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シナリオ詳細

<神の門>誰が為のキリエ

完了

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「ええい、綜結の儀を急げ。何をしておるか!」
 いかにも尊大な態度で、法衣の老人が錫杖で地を突いた。
 老人――『綜結司祭』ラバトーリは怒り心頭の様子で、歯を剥き出しにしている。

 今、綜結教会と呼ばれる、カルト結社が荒れていた。
 彼等は異神(一般的には『狂神』と呼ばれている)を日夜あがめる者達であり、世界を『究極のひとつ』にすることが目的である。
 病も老いも死もなく、争いもない新世界を理想郷としている。
 概念は難解そうであるが、実際には単純だ。
 それは全てを物理的に『狂神』へ融合すること。
 可不可で言うならば、不可能に違いない。
 だが彼等はそれを実現すべく、信仰と実験とを重ねていた。

 国家を一つとすることはまだ出来ない。
 思想を一つとすることはまだ出来ない。
 文化を一つとすることはまだ出来ない。

 ――だが個ならばどうか。

「第一ノ乙女『統一卿』エヴァ、参りました」
 第二を除き第六まで。五名の乙女が祭場へと現われた。
「首をはねよ」
 ラバトーリの言葉に従い、平伏した乙女達に刃が振り上げられる。
 聖別された霊銀の剣が唸りを上げた。
 居並ぶ信者達が息を飲み、一滴の赤すら零れず、乙女達は粘土のようにぐずぐずと崩れた。
 蠢く汚泥はゆっくりと一所へ集まり、一人の少女のような像を形成する。
「綜結ノ乙女『統一卿』エヴァ、ここへ」
「ここに奇跡はなった!」
 祭場が「おお」とどよめく。

 綜結教会は追い詰められていた。
 彼等は異端として手配される組織ではあるが、これまではどうにかなった。
 しかし対立組織の『杜』、天義、ギルド・ローレットとの交戦によって疲弊している。
 頼みのつなの対人戦車工場は破壊され、打つ手がない。
 だが教団は、テレサ=レジア・ローザリアという傲慢の魔種、そしてレディ・スカーレットという色欲の魔種と手を結んでいる。
 それが今度は、攻められているというではないか。
「ゆけ、綜結ノ乙女よ。天使と共にイレギュラーズを駆逐するのだ」


 遂行者は、世界再建――歴史を書き換えするという。
 彼等は冠位傲慢の使徒であり、世界中を侵食しようとしていた。
 冠位傲慢こそが真なる神であり、世界の再創造を目論んでいるらしい。
 綜結教会共々、荒唐無稽にも程がある。
 だが冠位魔種、それも『傲慢』であるならば、あるいは――

 遂行者達とイレギュラーズは幾度か交戦を重ねている。
 そんな時、遂行者ツロはイレギュラーズを『勧誘』するため、拠点へと幾人も転移させたのだ。
 だがそこから無事に生還を果たしたイレギュラーズによって、遂行者達はリンバスシティの向こうにある『神の国』を拠点としていることが判明した。

「さて、状況を整理しましょうか」
 資料を手繰る新田 寛治(p3p005073)が一行を見渡した。
 一行は敵の拠点へ攻め込み、冠位傲慢の居場所を探る必要がある。
 無論、遂行者などと交戦になれば、これに勝利せねばならない。
「……リインカーネーションを、返してもらうんだ」
「……」
 浮かぬ表情のスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)を、サクラ(p3p005004)は案じている。
 リインカーネーションはヴァークライトに代々伝わる家宝の指輪だ。
 そこに宿る守護の力、聖霊は遂行者テレサによって奪われている状態だった。
 汚染を受け、無理矢理その力を行使させられている。
「バリアみたいな力があるんだよね」
 セララ(p3p000273)の言葉通り、それは強力なものだった。
 テレサは傲慢だが非情に臆病な魔種であり、戦意も低い。
 向こうでの仕事すらなおざりに、自身の目標を達成しようとしているように見える。
「レディ・スカーレットも同じこと」
「そうね、そして件の教会も」
 リースヒース(p3p009207)に長月・イナリ(p3p008096)も頷く。
 テレサはカルト結社綜結教会や、魔種レディ・スカーレットと手を結んでいる。
 そして『レース』していると述べていた。
 目的はともかく、手段が一致する者同士の呉越同舟という訳だ。
「敵同士の協調性が低いということは、つけ込む隙となろう」
「この後に及んでも、また逃げるのでは?」
 ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)の言葉に、一行は考え込んだ。
 同じ作戦で挑んでも、いたちごっこが続いてしまう可能性は高い。
「けれど、はじめから逃げると分かっているのなら――」
 沈黙を破ったのはアンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)だった。
「なるほど」
 寛治が拳の底で手のひらを打つ。
 転移などの大魔術には、固有の仕掛けが不可欠だ。
 ならばそれを見つけ出して破壊してしまえば良いという訳だ。
「あの、あてはあるんですか?」
 おずおずと尋ねたのは、普久原・ほむら(p3n000159)だった。
 何せアプローチ先は敵の拠点である。
「そういうことなら、杜(ウチ)に任せて頂戴」
 頼もしい返事をしたのは、イナリだった。
 イナリの所属する組織『杜』は、高い技術力を持つ。
 そこに掛け合って転移を封じて貰うのだ。成果は果たして、こればかりは信じる他にないが。
「必ずお伝えシマス」
 腰を折ったのは『秘式』ヒウル・アルケインという、杜の秘宝種だった。
 杜と天義が手を結ぶにあたって、なぜかサクラの家に届けられた『杜の協力者』だ。
「……? 一体何を」
 無論、イナリにとっても初耳なのだが。
 ともあれ仲間が増えるのはありがたい。

「人はそもそも、産まれるべきではない……ですか」
「耳を貸すな、エリカ」
 クロバ・フユツキ(p3p000145)の表情は厳しい。
 彼が保護する少女エリカには、希死念慮が見受けられる。
 エリカは天義からの依頼筋であるが、遂行者テレサの言葉を気にしている。
 魅入られでもすれば、悲劇が起きかねない。
(守ってみせるさ、だが――)
 戦場に連れて行くか否か、そこも含めてあまりに悩ましい。
 戦いは非情に危険だが、置いておくというのは、目が届かぬということでもある。

