?」
「まぁ、何れにせよ。アーベントロートは主の予想よりも強硬じゃったという事であろう?
天義の暗殺者共と子飼いを集めて主を討ち取らんとしておる。
……律儀にも外の騒ぎに兵を出しよって。まるで民政家の面じゃなあ?」
「『クリスチアン・バダンデールがサリューを見捨てたら、例えこれを防いでも意味がないだろう?』」
肩を竦めたクリスチアンは考える。
(……しかし、侯爵は今回は余程その気のようだ。
元々得体の知れない方ではあったが、これ程のリスクを侵して私を排除しに来るとは。
……いや、彼が私の実力をそこまで警戒しているとは思えない。ならばつまりこれは――)
――クリスチアン・バダンデールの死を以って愛娘に『打撃』を与える方を重視しているという事だろう。
(……やれやれ。どれ程に扱いが雑でも、幼馴染の評価は頂けていたという事か)
気高く気まぐれで意地っ張りな令嬢は言葉では決してクリスチアンを認めないだろう。
頼りにするとは言わないし、助けてくれとも言わないに違いない。
しかしクリスチアンは無条件に彼女は最後に悪態を吐きながら自分を頼るのだろうと信じていた。
そうしてそんなややこしい関係の先、きっと自分は意地悪を言い、むくれた彼女に微笑むのだ。
――まぁ、何せ私は天才です。お望みとあらば叶えましょう。
しかし、まぁ――全く人使いの荒いお嬢様だ。
(茶番だな)
繰り返したやり取りは幻視でもその解像度を損なわない。
問題は残念ながら今回ばかりはクリスチアンにとっても事態が簡単ではないという点のみである。
「……それで、どうする。クリスチアン。屋敷より逃れるか?」
「サリューの防衛があるだろう。さっきも言った通り早晩には逃げ出せない。
それに、簡単に逃してくれる程甘い連中じゃないよ」
「君なら分かるだろう?」と問われれば梅泉は「まぁ、確かに連中は『それなり』じゃな」と呟いた。
「では、迎え撃つか。暗殺者連中なら手間取れば退く目もあろう」
「第一、そんなに緊迫する話とも思えませんわ」
梅泉に同調するようにたてはが言う。
「有象無象なんて――何十こようとうちの――旦那はんの敵やないやろ。
それにあんただって、それなり以上にやるんやろ。
小雪はんに時雨はん、うちに旦那はん。それからあんた。二流のアサッシンなんてそんなもん」
「……まぁ、楽観は兎も角。確かにな。
何時もアンタ言ってるじゃねぇか。
『指揮官が前に出るなぞ愚策。戦う心算はないよ、戦っても負けやしないけど』。
ビビるようなタマじゃねぇだろ、この位」
時雨の言う通り、精鋭の暗殺者集団が相手でも逃れる勝つは随分違う。
特にいざ守ろう、逃げようと思わばこの五騎を仕留めるのは難し過ぎる。
常人にとっての死地でさえ、驚く程の自信家であるクリスチアンの表情が冴えない理由には成り得まいに。
「……確かにね。概ね君達の言う通りだ。私は君達も自身の力も過小評価していない。
この程度の危機、本来ならばどうとでも凌げる。『だが、しかし』」
幾度目か憂鬱に息を吐きだしたクリスチアンは続けた。
「『私は、アーベントロート侯との直接対決に勝つ自信がない』」
「――――」
「……ほう?」
雪之丞は予想外の言葉に息を呑み、梅泉は逆にその瞳を爛々と輝かせた。
「本気で言ってる?」
「ああ。今の言葉、人生で初めて言ったよ」
時雨に頷いたクリスチアンにとってそれは決定的に例外的な事態である。
策略の問題、戦術の問題にあらぬ大問題であった。
『最後は自分でどうにかすれば必ず勝てる』。クリスチアンの考える『保険』が今夜だけはブレている。
ざわめくサリューの長い夜は、未だ嵐の前。主の気も知らないで、仮初の静けさを保っていた――
※リーゼロッテの家令パウルからサリューの救援依頼がローレットに届いています!
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