シナリオ詳細
<Phantom Night2019>マスクドナイト
オープニング
●ガニッマタ邸にて
「ふむ~~~~……」
タブロイド紙を広げて読んでいるのは、簡素なれども質の良い服を纏った貴族である。読まされている訳ではない。買ってきたのは使用人だが、彼は彼自身の意思で読んでいる。そうやって民の間に流れる情報を共有しようとする姿勢を、執事セーバスチャンは尊敬できると思っている。
唸る彼はグレミアス・ガニッマタ。由緒正しい男爵家、ガニッマタ家の現当主。妻を亡くして数年、慎ましくも穏やかに暮らしてきた、幻想では珍しいタイプの貴族といえるだろう。
「悪の組織に、深緑の危機……全くもって想像もつかん話じゃのう」
「はい。ですが、いずれの事件でもローレットが動いているようです」
「うむ。彼らならどんな苦境も覆す、そうわしは信じておる。わしの時も助けてくれたしのう」
「そうですね」
セーバスチャンは少し笑う。ガニッマタ男爵は恥ずかし気にひげを整えるふりをした。彼らは一度、世にも珍しい“パンツ風邪”に見舞われ――といっても、男爵だけなのだが――ローレットに(社会的名誉とかアレソレを)救われた事がある。既に他国にも其の名をとどろかせるローレットではあるが、其の強さを身をもって知っている人物、といっても良いだろう。
「彼らの心が休まる日は来るんじゃろうか。のうセーバスチャン」
「はい、なんでしょう」
「わしは彼らに休日を用意してやりたい。……やりたい、というと、少し上から目線かの。彼らがただただ状況を楽しむ、そんな機会があれば良いと思うんじゃ。例えばダンスパーティとか……」
「成程。ご名案かと。巷ではハロウィンとやらも近付いておりますし、催事には丁度良い頃合い化と存じます」
「おお! そうじゃな! しかしこの屋敷では心もとないのう……場所は借りる事にしようかの! それから楽団に依頼と、食事の準備じゃな! あとは何かないかのう?」
「そうですね……それならば、よりハロウィンらしく……」
●ローレットに届いた手紙
「突然のご無礼をお許しください。
私、ガニッマタ家が主催致しますダンスパーティへのお誘いに参りました。
皆様方におかれましては連日のご活躍を耳にしております。つきましては、少しでも休息になればとの主の意向により、このダンスパーティに皆様をご招待する事となりました。
軽食、酒類等はこちらで用意してございます。
また、ファントム・ナイトが近いという事で、仮面をつけてのご参加を推奨いたします。勿論変身してのご入場も可能です。詳しくは当日、入場の際に説明がございます。
場所は別添えの地図をご覧ください。入場制限は一切ございません。どうか皆様、日ごろの疲れを癒し、少し奇妙な夜を楽しんでいただければと存じます。
ガニッマタ家」
- <Phantom Night2019>マスクドナイト完了
- GM名奇古譚
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年11月18日 22時25分
- 参加人数41/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 41 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(41人)
リプレイ
●
キラキラ輝くシャンデリア。
つやつや宝石のようなフルーツたち。
其処はまさに、幼子の宝箱、或いは宝石箱のよう。
「やあやあ、ようこそ! ……昔は王様に憧れもしたもんじゃ。のほほ」
なんて、男爵も今日は幼い子どものように笑っています。
●
程よくお腹に溜まるよう計算された軽食。軽く甘い風味のシャンパン。望むならもっと度数の強い酒もあるようだ。
無量はそれらを見渡しながら、まず大粒の葡萄を一粒千切り、口に運んだ。瑞々しく張りがあって、皮まで食べられそうな其れは高級品だと一口で判る。
凛と立つ彼に熱い視線を送る貴婦人は多かったが、彼は其れに気付かぬふりをしていた。ダンスは男性が誘うもの、というならわしがあって良かったと思う。一緒に踊った貴婦人を斬ってしまいたくなっては大ごとだろうから。
「ああ、ちょっと」
ふと無量はウェイターを捕まえる。どうせならもっと度数の強い酒が飲みたい。何があるだろうか、合う軽食はなんだろうか。特産品を作った料理はあるだろうか。
一通り質問を終えた彼は、目的のものを取りに軽い足取り。ダンスだけがこのパーティの楽しみではない。実際、無量の顔には知らず知らず、笑みが浮かんでいた。
