PandoraPartyProject

ギルドスレッド

梔色特別編纂室

【1:1】ちいさな姫と、女ごころの話

大劇場の前は人や馬車でごった返していた。
凝った彫刻が厳めしい陰影をつくる扉に、華やかに着飾った男女が吸い込まれていく。
掲げられたポスターの中、豪奢なドレスを纏い貴族に扮した女優が
夕闇忍びよる大通りに、挑発的な視線を投げかけていた。

――『パルマティア伯爵令嬢の猪口才な慕情』。
息吐くように男心を弄ぶ、小狡い女が囚われたるは恋の迷路――

蜜色の猫もまた、黒い夜会服に身を包み
劇場通りに足を踏み入れた。

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(――折角《幻想》に居るんだから、と編集長から送られてきたチケットは、先日のスクープの報酬のひとつのつもりなのだろう。滅多に足を踏み入れることのない上流向けの劇場、私にとってとても刺激的な娯楽になりそうだった)
(ただし、この演目を選んだ意図については――)
どういうつもりかしら。
(手の中のチケットから、視線をポスターへ。金のインクで流麗に綴られた題字、その後ろで自信たっぷりに微笑んで見せるのは、今をときめく有名女優だ。)
……ただの話題作、ってだけなら別にいいのだけれど――――

……あら?
(そのポスターの前にとても小さな、小さな人の姿を認めて思わず足を止める。)
(興味深そうに、小さな……とても小さな背を伸ばして、ポスターをじっと眺めていた「小さな人」)
(荘厳華麗な劇場を前にした時点で、たいへんはしゃいでいるのですが)
(うっかりすれば道行く人に蹴られてしまいかねない大きさのお姫様は、時に奇異の目を向けられておりました。)

あら、ごめんなさい。
わたし、こんなところに立っていては邪魔だったわね。

(それこそ誰かに蹴られそうになったか、ポスターの前を退き、振り返り見上げれば)
(そこには、数少ない、お姫様の「知った顔」がありました)

まあ、カタリヤ。
こんなところで会うだなんて、ええ、とても奇遇だわ。
元気にしていたかしら。
(ぱん、と両手を合わせて、浮かぶ張り付いたような笑顔)
(やはりまだぎこちない表情が、カタリヤを捉えました。)
ハァイ、はぐるま姫様!
(気安く片手をひらひらさせて、ゆら、ひら、とスカートを翻して彼女の側へ。)
いい宵ね、今日はこんなところをお散歩なのかしら。
(そのままするりと腰を屈めて、黒い長手袋に包まれた両腕を差し伸べる。……何せ、放っておいたらそのまま踏まれ蹴られるか人波に流されるか、してしまいそうに見えた。)
そこからじゃ見えにくいでしょ、ポスター。宜しければ腕をお貸ししますわよ?
ええ。わたし、劇場というのを、一度見てみたかったの。
ここの評判を聞いて、遊びに来たのよ。
(差し伸べられた両腕を宝石の瞳に映すと、スカートの両裾をつまみ、お辞儀をひとつ)
(まだ少しカクついたような不自然さが残っていますが、以前よりは少しばかり、滑らかな動きになっているようでした。)
ありがとう、カタリヤ。お言葉に甘えさせていただくわ。
わたし、いつも助けられてばっかりね。
(そして尻込みすることなく、ちょこんと体を預け、腕を借りることにしたのでした。)
これくらいお安い御用よ、仲間ですもの……あら?
(軽い身体を抱き上げながら、以前より幾分こなれた――人間らしい仕草に、目を細める)
姫様、何だか……魅力的になったのではなくって?

