シナリオ詳細
世界を救うため、今できる簡単で難しいお仕事
オープニング
●流行病と教会の憂鬱
「――流行病、ですか」
大司教、イレーヌ・アルエは深く嘆息した。
幻想王都メフ・メフィートの中心部に位置する中央大教会、その一室にて顔を突き合わせているのは、大司教イレーヌと、教会内部でもそこそこの――本当に、そこそこ、程度だ――の発言権を持つ、老齢のシスターだ。
「もとより、治安も環境も、あまりよろしい所ではありませんでしたから」
凋落の影が見えるとはいえ、未だ華やかなりし幻想(レガド・イルシオン)ではあるが、それでもなお、いや、それ故にであろうか、栄華の影に葬り去られた場所――端的な物言いをすれば、「成功者の為に割を食った者たち」のたまり場は存在する。いわゆる、スラム街と言う奴だ。
そんなスラム街で、数日前より、爆発的にとある病が広まり始めた。
罹れば死が待つ、と言った不治の病の類ではない。現代日本で例えれば、インフルエンザのようなものだ。この時期になれば、り患者が増える、風物詩の様なもの。だが、今年のそれはあまりにもひどいパンデミックを起こしている。
一般的な市民であれば、医者にかかり、適切な治療を受け、休めば問題なく治る、その程度の病だ。
だが、スラム街となればそうはいかない。まず医者にかかる金がない。そもそも医者がいない。となれば、栄養のある食事をとって、温かい寝床で快復を待つしかないが、そもそも栄養のある食事もとれなければ、安普請の家には隙間風がぴゅうぴゅうと吹き荒れる。
要するに、誰かが手を差し伸べなければ、大量の死者が出る可能性がある。
誰か、というのが問題だ。貴族連中はあてにならない。となれば、教会が手を差し伸べるしかない。それは当然のことだ。イレーヌもそうするつもりである。
だが、圧倒的に人出が足りない。
いかな勢力を持つ中央大教会とは言え、そこに所属し、実際に行動できる人間は限られている。
イレーヌたちが頭を抱えているのはまさにそのためだ。
「……ここはひとつ、提案が」
老齢のシスターが口を開く。
「……私も、恐らく、貴女と同じことを考えております」
イレーヌが答えた。
「結果は予測できませんが……ローレットに依頼を出しましょう。報酬は……かなり少額になってしまいますが……」
詰まる所。
そうするしかないのである。
大量の人手が必要だ。
だが、教会で用意できた予算の範囲では、十分な量の配給食料や薬を手配すれば、人件費が圧倒的に足りない。
かと言って人件費を適正な物とすれば、今度は物資が足りなくなる。それでは本末転倒だ。
両者のバランスをとれば、見捨てなければならない者が出てくる……これは出来れば、最後の手段にしたい。
結局の所、現時点での最善手は、物資を確実に用意し、人に関しては、善意に頼るしかないのだ。
「……受けてもらえるものでしょうか」
不安げに、老齢のシスターが呟く。
イレーヌは、人の善性と言うものを信じてはいる。
だが、世の中はギブ・アンド・テイクで成り立っている。労働には賃金が発生するし、そうであることが当たり前である、という考えも持ち合わせている。
何かしらの働きには何かしらの報いを与えることが当たり前であるし、それこそが健全な社会である、という事くらいは、イレーヌも十分に理解している。
ましてや、そうした「適正な働きには適正な報酬を」で成り立っているのがローレットと言う場所だ。これは少々、ルール違反ともいえる。
「お願いするだけお願いしてみましょう。ダメであれば、別の手を考えましょう」
イレーヌは、老齢のシスターを元気づけるように、微笑んだ。
●簡単で、難しいお仕事
「お仕事です! でも報酬は殆どなし、なのです!」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が元気よく、されど不穏な事を言った。
なんでも、中央大教会からの依頼らしい。流行病が猛威を振るっているスラム地区にて、患者の看病、炊き出しの手伝い、その他諸々、などをお願いしたい、というのだ。
作業量は多い。力仕事もたくさんあるだろう。丸一日拘束されることは目に見ている。
しかし、その働きに対して、報酬は十分というほど用意はできないという。
「どこかの世界で言う所の、ぼらんてぃあ、という奴に近いのです」
それでも良ければ、とユリーカは続ける。
「お手伝いをお願いしたいのです。実際に苦しんでいる人がいるのですから。それに、お金が少ししかもらえなくても、ここでの経験は、無駄にはならないはずなのです!」
さて、この話を受けた君達は、どうするのだろうか――。
- 世界を救うため、今できる簡単で難しいお仕事完了
- GM名洗井落雲
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2018年02月05日 21時55分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
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参加者一覧(50人)
リプレイ
●簡単で難しいお仕事
誰かに手を差し伸べる。
言葉にするだけなら、とても簡単な事だ。
だが、状況、環境、様々な要素が組み合って、それをとても難しい物にしてしまっている。
世の中は複雑だから、簡単な事でも、どうしても、難しくなってしまう。
だからこれは、とても簡単で、ひどく難しい仕事。
そして、そんな難しい仕事に取り組んだ、イレギュラーズたちの記録だ。
●最前線
うめき声が響く。声が飛び交う。響く足音。走る人々。
「薬の追加が来ました!」
看護師が叫んだ。
「重症患者さんから投薬開始して!」
医師が指示を飛ばす。
「おう、任せな」
