シナリオ詳細
<美しき珠の枝>幕間 可惜夜に寒月
オープニング
●明けてしまうのが惜しい夜
闇色に、ぽっかりと金色が浮かび上がる。
まんまるの月は、今年最後の満月だ。
人々は思い思いに月を眺め、晴れて良かったね等と声を掛け合っていた。
「来年も、一緒に見られるかしら」
「そんなこと、決まっているじゃないか」
寄り添う手と手が重なって、互いの瞳に映っていた満月は互いの顔へと変わる。
――来年もまた、平和に日々を過ごせますように。
満月の日は幾度も来ることだろう。
けれども今年最後の満月は、今だけ。
その年最後の月を見ながら「来年もこの月を」ということは、来年一年もずっと共に居ようと告げていることに値する。
そして、満月――満ちたる月は『蜜月』であることを恋人同士は暗に交わす。
来年もその先も、ずっとあなたと蜜月を、と。
その年の最後だけでなく、人生の最後まで、あなたと蜜月を。
●晴れ間
「刑部卿から手紙が届いたよ」
先日はお疲れ様、といつも通りに言葉を吐いた劉・雨泽(p3n000218)は、いつも通り刑部卿からの巻物を手にしてそう口にした。
いつも通り。されど、いつもと違う点がある。
雨泽が笠を被っていないのだ。
白い髪からは赤い角が覗いている。
それは、彼が隠したいものだった。
無ければいいのに、と思っていたものだった。
そんな彼が少し変わった事を、チック・シュテル(p3p000932)は先日の炎の飲まれた料亭から気が付いていた。布を被って角を隠すこと無く、処理を刑部省に任せて立ち去ること無く、角を晒したまま彼はその場に居たのだから。
「ああ、これね。そう、僕、鬼人種なんだよね」
幾人からの視線にああと零した雨泽は笑顔とともにあっけらかんとそう告げた。
「皆が頑張ってくれたから。皆が居ればこの国での鬼人種の扱いももっとよくなっていくって思えたから、僕も偽るのをやめようと思って」
先の大乱でイレギュラーズの動きを知ってローレットに協力することにした雨泽であったが、物語のようにすべてが良くなるとは楽観していなかった。そんなものは夢物語で、少し変わったところで鬼人種の扱いは変わらないと思っていたのだ。
その考えが、一連の事件によって変わった。
パンと手を叩き、話を変える。
「豊穣で『寒月祭』という祭りが開かれるのだけれど、その日に『お疲れ様会はどうですか?』という旨の手紙だったよ」
お疲れ様会は『刑部卿』鹿紫雲・白水(p3n000229)邸で行われる。鍋料理を始めとした各種料理を用意しているそうだ。昼間は鍋を。そして夜はのんびりと月を楽しむことが出来るのだと、手紙には記されてあった。
それとは別に、高天京では今年最後の満月を愛でる寒月祭が開かれている。「屋敷に顔を出さずとも、此方を楽しむのも良い羽根伸ばしになるであろう」と手紙に記してあった。
『長い間世話になったため、是非とものんびりと豊穣で過ごして欲しい』
そう言った誘いであった。
「あとは……『九皐会』のことも少し記してあったよ」
九皐会。先日までに刑部と共同で追っていた組織である。
頭目である『亭主』焔心の生死は不明であったが、遺体が見つからないことからおそらくは生存していること。また、隈なく探したが足取りは掴めず、国を出てしまった可能性が高い。
九皐会の会は「え」であり、元は「枝」。ここのつの枝もつ組織である。今回相対することのなかった者等の方も潰すつもりで今後も刑部は動いていくことだろう。しかしこちらは、神使の手を借りる必要は今のところはないようだ。
「そんな感じかな。また何かあればよろしくねって感じみたいだね」
あとは……と、雨泽は日向寺 三毒(p3p008777)とジルーシャ・グレイ(p3p002246)、白ノ雪 此花(p3p008758)へと視線を向けた。
「……隠れ里の方も、他の人に知られない範囲で、また刑部卿が信頼している人たちのみで偶に様子を見にいっているようだよ。彼等はそのままあそこで暮らすみたい。……他所に移ると、また彼等の心が傷を負うかもしれないから、ね」
「雫石の容態はどうだ?」
松元 聖霊(p3p008208)が口を開き、水瀬 冬佳(p3p006383)も静かに雨泽を注視する。
「君たちのお陰で、穏やかな日々を過ごしているよ。今は刑部の元に身を寄せているけれど、歩けるようになったらそこを出て生きていこうと前向きな姿勢を見せているよ。――強いね、彼女」
まるで自分とは大違いだとでも言いたげに雨泽は肩を竦めてから、そんなところかな? と首を傾げた。
「そんな訳だけど、どうかな。豊穣に、遊びに行かない?」
勿論、『お疲れ様の対象外』などと思わなくていい。
様々な案件を抱えて忙しい刑部卿は、こういう時でもなければイレギュラーズ等と触れ合うことがない。彼自身も直に知りたいのだろう。イレギュラーズたちの人となりを。
だから自由に、楽しみに行こう。
雨泽が白い髪を揺らし、微笑んだ。
- <美しき珠の枝>幕間 可惜夜に寒月完了
- GM名壱花
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年12月20日 22時05分
- 参加人数25/25人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 25 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC1人)参加者一覧(25人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●既知巡り
さて、何処へ行こう。
そう思った『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)はすぐに行き先を決めた。
沢山の依頼をこなして懐が温かいとなれば、女遊びに乗り出すしか無い! 無いのだ!
「にしし……嘉六と聖霊に後から自慢しちゃるわ」
きっと悪友たちは清舟の武勇伝を聞いて羨ましがることだろう。天才すぎる報酬の使い道に、こぞって膝を叩くことだろう。
「久しぶりじゃのう! 皆の衆! 今日は客として来たぞ!」
そんな訳で意気揚々と大門をくぐり、楼主が変わった『白鴇屋』へと向かえば、顔馴染みになった若衆が『大丈夫か?』という表情を向けてくる。それを銭ならあると懐を叩いていなしたが、更に何とも言えぬ表情をされた。なんでじゃ?
「あらまあ坊や……んん、清舟様」
綿の入った重たい裾を捌いて部屋に来た遊女が意味ありげな視線をひとつ、清舟へと向ける。その視線の意味は『今日の財布事情は大丈夫なの?』と言ったところなのだが――
「ほほほほほほほほほほほほ本日はよいお日柄で……お集まり頂き誠に嬉しく思っており……」
その艶めいた視線ひとつで清舟はのぼせあがった。
(や、やばい! きききき緊張で! はあ、はあ、しっかり己を保つんじゃ、清舟! 儂は女の園で過酷な日々を乗り越えた猛者! 話くらいできぜ、気絶なんぞ……あっ、姐さんが近付……ええにお、~~~~~っ)
――バタン!
次に清舟が意識を取り戻したのは遊女の膝の上。
頭に触れる枕が遊女の太腿だと気付くと、美しい笑みを見上げたまま再度意識を手放した。
やはり良い女にゃ笑顔が一番よ!
