シナリオ詳細
<Kirschbaum Cocktail>芳醇は春に咲う
オープニング
●桜雲の下へ
「春告げの薫り、味わいにいこう?」
イシコ=ロボウ(p3n000130)からの誘いは唐突だった。
「桜のリキュールが出回るって。町の外で商人たちも話してた。すごく珍しいものだとか」
混沌中を既に巡りつつある、桜のリキュールに関する噂。実際、ほんの一部で流通も始まっているという。
調べたところ危険もなく、優しい甘さのリキュールというだけ。ならば美味しくいただく以外の選択肢があるだろうか。いや、無い。
「おいしいのなら味わいたい。丁度いいイベントもある」
イシコが聞き付けたのは、桜降りしきる春の野──とある庭園で開かれる『お花見』というイベントについてだ。
お花見とはつまり、爛漫と咲き誇る『桜』という種の木々を眺めて過ごすイベントだが、眺めるだけでは留まらない。桜花が舞い散る世界でおいしいものを食べ、杯を交わし、春を祝い喜ぶためのイベントだ。
──その花見に、件の桜リキュールが運び込まれるという。
「しかもそこ、大きな花びらのシートがあちこちにある。座れるし、寝転がれる」
園内に置かれているのは、桜の花弁を模ったシート。
どれも巨大で、複数人で食べ物などを広げて座っても、まだまだ余裕がある。
そのうえ厚みがあるためふかふかで、柔らかい。
もちろん、必要がなければ座らず散策するのも、風情があって良い。
「ちゃんとアルコールが入ってないのもあるって。安心」
子どもでも楽しめると付け足して、イシコは提供される飲食物の話を始めた。
「桜リキュールにもいろんな飲み方がある。そこはお好みで選べるんだ」
豊かな甘みが舌に滲み、芳醇な桜の香りが鼻孔をくすぐる桜のリキュール。
炭酸水やミルクで割る人も多く、手軽さゆえか、桜リキュールそのものの味が味わえる。
シンプルな飲み方だと物足りないなら、紅茶やジュースで割ったカクテルにするのも良い。
いずれも、アルコールの有無に関わらず楽しめる飲み方だ。
また、庭園では桜リキュールを使った菓子も用意されている。ほんのり桜色をした焼き菓子、薄桃色のクリームが蕩けるケーキ、鮮やかなピンクが眩しい桜のゼリーやムース──お好みのスイーツを探せば、いくらでも見つかるだろう。
もちろん料理が好きな者であれば、その場で作って仲間へ振る舞うのも良い。簡単ではあるが、調理スペースも隅に用意してあるとのことだ。
「あ。一応、管理してる人がいる庭園だから、木に登ったり、枝を折るのはダメ」
落ちているのを拾う分には問題ないけど、とイシコは説明して、それから思い出したように付け加える。
「お花見当日は、桜も満開になるだろうって、言ってた」
視界が包まれるほど散りはしないが、はらりはらりと舞う花を浴びることは叶う。そんな中で行う宴も、のんびり過ごすひとときも、きっと素敵なものになるだろう。
イシコはそこでふと、どこかで耳にした話を何とは無しに口にする。
「……ただ、そう。桜に浚われないように気をつけて」
冗談でしかない音を吐息に含んで、言い終えた少女はふらりと姿を眩ませた。
- <Kirschbaum Cocktail>芳醇は春に咲う完了
- GM名棟方ろか
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年03月30日 22時10分
- 参加人数20/∞人
- 相談8日
- 参加費50RC
参加者 : 20 人
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参加者一覧(20人)
リプレイ
●
白花と薄緑の帷に守られた春の野が、息もつかせずに咲き乱れる色で若者たちを出迎える。
