シナリオ詳細
<騎士語り>ヒースの咲く丘
オープニング
●
北の大地。凍てつく極寒の銀世界にも、春は訪れる。
雪解け水は山の稜線に沿って流れ、やがて低地へと広がっていくのだ。
緩やかな陽光は大地に目覚めを告げ、新しい芽が次々と天を目指す。
紅紫のヒースが咲き乱れる原に、爽やかな風が吹き抜けた。
イレギュラーズ は精霊の力で浮遊する船に乗って北の大地は鉄帝国ヴィーザルへと足を運んでいた。
船の甲板から見える景色は、想像したような真っ白な銀世界ではなく。
湿地帯に咲く紅紫のヒースが、どこか『妖精郷』の色彩を思いおこさせた。
淡く仄かな色合いが、視界いっぱいに広がる。
「おう、ローレットの冒険者さんよ。もうすぐ着くぞ」
この商船の船長であるジェフ・ジョーンズはイレギュラーズ へと笑顔を向けた。
ジェフがヒースの原の先を指差す。
なだらかな丘を背の低い草木が覆い、突然ゴツゴツとした岩肌の山が突出するように聳え立っていた。
植物が育つ限界点より上の山肌が岩となって見えているのだろう。標高が高いから空も随分と近かった。
緩やかな上り坂の先に、低い城壁で囲まれた村が見える。
「あれが、『ヘルムスデリー』だ」
商船は速度を少しずつ落し、村の門を潜ったあと、中央にある広場で停止した。
「――やあ、ローレットの皆さん。ヘルムスデリーへようこそ」
騎士の鎧を身に纏った『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)が手を振る。
深い金髪に強き光を宿した翠瞳。精悍な顔立ちが緩み、青年の頬に笑みが浮かんだ。
「ようこそ、歓迎するよ」
ギルバートの隣に立つのは銀髪青眼の親友『聡剣』ディムナ・グレスターと黒髪藍眼の『氷獅』ヴィルヘルム・ヴァイスだった。二人ともギルバートと同じく騎士であるのだろう。
三人の騎士に出迎えられ、イレギュラーズ はヘルムスデリーへと降り立った。
「長旅ご苦労様。首都スチールグラードからは結構時間が掛かっただろう。先ずは、ゆっくりと食事でもしながら君達を歓迎したい。構わないだろうか?」
ギルバートは広場の傍にある食堂へとイレギュラーズ を誘う。
丁度お昼時である。お腹の虫を抑えながら一同は酒場と併設された食堂へと足を踏み入れた。
頑丈そうな石造りの壁とカウンター。木製のテーブルと椅子。こういった人が集まる場所というのは何処の国でも大体同じような作りをしているのだろう。
ギルバート達はテーブルに着いて、メニューの書かれた本をイレギュラーズ の前に広げた。
「スチールグラートや幻想国で出てくるような豪奢な料理は無いかもしれないけれど……おすすめはヤギのミルクで作ったシチューだ。飲み物なんかは果実酒やワインが合うだろう。もちろんジュースもあるから安心してほしい」
書かれたメニューはブルストやローストビーフ、ミートパイ、ベイクドポテト、スコーンなど。
素朴なものや、保存の利く材料を上手く調理したものが並んでいた。
お世辞にも豪華とは言えないメニューの数。
「このヴィーザルは食物を育てるのに適していなくてね。さっき君達を運んできたジェフ達のような商人が持って来てくれる穀物や野菜なんかが命綱なんだよ」
不思議そうに首を傾げるイレギュラーズ にギルバートとディムナは僅かに視線を落す。
「君達も来るときに見たと思うけど、紅紫色のヒースが咲き乱れる原は湿地帯。つまり荒野と同じく何にも活かせない土地なんだ。水に棲む魔物も多く生息しているしね。だから、僕達はこうして丘の上に村を築き、城壁で護りを固めつつ素朴に暮らしているんだ」
目を細めイレギュラーズ を見つめたディムナは「でも、悪いばかりじゃないよ」と運ばれてきた料理をテーブルの上に並べる。
「夏になると景色が素晴らしいし、村の人達もみんなあたたかい。冬は見慣れてしまったけれど、君達にとっては異世界のような……一種のアドベンチャーに見えるかもしれないね」
「雪かきは大変だがな」
スコーンに齧り付いた黒髪のヴィルヘルムが口の端を上げた。
仲が良さそうな三人のやり取りにイレギュラーズ はくすりと微笑む。
窓の外に見える広場の真ん中には巨大な細長いクリスタルがあった。ギルバートの説明によると雷神の悪戯を防ぐためのものらしい。つまり避雷針なのだろう。
その向こう側には小さいながらもマーケットが存在しているようだ。
想像していたよりも、ずっとこの村は広く活気に溢れていた。
小さな町と言っても問題無いのかもしれない。
――――
――
「さて、何処から案内しようか……?」
「とりあえず、村長のところと神殿に行こうよ。セシリアも楽しみにしてたし」
一同は食堂を後にし、マーケットへと歩いて行く。その先には村長の家と銀泉神殿があるらしい。
セシリアはギルバート達の幼馴染みで、神殿で祈りを捧げる巫女だった。
外から来る来訪者の話しを聞くのは村人達にとってとても喜ばしいことらしい。
和やかな空気を纏わせ、イレギュラーズ を案内するギルバート。
「おーい! ギルバート!」
そこへ、慌てた様子で近づいてくる男マーティスにギルバートは振り向いた。
「どうした?」
「バグベアが出たんだ……! 見回りに行ってたヤツらが怪我しちまってよ!」
肩で息をするマーティスを落ち着かせ、状況を詳しく説明するよう求める。
「……あぁ、すまねぇ。今朝よ、セシリア嬢が『森が騒がしい』って言うんで、見回りを増やしたんだよ。今日はローレットの冒険者が来る日だったろ? だから、森の精霊が警戒してるのかと思ったんだが、どうやらそうじゃあ無かったらしい。悪戯好きのアルト・ボーグルがバグベアに追われてやがった」
「妖精のアルト・ボーグルが? この時期のバグベアが活発化するのは知っているだろうに」
ヘルムスデリーの近くに生息する魔物バグベアは雪が解けた春から夏に掛けて活動期に入る。
冬の間閉じこもっていた分を取り戻すかの如く、凶暴になるのだ。
「その様子であれば、おおかたバグベアの巣に潜り込み、悪戯を仕掛けたのだろう」
「まぁ、そんな所だろうね。悪戯好きのアルト・ボーグルらしい。でも、そのままヘルムスデリーに来られちゃ困るからね。僕達で追い払うしかない」
深呼吸をしたヴィルヘルムとディムナは剣柄に手を当ててギルバートを見遣る。
「では、マーティスは村長へ報告に。ヴィルヘルムとディムナは出撃準備を」
「問題無いよ」
「任せておけ」
二人の親友に頷いたギルバートはイレギュラーズ へと向き直った。
「すまないが。君達も手伝ってはくれないだろうか? 人手が多い方が良いだろう。
なあに、心配はいらないさ。君達の背中は俺が守る……さあ、行こうか!」
翠色のマントを翻したギルバートは鎧の音を響かせながら、村の外へと飛び出した。
- <騎士語り>ヒースの咲く丘完了
- GM名もみじ
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月29日 22時05分
- 参加人数35/35人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 35 人
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参加者一覧(35人)
リプレイ
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清涼な風がヒースの紅紫を揺すり、アジュールブルーの空へと吹き抜けていく。
なだらかな丘の上に築かれた城壁を潜り、訪れたハイエスタの村『ヘルムスデリー』で、イレギュラーズを出迎えたのは『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)だ。
ギルバートの隣を歩く『隻腕の射手』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は、彼が身に纏う鎧を銀の瞳で見つめる。召喚されたばかりの小さかった頃は、騎士に憧れていた。
その頃のアルヴァは正義感に満ちあふれ、弱い存在を護るのだと胸躍らせていた。
されど、自分にはその資格など無いと理解してしまった。自ら『諦めて』しまったのだ。
だからアルヴァは嘗ての自身が憧れた存在である騎士と話しがしてみたかった。
少しでもいい。その頂に立つ者から見える景色を知りたかった。
「知りたいつっても、憧れつっても。もう諦めちまったんだけどな」
「どうしてだい?」
ギルバートはアルヴァの事を知らない。盾を持つ左腕を失ったことも。両親が暗殺者だったことも。アルヴァが自らの手で姉を殺したことも。
「俺はもう、誰かを護ることができる自信が無いんだ」
敵前で手が震える者を誰が騎士と称えるか。
戦場で足がすくむ者に誰が背中を預けるか。
アルヴァはギルバートに銀の双眸を上げた。迷うような縋るような色が滲む。
「教えてほしい。どうして騎士という存在はそんなに強く在れる?」
聞いた所で、義賊へ堕ちた自分には関係無いかもしれない。
その答えすら本当は聞きたくないのかもしれない。ギルバートの答えが自らを傷つけるものだとしても。
アルヴァは聞かずにはいられなかった。
「守るべき者を、守れなかったからだ。俺も。君は別の道を歩むことを後悔しているのかもしれない。それは堕ちるのではなく、ただ別の行き先になっただけ。行き方が違うだけ。同じように前を向いていることに変わりは無い。君が強く生きて来られたから今日こうして出会えた。だから、君は弱き者なんかじゃない」
アルヴァの瞳を真っ直ぐ見つめギルバートはそう告げた。
「ボクはヴィーザル地方のいろいろな場所へ行った事があると思っていたのだけれど……!」
ギルバートの隣で『拵え鋼』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は両手を天に掲げぐるぐると回した。
「ヘルムスデリーは精霊の皆さんと一緒に暮らしているんだね」
知人のノルダインの村や依頼で知り合った仲間の故郷を思い出し。
「今まで行ったどことも雰囲気が違う気がする!」
芽吹きの季節の美しさは、鉄帝というより深緑の妖精郷を思わせた。
「そうだな。ヴィーザル地方は広いからな様々な村があるだろうね」
イレギュラーズにならなかったら、このヘルムスデリーにも来ていなかっただろう。
リュカシスは湧き上がる高揚感でギルバートに笑顔を向ける。
この村を隅々まで探索したい。だから。
「まずは、ヤギミルクのシチューを食べたい! パンとブルストも!」
更に甘い物を所望するリュカシスにギルバートは「ジャムとスコーンの組み合わせは美味しい」とメニューを指差した。
リュカシスが元気よく食べている所へ手を振るのは『Merrow』メル=オ=メロウ(p3p008181)だ。
