シナリオ詳細
<現想ノ夜妖>琥珀堕夢
オープニング
●
磨かれた金属の光沢を乗せたラッパから音楽が聞こえてくる。
蓄音機が奏でるジャズを肴に、ガウンの男が琥珀色のブランデーをちびちびと舐めていた。
歳は五十代過ぎだろうか。いかめしい髭を蓄えたヒイズル人で、この洋館の主に違いない。
ご機嫌に、時折指揮者の真似などするが、クラシックではないからリズムは取れていない。
掠れたトランペットの音色を遮ったのは、ドアが乱暴に開かれるけたたましい音だった。
「何だ騒々し――!?」
怒気が驚きへと変わる。
「な、何だね、君は。一体どこから……ヒッ!?」
腰を抜かすのも無理はない。軍装を纏う侵入者が握っているのは、一本の刀であったから。
美しい刀身が男の蒼白な顔を映し出す。
「黒松滝平次郎だな」
「それが何だというのかね。警備! 警備は!?」
「安心しろ、寝ているだけだ」
「な、何が目的だ。金か、金ならやる」
へたり込んだ男は、這うように金庫へと近づき、がちゃがちゃとやると開いて見せた。
そこには幾本もの金塊が並んでいる。
「阿片で儲けた金――か。あぶく銭なら安く使うものだな。何人が犠牲になったと思う?」
「ま、まさか高天京特務警察か!? ま、まってくれ、私は。そ、そうだ、逮捕状を見せろ!」
狼狽する平次郎に、遮那は首をゆっくりと横に振った。
「ではな、次は地獄で会おう」
鋭い踏み込みと共に、首が宙を舞う。
「眩しすぎる光は、より大きな闇を産む。――そのためには……私は、必ず」
軍装の青年――天香遮那は、金塊を鞄へ詰めると窓を開け、そのまま夜闇へと姿を消す。
徐々に引き延ばされたレコードの歌声は消え、ゆっくりとゼンマイが止まる音がした。
●
高天京壱号映画館、試写室。
カタカタとなる渾天儀【星読幻灯機】――ほしよみキネマが銀幕へ、活動写真を映し出す。
描き出されたモノクロームの惨劇は、未来の情報を伝えるものだ。
映像は洋館の窓から飛び降り、暗闇を走る遮那を今も描き続けている。
ここは誰もが知る豊穣ではない。
神光(ヒイズル)と呼ばれる、混沌の歪な紛いものである。
練達国家事業のR.O.Oは原因不明のバグにより、異常な情報増殖を起こした。世界をあたかも『ゲーム』であるかのように書き換えて。
ともあれイレギュラーズはネクストへダイブし、この悪意溢れるゲームの攻略を迫られている訳だ。
「……」
クエスト内容を伝えるNPC――そそぎ(p3n000178)の偽物は、けれど映像を前に押し黙ったままだった。
それもそのはず、惨劇の主は行方知れずとなっている天香遮那なる人物であったからだ。
国を治める大政大臣天香長胤の義弟であり、このような凶行に及ぶとは、まるで考えることが出来ない。
ヒイズルでは混沌と違い、長胤も帝も手を取り合い、共に偉大な政治家として職務を全うしている。
おどろくほど優しい、『あり得ない』世界である筈だった。それが、なぜ。
謎を紐解くには、遮那の動機を考えねばなるまい。
遮那は何がしたかったのだろうか。
黒松滝平次郎は小さな輸入商社を営む実業家であり、最近妙に羽振りが良かったという。阿片――つまり違法薬物の輸入疑惑も頷ける話で、陰陽寮の調査によると、やはり事実であるらしい。
遮那はいくらか先の未来において、何らかの理由でこの男を殺し、金品を強奪するということだ。
一行は繰り返し胸中に問う。一体全体、それは何のためにだろう。
ほしよみキネマが描き出すのは、夜妖という怪物が引き起こす事件である。
夜妖とはヒイズルに発生しはじめた様々な魔物の総称だ。ヒイズルでのイレギュラーズは陰陽寮管轄の『神使』という退魔師となり夜妖を祓って悲劇を防ぐのが、通常の攻略目標とされている。
「夜妖憑き……なんでしょうね。おそらく、あの刀が原因よ。おそらく……だけど」
つまり遮那は夜妖に憑かれているというのが、そそぎの分析だった。
彼女等ネクストの人物は、便宜上NPCとは呼ばれているが、R.O.Oの質感はまるで現実そのものだ。このそそぎも遮那も、映画館も。全てが実在しているとしか思えない。
当然『伝える仕事を持つ』そそぎも、機械的な存在ではない。
「豊底様が国を産み、神使が夜妖を祓う――私は、祈って待つしかないのが……」
だからこんな悩みも抱えている。
ところでさきほど言いよどんだそそぎは、きっと何かを感じ取ったのだろう。イレギュラーズの目にも遮那が『何かに取り憑かれている』ようには見えなかった。あれは『正気の視線』だ。
それらはさておき。
通常であれば、遮那から夜妖を祓うことが依頼――即ちゲームのクエスト攻略に直結する。
そのはずだった。
そそぎは遭遇地点や事件の防ぎ方などを、イレギュラーズに説明し、そして実業家のほうは別途、逮捕されるであろうことを添え、最後にお決まりの台詞を吐いた。
「お願い。夜妖を……祓ってあげて」
――ロードが完了しました。
――帝都星読キネマ譚<現想ノ夜妖>に新規イベントが発生しました。
――天香遮那の足取りを追い、真意を問いただしましょう。
無機質なシステムコールは、しかしそそぎが絞り出した言葉とまるで違うものだった。
「それじゃあ、気をつけてね……あなた達は知らないかもしれないけど。その遮那って人は、この国にとって大事な人なの……。今は……どうなるかは、分からないけれど」
真意を問う?