(ごてごてと華美な額縁の中で微笑む、絵に描いたような装いのお姫様。編んだ淡色の赤毛を煌びやかに飾り、薔薇色の頬に紅い唇。物思い気な流し目に宿る光は不思議な輝きを帯びて、百戦錬磨の悪女にも、あどけない少女にも見える。)
(――――ふと、面白そうな考えが頭を過った。)
それはそれは。観劇、というのも貴族の嗜みよね。
どう? 丁度、お姫様が主人公のお芝居が始まるのよ。私はそれを見に来たの。
もしかしたら、ちょーっと姫様には難しいお話かも知れないけれど……ね?
(腕の中、ポスターの全体が見えるであろう高さに彼女を据えて、その耳元に囁く。)
こういうものは、仲間と一緒に観るのが面白いものでもあるのよね。
まあ、魅力的だなんて。
カタリヤみたいに女性らしいひとに言われるのは、光栄だわ。
(抱き上げられながらで礼は出来ないので、コテリと小首が傾がれるに留まりましたけれど)
(素直な喜びでもって、感謝の言葉を口にするのでした。)

ええ、ええ。難しくたって、理解しようとしなければ始まらないわ。
(ポスターに佇む華美なお姫様)
(派手さ、それに感情の籠もった表情……宝石の瞳に、彼女の姿は、はぐるま姫にはないものを悉く持ち合わせているように映っておりました)
すごいわ。このひとは、わたしよりずうっと、お姫様なのね。
(こそばゆいという感覚は知らないけれど、耳元での囁きに、僅かに軋む音と共に身じろぎして)
見てみたいわ、わたし。
わたしの知らない、「お姫様」のかたち。
わたしが目指すべきかもしれない「お姫様」の話。カタリヤと、いっしょに。
(女性らしい。光栄。)
(淡い抑揚に乗せたその言葉は、今までの彼女からすれば一番――感情的に聞こえて、思わず目を丸くする)
お上手ですこと。お世辞でも、そう言って頂けるのは嬉しいわ。
……でも本当にどうしたの姫様。恋でもなさった?
(今から恋の迷路に彷徨い込むらしき舞台の上のお姫様と、その肖像に紫水晶の視線を注ぐ彼女を見比べ、)
(餌にがっちり食いついてくれたらしいことに、内心にんまり。)
よし、決まりね?
ご一緒に観劇なんて、こちらこそ身に余る栄誉だわ、はぐるま姫。
(ポスターの前を離れて、人波の向く方へ。彼女を片腕に載せるように抱いて、黒い煙突のような紳士と艶やかな花のような淑女の間をするりと抜けながら、劇場の門をくぐる。)

(白亜と黄金の彫刻に深紅のビロード、煌めくシャンデリア。豪華絢爛の享楽都市、《幻想》の誇る大劇場のロビーは、開演前の熱をも帯びて真昼のようだった)
……ワォ。これは確かに、見ものね。
恋。たしかに物語のお姫様に、恋はつきものね。
でもわたし、まだ「王子様」には出会えていないもの。
(そも、恋心というものを、未だ空白だらけの心を持つお姫様は理解してはいないのですが。)
わたしはどうもしていないわ。
けれど、色んなひとが、わたしにお姫様らしい振る舞い方、笑い方。
たくさんのことを教えてくれたから。
カタリヤがそう言ってくれるなら、きっとわたし、それを少しずつ身につけられているのね。
(小さなからだに反して、学習意欲ばかりは、たいへんに大きいのです)
(得意げに胸を張る代わりに、きりりと胸の奥で歯車の音が鳴りました。)

すごいわ。まるで、舞踏会の開かれるお城みたい。
お姫様の舞台には、ぴったりね。
(高揚をことばに込められるほど、まだ小さなこころは発達していませんでしたけれど)
(それでも興味のまま、煌びやかなホールを、小さな首を動かしながら見回しておりました。)
なぁるほど、やっぱりお姫様には「王子様」がいなきゃね?
このお芝居には、どんな王子様が現れるのかしら。楽しみじゃない?
(腕の中できりきり高鳴る歯車に意味ありげな微笑を零して、劇場の切符売り場へ。)

(白い大理石のカウンターの奥の案内人に、自分のチケットと金貨を添えて、)
こちらのレディにも席を。私の隣がいいのだけれど?
(――――流石イレギュラーズを多く抱える《幻想》の大劇場、小人のような種族への備えも万全だったらしい。人形少女を認めれば柔らかく微笑んで、私達を恭しく先導していく。)

