PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<0と1の裏側>前に進むための夜<祓い屋・外伝>

完了

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夕陽が空を覆う頃、煌浄殿の二ノ社で『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は目を覚ました。
 誕生日のパーティでは沢山の友人たちがお祝いをしてくれた。
 浄化の影響で体力が無くなっている廻は、パーティの途中で眠ってしまったのだ。

「う、うん」
 薄らと目を開けると『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)の横顔が見える。
「明煌さん?」
 目を擦りながら大きなソファから上半身を起こした廻は明煌の頬が赤く腫れているのに気付いた。
「ほっぺどうしたんですか?」
「叩かれた」
 明煌の返答に廻は驚いて「えっ?」と聞き返す。
「だ、誰に? 大丈夫ですか? 痛くないです?」
「アーリアちゃんにバチコンってね。でも暁月の話し聞かずに追い出した俺が悪かったから……反省してるとこ」
 更に目を見開いた廻は、明煌の変化に目を輝かせる。
「何なんその顔」
「だって……あの怖かった明煌さんが、皆を受入れて、自分が悪かったって言って……」
 ほろりと廻の目から涙が零れ落ちる。心身が弱り感情のコントロールが出来ない廻は、嬉しさで涙が止まらなくなるのだろう。
「いや、もういいから。恥ずかしいやろ……」
 言いながら明煌はテーブルの上にあったティッシュを廻に押しつける。
「へへ……嬉しいな」
「……誕生日プレゼント、何がいい?」
 嬉しそうな廻の顔が再び驚きに満ちあふれた。しかし、これ以上反応を返すと拗ねてしまうかもしれないと思った廻は、少し考えこんで顔を上げる。
「えと、じゃあ今度暁月さんも一緒にROO行きませんか? めいいっぱい身体を動かしたくてっ!」
 泥の器の浄化の影響で、両手足が動かなくなった廻は、テアドールが作った補助具があったとしても走る事は出来なくなっていた。

「でも、その前に暁月さんとお話ししてほしいです」
 心配そうに明煌の袖を掴んだ廻に「うん」と返事をする。
「分かってる。だから、まあこうなってるし」
 赤く腫れた頬を指差した明煌は、自戒のために治さずそのままにしているらしい。
「でも、何処で話そうか悩んでる。燈堂はあんま行きたくないし、こっちは呪物に筒抜けやし」
「バーとかどうです?」
 落ち着いたバーなら気兼ねなく会話が出来ると廻は考えた。しかし。
「……バーって、怪しいところ?」
「え?」
 認識に相違があるようだ。浮世離れしている明煌はあまり外で飲むことはないのだろう。
「いや、バーは怪しくないですよ? みんな静かにお酒を飲むところです」
「そうなんか」
「よく行くお店が希望ヶ浜にありますから行ってみては?」
「廻が行ってるバーならいいか……」
 納得したように頷いた明煌は廻を抱え上げ本殿へと戻った。

 ――――
 ――

 ダウンライトに照らされた室内に、お洒落なジャズが流れるBAR『luna piena』。
 バーカウンターに座った明煌と『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は少し緊張した面持ちで酒を頼む。
 話しを切り出すのにも順序というものがある。
 最初から核心的な話をするのは重すぎるという側面もあった。
 だから二人は他愛の無い話から始める。

「まさか、明煌さんからこのバーに呼び出されるなんて思ってもみなかったよ」
「いや、廻がここが良いって言ってたから」
 コースターに置かれたカクテルグラスにライトが反射した。
「……廻に誕生日プレゼント何が良いかって、聞いたら……ROO行きたいって言ってた」
「そうなんだ? じゃあ今度一緒に行こうよ!」
「えっ、ぁ……うん。行くか」
 暁月も一緒に行こうと誘う前に、向こうから行きたいと言われ少し嬉しくなる明煌。

 この流れならきっと『向かい合う』ことも出来るはずだ。
 意を決して、明煌は暁月を赤い瞳でじっと見つめた。
「あ、暁月……」
 絞り出した声は少し掠れて、緊張が暁月にまで伝わってくる。
 けれど、今度は視線を逸らさず言葉を伝えようとしてくれているのが分かった。
「この前はごめん。向き合おうとしてくれたのに、追い出してしまった」
「ううん、私も焦っちゃた。ごめんね」
 それだけなのかと、明煌は不思議そうに暁月を見つめる。
 もっと叱咤されると思っていた。怒って詰られても仕方が無いと覚悟していたのだ。
 こんなにも呆気なく、許してくれるのかと明煌は困惑する。
 否、暁月は昔からそうだったではないか。些細な事で他人を責めたりしない。
 大らかでやんちゃで、いつも暁月の周りには笑顔が溢れていた。

 きちんと向かい合いたい――明煌は改めてそう思った。
 言いたかったこと、言えなかったこと。
 自分も伝えて、暁月の話しも聞いて。
 それで、一緒に考える。

「それでさ……」
「暁月……っ」
 明煌が暁月に向かい合う覚悟を決めた瞬間、辺りが一瞬で暗闇に閉ざされる。
「な……!? え?」
「何だこれ」
 弾かれるようにバーカウンターから飛び退いた二人は警戒しながら武器を出した。
 辺りを見渡せば、マスターも他の客も消えている。
「これは……結界?」
「夜妖の仕業か」
 外に出るためにバーのドアを開けた明煌は見覚えのある後ろ姿に目を見開いた。
 存在する筈の無い、『幼い頃の暁月』が目の前を通り過ぎたからだ。

「暁月……?」
「なに?」
 ドアから顔を出した暁月は目の前に広がる光景に「どういうこと?」と眉を寄せる。
 希望ヶ浜にあるバーから外に出れば、見覚えのある場所が広がっていた。
「煌浄殿?」
「あっちは、燈堂の中庭じゃないのか?」
「ほんとだ……」
 辺りをぐるりと見渡した明煌と暁月は見覚えのある様々な場所が、交ざっていると認識する。
 煌浄殿に燈堂家、青灯の花畑。どれも二人にとって思い入れのある場所だろう。

「――明煌さん! 明煌さん! はやくおいで! 閉じちゃうよ!」
 幼い声が聞こえる。遠くの方から夜妖の少年がこっちに向かって手を振っていた。
「これは……私達の記憶を読み取ってるのかな?」
「ああ、これは多分俺の記憶だろうな。俺の姿は見えないし」
 確かに見えるのは幼い頃の暁月の姿をした夜妖だけだった。




 思い出の中の煌浄殿は星空の下。
 白灯の蝶が導かなかった、別の道を歩く。
 この先で幼い頃の暁月は『右眼』を奪われたのだ。
「ねえ、この道を進んでなかったら私の目は無くなってなかったのかな」
 白灯の蝶が教えてくれる道を進んでいれば、無事に帰ることが出来ただろうか。
「この夜妖の結界がこの時の記憶を見せてるってことは、後悔してるんだね?」
「後悔してる。ずっと……」
 明煌が顔を上げれば、幼い暁月が「この先どうだっけ」と問いかけてくる。
 まっすぐ行ってはいけないと、明煌は声に出しそうになって、それが意味の無いものであると悟る。
 これは明煌の記憶を読み取っているだけのもの。
 明煌を傷付け、弱らせることが目的なのだろう。

「ねえ、明煌さん……私の目はここで無くなったけど。それは明煌さんのせいじゃない。
 明煌さんが責任を感じる必要なんてなかった。それなのに自分の右眼を私にくれてさ。
 どっちも子供だったのに。明煌さんにだけ辛くて痛い思いをさせてしまった」
「痛いのは暁月もそうだったから。死ぬかもしれないって先生言ってたし」

 向き合って来なかったのは、明煌も暁月も一緒なのだろう。
 離れていれば考えずに済む。時間が過ぎれば自然と忘れてしまう。
 そんな都合の良い諦め方でお互いの本心が伝えられなかった。
 だから。
「――暁月、この戦いが終わったら聞いて欲しい話がある」
 真剣な明煌の眼差しを暁月は確りと受けとめる。
「うん、分かったよ。私もいい加減区切りをつけないといけないし」
 長く溜息を吐いた暁月は背後に現れた長髪の女に刀を向けた。

「煙草また吸ってるの?」
「……そうだね。君が止めてくれてたのが嬉しかったから。でも、もうその執着も必要無い」
 朝倉詩織が死んだから吸わなくなった煙草。
 けれど、その願掛けみたいな執着はイレギュラーズと一緒に乗り越えた。
 吸うことも吸わないことも、何方でも構わないと思えるようになったのだ。
「何時までも過去に囚われてなんか居られない。私は前に進まないといけないからね!」

 そう思えるようになったのは、仲間が居てくれたから。
「協力してくれるかい?」
 暁月は振り返り、イレギュラーズへ視線を向けた。

GMコメント

 もみじです。練達にも『神の国』の侵食が来たようです。
 祓い屋のお仕事です。難しくはありません殴れば大丈夫です。
※枠の関係で長編になっておりますが、お気軽にご参加ください。

●目的
・夜妖(ワールドイーター)を祓う
・神の国の核を破壊する

●ロケーション
 希望ヶ浜の一部に降ろされた神の国です。
 内部は燈堂家や煌浄殿、青灯の花畑であったりと、入り乱れています。
 このままでは明煌や暁月の家や思い出の場所が破壊されてしまいます。
 ワールドイーターが持っていたり、隠した核を破壊すれば、元に戻ります。

 戦闘でワールドイーターと戦い、戦闘後に隠された核を探します。

●敵
○夜妖(ワールドイーター)『かみさま』深道暁月
 幼い暁月の見た目をしています。核をもっています。
 剣で戦います。中身はワールドイーターなので強いです。
 わらわらと居ますが、消える度に消耗はするので倒すことができます。

<かみさまのこえ>
 明煌の記憶を読み込み、的確な精神攻撃を仕掛けて来ます。
 明煌に対して非常に強力な精神ダメージがあります。

○夜妖(ワールドイーター)『届かぬ人』朝倉詩織
 暁月の恋人だった人。故人です。
 剣で戦います。中身はワールドイーターなので強いです。
 わらわらと居ますが、消える度に消耗はするので倒すことができます。

<君の声>
 暁月の記憶を読み込み、的確な精神攻撃を仕掛けて来ます。
 少し精神ダメージがありますが、暁月が乗り越えられるものであり、
 かつてイレギュラーズと一緒に乗り越えたものです。

●NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
 希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
 記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
 精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
 廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。

 先日、明煌と喧嘩をしました。
 仲直りして前に進もうとしています。
 暁月の中で詩織への気持ちは区切りがついています。
 迷うことはありませんが、感情は多少揺れるでしょう。

 戦闘は剣術が得意です。
 素早い動きで一気に間合いを詰め、刀で一閃します。
 多少の回復が使えます。

○『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)
 禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
 煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
 呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。

 暁月の事を愛しています。
 それ故に、暁月を燈堂の呪いから解放したいと願い葛城春泥の計略に加担しました。
『赤の他人だった』廻なら犠牲にしても構わないと思っていました。
 けれど、今は廻を大切だと思っていて、後悔しています。

 先日、暁月と喧嘩しました。
 気まずいですが、 仲直りして前に進もうとしています。
 ですが、明煌の中で幼い暁月への気持ちの区切りはついていません。
 救いたいと願った存在であり、ずっと焦がれていた「かみさま」です。
『かみさま』深道暁月を斬ることを躊躇うでしょう。たとえそれが夜妖であっても。

 戦闘はオールラウンダー。三蛇を使っての攻撃防御など。
 ただ、自分が傷付く事を厭わないので傷も多いです。
 もし暁月に命の危険が及ぶ場合は、命を賭して守るでしょう。

○三蛇
<標>シルベ、<楊>ヤナギ、<辰砂>シンシャ
 明煌に憑いている三匹の蛇です。
 其れ其れ縄、釘、刀に変じ明煌の武器になります。
 明煌の身の回りの世話もします。

○胡桃夜ミアン(くるみやみあん)、実方眞哉(さねかたしんや)
 煌浄殿の呪物たちです。
 明煌や海晴と共に呪物回収を行うため『外』へ出られる子たちです。
 眞哉は明煌達とどこかで血が繋がっているようです。

○呪物や門下生たち
 煌浄殿の呪物や、燈堂の門下生たちで外へ出られる子は登場できます。

○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)
 元・獏馬の夜妖憑き。
 燈堂家に襲撃を掛け敗北。その後は燈堂家の居候となりました。
 姉とも仲直りをして、現在は親友と共に燈堂家の離れで暮らしています。
 医学の道を目指すようになり、最近は勉学に励んでいます。

 戦闘は二刀流のナイフで戦います。
 スキルは猪鹿蝶、鋼覇斬城閃など。

○『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)
 ROOの事件、竜との戦いを経てイレギュラーズの皆さんの事がとても好きです。
 今まで外に出られなかったので、色々な事を教えて欲しいと思っています。
 廻の両手足を支える魔術と科学技術を合わせた補助具を開発しました。

 戦闘はサポートと回復がメインとなります。
 ルーンシールド、マギ・ペンタグラム、ヴァルハラ・スタディオン、歪曲運命黙示録、天使の歌、神気閃光など。

○他NPC
 もみじのパンドラ所有NPCを呼ぶことができます。

  • <0と1の裏側>前に進むための夜<祓い屋・外伝>完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年07月09日 22時05分
  • 参加人数25/25人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(25人)

ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
キコ・ウシュ(p3p010780)
名誉の負傷

サポートNPC一覧(4人)

燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔
テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主