夜妖を祓わずに?
それに、新規イベント?
ネクストにおけるそそぎは、クエスト内容を伝えるNPCだ。
そそぎは夜妖を祓えといっている。それを伝えるのが、彼女の仕事だからだ。
けれど彼女が何を口にしようが、攻略は当然『システムコール』と、表示されたクエスト内容が優先される。けれどクエスト内容を確認してみると、やはり遮那との交戦、そして対話を示唆していた。
夜妖を祓えとは、どこにも書いていないのだ。
おそらく――そそぎの言葉を無視して『攻略』するしかない。
一体、何をさせられようとしているのだろうか。
- <現想ノ夜妖>琥珀堕夢完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年08月24日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
暗い月光がイングリッシュガーデンの芝生に落ちてくる。
黒髪と燃える様に赤い色を纏わせた『天香遮那』は琥珀色の瞳を待ち構えて居た『硝子色の煌めき』ザミエラ(p3x000787)へと向けた。
「はろー、天香の遮那くん。ちょーっとお時間いいかしら?」
「何者だ貴様ら」
鋭い眼光をザミエラに向ける遮那。
(さてさて、カムイグラの彼とは随分違う感じだけど、どうなるかしら……)
ザミエラは硝子のナイフを遮那へと投げる。それを妖刀で弾いた遮那は破砕した刀身のパーティクルにザミエラの姿を見た。
「手慣れているな」
「そっちこそ。本当ならあなたがここでやったことを止めるのが依頼だったのよ? けど、それを敢えて看過した。その意味、わかるかしら?」
ザミエラは遮那の気を引くため、わざと思わせぶりな表情で微笑む。
遮那へと接近したザミエラは彼が空へと逃げないように攻撃を繰り返した。
「ちっ、面倒なヤツだ」
「悪いけど、逃がすわけにはいかないわ。あなたと話をしたいって子達が集まってるの」
ザミエラの背後に視線を向ければ数人の人影が見えた。この少女一人ではないらしい。
遮那はザミエラとの距離を取ろうと後ろへ下がるが追い縋る彼女に苦しげな表情を浮かべた。
「逃がさないわ?」
ザミエラにとって遮那自身に強い関心があるわけではない。けれど、仲間が伝えたいという思いは達成されるべきなのだ。自分がこの場に居る理由なんて、それだけで十分。
遮那に強い思いを持つ仲間に繋ぐ事が出来れば。
「ねえ、教えて? あなたは何がしたいの?」
「急に襲ってきて、教えられる訳が無いだろう?」
「確かに。でも、ね。きっとあなたは応えるわ。だって、私の仲間はあなたを想ってここまで来たんだから。それに応えられないなんて嘘だもの」
だから、ザミエラは剣を振るう。繋ぐ為に――
ザミエラと遮那の交戦タイミングを見計らう『聖女』ルチアナ(p3x000291)は黒髪の青年を見遣る。
(天香遮那……『ルアナ』も『私』も、豊穣での彼の事は報告書程度にしか知らない。ネクスト世界での彼は些かややこしい事になっているみたいだけど……)
弾ける剣檄にルチアナの思考は途切れた。今は思考を止めて『一戦』に注力した方がいいだろう。
恐らく生半可な戦いでは、彼を止める事は出来ない。
「天香遮那に言いたい事がある人はその近くに行きなさいな。目を見て、確り伝えなさいな。私はその手伝いをするわ」
この場に居るという事も何かの縁だ。
遮那が持つ妖刀の力も含めてしっかりと見極めるとルチアナは頷く。
『そそぎ システム 依頼 食い違い 変』
奇怪な音声がルチアナの耳に届いた『不明なエラーを検出しました』縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧(p3x001107)のものだ。
そそぎの言葉とシステムの食い違い。問題はそれが発生した経緯だと縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧は推察する。天然のバグか、それとも今は件の夜妖とされるモノを祓われては"面白くなくなる"誰かの介入か。
縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧は自身と世界の境界を瞬時に入れ替えながら、表示領域を確保していた。所々表示が消えたり着いたりする光景は普通の人が見れば『怪物』という他ないかもしれない。夜に遭遇したら全力で逃げないとヤバイような見た目だった。隣に立つ『ウサ侍』ミセバヤ(p3x008870)は食べられてしまうのではないかと内心ドキドキしていた。
(さて、であるならば。観察しよう、観測しよう。"我ら"はそうやって、強度を得る)
何だか笑っているように見える縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧に頷き武器を構えるミセバヤ。
「こちらの遮那殿は何だか『あだるてぃー』な感じですね。しかし、外見は変化しても「本質」までは変わっていないのでは? と自分は思うのです。それを確かめる為にも、私はここに来ました」
隣の縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧へと視線を向けるミセバヤは事前に打ち合わせした通り、彼と行動を共にする。
「『せーの』で行くですよホニャさん! リードは自分がするのでお任せ下さい!」
縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧とミセバヤは同時に戦場へと駆け出し、遮那の元へ接敵する。
「遮那殿が持つ刀、何か危険な感じがするのです……斬られないよう、細心の注意を払いましょう」
「ホニャ……」
二人は遮那を挟み込む形で攻撃を仕掛けた。ミセバヤの蹴りと縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧の不可思議な攻撃は遮那の身体に傷をつける。頬をかすった攻撃に流れ出た血を乱雑に拭う遮那。
一撃離脱の戦法で刀の間合いに留まらないようにミセバヤは後ろへと飛び退く。
「その不気味な様相。夜妖か……」
遮那は縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧を見遣り妖刀廻姫を構えた。
されど、遮那の頭に流れ込んで来るのは、人の言葉。
縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧は遮那が失踪した目的を問う。
「失踪した目的? はっ、攻撃を仕掛けてくるような『敵』にそれを教えて何になる?」
懐疑的な瞳。未だ信用なんてものは存在せず、縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧を夜妖だと認識しているのだろう。
このような行動を起こした目的は恐らく一番秘匿したいものだ。これを最初に持って来たのは他の問いを応えやすくするため。思考的ロジックだ。
次に黒松滝平次郎を殺した理由を問う縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧。
「あれは阿片で金儲けをしていた。あの男に関わり、阿片漬けにされて死んでいった者が居る。その家族、特に子供だがな。それらも死んだ。それ以上の理由が必要か?」
だが、と縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧は思案する。阿片を売りさばいたのならば、法的に裁く事だって出来た筈だ。それをしなかった理由が別にあると縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧は踏んだ。しかし、この問いかけにこれ以上の問答は得られない。では次の問いはどうだろうか。妖刀廻姫を何処で手に入れたか。
「それは答えられないな」
明確な拒絶。則ちそれは、遮那のウィークポイントとなりうる存在を示していた。
遮那に『妖刀廻姫を与えた人物』それが彼の守りたい者のうちの一人なのだろう。
縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧と対峙する遮那を見つめ眉を寄せる『爪紅のまじない』シャナ(p3x008750)。
此処は幸せな可能性の世界線を見せるゲームで、彼自身も幸せに暮らしているとしんじていたのに。
「……何故なのだ、遮那」
黒い翼を広げ、シャナは遮那へと斬りかかる。