「こんにちは、雫石さん」
「よう雫石。調子はどうだ?」
「冬佳様、聖霊様」
こほんと咳が零れてしまうものの、雫石は読んでいた本から顔を上げて『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)と『医神の傲慢』松元 聖霊(p3p008208)を見上げると、嬉しげに表情を綻ばせた。
障子窓に身体を預けていた彼女が身体を離す。
「見てください」
少しよろりと蹌踉めくと、聖霊は差し出しそうになった自らの腕を掴んで耐える。健常者ならば何という事もない動きだが、雫石にはそれが精一杯だと知っている。雫石が頑張っているのだと、医者として見守った。
「リハビリ頑張ってんな」
「まだこれくらい、ですけれど……」
壁つたいに立ち上がった雫石は、杖の支えが少しだけ歩けるのですよと微笑う。その表情に悲嘆はなく、出来ることがひとつずつ増えていくことへの喜びで溢れていた。
「聞いたぜ、歩けるようになったら、ここ出て生きてくんだろ」
「はい」
冬佳の手を借りて座り直した雫石の声は以前の美しさを欠いているが、それでも美しいとふたりは思った。瞳と声に力が宿っており、座す姿勢も一本線が入っているようだった。
「雫石さんは……していきたい事とかはありますか?」
「そう、ですね……まだ決まってはいませんが、ひとと関われる仕事につきたいと思っております」
花魁として芸事は教えられるほどに達者であるから、琴や三味線を人に教えるのもいい。ひとの話を聞くのも得意だから、誰かと話す仕事でもいい。
「お前なら、やりたいことくらい見つけられる」
はっきりと聖霊が言い切った。
「正直あそこに居た時よりキツいことがあるかもしれねぇ。けど雫石、お前は強い女性だ。俺が保証する」
「まあ、それは。素敵なお墨付きを頂いてしまいましたね」
何よりも背を押される思いだと、雫石がくすりと笑った。
「ひとと関わる仕事でしたら、ローレットで働いてみるのもいいかも知れませんね」
「ろぉれっと……」
瞳が丸くなった雫石に、冬佳ははいと笑って応えた。
高い教養と記憶力、そして頭の回転も早く、話術にも富んでいる。ローレットの受付を務めるには充分な素質が雫石にはあるのだ。
しかし雫石は悩むようにそうですねと吐息混じりに言葉を零し、一度瞳を伏せてから冬佳を見た。
「……私は、この国が嫌いではないのです」
こんな目にあっても、と穏やかな彩を湛えた瞳が告げている。
「聖霊様のお墨付きも頂けましたし、もう少しこの国で戦っていきたく思います」
戦い方は、様々だ。
荒事が苦手でも、男性が苦手でも、背を真っ直ぐ立てて前を向いて生きていく。
それが雫石の戦い方だ。
「……矢張り強いな、雫石は」
「ええ、本当に」
「色々あったが、あの時のあの言葉は嘘じゃねぇ。もし、もしお前が辛いことがあったりしたときは俺ん所に来い」
お前は俺の患者だ、と聖霊が告げる。
心も身体も、痛むところは全部診てやる。泣かせたり嗤うようなクソ野郎はぶん殴ってる。
言葉遣いは悪いが、彼の真心に雫石は胸を押さえた。
「聖霊様……」
「私のところへも、ですよ」
「冬佳様まで……」
思わず目頭を押さえた雫石は肩を震わせて。
けれど再度顔を上げた時、彼女はこう言った。
「宜しければ、時折文を出させて頂いても宜しいでしょうか?」
ふたりの答えは、勿論――。
寺門が見えてきた時、『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)は己を横抱きで抱えてきた『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)を見上げた。
「英司様、ここで」
「ああ」
姫抱きにするまでも少しひと悶着はあったものの、思えば澄恋は幾度も彼に抱えられている。
しかし意識をすれば頬は火照るもの。浅い呼吸を繰り返して気を鎮めると、寺の落ち葉を集めている少年の元へと近寄った。
「こんにちは、蒼太様」
箒を手にしていた少年の肩が跳ね、素早く振り返る。
「お姉ちゃん!」
「お手紙のお返事を送れておらずすみません、元気にしてましたか?」
申し訳なさげに眉を下げる澄恋の元へと駆け寄った蒼太は、首を振って。
「うん、元気! お仕事いそがしいって、僕知ってるよ。お姉ちゃんは国のためのお仕事? を、してたんでしょう?」
寺の者等からそう聞かされているらしい。「皆を守るすごいお仕事なんだよね? お姉ちゃんはすごいや」と瞳を輝かせて笑った。
澄恋はその笑顔に心が救われるような思いだった。彼からの手紙を読み返しては幾度も心が救われていたが、こうして背が伸び、以前よりもずっと明るい表情となった蒼太を直接目にすれば、余りあるものがある。
「……お姉ちゃん」
その人は?
蒼太は澄恋の袖を引き、僅かに身を澄恋で隠すようにして問う。表情は明るくなったが、知らない人はまだ少し怖いようだ。
「よう坊主。俺はH。見ての通り怪しい人さ」
「彼は、わたしの大切な人でして」
「たいせつなひと……」
しゃがんで目線を合わせた英司に、蒼太が難しい顔をした。
(お?)
少年の表情に思うところはあったが洋物の菓子だと差し出せば、蒼太は英司よりも豊穣では珍かな洋菓子に気を取られてくれる。
「お姉ちゃん、こっち。こっち座って! 一緒に食べよ!」
「こちらのお兄さんも良いですか?」
「う、うん、いいよ。こっち来て」
落ち葉を集めていた箒を引きずって駆けた蒼太は講堂の濡縁へとふたりを招き、座っていてと言いおいてから箒を手にまた駆けていく。元気な姿に澄恋は目を柔らかに細め、そんな澄恋を英司は優しく見守っていた。
「これ、すごい!」
水の入った桶を持ってきて手を洗うように告げた蒼太は、自身もそうしてから早速菓子を頬張った。両手でしっかりと掴んでいるのは所謂マフィンと呼ばれる洋菓子で、始めて口にした味に目に星を浮かべている。
「美味いか?」
「うん、美味しい」
「蒼太様、食べ屑が頬に」
「ん。ありがとう」
美味しいと頬張る蒼太と世話を焼く澄恋を見守っているのも悪くはないが、英司は腰を上げるとふたりの前に立つ。
「鬼人種の為に勇敢に戦った正義の味方の話はどうだ?」
「うん、聞きたい」
白無垢のヒーローの話にも、蒼太は時折菓子を頬張るのも忘れて聞き入っていた。
「蒼太様、贈り物はお菓子だけではないのですよ」
夕飯が食べれなくなるからと、菓子はひとつだけに留め――けれどもジッと食べたそうに菓子を見つめてしまう蒼太が澄恋の声に顔を上げる。
「こちらは擦らずに使える洋墨です」
Inkと書かれた小瓶に、蒼太の視線が吸い込まれた。
「折角ですから、一緒に文字や手紙を書く練習をしませんか?」
「いっしょに?」
「この英司様は、とってもお手紙を書くのが上手なのです」
それはそれは、一人の乙女のこころを射抜くくらいには。
含みをもたせた言葉に英司は苦笑をするが、構わないぜと断らない。
貸してみなと英司が筆を執る。
真剣な表情で蒼太が筆跡を追う。
その様がまるで家族のようで、澄恋の胸に一足早い春が灯る。
(守らなくては、なりませんね)
この笑顔を、このひとときを。
何者にも壊させはしない。
●月は暴かず
山の中、隠された里へ向かうのも、些か慣れた。
焦げ目のついた門がまだ手付かずであることを見遣りながらくぐり抜けた『瞑目の墓守』日向寺 三毒(p3p008777)は見当の男が土を耕しているのを見つけると、そちらへ爪先を向けた。
「よォ、満春」
「……三毒さん」
三毒の姿に、満春が眩しげに瞳を細める。
「事後処理なんか任せっきりで悪ィな。手が足りねェなら幾らでも貸すからよ、扱き使ってくれや」
「いえ、こちらこそ。こうして声を掛けにきてくれるだけでありがたいです」
近くで畑仕事をしていた里長も腰を伸ばすと、三毒へ向けて屈託なく笑った。ふたりの笑顔は、どこか晴れ晴れとしている。
「刑部卿の使いのお役人さんから色々聞いたんだ」
「時折様子も見に来てくださるそうで」
なあ、と里長と満春が顔を合わせる。
刑部は他にも、立て直すための資材も少しずつ運び込んでくれている。木々を切り倒すと見つかるかも知れないから、とても助かっているのだと満春が告げた。
「だがな、人手がな……」
襲撃で寝込んでしまった者も多く、また人の出入りがあれば警戒する者も多い。動ける満春たちで頑張ってはいるものの、進みはひどくゆっくりだ。
「人手が必要なのね? 任せて頂戴?」
「それじゃあ、わしも手伝おうかの。何、これも美味い酒を飲むためよ」
早速やるわよーっとやる気満々な『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が腕まくりをし、ふらりと訪っていた『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)も話に乗った。
やれることは沢山ありすぎて、一朝一夕では終わらない。それでも少しでも力になるために、ジルーシャは資材と工具を手に村のあちらこちらを走り回った。
「ハァイ。元気にしてる? あら、元気がない? それなら、ここの隙間を塞いでしまうわね。家にいるのなら、隙間風がない方がいいもの」