『冥界の水先案内人』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が頷いた。白衣に袖を通す。どこか感慨深げに。
レイチェルの右目には、ギフトの力で、病魔の姿が映る。おぞましい化け物の姿として映る病魔が、教会にはまさに無数に存在する。同じ病に感染しているせいか、どれも似たような姿をしているが、レイチェルは持ち前の医療知識を使い、症状の軽重を見分ける事が出来た。
「さぁて、まずはアンタからだ。安心しな、こう見えてヤブじゃねぇ。しっかり治療してやるよ」
薬を手にし、治療を開始する。
「重症患者は分かる。指示は出すから、手伝ってくれ」
レイチェルの言葉に、看護師や医師達が頷き、治療を開始した。
「はいはい、救急、救急ですよ」
バイクの排気音が響く。教会に現れたのは、一台のバイクだ。シートにはぐったりとした患者を乗せ、不思議な事に、自走している。
『二輪』アルプス・ローダー(p3p000034)は、自律・自立したバイクの【旅人】だ。
――やれやれ、確かに大変なお仕事。しかし、これも因果ですかね。
胸中で呟く。アルプスが少し前に取り組んだ仕事は、このスラムというわけではないが、貧困街の元締めの暗殺と言うものだった。仮に。その影響が、巡り巡ってこの現状を引き起こしているとしたら。
「次の患者さん、いらっしゃいました!」
アルプスの姿に気付いた看護師が、叫んだ。
「ベッド用意して! 空いてる部屋、どんどん開放してって!」
患者を抱え、看護師たちが指示を出しながら、教会の奥へと消えて行く。
――適正な働きには適正な報酬を。損害を差し引いた分がこの報酬と考えれば、”適正な働き”をするには十分ですとも。
胸中で呟き、再びエンジンをふかした。さあ、次の患者を連れてこなければ。仕事はまだまだ山ほどあるのだ。
医者と看護師たち、そしてボランティアのイレギュラーズの声が、叫びが、スラムの教会に響く。その様は、ありきたりな表現ではあるが、まるで戦場のようでもある。
事実、医療関係者にとっては戦場なのだろう。患者たちにとっても。病と戦う最前線。『特異運命座標』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)も、そんな最前線で作業を始めていた。エリザベスだけではなく、多くのイレギュラーズたちが、既に作業に取り掛かっている。
治療用に開放されたスラムの教会には、次々と患者たちが担ぎ込まれてくる。その数はとても多く、なるほど、病はかなりの速度で流行していったようである。
「かかり始めのようですね。しっかりお薬を飲んでください。念のため、栄養剤も調合して処方いたします」
『幻想乙女は因果交流幻燈を夢見る』アイリス・ジギタリス・アストランティア(p3p000892)が、比較的軽症の患者に告げた。診療記録(カルテ)に名前と症状、特徴を書きこむ。
「お大事にしてくださいね。次の方、どうぞ」
今日は何人診察しただろう? それすらもあやふやになってしまうほどの忙しさ、患者の数。確かにこれは、かなりのハードワークだ。働きに対して報酬は少ない、ボランティアのような仕事……その通りだろう。まったく、割に合わない。
――ですが、だからこそ遣り甲斐がありますけれど 。
胸中で呟きつつ、アイリスは次の患者の診察に取り掛かる。
「カルテ、持っていきます!」
『探偵助手』アルズ(p3p003654)が、アイリスが書き終えたカルテを手に取り、抱える。
「おねがいしますね」
アイリスが言った。アルズが頷いて、駆ける。
アルズが持って居るのは、山ほどのカルテだ。これを元に薬の処方を決定するため、事務方の詰め所にもっていって確認してもらわなければならない。
医師たちと、事務所の間を、もう何往復もした。ギフトの効果で、適切な行動をとれる――相手と阿吽の呼吸で、最速で物事のやり取りをできるアルズでも、仕事が詰まってしまう程度には、大量の雑事が存在した。
と、子供の泣き声が響いた。患者だろうか、両手にカルテを抱えつつも、思わずアルズは駆け寄った。
「だ、大丈夫ですよ! 大丈夫です! 僕が前おしえてもらったおまじないです! いたいのいたいのとんでけ! です」
と、おまじないをかけては見るものの、子供は流石に泣き止まない。
「え、え!? 違いましたか!?」
慌てるアルズへ、
「……大丈夫、任せて……」
と、声がかかる。子供に寄り添ってきたのは、一匹の狼だ。
狼の近くに居ると、何故か落ち着く。不安と症状から泣いていた子供が、少しずつ、落ち着きを取り戻していく。
「……大丈夫……」
狼――『青混じる白狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)が、口を開く。
グレイルのギフト――ヒーリングテリトリーは、近くに居る者の心を癒す効果を持つ。
その効果を利用した、アニマルセラピーめいた心のケア、それが、グレイルの選んだ治療方法だ。
「きっとみんな……元気になるよ……」
穏やかな声で。元気づけるように、落ち着かせるように。グレイルは精神面からケアして行く。
「ありがとうございます、グレイル様!」
感心しながら、アルズが言った。
「うん……カルテ、急がないと……」
グレイルの言葉に、アルズが慌てて頷いた。
「そ、そうでした! 行ってきます!」
言って、アルズが走り出す。そんな様子を見ながら、グレイルは新たな患者を癒すため、辺りを見渡した。
「この症状なら……こっちの薬の方が効きます……っ!」
『白衣の錬金魔導士』セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)の言葉に、医師は頷いた。
「確かに……では、合わせて処方しよう」
医師はカルテをかきこむ。
「ありがとう、ブランフォールさん。こちらは大丈夫、他の方のサポートに回ってくれませんか?」
