PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>紫紺の残響

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 東雲色の空から陽光が優しく顔を覗かせる朝。
 鳥の鳴く声が耳に入ってくる。

「え、澪音と幸平が帰って来てないだって?」
『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は朝の身支度をしながら側近の『護蛇』白銀から報告を受けて振り返った。
 白いシャツにモスグリーンのネクタイを締めながら鏡の前に立つ。
「はい。あの子達なら異世界に潜っても大丈夫だと思ったのですが、まだ帰って来てないのです」
 澪音と幸平は燈堂一門の門下生だ。門下生としては廻より長く所属している。
 つまり、精鋭といっても過言ではない。その二人が帰還していないのだ。
 異世界で何かがあったという証拠に他ならない。

 自室から廊下に出て、リビングに移動した暁月は聞こえてくる音に眉を寄せた。
 相変わらずテレビのワイドショーは大量行方不明事件のニュースを報道している。
 マスメディアとSNSは行方不明になった人達が『異世界に連れて行かれたのではないか』という仮説で持ちきりだった。そんな彼等の思いや願いは悪性怪異:夜妖<ヨル>となって活動を活性化させる。
 音呂木ひよのによると、『無害であった神が急速的に影響を強くしている』らしい。
 それは『日出建子命(ひいずるたけこのみこと)』――希望ヶ浜で幅広く信仰認知される『国産み』の神、通称『建国さん』が真性怪異であると推測されるということだった。
 真性怪異は人知及ばぬ存在。人が手を出してはいけない存在。その総称である。
 この燈堂の地にも真性怪異が封じられている。
『佐伯製作所大量行方不明事件』の考察で支持された異世界に連れて行かれたという『思い』が建国さんによる異世界を急速に構築させる要因だったのではないかとひよのは考えたらしい。
 電話越しに暁月へと伝う言葉はそんな意味合いを含んでいた。

「黒曜には追わせてる?」
 リビングの大きなテレビを睨んだ暁月はもう一人の側近である黒曜の所在を問う。
 白銀がこの地から動けない代わりに、外の情報収集は黒曜が一手に引き受けていた。
 特に黒狼の夜妖憑きである黒曜は嗅覚が異常に優れている。
 慣れ親しんだ澪音と幸平の匂いなら探し当てる事が出来る可能性が高い。
 けれど、白銀の表情は芳しくなく。
「追わせては居るのですが、途中で見失ったようです。おそらく入口の繋がりが切れたのでしょう」
「そうか。出口を隠すような夜妖か。しかし厄介だ澪音と幸平を引きずり込めるだけの相手とはね。燈堂(うち)の『紐』は持たせているんだろう? だったらまだ命に別状は無いね」
 一般人が引きずり込まれたのなら、絶対に抜け出せないだろう。
 音呂木神社の鈴が音で真性怪異を退けるなら、燈堂の紐は間を掻い潜ってくる。それを持った門下生が簡単に死ぬとは考えにくいが。
「でも、事は急を要する。私が出た方がいいか……」

「暁月さん。僕が行きますよ」
 リビングの食卓の向こう側に座っていた廻がアメジストの視線を上げた。
「しかし。体調は大丈夫なのかい?」
 数日前の祭りの夜よりは顔色も良くなっているようだ。けれど、油断は禁物だろう。
「それはこっちのセリフですよ」
 座布団の上から立ち上がった廻は暁月に近寄り、眉間の皺を押した。
「寝れてないんですか? 目の下に隈が出来てますよ。僕より暁月さんの方がしんどそうですよ。だから、暁月さんは今日、お休みしてください。僕が代わりに澪音と幸平を探してきます」
 一年程前は暁月の後ろに隠れて人と関わろうとしなかった廻が、今では自ら進んで助けようとしている。
 きっと、イレギュラーズと笑い共に戦い思い出を紡いだお陰なのだろう。
 嬉しさと一抹の寂しさが過る。何時までも子供ではないのだ。いつか必ず巣立っていく。
 名を与えた『親』として成長を誇らしく思う。思わなければならないのだ。

「わかった、君に任せよう。その代わり、手を出してご覧」
 暁月の言葉に素直に両手を差し出した廻。その右手を取って薬指に銀色の指輪を嵌める暁月。
「これは?」
「私の魔力を溶かし込んで作った指輪だよ。これと対になってる『紐』より強力なものだ。必ず私の元へ帰ってこられるように。澪音と幸平の事は任せたよ。あと、龍成も連れて行きなさい。弾よけに」
「はい! 任せてください! 必ず弾よけにします!」
 勢い良く声を上げた廻がくすりと笑って「準備してきます」という言葉と共にリビングを出て行く。

「今回の件どう見る?」
「……そうですね」
 言い淀む白銀に暁月は「大丈夫だ。分かっている」と自嘲気味に笑った。
「『建国さん』が此方に浸食してきてるんだろう?」
「はい。彼方様の領域が『父上』を封じている『無限廻廊』に干渉しています」
 この燈堂の地に憑いている白銀は真性怪異『繰切』の眷属だ。大きすぎる繰切の力を分けて一匹の白蛇とした。言わば子供のようなもの。だから白銀は繰切を父と呼ぶ。
「無限廻廊は内から外へ出る力を抑えるものだ。外から内へ入って来る物には弱い」
「ええ。そうですね。だから『紐』を持って居ても帰って来られなかったのでしょう。廻に渡した指輪であれば大丈夫でしょうけど」
 白銀は眉を寄せ、目元を手で覆う暁月を見つめた。