ギルバートの隣に座ったメルはヤギのミルクのシチューを注文して。
「ここは幻想的な場所ね……御伽噺みたい」
紅紫のヒース咲き乱れる自然豊かな丘と騎士が住まう村。メルにとって親しみ易くて心地良い空間。
「ねぇ、この村のこともっと教えてくれないかしら?」
「ああ、構わないよ何が知りたいんだい?」
「そうね……ギルバートさん達ってドルイドだからか精霊が見えるんだっけ。あたしには見えないから、不思議な感覚で……守護神もそうだけど、そういう神秘的なことには興味があるな」
この村は精霊の加護を受けている者が多い。メルやリュカシスにとってそれは少し不思議なものに感じるのだろう。
「姿を見せたいと思う精霊が多いのだろう。あまり怖がっていないのかもしれない」
「以外と目立ちたがり?」
「ふふ、かもしれないな」
「信仰も、よく分からなくて……でも事実この村は神様に護られているんだからすごいよね」
黒髪を攫う爽やかな風に目を細めた『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は、目の前に広がる景色を綺麗だと思った。これだけ綺麗な花畑があるのだ。きっと美味しい食べ物もあるはず。
ボディは早速案内された酒場と食堂へ足を踏み入れる。
「素朴とは言ってましたが、私にとってはどれもが煌びやかです」
どんな味がするのだろうか。メニューを指で追い、目に付いたブルストとミートパイ、ベイクドポテトを注文する。頬いっぱいにハムスターのようにミートパイを詰め込んだボディは格別だと目を輝かせた。
燈堂の屋敷で出されるものとは味わいが違って美味だ。
「一緒に食べたいですね」
美味しい物は分け合いたいと最近思う様になった。『同じ感覚』が味わえるのが何だか嬉しいから。
「……この料理、皆さまのお土産として持って帰ったりできませんかね。美味しいから皆にも食べて欲しい限りです」
「行けるんじゃねーか?」
ボディの目の前に座ったジェフ・ジョーンズは、食堂のマスターに「出立の時に用意してくれ」と大声で叫んだ。
「ええと、ありがとうございます。ジェフ様。食事ご一緒に如何ですか? ここまで連れてきてくれたお礼にと思ったのですが」
「おお、こんな美人さんのお誘いじゃあ、断る訳にもいかねーよな? 酒は飲めるのか?」
「……多分大丈夫です」
酒を飲み交わしながらボディとジェフは上機嫌で語り合う。
「そういえばジェフ様は定期的に船を出してるそうですけど、何か困った事とか有るのでしょうか?」
何かあれば力になりたいと、酒に酔い、ふにゃふにゃになりながら告げるボディ。
「この街では貴方みたいな方は大切でしょうから、ご安心を。今はこんな姿ですが戦闘には自信がありますから……気軽に頼って下さいね」というのを少し口調が怪しげになりながら、ボディは頑張って伝えた。
「おう、ありがとよ。頼りにさせて貰うぜ。だが、嬢ちゃん酒は程々にな。そういうのは好いてる男の前でしか見せちゃいけねーぞ」
『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)は雪解けのヘルムスデリーをギルバートと共にゆっくりと歩いていた。
「付き合わせてしまってすみません」
「いや、叔母のところにはジョシュアと一緒に行く途中だったからね。丁度良い」
ギルバートを挟んで向かいには『千紫万考』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)の姿もある。
フローラは勇気を出して声を掛けて良かったと思った。ギルバートの人柄を見るに、きっと村の人達も優しい人ばかりなのだろう。咲き乱れるヒースに温かな人達。胸が躍るようだ。
「僕は手紙のネタ探しも兼ねて、たまには観光をするのもいいかと思いまして」
精霊種である自分達とは違う精霊の声を聞く人達が住まう村。ヘルムスデリーの事を少しでも知りたいのだとジョシュアは微笑んだ。
「さあ、着いたよ。此処が俺の叔母が手入れしてる庭園だ」
「まぁまぁ……いらっしゃい。可愛らしいお客様」
丁度花に水やりをしていたギルバートの叔母が手招きをして、ガーデンテラスへと案内してくれる。
温かい紅茶の香りが漂い、柔らかな風が吹く。色取り取りの庭園の花がフローラとジョシュアの心を充たして。心地よさに肩の力が抜けた。
「素敵なお花たち。色鮮やかに咲いて、良くお手入れされているのがわかります」
「昔いた集落も雪ばかりで、雪解けに咲く水仙を密かに楽しみにしていたものです」
「うふふ、ありがとう。春のガーデンが楽しくてね」
フローラとジョシュアは朗らかに微笑む叔母に親しみを覚える。彼女なら自分達の言葉を受け止めてくれるのではないか。
「あ、あの……! 私の屋敷にも庭園がありまして……私も、最近少し手入れを始めて、あまり上手に出来ないのですけれど……あの、コツなどを教えていただけましたら……っ」
頬染めてフローラが手を上げる。
「僕も知りたいですね。花に関することなら興味深い」
見知らぬ土地で共通の話題があることは、有り難い。それだけで話しが広がっていくからだ。
「ええ、もちろん」
自家製のジャムを紅茶に混ぜて味わいながら、ジョシュアとフローラは叔母の話に聞き入った。
「このあとはどうします? 少し探し物があるのでマーケットに行きたいなと」
ジョシュアの提案にフローラも頷く。
「私もトルクを見たいと思いまして……その家で待つメイドへのお土産代わりに」
「僕も文通をしてる友人に絵はがきを買いたいんです。ここの景色を見せてあげられるのではと思って」
ヒースが添えられるなら尚良いとジョシュアはマーケットを見渡す。
「友人はそのライブノベルの事情で人と離れて暮らしていて、旅行などを気兼ねなく楽しむ事は難しいので、お土産話だけでも喜んでくれるとは思うのですが、一面のヒースをできれば見せたくて」
「ふふ、大切な誰かの為に選ぶのは、楽しいですよね。私も……時々無茶振りもされますけれど、私にとっては大事な家族、なのでお土産を買って帰りたいです」
雑貨屋に入った二人は絵はがきとトルクを前に目を輝かせた。
待っている誰かへの贈り物を手に取って――
「こんにちは、ヴィルヘルムさん。わたしマーケットに行くのだけれど、案内お願いできるかしら?」
「勿論構わない」
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は『氷獅』ヴィルヘルム・ヴァイスを誘いマーケットを散策していた。
ヴィーザル地方へはあまり来たことが無い胡桃は、マーケットに並ぶ食べ物や装飾品を興味深そうに眺めている。手にしたトルクのクリスタルをじっと見つめ尻尾を振る胡桃。
「同じ鉄帝国の領土といえど、銀の森とは大分離れているし気候も違うのね」
「ここは北の寒い地方だからな」
ヴィルヘルムが答えた所で、胡桃のお腹がくるぅと可愛い音を鳴らす。
「ふふ、食堂で何か食べるか。ヤギのシチューもスコーンもある」
「そうね。お肉が好きよ。どんなのがあるのかしら」
愛らしい見た目に反して自分と同じぐらいもりもりと食べる胡桃に葡萄ジュースを手渡す青年。
「良い食べっぷりだな」
「あっ、えっと……そうだわ。わたし炎の精霊種なの。だからヴィルヘルムさんとお話したかったの」
指先に蒼い炎を出してみせる胡桃にヴィルヘルムは目を瞬かせる。
「わたしだと氷の精霊との相性が悪くて精霊がヘソを曲げたりするのかしら?」
「そんな事は無いさ、君が俺を攻撃してきたら別だけど」
ヴィルヘルムの隣に現れた美しい氷の精霊は胡桃に手を差し出した。
「よろしくだって」
「えへへ。わたしはくるみ。蒼い炎。今は人と共にあるものなの」
高台へやってきた胡桃はヒースの咲き乱れる草原を見渡す。
地平まで続く紅紫の色合いは幻想的で何処か妖精郷を思い起こさせる。
胡桃の視線の先、村の城壁に立っているのはリュカシスとアルヴァだ。
二人とも何かを探すように周囲を見渡している。
リュカシスはわくわくした楽しそうな雰囲気だが、アルヴァは少し張り詰めている様子。
「うーん、楽しい!」
リュカシスは城壁の上に刻まれた文字をじっと見つめ顔を綻ばせた。
これが村を守っている結界の一部なのだろう。
その文字を踏まないようにアルヴァは城壁の上を見回っていた。
「にしても、ウィーザル地方にしては印象が違うな」
マーケットで買ったパンを食べながら、ヒースの草原を見つめるアルヴァ。
アルヴァが見てきたヴィーザル地方の村々はもっと貧しく闘争に溢れていた。
「全然違うけどこういう空気は好きだ」
だから、この村が平和であり続けるようにと願わずにはいられない。
「ルイスさん、宜しければお勧めの絶景スポットなど、案内して頂きたいのですが」
『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は広場でイレギュラーズを興味深そうに見つめて居たルイス・シェパードに声を掛ける。
「え! 俺でいいの?」
「はい。ルイスさんは雪の上でも走り回れる『橙駆』のギフトをお持ちだとか。でしたら、素敵な場所を知っているのではないかと思いまして」
ヘイゼルに頼りにされた。その事実に少年は目を輝かせる。
「うん! 分かった! じゃあさ、代わりに姉ちゃんがどんな冒険したのか聞かせてよ!」
「ええ、構いません。武勇伝などでせうか?」
武勇伝というヘイゼルの言葉に彼女の手を掴み走り出すルイス。
「まだちょっと雪が残ってるけど、すごい所あるんだ!」
「はい。大丈夫ですよ。私は空中歩行ができますので……」
雪が残る山の頂から下を見下ろせば小さくヘルムスデリーが見える。
ルイスとヘイゼルは岩の上に腰を下ろし温かなミルクを飲みながら語らった。
「鉄帝関連ですと、第三次グレイス・ヌレ海戦で幻想側として参戦して……」
現皇帝のヴェルスと戦い捕虜になったこと、亜竜を率いる竜と戦い片目に傷を負わせたこと。
ヘイゼルが語る武勇伝は御伽噺のようでルイスは爛々と目を光らせる。
「すげぇや! でも、命がけって怖くないの? 俺、すごく怖かったんだけど」
「うーん、どちらかと云えば逆ですね。生きている限りは自身の命が掛かっていない行動など無いのですよ。それを覆い隠す日常と云うフィルタを通しているので。その外が怖いのです」
どういうことだと首を傾げる少年に瞳を伏せるヘイゼル。
「生きている限り死亡率100%ですが、人生は一生終わりません。その事に目を向ければ、人間は慣れるものなのですよ」
「……ううん? 慣れるのかな?」
ヘイゼルの達観した思考に、ルイスは悩ましげな表情を見せた。
●
森の騒がしさに村人達に動揺が広がる――
バグベアが出たとの報告を受けたギルバートは『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)に手を差し出す。