その言葉に、セリカは笑顔で頷いた。
様々な医師のサポート、患者への治療。さながら遊撃隊のごとく走り回り、セリカは己の知識と力を総動員。確実に成果を上げていく。
「ああ、セリカ君!」
と、セリカに声をかけたのは、『文具屋』古木・文(p3p001262)だ。
手には、使用済みの注射器が捨てられた箱を抱えている。治療帰りのようだ。
「丁度良かった。処方箋を書く手が足らなくてね。良かったら手伝ってほしいんだ」
処方箋、つまり、「どんな薬を患者に処方するかを書いた書類」である。医師からの指示によって作られるものだが、その指示へのチェックも兼ねるため、セリカのように、医療知識のあるものが携わるのが望ましい。
「うん! 何でも言ってね! バババっと実行していくから!」
「助かるよ。作業は事務室の方でやってるから、頼むね。僕は他の人にも声をかけてから合流する」
そう言って、文は慌ただしく駆けて行った。セリカは、「よしっ」と気合の声ひとつ、事務室へと駆けて行った。
「大丈夫ですか? しっかりして欲しいのです」
自身のギフトで冷やした水を含ませたタオル、それを患者の額に乗せながら、『神秘を恋う波』ルアミィ・フアネーレ(p3p000321)が言う。
目をつぶり、祈った。流行病を治す……というわけにはいかないようだが、多少、患者の気持ちを楽にすることはできるだろう。
祈り、タオルを変え、時にはギフトで沸かしたお湯を使い、患者の体の汗を拭く。
直接的な医療を行えるわけではなかったが、仕事は山ほどあるし、ルアミィの仕事は、確実に患者の負担を軽減していく。
「祈りって効くんだね……よし、私も!」
と、言いつつ、『永遠の17歳』四矢・らむね(p3p000399)も、ヒールや祈りで、患者たちの消耗を少しでも和らげる。流石に病気を治すほどの力はないが、やるとやらないとでは大きく違うだろう。
「ホントは歌で元気づけようと思ったのですが、病人の方にはうるさいだけですよね……!」
「そ、そうですね……そう言うのは、元気になった時にやってあげると良いのです」
ルアミィの言葉に、
「ですね! 皆早く元気になってもらって、私の歌を一杯聞いてもらいます! ……あ、風邪ってあっためると良いんですよね! アイドルのハグなんてとってもレアなんですから、じっくり味わって早く良くなってくださいね!」
と、患者にハグしてまわる。ちょっと手段が間違えているが、まぁ、嬉しそうな男性患者もいるには居るし、良いのかもしれない。
「えへへ、やっぱり感謝されるのはいいものですねー、さぁどんどん行きましょう!」
『死と悲哀に寄り添う者』カシャ=ヤスオカ(p3p004243)も、患者の看護に奔走している。
――……流行、病……。
胸中で呟く。患者たちの様相……あるいは、この部屋に満ちた雰囲気。
そこに、何か思う所があるのだろうか。そして、それこそが、カシャを今回の依頼に参加させた動機なのか。それは、カシャにしかわからない。
だが、カシャが患者たちを救おうとする、その想いは本物である。
「し、シスターさん、達が……頑張って、助ける為……い、いっぱい、お薬、用意してくれてる……」
精一杯、患者を励ますように、声をかけ、薬を渡して回る。
うわごとのように、患者が呟いた。助けて、苦しい。
カシャは、そんな患者の手を握ると、
「だ、大丈夫……見捨ない……ボクも、頑張る、から……」
そう言って、励ますのだった。
「やれやれ、休む暇もないとはこのことだね」
『尋常一様』恋歌 鼎(p3p000741)は、医師の指示に従い、共に患者を診察して回る。
「とは言え、僕達が弱音をあげるわけにはいかないからね。頑張ろう」
『迷子の迷子の錬金術師』ミリアム(p3p004121)が、答えた。
2人とも医療知識もあるし、医者の負担の軽減くらいはできるだろう。そう考えて参加したのだが、やはりなかなかのハードワークだ。次々と患者を診察してかなければならない。
「特に強い症状が……、ふむ」
患者の訴えを医師と確認し、カルテに症状をかきこむ。
「ふふ、大丈夫だよ」
不安げな表情を見せる患者へ、鼎は安心させるように微笑を浮かべた。
「すぐに良くなるよ。但し変だと思ったらすぐに言うこと」
「病っていうのは瞬く間に治るものではないし、予後も大事だよ。お大事にね」
と、ミリアム。患者は礼を告げた。しかし、一人患者を診ても、次がやってくる。入れ代わり立ち代わり、その列が途切れることはまだなさそうだ。
「流行病か……そういったものが猛威を振るう季節ではあるからね。とは言え、流石にこれは流行り過ぎだけれど」
ミリアムの言葉に、鼎が頷いた。
「教会も手を貸してくれ、というだけはあるね。私達は今日一日だけだけど、医師の皆はこれが日常なんだ。いや、頭が下がるね」
「では、微力だけれど、今日は僕達で、少しでも負担を軽くしてあげるとしよう」
2人は頷きあい、次の患者の診察を始めた。
「さてさてー、他にお怪我などはありませんかー? これを機に、言っていただければなんでも治しますのー」
と、笑顔で言うのは、『悪辣なる癒し手』マリア(p3p001199)である。流行病の診察の他、ついでに他のケガなども治そうとする――どうやら趣味も兼ねているようだが――マリアである。
「いや、そう言った怪我はないみたいだ」
『星を追う者』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)が言った。
「そうですのねー」
と、一瞬、残念そうな顔を見せるマリア。すぐに笑顔に戻ると、
「では、お大事にしてくださいねー。ウィリアム様のお薬があれば、すぐによくなりますわー」
と、患者に告げた。
「っと、そうだ。これは薬じゃないけれど」
と、ウィリアムは、患者に光る小石を手わたした。ギフトで作り上げた、光る小石。
