シナリオ詳細
<Scheinen Nacht2020>止まり木に、ほんの少しだけ身を委ねて
オープニング
●
きらめく灯りに、聞こえる喧騒に、そして、祝福を交わす喜びに。
――――――少しだけ、疲れてしまうことは、無いだろうか?
●
『その情報屋』を見かけたのは、ほんの偶然だった。
時は12月24日。シャイネン・ナハト当日の昼日中に於いて、幾らか見た覚えの在る死んだ目の少女が、小走りで街路を往く姿が目に入った。
何故、それが目についたかと言うと……彼女の格好である。
平時の女学生然とした着物姿とは違って、その日の彼女は橙を基調とした着物にエプロンとホワイトブリムを付けた姿をしていた。
要はメイド……と言うより、女給のような姿。
少女はそのまま、街路沿いに建つ一つの喫茶店に入っていく。
奇妙な好奇心を覚え、同じようにその喫茶店に入れば、先ほど入ったばかりの少女が振り返って目を合わせる。
「……応、お客様か。ようこそ、『ペルシュ』へ」
……『止まり木』?
混沌肯定を介して理解した店名の意味に首を傾げれば、少女はああ、と得心いったように頷いた。
「一見さんか。ならば簡単に説明しよう。
此処は見ての通り、小さな喫茶店だ。お客様は好きなものを頼んでくれて構わない――十分だけな」
十分? と鸚鵡返しに問い返せば、「十分だ」と少女も同様に頷いた。
「そもそも、この店はシャイネン・ナハトやグラオ・クローネ等、『特別な日』にだけ開く店でな。
お客様も外の様子は見てるだろう。仮に彼処をずっと練り歩き続けるとしたら、どうだ?」
……そりゃあ、疲れる。
見目麗しいもの、目新しいもの、イベントごとのある日はそれらを存分に楽しめる日でもあり、それゆえにそうした一日を過ごせば疲れもたまる。
「自然だな。だからこそのこの店だ。
居られる時間は十分だけ。喧騒からこの店に来たお客様は、またイベントを楽しむための小休止に、或いは帰路に就く前のちょっとした休憩にこの店を利用するのさ」
何となく、意図は理解できた。
採算を考えていない店のコンセプトも、其処まで限定された開店日だと解れば納得もできる。
――だが、あと一つ。
「何だ?」
何故、ここで働いているのか。
普段は『ローレット』で情報屋として働いている少女は、ふむ。と一拍を置いて答える。
「常に前線で身体を張っている者たちを労うためだな。良くも悪くも、この店は回転率が高い。知っている顔を見かけることもあるだろうし」
デスクワークじみた仕事ばかりでは身体もなまる、そう言った彼女は、すいと身体を脇に除けて礼をした。
「改めて――ようこそ『ペルシュ』へ、お客様。
与えられるのはひと時ばかりの安らぎだが、どうか存分に羽を休めていってくれ」
- <Scheinen Nacht2020>止まり木に、ほんの少しだけ身を委ねて完了
- GM名田辺正彦
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2021年01月12日 22時10分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
リプレイ
●時刻・昼
――静かそうな店内だったから。それが庸介の入店した動機だ。
時間帯は昼を少しだけ遡る頃。店のコンセプトを聞いた彼は、簡単な食事を頼んで席に着いた。
「……何を考えている?」
2、3分の後、早くも出来立てのクラブサンドを持ってきた少女が、庸介に問うた。
「……去年までの自分を。
自分に何ができたか、そしてこれからの自分に何ができるか、を」
成程、と言った少女は、それを最後に給仕に戻っていく。
あまり喋りかけるのも迷惑と考えたのだろう。既定の時間を終えて店を出るその時まで、店内は静寂を保ったままで。
嗚呼、けれど。
自らを振り返るだけのわずかな時間は、確かに庸介の心を温めてくれた。
次いで、店を訪れたのはヨゾラだった。
「コーヒーとサンドイッチを」
そう注文したのち、通された席に座る彼は、その視線を窓の向こうに向けながら。
――夜はのんびり楽しむ予定だから、昼はゆっくりと。
そう考える彼が些細な休憩を過ごす間、雑踏を見遣る瞳は穏やかな光を湛えている。
「……あ」
単音。街路を行き交う人の間に、小さな野良猫が混じっているのを見た。
ヨゾラはそれを視線で追っていると、直に給仕の少女が注文された軽食を運んでくる。