おじいちゃんも、たまには華やかな場所に来て楽しみたいものサ。そう、ジュルナットは笑う。濃いオレンジ色をしたカクテルを片手に、賑やかなフロアを見渡す。カクテルは軽めのもの。ガツンと来るような度数の高いものは、あまり好みではないのだ。
仮面は目を閉じた柔和な顔を模したデザインを選んで。――え? 前が見えないっテ? 伊達に長生きしてないよ、視界を閉ざされるくらい、なんともないことサ。
さて、手を引いてくれる麗人でもいないものか。そう探していたジュルナットだけれども、気になったのは白猫の踊り子。尻尾ははて、変身したものなのか、そうでないのかはさておき。
折角のダンスフロアだ。おじいちゃんなりに誘ってみるとするかネ。
カクテルをそっと飲み干して、歩み寄る。白猫をダンスに誘った彼が、ダンスフロアに繰り出すまで、あと少し。
異国情緒漂う白魔導士は、心地よい楽団の音楽と人々のざわめきにに身を浸し壁の花。
そんな中、ふと見付けたハーフマスクの画家に声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは。君は閠」
「はい。グレモリーさんは、もう、踊られましたか?」
「いいや。僕はダンスが得意ではないので。君は?」
「ボクも、です。お祭りの空気を楽しめればと思ってきたのです、けど……」
見知らぬ方に声をかけるのは勇気がいりますよね、と続ける閠。そうだね、とグレモリーが頷いたところで、後ろからお嬢さん、と声をかけられた。――お嬢さん?
「? なんでしょう……?」
「素敵なお嬢さん、僕と一曲踊って頂けるかな? と……こんにちは、グレモリーさん」
「やあ、君はクリスティアン」
「先程男爵にご挨拶をしてきたんだ。素晴らしいパンツに出会えた事への感謝を伝えて来たよ……! あの宝石パンツが忘れられないんだ!」
「そう、それは良かった。踊る相手も見つかって、良かったね」
男爵は宝石パンツに嬉しいやら恥ずかしいやらで困ったように笑っていたのだが、それはさておき。
閠とクリスティアンを交互に見て、グレモリーは頷いた。閠はどちらかというと“リードする側”なのだが……其れを誰も否定しないのは、優しさではなくある種の怠惰。
「(女性側は)慣れていないので、ご迷惑をおかけして、しまうかもしれませんが……」
「構わないとも! 女性をエスコートするのは男性の誉だからね! 僕に任せてくれれば大丈夫さ!」
「では、宜しくお願いします」
ぺこりとお辞儀した閠をエスコートして、クリスティアンはダンスフロアへ。今日は仮面舞踏会だから、と相手を詮索しないと決めていた彼は、多分、最後まで気付かないままなのだろう。
ぼんやりとカクテル片手に彼らを見送ったグレモリーに、再び声がかかる。
「ぐ、グレモリー様……!」
シャラだった。疲れ果てた様子の彼女に、グレモリーは眠たげな眼を瞬かせる。
「やあ、君はシャラ。どうして疲れているのかな」
「一緒にダンスを……と思ったのですが、途中で他の方に誘われて……ちょっと、ヘトヘトです」
「誘われるのは良い事だよ。君と踊りたいと思ってくれたんだね」
「そうですが……ダンスはパパとママに教わったのですが、ちょっとだけ、ちょっとだけなのです。相手の方のつま先を踏まないかと不安で」
「踏まなかった?」
「大丈夫でした! ……あ! ここはフルーツのコーナーなのですね! 少し休んでもいいですか?」
「勿論。折角だからフルーツを食べると良いよ」
「はいっ! グレモリー様も、今日ばかりはスケッチはしないのですね」
ふふふ、と笑うシャラに、今日ばかりはね、と答えるグレモリー。ただ、筆がないので右手が寂しいね。筆の代わりにグラスをもって、ぼんやりとそう呟いた。
猫耳に黒タキシード、マジックステッキ。仮面も黒猫をイメージして。青年は愛しのお姫様を探して、フロアを歩く。ダンスフロア、軽食エリア、談笑している男爵……ああ、ほら、見つけた。とんがり帽子にドレスを纏った、ハーフマスクのお姫様。
タタン、ステッキで軽やかにフロアを叩いて魔女の前。使い魔宜しく黒猫は一礼した。
「可愛い魔女さん。今宵は僕と踊りませんか? 夢の世界へとご招待するよ!」
ぽん、とステッキを花束に変えて魔女に差し出せば、わあ、と上がる歓声。
「ふふっ……喜んで! 貴方とならば、どこへでも参りましょう!」
ほら、始まるステップ・ステップ・ターン! 身軽な黒猫が魔女をリードして、くるり、南瓜色の裾が踊る。
――ねえ黒猫さん、其の耳は本物なのかしら。そう考えると魔女は楽しくなってきて。大好きな私の黒猫さん。今夜もとっても格好いいの!