「一緒に手伝ってはくれないだろうか?」
「……うん! ボクも見回りのお手伝いをするよ、ギルバートくん!」
ギルバートの手を握り返した焔は「背中を守るのは任せて」とウィンクしてみせる。
「観光はまた次の機会にでも出来るけど、今困ってる人を助けるのは今しか出来ないもんね!」
「せっかく美味しい料理も食いながらのんびり寝て楽しく過ごしてたのによぉ……」
腰に手を当てた『黄金の旋律』フーガ・リリオ(p3p010595)はがくりと肩を落とした。
つまり、彼もバグベアの討伐に付き合ってくれるということだ。
「すまないフーガ」
「放っておくわけにはいかねーだろ? ギルバート達がフォローしてくれるのは安心する。だけど、いざとなったら、おいらも守るから任せてくれよな?」
頼もしい限りだと拳を合わせるギルバート。
その様子に笑みを浮かべる『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は、件のアルト・ボーグルに思い馳せる。
「フフ、『お隣さん』が悪戯好きなのはどこでも同じみたいね」
「全く……困ったものだ。ジルーシャも来てくれるのかい?」
「もちろん手伝うわよ、任せて頂戴な♪ 終わったら案内の続きをお願いね、ギルバート!」
ジルーシャは竪琴の音色を響かせ、森の精霊へと語りかける。
「フフ、初めまして。どうぞよろしくね、素敵なお隣さんたち♪」
『良い香りと音色ね……何かご用?』
ペールグリーンの森の精霊がジルーシャの周りをくるりと回った。
「ね、アタシたち、見回りのお手伝いをしているの。少しだけ、アンタたちの森に入らせて貰ってもいいかしら?」
『大丈夫よ。でも、気を付けて、何だか騒がしいの』
精霊の指先が森の奥を指し示す。
「お? なんだなんだ? バグベアが出てきて困ってるだって?」
ころんとした瞳の『鮪導弾』ワモン・C・デルモンテ(p3p007195)がギルバートの前に姿を現す。
「そんなことを聞いちゃあ正義のヒーローとっかり仮面としちゃあ黙ってらんねーな!」
背中のガトリングをぐるぐると回したワモンは意気揚々と小さな手を上げた。
「困った人を助けるのは騎士もヒーローも一緒なんだぜ! オイラも手伝うからさっさとバグベアおっぱらっちまおうぜ!」
「ありがとう。ワモン。頼もしいよ」
ギルバートの言葉に嬉しそうに尻尾を振るワモン。
「……ここはいいとこだな。暮らしぶりもあたしの故郷よりはいいし、なんていうか長閑だ……もちろん、暮らしてみなきゃわかんねーこととかはたくさんあるんだろうがな」
『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)はギルバートの肩をぽんと叩いた。
「まあ、とりあえずおじゃま虫が来るってんならさっさと退治しようじゃねえか」
のんびりするのはその後だと一歩森の奥へと歩み出すシオン。
「あ、ギルバート……って言ったか? あいつらと戦う時に何か気をつけることはあるのか?」
妖精やバグベアの来襲は一度や二度ではないのだろう。
特別な対処方法があるのならば、地の理があるギルバートに聞くのが一番早いとシオンは考えたのだ。
「そうだな。普通の獣とそう変わらないだろう」
「なら、まあさくっと追い払うか」
シオンの言葉にギルバートは宜しく頼むと頷いた。
「以前にこの村を訪れてからもう暫く経つか」
「そういえば、前回は秋頃でしたね。時が経つのは早いものだと感じます」
森の中を警戒しながら進む『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)と『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は秋のヘルムスデリーを思い出す。
今回も二人で観光をと思っていたけれど、防衛の必要があるならば其方が優先だとベネディクトは見回りに参加していた。
「ギルバート様だけを働かせるのも気が引けますので……」
「リュティス、ベネディクトもすまない手を煩わせてしまって」
「いえ、せっかくの機会ですし、頼って頂ければと思います」
リュティスの言葉に同意するように頷いたベネディクトはギルバートに向き直る。
「こう言った事はよくあるのか、ギルバート」
「ああ。……まあ、たまにある妖精や精霊は悪戯好きだからな」
「その、例の妖精とやらは敵では無いのだよな?」
ギルバートの口ぶりから、敵意は感じられなかった。どちらかと言えば諦めに近いもの。
「ふむ……随分とずる賢い妖精がいるみたいですね。
単純にじゃれているのか、わかっていて悪戯をしているのか……」
後者であればきつい仕置きをしたほうがいいのでしょうかと呟くリュティスをベネディクトが制止する。
「リュティス、解っていると思うが──」
「と思いましたが、御主人様が程々にと仰っしゃられているので」
少し厳しいぐらいにしておこうとリュティスは笑う。
それに経験上、つけあがってくるだけのような気がするのだ。
脳裏に浮かんだピンク髪のトラブルメーカーが満面の笑みでこちらを見た。
「そうか、分かってくれるか。ならば後はいう事はないか、頼りにさせて貰うよ。リュティス」
ヘルムスデリーに住まう人々の優しさに触れ、この村を助けたいと願うメルは見回りに同行していた。
「見回りも観光と同じかな……と思っていたのに、流石に村を離れると少し風景は寂しくなるね」
メルはギルバート達と離れないように空から周囲を見渡す。
「念には念を……ね」
バグベアの他に同じ様な魔物が居ないか注意深く観察するのだ。
「ワシはオウェード! ヴィーザル地方ランドマスター領を預かる身としてここに来たんじゃが……」
同じヴィーザル地方に住まう仲間としてヘルムスデリーへ来訪した『真竜鱗』オウェード=ランドマスター(p3p009184)はギルバートへ握手を求める。
「やあ、来てくれて嬉しいよ。オウェード」
オウェードが掲げる斧に視線を向けるギルバート。
「この斧が気になるのかね? これはノルダイン風に……すまないギルバード殿、配慮が足りなかった」
「いや、問題無いよ。格好いいじゃないか」
オウェードの向こう側、『特異運命座標』オルレアン(p3p010381)が手を軽く上げた。
「ギルバート・フォーサイスと言ったか。お前達からは精霊の力を感じる」
「君は……」
「すまない、名乗っていなかったか。俺はオルレアン……と名乗っている」
オルレアンは姿を消したとされる妖精女王『ファレノプシス』を探しているのだという。
「俺は妖精郷に縁があってな、精霊の気配を感じやすいかもしれない」
「……アルヴィオンの噂は聞いているよ。彼らアルヴィオンの妖精もそうだけれど、妖精というものは迂遠な言い方をしがちなんだ」
ギルバートの言葉にオルレアンは首を傾げる。
「妖精が『遠い所に行った』というのは、人間でいうと『死』を意味する。その妖精女王の帰還を求めるというのは死者蘇生を願うということなんだよ」
遠くの空を見つめギルバートはオルレアンに語った。
「バグベアさんが村に来ないようにしないと大変ですものね」
後から着いてくる『シロツメクサの花冠』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)にギルバートは少しだけ眉を下げた。ジュリエットは少しでもギルバート達の負担を和らげたいとこの場に居るのだろう。
大切な人であるジュリエットを危険には晒したくない思いと、彼女の意思を尊重するべきだという理性が、ギルバートの中で喧嘩をしている。
「あの、アルト・ボーグルという妖精さんと村は仲が悪い……という事なのでしょうか? 悪戯にしては少々過激な気が致します」
ジュリエットは一緒に見回りに来ていたヴィルヘルムに問いかけた。
「いや、自分じゃどうしようも出来ないから人間の居る所に助けを求めたんだろう。過ぎた悪戯だったということだな。アルト・ボーグルは小賢しい妖精だ。……まあ、無闇に死んでしまうよりは良い」
「確かに……」
ジュリエットは事の真相を聞いてくすりと笑った。
『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)は以前もこの地に訪れたのは夏だったと目を細める。
その時は燈堂家の地下に奉られている『蛇神』繰切の前身『クロウ・クルァク』の調査に来たのだ。
「相変わらず穏やかそうで、少し安心したのだが……」
鉄帝だけに限らず血なまぐさい話を耳にすることが多かったからと愛無はギルバートを見遣る。
「まあ、のんびり観光とだけはいかないようだ」
「君が居てくれて助かるよ愛無」
「何にせよ荒事は得意だ。見回り程度なら任せてくれ」
ひらひらと手を振った愛無は獣の匂いが強い方へ視線を向けた。
「初めまして、私はレイリー=シュタイン。自称騎士よ!」
ギルバートの前に手を差し出した『不屈の白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)の声が響く。
「こちらは相棒のムーンリットナイト。私はリットって呼んでる。よろしくね」
「ああ、よろしく。白き騎士殿」
レイリーはギルバートの手を離し森の奥へと向き直った。
「もう移動しちゃってるかもだけど、最初は見回りしてた人達が戦った場所まで行ってみる?」
焔がレイリーの隣に立ち、こてりと首を傾げる。
「そうね。何か手がかりが無いか行ってみましょうか」
「村の見回りの人が怪我したのをみると……人があまり来なさそうな場所とはいえど、他に怪我負っている人やうっかり迷子になった人がいる可能性もある……かもな」
フーガは焔とレイリーの後から森の奥へと進んで行く。
『竜交』笹木 花丸(p3p008689)もギルバートの後から敵が来ないかを注意深くさぐった。
ヴィーザル地方には殆ど顔を出した事が無い花丸は、特に森の気配に敏感であった。
「最初は気軽に観光を……って思ってたんだけど、村にバグベアが来ちゃったら大変だもんねっ! 皆でササっと追い返して、ついでに危険な魔物もやっつけちゃおうっ!」
「そうだね! ……っと可愛いリスさん見つけた」
木の実を頬張るリスに手を差し出した焔は、それを仲間へと迎え入れる。
森の事は森の住人に聞くのが一番だからとバグベア探しを手伝ってもらうのだ。
「ねえ、バグベアさん見なかった?」
焔の問いかけにリスはトコトコと地面を走り出す。
「そっちかな?」
「確かに、向こうから何か音が聞こえてくるな」
フーガも耳を澄ませ、聞こえてくる音を精査していた。
「うんうん。バグベアさんたち妖精さんに悪戯されて怒ってるみたいだし、やり過ぎないぐらいにして、さくっと帰ってもらおう!」
「ギルバートさん、花丸ちゃん達にマルっとお任せだよっ!」
焔と花丸の元気な声が森の木々に反響する。