「暗くなってきたら、光源の代わりくらいにはなる。良かったら使ってくれ……あ、陽の光に当てるとただの石になっちまうから、残したいなら箱にしまうなりしとけよ?」
患者は不思議そうに石を見つめると、礼を言った。
「輝く星は、希望の象徴。病は気から……少しでも元気出す助けになりゃ、幸いだ」
肩をすくめつつ、ウィリアム。
「ふふふ」
と、笑顔を浮かべるマリアである。
「さて、どんどん見ていきますのー。次の方、どうぞー」
マリアの言葉に、新たな患者が現れた。
●補給部隊
さて、直接患者の治療を行う事だけが仕事ではない。
スラムの栄養状態はお世辞にも良いとはいえない。そして、栄養をしっかり取らなければ、病と戦う事もできない。
そう言った事情から、炊き出し……食事の配給も行うことになっていた。
こちらの対象は、患者だけではなく、その家族等、スラムの住人全般に及ぶ。
教会内の治療部隊と同様、かなりの激務がイレギュラーズたちを待っていた。
「はいはーい、沢山あるから落ち着いてねー。動ける人はこっちに並んでー。動けない人は持ってくから安心してー」
『Gifts Ungiven』クロジンデ・エーベルヴァイン(p3p001736)が、声をあげる。食料を受け取りに来た人々を、整列させ、流れをコントロールする。元窓口担当職員であるクロジンデにとって、こういった仕事は適任だろう。
「いやー、しかし、ほんとに大変だねー。……ローレットがボランティアを受けるなんて珍しいと思ったけど、なるほどなるほどー」
ふむふむ、とクロジンデは内心で頷く。
これだけの大規模な活動である。多方面に恩を売る、名を売る、そして何よりパンドラ収集。金銭だけでは手に入らぬ報酬が、この仕事で得られる……そういうふうに、クロジンデは理解している。
「まぁ、今はボクも働く側。ローレットのルールに基づいて、仕事は確実な成功をー……っと、おやおや、迷子かなー? 君のお母さんは、確か、あっちの方に……」
人がいれば、色々なトラブルが起こる。そう言った雑事の解決も、クロジンデの仕事になっていた。
さて、調理場では、イレギュラーズたちがさまざまな料理を作り上げていく。
とは言え、来客は多い。作った端から無くなっていく。
「あいよ、卵粥、出来上がりだ」
忙しいとはいえ、あくまでマイペースに。『本心は水の底』十夜 縁(p3p000099)が卵粥の完成を告げる。出来上がったとはいえ、この鍋が空になるを待っているわけにはいかない。次々と作らなければ、対応できなくなってしまう。
「こっちの塩粥もあがった!」
『双刃剣士・黒羽の死神』クロバ=ザ=ホロウメアも声をあげる。
「はい。じゃあ、配りますね」
『儚き雫』ティミ・リリナール(p3p002042)が、お粥をよそい、
「はい、どうぞ。熱いので気をつけて食べてくださいね」
並んだ人々へ手渡していく。
「いや、忙しいな。いやまぁ、作るのはいいんだが。不思議と懐かしい気分にはなるな。昔家族にやった気がする」
新しい鍋と材料を用意しつつ、クロバが言った。
「アンタも……誰かに作ってもらったり、作ったりしたこと、あるのか?」
クロバの問いに、
「……さてなぁ、忘れちまったよ。おっと、おっさんも自分で作ったモンくらいは自分で配るとするかねぇ」
はぐらかすように縁は言うと、お粥をよそい、
「ほれ、これ食ってゆっくりしとけ、旦那。美味いモン食って寝てりゃ、お前さんもすぐに元気になるさ」
人々に粥を手渡した。
「おかわりはありますよ。取ってきますね」
おかわりを要求されたのだろう、ティミが空の容器を片手に戻ってくる。
「このペースだと、やっぱりすぐ無くなっちゃいそうですね……」
「だなぁ。まぁ、ぼやいててもしょうがない。どんどん作るとするか」
クロバの言葉に、ティミは「はい」と頷くのであった。
「パン、パン焼き上がりました!」
『もふもふバイト長』ミミ・エンクィスト(p3p000656)が、焼き立てのパンをトレイに乗せ、調理場へとやってくる。
「そのまま食べられる人にはそのままで……弱ってる人には、スープに浸してあげるのがいいと思います!」
「丁度いいですね、私のスープと一緒にお出ししましょう」
『没落お嬢様』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が手を振ってこたえる。
シフォリィが作ったのは、野菜とベーコンのコンソメスープだ。コンソメを作るのに少々時間がかかるが、『流浪楽師』アイリス(p3p004232)が用意していたブイヨンを利用したおかげで、調理時間が多少、短縮できているようだ。
「……いい匂いですね。パンとも合いそう」
微笑むミミに、シフォリィは、
「……この料理は、私が病気になった時、亡くなったお母様が作ってくださった料理なんです」
懐かし気に、そう言った。
「さ、皆さんに配らないと! 私、行ってきますね!」
そう言うと、シフォリィはトレイにスープとパンを乗せて、配膳に向かう。
「お疲れ様です」
入れ替わり、アイリスがやってくる。子供達用に、野菜や果物を使ったジュース作り、配り終えてきた帰りだ。
「良い香りです」
アイリスの言葉に、
「はい! 丁度パンが焼けた所ですよ」
ミミが言った。
「美味しそうです。……そうです、丁度皆さんの為のまかない料理を作ろうと思っていたんです。良かったらそのパン、いただいても構いませんか?」
アイリスの提案に、ミミは笑顔で頷く。
「はい! それじゃあ、もっともっと、パンを焼かないといけませんね!」
2人はうなづき合うと、早速各々の作業へと取り掛かるのだった。
さて、『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)と『ねこだまりシスター』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)も、スープづくりに取り組んでいた。