有難うと言うよりも早く……サンドイッチに焼き付けられた猫の足跡模様に、ヨゾラの視線は固まった。
「……店長は悪戯好きでな」
序でに、人も良く見ている。そう言った少女に対して、ヨゾラは苦笑いを浮かべた後……有難うと、改めて口にした。
「ふむ……構わんかな?」
「おお?」
言葉と共に。カイトが座る席の対面に案内されたコルウィンが彼に問う。
傍には一礼する給仕の姿。「勿論!」と返したカイトに薄く笑んだコルウィンは席に着いて、煙草を取り出し……しかし、それを胸元にしまい直す。
「アンタは……確か、浴衣コンテストで入賞してた人だよな?」
「良く知ってるな?」
「そりゃあ、俺も参加してたし」
そう言ってからからと笑うカイトは、鳥の両翼で挟んだジュースをストロー越しに呑んでいる。
「俺はこれからデー……待ち合わせだけど、そっちは?」
「予定は決まってないが……そうさな」
ゆっくりできる場所を巡ろうと思う。そう語るコルウィンの脳裏には、今なお、思い返したい記憶や、精査したい記録が横切り続けている。
「成程なあ。確かに此処の……幻想のイベントどきって、他の国よりギラギラしてるっていうか」
ずっと過ごしてると疲れるしな。と言ったカイト。そういう意味では、此処に辿り着いたのは確かに幸運だった、とも。
軈てコルウィンにも通される珈琲。それが飲み干されるまでの間、二人は些細な語らいを続け合う。
知り合った者同士の歓談は、然程長くかからなかったものの。
それでも、このわずかな時間の出会いを笑顔で過ごせることができたのは、二人にとって僥倖だった。
「あーもー、楽しいけど人混みってまだ苦手だわ」
未だ昼を過ぎて間もない頃でありながら、疲弊した様子のオデットはテーブルにぺたりと顎を乗せた。
頼んだココアはすぐにやってくる。それをふーふーと冷ましながら外を見遣る彼女は。
「……意外と美味しいわね」
何時もやってるなら、友達もつれてきたのに。そう言って――未だ賑わう雑踏から、視線を離さずにいる。
ヒトと関わることが無かった半生。そんな自分が今、こうして人に交わりながら生きている現在が、何処か不思議で、少しだけおかしくて。
10分と言う時間は直ぐに去ってしまう。会計を済ませた彼女が、扉を開けて店を出る……前に。
「……止まり木で休むなんて、いつ以来かしら」
再度、店内を振り返って……それを忘れるように頭を振った後、外に駆け出して行った。
善き知人と共に歩くその日。
丁度疲れたころにこの店を見つけたのは、彼女らにとって全くの偶然だったのだろう。
「お外歩いて疲れたでしょ、十分だけのお店やて……何にする?」
「まあ、まあ。十分? 本当にひと休憩、なのね」
問う蜻蛉。驚くソフィラ。
頼んだのは一杯の珈琲と紅茶。冷たい空気に固まった指先をコップに充てて、互いに温める姿に、思わず蜻蛉は吹き出してしまう。
「こないな時しか開いてないお店やて……不思議なとこやね」
「ええ。それとも、こういう時だから、かしら?」
「ああ、そうなら……1年に1度の特別な日ぃに、同じ場所に居れるってことが、嬉しいわ」
くすりと笑った蜻蛉。同じく、花が咲いたようにソフィラも笑んだ。
「ふふ、私も。蜻蛉さんとこうやって過ごせて良かった――なんて、まだお出かけは続くのだけれど」
そう、楽しみは、まだまだ続く。
それでも蜻蛉は、ソフィラは、双方へ「有難う」を言わずにはいられなかった。
刹那だけ止まる会話。互いのコップから漂う香りを楽しむその一瞬が過ぎる。
それは、同時にこの『止まり木』から、両者が離れるときの訪れも指し示していて。
「ほな、次はうちのおすすめのお店へ行きましょ」
「蜻蛉さんのおすすめ? ふふ、楽しみ」
ソフィラが頼むよりも早く、その手を取ってゆっくりと案内する蜻蛉
笑顔を湛えた両者は、そうして店の外へと歩みだした。
●時刻・午後3時頃
この二人が来たのは、夕刻より前の事だった。
「ねえねえ花丸さん、このスペシャルケーキってやつ食べてみよ!」
「おいマジか貴様ら。それ外したら激辛味だぞ」
「なーに、激辛って言っても早々当たらないだろうし、頼もう頼もうっ!」
勇気だか蛮勇だかを発揮するフランと花丸。ノリに乗っている二人に気圧された給仕は、「お、おう」とだけ言って厨房に引っ込んでいく。
「花丸さんはシャイネンナハト初めてだっけ?
