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シナリオ詳細

<Paradise Lost>Grand Guignol

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ロウライト兄弟
 人間の営みを常に清浄に保つ事は難しい。
 二人以上の人間が生じれば大なり小なり『社会』が生じる。
 社会が生じればそこには損得が現れ、利己は正義を余りにも簡単に歪めてしまう。
「要するに優先順位の問題なのです」
「優先順位、か。大正義を果たす為ならば小悪は必要コスト……と?」
「別に自己弁護はしませんよ。私もまた神に裁かれるべき存在です。
 しかしながら、私が裁かれるより先に正されるべき歪みは確かに存在する。
 つまりこれは『優先順位の問題』でしょう?」
 根っからの天義聖職者(サラブレッド)に妥協はない。
「じい様も苦笑いしてるぜ、それ」
 静かな口調でそう言った『雪下の聖者』セツナ・ロウライトに弟である『風の暗殺者』フウガ・ロウライトは苦笑した。
 最近、聖教国ネメシスで生じた政争がロウライト家の――より厳密に言えばセツナの敗北に終わったのは確かである。セフィロト教団を中心とした事件は『正義の為ならば手段を選ばない』セツナにとっての動き場ではあったが、付き合ったフウガに言わせれば兄への贔屓目入れて考えても、そのやり方は強硬に過ぎ、拙速に過ぎた。辛うじてロウライト家への厳しい咎は免れる格好になったのは幸いだったが、実家が受けたダメージは小さくないだろう。祖父(ゲツガ)の顰め面は思い浮かぶし、恐らくは兄二人の失踪から当主を押し付けられる格好になるだろう妹(サクラ)のショックは想像したくもないものだ。
「だからと言ってな――」
「――不満ですか? フウガ。確かに貴方を酷く付き合わせてしまったのは確かですが」
「いいや、兄貴。それについては気にするなよ。俺は俺で俺の好きにやっている」
 首を振ったフウガは兄の意向に従う事を厭とは思っていない。
 確かに兄の計画や非合法な行為に手を貸し、事実上国を追われたのは確かだが――
 元より汚れ仕事の頭目を継いだのだ。碌な死に方を出来ると思っていない。
 乗りかかった船であるし、何より『立派な兄』は双子の片割れだ。恐らく幼少期から窒息しそうな位の生き辛さを抱えているセツナを多少なりとも楽にしてやれるのは自分位なものだと思っているし、それ自体を悪いものだと思っていない。
『フウガ自身善良だが善人という訳ではない』。
 兄自身の言葉を借りるならばそれも『優先順位の問題』としか呼べまい。
「不満ではないが、それより問題は――組む相手だな」
「……」
「気付かない兄貴じゃないだろう? アレは正真正銘の怪物だ」
 蛇の道は蛇と言うが暗殺機関も同じである。
 この話は聖教国の諜報機関である『封魔忍軍』を率いるフウガがその伝手で敵国幻想の『薔薇十字機関』に接触したのが始まりだ。
 それなりの所帯を持つ集団であるから多少の情報や利得を見返りに一時的に支援を受けられれば、程度の考えだったが、時同じくしてアーベントロートに政変が訪れたのが大きな転機となっていた。フウガのラブコールを受け取ったのは排斥された当主代行(リーゼロッテ・アーベントロート)ではなく、侯爵家の真の主ヨアヒム・フォン・アーベントロートだったのである。
「反対ですか?」
 セツナの目的は手段を問わず故国の不正義、歪みを断罪し、立て直す事である。
 寄る辺を失いつつある兄弟にとって確かにアーベントロートは魅力的なスポンサーだった。
 力を貸し、借りる事が出来れば『巻き返し』の目は十分に現れる。『それは理屈で正しいのだが』。
「……兄貴はアレと本当の意味での『同盟』が成ると思うか?」
 問いには答えず、問い返した弟にセツナは答えなかった。
 薔薇十字の主に対しての感想は兄弟共に同じである。
 それはまるで人間ではない――底知れない、底冷えのするような怪物に思われた。
「……………優先順位の問題です」
「了解、兄貴。俺は兄貴の思う通りでいい」
 苦しく吐き出したセツナの肩をフウガはポン、と叩いた。
『汚れ仕事』は自分の役割である。追い詰める相手が人間であろうと怪物であろうと、麗しき令嬢であろうとも。

●ヨアヒム
「――フッフ! 小細工とあらばやはり彼奴の出番であろうなあ!」
 薔薇十字機関の追撃が失敗し、娘(リーゼロッテ)の身柄の確保には失敗した。
 逃走する彼女の行方は杳として知れず、貴族達の動向も含めた幻想の状況はいよいよ騒がしさを増していた。
 しかしながら軽い笑いを発した渦中の人物――ヨアヒム・フォン・アーベントロートは実に愉しそうにまるで余裕を崩してはいなかった。
「薔薇十字機関の――『表』の連中はお嬢様派も多いですね。
 あんなに人の心が分からない御方でしたのに、気付いたら結構な人望で」
 先の任務に失敗したばかりのヨル・ケイオスは、悪びれもせず冷静に状況を告げても彼の上機嫌は変わらない。
「捨て置け、捨て置け。二軍の連中なぞ、わしや貴様等の敵ではないわ。
 このグラン・ギニョールを愉快に華やかに彩れば、雑音なぞ直ぐに止もうよ。
 それより問題は彼奴(サリュー)の方よ。まさかクリスチアンめも隠し遂せるとは思うておるまいが……
 アレを政治的に追い込むのは不出来な娘を相手にするより何倍も骨が折れる故……
 かと言って捨て置けば、これより先も延々と邪魔をしよるのだろうなあ!」
「……意外とロマンチストですからね、あの方。えっと、ヨアヒム様?
 私も実はお嬢様の事が割と好きなんですけど、ご存知ですか?」
「知っておるが、貴様は歪んでおる故な。
 まぁ、言葉遊びは良いのだ、ヨル。貴様ならこの局面、如何する?」
「……うーん」
 ヨルは顎に手を当てて思案顔をした。
 アーベントロートの武力を以ってすれば正面切って当たってもサリューをどうにかする事は難しくはない。
 しかしながら相手は『あの』クリスチアン・バダンデールである。国内随一とも呼ばれる名声の持ち主で嫌になる程天才だ。
 下手な衝突の仕方をすればバルツァーレクやフィッツバルディを引っ張り込まれて大変な事になりかねない。
「放っておくとかどうでしょう?」
「戯け。それでは面白くなかろうが」
 一喝したヨアヒムはでっぷりと肉の付いた二重顎を擦って『答え』を出す。
「我々は暗殺機関ではないか。『非合法』に片付ければ事は済むのよ」
「あー……成る程」
 サリューにも探られたくない事情はある。
 元よりクリスチアンを『取れ』ば十全。仮に多少の問題を生じたとて、堂々と官吏に泣き付ける立場ではないだろう。
 軍を正面から動かしての対決は政治的に難しいが、少数でチェック・メイトを仕掛ける方が迅速で簡単だ。
「問題は――」
「――問題は?」
 問い返したヨアヒムにヨルは苦笑した。
「出来ますか、それ。情報によればクリスチアン・バダンデールは腕も立つし頭も切れます。
 ついでにちょーっと頭おかしいレベルの護衛を四人も抱えてますよ。
 忌憚なく申し上げれば、少数で仕留めるのに最も適さないタイプです」
「そんな事」とヨアヒムは笑う。
「クリスチアンはサリューの王であろう?
 彼奴めは『城下』の混乱を捨て置けぬよ。
 ……ああ、これはわしの予感に過ぎぬがな。暗い晩にサリューは魔種等にも襲われる予感がするのだよ。
 頭の切れる奴なれば、護衛の能力を信じて兵の殆どは外の混乱被害を抑える方に仕向けよう。
 残るは貴様の言う護衛連中だが――此度はわしも傭兵を準備しておってな」
「……傭兵」
「たかが数人ではないか。連中と薔薇十字の戦力で押し潰せぬとは思えぬな。それにもう一つ」
 ヨアヒムはここで最高に厭らしい笑みを浮かべた。
「『現場にはわしも行く』。それだけで釣りは十分ではないかね?」

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 Paradise Lost第二幕、サリュー炎上。
 以下詳細。

●任務達成条件
・クリスチアンが無事である事

※死んだら大失敗です。
 手傷等を負ったり色々状況次第で失敗になったりします。
 メタ的な話になりますが、難易度Nightmareは『普通成功するようなものではない』です。