「私は其方を絶対に逃さぬ!」
「これは、面妖な……よもや、私と同じ顔の『夜妖』が居るとはな」
遮那から放たれるのは明らかな敵意だ。
「虫唾が走る――! その幼稚な顔も振る舞いも、平々凡々と生きて来ただけの稚拙な己を見せられるとは、何とも度し難い。今すぐ殺してやる」
明確な殺意を持って、遮那はシャナに斬りかかる。
今まで見た事も無いような気迫の感情。シャナにとって愛しき者から向けられる殺意とは何よりの恐怖だったかもしれない。
肩口から心臓を狙った剣筋が走る。どろりと吹きだした蘇芳の赤。
蹲るシャナはそれでも廻姫の刀身を握り諦めぬ意志を遮那に向けた。
痛みは神経を焼き、明滅する視界に挫けそうになるけれど。それでも。負けられぬ戦いはある。
正気で罪を犯す理由を知りたい。一緒に解決したい。
その覚悟は生半可ではなく、シャナが知る彼より成長したのだろう。
されど、今の遮那が良いだなんて全く思えないのだ。
「だって其方、笑って居るか!?」
笑顔にはがある。笑うだけで味方には安心感を敵には疑心暗鬼を生む。
「それなのに作り笑いもできぬ程に辛いんだろう!? 苦しんだろう!? 笑わぬ事は成長ではないぞ!」
シャナは自らの刀で遮那の刃を弾き距離を取った。
「ヒイズルは豊穣と再現性東京が混同されているように思える」
エプロンの裾を払い『恋屍・愛無のアバター』真読・流雨(p3x007296)は憂う。
他の都市と時代背景が大きく異なるこの帝都。歪で不可解なゆがみ。
「分からない。私が資料で見た天香遮那とは何故ここまで異なる」
流雨の隣『機械の唄』デイジー・ベル(p3x008384)の瞳が遮那を捉える。
「何故、ここまで在り方が歪んでいる」
有り得ない程の歪みにデイジーは首を振った。
「何にせよ、現実への影響が出る可能性は否めん」
これだけ急速に成長したヒイズルが、何かしらの因果を持って存在する可能性。
現実世界と仮想世界の境界が染み出している可能性も否めないと流雨は考えを巡らせる。
特に廻姫。無限廻廊との関連性が示唆される妖刀は可能な限り確保したいがと視線を上げた。
ざわりと月影に紛れて夜妖の群れが現れる。
「何にせよ、遮那君の動きを予測する鍵は「金」だろう。彼が自身の現世利益で動くとは思えん」
狙う額からかなり大きく動く事に使うのだろう。阿片で他人を貶めた男から金を強奪したのは遮那なりの正義なのだろう。
黒影に攻撃をまき散らしながら、思考を廻らせる。
「出奔したのは天香の名への配慮か。なれば彼の協力者は表立って動く事ができぬ者や金で動く者か」
縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧の問いかけにも協力者の事は答えなかった。
それはむしろ己のウィークポイントを曝け出す様なもの。ツメが甘いのだ。
だから、心が曇る。付け入る隙が出来るのだ。
人間というものは本当に愚かな生き物だと流雨は思う。そして、自分が其方へ寄ってしまっているのもまた因果の輪に囚われているのかも知れないと口の端を上げた。
「…遮那殿。……いいえ、此方では遮那様とお呼びすべきですね。今の私は陽炎。唯の戦闘アンドロイドに過ぎないのですから」
『No.01』陽炎(p3x007949)は遮那と黒影意外に周囲に敵が居ないかを注意深く観察する。
今のところは主立った人影は見えない。されど、黒影という名の夜妖とは思う所がある。それが遮那と共に現れるなんて趣味が悪い。
「気に入りません、あの方の顔と声、存在そのものでありながらこの様な凶行に及ぶなど。そういう事を行う為に――忍がいるというのに」
汚れ仕事は忍に任せればいい。それが忍の誇りなのだ。それを自らの手を汚すなど、陽炎には許しがたいものだったのだ。
失踪するまでの遮那は混沌の遮那と変わらないのだろうと『可能性の分岐点』スイッチ(p3x008566)は考える。
「そんな遮那殿が周囲を顧みず失踪するのは何か理由があるはずだ」
これがクエストでもそうでなくても必ずその訳を聞き出す。
きっと多くの人がその身を案じているはずだから。
スイッチは遮那を疑う事無く真っ直ぐに信じて居た。
「訳が分からん」
苛ついた声色で『空虚なる』ベルンハルト(p3x007867)は高天京壱号映画館、試写室でそそぎが言った言葉を思い返していた。