「あ、代わりにバグベアを追い返したら後でギルバートさんの色々とお勧めを教えてよね? ふらふら見て回るのも楽しいけど、住んでる人に案内してもらえるならそれが一番だしっ!」
「もちろんだとも。楽しみにしていてほしい」
花丸の提案にフーガやレイリー、焔も手を上げて。
されど、濃くなった獣の匂いに愛無が一同を制止すれば、一瞬で静まりかえった。
「フム……熊じゃな……では行こうかね……」
オウェードが斧を担ぎなおし、レイリーが頷く。
「……居た。前は任せて。――行くよっ!」
花丸のかけ声と共に、バグベアに追われた妖精の元へイレギュラーズは駆け出した。
●
妖精アルト・ボーグルの描く軌跡が森の奥で薄い光となって蛇行している。
左右に旋回する妖精は、必死に逃げ惑っているようにみえた。
その後にはバグベアの獰猛な声が響き渡る。
花丸は一緒に駆け出した『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)を見遣り頷く。
一手に何匹ものバグベアを引きつけるのは重傷を負う可能性があるだろう。
だから、手分けして相手取る。数多くの戦場を切り抜けて来た花丸達が勝ち得た戦術は、このヴィーザルの森の中であっても有効であろう。
「観光に来た心算で大怪我をしてたんじゃアレだしね。それに、此処に来てるのは花丸ちゃんだけじゃないんだもんっ! ベネディクトさん、リュティスさん! ――頼んだよっ!」
後に控える仲間へ合図を送り、秋奈と共に先陣を駆ける花丸。
その隙間を縫って焔の結界が戦場を覆う。
「森を荒らしちゃうわけにはいかないからね」
焔の視線はこっそりと抜け出そうとしたアルト・ボーグルへと向けられる。
「あっ、妖精さんもオシオキしなきゃいけないから逃がさないよ!」
ビクリと肩を振わせた妖精は戦場の隅でぷるぷると震えた。
「こいつらが出てきたのも、そこのいたずら妖精が悪いてんなら、殺す必要はねーだろ」
シオンは妖精を一瞥してからバグベアへと向き直る。
「適当に静かになったら帰ってもらおうか。あんまり刺激して、他のバグベアもやってきたら洒落になんねーしな」
呼吸を整え二刀を構えたシオンは紫の双眸を上げた。
「よし、戦闘開始だな……!」
フーガはトランペットを取り出し、出来るだけ多くの仲間へとその音色を轟かせる。
前に出て戦うのは得意では無いフーガは、自分に出来る最大の効果的戦術で戦場を動かすのだ。
「大丈夫。ちゃんと見守ってるから」
バグベアを倒す事が目的ではない。ある程度傷を負わせ追い払えばいいのだ。
それが以外と難しくはあるのだけれど。フーガは仲間のバックアップを請け負う。
「私ちゃん、メッチャクチャ暇だったから、こういう時は部屋に籠ってても仕方ないねってことでシチューとトルクを求めてやってきたんだよ! でも、バグベアが出たっていうからさ」
刀を握り締め、バグベアの前へ躍り出る秋奈。
「悪い子にはお姉さんがお仕置きをしてあげないとな! がはは!」
敵の前に立ち、後退を一歩も譲らないその姿はまさに騎士。なのかもしれないと秋奈は高らかに笑い声を上げる。こちらからギルバート達へ指示する言葉は無い。己の信念のもと、剣を振うだけだと秋奈はバグベアの懐へと潜り込んだ。
「撃退をするだけだしおなかすいたから、なるべく早く刈り取るべし!」
剣尖はバグベアの皮膚を裂き、赤き血が刃へ滴る。
後から迫る熊の爪にギルバートが剣を差し込みはじき返した。
「お、おお? ギルバート殿、かっけーですな!」
「秋奈こそ、その剣裁きは頼もしい」
ギルバートは秋奈が剣を走らせるその姿に感嘆の声を上げる。
「そーだろ、そーだろ! フフ……私ちゃんを連れてきて正解だったみたいだな。イイ感じにみんなの活躍が増えるみたいな?」
満面の笑みを見せる無邪気さとは裏腹に、その獰猛な剣檄がバグベアを押しとどめていた。
「よーし、まだまだいけるよ!」
「花丸ちゃんも、大丈夫!」
バグベアへと拳を叩きつける花丸は、返す爪を軽いステップで避け距離を取る。
続けざまに迫る爪と牙を難なく躱した花丸は、カウンターでバグベアの頭部を叩いた。
ふらつくバグベアの足下を回し蹴りで弾いた花丸。
どう、と倒れる熊の巨体の下から後ろ向きに飛び去って、地面に数度蹴りを入れ慣性を落し着地する。
「リュティス、援護を頼む」
「はい。心得ています」
ベネディクトが先陣を駆け、リュティスがそれに追従する。
花丸の集めたバグベアへ向けて的確に剣を走らせるベネディクト。
僅かに後へ振れた身体をバグベアの爪が襲う。されど、それはリュティスへと繋ぐための布石。
爪が空を切り体勢を立て直すより先にリュティスの緻密な魔力の鎖がバグベアを絡め取る。
「ギルバートにディムナ、それにリュティスや他の者達も居る。
――俺達を突破出来るなどとは思わん事だ!」
ベネディクトの声が森の中へ響き渡る。それは仲間を奮い立たせる檄となるもの。
「さぁ、レイリー=シュタインが相手になるわ。君たち、私を倒せるかしら?」
アルト・ボーグルの保護を仲間へと任せたレイリーは武器を掲げ、愛馬と共に駆け抜けた。
森の中でレイリーの白い甲冑は目立つだろう。バグベアも彼女の姿に注意を向けた。
獰猛な声を轟かせ、バグベアはレイリーへと襲いかかる。
鋭い爪がレイリーの盾と接触し、嫌な音を立てた。
興奮するバグベアの攻撃は御しやすいけれど、重さが桁違いだ。
気を付けねばならないとレイリーは眉を寄せる。
「当たると痛いわよ! 気を付けて!」
「ええ、大丈夫……!」
大鎌を振う『青鋭の刃』エルス・ティーネ(p3p007325)は、寒さが吹き飛んで丁度良いと、口の端を上げ駆け出した。冷え性のエルスには新芽の季節のヴィーザルとて肌寒さを感じるほどだったから。
咆哮を発したバグベアは、エルスへと牙を向ける。
この位置からであれば仲間に当たる心配もないだろうと判断したエルスは、容赦なく大鎌を振り上げた。
エルスの大鎌を前進する事で受け止めたバグベアは、少女の身体を振り回す。
されど、その反動を逆手に取り、エルスはくるりと空中で回転し大鎌を投げつけた。
バグベアの堅い皮膚に突き刺さる鎌を引けば、そこから血が飛び散る。
怒りを露わにしたバグベアの怒号がエルスの鼓膜を揺さぶった。
「あら、真面目に戦う事を考えて何か不都合かしら? 当然あなた達も強いのでしょうから……私も本気で対応しなくちゃ……そうでしょ?」
三日月の唇でエルスは薄く微笑む。
「よーし、そんじゃいっくぜー! このガトリングが伊達じゃねーってのを騎士のにーちゃんたちによーく見せつけてやるぜー! うらー!」
ワモンのガトリングが唸りを上げてグルグルと回り、次々に爆発的な速度で弾丸が撃ち出された。
「どーよ、このガトリングさばき!」
でたらめに打っているように見えて、仲間には当てないワモンの射撃にギルバートは感嘆の声を上げる。
「すごいな、ワモン」
「ガンガンうってくから騎士のにーちゃんたちどんどん突撃してってもいいんだぜ!」
「ああ、そっちは任せたぞ!」
ギルバートとワモンが攻撃を重ねたバグベアにジルーシャも視線を合わせる。
「精霊たちの大切な森を傷つけるわけにはいかないものね」
ジルーシャは竪琴を奏で、バグベアへと魔法を解き放った。
森の木々がざわざわと揺れ、地面に落ちた木の葉が吹き飛ぶ。
「折角招かれて来たわけだが……仕事があるのなら剣を振るうさ」
二剣を手にバグベアへと斬りかかるのは『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)だ。他の者の剣をじっくりと見る良い機会でもあるだろう。
ブレンダは自分の刃に続くように出て来たオルレアンを見遣り頷いた。
「俺に出来る事はそう多くない。だからこそ、得意分野で行かせてもらおうと思う」
「頼もしいな……!」
オルレアンはブレンダの剣筋を真似て刃を走らせる。
「俺は他のセンパイ達と比べ、まだそこまで戦闘に熟達している訳ではないからな」
「そうなのか? 良い筋をしていると思うぞ」
ブレンダはオルレアンの美しい剣に「大丈夫」だと顔を綻ばせた。
「正直、バグベアには悪いとは思うが、妖精には後で良く言っておくので許してほしい」
「じゃあ、さくっと行くか!」
バグベアの爪を最低限の動作で交わしたブレンダは、すれちかいざまに剣を叩き込む。
ブレンダの剣は相手を見切り、攻撃を捌き、好きを縫うように斬りつけるもの。
「使い始めた頃は少々てこずったがもう慣れた」
今回は他の騎士たちも見ている良い機会だ。舞うように魅せる剣技を意識するブレンダ。
ギルバート、ディムナ、ヴィルヘルムのうち、やはり一番剣の腕が立つと言われるディムナの戦いは気になる所だろう。
ブレンダはバグベアを相手取るディムナの剣を盗み見る。
戦場の隅で震える妖精を一瞥した『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)は、ため息を吐いてからバグベアへと向き直った。
「まぁ、説教は後にして……バグベアを追い払うのが先だな。正直、殺さずに帰ってくれるならその方が良いんだよな。やむを得ない場合を除いて、殺しなどしたくはないからなぁ」
「そうしてくれると助かるよ」
フレイの言葉にギルバートが頷く、バグベアも妖精も森に住まう住人だ。
無闇矢鱈に殺すことはあってはならないだろう。
「まあ、とりあえず……やれるだけのことをやろう」
フテイはあえて武器を持たず、その身に加護を宿す。バグベアは無防備に目の前に現れたフレイ目がけて腕を振り下ろした。されど、フレイの翼に阻まれ腕は空を切る。その腕に突き刺さるフレイの羽。
「直接殴るくらいで充分だろ。他にもこちらには味方もいるしな」
じくじくと痛む羽根を振りほどき、バグベアは何度も爪を繰り出す。
「なあ、言葉が通じるかわからんが……あの妖精にはあとできつく言い聞かせる。あんたらの縄張りに入って嫌な思いをさせたのはあの妖精だ。でも、俺達もあんたらに暴れられると困るからさ」
怒りが収まったなら引いてくれると嬉しいとフレイはバグベアの攻撃を躱し伝う。
「妖精にちょっかいを出されたバグベア、か」
動物と疎通できるならば話しはできるだろうかと『剣に誓いを』ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)はアメジストの双眸を上げた。
「少しは落ち着いてくれるといいが……とりあえずは軽く叩いてみるか」
紫の視線を流し、ムエンはバグベアの個体のうち体格の大きいものを探す。
こういった手合いは大きい体躯の持ち主が群れを率いていることが多いからだ。
ムエンはその大きなバグベアへと狙いを定める。
木々の隙間に入り込んだムエンは背後に回り込み飛び上がった。
剣をバグベアの背中に突き入れ横に割く。分厚い毛皮に阻まれてこの程度ではかすり傷程度のものだろう。それでも気を引くには十分だった。
