PandoraPartyProject

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せめて、蒼薔薇らしく

(……どうしてお父様は私の事を好いてくれないのかしら)
 思えば、父親――否、家族との思い出が殆どない。
(……………いい子にするのに。私はお父様を尊敬差し上げているのに)
 口を利くのは最低限、向かい合って言葉を交わした事も数える程度だ。
 物心がついた時からリーゼロッテはリーゼロッテ・アーベントロートであり、その父はヨアヒム・フォン・アーベントロートであったのに。
 食卓を共に囲んだ事も無ければ、情のある言葉を貰った事も無い。
 学業で一番を取った時も、社交界にデビューした時も。父は然程興味もなさそうに「で、あるか」と頷いた程度であった。

『権力闘争を理由にすれば、家族は時に最も残忍な関係になる』。

 ――大貴族の家に産まれたなら、それは決して前例の無い話ではない。
 たとえ血を分けた肉親であっても、互いの頭を尾を喰らい合う蛇のような名家はあるだろう。
 表面上がどれ程に平和だったとしても、その実何処までも陰惨なる伏魔殿位は想像のつく範囲である。
 しかしながらリーゼロッテの置かれた環境はそういったものとも少し違うように思われた。
 人知れず一人で涙を拭っていた頃の令嬢は、今の彼女を知る者の連想する毒花の香りを帯びていない。
 家令(パウル)や幼馴染(クリスチアン)位しか心を許せる相手も無く、唯々孤独を深めた彼女は貴族社会でその高みを目指すような野心的な少女では無かったからだ。
 そんな彼女がアーベントロートに連なる者としても出色の才媛振りを発揮したのは結果論でしかない。
 その上それも、元はと言えば発端は父に認めて貰いたいが為の不純な動機でしかなく、絢爛華麗にして性悪なる『リーゼロッテ』等というものは後天的に形作られたに過ぎないのだ。
(……そうか)
 父が病気だと聞いた時、リーゼロッテは考えた。
 と言うより、遂に気付いたと言った方が正しいが――
(……お父様は私に『アーベントロートの当主』だけを望んでいたという事なのね)
 ――目通りも叶わず、彼女に与えられた命令は『アーベントロート当主代行と第十三騎士団の領袖を勤め上げる事』という無機質な命令だった。
 強く。尊大に。誰にも媚びず、全てをねじ伏せ従えて。
 迷い無く、悪徳を飲み干せ、享楽に耽り、全てを嘲れ。
 凡そ取り得る全ての手段を肯定し、畏怖を供に君臨せよ。
 汝、アーベントロートの一粒種なれば。汝、至高の薔薇の血脈なれば。
(……道理で『私』なんて不要な筈です)
 父の望みは即ち、自身が何処までもアーベントロートらしくある事だと気付けば、リーゼロッテの心は尚更に冷え切った。
 祖国の暗部を司り続けた青薔薇が、その柔肌を傷付けたなら。
(ですが、構いませんわ。国が、家が私に薄汚れた栄光を望むのなら――)
 リーゼロッテは最早是非も無かった。
 他に取り得る手段も無いなら、せめて蒼薔薇らしく。鮮やかに悪辣に。幻想に咲き誇る棘になる――