こっちに来て一年もしないですっごく強くなってびっくりだよー!」
「あ、うん。シャイネンナハトは初めてなんだ。
ただ似たような行事だとかは経験してたから……うーん」
先んじて運ばれてきたココアをこくこくと呑む二人。花丸は首を傾げながら言葉を続ける。
「似てる様で違って、色んな行事が混ざり合ってる様は本当に混沌って感じだねー」
「えへへ、でもまだまだ知らないことも見たことないものも沢山でしょ?」
色々面白い物あるし、来年いっぱい先輩としてご案内するね!」
「えっ、本当に案内してくれるの!? やったー!」
約束だからね! と笑い合う二人の間に、差し出された10個のショートケーキ。
「……好きなのを1つ選べ」
そう言った給仕に対して、彼女らは躊躇なく手を伸ばす。
「いざ、ケーキタイムっ!」
「いっただきまーす!」
……尚、その結果水を求めて騒いだ二人に対し、給仕がお盆でチョップを下した顛末もここに記しておく。
「おお……騒ぐほどおいしいのか? それならオイラも一つ」
「止めとけ。マジで。止めとけ」
甘いものが食べたくなった、と言って訪れたワモンの好機の眼差しを遮る給仕。
致し方なしとワモンが頼んだ『甘いもの』に対して、給仕が持ってきたのは蜂蜜入りのホットミルクとミルフィーユ。
「うまーい! 甘いものありがとなー。ここって特別な日だけオープンする喫茶店なんだよなー?」
ラッキーだったぜー! と喜色満面に笑うワモンに対し、給仕の側もふむと考えこんで。
「……ほれ、持っていけ」
小さな包みのクランチチョコを彼に差し出す。
またのご来店を。退店際そう言った給仕に、ワモンは手を振りながら店を去っていった。
おやつ時、と言うこともあって俄かに騒がしくなってきた店内。
合席を求められた二人は、そうしてから幾らも経たないうちに会話を弾ませていて。
「……そう、太陽が好きなのね」
「うん。あなたの……フルールちゃんの瞳の色があたしと一緒で『太陽と海』の色をしてるんだ」
だから、親近感湧いちゃって。そう言ってはにかんだメルを、ふわりと微笑み返すフルール。
「余程、気に入ってもらえたのかしら?」
「へへ、太陽ってあたしが1番好きな物なんだ。
ほら、こんな寒い冬の日でもお日様の下は暖かいんだよ」
「ええ。メルの太陽のイメージは私も好きよ」
語らう二人の間に置かれたブッシュ・ド・ノエル。
メープルと蜂蜜、それぞれがそれぞれをかけて、この時期の甘露を堪能する。
「メルは、本当においしそうに食べるのね」
「うん、はちみつ大好きなの! フルールちゃんは何が好き?」
「私は……そうね、甘酸っぱいすももかしら?」
「それじゃあ――」
言いかけて、あっと時計を見るメル。
時間は、10分を過ぎようとしていた。残ったケーキを頂いた二人は、そうして席を立ち。
「うーん、まだまだ色々聞きたいな……ね、友達になってくれない?