 ともかく一行は、敵拠点へと進撃せねばならない。
「それで、その……本当なんですかね」
 不安そうに尋ねたのは、ほむらだった。
 この場に居るべき佐藤 美咲(p3p009818)が、居ないことについて。
「あの馬鹿は連れ戻す」
 侍女の皮を破り捨てたエッダ・フロールリジ(p3p006270)が吐き捨てる。
 美咲は、件の遂行者に呼びつけられた者の一人だった。
 それがなぜか『残った』という。
 美咲が練達の諜報組織に所属しているというのは、一部の者が知っている事実だ。
 おおかたその技術を生かして、敵の情報を奪ってくる算段なのだろう。
 だがこのところ、美咲は色々と危うい。メンタルに不調を抱えている。
 もしも――という線も捨てきれるものではなかった。
 一行の表情は険しいが、エッダは顔色を変えずに続ける。
「殴ってでも、必ずだ」


「それで、どうすんスか」
「あなた次第よ、美咲」
 テレサが微笑んだ。
 遂行者テレサは、どうにもつかみ所のない相手だ。
 ツロの力を使って美咲を浚ったのも、『おしゃべりしたかったから』だという。
 ツロは美咲を疑っており、イレギュラーズを殺害するように告げている。
 それが踏み絵なのだと。

「例の答え、まだ聞いてないんスけど」
「ああ、あの問答ね」
 バラ園での茶会の後、テレサは未だ初めの問いに答えていなかった。
 テレサは人は産まれるべきでないという。
 ならばと美咲は問うたのだ。
 自身が産まれるべきでなかった理由を証明せよと。
 そしてテレサはついに答えた。
「下らなすぎて、忘れていたわ。証明なんてできっこない。だって私がそう思っているだけだもの」
 頬に手を添え、テレサが続ける。
「本当に歴史を変えることが出来るなら、全ての始まりから変えてしまえばいいわけ」
 出来るか出来ないかなど、ルストにしか分からない。
「で、世界を更新したとして、あなたはまた、あなたになりたいの?」
 ともあれ邪魔するものは全て排除し、この誤った世界からまずは退場してもらうのだ。
 そして悠々と、望む世界を作れば良い。
 作業に百年かかろうが、千年かかろうが一向に構わない。
 魔種には永劫の時が約束されているのだから。
 だからとどのつまり定命の美咲には、手を貸すということ自体が不可能なのだ。
 テレサは初めから美咲に期待していなかった。
 恐らく本当にただ『おしゃべりしたかった』のである。
「私ならごめんだわ。もっと自由なものになるの、こんな世界のことは全て忘れてしまってね」
 テレサはくすくすと嗤った。
「それにね、『思想(イデオロギー)』とは『信仰』よ。汝、神を試すことなかれ」
 答えを聞いた美咲は――

 テレサの領域に、援軍が集結しつつあった。
 教会の乙女、そして天使なる怪物。
「ご機嫌よう、ローザリアのお嬢さん」
 艶やかに微笑むのは、レディ・スカーレットだった。
「後ろには気をつけなさい、何が潜んでいるか分からないわよ」
「怖いことを言わないで。私って臆病なの。今にも脚が竦んでしまいそう」
「なら勝手にしなさいな、忠告はしたのだから」

 ――そして。
 その場にイレギュラーズが踏み込んできたのは、美咲が答えようとした直前のことだった。
 想定通り、敵は大軍勢で一行を迎え撃っている。
「それじゃあいくよ!」
「レディーッ……ゴー!」
 だがイレギュラーズ一行もまた、狐兵団、そして天義の騎士団のバックアップを受けていた。
 作戦は慣れたもの。友軍が敵軍と交戦する最中に敵中枢へ浸透すること。
 そして敵特記戦力を斬首する作戦である。

 否応もなく時は過ぎ。
 今、戦端が切り拓かれた。

GMコメント

 pipiです。
 ルストの領域『神の国』に進撃しましょう。
 そして必ずや、尻尾を掴むのです。

●目的
 神の国に進撃し、敵の尻尾を捕まえる。
 敵の排除。
 美咲が居たら、殴ってでも連れ戻す。

●フィールド
 審判の門と呼ばれる手前の、広大な空間です。
 足場や光源共に問題はありません。
 多数の敵が存在します。
 雑魚は友軍に任せて、特記戦力を撃破しましょう。

 ここより先は、招かれざる場合には、聖痕を持つ者しか通ることが赦されません。
 幻影竜が飛び交い、聖痕がない者を炎の息吹で焼き殺してしまいます。
 特記戦力であるイレギュラーズはともかく、友軍はこの先に進めません。
 しかしこれは遂行者であるテレサなどはともかく、敵の大軍勢にとっても同じことです。
 つまり敵にも後がありません。

●敵
 大軍勢です。
 敵に特記戦力の多い危険な戦場です。
 しかし敵の連携が甘いというのが、救いどころです。

 敵の特記戦力は、危険になるといずれも逃げようとします。
 しかし今回、杜の戦力が敵の『転移による逃亡』を封じています。

 逃走手段は複数用意されていますが、最初の一度はかならず『空振りする』のです。
 一ターンの猶予に、仕留めたいものです。

『吸血姫』レディ・スカーレット
 天義に伝承される古い魔種です。
 目的はこの国の破壊と奪取です。
 眷属を増やし、自身の楽園を作るのです。
 剣と攻撃魔術を極めて高い次元で行使する、強力な魔種です。
 命中、回避、EXAが高いです。
 しかし前回の戦いでの傷が癒えきっていません。

『レディの眷属』ファティマ・アル=リューラ
 接近戦闘と攻撃魔術を行使します。
 前回の戦いで力を半減させています。回復出来ていません。

『統一卿』エヴァ
 綜結ノ乙女と呼ばれる怪物です。
 この個体もおそらく、倒されることで『何者か』へ融合してしまうようです。
 しかしこれは仕方のないことでしょう。
 ヒーラーであり、神秘属性の攻撃や回復を行います。

『式神』ミカエラ
 戦術天使三号機です。
 こちらも乙女と同じくです。
 命中と物理攻撃力が高く、大威力の中距離弾幕攻撃を行います。

『遂行者』テレサ=レジア・ローザリア
 非常に能力の高い、傲慢の魔種です。
 死霊を操り、オールレンジの攻撃と防御を得意とします。隙がない能力でしょう。
 更にはスティアさんの指輪リインカーネーションの能力を奪い、強引に力を引き出しています。
 この指輪は強力な結界を展開し、ほとんどの攻撃を通さないほどの性能を誇ります。
 限界を越えて行使させられているため、指輪の聖霊は非常に苦しそうです。
 どうにかしたいものですが……

『不明戦力』×不明
 おそらく現時点で不明な特記戦力が存在します。

『天使達』×大量
 天使を称する怪物達です。
 友軍に任せておきたい所です。

●友軍
〇前線
『狐兵』×多数
 あちこちを制圧してくれています。
 士気も練度も高い部隊です。

『黒衣の騎士』×そこそこ多数
 サクラの部隊の他、天義からディアナに貸し与えられた部隊もいます。
 精強なので、ちょっとした役割を任せることが出来るかもしれません。
 特にない場合は狐兵の手伝いをします。