リプレイ


 目の前に存在するそれを『かみさま』だと思っているのは自分だけなのだろう。
 他人にとっては、幼い頃の暁月の姿をした、唯の夜妖なのだ。

 ――吐き気がした。

 胃壁を掻きむしるように迫り上がってくる強酸が、喉の奥を焼いている。
 辛うじて喉元で押し止めているが、身体を折れば簡単に、胃の中のものが出て来そうになる。
 自分の『大切なもの』を他人に見せなければならない。暁月に見せなければならない。その状況に胃がキリキリと痛む。どうしたって暁月が『大切』なのだと知らしめているのだ。逃げ出したくもなる。

 ――――
 ――

「はぁ……」
 大きな溜息を吐いた『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)は複雑な表情で『かみさま』を見遣った。
 目の前を通り過ぎる幼い暁月は夜妖だ。そこら中に現れては消える。
 思い出を荒らされているようで明煌は眉を顰めた。

「なんだなんだ!?」
『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)の声が明煌の耳に届く。
 悪趣味が過ぎると声を張る天川に一瞬だけ明煌の思考が逸れた。
「暁月! 大丈夫だと思うが辛いなら言え! 代わりに斬ってやる! 龍成も前のめりになるんじゃねぇぞ! 周囲全部見渡すつもりで戦え!」
 的確に声を掛ける天川がくるりと振り向く。
「明煌、難しいかもしれんが躊躇うな。こっちがやられちまうぜ」
「あ……ああ」
 天川の声に深呼吸をして意識を『戦い』へ向ける明煌。
「はぁはぁ、明煌くんとの共同作業!!! これはもう結婚式といっても過言ではないよね!!!!!!!
 新郎は花嫁から離れないのが当たり前だからピッタリとくっついておくね!」
 テンションの高い『明煌くんに認知された』キコ・ウシュ(p3p010780)に明煌は一歩引く。
 ウシュの言動や行動は明煌にとって理解しがたい事が多い。よく分からないものは単純に恐怖を覚える。

「いくら言葉で言ったって心配はしてくれちゃうよね」
 明煌の隣に並んだ『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)は、彼の背をぽんと叩き顔を上げた。
「だから見せてあげる。アタシはちゃんと強いんだってところ」
「うん。でも無理せんといてな。危ない時は言うて」
 ジェックには傷付いてほしくないと明煌は思うのだ。その白い翼は赤く染まってはならないものだから。

『陽だまりの白』シルキィ(p3p008115)は見覚えのある景色をペリドットの瞳で見つめた。
 彼女にとって燈堂家は『いつもの景色』の中に分類される。
「ここでは色んなものが混ざりあってるんだねぇ」
 戦わなくては元に戻せないなら、やるしかない。シルキィは胸元でぎゅっと指を握り締めた。
「力のぶつけ合いだけじゃなくて、心の戦いでもあるのなら……わたしも、それを支えてみせるから」
 シルキィはもう燈堂の人々にとって『家族』のようなものだ。ならば、これはシルキィにとっても『家族』のこと。他人事ではないのだ。
「神の国、練達にまで……暁月さんや明煌の大切な場所にまで……!」
 憤る心を露わにする『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は拳を握り締める。
「ワールドイーターも許せない。絶対に殲滅する……!」
 実のところ暁月も明煌も心配でならない。目の前に居るのは彼らの『大切な思い出』なのだろう。
 暁月はまだ大丈夫だろう。けれど、明煌は全然大丈夫そうに見えなかった。

『雨を識る』チック・シュテル(p3p000932)は金の瞳を揺らす。
 目の前に広がる光景は暁月や明煌の大切なものを映し出していた。だからこそ複雑なのだ。
 彼らが持つ記憶を、心を苛む事に利用するなんて。それは絶対に在ってはならないことなのだ。
「二人の、思い出の場所を。これ以上、好きには……させない、よ。
 前に進む事を決めた……意志を、妨げる暗闇は。おれ達が、祓うから」
「神の国とかいう胡散臭い上に趣味までワルいのはさっさと追っ払うに限るよねぇ」
 チックの言葉に『傍に寄りそう』ラズワルド(p3p000622)も「はぁ」と溜息を吐く。
「勝手に記憶読んで敵で出てくるとかさぁ、もし……」
 言いかけてラズワルドは脳裏に浮かんだザラついた思い出を振り払った。
 その記憶を押しのけるようにラズワルドは幼い暁月の元へ向かう。
「恨みとかないってば。ほら、知らない女の人よりは殴りやすいじゃんねぇ?」

『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)と明煌を見つめた。
 明煌と暁月が一緒に居るということは、きちんと話しが出来たのであろう。
 その最中だったかもしれないが、一歩前に進んだのは間違いない。
「……やっと、やっと繋がったのです」
 メイメイは小さく息を吐いてから瞳を上げる。
「こんな所で断ち切られてしまうような事には、させません、から。
 お二人の思い入れのある場所も、守ります」
『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は「うーん」とうなり声を上げる。
 せっかく明煌が勇気を出して一歩踏み出し、暁月と仲直りする所だったというのに。
 水を差されてしまったと目の前を歩いていく幼い暁月を見遣る迅。
「……大変良い場面でこれはいけますよ明煌殿、格好いいですよ暁月殿って見守っていたのに台無しです」
 それに趣味が悪いとワールドイーターに視線を合わせる。
「小さい暁月殿は可愛らしいですが、明煌殿に殴らせようとか最悪ですね!」
 誰が帳を降ろしたのか定かでは無いが、一先ずこの場を切り抜けねばならないだろう。
「ちょっと殴りづらいカタチですが、容赦はいたしません。何せ今結構怒っているので!」

「遂行者の趣味がよかった試しはないけど、これは一段と悪趣味だね」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)はその辺にわらわらと居る幼い暁月を眺める。
「記憶を読み取り姿を変える夜妖……『神の国』の特別製という所か」
 サクラの隣では『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)が不可思議な空間を自らの知識へ照らし合わせていた。誰が望んだ神の国かは知らぬけれど、「これは……」とサクラと舞花は顔を見合わせた。
「深道本家、『煌浄殿』の主たる明煌さんなら大抵の夜妖相手に後れを取る事は無いだろうけど、この手の相手だけは……」
「明煌さんに精神攻撃してくるなんてめちゃくちゃ的確な攻撃方法……明煌さんは豆腐メンタル何だから早めに偽月さんを倒さないとね!」
 明煌が単独で戦っていた頃に遭遇していたなら、どうなっていただろうと舞花は有り得た未来を想像してしまう。そう考えると今で良かったと思うべきなのだろう。

『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は眉を寄せて周囲を警戒する。
 まさか練達の再現性都市にまで『神の国』の帳が降ろされてしまうとは予想もしていなかった。
 一刻も早く解除しなければ侵食されてしまう。
「しかしこれは……燈堂家や煌浄殿。暁月さんと明煌さんのお二人をターゲットにして、記憶を読み取り再現した……という事なのでしょうか」
 他にも人は沢山いたはずなのに。まるで二人を狙ったかのようにワールドイーターは現れた。
 それが気に掛かるのだとチェレンチィは気を引き締める。その隣には灰斗も寄り添っていた。
「過去の記憶を敵とする……こういうのは、趣味が悪いと表現するのでしたね」
『アルミュール』ボディ・ダクレ(p3p008384)は隣に並んだ『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)へと視線を上げた。
「ならばさっさと殴るが吉、です。暁月様がピンチだと深道様も困るでしょうし、暁月様の援護へ行きますが龍成もお願い出来ますか?」
 攻撃役が一人でも増えたら楽になるし、どうせなら共に戦いたいと伝うボディの背をポンと叩く龍成。
「そんなん聞かなくても今更だろ? お前がやりやすいように援護するから。大丈夫だよ」
「では、よろしくお願いします」

「大人の男は酒を飲んで殴り合う事で相互理解を深めるという……」
「殴り合う……」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の言葉に暁月は神妙な面持ちになる。
「俺も成人したら大事な人とやり遂げるつもりだ。それを邪魔するやつはバックで爆走するオートマ乗用車に蹴られるらしい……よし、やるぞ」
 何かしらアーマデルに胡乱な情報を与えている者がいるのではないかと暁月は心配になった。
「あらあら此処にも帳が……」
 辺りをゆっくりと見渡した『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)は暁月と明煌へ視線を向ける。
(私的には暁月様のみ援護したいのですが。まあ……)
 日向が懐いているのは明煌の方らしい。すみれ自身は明煌の事を信用していないが、日向は彼に憧れて眼帯を真似しているぐらいだ。
「不本意ながら日向様の友人とあれば仕方ないので明煌様も支援します。
 折角助けてが言えたそうですし、今日くらいはいいでしょう」
「……」
 無言の反応が明煌の方からしたが、言葉にしなければ分からないとすみれは不敵に微笑むに留める。

「神の国……ワールドイーター、これは偶然なのでしょうか」
『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は怪訝な顔で「うーん」と唸った。
 何故、幼い暁月が居るのか。明煌の後悔の念につけこんでいるのだろうか。
「それにしても悪趣味です」
 横目で見た明煌の顔は到底明るい物では無かった。動揺しているのだろう。それがジュリエットにも伝わるほど。明煌は強い。けれど、同時に脆くもあるのだろう。
「私も頑張りますので余り背負わないで下さいね?」
「あ……ああ」
 明煌へと声を掛けたあと、ジュリエットは暁月の元へ駆け寄る。
「暁月さん、少しだけ私のお願いを聞いてくださいませんか?」
「どうしたんだい?」
 向き直った暁月へ小さな声でお願いを告げるジュリエット。
「深道さんは優しくてお強いですが、本当はそうじゃないんです。いつも大事な人が居なくなるのを恐れている。貴方に向き合わなかったのも、貴方が離れて行くのを何より恐れているのではないでしょうか」
 ジュリエットの言葉に少し考え込むような間のあと「そうか」と短く応える暁月。
「深道さんに貴方からの評価を話しても信じて頂けなかった……
 だからお願いです、一言だけでも良いのです。深道さんに何か声を掛けてあげて下さいませ」
 背を押されて暁月は明煌の元へやってくる。
「えっと、明煌さん……」
「何? どうしたん?」
「私も聞きたい事も言いたい事もあるから。この戦いが終わったら残ってね。帰っちゃだめだからね」
「え、あ……うん」
 少しでも長く一緒に居たかったし飲んだ後に京都まで帰るのは無理があるから、ホテルは取ってある。だから残るものも問題無いと心の中で思いながら明煌は頷く。
「ホテルは取ってる」
「……うん?」
 首を傾げた暁月は「とりあえず」と明煌に微笑む。
「無茶しないようにね」
「分かった……暁月もな」


『あたたかな声』ニル(p3p009185)は隣に並ぶ『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)を見つめた。
 テアドールはニルの大事な、大好きな友達である。
 優しくてあたたかくて、ずっと一緒にいたいひとなのだ。
 会うのはいつも穏やかな場所だったから、ニルはテアドールが戦場にいるのが、何だか不思議で嬉しくて、少しだけ怖くてそわそわしてしまう。
「ニル? 怖いですか?」
「……一緒は嬉しいです。でも、前にテアドールが大怪我したことがあるって、知っているのです。
 ニルは、テアドールが傷つくのがこわい、です」
 優しいニルの言葉にテアドールはふわりと微笑む。
「大丈夫ですよ。僕の身体は機械なので、腕取れても修理すれば治りますし!」
「ハワ……」
 腕が取れたテアドールを想像してニルはぶんぶんと首を振った。
「テアドールがここにいるのは、ニルと同じきもちだから? だいすきな場所がなくなってしまうのはいやで明煌様や暁月様の力になりたくて」
「はい。皆さんのお役に立ちたいです。せっかく前に進もうとしているのですから、それを見守りたいと思うのは元来の僕の思考としても矛盾しません」
 テアドールシリーズが持つ、人間が過ごしやすいように観察し手助けするという存在意義としての命題。
 ニルの隣に居る『ベスビアナイト』はその中でも特異な存在であるのだ。
「ニルはテアドールと一緒だと元気になるから。
 テアドールと力を合わせれば、きっと、なんでもできる……そう、でしょう?」
「はい。ニルとなら何でも出来ます」
「一緒にがんばりましょう、テアドール」
 隣に並んだ二人はそっと手を握り合う。

『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)は明煌の隣で警戒するように尻尾を左右に振った。
 今回の敵……ワールドイーターだか夜妖だか知らないが、明煌や暁月の大切な人の姿をしている。
 特に小さい暁月の姿を取る敵はちぐさ自身も戦いにくいと思ってしまう。
 けれど、明煌は自分の比ではないだろう。
 敵が明煌の心を読んで暁月の姿で出て来たということは、明煌にとって暁月は特別な人で間違いないとちぐさは確信する。だからなのだろう、明煌の動きが悪い気がするのだ。
「明煌! 大切な人を傷付けたくない気持ちは分かるにゃ! でも、この暁月は『明煌が今向き合わなきゃいけない暁月』じゃないのにゃ!」
「ちぐさ……」
 無理に攻撃しなくてもいいと伝うちぐさに「ありがと」と明煌は苦しげな表情で返す。
「でも、やらんと」
「ワールドイーター……練達にも出現したという話は本当だったんでありますね……!」
 明煌の耳に元気な『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が聞こえて来た。
「しかも……こんな悪辣なものとは……だが!暁月さんと明煌さんが前に進もうとしている今、それを邪魔しようとするのであれば……一切の容赦などしないっ!」
 いつものように煩いぐらいのムサシの声が、今は救いに思える。
「暁月さん、明煌さん……! 自分達が援護します! だから……こんな連中に負けないで……!」
 走り出すムサシの背中が何時になく頼もしいと明煌は感心した。