――地上に舞い降りた僕の一等星。その輝きを引き出そう! 君の笑顔はキラキラ眩しくて、僕に元気をくれるから!
燕尾服を纏った狐は、お酒を堪能していた。
あれもこれも、とても素敵なお酒。スイーツより煌めいて、ケーキより甘い。ね、と隣に視線をやって――其処に誰もいない事に狐は気付く。そうだ、今日は一緒に来ていないのだった。
仮面をかぶるというのはどうにも慣れなくて。こうして顔を隠してしまっても、彼女は見付けてくれるのかしら? 逆にわたしだって、彼女を探せるのかしら。踊りを眺め、吐息を漏らすと――其の酒精に誘われたかのように、オレンジ色のドレスが視界に飛び込んできた。
嗚呼、やっと会えましたね。
ええ、だから、一緒に踊りましょう!
名も知らぬ相手。仮面をかぶった相手。くるくる2人、楽し気に踊る。判っていても言わないで、其れは一夜限りの秘め事。
髪の色が変わっても、顔が判らなくっても、耳や尻尾がなくなって声が違っていたってきっと――わたしは、私は、貴方だって気付けるでしょう。
だって、大好きな人だもの。パーティが終わったら、どうか一緒にキールで乾杯!
「なあ」
「なんじゃ?」
黒羽は何故か、大二と踊っていた。自分が女役である。いや、まあ、自分はジャック・オ・ランタンの仮面を被っていて顔は隠れているし、何故か大二はエスコートがとても巧いので文句はないのだが……
「アンタ、そんなナリしてすげえダンスうまいのな?」
「グフフ、これもまた人心掌握の手段じゃからな。幸か不幸か、此処には金の匂いがあまりせんしのう。純粋にダンスを楽しむのもまた乙なものよ」
明らかに“お金大好き!”な見目をしている大二。其の通りお金が大好きなので、彼は其の為の努力を惜しまなかった。パーティではトーク力とダンス力が人心を掴むと知っているから、必死になって勉強したものだ。ペアダンスは上手下手より、息を合わせられるかどうか。慣れぬ黒羽をリードする彼は、ダンスフロアでは紳士に違いなかった。
「ところでその仮面はなんじゃ? カブか?」
「ああ。ジャック・オ・ランタンだ。昔は南瓜ではなくカブで作られていたそうなんだが……これを被ると時々意識が……うっ」
「ぬ? どうし……」
「あぁ、カブが……あっあっ、カブがカブにカブとカブをカブカブカブカブ……」
「な、なんじゃ!? しっかりせんか!」
突如カブに取りつかれた黒羽に、そういえばローレットに株価ってあったかの、と考える大二。いや、そんなことを考えている場合ではない。
「カブを育てるのです。カブの神様に捧げるカブを育て……」
「そぉい!」
すぽーん! と大二が無礼を承知でカブの仮面を取ると、はっ、と黒羽は意識を取り戻す。
「お、俺はいったい何を……」
「……黒羽君といったかね。君、これ捨てた方がいいんじゃないかの……」
「これでいいのかな……」
リオーレは自分用の仮面を忙しなく触りながら、ダンスフロアを見渡す。変身はよくわからないし、素のままの姿で良いだろう。だって、ボクはこのままでも十分「うつくしい」ってやつだもんね!
今日は爺にたよらず、自分ひとりでレディをエスコートするんだ。名家の男たるもの、女性ひとりまんぞくさせられないようじゃダメダメだからな!
――なので、彼はダンスのパートナーを探していた。其処に飛び込んできた、同じく仮面をつけた女の子。
「やっほー! ダンス相手を探してるの?」
「え? う、うん。女性をエスコートするんだ」
「じゃあ私と踊ろうよ! それとも私じゃダメかな?」
ぶんぶん、とリオーレは頭を振る。駄目なんて事はない。女性は女性、大事にするものだって父親も爺も言っていたから。
「ダンスは、深緑のしかわかんないけど……」
「だいじょーぶ! 私が得意だから、エスコートされてあげるよ! 深緑のダンス、教えて欲しいな!」
今日は仮面舞踏会。ややこしい詮索だとか悩み事だとか、そーいうのは全部ナシ! 折角のファントムナイト、楽しまなきゃ!
