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シナリオ詳細

<仏魔殿領域・常世穢国>極楽往生

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 人は生き返ったりなどしない。
 それはこの世における絶対の法則だ。
 どれだけ過去に恋焦がれても。
 どれだけ生を謳歌したあの日々に戻りたいと願っても。
 どれだけ狂おしい程に手にしたい夢があったとしても。
 決してもう手には掴めない。
 だから、皆今を一所懸命に生きるんだ。

 振り返らずに、生きているんだ。


「神使よ! 過日は森の調査の為に苦労を掛けたな――
 よもや『此処』が帝の遺骨を納めていた地とは知らなんだ!」
 はっはっは――と、軽快な笑い声を響かせているのは玄武(p3n0000194)だ。
 久遠なる森で生じているとされる行方不明事件は、玄武からの依頼により神使達が調査に出向いていた。何故か資料が見つからぬ謎の地であった久遠なる森の真実は……歴代の帝の『遺骨』が収められる『皇陵』と呼ばれる地であったが故。
 時の権力者たちにひた隠しにされていたのだ。墓荒らしなどが出ては困るが為に。
 そして皇陵の真実を知る様な権力者――例えば天香・長胤であれば知っていたかもしれないが――とにかく、その地位に就いていた事が推測される者達は、過去の巫女姫の動乱の折に著しく減ってしまった。
「故に……うむ。正直外で調べるには限度があるのでな……
 ならばいっそのこと我は思ったのだ――森の更に深部に直接足を運べばよいのだと」
「いや、うん……それは分かったが、しかし……」
 その姿はなんだと――言うはラダ・ジグリ(p3p000271)だ。
 目の前にいるのは確かに『玄武』なのだろうが。しかし。
 しかし――その姿は、見た事のある『老人』の姿ではなく――

「ははははは! この姿は、なんだな。
 式神と言うべきか分霊と言うべきか――我の力の一端よ!
 姿に関しては我の若かりし頃が顕現しているのだがな!」

 『少年』と言って差し支えない姿であった。
 言動は老いた姿と変わらな……いや、なんとなく声の張りや雰囲気が違う気がするが……しかし概ね玄武本人であるのに違いはなさそうであった。そういえばR.O.Oでの玄武も、自らの血肉から眷属を生み出していた様な――
 ともあれ、こんな便利な方法があるのなら当初より玄武が出向く手段もあったのでは。
「いや。この姿はの、大きく我の力が削がれているのよ……正直、戦う力などはほとんど無きに等しい。ただまぁ何も出来ぬかと言えばそうではなくての――我には権能があるのだ。お主らの力になれるであろう力が、な」
「ああ。前に使ってたあの『霧』かな? 初めて会った時の」
「うむ! その通りよ!! 流石むすてぃじゃのぉ!」
 次いで、言葉を紡いだのは玄武と縁深きムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)だ。
 彼は知っている。かつての玄武との試練の際において彼が繰り出していた――『霧』を。
 周囲が見えぬ程の霧を彼が繰り出していた筈だが……
「あれの応用での。我はお主らの姿を隠すことが出来る。
 物理的な目視の意ではなく、神秘や妖術からの目からに対して、の」
「――成程。それで森を探索しようって訳ね。『誰の目』にも映らない様に」
「然り。この森は、些かに『何か』を感じるからの……」
 同時。ゼファー(p3p007625)と共に森を見据えれば。
 やはり、在るものだ。森全体を覆うような嫌な『気配』が。
 ――そもそも幾人からか話を聞いていたが、突然周囲に現れる緑髪の老人がいたり、戦闘の気配あらば其処へと到達する『干戈帝』なる人物もいるという。後者はともかく前者は一体如何にして神使などの位置が分かっているのか?
 結論としては森に監視の目が張り巡らされているのではないか――
 眼に見えぬ結界を用いて、天からこちらを見据える様に……
「そも、疑問もあるものよ。なぜ最後に街へと案内されたのか――
 あれは逆に、自由に動いて欲しくはない何かの理由があったのではないかの」
「偲雪さんに悪意か他意があった、かもしれないと?」
「分からぬ。だが招待を受けて入る形では、その動向は確実に奴らの目に留まろうぞ」
 顎に手を当て、新道 風牙(p3p005012)は考え込むものだ。
 偲雪の見せたあの笑顔に――裏があったのだろうか――?
 ……しかしいずれにせよ玄武から力を受け取れば監視の目があろうとも、それを欺く事は出来るという訳だ。そして奴らの目から逃れながらこっそりと侵入した事により判明する事も――あるかもしれない。
 勿論。無尽蔵に力を与える事が出来ないが故にこそ、その力を受け取れるのは此処にいる者達だけであろうが。
「おーなるほどな! なんかキナ臭い場所だし、調べたいとは思ってたんだよ!」
「……『正眼帝』が眠る土地。確かに遺骨の在処の調査で分かる事もありそうですね」
「前回作った地図もあるし、森や街を更に虱潰すのも手かしらね……べ、別に怖くないわよ……?」
 さすればカイト・シャルラハ(p3p000684)は意気揚々とし、雪村 沙月(p3p007273)は森を静かなる瞳と共に見据えるものだ。まぁジルーシャ・グレイ(p3p002246)辺りはおどろおどろしい森に再度挑むのに、背筋が撫でられるような思いもあるのだが……
 玄武の加護を受け取る事によって如何程の隠匿効果があるか。
 しかし真正面から乗り込むのとはまた別の結果が見えてきそうだと思考して。
「と、言う訳でだの。今から森へと入り、件の街へと侵入していく。
 勿論、隠れ潜みながらの。そして……探すのじゃ。遺骨のある場所を」
「遺骨――でありますか」
「『偲雪』が過去にもう亡くなっているのは間違いないのだ。
 故に、必ずこの地の何処かにある……ソレを見つけ出し、状態を確認する。
 本来ならば遺骨が納められている――ただソレだけの筈じゃ」
 しかし、違えば。
 遺骨が無い、或いはなんらか変じているなどなど……
 そこから推察出来得ることもある筈だと、希紗良(p3p008628)に述べるものだ。
「確かにまだまだ調べる必要のある事柄は多いでありますね。後は清之介殿ともまたお会いしたい所でありますが……」
「……うん。そうだね、希紗良ちゃん」
 同時。希紗良の言に、一拍の間を置きながらシガー・アッシュグレイ(p3p008560)も同意するものだ。
 この森には、いや或いは街にも……神使らと似たような思惑を持った者達が多数いる。
 彼らもそれぞれ独自に調べているはずであり……と。いずれにせよ動くには今が好機。
 偲雪の招待によって多くの神使が堂々と真正面から訪れている事が出来る――その陰で。
 動くのだ。多くの気配が街に点在し、玄武の霧の加護もあらばそうそうには気付かれまい。
 この隙に――招待では入れぬ所へと入ってみせるが重要だ――
 往く。さすれば、段々と見えてくる森の果て。
 そこには確かに、聞いた通り高天京に似た街並みがあって……
「うむ……? この街並みは……」
「――どうしたよ、じーさん」
「いや、なんじゃの、これは……」
 懐かしい雰囲気を感じるものだ――と。
 どこか。遠い昔に見た事がある高天京の様な……
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の言に、頭を振りながら答えれ、ば。
「じーさんの記憶にもあんのか? ……なぁ、昔の豊穣ってのはどういう所だったんだ? 干戈の奴の事とか、なんだか知ってそうな素振りだったけどよ」
「むむ。我の若かりし頃が知りたいのかの? ふむ、まぁ……つまらぬ話があるだけの事よ」
 道中。危険がなさそうであれば話ながら往こうかと。
 玄武は思考するものだ。
 この街にはあまりにも――懐かしい匂いがするものだから。

GMコメント

 本シナリオは<仏魔殿領域・常世穢国>ヨモツヘグイと若干連動しています。
 <仏魔殿領域・常世穢国>ヨモツヘグイに参加しながら、こちらのシナリオに参加する事は可能です。(<仏魔殿領域・常世穢国>ヨモツヘグイで判明した情報を、こちらのシナリオで発言するなども可能です)

 なお、現時点の情報をまとめた特設はこちらとなります(https://rev1.reversion.jp/page/kamuigura_kuon)

●目標
 遺骨の在処を突き止める事。(これはあくまで目標であり、誰かが確認できればいいので、その援護の為に動くなどでもOKです)

●フィールド
 久遠なる森と呼ばれる豊穣に存在する森林地帯の一角です。
 その奥には常世穢国なる街並みにも存在しています――
 時刻は夕刻。あえて人の通りなどがある時間に行動しています。玄武曰く『木を隠すなら森の中! 夜よりも多少人の波があった方が分かりにくいだろうからの!』と言う事です。

●本シナリオで出来る事
 下記に示しているのはあくまで分かりやすくしているだけであり、下記以外の行動をとられてみても構いません。ただ行動は何か一点に絞る事がおすすめです。

・【1】城に潜入する
 偲雪もいる、高天御所によく似た城へと潜入します。
 玄武は、恐らくこの城のどこかに遺骨が安置されているのではないかと見立てている様です。城の中は幾人か、人の気配がありますが、そう数は多くない様ですので気配を殺していれば見つかる事は恐らくないでしょう。
 ぼんやりと『下』の方から何か気配を感じます……
 どこかに降りる事が出来る階段でもあるかもしれません……