「……私の力が弱まっている、か」
「はい。獏馬の力を封じた時よりも、ずっと。父上が『動かない』のは廻を玩具にして戯れているからです。廻が壊れるのが先か、父上が飽きるのが先かですね。まあ、特異運命座標は頑丈ですから、まだ当面は大丈夫でしょうけど」
「いや、私が壊れる方が先かも知れない」
「……そんな冗談は死んでからにしてください。廻も暁月さんも壊れて貰っては困ります」
 ようやく暁月は恋人の死を乗り越えて封印の要に至ろうとしていたのに。
 その恋人である朝倉詩織と同じ顔をした夜妖と、一つ屋根の下に住まわねばならない苦痛に暁月の心は軋みをあげていたのだ。平静を装っているのは燈堂の当主であるという責任感から。
 守らねばならない者達の笑顔を思えば折れる事など出来ないと、歯を食いしばった。

 無限廻廊の綻びと暁月の異常を察知して、本家の深道、もう一つの分家である周藤がもうすぐやってくるだろう。その時、燈堂の当主として相応しくないと判断されれば『命』を持って無限廻廊の礎となる。
 前当主もそうして無限廻廊に取り込まれ、強固な封印として機能していた。

「……まあ、私の事は後回しで良い。一先ずは、澪音と幸平の救出からだ。無限廻廊の干渉については、ついでぐらいに調べて来て貰おう」
「はい。仰せのままに」

 あと、いくつ夜を一緒に過ごす事が出来るだろうか――



 異世界の扉。それは小さなアパートの隅にある、小さな石碑だった。
「ねえ、オフィーリア、異世界ってどんな所なんだろうね?」
 腕の中に抱えた小さな縫いぐるみ『オフィーリア』に微笑むイーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は小首を傾げてみせる。
「イーハトーヴさん、この紐を手首に結んでください。オフィーリアさんも」
 廻が手渡したのは燈堂の魔力が籠もった『組紐』だ。暁月の元へ戻って来られるようにまじないが掛けられている。
「龍成もね。はい」
「ん……」
 廻の声に自らの手を差し出した『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は結べと言わんばかりだ。
「えー、自分で結びなよ」
「いや廻に結んで貰った方が効果ありそうだし。てか、自分で結ぶの難しいだろこれ」
 片方の手だけで紐を手首に結ぶのは確かに難しい。
「仕方ないなぁ」
 呆れたように龍成の手首に紐を巻き付ける廻。そして、イーハトーヴの手にも紐を結んだ。

 全員で手を繋ぎ、オフィーリアが手を触れて。
 異世界の扉は開かれる――――

 星屑を散りばめたビロードの空。
 ステンドグラスみたいな美しい壁。端布をつなぎ合わせた継ぎ接ぎの世界。
 一様にメルヘンチック。されど、何処か歪で気味が悪い。
 何かが背後をすり抜ける気配に振り向いてみれば、誰も居ない。
 くすくすと耳元で笑い声が聞こえた。

「昔読んだ絵本を思い出すな、これ。基本白黒でさ、子供が次々に死んでいくんだ」
「何で子供にそんな絵本を……」
「文字の練習みたいな? Aから順番に死んでく」
 グルグルした歪な黒い線が龍成と廻の間をすり抜けていく。
 それは頭上で一塊になり、ボタリと線香花火みたいに落ちてきた。
「わぁ!」
 イーハトーヴが驚いて飛び退いた瞬間に、その黒い塊は再び歪な線となって空間に散らばる。
 四方にある木扉が開いたり閉まったりして、不気味な笑い声を響かせた。

 大きな空間に巨大な人形が現れる。
 見た目は綺麗で愛らしいのに、それらをでたらめに繋ぎ合わせたツギハギの姿。
 縫い目の部分から血が噴き出し、何かが飛び出て来そうな予感がある。
 苦しそうで楽しそう。
 その巨大な人形の周りを飛び回る二つの影に廻は目を瞠った。
「澪音! 幸平!」
「……廻さんっ!? どうしてここに? 迎えに来てくれたの?」
「げぇ。嘘だろ。そんな時間経ってんのか?」
 この異世界では時間の流れすら曖昧なのかもしれない。遅かったり早かったり入口や場所によって何処へ繋がっているかも分からない。されど、無事で良かったと廻は胸を撫で下ろした。

「あいつらも見つけた事だし、一先ずこのデカイのを倒すか!」
「そうだね。龍成、廻、みんな、オフィーリアも行こう!」
 龍成とイーハトーヴの声にイレギュラーズは頷き。
 巨大なツギハギだらけの人形に視線を上げた。

GMコメント

 もみじです。祓い屋燈堂一門も他人事では無いのです。
 影響と干渉の狭間。異世界探索に行きましょう。

●目的
 夜妖『継接人形パティケイト』の討伐
 異世界の探索

●ロケーション
 ステンドグラスのような端布をつなぎ合わせた継ぎ接ぎの世界です。
 一様にメルヘンチック。されど、何処か歪で気味が悪いです。
 戦場は大きな空間です。バルーンや玩具を足場に出来るでしょう。
 アクロバティックな戦闘が出来ます。