●背景
 リーゼロッテ・アーベントロートがアーベントロート侯爵にその任を解かれ指名手配になりました。
 詳しくはトップページ『LaValse』下、『Paradise lost』のストーリーをご確認下さい。
 皆さんはリーゼロッテの逃走を助けるクリスチアンが危険だという話を彼女の家令であった『パウル』からの手紙で知ったという状況です。

●リーゼロッテ・アーベントロート
 ご存知蒼薔薇のお姫様。
 アーベントロート侯爵家当主代行でしたが解任されて指名手配になっています。

●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
 リーゼロッテの父でアーベントロート当主。
 もうずっと表舞台にはおらず、噂ではリーゼロッテに殺されてしまった、とさえ言われていましたが……
 どうも全然違ったようで、しかも見た目に反して辣腕なようで……
「『現場にはわしも行く』。それだけで釣りは十分ではないかね?」。

●パウル
 リーゼロッテの家令。幼い頃から仕えています。
 アーベントロート本邸での戦いではその場を任されリーゼロッテを馬に乗せて逃がしました。
 今回、ローレットに手紙を送る事で危険を知らせています。
 現在の状況や安否等の詳細は不明。

●クリスチアン・バダンデール
 幻想北部の要衝、サリューの王と呼ばれる大商人。
 実は反転魔種なのですが呼び声を抑える特殊能力を持っていて正体が割れていません。(ローレットは疑ってます)
 現在、リーゼロッテを密かに支援しています。
 曰く「指揮官が前に出るなぞ愚策。戦う心算はないよ、戦っても負けやしないけど」。でしたが今回は……

●ヨル・ケイオス
 薔薇十字機関の強力なアサシン。但し今回はお留守番。失敗したしね。

●チーム・サリュー
 死牡丹梅泉、紫乃宮たては、刃桐雪之丞、伊東時雨からなるサリューの用心棒集団。
 クリスチアンの護衛等という任務を『初めて』遂行すると言っていいでしょう。

・死牡丹梅泉
 ご存知、剣鬼。攻撃力の鬼。何もない所で割と転ぶ。

・紫乃宮たては
 ご存知、チョロイン。居合の使い手。何もない所で派手に転ぶ。

・刃桐雪之丞
 冷静で大人なイケメン。極めて防御的で粘り強く、攻撃力もあります。
 この人が一番護衛に向いています。

・伊東時雨
 すずなさんの関係者。『蛇剣』の使い手で変幻自在の攻撃範囲を持ちます。
 短期間、魔眼で激しく自身の能力をブーストする事も出来ます。対空向き。

●第十三騎士団
 魔道を使用する精鋭アサシン集団。
 リーゼロッテ……というかアーベントロート麾下の汚れ仕事を請け負う通称『薔薇十字機関』です。
 近接戦闘から距離戦闘までもバランスよくこなすスタンドアローンであり、相当の手練れ揃いです。
 暗殺者なので殺傷力が高いタイプが多いと推測されますが能力の詳細は当然ながら不明です。
 ヨアヒム曰くお嬢様麾下は『二軍』。自身の使う連中は『一軍』です。
 この依頼に動員される数は最低でも数十以上。

●フウガ・ロウライト
 封魔忍軍の頭目。
 アカン感じのスキルを持つ暗殺者。
 情報は余りありませんが、妹(サクラちゃん)であの強さなのです。
 ちょっと比較にならないものと思われます。

●封魔忍軍
 天義の暗殺機関。フウガ・ロウライト麾下。
 天義の暗闘から逃れ、セツナの意向で困った事にヨアヒムとくっついてしまいました。
 優秀な暗殺集団で最低でもその数は数十。薔薇十字機関と合わせて『最悪』100人vs13は覚悟するべきでしょう。

●戦場
 戦闘個所は四つに分かれています。
 PCは任意の場所に自身という特記戦力を割り振って下さい。

・正門
 門番は刃桐雪之丞。兵は空になっている為、一人で敵を食い止める構えです。

・裏門
 門番は紫乃宮たては。兵は空になっている為、一人で敵を食い止める構えです。

・屋根(二階)
 守護者は伊東時雨。兵は空になっている為、一人で敵を食い止める構えです。
 相手は薔薇十字機関と察知しているので空挺位は当たり前に予想せなあかんのです。

・一階(執務室・クリスチアン)
 守護者は死牡丹梅泉。兵は空になっている為、護衛は一人です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●シナリオ同時参加の注意
 本日公開されている<Paradise Lost>のオープニングは複数同時に参加出来ません。
 どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。

 クリスチアン以外も(PCもNPCも)死ぬ可能性があります。
 以上、宜しければご参加くださいませ!

  • <Paradise Lost>Grand GuignolLv:68以上、名声:幻想100以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度NIGHTMARE
  • 冒険終了日時2022年06月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費250RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
すずな(p3p005307)
信ず刄
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
彼岸会 空観(p3p007169)
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者

リプレイ

●氷月の剣
 闇の中に幾条もの光が瞬く。
 月の光さえ飲み込む黒塗りの刃はぬらりと輝き、ただ迅速に哀れな犠牲者の命を奪い去るだけの悪意に満ちていた。
「――――」
『宛て』が外れたのは今宵の『対象』が哀れな犠牲者足り得る程に可愛げのある存在では無かった事だろう。
「甘く見られたものだな」
 白い和装に身を包む男――刃桐雪之丞の声が低く、深く夜に響く。
 全身より氷雪の鬼気を立ち昇らせた彼こそ、混乱の坩堝と化したサリュー、狙われたバダンデール邸の正門を守る最大の難関の一つだった。
 当主ヨアヒム・フォン・アーベントロート侯爵と代行リーゼロッテ・アーベントロートとの間に生じた争いとも呼べない争い、暗闘、政変劇は逃走するリーゼロッテを密かに支援するクリスチアン・バダンデールを巻き込むに到っていた。政治的に強固な立場を有するクリスチアンを排撃する為のヨアヒムの企みは極めて非合法であり、極めてアーベントロート的な手段だった。