そんな中、あと数ヶ月遅かったらと時間の儚さを噛み締めつつ、ミィは桜の香に唇で触れていた。
口惜しいものの今は柔らかな桜の花弁に身を沈め、ぼんやり空を見上げるだけだ。
(綺麗な風景はとても良いものです)
ミィの髪を、肌膚を、花弁が撫でていく。その様相さえ愛おしむように眺め、ミィは桜を模った砂糖菓子を口へ含む。ほろりと溶けた甘さが、ひとときの幸福をミィに届ける。
咲う春は、別の者たちの元も訪れた。
ジョンの指先が芳春を愛でていると、やや曇った色を感じた冥夜が元気の在り処を問う。
しかし当人も掴みきれずにいるのか、春は好きだと静かに応じるのみで。五彩の花との機会に恵まれるこの時季は好ましくも、春が触れる度ジョンの喉はこくりと鳴ってしまう。花散リ鬼の本能が疼くのだと告げれば、成程と冥夜が顎を引く。
「これは私の落ち度ですね」
「鵜来巣君が気に病む事は……わぁ」
零れた驚きが弾けた。眼前で煌めく桜のカクテルタワーがそうさせたのだ。
瞬くジョンへと、冥夜は塩漬けの桜が躍ったグラスを差し出す。ジョンがそれを呷ると、淡い桜の香に嗅覚が満たされ、清涼な味わいに喉も喜んだ。そして衝動を抑えたジョンの心は好意に浮き立つ。
「……それで。君はどこまで付き合ってくれるのかな?」
言いながらグラスを白い指で傾けて、口端で模った笑みさえ舞う桜に紛らせて問う。
ジョンの喉奥へ流れた酒の跡のみを残すグラスに、冥夜は目を瞠るだけだった。
そうして穏やかに、光明が射す時間へグラスを傾ける二人がいる一方、腕を広げて清澄な空気を吸い込む少女もいる。アニーの表情は、やっとこの季節になったのだと華やぐ心に、めぐわしく綻ぶ。
焔も花見日和に身も声も弾ませて、満開の笑みを咲かせた。焔がはしゃぐ度、舞った花弁が足元を飾る。それさえアニーにとって喜ばしい春景だ。
やがて腰を休めた桜の下では、花と同じ色の炭酸がしゅわしゅわ楽しげに場を飾る。
そこで互いの弁当から春を摘みあげると、咥内に広がるのは真心の味。
「すごく上達していると思う……!」
過程も連想させる仕上がりに、アニーの目が輝く。まっすぐな評価に焔の頬が緩んだ。
「当然! アニーちゃんより上手に作るのが目標だからねっ!」
だから、来年も一緒に。
そう同時に言い出したものだから、二人は顔を見合わせて笑う。
歳を重ねれば酒も一緒に味わえる。楽しみがまたひとつ、二人の道行きに生まれた瞬間だった。
●
青空が人々の目を吸い上げていく場で、『らむねと愉快な仲間達』の面々は色彩あふれる様相で集っていた。
乾杯、と風牙の掛け声が響き渡り、舞う桜と一緒に多彩な飲み物たちも踊る。
爽やかな香りを一頻り味わったベネディクトが、ふと皆の飲み物を見やって。
「皆、いろいろな飲み物を選んだんだな」
随分と個性豊かなものだと、鍛練に明け暮れてばかりの日々から遠い光景の中、彼は眦を微かに和らげる。
すると、らむねが蕩けるような声を零す。
「あまくて芳醇ですねぇ、たまらないです!」
春めいた乳白色の雫に喉を鳴らせば、桜の香が染み渡っていく。
瞼を閉ざし味わうらむねの横、リンディスはしゅわりと歌う炭酸へ口づけていて。おいしい、と彼女が意識せず零した呟きは、炭酸の音にくるまれて消えた。
グラスが空になるまで飲むのに集中していたアカツキを一瞥し、ベネディクトが徐に口を開く。
「今日はこんなものを用意して来た」
お披露目したのは、香り高いバターで焼いた輪切りのサツマイモ。食欲をそそる照りにごま塩を振り掛けたそれは、やさしく丸みのある味わいで腹を満たしてくれる。慣れた手つきで取り分けていくと、皆の顔に燈る輝きが間近で窺えて、ベネディクトも口端で笑みを模る。