「彼らに罪は無いのだろうが。向かってくるなら仕方ない。死なない程度に叩いてお帰り願おう」
愛無は本体の姿に戻り、ケタケタと嗤うように口を開いた。
「僕としては夕餉に熊鍋が一品追加されても構わないが……」
ギルバートの視線に「冗談だ……今度の機会にしておこう」と手を振ってみせる。
されど、命までは奪わねど、『つまみ食い』程度なら問題はないだろう。
地を蹴った愛無は粘度のある体表を膨らませ、バグベアに飛びついた。
「どうだ? 少し痛いだろう? 骨の周りの肉は美味しいんだぞ。そこまで食べてやろうか?」
バグベアの爪に対し、身体をぐにゃりと捩らせ避けた愛無は「全部喰っちまうぞ」と歯を鳴らす。
ぐるりと首だけ回した愛無は、アルト・ボーグルを見遣った。
「あれもどーにかしないとならんか?」
焚きつけるだけ焚きつけておいて、自分は高みの見物とは。
「流石に虫が良すぎるというモノだからな」
その辺に転がっていた石をアルト・ボーグルへ投げつける愛無。
「ぎゃん!」
「大丈夫。死なない死なない」
くつくつと嗤った愛無の出で立ちが、まるで悪魔のようで。妖精はぶるぶると恐怖に震えた。
「そこでじっとしていなさい。ただし終わった後はわかっていますね? お説教の時間のはじまりです」
リュティスは愛無へと重ねるようにアルト・ボーグルを縫い止める。
「手は多い方が良いでしょうし……お手伝い致します、ギルバートさん」
「助かるよ、リースリット」
ギルバートの隣を駆け抜けた『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は、光を帯びた剣となりてバグベアの急所を突いた。
うめき声を上げて蹌踉めいたバグベアは、一歩後退る。
「ごめんなさい。お怒りなのは重々承知ですが」
ギルバートの後方からバグベアへと視線を向けるのはジュリエットだ。
「これ以上傷を増やさない為にどうか引き返して下さいませ」
虹色の光輝が少女の周りを浮遊し、バグベアへと一筋の光を走らせる。
バグベアは妖精を追ってきただけなのだ。
致命傷を与えることの無いよう慎重に攻撃を重ねるジュリエット。
「これ以上傷付けば、死んでしまいますよ?」
リースリットの言葉に、バグベアはうなり声を上げ踵を返す。
森の奥へと走り去っていく敵を見つめリースリットとジュリエットは息を吐いた。
「それにしても、自然に……精霊……綺麗ですね、此処は」
「ふふ、クマさんに妖精さん……響きだけは可愛らしいのにね。あたしも遊んでもらおう……♪」
仲間を巻き込まぬよう最前線へと飛び出したメルがバグベアへと呪いを植え付ける。
重ねる呪殺の詠唱は悍ましい蒼の色彩を戦場へ広げた。
「頼んだわよ、アタシの影、アタシの貌――紫香に応えて、目を覚ましなさい、リドル!」
ジルーシャはバグベアを少しでも森へと返すため、メルの攻撃に重ねる。
「ワシは騎士じゃなく戦士じゃ……まあ昔は騎士に憧れてた時期があったが……」
ノルダインの装飾の斧を掲げたオウェードがギルバートの前に出てバグベアの攻撃を受け止める。
「妖精は何を言って来たのかね?」
オウェードが感じるのは怒りの色。それに自分達の子供を心配する感情。
親が子の為に怒っているのが分かった。
「なるほどのう。じゃが、その怒りを静めてくれんことには、な。落ち着くんじゃ!」
斧を振り回したオウェードとバグベアの力が拮抗する。
「状況は概ね理解した。間が悪い悪戯というのは、本当にタチが悪いものだ」
刀を抜いた『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は戦場の隅で、立ち去る事も出来ずに震えているアルト・ボーグルを怪訝な目で見つめた。
「しかも、こちらに誘導するとは……臆面もなく、人を利用しようとするとどうなるか。その骨の髄に叩き込んでくれる。文字通りに、な……」
「ぴえ!?」
汰磨羈の殺気に感づいたアルト・ボーグルがビクリと肩を振わせる。
「ああ、そうだ。原因であるアルト・ボーグルを先に叩きのめせば、バグベアの留飲が下がり、帰って貰いやすくなるだろうか? ああ、死にはせんよ? ……死ぬほど痛いかもしれんがな!」
「ひぇぇ! 助けてー!」
汰磨羈はアルト・ボーグルの間近に剣圧を叩き込む。
木の幹に刻まれた跡にアルト・ボーグルは泣きべそを掻いた。
おやおやと泣いている妖精を見遣るのはエステル(p3p007981)の冷たい視線。
悪戯好きな妖精はきっとこの時期のバグベアの気が立っているのはわかっていたはず。ならば、これはアルト・ボーグルからの手荒な歓迎だとエステルは考えた。
「冬を越え、氷が解けて活発化した魔物の相手はヴィーザルの常。一流の騎士様が背中を守ってくださるのです、いいところを見せましょう」
「エステルも頼りにしてるよ」
「ええ……もちろんです」
ルーンクレイモアに魔力を込めたエステルは、バグベアへと意識を向ける。
「バグベア、この先は人の地、貴方がたの縄張りではありません」
務めて冷静にバグベアへと言葉を投げるエステル。
そのサファイヤの瞳は透き通り冷たさを帯びるもの。
「ボーグルの悪戯ありきとはいえ縄張りを侵す愚には理で応じますよ……?」
ルーンクレイモアから解き放たれる不可視の刃がバグベアに傷を負わせる。
怒り狂っているバグベアには多少の痛みは必要なのだろう。
エステルは剣柄をぎゅっと握り締め、覚悟を持って敵と相対する。
ギルバートの剣檄が汰磨羈の前を走り抜けた。
声を掛けわずともディムナとヴィルヘルムの位置がわかるのだろう。
「流石と言うべきか。いい動きをしている……!」
その狙いに遭わせ汰磨羈も狙いを定める。
「君も十分強いよ。目が良いのかな?」
ディムナの問いかけに蒼の双眸を上げる汰磨羈。
「ああ、敵や味方の位置も手に取るようにわかるぞ」
「それは凄いね! 僕も君に習ってみようかな」
「では、代わりに剣を教えてほしいな」
汰磨羈の提案に「それは良いね」とディムナは笑顔を見せた。
大きなバグベアの前に立ったムエンはそっとその鼻先を撫でる。
「妖精が縄張りにちょっかいを出して怒ってたのか? それとも他の理由があったのか?」
怒りに満ちたバグベアからは、妖精が蓄えていた子供達に与える食料をくすねたのだと語っていた。
「なるほどな。それは致し方ないのかもしれない。だが、これ以上踏み込むとお前たちが狩られてしまうかもしれない。危ないから自分の縄張りに帰るといい。他の群れのみんなに伝えて守ってやるといいさ」
ムエンは森の奥を指差す。ゆっくりと踵を返し去って行くバグベア。
「憤怒と憎悪が人間に向くと、更に厄介なことになりかねんしな」
無用な殺生はしないと汰磨羈も首を振った。
「頭に血が上っていたとはいえバグベアもこの地の生命体、何の根拠もなくこちらへと向かってはこないでしょう」
汰磨羈の声に頷くエステルは祝詞を呟き、剣のルーン文字をなぞる。
●
「もうあんまり人のいるところに近づいちゃダメだよー!」
ふぅと肩の力を抜いた焔はバグベアの背を見送り振り返った。
「あとは悪戯妖精さんにオシオキだね、何がいいかなぁ、うーん、くすぐりの刑?」
「さぁ、この手荒な歓迎を仕組んだ御本人は何処に……? 教えて下さい、精霊さん」
焔とエステルの声にビクリと方を振わせ、逃げようとするアルト・ボーグル。
「こーら、待ちなさい、いたずらっ子! アンタだって勝手に自分の家に入ってこられたらいい気はしないでしょ?」
ジルーシャはアルト・ボーグルを足止めし、その手をぎゅっと掴んだ。
「ひぇええ!!!!」
「逃げられない様にしておくからお仕置きは皆に任せたよ?」
花丸は足止めされている妖精を逃がさぬよう立ちはだかった。
「説教タイムなのだなフフフ……」
「自分の尻は自分で拭けるようにしておけ。さもなくば、今度はその尻が4つに割れるぞ?」
秋奈と汰磨羈は刀身に角度を付けて、美しい刃をアルト・ボーグルに見せつける。
「手荒な歓迎でしたね、アルト・ボーグル」
エステルはこのヘルムスデリーの人々が精霊と共存していると知っている。だからといって悪戯を放置しておくほど彼女は甘くはなかった。
「申し開きがあるならどうぞ? ないならそのまま叱責致します」
「いやー、そのー」
「混ぜて欲しければ、素直に言えば良かったのです。次にこのような危険な歓迎をしたなら、そうですね。瓶にでも詰めて島流し……」
ぷるぷると首を振るアルト・ボーグルにエステルは「冗談です」と踵を返した。
ギルバートの元へ歩いてきたエステルは緩く笑みを浮かべる。
「怪我はございませんか? 背中の守り、ありがとうございました。安心して戦えましたよ?」
「無事で何よりだ。ありがとう、エステル。助かったよ」
「騎士のにーちゃんたち、この妖精はどーするよ? 悪気がなかったのかもしんねーけど、また同じ事やられたら村の人が困っちまうよな?」
ワモンはガトリングでアルト・ボーグルの頬をツンツン突きながら、ギルバートへと振り返った。
「話を聞く限りじゃ、いたずらは初犯じゃねーんだろ?」
シオンはギルバートたちの口ぶりから何度も対応している事を読み取る。
「お説教ですね」
リュティスが仁王立ちになって妖精の前で怒気を放つ。
「今回は何事もなく済んで良かったですが、バグベアが復讐に来る可能性だってあるのですよ? 自身の為にもこのようなことはしてはなりません」
「そうだな、此方に被害が出れば笑って済ませられん事だからな」
ベネディクトは剣を収め、真っ直ぐな瞳で妖精を見遣る。
「アルト・ボーグル。お前達妖精は悪戯が生き甲斐なのはこの身をもって承知している。だが、今回お前はやりすぎた。俺達が来なければ、あのバグベアは村へと来ていたかもしれない」
オルレアンもリュティスの隣でアルト・ボーグルを囲むように眉を寄せた。
「もし、村に被害を出してしまうようなら、その時は駆除対象になる事もある。わかるか? お前の悪戯で、多くの命が失われるのだ。不幸を呼ぶ悪戯はするべきではない、わかったか?」
「だって……」
しょんぼりと項垂れるアルト・ボーグルは涙を浮かべ地面をいじいじし出した。
「自分がやらかした不祥事を都合よくこちらに押し付けようとしたことを反省しなければ。やむなく縄張りに侵入して追っかけられてるから助けてと素直に言えば助けてやるし。ただ、わざと侵入して結果追いかけられたというなら自業自得ではあるよな。バグベア達も、俺達も迷惑だ」
ワモンはオルレアンとフレイの言葉に頷き、ガトリングで頭を撫でつける。
「悪戯するときは人の迷惑になりすぎねーように気を付けてやらなきゃだめだぞ! 後悪い事したらしっかりごめんなさいするようにな!」
「はい……」
アルト・ボーグルの頭を撫でたジュリエットはどうして悪戯をしたのかと問いかけた。