 ――暗殺。

 幻想(レガド・イルシオン)の暗部を司る第十三騎士団の真の頭領たる彼からすればそれは当然の選択だったと言えるだろう。
 とは言え、普通に相手取ったのではいざという時の防備へ余念のないサリューを襲い、身の回りに梅泉一派を置くクリスチアンを仕留めるのは難しかっただろう。
(……だが、これは確かに想定外であろうな)
 強敵の存在に距離を取り、隙を伺う暗殺者達を雪之丞は強く睥睨した。
 馬鹿正直に正門から侵入する暗殺者が多いとは思えないから、恐らくは主力ではない。
 しかし、主力ではない相手――現状であっても数は少なくとも十数人。不利の否めなさはそんな事実からも明らかだ。
(スポンサー殿は人の事は言えまいが――侯爵もどうにもきな臭い)
 現状の問題はヨアヒムが天義(ネメシス)より逃れた封魔忍軍(あんさつきかん)と結びつき、更には『偶然にも』魔種の勢力がサリューを襲った事に起因している。『本来ならばバダンデール邸を守備するべき兵力』はサリューの大混乱を収拾する為に駆り出されている。『サリューの王』は民を見捨てる術を持たず、何より相手が暗殺機関では闇夜の逃走には危険が勝る。故に持てる鬼札を四枚配し、籠城の構えと相成った訳ではあるが――
「……ち……!」
 ――幾度かの小競り合い、鍔迫り合いを重ねれば状況はより鮮明になるばかり。
 舌を打つ雪之丞の姿は滅多に見られるものではなく、つまりそれは彼が『不利』を感じているという事だった。
「――回り込め。手数で攻めろ。消耗させろ。『絶対にここから動かすな』」
 暗殺者のリーダー格の指示に雪之丞は臍を噛む。
 極めて防御的なこの門番は多数の敵さえあしらう技巧派だが、敵が遅延に徹すれば仕留める術が薄いのは事実だった。
 物理的な数の差は絶大である。本来ならば駆け付けたい邸内には守らねばならぬクライアントと主君が在るというのに。
 本来なら――本来ならば。第十三騎士団の思惑はより確実なものになっていたのだろう。
 本来ならば、その作戦には僅かばかりの綻びも無かったに違いない。
 しかしながら、物語は常に可能性の獣を省みる。
 この局面で運命の女神の後ろ髪を乱暴に引っ張ったのは――
「――苦労をなされているようですね」
「……!?」
 ――第十三騎士団に初めてと言ってもいい動揺と衝撃を与えた一人の女の影。
「――はぁっ!」
 裂帛の気合と共に駆け抜けるように水月花の術を浮かべた『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)その人だった。
「……君は」
「数奇な話ですが、今夜は援軍です。
 クリスチアンがサリューを捨てて逃げる男でないなら、当然護衛も残ると言う事。
 ……普通の相手なら、例え多勢に無勢だろうと早々後れを取るとは思わないけれど」
 舞花はそこまで言って僅かばかりに冗句めいた。
「『ご迷惑でなければ』。
 今度の相手はアーベントロートの薔薇十字……加勢を躊躇う理由はないですね。
 相手にとって不足はないというものでしょう?」
 流石の第十三騎士団をも出し抜く電光石火の一閃は、舞花と雪之丞の合流を果たさせていた。
 短く端的なやり取りだが、「感謝する」と応じた雪之丞の判断は早い。
 元々がリーゼロッテと懇意であるイレギュラーズがこの局面でサリューに肩入れする事は頷ける話だ。更に言うならば、この舞花を含めた数人のイレギュラーズは特に自分と――一菱の流派と縁が深いように感じられていたのだから尚更である。
「即席のチームとはなるが」
「その太刀筋は理解しています」
「お互い様にな」
 新手の出現にこれまでより少し攻め気を強めた第十三騎士団に二人は揃って迎撃の構えを取った。
 一人より二人は必然だが、舞花と雪之丞の組み合わせは如何にも『噛み合う』。
 俄然、堅牢さを増した門番に今度、臍を噛むのは第十三騎士団の方であったか――
 ともあれ、僅かながらに潮目が変わったのは確かだった。
「己を、そう猛々しい意志だとは思っておらん。
 一菱に学び、桜鶴様より薫陶を受け、若に憧れた――
 されど、俺はかの方達のようにはなれなかった。
 剣を修め、剣に生きる――道に偽りはなくとも『逸脱』出来ぬ俺に百鬼夜行は背負えまい」
 本来ならば内心だけで吐き捨てられた言葉やも知れぬが、寡黙な雪之丞にそれを口にさせる天与の材料は僥倖そのものだ。
「或いは、君も同じではないのか。久住舞花」
 彼と背を合わせるようにした舞花の暗鬱陰惨の夜を照らす月のような――流麗にして楚々たる美貌は僅かも曇らず。
「厭な事を言いますね」と微苦笑を浮かべたその面立ちとて、溜息を吐く程に美しい。
「実際の所、似たような事を考えた事はあります。
『我々の逸脱は憧れには到りますまい』。
 いえ? 何も至極真っ当な位置に踏みとどまっているとまでは驕りませんが」
 雪之丞にせよ、舞花にせよ。
『道を踏み外しているのは同じである』。
 されど二人は間近で観測する規格外の迷惑者共に比べれば苦労人の有様が否めまい。
 砂被りの席で冥府魔道を共に愉しむ位の事は出来ようが――先駆けが得手にならぬのは否めまい。
「お互いに損な役回りよな」
「……ええ」
「『だが、この役割は譲りはせぬ』」
 雪之丞の全身から彼の魔性を保証するような悍ましき『冷気』が立ち昇った。
 音も無く間合いを詰め、多角的に仕掛けてきた暗殺者の影を氷の如く冷たく鋭い剣が切り裂く。
 同時に雪之丞が捌き切れなかった二つの影を玲瓏たる月の剣が美しく縫い止めている。
「今宵は、死ぬかな?」
「……かも、知れません」
「だが、君は来た」
「……はい。お互いに、損な御役目です。しかし――」
「――武芸者に似合いの夜に、美しい剣士と轡を並べられた幸運には感謝しよう」
「――――」
 言わんとした事を先んじて奪われた舞花は思わず目を丸くして息を呑む。
「……何処で覚えましたか、そういうの」
「若を見ていれば分かるだろう」
「はぁ、成る程」
 薄い唇を『三日月』にした舞花は華やかに言った。
「『たてはさんの苦労が偲ばれるというものですね』」

●死蝶は夜に舞う
 ほぼ同時刻。
 バダンデール邸を襲う『災厄』は紫乃宮たてはの守る裏門にも押し寄せていた。
「ぶぶ漬けでも出したら帰りませんやろか、この無粋連中」
 たてはの近くには『居合』の性質を見誤った死体が既に二つも転がっていたが、招かれざる客の数は正門よりもずっと多い。
「ほんに、憤懣やるかたないとはこういう事を言いますやろなぁ――」
 余程うんざりしているのか、軽く聞けば『はんなり』とした調子の声色に人を呪い殺す位の毒が滲んでいる。
 サリュー、バダンデールの危機をリーゼロッテの家令パウルから受け取ったイレギュラーズの人数は八人。
 八人は咄嗟に打ち合わせた作戦に従って各々バダンデール邸の防備に力を尽くさんとしている訳であるが――
「――ほんにお暇な人達やね。助けが無きゃうちが負けるとでも思うてはるの?」
 舞花と同じく救援に駆け付けたヨハン=レーム(p3p001117)と彼岸会 空観(p3p007169)が受け取ったのは歓迎の言葉ではなく、忌々し気な憎まれ口。むしろ友好さえ感じさせる調子で邂逅に感謝した雪之丞とは逆の――失格もいい位に分かり易い『京仕草』そのものであった。
 正門の雪之丞とそんな彼女の違いはと言えば簡単である。
 雪之丞は舞花を歓迎したが、たてははそうはいかないという事である。
「暗殺者相手に裏門配置、安直すぎて涙が出るよ。
 恋のさや当てに放り込まれた道化が言うのも何だけどね――生き残れたらお茶でもどう?」
 せめてと冗句めいて言えば「結構です」と鼻で蹴散らされたヨハンが何とも言えない顔をした。
 放り込まれた『職場』はコミュニケーションが大変に難しく、
「折角こうして馳せ参じたのです。お邪魔にはならぬようにいたします故」
「……特に、あんたが! そっちの子供はまだええけど。あんたが余分って話やろ!」
 取り分け、涼しい顔でかわす空観とたてはの間は一瞬即発である。
(帰りてぇー……!)
 ギスギス職場はこれより生じる『激務』と同じ位にヨハンの胃を苛むのだろう。
 こちらの合流は幸運にも素早かった。正門は強行突破を必要としたが、裏門についてはたてはを『警戒』した状況の綾が味方したという事だ。
 ……そして、実際の所を言うのならこの増援は孤立無援より幾分か裏門の戦況を楽にしたのは間違いない。
 幾ら強いとは言え、圧倒的な多対一は元来一対一(タイマン)を最得手とするたてはに向いていない。
「紫乃宮! 僕と連携を取れなどとは言わん! 痛かったら言え! それだけだ!」
「――――っ……!」
 ヨハンの台詞は実に直言的であったが、それが故にたてはに憎まれ口を叩かせる余地を与えなかった。
「ああ、まったく! 職場の問題は置いといても――敵も味方も殺す力、殺す技ばかりだ。ふざけやがって!
 お前らが殺す技を磨いてきたように僕は生かす技を磨いてきた。死に生が否定されてたまるかよ」
 啖呵を切るだけはあってヨハンの支援能力は文字通りの絶大であり、
「――さぁこい! 光輪は我と共にある!」
 その彼のバックアップを受ける味方の継戦能力が大幅に持ち上がるのは間違いない。
 更に門を守るという状況がら、彼を後背に『背負える』状況は好都合であり、
「敵の目的は大商人様の暗殺。私達の目的はその阻止。
 たてはさんも、ここを預かったからには違い等ありますまい?」
 同時に純粋な攻撃力――暴力装置として機能する空観の太刀も今、たてはに足りないものを補う助けである事は明白だった。
 大妖之彼岸花――冥府より到り、鬼道必滅の大業物。妖刀と呼ばれる滅びそのものの魔性はかの『血蛭』にも劣りはすまい。
 華美に鮮烈に凄絶に。強く踏み込み、鋭利なる一閃で敵影を切り裂いた空観が返り血を浴びた。
「夜の帳を開け白日の下に晒し、化け狸(ヨアヒム)の皮を剥げれば重畳。
 これは仕事ですし、いえ。それに私……他人の為に命を賭せる方が好きな性質でして」
 僅かに振り向きたてはの顔を見た空観の流し目にたてはの顔色がさっと変わった。
「『愛を績ぐ人。貴方の績ぐ糸の先が私は見たい』」
 空観の言葉はクリスチアンに向けられたものであり、たてはに向けられたものでもある。
『紫乃宮たてはは、梅泉の言葉に応える為だけにここに在る。
 ヨハンが合流して彼女を癒すまで、お嬢様には似合いもしない生傷を幾つも作って、得意でもない門の守りに尽くしていた』。
 これは猫が鼠を弄ぶような戦いに非ず、紫乃宮たてはは一人なら遠からず負けていただろう。
「……ほんに、ほんに。厭な連中……!」
 とは言え、大紫はそんな事を認めない。認められるような性質をしていない――
「ふむ。太陽では駄目ですか。では北風を少々」
「!?」
「そう言えばたてはさん、先日梅泉様が我が領地にお茶をしにいらしまして」
「!? !?」
「その時に、色々とお話をさせて頂きました。そう、色々と……
 気になりますか? 然し男女の『秘め事』は大っぴらに語るような話では……ううむ。
 では……この戦いで私より多く敵を倒せたらお話する、という事で」
 ――そんな彼女を空観はここぞと煽る。上手く煽る。
「今すぐ始末してやりたい位や」
 舌を打つ言葉も態度も荒いが取り敢えず『友軍』の否定をしない辺り、邸内の『彼』への心配が伺えた。
 彼女が裏門に留まる理由は偏に彼の信頼が故だが、恋する乙女には割り切れない感情もある――
 尤も彼からすればたてはには自身を優先して欲しいと思う事だろう。
 手傷を負った彼女を見て眉を顰め、今日ばかりは弱味を見せたなら。その姿を優しく労ってやるのも吝かではないのだろうけど。
 嗚呼、蝶色の猪突猛進はそんな男の機微を理解はすまい!
「『勝負になると思ってはるの? この紫乃宮たてはを向こうにおいて』」
 全身より紫色殺陣を立ち昇らせ、凶相を浮かべたたてはは視えぬ斬撃を四方に放つ。
「うお!?」
 思わず飛び退いたヨハンにたてはは嗤う。
「笑い事じゃないだろ! 普通に!」
「『あら、惜しい。アンタ達ごと斬り捨てれば一番早いに決まっとるのに』」
 ヨハンと空観を味方につけた裏門の戦いは酷い守勢ながら辛うじてこれを持ち堪えていた。
 だが、新手は尽きず現れる。第十三騎士団に加え、衣装と気配の違う兵力がそこに加わる。
「封魔忍軍――ですか」
 空観の言葉にも相手方は答えない。
 だが隠すまでも無い事実は沈黙を答えとしているに等しかろう。
「本当にローレットはいい仕事を紹介してくれる!」
 冷や汗が首筋を流れ落ちる。これまですら序曲に過ぎない事はヨハンには分かり切った事だった。
(……クリスチアン先生?
 どうやら、僕達の仕事はここの死守までみたいだぜ――
 この相手じゃあ、下手な合流や撤退は逆効果だ。
 あーあ。こりゃあ……精々、天才に隠し玉がある事を期待するしかないな――)
 愛に生きる連中のキマりっぷりはさて置いて、肩を竦めヨハンは考える。
 クリスチアンが倒れれば依頼は失敗だが、『何か』が無ければこの場からも助かる道はないようにも思われた――