スーは手を差し出した。彼の手を引いてダンスフロアへ繰り出すのは簡単だけど、今日はエスコート“されてあげる”って決めたから。小さな王子様、私をきらびやかなフロアへ案内して?
「ふーむ、こういう舞踏会ちっくなものに参加するのは初めてデスからね……」
しかも仮面舞踏会! なんだかアニメや漫画みたいデス! 美弥妃はウェイターから貰ったジュースを一口、胸をときめかす。一応ダンスの心得だけは予習してきた。あとは……声をかけるべきか、かけられるのを待つべきか。
悩んでいる美弥妃に、おい、と声がかかった。
「はい?」
「アンタ、一人か?」
見下ろしてくる男性……フレイに、美弥妃は釘付けになった。黒髪に、仮面越しでも判るオッドアイ。赤と青の煌めきが、吸い込まれそうに綺麗で――
「――っと!?」
「ああっ!? ごめんなさいデス!」
持っていたジュースが手を離れ、落ちてしまった。相手の服を汚していやしないかと真っ青になる。ああ、不幸に巻き込んでしまった。
「……いや、気にするこたない」
「気にしマス! 折角の舞踏会なのに……」
「……気にするんだったら、詫びに踊ってくれるか?」
「へ?」
「適当に踊ろうと思ってたんだが、相手がいなくてよ」
フロアに転がった空のグラスをテーブルに置きながら、フレイは少し照れたように頬を掻く。別に嘘ではないはずなのに、妙に気恥ずかしい。
つられてなんだか恥ずかしくなってしまった美弥妃だが、それでも答えは決まっていた。ああ、本当に、漫画みたいな展開!
●
「素敵なお嬢さん、どうかボクと1曲踊って戴けませんか?」
す、と膝を折り、猫耳を遊ぶようにひくつかせながらタキシード姿の焔が言う。シオンはきらびやかなドレスに小悪魔の羽根をはためかせ――
「勿論!」
と其の手を取った。
「ふふっ、前に本で読んだのを真似してみただけなんだけどね」
「とってもいいと思う……! 焔、とっても可愛くてかっこいいよ……!」
笑いあう2人。ひそり、視線を交わしあう2人。其処にある意図を互いに汲み取って、2人は手を取り合いながら笑った。そう、僕たち俺たち、ダンスの経験なんてないんです!
「足、踏んじゃったらごめんね!」
「ううん、こっちこそ踏んじゃったらごめんね! ふふふっ!」
でも2人ならどんな難しいステップだって踏めそう! ダンスホールへ飛び出して、曲に合わせて踊ろう。上手に踊れなくたって、素敵な思い出には変わりない。難しい事は抜きにして、刹那の夜を楽しもう!
小鳥を連れて、商人がやってきた。小鳥はこの夜の雰囲気を気に入ったのか、しきりに周囲をきょろきょろ見回している。ネコの仮面、ウサギの仮面、よくわからない仮面……色んな人がいる。ああ、しかしお菓子が美味しそう。
「小鳥、小鳥。お前の好きそうな甘そうな軽食があるよ」
「……だが」
「食べてきたらどうだい。別に怒ったりしやしない」
マナーが良ければね。お前は貴族だから、まさか散らかしはしないだろう?