 戦場の奥には更に道があり、異世界探索が出来ます。
 非戦スキル等で何らかの存在を『感知』する事は出来るかも知れませんがお勧めしません。
 見てはいけないものを見て狂気に陥る恐れがあります。そういう歪な世界です。

●敵
○夜妖『継接人形パティケイト』
 パトリシアとキャサリンはいつも仲良し。
 どんな時だっていつも一緒。けれどケイトはもうすぐ何処かへ行ってしまう。
 いやよ。離れたくない。絶対に離さない。そうだわ。一緒にしちゃえば良いのよ。
 パティとケイトはいつも一緒。離れない。ずっとずっと一緒だわ。
 そして、お部屋にはステンドグラスを飾りましょう。
 アンティークなアイテムも沢山散りばめるの。素敵でしょ?
 パティとケイトの邪魔をするヤツは許さない。
 このハサミでめちゃめちゃにしてあげる。

 少女達の排他的な友愛を象ったもの。
 夢から生まれ出た継ぎ接ぎの少女型の巨大な人形です。
 ツギハギだらけです。
 手に持った巨大なハサミで攻撃を仕掛けて来ます。
 天上のステンドグラスからはハサミが飛び出してきます。
 この空間自体が夜妖の領域なので、後衛に居ても油断できません。

○夜妖『アシュリー』×20
 時間が経過した事で、パティケイトの他にアシュリーという夜妖も集まってきました。
 とてもお腹がすいています。敵味方関係無く、噛みついて食べます。
 食べると体力が回復します。
 攻撃は近づいて噛みつくしかありませんが、素早い動きで移動してきます。

●味方NPC
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
 希望ヶ浜学園大学に通う穏やかな性格の青年。
 裏の顔はイレギュラーズが戦った痕跡を綺麗さっぱり掃除してくれる『掃除屋』。
 お世話になったイレギュラーズを尊敬しとても好意的です。
 後衛に居ます。魔力障壁で攻撃を防ぎ、月の魔法で戦います。

○『刃魔』澄原龍成(p3n000215)
 獏馬の夜妖憑き。
 不器用で素直になれない性格ですが、イレギュラーズの事は信頼しています。
 先陣を切って前に出て行くタイプです。
 ナイフを使った手数の多い攻撃を仕掛けます。

○燈堂門下生
 林澪音と金谷幸平。
 コンビネーションは抜群で二人合わせればある程度は戦えます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <半影食>紫紺の残響完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月01日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香

リプレイ


 ぼたりぼたりと黒い線が落ちて、地面を這っていく。
 ステンドグラスを散りばめたような色彩の破片が視界いっぱいに広がった。
「異世界探索って中々興味深いよね」
 壁にある小さな明りをツンとつついた『明日を希う』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は興味深そうにアクアマリンの瞳で見つめる。
「少しでも情報を持って帰れるように頑張ろうか」
 暗がりでもシキの瞳は鮮明に景色を映し出していた。
「ステンドグラスの世界だなんてとっても綺麗! だけど楽しんでばかりいられないって話」
 シキの隣で天上を見上げた『太陽の沈む先へ』金枝 繁茂(p3p008917)が、上から落ちてくる黒い線を視線で追いかける。それは地面まで落ちてくると繁茂の足下で弾けて広がった。
「こんなおっかない所から早く帰りたいね」
 その様子に『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)もビクリと肩を振るわせる。
 エルのタンザナイトを思わせる瞳の色。視線の先。
 巨大な継ぎ接ぎ人形が踊るように回転した。
「お布はとっても、綺麗なのに、どうしてこんなに、怖いのでしょうか?」
 手を胸元でぎゅっと握ったエルの背を優しく叩くのは『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)と『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)の二人だ。
「発狂しそうな場所に行くのは怖いけど、友達と思ってる人達が行くなら、僕も手伝いたい」
「まあ、大丈夫だろ。エルも昼顔も俺が守ってやるよ。友達だからな」
 エルは昼顔と龍成の温もりに安堵して少し恐怖が和らいだ。
「はいっ! 帰るまでが、探索ですので、エルは、皆さんと一緒に、頑張ります」
 タンザナイトの瞳は煌めき、背の高い二人を見つめる。
「……所でひいろも連れていきたいんだけど紐は何処に……? 羽の付け根?」
「あ、首とかに巻いておきましょうか。緩めに」
 昼顔の肩に乗っていた小鳥に組紐を巻く『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)。