この後もまだ時間あったら街で買い物したりイルミネーション見に行ったりしようよ!」
「ええ、ええ。友達になりましょう」
この良き日の出会いを、精いっぱい楽しみつくすため。
二人は手を繋いで外に出る。まず最初に、互いへのプレゼント選びへと。
――今夜のパーティーの買い出し前に、お茶をしない?
切っ掛けは、レイリーの誘い。互いに頼んだケーキに舌鼓を打つ最中、イーリンは彼女の表情をちらと見て。
「ほんと、貴方もこの一年で成長したわよねぇ」
ぽつり、呟く。
はて、と首を傾げたレイリーは、それでも穏やかな笑顔のまま。
「そりゃあ、パーティーを企画したのは私だけれど。其処からここまでグイグイ来るとは思わなかったもの」
「そう? けれど、今年もパーティ出来て良かったでしょう?」
「否定はしないけど」
後に、沈黙。互いにケーキを食べる手だけは止めることも無いまま。
軈て10分が過ぎようというときに、イーリンが意図なく、ポツリと呟いた。
「――私って、変わったかしら」
「そうね。司書殿は……変わったかも」
律義に応えるレイリー。誰かを護り続けた貴方が、護られることも覚えて、人に気を許すようになったと。
「でも、大きな戦いに好んで危険な場所へ出ていくのは変わってないわよね。みんな多かれ少なかれ心配はしていると思うわよ」
「ふふ、何よ。人を鉄火場でなきゃ生き生きしてないみたいな顔して」
「言い返したいのなら、これからも生き残ってよね」
来年もこうして、パーティーを行えるように。
そう言ったレイリーに、微か、苦笑交じりのイーリンは、レイリーと共にパーティーの買い出しへと向かっていった。
●時刻・夕方
昼間は遊んで、夜はバイト。
その間の小休止に選んだ場所はひどく静寂で、しかしそれに居心地の悪さを覚えなかったのは、音楽を愛する眞田としては意外なものであった。
「待たせたな、注文のクリスマスケーキだ」
直に、給仕からサンタの姿をした砂糖菓子のついたチョコレートケーキが差し出され、眞田は笑いながらそれを口に運ぶ。
「……ご来店の感想は?」
「うん? 10分って短いなーって思ってたけど……」
給仕の問いに、窓の向こうを見る眞田。
買い物やイベントを終えて、帰路につき始める人々の姿を見ながら、眞田はぽつりと。
「案外、色々な人間模様見れるし、割と充実した時間になるな、って」
「それは良かった」
残り数分の時間を、最後の最後まで味わう眞田の表情は、何時もよりも穏やかな笑顔であった。
「……隣、座るぞ」
「クロバさん?」
忘と窓の外を見るアルテミアの傍ら。その席に着いたのはクロバだった。
運ばれた酒類を口にしつつ、視線はすぐ横の彼女に向けられたまま。
「……それなりに吹っ切れてはいるみたいだな」
呟くクロバ。それが、何を指すのかは両者にとって分かり切っていること。
ほんの一月ほど前に失われた、彼女の片割れの命。
それを思い返していたアルテミアの表情は――しかし、瞳に宿る光を損なわぬままで。
「いつまでも悲しんでいたら皆にも、エルメリアにも怒られちゃうからね」
「悲しまないことだけが、吹っ切れた証左とは言えないだろう?」
ぴたりと、紅茶を口元に運ぶアルテミアの手が止まる。
妹を反転させただろう存在に、怒りを……復讐を考えていないだろうかと、クロバは暗に問うていて。
「するな、とは言わない。ただ怨恨で剣を振るのはお前にはまるで似合ってない」
「……忠告は、受け止めておくわ」
唯の一言。それを耳にしただけで、アルテミアは疲弊しきったように笑みを浮かべる。
「でもね、貴方も復讐心に飲まれないでと思っているのよ。私も……あの子も」
「……俺が復讐を”選ぶ”としたら、あいつの全てを知った時だけだ」
互いに抱える、激情を抱きうる存在に想いを馳せながら。せめて、『同じ穴の狢』にはならないことだけを願って。