 玄武はこちらのルートに付いて行きます。

・【2】街or森を探索する
 高天京によく似た常世穢国、或いはその周辺の久遠なる森を探索します。
 街には多くの住民や建物が存在しています。
 森には妖もいますので、注意が必要でしょう。

 こちらのルートを選んだ場合でも、玄武の『霧』の加護は受け取っている状態です。
 あえて派手な動きを取ったりするとバレますが、陽動などに成ったりするかもしれません。

●玄武(p3n0000194)
 豊穣の北部を守護する四神の一柱――の、分霊的存在です。
 なんでも若い時の姿らしいです。戦闘能力はほとんどなく、代わりに皆さんを援護する『霧』の力を与える事が出来ます。この『霧』とは神秘的な力が込められており、それは皆さんを神秘・魔術的な要素の監視から覆い隠します。物理的な視線から隠す訳ではないです。
 皆さんと共にこの事件に挑んでいきます。
 また、彼は常世穢国の風景に、どこか懐かしさを感じているようです……

●『偲雪』
 『正眼帝』と謳われたかつての帝です。既に故人である人物の筈ですが……?
 彼女の遺骨を探すのが今回の主目的になります。ここは本来『皇陵』と呼ばれる、つまりは『お墓』の地なので、このような街などなく、遺骨とそれに伴う場所があって然るべきです。

 偲雪は現在<仏魔殿領域・常世穢国>ヨモツヘグイで正式に招待した人の対応をしています。恐らく皆さんには気付いていないでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <仏魔殿領域・常世穢国>極楽往生完了
  • GM名茶零四
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月24日 22時55分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
セララ(p3p000273)
魔法騎士
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)
黒武護
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)
ファイアフォックス
一条 夢心地(p3p008344)
殿
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)
紫煙揺らし
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)
陽気な骸骨兵
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者

リプレイ


 深き奥底に潜むは何か。平穏望む京の下には何が眠るか。
 鬼が出るか蛇が出るか。
 否やそれとも――

「いやはやさてさて。妖に見つからぬ様に事を進めるとしましょうか――
 スケさん。この森自体も妖しいと踏んでおりますれば」

 京より少し離れた森の中を往くは『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)である。気配を押し殺し、己が歩みすら気取らせんとすれば早々容易くは見つからぬもの。
 雑草を踏みしめる音すらせぬ。時には木を伝いて移動するヴェルミリオが成すは地図の作成。
「歴代の帝が眠る皇陵であるならば相応の広さをもっていそうですな――
 全くの未開の地に遺骨を置くとも思いませぬし。
 探せばなにがしかの跡もありましょうぞ」
 各皇帝の遺骨は一箇所に納められているのか?
 それとも各人の墓所があるのか――? もしも後者ならこの広大な森を活かさぬ手は無い筈。手がかりがあれば後者、なくば前者であろうと予測も付くものだ。故にヴェルミリオは往く――敵陣の全てを調べ尽くさんと。冒険者の業に焔が灯った様に。
「帝……わたしとしても、気になるところでもあるの。
 一体『どういう存在であるのか』……死んでいる、とは聞いているけれど」
 そしてヴェルミリオと同様に森を調べんとしている一人が『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)だ。現状得られている情報からしても、今現在神使の目前に姿を現している帝が『同一のもの』とは到底思えぬものだが。
 さすればもっと。彼らの居城である城を調べるべきであったか?
 ――否。
「……『監視の目』があるかもって聞いたし」
 きっとそれだけでは得られぬ情報があるのではと――彼女は思っている。
 森に蠢く『複数の思惑』があるのならば尚の事。
 彼らにとって見られたくないモノこそ此処に在るかもしれぬから。
 ――故に彼女は己に宿りし祝福にて炎狐を招来し周囲の探索と成す。
 自らは見つからぬ様に森に溶け込むダンボール箱に潜みつつ……森に溶け込むダンボール箱……? いやともあれ玄武の加護もあってか、見事なまでに自然と一体化する彼女はとにかく探りを強化する。妖怪が現れれば敵の機動力を塞ぐ一撃を紡ぐか、もしくは。
「コャー」
 ……謎の野生動物のフリで誤魔化すものであった! なんだ狐か。

「……いやこりゃあすげぇもんっすね。玄武さんの加護をこうして見れるたぁ……」

 更に。森の中では『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)が感嘆の息を零していた。
 彼――いや彼以外もだが――神使には目に見えぬ『霧』の力が宿っている。
 玄武の加護。術者の端くれとして、斯様な神秘術に高揚抱かぬ者がいようか……一体どれ程の力が込められているのか、いっそこの研究に走りそうになる――が。役目もまた忘れてはおらぬ。
 このような森はそもそも彼にとって認めがたい地なのだから。
 ――此処は確かに平穏かもしれない。
 だが、都合のいいものだけを受け入れて、それ以外は塗りつぶすなど……
 しかもあまつさえ、それを広げて豊穣をいずれは覆わんとする――?

 俺の『故郷』を、『帰る場所』を奪うつもりですか?

「……さて。お師匠さんもどこかにいるでしょうし、また合流できるといいんすけど」
 だから魔種か否かなど関係なく、この地は敵なのだ。
 周囲を耳にて警戒しつつ彼は進む。手がかりが何処かに無いかと探りながら……

 同じ頃。常世穢国。街の方でも――動きがみられていた。
 此処には多くの人がいる。そのほとんどは死者の成り果てであり、生者は僅かだが。
 街があれば、人が居る。
 人が居れば、その暮らしがある。
「――綺麗な街だわね。手入れが行き届いている……どこまでも」
 その光景を見て言うは『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)だ。
 喫茶店……この国で言うならば茶店だろうか?
 整えられたその場を見据え、彼女はどことなく思うものだ。
 ――この地は『綺麗すぎる』と。
 汚れがない。陰なる気配を感じえない。それは素晴らしい事なのかもしれない、が。
「こんにちは、華蓮と申しますのだわ。
 少しこの街に、お邪魔させて頂いています。お話させて頂いても?」
「おお。これはまた別嬪さんじゃのう……
 うむうむ。それならどうじゃ、茶と饅頭でも食しながら」
 微かな追い風が撫でる様に背を押せば、住民らと語らうものだ。
 同時にファミリアーを放ちて周囲を索敵――複数の小鳥が眺めるは街の隅々まで。
 どこぞに困っている者でもいないかと。助けて話しを聞ければ御の字である、し。そうでなくともどこかに……『遺骨』に繋がる様な手がかりがないかと。さすれば小鳥の視界の端には、同様に街を調査する『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)の姿も映る者だ――
「仕事は幾らでもあるものだ……これより『先』を見据えるなら、な」
 彼女は巡る。街の中を疾走する様に。
 ――この街を統括せし正眼帝が魔種であるならば、思想はどうあれ戦い『滅する』以外の道はないだろう。彼女を放置すればするほどに影響が広がるのならば尚の事に。
 故に『その時』を見据えてこの街を如何に攻略すべきか――脆き点を見破らんと。
 森の地図を描いたように。彼女らの描いた地図が神使をこの地に導いた様に。
 街を記して往こうか――と。
「……む、厩舎か。馬房もあるな……鞍まであるとは、騎馬たる用途か……?」
 かくして街を巡り調べる内に彼女は見つけた。
 この街に馬の類がいるか疑問に思っていたのだが――一角にて纏めている厩舎があったのだ。どうやら此処にも馬はいるらしい……が。優れし瞳にて伺ってみれば、鞍もある……これはいざいざの『戦』を想定した、騎馬用の馬という訳か?
「不死身の軍隊――などとは戦いたくない所だが。
 さて、如何なる者達がこの馬を使わんとしているのか……」
 足音を忍ばせ更に彼女は調査を続行す。
 まだだ。馬があるならば『使う者』もいる筈。
 衛兵などの類がどこに――巡回ルートや詰所はあるか――?
 それから裏道、抜け道、或いは身を隠すのに良い場所、戦いやすい場所。
 大雑把にでも構わない。街全体を一通り見て回らねばと、彼女は巡るものだ。
「これはこれは……死を覆さんというのか?
 かのシュペルですら覆せない混沌の法則を……ふむ。
 手を変え品を変え、かつての人を模る事が多い事だ」
 そして『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)もまた街を巡っていた。
 彼は姿を隠す事なく堂々と真正面より。ひた隠されし幕を払わんとする為に。
 ――正面からしか見れない景色と真実もある筈だと。
「招待されたって事は俺たちについては分かっているんだろ?
 技術交流と洒落込んでみないか――外側の、知らぬ技術の粋が此処にあるぞ」
「おぉう、珍しい兄ちゃんだな。いいぜ、俺っち達の仕事見ていくかい!」
 故に錬が訪れたのは鍛冶屋だ。職人仕事というか――此処の技術にも純粋に興味がある。随分と古めかしい製法で作られている気もすれば、まじまじとその光景を見据えるものだ。
 ――技術・文化のレベルはどうか。今の豊穣と比べてやはり古いか?
 刀の質は。武具の質は。量産されているのかそれともそれとも……
 彼が見る限り、やはり新しくは見えない。どれもこれも何段階かの古さを感じるものだ。
 ……やはりこの国は、過去の儘に時間が停止しているかのような印象を受ける。
 技術も文化も人の交流も何もかもに――進化が無い。
「なんとまぁ奇怪な場所じゃのう。ここが理想郷とは、な」
 更に。『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)は街の様子を見据えながら――呟くものだ。
 死者と生者の入り乱れる理想郷とは実に奇々怪々。
 その上に誰も彼もどこもかしこも笑ってばかりなのは……気味が悪いものだ。
「のう。そこなお主達よ。お主たちは幸せかの?」
「ん――なんだいなんだい。幸せかって? はは! そりゃ幸せに決まってるだろう!」
「ほう。ではお主の家族は? 子は? それらも皆――幸せかの?」
「んぁ? 子供……? 子供はいねぇが、それが何か幸せに関係あんのかい?」
 故に。瑞鬼は街中で出逢った者らへと問いかける。
 答えなんぞは分かっている。『そう』応えるだろうと初めから分かっていた。
 けれど――それでも問わずにはいられなかったのだ。
 見てわかる。この場所に、子はいない。いやいるかもしれないが新たに生まれた者は――いない。
 誰も成長せず。誰も生まず。誰も先に往かず。誰もが留まる。
 そして誰もがソレを望み続けている。だからこうして疑問にも思わぬ――歪。

