PandoraPartyProject
ネガジェネシス
颯々と風が吹き抜ける、星の瞬く夜だった。
遂行者テレサ=レジア・ローザリアを退けたイレギュラーズは様々な情報を持ち帰ることに成功した。
同じく遂行者ツロによる勧誘――拉致を受けながらも、敵地に潜入していた佐藤 美咲(p3p009818)は、この交戦によって無事に帰還することが出来たのだった。
美咲が持つ情報はイレギュラーズにとって有意義であろうが、それはさておき。
テレサは死が救いなのだという。
脛に傷を持つ者達ばかりと手を結ぶ彼女に、美咲はそれらの理由を問うた。
その答えが「この世界はやりなおしが利かない」というものであった。
死者は決して蘇らない。
時間は決して巻き戻らない。
旅人(ウォーカー)は強制的にこの世界へ召喚され、戻る術すら持たされていない。
こんな理不尽なことがあるのかと。
ならば世界の在り方そのものを覆せば良いではないかと、テレサは語った。
この誤った世界を一度全て滅ぼし、世界の在り方そのものを変えるのだと。
テレサが神と呼ぶ、冠位傲慢ルスト・シファーにはそれが出来るのだという。
彼女はそれを、ネガジェネシスと呼んだ。
魔種への反転は、混沌肯定レベル1をジャンプする。
神の国は世界再創造の片鱗である。
異言(ゼノグロシア)は崩れないバベルを破っている。
魔種(デモニア)であれば世界法則を崩せるのだと、テレサは主張する。
次にテレサの論はこうだ。
そもそもこの世界に『不幸』などという代物があることそのものが間違いだと。
産まれるということは、幸福と不幸とを背負うことである。
産まれないということは、幸福も不幸も背負わないということである。
産まれる、即ち不幸があるということは、悪いことだ。幸福があるというのは良いことだ。
産まれない、即ち不幸がないというのは、良いことだ。幸福がないというのは、悪いことではない。
ならばこの世界では、人はそもそも産まれないほうが道義的に勝るのだと言う。
故に死こそが救いである。
だから世界は再誕すべきなのだと。
ルストがネガジェネシスさせる、完全な世界へと。
どだい荒唐無稽な話である。
だがテレサの『信仰』に、美咲の心は揺れた。
ある種の決心さえしてしまったのは事実だ。
それをエッダ・フロールリジ(p3p006270)や普久原・ほむら(p3n000159)に引き戻された。
有り体にいって、美咲は病んでいる。
メンタルの不調は著しいものだった。
それは美咲が所属する練達の諜報機関に起因するものであり、エッダはその上司との談判を望んでいた。
予定はこの後、この天義の街でだ。
街は小さく機関の手も及んでいない。
集合することに決めている場所へ、美咲が向かおうとしていた時のことだ。
「ねえ美咲、『最後』に『勘違い』を正しておきたいのだけれど」
背のすぐ後ろから、そんな声がした。
「驚くことなんてないじゃない。また『すぐに会いましょう』とは伝えたわ」
間違いようもないテレサの声だ。
「親近感はあるのよ。何かに怯えながら『組織』に所属する者同士、ね」
耳元でテレサがくすくすと嗤う。
「それに私ったら、こんな敵地で。今にも足がすくんでしまいそう」
たしかにここはテレサにとって敵地――聖教国ネメシスであろう。
臆病なテレサが、まさかこんな所へ踏み込んでこようとは。
それは美咲が振り向いた直後の事だった。
「――ッ」
突如、みぞおちに灼熱が走る。
美咲が遂行者側を裏切ったなら、粛正されるに決まっている。
そんなことはわかりきっていた。
だからあれほど警戒し、逃れる時にはエッダと示し合わせたのだ。
油断したつもりはなかった。だが無数の亡霊に身動きがとれない。
罠にかけられたのだと理解出来る。
自分自身を――ただ一人の人間を――確実に殺すためだけの罠が張られていた。
痛みは、まるでなかった。
脳内に溢れる危機対処の分泌物が、邪魔な痛みを消し去っているのが理解出来る。
それが心臓の鼓動を加速させ余計に出血を促すのだから、どこかバグじみていると感じた。
何かが美咲の腹から侵入している。
まともに呼吸が出来ない。
脳内の酸素濃度が下がっている。
どうすればいい。
未だ何かが腹から、胸の奥へ奥ヘと入ってきている。
それは手だ。
「私ね、あなたのこと、信用とかはしていなかったの」
テレサの白い腕が、揺れてぼやける視界の片隅にうつる。
それが腹に突き刺さっていた。
「何度でも言うけれど、本当に、ただおしゃべりしたかっただけなのよ」
自身の脈が乱れている。
何かが心臓の上を這い回っている。
「だけど、ごめんなさい。そのまま帰してしまったら、私、粛正されてしまいそう」
テレサの指が美咲の心臓を撫でていた。
「そんなの怖くて怖くて。私、我慢できないわけ」
――なぜ。
どうしてすぐに心臓を破壊しない。
自身の脳だけはやけに冷静で、けれど思考が纏まらない。
意識の濃度が急速に落ちてきたのだ。
急激な寒さが襲ってくる。
多量の出血が原因なのは間違いない。
「私からも、さよならよ――美咲。新しい世界で、また会いましょう」
腕が引き抜かれ、美咲は膝を付いた。
「どちらが何者かだったなんて、綺麗さっぱり忘れてしまって、ね」
最早、膝で立っていることさえ不可能だ。
あっけない終わりだと思った。
死ぬのだ、ここで。
そう直感した。
判断は間違いなく正解だ。
「じゃあね、ばいばい」
冷たい石畳へ崩れ落ちると、亡霊と共にテレサが立ち去る様が見えた。
白くぼやけきった視界の中で、怒鳴り声が反響している。
ジオルド――上司だ。
自身を、裏切り者を始末しに来たのだろうか。
おあつらえ向きだと思う。
極度の失血にわんわんと反響するだけの耳元で、何を怒鳴っているのか。
なのにやけに眩しく掠れきった視界に映る唇の動きは「大丈夫か」と読み取れる。
唇の動きは「助ける」だとか「しっかりしろ」だとか、そんな風に続いた。
いよいよ幻覚だろうか。
もう美咲には、利用価値なんて、ありっこないのに。
更には近くで叫んでいるのは、ほむらではないか。
何をやっているのだ。
こんな所を目撃されたなら、機関に――ジオルドに始末されるのではないか。
だがほむらは号泣しながら、美咲自身に何かの魔術を掛けている。
少し温かく心地のよいものだったが、そんなに頑張らなくてもいいよと思った。
だってもう美咲自身が、頑張れそうになんてなかったから。
しきりに指示を飛ばすエッダも居る、なぜ。
マキナもだ。なぜ、どうして。わからない。
走馬灯ならもう少し気の利いたものが良かった。
これはきっと『報い』なのだろう。
不思議と当然だと思えた。
美咲はそんな諦念の中で、意識を手放したのだった。
そして――
※遂行者テレサの手によって、佐藤 美咲(p3p009818)が倒れました……
※『テュリム大神殿』での作戦の大部分が終了しました――
※プーレルジールでアイオンキャンプ&マナセの小旅行が行なわれているようです……?
※双竜宝冠事件が劇的に進展しています!
※プーレルジールで奇跡の可能性を引き上げるためのクエストが発生しました!
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