クエストの目標と少女が述べた言葉の内容が食い違う理由は何なのだろう。
誰から聞いた話ではこの世界は遊戯の中の話しらしいのだ。
『自分』は『自分』として存在している以上、その事実は受入れがたいものではあるがとベルンハルトは頭を掻いた。誰かが自分を操作しているかもしれないなんて想像もしたくない。
けれど、己の出自、経歴などの記憶が今に至るまでほぼ無いのは『そう』であると物語っていた。
「忌々しい」
ベルンハルトは履き捨てるように悪態をつく。
自分ですらこの様に訳の分からぬ状況なのだ、バグが蔓延るこの世界でそそぎが言った言葉は『NPC』という役割を超え、彼女に芽吹いた何かであるのかもしれないとベルンハルトは僅かに瞳を伏せた。
「とはいえ、目標を無視する訳にも行かん」
まずは、『話しをきいて貰えるまで』状況を動かそう。つまり、殴って大人しくさせるだ。
単純明快で分かりやすい。
「さあ、狩りの始まりだ」
――――
――
「私たちは彼と話がしたいのよ。邪魔しないで頂戴な」
無数に忍び寄る黒影にルチアナは遠距離から短刀を投げる。
遮那の直ぐ傍に湧く敵に狙いを定め此方に引き寄せるのだ。
「貴方はどなた? 何の目的があってここに?」
軽い口調でルチアナは遮那へと言葉を投げる。出方を伺うと言った方が早いだろう。
怒りであれ、他の感情であれ、伝え無ければ、伝わらなければ意味が無い。
自分達は戦う為だけではない、対話をしにきたのだと示すために。
「私は天香遮那。名前は知っているだろう? 修道女よ」
「あら、ルチアナと呼んで頂戴な」
「だったら、逆に問おう。其方達の目的は何だ? 金か?」
金を持っているのが知れているならば、遮那を襲うのは道理と考えたのだろう。
「違うよー? さっきも言ったじゃない。貴方の目的の内容次第では協力できるかもしれないって」
遮那の問いにザミエラが答える。
「協力……」
ルチアナとザミエラの言葉に、遮那の剣筋が鈍った。
話しを全く聞く気が無いという訳ではないらしい。言葉を重ねればきっと、道筋はある。
遮那の死角に潜り込んだ陽炎は妖刀を持った手を執拗に狙う。
その攻撃に重ねてデイジーも遮那の手に照準を合わせる。
「ほう、この刀が狙いか?」
「ええ。それは妖刀ですよね。その剣を持ってるから貴方はそんな風になってしまったのではないかと思ったのです」
デイジーの言葉に遮那は首を振った。後ろから羽交い締めにする陽炎から逃れ翻る。
「この黒影もその妖刀……廻姫の成す事か?」
ベルンハルトは爪で黒影を切り裂き遮那へ問うた。
「狼殺しの逸話、何故か私にも覚えがある」
下らぬとベルンハルトは一蹴する。罪を自覚したくなければ、元より剣を振るわなければよいのだ。
少なくとも遮那はその程度の覚悟は出来ているはずなのだ。
だからこそ、気に入らないのだとベルンハルトは舌打ちする。
「ごちゃごちゃと考え過ぎる。もっと、簡単な話しだろうに」
ベルンハルトの隣をすり抜けていくのは縺薙?荳也阜縺ョ繝舌げ繧だ。
黒影に向けてその身の分身を飛ばし、喰らっている様にも見えた。
時折、全ての口がキャラキャラと笑い声を出す。それは戦場に響いた。
「俺はスイッチ。キミを案じる人の依頼でここに来た」
「案じる? 私にその様な者は居ない。全て一人でやった事だ」
「ううん。それは違うね。キミを心配してる人は沢山居るよ」
スイッチの言葉に視線を逸らす遮那。拒絶とも取れるその表情に。それでもスイッチは言葉を止めない。
「キミは一体何をしようとしているんだ」
返事は剣檄に置き換わり、流れる時間の最中にスイッチは妖刀へと言葉を繰る。
「廻姫……キミの主は何を為そうとしている!?」
月の光が刀身を走り、スイッチの声が戦場に響いた。
きっと遮那は正気なぞ失ってはいない。夜妖に惑わされてなどいないのだ。
廻姫は剣である以上、道具としての本能からは逃れられない。
すなわち『使い手の役に立つ』という至上命題を違えない。
そんなものを抱えた夜妖が主に憑いて何かを為そうなどと考えるわけがないのだ。
「本当は、別の理由があるんだろう!?」
スイッチの言葉は遮那の心を打つ。非道を成してまで行うべき道があるのだろうと。
●
ルチアナは遮那の手に握られた廻姫を見遣る。