かの大罪を思わせる黒い喪服に身を包んだ商人が、スイーツの並ぶ方を指差す。一方の小鳥は、余り食事をとらない商人(しゅじん)と共に一献、と思っていたのだが――其の商人がいうのなら、と、いそいそと甘味を取りに行く。其れもまた愛い、と、商人はウェイターから差し出されたシャンパンを一つ取り、口に含む。
「……商人」
「なんだい」
「美味しいから……一口、食べない……?」
「……」
我は食が遅いし、余り食欲もないのだけれど。可愛い小鳥が言うならと、ゆっくりとだが共にケーキを頬張った。
さあ、この後は小鳥が商人をダンスに誘うのだが――果たしてうまく誘えるかな? もし、もしも、退屈させるような事があったら……うっかりつま先を踏んづけてしまうかもしれないね。
天狗がいた。いや違う、あれは誰だ。信政である。
隣には震えるミイラ女がいる。白ワンピースに包帯。とても良いと思う。いやでも、バニーでも良いんじゃないかな? と未だに信政は思っている。来なけりゃ着せるとは書いたものの、来ても着せても良かったんじゃないかな? って。
「……あの」
信政が何を考えているのか、可哀想なクラリーチェは知る由もない。しかし何となく視線を感じるので、なんだろう、と声をかけた。
「いんや。やっぱり俺の思った通り、嬢ちゃんは光るもんがあんな、とな。似合ってんぜ。可愛いっつうやつだな」
「あ、ありがとうございます……哀坂さんの格好は……元居た世界の衣装ですか?」
「まあそんな感じだな。むかーしむかしに言い伝えられてたモンスターの格好だ。さて、お互い仮装もしてきたことだし、ダンスも経験してみようぜ。ものはためしってやつだ」
「は、はいっ……」
差し出された手に手を重ねる。其れだけの事がなぜか燃え上がりそうに恥ずかしい。さっき言われた誉め言葉が、頭の中でぐるぐるしてる。ふらつきそうなクラリーチェを案じながら、信政はダンスのステップを探り探りエスコートする。
クラリーチェはさわり程度なら経験があったので、軽くステップを踏むのだが……ぐき、と嫌な音がして、信政の体が崩れ落ちた。
「あ、哀坂さんーーーー!?」
「くそ、腰がッ……!」
「だ、大丈夫ですか? 取り敢えず隅に」
「すまねぇな嬢ちゃん……恥、かかせちまったな……ほらよ」
「これは……クッキーですか? 猫の形…」
「ハッピーハロウィンつうやt……あででで!」
アニーは不安だった。
目の前に立つ零はまるで絵本に出て来る王子様そのもののようで。自分もドレス姿に変身してはいるけれど、果たして彼に釣り合うお姫様になれているだろうか?
そんな不安を感じ取ったのか、零がふわりと笑い、アニーの手を取る。其れはまるで、大粒の宝石を手に取るように柔らかく、大切そうに。唇を手の甲に落とせばアニーのかんばせが朱に染まる。
「アニー、よければ俺と踊ってくれませんか?」
ああ、やっぱり絵本に出て来る王子様みたい。
アニーは巧く踊れるか判らないけれど、けれどけれど、この素敵なお誘いを断る文句なんて持ってはいなくて。こくりと一つ頷けば、大丈夫だよと零はそっとダンスホールへ彼女をエスコート。
いつもなら照れて慌てるのは2人とも同じなのに、今日は私だけがあわてんぼ。これもハロウィンの魔法なの?
王子様が私だけを見ている。だから私も、王子様だけを見ていよう。ううん、目が離せないんだ。だってだって、今日の零くん、とってもカッコいいんだもの。ダンスにも集中できないよ……!
――魔法が解けた後、王子様は自分の所作を思い出して真っ赤になって慌てるのだけど、それはまた、別の話。
アランはタキシードを身に纏い、少女を見下ろしていた。威圧感が凄い。少女の方は仮面をかぶり縮こまり、ワタシメルトリリスジャナイヨ、という雰囲気を出しているが……
「よぅ、てめェ踊るぞコラ」
「は、はぅぁ……める、めるとじゃないよ……」
「動きとか見た目でバレバレなんだよ。これ以上隠すようなら……」
「はっひ! う、うそっ、め、めるとです!!」
「オウ、それでいいんだよ」
メルトリリスは美味しいご飯と飲み物で自堕落するつもりだったのに、何故どうしてアランが此処にいるのホワイ? しかも何故踊るのホワイ? しかし誘われたからには仕方ないのです。手づかみで色々食べてたので、指を舌でちろりと舐めて。
其の手を存外優しくとられて、ダンスホールへと向かう。えええほんとなのマジに踊っちゃうの!?
「待って待ってそんなの嗜んでなァァァアアア!?」
「うるせえぇ!? 目立つから大声出すな!」
距離が近い! 綺麗な顔が近い! どうすればいい!? 踊ればいいんですね!?