夕暮れの影を切り離せぬまま、二人はもう一度、自身のカップに口を付けた。
一人につき10分。それがコンセプトとされる店で、例外を許した『予約客』が来たのは、夜に至る少し前の事
「……予約した時より人数増えてないか?」
「申し訳ない。今日はベネディクト殿と美味い焼き肉を食べに来ただけだったが……」
「何時ものパターンだな、清鷹」
訝しげな視線を送る給仕に対して両手を上げる清鷹。背後には苦笑を浮かべるベネディクトと、その両脇で目を輝かせるスティア、しきみの計三人。
「うーん、いつもながらしきみちゃんの手際はいいよね」
「ふふ、此れも縁ですよ」
夕食に向かおうとしていた清鷹達を見つけたしきみが、一緒に歩いていたスティアを連れて合流したのはつい先ほどの事だ。
髭を蓄えた店主は、くいと手を振って店内から離れた一室へ一同を案内する。急遽増えた支払いに若干不安を覚える男性陣と、突如奢りとなった夕食に笑う女性陣の表情は対照的である。
「しきみちゃんは何が食べたい?
前におまかせした時も美味しかったし、しきみちゃんになら安心しておまかせできちゃう!」
「それでは、私はお姉さまのお好きなものをシェアする事に命を懸けておりますから……むむ」
「食べられる分だけ、好きに頼むと良いぞ。店のお勧めは……ふむ、これか」
清鷹とベネディクトは当初の目的通り焼肉を頼み、スティアとしきみは多人数でシェアしやすそうなメニューを注文した。
元が民家の一室である。設備にこそ限界はあったが、供される料理はその素材が良いものばかりで。
「清鷹はどうする、戻ったら仕事が残って居るから、俺は酒は飲めんが」
「なに、私は構わぬよ。美味い物を食べて鋭気を養うのも仕事と言えよう」
「お姉さまも、お好きなものを何でも召し上がってくださいね。今日はお二方の奢り、ですから!」
「……否定はせんがスティア殿、しきみの様な振る舞いは真似をしないように頼む」
若干遠い目をする清鷹。そうこうしているうちに、最後にそれぞれの元にドリンクが配られる。
「しかしこうも偶然に顔を突き合わせる事になるとは。確かにこれも縁という物なのだろうな」
「ふふ。それじゃあ、今夜みんなが出会った縁に――」
酒器と茶器が一つずつ、ソフトドリンクを入れたグラスが二つ。
スティアが声を上げると共にそれぞれが頼んだ飲み物を掲げれば、それを互いの器に当ててカランと音を鳴らす。
――店の奥で始まる『焼肉外交』の合図。乾杯の時に浮かべる表情は、誰もが笑顔のそれだった。
●時刻・夜
「……厨房には行かなくていいんですよね?」
「ボクが誘ったからってナチュラルに自分を食材勘定するのは辞めなさい」
べちっ、とタルトのデコピンを食らってよろめくベーク。
――今日だけ開く特別なこの店で、特別にボクが労ってやろうじゃないの。
そう言ったタルトの誘いを受けて訪れたこの店で、しかしベークの疑心暗鬼は未だ晴れぬまま。
「まあ、今年は色々あったからね……まぁボクはそうでもないけどベークは死にそうになってたし」
「……まぁ、そうですねぇ。特に今年の前半、あの海での戦いは僕自身にとっては辛い戦いだったと思います」
得られたものも多かったですが。そう言って、海洋で繰り広げられた激戦の日々を思い返すベークに、口を尖らせたタルトの懸念は果たして届いたのか否か。
「だから、最初に言った通り、ボクがその労をいたわってあげようって言うの。ほら、あーん」
「えっえっ、なになになんです?急に優しくされても怖いと言いますか……何が悪いものでも食べました?」
ケーキを指したフォークを差し出した姿勢のままに、空いた片方の手でおでこをつつくタルト。
「今日くらいは食べるのは我慢してやるわ。