妖刀廻姫。因果を結ぶ魔剣。
「ねえ、その剣を手放せば、貴方は所有者から外れるのかしら? 試してみてもいい?」
この問いかけに意味なんて無い。けれど、相応の反応はきっと有るはずだから。
ルチアナの言葉に遮那は廻姫を緩く降ろす。
「手から離せば所有者が変わるなんて、そんな子供騙しな代物ではないな。これは」
「そうでしょうね」
「これは自らの意志で私と契約を結んだ。私を選んだ。たとえば、私がこの場で海に投げ入れたとすれば、潮に流れ何処かへ流れ着き、拾われ、刀剣を扱う場所へ流れて来る。そして、私はその場に必ず居合わせる」
もし仮に、この場で砕いたとしよう。
そうすれば、刀身は遮那の身体に深く突き刺さり、絶対に抜けない枷となるに違いない。
いずれ主の身が朽ちれば、また次の主の元へ現れるのだろう。
堂々巡り――抜け出せない輪の中に閉じ込められるのだ。
故に宿命。故に因果。魔剣とは、妖刀とは、呪いとはそういうものだ。
「厄介、というべきかしら?」
「だが必要なものだ」
ルチアナの問いかけに遮那の敵意が僅かに薄れた。
理解を示すという事は、信頼への一歩に違いないのだろう。
軟化した遮那はルチアナに視線を向け、妖刀を鞘に仕舞った。
「もういいだろう? その金が欲しいならくれてやる。私に構うな」
「いいえ。逃がしませんよ」
去り往こうとする遮那に飛びかかったのはデイジーだ。
逃がすまいとしがみ付いて離さない。
きっと彼は正気であるのだろう。止まる事はしない。狂気に侵された蛮行ではない厄介さ。
正気のまま何かをしでかす者は、ねじ曲げられぬ強い目的があるのだ。
身体に纏わり付くデイジーを一瞥した遮那は、彼女の背に腕を回す。
膝を割り身体を寄せた遮那はデイジーの腰に入ったスリットに指を這わせた。
白い肌を黒い革手袋がゆっくりと撫でて行く。知らない感覚に肌が総毛立つ。
「美しい射干玉の髪だ」
間近にある遮那の瞳はデイジーを写したけれど、きっと、自分を見ている訳では無いのだろう。
黒髪が美しい『誰か』を想い、切なげに揺れた琥珀色の瞳。
この瞳に似た『誰か』をデイジーは知っている。
「天香遮那、貴方は次に何をするつもりですか。夜妖を手にしてまで、変えなきゃいけない物が何かあるのですか」
彼は分かっているのだろうか。
デイジーはこの目で見届けてきた。希望ヶ浜の夜妖憑きは多くの場合。
「夜妖で為せることなど、惨状だけでしかないだろう?」
その身を滅ぼすのだ。
「私は……」
「遮那様、何が貴方をそこまで駆り立てたというのですか。どんな理由で貴方はこんな事をしたというのですか!」
陽炎は声を荒らげ、遮那へと駆け寄る。
「あの男に非があったのは事実。しかし人を殺し金品を強奪するという凶行。赦される筈がございません。貴方なら判っておられるはず」
「……ああ」
怒りを帯びた表情が陽炎の瞳に映り込んだ。何かに怒っている。陽炎に向けられたものではない。これは遮那自身が己に怒りを抱いている。
「あの男は、阿片で何人もの人を殺し、その家族を死に追いやった。その原因……いや、お前達に言っても無駄な事だな」
怒りが諦めに変わり陽炎から視線が逸らされた。辛そうな表情の遮那の腕を陽炎は掴む。
「いずれにせよ廻姫を振るったのは私だ。振るうと決めたのは、この私だ。いずれこの身は閻魔が裁き、この魂は地獄へ墜ちよう。だが……それまでは、止まらん!」
「……某は貴方によく似た方から、守護忍の号を賜ったことがございます。とても優しく気高い方です。別人だと言われればそれ迄。しかし某は貴方の真意を聞かねば帰れません。返しません」
たとえこの身が砕けようとも。腕が千切れ、首と胴体が離れて動かなくなったとしても。
「貴方の真意を問い質すまで」
「離せ……」
「泣いても、鳴いても、啼いても離しません」
陽炎の腕に置かれた遮那の手が金色の光沢に変わる。
「陰(かげ)と陽(ひ)よ、転じて廻れ――魔哭天焦『月閃』!」
紡がれた言葉を陽炎が聞き取った瞬間、遮那の髪が白く染まり、目が赤く光った。
肌は浅黒く変化し、軍服が狩衣へと替わる。
それはまるで混沌における『反転』の姿に他ならなかった。
陽炎の目が驚愕に見開かれる。
「な!? 反転……!?」
イレギュラーズの表情に緊張が走った。