「……忠告してやるがの。『今』を続ける事はなんの慰めにもならんぞ」

 瑞鬼は言を紡ぐ。
 城の方を。そこにいるであろう――この街の主の魂を、見据えながら。


 同時刻。城の方にて動く影もあるものだ。
 彼らは往く。偲雪の眼に留まらぬ様に、加護を纏いながら。
 玄武の齎す霧の力が彼女の知覚外に神使達を置いているのだ――そして。
「むぅ、なんと……斯様な事情があろうとはな……うむ、よくぞ話してくれた」
「はい。キサ達だけで抱え込むにはあまりに重たき内容でありますが故に……
 玄武殿にはお話ししておいた方が良いかと思ったのであります」
 城へと近付くその中で、声を抑えながら玄武と話しているのは『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)だ。彼女の近くには『紫煙揺らし』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)もおり、二人が玄武へと紡いでいるのは城に潜入する前に得た情報。
 それは神使達が探している『遺骨』に関する事である――

『――俺達以外に、この街について調査してる人が居るんだが……その人物から、気になる情報を貰ってな。なんでも遺骨を破壊すれば――偲雪の力が弱まり、影響力が下がるんだと』

 シガーは先程、玄武にそう告げていたのだ。
 情報源は希紗良の知古でもある『男』より。魔種の力の根源になっているのであれば分からぬでもない理屈だが……しかし。自ら達には少なくとも破壊の意志はなかった。
「真偽の程が分かりませぬ故に。ただお耳には入れておきたかったのであります。
 斯様な話があるという事は……」
「ふむ――希紗良よ。しかしそれは、かの人物は信用に足らぬ、という事か?」
「……それは」
 玄武よりの、問い。それに希紗良は思わず言に詰まるものだ。
 この情報を齎した者が信用できるか出来ないか。
 もしかしたならば、少し前であれば自信をもって断言出来たかもしれない――
 けれど。今この胸中にざわめくのは『何』だろうか。
 ……いや、なんとなし思っている事はあるのだ。
 清之介殿は。もしや『ここだけの話でありますが』等とキサが清之介殿の存在及び、情報を皆に吹聴することを『清之介殿が望んでいるのではないか』と――そしてもしもそうであるならば――

 清之介殿は、キサを、利用して……

「……玄武。俺は少なくとも、明確に信用できないと思っている。
 ただ『だからこそ』遺骨破壊で何らかの変化は間違いなく起きるだろうね――
 そうさせたいという願いがあっての事なら、尚の事」
「……うむ。であろうな。分かった、胸に留めておく」
 同時。シガーは希紗良の注意が思考に逸れている間に玄武へと耳打つものだ。
 己が考えを。そして城にはあえて同行せぬ事を。
 ――彼自身から預かった式神もあり、それが妖しい所でもあるから……
「よいよい希紗良よ。無理に言葉として出さぬで良いのだ。
 我らはこれより城へと往く。が、外だからと安心は出来ぬぞ? 其方も気を付けよ」
「――分かったであります。玄武殿もお気をつけて」
 そして。逡巡する希紗良へと最後の言の葉を交わし。
 再度その歩を進めるものだ。
 希紗良とシガーらが齎した情報はすぐに神使の間にも伝わろう……故に。
「まっ、壊す壊さないは後回しね。まずはとにかく辿り着かないと話にならないわ」
「そうです、ね……偲雪様の遺骨を壊すのは、本当に、いい事なのでしょう、か……」
 遺骨の破壊を試みるか否か――『炎の剣』朱華(p3p010458)や『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)も微かに思考に馳せるものだ。特にメイメイは『上』にて偲雪と実際に話した身でもある――
 死した彼女の本体が遺骨であり、魔種になっているというのは理解しているが。
 しかし遺骨を壊せば全てが解決に向かうのか――?
 それ自体には懐疑的だ。真にそうなら、上で話した彼女があまりにも無防備無警戒すぎる。
「或いは壊されない自信でもあるのかしらね? っと。鍵が掛かってるわね、開けるわ」
 疑問があるのは朱華だが、思考しながらも歩みは止めない。
 心乱れぬ平常心と共に道を往くのだ――周囲に耳を澄ませ誰ぞの気配がないかも確認し。地下へ続く道の狭間に閉まりし扉あらば、内へと透過し開けるもの。彼女の働きあらば神使達の進みも更に順調になるもの。
「……うん。偲雪さん、ごめんね。でも、行くよ」
 と、同時。『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は優れし感覚と共に潜入を開始するものだ――本物の高天御所には何度も訪れている身であれば、大まかな内部の構造は分かっている。故に、高天御所と似ているこの城の歩みにも迷いはない。
 ……色々考えはしたけれど、やっぱり偲雪さんの事がもっと知りたいんだ。
 だから、行く。招待されていない所にも。
 深く遠くへ、取り繕われた表側だけじゃわからない所まで……!

 しかし――それにしてもと。
 城に単独で潜入した『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)は思うものだ。
 この地を統括せし偲雪は、強すぎる。
「……どうにも嫌な感じです。今までの魔種と比べると……
 そう。如何に魔種とはいえ個人の願いや渇望の範疇で、あそこまで至るのでしょうか」
 彼女の呟きは風に蕩け消えるものだが、しかし確かに偲雪の力には謎がある。
 偲雪の力には何か絡繰りがあるのではないかと。
 自らに賛同する死者を、生者を取り込むあの力。やがて肥大し国をも包めば……
 いずれは冠位の権能に匹敵するものになりかねないのでは――?
 ……いや。とにかく調査してからでなくば早計か。
「なんとか解決の糸口を見つけておかねばなりませんね――今の内に」
 故に彼女は行動を開始するものだ。
 足音を殺し、存在を潜め。罠が無いかと周囲を索敵。
 集団行動していればどうしても見つかりやすくなろう――故に身軽に。
 まるで忍の者が如く通路を駆け抜けながら、地下を目指して進むものだ……

「……霊魂の魔種化。
 雑霊ではない、自我すら伴うような強い残魂なら『そういう事もあり得る』、と。
 何より暗殺されたという途上で果てた身であれば、尚に強き未練によって……」
 同時。ルル家と似たように偲雪へと思考を馳せるのは『転輪禊祓』水瀬 冬佳(p3p006383)だ。死者が蘇る事は決してない――なれど、反転なる現象が、世界法則からの逸脱であると考えれば――魂の受肉と停滞は果たし得るのやも知れぬ……
 無論マトモな状態ではあるまい。彼女はもう魔に近き存在だ。
 ……『正眼帝』偲雪、その理想は確かに尊いものであったのだろう、が。
「彼女は――早すぎたのですね」
 例えば。霞帝に傍に在る晴明の様に、味方がいたのなら。
 ゆっくりと。ゆっくりと事を進めたのなら……
 ……いや。想いを馳せても既に過ぎ去りし日々の跡、か。いずれにせよ同じ理想を掲げて未来を紡ごうとしている『現在』を、彼らに侵させる訳には行かない――故には冬佳は確かなる意志をもって進むのだ。
 周囲に誰ぞの気配がないか。足音が聞こえないか慎重に移動を重ねながら。
 この地の解析をも試みんとして……さすれば。

「やれやれ。だだっ広い城だな……人海戦術で探すか、それとも……
 当たりを付けた方がいいのかね。
 その辺りどうよ玄武の爺さん……いや今はちげぇのか?」
「はっはっは! なに、中身はジジィじゃからの! どっちでも良いぞ!」