 一同の目の前には、継ぎ接ぎだらけの人形がゆったりと踊っていた。
 数十メートルはあるであろう巨大な夜妖。美しさと歪さを兼ね備えた悲しき人形。
「ううん……男の俺にはなんとも理解しがたい世界感」
 継ぎ接ぎだらけの人形にブルーグリーンの瞳を上げる『守る者』ラクリマ・イース(p3p004247)の白いマントがひらりと風に煽られる。足下がゆっくりと隆起しているのだ。
 この空間は夜妖の領域。つまり夜妖そのものと言っていいだろう。
 本体は継ぎ接ぎだらけの人形だろうが、真後ろから攻撃が来てもおかしくない。
「こういった不安定な足場の戦闘には慣れていないので気を引き締めていかなければです……わっ」
「ラクリマさん! ……って、わわ!」
 地面が盛り上がり蹌踉けたラクリマへ咄嗟に廻が手を伸ばすが、力が足りず一緒になって転がる。
「ごめんなさい、ラクリマさん」
「俺は大丈夫。廻さんはどこも怪我してないです?」
「はい! 問題無いです!」
 元気に返事をする廻にラクリマは親友の頬をむにむに摘まんで微笑んだ。
「無理やり同一体になるのは果たして一緒と言えるのでしょうか」
 廻とラクリマが立ち上がった所へ『しろきはなよめ』すみれ(p3p009752)の言葉が聞こえてくる。
「体の距離は縮めど心は離れ離れになっているようで、とてもつらそうです」
 継ぎ接ぎ人形は元はパティとケイト二つの存在だったのだろう。
 それを無理矢理繋ぎ合わせているのだから、反動は大きいのかもしれない。
「また二人仲良く過ごせるよう天国……いや、地獄へ送ってあげましょう」
 紫色の瞳を伏せて、すみれは手に持ったブーケに口付けをする。

「俺のヒーローも一緒だし不思議な世界でも安心だねぇ」
 嬉しそうに目を細める『秋の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は隣に居る『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)を見遣る。
「うん、不思議な世界でもイーさんが一緒だから、勇気が無限に湧いてくるよ」
 リュカシスは手を上に上げて拳を握り込んだ。
「元気に行くぞー! 異世界探索!」
 正直な所。リュカシスはオバケというものが大の苦手だ。
 得体の知れない気配、理解不能な存在というものはリュカシスにとって恐怖の対象でしかない。
 されど、イーハトーヴの前では格好悪い所は見せられない。
「力こそパワー! 筋肉は裏切らないよ……!」
 怖いけれど。声を張り上げるのだ。
 その様子にイーハトーヴは小首を傾げる。
 何故かは分からないがリュカシスの元気が無いように見えるのだ。
「ねえ、探索の時、君の傍に居てもいい? そしたら俺、すごく頑張れると思うんだ」
「う、うん! もちろん! ボクがイーさんを守ってあげる! そのかわりイーさんにはボクの背中を任せたよ! ヒーローの背中を守ってほしい」
 リュカシスの言葉にイーハトーヴは目を輝かせる。
「うん、うん! 俺でよければ!」
 イーハトーヴの胸はいっぱいだった。リュカシスに頼りにされるなんて。
「オフィーリア、俺、どうしよう。……うん、もちろん頑張るよ」
 腕の中のオフィーリアも応援してくれている。普段は引っ込み思案なイーハトーヴとて、この時ばかりは胸を張ってヒーローの背中を守ると決意した。

「R.O.Oに異世界、それに夜妖。もう頭がこんがらがっちゃうよー!」
 剣を構えた『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は足場を飛び移りながらパティケイトに近づいていく。
「そういう時はシンプルに考える! まずは敵を倒す!」
 身を翻し、敵の巨体へ飛び移った。
 剣尖はパティケイトの布地を切り裂く。破れた場所は真っ黒の空間が広がっていた。
 そこからサクラ目がけてハサミが飛び出す。
「危ねぇ!」
 ハサミを横から弾いたのは龍成だ。
「龍成くん、ちゃーんと私達の事守ってよね!」
「何だよ。ハサミ弾いただろ?」
「この前攻撃された時痛かったなー。乙女の柔肌に傷ついちゃったなー」
 燈堂家の中庭へ獏馬と共に龍成が襲撃した事件。サクラもその場で龍成と対峙した。
 紆余曲折を経て、今は普通に話すようになったけれど。以前は敵同士だったのだ。
「あー、悪かったって。その事については何も言えねぇし」
「ジョーダンだよ。今回格好良く頑張ってくれたらその事はチャラにしてあげる!」
 ウィンクを寄越したサクラに溜息を吐いた龍成。本気か冗談かまだ見分けが付かない。
「わーった。とにかく、やるぞ!」
「うん。龍成くんはバディケイト! 廻くんと門下生2人はアシュリー組の補佐をお願いするね!」
「はい。分かりました」
 廻と門下生はサクラの言葉に頷く。
 サクラと龍成は息を合わせてパティケイトの胴体に剣を突き立てた。

「怪異というモノは不安定なモノだ。真性怪異も、それは変わるまい」
 隆起する地面に突き刺さった鋏の上に乗った『神異の楔』恋屍・愛無(p3p007296)は蠢く敵を見つめる。
 急速に実体化するにあたり、自己を確立するための養分を求めているのだろうか。
「燈堂に干渉するのも、本能的に強力な餌を求めている?」
 無限廻廊に封じられているのは『蛇神』繰切だ。
 その性質は国産みの神とも相性が良いのかも知れない。
「日出建子命という名前もネクストのヒイズルに似ているではないか」
「確かに、似てますね」
 隆起する足場に上ってきた廻を引っ張り上げる愛無。
「何にせよ、燈堂に縁ある者として。神異の楔として為すべきをなすだけだ」
「はい! 頑張りましょう!」
 廻達目がけて天上から落ちてくるハサミ。愛無は廻を抱えそれを軽々と回避する。
「愛無さん、ありがとうございます」
「構わないよ。君は僕が守る。今日はシルキィ君やアーリア君達の分もね」
 着地した愛無は廻を下ろし、彼を守るように元の姿へ変幻した。
 ざわりと影が蠢き、何体ものアシュリーが姿を現す。
 共鳴するように彼方此方から顔を出す奇妙な物体を引き寄せるように雄叫びを上げる愛無。
「怪異が本能的に餌を求めるなら、神子である廻君や強力な夜妖憑きの龍成君が狙われる可能性は否定できないだろう。現に、我々の着地点にアシュリーは集まってきた」
「それって……」
 餌を求め、より栄養価の高いものを狙う。
 つまり『特異運命座標』の匂いに誘われているのかもしれない。
 戦場を見渡せば、門下生の二人には目もくれず、イレギュラーズを取り囲むアシュリーが見えた。
「読み通りか。このアシュリーという怪異は特異運命座標を美味しい餌として認識しているのだろう」
「餌……食べるんですかね」
「生きたままむしゃむしゃされるかもしれない。気を付けたまえ」
 愛無の冗談に気を引き締める廻。