「偽悪者ぶるのは幼さの証明だ。正義の味方ごっこならお家でやりたまえ」
流雨は反転姿にも臆さず、遮那に挑発の言葉を投げる。
遮那の根底にあるのは劣等感だろうか。偉大な周囲への。ままならぬ現実への。
なすべきをなせぬ己への。
流雨の考えるそれは全て正解なのだろう。
一人足掻き、苦しんでいるように見えたからだ。寄り添う事も出来るかもしれない。
されど、流雨にも譲れないものがある。
『無限廻廊』が関わる可能性がある以上、流雨にも余裕がないのだ。
手段なんて選んでいられない。
「――『誰かのため』などという大義名分は容易に人の心を曇らせる」
その言葉は流雨が痛い程に知っている。だからこそ、突き刺さる刃がある。
「しかし、私は……!」
言い返したいのに、言い淀むのは理性と感情の狭間を揺れ動いているから。人の心があるからだ。
もう少しだと流雨は確信する。否定と肯定を繰り返し、遮那の心を籠絡するのだ。
「自分には遮那殿が『正気では無い』様には見えません」
ミセバヤは強い意思を持った瞳で遮那を見上げる。
「むしろ、誰よりもこの国の未来を憂いて、その為に影を渡り歩いている……そんな風に思えるのです」
戦場の隅に置かれた金塊の入った鞄にミセバヤは視線を流した。
「その金品、一体何に使うのでしょうか? 貴方の事だ。それは『個』の為ではなく『国』の為に使おうとしているのではないですか?」
大金が必要になる国家の事案。
それは恐らく『軍事』や『政』に関わる事なのだろうとミセバヤは思案する。
他国との争いにしては中央の動きが鈍すぎる。遮那個人が動いてどうにかなるものではない。
ミセバヤは遮那の思惑を探った。
「例えば軍事目的ならば大量の武器が必要でしょう。貴方と対等に渡り合える自分達を戦力に加えるとかはどうですか?」
此方に引き入れれば、悪行を重ねる兆候が見られれば止める事だって出来るだろう。
ミセバヤの言葉に遮那は一瞬の驚きと苦しげな表情を浮かべる。
迷っているのだ。意志は強くあれど、きっと、悪逆に染まっている訳ではないとミセバヤは確信した。
シャナはデイジーを抱く遮那に眉を寄せる。
(遮那君の側で愛されたいはずなのに)
この戦場のどこにも、ネクストの『自分』が居ないのだ。
存在していないとは思えない。この場に居ないという事は『自分』は彼を信じたのだ。
遮那と末永く笑える未来があると。救える道が必ず見つかるのだと。確信を持っているのだろう。
何て強いのだろう。この世界の『自分』は自らの意志で『待っている』事を選んだのだ。
ならば、『星影 向日葵』は――
「私の名はシャナ。真名、星影 向日葵。其方の笑顔を取り戻す者だ!」
代わりに遮那の笑顔を取り戻す。遮那を想う『自分』の為。遮那が想う『自分』の為。
「……だから、其方の笑顔を奪っているモノを教えてくれないか?」
離さない。あの時とは違って、今の自分には彼と同じ翼があるのだから。
手を差し出すシャナの隣に立ったスイッチは小さく深呼吸をして膝をついた。
遮那の瞳に宿る意志。ひどく強固な灯火の真意を問う。
武器を置き、青金の瞳を遮那へと上げるスイッチ。真っ直ぐ見据え、礼を、尽くす。
混沌の遮那は根が善良で一生懸命重責を全うしようとする性格だった。
ならば、ネクスト彼もきっと変わらない、故に告げるのだ。
「遮那殿、改めてお伺いしたい! 貴方は何を為そうとしているのかを!」
「――夜妖を祓っているのだ」
デイジーの背を抱く遮那の手に力が籠もる。僅かに指先が震えていた。
「夜妖を以て、夜妖を制す。たとえこの身が滅びようと大切な者達の行く末を守りたいのだ」
そして、遮那は言葉を続ける。
「豊底比売の神逐(かんやらい)を行う。さもなくば――この國は滅ぶ」
「……人一人が手に抱えられる責任などこの世界の砂の一粒程度でしかあり得ん」
遮那の言葉を受入れ、真摯に返すベルンハルトの声が戦場に通る。
「大義を果たすと誓うならば、全てを利用せよ」
「……っ」
「人も、他人も、光も、闇ですらも利用せよ! その程度も出来ぬと言うのであれば卿の道に先はない」
至極真っ当な正論だ。傍若無人を演じるのであれば、全てを利用し事を成せば良い。
「今既にその翼を支えようと言う羽根の存在にも気付かぬならば、此処でその翼落としてやるも慈悲となろうよ。どうだ。卿は今、一人か?」