・普久原・ほむら(p3n000159)
 皆さんと同じローレットのイレギュラーズです。
 両面戦闘型アタックヒーラーで、闘技用ステシよりは強いです。

・ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
 練達の依頼筋であり、普通に味方です。
 練達実践の塔に所属し、天義へも出向している人物です。
 かわいい女性に目がなく、黒衣の騎士団内では『歩く不正義』と呼ばれています。
 両面戦闘型アタックヒーラー。割と普通に戦えます。

・『秘式』ヒウル・アルケイン
 なぜか『杜』からサクラさんの家に届けられた謎の秘宝種です。
 これにはイナリさんも初耳のびっくりかもしれません。
 割と普通に戦えます。

〇後方味方本陣
・『Kyrie eleison』エリカ・フユツキ
 クロバさんが保護する少女です。
 本陣のバックアップ役です。精神的に不安定な状態になっているようです。

・マキナ・マーデリック
 美咲さんと同じ練達諜報組織の所属です。
 上層部の命令によって『神の国』に関する事件を追っています。
 本陣のバックアップ役です。
 美咲さんの一件に大変に心を痛めています。

・ジオルド・ジーク・ジャライムス
 美咲さんの上司に相当する人物です。
 美咲を見定め、何かを実行しようとしています。
 美咲さんは信用していないかもしれませんが、実は大変に心を痛めています。

・ガハラ・アサクラ
 エッダさんが保護した帝国軍人です。
 エッダさんの指揮下にあります。
 ちゃんと本陣を守ってくれます。

●佐藤 美咲(p3p009818)さん
 このシナリオに美咲さんが参加した場合に、現われます。
 参加しなかった場合は、その身柄はどうなるかわかりません。
 場合によっては、狂気状態による不可逆の離反(ロスト)や、死亡する可能性もあります。

 美咲さんは、皆さんと同じローレットのイレギュラーズです。
 何を思ったか、敵陣に残りました。
 おそらく自身の技能を生かして、情報収集しようとしたのだと推測されます。
 しかし最近の美咲さんには、メンタル的に危ういところがあり、本当のところは分かりません。

 シナリオに参加した場合、遂行者テレサの隣に居ます。
 茶会の席で得た情報は、相談の場でメタ的に伝えても構いません。

 皆さんは以下の情報を持っていても構いません。
・「俺はお前を待っていた」
 https://rev1.reversion.jp/note/detail/302

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <神の門>誰が為のキリエLv:50以上完了
  • GM名pipi
  • 種別長編EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年10月28日 20時00分
  • 参加人数12/12人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(12人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
セララ(p3p000273)
魔法騎士
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

サポートNPC一覧(2人)

普久原・ほむら(p3n000159)
ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
聖頌姫

リプレイ


 そこは奇しくも――否、必然的にと言うべきだろう。
 聖教国ネメシスが誇る白亜の都フォン・ルーベルグにも似ていた。
 建築は見るからに壮麗であり、さも峻厳であり、なのに清廉でもある。

 あたかも神域めいた静謐は『狐です』長月・イナリ(p3p008096)の住まう杜のようでもあり、あるいは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)であれば故郷の神社仏閣にも感じられようか。
「さながらローマか、ウィーンか……といった所でしょうか。いずれにせよ人の文化を模したに過ぎない」
 だが寛治の皮肉を他所に小蒼剣を鞘から抜き放った『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)然り、隣を駆ける『魔法騎士』セララ(p3p000273)然り。一行は観光に来た訳ではない。
 イレギュラーズは、『遂行者』と呼ばれる者達から『神』とあがめられる存在『冠位傲慢』ルスト・シファーの領域に迫っている。
 即ち敵地まっただ中であり、眼前の奥――幻影竜の舞うあの奥に仲間達が捕えられているのだろう。
「ヒウルちゃん、黒衣の騎士の皆は天使達をお願い!」
「かしこまりました」
 指示を飛ばした『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)に頷き、部下達が一斉に行動を開始する。
 一行は異形の群れ――天使と呼ぶ他にない怪物共を斬り払いながら、敵陣を進攻していた。

 ――どけ、と。
 疾く、鋭く。『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の一撃が迫り来る天使を払いのける。とにかく時間が惜しい。木っ端にかまけている余裕などありはしなかった。
「あちらでしょうね」
「そうだね、こっちだと思うよ」
 戦場を俯瞰するドラマに『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が同意した。
(絶対にリインカーネーションを助ける方法を見つけてみせる!)
 大軍勢は狐兵や黒衣の騎士に任せたとして、一行がなさねばならないことは非常に多い。
 まず一つ。スティアの家に伝わる家宝の指輪『リインカーネーション』の奪還。
「スティアちゃん、リインカーネーションの事は心配だけど冷静にね」
 サクラの言葉に、スティアが頷いた。
 宿る聖霊が遂行者によって無理矢理に力を行使させられている状況だ。
 聖霊は明らかに苦しんでおり、汚染を受けつつあった。
 誰かを守るための力――守護の能力を持つ聖霊だが、それが誰かを傷つけることに使われている。
 とても見ていられる状態ではない。
 さしものスティアとて、気が気ではないだろう。サクラは友人の心境を深く案じていた。
 だから一行は、聖霊を強制的に操っている傲慢の魔種、遂行者テレサを追わなければならない。
 次に一つ。テレサ達は綜結教会と呼ばれるカルト結社や、天義に伝承される魔種――吸血姫レディ・スカーレットと手を結んでいる。これもまた撃破しなければならない。
「思えば、時の流れというのも早いものだ」
「そうね――けれど長く続いた吸血鬼の伝承に、今日こそ終止符を打ちましょう」
 例えば『黒のステイルメイト』リースヒース(p3p009207)にとって、あるいは返した『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)にとって。その因縁は長いが。
 冠位魔種との戦いが控える中で、いつまでも相手をしていられないのは確かだ。
「砂漠から続いたダンスタイムも終演でしょうか。最後はチークタイムと行きたい所ですが」
 寛治が自動拳銃をリロードする。
「あと普通に心配なんですよね」
「これは最優先事項と考えている」
「はい」
 普久原・ほむら(p3n000159)とエッダが目配せしあう。
 最後に、一行の味方であるはずの、ここで共に肩を並べているはずの存在について。
 仲間である『代弁者』佐藤 美咲(p3p009818)は、敵陣に残って居る。
 イレギュラーズの何人かが、敵に強制召喚され、勧誘を受けているというのだ。
 美咲については恐らく情報収集の為と思われるが、未だ帰還していない。
 だが美咲はこのところメンタルに不調を抱えており、誘いに対してどのような対応を取るか。いまひとつ予測しきれていないという状況ではあった。
「人はそもそも、産まれるべきではない……か」
 声音も苦々しく、『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)の表情は硬い。
 クロバが保護する天義の少女エリカは、敵の言葉に惑わされていると感じる。
 エリカは天義の依頼筋でもあり、この戦場では一行のバックアップをしてくれている。
 置いてくるべきか、連れてくるべきか。
 クロバは迷ったが後者を選択した。
 前者は安全性が高いが、目が届かぬということでもある。
 自身が守り抜かねばならないが、テレサの言葉に揺らいでいるのは――クロバ当人も実感しているが――エリカのみならず、自分自身もまた同様であるとも思えた。

