PandoraPartyProject

ギルドスレッド

梔色特別編纂室

【1:1】幻の夜と、お菓子ねだりの仔猫の話

――――買い込んだお菓子をタイプライターの横に積み上げて
タールのように黒いコーヒーを淹れて
月末。

窓の外の夜闇には南瓜と魔法の灯火。シャイネンナハト。
しかし部屋に満ちるのは

ダカダカダカダカダカダカダカダカダカ\チーン/
ダカダカダダカダカダカダカダカダカ\チーン/

ミシンか何かかと言わんばかりのタイプライターの唸り。

月末。
猫の記者は、わかりやすく締切に苦しんでいた。

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(こっちは事件、こっちは経済、こっちは冬通り越して春向けのファッションの取材記事)
(……ついでに「連載」記事のプロット)
(冬は家に閉じこもるから読み物がウケる。だからニュースではなくて、なるべく長く繰り返し楽しめる読み物……なんて仰るのは簡単ですけれどね編集長、なんて文句はもう聞き慣れたらしく、天使のような無機質な笑顔でサッと流された。)
……ああ、もう……!!
(魔法のパレードにはそう興味がないけれど、閉じこもらなければならないのも腹が立つ。
その苛立ちを、只管にキーに叩きつけ続けていた。)
(ファントムナイトのお約束、お菓子を求めて家々を訪ねる子供たち)
(……もっとも、姿形が変わってるので子供じゃあないこともあるのですけれど)
(ともあれ、こんな修羅場にやってくるお客様も、いるにはいるものなのです)

(こん、こん。タイプライターの音に負けてしまいそうだけれど)
(控えめなノックの音が、室内に響きました)
(規則正しいダカダカダカダカダカダカダカダカダカ\チーン/が、たまたま途切れたタイミングでノックが聞こえ)
…………。
(疲れ果てた無機質な顔をドアへ向ける)
(眠気覚ましの泥を一口)
……。

(客だわ)
(ゆらぁ、立ち上がってドアを引き開ける。ブルーブラッドの名を穢しまくる無防備さで)
……だぁれぇ……?
(ドアの隙間からどんよりした顔をのぞかせる)
(140センチほどの背丈が見上げる瞳が、宝石のようにきらきらと輝いておりました)
(けれど幻想の夜においてだけは——ええ、それは比喩)
(今年もまた少女の肉体を得たお姫様の瞳が、ぱちくりと瞬きます)
――トリック・オア・トリート。
こんばんは、カタリヤ。お菓子をくれなきゃ、いたずらしてしまうわよ?
(ただ一点、去年とも、これまでとも決定的に異なるのは)
(茶目っけ混じりの笑みを湛える輪郭の頂点で、ぴょこんと揺れる金色の耳と)
(気まぐれに揺れる、やはり金色をした尻尾と……猫のブルーブラッドを思わせる要素が)
(飾りでなく、少女の身体に生えていることでした)
(可愛い声にちょっと視線を下にずらせば、あら可愛らしい猫のお姫様……)
……はいはいトリッ……
(まるで紫水晶のような瞳をどんより見下ろし)

(紫水晶)

(何故か私の名前を呼ぶ澄んだ声)

(金色の猫の耳と尻尾がひょこひょこ揺れて。)
……~~~~~~~~ッッ!!!!
(はしたなくも膝から崩れ落ちて玄関口にしゃがみ込んだ)
(ナニその恰好!!!いえわかるけれど!!!一体何がモデルなのかは!!!!)
うふふ。素敵でしょう。今年はわたし、カタリヤとお揃いよ。
(ぴょこぴょこ、楽しげに小さく跳ね……ていたら、眼前の名付け親が崩れ落ちたものですから)
……か、カタリヤ? 大丈夫?
(人形の折には流さない汗を一筋浮かべて、心配そうにその顔を覗き込むのです)
(袖が揺れ、しゃん、と歯車の飾りが鈴のように鳴りました)
(覗き込む視線を片手で制する。もう片手で額を押さえながら)
大丈夫大丈夫……ちょっと心臓に悪かっただけよ……
(ちらり。お人形みたいに整った顔を、今度は見上げる形になる)
……。

ちょっと触らせて? リラ。
(正直に言った。)
心臓に……? カタリヤ、ほんとうに大丈夫……?
(2年も経った今となっては、お姫様改め少女にも心臓の重要性はわかっております)
(医療の心得もないものですから、口元に手を添えておろおろとするばかりでしたが)

……?
ええ、もちろん。触ってだめな理由なんて、どこにもなくてよ?
(お姫様でいる間は、肩などを借りることもあるほどですから)
(少女となった今でも、抵抗はないのでした)
……いいのねぇ……?
(ゆらぁり、立ち上がる。疲れ果てた女の目はちょっぴりあやしく輝いていた)
(ちょっとゾンビっぽい手付きで彼女の頭に手を……)