●兄弟愛/姉妹愛
 宙空を蛇剣が躍る。
 伸縮自在、無限変幻たるその刃は敵の位置が不安定である程に冴え渡る。
「成る程、こりゃあたしの最得手だ」
 多数の敵に相対せざるを得ないバダンデール邸の防戦の中でも伊東時雨の『割り当て』は彼女に似合いのものだった。
 正面切っての衝突よりは幾分かマシ。
(悔しいが、流石にこの数を相手はな)
 闘争を好み、死をも恐れない時雨だが彼女の強味はその癖冷静である事でもある。
 空よりの襲撃を警戒したクリスチアンの読みは確かに正しく、『空挺』は予定通りの展開、侵入を果たせていないのは確かだった。
 しかし。
「――チッ!」
 どれ程に良くやっていたとしてもやがて破綻は訪れる。
 宙空の敵を薙ぎ斬ったとて、一撃で仕留められるような相手ではない。
 手傷を与えた事は確かでも、警戒させた事は確かでも。
『防備があると分かっていればやり方は幾らでもある』。
 例えば部隊をより細分化して分散すればいい。
 例えば時雨に迎撃の無駄撃ちをさせればいい。
 時雨に知る由も無い事実ではあるが、雪之丞は遅延戦術を喰らわされた。
 対個人に圧倒的に強いたてはは居合の弱点、対多数の弱味を突かれ削られた。
(封魔忍軍だっけ。やるじゃねえか、こいつらも!)
 ならばこの相手も時雨の強味を消す手段を選ぶのは当然だった。
「そろそろ限界だろうな」
 防衛線は後退し、屋根の上には複数の影が降り立った。
 第十三騎士団と違う趣の装備に身を包んだ暗殺者の中には金髪の男が居た。
 暗殺者だというのに素顔を晒している辺りは絶対に仕留め損なわないという自信の表れか、それともそういう流儀だからなのか――
「まるで忍装束だな。何となく親近感あるけどさ」
「ほう?」
「『故郷では結構メジャーなもんで』」
 目を細めた時雨は油断無く男を見据えていた。
 敵軍が次々と屋根に取り付き、一部は二階の窓から『中』へ侵入したが構わない。
 要するに優先順位の問題で、彼から目を切るのは危険過ぎた。
「成る程、だから顔を晒しているのか。フウガ・ロウライト」
「美人に知られてるなら光栄だな」
「標的リストに入ってたんでな。しかし、つまんねぇ役割を押し付けられたもんじゃないか」
 物騒極まりない時雨の言葉にフウガは肩を竦めた。
 ヨアヒムが空挺の迎撃を読んでいなかった訳ではないだろう。
 きちんと『面倒事』を押し付けた辺りもセツナは承知している。
 しかし蛇の道は蛇。いちいち仕事の内容を選んでいては暗殺機関は務まるまい――
「悪いが、手早く済まさせて貰うぜ。お嬢さん」
「お嬢さん扱いされたのは――『久々』だな」
 屋根を蹴ったフウガが時雨の繰り出した蛇剣を掻い潜る。
 強烈に間合いを詰めた彼の繰り出した直刀による変則的な一撃を魔眼を開いた時雨は辛うじて避け切るも。
 この場の『フェアプレー』は麾下に彼女の隙を狙わせて当然だ。
「悪いな」
 息を呑んだ時雨は死角に回り込んだ凶手に目を見開いたが――
「いいえ。その詫びは『まだ』要りませんよ」
 ――彼女に迫った二つの刃は結局その役割を果たす事は出来なかった。
「暗殺組織の多勢相手では平時の私では敵いませんから、性能を改変しました。
 因縁がある訳ではなし、貴方達には拍子抜けなのかも知れませんが」
 淡々と言ったグリーフ・ロス(p3p008615)は凶刃と時雨の間に割って入り、これを受け止めたに関わらず平然としたものであった。
「アンタ……!?」
「平気です。助けに来た――と言えば烏滸がましいのでしょうが、助けに来ました」
『避け』前提の時雨と『受け』前提のグリーフの防御構成はまるで異なる。
 元より剣である時雨を最大限に活かすには確かに盾が必要だった。
 グリーフは「拍子抜け」と謙遜(?)したが、実際の所――彼女にとって必要だったのは『本気で攻められる環境』だ。対多数なら尚の事。
「ああ、素直に恩に着るぜ。あと……すずなも」
「……本当ですよ。こんな厄介な所に入り浸っているからこうなるんです」
 時雨が次に視線を向けたのは予期せぬ新手――グリーフに止められ、一瞬の困惑を見せた凶手を仕留めたすずな(p3p005307)だった。
「今日はお説教は聞きませんよ。子供扱いも結構ですから。後、帰れと言っても帰りません」
「……しねえよ、そんなの。立派になったじゃねーか」
「姉様……」
「おかしなビデオを見た時にはどうなっちまったかと心配してたが安心したぜ。
 ……あの、ほら。ヤバそうな女。梅泉の彼女? お前の彼氏? 彼女? も一緒なんだろ。
 こっちに来てくれるなんて、あたしも案外捨てたもんじゃねーってな」
「姉様!!!!!」
 戦場に似合わない顔をしたすずなに「はいよ、姉様だ」と時雨は笑った。
 同時にすずなの頭上に蛇が躍る。多方向から彼女を狙った封魔忍軍の精鋭がそれで後ろに飛び退いた。
「素敵なお兄さんの救援に、姉妹の再会。貴重なイベントに水を差すんじゃねーよ」
「生憎とこっちも仕事でね。兄弟愛に一家言あるのは事実なんだが」
 肩を竦めたフウガはこの後を考える。
(確実に予定は押すな。恩の一つも売っておきたい所だが、容易くはない。ヨアヒムだけで十分か?)
 封魔忍軍は彼の手足。彼の武力。
 第十三騎士団は使い捨てで十分やも知れぬが、故国を追われたフウガはそうはいかない。
「姉様はそのまま雑兵減らしを! 『彼』は私達が!」
「すずな――」
「心配しないで下さい――一人前、って言ってくれましたよね?」
「お姉さん、なんですよね。ならなおのこと、お二人とも守らないといけませんから。
 これは本気ですよ。本気で押し通す心算なのです」
 新手――すずなもグリーフもやる気十分だ。
 更には先程より時雨のやる気も高まっている。見るからに――
「……貧乏籤だな」
 フウガは嘆息した。
 いや、この夜に当たり籤なんて無かったのだろう。
 強いて言うなら一人高笑いするのはあのヨアヒムだけだ。
「誰が相手でも私にやれることは変わりません。倒れない、それだけです。
 彼が令嬢に向ける気持ちが一縷の愛に起因するものならば、少なくとも、侯爵よりもまっすぐな愛ならば。
 その気持ちに、サリューを守るという意思に、私は賛同せずには居られないのです」
 本当に、骨が折れそうだった。