 テレサは『やり直しが出来ない』この世界『そのもの』の改変を望んでいるらしい。
 この世界では死者は蘇らない。絶対に。
 この世界では時間は巻き戻らない。絶対に。
 この世界では完全なやり直しが出来ない。絶対に。
 だから歴史さえ改変して、全てを一度まるごと滅ぼす。そして改めて完全な世界を創造する。
 遂行者テレサは、そう述べていた。
 不完全な世界において、人は産まれてくるべきではないと。死は究極的な救済なのだと。
「荒唐無稽だわ、この世の理に反しているのだもの」
 一言に切り捨てたアンナの指摘は鋭い。
 だが神にも成せない業を、冠位傲慢は出来るのだと言う。
 それ自体が冠位の傲慢に過ぎないことを雄弁に語っているのではないか。
 この領域は創造されたと言えるのかもしれない。だが世界でなくたかが領域ではないか。
 歴史だって戻っている訳ではない。
 ゼノグロシアとて、認識阻害でしかないではないか。
 ルルやテレサの操る死者とて、甦っている訳ではないではないか。
 全てがまやかしだ。
 結局のところ、未だ何もかもが単にこの世界の法則の内にしかない。
「エリカ、無理はしなくていい。支援を頼む」
「はい、私の死神さん」
 後方から追うエリカを守りながら駆けるクロバに続き、『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)もまた二人を心配していた。
 お師匠(クロバ)が困っていそうだから着いてきた戦場ではあるが、想定以上にややこしい自体となっているようではないか。それに美咲のことも気になる。

 そんな一行が曲がり角にさしかかった時、大理石と思える石壁に火花が走った。
「居ると思う」
「ええ、間違いありません」
 スティアとドラマが頷き合う。
 タイミングを慎重に見定め、エッダのハンドサインで寛治が三発の銃撃と共に前へ出る。

 そこに居たのは遂行者テレサと魔種達。
 そして蒼白な――けれど迷い無く銃を構える美咲の姿だった。


(あら? あちら側から私達と同じ設計思想(式神)の敵が居るわね?)
 イナリが首を傾げる。
 戦場に想定外の敵が居た。
 それはイナリ達『式神』に似た存在、ミカエラと呼ばれる個体であった。
 一行の作戦目標は、敵特記戦力の斬首である。
 全ては成し得ないだろうことは前提だ。だから特に傷が癒えていないレディ・スカーレットと、ファティマ・アル=リューラを優先していた。
 だがミカエラについては、出来れば回収し解析したいとも感じられるが。

「始まった以上は付き合いまスよテレサ」
「無理なんてしなくていいのに」
 美咲の言葉にテレサがくすくすと笑う。
 ローレットのイレギュラーズ、世界に名だたる超一流の冒険者達を前に美咲は思う。
 全力でなければ『死ぬ』と。
 それ以上の言葉もなく、相対する両陣営は激しい交戦を開始した。
「……テレサ――ッ!」
「怖いわ、そんな目。今にも足がすくんでしまいそう」
 スティアの思念が眩い空のように輝き、テレサを斬る。
 淡紫の結界にエネルギーが爆ぜ、テレサが僅かに後ずさった。
 このまま抑えきる――スティアの視線は鋭い。
「今日こそ返してもらうよ、リインカーネーションを」
「この子は帰りたいのかしら?」
「目を見て分からない!?」
 テレサの背後に控える聖霊は、あまりに悲しそうな表情をしている。

「何やってるんですか、美咲さん」
「……」
「何やってるんですかって言ってるんです!」
 美咲の弾丸がほむらの頬を掠めた。
「あなたのお友達は、『やりなおしたい』んですって」
 テレサの声音は酷薄だった。
「まともじゃないですよ、その女。魔種ですよ」
「……私もまともじゃないけど、それは今以上のクソになる理由じゃないんスよ!」
 美咲が叫んだ。
「私のやり直しは今ここにある……!」
 その銃弾が一行の行く手を阻んでいる。
「普久原、落ち着け。乗せられるんじゃない」
 油断なく構えるエッダの言葉に、ほむらははっとした表情で構え直す。
 連れ戻す他にないのだ。叩きのめしてでも。
 遂行者達は過去を変えるのだという。
 リースヒースは思う。それは死霊術師が堕落するときの誘いにも似ていると。
 人は「もし」を与えられたら、失ったものを取り戻せると思ったら、過去に耽る。
「ひとは死者の残した歴史を覚えて生きていかねばならない。冷たい物言いやもしれんが」
 例えアバンロラージュへ簀巻きで乗せてでも。
「帰るぞ、美咲」