「また来たのかい、クソ弟子」
「あいたっ……って、師匠。もうっ、弟子の頭は煙管で叩くためにある訳じゃないのよ!?」
頭をさすりながら頬を膨らませたジルーシャは、師匠に構って居られるほど暇じゃないの! と工具を手に作業を進める。力自慢ではないが、普段から繊細な香草も選り分けたりする指はとても器用にジルージャの意思通りに動いてくれる。
そんなジルーシャを見つめながら、レディ・グレイはふうと紫煙を吐いた。
まだまだ未熟な弟子だと思っていたが、ジルーシャは人々に寄り添い、やれることを頑張っている。その姿は成長したと感じられるもので、師としては嬉しく思う。――伝える気はないけれど。
(これならいつか、右眼の祝福が呪いへと転じて牙を剥く日が来たとしても――)
弟子が打ち勝てるのを、師は信じている。
「クソ弟子、アタシはそろそろ行くよ」
「師匠? その、」
また会えるよね。
否定されるのが怖くて、その一言が出てこない。
「じゃあね、クソ弟子。縁があればまたどこかで会うだろうさ」
乱暴に頭を撫で、師はひらりと手を振り背を向けた。
「……もうっ、髪が崩れちゃうじゃない」
声はふてくされているのに、ジルーシャの口には確かな笑みがあった。
同じ世界に居るのだから、また会える。そう、信じて。
一度隠れ里へと顔を出した『特異運命座標』白ノ雪 此花(p3p008758)は、一人の男を伴い以前訪れた川へと来ていた。
「茜……」
夜色の髪に欠けた角、そして片腕の男が、川へと声を投げかける。道中、自身を『暁生』と名乗った男は、ぽつりぽつりと自分たちの身に起こったことを語ってくれた。
暁生と少女――茜は、年の離れた兄妹であった。早くに両親を亡くしてからは兄の手ひとつで茜を育てたため、親代わりでもあった。しかし不幸は両親だけでなく、ふたりの命までも脅かしたのだ。組織に囚われたふたりは何とか逃げ出したのだが、暁生は片腕とともに妹と離れ離れとなってしまった。
――きっと何処かで生きている。
それだけが心の支えとなっていた暁生は、妹が既に居ない事を知り塞ぎ込んでいた。だが、彼女の魂を彼岸へと送ってやりたいのだと此花が告げると、あれ程恐れていた里の外へも着いてくると告げたのだった。
「眼前にいらっしゃいますよ」
暁生の瞳には茜の姿は見えない。
けれど此花の瞳には薄ぼんやりとした少女の姿が見えている。
「茜、茜、すまなかった」
守りきってやることが出来なかった。俺だけが生き延びてしまった。
暁生は涙を零して宙へと訴える。
しかし此花の瞳に映る茜は穏やかに笑んでおり、暁生の失った腕へと手を伸ばしかけ、引っ込めた。
「いつかあなたが此岸へ戻る頃には、もっと平穏な世になっているよう、努めます」
此花は静かにそう告げ、少女の魂を輪廻の輪へと送り出すのだった。
「知ってる? 今日はね、京では満月のお祭りをしているのよ」
だからね、とジルーシャがポロンと竪琴を爪弾いた。
「時々こんな風に月を眺めながら音楽会をやるっていうのはどうかしら? 皆で歌ったり踊ったりすれば気分も晴れるし、きっと楽しいわよ♪」
「月もだが、花もいいと思うぜ。四季の流れが感じられて悪くねェよ」
ポロポロと竪琴で曲を奏でるジルーシャに続いて、三毒が満春に勧めた。山にある木々の花から四季は感じられるだろうが、それを感じられるのは里から出れる元気のある者たちだけだ。
「小さくてもいい。花壇を作ってよ、交代で水やりをするのもいいかもしれねェな」
「水やりや花を眺めに出てきてくれるかもしれないな」
自分で外に出る勇気がでなくとも、花のためならば動けるかもしれない。
ただ静かに咲いた花を見るだけでもいい。
花にやった水がじんわりと地に吸い込まれていくように、そういった時間はきっと彼等の傷ついた心を癒やしてくれることだろう。
三毒と満春、里長の会話。そしてジルーシャの爪弾く竪琴の音色。それらに耳を傾けながら、瑞鬼は静かにひとりで酒杯を傾けていた。
瑞鬼にとって鬼人種への差別など『当たり前』のものだった。自身を含め、虐げられることに慣れきっている鬼人種たちが多いことを知っている。
しかし今は『時代が違う』。
鬼人種たちは立ち上がっていい。悲鳴を上げていい。苦しいのだと訴えていい。
そうしても棒で打たれることも、唾を吐かれることも――まだ無いとは言い切れないが、何十年もかけてきっとそうなる未来があるのだ。そう、長く生きる瑞鬼にも思わせてくれる世になりつつある。
「かっかっか、善哉善哉」
変わり、成長していく。それこそが人だ。
「それにしてもあの馬鹿娘。嫁入り前の身体なんじゃからもちっと気にかけんか」
まあ、無理じゃろうな。
本当にどうしようもないお転婆娘なのだから。
美しい満月へと酒杯を掲げ、願を掛ける。
――いつの世も、子等が笑って暮らせる世であるように。
酒に映る月ごとぐいと飲み干して、瑞鬼はひとり静かに里を立ち去った。
月は美しく、千鳥足も軽い。
今宵の酒は実に甘露であった。
●香り立つ湯気の宴
鹿紫雲邸の門扉が開かれ、神使等が招かれた。
「えと、あの、お招きに預かり、光栄、です」
お鍋楽しみだね、と口にした雨泽と先刻までウキウキと耳をパタつかせていた『あたたかい笑顔』メイメイ・ルー(p3p004460)も、よく知っている人の同僚とは言え初対面だからと流石に緊張に声を震わせた。
雨泽はと言うと、案内された広間で鹿紫雲・白水と顔を合わせた瞬間だけは停止したものの、「初めまして、いつもお世話になっています」なんて在り来りな挨拶をして好きな鍋の前に座るよう神使たちへと言葉を掛けた。
「どれもとっても美味しそうですね……!」
「コノキノコ フリックタチ 採ッテキタ」
どこに座ろうかと悩む『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)に『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)がエヘンと誇らしげに告げれば、『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)もメイメイも「ニルもです」「わ、わたしもです……っ」と元気に手を上げた。
「酒飲み連中は集まっておく?」
雨泽の言葉に、「そうですね」と『善悪の彼岸』金枝 繁茂(p3p008917)が顎を引く。その方が酒を注ぎあいやすい。
「それじゃあ俺は此方側……ってなんだ、かわいい女の子が一人もいねぇ」
「まあまあ、可愛い僕が居るから許してね」
「おいしいお酒を持ってきたので許してください」
酒飲み組である雨泽と繁茂が調子のいいことを言い、「仕方ねぇなぁ」と『のんべんだらり』嘉六(p3p010174)が笑った。
「ならば私は愛らしい神使等の隣につかせてもらおう」
白水は酒が飲めないため、メイメイと朝顔の間に座した。コノハナタケも目の前にあり、甘く梅の香りが漂っている。
「ニルは、まんなか組です」
「俺もだな」
「私もです」
年齢的に酒は飲めるけれど、酒飲みという訳ではない派閥である。果実水も飲みたいニルと、まだ酒と親しくなっている訳ではない二十歳の『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)と『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)はどちらも楽しめる席へとついた。
「白水様はどれが一番好きなのですか?」
いくつも用意されている瓶はどれも中身が違う果実水だと聞いて、ニルは首をかしげる。最初の一杯――皆との乾杯は、それにしようと思ったのだ。
「私は桃が好きだ」
「白水様の分もお注ぎしますね」
「わたしは柑橘系のを……」
「柑橘ならば、蜜柑と檸檬を用意してある」
蜜柑だけでも沢山の種類が用意されており、メイメイは一等甘いのはそれだと示されたものにした。
「お酒やジュース、行き渡ったかな?」
雨泽が見渡してそれぞれの手に杯があることを確認すると「それじゃあ刑部卿、お願いします」と水を向けた。
「どの行いも、みな大儀であった。今日はゆるりと楽しんでいって欲しい」
その一言で、鍋パーティは始まった。
「かんぱーい」
「乾杯、です」
「美味い酒にかんぱ~い! にゃはは!」
「……嘉六さん、既に酔っておりませんか?」
「酔ってにゃい(酔ってる)」
皆の乾杯の掛け声の中で、明らかにひとりだけ既に調子がおかしい。
繁茂が聞いても嘉六はふるりとかぶりを振り、『絶対に酔ってる』とその場に居た(嘉六以外の)全員が思った。
「雨泽さん、こちらは私が持参した酒です。どうぞ一献」
「ありがとー……ってちょっと待って」
「何か?」
「それ、ヤバい奴だよね?」
繁茂がドンと置いた一升瓶には『三途』と書かれていた。
『出すな飲むな勧めるな、三口飲めば三途の川』というヤバい謳い文句の酒だ。
「3口飲めばあれですが、逆に2口まではとてもおいしいお酒なんですよ、本当本当ハンモウソツカナイ」
「はい、没収!」
「あー! まだ一口も飲んでいないのに没収は! せめて一口だけでも!」
そんなキラキラ純真笑顔で言われても、こればかりは信じません!
