PandoraPartyProject

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ほんとうの浮島伝説

 ――篠突く雨のように聞こえた。
 アイビーの花から産まれたような精霊と、白くかすむ太陽の光のような精霊が、ふたり並んで島の縁に立っている。
 島の縁はむき出しの岩でできていたけれど、一歩でも内側へさがればそこはすぐに花畑だ。
 花畑のむこうで、二人は並んで遠い遠い空を見つめて話し合っている。時折笑ったり、驚いたような声をあげていた。
 何を話しているのだろう。
 ふたりは、どれだけの時間を埋めようとしているのだろう。





「浮島の伝説を、あなたは知っていますか?」
 そう広くもない島の探索を終えたあなたに、精霊アイル=リーシュは問いかけた。
 ここは鉄帝の空の上の上のさらに上。雲より上に思えるほどの天空だ。
 伝説の浮島アーカーシュの更に上空へ、蓋をするかのように渦巻いていた荒嵐を抜けた先に、この空域は存在している。
 非現実的なほどすんだ空気に、草と土とわずかな花の香りがした。
 アイルはこの島で生まれた一輪の花であったそうだ。はるか昔、ずっとずっと昔に花からうまれた精霊は、やがて無数の偶然のなかで高位の精霊となり、つい最近になって精霊種としてカタチをもったという。
 その歴史は実に、勇者王時代にまで遡る。
「『浮島の伝説』は世界のあちこちにありました」
 それに応えたのは、『神翼獣』ハイペリオンだった。巨大な鳥の雛めいた姿をした、可愛らしい神霊である。このハイペリオンの生まれと歴史もまた、はるか昔勇者王時代へと遡るのだ。実際、勇者アイオンとその仲間達を背に乗せて大陸を飛び回ったのだから。
「永き封印の眠りの中で、私はいくつもの記憶を喪失していました。勇者様の記憶も、いまはおぼろげなのです。当時のことを知ろうと知識を集めたのは、必然だったでしょう。その中に、当然『浮島の伝説』も含まれていました」
 遠い空を見つめる顔に、しかし悲しみや寂しさの感情はなかった。
勇者は浮島にて魔王を倒し、世界に平和をもたらした……けれどその浮島の伝説は、あまりに諸説ありすぎました」
 鉄帝だけではない。世界中に、その伝説はあった。この地こそ勇者が魔王を倒した遺物が眠るのだと主張する者も後を絶たない。幻想王国にあるウィツィロという土地もまた、かつてはそのように主張されたこともあったくらいだから。
「けれど、それで分かったのです。『伝説の浮島』の主張は……その殆どが真実であったのだと。そしてその殆どは……」
「ええ」
 アイルはなびく髪に手を添えて、小さく頷いた。
「わたくしの知る限り、殆どの浮島はその役目を終え、地上へと墜ちたのでしょう。この島も、きっといつかは……」

 『伝説の浮島』は複数存在していた。アイルはその事実を教えてくれた。
 勇者アイオンが魔王と戦った島も、そのどれかなのだろうと。
「ここ――『アーカーシュ』は最後に残った浮島の一つです。勇者様は確かにいらっしゃいましたけれど、この島を探索されはしませんでしたわ」
 昔を懐かしむような表情だったが、ハイペリオンは一転して悲しげな様子をそのシンプルな顔に浮かべた。
「アイルさん。この島が墜ちたら、あなたはどうなるのですか? ここから離れることは――」
 言葉を遮るように、アイルは首を横に振る。
「わたくしはこの島に咲いた花。この地を離れることは決してありませんわ。島が墜ちて朽ちるなら、それはきっと、わたくしの最後でしょう」
 アイビーには花言葉がある。
 永遠の愛や、友情。しかしその一方で、死しても離れないという意味ももつ。
 彼女にとって島は己の一部であり、島が墜ちるときは自らもまた死ぬときだと考えているのだろう。
「『浮島』を維持するためのシステムは、はるか昔に人間が作り上げたものです。精霊の力を利用したものだと聞いたことがありますが……」
 それ以上詳しいことは分からないのだろうか。アイルは言葉を区切った。
「精霊のことであれば分かります。ずっと昔に、この島の精霊たちはおかしくなりました。わたくしの言葉も通じなくなり、狂ったように暴れるようになったのです。
 島に住み着いた古代獣たちはそれを利用して、自らの武力として行使しています。
 このままの状態が続けば……きっと、この島も別の浮島のように地へ落ちるでしょう」
「なら、やるべき事はひとつですね」
 ハイペリオンは翼を広げ、羽ばたいてゆっくりと浮きあがった。
「この島の精霊達をなだめましょう。怒れる因子を倒し、浄化するのです」
「けれどそれだけでは……」
 言いかけたアイルに、ハイペリオンが笑いかける。
「大丈夫です。大地の子ら……ローレットなら、きっと見つけ出してくれますよ。私の事も、この場所も、見つけ出してくれたのですから」

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