 祓い屋の仕事をこうして手伝うのは初めてだと『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は思い馳せる。いつもは調べ物ばかりで世話になっている方だからこうして手伝えるのは嬉しい。
 マリエッタはエメラルドの瞳で戦場を見渡す。
 今回のこの状況、暁月に明煌、そしてこの場には居ない廻。
 彼らの心が浮き上がっているように思えるのだ。
「誰を犠牲に泥の器に決着をつけるか…なんてことを考え始めてしまっていましたが。本当に……彼らは誰かの為に自分が犠牲になれすぎですよ」
 小さく呟いた言葉をぎゅっと飲み込むマリエッタ。
 明煌と暁月は周りの仲間が優しく支えてくれる。
 なら、自分はより冷たくより冷静に。そして確実な可能性を見出すまで。

「あちゃ、廻くんいないのか」
 周囲を見回し、友人の廻が居ないことを確認する『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)。
「廻くんのお家事情はあんまり知らないんだけどさ」
 他人の家の事情に興味も無ければ深く関わろうとも思わない。ただ、友人が助けを求めてくるならばそれに答えるだけのこと。
「まぁ、暁月くんは会長の命の恩人だからね。もちろん協力は厭わないよ。会長受けた恩は10倍返しにするタイプだから!」
「助かるよ、茄子子君」
 万年桜の木の下で、茄子子が発狂しそうになった所を助けたのが暁月だった。
 それから、茄子子は暁月を命の恩人だと言って何かと手助けをしてくれる。
「はい! 目標全員怪我一つなしで終わること!! 怪我した人は会長が全部治します!!」

「全く、寂しいものですね。私達の間に今更遠慮など不要でしょうに」
「キミからの協力要請ならいつだって飛んでくるとも、暁月殿」
『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)と『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は暁月の両側に並び立ち、振り向いて手を差し伸べる。
「とはいえ。貴方が決めたことならば、それを信じます。前に進むための夜が来たのなら。きっと、夜明けも近いですから」
 星穹の言葉は昏き闇夜に瞬く星の煌めきに似ている。目指すべき方角を照らしてくれる光だ。
「明煌殿とは無事に前に進めそうで何よりだよ、二人でしっかりと話し合うといい」
「ああ。心配かけるね」
「……そうと決まれば邪魔をする夜妖にはすぐに退場頂かなくてはね。
 キミの隣には俺と星穹がいるから、一緒に前へと踏み出そうじゃないか」
 駆け出すヴェルグリーズと星穹の背を暁月は頼もしいと思ってしまう。
 依存しているのではない、友人として頼りにしているのだ。
 そんな二人との関係は暁月にとって救いとなっている。

「ああもう、嫌ねぇ」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は辺りを見渡して複雑な表情を浮かべる。
 せめてこの場所――希望ヶ浜は、天義の『神の国』から無関係でいて欲しかったのに。
 アーリアにとってここは『先生』で居られる場所であるのだ。
 可愛い生徒と、気の置けない同僚と。
「……いいも悪いも、沢山の出会いがある場所なの。だから、『外』の事情に巻き込みたくなかった」
 其れだけ天義の神の国が侵食領域を強めているということなのだろう。
 アーリアの胸に後悔が押し寄せる。
 けれど目の前の倒すべき敵が『彼女』で。今度は其れに相対する暁月が前を向いているなら。
「協力してくれるかい? なんて聞かなくても、私が飛び出すことくらい解るくせに!」
「アーリア……」
 飛び出したアーリアの背を視線で追いかければ、ぷくりと膨らむ頬が見えた。

「それと、女性の叱咤を誰からって言いふらすのもデリカシーないわよ、明煌さん!」
 びしっと指さしたアーリアに、明煌は「えっ」と驚く。
「お説教――は、一緒にお酒を飲んだらにしましょうか」
「そうなんか……ごめん」
 傷つけてしまったのかと、女性のしなやかな感情の機微に動揺する明煌は、もうすっかり治ってしまった頬にそっと触れる。素直にお説教は聞き入れるとして「そっち頼むわ」と声を掛けた。
 好きでは無い、けれど気が向いたらお酒に誘ってもいいかなと思うぐらいにはアーリアの明煌へ対する心象は軟化していた。
「言われなくとも!」
 暁月の傍で、背中を守ってみせる。今までもそうして来たのだから。

 ――全くもって情操教育に悪い。
 如何したものかと『ご馳走様でした』恋屍・愛無(p3p007296)は目の前の『敵』を見据える。
 明煌は友人も多そうだし、どうとでもなるだろう。
『助け』は他の誰かがしてくれる。ならば愛無が必要以上に手を差し出す理由もない。
 自身で選択した末に其処へ立って居るのだから。
「如何したものか」
 問題は甥ではない。『子』であるしゅうであるだろう。
 実際に目の前の詩織(てき)はしゅうにとっても、大切な人であるのだ。
 愛無が其れ等を根こそぎ喰い散らかしたのならば、心の傷になるに違いない。
 しゅう自身に任せる選択肢もあるが、年端もいかない子供に、己の思い出を土足で踏みにじるような真似をさせるのは如何なものか。親のするべき事でも、させるべき事でも無いように思えた。
 少なくとも大した理由もないのなら愛無はしゅうの心を守りたいのだ。


 戦場に青き星の輝きが降り注ぐ。
 ラズワルドのしなやかな肢体から繰り出される彗星は『ワールドイーター』を消し飛ばした。
「長居はしたくないだろうからね」
 早め早めに減らしていくまでだとラズワルドは間近で閃く刃をするりと躱す。
 変なフラグ立ててる人の心配なんてしていないと頬を膨らませたラズワルド。
「まあ……」
 明煌も暁月も居なくなれば廻が悲しむだろうから、帰れるようにしてほしいと思うのだ。
「なぁに、隣の本物よりこんなニセモノが好きなの?」
「……違うし」
 小声で答えた明煌を見上げたラズワルドはその瞳が昏い色を帯びているのを感じる。
 チェレンチィは明煌が心配だと彼の傍で周囲を警戒する。
「ほら、頼もしい皆さんがこんなに集まってくれましたよ。
 ボクも微力ですが手伝います、頑張ってこの状況を乗り越えましょう……!」
 敵は明煌と暁月の記憶から再現を行い的確に打つけてきている。
 明煌は確実に動揺しているとチェレンチィは眉を寄せる。
「たくさん居るようなので、皆さんと連携して上手く倒していきたいですね。灰斗も準備はいいですか?」
「うん、大丈夫。やれるよ……空も心結も居るし」
 対の存在となる空と心結が居ると灰斗の力も落ち着くようだった。
「それはよかった。では行きますよ」
 チェレンチィにとって目の前の幼い暁月は『ワールドイーター』だ。
 けれど、明煌にとっては執着の対象に見えるのだろう。
 カワセミの翼を広げたチェレンチィは逃げ惑うワールドイーターを追いかけ二刀で切り裂く。
「可愛らしくて殴りづらいですが……」
 迅は拳を幼い暁月に打ち付けながら眉を寄せた。
 明煌はもっと殴りづらいだろう。だから明煌の代わりに迅はその役を担う。
 少しでも明煌が幼い暁月を傷つけなくてすむようにと。
「張り切っていきますよ!」
 迅の攻撃にワールドイーターが血を吐いて倒れる。

「お前は『ワールドイーター』だ。暁月殿はそこにいる、お前じゃない、故にその名は呼ばない」
 アーマデルは幼い暁月をあくまでもワールドイーターと呼んだ。
「それは良くも悪くも明煌殿と暁月殿の紡いだ絆、織り成した思い出。
 ……明煌殿を抉る為に用いていい刃じゃない」
 微笑みを浮かべるワールドイーター目がけアーマデルは容赦なく刃を振るう。
 アーマデルが明煌へと視線を向ければいつの間にか現れたワールドイーターが傍にいた。
 この空間ではワールドイーターは何処にでも現れるのだろう。
 アーマデルの位置からでは間に合わない。されど「大丈夫」とちぐさが目配せする。
 ワールドイーターの刀が明煌に迫るより早く動いたのはちぐさだ。
「にゃぁ!!」
「ちぐさ!」
「カッコよく守れたら、よかったけど……へへ、ちょっと痛かったにゃ」
 ちぐさを抱え上げた明煌はその背に血が滲むのを見遣る。
「無茶すんなよ」
「ううん、無茶じゃないにゃ」
 明煌をぎゅっと抱きしめたちぐさは痛みに耐えながら囁く。
「明煌が無事で、暁月も無事で、夜妖を祓って二人がしっかりと向き合って話とかして
 ……明煌も暁月も廻も、みんな仲良くしあわせになれるように『なんでもする』って決めたのにゃ!」
 ちぐさは明煌の腕の中から抜け出し、自分の足で立ち上がった。
「僕は大丈夫にゃ。まだ動ける、戦えるのにゃ。
 僕の心配より、早く本物の暁月と仲直りできるように悪い夜妖をさっさと倒しちゃうにゃ」
 こんなにも小さな子供が自分の心配をしてくれているのだ。明煌は血刀を取り出し握りこむ。
 ジェックは『かみさま』を紅い瞳で見つめた。
 せっかく明煌が前を向こうとしているのに、その見た目で目の前に立つというのか。
 明煌は戸惑うだろう。けれど、結果的に倒せない方が明煌は傷付いてしまう。
 彼が動揺してしまうのは仕方が無い。ならば友人として出来ることは『手を抜かない』こと。
 あれは『敵』だと示す事。
「だから……さ。もう、大丈夫だよ。明煌、大丈夫」
「うん、ジェックちゃんが居てくれてよかった」
 守らねばならない友人が傍にいる事は『現実』からの強い絆となり明煌を留めるだろう。
 ジェックの美しき旋律が戦場に弾丸という音を振らせワールドイーターを撃ち貫く。

「前に明煌さんが私より暁月さんの方が強いって言ってたから大人の暁月さんと戦えないのはちょっと残念かな……まあでも、とりあえず目の前の敵を倒していくよ!」
 サクラは聖刀を掲げ幼い暁月の群れへと斬り込んだ。
 刃に伝わる感触は発達していない子供の筋肉そのもので、斬っても気分はまったくよくない。
「これは、ワールドイーターってわかってるのが救いだね」
 それでもサクラは躊躇せずに刀を振るう。
『うわあぁ! 助けて!』
「私は明煌さん程優しくないから、遠慮せず倒しちゃうからね!」
 助けを求める声も、サクラにとってはワールドイーターが上げる鳴声と変わらない。
 早く倒せばそれだけ明煌が痛みを感じる時間も少なくなる。
「狙いは明確に暁月さんと明煌さん……か」
 舞花はワールドイーターに刀を走らせる。舞花の刃は幾重にも広がり多数の敵を切り裂いた。
 遂行者が来ていたら『本来こうはなって居なかった』等と何時ものように囀っていただろう。
「……まあ、実際良い機会なのかもしれない」
 明煌と暁月の二人で、ようやく、ようやくきちんと話し合う場を設けられたのに。
 目の前の光景はまさに話し合うべきだった部分を可視化したもの。
 この状況において、崩れ得るとしたら明煌の方であろう。
 暁月は既にイレギュラーズと『乗り越えて』いるのだ。再び挫けることはないと舞花は確信する。

「幼い暁月さまの姿形をしていても、あれは夜妖……と判ってはいても、明煌さまにはお辛いですよ、ね」
 メイメイは自分の大切な人が目の前に敵として現れたのならと想像する。
 きっと躊躇い、刃は鈍ってしまうだろう。
「無理は、なさらないで大丈夫」
 されど……明煌は前に進もうとしているのだ。暁月と話し合いの場を設けたのはそのため。
 ならばメイメイは明煌の背を押すまで。
 空に飛ぶファミリアーの小鳥はメイメイの放つ砂嵐がワールドイーターを飲み込むのを見下ろす。
 ムサシは明煌の傍へ駆け寄り笑顔を見せた。
「そういえば……明煌さんと一緒に戦うの、初めてでありますね! よろしくお願いします!」
 明煌が暁月は勿論、他の仲間の事も守ろうとしている。ならばその守る重みを一緒に背負いたい。
「ムサシはちゃんと戦えるん?」
「大丈夫!こう見えても自分、結構つよいでありますから!
 ……一人でなんでも背負い込みすぎないで。『ともだち』として、一緒に頑張りましょう!」
「ともだち……」
 ムサシの言葉に明煌はむず痒い気持ちになる。
 この戦場において少しだけ嬉しい気持ちが明煌の心を満たした。
 的確にワールドイーターを打ち抜くムサシの射撃に明煌も目を瞠る。
「少しでも早く! 倒しきりますよ!」
 明煌の悲しみが早く終わる事を願わずにはいられないから。