「本当に悪戯だけの目的ならば、やめて貰わねばなりませんしね」
ジュリエットはカバンから取り出したラズベリークッキーを顔の横に掲げる。
「妖精さんや精霊さんに会える事を期待して作って来た自信作の、ラズベリークッキーですが、どうやら悪い子の様なので、あげられないのが残念です。とても美味しいのに……」
「うあーん! 欲しいよお! ちょーだい、ちょーだい!」
「じゃあ、何で悪戯したんですか?」
「ハチミツが美味しそうな匂いで……お腹がすいてて、それでこっそり……でも、見つかって追いかけられて怖くて。人間だったら助けてくれるかなって思って」
くるるとお腹を鳴らすアルト・ボーグルに眉を下げたジュリエットは、ラズベリークッキーを一つ摘まんで妖精に手渡した。
「でも、少しは痛い目見てもらったほうが良いんじゃねーか。というか、いつもはどうしてるんだ? 城壁の補修でもさせるか?」
シオンの提案にフレイも頷く。
「助けてやったんだから、こちらの手伝いなり何なりしてもらおうか。もしくは報酬をだな? ただで助けては反省の意味がない……まあ、何はともあれ無事で良かった」
「あうう、ごめんなさい……城壁の修復するよお。このクッキーも美味しいし」
「これ以上の仕置きはする必要は無い……ただ悪戯を程々にするんじゃ……でないと」
アルト・ボーグルの前に斧を突き立てたオウェードが威嚇するように顔を近づける。
「ひぇ!」
「これに懲りたら、悪戯はほどほどにすること!」
ジルーシャはクッキーを美味しそうに頬張るアルト・ボーグルに眉を下げる。
「次はもっときついお仕置きが待っていることをお忘れなきように……」
リュティスの言葉にこくこくと頷く妖精。
「これに懲りればいいが。妖精の悪戯は生態のようなモノだろうしな。何にせよ、ギルバート君。次も何かあったら呼んでくれ。それなりに付き合いも長くなってきた。安くしておくれよ」
「愛無もありがとう。君の強さには驚かされるな。頼りにさせてもらうよ」
ギルバートは愛無と握手を交し、朗らかな笑顔を向けた。
「これでとりあえず村の安全は守られたかな? 騎士のにーちゃんたちもおつかれさんだぜー!」
腹が減ったと声を上げるワモンに、ジルーシャも「ゆっくり観光するわよー♪」と着いていく。
「アタシ、自家製のパンやジャムにすっごく興味があるのよね。お土産に買いたいし、作り方も教えて貰いたいわ!」
「あとさ、どっか飯がうめーとこ案内してもらって。みんなでお疲れさんの食事会でもしようぜ!」
「だったら、食堂へ行こうか」
「よっしゃー!」
楽しげな声で村への道を歩くワモン達。
「お疲れ様じゃな……あの妖精も懲りれば良いが」
城壁の修復の為、村まで一緒に帰る事になったアルト・ボーグルを見つめるオウェード。
「ああ、助かったよオウェード」
「村に帰ったら甘いソーダを一杯……それとメロンも用意している」
自領で採れた芳醇な香りのするメロンを持って来たのだとオウェードが説明すれば、ギルバートも「それは楽しみだ」と顔を綻ばせた。
ギルバートと話す中で、従姉妹のアルエット・ベルターナが亡くなったのだとオウェードは耳にする。
同じ名前の迷子の少女がローレットの仲間に居たと思いだした。ただ、悲しそうな瞳で亡くなった者の事を語るギルバートに、それを告げるのは躊躇われるように思え、オウェードは口を噤んだ。
「ギルバート・フォーサイス……何故お前達から精霊の力を感じるのだろうか」
オルレアンは彼らの事を知りたいのだと願う。
「構わないよ。どんな話しをしようか」
快く笑顔を向けたギルバートに、オルレアンの足下からふわりとオルレアの花が咲いた。
表情に乏しいオルレアンではあったが、嬉しい気持ちに呼応する花たちは自身で制御出来ないのだ。
「あたしも、話したい!」
ギルバートを挟んで向こう側にシオンが顔を見せた。
「ふふ、じゃあシオンからどうぞ」
「実はあたしも出身は鉄帝でね。と言ってもスチールグラートじゃなくて、もっと外れの寂れた何もねー村だが。まあだから、若干親近感を覚えるところもあるんだよ。……雪かきがしんどいとかな」
「たしかに、冬の雪かきは大変だね」
毎日屋根から雪を降ろさなければ、家が潰れてしまうのだ。
「ちなみに、妖精のいたずらとかバグベアが襲ってくるとかは割りとあることなのか? 来る前に『森が騒がしい』とかどうとか言ってただろ。なれた様子だったから、そうなのかなって思ってさ」
「バグベアは襲ってくることは余りないけれど、まあ魔獣や妖精は、同じ森に育まれた住人だからね。どうしても遭遇してしまうことはあるよ。でも、可能な限り共存していきたいからね。君達のお陰で森も静かになったよ。ありがとう。シオンもオルレアンも」
●
「お疲れ様、怪我などないかしら?」
「ああ、大丈夫だ。流石はローレットのイレギュラーズだな。こちらの損耗も無く、殺さず追い返すとは」
ギルバートはレイリー達に純粋な尊敬の眼差しを向ける。
「困った事があれば言って頂戴」
「助かるよ。レイリー」
村へと歩き出したギルバートに並び、レイリーは何故騎士になったのかと問いを投げた。
「俺の父も騎士でね。それを継ぐ形で騎士となった」
「では、お父様は……」
「あ、生きてる。生きてるから安心して欲しい。代々騎士の家系なんだよ。この村の人々の暮らしを守るのが俺達フォーサイス家の使命なんだ。その代わりそれなりの生活をさせて貰ってる」
ほっと胸を撫で下ろしたレイリーは、凜々しく微笑むギルバートを見遣る。
誰かを守るために戦う気高い騎士。
「憧れるわね……」
レイリーは死ぬべき時に死ねなかったその身を『呪って』いる。
戦いの中にこそ生を見出し、血潮の中でしか充たされない。
野蛮だと自覚があるからこそ、『騎士』としてその身を律して(呪って)いる。
「騎士として戦う理由は何ですか?」
「ヘルムスデリーの人達を守りたいのと……」
ギルバートはレイリーに耳を寄せるように手招きをした。
「実は、復讐したい奴がいるんだ」
おおよそ清廉なる翠迅の騎士から出てくる物では無い言葉にレイリーは目を見開く。
ギルバートの翠の瞳には僅かに怒りの色が浮かんでいた。
レイリーは息を飲む。彼は憧れの先に居る高貴な騎士等ではない。
清廉の中に復讐心を垂れ込め、藻掻いている、自分と同じ『人間』であるのだ。
唇に人差し指を添えたギルバートを見上げ、レイリーは口の端を上げる。
「何かの縁です、困ったことがあれば助けになりますよ」
「ありがとう、レイリー」
「バグベアの巣事態を討伐し切る事はやはり、難しいのか? ディムナ」
ベネディクトはディムナへと純粋な疑問を投げかける。
それは当然の帰結であり、根本的な解決方法として正しいだろう。
「……そうだね。此処に集まったローレットの皆が居てくれれば出来るかもしれない。でも、バグベアも森に育まれし住人なんだ。精霊も人も動物や魔物だって同じように森で共存してる。無闇に刈り取っていいものじゃないんだよ」
ディムナの言葉にベネディクトは謝罪を述べようとして「大丈夫」と遮られる。
「謝る事は無いよ。ただ、『ここの暮らしはそう』なだけ。良い悪いじゃないんだ」
「では、俺達に出来る事があるのであれば、何時でも言ってくれ・ギルバートやディムナ達を見ていると、元の世界の友人達を思い出してな」
優しい笑顔で感謝を告げるディムナはルイスが会いたがっていたと村を指差す。
「彼も元気にしているだろうか? 楽しみだな」
ムエンはギルバートとディムナの前に立ち、己が剣に宿る焔王フェニックスの残り火を見せる。
「……素直な所感を聞いてみたい。精霊疎通は私も出来るが君達が聞き取る精霊の声がどんなものか興味があるんだ。……もし剣に宿った残り火に焔王の意思が僅かにでも残っていたなら……私はそれを背負って、この魔剣を振るわなければならないのだから」
「凄いな。その剣は真なる炎を宿しているのだな。それが君とその剣の宿命だったのだろう」
「そうだねぇ。すごいや……大切にするんだよ。共に生きて行くなら尚更ね」
ムエンは二人の言葉を噛みしめ大きく頷いた。
「そうだディムナ殿。もし良かったら剣技の練習方法を教えてくれないか」
ディムナを呼び止めたブレンダは屈託の無い笑顔を見せる。
「私の思い描く騎士とは弱き者の代弁者であり誰かを救う者。そんな夢物語のような騎士になりたいしそう在ろうとしている」
「ふふ、素敵だと思うよ。それに君の剣はとても『強い』と思う。荒々しさの中にしなやかで繊細な機転と強い意思が見えるからね。このまま剣を磨いていけば、きっと皆を救う騎士となれる。いや、もう君は騎士そのものだと思うよ。大丈夫」
剣檄を交わす合間にディムナはブレンダへと言葉を告げる。
それは、ブレンダにとって心躍るような賛辞だった。
「戦闘では見事な剣術だったな。後で手合わせ願いたいところだ」
汰磨羈がギルバートとディムナへ視線を向ければ、「喜んで」と笑顔が返って来る。
「飯を食った後、腹ごなしがてらに軽く。どうだ?」
「ああ、じゃあヤギのミルクのシチューを食べてからだな」
「うむ、腹が鳴るぞ」
汰磨羈は風に揺れる食堂の旗を見つめた。
「なるほど、確かに厳しい環境ではあるけれど……良い所だね、この村は」
吹き抜ける優しい風に『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は目を細める。
マーケットでトルクを見つけ、上機嫌に訪れたのは銀泉神殿。
祈りを捧げ、この神殿の巫女である『静謐の聖母』セシリア・リンデルンへと手を振った。
「医神ディアン……だったかな。やはりこの神殿ではその神を祀っているのかい?」
自分の知らない世界で暮らす人々が一体何を感じ、信じて生きているのか。個人的な興味があるのだとゼフィラは素直に聖母へと告げる。
「そうですね。ここは医神ディアンを祀っています」
「やはり、そうなんだね。ふふっ、もしよければ、君たちの事を教えてくれないかな?」
「ええ、勿論。では、ゆっくりとお茶でも飲みながら……」
セシリアはゼフィラを連れて神殿の中庭へと歩み出す。
『青眼の灰狼』シュロット(p3p009930)は星降る夜の景色を思い出していた。
あの時は一面の銀世界で静けさが印象的だった。
「季節が変われば、こんなにも変わるんだな」
銀泉神殿までの道のりを歩きながら、咲き誇る庭園や爽やかな風に感動するシュロット。
何か記憶を思い出す切欠になればと訪れたこの地だったけれど。変わらず曖昧で足下が定まらない。
記憶喪失というものは暫くすれば自然に戻ると聞いた。
しかし、未だシュロットの記憶は戻っていないのだ。
「まるで誰かに奪われたかのようだと思う事もある……」
何か記憶を取り戻す手がかりは無いかとシュロットは医神を祀る銀泉神殿へと足を運ぶ。
「藁をも縋る気持ちだが、静謐な空気が心を落ち着けてくれるかもしれない」