 交戦開始から僅か数十秒。
 戦場は早くも苛烈の様相を示していた。
 黒衣の騎士達が天使と斬り結び、狐兵達の近代兵器が敵陣をなぎ払っている。
 しかしそれでも戦況は五分と五分といった所か。
 敵陣後背は遂行者の領域であり、幻影竜の息吹が招かれざる者を焼き殺すという。
 それはイレギュラーズのみならず教会にとっても同様であり、敵も背水という訳だ。テレサを除いて。
「レディ・スカーレット。それにテレサ、世界の再創造なんてさせないよ」
「ずいぶんな物言いだこと、けれどあなたも眷属にしたいくらい可愛いわね」
「ならないよ、そんなものには」
 セラフを纏うセララの翼がはためき、レディ・スカーレットへ肉薄する。
 雷鳴が轟き、聖剣が破邪の軌跡を鮮やかに描く。
 全く同時に、寛治の弾丸が敵陣を穿った。
「数の不利は解消してみせましょう」
 それは戦場最速の制圧だ。美咲の表情が強張る。
 肉体を半ば両断されたまま、レディ・スカーレットが口角をつり上げた。
 吸血鬼とはつくずく常識外れの存在なのだろう。
 だが手応えは、確実に敵の体力をそぎ落としていることを教えてくれる。
「無茶な動きをすることですわね、セララ。けれど合わせてみせますわ」
「うん、おねがい!」
 ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)と背を合わせ、セララが応じる。
「――これならどうかな、行くよ」
 サクラが鯉口を切り、一閃。
 凍れる刃が吸血姫を逃さない。
 滅びのアークが零れ、揮発する。
 斬り裂かれたレディ・スカーレットの血が集まり、即座に彼女の体を再形成した。
 だが同じ事。それは完全な再生とは程遠く、見せかけにすぎないのは明白だ。
「つくづく、縁のあるものね」
「レディ、御身とは奇妙な因縁が出来たが、ここで落とす」
 相対するレディ・スカーレットを前に、リースヒースの言葉は決然としている。
「出来るかしら?」
 レディ・スカーレットは『天義を落としたい』のだという。
 その理由は確かに聞いた。
 古の時代、干ばつに見舞われたティベリヤで、聖女エルゼベートは生け贄に捧げられたと伝承される。
 色欲の魔種に反転した彼女は吸血姫レディ・スカーレットとなりティベリヤを滅ぼした。
 復讐を遂げてから果てしなく続いた彼女の永遠は、さぞ孤独だったろう。
 その空虚、生きる意味のなさは、彼女を享楽に溺れさせた。
「御身は消滅を恐れているのでは無いか。歴史の中で消え、『時』に押しつぶされることを」
「言ってくれるものね。けれど嫌いじゃないわ、真っ直ぐで正直だもの。ますます好きよ、あなた」
「私は御身を撃ち、看取ろう。その抱えてきた歴史と友に。……好意への返礼だ」
「ならば成し遂げてみせなさいな、可愛い荒野のお花さん」
 リースヒースが顕現する影の大剣が、レディ・スカーレットを襲う。
 薄く微笑み身を翻したレディは、確実に避けていたはずだ。
「――ッ」
 だが影刃の軌跡――獄災九告鐘は狙い違わずレディの身を駆け抜ける。
 思わず後ずさったレディの背へ、イナリの短機関銃が火を吹いた。
 無数の弾丸がレディの身を躍らせる。
 蜂の巣様に穴を開けたレディが血の塊となり、そのまま赤い無数のコウモリへ姿を変えた。
 ドラマの斬撃が、ファティマを突く。
「……」
 ファティマを構成する滅びのアークが霧散する。
(――吸血鬼とされた幻想種)
 ラサに連れ去られた同胞は吸血鬼とされたらしい。
 その存在には常に心を痛めていた。
 更にはレディ・スカーレットによって反転させられている。今はもはや魔種だ。
「んー、邪魔?」
(……ここまで行ってしまえばもう、戻すコトは叶わないけれども)
 ドラマが下唇を噛む。
 願わくば――
(――最後ぐらいは、看取ってあげたいと思います)
 それはエゴなのかもしれないとも感じる。
 だが自我さえ破壊され、最早片言しか話すことも出来ないような存在は、もう眠るべきだ。
 注意を引くことは出来ている。
 だからこのまま確実に、為すべきを為すまでだ。

「こっちは任せてもらうよ――っ!」
 二刀を構えたシキがミカエラへと対峙している。
 ミカエラの機関銃が火を吹き、弾丸が火花を散らしながら駆けるシキを追った。
「こないで……です」
 機関銃が上向き、あわやシキの身に銃撃が注ぐ時。
 一発の弾丸がミカエラの手を穿った。
 寛治の銃撃だ。
 取り落としそうになるミカエラの隙を、シキは逃さない。
 黄泉津の守護神、その権能の欠片。
 友情の術式、生命の軌跡。
 その一閃がミカエラへ迫る。
 十字を刻む二重の刃に、けれど咲くはずの赤はなく。
 ミカエラと呼ばれる気弱そうな少女もまた、怪物であることを思い知らされる。
 踏み込み、尚も斬る。
 ミカエラのエネルギーが飛散し、充分な手応えは感じられる。
 このまま封じ続け、支援すれば――
 シキの横目には、レディ達と戦い続ける仲間達の姿が見えた。
 レディは酷薄な笑みを貼り付けたまま、踊るように戦っている。
「結局まだやる気はないって訳?」
 レディを斬り裂いたアンナが述べた。
「やる気になる理由があって?」
「今回ばかりは死に物狂いでかかってくることをおすすめするわ」
「あら、どうして?」
「やる気を出さないまま死ぬなんて、死にきれないでしょう?」
 アンナの指摘にレディが苦笑を零す。
「大それた物言いをするのね、お嬢さん。そういうの、とっても可愛いわ」
「そう。まだ現実が見えていないのね」
「そこまで言うなら、この私を殺してみせなさいな」
「言った通りにするわ」
 アンナとレディの剣が火花を散らす。
 レディの斬撃をいなし、アンナが鋭い突きを放った。
 今度は避けようともしないレディを、アンナの剣が深く貫いた。
「ほら、殺せないでしょう」
 レディの左手、その指がアンナを示し――描かれた魔方陣に爆炎が花開く。
 だが既に剣を引き抜いていたアンナは素早く身を屈め、衝撃を避けきった。
 そして踏み込み、一気に斬り上げる。
 レディは辛うじて剣でそらし、返す刃でアンナを斬り付けた。
 その手応えは浅く、刃はアンナの手繰る布に阻まれている。
 レディは微かに不機嫌そうな視線で飛び退くが――炸裂音。
 加速するクロバの刃がレディを深く斬り裂いた。
 続く刹那の連撃。荒れ狂う雷光のように、二刀がレディの身を粉々に解体する。
 深紅の霧が無数のコウモリとなり、再びレディの身体を再構成した。
「だから無駄と言っているじゃない」
「いいや、違うね」
「なぜそう思うの」
「滅びのアークが目に見えて減衰しているからさ」
「……そう」
「これ以上お前らを野放しにはしない」
 クロバが漆黒の刃、その切っ先を突きつける。
「……長く尾を引いたやり取りもこれで終わりだ!」