続いてリンディスが差し出した桜の入れ物には、小粒の金平糖たちが微睡んでいて。
「お店で見かけて、綺麗だったからつい……」
「うはー、うまそう!」
言いながら摘み、咥内でカラコロ鳴る金平糖を堪能した風牙も、自慢の一品を広げだす。
蓋を開けた拍子に、ふるりと揺れる卵焼き。昇り立つ出汁と卵の香りも上品で、皆が揃って唸る。
「一味違う卵焼きだぜ! 師匠にも好評!」
誇らしげに風牙が胸を張れば、卵焼きは瞬く間に皆の胃へ吸い込まれていく。
やがて、ラインナップの中に見知ったものを発見したベネディクトが思わず身を乗り出す──反応したのは、アカツキの持ち込んだ真っ白なホットケーキだ。
「白いホットケーキ、この間食べたが美味しかったぞ」
「レシピどおりに作ったのじゃが……」
期待値を高めたベネディクトの傍でアカツキが呻く。
すぐさまリンディスが微笑み一口いただけば、気持ちの篭ったふわふわな食感に思わず頬を押さえて。そして「美味しいですよ」という飾らぬ一言を向けると、アカツキは人知れず安堵の息を吐く。
その様子を認めたらむねが、矢継ぎ早に挙手をする。
「アカツキさん! ホットケーキ熱々でおねがいします!」
あたため担当と言わんばかりに告げたらむねに、火の扱いなら任せよとアカツキは鼻を鳴らす。
こうして賑やかな一同によって生まれた景色が、風牙の胸を射抜く。
懐旧の念に駆られるも、すぐに何事か思い出して。
「そうだ花も見ないと! ほらみんな、風流風流!」
促す声音は朗々と、どこまでも明るい仲間たちとの世界へ溶けていった。
●
夜に沈んだ色をも見透かす蛍の眸が、昇る湯気を見つめる。
薫るお茶と桜に包まれ、彼女が紡ぐのはとある言い伝え。桜の足元には屍体が眠り、花の色はそこから血を吸いあげているがゆえ凄艶なのだと。
わかる気もする、と付け足す蛍を湯気越しに眺めた珠緒に、桜で思い当たるのはひとつ。桜はカミと民を繋ぐもの。供犠として溶けた心身にとって、桜は皆を支えた誇りの象徴だ。蛍の知る伝説に通じるのかもしれない。そう考えた途端、珠緒の口角が緩む。
「それにしても、こうも桜で埋め尽くされていると、珠緒は埋もれてしまうやもですね」
薄く透けた色を纏う珠緒に、蛍が身を乗り出す。
「もし埋もれてもちゃんと見つけだすから、だから……」
珠緒さんは、ずっとボクの隣にいてね。
紡ぐ声音は微かに震え、それに気付いた珠緒がふっと目許を綻ばせて。
「……ええ、珠緒はここに。お傍におりますとも」
ただただ寄り添うための想いを、今に浮かべた。
こうして静寂に揺蕩う者がいれば、ぽんぽんと太腿を明るく叩く者もいる。ヒィロが太腿へ招待するや否や、ここが夢の国か、と天を仰いたのは美咲だ。
ありがたく頭を預けた美咲が然有らぬ様子で口にした夢の国という単語を、ヒィロも声に出す。なぜならヒィロが仰げば咲き零れる桜があり、腿をくすぐる美咲の髪は楽しげで──これこそ天国と呼ぶものではないかとヒィロは思い始める。
思い出を咲かせてくれるのは、いつだって彼女だ。いずれ散りゆく運命だとしても、記憶に刻まれた色彩は褪せずに在り続ける。ヒィロはそう紡いで。
「だから、ありがとう」
えへへとヒィロが笑うだけでくすぐったくて、 美咲も眦を和らげた。
「多分ね、天国の扉は、ひとりじゃ開けられないんだよ」
春に芽吹く植物たちのような活力が、美咲の中にも生き続けている。
「こちらこそ、ありがとうね」
築かれていく豊かな心を分かち合い、二人はまたひとつ思い出を形作っていく。
●
もう何杯目になるかも判らぬ桜酒を飲み干して、縁は誘う声にいつもの表情を返した。
そっと俯いた蜻蛉は、横たわり瞥見したことで知る。いかに近くとも縁の帯びる空気は一片も動かず、桜越しの青を映すばかりだと。