●想定通りの『誤算』
 正門、裏門、屋根、二階――
 アーベントロートの政争に端を発したクリスチアン・バダンデール暗殺計画はいよいよ状況を煮詰まらせていた。
「……私は幸運な男なのだろうね」
「さて、それはどうだかな」
「幸運さ。結果はどうあれ君達の仕事振りには目を見張るしかない。
 ……本能的にいざ戦いとなれば『こう』なのは君達の生き方が故かも知れない。
 それは間違っても私への忠誠やらでない事は理解しているけれどもね。
 それでも感謝を述べずには居られないよ。バイセン、君達が味方で助かった」
 言葉は軽い調子だが、邸内に侵入済みの敵は多い。
 暗殺計画を差配するヨアヒムからすれば強烈な抵抗は想定の内。
 同時に襲われた側であるクリスチアンからしてもその抵抗さえ食い破る程の苛烈さはやはり想定の内だったという事だ。
 ルートを上手く迂回した者もあれば数の差を活かして抜けてきた者も居る。
「これだけの数を頼みにしても、外にはまだ囲みが残っているのだろうね」
「当然じゃな」
 静かに言ったクリスチアンが執務室に雪崩れ込んできた敵を細剣の煌めきで縫い止めた。
 即座に短く気を吐いた梅泉が一撃の下にそれを打ち倒す。
 だが、間髪入れずに距離を詰めた新手の刃に後退を余儀なくされた彼は舌を打った。
「いっそ、火でも放ってくれたらいいのに」
「主を相手に小細工は打たぬじゃろうなぁ。逆手に取られる命運しか見えぬわ」
「ふむ。確かにこちらが用意しておくべきだったな」
 冗句交じり、余裕めいたやり取りは変わらないが――袋小路の執務室から逃れようにも難しい現状は決して安穏なものではない。
 籠ろうにも敵側の動きの逐一を食い止めねば部屋に炸薬の類でも放り込まれるのがオチである。
「……面倒な、持久戦とも言えぬわ。このようなもの!」
 徐々に圧力を増す攻勢は何人の敵を全て片付ければ御終いという梅泉にとって『分かり易い』ものではなく、彼も苦しい戦いを強いられているのは間違いなかった。
 クリスチアンを後背に庇い、梅泉は廊下側に撃って出た。前後の通路には見慣れぬ不作法共の姿。
 挟まれる格好となった梅泉はそのどちらにも応戦するが、幾ばくか小さくない手傷を負う事は否めない。
『気に入らない』戦いに鼻を鳴らした彼はいよいよ憤慨していた。

 ――まさかこんな輩共に本気を出さざるを得ないとは。

 並の人間ならばそれは要らない拘りである。
 しかして彼一流の美学に生きる武芸者にとってはまさに業腹極まりない事実だったに違いない。
『こんな事ならば誰ぞ、気に入った者を相手に抜いた方がマシだった』と。
 何時にない憤怒の顔を見せる梅泉ではあったが、気まぐれな運命は辛うじて――そんな彼に慈悲を見せる事もある。
「近所の領地で騒ぎと思えばサリュー、しかも梅泉達が居て危ういだなんて。
 世の中には珍しいこともあるものね」
「――!?」
 梅泉にとって聞き慣れたその声は実に静かながら良く通る。
 華やかさと毒香を併せ、その癖不思議に少女めいてもいるのだから忘れよう筈も無い。
「小夜」
「こんばんは。騒ぎの内にお邪魔するけれど――良いかしら。いえ、良いわよね?」
 奥の通路に生じた混乱に梅泉が目を細めれば廊下の角で居住まい正しい黒髪と、見慣れたポニーテールが揺れていた。
「『身内が迷惑をかけまして』。
 でも――センセーとの修行の成果、ここで見せてあげる!」
「……サクラ」
 呟きに思わず毒気の抜けた梅泉が仕掛けてきた暗殺者の刃を鬱陶しそうに跳ね退けた。
 足癖の悪い彼らしく、視線は奥にやったまま――手前の敵の身体を激しく蹴倒している。
 封魔忍軍の頭領――即ちサクラの兄の動向を彼女に告げたのは他ならぬ自身であった。
 行方知らずの結果が――これはクリスチアンにとっても予想外に――ヨアヒムと結びついたのは迷惑な話ではあったのだが。
 運命の綾が彼女を救援に寄越したのは『味な真似をする』と言えただろうか。
「センセー、大丈夫!?」
「うむ。お陰でな」
「本当に? 無理してない? あ、やっぱり怪我もしてる――!」
 顔色をコロコロと変えるサクラはこの鉄火場に置いてもサクラのままだった。
 そんな当たり前の事実と、彼女らしさに梅泉はふと笑う。
「全く、随分な依頼を受けてしまったモノですが……
 仮に我々が捕まったりしても、あのお嬢様への人質になってしまいそうで困ったものです。
 それも、この依頼の皆さんは満更知らない顔でもないですし……
 でも、クリスチアン君? これは派閥的にも貸し一つですし。
 個人的にはサリュー秘蔵の書物の閲覧許可とか頂ければもっと、やる気が出るというものなのですよ?」
 サクラのみならず、素早く敵への距離を詰めたドラマ・ゲツク(p3p000172)にしても同じ事だ。
 イレギュラーズらしさというものはてこでも変わらないものなのか――
「本でも何でも命あっての物種だ。君の良いようにするから何とか無事に終わらせてくれたまえよ」
「!!! 約束は守って下さいね!」
 顔を合わせる事も無く廊下の向こうと部屋の内でのやり取りだが、小蒼剣を振るうドラマの動きが抜群に良くなった事に梅泉は苦笑せざるを得なかった。
 三人のイレギュラーズと梅泉はかくて合流を果たす。
「偶にはこういうのもいいでしょう?」
『相対せぬならば彼の傍こそ極楽浄土』。
(いいえ、本音を言うなら『相対しても』この距離が一番心地良いのだけど)
 内心だけで呟いて、それでも唇に浮かぶ言葉は淡く笑みを乗せ、軽やかに。
「……それとも迷惑だったかしら?」
 小夜は落花狼藉――流麗風雅なる荒々しさと共に敵を斬り。
(――気になる事はあるけど、今はやるしかないッ!)
 この一時は兄の事も振り切って、凛然と刀を振るうサクラもまた『センセーの教え』に相応しい奮闘を見せていた。
「いや、戦いとはこういうものなのであろうなあ!」
 多対一、誰ぞと轡を並べるなぞ到底好かぬ。
 人生でも、数える程しかこんな場面は来なかった。
『しかし、どうせ強いられるならば、今夜の同席者は梅泉にとって最高の一つだったに違いない』。
 小夜は『柄にも無く』――いや、似合いか――楚々と梅泉の隙を埋め、三歩下がって彼を支えるようであり。
 一方のサクラはその気質通りに真っ直ぐに、猪突猛進極まる眩しさで瑞々しく磨き上げた我道に邁進している。
「小夜、サクラ」
「……?」
「礼の代わりに良く見ておけ――」
 彼女等は手段にせよ毛色にせよ大いに違うが、梅泉が特に良きを望む『枝振り』である。
「センセーの本気の姿、初めて見るね……!
 ちゃんと覚えておくからね。格好いいから……じゃなくて!
 参考にするからだよ! これも修行の一環だから!」
 傍らのサクラの声に梅泉は苦笑した。
「正直、センセーの本気が『今回』なのは全然納得がいってないけどね!」
「同感じゃ。じゃが、主等が来た。それだけ幾分かマシというものよ」
 自身の頭に手を置いた梅泉を上目遣いで見たサクラは彼の面立ちが思いの外、険しくない事に気が付いた。
 ローレット側の援軍との合流は兎も角、邸内の敵の数は増え続けていてきりがない。
 更に未だ動向の分からぬヨアヒム、更には何処かで激闘を重ねているやも知れないフウガの存在を鑑みれば『出し惜しむ』のは難しかろう。
「観客が望むなら、これより到る大立ち回りも華の内じゃ。
 元より巻き込んでしまった責もある。こうなれば譲れぬもひとしおじゃ。
 先程までは憂鬱極まりなかったのじゃがな、まぁ――『主等』が居るならば許容の内じゃ!」
 要約すれば「君達を守る為なら、構わぬか」といった所か。
「――つ、つくづく」
「こういう人だから」
「特別な蔵書もお忘れなく! 知っているのですよ?
 クリスチアン君のような人は、そう……良く知っているのです!
 人の悪い顔をして出し惜しんで――こっそり重要な部分を隠したりする事を!」
 鉄火場に相応しくも無く、サクラと小夜の顔が赤くなり、複雑怪奇な恋模様だか何だか知らないドラマ・ゲツク(p3p000172)は相変わらず渉外に勤しんでいる。
 ……但し、食えない男には特別な警戒を示しながら、だが。
 ともあれ、妖刀が血色の輝きを強めれば、地獄変の如き光景は瞬時に肝胆寒からしめる威圧を増している!
「――主等は不運じゃなあ」
 先程までの『優しい』笑顔に非ず。
 文字通りの凶相を浮かべた梅泉に敵陣が慄く。
「精々わしを――何処までも『引き出せ』よ」
 一方的かつ傲慢な宣告は直死の明言であるかのようだった。
(『援軍』に感謝せずには居られないな)
 執務室のクリスチアンは小さく嘆息する。
 梅泉というムラッ気のあるカードに彼女(?)だか弟子(?)だか盆栽(?)だかのお陰で火が点いたのは確実だ。当初からの計算に入っていなかったローレットの精鋭による助力を考慮、梅泉の『上振れ』も考慮すれば最悪の状況が幾分か以上にマシになったのは明白だ。
(ドラマ君の『取り立て』は厳しいかも知れないが、必要コストの内と捉えれば――)
 クリスチアンはそこまで考えた所で思わずその場を飛び退いていた。
 執務室周辺の戦いは悪くない状況になっていたが、『それ』にとって元より戦況は関係無かったのだろう。
 進軍ルートも護衛の存在も無関係。彼は当初から自分の決めていた予定の通りに動いたに過ぎない。
 至極ゆっくりと、マイペースを崩す事は無く――
「……ヨアヒム侯!」
「ふぅむ。折角『手品』を見せたというに。もう少し面白い反応をして貰いたいものなのだがね」
 舌を打ち、迷わず細剣による刺突を放ったクリスチアンの一撃が空虚に残影だけを貫いていた。
「判断の速さは流石に『天才』と言えようなぁ。
 しかし、どうにも君は才能に胡坐をかいているように見えてならぬよ。
 ……嘆かわしいな。実に嘆かわしい。半端者程、モノになった気で磨こうとしない。
 魔術も、暗殺も、政治も何事も同じ事故。『不肖の娘よりは幾分マシでもやはりこの程度に過ぎないか』」
 大仰に嘆く顔をしたヨアヒムは嗜虐的にせせら笑った。
 執務室の異変を関知して戻った四人に囲まれる格好となってもその余裕は幾ばくも崩れない。
「さあ、この『王への囲み(チェック・メイト)』はどちらのものが有意義か。一つ確かめてみるとしよう」
 執務室に侵入したヨアヒムの『手段』は明白だ。
(私は絶対に見落とさない。その気配を、匂いを、接近を)
 クリスチアンはその術を知っている。言葉を確かに知っている。