 両軍の激突から僅かな、幾ばくかの時間が流れていた。
 イレギュラーズの猛攻はファティマとレディを中心に、確実な打撃を与えている。
 余裕そうな様子を崩さないようだが、明らかに疲弊していた。撃破は時間の問題だろう。
 威力の重いミカエラと、癒やしの力を操る乙女は厄介だが、セララの動きに合わせて牽制的に銃撃を繰り返す寛治に、行動の半ばを封じられた状態だ。ミカエラ自身はシキに張り付けとなっており、その機関銃による広範囲の重打撃を一行へ振るうことが出来ていない。
 戦場は未だ膠着状態と言えるが、こうして稼ぎ上げた僅かな余裕は、後々に強く効いてくるはずだ。
 問題はスティアと相対するテレサである。
 最前線でテレサの死霊術と相対し続けるスティアは、その強固な防御能力と回復力でリースヒースと共に仲間を支えている。だが肝心のテレサにまるで攻撃が通らないのである。これがリインカーネーションの力であることは最早明白だ。どうにかこれを取り戻さねばならない。
「このまま支えきるよ、だから――ッ!」
 スティアの足元に煌めく光が花開き、清廉な輝きが仲間達の身を癒す。
「本当に諦めが悪いのね」
 テレサの放つ死霊が、スティアの結界を食い破らんと襲い来る。
 衝撃に足を踏みしめ、それでもスティアはテレサを睨んだ。
「諦める訳なんてない!」
 一方で敵陣に残り続けている美咲には、焦燥感がある。エッダの考えが読み切れていないのだ。
 ほむらは分かりやすい。交戦しながらも何度も呼びかけている。自身を引き戻したいのだろう。
 だがエッダはレディとファティマから狙いを外していなかった。
 おそらく、ここで落としきるつもりなのだろう。

 ――そんな時だった。
「ママ(レディ・スカーレット)、死んじゃう訳?」

 一行の背を戦慄が撫で――皮肉げな女の声音と共に、戦場に強烈な滅びのアークを感じた。
「ネームレス、そんな訳ないじゃない」
 突如出現したのは、レディとファティマを混ぜ合わせたような存在だった。更には天冠を戴いている。
 レディはそれを名無し(ネームレス)と呼んでいる。
「天使に近い個体かしら」
 イナリが首を傾げた。
 狂神は様々な怪物を産みだしているが、これは『反転』を遂げている。
 おそらく天使製造の折、偶然宿った精霊が滅びのアークによって反転。膠窈肉腫(ガイアキャンサー・セバストス)へと変貌を遂げたのだろう。これはこれで興味深いが、技術的には偶然の産物と言える。
「ご機嫌よう、イレギュラーズ。私は破滅をもたらす者――名前なんてありはしない廃棄物」
 ネームレスがスカートの裾をつまみ、腰を折った。
「けれどその女(ママ)からは、ネームレスと呼ばれているわ」
「なるほど、またダンスのお相手に巡り会えたらしい」
 寛治の皮肉に、ネームレスが微笑み返す。

「ここを抑えなければ天義は危ない! この戦いは親しき者、愛しき者を守るものと心得よ!」
 サクラの檄に、聖騎士達が鬨の声を上げた。
 ネームレスが跳んだ。
 無造作に腕を振り、爪が迫る。
 刃の一刀でいなし、サクラは結界を展開しながら踏み込み、一閃。
「ヒウルちゃん」
「かしこまりました」
 ヒウルの両腕が輝き、手のひらからふたすじの光条がネームレスを突いた。
 騎士達が次々とネームレスに斬撃を仕掛ける。
 竜(アウラスカルト)に鍛えられたのだ。
 この程度の危機は乗り越えてくれるはずだ。

「いずれにせよ、ここで倒しきるまでだ」
 クロバの言葉に、一行が頷いた。
「貴女達の歴史はここで終わり――」
 イナリの銃口が火を吹いた。
 無数の弾丸がレディの身を穿つ。
「けど、私達が永遠に記録しておいてあげるわ! 大人しく記録の存在になりなさい!」
「お断りよ」
 赤い霧が答えた。
「削り落としてさしあげます」
 猛攻をやめないドラマは、その斬撃で滅びのアークに満ちるエネルギーを霧散させている。
「けれど、そうね。そろそろ潮時かしら」
 再び人のような姿となったレディが微笑んだ。
「それではご機嫌よう」
 腰を折ると同時に、禍々しい魔方陣が開いた。
 そしてその身が掻き消える。
 安全圏への転移だろう。
 その瞬間、消えたはずのレディの姿が再びその場に現われたではないか。
「だから言ったでしょうに」
 イナリの声音は氷のように冷たかった。
「――ッ!?」
 レディの表情に、はじめて焦りの色が浮かんだ。
 テレサもまた怪訝そうな素振りを見せている。
「怖いわ、あなたたち。一体何をしたの?」
 それは杜の狐達による工作だった。
 杜もまたこの問題に本気で取り組み、支援してくれている。
 敵の転移魔方陣に罠をしかけていたのだ。

「殺しの檻――という訳です、レディ。チークタイムと行きましょう」
 サクラの斬撃に合わせ、寛治の銃弾――ただ速く撃つ一発レディの胸を穿つ。
「行くよディアナちゃん、はい、どうぞ♪」
「ええ、セララ」
「合体攻撃行くよ! セイクリッドクロスハート!」
 ドーナツを一口。セララとディアナが同時に地を蹴る。
 ディアナのなぎ払いに体勢を崩したレディがよろめき、雷鳴が轟いた。
 跳躍したセララの聖剣が、回転と共にレディを縦一文字に斬る。
 続いて二人の剣が十字に追った。
「連携が上手く決まったね。ディアナちゃんも魔法騎士の才能があるよ!」
「させ……ません」
 ミカエラが機関銃を掃射しようとし――
「それはこっちの台詞だよ」
 シキの刃がミカエラを捕えた。
 明確な好奇だ。
「これ以上お前らを野放しにはしない」
 影のようにクロバが駆ける。
「……長く尾を引いたやり取りもこれで終わりだ!」
 銃刀を二振りに割り、炸裂音と共に刃が加速する。
 その一撃はレディとファティマとを同時に捕えた。
 魔種の二体。一方は焦りを、もう一方は無感情に。

 ――終ノ断・生殄。

 立て続けに三度、死神の刃が振り抜かれる。
 直後、アンナが踏み込んだ。
 ゼピュロスの息吹に乗り、煌めく神速の刃がレディを斬り裂いた。
 レディは目を見開き、よろめいた。
「……まさか、ね」
「永い間お疲れ様。もう良いでしょう」
「そうかもしれないわね」
「……貴女が魔種であり滅びがすぐ近くにきている以上、楽園なんて作れはしないもの」
「違いないわ、お嬢さん。あーあ、意外とすぐには死ねないものね、吸血鬼というものは」
 レディの身体が徐々に灰となって崩れていく。
 微かな風がそれを散らすまで。
 その一瞬は、ずいぶん長く感じられた。

