PandoraPartyProject

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月が霞み

 随分前に陽が暮れたというのに涼しくなることはなく、肌を覆う湿気はじっとりと背に汗を滲ませる。
 それでも祭りの後は少しだけ寂しさを覚えてしまうものだ。
 こんな時は耳に残った喧噪と花火の音を思い出しながら、酒を煽ってしまえばいい。
 蚊取り線香の灰がゆっくりと皿に落ちる。
 団扇を仰ぎながら『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は膝の上にある栗色の髪を撫でた。

 暁月は薄い星が浮かぶ夜空を見上げる。
 セフィロトの明りは希望ヶ浜からは見えないけれど、連日テレビのワイドショーが『大量失踪事件』のテロップを映し出す。セフィロトから接続するフルダイブ型MMO――通称R.O.Oにログインして帰って来られなくなった『佐伯製作所』の研究員達の事件が明るみに出て来たのだ。

 R.O.Oはネクスト2.0にアップデートされ、神咒曙光(ヒイズル)に『帝都星読キネマ譚』のイベントが発生した。ヒイズルの様子は一変し、『諦星』と呼ばれる素晴らしき文明発展を遂げる。
 しかし、そんな栄光の裏側には影もまた何処から這い出てくるものである。
 現想怪異:夜妖(ヨル)が発生したのだ。そこで暗躍するのは見違える程に成長した『天香遮那』。
 見逃せないイベントにイレギュラーズは興味をそそられただろう。

 そんな頃、希望ヶ浜ではR.O.Oに囚われた研究員達が行方不明になっていると騒がれ続けていた。
 ネット掲示板やSNSではその話題で持ちきりで、救出された人達を治療に当たる澄原病院にもマスメディアが押しかけている状況だった。
『――依然として、佐伯製作所にて発生していると思われる大量行方不明事件では被害者の行方の大多数が分かっておりません』
『いやー、心配ですね。ネット上ではオンラインゲームに閉じ込められただなんてアニメのような話や人体実験など荒唐無稽な話も出ているみたいですが……佐伯製作所には、きちんとした情報を提示して欲しいですよね。皆さんを安心させる為にも、ねぇ』
『そうですね。佐伯製作所広報本部によりますと……』
 暁月が部屋の中のテレビから流れるニュースの音量を落とす。

 希望ヶ浜の住民はセフィロトで仮想世界ネクストが展開され、システムエラーによるログアウト不可能という現実を直視しない。伝えた所で夢みたいな事を言うなと一蹴されるだけなのだ。
 されど、マスメディアやSNS上で騒がれ囁かれた声に呼応して、悪性怪異:夜妖<ヨル>の活動が活発化していた。夜妖の専門家『音呂木ひよの』曰く、無害であった神が急速的に影響を強くしている事件が確認されたらしい。
「『日出建子命(ひいずるたけこのみこと)』か」
 通称を『建国さん』と呼ばれる希望ヶ浜で幅広く信仰認知される『国産み』の神。
 ネット上で散見される『佐伯製作所大量行方不明事件』の考察、その多くが支持する『異世界に連れて行かれたのではないか』という仮説により、『建国さん』による異世界が急速に構築されたのではないかと、ひよのの電話越しの声を思い出す。
「異世界の構築ね……」
 希望ヶ浜各地に散らばる日出(ひいずる)神社を入り口として出入りすることの出来るその異世界には、この所一般人が迷い込む事が多くなったらしい。
 その救出要請の人員として燈堂一門にもお呼びが掛かったのだ。
「此方からも先遣を出すか」
 希望ヶ浜の一般人が巻き込まれるならば、祓い屋とて動かねばならない。
 異世界に足を踏み入れ、迷い込んだ一般人を救出し、希望ヶ浜へと出てこようとする悪性怪異を食い止める必要があるのだ。この希望ヶ浜、そして燈堂の地を守る事が暁月達の使命なのだから。

 ――――
 ――

「あーかーつーきーさーん! えへへ」
 思考の海に漂っていた意識が引き戻される。
「こんな所で寝たら風邪をひいてしまうよ?」
 膝枕というよりじゃれつく猫のように絡む『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の空になったグラスをそっと取り上げる暁月。
「む~、まだのめまふ……」
 いつになく甘える廻の姿に僅かに視線を落とす暁月。
 祭りの灯の下で、濃くなる影に過去を思い出し、憂う自分を慰めてくれた声。
『僕がそばにいますよ! ずっとそばにいますよ!』
 その言葉は廻の本心なのだろうけど。それでも人の心というものは簡単に移りゆく。
 仲が良かった筈の『晴陽ちゃん』があの日を境に他人行儀になってしまったように。

「しかたないなぁ。今日は特に甘えん坊だね」
 こうして目に見えて廻が甘えて来るのは、彼自身の為ではない。
 祭りで悲しい瞳を見せてしまった暁月を励ます意味合いが強いのだ。
 どちらが甘えん坊なのかと自嘲して、酔っ払った廻が転がって行かないように抱きかかえる。
 少し痩けた頬が気になって、廻の顔を覗き込んだ。
 夏になってから廻の体調が悪い日があるのは『月祈の儀』を行っているからだ。

『――満月の晩に我が元へその身を捧げ。さすれば、この脆く頼り無い揺り籠の中に留まろうぞ』

 廻の夢に出て来た夢渡り。それはこの燈堂の地に封ずる真性怪異『繰切』からの言葉だった。
 真性怪異とは近くに居るだけで目を合わせるだけで普通の人ならば狂ってしまう。そういう存在だ
 この燈堂の地が不可侵領域となっているのは、真性怪異『繰切』が鎮座しているから。
 他の悪性怪異を寄せ付けぬ絶対的な力。
 だからこそ、真性怪異が出した要求は受入れるしかない。拒絶は許されない。
 もし、廻が満月の夜に行われる月祈の儀を拒絶すれば、燈堂の敷地はおろかこの周辺一帯が草も生えない焦土と化してしまう。

 以前はその様な事は無かった。
 真性怪異『繰切』を押しとどめている封呪『無限廻廊』は機能していた。
 されど、今は違う。
 確実に綻んで来ている。
 それは封呪の要である暁月自身の心の軋みが原因なのだ。
「はっ……」
 守らねばならないのに、と目頭を緩く押さえる。
 自分は燈堂の当主でこの地を守護する者。
 それなのに、守るべき者を危険に晒しているのは暁月自身なのではないか。
 軋みが亀裂となって心臓を刺すようだと、夜更けの三日月に、縋るような視線を向けた。

 *『祓い屋』燈堂一門にも真性怪異『建国さん』の影響が出ているようです。


 これまでの『祓い屋』燈堂一門のお話はこちら↓

これまでの再現性東京 / R.O.O

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