「この世界は綺麗だけれど、なんとなく歪な雰囲気を感じるね」
 シキは足場を自在に飛び回り、パティケイトとの距離を詰めていく。
 布地を蹴り、ハサミの持ち手を踏み台に、飛び上がった。
 パティケイトよりも高く飛躍したシキは縫い目に向かって一太刀浴びせる。
 縫い付けられた糸はとても頑丈らしい。少女達の絆の深さを表しているのだろうか。
 しかし、全く歯が立たないというわけではない。
 シキの周りにアシュリーが集まる。
 しかし、彼女は其れ等に目もくれず、再びパティケイトへと飛び上がる。
 シキに追い縋るようにアシュリーが手を伸ばすが、煌めく氷の粒子が敵の視界を覆った。
 ラクリマが放った魔法はアシュリーを凍り付かせる。
「こちらは任せてください。全滅を狙うとまでは行きませんが、パティケイト討伐がスムーズにいくよう。邪魔をするものは排除していきましょう」
「ありがとう!」
 シキは一人で戦っているのではない。仲間と共に居るからこそ攻撃に集中できる。
 独りぼっちで罪を背負い続けていた『あの頃』とは違うのだ。世界は色彩に満ちている。
「さてさて、お相手願おうか? 歪で窮屈で素敵なお人形さんたち!」
「ジャマしないで!」
「あいにく殴るしか脳がないもので」
 シキはパティケイトのハサミを避けながら、背後へと回り込む。
 此処は夜妖の領域だ。死角があるのかは分からない。けれど、少女の形をした人形であるのならば、背面への注意は薄いかもしれない。継ぎ接ぎの糸目がけて剣を振り下ろす。
「あ……」
 シキの切りつけた糸がプツリと切れて解けた。
「危ないシキさん!」
「……っとぉ!」
 エルの叫び声と共に、ステンドグラスから振ってきたハサミをシキは寸前の所で躱す。
「ありがと、エル!」
 エルの操る白い小鳥は上空から戦場を俯瞰していた。
 その小鳥とエルは視界を共有し、アシュリーの居場所とハサミが落ちてくる位置を的確に把握するのだ。
 シキに習ってエルもパティケイトの背後から攻撃を仕掛ける。
 クリスタルブルーの煌めきがエルの周りに集まり、円を描くように回り出した。
 それはやがて収縮し、エルの指先からパティケイトへ向けて解き放たれる。
 雪の結晶の円環がパティケイトの首に巻き付いて動きが鈍くなった。
 彼女の隣に居る廻は同じように攻撃を重ねる。そこへ集まってくるアシュリー達。
「エル達を、ぱくぱくもぐもぐは、めっ、ですよ」
 アシュリーに気を取られるエルと廻にパティケイトのハサミが飛んでくる。
 エル一人であれば回避出来る射線。けれど、廻と一緒となると二人とも怪我を負ってしまう。
 逡巡の思考。されど、それを包み込むのはラクリマの腕だ。
「ラクリマさん!?」
 ブラッディレッドの血が真っ白のラクリマの衣装に散る。
「うわ、痛い。でも、大丈夫ですよ。廻さんが怪我でもしたらパティケイトの方に回ってくれる龍成さんに怒られてしまいますからね」
 現にラクリマ達へ心配そうに視線を向ける龍成。
「てめぇ。無理すんなよラクリマ!」
「いいから。そっち集中してくださいよ! 龍成さんが戦いやすいようこちらの仲間は俺が守ります!」
「上等だ! さっさと終わらせる! 死んだりするんじゃねーぞ!」
 ラクリマ達の元へ走ってきた昼顔は直ぐさまラクリマの怪我に回復の歌を奏でる。
 昼顔の眩い光はラクリマの傷を包み込んだ。
 そして、パティケイトの前戦っている龍成に昼顔は視線を上げる。
「龍成氏、君いっつも親友に向けて死ぬなよって言ってるけどさ! それは君もだからね!? きっと向こうで彼も君を待ってる!」
「分かってるよ。でもな昼顔よぉ。俺はお前にも死んで欲しくないし、エルやラクリマや廻、ここに居る全員にそう思ってるんだぜ? だから、回復は任せたぜ。皆が死なない為には、協力しねーとな!」
 龍成の言葉に、昼顔は小さく吹きだした。
「それ、半年前の君が聞いたら卒倒するんじゃない?」
「うるせー!」
 我武者羅な己の正義を振りかざし、孤高に戦い、負けたあの日。
 昼顔たちは自分を友達と言ってくれたから。大切にしたいのだと龍成は思うのだ。
「それにしても……」
 昼顔は龍成とサクラに回復を入れながら継ぎ接ぎの人形を見上げる。
「綺麗なはずなのに何処か歪な何か」
 それはまるで。周りは素敵だというのに、嫌悪を感じてしまう『恋』みたいな蟠り。
「……僕も君も狂気(あい)から生まれたのには違いないのにね」
 ぽつりと呟かれた言葉は異世界の黒に消えて行った。