「……スカーレット?」
 ファティマが首を傾げた。
 おそらく状況を理解出来ていないのだろう。
「逃げなさい、ファティマ」
 ネームレスの叱咤にファティマが振り返る。
 だが――
「――仕留めるよッ!」
 その瞬間、シキが踏み込んだ。
 たとえミカエラに背を向けたとしても、譲るつもりはない。
 銃弾が届く前に、決める。
 ドラマの斬撃に続き、シキの二刀が駆け抜けた。
 鮮やかな軌跡は、さながら黒顎が獲物を飲み込むように。
 斬り裂かれたファティマの身体がくずれ、花びらへと変わってゆく。
 もはや何を言っても、哀れみにしかならないだろうとドラマは思った。
 多く言葉をかけることは出来ない。けれど――
「母なるファルカウに還り、また巡り会えますように」
 この国は、ずいぶんと罪深いのだろう。
(それでも前を向かなきゃいけないわ)
 アンナは決意と共に、美しい剣の柄を握りしめた。


「――次はお前だ、なんて顔して。怖くて震え上がってしまいそう」
「やるだけはやりますよ。それと、答え言ってなかったんスけど」
「なんだっけ?」
「私もこんなクソ女二度とゴメンかな」
「ああ、そのこと。気が合うのね。『本当に来ればいいのに』」
 美咲の言葉にテレサが微笑む。
 その物言いが、美咲の胸の奥に引っかかる。

「この戦いにおける最重要な――そして最後のミッションを開始する、いいな」
「……はい」
 エッダの声音は強く、鋭く、ほむらは息を飲んで頷いた。
 一行が徐々に包囲網を狭める中、真正面から対峙するスティアは思案していた。
 互いに攻め手を欠く状況ではあるが、ここまでテレサを張り付けに出来たのは大きい。
 テレサの背後に浮かび、悲しげな視線を送るリインカーネーションの姿は、やはり痛ましい。
 だからこそ諦める訳にはいかなかった。
 そもそもどうやって力を奪われたのか。
 スティアは思案する、恐らく聖遺物に対する呪いのような力であろうと推測出来た。
 おそらく遂行者ルルあたりの仕業だろう。
 結界を干渉させ中和すること、力を行使しようとしてみること。スティアは戦いの中で様々なことを試してみていた。結果として分かったのは、『強く願うこと』で僅かに力を引き剥がせるということだった。
 だがきっと、それだけでは足りないのだ。
 おそらくリインカーネーションに似た、あの黒い指輪を奪取せねばならないだろう。
 アプローチは結界によって弾かれてしまうのが悔しい。
 どうにかして隙を作らなければならないだろうが。
 一つだけ確かな事は、汚染されきった時、リインカーネーションは遂行者になってしまうであろうこと。
 そして唯一の希望は、まだ汚染されきってはいない、必ず取り戻すことが出来る状態であることだ。

「一ついいか」
「何?」
 切っ先を向けるクロバに、テレサが首を傾げた。
「この世界は全ては一度きり、やり直しは効かない」
 テレサは確かにそう言っていた。
「それが覆されるのなら、確かにそそる話だな」
「そうでしょう?」
 正直に云えば、テレサの思想には納得があった。
(俺は自分みたいな勇者でも英雄でもない、ただの出来損ないを自身で認められたことが一度もない)
 けれど同時に――エリカを振り返る。
 守ると誓ったのだ。
 自身の行いによって生じた不正義は、自身こそがすくいあげるのだと。
 エリカと同時に、テレサさえもどこか「救うべき存在」だと見なしているのかもしれない。
「あまりに傲慢だろ?」
「そうねこの私――傲慢の魔種テレサが、保証してあげるわ。それで美咲はどうするの?」
「だから言ったはずでス、やるだけはやりまスと」
「何言ってるんですか!」
 ほむらの叫びは、最早金切り声だった。
「正直、あいつの言ってる事には、わかりみありますよ。
 私だって元の世界じゃ死んだ方がましって思ってましたし。
 今だってやり直せるものなら、やりなおしたいですよ。
 この世界の神みたいなものだって、確かにただのシステムなのかもしれない。
 けどシス屋として言いますけど、システムにはそりゃバグはあるんじゃないですか。
 けどあいつらの言うことが正しいなんて保証、どこにもないじゃないですか。
 ルストが言ったから? 遂行者だから? 予言だから?
 でもそれって所詮、たかが冠位傲慢ルストが言ったみたいな話なわけですよね」
 一気にまくし立て、言葉を続ける。
「冠位が何ですか。冠位傲慢が神に匹敵? するわけないじゃないですか。
 いままで一緒に何体倒したと思ってるんですか!」
 その言葉にテレサは初めて、僅か一瞬だけ微笑むのをやめた。
「あんなやつら、ただ強いだけの魔種だ!」
 ほむらは尚も続ける。
「普通に考えて下さいよ。冠位すら倒した私達でさえどうにも出来ないこの世界の法則だとかを、たかが冠位風情にどうにか出来るわけないでしょうが!」
「……」
「そんなことが出来るなら竜だとかシュペルだとかに頼めばいいじゃないですか。
 出来るならやってないわけないでしょ!
 いいから、帰りますよ。こいつらぶん殴って!」
「美咲。私ね、良いことを思いついたの」
「なんスか」
「ツロはあなたを疑っているわ。聖痕が偽物であることも、きっとすぐにバレてしまいそう」
「……」
「だから踏み絵が必要だと思うの。あれを殺しなさい」
 テレサが指さす先に居るのは、ほむらだ。
 銃口を真っ直ぐに向ける美咲の表情は、けれど強張っていた。
「可哀想な子よね、お友達の手で死んでしまうなんて」
 引き金に指をかけ、額に照準を定める。
「けれどそれは絶対の救済でもあるの、だから迷うことなんてないわ」
 判断を狂わせる、魔のささやき。
「やりなおし、しましょう?」
 だが美咲のトリガーが引かれる刹那、寛治の弾丸美咲の手を跳ね上げた。
 得意の封殺は、先んじて封殺する。
 戦術が同じなら、勝敗は性能で決まる。
 テレパスは使わない、意思を汲む。
 意思疎通していることを、テレサには悟らせないためだ。
 美咲は、おそらくこちらに戻る意思がある。
 得手を生かして情報収集をしようと考えたと思われるからだ。
 けれど判断しあぐねているのだ。
 おそらくメンタルの不調もあるのだろう。
 何らかの切っ掛けで、本当に向こうへ転げてしまう可能性もあるだろう。
 美咲が敵側で戦闘しなければ、美咲とて敵に粛正されかねないのもある。
 だから――寛治が眼鏡に指をかける。
 どうにか敵に悟らせぬよう意図を汲みたいところだが。
 だが観察からの結論はある。
 戻りたいはずだ。美咲は。
 寛治のハンドサインにエッダが目線を寄こした。