「ゆ、ゆっくりしてくれないとやだあ……」
「黙って動け。……しかし、“前”は俺が教えられる側だった気がするんだけどな……」
四捨五入すれば30歳。俺も年を取ったという事か、とアランは溜息をつく。其の間も不慣れなメルトリリスをリードする事は忘れない。年を取るという事は、器用になるという事だ。
メルトリリスは……頬を朱に染めて、しずしずと付いて行くように踊っていた。本当はね、嬉しいの。これ以上の幸せなんていらないわ。ありがとう、アラン。
「去年のファントムナイトでは最後まで踊り切ることが出来なかった故、どうだ、ソフィラ?」
いわゆるリベンジというやつだ、とリュグナーは笑う。ソフィラも其れに笑みを返して。
「去年は水に落ちてしまったものね? ふふ、勿論お受けするわ!」
手に手を取って、水場のないダンスホールへいざ!
リュグナーは創作が苦手で、ソフィラは踊る機会があまりなくて、不慣れな2人だけれど。リュグナーはひっそりと練習してきた成果を発揮し、ソフィラをそっとリードする。ゆっくりとしたリズムでふわり舞うドレスの裾。彼と一緒ならきっと大丈夫。ソフィラの信頼が、確かなステップとなって2人をダンスホールの花にする。
「……貴様といると、日々退屈しないな」
「あら。ふふ、そうかしら?」
今だってそうだ。彼女をどうリードしようか、次は何処へ移動しようかと考えるこの時間が楽しくてたまらない。ソフィラ自身はきっと知らないのだろう。彼女という存在が、どれだけ己の興味と心をさざめかせるかなど。
そう、ソフィラは知らない。面白い事なんてしていたかしら、ときょとんとしてしまう。でもね、不思議なの。彼と一緒にいると、心が満たされるような、そんな心地になるのよ。
「……“次”は何処へ行く」
「“次”は……そうね。すぐには思いつかないから、一緒に考えてくれるかしら?」
何処へ行こう、何処までも行こう。共に行こう、手に手を取って。
「では、この我(わたし)と是非ともお相手願いたく」
大仰に腕を上げ、そっと下ろし。紳士然とした仕草で一礼しながら女王はミニュイを誘う。少し遊んでみたわ、とばかりに、片目を閉じてぺろりと舌を出した。
「レナのお誘いなら、断れないね」
そっと手を差し出したミニュイ。そういえばレナと踊るのは1年ぶりだっけ、と過去を思い返す。
「去年のファントムナイトくらいじゃないかしら」
「なるほど、時間が経つのは早いものだね。……これ、去年も言ったような気がする」
「ふふ、そうね。我としては、来年もこうして一緒にダンスが出来ると嬉しいのだけれども?」
「さっきの言葉を毎年……言えると良いな」
言いながら、ミニュイは女王から手を離す。何をするのか、と不思議そうな彼女を抱えて、ふわり、――飛んだ。だって今日はファントムナイト、ダンスフロアで飛んだって、きっと大丈夫なはず。
「わあ……うふふ! ミニュ、あっちに美味しそうな料理がたくさんあるのだわ! 見てみましょうよ!」
「うん、男爵が用意してくれたものだからね、遠慮なく頂こう」
吸血鬼が聖職者に膝をつく。そんな光景も、ファントムナイトならでは。聖職者の衣を纏った鼎に、吸血鬼の装いをしたシャロンはダンスの誘いを持ち掛ける。
「お姫様、お手を。踊ってくださいますか?」
「ふふ、なんだか毎年どんどん様になってるね? ……シャロンの誘いなら喜んで」
手に手を取った2人は、ダンスホールへと颯爽と踏み出す。他のカップルに当たらぬよう、空いてる場所へと誘いこむようにシャロンは鼎の腰を支えてリードする。
「こっちだ……うん、当たらないようにね」
「おや、人気のないところをご所望かい? ふふ。向こうの方なら……」
「……まったく、君って人は。そういうつもりはないのに」
蠱惑的な鼎の言葉に、くるくる、シャロンは目を回しそう。寧ろ鼎に誘われて、お菓子のテーブルの方へと。
「美味しそうだね」
と、鼎が一粒苺を取る。みずみずしい赤。血の色をしている。
「シャロンに似合うのはお菓子の方だ。吸血鬼の姿をしていても……似合う赤色は、こっちがせいぜいだよ」
と、薄い彼の唇に苺を押し付けた。ぱくり、其れをシャロンは誘われるままに食して。
「美味しい。食べ過ぎないようにって、また言われそうだ」
雪之丞は織に連れられて、ついダンス会場へ来てしまった。来てしまったは良いけれど、己はこういう場所には不慣れで。相手はどうなのだろう? と見上げると、何事か思案している様子。
「なにか考え事ですか?」
「いや、なんでもない」
平静を装うも、織は気が気でない。せっかくだからと雪之丞を連れて来たものの、彼もまたこのような場所には不慣れだったのである。頑張れ俺、気張れ俺。折角だからしっかりリードしてやりたいんだ。
「よし、じゃあ折角だし踊るか」
「え、あの、……舞踏の経験は」
「ないんだろ? 判ってるって」
手を取って、見よう見まねで踊ってみる。相手の手を引いたり、くるり、回ってみたり。案外やれば出来るもんだ、と口笛を吹きたくなった織のつま先に、ふと鋭い痛み。
「っ! すみません」
雪之丞が足を踏んでしまったのだ。咄嗟に離れようとする雪ん子を引き留めるように手を握ったまま、織は案じるような視線を受けて笑った。
「……これくらい平気だからよ。さ、足止まってるぞ」
ああ、これは強がりだ。そう雪之丞は気付いてしまうけれど。今日ばかりはその優しさに甘えよう。
練習だと思って、いくらでも踏んでくれ。……其の言葉、撤回させはしませんよ? 平気と言ったのはそちらなのですから。
――いつか迎える本番では、踏まないようにな?