既に騒がしい酒呑みたちは極力認識の外へと追いやって、白水と神使等は和気あいあいと鍋を楽しんだ。
「どのお味も美味しいですね」
違う味の鍋を一度に味わえる機会というのも、そう滅多に無いものだ。療養するならば精のつくものをたべなくちゃ! と、仲間たちに勧められながら綾姫は各鍋に舌鼓。
「美味い」
コノハナタケを口にした白水がしみじみとそう口にしたため、収穫を手伝ったニルとメイメイとフリークライは嬉しくなった。
「焼いたのも美味しい、ですよ」
「では、焼いたものも頂こう」
白水の一声で七輪とかぼすが追加され、喜んだ獅門が早速キノコを炙り出す。因みに獅門が差し入れた座標鮭は燻製であるため、酒呑みたちのいい肴となっている。
「レンジャー 調理方法 沢山 聞イタカラ フリックモ オススメ デキル」
「それは頼もしい限りだ」
「お鍋……よりどりみどり、美味しいです」
「お花のにおいのキノコも好きです」
「ン。フリック コノハナタケ 好キ」
美味しい鍋の前に皆はニコニコ……のはずなのに、ひとりだけポコポコ(怒)ポカポカ(物理)している者が居た。
「レンゲ ドウシタノ?」
「ちょっとフリック!」
「……ン? 羽 痛クナイ? 大丈夫?」
「アタシ以外の植物を熱く語らない!」
フリークライの頭上の妖精が怒っているのだが、フリークライは何故怒っているのか気付かない。やはり一部気付いていない者も居るが、ほとんどの者は『……嫉妬だ』と思ったことだろう。
「ン。コノハナタケ トテモ 美味シイ。レンゲモ ドウゾ」
フリークライの頭上の鳥たちも加勢してツンツンしても、矢張りフリークライには通じていない。
「レンゲ 食ベナイ?」
「食べるわよ。……悔しいけど美味しいわね、これ……」
「ミンナデ 一緒 イタダキマス。フリック 嬉シイ」
体格の良い者も多い鬼人種である鹿紫雲邸は、フリークライでも窮屈だと感じない。そのため森の中にいるみたいに悠々とフリークライは鶏肉以外の鍋を堪能した。
「刑部卿だっけ。これ、あげる。少しだけどアタシの根と花。薬になる。別に深い意味はないから。招待へのお礼。それだけよ」
「ありがとう、頂戴しよう」
何の薬になるのかは解らないが、素直になれない彼女なりの真心だ。白水は箸を置いて両手で受け取った。
「鹿紫雲さま、また調達のお手伝い、させていただきますね」
「ニルもです。キノコ狩りもとってもとっても楽しかったです」
食材を採って、おいしいご褒美もつくなら、大歓迎。
そんな神使等に白水は真面目な顔で顎を引いた。外つ国へといけない白水にとって、外つ国の食材はとてもありがたいのだ。
「これも美味だが、私は酒が呑めん。菓子の方が嬉しく思う」
座標鮭への感想も口にすれば、美味そうな菓子を見つけたら贈らせてもらうと獅門が笑った。こうして笑顔で鍋をつつけるのも騒動が仕舞いとなったからだと思うと、胸にしみじみとくるものがある。
けれどしんみりしてもいられない。今日はお疲れ様会だ。しっかり食べて鋭気を養おう!
「白水の旦那、何か盛ろうか?」
「では、モツを多めで頼もうか」
「はいよ」
「ところで失礼でなければ、なんですけど……」
先刻初めましての挨拶をしたばかりの朝顔は甘味の話に花を咲かせて少し気持ちが解れたのか、これくらいは聞いてもいいかな? と距離を測りながら口を開く。
「その、奥さんとの出会い、とか」
刑部卿が愛妻家であることは、他の部署まではどうだかわからないが、刑部では有名な話だ。ふむと頷いた白水は何ということでもないように瞳を伏せて果実水で唇を濡らし、「幼馴染だ」と口にした。
「一族の者で、幼い頃からともにいた」
「こ、告白なんかは、どちらが……」
途端、白水の眉間に皺が寄る。
あっ、これは、話したくない内容!?
慌てて撤回しようとした朝顔の耳に、「私が負けた」とだけ白水の言葉が届く。
えっ、何に? 押し負けたってこと? 両片思いだったってこと? そこのところもう少し詳しく聞かせて頂けませんか――!