 ――『長距離空間転移』。

 ただ、この混沌でシュペル・M・ウィリー以外の何者かが使いこなせる事だけを、知らなかった。

●三者三様
 不安定な足場、屋根での『空戦』は激しさを増していた。
「……その隙は必ず埋めます。私達が、何とかします。
 だから――その眼、使って下さい。姉様はただ『攻め』に」
 フウガの圧力に自身が傷付く度、手を出しかける時雨をすずなは幾度も止め続けていた。
(一人前って言って貰えて嬉しかった。姉様に認めて貰えて――本当に嬉しかったんですよ?)
 裂帛の気合いを吐き出して、渾身の一打を見舞ったすずなにフウガは「おっと」と飛び退いた。
 すかさず反撃に出る彼の危険な刃を傷だらけのグリーフが受け止めた。
「……私に脅威を排する力はない。けれど、ここにあるたくさんの愛を守りたいから。
 たとえ貴方に遠く及ばなくても、譲れないものはあるのです」
 ここに、確かに。
「……サクラは本当にいい友人を持ったもんだな」
「!?」
「驚く事かよ。こちとらプロの情報機関だぜ」
 表情を変えたすずなにフウガは苦笑した。
「……それに、今のは本気で言ってる。
 少なくとも兄貴がこれからお近付きになろうっていう気味の悪いおっさんよりゃずっと上等だ。
 ……故あって付き合っちゃいるが、俺としては本意じゃあないんでね」
「ならば、退いて頂けませんか」
 グリーフは実に素直にそう言った。すずなの方はやや皮肉な笑みを浮かべている。
「退くのは兎も角、大分前からこっちのやり方は『遅延』に切り替えてるよ。気付いてるだろ、アンタ達も。
『俺達は第十三騎士団じゃあないんでね。貰い以上の被害を出しちゃ話にならんのさ』。
 尤も? クライアントの勝利の確率もよくよく考えなくちゃならない。
 最低限の仕事も果たせない特殊機関じゃ、封魔の名折れにも程があるんでね」
 フウガの言葉から察するにこの局面での最大危機は超えている。
 彼等に然したるやる気は無いが、同時に『邸内』を楽にさせる心算もないという事だ。
(……告げてきたという事は)
 グリーフは考える。
(つまり、時間稼ぎに付き合え――という事ですか)
 すずなは考えた。
 婉曲な『提案』をはねのけるのは容易いが、勝ち筋が無いのは確かである。
 恐らくはフウガからすれば『妹の友人』を必要以上に傷付けたくはない事情もあるのだろう。
「魅力的な提案ですね。
 しかし――果たしてその通りに進むものなのでしょうか」
「……やれやれだな。甘く見られたもんだ」
『合理的に』グリーフは頷き、一方の時雨は嘆息した。
 命を惜しむような女ではないが、彼女にも事情がある。
『自分自身は兎も角として、ここにはすずなが居るのだから惜しむべきはそこにある』。
「姉様……」
 すずなはそんな時雨の顔を見てそれを察した。
 同時に自分が跳ねっ返れば姉は命を賭けてでも一人前の筈の自分を守ろうとするのだと理解してしまった。
(梅泉さん――頼みますからね……)
 故に彼女は頼りたくない男に頼る。
 祈る気持ちで内心呟いて、小夜の顔を思い浮かべた。
『梅泉ならばまだマシだ。それは嫉妬で済む』。
『だが、すずなは一瞬だけ。あの豚のような男が愛しい彼女に触れる瞬間の事を思い浮かべてしまった』。
「……っ……!」
 すずなの愛らしい面立ちに浮かんだ憤怒にフウガは「おお、怖い」と肩を竦めた。
「やはり、予定通りには行きそうにありませんね。
 ならば、私は少しでもその助けになるだけです」
 グリーフの言葉にすずなは「ありがとうございます」と頭を下げた。
 焦れるこの夜が望む結末は誰も知らない――