(ヒールの足音もしないほどの絨毯が敷かれた廊下を、ゆっくり進みながら)
姫様は日々成長なさってるのね。とっても勉強熱心で嬉しいわ。
……ね、この間教えたことは覚えていて?
(先日。潜入調査のついでに、彼女に吹き込んだ人間観察の手法。)
きっと役に立つわよ。お芝居を観る時は、特にね。
ええ。凛々しい王子様かしら。たくましい王子様かしら。
わたし、まだ王子様というものに出会ったことがないから、楽しみだわ。
(運命の人という意味でなくとも、王族を名乗る人と出会う機会は少ないものなのです。)

ええ。人を観察して見破る、観察眼というものでしょう。
覚えているわ。そうね。
(ふと、すれ違い際、豪奢な格好をした女性の傍を歩く、黒服に身を包んだ男性をじいと見つめて)
あのひと、あんな細く見えるのに、服の下にたくさん武器を隠しているのね。
きっと護衛の方なのだわ。
(カタリヤの教えを吸収して、今やひとつの技能と呼べる程度には、他人の隠し事を見抜きやすくなっているようでした。)
お芝居でも、みんな、何かを隠しているのかしら。
楽しみだわ。
(すれ違う女性には見覚えがあった――――それこそ、あの国王の舞踏会で。)
(きょろきょろと忙しなかった小さな頭がぴたりと彼女と、その傍に侍る男に向けられるのを興味深く見守って、)
ふふふ、大っ正解!ちゃあんと覚えていてくれて嬉しいわ。
(彼女をぎゅうと抱きしめる。……場所が場所なので、こっそり。)
そうねぇ、お芝居で隠しているものは服の下ではなくて……顔の下、心の下、かしら。

(案内人が音もなく扉を開く。)
(淡黄色の光に満たされた、黄金と深紅のホールが目の前いっぱいに広がった。壁面や柱、バルコニーの手摺に至るまで壁画と彫刻で美麗に飾られ、客席を華やかな観客たちが埋め尽くす。勧められた舞台正面、少し後方の席には、小さな種族向けらしき座面の高いソファが据え付けられていた。)
(案内人に礼を述べて、並んで席に着く。)
なかなかいい席じゃない。
さぁて……もうすぐかしらね?
ええ。わたし、物覚えはいいようだもの。
空っぽだらけだから、覚えたことは、しっかり詰め込まれてゆくのね。
(抱き寄せられた躯が、きりきりと音を立てました)
(こういった行為に喜びを覚えるのは、人形の本能のようなものなのでしょう。)

ええ。お芝居のときは、静かにしていなければならないのよね。
(ホール、人だかり、壁に刻まれた不思議な絵)
(やはりどこに目を向けても珍しいものだらけで、お姫様の好奇心はそそられるばかり)
(驚くほど違和感なく座れる席に腰を下ろして、まっすぐ舞台を見つめました。)
大丈夫よ。わたし、じっとしていたり、黙っているのは得意だもの。
そう。余計なお喋りをしないのが、淑女の振る舞いね。
とはいえ、ちょっとくらい笑ったり驚いたりしてもいいのよ?
(寧ろ、そこが私にとっての楽しみでもあるのだし。)

(やがて。)
(オーケストラピットに入った楽団が、静かに序曲を奏ではじめ――――ホールの灯が落とされる)
(音楽の盛り上がりと共に、幕が開いていった。)
(演目『パルマティア伯爵令嬢の猪口才な慕情』は、俗に言う喜劇でございます。)

(パルマティア伯爵には、美しい三人の娘がおりました)
(中でもひときわ蠱惑的な魅力に長じていたのが、三女アンナヴァニア)
(男性の心を手玉に取り、恋を遊ぶのが彼女の人生における最大の楽しみでありました。)
(焦がれ焦がれて、枕を涙で濡らした男性は数知れず……無論、彼女の評判は知れ渡っているのですが)
(それでも「もしかしたら」なあんて思ってしまうのが男の性なのでしょうね。)