「そうだ、酒を具にしよう」
「待って、落ち着こう、冷静になって」
酒瓶を抱きかかえた嘉六の提案に、雨泽が素早く反応した。
正直なところ、雨泽にはのんびりと酒を楽しむ余裕がなかった。嘉六はこの調子だし、繁茂は鍋を楽しむ良い子の振りをしているが隙きあらば三途の奪還を狙っている。
「うるせぇ! 酒だ酒だ、ちゃんぽん鍋にするんだ!」
「嘉六、飲み過ぎじゃない?」
「三途もいきましょう」
「やめて(やめて)」
酒飲み組はわぁわぁと騒がしい。気のせいだろうか、まんなか組が若干距離を開けていて、雨泽はそちらに行きたくなった。
一度具材をさらい終えた水炊き鍋ならいいだろうと好きにさせた(諦めた)雨泽の目の前で嘉六が鍋へと持参した酒をそれはもうダバダバと注ぎ、繁茂までもがいつの間にか三途を鍋へと注いだ。
(勿体無いなぁ)
大吟醸が目の前で鍋の中に消えるのを見て、雨泽が笑顔を固定させている。
そう、酔っぱらいたちには正常な判断が出来ては居ないが、アルコールは暫く沸騰させれば蒸発してしまうのだ。確かに酒で煮込んだ野菜は美味いが、美味い酒をそのまま口にした方が酒飲みは好きだろうに。
されども酒は酒。白水辺りが口にすれば倒れるだろうし、部屋に酒気が漂うのも宜しくないと雨泽が換気のために席を立った。
――それがいけなかった。
「これもなかなかおいしいですね。私好みの味です」
酒鍋が楽しみだとにこやかに待機している繁茂は一見良い子の問題児。
しかし、三途を没収した雨泽が席を外した。
つまるところ、繁茂の手は自然と三途へ伸びたのだ。
「……んっ! この酒はとてもおいしい! 飲むたびに味に深みが出ると言いますか、飲むたびに美味しくなる良いお酒ですね。銘柄は――あっ、三途」
巨体が倒れる音で慌てて雨泽が戻ってきた時には、既に手遅れだった。
問題児1が気絶した。仕方のないことだった。しかし天下の刑部卿の家で神使の醜聞! 何てことだ! と嘆きたくなる幹事の気持ちも理解して欲しい。
「おーい、雨泽。酒鍋できたぞ~」
嘉六……いやもう問題児2でいいや。問題児2が早速酒鍋を突ついている。
初っ端から酔っていたのに、ただ酒程美味いものはないと日本酒をパカパカと開け、更には酒鍋を美味そうに口に運んでいる。
「あ~美味い、いくらでも食える……わ……おかわ……り……」
問題児2が旅立った。夢の世界に旅立った。
「…………ふう」
腹の底からの重たいため息をついた雨泽は燃え尽きたように肩を落とし、顔を上げると本日一の良い笑顔で問題児1と2を親指で指し示した。
「フリークライ、楽しんでるところごめんね。ちょっと端に転がしたいから手伝ってくれる?」
――――
――
――夕刻。
鹿紫雲邸の奥の間には些か緊張を帯びた顔がふたつあった。
白水の自室近い部屋なのだろう。招かれた神使等が広間で騒いでいるだろうに、声のひとつも届かない。
門を潜る前のやり取りで心を軽くしたつもりであったが、座して待つ間に双肩に重く蓄積するは、緊張と自責の念。
衣擦れの音がして、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)と『白蛇』神倉 五十琴姫(p3p009466)のふたりは深く頭を下げた。
「方々に探りを入れましたが、今んところ何も。やはり、既にこの地を出たもんかと」
「死力を尽くしましたが力及ばず……此度の失敗、誠に申し訳ございませぬ」
上座から掛かる促す言葉に喉を震わせて告げれば、言の葉が途切れるまで白水は口を挟まない。
ややあってから「その件は既に此方でも動いている」とのいらえがあった。淡々とした静かな声に、このまま逃すつもりは無いと僅かに感情が滲んでいた。
「取り逃がした咎は何なりと。必要とあらば、剣と装束をお返しする準備もできとります」
「本人はこのように申しておりますが、この者は全力を尽くしました。どうか寛大なご処置をご検討下さりますようお願い申し上げます」
支佐手が頭を下げると、五十琴姫もそう口にして平伏する。
(琴! 余計なことを!)
五十琴姫の言葉は支佐手を庇うものだ。しかしそれは、人によっては生意気だと相手へと咎が及ぶようなこと。現刑部卿に癇性の噂は聞かぬが、支佐手は五十琴姫を思って肝を冷やした。
しかし――
「良い」
白水の口から出た言葉はそんなものだった。
支佐手と五十琴姫は思わず顔を上げ、白水はそんなふたりを静かに見つめ、静かに唇を開いた。
「私は貴殿等を咎めはしない。貴殿等は己の力を遺憾なく発揮した。自らを責めている者に咎は不要だろう。詰めの甘さは否めぬが、次があれば活かせば良い」
反省点は沢山あったはずだ。全員で話し合う労力を欠き、人数調整すら行わなかった。一等詰めるべきである戦力を送り届けるための努力を怠った。
そんな状態で魔種に挑もうとしたのだ。当然の結果だろう。
「上司というものは何のためにあると思う?」
問う形を取っているものの、答えを求めてはいないのだろう。白水は一呼吸分置いて、答える。
「責任を取る為に在る。……此度、私の命で貴殿は動いた。ならばその咎があるとすれば、私が負うべきだろう。よって貴殿等に咎は無い訳だ。しかしそれでは気が済まぬと云うのであれば、成長を約することを咎としよう」
「……っ、御意」
「刑部様の御心のままに……」
「期待している」
再びこうべを垂れたふたりに静かに頷き返し、白水は退出の許可を出す。
静かに下がるべきなのだが、着いてくるはずだった五十琴姫が廊に出たところで足を止めてしまう。
「うおおおお、琴、おんし何をしとるんじゃ! 申し訳ねえです。すぐにお暇しますんで」
「な、なんじゃ!? 庭に見惚れて何が悪いのじゃ!? 美しい庭ではないか……!」
「折角だ、楽しんでいくと良い。……犬は好きだろうか。庭を駆けているとは思うが、私は中々構ってやれなくてな。苦手でなければ、遊んでいってやってくれると嬉しい」
広間には大陸の菓子もあるから良ければと言いおいて、白水は退出した。休日の筈だが、急ぎの案件があるのだろう。
ふたりは暫し鹿紫雲邸に滞在し、月が上り切る前に邸宅を辞した。
「それにしても琴。肝が冷えたわ。おんし、妙なところで図太いの」
「ふふん! わしは出来る女じゃからの!」
支佐手の世話を焼いてやるのも、背を押してやるのも、ともに咎を背負ってやるのも――五十琴姫には何ということもない。
「ほれ、祭りに行くんじゃろ? なんぞ好きなもん買うてやるけえ」
「む! 祭り! 連れて行ってくれるのか!?」
実は京の祭りに行きたくてたまらなかった五十琴姫はぴょんと跳ね、先に立っていた支佐手をあっという間に追い越した。
「行くのじゃ! ほれ! はようこんか! 行くぞ!」
上り始めた満月の下、幼馴染が元気にはしゃぐ。
その姿に笑みを浮かべた支佐手は、彼女にこう言い返してやった。
「琴、祭りの方向は逆じゃ」
●煌月の可惜夜
常ならば静謐に沈むような神の社も、祭りとあれば賑わいを見せる。
「今日の支払いは全部俺に任せておけ!」
「お、気前のいいことを言うなぁ」
「お前の財布、空っぽにしちまうかもよ?」
「それは困るな」
「ははは、それじゃあ寒いから豚汁でも奢ってもらおうか」
「アタシはこの帯飾りが気になるわぁ」
世話になったと芝居小屋に顔を出せば、みな快く、折角の祭りだと『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)に誘われてくれた。勿論、祭りには祭りの日限定の演目があるから時間は許す限りとなるが、気の良い者たちとともに祭りを見て回る時間はとても楽しい。
そうして昼間の賑やかな時間を過ごして芝居小屋の者等とも別れたら、空にはぽっかりと昇ったまんまる顔のお月様。冷える空気の中に煌々と輝く月は、他の暦の満月よりも青白さが仄かに混ざっているようだった。
人々は月を見上げ、けれど見上げすぎて転ばぬようにと慌てて視線を地へと落とし、月を模した提灯を手に参道をゆうるりと歩いている。
錬もそれに倣うように提灯を手にしているが、お手製のものだ。意匠の違う提灯に時折「どこで買ったの?」と声が掛けられ、実に職人冥利に尽きると口の端が上がった。
(もう二年か)
あの神逐の日の満月から、既にそれだけの月日が経っている。
年を経るごとに豊穣は変わっていっているように思えた。
来年の今頃には、どんな風に変わっているのだろう。
錬にはそれが今から楽しみで、そう思う自分に悪くないと思うのだった。
「……迷子にならにように、ね」
満月提灯で『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)が低い位置を照らせば、元気な「はーい!」が幾つも返る。そのほとんどが幼い声だが、ひとつの声は成人男性――雨泽の声だ。気をつけようねとお化けの子供たちと笑い合い、ともに屋台を見て回る。
レムレースたちは豊穣に来るのが初めてだ。どの屋台を見ても瞳をキラキラ輝かせ、あれはなに? これはなに? とふたりの服を引いては問いかけていた。
豊穣のことなら任せてよと、殆どのことは豊穣が応じる。彼が子供たちを見てくれているのに甘えてこっそりとチックが少し離れても、雨泽は囲まれて引っ張りだこになっていた。
満月の下、赤い角がキラとつきあかりを反射する。
いつも外では必ず隠されていたから、チックにはそれが新鮮だった。
(嬉しい。……でも、何だろう)
不思議な気持ちを覚え、胸を押さえる。
宝箱が開かれて、自分だけの宝物が皆にも見られるようになったような……嬉しいけど、何だか少し。
(……少し、残念?)