……ぁぁぁぁ(ふわり)
ぁぁぁぁ(耳の後ろ)
何リラ何この手触り何なの?ふわふわの天使なの???
……く、くすぐったいわ、カタリヤ。
音が上の方から聞こえて、へんな気分なの。
(ただでさえ不慣れな身体なものですから、触れるとなればますますです)
(身じろぎすれど、嫌な顔はひとつもなく、こそばゆそうに尻尾が揺れるばかりですが)
おかしなカタリヤ。こういう耳なら、カタリヤの方が慣れていそうなのに。
……でもわたし、今は天使でもお姫様でもなくて、カタリヤと同じ猫なのよ?
仔猫にはそういうこと言うもんなのよ!ああもう貴女って本当に! もう!
(ひとしきりあちこち擽って一方的に満足した)
慣れてるから滅多に触らせないのよ。擽ったいでしょう。
リラ、貴女もあまりひとに触らせてはだめよ?
(なぁんて、散々触り倒してから偉そうに口角を上げる。)
……ああ、疲れが吹き飛んだわ。貴女って本当に最高ね!
で……なぁに? お菓子だったっけ?
(どうぞ、と何だかやたら苦いコーヒーの匂いが立ち込める室内に招き入れる。)
そ、そうなの……?
わたし、猫の在り方はよくわかっていなかったから……。
(ぴこぴこと、いまだ手の感触が残る耳がこそばゆそうに跳ねておりました)
カタリヤ以外のひとに触らせてはいけないの?
……わかった、それじゃあこの耳は、カタリヤだけのものね。
(きっとそういう意味なのだろうと解釈を固めて、神妙に頷くのでした)
でも、カタリヤにそんなに喜んでもらえたなら嬉しいわ。
去年人間になったときにね、思ったの。
おんなじブルーブラッドの姿になったら、家族みたいに見えるのかもって……。
(とことこ、まだ慣れ切らない身のこなしで室内に歩み入れば、少女とて理解できます)
……もしかして、とても忙しいところだったのかしら。
……たとえ人間でも、耳に触れさせるって相当「親しい」行為だけれどね?
(買い込んだお菓子からそれらしいものを見繕いながら)
(カタリヤだけのものね、と厳かに呟くのが聞こえて流石に噴き出した。それがどんな風に聞こえるのか含めて、絶対意味解ってないわねこのお姫様!)
まあ……おっと
(クッキーの包みを取り上げたら書類の雪崩が起きかけた。咄嗟に押さえながら)
ちょっとね。つまらなぁい、お仕事。……でもいいのよ、気分転換が必要なところだったから。
(少し、考えた。この問いを口にするのは恥ずかしくて、それなりに勇気が必要だったから。)
…………家族みたいに見えたら、って願ったの? 今年は?
人形にとって、ひとに触れて、愛でてもらうって当然のことでしょう?
……人間としての感覚って、実はまだあんまり慣れないのよ。
(こころは人間同様であればこそ、歩み寄る必要のある部分ではあるのでしょうけれど)
(親しい仲であればますます、触れられるというのは嬉しいことなのです)

……? ええ、もちろん。
(対して、仔猫は躊躇いもなく、当然のように問いに肯定を返してみせました)
わたしにリラという名前をつけてくれたのは、カタリヤでしょう。
それって、家族のすることだわ。
だから……今のわたしとカタリヤが一緒なら、親子みたいにも見えるかしら?
お人形にとっては、それはまあ、そうよねぇ……
(愛玩の対象なのだから。くすぐったくて嫌がるお人形なんて、聞いたことが無い)
(いや意思表示するお人形が旅人以外にそうそういるとも思わないけれど)
そうねえ……くすぐったい所を触ったり触らせるのは、親しい相手にだけなのよ。
または、悪戯するつもりがあるか、ね。

(クッキーの包みを手に、思わず振り返った。)
(金色の猫の耳と尾の、少女を。)

(何故その眼差しに、誰かを探してしまったんだろう)
(今の彼女はお人形ですらないのに)

………………親子じゃなくて、姉妹。…………って言われたいわね。
(吐息混じりに、呟いた。)
それじゃあ、お菓子をくれなかったらわたしがカタリヤをくすぐる番ね。
(小さく舌を出して悪戯な表情をしてみせる仔猫でしたが)
(クッキーの包みあらば、表情だけで終わるに違いありませんでした)

…………?
(視線の意味は、仔猫には理解できませんでしたけれど)
(望みに応じない理由はありません。家族であることが、いちばん大事なのですから)
……呼ぶとしたら、カタリヤ姉様?
あら、こわぁい!
(さあどうぞ、と、カボチャとチョコのクッキーが詰まった袋を彼女に差し出して)
(その台詞を聞いてしまった)

ねえさま。
……ねえさま、ね。
(繰り返す)
(ニヤつきかけた口元をむにゅむにゅにする)
…………オーケー。いいわよリラ。私のこと姉様って呼んでいいわ。
(タイプライターの音の止んだ部屋に忍び込むのは、表通りの祭りの喧騒だ)
(朝から今まで続いたこの部屋でタイプライターと汚い走り書きと壁のシミを見比べる作業には、もう、心からうんざりしていた)