 ――――
 ――

 実際の所如何したものかと愛無は唸る。状況は切羽詰まっているのは確かだ。
「思い出は何時だって綺麗だ。過去も、そうだとは限らないが」
 自分なら『偽物』なぞ躊躇無く、慈悲もなく、ただ殺すだろう。
 しかし『他人もそうなのか?』という疑問はあるのだ。そう思えたのは他人を許容する土壌が育ったからなのだろう。それでも、愛無は正しく『獣』であった。
「よし……殺すか」
 責任とは他者に委ねるものではなく。自分と子の安全は確保しなければならない。
 ならば答えなど一つしかないのだ。
「しゅう君、僕の……ウチの家訓を教えておこう。
 『愛と平和』とは、ただ無条件に与えられるモノではなく『覚悟の形』だ」
「覚悟の形……」
 言うからにはそれを示さなければならないだろう。
「詩織君のパチモンを叩く」
「……うん。あれは偽物だしね。本物はもっと怖い」
「怖いのかね?」
 愛無の問いにしゅうはこくりと頷く。
「怖いというか、えげつないというか、覚悟決まりすぎというか……僕が言うのもなんだけど詩織は普通じゃないよ。目の前に居るのって暁月から見た詩織でしょ? 大分綺麗に見せてるね」
 あっけらかんと言うものだから、愛無の方が面食らってしまった。
 どうやら心配は無さそうだ。しゅうには目の前の彼女が『ワールドイーター』に見えているらしい。
「とはいえ、さっさと事を済ますに越したことはあるまい。群体だろうが『核』のようなモノはあるかもしれない」
「そうかもね。僕も一緒に戦うよ愛無……『愛と平和』は戦って勝ち取る、でしょ?」
 子の成長に愛無は目を細める。

「空、心結。良い? パパとママが倒れたら絶対に逃げるのよ」
 星穹は子供達の頭を撫でながら言い聞かせる。
「怪我をしたら治してあげるからママのところに戻ってきなさいね。約束できる?」
「はいっ」
 元気よく応えた神々廻絶空刀と無幻星鞘は緊張した面持ちで歩き出した。
「こうして分かりやすくキミ達を戦いの場に連れてくるのは初めてだったかな」
 ヴェルグリーズは空と心結の背をぽんと叩いて微笑む。
「俺達は武器だ、でもただ人に振るわれるだけの武器じゃない。自らの意思を持ち、自らの刃を振るえるものだ。だから自分の力のことはきちんと理解しておく必要がある。戦いとは、戦場とはどういうものかを知っていなくてはならない」
 空は頷いて自らの手に剣を宿す。その隣には大きな鞘を持った心結が寄り添う。
「その為の経験だから、大事にしなさい。でも無理は禁物だよ、俺との約束だ。
 さぁ、行っておいで。そして自分の存在理由を感じておいで」
「はい。いってきます!」
 駆け出していく空と心結。その背を見つめる星穹は子供達がどんな戦いをするのか気掛かりだった。
 ――貴方達の力を、私達はまだ知らない。
 けれど刀憑きであり、二人の親で在りたいならば自分達は彼らの力を知らねばならない。
 その力を制御出来なければいざという時に、失ってしまうことになりかねないから。
「だから今日は好きに戦っておいで。何かあったら私達が護りに行くから」
 ――私達の愛しい子供達。

 空と心結が連携してワールドイーターを切り裂き、上手く攻撃を防いでいるのを見遣り星穹はヴェルグリーズに向き直る。
「あの子達は大丈夫そうだね」
「ええ。では私達は詩織様を相手取りましょうか」
 微笑みを浮かべるワールドイーターは「暁月」と愛おしそうに名を呼んでいた。
 重なり合う声に暁月が眉を寄せるのがヴェルグリーズには分かる。
「暁月殿、しっかりね」
「ああ、大丈夫だよ。これは『夜妖』だ」
 しっかりとした暁月の声にヴェルグリーズは目を細めた。
 ヴェルグリーズの手にした剣が真横に引かれ、眼前のワールドイーターの首をはねる。
 彼の背後から現れた新たな敵が刃を振り下ろした。
 されど、ヴェルグリーズの背は血に濡れたりしない。
「誰であろうとヴェルグリーズには触れさせません」
 星穹は瑠璃色の義手でワールドイーターの剣を弾き返した。

「くそ! 言うが易しとはよく言ったもんだな! やっぱやり辛ぇ! どこのどいつの仕業か分からんが、絶対痛い目に遭わせてやるからな!」
 天川は戦場に木霊するワールドイーターの声に胸を痛める。否、実際にその声自体ではない。声を聞いて苦しげに眉を寄せる明煌や暁月を慮ってしまうのだ。
 それに加え、女と子供の姿をした相手を切り裂くのも精神的なダメージが蓄積されるのだろう。
「おっさん、大丈夫か」
「は、お前さんこそ大丈夫か龍成。怪我すんじゃねえぞ。晴陽が悲しむからな」
「大丈夫大丈夫。もっとヤバい戦場はあったし、そんときもボディが居たから」
「違いねぇ」
 天川は龍成の死角を突く刃を弾き返す。天川の洗練された戦いを龍成は「すげえ」と感心して見つめた。
(雛菊の嬢ちゃんも付いてるだろうし、問題はなさそうだが念の為……な)
 ボディは引きつけたワールドイーターをじっと見上げる。
 朝倉詩織をボディは知らない。仏間に飾ってある写真の中にあっただろうか、獏馬に似ているような気もする。そんな曖昧な認識だ。
「きっと、暁月様の大事な人”だった”のでしょう」
 龍成より前に獏馬に憑かれていたのだと話しはきいていた。
 ならば自分達の手でより多くのワールドイーターを倒さねばならないとボディは考える。
「暁月様にあまり斬らせたくはないです。
 姿形が同じ、ただそれだけでも、消える時に傷はついてしまうから」
「うん、分かってるぜ」
 ボディの脳裏に浮かぶのは龍成と同じ姿形をした『竜二』だ。
 彼の死は少なからずボディの傷となっている。

『暁月は死んでも構わないって思ってるよね。それが当主になった者の宿命だって』
「……っ」
 耳元で囁かれた言葉に暁月は一瞬だけ身体を震わせる。
 じわりと広がる嫌な気持ちに精神が引っ張られた。
 その瞬間、背に勢い良く叩きつけられた手の平。思わず振り向けばアーリアの強い眼差しが見える。
「これは現実。けれどアレは作り物よ」
「び、っくりした……アーリアかぁ。一瞬、持ってかれそうになったよ。ありがと」
 微笑む暁月はもう何時もの彼に戻っている。
 されど、アーリアは詩織の言葉に一瞬だけ見せた不安げな顔が目に焼き付いた。

 ――――
 ――

「俺は戦闘経験ないし、皆の足引っ張りそうだから明煌くんとラブラブしながら怪我した回復してあげるねって……思ってたんだけど」
 状況はウシュが思っていたよりも深刻だった。
 そこら中にわらわらといるワールドイーターの刃に攻撃はおろか回復さえも追いつかなかった。
「ウシュ!」
 明煌を庇ったウシュは胸に大きな傷を負う。「大丈夫か」と問う明煌の瞳に憂いが滲む。
「ごめん……俺のせいや」
「やや、明煌くんの悲しい顔も美味しい♡ でも大丈夫。明煌くんが危ない目に遭うの嫌だから」
 自分の命より『推し』の命の方が大事なのだとウシュは口角を上げる。
 己が傷付く事で明煌が悲しい顔をするのはウシュにとって喜びである。だからこれは役得というもの。
「明煌くんにかっこいい所見せられてるかなぁ?」
「もう、十分だから」
「んーん、まだいけるよ」
 立ち上がるウシュは動揺する明煌への攻撃をその身を以て防ぐ。
「ほらね? 俺はまだ死んじゃいない」
「もう……やめてくれ、ウシュ。これ以上は!」
「大丈夫! 会長に任せて!」
 ウシュの傷口に手を当てた茄子子は力一杯の癒やしを降り注いだ。
 修復されていくウシュの傷に明煌はほっと胸を撫で下ろす。

「こんなに沢山のかみさまがいるってことは……それだけ、想いが強いってことなのかな」
 そこら中に湧き出してくる『かみさま』は明煌の想いの強さに比例しているのかもしれないとシルキィは考える。夜空に浮かぶ星を紡ぐ糸は、シルキィの頭上に輝いた。
 煌めく星々の瞬きがワールドイーターの身体を押しつぶす。
「気が引けない訳じゃないけど、怯んではいられないんだから……!」
 シルキィの声にチックも頷く。
「幼い頃の暁月が……打ち払われるところ、見て。明煌は……胸を痛めるかも、しれない」
 小さく呟いたチックの言葉は戦場の喧噪に掻き消される。
 橙色の瞳で明煌を見つめるチックは早く終わらせないとと杖を握った。
 ワールドイーターの動きに隙をつくるのがチックの役目。
 白き燈火は幼い暁月を映した影を祓う光だ。
『う、う……』
 優しい光に包まれてワールドイーターがぼろぼろと崩れていく。
 ジュリエットは明煌の傷の具合を見遣る。今はウシュが防いでくれているから安心だが、いずれ体力の限界は訪れてしまうだろう。
「そうなる前に、出来るだけ数を減らしませんと」
 ジュリエットが放つ術式は雪の結晶を散らし、ワールドイーターの足下を覆う糸となる。
 その場で倒れ込んだワールドイーターに攻撃を重ねるのは祝音だ。
 明煌のサポートに回る祝音は的確に仲間と力を合わせワールドイーターの数を減らしていく。
「すみれさん、援護をおねがいします」
「分かりました」
 ジュリエットの声にすみれはこくりと頷いた。
 連携した方が効率良くワールドイーターを倒す事が出来る。
 暁月にとって詩織の死は乗り越えたものだ。その上で恋人の間に入る勇気はすみれには無い。
 彼が致命的な傷を負わない限りは、詩織との手合わせ(いちゃつき)は見守るに留める。
「最後の逢瀬、楽しんでください……」
 すみれが指を翳すその先は幼い暁月だ。毒手はワールドイーターに絡みつきその身を享楽へ沈める。

「すきなひとを傷つけるのは、それがニセモノでもかなしいこと」
 憂う瞳を揺らすニルは暁月達が少しでも『大切な人』を傷つけなくて済むようにと杖を握った。
 ニルの杖から発生した魔法陣は戦場に散らばるワールドイーターを捉える。
「おふたりとも、無理しないでくださいね?」
「そうそう、無理はだめだよ! まあ、会長が全部回復しちゃうけどね!」
 ニルの言葉に頷く茄子子は傷を負って下がってきていた龍成へ回復を注ぐ。
 顔を上げた茄子子は明煌へ視線を流した。
 明煌について茄子子が知っていることは、廻の治療をしている甘い物が好きな人という情報だけだ。
「自己犠牲するときはさ、もっとこう、俺が守ってやってるんだぞおら!!
 ぐらいの勢いでやんないとさ!!! 守らないと……自分は強いから守ってあげないと……みたいな後ろ向きな考えだと守られる側も遠慮しちゃうじゃん。そんなんじゃだめだよ」
「……」
 茄子子の言葉は明煌の胸に突き刺さる。正に茄子子の言うとおりだと明煌自身も思ってしまった。
「分かった……けど」
「会長前向かない人嫌いだからさ。もっとしゃんとしてしゃんと。ほら。怪我したら治したげるからさ」
 有無を言わさず明煌の葛藤を蹴飛ばしていく茄子子。
 剛毅な女性に明煌は弱いのかもしれない。

 マリエッタは魔法陣を展開し、ワールドイーターへ攻撃を解き放つ。
 戦いの中で、どうにかして『誰を犠牲に泥の器に決着をつけるか』の中に新たな可能性を見出さなければならない。
 ――誰か一人でも犠牲にするような結末は……本当に何もできなかったときに考えればいい。
 マリエッタの傍に寄りそうのは煌浄殿の呪物チアキだ。
 本来であれば煌浄殿から出てこない彼女だが、明煌の近くに居たかったのだろう。
「ちゃんと向き合えた暁月さんと明煌さんなら……きっと鏡も見れそうですし。それに……あのやっかいなかみさまの真の姿も見せてくれそうでして。とりあえず戦いが終わってからですね」
 マリエッタの言葉に笑みを返すチアキ。
 手にした鏡に映るのは明煌の昏い顔だ――


 予想通り、なんて軽く捉えていいものでは無い。
 明煌の精神を引き裂く攻撃は、目を塞ぎたくなるようなものだった。
『ほら、明煌さんこっちっ! でっかいセミの抜け殻!』
 振り返った愛らしい顔をそのまま血刀で分断する。
『そのモンスター交換してや。僕のやつあげるからさ』
 顔を覗き込んでくる笑顔の暁月の首を赤い縄で締め上げて折った。
『ねえ、明煌さん今日は何して遊ぶ? また煌浄殿に忍び込む?』
 悪戯を考えてる時の暁月の顔は魅惑的で、何時までも見つめて居たいと思ってしまう。
 その一瞬の隙に入り込むように暁月の剣が明煌の胸を刺す。

 明煌の代わりに攻撃を受け続けたウシュは、体力の限界を迎え地面に伏していた。
 せめてこれ以上傷付かないようにと明煌はウシュの周りをシルベの籠で覆う。
 自身の防御は落ちるが、仲間を死なせる訳にはいかなかった。
「ウシュごめんな」
 ふらりと前に出る明煌は幼い暁月を釘で刺し殺す。
 その目は何かに必死に耐えているようで、どんどん昏くなっているように思えた。

 殺さないと。
 殺さないと。
 殺さないと。

「しっかりして下さい!」
 メイメイの凜とした声が戦場に響き渡る。
「明煌さまが向き合わなくちゃいけない事ではあっても、その『こえ』は違います、よ!
 ほんとうの暁月さまは、明煌さまを傷つけたりはしません、から」
 心が折れそうな明煌をメイメイは励まし続ける。
「メイメイちゃん……」
「暁月さまを助けたいと、願うのなら、負けないで、下さい……!」
 飲まれそうになる『声』にメイメイの優しい『叱咤』が救いの手を差し伸べた。
 現実に引き戻される痛みと仲間の温かさに明煌は唇をかみしめる。