 『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)も己が気配を極力に殺しながら外見が若くなった玄武へと視線を向けるものだ――見る度に若々しい玄武になんとなし、違和感をどうしても感じるものだ、が。
「うーむ。じゃが、我はこの地には初めて来たが故の……なんとも言い難い所じゃ」
「そうかい。ま、こういうのは大体『下』の方に目当てがあるもんだよな――」
 ともあれエイヴァンはとにかく誰ぞに見つからぬ事を優先しながら、己も探索者達の援護と成すものだ。朱華を始め、周囲の探索に力を入れている者は大勢いる。ならばと彼らの力を強化する術にて一助と成そう。
 結果として誰か一人でも目当てを見つける事が出来ればいいのだ――と、その時。
「ひぃぃぃ……ううっ、どっちにしろ進むしかないのよね……
 ええ行くわよぉ……! 見てなさい、行く、行くからね、行くわ……よぉ……!」
 やけに怯えた感じの『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)の様子を捉えるものであった。手を伸ばす『親』を退ける――つまりはこの街に取り込まれた皆を元に戻す為に、偲雪をどうにかする手がかりを入手せねばならぬのであり。
 その為のヒントがこの城のどこかにあるのならば、どれだけ……その、霊魂というか……幽霊がいよう、とも! 怖くない! 怖くない! こわ、こわわわ、こわ――いややっぱ怖いッッッ!!
「でも! あの街にあのままいるよりはマシよね……!
 だって街の人たちも精霊たちも、ずーっとニコニコしていて不気味なんだもの!
 ねぇ見てきた!? アレは絶対ヤバいわよね……!! 背筋がぞわっとするわ!」
「あぁ。なーんか空も気持ち悪いしなぁ……結界か? よく分かんねぇけど、鳥かごみたいだぜ、此処。さしずめ連中は籠に入れられて可愛がられてる小鳥って所なのかねぇ……ニッコニコする様に調教されてる訳だ」
 ね、ね! そうよねー! とジルーシャに泣きつかれる勢いなのは『空の王』カイト・シャルラハ(p3p000684)である。騒いでる様に見えるかもしれないが、そうではない――しかと気配は潜めているし、探索も怠ってはいないものだ。
 隠し扉がないかとカイトは壁の先を見据える透視を行い。
 ジルーシャは周囲から近づいてくる気配がないかと感覚を研ぎ澄ませる。
 ここはあくまで敵の居城。どれだけ警戒してもし足りぬ。
 特に。此処にいるメンバーは招待されてきている訳ではない。
 ――彼女の眼から逃れ、ひっそりと入り込む異物たちなのだから。
「……そういや陵墓に入るには魂抜いて鳥になる必要があるんだとか旅人に聞いたことがあるな。なんだったっけ、カラスだっけか? 背中に翼を付けて模すんだってさ――まぁ俺はもともと鳥だから問題ないな! 条件は初めからクリアしてるぜ!」
「な――――はっはっは! 然り然り!!
 麿達が拒絶される訳がなかろう! 大船に乗ったつもりで任せるが良いぞ!」
 このちょんまげが目に入らぬか――! カイトに続き、自信満々の『殿』一条 夢心地(p3p008344)が城へと続いていくものだ。かつて泥棒コントで鍛えた足腰と、価値あるモノを探る目をもってすれば、麿に隠せるものなんぞありはせぬ――!
 後の問題はどーこに在るのか、という事だけだ。

 遺骨の置き場が。さてさてさて――?

「……やはり『下』でしょうかね。ぼんやりと、気配を感じます」
「はっ。久遠の森は黄泉の国へと繋がっている……なんてね。
 此処から更に『下れ』って? 迷信か御伽噺なら笑って流す話なんですけどねぇ」
 次いで『音撃の射手』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)も優れし耳にて周囲を警戒しつつ、己らの目指す地を感じ取っていれば『雪風』ゼファー(p3p007625)はそれが『下』である事に思わず言を零すものである。
 御伽噺どころか、蓋を開けてみればもっと質の悪い話だったんだから笑えない。
 坂を下った先にさて、何が待ち受ける事か……
「ま、気を付けていくとしましょうか……向こうが私達の存在に連中が気付いてなかったとしても、侵入者を感知する仕掛けぐらいはあってもおかしくないかもだわ。それぐらいの仕掛けはあって然るべし――てね」
「ええ……それに、不自然に霊魂の類は一切いない様子。
 これは警戒して事に及ぶべきでしょうね……」
 同時。マグタレーナは気付いていた。周囲に霊魂が無い事に――
 街の方は住人たちそのものに霊も混じっている事もあり気配を感じないとは伺ったが、まさか城の中も同様とは……これも魔種たる力の一端なのだろうか? 周囲一帯の霊は彼女の支配下にある――?
 いずれにせよ、とゼファーは気配を殺しながら進むものだ。
 罠の類を警戒し。こちらを感知する術があるのではないかと注意し。
 壁に床に天井に――慎重を期して進まねばどこで目論見が崩れるか分かったものでない。

 特に。一度気付かれれば『あの戦闘狂』が嬉々として駆けつけて来ないとも限らぬのだから。

「ええ、うん。どう足掻いても、仲良く穏便に終えられる相手だとは思っていませんからね――その辺りどうなの玄武のお爺ちゃん? 何か知っている事はない?」
「……干戈か。よもやあの男がこんな所にいようとはな」
「ん。じーさんの若かりし頃、か? その言い草だとよ」
「うむ。忘れがたき男よ……あれはまだ我が一精霊に過ぎぬ頃の帝であった」
 と。ゼファーの紡いだ戦闘狂の単語に玄武が反応すれば――『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が視線を向けるものだ。渋き顔を見せる玄武の様子に、これは『何か』あるなと目敏く気付くもの。
「当時はの、正に戦乱の世であった……偲雪が急遽亡くなった影響もあってか、豊穣の世が乱れたのよ。鬼の反乱が発生し、その騒ぎに乗じてか妖も各地で大量に発生しておった――干戈のその折に選ばれた新たな帝であったのだ、が」
 しかし奴は闘争に興じた。
 戦を楽しみ、戦火を悪戯に広げた――結果として妖怪を先導していた大いなる妖を討ち果たし、各地の反乱も撃滅し続け平定されてはいったが、あの帝が平穏なる世を築けるとは思えなかった。いや『築く気がない』と一部の者は気付いていた。それで。
「我や一部の者達があやつを排除せんとしたのだ――ま、仕損じたのだが」
「……んっ? でもそいつは帝の座から滑り落ちたんだろ?」
「うむ。なにせ瑞神の加護を悪用しておったからの……
 瑞が遂に怒りて、まぁ、その。罰が執行されたというか……
 瑞が自ら帝を打ち倒したのよ。あの怒りたるや恐ろしい恐ろしい……」
「……そんな事あんのか」
「ああ懐かしいの――あの頃は情熱に身を滾らせておったわ。
 若いが故の無知。無知が故の蛮勇。蛮勇が故の行動。
 尤も、あの頃の同士はもはやこの世にはおらなんだが」
 刹那。レイチェルが見据えた玄武の瞳は――どこか遠くを見ているかのよう。
 玄武にしか知らぬ豊穣の世があるのだろうか。
 神使達が訪れる遥か以前から――この国は続いていたのだから。
(俺は何も知らな過ぎる)
 故に。レイチェルは想うものだ。
 知らぬが故の欠如を。知らぬが故の渇望を――
 この地に根差す者達は如何なる想いがあってこそ在るのか。
 ……知る事が『真相』に近付く一端になるだろうかと。
 故に。余人に見つからぬ様に周囲に注意を払いながらも玄武と言を交わすものだ。
 彼の抱く欠片から、得る事が出来るモノもあるやも――しれぬのだから。
「玄武殿、古代の話となれば……常帝という名前に聞き覚えはあるだろうか、自分のことを『この美しき地を愛し、名を変え、帰属し。かつて平穏たらんとした世を築かんとした――つまらぬ帝が一角よ』と言っていた人物なのだが」
「――常帝。はて……何処かで聞いた覚えがあるな……むっ。
 そうじゃ。そうそう! そやつは――干戈が廃された後に継いだ帝よ!
 むっ。即座であったかの? 何代かしてからだったかの……?」
 まぁともあれ、と。『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の疑問に玄武は応えるものだ。マッダラーは街中を探索している折に見つけた老人……常帝と名乗った彼の情報を齎すもの。
 ――常帝。それは偲雪や干戈よりも更に後の時代の帝だ。
 彼は……そう、例えるならば。穏やかな人物ではあったが偲雪程高潔ではなかった。
 鬼と精霊種の問題を積極的に解決しようとはしなかったのだ。
 かといって干戈帝の様に暴風吹き荒れ、波風が立つような治世もしなかった――
 彼の治世はただ只管に豊穣の安定の為に注がれていたのだ。
 平穏極まる世の中。穏やかにして、しかし刺激も一切なかった時代。