そういったあなたはまるで、保護者の、兄のようだと。
「美咲さん、マントがぶわさーってしてる! ダンスに映えそうだね!」
「まあ、もう正装みたいなもんよね」
男爵に挨拶を済ませた2人は、ごく自然に手を取り合い、ダンスフロアへ。ヒィロはこの前の金色パーティで教わった通りにしながらも、楽し気に。美咲は教えたステップを復習させるようにリードして、くるくると流麗に踊る。
教わったステップのお陰で、ヒィロは足元を見なくても踊れる程度にはなっていた、けれど。なぜだろう、美咲の顔から眼が離せない。相手の目に映るのは、燃え上がるドレスを纏った己。
「……顔を見ちゃダメとは言わないけど、周りにも目をやれるようになっていかないとね?」
じっと顔を見られている美咲はくるり、ターンして他のカップルとの衝突を避ける。
「え、あ、いや、こ、こういうドレス初めて着たなーって思って! その、緊張してる訳じゃなくて……」
さっと目を逸らすと、あら不思議。火勢を増すヒィロのドレス。なんか燃え上がってるし収まらないんだけど! と慌てる彼女に、ファントムナイトらしいかな? と何処までもクールに小首を傾げる美咲なのだった。
「ではでは、一緒に踊って頂けますか」
シラスはアレクシアに手を差し伸べて、うやうやしく礼をする。でも、笑顔を抑えきれない。去年は変身した姿で踊ったっけ、だからこうしてお互い素のままで踊るのは初めてだね。
「もちろん! ……といっても、ダンスはそんなに得意じゃないんだけど……」
アレクシアはシラスの手を取り、恥ずかしそうに頬を指先で掻く。一応勉強はしてきた、のだけれども。
でもね、それはシラスだって同じ。今日の為に練習してきたのを、彼も彼女も言わないだけ。努力家2人はダンスフロアで、そっとステップを踏み出す。
最初は簡単なステップから。体を前後に揺らして、徐々に動作を大きくしていく。シラスがみれば、アレクシアも自身を得て来たのか笑顔が見えて。
そう、結局、ダンスは楽しんだ者勝ち! 音楽に合わせてクイック・クイック・ターン。それだけでどうしようもなく楽しくて、ちょっと躓いても、ねえ、支えてくれるよね?
踊りながら心配したり笑ったり。そんなシラスの百面相をみて、アレクシアは声を上げて笑った。踊り切ったら、そう、伝えよう。とっても楽しかったって!