 ――――
 ――

 リュカシスは澪音と幸平が付けた傷跡を注意深く観察する。
「ダメージを受けている箇所があれば、重点的に狙っていこう」
「うん! 分かったよ!」
 イーハトーヴはリュカシスを援護するように後衛からパティケイトを狙う。
 春の木漏れ日に似た温かな光がイーハトーヴの指輪から溢れ、光が強まればまた影も強くなるように。作り上げられた巨大な黒いキューブがパティケイトを包み込んだ。
「苦しい……アァア!」
 イーハトーヴは呻くパティケイトを見つめ考えを巡らせる。
 二人で一つ。ずっと一緒に居ることができるのに。苦しい思いというものは着いてくるのだろうか。
 一緒に居る事で苦しさは半減するのではないのか。それは幸せと呼べるのだろうか。
 僅か一秒にも満たない思考にイーハトーヴは首を振った。
「……いや、今は集中! 廻も龍成も、無理するのに定評があるから気をつけてね!」
「おう。お前も気をつけろよイーハトーヴ」
 龍成がイーハトーヴに応える。まだ体力は問題無い。廻はどうかとイーハトーヴは視線を巡らせた。
 俯瞰した視点は廻の真上にハサミが出現した事を察知する。
「廻! 右に避けて!」
「は、はい!」
 イーハトーヴの声に廻が右に飛べば、その瞬間ハサミが地面に突き刺さった。
「ありがとうございます、イーハトーヴさん!」
「うん!」
 イーハトーヴの声がすみれの耳に届く。
「オーダーにアシュリーの討伐はありませんし……」
 敵の領域での戦闘。それも長期戦は避けたいとすみれは息を小さく吐いた。
「我が役目は攻撃手が実力発揮するための環境調整、全域攻撃がきても当たらなければただのエフェクトに過ぎません」
 天に手を翳し、結界術を展開するすみれ。
 紫色に光る術式はすみれの周りを漂う。それを伴ったすみれはパティケイトへ飛躍し、彼女を暗黒の狭間に誘った。
 繁茂はパティケイトを見つめ、指を銃のカタチに組み替える。
 イーハトーヴやラクリマが重ねたステータス異常。それらを有益なダメージに出来る攻撃を繁茂は選ぶ。
「イー…なんちゅう不吉な敵、エンガチョエンガチョだよ」
 継ぎ接ぎだらけの化物に照準を合わせ死霊の矢を解き放った。
「動かないでよ! 当たらないでしょ!!」
 仲間が重ねた傷跡を上手く逸らしたパティケイトに眉を寄せる繁茂。
「繁茂さん!」
「ってハサミが危なななな!?」
 エルの声に繁茂はその場から飛び退く。
「わわっハサミが飛んでくるのって意外とびっくりして恐いね~」
 仲間の声が無ければ、繁茂の肌に深く傷が付いていたかもしれない。
「もうひと踏ん張り! っとその前に……」
 繁茂は何処からともなく現れたアシュリーへと狙いを定めた。
「仲良く共食いでもして遊んでてくださいね~」
 冷たい海呪の歌が戦場に響き渡る。悲しい旋律はアシュリーを喰らい退ける。
 繁茂の攻撃に重ねるサクラの太刀。
「まだ、これで終わりじゃないわよ!」
 次に繋ぐ為の剣筋は一度では終わらない。繰り返される月の輪郭。
 重ねて積んで――
「大量のBSに、呪殺。さぞ苦しいでしょう。楽になりたくはありませんか?」
 すみれは『巨大な的』となったパティケイトの頬に触れる。
「嫌……苦しい。苦しい……」
「そうでしょう。とてもお辛いと思います」
 この顔の継ぎ接ぎの糸を解けばどうなるのだろうとすみれは目を細めた。
 中には『誰』が入っているのだろう。解いてしまえば『誰』になるのだろう。
 すみれが逡巡した瞬間にパティケイトのハサミが彼女の首を狙う。
 避け得ぬ軌道。

「すみれさん――!」
 廻が目を見開き、叫び声を上げた。
 甲高い音と金属の摩擦にすみれは目を開ける。
 目の前には、金色の毛並みを持った少年が自分を庇うように刀を振るっていた。
 軍帽を被り、狐の耳と尻尾を生やした美しい少年。
「君、大丈夫?」
「ええ。ありがとうございます」
「間に合って良かった」
 パティケイトのハサミを押し返した少年は低く姿勢を構え刀を払う。
「――周れ! 藤花『三千小太刀』!」
 剣先に藤色の灯火がともれば何十もの管狐が現れ、パティケイトを包み込んだ。
 その光景は藤棚に咲き誇る紫花の如く鮮やかで。すみれは目を瞠る。
「さあ、今だよ!」
「ありがとうございます!」
 少年の作り出した好機をすみれが繋ぐ。