 ――正に停滞の世。後の歴史家達にとってみれば詰まらぬ一時代を築いたのが、彼だ。

「むぅ。偲雪に与する様な過激な奴であったかの……そこは謎じゃが……
 式部省や治部省に特に力を入れた、穏健な帝であったのじゃが」
「……歴史の大河の一滴か。紐解かれる一端に、何が潜められている事か」
 同時。マッダラーは玄武の状態を常々に確認する。
 彼よりなるべく離れぬ様にしながら、だ。どこにいるやもしれぬ『敵』の能力の底が知れぬ以上――もし仮に玄武に異変があった時が最も危険となろう。特に神使達を霧の力で覆っているのでもあれば。
「ふぅん。あのお爺ちゃんにはそういう秘密があったんだ……
 どうなんだろう。彼らには何か他に特徴的な――能力って言うのかな。
 なにか目立った要素とかはあったのかな?」
 そして『黒武護』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)も、かつてを知る玄武に言を紡ぐものである。彼の記憶から少しでも手掛かりがないかと……さすれば。
「ふむ。我がよく知るのは干戈ぐらいのものであるが……奴は純粋に戦闘能力が高い。恐らく随一と言っても良い。偲雪はたしか……星詠みか何かに優れているという話は聞いたことがあった気がするの……それと中務省は彼女によって作られたとか」
「でもさ。おかしいよね――歴代の帝が復活してるならさ。
 豊穣がピンチだったときに救援に来ないのはなんでだったんだろう」
 が、その時。『魔法騎士』セララ(p3p000273)はどうしても思うものだ。
 帝達が復活している――それは百歩譲っていいとしよう。
 だがそうであるのならば先の騒乱の際にどうして出張ってこなかったのか。ともすれば国が崩れるが如き巫女姫事件の折に……少なくとも配下を出しても良かったのではないか。この国をかつて統治した者達であったのならば。
「うむ。やはり縛られておるのだろうな……地縛霊に近いと見るべきか」
「魔術的な仕掛けもありそうだよね。うんうん、とりあえず調べてみるよ!」
 玄武からの返答――ともあれ、今はこの城を調べてみるしかなさそうだと。
 セララがファミリアーの使役にて繰り出すのは、可愛らしい小型のハムスターだ。『いい? 地下室っぽいのを探すんだよ!』っと命じれば、ハムスターは手を動かしてまるで敬礼の真似事。コレを操りて五感を共有しつつ――セララ自体は別の場所へ。
「じゃ、僕は上の方に行くよ。地下は皆が探すだろうし、大事な書類とか。
 此処の手がかりになる様なモノがないかなーとか!」
「うむ! 任せたぞ、じゃが危険はまでは侵さぬようにの!」
 彼女が目指すのは執務室や書斎など。何処にないかと足音殺して忍び往く。
 城の見取り図や住民台帳があれば御の字……
 そしてそれは同様に『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)も行わんとしていた。道中にて見つけた、何やら書斎の様な場所にて数々の本を漁る――その傍には『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)もいて。
「……ふむ。中々、重要そうなお目当てには辿り着きませんね」
「取り留めのない内容ばっかりなのか?」
「なんとも言い難いですね。昔の内容が記述されている……様な感じではあるのですけれど」
 高速で内容を読み取っていくリンディス――だが。それらに記されていた内容には、特筆すべき点が今の所見つかっていない様だ。どこどこの家を修繕しただとか。どこどこに予算を割り振っただとか……偲雪に繋がりそうな重大な要素が見当たらない。
 せめて『何かが違う』資料でも残っていれば――とは思うのだが。
「……生きていて欲しかった。
 そんな"もしも"に人は焦がれ、追い求めてしまうもの。
 『こんな国になっていればよかった』と。願ったが故の大地なのでしょうね、此処は」
「……ああ。こんな国が欲しかったんだろうな――『彼女』は」
 同時。語らう内容は……この地を統治する偲雪自身の事だ。
 風牙は――偲雪と話をして既に確信していた。
 彼女には目指すべき地平があった。そこが、彼女自身が語ったこの『理想郷』なのだろう。
 しかし。彼女の目指すものと風牙のそれとは、相容れない。
 ……たとえ優しい心から生まれたものだとしても。
 交わるべきものではないのだ。
 だから、探す。彼女を止める事が出来る手段を、方法を。
 もしもこれらの行動によって彼女の想いを阻む事になるのだとしても。挫く事になるのだと――しても。

 それでも彼女に、変わりゆく未来が『笑顔』で満ちていると信じてもらえるように。

 ……その為の手段がリンディスと共に探るこの行動だ。
 故にリンディスが探索し、風牙が気配を潜めながら周囲を警戒する。玄武の『霧』と合わせれば、早々容易く誰ぞには見つからぬものだ――後は此方に気付く者や、敵対心を持つ者が至らないか警戒しておけば――と。
「……ところでリンディス。遺骨を探る仲間は他にもいるから、他の所を調べるのは良いけれど……お前の趣味で選んだわけじゃないよな、書斎とか保管庫とかのポイントって。なぁ。なぁ?」
 ふふ。まさかそんな筈がないですよ――風ちゃん。
 そう言うリンディスであったが、その顔は煌めくほどに輝いていた気がした……

 と、その時。

「むむむ……! いかん、いかんのぉ――誰ぞが近づいてくる気配がするではないか。
 ここは麿に任せよ! 皆の衆は先に進まれるが宜しい……ッ!」
「どうしてもこの人数で行動する以上はやむを得ませんか。
 ――些か時間を稼ぎましょう。此処で全てが無為に帰す訳には参りません」
 進む神使達……の行き先から誰ぞの気配を感じ取ったのは、夢心地や『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)らであった。今の時刻、上の方で偲雪らは歓談をしている筈だが城の内部で雑事をこなしている者の歩みだろうか――
 ええい。こんな所で見つかる訳にはいかぬのだと夢心地は思考するものである。こう、ビビビと来るような、ズビビビビと来るような……なんか、こう。麿のびんかんボディは感じておるのじゃ! 目的地は近いと! へっちな意味ではないぞ! 故に。
「あいや待たれよ! 急な事で悪いが――厠はどちらかの? 迷ってしまって迷ってしまって、もう麿の膀胱には限界が、あ、あ、あああ~~!!」
「えええ! こちら、こちらですから急いで! 早く!」
 迫真の演技で仲間を庇う夢心地。
 更に沙月はその一瞬の隙を突いて――別方向に幻影の一手を配置する。
 卓越された技量から導き出される幻は、正に精巧。
 遠目には幻とは思えず、怪しき人影としか見えまい――
「此処は朱華にも任せて――あんた達は前に進みなさい。いいわね? 絶対見つけるのよ」
 更には乗じて朱華も敵の眼を引き付ける役目を担うものである。
 ……誰かが遺骨の在処を突き止められればそれでいい。
 全員で見つける必要はないのだからと、彼女もまた陽動に立ち回り――そしてそれらに気を取られている内に。
「進みましょう。探索は大分進んでいるはずです……そろそろ見えてきてもいい筈ですが」
「音を立てねぇようにな。此処まで来て見つかっちまった、なんて事態は避けてぇ所だ」
 沙月や、エイヴァンらは先へと進むものである。
 ここに至るまでに神使らの探知は各所に巡っていた……セララやメイメイのファリミリアーによる偵察や、とにかく徹底して己らの存在を隠密に特化させる術により、まだ城の者に気付かれている節はない。
 後は。件の地下を探しあてるだけだ。
「外の方ではさ、秋奈ちゃんが地下へ続く階段を発見したんだよね――
 大量に食物を食べたらなんかそういうのを感じたらしいんだ。
 ……この国の民に近い状態だったら見つけやすくなってるのかな?」
「はっ。それなら、わたしが、頂いてるので……もしかした、ら」
 であればと。詰めの一手を詰めんとする為に、ムスティスラーフが事前に得た情報を共有するものである。大量の食物を摂取した味方から得ていた情報を……さすれば、偲雪から菓子を貰っていたメイメイが意を決する。
 なんとなし。不思議と得る感覚が己を導かぬかと。
 気を研ぎ澄まし――歩を少しずつ進める――
 この地が高天御所に似せてあるのなら、ほとんどが同じ構造の筈だ。
 では。どこかに違う箇所があればきっとそこだと――
 そして。
「んっ。待って。あったよ――
 この先はダンジョンだと思わないとね……ここからが本番だよ」
 先往く『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)の視界に映ったのは、地下へと続く道のりであった。今まで幾つかの通路を抜け扉を開きて歩を進めてきたが……それらとは異なる気配が、この奥より生じている。
「この先……祠が歴代帝の墓所……なのかなぁ?
 街の方で今他の皆のおかげで騒ぎになってるみたいだし、兵が来ない内に入ろうか」
「ン。フリック 行ク。墓守 死 守ル者。ナラ 見過ゴセナイ」
 故に。先導する者らの後に続いていた『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)も意を決するものだ。死が覆されているというのなら、取り戻さねばならぬ――故に。
「玄武 『霧』 加護 アリガタイ 感謝。デモ 無理 禁物 大丈夫?」
「うむうむ! お主は慈愛の塊じゃのう……が、気遣いは無用よ!
 なぁにこれぐらいお茶の子さいさいという奴じゃしの! ハッハッハ!」
 フリークライもまた、霧を用いている玄武を気遣いながら歩を進めるものだ。
 一歩一歩。下る度に、周囲に視線も巡らせる。
 ――隠されたスペースがないか。或いは罠の類が込められていないか。
 フリークライは周囲にそういった思惑が無いか看破する様に視線を向けながら。
「うう。この先、何もないわよねぇ……? 降りた先はゾンビだらけとか、お墓から這いずり出てくる人達がいるとか、ま、まさかそんな展開が待ち構えていたりとか……!? ないわよね!!?」
「はっはっはジルーシャは心配性だのう――まぁその時はその時というヤツじゃ!」
 いやあああ覚悟決めれないわああああ!
 先程から妙に右目が軋む感覚を得ているジルーシャ――玄武の陽気な声に救われ、ない! 無理無理。どれだけ事前に覚悟出来ていたとしても、実際にゾンビやおばけの類が現れたらもう無理だ。ひいいいい。
 心が小鹿の様に震えながらも床や壁に隠し階段や扉が無いかを注視していく。
 万が一。そう万が一その辺りから飛び出してくる存在がいないか警戒する為に。
 へ、変なものが突然見えて狼狽えたりしない様に……ひゃああ! 天井から水滴が首に――!
「ねぇねぇ鬼灯君。お骨を見つければいいの? 偲雪さんのお骨があるのかしら……」
「そうだね、見て見ないことには分からない。が、きっと『この先』がそうなのだろうさ。
 ……起こされた彼女をちゃんと眠らせてあげる為にも、しかと見つけねばね」
 同時。『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)は己が嫁殿に語り掛けながら、闇に溶け込む様にその気配を鎮めるものだ。奥より何者かが至らぬとも限らぬ……物陰を利用し警戒を行うもの。さすれば忍びにとって闇は揺り篭が如き存在――
 ゆっくりと慎重に降りていくとしよう。
 きっと目的地はそう遠くないのだから。此処に来て見つかるなどあってはならぬ。
「もし俺に何かあったら玄武殿に連れ帰ってもらってくれよ章殿」
「鬼灯くんも一緒じゃなきゃ嫌よ。絶対絶対一緒に帰るんだから」
「ふふっ。勿論さ――死にに行く訳ではない。帰る時は一緒だ」
 ありがとう、章殿。己が腕の内にある愛しき存在と共に彼は下へ、下へと……
 件の、偲雪殿が亡くなっているのは間違いない。
 豊穣を見守り続けてきた玄武殿が言うのだからきっとそうなのだろう。
 死者が黄泉がえりでも果たしたか――それとも――
「……遺骨を見つければ、ある程度はハッキリするだろうか」
 遺骨が遺骨のままであるのならば蘇りではない。
 ……いやそうでなくても蘇りなど神話の中の話、か。
 自嘲する様に、微かに笑みを零しながら、往くものだ。
 さぁ、空繰舞台の幕を上げようか――と。