たった一人孤高に闇を生きて居るのか。傍らには、否。傍に居なくとも支えてくれる人が居るだろう。
一人で背負い込む事なんて、出来はしない。
「ねえ、もう一度言うわ。何かが欲しいの? 何かを恐れているの? 内容次第では、協力関係にもなれるかも?」
ベルンハルトの言葉に重ねるようにザミエラが手を差し出す。
ここまで仲間が思いを紡いで来たのだ。伝わらないはずがない。
人の心を持つ遮那ならば、きっと応えてくれるとザミエラは視線を上げた。
「そう、だな。其方達の言うとおりだ。私では廻姫の力さえ十全に扱えぬ。されど、其方達なら『この力』を扱えるやもしれぬ。私はあの男の夜妖を祓おうとしたのだ。死んで当然の男ではあったが、夜妖さえ祓えれば生きて償う道もあったのだろう。だが……この廻姫の力は強大でな。私の力が及ばなかった」
吐露するように言葉を吐いた遮那から緊張が抜ける。デイジーは小さく吐かれた溜息を耳元で聞いた。
イレギュラーズは遮那の真意を見出す事に成功したのだ。
「もう、抱きしめておらずとも良い。逃げぬよ。それに、あまり女子に抱きつかれていると恋人が拗ねてしまうのでな。それとも、このまま夜伽を所望するか?」
「……それ、僕が居るのが分かってて、やってるッスか?」
遮那の頭上に大きな翼を持った少女が現れる。赤紫の髪を揺らし大きな角を生やした『鹿ノ子』が遮那の傍に降り立った。
「勿論だ。其方の拗ねる顔は愛いからの」
デイジーを離した遮那は頬を膨らませる鹿ノ子の頭を撫でて目を細めた。
「鹿ノ子、書くものは持っているか?」
「布と紅ならあるッス」
広げたハンカチに紅を滑らせ文字を綴る遮那。
それを遮那はベルンハルトへと渡す。
「柊遊郭、伽羅太夫。愛言葉は『九重葛の夜、陽出流るまで』だ。沙汰を待て。ではな」
外套を翻し、鹿ノ子を抱え飛び立つ遮那。
その姿は禍々しい『魔』の姿ではなく、出会った時の軍服姿に戻っていた。
シャナは目を瞠り小さく呟く。
「え、『反転』から戻った?」
彼の真意は得られたが、再び一つの謎を残した遮那。
夜空の群青に解けていく姿をシャナは見えなくなるまで追いかけていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
深まっていく物語を楽しんで頂ければ幸いです。
MVPは遮那の心を強く掴んだ方へ。
GMコメント
もみじです。物語は動き出します。
●目標
ネクストNPC『天香遮那』と一戦交える。
遮那の真意を問いただす。
●フィールド
夜のイングリッシュガーデンです。
暗いですが月があり、足場、光源には問題ないものとします。
クエストが指示した接触地点は、驚くべき事に洋館の庭でした。
冒頭の惨劇は、見逃されることになります。
●天香遮那
混沌では十五歳ほどの少年ですが、二十二歳。
遮那はしばらく前に行方不明となり、ようやく足取りを掴むことが出来ました。
何らかの狙いを持ち、今回の凶行に及んだようです。
その表情は暗く鋭く、強い決意を思わせるものです。
妖刀廻姫という剣を持つ以外に、能力は不明です。
●妖刀廻姫
遮那に憑いた夜妖です。
そしてネクスト世界におけるヴェルグリーズ(p3p008566)さんです。
何の因果か、悲しい逸話を無数に帯びた魔剣になっているようです。
因果と宿命を司り、全てを断ち斬る力を与えるかわりに、絶対に斬り離せず別れ得ぬ業罪の応報へ導く――らしいです。
※詳細はこちら。
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/2062
●夜妖『黒影』×無数
遮那の周りには夜妖の気配があります。
黒い影が纏わり付きイレギュラーズを攻撃してくるでしょう。
●情報精度C-
ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、通常は情報精度が存在しません。
未来が予知されているからです。
しかしローレットは、この依頼の情報精度をC-と位置づけました。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
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