それに……妖精からの施しはそれこそ"特別"なのよ?」
「いえまぁ、そう、食べられるよりはいいんですが……はい、あーん……」
何処か気恥ずかしげに、漸くタルトが差し出すケーキを口にしたベーク。
少し大きめだったそれを一生懸命頬張るベークは、だから。
「まぁ、だから……これからもよろしくね、ベーク」
にこ、とほほ笑んだタルトの表情にどきりとして、思わず喉を詰まらせかけた。
夜半。外の空気は冷たく、長くそれらに当てられた身体はすっかり冷え切っていて。
だから。そんな彼女にとって、熱々のミルク入り珈琲は体を温めてくれる素晴らしいものであった……のだが。
「……あちっ、ふうふう……あちっ」
猫舌のアッシュにとって、それは10分と言う短い時間で飲み切るには難しいものであった。
「……――ほらね?」
温めに淹れて貰ったら? そう言ったヘーゼルの助言に対して、子ども扱いを覚えたアッシュは若干、むきになりながらも熱々の珈琲を頼んだ。
そうして、現在。必死に息を吹きかけて珈琲を冷まそうとするアッシュを見て、ヘーゼルは(アッシュの為にも)笑いをこらえるのに必死で。
「……あー、非常に申し訳ないが、そろそろ退店時間だ」
「……え」
現れた給仕の容赦ない一言。残念そうな表情をしたアッシュに対して、しかしヘーゼルは。
「こっちを飲みな、娘さん」
予め、店主に頼んで自分のタンブラーに入れて貰っていたキャラメルコーヒーをアッシュに差し出した。
目を丸くするアッシュ。同時に、ちょっぴりの悔しさと、珈琲をくれた感謝が綯い交ぜになった表情で、ちらとヘーゼルに視線を遣る。
……どう感謝を伝えればいいか。少しだけ迷ったアッシュに、かけられる声。
「所で娘さん、今日泊まって行くよね?」
「……はい。今日は、とても寒いですから」
与えあうことを、感謝する関係よりも。
これを日常としよう。傍に居ることを当然にしよう。そう思って、『彼女』は傍らに立つ相手へ笑みを浮かべた。
●時刻・深夜
閉店が徐々に近づく深夜帯。
ハンモは給仕に頼んだ軽食とジュースを口にしながら、過去を振り返っていた。
(……ハンモは、今年、たくさん頑張ったと思う。けれど)
ローレットを訪れて、決して少なくない依頼を請けてきた。
そのたびに、良い結果、そうでない結果に立ち会って……けれど、もっと出来ることが在ったんじゃないかと、自問することは数多い。
もっともっと、強くなりたい。そう願う彼の傍で、声が一つ。
「なあ、あんたはどこから来たんだ?」
「なあ、あんたはどこから来たんだ?」
そう問うたヤツェクの顔は静かなまま。それまでいくつかの店を呑み歩いて来たとは思えないほどに。
与えられたアインシュペナーを口に運ぶ。変わり得た世界でも、『冬を祝う』と言う慣習が変わらない符合に薄く笑んだヤツェクは、だからこそ傍らの人に問うたのだ。
「10分じゃあ、お互い語りつくせまい。
これを呑み終えた後にもしよければ、次の酒場で祝いの酒でも飲みながら、互いの話をしたいもんだ――」
何処へ行こうと、変わらぬものが一つはあるというのなら、
酒の席から始まる絆。それもまた、在り得ることだろうと信じて。
「ふう……シャイネナハトを方々で(ゲリラ)ライブをやってたらちょっと疲れてしまいましたわ」
――数分ほど待ってもらえるか? そう問うた給仕に頷いた伊織は、暫しの間、静かな店内を入り口からじっと見渡していた。
先客たちを見る伊織の胸は、少しばかり締め付けられる。
(……どうせなら親友と過ごしたかったですが)
頭を振る。この世に居ないものを求めても、叶うことは無いのだから、と。
――嗚呼、否。だからこそ。
「合席で構わないか? 一つ、空いている席が在るんだが」
「ええ、構いませんわ。寧ろ私と一緒にこの夜を過ごせるなんてとても幸運なお方ですわね!」