 そして。道中には罠らしき罠はほとんど見当たらなかった。

 暗き、灯りなき地下空間であったが故に視界の確保は必要であったが……
 しかし例えば落とし穴の様な罠が仕掛けられている訳でも無し。所々壁に糸と共に結ばれている『鈴』の様なモノはあったが――しかし、これも侵入者を感知する為のモノか否か。どちらかというと儀礼的なモノとみえなくもない。
「ふむ……奇妙な感覚ですね。賊の侵入を防ぐための備えぐらいはあって然るべきですが。
 隠し扉の類も見当たらぬ一本道……誘い込まれている可能性を考慮しておきましょう」
「ここまでするんだったら、どうせなら親切に案内板でも付けててくれりゃいいんですけどねぇ。ま、でも『ようこそいらっしゃい』なんて。観光地みたいにまでは歓迎してくれない――か」
 道中に真に罠が無いか警戒する沙月。安全ルートを模索するゼファー。
 特に沙月は訝しむものだ――皇陵であるならばむしろ罠があるのが当然では、と……
 この無防備さは一体なんだ? もしくは玄武の『霧』の様な加護でも無くば即時発見できる自信でもあるのか? 念の為にと先んじて進行方向に石を投げ、何か物体に反応する罠が無いかと探りは入れつつ。
 進み、進みて――そして辿り着いた。
「此処が……遺骨を置いている、祠?」
 見据える。シキが――かの地を。
 小さな祠。其処に、一個や二個程度の数ではない箱が並んでいる。
 どうやら此処に歴代の帝の遺骨が一括に保管されている様だ……そして。
「これが……偲雪さんの、遺骨」
「中は――あるようですね。蓋はしかと閉じられていますが……間違いありません」
「……上の方の資料でも見ました。この箱に刻まれた紋様は……象徴されるモノですね」
 その中で一つ、明らかに気配が異なる代物があった。
 シキや沙月、リンディスらはすぐさまに気付く。これがきっと、偲雪の遺骨箱であると。
 ……この豊穣という国を、私が愛するこの国を。
 皆が笑いあって幸せに暮らせる国にしたいと願った――偲雪さん。
 彼女が詰まっているとシキは思考するものだ。
 同時に、沙月も手に触れれば『中』はしかと詰まっているとすぐに分かるものだ――残念ながら箱自体を開けられる事は叶わなかったが……しかし持ってみれば気配のみならず確かな重みがあり、これが彼女の『生きた証』なのかと実感するもの。
「……箱自体はそう、神秘的に特別なモノではない様に感じ得られますね。
 あまり劣化が見られない辺り、上等な品であると見えますが」
「不思議、ですね……これが偲雪さまだと、すぐに感じます……
 丈夫そうでもありますけれど、でも、壊す事自体は出来そうですね……」
 同時。冬佳にメイメイも、その遺骨箱を見据えるものだ。
 今。今すぐこの箱を叩き割れば、偲雪の全てを粉砕する事が出来るだろうか?
 冬佳は見た限り壊すこと自体は全力を投じれば不可能ではないと推察していた。が、不思議なものだ……メイメイもまた、これが偲雪の代物であると、何故か分かる。不思議な文様の装飾こそあれど、名が記されている訳でも無いというのに。
 この箱から。あの優しい偲雪の気配を感じるのだ。
 壊し切れば、この一連の騒動が全て片付くだろうか――?

 いや、もしそうだとしても。

「……皆。あったよ、偲雪さんのだ」
「ああ間違いねぇな。じーさん、こっちにあるみたいだぜ――」
 少なくともシキは。同じ夢を抱いた彼女の笑顔が――忘れられぬ。
 『魔種だから』だけで敵にするなんて出来なかった。
 ねぇ偲雪さん。君は本当に敵なの? 倒さなければならない人なの?
 ――人々の心を歪めて自分の思い通りにしているだけの人なの?
 分からない。だから今は、共に発見したレイチェルら皆に共有して如何しようか――と。

「わぁ。シキちゃん、危ないよ。だーめ。それはこっちに、ね」

 思った、その時。
 シキの手から遺骨箱を取り上げる様に現れた存在があった。
 耳に届くその優しき声、は。
「偲雪、さん」
 上層で神使達を歓待しているはずの――偲雪であった。


 同時刻。森の方で活動中の慧はなんとなし『気付き』始めていた。
 この森、何か妙だと。どこまでも続いているかのように広大なのはまだしも……
「何か、狭苦しい……どういう事すかねこれは?」
 木々が乱立している箇所がある。空気が淀む様な、重苦しい感覚を感じる程に。
「これは……風が吹かない。陰の気配がため込まれてしまうような……」
「――気付いたんですかい、坊主。そう、この森は霊魂が溜まりやすい場所なんでさぁ」
「と。こいつはお師匠さん」
 刹那。疑問の表情を顔色に浮かべていた慧に声を掛けたのは――彼の師匠たる檀であった。森の方で活動しているとの連絡は受けていたが、まさかこのタイミングで合流できるとは。
「いやね、あっしも何かおかしいと思ってもう少し調べてたんですが……
 どうにも風水の観点や術式の観点からして、この地はあまり宜しくない」
「外から陰の気が収束してきて、内で留まると。それだと……」
「ええ。『穢れ』が満ちるんでさぁ――その結果で妖の類が生まれるだけならまだしも」
 古く。古く積み重なり続ければ『何』に変じるかも分からぬ。
 怨嗟の塊。未練の集合体。
 世に蔓延る『呼び声』とやらを受けやすい事にもなろう……そして。
「ふぅ、ふぅ。スケさんも、これはちょっと妙だと感じますぞ。
 ……これは皇陵として存在を秘匿されていたというが故の事態でありましょうか。
 遺骨を運んでくる場所であるというのに整理されていないが故の……」
 同時。それは各地を調査していたヴェルミリオも察知しつつあった。
 この地は元々皇陵――お墓だ。しかし墓荒らしを恐れて余人を近づけぬ様にした結果……森には手入れが行き届かぬ不毛の地と化してしまっていたのである。或いは偲雪が覚醒して以降は、手入れする人物達も取り込まれてしまったか……?
 いずれにせよ霊魂を鎮め、安らかなる眠りについてもらう筈の場が『乱れて』いる。
 その結果として発生するのが淀み――いや『穢れ』と呼ぼうか。
 この森はあまりにも入り組んでいる。
 空気が循環せず、妖しき気が溜まりやすい地と化している――つまり。
 天然の『穢れ術路』となってしまっている。森を幾度と調査した者達の結論がそれだ。
「……じゃあこれって、森を切り拓いたらどうなるの?」
「まぁ淀みが多少マシになって、妖が減ったり死霊が削がれたりするでしょうね――
 根本的な解決になるかと言えば、そういうものでは無いって所ですが」
 更にはダンボール箱から顔をにょきっと出したツァンフォも合流するもの。
 森を整理すれば……極端な話、一部を焼き払ってもいいが。
 とにかく文字通り風通しを良くすれば――穢れが逃げていくだろうと檀は推測。
 ……無論、彼の言う通りそれで万事解決したりはしない。
 既に穢れは溜まり溜まりて――常世穢国なるものを成立させているのだ。
 ある程度の弱体化は見込めても、あの顕現を打ち消せる程のものでは、ない。
「……全く。本当にはた迷惑な土地ですねぇ――この辺りは」
 であれば。慧は街の方をなんとなし見据えながら、吐息を一つ零すものでった……