気持ちは不思議だ。よくわからない。
チックの視線に気がつくと雨泽は頭に手をやって、「スースーする」と笑った。
「ゆーおにいちゃん、ぼくたちとおそろい、する?」
「いいね、お揃い。紗を被るのもいいかも」
「しゃ?」
「通気性の良い布でヴェールみたいに……あ、チックもたまに被っているよね。今度、皆でお揃いにして出掛けるのはどう?」
「ん。皆とお揃い……おれも、嬉しい」
「おそろい、さんせー!」
「おにいちゃんたちとおそろい、うれしい!」
屋台で同じお菓子を買って口にする、お揃い。
満月提灯を手にする、お揃い。
お揃いはいくつあってもとても嬉しくて、子供たちは皆お揃いの笑顔。
「……これ。皆に、あげる」
チックが差し出す、もうひとつのお揃い。
「おにいちゃんありがとう!」
「来年もまた、一緒に過ごす……出来ます様に。そして、この月をまた……」
「ちょっと待って、チック。贈り合うやつだよね、それ!」
「ゆーおにいちゃん、どうしたの?」
最後まで言い切らないでと手で静し、雨泽は慌てて小物売の屋台へと駆けていったのだった。
「姉さんはどれが好きかな」
アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)の指先は、姉を思って簪の上を彷徨った。月モチーフのアクサリーはどれも綺麗で、彼女はきっと喜んでくれるだろう。
アレンはこうして姉のことを思っている時間が一等好きだ。本当は一緒に来れたらいいけれど、世間は何故だか姉を嫌っているから、いつも姉には留守番をして貰っている。
「ああ、これなんて姉さんの髪に似合いそう」
店主へすみませんと声を掛け、アレンは姉への土産を確保した。
(うーん、どれがいいだろうか)
ダイヤモンド・セブンと参拝を終えて一旦別行動をとった『遺言代行』赤羽・大地(p3p004151)は、今。大いに悩んでいた。
折角の曰くもあるお祭りなのだ。恋人に何か贈りたいと思うのは当然のことだろう。
簪も根付も、帯飾りも、絶対にどれもダイヤモンドに似合うのだ。悩まずにはいられない大地の中で、赤羽の笑う気配がしていた。
「待ったか?」
「今来たとこダヨ」
そのやり取りがデートの待ち合わせのようで――実際にそうなのだが、くすぐったくて笑みが溢れた。
「ほら、甘酒。寒いから」
ゆっくりと月を眺められるようにと用意されている床几に座して、手のぬくもりを感じながら月を眺める。左手は甘酒、右手はふたりのぬくもり。身体の間に置いた手を握り合い、ふたりは月を見上げながら互いを想い合う。
「そうだ、これ。ダイヤに似合うと思ってさ」
「オレも、大地にって思っテ」
大地が悩みに悩んで購入した小物と同じものがダイヤモンドの手にも乗っていて、思わず大地からは「え」と声が溢れた。けれどすぐに腹の底から湧き上がってくるのは、楽しげな笑み。
「なんだよ、もー」
「オレたち、同じ気持ちだったんだナー」
「いやァ~若いねぇ大地クンハ」
口が勝手に動いて茶々を入れる。赤羽だ。
「赤羽も祭りを楽しみたいのか?」
「いいヤ、俺ハ……」
「いいよ、俺は『眠って』おくから」
大地が眠ってしまい、ダイヤモンドは赤羽とふたりきりになった。
「なア、ダイヤ」
「うん?」
静かに月を眺めていた赤羽がいつもより少し固い声で話しかけてきたものだから、ダイヤモンドも月から視線を下ろして彼を見た。
赤羽が静かに語るには、彼がいることで大地が危険に晒されるということだった。だからいずれ、赤羽は大地から離れる。
「それハ……」
「安心しナ、仮に俺が大地から離れたとテ、それは今生の別れじゃねェ」
何と言えば良いものか。言い淀むにダイヤモンドに、赤羽は「大地をケツに敷いてやんナ」と笑っていた。
「ん。栗あんも、おいしい、です」
あれだけたっぷり鍋を食べても、美味しそうな香りにはいつだってメイメイのお腹は素直に主張する。
ぺろりと平らげた頃にはお土産にも……なんて思って、ハッとした。
メイメイは社務所で授かりたい物があったのだ。
「……『月守』、ふたつ、ください」
ひとつは自分用、もうひとつは側にいるのが心地よく思える人へ。
喜んでくれるだろうかと思えば、それだけで胸がほこりと温かくなる。
「来年も、やさしい月あかりがわたし達を照らしてくれますよう、に」
メイメイはふたつの月守を手に月を見上げ、神威神楽の平穏を心から願った。
「今頃、彼も別の場所で此の月を見ているのでしょうか……」
月守を手に想い人のことを思った朝顔は、拝殿の階段を降りていく。
「あ、雨泽さん」
「やあ、朝顔。さっきぶり」
「はい! さっきぶり、お疲れ様です!」
くすくすと笑い合ってから、朝顔はそういえばと口を開く。
彼のことはてっきり八百万だと思っていたから、同じ獄人で驚いたのだ、と。
「雨泽さん、同じ獄人として豊穣で生まれ育った者としてこれからも宜しくお願いしますね!」
「そんなことを言うと、めいっぱい頼ってしまうよ?」
「はい! めいっぱい頼られるよう、頑張りますね!」
どこまでが本気なのか解らないことを口にした雨泽に朝顔は素直に応じるものだから、元気だねぇと雨泽が楽しげに笑っていた。
「雨泽様」
神様へのご挨拶を済ませたニルは、社務所近くで見知った姿を見つけて駆け寄った。社務所付近に居ると言うことは、彼もお守りを求めに来たのだろうか。
「ニルは月守を?」
「はい、今日の思い出に」
「僕はね、もう貰ったんだ。今はお返し探し中」
「お返しですか? あ、ニルはナヴァン様へのおみやげも探しています」
「それならお土産、一緒に探す?」
「はい。お月様のおかしがいいです」
「甘いやつにしようね」
蜜月と聞いてから、ニルの頭の中ではお月様=甘いになってしまった。
だから雨泽の言葉を聞いて「やっぱり!」と思ったのだ。
蜜とつくのだから、お月様はきっと蜜の味。
「雨泽様の『おいしい』は甘いのですか」
「そうだよ」
雨泽のおいしいを知れて、ニルは笑顔になった。
「ニル、これ。冷めても美味しいって」
先にひとつ買い求めた狐色のまぁるいお菓子を割れば、とろりと金色の蜜が溢れた。
半分をニルへと渡した雨泽は、とても美味しそうに口にしていた。
ニルは同じように口にして、月を見上げる。
(――ナヴァン様もこのお月様を見ているでしょうか?)