「ご一緒ありがとうございます。スープなら簡単に大量に作れますし、皆さん口にしやすいかと」
エンヴィの同行と手伝いに感謝しつつ、クラリーチェが早速、スープの調理に取り掛かる。
「えぇ……クラリーチェさんに教えてもらいながらになるけれど……料理、頑張るわ」
頷きつつ、エンヴィもまた、調理に取り掛かる。
クラリーチェはスムーズに、エンヴィも時折助言をもらいつつ、順調にスープを仕上げていく。
「できたわ」
「できました」
ほどなく、ほぼ同じタイミングで、二人の料理が完成した。
エンヴィのスープは、具材を小さめしつつも、食べ応えを重視したもの。
クラリーチェのスープは、食べやすさを重視し、トロトロになるまで煮込んだ、ポタージュのようなものだ。
「私の料理も、具材は小さいと思ってたのだけど……」
エンヴィがクラリーチェのスープを見つめながら、呟く。
「ふふ、私のはご病気で、食欲のない方に向けたものですから……エンヴィさんのスープ、普通に美味しそうです」
微笑みながら、クラリーチェが答える。
「それでは、配膳に行きましょうか……あ、でも、その前に」
クラリーチェが悪戯っぽく笑うと、
「ひとくち、頂いてもいいですか? とってもおいしそうで……」
「……えぇ、是非。その代わり、私にはクラリーチェさんのを食べさせてね?」
と、エンヴィが答えるのであった。
『銀閃の騎士』リゲル=アークライト(p3p000442)は、木箱に詰め込んだ大量の野菜を抱えて、調理場へとやってきた。
「ここに置いておけばいいかい?」
尋ねるリゲルに、
「ああ、ありがとう、リゲル」
礼を告げたのは、『慈愛の恩恵』ポテト チップ(p3p000294)だ。2人は畑でとれた野菜を持参し、材料として提供してくれた。
「しかし、流行病とは厄介だな」
呟くポテトに、
「寒いし、ポテトもちゃんと着込むんだぞ? 自分たちが健康でいなければ、人助けなんて叶わないからな」
リゲルが言う。ポテトは大丈夫だ、と笑い、
「しっかりあったかい恰好しているし、マスクも用意している。リゲルも感染しないように、マスク忘れるなよ?」
と、言いながら、リゲルへエプロンを差し出した。おそろいの物だ。リゲルはそれを受け取って、着けながら、
「具材を切るのは任せてほしい。ポテト、味付けは任せたよ」
その言葉に、ポテトはうなづいた。2人は一緒に、調理を始める。
リゲルが野菜を切って、ポテトがスープを作る。
2人が作ったのはシチューとポトフだ。野菜を多めに、暖かく、栄養も取れる食べ物。
「よし、良い感じだぞ」
味見を一口、満足げにポテトが頷く。
「じゃあ、配膳に行ってこよう。ここは任せたよ、ポテト」
リゲルが言って、トレイ一杯にスープ皿を乗せた。こぼさないように、しかし急ぎ足で配膳へと向かうリゲル。そんなリゲルの後姿を眺めながら、
「さて、まだまだたくさん作らないとな。皆、早く元気になると良いな」
と、調理を再開するポテトだった。
「さ、暖かい飲み物だ。こっちは生姜湯。体が温まる。こちらの緑色のは緑茶。風邪に良いんだよ」
『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)が、人々に飲み物を配って回る。調理場の外、人々が食事をとるスペースも、配膳などを行うイレギュラーズたちで大忙しだ。
メートヒェンは、ギフトの力で、モノの温度が正確にわかる。普段はそれを紅茶を入れる適温をはかるために利用している力だが、今回も、美味しく、温かく飲める温度をはかるために大活躍の様子だ。
『白仙湯狐』コルザ・テルマレス(p3p004008)も、病人を主に、料理を配って回る。
「大丈夫かい? 温かいものを持ってきたのだよ、少しでも食べるといい」
コルザが配るのは、病人にも食べやすいように作られた料理だ。
「栄養を取らないと人も植物も枯れてしまうのだよ。少しでも、食べてほしい」
言いながら、辺りを見渡した。まだまだ料理を配るべき人達はいる。
「本来の力があれば、皆を温める温泉を作れたのだけれど……いや」
呟いて、頭をふった。
きっと今、この場所には、自分の加護がなくても、温かい物があふれているはずだ。
「……さ、次の患者のところにも届けるとしよう!」
そう言って、コルザは新たな料理を手に、次の患者のもとへと向かった。
「はい、お待たせ! 熱いから気を付けろよ!」
と、料理を配って回るのは、『不屈の』宗高・みつき(p3p001078)だ。調理した料理を持って、忙しそうに辺りを駆けまわる。
「あんま無理すんなよ? しっかり食べてゆっくり治していこうぜ」
時に優しく、励ますように、みつきが声をかける。
ありがとう、と住人たちに声をかけられると、
「いいって、こういう時は助け合いだろ?」
と、気持ちよく笑うのである。
「おっと、まだまだやる事があるんだ。お大事にな」
そう言って、みつきは駆けだした。
「さぁ、お待たせ。味は保証するよ。先ほど味見をしたからね」
と、配膳を済ませ、住人たちと同じテーブルに座っていうのは、『霧の主』ミストリア(p3p004410)だ。
「不満はあるかな。できる限り改善はしよう……何、ニンジンが嫌い? まぁ、仕方ない。誰にでも好き嫌いはあるものだ。おかわりにはニンジンを入れないようにしようか」
自分にできることは少ない、とミストリアは考えた。そんなミストリアの選んだやり方は、住人たちの意見を聞き入れたり、ひねくれ者の相手をしたりすることだった。スキルにより、本心では救いを求めている人のことは分かる。ミストリアは、様々な人々と接しながら、料理を配り続けた。
「あー、そっちの君達。そう、君達。こっちにきたまえ。入りづらい気持ちはわかるけどね。まぁ、こういう時は、利用してやるんだ、位の気持ちでいるものさ」