セシリアを見つけたシュロットは「そういえば」と清らかなる泉を見つめた。
「ギルバートたちのように神や精霊の加護を受ける者が何人もいるのもこの地の特性なんだろうか?」
「この地にはドルイドの血を引く者が多いのです。自ずと、加護を宿す者も多くなる」
なるほどと頷いたシュロットは、今度は自分が受けた依頼の話しをセシリアに語り聞かせる。
「鉄帝の依頼ばかりだけど、奇想天外というか奇天烈というか……まぁ鉄帝らしいかな」
「ふふ……外の話しを聞くのは楽しいです」
清廉なる空気と穏やかな時間は、シュロットにとって心安まるものだった。
「じゃあ、次は……」
そんな声が神殿の中に響いていた――
「……なるほど、少々肌寒い」
黒猫を懐に詰め込んだ『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は銀泉神殿の戸を叩く。
アーマデルは他の神の加護を受けているのだ。敵では無いと示す為にも挨拶は欠かせない。
「……かつてクロウ・クルァクと呼ばれしものがこの辺りの地方のものであったなら尚、害意が無い事は示したい。ヒトにとっては遠い、遥か昔の事。だが神や精霊にとってはつい先日の事なのは、ままある事」
「こんにちは」
アーマデルを優しく迎え入れるのは神殿の巫女セシリアだ。
ハーブバタークッキーを彼女に手渡し、神殿の椅子に腰掛けるアーマデル。
「セシリア殿は医神の加護を受けるものなのか。俺の保護者が医神の従属神の系譜の末端の葉で……ややこしいなこれ」
要するに医神絡みで親近感があると伝えたいのは、十分に伝わって来た。セシリアは微笑み少年へと再び視線を向ける。
「少し、故郷を思い出していた」
神霊や妖精がヒトに近い所にある。故郷の神話に出てくる風景。憧れと親しみを覚えるのはその身に加護を宿しているからだろう。
「差し支えなければ、この地の神話や民話について知りたい」
「でしたら、村長に話しを聞くといいでしょう。あの方は調停の民の血を引いていますから」
そう話すセシリアの向こうに金髪の少女がひょこりと顔を出した。少女の周りには妖精が浮かんでいる。
「妖精殿、初めまして。俺はアーマデル。アーマデル・アル・アマル、叶わぬ『希望』を仰ぐもの」
『ご丁寧にどうも。僕はニニ。こっちはパパとママ。それでこの子がヘンリエッタ・クレンゲル』
「ニニー? だぁれ?」
こてりと首を傾げた見た目より幼い口調の少女は、アーマデルを少し警戒するように手にした縫いぐるみをぎゅっと握り締める。
「こんにちはヘンリエッタ……君はそんな薄着で風邪を引いたりしないのか? 豊穣や練達では『乾布摩擦』という健康法があると聞くが……」
「……くしゅっ」
「服を、服を着よう。俺が言うのも何だか。服を着てくれ」
「あら、フェリクスさん! ラサで会う以来かしら? また会えて嬉しいわ」
「エルスさん? これはこれはこんな所出会うなんて奇遇ですね、ここは俺の家があるんですよ。もし良かったら案内しましょうか?」
丁度休暇だったフェリクス・クレンゲルが、朗らかな笑顔を向ける。
「ええ、お願いするわね……そういえば、貴方はここの騎士なの?」
「いいえ。俺は只の軍人ですよ。この村の出身でも無いですし、家というよりは、妹が居る場所……という印象が強いです」
マーケットへと歩いていく道中エルスとフェリクスは会話を弾ませる。
「そうだ、私ここへは初めてなのだけれど……お土産に悩んでいて」
お勧めを教えて欲しいと言うエルスにフェリクスはどんなものが良いかと考え込んだ。
「例えばそうね……ワインや果実酒とか……私お酒が好きなの」
「だったら、ヘルムスデリーのワインは絶品ですよ。甘めですが渋みもしっかりあって味わい深いです」
エルスはお勧めのワインの向こうに可愛らしいアクセサリーを見つけ指差した。
「あ、このアクセサリーとか妹さんに素敵じゃない?」
「可愛らしいですね。妹も喜びそうです」
嬉しそうなフェリクスの瞳にエルスは僅かに視線を落す。
「妹思いなのね、そういうの素敵だと思うわよ」
自身には無いものを見るようで。少しだけ複雑な気持ちになる。
エルスは妹に毛嫌いされていたから。歩み寄りなんて考えもしなかった。
そんな彼女の前をアーマデルが通り過ぎる。
「繰切殿がどう思うか分からないが……」
案じても仕方が無いと無難なワインを買うアーマデル。酒は好きそうだし。あとは薬草と恋人の為にアクセサリーなんかも見ておきたいと色々な店を覗く。
静かに銀泉神殿で祈りを捧げたリースリットは赤い瞳をそっと上げた。
精霊とドルイド。其れに纏わる加護の話し。ギルバートは以前、この地の精霊との関わりは使役するより加護を受ける形なのだと言っていた。
守護神ファーガスやこの神殿に祀られている医神ディアン。
それらは蛇神クロウ・クルァクのような再現性東京でいう所の真性怪異と同質の存在なのだろうか。
或いは高位の精霊という事も考えられるだろう。
「私は幻想の出身ですから、精霊との関わり方は独学と言いますか……精霊使いも他に殆ど居りませんしね。ですから、精霊との関わり方を受け継ぐ方のお話を聞きたかったのです」
「使役するのでは無いから、契約とかそういうものから始まるのではないんだ。気付いたら一緒に居て守ってくれていると言えば分かりやすいだろうか。力を貸して欲しいと願い、守られていると感じる時、加護がその身に宿るのだと思う。俺は守護神ファーガスの加護をこの身に受けていてね。その化身が精霊として姿を現す事がある。ヴィルヘルムの精霊はお喋りだから話しを聞いてみるといいかもしれないね」
リースリットは問いを重ねる。ヘルムスデリーで強い力を持つドルイドはセシリアと、ギルバートの祖父である村長のグリフィス・ベルターナであるだろう。
「従姉妹の『アルエットさん』のお父様と村長様は、ご兄弟なのですね」
「ああ、そうだね。エドワード叔父さんとグリフィス叔父さん、うちの母は兄弟なんだ。叔父も母も美しい白い翼を持っているよ」
リブラディオンに住む『調停の民』は白い翼を持つ。
かの地が滅ぼされた理由に特別な意味があるのだろうかとリースリットは瞳を揺らした。
『友人の』アルエットの事は、今は踏み込んで聞く時では無いのだろう。
リースリットはその言葉を胸に秘めた。
雪と氷の地ヴィーザルにもこんなに穏やかな村があるのだと感心した声を上げる『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は頬をすり抜ける風の冷たさに腕を擦る。
「さすがにこの国らしく寒いですが、それでも。……素敵な村ですね」
飢えることなく、人々が過ごせているのは施政者がしっかりしているということ。
羨ましいと正純は目を細めた。
銀泉神殿へ足を踏み入れた正純は清廉なる空気をその身に浴びる。
光を反射して静かに輝く神殿と寒さでも凍らぬ泉。祈りを捧げるのに最高の環境だと正純は頷いた。
「こんにちは」
「あ。こんにちは。貴女が、この村の巫女のセシリアさん、でしょうか。私は豊穣は星の社にて巫女をしています、小金井・正純と申します」
この村の巫女に会いたくてやってきたと伝う正純をセシリアは快く迎える。
「信仰の対象こそ違いますが、私にも祈りを捧げさせてください。構いませんか?」
「ええ、勿論です」
正純が静かに祈りを捧げる間、優しく見守っていたセシリアは「ありがとうございます」と頭を下げて共に神殿を後にする。丁度、買い出しに行く時間だったからだ。
「正純さんは鉄騎種の方なのですか?」
「ああ、ええと、私は鉄騎種ではないんです。この手は義手なんです。出身自体はこの国で、今はもうない、とある村の出でして。なのでこの村を見た時驚きました。この村はヴィーザル地方にありながら、穏やかで、人々が生き生きとしていてあまり苦しんでいる方を見かけない。ほんの少しだけ、羨ましく思いました」
「苦労をされたのですね。何か力になれる事があれば言ってくださいね」
切なげに眉を下げたセシリアに正純は慌てて「ごめんなさい! 辛気くさい話しを」と謝る。
「何か食べたり飲んだりしますか?」
「ああ、いいですね。酒場に美味しいワインがあるんですよ」
「……え? お酒?」
にっこりと微笑んだセシリアは正純の手をぎゅっと握り、酒場へと歩き出した。
『鏡の中』アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)は美しい花に誘われて庭園へと足を踏み入れる。
「綺麗な庭だな。色とりどりの花が咲いている。肌寒いけど芽吹きの季節って感じがする」
厳しい冬を乗り越え、ようやく咲くことができたのだ。この時を待っていたといわんばかりに花弁を広げるその姿。姉に見せられないのが残念だとアレンは瞳を揺らした。
「む、むむむ、むむむむむ。これはこれはこれは!!!」
扇子を広げて庭園の前で立ち止まった『殿』一条 夢心地(p3p008344)は「あのう~そのう~ちっとで構わぬゆえ、すばらしき庭園を見せてもらえぬか」と視線をギルバートの叔母へと向ける。
「まぁまぁ、歓迎するわ!」
朗らかな笑みと共に迎え入れてくれた叔母に夢心地は目を細めた。
「麿はこう見えて庭にはちとうるさくてな……城の庭は七五三の石組とした枯山水の石庭としておる。しかしここのお庭の美しさときたら、まるで人と自然が一体となったかのようではないか」
「すごいよね……僕もここに来るのは初めてだけど。感動しちゃったよ」
夢心地の言葉にアレンも深く頷く。
「ううむ、ううむ、こうした形の表現もあるものなのか、いやはや実に天晴じゃ」
庭の手入れを申し出た夢心地に、叔母は水やりをお願いする。
「他に何か必要だったり困った事は無いかのう?」
「そうね。倉庫から土を出したいのだけれど、私じゃ重くて少ししか運べないのよ。良かったら手伝ってくれるかしら?」
「うむ。任せるが良い! 剪定ばさみの錆取りも、花の種の選別も、茶菓子用の皿の用意も任せるとよいのじゃぞ。……一緒に来た者たちは腕利きばかりじゃが、そういう細やかな要望に応えられるのは麿くらいのものじゃからな」
「あ、僕も手伝うよ」
庭を抜けて家の裏にある倉庫へとやってきた夢心地とアレン。
皆で運べば、すぐに終わってしまうもの。けれど、これを一人で運ぶのは大変かもしれない。
「村長さんは手伝ってくれないの?」
「あら、くれるわよ。でも、今日は貴方達が来る特別な日だから、村長としてそちらも大切な仕事だわ」
確かにと頷いたアレンは彼らの生活が少しだけ分かった気がした。
自分とは違う『当たり前』が此処にはあって、それはアレンにとって『特別』で。その違いがとても楽しいのだと頬が綻ぶ。
「あなたは普段どんな事をしているの?」
「楽しいことと面白いことを知るためにふらふらしているよ。楽しい話を語り聞かせたい人がいるからね。作り話だけじゃ足りないもの。たくさん知らなくちゃ」