(ところがそんなアンナヴァニアがいかなる策を弄しても落とせぬ男が、一人だけ)
(リマ家の下男、フェルナンドー。朴訥を絵に描いたようなこの人物は、アンナヴァニアがいかに言葉を尽くし、思わせぶりな態度を取り、色仕掛けを試みたってちいとも動じません)
(アンナヴァニアは、意地でもこのフェルナンドーに恋をさせてやろうと躍起になってゆくのでした……)
(お話の大筋はそんなところ。至極ありふれた喜劇であり、ラブコメディです。)
(見所は何といっても、主役アンナヴァニアの二転三転する演技)
(やり過ぎなぐらい持って回った台詞回しで気取りに気取った序盤の社交界の優雅な雰囲気は、フェルナンドーの登場によってアンナヴァニアの余裕が崩されてから一気に変じてゆくのです!)

(色気たっぷりの淑やかな振る舞いと声は、お転婆娘のきいきい声へ)
(優雅さなんてどこへやら、飛んで跳ねて叫んで歌ってのドタバタ劇が繰り広げられてゆくのです。)

(終盤に至っては、やがて自分の方がフェルナンドーに恋をしてしまったアンナヴァニアの心情の変化が見所)
(年頃の恋する乙女らしいあどけない表情と、これまで騙してきた男性たちの気持ちを知ったがゆえの、苦悩と悲痛)
(沢山の波乱を経て、物語はそれでも、お約束のハッピーエンドへと転げ落ちてゆくのでした。)
(何といっても、これはアンナヴァニアの物語)
(主演女優に相当の演技力が求められる作品です。)
(艶やかな悪女から、素っ頓狂なコメディリリーフ、そして最後には甘く切ない恋に苦しむ乙女に)
(ころころ変わる表情に振る舞い……劇中の雰囲気の変遷は、すべて彼女に引っ張られていると言っていいほど)
(脇を固める各登場人物の演技力、歌唱力とて隙はなかったのですけれど)
(観客の多くは、最後まで、ヒロインであるアンナヴァニアから目が離せなかったことでしょう。)
(靡いて右往左往する男たちを、余裕の笑みで誘い、弄び、躱す悪女。煌びやかでどこか気取った舞台は、「朴訥なる下男」の登場でがらりと雰囲気を変え、より軽妙なものに。)
(二人のあまりにも噛み合わないやりとりには、客席からも忍び笑いが上がる程)
(妖艶な淑女から癇癪娘へ、恋する乙女へ。今までの報いを受けるかのように届かない想いには、最初は胸がすくような心地に、次第にやきもきと――――最後には、恋の成就を祈りたくなるような)
(……途中から、お隣のお人形さんそっちのけで舞台に見入ってしまっていたことは否定できない。)

(鐘が鳴り響き、紙吹雪が舞う。祝福のファンファーレと二人の晴れ姿をラストシーンに、幕は静かに降ろされたのだった。)
(客席に明かりが灯り、ホールにはざわざわと感嘆が満ちていた。)
(ちょっと背中を座席に預けて、はぁ、と息を吐いて)
……。
(そこで漸く、隣の席を伺う余裕を取り戻した。)
(演劇が終わる頃、皆を真似て、お姫様は小さな拍手を送っておりました)
(やがて割れるような音の収まった頃、隣のカタリヤを見やって、目を合わせ。)
すごかったわね、カタリヤ。
わたし、見ていてとても楽しかったわ。
あのお姫様、ううん、お嬢様と言った方がいいのかしら。
数え切れないぐらい、何度もなんども、いろんな表情をしていたわ。
わたしにでも、その表情に宿る感情が、はっきり伝わってくるぐらい。
(きりきり、きりきり。言葉の合間に、しきりに歯車の音が鳴っております)
(言葉に抑揚こそなけれど、どうやら初めての劇を目にして、彼女なりに高揚を覚えているようでした。)
(お行儀良い姿勢を保った姿は、現実離れした劇場の中にあってよりおもちゃめいて見えたけれど、キリキリとひっきりなしの歯車の音が、彼女の興奮を十分に伝えるようだった。)
ええ、ホント。良いもの見たわぁ……こんなにのめり込んじゃったの、久しぶりよ。
お嬢様は本当に魅力的だったわね。どう?「お姫様」の参考になった?
ええ。アンナヴァニアだけでなくて、いろんな社交界のひとの振る舞いが見られたもの。
お姫様らしい、上品な振る舞いというもの、少しはわかった気がするわ。
わたし、もっとたくさんのことばを覚えないと。
(なにしろ詩的表現やら皮肉やら、劇中には複雑な言い回しが多数登場していたのです。)
それにわたし、男のひとの心を掴めるようにも頑張らないといけないのね。
(それからついでに、上流階級の女性について、ちいさな勘違いが生まれているようでした。)
ああ、言葉。ちょっと姫様には難しかったかしらね。