「『これ』は以前言っていた通り、きっと明煌さんの中で暁月さんに対する一番根深い問題」
 暁月を救いたいという願いの根源だと舞花は瞳を伏せた。
 向き合うにしても、群れと直接やり合うのは流石に厳しいだろう。
 現に今明煌は酷い顔をしている。昏い瞳で幼い暁月を殺しているのだから。
「素直に他人に助けを求められるようになったのは大いなる進歩だと思います、明煌さん
 ……暁月さんも正直似たような所がありましたし、そういう所、お二人は似てると思いますよ」
「俺と暁月が似てる? 顔じゃなく?」
 舞花に視線を上げた明煌へ緩く首を振る。
「自分で全て抱え込もうとしてしまう所が、です」
「……」
 抱え込もうとする。舞花の言葉は明煌の胸に『今の暁月』への引っかかりを与えるもの。

 マリエッタは泥の器の情報を探っていた。
 明煌の記憶からこの場所が作られているのなら何か手がかりがあるのではないか。
「チアキさん。また知識を貸してもらえると嬉しいです」
「分かりました……」
 神の国が有り得たかもしれない可能性の再現なのであればとマリエッタは仮定する。
「……この空間が、私達イレギュラーズがいないことによって生まれる可能性なら、暴走した泥の器に関する何らかの情報があるかもしれません」
 チアキの鏡が映し出すのは明煌の記憶だ。
 葛城春泥が明煌に語った泥の器の計画だろう。

 ――俺は暁月を守りたい。先生、どうすればいいんだ。当主が引き継がれるとき無限廻廊に飲まれて死ぬんだろう? そんなの許せない。
 ――そうだね、いい方法があるよ。もうすぐ完成するんだ神の杯になりうる者。一年掛けて丁寧に作り替えたから深道の子には逆らわない……どうしたの? そんな顔をして。暁月以外どうでもいいでしょ? 道具なんだし。最終的に感情も人格も壊れるから、物として扱った方がいいよ。お前はそれを使って泥の器から神の杯をつくるんだ。そうしたら暁月を救えるよ。赤の他人なんかどうでもいいでしょ? 僕は神の母になれる。君は暁月を救える。利害の一致さ。壊して仕舞えばいい。全てさ。

 チアキの鏡の中に垣間見たものに、マリエッタは眉を寄せる。
「一年掛けて作り替えられた? 廻さんが?」
 これは記憶喪失だという廻が燈堂に来る前の話であるのだろう。

 ニルはテアドールと共にワールドイーターへ魔法を仕掛ける。
 テアドールはニルに攻撃が当たらないようシールドを張った。
「誰かの大切なものをめちゃめちゃにしてしまう神の国が、ニルはとってもとってもきらいです」
 眉を寄せ怒りを露わにするニルの表情は、テアドールがあまり見ないものだ。
「ええ、僕もニルと同じ気持ちですよ」
 ぎゅっとニルの手を握ったテアドールは優しく微笑み掛ける。
「ニルは『まもります』って言ってもらって、コアのあたりがぽかぽかしました。
 でも、ニルだってテアドールをまもりたいです。テアドールが傷ついたら、ニルはかなしいですもの」
「じゃあ僕はニルを守って、自分も守ります。これで傷付かないから悲しくないでしょう?」
 こくりと頷いたニルの肩をそっと抱きしめるテアドール。
「行きましょうニル」
「はい。テアドール。少しでもかなしいことが減るように」
 ありったけの想いを杖に込めて――

「明煌さん、詩乃はどうやって戦うのかな?」
 サクラは明煌の元へ近づいて様子を伺う。やはりかなりの消耗が見えた。
「ああ……あの子は力自体は強いからコントロールを覚えさしてるけど。こう、自分の妖力を蛇に置き換えて相手にけしかける。刀も使えるけど、守りのほうが強い。蛇の盾やね」
 サクラと共に詩乃の戦いを見遣れば、それなりに自分の身を守っているようだった。
「本当に危なくなったら助けようと思ってたんだけど……この先、戦いに身を置くなら危ない目にも合うだろうしね。戦いの怖さを知ってほしかった」
「うん……蛇眼あるから、目を見ると相手は止まるんじゃないかな。ほら」
 詩乃が妖力を込め目を見開けば、ワールドイーターの動きが止まる。その間に距離を取り蛇に襲わせる戦法を取っているのが見えた。効きは幼い暁月の方が良いらしい。深道の子故の効き目ということだろう。
「割と戦い慣れてるね?」
「まあ……長い事生きてるやろからな。身体が覚えてるんやろな。ただ、逃げ腰な戦法やけど」
 少しだけ明煌が『かみさま』以外の事へ目を向けたのは、彼の心に変化があった兆しだ。
 ほんの少し前の明煌だったら『かみさま』を傷つけることすら出来なかっただろう。

『ねえ、明煌さん……海いかへん? ええ、いかんの? じゃあプールは?』
「煩い……」
『アイス半分しよ、うわ、こっちめちゃデカくなった……え? いいの? やったー!』
「煩いねん」
 纏わり付く『かみさま』を否定したくて、出来なくて明煌は唇をかみしめる。
 アーマデルはそんな明煌の背をそっと叩く。
「明煌殿、心に痛い事を畳みかけられて咄嗟にうまく反論出来ない時に効く魔法の言葉がある
 ――『それがどうした』だ。諦めたくないもの、折りたくない願い、手放したくない思い。それを守る為、拳を固めて掲げるのだ」
「アーマデル……?」
 どういうことだと振り返った明煌へアーマデルは手を広げる。
「『百歩譲ってお前の言う事は世間的には正しいのかもしれない、だが言い方が気に食わないし俺にとってはもっと正しい答えがある』だから『それがどうした』、だ」
 正論ではなく、己の心が示す強き意志を貫くのは、時として難しいものだ。
「……勿論、それが間違ってる事もあるだろう、その時は皆、殴ってでも止めに来る。
 それは殴り合ってでも譲れないものなのか、見つめ直すんだ」
「譲れないものか」
 アーマデルの問いかけは難しい。だからこそ『考える』時間が生まれる。
 囚われそうになる『かみさまの声』から意識が逸らされるのだ。

 イレギュラーズが己の役目を全うしたお陰で、明煌が暁月の盾になるような自体にはなっていない。
 それだけでも成果であろうと迅は頷く。
 されど、明煌の周りには『かみさまのこえ』が囁かれ続けているのだろう。
 迅に聞こえるものも聞こえないものもあるように思う。
「何を吹き込んでくるのか分かりませんが……気をしっかり持ってください明煌殿!」
『鬼ごっこ? 遊ぼ!』
『カードゲーム? やろやろ! 新しいカードあるねん!』
『もう、それせこいし! ハメ技やん! 僕もやるし!』
 明煌に纏わり付きながら、思い出の中の楽しげな暁月の声を再現している。
 それだけ明煌の過去の思い出への執着が高いのだろう。
 けれど、過去は過ぎ去るものだ。
「過去はそうだったとしても、未来は分かりません。貴方が大切だと想う人はまだここにいて、貴方を大切だと想う人もここに大勢います。何があっても、何とかします!」
「……」
 明煌は迅の声に反応して顔を上げる。完全に囚われている訳では無い。
 彼は藻掻いているのだ。過去の記憶と執着を見せつけられ、苦しんでいる。
 沈めば楽になるのに、未来を諦め切れずに藻掻いている。

 明煌は苦しさに汗が背を流れるのを感じた。
 常に囁き続ける幼い暁月の声に疲弊しているのだ。
「暁月さんはちゃんと共に居ます」
 チェレンチィは明煌の隣に並び声を掛ける。
「目の前の小さい暁月さんは、その声は、違うもの。かみさまは大きくならない。
 暁月さんはかみさまじゃない。暁月さんは暁月さん」
「……かみさまじゃない」
 チェレンチィの言葉を明煌は反芻した。
 暁月がかみさまじゃないなんて……有り得ない。眩く輝いているかみさまだ。
 その執着に縋って生きてきたのにとチェレンチィを見つめる。
 されど、暁月を『本当のかみさまにしたくない』から、明煌は戦っているのではなかったか。
 死なせたくないから、足掻いているのではなかったか。
「向き合おうとすれば向き合ってくれる、そんな『人』ですから。
 ――だから、大丈夫」
「ああ……」
 暁月が『人』として生きる未来を掴みたいから明煌は戦っているのだ。
 それをチェレンチィは気付かせてくれた。
 チェレンチィは最初、明煌のことが好きでは無かった。怪しい男なのだと思っていたのだ。
 けれど、知れば知るほど放っておけなくなった。
 悩みを知り、助けてという声を聞いたから、力になりたいと思ってしまうのだ。
 大切な人を失うしか無かった自分とは違う道を行ってほしいと願っている。

 シルキィは明煌の横顔をそっと覗いた。
 その瞳は昏く苦悩を帯びているように見える。心を常に揺さぶられ続けているのだろう。
 目の前にいるワールドイーターが『廻』や『鏡』だったら、シルキィも同じように苦しむ。
 だからこそ、その苦しみをシルキィは受け止めるのだ。紡ぐ糸に想い乗せ明煌に声を届ける。
「自分の想いは自分だけの物だから、それを否定する必要なんてきっとない。
 それでも、乗り越えて前に進めることもあるから。明煌さんの隣には、暁月さんもわたし達もいる。
 だからきっと、お互いに助け合える……誰も失いたくないって気持ちは、既に同じなんだから」
「シルキィちゃん……」
 誰も失いたくない。暁月も廻も、友人達も、呪物たちも。誰も死んでほしくない。
「だから、前に進むための力を……頑張って、明煌さん……!」
 明煌の心を満たす、優しい気持ち。勇気という名のあたたかな手が背を押す。

 すみれは明煌が『かみさま』を庇うと思っていた。
 幼い暁月を前に、明煌はその身を挺して守ってしまうのだと。
 されど、惑わされながらも明煌は『かみさま』を庇いはしなかった。
 だからすみれは、きちんと『声』にして知らしめる。
 己の行いを、自覚させる為に。
「お前が斬りなさい。私が斬っても意味がない。
 殺さず死なずに此処に来た意味、まさか忘れてないですよね?」
 鋭い視線がすみれを射貫く。それは怒りであり憤りであるのだろう。
 ――まだ、憤りを抱けぬほど落ちてはいない。
 その事実にすみれは僅かに口角を上げる。
 不格好に足掻いて、苦しんでいる明煌が目の前に居るのだ。無愛想ぶって他人を受入れず距離を置くような不器用な男が、全てを曝け出して前に進もうとしている。そんな等身大の姿があった。
「強く言いましたが……愛した人の魂、誰にも渡すんじゃありませんよってことです」
「誰が、渡すものか」
「燈堂暁月は、ぽっと出の『かみさま』なんかよりあなたのことを大事に思ってくれていますよ。廻様もあなたの無事の帰りを待っております。私は別にあなたなどどうでもいいですが……あなたに手を差し伸べてくれる仲間は沢山います」

 剣を持って居ない幼い暁月が心配そうに顔を覗かせる。これは単純な幻影なのだろう。
『大丈夫? 明煌さん』
 幼い声。守りたかったもの。執着。拗くれた恋。
 その細い首に手を掛ける。――逃げるな、とすみれが言った。
 逃げたくない。此処で逃げたら意味が無い。これまで積み重ねた全てが無駄になってしまう。
「今日、此処でケリをつけなさいな」
 指に力を込める。ぐっと締まる大きな手に驚いた幼い暁月は明煌の腕に爪を立てた。
『や……っ、ぁ』
 苦しげに喘ぐ幼い暁月の首は簡単に折れてしまうだろう。
 一気に力を入れれば、手の平に骨の折れる音が伝わってきた。
「は、」
 迫り上がってくる吐き気に口元を抑える。辛うじて押しとどめた胃液に息が上がった。
「暁月……っ」
 歯を食いしばりあたたかな亡骸を抱き上げ、戦場の隅へ移動させる明煌。
 赤い瞳が昏く陰る。
「よく出来ましたね」
 すみれが優しい言葉を投げかける。
「俺が……暁月を……、殺した? 何もしてないこれは、敵だったのか?」
 本当は殺さなくてもいいものだったのではないか。そんな疑問が明煌の中に湧き起こる。

「深道さん、それは小さな暁月さんに見えても、本物ではありません。お気を確かにっ!」
 ジュリエットの声が明煌の耳に届いた。昏い顔をしている明煌が気になったのだろう。
 これ程の取り乱しようはおかしいとジュリエットは考えを廻らせる。
 もしかしなくとも、きっと……明煌の想い人は暁月なのだろう。数年前の自分ならその機微に気付かなかったかもしれない。けれど、今は。深い愛情と執着を知っているからこそ分かるのだ。
「しっかりなさいませ! 過去の暁月さんにしがみ付いて何になりましょう!
 美しい思い出だけで貴方は満足ですか? 違うでしょう!」
 振り返った明煌は泣きそうな顔をしながらも、戦場に戻ってくる。
「もう一度良く見て下さい。貴方の大切な人の今を……
 貴方と変わらない、間違って悩み苦しみながらもそれでも前に行くあの人を」
 ジュリエットに誘われ、明煌は戦っている暁月を見つめた。
 幼い日の守らねばならない存在ではない。けれど、やっぱり手を差し伸べなければならない人。
 ジュリエットの視線を感じた暁月は明煌に言葉を投げかける。
「私はここに居るよ、明煌さん。もう子供じゃない。守られるだけの存在じゃない」
「ああ……」
 落ちかけていた思考がジュリエットと暁月の声で浮上する。