……私の妹だったら、「梔」を名乗ることにする?
リラ・9(ノウェム)・梔。
ありがとう。……今のからだだと、クッキーもこんなに小さく見えるのね。
(しみじみ、年に一度の機会に頬を弛めながら)
(笑顔になる理由が、他にもたくさん積み上がってゆくのですから、たいへんなことです)
それじゃあ、決まりね。姉様、カタリヤ姉様。
(加えて名字を共有するだなんて、それはまるで本当に――)
ええ、ええ――ファントムナイトの間だけ、わたしはリラ・9・梔。
……うふふ。わたし、この幻想の夜に、二度も変身してしまうことになるのね。
(姉様と呼ばれるたびにゆらり、ゆらり、ご機嫌な尻尾が揺れた。
……どうにもくすぐったいけれど、嫌いではない暖かさだった。)

(もう誰も名乗らない、一族の名前を口にしてくれるのも。
こんな夜に冗談みたいに、それを負わせる私は、狡いだろうか)
……一夜の夢ですもの。何度変身したっていいじゃない?
(……なんて。)

さぁて、それじゃ姉妹で街に繰り出すわよ!
……ん、
(外に出るつもりが全く無かったから、仮装のアテは全くないのだ)
リラ、さっそく妹のお仕事よ。……姉の仮装を見繕ってくれない?
(姉なので腕組みしてやたらと偉そうにしている)
――ええ、そうね。こんな素敵な変身なら、何度だって。
(仔猫なれども装いはお姫様、星空のようにきらめくスカートを軽やかに舞わせて)
姉妹でお出かけなんて初めてだから、少し緊張してしまうわ。
……胸が高鳴って、全身が揺れる感覚。慣れないものね。
(くすり、可笑しそうに。けれど可笑しいばかりで、厭なことは一つもなし)

まあ、姉様ったらこんな夜にドレスの一つも用意していなかったの?
……そうね。ここに来る途中、いろんな服を貸し出しているお店があったわ。
リラ・9・梔が、直々にカタリヤ姉様のドレスを見繕って差し上げますっ!
(いつもより気合を入れて、期待にも胸を膨らまして)
(今日はお姫様じゃありませんので、ふんすと鼻息強く、耳はいっそう強くぴょこりと跳ねるのでした)
はぁい、頼もしい妹を持って、姉はとっても幸せものだわぁ(力むとぴょこんと跳ねる耳。本当に猫の仔そのもので、くすくすと肩を震わせる。)
リラとおそろい、なんてのもいいわね。とっても姉妹って感じじゃない?
(腕組みを解いて、片手を彼女に差し出して。)
道案内は頼もしい妹におまかせ。お姉さんは……はぐれないように、守ってあげなきゃかしらね。
おそろい……ああ、考えるだけで素敵ね!
この服と同じお店に行けば、あるかしら。
(握る手はきゅっと力強く。並んで繋げるのは、このいっときだけの幸福)
(与えられるでなく、温もりを分かち合えることは……妬いてしまうほど美しい、ひとの特権)
……頼りにしているわ、姉様。
それじゃあわたしは、カタリヤ姉様を悪運から守ってあげる。
(猫は、時に服招くもの。纏う衣装はまさしく幸運の象徴とも思えるものでしたから)
(懐く仔猫のように身体を擦り寄せて、今宵ばかり、とびきり甘えておくのです)
(つないだ手から伝わるのは、子供の体温。)
……ホント、頼もしいわね。
(海の色の瞳を伏せて、遠くを想う。……私たち一族は旅の幸運を、いつだって祈っていたから)
(握り返す手に、知らず、少しだけ力が籠められて。)
ありがとう、リラ。
………………貴女って本当に、最高だわ。
(いつもよりもよほど近い位置の顔。きらきら瞬く紫水晶。
少し腰を屈めて、額が触れるほどに近づいて。
囁いた。)
それじゃ、行きましょうか。
……くっつくのは暖かいけれど、転ばないようにね?
(つないだ手をそのままに、苦い匂いの部屋から出て。
幻と喧騒と、お菓子の夜へと歩き出す。)
……どういたしまして。で、いいのかしら?
(鼻孔で遊ぶ甘いようなにおいや、耳をくすぐる声音は)
(嬉しくも、いつもよりすこしはにかむような想いを仔猫にもたらすのでした)
……顔が近いって、なんだか、どきどきしてしまうのね?
(真白い頬は、人形の時よりよほどわかりやすく、うっすらと染まっておりました)
どういたしまして……も、ちょっぴり他人行儀ねぇ。
妹だったら……「当たり前でしょ」って、胸張っていればいいんじゃない?
(何故なら。私だったら、そうしているから。)

(赤らんだ頬に、にんまり。悪戯がうまくいったような気持ちで。
それはただの、未知の感覚への反応?
それとも……心の方かしら?)
忘れられないように、沢山擽って沢山ドキドキさせておかなきゃ。
……さあ、楽しい夜になりそうね?
(――――蜂蜜色と、金色。
華麗に着飾り美しい声を奏で、通りを歩けば皆振り返る、それはそれは美しい猫の姉妹が――――

――――どのように魔法の夜を過ごしたかは。
後々の記事で、脚色たっぷりに明らかにされるのだ。)
―――――――――――――――――〆

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