血のようなワインを、ボトルで。そう頼んだ伊織は、ヤツェクとハンモが語らう卓に向かい、後に乾杯と共にこう言った。
「では、この素敵な出会いに……乾杯ですわ!」
「……客が一番いないであろう閉店間際を狙ってきたが……普通に結構いるな」
給仕に幾つかのデザートを頼みつつ、世界は店内をぐるりと見まわす。
(『ペルシュ』か。今まで寄る機会が無かったから、今日は立ち寄ってみたのだが……)
人気のない場所で、静かに。そう考えて選んだ場所には予想を超えて人が居ながらも……しかし、予想通りに店内は静かであった。
「……俺にとっては、居心地がいいのか、悪いのか」
苦笑を浮かべる世界の元へ、1分を待たずに届けられた数点のデザート。
「ならば、これらの味で決めるというのはどうだ?」
「……自信たっぷりのようだな。良いぜ」
ついと礼をする給仕に小さく笑いながら、世界は一口目のケーキを口に運んだ。
そうして、時間は過ぎる。
客も終ぞはけて、店を閉じようかと店主が口を開きかけたころに、彼女はやってきた。
「すいません、まだ空いてますか?」
訪れたリンディス。頷く店主に温かいココアを頼んで、彼女は案内された席に着く。
パーティーの帰路に立ち寄ったリンディスにとって、今日と言う日の最後の時間。
彼女はそれを、読書に使った。取り出した詩集を『何時ものように』読んで、今日と言う特別な日から、日常へと自分を立ち返らせるために。
――それでも、それは今日の思い出を忘れるためではなくて、だから。
(……帰ったら、私も詩を作ってみましょうか)
ほんの少しは、『特別』を残そうかと。
小さな店の看板が下ろされる。
特別な日だけの店は無くなって、明日からはまた、普通の民家として朝を迎える。
だから、そうなる前に、リンディスは。
「ありがとうございました、小さな止まり木。
大事な時間を、いただきました」
自分の、誰かの、或いはみんなの。
ささやかな時間をくれた、ささやかなお礼を――最後に小さく、口にした。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。
以下、シナリオ詳細。
●場所
『幻想』首都、メフ・メティートに存在する一軒家。本シナリオ中ではその内装を整えて、小さな喫茶店のようにしております。
営業時間帯は昼前~深夜まで。
扱っているのは軽食とデザート、各種飲み物。夜間は種類が少ないながらお酒も取り扱っております。
メニューは在りません。頼みたいものがあれば、店主か店員に頼んでいただければ直ぐに持ってきていただけるでしょう。
本シナリオの楽しみ方は様々です。
一人で小さな時間を楽しむもよし、二人で、或いは複数人で、今日と言うイベント中のちょっとした休憩を挟むもよし。
勿論、もとは一軒家を改装した程度の広さ。
時には合席を頼まれることもありますが……ひょっとしたら、それが新たな出会いに繋がるかもしれません。
最後に、ルールを一つだけ。「店内ではお静かに」。
●書式
プレイングの冒頭部に【来店する時間帯】【一緒に参加する人のID(グループ参加の場合はグループ名で)】をお書きください。
複数名で参加される方などは、同時参加される方の名前やID等で文字数を取らないよう、上記の書式のみを共通させていただければ大丈夫です。
●その他
NPC、『ココロ・ヒセキ(p3n000164)』が店員として参加しております。
店のコンセプト上、給仕に忙しく駆けまわっていますが、特異運命座標である皆さんが声をかければ、少しの時間は取ってくれることでしょう。
それでは、ご参加をお待ちしております。
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