(……紫乃宮に彼岸会、ましてやクリスチアンだ。ろくな面識もないぞ)
 疲労困憊のヨハンは霞む目を擦り、何とか戦場に立ち続けていた。
(リーゼロッテは友人だ。クリスチアンは魔種らしい。
 ……ここに命を賭ける価値があるだろうか?)
 数限りなく繰り返した自問自答に答えは返らない。
(第一が――僕は幻想の勇者にはなれなかった。
 散々選ばれてるって持ち上げられて、何者にもなれちゃいない。
 人並みよりは目立ってるかも知れないけど、結局は誰か『上』が居る。
 分かってるし、知ってるよ。『そんな事』は)
 ヨハンの小柄な体に力が巡った。
 怒りにも似た気力は彼を幾度と無く奮い立たせる『今夜の理由』。
「それでも――今この瞬間だけそれを望む事は許されない事か?」
 裏門での戦いは凄絶なものになっていた。
 元より守りに優れないたてはに空観、そしてそれを支えるヨハンである。
 ヨハンが居なければ早晩の決壊は免れなかっただろうし、たてはと空観が競うように倒していなかったら圧力に潰されていたのは目に見えている。
「……随分、息が上がってるみたいやないの。
 おー、よわ。旦那はんの好みからは程遠いんと違います?」
「たてはさんこそ随分と生傷だらけで。そんな有様ではかの方の前に立つ事は難しいのでは?」
 互いに応酬をして鼻を鳴らす。
 但し本気で苛立つたてはとは異なり、空観の方はやり取りを愉しんでいる節がある。
 元々、彼女に好意的な空観は『付き合い方』を覚えただけかも知れない。
 何れにせよ、第十三騎士団の多勢と封魔忍軍の一部という主力とも言うべき敵を相手取った二人は既にボロボロに傷付いていた。
「そう言えばこの競争。居合を得手とするたてはさんには酷な条件だったでしょうか」
「はあ!?」
「――申し訳なく思います。少し大人気がなかったかと」
「どう考えても! うちの方が! 倒しとるやろ!!!」
 空観の言葉はたてはを発奮させる女狐の物言いだ。
「そうでしたっけ」と口元を抑えて笑った空観につられてたてはがまた少し元気を取り戻した。
(この職場嫌すぎるだろ……)
 勇者がどうこうとかではなく強くヨハンはそう思った。
 ともあれ、逆境に弱いたてはは気を張っている方が強くあれる――取り分け梅泉を出汁にするのが何より効く。
 それはすぐに分かった事だったから。
 それでも子供騙しは何時までも通じまい。
 影が暗闇を踊る度に余裕は削り取られ、危機は増す。
「……っ……!」
 遂に『取られた』空観は今度ばかりは覚悟を決める。
 想い人に看取って貰えぬのは痛恨だが、この在り様を彼は褒めてくれるだろう――
「――何やってんの、このぼんくら!」
 ――と、思ったのだが。
 たては蝶の一閃が空観の命を救う。散々「殺す」と息巻いた彼女は馬鹿にしたような顔で空観を見下している。
「うちの方が競争勝ってるのに、答えも言わんと勝手に死なないで貰えます?」
 恐らく素である。細かい収支計算には気付いていない。

 ――自分が殺されてしまえばそんな事に気を揉む必要も無くなるのに。

「……本当に可愛い人ですね」
「はあ!?」と再び怒るたてはに構わず、今度元気を取り戻したのは空観の方だった。



 幾度と無く繰り返される波状攻撃。
 流麗なる『氷月の剣』はまるで二つで一つのように見事に噛み合い、猛攻を跳ね返し続けていた。
 主に雪之丞が守り、舞花が叩く。
 門番の仕事柄、二人の得手柄そのやり方は決して華美に非ず。
 しかし『僅か二人』――つまり今夜の最小戦力で。
 時間を稼ぐという意味ではこの上なく見事な奏功を見せていたと言えるだろう。
「ふふ――」
「――どうした、舞花」
 幽玄なる笑みを浮かべた舞花に視線を向けずに雪之丞が尋ねた。
 気付けば呼ぶその声が幾分か気安くなっている。
「いえ。少し嬉しく思いまして。こうして肩を並べ剣を振るうのも……悪くない、と。貴方は?」
「言うまでも無い話だ」
 その剣を吹雪かせて凶手達の動きを牽制した雪之丞はあくまで涼やかに言う。
「些か時期には早いが――咲き誇る月下美人を前に気に入らぬ男はそうはおるまい。
 そしてそれはこの俺も何ら例外ではないのでな」
(ははあ。成る程――そういう薫陶でもあったのかしら)
 一菱桜鶴翁の人となりは知れないが、舞花は感心半分にそんな事を考えた。
 一菱の男には然して珍しくも無い所作だが、風情は中々こそばゆい――

 ――閑話休題。

 比較的少ない手勢、守りに優れた雪之丞の存在もあって良く辛抱した正門ではあったのだが。
 たった二人である戦力の小ささは否めなく、状況は限界を迎えつつあった。
「付き合わせてすまぬな」
「いいえ。『好きでやっておりますから』」
 嘯いた舞花は刀を今一度強く握り直した。
『雪之丞や梅泉は兎も角だ』。
 自分の腕では元より生きる死ぬの話になるのは分かり切っていた。
 既に深手を負っているが、それも大きな問題ではない。
「剣を修めるとは、きっとこういう事なのでしょう――?」
 死力を振り絞る舞花の戦いは艶やかであり、雪之丞は「うむ」とだけ頷いた。
 本来ならば、この局面もまた『不可能状況』だったに違いない。
 だが、しかし。
「――梅泉殿の顔を見に参ったら。
 何とまあ。実に胡乱に見苦しい。
 あれ程、ようやる武芸者によってたかって。
 好まぬなあ。余りにも無粋極まりない」
 正門を今にも破ろうとする第十三騎士団の誤算は彼等のすぐ後背から訪れた。
「……!?」
 舞花にとってそれは懐かしい匂いを伴う声である。
「――のう、そうは思わぬか。そこの美形。それから弟子の弟子」
 この場に現れた三人目、『紅葉御前』は状況を変える鬼札となる――

●或る消失
「――馬鹿げた話だ」
 低く呻いたクリスチアンの上半身がぐらりと揺れた。
 自身の執務机にもたれるようにした彼の腹部は血の色に染まっている。
「馬鹿げた話であるものか。これは単にわしの方が――一枚も二枚も上手であるという事に他なるまい?」
 当然の顔をするヨアヒムは然して面白くもなさそうに言い切った。
 執務室内での戦いは混沌を極めていた。
 依然廊下、邸内には第十三騎士団が攻め入っており、必然的にパーティは後背の危険に注意を割く事を余儀なくされていた。
(封魔忍軍の方々は――嗚呼、やはり『神が望まれなかった』という事かしら?
 厭われようと誰かの為に自らが汚れを被る在り方は気高く思えたけれど――
 この男の麾下に入って好き放題では、さぞ神様も憤慨なさる事でしょう)
『敬虔な基督教徒』である小夜だからこそ皮肉に笑う。
 誰か他の場所が上手くやっているからか――封魔忍軍の主力の姿は見えず、また取り分け危険視されていたフウガ・ロウライトの影こそ無かったが。
 空間転移なる『インチキ』で執務室内にどっかと居座ったヨアヒムはまさに最悪の敵だったと言える。
「本当に、最悪の気分だわ。こんな事滅多にないのだけれど――」
 低く呟いた小夜にヨアヒムは嗤った。
「――こんな強敵を前にして、こんなに浮かない気持ちは初めて。
 正真正銘、人生で初めてよ。『人型の怪物』を目の前にして、こんなに陰気な気分なのは」
「『取られず』には済みそうじゃなあ」
「本気で言ってたら、ひどいわよ?」
 くっくと笑った梅泉の声に小夜は唇を尖らせた。
 深手を負った梅泉を尚更カバーするかのように小夜は『内助の功』に奔走している。
 やり方は彼女らしく荒っぽいが、本質を表すかのように尽くす女はまさに『いい女』と呼ぶに相応しかろう。
「……センセー、ごめん……!」
「聞こえぬなあ。それに知らぬ話じゃ」
 一方で、蒼褪めたサクラの表情が浮かない。
 ヨアヒムは梅泉に任せ、上手く『雑兵』を相手取らんとした面々ではあったのだが――
 彼の手管は想像以上に悪辣だった。完全に防御不能とまでは言えないまでも悪意の重圧と精神侵食を帯びたその魔術は戦線を一瞬で混乱に陥れたのである。
「……識の檻、でしたっけ」
「如何にも。わしの魔術の一だが、諸君には十分愉しんで頂けたものと思うがね。
 取り分け、このような男女の組み合わせならばな――黄金劇場の如く『映える』というものだろう?」
「悪趣味な」
 クリスチアンを追撃せんとしたヨアヒムの魔術の爪を辛うじてドラマの青い輝きが跳ね上げた。
「この度のアーベントロートの内紛は他派閥の知る所となり、思惑が既に動き出していますね」
「まるで『自然に生じた』とでも言わんばかりであるな?」
「さあ、どうでしょう。『非才の身には分かりかねる事です』。候は根回しはお済みでしょうか?」
「フィッツバルディにでも仕掛けたのであろうなあ。差し当たっては話を聞いたのはアベルト辺りか?
 レイガルテはこの程度では重い腰を動かすまい?」
「……」
 思わず舌打ちを仕掛かって――ドラマはそれを堪えていた。
「それより幻想種、貴様もどうじゃ。『識の檻』。
 丁度いい顔が思い浮かぼう? 彼奴めはわしに取られた貴様を見てどうするか。
 受けるか、斬り捨てるか。『愛情の確認は人の性故、興味が沸いては来ぬかね?』」
「――最初は単なる貸しの心算でしたが、クリスチアン君。
 多少、話を修正します。貸しは半分で構いませんよ。書庫の約束だけは守って頂きますが」
 短い付き合いで全員がヨアヒムについて『理解』していた。