それは楽しそうだと叔母と夢心地は頷いた。
「ありがとう。助かったわ。さあ、お茶にしましょうか」
庭の手入れを終えた叔母が夢心地とアレンにお礼を述べる。
「おーい!」
聞こえて来た声に振り向けば、リュカシスが手を振っていた。
「スチールグラードでもお庭作りは難しそうなのに、あそこよりもっと寒い場所でこんなに美しいお庭を作ってらっしゃるなんてすごいや」
どうしたらこんなに素敵な庭が出来るのかギルバートの叔母へと首を傾げるリュカシス。
「寒さに強い花を選んで、愛情いっぱいに育てるのよ。あなたもお花が好きなのかしら?」
「……その、母が好きなんです。お花」
「あらあら……お母さん思いなのね」
「また貴方とお会い出来る機会が出来てとても嬉しいです」
ジュリエットは花が咲き誇る庭園で、ギルバートに笑顔を向けた。
「俺もだよジュリエット」
「夜の星空も素敵ですが、色とりどりの花が咲くこの庭園も素晴らしいと思います。私、幼少の頃からお花は大好きなんです」
確かにジュリエットには色彩豊かな花々が良く似合うだろう。
そんなギルバートの優しい視線を叔母は微笑ましく見守る。
気恥ずかしくなったギルバートは、紅茶を一口飲んで視線を逸らした。
吹き抜ける風に薄桃色の花弁がさらわれる。
平和なヘルムスデリーは、葉を伸ばす草木と紅紫のヒースに囲まれていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょか。
小さな騒ぎはあるけれど、平和なヘルムスデリーの一幕でした。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。『騎士語り』シリーズ本編始まります。
まずは舞台となるヘルムスデリーへと足を運んでみましょう。
優先は以前にリクエストシナリオを貰い、ずっとお待ち頂いてた方へつけています。
それ以外はフラットなスタートとなりますので、お気軽にご参加下さい。
●はじめに
長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
●パート
後述のパートごとに分れています。
・1つだけでも、2つ選んでもOK。
・行動は絞った方がその場の描写は多くなります。
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【1】ヘルムスデリーで観光(イベント)
●目的
・ヘルムスデリーの観光
・交友を深める
●ロケーション
ヴィーザル地方、ハイエスタの村。ヘルムスデリーが舞台です。
冬は雪深い村ですが、今は雪解けて、芽吹きの季節です。
庭には美しい花が咲き乱れ、村から見下ろす湿地帯には紅紫色のヒースが咲き乱れています。
それでも幻想国王都等に比べると寒いので、温かい格好で行きましょう。
最高気温は10度ほど。夜は氷点下になるかならないか。
夜になると美しい星空が広がります。
ヘルムスデリーはヴィーザル地方の村としては大きな規模です。
この地域にしては住みやすい場所であるのは、村を統べる村長が『調停の民』の血筋であるグリフィス・ベルターナだからでしょう。
彼は優秀なドルイドで、村の周囲に結界を張り、危険が迫れば村の騎士達に知らせます。
ヘルムスデリーを基点として、周りにはいくつかの小さな村があります。
●出来る事
・戦闘は無し。ゆっくりイベントを楽しみたい人向け。
村の人達やNPC、関係者とゆったりと散歩をします。
○マーケット
商店が集まる場所があります。
装飾品のトルクやアミュレットがあり、お土産にいいでしょう。
ワインや果実酒、干し肉や野菜など様々なものがあります。
○広場
村の中央には広場があります。
そこにはとても大きく細長いクリスタルが聳え立っています。
避雷針として村を雷から守っています。
○酒場&食堂
広場の近くにある酒場です。
ワインや果実酒、リキュールなどお酒が置いてあります。
食事も美味しいものが出て来ます。
ヤギのミルクで作ったシチューは絶品。
自家製のパンとブルストの組み合わせは最高です。
○ギルバートの家
親元から独立し、一人暮らしをしています。
独りで暮らすには大きな家です。
リビングには大きなソファが置かれ、暖炉があたたかいです。
○庭園
村長の妻、つまりギルバートの叔母が手入れしている庭園。
冬の厳しさを越えて、活気づく人や花たち。
色とりどりの花が咲く、イングリッシュガーデンの中でお茶ができます。
紅茶や珈琲などが用意され、木製のベンチに座ってゆったりとお話ができます。
自家製のジャムやパン、焼き菓子などが振る舞われます。
○銀泉神殿
村の北方には銀泉神殿があります。
医神ディアンを信仰する『静謐の巫女』セシリア・リンデルンが出迎えてくれます。
石とクリスタルで出来た神殿は静かで清廉な空間です。
聖堂の奥には凍らない泉があり、銀の泉と呼ばれています。
静かに祈りを捧げたい人は、ここに訪れてみるのもいいでしょう。
○城壁
村を一周するように天然の石で組み上げられた城壁があります。
高さは子供の背ぐらいです。
その上には結界の基点となる文字が刻まれています。
村はこの結界により守られているのです。
○高台
村を出て少し登った所に見晴らしの良い高台があります。
そこから見える景色は美しいでしょう。
村から下った所には紅紫色のヒースの原が広がり、空が近く、背後は岩肌です。
●NPC、関係者
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
正義感が強く誰にでも優しい好青年。
翠迅を賜る程の剣の腕前。
ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
守護神ファーガスの加護を受ける。
以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。
呼ばれれば、どこへでもついていきます。
○ディムナ・グレスター
ベネディクトの友人であり、ギルバートの親友。
ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。村一番の剣の達人。
ベネディクトやギルバートをして、戦場に立つには優しすぎる男。
輝神フィンの加護を受けており、精霊の声をよく聞く。
村のマーケットや広場で見かけます。
○ヴィルヘルム・ヴァイス
ハイエスタの村ヘルムスデリーに住む騎士。『氷獅』の名を持つ。
氷の精霊の加護を受けし者。
剣技では『聡剣』ディムナには引けを取るが、
氷魔法においては右に出る者は居ない。
村のマーケットや広場で見かけます。
○セシリア・リンデルン
ギルバート、ディムナ、ヴィルヘルムとは幼馴染み。
鉄帝国ヴィーザル地方、ヘルムスデリーに住む癒しの巫女。
医神ディアンの加護を受け、人々に安らぎを与える存在である。
銀泉神殿に居るでしょう。
○ルイス・シェパード
ハイエスタの村ヘルムスデリーの子供。騎士見習い。
橙髪黄緑瞳。両足膝より下が黒い義足のように見えるが、
鉄騎種の証。普段はズボンや靴で見えない。
両足の機構で雪の上でも走り回れる『橙駆』のギフトを持つ。俊足。
村のあちこちで見かけます。
○ジェフ・ジョーンズ
ギルバートの村『ヘルムスデリー』を含むヴィーザル地方と
鉄帝首都スチールグラードを巡回船で行き来する商人。
ヴィーザル地方に住む人々にとっては貴重な存在。
ドルイドの加護を受けて雪原を船で駆け抜ける。
酒場で食事をしながら飲んでいるでしょう。
○その他
ヘルムスデリーには他の住民も多く住んでいます。
もみじがお届けした設定委託のうち、ヘルムスデリーに住んでいるキャラクターは、EXプレイングで住民として登場させることが出来ます。
※ノルダインの村『サヴィルウス』に住んでいる関係者は出て来ません。
※通常の関係者はいつも通りです。
------------------------------------------------------------
【2】村の周辺を見回り(戦闘あり)
●目的
・見回りをする
・魔物の撃退
●ロケーション
ヘルムスデリーは丘の上にあります。背後はゴツゴツとした岩肌。
見下ろしたヒースの原は湿地帯ですので、村人はあまり近づきません。
水に棲む怪物が出てくるからです。
森も近くにあり、狼のような魔物などが生息しています。
今回は、ひょろ長い木々が茂っている森の中です。
森が騒がしいとの事で見回りをしている最中に敵が出て来たようです。
このままでは、村にバグベアが来てしまうので、ギルバート達と一緒に撃退しましょう。
●敵
○『アルト・ボーグル』
森に棲まう悪戯好きの妖精。
バグベアの住処へと侵入し追いかけられています。
人間の住んでいる所へバグベアを誘い込み、やっつけて貰おうとしています。
自業自得なので、きついお仕置きをしてあげましょう。
○『バグベア』×10
アルト・ボーグルの侵入に腹を立てたバグベアたちです。
荒ぶっているので、戦って鎮めましょう。
ある程度傷を受けたら帰っていきます。
●NPC、関係者
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
正義感が強く誰にでも優しい好青年。
翠迅を賜る程の剣の腕前。
ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
守護神ファーガスの加護を受ける。
○ディムナ・グレスター
ベネディクトの友人であり、ギルバートの親友。
ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。村一番の剣の達人。
ベネディクトやギルバートをして、戦場に立つには優しすぎる男。
輝神フィンの加護を受けており、精霊の声をよく聞く。
○ヴィルヘルム・ヴァイス
ハイエスタの村ヘルムスデリーに住む騎士。『氷獅』の名を持つ。
氷の精霊の加護を受けし者。
剣技では『聡剣』ディムナには引けを取るが、
氷魔法においては右に出る者は居ない。
○その他
もみじがお届けした設定委託のうち
ヘルムスデリーに住んでいるキャラクターで『戦う事が出来る者』は、EXプレイングで登場させることが出来ます。
※ノルダインの村『サヴィルウス』に住んでいる関係者は出て来ません。
※通常の関係者はいつも通りです。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●騎士語りの特設ページ
https://rev1.reversion.jp/page/kisigatari
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