「ハサミには拳が勝つのが決まりですから、恐れずに前へ!」
 リュカシスの声が戦場に響き渡った。
「全力で鉄の腕を奮います!」
 振り下ろされる鉄槌。リュカシスという鋼の意志がパティケイトを穿つ。
「パティ、ケイトを物理的に自分とヒトツにしてしまっては、もはや大好きだった友達と別のモノでは?」
 そんな言葉の意味すらきっと彼女には、もう通じないのだろう。
 リュカシスは黄金の瞳でパティケイトを見つめた。
「……大丈夫、いま楽にして差し上げますね。苦しいのは終わりです!」
 苦しんでいたのは、パティとケイト何方だったのだろう。
 けれど、きっと。これでもう苦しむことは無いから。
 リュカシスの黒鉄の拳がパティとケイトを永遠に分かつ。

 どうか。来世では幸せな道行きが在りますように。
 そう願うのだ。


 パティケイトを倒した一行は思食みをする廻を見守ったあと、探索の為、辺りを警戒しながら進んで行く。
 先頭に立つのはシキだ。
「奥の道は暗そうですかね、転ぶのも嫌ですし」
 足下を照らす明りを翳すのはすみれだ。
「敵の領域ともあれば何があるかわかりませんからドローンを先行させ万が一の囮にしましょう」
「あ、ありがとう。助かるよ」
 シキはすみれに笑顔を向ける。
「苦行である程度のことは耐え忍んでみせますが……早く此処からではなくてはなりませんしね」
「うん。何か感じても絶対に振り返らないようにしよう」
 シキは首筋に感じる気配に首を振った。
 影響して干渉して交差する。ここはきっとそんな場所なのだろう。
「あ、ねぇ」
「はい」
 シキは廻と龍成を呼び止める。
「せっかくだし、何かお話出来たらなって思ってたんだ」
「わぁ、嬉しいです。僕もシキさんとお話したかったんです。あ、あの。瞳の色とっても綺麗ですよね」
 シキの持つアクアマリンの煌めきは、日本人が多い希望ヶ浜ではあまり見られない美しさだった。
「えへへ。ありがとう。何だか照れちゃう」
「僕やシルキィ君というものがありながら、女性を口説いているのかね、廻君」
 廻の脇腹を突いた愛無は首を僅かに傾けた。
「違いますよ。口説くとかそういうのじゃ無いです。お友達との会話です」
「ふふ、廻と愛無は仲良しなんだね」
 シキは二人の気心の知れたやり取りに目を細めた。自分にもそういう親友達が居るから分かる。彼等は掛け替えの無い存在でちょっと自慢したくなるのだ。
「はい! 仲良くさせて貰ってます。だから、是非シキさんともいっぱいお喋りしたりしたいです!」
「うん! 楽しみだね」
 廻とシキの楽しそうな声が通路に響いた。

「もう敵はいないから、どんどん行こう! ……オ、オバケはいないよね?」
 リュカシスはドアを一つ一つ開け放ち、前に進んで行く。
「開けられそうなものは片っ端から開ける!」
 リュカシスが引き出しを開けた瞬間、小さな夜妖が大量に飛び出した。
「う、わあああ!?」
「ひゃ!?」
 彼の声に驚いたイーハトーヴは恐る恐る引き出しを見遣る。
 中には何も無い。ただ、真っ黒なまあるい何かが飛び出しただけだった。
「びっくりしたねぇ」
「それ、早く閉めた方が良いよ」
 龍成の後ろから出て来た『しゅう』が引き出しを指差す。
「無限廻廊に何か関わるのかな?」
 イーハトーヴの言葉にしゅうは首を振った。彼は力の強い夜妖だったきっとそういう怪異について詳しいのだろう。しゅうの次句をイーハトーヴはじっと待つ。
「もっといっぱい出てくる」
「……あ、そういう。じゃあ、閉めとこうか」
 害は無いが、この大量の黒いもので視界が埋め尽くされるのは捜索にも邪魔だろう。
 イーハトーヴは素早くスケッチを取って、引き出しとその部屋のドアを閉めた。
「所で、この黒いのって触っても大丈夫でしょうかね?」
 リュカシスはわさわさと着いてくる黒いもこもこを指差す。
「えっと、多分大丈夫だと思います」
 彼の問いかけに廻が応えた。
「これお役に立ちそうなら持ち帰ろうかな。後ほど暁月様にも見ていただいて、手がかりになると良いのだけれど……どうですか?」
「そうですね。いっぱい着いてくると困るから置いておきましょうか」
「確かに……! じゃあ、他のものにしましょう」
 リュカシスは何か役立つものが無いかと辺りを見て回る。

「木のいっぽんでも生えてれば何か情報集められそうなのですが」
 ラクリマが探索している場所は先が真っ暗で何も見えなかった。
 あまり仲間と離れすぎるのもよくないと首を振って、意識を敵の襲来に備える。
「ラクリマさん」
「どうしました? 廻さん」
「何か見つかりましたか?」
「全然ですね」
 応えて。ラクリマはふと気付いた。視線を上げれば、廻と愛無の姿が見える。廻は此方を向いていない。
 少し離れた場所に居るからこんなに近くに聞こえる筈もない。
 では、この『廻の声』はだれのものだ。背筋が凍る。
 ラクリマは後ろを振り向かず、仲間の元へ駆けていった。