敷地の外れからこちらを眺める住人達に声をかける。ミストリアの言葉に、住人達は「仕方なく」と言った風にやってくる。
ミストリアはくすりと笑うと、やってきた住人達を歓迎して見せた。
●遊撃部隊
ボランティアたちの作業は、一か所にはとどまらない。彼らの活躍の場は、スラム中に広がっている。
と、言うのも、各民家への毛布の配布や、家その物の修繕までもが、その作業工程に刻まれているからだ。貧しい、という言葉すら生ぬるいような生活を送る人々も、スラムには存在する。そう言った人々へ手を差し伸べる事も必要なのである。
さて、スラムはそれなりに広い。複雑な道もあり、迷う事もあるかもしれない。
と、そんな悪条件などものともせず。『最速願望』スウェン・アルバート(p3p000005)がスラムを駆ける。悪路、障害何のその。獣道から裏道まで。道とつけばあらゆる道が、スウェンが走る最短ルートだ。
「お待ちどうッス! 毛布の宅配ッスよ!」
スウェンが手にした毛布を、スラムの住民に手渡す。が、住民は、難色をしめした。スラムの住民には、どうしても人を信用できない者が存在するのだ。かつての経験が、彼らをそうさせてしまう。
「金がないのは、辛いことッスよね。分かるッス。でも、だからってスネてたってしょうがないし、こういう善意がもらえるときは、素直に貰った方がいいッスよ」
そういって、スウェンは毛布を広げる。
「この毛布、あったけーんスよ! 体の半分が金属の種族な自分でさえ、これの暖かさが伝わってくるんスよ。すごくないッスか!?」
スウェンの剣幕に、思わず毛布を受け取る住民。確かに暖かい。だが、それは、毛布が温かいだけではなく。
「暖かくするッスよ! じゃ、次の配達先があるんで!」
そう言って、スウェンは走り出す。
一方、スラムの状態を気にせず運搬ができるのは、『業嵐』シルヴェイド=ヴァーグ(p3p004408)も同じだ。と言っても、シルヴェイドは陸路でなく空を行く。
「みつけたっ!」
翼を羽ばたかせ、毛布を抱えながら降下する。入り組んだ路地、家屋、様々な場所にいる人々を見つけ、毛布を配布して回る。
同時に、他のイレギュラーズへ、毛布の配布状況を報告する役割もこなしていた。空を飛べる、というアドバンテージを最大に活かした活躍と言えるだろう。
スラムの住民が、空を行くシルヴェイドに手を振る。
「お、やっほー! お大事に! 今度会ったら手合わせしようね!」
ぐっと拳を突き出して、笑顔でそう告げる。
そして力強く羽ばたいて、シルヴェイドはスラムの空を舞うのだった。
一方で、あえてスラムの隅々まで、探索する様に行く者もいる。『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)もそんな1人だ。
曰く、様々な階層を見て回ることによって混沌、幻想と云ったものの現実が見えてくる。
確かに、華やかなりし幻想の生活も現実ではあるが、このスラムも、幻想の持つもう一つの現実の側面である。
「はい、こちら、配給の毛布ですよ」
様々な物を見て回る。人。建物。生活。せっかくの仕事、せっかくの経験だ。得られるものは多い方がいい。
「さて、次はこちらの方へと行ってみましょうか」
配給用の毛布と家屋修繕用の工具を背負って、ヘイゼルはスラムを行く。
「なるほど、この先にまだ患者さんが居たのね」
スラムに生えた、小さな花。その花に刻まれた記憶を読み取りつつ、『ディンテ・ドーブルの魔女』エスラ・イリエ(p3p002722)は呟いた。
患者の数は教会側でもある程度把握しているだろうし、自力で教会へ診察を受けに行けるものも多いだろう。が、それでも見落とされている者もいるかもしれない。
エスラは毛布を配りつつも、そう言った「残された患者」を探していた。
「ボランティア、か」
花を見やりながら、呟く。エスラも冒険者として生きてる以上、ギルドで仕事を受けて生活している。 が、その仕事は必ずしも健全な物ばかりではない。
ならば、せめてこういう時くらいは、人の役に立っておきたい。
自分にできる事は限られているが、それでも、やれる事をやらなければ。
――とりあえず状態を確認して……誰かに声をかけて、手伝ってもらおう。
エスラは、頷き、取り残されているという患者がいる家屋へと向かった。
「はいはーい、並んで。並んで欲しいっす。物は沢山あるっすからね」
ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は、大量の毛布を運搬して、適当な空き地に集めると、そこで毛布を配り始めた。動ける人には、自力で持って行ってもらうのも効率がいいだろう。
「追加の毛布取ってくるっす。ちょっとお願いするっすね」
と、ヴェノムが言うのへ、
「おう! こっちは任せな!」
と、『暇人』銀城 黒羽(p3p000505)が応えた。
「……いや、しかし、なんだ。やっぱ幻想にもこんなとこがあんだな」
「そうですね。やはり、治安の悪い場所と言うものはどうしても」
黒羽の言葉に、『終ワリノ刻ヲ看取ル現象』エンアート・データ(p3p000771)が答えた。
「傲慢に聞こえるかも知れねぇがよ。俺も、できる限りのことはしてやりてぇな」
そう言う黒羽のもとへ、スラム街の住民が訪れた。家族連れのようだ。毛布を渡すと、住民は深く頭を下げ、礼を述べた。
「いえ、皆さんを助けることが仕事ですので気にしないでください」
エンアートはそう述べる。
「追加の毛布っすよー」
山ほどの毛布を抱えて、ヴェノムが戻ってくる。
「おう、お疲れ。さーて、まだまだ仕事は始まったばかりだ。ガンガン配るとするか!」
「はい」
「了解っす」
黒羽の言葉に、エンアートとヴェノム、2人が頷いた。
スラムに歌が響く。