「お前さんみたいな美人と花見なんて、一生分の運を使い切っちまう贅沢だと思ったが」
「うちとおると、運が尽きるみたいに言わんでもええやない」
紅の代わりに笑みを刷いて蜻蛉が言うも、やはり縁の捉える青は彼方にあった。
だが両者の間で眠るらしからぬ距離ゆえにか、続く縁の言葉はあまりにも──。
「案外、来年もこうやってるかもしれねぇな?」
寧日を送るなど有り得ぬと染みているからか、次ぎかけた冗談すら声にできず、それがまたもどかしくて縁は一笑する。酔いへ責を押し付ける己の所在が掴みきれない。
そんな彼の横顔から視線を外さず、蜻蛉が音を綴る。
「案外やのおて、きっと見れる。そう思てるけど」
蜻蛉の言色は穏やかだった。焦れた指先が物語る気持ちを、届けられぬままだとしても。
そうして届かぬ花弁が、はらりと宙空から地へえにしを繋ぐ頃。
別の所ではミーナが薄紅の天蓋を仰視していた。酔いを知らぬ喉が熱いのは、芳醇な桜が染み渡っている証だ。そして、すぐ傍で食に勤しむアイリスの熱意にあてられたためでもある。
「……別の世界で、後頭部に口がある奴はいたけど」
穴が空くほど見つめるミーナに、アイリスがぱしぱしと瞬く。
「私からしたら、後頭部に口がある方が不思議かな〜」
口の在り処を問う他愛ない話もまた、二人にとって穏やかな時間だ。
やがて誘ってくれてありがとうと、春に触れたばかりの唇でアイリスは礼を紡ぐ。礼を口にした次の瞬間には、こういった景色も美味しそうだと仰ぎ見て、喉をこくりと鳴らした。そんなアイリスに、さすがのミーナも陽春の空気から目を逸らす。
「負けるわ、その健啖っぷりには」
囁きにも似たミーナの声音が光を招き、照らされたアイリスの双眸がきらりと揺れた。
大きな桜の花弁が各所で揺蕩い、そこに心身を休める人々がいる。そんなかれらの合間を抜けた先、義弘はひとり、目で桜を、舌で酒を味わっていた。
(やはりいいものだ)
はらりと舞う白花が義弘の盃へ降り立つ。思えば桜は、己が生きた任侠の世に咲く花でも、なかんずく強い意味を成す。だからこそ背負った桜の鮮烈さも、眼前で散りゆく花の美も、義弘はよく知っている。
ふ、と吐いた息は微かながら、酒に浮かぶ花弁をくるりとひとつ踊らせて──舐めた酒から昇る春の香が、今だけは義弘を戦いの気から遠ざけた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
春のひととき、楽しんでいただけたでしょうか。
ご参加いただき、誠にありがとうございました!
またご縁が繋がりましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になっております。棟方ろかです。
ふかふか花弁の上で、桜リキュールを堪能しましょう!
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。
※お知り合いと一緒に行動なさる方へ
プレイング冒頭に【ご一緒する方のお名前とID、またはグループ名】を記載願います。
●場所や気候
日中。ぽかぽかと、まどろむ陽気。
桜の花弁のシートは巨大サイズなので、複数人で座ったり、寝転がるのも良いでしょう。
●桜リキュールについて
オープニングで出ているもの以外にも、様々なカクテルやお菓子があります。
食べたい(飲みたい)ものがございましたら、プレイングにてどうぞ。
ちなみに、未成年ならびに年齢不詳で未成年に見える方はノンアルコールです。
それでは、麗らかな春の一日をお過ごしください。
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