……男の人の心を掴む……
(唇に指を当てて暫し、考える)

(小さな、それはそれは愛らしいお人形。そう、お人形なのだ)
(最初から小物好きのご婦人がたの心はばっちり掴めるだろう。トンチンカンでたどたどしい振る舞いもまた人形めいて高評価。ただ、そういう趣味の男性は大変少ない)
(では彼女がそれなりの社交術を身に付けたらどうか。)
(アンナヴァニア程の演技力でなくとも、このお人形の美貌で微笑み気取った美辞麗句を囁く。珍品好きの貴族方には広くウケが良さそう)

……そうねぇ。
(にんまり、微笑んだ)
お姫様の嗜みとしては、当然よね。お客様とお喋りをするのがお姫様の仕事だもの。
ええ。社交界において、お姫様は、花でなくてはならないのでしょう。
お花はきれいで、ふと足を止めてしまうわ。
けれどきっと、そこで留まってもらうためには、「言葉」という甘い蜜が必要なの。
(いささか詩的な言い回しは、さっそく先の演劇に影響されたものと見えます)

そう、そうね。
アンナヴァニアは、どういう風にしていたかしら。
(カタリヤの仕草をなぞるように、唇に指を当ててみせて)
(きりきり、幾度か、歯車の音)
(そうして。)

ねえ、カタリヤ。
――わたし、慣れない場所で、人に酔ってしまったみたい。
ひとりで歩くのは、とても心細いわ。
肌寒い人混みの中で、わたしには、寄り添ってくれる暖かな陽だまりが必要なの。

――ねえ、お願い。
その腕を今しばらく、わたしの陽だまりにしてくださらない?

(小さな姫君の言葉が、先ほどの劇中の台詞を真似ていると察するのは容易でしょう)
(だからなのでしょうか。はぐるま姫の言葉は、平素のそれよりずいぶん違っています)
(上目遣い。いつものそれと比較して、幾分も自然な微笑み)
(そして紡がれた言の葉の後半に宿る、わずかに甘ったるい、抑揚。)
(「ねえ、お願い」とは、さてはて、だれを真似たのでしょうね。)
(お姫様はさっそく、自分の知る複数人の「魅力的な女性」の仕草をなぞって、「心を掴む」振る舞いを試みているようでした。)
(キリキリ音を立てながら、私を真似るような仕草に――――あら。)
(いつもの貼り付けたような笑顔からすれば随分人間らしい、ねだるような眼差しと柔らかい笑み――――あらあら)
(覚えたての気取った台詞を囁く可愛らしい声には、ほんのり甘えが滲んで――――)

(私を見上げる紫水晶の瞳を、しばし見下ろして、)
(彼女の小さな体を抱き寄せんと手を伸ばす)
んもぅ、姫様完璧よカンッペキ!
なぁに、早速アンナヴァニアの真似をしてみたの?
本当に物覚えが良いわね!とってもステキで刺激的よ!
(――――腕に捕らえられたなら、割と圧が強いかも知れない)
うまくできたかしら。うまくてきていたなら、わたし、嬉しいわ。
(大きな腕に抱き寄せられる、ちいさなからだ)
(お人形の性として、抱きしめられることには、きりきり、喜びの音が軋むのですけれど)
カタリヤ、カタリヤ。
すこし。苦しいわ。
(ちいさなからだでは抱擁を返せず、為されるがままのゆえに。)
「これはひだまりなどではなく、轟々と燃え盛る炎。
貴女に捧げる我が恋の炎。
逆巻く烈風と共に舞い上がり、貴女を攫ってゆくのです!」
……なぁんて、ね?
(いまだにきつく抱きしめたまま、尻尾がご機嫌そうにゆらゆらと揺れる)
姫様、攫われちゃうわよ?どう?困っちゃう?
(ぱちくりと瞬きしながら、その台詞に聞き入って。)
やっぱりカタリヤはすごいわね。
わたしでは、まだそんな情感豊かにことばを紡ぐことがでいないわ。