「廻君やエル君もはぐれぬ様にしてくれたまえ。ついでに龍成君も」
「はい!」
 愛無の声に廻とエルは元気よく声を上げ、龍成は「分かったわかった」と手を振った。愛無の手には旧希望が浜の地図が握られている。
「それ何です? 地図?」
「最初に異世界へ来た時も旧市街を模していたからね。怪異の影響の強い場所ならば、また再現されるかも知らぬから、念のため」
 旧市街の地図は今よりも川が多いようだった。度重なる水害に水の流れを変えたのだろうか。
「燈堂の家紋などあれば分かりやすいが、はて」
「正直あんまり検討がつかないから、門下生の人達が調べにきたものを調べるのが良いかな? 廻君でもいいんだけど……龍成くんはどうせ知らないでしょ?」
 サクラが龍成の顔を覗き込む。
「何だよ。知らねーけど! サクラも分かんねーだろうがよ」
 悪態をつく龍成にサクラはくすりと笑った。相変わらず口は悪いけれど、前よりは雰囲気が柔らかくなったようだ。
「そういえば、お姉さんとはあれから仲直りした?」
「んー? まあ」
「あ、したんだ? すごいねぇ。偉いじゃない」
「仲直りっていうか……あれは、俺の勘違いだったのかな」
 姉には嫌われていると思い込んでいた。けれど、彼女は一度も『出来の悪い弟』だなんて思った事も無いと首を傾げたのだ。
「勝手に決めつけてたのかも。色々遠回りしたけど、お前らのお陰で少し変われた。ありがとなサクラ」
 殊勝な態度にサクラは目を瞠る。あんなに刺々しかった龍成が柔らかな笑顔を見せたのだ。
「まあ、仲直り出来たなら良し。探索を続けましょ」
 サクラはあらかじめ仕入れた情報を整理していく。
「建国さんの影響があちらこちらに出てるなら早く何とかしないといけないよね」
 燈堂家の結界が破られるような事があれば、龍成や廻も危険な目に晒されてしまう。
 用心深くサクラは『何か』を探る。ゆるりと首筋を這う気配に息を飲んだ。
「いやこの空間の中で逆に安全な所ってあるのかな? ないよね~」
 繁茂は死骸を盾にゆっくりと歩いて居た。何かあればきっと盾の役割を果たしてくれるに違いないと繁茂は希望をたくす。真っ暗な扉の中に入るのを躊躇う龍成を覗き込む繁茂。
「先生安全そうですか?」
「多分行けるんじゃね?」
「てか龍成さんって夜妖の専門家なの? ほんと~ですかぁ~?」
「何だよ。その疑いの目は。まあ、そういうのは暁月とか白銀にきいてくれ」
 繁茂の言葉に龍成は首を振った。

 エルは黒い小鳥を召喚する。自分達の後ろを見張るように飛んでもらい、帰り道が閉ざされぬよう注意を払うのだ。
「龍成さんは、大事な方が、恐ろしいことに、遭わないように、守ってあげて下さい。エルが、龍成さんを、お守りしますから」
「ありがとな」
 龍成はエルの頭を優しく撫でる。
「まあ、でもエルも大事な友達だから、全員守るけどな」
 その隣には昼顔が居る。夏の海に出かける程の友達は。きっと龍成にとって大事な人なのだろう。
 昼顔はカメラのフラッシュを焚いた。
「写真?」
 龍成の問いかけに昼顔が頷く。
「写真があれば暁月先生達の役に立つはずだからね。それに、思い出とかにもなる」
 昼顔は仲間の行動を次々に写真に収める。
 もしかしたら、何かが映り込むかもしれない。もしかしたら、最後の思い出になるかもしれない。
 そう思うから。
「僕は発狂について知らず、元に戻れるのかもしれない。けど大切な人と同じ現実(せかい)を共有できないって、思っている以上に苦しいと思うよ。……だから、皆で正気で帰ろう」
「おう。そうだな」
「はい!」
 昼顔の言葉にエルと龍成は頷いて。

 すみれは先ほど自分を助けてくれた少年を見つめる。
 金色の髪。狐の因子を含む耳と尻尾。
「先ほどは助けてくれてありがとうございます。えっと、お名前を聞いても?」
「いいよ。僕の方こそ助かったんだ。あ、僕は周藤日向。君は?」
「私はすみれと申します」
「すみれ! とても良い名前だね。よろしくね、すみれ」
 周藤日向と名乗った少年は深道三家の先駆けとして、希望ヶ浜に入ったらしい。
 情報収集との名目でやってきたからには、一応希望ヶ浜で起こっている事象を洗う必要がある。
 世間を騒がす異世界への扉を潜った日向は、帰り道が分からなくなったらしい。
「すみれ達が居て助かったよ。あ、あっちが出口だね? 良かったぁ」
 嬉しげに微笑んだ日向はすみれの手を引いて駆け出した。
「僕も燈堂家に用事があるんだ。牡丹元気かなぁ?」

 先駆けの周藤の到来。
 侵食される領域と弱まる結界。
 物語は、ゆっくりと確実に進んでいる。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ラクリマ・イース(p3p004247)[重傷]
白き歌

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 無事に帰って来ることができましたね。
 物語は進んでいるようです。

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