 チックは明煌の傍に駆け寄り、旋律を奏でる。月明かりの優しい音が明煌の耳に届いた。
 これは明煌の背を支える為の旋律だ。
「……明煌。目の前の小さな暁月達が、本物じゃないって……わかる、してても。……苦しい、よね
 でも、ここに囚われてしまったら。暁月と話す……する約束、守れなくなっちゃう」
「うん……」
 チックの言葉に明煌は確りと頷いた。
「もし、目に映す……つらいなら。閉じることも、出来る。
 でも今……明煌は、一人じゃない。おれも、皆も……支えたい、思ってる。
 救えなかったという、後悔も。確かな"愛"も。明煌自身の心」
「ありがとう、チック」
 染み渡るチックの言葉は明煌の胸に光を灯す。
 それはこれまで他の仲間が掛けてきた言葉と共に明煌が立ち上がる為の力となる。
「大丈夫、分かってる。辛いけど、分かってる」
「それと向き合って……受け止めて。この夜を、一緒に越えよう」

「にゃう!」
「ちぐさ、もう大丈夫だから庇わなくても大丈夫」
 赤い縄でちぐさを巻き上げた明煌は自分の腕の中に収める。
「分かってるのにゃ、僕がケガしたらきっと明煌も暁月も悲しんだり責任を感じたりすると思うのにゃ
 だけど、僕はこんなことしかできないのにゃ……」


 戦略的には戦闘力の高い明煌の体力を減らさないというのは理に適っているだろう。
 けれど、明煌自身がちぐさが怪我を負うのを見ていられないのだ。
「う、う……」
 ちぐさはぼろぼろと涙を流して明煌に抱きつく。
 自分は賢くない。廻を助ける方法も本当は全然分かっていない。
 優しくないから、明煌たちの心を癒す言葉を掛けることもできない。
 かといって戦闘も得意では無い。誰も怪我をさせず敵を殲滅なんてこと出来やしないのだ。
「……非力なのにゃ」
「そんなことない。十分にちぐさは強い」
 ぶんぶんと首を振ったちぐさは明煌の腕の中から飛び降りる。
「だからこそ、ムリはしてないけど少しは無茶させてカッコつけさせてほしいのにゃ」
 ぐしぐしと涙を拭いて振り向いたちぐさが、可愛くてとても格好よく見えた。
 まるで、幼い頃の暁月のようで。明煌はちぐさの頭をぐりぐりと撫でたのだ。
「大怪我は勘弁な」
「もちろんにゃ!」

(……暁月さんを勝手に模倣した敵でも、彼の姿をしたものを切るのはつらいんだね)
 祝音は苦しげにワールドイーターを切り裂く明煌を見上げる。
「明煌……君にとって、暁月さんはどんな存在?」
「え……」
 昏い瞳をしていた明煌の目に僅かに光が宿った。
 本当は暁月にも明煌にも斬りたくないものを斬らせたくはないのだ。
 自分が全部倒せるならそうしてやりたいと祝音は拳を握る。
 けれど、このままだと、また同じような事態に遭遇した時動けなくなってしまうだろう。

「大切な人を、大切な記憶を蔑ろにする夜妖を斬れない?
 ……斬らなければ大切な人が傷つくかもしれなくても?」
 祝音は明煌に怒りをぶつけられる覚悟で問いを投げかける。
 首を縄で縛られても構わないと思った。けれど、明煌は祝音を縛りはしなかった。
「君が斬れないなら、僕が斬ります。君と暁月さんを守る為に……大切な存在を勝手に模倣して練達に害をなすワールドイーターを斬る」
 嫌われても仕方が無いと祝音は僅かに瞳を揺らす。
 以前は祝音が明煌を警戒していた。だから同じように倦厭されるのは仕方が無いこと。
 そうなったとしても明煌の傍に居てくれる人がいる。
 だから――
「怖いなら、苦しいなら皆を頼って。
 そして……どうしても動かないといけない時は、皆を頼りつつも自分も立って、明煌」
「うん、ありがとう祝音。正直斬りたくないし惑うけど、でもちゃんと分かってる」
 守るべきものを、見失ってはいないと明煌は祝音に頷いた。

 暁月は小さな子供ではない。
 もう大人でしっかりと自分の足で前を向いている。
 目の前の幼い暁月は――夜妖は、倒すべき存在なのだ。
 そう、頭では分かっている。
 思考が揺らぐその一瞬の隙は、戦場において大きな穴となる。

 すぐ傍に『敵』の気配がした。怖気が走り、心臓から一気に血が送り出される。
 明煌の意志に従って広がるシルベの防護壁。されど、僅かに甘い。
「……っ! ジェックちゃん! ごめん、防御甘かった」
 普段であれば、即座に厚くできるにも関わらず。不覚を取ったとジェックを抱き起こす明煌。
「ん。明煌のせいじゃないよ。アタシは大丈夫だから。ミアンも居るし」
 任せろと言わんばかりに胸を張るミアン。
 心配そうにジェックを見つめた明煌は、少女を眞哉に預けて踵を返す。
「眞哉、無理やったらすぐ呼べ。傷増えとったら承知せんからな」
「はい。命に代えても二人を守ります」

 間違えるな――
 守るべき者を間違えるな。
 大事な仲間を、大切な友人を、欠け代えの無い『今の』暁月を――その未来を!
「守らんとあかんねや……」

 ――――
 ――

「さぁ龍成、まだまだ敵はいます。まさかもう疲れてはいませんよね?」
「だれが!」
 ボディと龍成はお互いの間合いを把握しながら刃を走らせた。
 確実に数を減らしているワールドイーターにボディは「大丈夫」だと分析する。
「強かろうが関係ありません。守ると決めた、倒すと決めた。なら元獏馬の夜妖憑き、そしてその関係者としてキッチリ役目は果たさせていただきます」
『獏馬は元気にしてる?』
「ああ、アンタが居なくても元気にやってるぜ。新しいママを見つけたしな」
『そうなんだぁ! あーあ、嫉妬しちゃうな。殺したい』
 優しげな顔で憎悪と殺意を口にする『詩織』は、生前から過激な性格だったのかもしれない。
「写真で見るより下品なんですね」
『そんなの、お前が偶像押しつけてるだけじゃない? 私は元々こうだよ』
 その詩織の言葉に暁月が眉を寄せるのが見えた。
「暁月様、こんな声はただの戯言。貴方が覚えているこの方は、決してこんなことを言うような人ではない。そうなのではありませんか?」
「ああ……詩織は…………まあ、ちょっと激しい性格ではあったけど。情が深くて優しい子だった」
 激しい所は否定しないのかとボディは神妙になる。
「自分を害するのが分かってる獏馬を見捨てられなかった、優しい子なんだよ」
『だって、捨て猫みたいだったから。引っかかれたって助けなきゃって思ったの』
 それは愛無の隣に居たしゅうにも聞こえて居た。
「……」
 捨てられたのだと悲しげに視線を落すしゅう。
「俺は捨ててへんからな!」
 聞こえて来たのは明煌の声だ。獏馬を送り出した明煌は彼を捨ててなどいないと叫ぶ。
「目的を与えて送り出した。だから、絶対捨ててへんぞ! だから、安心しろ」

「まあ、『この手の相手』は結局の所、己が言ってほしい言葉を口にしているのだろうな」
 愛無は優しい言葉を囁くワールドイーターを容赦無く叩きつける。
「人は罪を罰せられる事によって己を許す。『罰』とは一つの許しなのだから」
 許されることで前に進む事もできる。その罰を受けることによって愛を感じる事もある。
 罰とは相手無くして成り立たない対話であるのだから。
「『人』は脆い。そして『光』は容易に目を焼き、その身を焦がす」
 やれやれと愛無は溜息を吐く。
「生きるという事は、ただ殺して喰うだけの事だというのに。全くもって人の世は生きにくい」
 人で無しのバケモノとしては、我が子の幸せを願うばかりだと愛無は零す。
「そのために「敵」は潰す。なんであろうとな」
 目の前に居るのは、ただの『ワールドイーター』なのだから。

「詩織殿、キミが暁月殿の光だった時期が間違いなくあったのだろうけれど。
 それはもはや戻らない過去のこと、人は過去を見てばかりでは生きられない」
 ヴェルグリーズは『ワールドイーター』に剣を突き立て引き裂いた。
 血を流し倒れ往く敵を見ながら、暁月の目の前で詩織を倒す事ににこそ意味があると星穹は考える。
 あの時、精神崩壊した暁月と同じにさせてはならない。
「もうあの夜は、あの日に終わっているのですから」
「……キミと暁月殿の出会いが良きものであったように、その別れも良きものとなりますように
 暁月殿はもう大丈夫だから、どうか安らかに」

 次々と倒されていく『大切だった人』に、流石の暁月も疲弊はしてくるだろう。
 その隙は誰もが訪れるもの。くらりと傾ぐ意識に、歯を食いしばった。
『今度の休みにさ、海行こうよ、海』
「…………」
 果たされることの無かった約束に暁月の眉が寄せられる。
 すり寄る詩織を星穹が引き剥がし、ヴェルグリーズの剣が分断した。
「貴方はもう過去に囚われる必要はないのです。また壊れそうになったら何度でも助けに行きます
 何度だってこの手を伸ばしますから。だから、そんな声に騙されないで」
「は、」
 溜っていた息を吐いた暁月は「ごめん」と星穹へ返す。
「貴方が愛したひとはただ優しいだけのひとなのですか。ただ貴方が壊れていくのを見守るだけのひとだったのですか。きっと、違うでしょう?」
「うん……わりと激しい性格の、やんちゃな人だったよ。優しくて情の深い」
 ヴェルグリーズはそんな暁月の言葉に目を細める。
「暁月殿、俺はキミとこれから何度だって燈堂家の縁側で酒を呑みたいし、そこに廻殿や明煌殿が加わってくれるととてもうれしいと思っているんだ」
 未来を夢見ることは、きっとこの戦場を勝ち抜く希望になる。
「キミはもう独りじゃない、たくさんの仲間のいる俺の大事な親友だよ」
「ああ……ありがとう二人とも」
「この戦いが終わったら、改めて暁月殿と明煌殿でゆっくり話し合ってほしい。そして助けが欲しければ俺達がいるから、すぐに声を掛けてね」
 頷いた暁月は、確りと前を向いて『ワールドイーター』へ刃を走らせる。

「さっさとぶっとばしちゃえばいんだよ。あんなんただの可愛いだけの夜妖じゃん」
 ワールドイーターをぶち殺してから、もう少し戸惑った方がよかったかと我に返る茄子子。
「まいっか」
 振り向いた茄子子は明煌と暁月を見遣る。
「結局は過去なんだよ。全部。過去なんて変えたくないでしょ。変わった後の人物はもう、自分じゃないんだし。後悔なんて必要ない。過去に向き合う必要なんてない。もっと、自分が自分じゃなくなることに恐怖した方がいい」
 自分が自分では無くなることを認識出来るならば、それはまだ大丈夫だということだ。
 まだ引き返せる。何処にだっていける。
「私は後ろを振り向かない。前しか見ない。だから過去は襲ってこない。変えさせない。神の国なんてぶっ潰す。それだけだから」

「明煌さん! ……明煌っ!!!!」
 ムサシが叫ぶ声が戦場に響き渡る。
「過去に何があったか……俺は何も知らないけど! でも! 今俺はここにいて! 貴方を助けられる立場にあるんだ!」
「ムサシ……」
 少年の声は明煌の心にジンと染み渡る。
「だから……! 思い出に向き合うにしても! 乗り越えるにしても! 俺は助けになるから!
 ……『助けて』って言ってくれたことに応えられる『ともだち』でいたいから!」
 ムサシに迫るワールドイーターの攻撃を沖田 小次郎の刃が寸前の所で留める。
「だから……過去に引っ張られるな! ……暁月さんとも仲直りしたいんだろ!?」
 かつて明煌の心の支えになったのは『かみさま』だったのかもしれない。
 けれど、向き合うべきは『今の暁月』なのだとムサシは叫んだ。
「こんなところで……こんな卑劣な連中に、負けるな!!!!」

 ムサシの言葉に明煌は『ワールドイーター』へと向き直る。
「ああ、俺は負けへん。こいつらは、『敵』だ!」
 赤い血刀が何本にも増え、明煌の周りを回り出した。
 次々にワールドイーターへと突き刺さりその命を奪っていく明煌の刀。

 ――本物の幼い頃の暁月は、もっとうんと可愛くて。
 煌めく笑顔で俺を引っ張っていくような、優しい子なんや。

「誰も、俺の暁月を穢させへんぞ!!」

 戦場に響いた明煌の声は暁月の耳にも届く。
「ぇ……何、何事」
 一瞬動きを止めた暁月の前に走る刃を天川が弾いた。
「暁月! まさかもうへばってんじゃないだろうな?」
「ありがと天川。ちょっと明煌さんの声が聞こえたから、気を取られた」
 天川は離れた場所に居る明煌へと声を張る。
「明煌はシャキッとしろ! 躊躇ってる場合じゃねぇぞ! 後で本物とゆっくり話せ!」
「分かっとるわ! はよ、終わらせる!」
 何やら吹っ切れたような明煌の返答に天川は「その調子だ」と頷いた。