(同時に、お姫様は不思議そうに、コテリを首を傾げているのでした。)
わたし、攫われてしまうの。
おかしいわ。だって周りに、そんな怪しいひとはいないもの。
(信頼のあらわれでしょうか。誰にさらわれそうなのか、ちいとも見当がついていないようです。)
ふふふ。私は今、お姫様を攫う悪漢なのよ――
「ああ勇気ある戦士、高潔なる騎士、誰が我らを引き裂くことが出来ようか!
今こそ姫君は私だけのものだ!」
(一層お芝居めいて、低くおどろおどろしく囁く)
攫われてしまうのよ。
暗いお城の高い高ーい塔の上に閉じ込められて、悪漢とふたりっきり。
二度と自分の足で草を踏んで歩くこともなくなるの。
(恐ろしい物語を読み聞かせるような、震える様なかすれ声を)
(……こどもの頃こんなことをしたな、なんて思いながら、小さなお人形に吹き込んだ)
お姫様は、とっても怖い気持ちになるのじゃない?
カタリヤが、悪漢なの。
(なにしろこのお姫様、自分がまねごとこそすれど、いまひとつ舞台上の役者さんと、演じられた人物を頭の中で差別化することもできておりません)
(慣れ親しんだ女性が突然悪漢になったと言われても、ぴんとこないようでした。)

ごめんなさい、カタリヤ。
わたしにはまだ、「怖い」という風に想像をすることができないみたい。
カタリヤなのだもの。
わたし、二人っきりでも、きっと「怖い」とは思わないわ。
(それからぱちりと瞬いて、懐かしむようにわずかに目を細めて。)
それにね。
わたし、お部屋の中でずっと、じいっとしているのは、慣れているわ。
(ふっと息を吐いて、腕を緩める)
お芝居よ、お芝居。今見たでしょう?
お姫様にはこういうのはまだ難しいのねぇ……
(死体を前にしても動じることなく、興味すら示した彼女の姿を思い出した。……先生ならなんて言うのかしら。想像力の欠如? 共感性の未発達?)
……もしかしてさっきの舞台のアンナヴァニア、本物の貴族令嬢だと思ってる?

(紫水晶の瞳はどこか遠くへ細められ、いつもの柔和なお人形の笑顔は、ほんの少し過去を向いて見えた。)
じっとしているの、好き?
まあ、お芝居。
ごめんなさい。わたし、きちんと区別がついていなかったわ。
(カタリヤの余興に乗れなかった自分に少しばかり恥じ入るものがあったのでしょうか)
(きしりと軋むような音と共に、お姫様が小さく頭を下げました。)

ええと。劇というのは、役者さんが、登場人物になりきるのよね。
つまり、舞台の上で、役者さんは、アンナヴァニアに「なって」いたのでしょう。
それは、アンナヴァニアが本物だった、ということではないの。
(受け取りようにとっては、あるいは真理かもしれませんが)
(どうもお姫様は「なりきる」と「なる」を、まだ混同してしまっているようです。)

好きかどうかは、わからないわ。
でも普通の人形のようにしていると、おじいさんとの思い出が、頭の中をゆっくり流れているの。
そうしていると、なんだか胸の奥の方が、温かくて。
けれど少しだけ、きゅうってなるのよ。
冗談でそんなに恥ずかしがられちゃ、私も恥ずかしくなっちゃうわ。
(下がった頭をちょんと指先で突こうとしながら)
要するに何が言いたかったかって言うと……そうね。
言葉で誘いかける殿方が悪人かどうか、見極めるのも大事だけれど。
女は気軽に、触らせちゃダメってこと。