『埋れ翼』チック・シュテル(p3p000932)の歌は、ギフトの条件だ。誰かのためにその力を使う時、歌を歌えば力が増す。毛布を配る際の力の足しになる。極力、他の人の前では控える……つもりだったのだが。
「毛布配りのお兄さんのお歌―!」
「お兄さん、次のお歌はー?」
ずらり、と。
行列ができてしまっていた。
歌に魅かれた子供たちが、後ろについて大合唱。
――うう、どうしよう、かな……。
嬉しいような、困る様な。そもそも、現在は歌の披露は控えているのだ。チックも複雑な心境である。
「これこれ子供達、お仕事の邪魔をしてはいけないよ」
と、柔らかく注意するのは、『金環蝕の葬儀屋』ロルフィソール・ゾンネモント(p3p000584)だ。ロルフィソールは、チックへそっと目配せする。チックはそっと頭を下げた。
「さて! 遊ぶなら私とにしよう。かくれんぼ、鬼ごっこ……なんでもござれだ。私は強いぞー」
わぁ、と声をあげ、笑いながらロルフィソールのもとへとやってくる子供達。
「よーし、まずは私から鬼だ! さぁ、逃げろー!」
きゃあきゃあと声をあげ、子供達が散って行く。ロルフィソールは笑顔で、それを追いかけた。
さて、子供達の相手をしているのは、ロルフィソールだけではない。
「遊ぶのもいいけど、シエラお姉さんのお手伝いもしてほしいな! 今からお家の修繕をするんだけど、手伝ってくれた子には後で飴玉を上げるよ!」
と、飴玉をちらつかせつつ、『輝きのシリウス・グリーン』シエラ バレスティ(p3p000604)が声をあげる。
飴玉につられた子供達が、シエラのもとに集まってくる。
「やる事は簡単だよ! 見ていてね。こうやって、壁に釘を当てて、金づちで……カンカン、っと」
子供達から、おーっ、と感心の声が上がる。
「さぁ、ケガには気をつけて? シエラお姉さんと一緒にカンカンしよう!」
「みなさん、お洋服がほつれていますね」
毛布を配り終え、通りかかった『主無き侍従』オフェリア(p3p000641)が、子供達の服を見て言った。
遊び盛りの子供達である。服のほつれや汚れはどうしても生じてしまうのだが、頻繁に買い替えたりする余裕は、スラムの住民たちにはない。
「こちらにどうぞ。簡単ですが、直してあげますよ」
近くにあった木箱に座り、子供達を呼ぶ。何人かの子供達がオフェリアの下に集まって、繕われていく衣服を、不思議気に見守っていた。
そんな様子を遠巻きに見ていたのは、根古屋 アンネ(p3p004471)だ。
子供達と、イレギュラーズとのふれあい。それを、見つめている。表情は無表情であったが、猫耳型の頭部デバイスが、子供達の方へと向いていた。
ふと、1人の子供が、アンネの元へとやってきた。
「おねーちゃんも、一緒にやろ?」
「私も?」
「うん! 皆でやれば、楽しいよ。おねーちゃん、お顔、つまらなさそうだから」
アンネはうなづいた。
「ごめんなさいね。こんな表情で。まだ感情データが乏しいものだから……」
「かんじょうでーた?」
小首をかしげる子供に、
「いいえ、何でもないわ。ええ、私も手伝う。一緒に行きましょう?」
そう言うアンネの手を、子供が握って、引っ張った。
それにつれられて、アンネはてくてくと、子供達とイレギュラーズの方へと向かって歩き出した。
「よっし、これでOK。今日から暖かい寝床だぜ」
ロアン・カーディナー(p3p000070)は、家屋の修繕を終えると、そう言った。
ロアンの仕事は実にきめ細かい物だった。大きな隙間を木を打ち付けて直すだけではなく、パテや木屑なども利用し、細かい穴も丁寧に埋めていく。
床に直接寝ている家庭には、わらを用意して敷いて、温かい寝床に仕立てる。
「おう、すまねぇな……ロアン……ゲホッ、ゲホッ!」
家屋の主が答える。たまたま顔見知りだったらしい家屋の主は、同時に流行病の患者でもあった。
「おいおい、無茶すんなって。今度酒と菓子でも持っていくわ」
愛想笑いなど浮かべつつ。ロアンは家屋から出た。外では、様々な場所で、金づちの音が響いている。多くの人々が、家屋の修繕などを手伝っているのだ。
「――仕事とはいえ、これだけ人が集まるとはねぇ。なんっつーか」
嬉し気に、金づちの音を聞く。
「と、浸ってる場合じゃねェや、次だ、次!」
材料と工具を担いで、ロアンは駆けだした。
「ゲキ! ちょっとそこ、木材が斜めになってるわよ! はっきり言って美しくないからちゃんとしなさい!」
『みつばちガール』レンゲ・アベイユ(p3p002240)が指示を出す。指示というか、なんというか。ちなみに、レンゲは指示出しばかりで、自分では作業はしない。
――適材適所、作業分担。頭がなければ手足は動かないわ! あたしが頭! 他の人が手足!
……との事である。
指示を受けて作業するのは、『祈りの拳』原田・戟(p3p001994)だ。雇い主であるレンゲの言葉に一応従いつつ、心は少し、思考の中へ。
――故郷の村でこうして大工のように家を直す人生も……或いは妻を(腹パンで)この手に掛けなければあったかもしれん。……いや、修羅の道に堕ちた者の浸っていい感傷ではなかったか……。
胸中で呟……腹パン? 妻に腹パンしたの?
まぁ、回想さておき、仕事は立派である。家屋は見事に修繕され、これなら隙間風など入ってはこないだろう。
その出来栄えに、レンゲは自分の仕事の見事さに――いや、レンゲさんは後ろで騒いでいただけなのですけれど――満足げにドヤ顔しつつ
「うん、よくできたじゃない! これならどこに出しても恥ずかしくなげっふうッ!!」
レンゲの口上を遮る様に、戟の腹パンが容赦なくレンゲを襲った。中々の衝撃だったハズだが、
「せっかくの善行が台無しじゃない!」
ギフトの力か何なのか、あっさりと復活するレンゲさん。戟はにっ、と笑い、
「報酬をいただいたまで」
と、男らしい笑顔を浮かべ……いや、報酬が腹パンでいいの? 本当に?