 そしてその街の方にて動きがあった。
 何かざわめく気配が生じる。街の者達が城の方を向いている――
 侵入に気付かれたのだろうか。となれば……
「アッシュ殿には、巻き込んでしまって申し訳ないであります」
「いや、一緒に調査をしてるんだから、巻き込まれたなんて事は無いからね?
 それよりも――うん。清之介の事が気になるよね。本当にこっちを認識してるかな?」
 これよりは何が起こるか分からぬと希紗良はシガーと言を交わすものだ。
 二人は玄武らに情報を齎した後、街中の方を歩きつつあった。
 そして話題に出すは、二人に情報を提供した……清之介。彼の事だ。
「清之介殿は……里を出ていなければ宝刀の所持者になっていたであろう御人だったのであります」
「宝刀の所持者……? 希紗良ちゃんの故郷にあった、ってヤツ?」
「そうであります。悪鬼を打ち倒すと言われる宝刀【紅葉切】。かつて、異性を誘惑しては喰らったという鬼女を切ったとされる刀で……里で封印されていたのであります。けれど、何者かによって盗まれてしまったが際に……」
 清之介の婚約者も――切り殺されてしまったのだそうだ。
 そして清之介は百合の仇を討つべく各地を巡っている。
 どこの誰とも知れねども。愛しき存在を斬った存在を――許せぬが為に。
「キサはそれを振るうに足る存在になりたきであります。
 ――悪鬼とは姿だけに非ず。心をも差す、それが紅葉切……
 無論。相応しきは清之介殿であると思っているのでありますが」
「ははっ。希紗良ちゃんなら、すぐに宝刀を振るうに足る実力を付けられるよ」
 もしかしたら、あの清之介よりもね。
 ……とは、シガーは言葉を呑み込んだ。清之介の動きには怪しい所があり、どうしてもどこか――信用がおけぬ。そんな人物よりも、真っすぐに技術も精神も成長していく希紗良ちゃんの方が……

「懐かしい話だ。里にももう随分と……戻っていなくて久しいな」

 と、その時。
 噂をすればなんとやら――件の清之介が眼前に。
「……! 清之介殿、街の方にも来ていたのでありますか!」
「ああ。それよりも希紗良、何やら騒ぎが起こっている様だが、これは……」
「城の方で行動している人達がいるんじゃないかな――うん、きっとそうだ」
 君の齎してくれた情報かもね、と。思わずシガーは希紗良の一歩前に立ちながら言うもの。
 ――しかし。
「……いやそれにしては街全体への影響が乏しいな。
 これは破壊を仕損じたか、それとも意志そのものがなかったか……
 希紗良達も城に入ってくれれば、渡しておいた式神で辿れたのだがな」
「……清之介殿、なにを」
「ああ。やっぱりあの式神は、そういう類なのかな」
 もしもシガーたちが共に同行していれば――
 清之介がなんらかの思惑によってその場に介入していたかもしれない。
 ともすれば遺骨の破壊自体を強行していたやも……
 希紗良は、清之介を知っている。
 彼の師としての姿を。かつての里で共に過ごした思い出を――なのに。
(キサは、何故……)
 清之介の言を、疑ってしまうのか。
 玄武の言に即答する事が出来なかったのか。
 なぜ、どうして――胸の内に渦巻く『何か』は、しかし。
「……むっ? 清之介殿、その刀、は?」
 刹那。ふと、清之介が腰に携える刀が――目に入った。
 おや? 以前会った時とは違う刀が其処に在る様な……
 けれど、なんだろうか。その刀を見ると心の臓が高鳴って――あれ?

 もしかしてソレは――いやまさか――

「偲雪様の御身に近付く者達が……!? 城へ迎えッ!!」
 と、その時。シガーらと清之介の間を――多くの武者の様な者達が駆け抜けていく。
 途切れる視界。瞬き一つの後には、清之介の姿は見えなくなっており……
「ん。なにかしら……騒がしくなってきたのだわ?」
「ああお嬢ちゃん。なんでも偲雪様のいる城で何かあったらしくてなぁ……」
「へぇ――それは、大変だわよ」
 同時。華蓮はファミリアーの動物越しにも、街が騒がしくなっている情報を得ていた。
 城の方で動きがあったか。遺骨は見つけられたのだろうか。
 ――この街の住民たちと接して、彼らが真に平穏を願っている事は分かった。
 だが。どことなく『他者もきっとそうであるだろう』という想いが強く込められている気がする。
 ……誰かがそう思うのは別に構わない、個人の自由だろう。
 だが。もしもそれを押し付けてくるのであれば――己はどう動くべきか。
 華蓮は街に溶け込む様に。ゆっくりと更に街の者と言を交わすのであった……


 城の地下。突如として現れた偲雪の姿に驚愕する者もいた――
 どうしてここに――今の今まで誰の影もなかったのに――いや。
「成程ね。常帝が使ってた様に、あちこちに出現するのが君も使えるんだ。
 とは言え、僕達の存在に気付いたのは……これだけ君の遺骨に近寄ったからかな?」
「これが私の本体みたいなものだからね。
 だから、皆が隠れていようが近くにくれば分かるよ。目で見える様なモノかな?
 ……あ、と言っても流石にすぐ気付いた訳じゃないけどね。
 上でのお話も楽しかったから熱中してたし。
 もしも本気で壊されようとしてたら防げなかったかな――」
 気付いたのはムスティスラーフだ。眼前にある遺骨が真の偲雪であるならば、こうして見える人の姿は……幻影、幻惑、或いは会話できる力を宿した人形か式神と言った存在。故にどこにでも現れるしどこにでも消える。
 勿論、それは地平の彼方までもではなく、己が力の及ぶ範囲のみ……の話であろうが。
(逆に考えると、その力の根源になっている遺骨や箱を破壊したなら……)
 弱体化は、きっとするだろう。
 しかし同時に力や意志の暴走が無いとは言い切れないとЯ・E・Dは推察していた。そして遺骨箱から感じうるこの感覚。偲雪が自ら出てきた事も考えれば――ソレは当たりであろう。だが、はたして今すぐ即座に破壊する事が妙手に繋がるかは疑問視される所があり……

「ほう――これはこれは。話に聞いておった偲雪殿にお目に掛かれるとは、の」

 そして。この地の主と言える偲雪が現れたのであれば、当然。
「我は玄武。豊穣を守護せし四神が一角――お目にかかれて光栄、と言っておこうかの?」
「そう思うなら正面から来てほしかったかな……だめだよ? 乙女の秘密を覗いちゃ」
「おいおいあんまり前に出るなよ玄武の爺さん。備えてな」
 玄武が言を紡ぐものである。
 偲雪。玄武が四神の一角になる前の帝……そして、近頃起こっている行方不明事件の主犯。
 であれば問わねばならぬ事があると一歩前に出るものだが、しかしその動きはエイヴァンにより制される。あくまで分霊の様な存在に過ぎぬ今の玄武の……力の大半が無い状態で迂闊に前に出ては危険だと。
 こちらは認識された侵入者。偲雪が何をしてくるか分からぬ――
「ン。遺骨 発見デキタ 即撤退 推奨。多分 ディリヒ 雲上 対応 気配来ル。
 忙シクテモ ディリヒ 配下 武士イルラシイ。リアクション 即時 来ルカモ」
「ふむ。いずれにせよ急ぐべきだろうな。退くにせよ、留まるにせよ」
 故にフリークライやマッダラーも現れた偲雪や玄武の状態に注意しつつ思考する。
 どうすべきか。偲雪の遺骨は発見でき、彼女が確かなる死者である事は確認でき。
 そしてその遺骨そのものも――魔種の一端として変じている事も気配にて分かった。
 当初の、最低限の目的は達した訳だ。後はどうするか。
 だが、その前に。
「偲雪殿。単刀直入に申すが……豊穣の民を元の地に帰すつもりは?」
「? おかしな事を言うね。皆、此処が好きで留まってくれてるんだよ?」
「……偲雪さん。本当にそう思っているの? 魔種の呼び声を――発しながら」
 玄武の言に続けて述べるはЯ・E・Dだ。
 偲雪さんの理想は正しい――そう思う、けれど。手段が間違ってしまっている。
 彼女が行っているのは洗脳だ。
 賛同しない者や迷い込んだ者に影響を与え、強制的にこの国の住民としている……
 この地の各地で既に住民として在る霊魂達は賛同している者達なのかもしれないが、しかしそれでも。
「……死してなお、という想いを咎めるつもりはありませんが。
 しかし幕引きはせめて麗しく在るべきかと存じますが」
 それでも――過去が追いすがり、今を引き留めるべきではない。
 マグタレーナは真にそう思うものだ。
 『上』における神使達との歓待の中で既に幾度か話されたが、彼女の目的は理想郷の構築だ。誰も彼もが笑って暮らせる世の中――それ自体は美しく、望む者もいるかもしれない。けれど。
「なぁ偲雪さん、今の世の中はな……そう絶望するものでもないんだ」
 辿り着いた風牙は、言うものだ。
 偲雪に。己が想いを。
 そんな事をしなくても人々の内には希望がある。それが今の――豊穣だ。

「だめだよ。終わりよければ全て良し、じゃあないんだ。
 今の世の中とかじゃあ――ないんだよ」

 が。その時。
「皆皆言ってるんだ。もう苦しみたくないって。だからその声に応えなくちゃいけないんだ」
「――偲雪さん? それが、君の想いなの? それが本当に、君の願いなの?」
「そうだよシキちゃん。ずっとずっと昔からの、皆の願いなんだ」
 瞬間。シキは微かに――気付いた。
 彼女は『皆の願い』だと、まず口にする。『私』よりも先に『皆』が来るのだ。
 勿論偲雪自身の願いもあるにはあるのだろうが――しかし。
 それ以上に。彼女はこの地に蔓延る霊魂達の想いに囚われている。
 ……そうか。違う、違ったのだ。この地で一番重要なのは偲雪だが、偲雪ではない。
 街の住人達。
 あそこにいた死霊達。
 彼らこそが偲雪の背を後押し。彼らこそが偲雪の進む原動力として共にある者達。
「――そうか。貴方の力は、貴方一人のモノではないからこそ、ですか。
 貴方は飲み込んでしまったんですね。自分に付いてくる者達の想いを。
 ……妄執を」
 その時、ルル家は気付いた。
 偲雪の力は一体どこから注がれているのかと思っていたのだが、それこそ物量戦だったのだ。ヴェルミリオ達が調べた、古来より溜まり溜まった淀みが皇陵にあり。そしてある時納められた――偲雪の切なる願いと合致、或いは融合した。
 偲雪は穢れを力とし。穢れは偲雪の力となる。
 太平の世を作るために。誰もがもう穢れない世界を作るために。
 だから。街の住民たちの数こそが偲雪の力。
 彼らこそが核。彼らが増えれば偲雪が強くなり、彼らが減れば偲雪も弱くなる。
 これを、なんと称するべきなのだろうか。
 魔種は基本的に一個人として成立している。しかし偲雪は一個人ではないのだ。
 元が霊魂であり。そして多くの霊魂や妄執が集合した――
 一つの『群体』で形成されている魔種とも言えるのかもしれない。