(人の形のお姫様の言葉に、我が師のありがたくもめんどくさい哲学の講義を思い出して――ああ、ちょっと頭が痛くなってきたかも)
例えば……姫様はいつだってはぐるま王国の姫様だけれど、あの役者がアンナヴァニアでいるのは幕が上がって降りるまで、あの舞台の上でだけ、よ。
そうでいることと、ひと時の間なりきることは全然違うわ。

きゅう、ねぇ……
ココアを飲む時とは違う気持ち?
まあ、そうだったの。
わたし、カタリヤや仲のいいひとの肩に乗ったり、抱っこしてもらったりしていたから。
そんなルールがあるだなんて、考えたこともなかったわ。
(突つかれるままに薄く目を閉じて、カタリヤからの教えを頭の中で反芻します。)
でも、どうして触らせてはいけないの。
わたし、抱っこされたり、ぎゅうってされると、とても嬉しいのに。

(役者、舞台の上のひとびと)
(様々な講釈にうなずきつつ、やがて問われた気持ちに、きりきりという音と共に黙考を挟んで)

そうね。ココアを飲んでいるときはね。
なんだか、ココアとは別の、あたたかいものが胸のあたりに溜まっているような気持ちになるの。
でも、その「きゅう」は違うわ。
胸の中に、あったはずのものが、なくなっているような。
そんな気持ちになるのよ。
仲がいい、どういう人か解っている人ならいいわよ?
でも姫様、抱っこされてぎゅってされてそのまま鞄に詰められて拐われそうなのだもの……
(いいこと、と指を立てる)
「おいそれと触れない」って、自分を気高く美しく見せる効果もあるのよ。
それこそ、とっても高貴なお姫様らしく、ね。
露天で積み上がってるパンより、綺麗なお店でガラスケースに入ってるケーキの方が
味もわからないけれど、とってもステキに思えたりしない?

……それはねぇ……
(お人形の言葉が達者なだけに、もどかしい気持ちになる)
(多分私は、言葉を覚えるより前にその感情を知っていたから)
……何なのかしらね。
(だから、本当に感じているものが同じなのか、あまり自信は持てなかった。)
そう。
つまりわたし、もっと観察眼を鍛えなければいけないのね。
相手がどういうひとなのかを見抜けるように、ならないと。
(それは「舞台の上のひと」を見分けられるようにならないと、という意味も込められているのですけれど。)
カタリヤのたとえはわかりやすいわ。
わたし、ショーケースの中の、あの華々しいケーキのようにあるべきなのね。
あれは確かに、簡単には手が届きそうにないもの。
(……解釈は少しばかり食い違っているものの、おおむね理解したようでした。)
アンナヴァニアも、自分からすり寄るとはあっても、他人にやすやすと手は取らせなかったものね。
わたし、あんな風に振舞うべきなのね。

(なんでも教えてくれるカタリヤのことを思うと、「きゅう」にまつわる問いへの歯切れの悪さは、なんだか不思議でさえあります。)
カタリヤでも、わからないことって、あるのね。
言葉は甘く親しみやすく、振る舞いは気高く清らかに。
理想的なお姫様だわ。それこそ、お伽噺みたいにね。
(姫、王族として振る舞うなら、人を引き付けかつ侵されないカリスマは必須)
(お手本があのアンナヴァニアというのが、このお人形にどんな影響を与えるのか……正直、胸が躍った)
あとは、そうね……私としては、貴方が人を惹き付ける話し方を覚えてくれると、とっても助かるのだけれど。

解らないことがいっぱいあるから、記者をしてるのよ。
特に人の心、っていうのは難解で、理不尽で……刺激的だわ。
多分貴方の心も、ね。
気高く清らか。なんだか、難しいけれど。
人を惹きつける、話し方なら少し、教わったことがあるわ。
笑顔で、しぐさを交えて、他人を褒めるのよ。
(想起されるのは、「従者」を自称する、知的な雰囲気の女性)
(彼女から教わったやりかたは、確か……)