「えっと、ここの穴を埋めて……」
『ルージュ・アルダンの勇気』クー=リトルリトル(p3p000927)は、毛布配りを終え、今度は修繕作業に取り組んでいた。
特別、工作などが得意と言うわけではなかったが、クーは細かい作業が苦にならないタイプのようだ。小さなひび割れや空いた穴など、細かい作業をメインに進めていく。
また、発生したゴミなどの掃除も率先して行っていた。
「……ふぅ。綺麗になったんかなぁ?」
と、修繕を終えたばかりの家屋の壁を眺める。
修理跡が残らないよう、気遣いながらの作業、その成果がしっかりと出ていた。
うん。と、クーは満足げに頷いた。
「よーし、これでおわり、っと!」
屋根の上で、『狐佚って呼んでくれよな!』リック・狐佚・ブラック(p3p002028)は、大きく伸びをした。
自身の身体能力を最大限に生かせる場所。それが、屋根の上での作業だと考えたリックは、屋根の修繕をメインに活動していた。
確かに雨漏りなどが発生している建物もある。それを、丁寧に修繕していった。
「お疲れ様です。全部……かどうかは分かりませんが、目についた建物は全て修繕し終えましたね」
『メルティビター』ルチアーノ・グレコ(p3p004260)が言った。ルチアーノもまた、屋根の修理を主に行動していたイレギュラーズである。
2人で作業に取り組んだ結果、重篤な雨漏りなどは、そのすべてを修復できたようだ。
「僕たちが手伝えるのも今日限り。まだ物足りない気はしますが、もうすぐ日が暮れます」
ルチアーノの言う通り、陽は大きく傾き、夕焼けの様相を呈していた。
スラムが夕焼けで染まる。まだ、作業を続ける音は響いていたが、そろそろ撤退の時間だろう。
絵になる風景だな、とルチアーノは思った。
乱雑に建てられた建物の群れではあったが、その中では、確かに人々の生活があった。
「へへ。なんか、やったー、って感じがするな!」
夕焼けに染まる街を見ながら、リックが言った。目に映る光景。その出来る限りの場所に、出来る限りの人々に、手を差し伸べ続けた。
「そうですね」
ルチアーノは、微笑を浮かべて、頷いた。
「うむ! これだけあれば十分で御座ろう!」
『薪割り侍』鵜殿 修理亮(p3p004349)が頷く。目の前には、大量の木材や薪などがあった。すべて、修理亮がこしらえたものだ。ギフトにより、「割る」ことに特化した修理亮にとって、このような仕事は朝飯前。
「見事だ……これほどの短時間に次々と」
同じく、薪割をしていた『希望の結晶』ケント(p3p000618)が感心したように頷く。
「いやいや、ケント殿のお手前も中々!」
答える修理亮に、
「そう言っていただけると有難い。戦い以外では、これくらいしかできないから、さ。……間もなく、陽がくれるな」
一日が終ろうとしていた。これからさらに冷える夜となる。となれば、今2人で作り上げた大量の薪の出番だ。スラムの住民たちを、温めてくれる力となるだろう。
「しかし、流石に一日働き通しでは少々腹が……いやいや、武士は食わねど高楊枝であらねば」
「ははは、腹が減ってはなんとやら、ともいうのでは?」
言いつつ、沈みゆく夕日を眺めて、ケントが言った。
「今日は……良い仕事をした。そう思う」
「うむ、全く、良き仕事でござった!」
修理亮も笑って同意した。
●一日の終わりに
スラムに夜のとばりがおり、イレギュラーズの一日は幕を閉じる。
様々な形、様々な方法で、イレギュラーズたちは、多くの人々に手を差し伸べた。
受け取った報酬は、確かに、今日の忙しさと働きに比べたら、割に合わないものかもしれない。
だが、その報酬以上の何かを、受け取ったと思うイレギュラーズも居るかもしれない。
いずれにせよ。
とても優しく、とても勇敢な、簡単で難しい仕事。
イレギュラーズは、それを見事成し遂げたのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様のご活躍により、スラムの流行病はほどなく収束。
大きな被害もなく、スラムの住民たちも、無事春を迎える事が出来そうです。
皆様の働きに、スラムの住民たちに代わって、心よりお礼を申し上げす。
それでは、またお会いできますことを。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
今回は、スラム地区にて、病に倒れた人達や、その家族たちへの援助を行うイベントシナリオとなっております。
●依頼達成条件
・スラム街にて、ボランティア活動を行う事。
●行動選択
【1】スラムの教会にて、患者の看護を行う
教会には、中央大教会から派遣されてきた職員や、数名の医者が待機しています。
彼らの指示に従って、患者の看護を行ってあげて下さい。
もしあなたが医者であったり、そのようなスキル・ギフトを持って居るのであれば、存分にその腕を発揮してください。
【2】炊き出しを行う
軽症患者や、その家族に向けて炊き出しを行います。
材料は教会側で用意してありますので、それを調理したり、配ってあげて下さい。
料理スキルやギフトがあると、存分に発揮できるでしょう。
もちろん、皆さまで材料を用意してくださっても構いません。
ただ、基本的には病人が相手なので、あまり重いものは避けた方がいいと思います。
【3】毛布の配布や、家の修繕を行う
スラムの住人には、あまりよろしくない環境で生活している者もいます。
そう言った人々に、暖をとるための毛布を配布したり、壊れて隙間風の入ってくる建物を、簡単に修繕してあげるお仕事です。
材料や毛布は、教会で用意していますから、皆さまが特に何かを持ってくる必要はありません。
比較的力仕事ですので、そう言った作業が得意な方、お待ちしております。
●プレイングについて
下記の注意を必ず守り、プレイングをご記入ください。
守られていない場合、描写されない可能性がありますのでご注意ください。
1行目:【行動選択】(1~3より、1つを選択)
2行目:同行者のフルネーム(ID)、または【グループ名】 ※単独参加者は不要。
3行目以降:自由なプレイング
●その他の注意事項
・イレーヌ・アルエ、およびユリーカ・ユリカは参加しませんので、ご注意ください。
・もしも「完全に単独での描写」をお望みの場合は、プレイングにご記入ください。(そう言ったプレイングがない場合、他のキャラクターさんとの掛け合いが発生する場合もあります)
・イベントシナリオは、参加者全員の描写を必ずしも約束するものではありません。
以上となります。
それでは、皆様のご参加お待ちしております。
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