「下らん。何が『皆の願い』だ。何が慈愛だ。全て砕けろ死ね」

 刹那。一つの憤怒と殺意の塊が――超高速にて飛来する。
 空を切り裂き地下を目指す。それは鷹の面を付けた天狗が如き人物で……
 奴めが狙うはまっすぐ偲雪――
「――ダメ、それは絶対に不味い、わたしは止めさせて貰うよ」
「むぅ……! 偲雪殿の力と想い。そのどちらも、誰の好きにもさせません!」
 で、ある事に気付いたЯ・E・Dとルル家は即座に動いた。
 偲雪と戦うとしても、それは今ではないのだ。
 何の詳細も分からぬままに下手に触るは下策――遺骨を破壊させる訳にはいかぬ!
 激突。撃と撃が真正面から衝突し、しかし天狗面の勢いは明らかに削げており。
「――んっ。なん、だ。アイツ……」
「――――」
 瞬間。その天狗面を見たカイトが感じた感情はなんであったか。
 何か。胸をざわめかせる何かが――彼の内にだけあった。
 正に刹那の邂逅であれば、その胸中に渦巻くものの正体は分からなかった……が。
「チッ……邪魔をするな神使共。その女の危険性はお前達も分かっているだろう」
「むー! ひっどい! 私はただ、皆が笑い合える場を……」
「この女は気狂いだ。耳あたりの良い言葉ばかりを並べる、死霊の女王」
 吐き捨てる様に。述べる天狗面は諦めず偲雪の遺骨へ撃を成さんとする――が。
 その手を塞いだのは、常帝と呼ばれし――雲上であった。偲雪の力にて、転移してきたのか。
「させんよ天狗面。彼女に触れるな」
「偲雪様ッ! ご無事ですか――!」
「……早いな。清之介め、街で時間を稼げと言ったろうに、何をしている……?」
 直後。自ら達が通って来た通路に大量に押し寄せてくる何者かの気配がある。言からして偲雪側の兵と言った所だろうか――その気配を察知し、援軍が来るまでのあと数手程度ではとても偲雪を殺しかねると判断したのか――天狗面は退かんとするものだ。さすれば。
「むっ! 上から……警護の兵の気配がするの。ここまでか……!」
「チッ。ミイラ取りがミイラになる訳にもいかねぇからな……
 玄武のじーさん、墓暴きはここまでだ、行くぞ!」
 同時。それは神使達も同様の状況。
 逃れられる横道もなくば、今すぐにでも脱出すべきかと思考し。レイチェルを先陣に往くものだ。偲雪の遺骨は確認できた。あれが力の根源になっているのも確認できた。そして。
「ン。大事 遺骨 動カセナイ。位置 変更不能 フリック達 次 アル」
「ええこの場は退きましょう。遺骨があり、それが本体である事の確認は取れたのです――」
「……確かにそうだな。あれ程大事に抱えているものならば、元からもっと厳重に保管できる場所に隠している筈だ。それをしていないという事は動かせないと見て間違いないだろう」
「そうね鬼灯くん! きっとまた来れるわ! だから今はちゃんと帰りましょう……!」
 あの遺骨はきっと大きくは動かせないとフリークライに沙月、鬼灯は推察できていた。
 ならばまた来ることも出来ようと。位置は覚えた。警備は厳重になるかもしれないが、神使達ならば……きっと問題なく。

「どうして……? どうして皆、話しても分かってくれないのかな。
 皆は笑顔でいたくないのかな。私が間違ってるのかな……」
「ッ……偲雪さ、ん」
「――いやそんな筈ないよね。うん! だって笑顔でいたくない人なんている訳ないんだから!」

 そして。去っていく神使達の背を見ながら――偲雪が呟くものだ。
 やはり、明確に彼女は狂っている。
 淀みをその内にため込んで。淀みたちの声を聴いてしまって。
 淀みたちを捨てられなくて――抱きながら一緒に堕ちている。
 彼女は取り込んだ生者達も帰す気がないのだろう。此処こそが至上と信じているから。
「だから『分かってもらおう』か! うん、それが良い! そしたらきっと皆幸せだよね!」
「……なんかめっちゃまずい雰囲気がしてくるわねぇ。
 なんですっけ。たしか黄泉の国から逃げ帰るお話があったような無かった様な……」
 直後。にこやかな偲雪の言の下から――なにがしかの『圧』をゼファーは感じたものだ。
 彼女が『話しても分からない輩』に何をするのか。ああ、結論を考え付く前に――この場を離れるとしよう! 地上への道を駆けあがり、そして。
「おのれ賊め、逃がすか――ぐぁ!!?」
 刹那。神使達を逃すまいと立ちはだかった所へと――紡がれたのは、符の一閃。
「助太刀しよう。道を切り開く――此方へ」
「さぁ足を止めてはいけないよ。すぐに連中は集まってくるだろうからね」
 それは、玄武からの依頼とは別件で動いていた者達――藤原 導満に弥鹿なる人物達だ。
 導満もまた神使の一人であり……端的に言えば味方と言えようか。
 彼らが何故この場にいるのか――仔細は、今は省くが。
「早く! 朱華達が道を切り開くわ! 急いで裏から脱出するわよ!!」
「怪我をした人はいませんね……!? 行きましょう!」
 同時に上で時間を稼いでいた朱華も集えば、脱出路があるものだ。
 とにかく今この場で追い詰められるわけにはいかない。
 怪我人がいないかリンディスの瞳が周囲を確認し――さすれば。
「むぅ。神使よ、今は森まで走るのじゃ! 霧の加護は続いておるが……目視されていては意味がない。とにかく視線を切れさえすればなんとでもなろう!」
「皆、こっちだ。街中はマッピングしている――最短距離を進むぞ。遅れるなよ!」
 そして。街中を駆け抜ける――途中で合流したラダが、事前に地図を作製する為に各地を調べていたおかげでスムーズに街の中を進むことが出来た。正に間一髪。今少し遅れれば、囲まれ……まではしないかもしれないが『あの戦闘狂』が来ていたかもしれぬ。
 道中に、こちらを眺めてくる住民たちの視線こそあったものの、問題はなく。
「偲雪さん――俺達は、逃げる訳じゃあねぇぜ」
 刹那。一度城を振り返り言うは――風牙だ。
 逃げる訳ではない。必ず、また会いに来るからと。
 風牙は決意していた。

 彼女の純粋なる笑顔を――その脳裏に思い浮かべながら。


「うわわわわ! なんだか周囲が騒がしくなってきたね、急がなきゃ!!」
 そして。上層に忍び込んでいたセララは周囲の不穏なる空気を察知していた。
 皆が見つかったのか、それとも他に何か不足な事態が生じたのか……分からないが。あらゆる部屋に忍び込んで、何か手がかりがないかと探しているセララも見つかればどうなるか分からぬ。
 故に脱出するにせよ急がなければ――と思っていた、その時。
「わぁ! イタタタ……何この本?」
 うん? と覗き込んだセララが見据えたのは……都市の、建設計画書?
 いやこの街自体は確か魔種の力によって形成されている筈だが……うん?
「なんだろう、これ。わざとグチャグチャにしてるところがある……?」
 現実の高天京と異なり、微妙に家屋の配置が入れ替わっている所がある――様に見える。
 なぜこんな事をしているのだろうか。彼女の鑑定眼では、特に価値があるようには見えない、が。意味がないとも思えない……わざとしている……? これは、もしかして……いや、うーん……???
「ま、いいや! とりあえず持って帰って調べよーと!!」
 ――とにかく。判断の時間も惜しかったので懐に携え脱出の一途をたどるセララ。
 周囲は騒がしい。
 偲雪がどうだのこうだのと話している様な様子が耳に届いて……

「やれやれ。人様に幸せを与えられねば、幸せを感じる事も出来ぬとは――難儀よの」

 同時。街を一瞥しているのは――瑞鬼であった。
 今が続き続ける世の中など、瑞鬼は嫌で嫌で仕方がない……
 だからこそかつて。神使達の到来は心の奥底が滾る様に、喜びに満ち溢れたものだ。
 この偽りの理想郷、常世穢国も。
 かの神使たちがどうにかしてくれるじゃろうて。
「わしは、それを特等席で見させてもらおうかの」
 酒でも一つ摘みながら。
 ――神使の一人として、の。

成否

成功

MVP

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 偲雪は確かに死亡しており、今の彼女は霊魂の想いに突き動かされる存在である事が明らかとなりました。
 そして『話しても分からないなら……』と見える不穏。

 この場所の行く末は何処に在るのか――ありがとうございました。

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