 一行はテレサへ立て続けの攻撃を仕掛けていた。
 テレサは指輪へ強い圧をかけ、更なる力を引き出している。
「ということは、『力は有限』か」
 リースヒースの言葉に、厳しい表情を崩さないスティアも頷いた。
「それなら、こうしましょう。ケジメをつけてさしあげます」
 ドラマが踏み込む。
 これまで遂行者達には散々好き勝手にされ、逃げられてきたのだ。
「怖いわ、私。心臓が爆ぜてしまいそう」
 刃は誰をもの予想通りに結界の表面を駆け、ぶつかり合う魔力が明滅する。
 微笑んだままおどけ続けているテレサに、やはり刃は通らないらしい。
 結界自体をブレイクすることが可能なことは分かっているが、再展開までの隙が小さすぎるのが問題だ。
 だが――ドラマであればどうか。
「――ッ!?」
 その一撃が結界を魔力ごと焼き、霧散させた。
 生じたのは、僅か一瞬の隙。
 それを逃すイレギュラーズではない。
 一行の猛攻がテレサへと叩き込まれ、余裕の態度を崩さなかったテレサが焦る。
「美咲ちゃん」
 セララもまた呼びかける。
「ボクは美咲ちゃんに戻ってきて欲しい」
「……」
「ローレットの仲間だし、これからもっと仲良くなれるかもしれないしね」
「けれど、ここが私の戦場だと決めたんスよ」
「美咲ちゃん。もしローレットの皆と過ごした時間が楽しかったと思うなら、戻ってきて!」
「全く、世話がやける」
 エッダの鋭い一撃に、美咲の意識が明滅する。
 可能性を焼いてでも美咲は倒れない。
「この強情張りが」

 乱戦の中、やはり転移を封じられたミカエラが撤退を試みた。
 だが一転してイレギュラーズ優勢となった戦場を抜けきることが出来そうにない。
「お先に失礼させていただくわ」
 激戦が続く中、余裕のあったネームレスが、我先にと飛び立った。
 あれを逃すのは仕方がないが――イナリが思案する。
「こっちは欲しいところね」
 こうなれば戦況はもう覆らないだろう。

「ご苦労だった。戻って来い」
 そう呼びかけたのはエッダだ。
「そうね、もう『帰ったら』いいわ」
 テレサの言葉に、美咲は心のどこかが濁る気がする。
「ごめんなさい」
 皆に――敵にさえ気を遣われている。
 いや、どっちが敵だったろうか。
「あやまることなんてないのに、お話が出来て楽しかったもの」
「……戻る、スか」
「そう、“戻って来い”だ」
 美咲は大きく息を吐き出した。
 潮時というやつか。
「貴様の居場所はここだ」
 エッダが切々を言葉を続ける。
「もう取りこぼすのは嫌なんだ」
「貴様が必要……いや――」
 
 ――美咲。
   私は。
   貴女が居なくなるのは、嫌です。

 美咲を持ち帰れば敵の情報が得られるなどということさえ、忘れるほど。
 欲張りなエッダの言葉に、いよいよ観念する時がきた。
「テレサ、貴方は私よりはまともだと思いまスよ」
 そして小声で、テレサの転移も封じられていることを伝えた。
「終わる理由を探してただけの女に付き合ってくれてありがとう」
 だからこれは『仁義』だ。
「じゃ、戦力差で教会牛耳っておいてくださいね」
 目線だけでエッダへ合図を送る。
 これまで何度、連鎖行動をしてきたろう。
 それと同じことをした。
 そしてエッダは、それを信じた。
「最期の話の後は……どちらかしか立ってないはずですから」
 その瞬間、エッダが踏み込み、美咲が身を翻した。
 無数の亡霊が出現し、一行とテレサとの間を割った。
「では――今のところはお開きね。また『すぐに』:会いましょう」
 無数の亡者を盾に、テレサが戦場の奥へ去って行く。
 美咲はテレサによる『粛正』警戒していた。
 だがテレサは何も言わずに去ったのだ。
 何かがおかしいと感じる。
 遂行者達のリーダーのような存在であるツロは美咲を疑っている。
 情報を持ち帰らせたとなれば、テレサ自身が他の遂行者に粛正されかねないからだ。
 テレサは非常に臆病な魔種である。
 自身の保身を何よりも優先するタイプだ。
 死を救済と謳いながら、自身を例外とする傲慢の魔種。
 だからゆえに、ひっかかるのだ。

 結局、ネームレスは逃走し、ミカエラは狐兵達に捕えられた。
「オーダーは果たせたかな」
 シキが振り返る。
 戦闘は掃討作戦へと移行していた。
 一行の加勢があればすぐに片付くことだろう。
 これで少なくとも、あの巨大な門の前までは制圧出来るはずだ。敵の尻尾を掴むということであれば、少なくともあの明らかな『門』の向こうに拠点があるには違いない。
 後は無事に生還した美咲に、どうだったのかを尋ねたいところだが。
 美咲はどうにも、疲労困憊の様子ではあるのだが。

 そして、そんな夜のことだった――

成否

成功

MVP

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
優しき咆哮
サクラ(p3p005004)[重傷]
聖奠聖騎士
新田 寛治(p3p005073)[重傷]
ファンドマネージャ
エッダ・フロールリジ(p3p006270)[重傷]
フロイライン・ファウスト
長月・イナリ(p3p008096)[重傷]
狐です
リースヒース(p3p009207)[重傷]
黒のステイルメイト

あとがき

 依頼お疲れ様でした。pipiです。

 上々の戦果かと思います。
 総じて大変良い戦術だったかと思います。
 称号スキルが一つ出ています。
 MVPは最後の瞬間を押し切った方へ。

 情報が多いので、以下に軽く整理します。
・魔種レディ・スカーレットの撃破
・魔種ファティマ・アル=リューラの撃破
・テレサ=レジア・ローザリアのおおよその性格や能力看破完了
・リインカーネーション・シスマの能力看破完了
・ネームレスという肉腫のおおよその能力看破完了
・戦術天使ミカエラの確保成功、杜へ解析依頼中
・乙女は倒したと思うが、強い違和感がある。

 今回ほむらは、美咲さんの特殊なアプローチによって『PCプレイング相当』の取り扱いを行っています。
 これは美咲さん自身の行動の結果によるものです。

 数種類の個別あとがきが出ています。

 この日の夜の話は、22時頃にTOPで。
 このシナリオにおける美咲さんについての最終的な結果が記載されます。

 それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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