お土産を届けに行ったら、一緒に月を見上げて食べたい。
雨泽と『おいしい』を分け合ったからか、ニルは一層そう思うのだった。
「今宵は満月を愛でるお祭りのようですね」
「やはり、月というのはどの様な土地でも何かしらの伝承の様なある物なのだな」
満月提灯に、着物。常とは異なる姿で――されどもこうして着物姿で出掛けることが初めてではない『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)と『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)のふたりは、互いに似合っていると常とは違う装いへの感想を告げてから祭りが開かれている神社へと訪った。
「今日は君に贈り物をしたくてな。何にしようかと迷っていたんだが……」
「ふむ。贈り物ですか」
何が欲しいかと問われ、リュティスの頭に浮かんだのは包丁だった。この国の鍛冶職人の腕は素晴らしい。刀鍛治師が打つ包丁は切れ味は勿論のこと、刃の先まで美しいのだ。
(ですが、望まれる答えはそうではないのでしょうね)
それくらい、リュティスとて解る。
祭りが催されている神社まで来て、辺りには屋台が並んでいる。となれば、屋台の中から選ぶのが正解だろう。
「そうですね。ではご主人さまに贈りたい物を頂いて良いでしょうか?」
押し付けにはならぬようにリュティスの意向もと思ったのだが、恥ずかしながらと続く言葉は実に彼女らしくて、ベネディクトはつい小さく吹き出してしまう。
「……ご主人様」
「……うん、そうだな。個人的には簪などはどうかなと思っているんだが」
ともにゆるりと歩を進めながら、ベネディクトの視線は屋台に並ぶ小間物の上を撫でていく。偏に簪と言っても飾りの付き方や趣きが違い、その多様性に驚かされる。
「店主、此れを手に取らせて貰ってもいいだろうか」
「あいよ、是非じっくりと見ていってくだせえ」
彼女の髪色に似合いそうだと手に取った簪の意匠を確かめる。店主自身が職人らしく、玉が好むなら、揺れるものが好むなら、と意匠の違う近い色も勧めてくれた。
「リュティス、これを」
差し出された簪を受け取り、早速リュティスは髪に挿そうとする。ベネディクトの瞳の奥で、早く見たいと望むような楽しげな色が揺れていたからだ。
簪を贈ってくれるということは、またこうして着物を着て出かけようという誘いにも取れる訳だが――チラと主を伺い見れば、そこまでの思惑があるようには思えない。
「似合いますか?」
「ああ、よく似合っているよ」
はにかむリュティスは、月の女神のようだった。簪もまるで彼女のために拵えた物のようだと思いながら、ベネディクトはリュティスの手を引いた。
爪先が向かうのは、木々も掛からぬ月がよく望める場所へ。
慣れぬ草履でリュティスが足を傷めぬようにと殊更ゆっくりとエスコートすれば、広い空の中、美しい月がふたりを見下ろし微笑んでいた。
「これからも宜しく頼むよ、リュティス」
「ええ、こちらこそよろしくお願い致します。ご主人様」
明るい月明かりに照らされた影が半歩近付いて、ふたりの肩が触れ合った。
今年最後の満月は、煌々と夜空を照らしていた。
その下で望む人々は明るいその光に瞳を奪われ、思わず感嘆の吐息を零すだろう。
「ああ、本当に綺麗だなぁ」
人の居ない絶景ポイントを見付けた獅門は酒の入った盃を掲げ、満月にも一緒に飲もうやと口の端を上げた。
来年は――先のことは解らないが、ひととせはぐるりと巡るもの。
(縁を大事に出来るよう頑張ろう。あとは美味いものにたくさん出会えたら最高だな!)
来年もこの満月を見られるようにと獅門は想いを馳せるのだった。
ところ変わって鹿紫雲邸。
昼間の鍋は片付けられ、白水は静かに月を愛でていた。
「お初にお目にかかります、鹿紫雲様。神使のルーキス・ファウンと申します。この度はご招待頂き……」
「ルーキス、固すぎない?」
「えっ、固いですか?」
深々と頭を下げる『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)に、熱燗を手にした雨泽が小さく笑って通り過ぎていった。熱燗は、綾姫と飲むのだろう。
白水は膝の上の狆を撫ぜ、「楽に話して良い」と口にした。此処は畏まった場ではないため、ルーキスが話しやすい言葉で良い、と。
「私はこの豊穣で生まれ、鬼人種の手により育てられた人間種です」
鬼人種ではないが、育ての親が鬼人種。自身は違えども豊穣の闇の側面――八百万からの差別は幼少の頃から目にしてきていた。
年を経た者は、それを『当たり前』だと受け入れてしまっている。けれど新しい世代であるルーキスにそれは当たり前などではなかった。悔しい思いを、拳を握って耐えてきたのだ。
「この国の未来に希望を齎して頂きありがとうございました。豊穣の民の一人として御礼申し上げます。そして神使の一人として……豊穣の為とあらば、この身は如何様にもお使い下さい」
「貴殿と同じく、我が忠は帝と国にある身。頼りにさせてもらおう」
再び顔を伏したルーキスは、静かだが柔らかさのある声にパッと顔を上げ、顔を輝かせた。白水は何も言わなかったが、ルーキスの背後にパタパタ揺れる尾が見えるようであった。
「ほらルーキス、飲んで」
「あ、ありがとうございます」
君はまだ成人していないから、と雨泽が果実水の杯を勧める。
「お酒もですが、果実水も美味しいですよね」
二十歳になって鉄帝で初めての酒を味わったばかりの綾姫にはお酒への理解がまだ低いが、それでも今日用意されていた酒は水のように飲みやすくて驚いた。果実水の種類も多く、食道楽との噂に聞く白水の拘りの一片が見えたような心地を覚えたものだ。
それはそうとと杯を置き、改まった表情をして綾姫が雨泽へと向き直る。
「劉さん、この度の一連の仕事では私はあまりお役に立てませんで……」
「そんなことはないよ」
「しかし、首謀者も取り逃がし……」
「魔種なんてものは色々と一枚も二枚も上手な存在でしょ?」
ね? と雨泽が白水へと視線を向ければ、月を見上げていた横顔が綾姫へと向けられた。
「その通りだ。神使等の命が失われず、被害も抑えられたこと。そして悪事を止めることが叶ったことを嬉しく思う」
しかし。パリッと白水の手の内で玻璃の器が悲鳴を上げる。
「逃しはせぬが」
「こわー、流石刑部卿だ」
茶化した雨泽は手ぬぐいを白水へと渡し、器を貰ってくるねと席を立つ。その際に彼が綾姫の肩に軽く手を置いて「気楽にね」なんて云うものだから、「また何かあれば遠慮なくお申し付けください」と綾姫は笑った。
「繁茂、嘉六」
酔い潰れているふたりを雨泽がつついた。尖った爪でツンツンとつついても起きそうになく、嘉六いたっては「止せよ……」と妙に良い声で寝言を零したから綺麗なお姉さんの夢でも見ているのかもしれない。もっとツンツンと突ついておいた。サービスである。
「どうしようか」
嘉六はまだ良いとして、繁茂を抱えて変えるのは大変そうだ。
困ったなと思わず零れた言葉を、白水が掬い上げる。
「客間の用意もある」
「……そこまで甘えるわけにも」
「良い。足を滑らせて川にでも落ちては大事になろう」
白水が手を鳴らし、使用人たちを呼ぶ。
「では、寝床まで運ぶのを手伝います」
「私も手伝います。案内をお願いしますね」
「貴殿等も、帰るのが億劫であれば泊まっていくが良い」
客間への案内をしてくれる使用人の後に続こうとするルーキスと綾姫にもゆるりとして行けと声を掛け、白水はその場を辞すのであった。
――――
――
「 」
帰ろうと庭に降りたところで、懐かしい名を呼ばれた。
捨てた名だ、無視することはできる。けれど――ひやりと冷たい風が心までは浚ってしまわずにいることを感じながら、雨泽は振り返ることにした。
振り返り視線が合うも、呼び止めておいて白水は何も口にしない。互いの白い髪が揺れるのみで、真っ直ぐな眼差しを受け止めた雨泽は少し困ったように微笑った。
――このひとは、ずっと変わらない。
ややあって、ようよう白水が口を開いた。
「……会って往かぬのか」
「ええ」
今後も会うつもりがないのかと視線だけが告げてきて、雨泽は肩を竦めて付け足した。
「今日のところは。手ぶらで帰ったら、俺が姉上に殺される。……と、そうだ。
おめでとうございます。初恋、叶ったのですね、従兄――いえ、義兄上」
義弟の笑みに、白水の眉間に眉が刻まれる。けれどそれだけで、咎めはせず、白水は踵を返す。
縁側へ招いているのだと察した雨泽は付いていき、縁側に用意された円座へと腰を下ろした。
月が美しい夜だ。少しくらい話して帰っても良いだろう。
とくとくと玻璃の盃に注がれるのは果実水。水面の波紋へ視線を落としながら、雨泽が口を開いた。
「……角はご覧に?」
嗚呼と溢れるのは、吐息に近い肯定。
互いにそれ以上の言葉を発さず、風に微かに揺れる盃の水面へと視線を落とし続ける。
豊穣が開かれるよりも以前、九皐会を追った刑部の者が居た。その者は『雲の一族』の者であり、ふたりにとっては縁者に当たる。紫水晶めいた角は、その者の角であった。
会の存在を刑部が掴んだのはかなり前のことだった。会の客は当時からも御所の要職についている者も多かったため、腐りきっていた上からは踏み込むための許可は下りず。それでも現状を何とかしたいと、今を逃してはいられないと単身でも乗り込み――その者は帰らなかった。
それが、刑部に残っている記録。しかし雲の一族の者等は『真実』を知っていた。
――かつて、雲の一族のひとりの幼子が『神隠し』にあった。幼子が屋敷の外に出たのはそれが始めてで、鬼人種への世間からの扱いを知らなかった。困惑の最中に地を駆け、匿ってくれるという甘い言葉に誘われた。己の角を狙う者が居ることなど、知らずに。
しかし、幼子は幸運の星の下に生まれていた。数日耐えたある日、幸運にも騒動があり、幼子は囚われていた場所から脱することが叶ったのだ。天候も幼子に味方した。幼子は傷つきながらも何日も掛けて邸宅へと帰りつき、そして『特別』だと一層持て囃された。大人たちはその裏で何があったかを知っていたが、幼子には報せなかったのだ。
一族の一人が亡くなったのは仕事のせいだと聞いていたかつての幼子の中で全ての符号が合致したのは、つい最近のことだ。
「献盃」
桃香る玻璃の盃を白水が月に掲げ、雨泽もそれに倣う。
――献盃。
命を落とした、全ての鬼人種たちに。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
好き一日となっていましたら幸いです。
GMコメント
その年最後の満月は「コールドムーン」と呼ばれています。
月を愛でに参りませんか?