「ほら、好きなもの載せていいぞ」
「本当ですか!? うち、パーティーなんて初めてなのです!」
「そういえばお前さんは……鳥でもあるんだっけ? 主食は果物なのか?」
「果物が好きなのです。でも、果物に限らず色々食べられるのです!」
ケーキにマカロン、シュークリームが沢山積んである名前も知らないお菓子! 軽食コーナーはまるで天国! 誠吾が用意した大皿にお菓子とフルーツを乗せながら笑うソフィリアに、もう少し腹の足しになるものも食わせてやらにゃ、と物色する誠吾。其の耳にふと入って来る、楽団の音楽。少しアップテンポなものから、スローなワルツへと変わったようだ。
「……後で踊りに行くか? ダンスはやったことねーけど」
黙していた彼を不思議そうに見上げていたソフィリアは、合点がいったように笑い、そして胸を張った。
「奇遇なのです。うちも踊った事とか、一回もないのです!」
寧ろ誇らしげに。初めて同士でチャレンジしてみるですよ、とフルーツを一つ摘まみながらソフィリアは笑う。そしてふと、声を潜めた。
「……足踏んじゃったら、ごめんなさいなのです」
恥ずかし気に微笑む彼女に、誠吾は答えるように笑った。んじゃ、まずは腹を満たして、腹ごなしに初めてのダンスといきますか、お嬢さん。
きらきら輝く甘やかなハニーブロンド。喩え姿がどんなに変わったって、一目で私には判ってしまうわ。
「ハロー、素敵なお嬢さん。私と一曲いかが?」
わたしはくるり、振り返る。翻るのはドレスの裾と、この日のために借りた一枚の白い布。お化けの仮装だけれど、ほら見て、こうやって顔をだせば花嫁さんのように見えるでしょう?
「ハロゥ、ゼファー。美味しい食べ物は見付かった?」
もう、仮装して仮面をつけてるのに、バレバレじゃない。もうちょっと判らないフリをしてくれたっていいんじゃない? 少しむくれて見せると、可愛いお化けさんはくすくす笑う。まあいいわ、じゃあ私なりに仕返ししてやるわ。その細く白い手を引いて、ダンスフロアへご案内。swing、swing! 生憎、お上品なダンスなんて知らないの!
「ふふ、今夜は咎める人はいないもの」
おばけとメイド、くるくる踊る。あなたの手が届いて、わたしの手が届くこの範囲は、わたしたちだけの世界だわ。わたしにはすぐわかる、背の高いあなた。どうかその範囲からわたしを逃がさないで。
甘い香りはどちらから? 薫る笑顔はどちらから。
swing、swing。ああ、きっとここは2人だけの天国なのだわ。広くなくていい、この狭さがいい、お互いに手に手を取り合って、見つめあう瞳に映る自分を視認できるこの近さが良い。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
ガニッマタ男爵主催の仮面舞踏会、いかがだったでしょうか。
様々なダンスの楽しみ方がありましたね。こちらとしても描いていて楽しかったです。
MVPは金の亡者なのにダンスも出来る素敵なおじさま、諏訪田さんにお送りします。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
グレモリー「僕の出番が消えてる」
ハロウィンだからだよ!
●今回の依頼
<Phantom Night2019>参加シナリオです。
他にも素敵な依頼がありますので、見てみて下さいね。
●目的
ダンスホールで日頃の疲れを癒そう
●立地
幻想中央、ガニッマタ男爵が用意した小綺麗なダンスホールです。果物を中心とした軽食や飲料、酒類も用意されています。
影には楽団がおり、心地よい音楽を奏でています。
●人物
ガニッマタ男爵とセーバスチャンは拙作「オシャレは見えないとこr……丸見えじゃねーか!」の被害者(?)です。
ローレットに助けられて以来、彼らの動向を見守っていました。
●出来ること
1.仮面を「つけて」飲食を楽しみ、ダンスに参加する
2.仮面を「つけずに」飲食を楽しみ、ダンスに参加する(ペア推奨)
●仮面マッチングシステム
仮面をつけている方はダンスに参加した際、ダンスの相手をランダムマッチングされます。
奇古譚が完全にランダムにピックアップします。
なので例えば完全に相手は誰でもいい、というプレイングでも構いませんし、ペア相手がいれば相手を推測してみたり、気付いてしまったり、気付かないふりをしたり……色々出来るかと思います。
プレイングを読んで奇古譚が判断しますので、想像力の翼をはばたかせてみて下さい。
●NPC
グレモリーが仮面をつけて参加しています。変身はしていません。
ダンスする気は基本的にはなさそうです(人数補完要員だと思っていただければ)
また、ガニッマタ男爵とセーバスチャンも参加しています。彼らは仮面をつけておりません。二人はそれぞれ「王様」と「庭師」に変身しています。
お話かけは勿論OKですが、ダンスは主役たるローレットの皆さんで、とのことです。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、冒頭に希望する場面(数字)と同行者様がいればその方のお名前(ID)を添えて下さい。
やりたいことを一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守って楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
Tweet