PandoraPartyProject
Abendrot
「近隣におかしな薬が出回っているらしいではありませんか」
「……ああ、まぁ。お嬢様の耳にも入りましたカ」
華やかな笑顔に夥しく剣呑な気配を纏った主の問いに、アーベントロートの能吏たるパウルは肩を竦めた。
領内政治の仔細に当主代行ことリーゼロッテが関与する事は殆どない。
享楽的で辛抱が利かず、気まぐれな彼女は凡そ内政という仕事に不向きであるからだ。
その美貌から至高の蒼薔薇と称される令嬢に向いた仕事は力技でどうにかなる軍事関係位なものだ。
「出所は掴めておりますの?」
「勿論。しかし珍しいですネ。お嬢様は市井のあれこれに興味等ないものかと思っておりましたケド」
「……別に、そこまで興味がある訳ではありません」
咳払いをしたリーゼロッテは幾分か罰が悪そうな顔をしている。
「ただ――そうですわね。
最近は市井の者も弁えた――そう、可愛げのある姿勢を見せているではありませんか。
であらば、世の乱れを憂うのは為政者として当然の事です」
「……この季節に雪が降る訳だ。いや、これは槍が降るかもね」
皮肉に肩を竦めたパウルをリーゼロッテは睨み付けた。
幻想の至宝でありながら、余りに悪辣な評判は彼女の周りから長らく人を遠ざけていた。
自派の貴族達にさえ畏れられ続けてきた。
領民は彼女を前に目も合わせずただ息を殺し。より多くの国民からは蛇蝎のように嫌われてきた――
しかしながら、この所。信じられない位に穏やかになってしまった彼女の評判は一時とはまるで違う。
遊楽伯のように慕われる……とまでは言わないが、元々リーゼロッテの美貌は『幻想の至宝』である。
実に益体無く現金な話ではあるが、纏う空気が変われば馬鹿げた程にその効果は覿面だった。
領民や商人がアーベントロート邸に献上品を差し出す事もままある。
この間等、地元の役人が行政における陳情を持って上がった程である。
それはかつての彼女の評――絶対に関わってはいけない存在――と比べれば隔世の感さえあろう。
(全部、イレギュラーズの皆サンのお陰って訳ですかねェ)
口元を歪め、せせら笑うような表情を見せたパウルにもう一度わざとらしく咳払いをしたリーゼロッテが「で?」と水を向けた。
「元締めはどうも旅人みたいですネ。
こっちには無い『原材料』と見える。
魔術師としては研究の一つもしたい位ですケド――
お嬢様の懸念の通り、出所はこの幻想北部ですよ。
どうも、我々の勢力圏内に『問題』はあるらしい」
「……正直、不愉快極まりませんわね。誰の許可を得て私の領内でそんな商売を」
「尋ねられたら許可を出すんです?
ま、確かに。ご禁制の薬なんてのは相当の儲けになりそうだ。
『外』に出す分には十分なあがりを寄越すなら、ボク等にとっても悪い話じゃあない。
『連中を無かったように匿うだけで唸るほどの暴利が手に入るなら簡単なのだし』。
どの道、北部でアーベントロートに歯向かえる連中なんていませんからネ。流石お嬢様だ。慧眼ですねェ」
「……………」
「あれ? 違いました?」
「……それは、その。
……………そういった薬は、民草の生活や誰かに酷い被害を出すのではなくて?」
「そりゃ勿論。酷い依存性に健康被害。治安も荒れるし、二次的な問題は幾らでも考えられる。
でもだからこそ『外』なら有意義なんじゃないですカ」
「……………」
押し黙ったリーゼロッテにパウルは深く苦笑した。
「成る程、お嫌なのですねェ。本当にお嬢様はお変わりになられた。
これもあの連中の影響ですかネ? 実際問題寂しいなア!
ボク以上に貴女を理解している人間は居ないと思っていたのに!」
「戯言は結構ですわ。それで、出所はそこまでなの?
馬鹿鴉。貴方はそんな無能だったかしら?」
「まさか。元締めの拠点までは掴めてませんケドね。
エリアは大分絞れてますよ。お嬢様の勢力圏の中では王都寄り――流通の要衝。
考えてみればその方が好都合でしょうカラ、必然なんでしょうケド」
「まさか」
リーゼロッテの表情は今日一番複雑なものになっていた。
「そのまさかですよ。連中が潜伏してるのは恐らく商都サリュー近郊です。
その商売にお嬢様の幼馴染(クリスチアン)殿が関与しているかどうかは存じ上げませんがネ!」
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