アフターシナリオもイベシナも、全部やりたい!
ごきげんよう、強欲の魔種・壱花です。
●シナリオについて
今年最後の満月の日。高天京では寒月祭、刑部卿邸ではお疲れ様会が開かれます。(刑部卿邸宅へは、サポート参加の方はご参加いただけません。)
また、<美しき珠の枝>で出てきた関係者や関係のある場所へも行くことが出来ます。行きたい場所があり、やりたいことがある方は【4】へお願いします。
●プレイングについて
一行目:行き先【1】~【4】
二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)
一緒に行動したい同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名(+人数の数字)】or【名前+ID】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。
例)一行目:【1】
二行目:【月好き!3】※3人行動
三行目:仲良しトリオで屋台巡りをするよ。
「相談掲示板で同行者募集が不得手……でも誰かと過ごしたい」な方は、お気軽に弊NPC雨泽にお声がけください。お相手いたします。
【1~3】ふたつ選んでも大丈夫です。が、行動は絞ったほうがその場面での描写が濃くなります。(サポートは【1】のみ)
【4】は【4】のみになります。
【1】寒月祭
高天京で、今年最後の満月を愛でるお祭りが開かれています。
月への信仰のある神社で過ごすことが出来ます。
神社では沢山の屋台が出ております。一般的な豊穣の食べ物の屋台から、月モチーフの小物の屋台等があります。簪や根付、帯飾りが人気のようです。
恋人や友人同士で贈り合うのが人気です。「来年もまた共に過ごそう」「常に満ちた月のような関係でありたい」という意味合いが含まれるようです。満ちた月は『蜜月』を含んで、そう言われるのだとか。
また、この日のみに社務所で『月守』という刺繍根付を購入することができます。
時間帯は昼~夜。お好みで。太陽は16時頃におやすみなさい。
金色の満月が空にぽっかりと浮かぶと、人々は満月を模した提灯を手に散策します。
月を愛でるお祭りなので、屋台等の明かりも絞られています。
夜に沈んだ暗さの中、もうひとつのお月様を手に、夜空の月を愛でてみませんか?
【2】鹿紫雲邸で過ごす(昼)
鍋パをします! お疲れ様会です。
コノハナタケという、先日イレギュラーズに依頼して入手して貰った珍しいキノコがあります。見た目はマツタケに似ているけれど、梅の香りがします。此方は一人一本はご用意があり、土瓶蒸しや焼き等……好みに合わせて食べることが出来ます。
鍋は「みな出身が違う上、好みも異なるだろう」と複数用意してあります。白水が色々食べたかった訳ではないです。ないです! 半分くらいはそんな気持ちもあったかもしれませんが……。
鍋以外にも、刺し身やだし巻き卵、甘味等、色んな料理が用意されています。
飲み物は、米酒と様々な果実水が用意されています。(白水はお酒が飲めないので、果実水の方が種類が多いです。)
<鍋>
きのこ鍋、石狩鍋、鶏白湯鍋、辛味噌鍋、水炊き、モツ鍋
※より美味しくなる具材の持ち込みは歓迎です。
白水は食道楽なので、美味しくて珍しい食材や料理が好きです。
【3】鹿紫雲邸で過ごす(夜)
鍋パは終わり、空には美しい月が出ています。
貴族の家が並ぶ区間なので喧騒は届かず、静かに月を愛でることが出来ます。
鍋は片付けられていますが、摘める菓子や肴、餅。酒や果実水等の用意がされています。
白水は縁側で狆を膝に載せて月を愛でます。
しっとり落ち着いた雰囲気で、声を潜めた会話等をした場合に是非どうぞ。
【4】その他
その他の場所でやりたいことがある人用。これまで<美しき珠の枝>で出てきた人に会いに行くことや、何か働きかけをすることが出来ます。
場所は『ひとつ』のみでお願いします。同じ場所でしたら数名の指名も可能ですが、その場の描写+NPCが動くたびにあなたの文字数がゴリっと無くなるため……応えられる範囲が他所よりも少ないです。
↓他にも居ますが、数名の現状です。
・刑部省の保護下にある人たち
『蒼太』…お寺に居ます。一年経過し、背が伸びました。
『雫石』…足の治療中。話せるようになりました。これからどう生活するか悩んでいます。
・鬼人種の隠里
新しく場所を移そうか……という話も出ていましたが、そのままの場所で生きていくことを決めたようです。襲撃があったためまた怯えてしまった人が多く、移動は難しいだろうという判断もあってのことです。
里長と満春は常に前向きで、皆を励まして生活しています。が、手の行き届いていない箇所が多く出ているのが現状です。里の中で出来る娯楽があったらいいなぁと考えています。
●鹿紫雲邸
刑部卿は屋敷をふたつ所持しています。
ひとつは、鹿紫雲家を含む『雲の一族』の住まう敷地内にある邸宅。
もうひとつは、刑部卿に就任した折に部下等の出入りや有事の際に必要になるため新しく建てた邸宅。風光明媚な庭を有しています。
今回皆さんに来て頂くのは後者の邸宅になります。彼の家族は用事で前者の邸宅の方にいるため、居ません。気兼ねなく自由にお過ごしください。
●NPC
御用がございましたらお気軽にお声がけください。
・鹿紫雲・白水(p3n000229)
【2・3】に居ます。お酒が飲めません。酒精が飛んでいないものは口にしません。
狆を数匹飼っています。庭を駆ける姿を眺めていたり、食事中でなければ撫でたりもします。
・劉・雨泽(p3n000218)
【1~3】に居ます。お酒や楽しいことが好きです。
猫が好きですが、犬が苦手な訳ではありません。
●サポート
【1】のみに参加することが出来ます。イベシナ感覚でどうぞ。
同行者さんがいる場合は、お互いに【お相手の名前+ID】or【グループ名】を記載ください。一方通行の場合は描写されません。
シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。
●EXプレイング
開放してあります。
文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
可能な範囲でお応えいたします。
●ご注意
公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為、未成年の飲酒は厳禁です。年齢不明の方は自己申告でお願いします。
それでは、穏やかなひとときとなりますように。
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