「そういえば廻くんってば、学園祭のメイド服似合ってたわよねぇ」
「……あの時初めて会ったんだっけ? 懐かしいな」
 アーリアは暁月を精神攻撃から守るため、これまでの思い出を語り合う。
「台風の夜とか大変だったじゃない? 吹き飛んでいったりして」
「あれは酷かったねぇ。みんなびしょびしょで」
 その後の温泉も、燈堂家で一緒に飲んだ酒も、どれも大切な思い出なのだ。
『はるひめも悲しんでるね暁月。すっかりみさきちや私のことを忘れてるんだ?
 お前が斬ったのに、その責任を負わずに、楽しいことだけをしてるんだ?』
 ずきりと暁月の胸が痛む。忘れるなと『ワールドイーター』が囁いた。
「あら、落ち込んでる顔が好みなの?」
 詩織の刀を交わしたアーリアは翻り距離を取る。
 その間合いに入り込んだ暁月が生み出す死角からアーリアは閃光を放った。
 アーリアがそうするであろうと暁月には分かったし、それ程に信頼している。
 戦いにおいての呼吸は、どれだけ相手を信頼出来るかに左右されるだろう。
 だからこそ、『詩織』は悔しさを滲ませた。
 バーサーカーのように暴れるしか出来なかった自分を援護するのはいつも暁月だったから。
 アーリアのようにお互いを補う戦いをしたかった。
「縁側でさ、また花火とかしてさ。お酒飲もうよ」
「それも良いわね。あの時飲んだ美味しい日本酒持って行くわよ」
 思い出をくちにすれば、守りたいとアーリアは思ってしまう。
 今となっては『取り戻したい』へと変わった日常。それは眩い陽光の如く降り注ぐ。
「だから、もう足踏みしてられない覚悟を!」

 アーリアは暁月の刃に乗せて、周囲を銀色の閃光で包み込む。
 弾けて砕け、ドロドロに溶け合ったワールドイーターは一塊となって暁月を覆った。
 されど押しとどめる刃は力強く、暁月を倒すことはできない。
 その稼ぎ出した時間にアーリアが再び指先をワールドイーターへと向ける。
 不吉の檻。紫色に彩られた終焉の帳が下りて来る。
 弾け飛ぶワールドイーターの身体は、もう思い出の中の『詩織』ではなかった。


 刀を持ったワールドイーターは全て消え失せ、辺りは静かになった。
 時々現れる夜妖は戦闘能力の無いただの幻影だろう。
 散らばった核を壊せば消滅する、儚きものたち。

「ウシュ、生きてるか?」
 シルベの籠を解いた明煌は満身創痍のウシュに声を掛ける。
「うん。それよりさ。明煌くんこれが終わったらショッピングデートしない?
 暑くなってきたし、夏服でも買おうよ。お兄さんがお財布になってあげるからさぁ。
 俺の見立てのお洋服着てよ。あ、もちろんバニーとかはいつか着てもらうから今回は普通のお洋服ね?
 俺、上がダボッとしてて下がシュッとしてるの好きなんだけど。どうどう?」
「大丈夫そうやな……」
 いつも通りのウシュに大事無さそうだと安心する明煌。
「明煌くんの水着姿もみたいなあ。明煌くんと海辺でデート。
 俺が丁寧に丁寧に、日焼け止めクリーム塗ってあげようね♡
 ああでも、日に焼けた明煌くんもえっちなんだろうなあ。
 ふふふ、夏は危険な誘惑がいっぱいだね、明煌くん♡
 あ、ショッピングが終わったら甘いものでも食べに行こっか!」
「……いや、俺は今から暁月と大事な話あるから、行けない。ごめん」
 ウシュの話している内容は明煌には理解し難いが、何よりも優先すべき事があった。
 全ての楽しいことは暁月との話し合いを行わなければ、してはいけないように思えるから。

「ジェックちゃんもありがと。怪我させてごめん」
 白い羽が赤く染まってしまったと悲しい目をする明煌。
「大丈夫。すぐ治るから。それより、ちゃんと話し合いしてきなね」
「うん」
 頷いた明煌を見つめ、前を向けて良かったとジェックは重くなる瞼を落した。
 ジェックをミアン達に任せ、明煌は立ち上がる。
「核を探さんとな」
 ふと顔を上げるとマリエッタの前に幼い暁月が居るのが見えた。
 剣の代わりに花束を持っている。それをマリエッタに渡しているようだ。
『おねえさん、どうぞ?』
「厄介なものですね……でも」
 花束を受け取ったマリエッタは手の平に展開した魔法陣を暁月の腹に打ち込む。
 明煌が惑わされる前に核だけを取り出して、『血の魔女』は静かに微笑んだ。
「ごめん、マリエッタ」
 嫌な役割をさせてしまったと明煌は申し訳なさそうな顔をする。
「いいえ……私、悪い魔女なので迷わないんです」
 チアキの鏡に映るマリエッタは赤い唇で笑っていた。

「龍成、怪我はしてねぇか? 確認しておかないと後で晴陽が大変だしな……」
 天川は龍成の元へと駆けよって傷の具合を確かめていた。
「大丈夫だって、ボディが気に掛けてくれてたし。茄子子の回復もあったしな」
「んん? 会長のこと呼んだ?」
 ウシュとジェックの応急処置を終えた茄子子が龍成達の前に顔を出す。
「おう、茄子子もご苦労さん」
「いえーい! 会長頑張ったからね。もっと褒めていいよ!」
 胸を張る茄子子に「ありがとな」と目を細める龍成。その袖を引くのはボディだ。
「私も、頑張りましたので……その……」
「ああ、ボディもありがとな。帰ったらゆっくりしようぜ」
 頭を撫でる龍成の手が心地よくて、戦闘の疲れが和らいでいくようだとボディは感じる。

「暁月は、本当にお疲れ様だな。気分は良くないとは思うがよくやったと思うぜ……」
「ありがとう、天川」
 拳を合わせ戦いが終わった事に安堵の表情を浮かべる暁月と天川。
 暁月の向こう側には明煌の姿もあった。
「明煌、顔色が悪いな。まぁ無理もない。無理せず休んでてもいいんだぜ?」
「……核さがさんと。まだ剣持って無いけど暁月おるし」
 見渡せば戦闘意志の無い、妖精のような儚い『かみさま』がぽつり、ぽつりと存在していた。
 おそらく核を持っているのだろう。掴まえて核を破壊しなければならない。
「思い出……か。大事だよな……。誰だって無くしたくない、忘れたくない思い出ってのはある」
 自分にだって覚えが在ると天川は脳裏に浮かぶ情景をかみしめる。
「少しは守ってやれたのかね……」
 天川の手助けは暁月達にとって少なからず救いがあっただろう。

「……本当にお疲れ様だよぉ、明煌さんに暁月さん」
「シルキィちゃんも、お疲れ様」
 核を探しながらシルキィは二人の元へ顔を見せた。
 今回二人の記憶が読み取られたのは、ただの偶然なのだろうか。作為的なものを感じてならない。
 WCTHS、とかいう会社が一連の事件に関わっている話しも耳にしたことがある。
「どうしたんだい? シルキィちゃん」
「えと……大丈夫だよぉ」
 また皆が、廻が、何か大きなことに巻き込まれてしまうのではないかと不安に思ってしまうのだ。
 心の繋がりも、明煌と夢石を交換したことも。大事な道筋。少しずつ糸口が見え始めてきたのだ。
 ……だから、きっと大丈夫。シルキィはそう心の中で自分に言い聞かせた。
 嫌な予感を振り払うように――

「それにしても、核どこなんだろうねぇ……なんか心当たりとかあるー?」
 明煌の周りをうろうろとまわるラズワルドに「無い」と答える明煌。
 遠くから覗いている夜妖をラズワルドは掴まえる。
『あはは! 明煌さんくすぐたいよ』
 擽ったそうに身を捩る幼い暁月はかつての思い出なのだろう。
「わざわざ記憶の再現なんてしてくれるんだから明煌さんや暁月さんが行きたくないとこだったり?」
 顔を上げたラズワルドは別の夜妖を視線で追った。

 チックは剣を持たない暁月を追いかけていた。その後ろをメイメイやニルも追従する。
『鬼さんこちら~!』
 はしゃぎ回る暁月は楽しげで『助けて』と恐怖に震えているより、ずっと攻撃しにくいものだった。
 それでも単純な速さならチックの方が上だ。押さえ込んでぎゅっと抱きしめる。
「……掴まえた、よ」
『つかまっちゃったぁ~』
「この夜妖はどこからくるのでしょう?」
 ニルはチックが掴まえた幼い暁月の手を握った。
 明煌や暁月が大切に想っている人がワールドイーターなら、核も二人が大切だと感じている所にあるのだろうか。
「思い出の奥深く?」
「そうやな……青灯の花畑におるかもな」



「アオがおる。暁月と一緒に遊んだりした。綺麗だから」
 そこが大切な思い出の場所であると明煌は感じているのだろう。
 美しく幻想的で、他人が立ち入れない場所。明煌と暁月の秘密の花畑だ。

 明煌の言葉にニルとチックが顔を上げる。
 核はそこら中に散らばっているのだろうとメイメイは推察していた。
「戦闘中に観察していましたが、色々な所にあるようです」
 出来る事なら明煌の手で終わらせてほしいとメイメイは願っていた。
 それが、前に進むための一歩だと想うから。

「燈堂家も煌浄殿も、青灯の花畑も……絶対に上書きさせないから」
 祝音は頬を膨らませ核を持っている夜妖を追いかける。
 青灯の花畑にいる夜妖等の存在をも、大切な誰かの姿を使い害を為す事でワールドイーター達は侮辱した……それが許せないのだと祝音は怒りを滲ませた。
「……二人は大丈夫かな」
 振り返れば、明煌達が青灯の花畑に入って来るのが見えた。
 祝音は思ったよりも昏い顔をしていない二人に、ほっと胸を撫で下ろす。

 アーリアは暁月の隣に立ち青灯の花畑を見渡した。
「……煙草、吸うのは止めないけど」
「うん。ありがと……」
 引き留める執着を持っていない。アーリアと暁月の関係性はもう少しドライである。
 それが暁月にとっては心地よくある。燈堂という枷に縛られた自分とは違う場所に居てくれる存在。
 羨ましさや妬ましさではない。一種の神聖である。
 アーリアが幸せであることが暁月にとって嬉しいことなのだ。
「でも、長生きしてよね」
 そう願ってくれる、大切な友人と、何時までも話していたい。
「それと、戦ったら喉乾いちゃった! 二人の話が終わったら、飲みにでも行きましょうよ。
 皆も誘って、大勢で飲むのも悪くないわよ?」
「そうだねぇ。久し振りに皆でわいわいと騒ぎたいよ。最近は寂しい夜ばかりだから」
 独りで飲んでいる事が多いと暁月は遠くを見つめた。
「じゃあ、俺達を呼んでよ」
「そうですよ。お酒だって食事だって構いません。いつでも呼んでください」
 ヴェルグリーズと星穹が揃って暁月の元へ集まる。
「煙草が吸いたい日が来たなら、何時だって付き合って差し上げますよ」
「星穹ちゃん、ヴェルグリーズも……ありがとう」
 微笑む暁月は少しだけ目が赤くなっていた。何処かで涙を流したのだろう。
 大切だった人への、決別の涙だったのかもしれない。
「噛み砕けない感情があったって良い。大人であったとて悩むこともある。私も、ヴェルグリーズも。
 私達だけじゃない。貴方の友人は沢山居る。だから独りで抱える必要はないのです。暗闇に独りで居る必要だって、ないのだから」
「星穹ちゃんには何でもお見通しなのかなぁ……今度またぱーっと飲みに行きたいので、連絡するよ」
「はい。待ってますよ」
 こくりと頷いた星穹の目の前を青灯の花弁がひらりと舞った。

「ちゃんと廻くんの味方になるって決められた?」
 肘打ちをしたラズワルドに明煌は「ああ」と返事をする。
「浄化は止められない。でも、何とかして暁月も廻も救いたい。その為に誰かを犠牲にするのは無しで。全員助かる方法を探す」
 ふうんと納得したように頷いたラズワルドはオッドアイの目を細めた。
「廻くんを大事にしてくれる、廻くんの大事なものなら許してあげる。
 暁月さんみたいに、いざという時に手を離したりしないでよねぇ?」
「離せるなら……」
 手を離す事ができるのなら、こんな風に悩んだりしなかった。
 斬り捨てられないからこそ辛くて。足掻いているのだ。
「それにしても……二人だけでよさげなバーとかズルくなぁい?」
「ラズワルドも行けばいい、廻が元気になったら」
 猫を撫でる様にラズワルドの頭を撫で回せば「やめて」と押し返される。

「俺は明煌殿が羨ましいぞ、まだ縁を紡げるのだから」
「……そうかもしれない」
 アーマデルの言葉に、明煌は暁月に視線を上げた。
「俺には出来ない」
 そうしたいとアーマデルが無意識に思っていた相手とは、もう出来ないのだ。
「……今は安らかに在るよう、願う事しかできない」
 だから、大事にしてほしいとアーマデルは明煌の手をぽんと叩いた。
「そうですよ」
 ジュリエットもまた明煌の元へと歩み寄る。
「仲直り、きっと出来ると思います。頑張ってくださいませ。
 それからこれからを一緒に考えましょう?」
「うん。ジュリエットちゃん……ありがと」