 ――コイツは生理的に何処までも、最悪なまでに不快である――

 日頃比較的ポーカーフェイスの上手いドラマの顔にさえ強い嫌悪の色が滲んでいた。
『今のは完全にドラマの地雷だったが、ヨアヒムは全員に対して同じ調子である』。
 しかしながら、叡智の捕食者はこうも理解している。
(魔術師の話を聞いてはいけません。それは常に奴等の手管。
 彼は――比べたくもありませんが、本物です。そして恐らくは――)

 ――リュミエ様クラスか、それ以上。

「……はぁっ!」
 恐れごと切り裂くようにドラマが気を吐いた。
 自在式より二速を展開、禍断なる斬撃はヨアヒムの巨体を後退させ、クリスチアンから遠ざける。
 敵の手管を何度も簡単に食う程甘い三人では無かったが、刹那の『侵食』は状況を大きく押し込んでいるのは間違いない。
「……ッ……!」
 歯噛みしたサクラが目の前に飛び込んできた暗殺者を壁近くまで押し込み、斬り捨てる。
(……私が、私の意志以外でセンセーを……!)
『十分な対策をしていた心算だったが、それでも尚、及ばなかった』。
 たまたまサクラが的になっただけであり、恐らくは誰であっても『識の檻』(そうさ)を完全に防ぐ事は不可能だっただろう。
 予想外――そして或る意味予想に違わなかったのは梅泉がコントロールを奪われたサクラに応戦しなかった事位である。
『彼は鎧袖一触叶うであろうサクラを倒す事を選ばず、己が一撃を受ける方を選んでいた』。

 ――聞こえんなあ。

 ちらりと見た大きな背中が肩で息をしていた。
 それは初めて見る光景である。藍色の着物を黒く染めるのが『返り血』でない事も又然り。
「……ッ……!」
 己を抑圧してきた優等生の妹のそんな顔を兄が見たならば、刮目し――同時に納得し、安心したかも知れない。
『その一撃を放ったのが自分であると考えれば、サクラの胸は煮え滾るような怒りに満ちた』。
 大好きな彼を斬るその日がやって来てしまったとしても、それは全て自分のものである筈だったのに!
「……どれ、そろそろ仕留めるか」
 第十三騎士団の兵力の威圧が増した。
 追い込まれたパーティは『手段』の行使を強いられる。
 だがそれは危機であると同時に千載一遇のチャンスであった。
 元よりヨアヒムに『勝てる』と思っていた者は居ない。
 なればこそ、パーティは唯一にして最大の『爆発力』に賭けていたのだ。
「――邪魔になるような女は厭なの」
 小夜の言葉にパーティは大きく退いた。
 クリスチアンを背に置き、壁際まで追い込まれた――ように見えた。
 しかし、それは彼女等の考えた打開策そのものでもあった。
「死牡丹梅泉!」
 珍しくサクラが強い口調で彼の名前を呼び捨てにした。
(センセーが押しきれないのは本気を出したら私達まで死ぬから。
 足手纏いになりに来たわけじゃない! 不甲斐ないまま終われない!
 センセーが負ける訳ないんだから……!)
 それは希望的観測であり、彼女の中の結論だった。
 サクラの聖刀が鋼覇斬城の一閃で執務室の壁を粉砕する。
「私は貴方が世界最強だって信じてる。
 ……格好いいところ、見せてくれるよね?」
 小夜を起点にしたパーティの動きは速い。
「私が師から教わったのは負けない為の術。生憎と諦めは悪い方なんです――脱出を!」
 ドラマに抱えられるようにしたクリスチアンが大穴から屋外へ飛び出した。
 まさかの展開に第十三騎士団の顔色が変わり、ヨアヒムは「ほう」と二重顎を揺らしている。
「梅泉」
 身を翻した小夜は彼の背中に言葉を投げた。
「止まれないのよ。終わったと思っていた夢路の続き、その果てを見るまでは。
 それには――こんな事を言うのは恥ずかしいけれど。きっと貴方が必要だわ」

 ――死なないでね、梅泉。

 言外に滲む言葉はサクラが告げられなかった本心と同じだろう。
「戯け共」
 梅泉は手弱女の言葉に軽く笑う。

 ――花濡れる
   快哉細き
   幕間の
   死出路の招き
   足蹴も涼し

「『誰にモノを言っておる』」
 後ろは振り向かず、パーティはクリスチアンを担いで外へ逃れた。
 そして――状況に正門側の手薄を知る。雪之丞、舞花、それから和装の女――瀬那楓が奮戦を重ねている。
 サリューを襲った混乱も徐々に終息を迎えつつあり、ドラマは幾分かの確率でアベルトの手の者が『偶然』混乱を支援する事を期待していた。
(大丈夫に決まってる……!)
 振り返れぬ状況は涙を溜めるサクラの後ろ髪を引いた。

 ――お小夜、安心しろ。私が父に働きかける。

(今、思い出す事じゃない――思い出す事じゃないわ)
『男の嘘』には慣れている心算だったけれど、存外に小夜は女怪ではない。
(梅泉は、約束を守る方でしょう……?)
 そう信じたい小夜の後ろ髪を強く引く。
 嗚呼、全ては無明の内。
 人は答えを知りたがるだろう。神にさえこの先は見通せはしないのに。
「キェェェェェェェェェエ――――ッ!」
 耳を劈くような猿叫の如き『何時もの』一声。
 裏五光が強く瞬き、室内に飛び込んだ愚かな敵を無数の肉片に変え壁床天井に叩き付ける。
 だが、それでも不穏は確かにそこにあった。姿を変えずにそこに残ったままだったのだろう。

 ――危……い。で……きゃ、死……たよ!

 かくてサリューの一夜。
 大いなるアーベントロートのGrand Guignolは重大な混乱と爪痕を残して幕を下ろす。
 クリスチアンは深手を負いつつも、辛うじて命を永らえた。
 各所を守ったイレギュラーズは辛うじて誰も死なずに済んだ。
 つまる所、実に不完全ながらに目的は果たされたのだ。
 きっと、この舞台にこの結果は最良に近い結果だったと言うべきなのだろう。

 唯一つ、死牡丹梅泉の行方が知れなくなった事を除いては。

成否

失敗

MVP

久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏

状態異常

ドラマ・ゲツク(p3p000172)[重傷]
蒼剣の弟子
ヨハン=レーム(p3p001117)[重傷]
おチビの理解者
サクラ(p3p005004)[重傷]
聖奠聖騎士
久住・舞花(p3p005056)[重傷]
氷月玲瓏
すずな(p3p005307)[重傷]
信ず刄
白薊 小夜(p3p006668)[重傷]
永夜
彼岸会 空観(p3p007169)[重傷]
グリーフ・ロス(p3p008615)[重傷]
紅矢の守護者

あとがき

 YAMIDEITEIっす。
 NPCの出番が多い影響もあるのですが、何と8人で約20000字。
 描写量は間違いなく過去最高レベルだと思われます。

 Nightmareらしく気合いが入っていて良かったと思います。
 作戦面では壁をぶっ壊してエスケープ、殿を置いて逃走というのは理に叶っていたのでそれも良かったです。
 NPCは通常であればもう少し抑え目なのでしょうが、本依頼では総じて武器的に使用されていたのでこんな感じで。
 特に梅泉は殿役でPCロストの肩代わり的と言えます。
 状況は流動的なので決め打ちの全てが上手くいった訳ではありませんが、EXプレも今回は結構効いています。
 MVPはその辺りも含め良く頑張ったので出しました。

 はてさてどうなるか。
 取り敢えず、暫く来ないと思いますが次の展開をお待ち下さい。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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