――もし。蜜色に輝く、美しい髪のあなた。
見も知らぬ身でありながら、こうして声をかける無礼、お許し下さい。
あなたの甘やかな髪に、思わず見とれてしまったものだから。
ねえ、すこし、お話をいいかしら。
(腕の中、カタリヤを見上げる瞳は、表情は、さながら「儚き花」のように)
(紡ぐ言葉もしがも、明確に、他人の心を掴もうとするものへ変じつつありました。)

こんな風に話しかけたりするのだったわ。
でもカタリヤの言う、ひとを惹きつけるのとは、すこし違うかしら。
わたしも、わたしのこころを、まだよくわかっていないものだから。
この髪は自慢ですもの、そういう風に褒められたらとっても嬉しくなっちゃうわ。
ふふ、何でもお話しになって?
(花の露のように潤んで見える、紫水晶の瞳。なぁんだ、既になかなかの役者じゃない?)
姫様には沢山、ステキな先生がいらっしゃるのね。

そうねぇ……私が言う「惹き付ける」って、「自分の心をひとに解ってもらう」の方が近いかしら。
おねがいを聞いてもらうの。
その辺は……貴方が自分の心が解るようになるまで、難しいかしらね。
ええ。わたしにとっては会う人みいんな、大事な先生よ。
今日だって、カタリヤから、舞台の上のひとたちから、すれ違うみんなから
どれだけのことを学んだかわからないわ。

(好奇心のままに動く瞳は、しかし今は、はっきりとカタリヤを見据えております。)
(お話しているから……というばっかりじゃあないのです。彼女はいま、カタリヤと、その向こうにある疑問に向き合っているのでした。)

ひとに、わかってもらう。
それは本当に、難しそうね。わたしでさえ、わかっていないのだもの。
ねえ、カタリヤ。
もしわたしの心をひとにわかってもらえたら。
みんなは、わたしを。お姫様を、愛してくれるのかしら。
(いいえ。)
(そんなの、無理。)

(人は、見たいものしか見えないのだもの。)
(小さな紫の瞳は、やけに深く澄んで見えた。彼女の真剣さを語るように。)
……。
(さあ。)
(彼女に何を信じさせれば――――面白くなるのかしら。)

そうね、きっと。
「上手に解ってもらえたなら」、皆、貴方を愛してくれるわ。
難しいことだけれど、ね。
(カタリヤの言葉には、少しの間がありましたから)
(良くも悪くも、まだ純粋に過ぎるお人形は、きっとそれだけ真剣に考えてくれているのね——だなんて思っていたのでした。)

上手にわかってもらう。
わかってもらうだけでも、お話するだけでも、練習が必要なのだから。
きっと、とても遠い道のりね。

ねえ、カタリヤ。
わたしが「わかってもらう」ためのお手伝いは、カタリヤにお願いできるのかしら。
ええ、もちろん!
畏れながらその任、わたくしめが仰せつかりますわ。

(客席の賑わいが次第にロビーの方へと引いていく。同時にホールに満ちていた熱も、少しずつさめていくようだった。)
そろそろ出ましょうか。
観劇の後はゆっくり食事、がお決まりのコースだけれど、姫様も如何?
ありがとう。楽しみにしているわ、カタリヤ。
(期待に胸を高鳴らせるかわりに、きりり、と歯車の音が鳴りました。)

ああ、けれど早速、次の「楽しみ」が待っているのね。
もちろん、お断りする理由なんてないわ。
劇の感想だって、まだまだ話し足りないのだもの。
(彼女を抱えたまま、立ち上がる。)
私だって感想は言い足りないのよ。
ふふ、今日は貴方と一緒に観られて、本当に幸運だったわ!

(どこへ行こうか……それこそ、恋の花があちこちに咲くような若い貴族に人気のお店に連れて行ってみようかしら。何かと「お勉強」になるかも、ね)
(などと、楽し気に尻尾を揺らしながら、煌びやかな黄金劇場を足音もたてずにあとにする。)

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