 サクラは詩乃の頭を撫でながら「よく頑張ったね」と褒め讃える。
「私も明煌さんも皆も助かったよ。ありがとう」
「えへへ」
 顔を綻ばせた詩乃をサクラはぎゅうと抱きしめた。
「どう、怖かった? 戦うのはもう嫌かな?」
 詩乃はその出自から強大な力を有しているのだろう。
 否が応でも戦いに巻き込まれてしまうかもしれない。
「ううん。守る為なら私は戦うよ」
「そっか、じゃあ詩乃が大きくなったら、私と一緒に正義の騎士団に入ってみる?」
 サクラと一緒の騎士団。その響きに詩乃は目を輝かせた。
「うん! きっとね。約束! あ……サクラ、たいへん。こっち……こっち」
「どうしたの? 詩乃」

 詩乃はサクラの手を引いて暁月の元へやってくる。
「おや、君は……」
 視線を合わせるように屈んだ暁月の妖刀無限廻廊を掴む詩乃の小さな手。
「暁月……どうしよう、兄様が……もう」
「やっぱり分かるんだね」
 悲しげに視線を落した暁月は妖刀をぎゅっと握った。
「信仰が変わっていく。それは封呪無限廻廊の――白鋼斬影の力が徐々に失われるということだ。繰切の封印は意味を成さないものだと、深道の人々はもう分かってしまった。イレギュラーズなら繰切を倒せるのだと希望を抱いたんだよ」
 人々の意志が向かう先。それは繰切の討伐。
「そんな、人々の信仰が悪い方向へ向かうなんて!」
 サクラが声を張り上げるのに、アーマデルやヴェルグリーズも何事かと集まってくる。
「いいえ、悪いとは言い切れません」
 伏し目がちに首を振る舞花へと視線を上げる一同。
「そもそも、燈堂が紡いできた無限廻廊への人柱は断ち切られるべきではないでしょうか?」
 誰よりも早く燈堂の異質な因習を疑問視していたのは舞花だ。
 抜本的な解決無くして、燈堂の未来は拓けないと以前より思っていた。
「それを、深道の人々も望んだ結果ではないですか? イレギュラーズであれば、繰切を倒す事ができると皆が信じてくれた」
 その為にイレギュラーズは巳道を倒し、人々の信頼を得たのではないか。
「しかし、どれだけ束になっても繰切には叶わない。繰切が暴走すれば燈堂は焦土と化し、レイラインで繋がっている深道も周藤も甚大な被害を受ける……と言われている」
 暁月は険しい顔をして集まったイレギュラーズに伝える。



「そうさ……! だったら繰切を元の二柱に戻せば良い」
 既に聞き慣れた女の声がした。イレギュラーズ……特に愛無は盛大に溜息を吐く。
 パンダフードの葛城春泥が此処ぞとばかりに現れたからだ。
 マリエッタは先程、チアキの鏡が映した明煌と春泥の会話を思い出す。
「また厄介事を持ち込む気か?」
 愛無は怪訝な顔で春泥を睨み付けた。
「ははは! 我が子よ。相変わらずの塩対応じゃないか?」
「……それに、どうやって繰切を分けるというのだ」
 愛無の疑問に「いいかな」と話しを切り出すのはヴェルグリーズだ。
「直接知っている訳では無い。ただ、そうであると予感があるんだ。ほら、ROOでクロウ・クルァクと白鋼斬影に別れていただろう? 彼らなら何か知ってるんじゃないかと思ってね」
 かつて練達のマザーの暴走とROOの事件において、『繰切』という存在のもう一つの姿を垣間見た。



 繰切としてではなく、別々の二柱の神として存在していたクルとキリ。

「そうそう! 君達をROOに招待しよう! 特別なイベントさ。豪華景品も出る……かもしれない!」
「何をしようとしているんですか? あまり危険なことはお断りですからね?」
 春泥に口を挟むのはテアドールだ。こと、ROOにおいてアバター周りに被害を出す懸念を見過ごす訳にはいかなかった。
「えー、どうかなぁ? 大丈夫じゃない? 君は心配しすぎだよ。ってことで。核も見つかったようだし。
 ROOへの招待はまた後日連絡するね!」
 嵐のように言いたい事だけを言って去って行った春泥にアーマデル達は呆ける。

 すみれは青灯の花畑に横たわる幼い暁月から核を取り出す。
『明煌さん……どこいちゃったの』
 悲しげに涙を流しながら消えていく夜妖。
 すみれは完全に消え去るまで、それをじっと見つめてから明煌へ視線を上げた。
 戦いのあとは仲間の疲労も溜っているだろう。早く終わらせてやらねばと核を握りこむ。
 破砕した核と共に帳が晴れて、イレギュラーズは元の場所へ回帰する。
 最後に見た明煌の横顔に、『かみさま』から、家族になれただろうかとすみれは思い馳せた。

 ――――
 ――

 何事も無かったかのように照明が静かに灯されたバーへと戻って来た明煌と暁月。
 飲みかけのカクテルはそのまま残っていた。
 不思議そうな顔をする二人へ、バーのマスターが「どうかされました?」と尋ねる。
「いえ、今日はもうチェックをお願いします」
 残っていたカクテルを飲み干した暁月は会計を済ませ、明煌と共にバーの外へ出た。
「暁月?」
「ホテル取ってるんでしょ? 込み入った話だからね。ゆっくり話そうよ」

 夜景の見えるホテルの部屋で、暁月はシャンパングラスを傾ける。
 柔らかなソファへ腰掛けた明煌の向かいに座った暁月は「明日休みでよかった」と微笑んだ。
「……何話してたっけ」
「最初は獏馬のこと話そうと思ってた」
「うん」
 シャンパングラスをコツリとガラステーブルに置いた暁月は明煌の声を逃さないように向き直る。
「獏馬は元々、煌浄殿に居た呪物だった。暁月が心配で……送り出した」
「心配って?」
 首を傾げる暁月に言いにくそうにしていた明煌だったが、対話をしにきたのだと思い直し前を向いた。
「暁月高校の時、友達斬って少し病んでたやろ」
「ええ……誰から聞いたのそれ」
 澄原 晴陽を助ける為、鹿路 心咲を斬った。
 仲が良かった友人(明煌の場合は呪物だが)を斬る苦痛は明煌にも分かる。
「誰からって、先生だよ。先生に相談して暁月に獏馬を送った。手助けになるように。でも、俺の知ってる獏馬じゃ無くなってたみたいだ。結果的に、暁月の大事な人を失うことになってしまった」
「……詩織を亡くしたことは悲しいよ。けど、明煌さんが悪いわけじゃないよね。それ、おそらく先生が何か噛んでるんだと思うけど……聞いてみた?」
「聞いたけど、別の獏馬だって言ってた……でも、今日ちゃんと見たらやっぱり俺が知ってる獏馬だった」
 姿形が変わっても明煌との繋がりを魂が覚えていたのだろう。

「いやもう、ほんと……先生に振り回され過ぎじゃない? 私達。何考えてんのあの人」
「……俺は」
 溜息を吐いた暁月へ、真剣な表情を向ける明煌。
「暁月を救いたかった。何れ無限廻廊に飲まれる暁月を救いたいって。だから先生に協力した」
「それで、廻を犠牲にするって?」
「暁月以外の他人なんてどうでもよかったし……良かったと思ってた」
「でも良く無いんでしょ、今は。廻をもう物として扱えなくなったんだね。私もそうさ、『何でも受入れてくれる』廻を使って、獏馬をおびき寄せようとした。それで後悔したんだ」
「うん……もう廻を物として扱うなんて無理だ。暁月も廻も大事だから」
「ああ、やっぱり君は優しいんだ。私に右目をくれてさ。全部救いたいって思ってしまうんだろう?
 だから、今の状況がもどかしく感じてしまう。そうだろう?」
「うん……」
 唸りながら溜息を吐いた明煌は前屈みになり頭を抱える。

「……暁月が出ていって、悲しくて。忘れようって思った。思えば思うほど忘れられなかった。置いていかれたと思ったんだ」
 子供の頃の純粋な感情が、執着となっていったと明煌は俯きながら零す。
「私は君みたいに守れる人になりたかった。妹たちや深道の人達を。
 君はお兄ちゃんで、私なんかよりずっと大人で。優しくてちょっと不器用で、でも深い情を持ってる、すごい人なんだと思ってた。だって子供時代の三歳は大きいよ。だから君なら分かってくれると思ってたんだ」
 暁月の言葉に「俺は凄くなんかない」と明煌は首を振る。
「距離が離れても、いつまでも仲良しだと私は思ってた。でも君はぎこちなくなってしまって。君が怒ってるのかなって思った。右目のことや燈堂にきたこと。嫌われたのだと悲しくなったよ。だから連絡もしなくなってしまった」
「違う。嫌ったわけじゃない!」

 ――本当は嫌おうとした。けれど、嫌いになれなかった。
 久し振りに会ったのに変わらず接してくる暁月は、今の廻ぐらいに成長していて。
 まだ声変わりも終わっていない暁月が触れてきたとき、それが『恋』だと錯覚した。
 だから、怖くなった。
 この感情は向けていいものではない――暁月は甥なのだから。

「詩乃の言葉覚えてる?」
 不意に暁月が問いを投げかける。
「……封呪の無限廻廊――白鋼斬影が持たないって話しか」
「そー、私は妖刀の方を持ってるから、何となく分かってたんだけど。
 今代は私の命で繋ぐとしても、次代にはそれを防ぎたいと思ってるんだよ。私で最後にしたい」
「それが、嫌やねん!」
 思わず頭に血が上った明煌はソファから立ち上がり、座っている暁月の肩を掴む。
 痛みを覚える程に強く握られた両肩と、間近に感じる明煌の赤い瞳に目を逸らしたくなった。
 けれど、ここで目を逸らせばこの対話の意味が無くなってしまうと暁月は考える。
「なんで暁月が犠牲になる前提なんや!? おかしいやろ!?」
「おかしくなんてないよ。私はこの手で先代を斬って無限廻廊の礎とした。今度は私の番ってだけ。それが燈堂の当主を継いだ者の定めだよ。私がしてなかったら朝比奈がそうなってた。私は妹に死んでほしくはなかったんだよ……歯車だとわかっているさ」
 肩を掴む明煌の手を宥めるようにぽんぽんと叩く暁月。

「――絶対に嫌や!
 何が今度は自分の番じゃ! 諦めてるだけやろが!!
 俺は諦めへんからな!
 暁月も廻も、全部全部全部! 救ったるから!!!!」

 溢れ出る言葉が止まらない。今まで貯めてきた感情が爆発するようだ。
「だって……じゃあどうすればいいんだよ! どうすれば皆死ななくて済むんだよ!
 私は礎となるために生きてきたんだ。今更それを変えようなんて……願えないっ」
 犠牲にした先代やその前の当主達が紡いだものを背負う重責が暁月から無くなったわけではない。
 自分の命は自分のものではない。幼い暁月が身に刻んだ宿命は簡単に拭えない。

 だからこそ、明煌は暁月を救いたいと願っていた。
 春泥の計画に加担してでも。赤の他人を犠牲にしてでも。
「……お前が死んだら意味無いんや、なあ、自分の命を簡単に諦めんといてや。
 俺は暁月に生きてほしい。一緒にお喋りして旅行して、ゲームして天体観測して、美味しいもの食べて。
 ずっと一緒に楽しい時間を過ごしたい。だから、生きてほしい」

「暁月が、大事やねん……」
「知ってるよ。今日の夜妖を見れば分かるさ。
 そんなに思い詰めるまで、私の事を想ってくれて嬉しいよ。ありがとう明煌さん」
 けれど、と暁月は明煌の頬に指を添える。
「私はもう子供じゃない。守られるだけの子供じゃ無い。これからはちゃんと今の私を見てよ」
 話しはそれからだと明煌の頬をむにっと摘まむ暁月。
「分かった……じゃあ暁月もちゃんとこれから先の、自分の未来を見て。死ななくてすむように」
「うん」
 無為に自分の命を差し出すことはしないけれど、燈堂の礎となる覚悟は最初からあった。
 けれど、どうしたって死を望んでいる訳では無いと本能が否定する。
「本当は、怖いんだ……それを当主の務めだからって必死に抑えてきた。
 私はもう大人だから、お家事なんて、友達にも言っちゃいけないと思ってしまうんだよ」
 きっと暁月の友人たちは真剣に考えてくれる。そんな友達だからこそ言えずにいた。
「俺は当主になる前から暁月を知ってるから。暁月の味方だから」
 子供を慰めるように明煌は暁月の頭を抱え込む。それは子供の頃明煌がよくしてくれていたものだ。
 とんとんと背を撫でる手はあの頃と変わらなくて。暁月の『大人の意地』が剥がれる。
「やっぱさ。皆との思い出が増えれば増えるだけさ……死にたく無いって。
 私だって、まだ――死にたくない……っ」
 ほろりと零れた一筋の涙が暁月の頬を伝う。
 しっかりした大人で、朗らかな笑顔の溢れる暁月は――其れを己に架している燈堂の当主は――『弱音』を吐くことが苦手だ。だからこうして言葉に出来たのは行幸といえよう。

 死なせたくないと明煌が願い。死にたくないと暁月が重ねる。
 きっとこれは。前に進むための、大切な時間。
 希望ヶ浜の薄い星空と煌めく夜景が、窓の外に宝石箱みたいに散っていた。

成否

成功

MVP

楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾

状態異常

ジェック・アーロン(p3p004755)[重傷]
冠位狙撃者
キコ・ウシュ(p3p010780)[重傷]
名誉の負傷

あとがき

 お疲れ様でした。
 沢山の傷を負い、それでも前へ進む。そんな一歩のお話でした。
 どなたも熱いプレイングでした。MVPは戦線を支えた方へ。
 ご参加ありがとうございました。

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