「……最悪の事態ですわね」
 零したリーゼロッテの口調は何時になく疲れたものだった。
 珍しく自身で馬に跨る彼女の豪華絢爛なるドレスは土と埃、返り血に汚れている。何時如何なる時も汚れ等知らないかのような姫君の姿は、平素の彼女からは信じられない位に『くたびれて』いた。
(相変わらず勝手なお人だこと。今更、当主代行を解任するですって――?)
 事件の始まりはリーゼロッテにとっても寝耳に水の出来事だった。
 父であり当主であるヨアヒム・フォン・アーベントロートより先述の命令が下されたのはリーゼロッテがサリューに早馬を飛ばしてからすぐの出来事だった。
 アーベントロートの本邸に滞在していた彼女は『当主の命令で自身を逮捕する』と云う第十三騎士団(ばらじゅうじきかん)の強襲を受けたのだ。
 より厳密に言うならば、事態がこうまで悪化したのは――戦いになったのは幾らかの『事故』の要素も帯びていたと言えるかも知れない。
 一般的な常識よりもずっと強硬な手段に出た第十三騎士団の高圧的かつ強権的なやり方が、本邸のリーゼロッテ派と小競り合いを始めればこれは制御出来る話では無かった。長らく第十三騎士団の領袖たるリーゼロッテは少なくとも兵達からは支持を受ける存在であり、第十三騎士団を名乗る『知らない顔』は彼等にとってあくまでこの場合の敵方に過ぎなかったから。リーゼロッテ自身に忠誠を誓う本邸の兵達は当然今回の事件を承服はせず、なし崩し的に始まった小競り合いは加速的に事態を悪化させ続けて現在に到っている。
(勝手に押し付けて、解任なんて。……でも、どうして?)
 アーベントロート領の現在に決定的な問題は生じておらず、状況を客観的に考えるならばつい最近の統治状況はむしろすこぶる良い状態だ。
 第十三騎士団の任務についても失点らしい失点があったとは思えない。
 リーゼロッテ自身の数々の『悪行』が大貴族の当主らしからぬ振る舞いであると言われれば、それは擁護の難しい事実ではあるが……
 そもそも彼女が酷い行状の数々によって蛇蝎のように嫌われたのは『今』より『数年前』がピークである。
 もしその不品行が咎められているとするならば、そういった側面がすっかり落ち着いてしまった今よりも、もっと以前に弾劾が生じていなければ筋は通るまい。
「……ッチ……!」
 一瞬の沈思黙考を捨てたリーゼロッテは些か令嬢らしからぬ舌打ちをした。
 乗馬が嘶き、大きくバランスを崩したのだ。矢を受け、大きく暴れる乗馬から苦も無く着地した彼女は鋭い視線を彼方へ向ける。

 ――お嬢様を退避させろ!

 ――必ず、お守り申し上げよ!

 リーゼロッテは多勢に無勢、寡兵で『敵』に立ち向かい、自身を『逃がした』家人達の事を考える。

 ――いやあ、これは困った! まぁ、ボクなりに上手くやりますカラ?
   後はお任せあれ。出来る限りで時間位は稼いで見せますカラ、ね?
   寂しい、寂しいってそう駄々を捏ねないで!

 そう言って馬を押し付けたパウルの事を考えた。
「……どれもこれも……!」
 些細な幾つもの事実がリーゼロッテを酷く苛立たせていた。

 ――貴様は単純だ。やはり、アーベントロート侯のがずっとやり難いがな?

 唇を噛んだリーゼロッテは何時か宿敵(レイガルテ)より向けられた侮りの言葉を思い出した。
 十年以上も表に出ず、全てを押し付けてきた癖に――『父』の兵は権勢は随分と強力ではないか?
 それは取りも直さず、『彼』が絢爛豪奢なる蒼薔薇を隠れ蓑にして、幻想の闇にその力を保持してきたという事実に他なるまい。
 逃走の足が止まったリーゼロッテに複数の気配が接近してくる。
 第十三騎士団のやり口は良く知っている。魔道を操るアサッシン達はその姿を通常の視界に映していない。
「私を、甘く見て……!」
 殺気と妖気をたなびかせた至高の蒼薔薇はまだ数少ない追手に対して迎撃の構えを取る。
「私はリーゼロッテ・アーベントロート!
 この幻想の蒼薔薇は――下郎に摘ませる程、気安い一輪ではなくってよ!?」
 振り切られた紅い爪の軌跡が虚空を切り裂き、一人の男の姿を暴く。
 上下二つに断ち切られた彼に構わず、複数の角度から銀光が煌めく。
 刹那の攻防は激しく、互いに何処までも悪辣で――彼我の間合いに鮮血を散らすだけ。

※リーゼロッテ・アーベントロートは逮捕に反抗、指名手配が掛けられているようです……

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