PandoraPartyProject

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ふくれっつらのフロイライン

ふくれっつらのフロイライン

 軽快なステップを刻む音が、屋敷の渡り廊下に響いている。
 音の主『セイバーマギエル』リーヌシュカ(p3n000124)は、鼻歌交じりに石畳を歩いていた。
 曲がらねばならない通路を間違いかけ、あわてて引き返し、それからぶ厚い木板扉の前に立つ。
 ここは鉄帝国南部の町ノイスハウゼン、その中心部にある軍務施設である。

 軍人である彼女はローレットのイレギュラーズと共に、このたび発見された伝説の島『アーカーシュ』を調査する、いわば先遣隊のような役目を担っていた。ここに来た理由はその報告であり、扉の向こうには調査隊を立ち上げた鉄帝国の政治家『歯車卿』エフィム・ネストロヴィチ・ベルヴェノフが待っているはずだ。
 リーヌシュカはご機嫌である。何せ未知の大地で、新しいものが沢山発見出来たのだから。
 紛れもない吉報を持ち帰ることが出来たのはイレギュラーズのお陰であり、公私ともどもイレギュラーズを贔屓しているリーヌシュカは、同時に深く感謝もしていた。イレギュラーズの活躍は、なぜだか自分のことのように嬉しく、また誇らしく思える。
「軽騎兵隊長セイバーマギエル。報告に上がったわ」
 だから声だって弾むというもの。
「入りたまえ」
「……げ」
 だがその瞬間にリーヌシュカがこぼしたのは、呻きだった。
 扉の向こうから聞こえてきたのが、予想していた声と全く違っていたからだ。

 リーヌシュカが部屋に足を踏み入れると、正面のデスクでは歯車卿が猛烈な勢いで書類を捌いていた。
 歯車卿はうら若いリーヌシュカと同じ歳ぐらいに見えるが、見た目に反して立派な成人らしい。今サインしている書類は本来なら彼の仕事ではないのだが、ゴミカスのような町の管理状況に我慢出来なくなったらしく、こうしてあれこれインフラを整えているあたり、鉄帝国には珍しいタイプの人物である。
「忙しいので、手短にお願い出来ますか。この町は水道の管理が、まるでなってない、これだから――」
「ではベルヴェノフ閣下、報告は私が承りましょう。それでいいかね、エフシュコヴァ君?」
 ぶつくさと不満を垂れる歯車卿を制して、リーヌシュカの名字を呼んだのは、鉄帝国の特務大佐パトリック・アネルという人物である。
「なんであんたが居るのよ、特務は暗号でクロスワードパズルでもしてればいいのに」
「君と同じさ、エフシュコヴァ君。報告だよ、私にも私の成すべき仕事があるからね」
 パトリックが応じる。帝国軍人らしく威風堂々とした体格と比して、さも几帳面そうに整えた髪と、色の薄いサングラスがなんだか得意げというか、妙に気障に見える男だ。
 だからという訳でもないが、リーヌシュカは露骨に嫌そうな顔をした。
「蓄音機をかけよう。ユグノーがいいかね、それともシュナイデルがお好みかな?」
「何よそれ、どっちも知らないわ」
「君、祖国の偉大な音楽家くらい覚えておきたまえよ。教養を身につけなさい。それから口の利き方も」
「……じゃあユグノーってのでいいわ」
「いや、吉報なのだから、アッヘンバッハの交響曲第六番にしよう」
 リーヌシュカの返事を無視したパトリックは勝手に曲を決めると、蓄音機にレコードを乗せて、スイッチを押した。荘厳な曲が室内に響き始める。
「それで首尾はどうかね?」
「私が報告する相手は歯車卿よ、あなたじゃないわ。資料にしたから、許可を得て目を通しなさい」
「これだから制服さんは頭が硬い。閣下、よろしいか?」
 歯車卿は片手をあげるだけの返事をして、再び書類にかじりつく。お次は調査隊の兵站についてだ。こういった几帳面な作業では誰一人として頼りにならないのだから、自らやるほかにない。
「閣下の了承も頂けたのだから、話して頂こうか、騎兵隊長のお嬢さん」
「……」

 イレギュラーズ達はいくつかのチームに分かれ、村の内外を調査した。
 村人達は接触した限りには、いずれも素朴で善良である。水質は良好。食料に乏しく難があるが、イレギュラーズが言うには作物に適した種を持っていない事に起因するため、栽培出来れば改善出来る余地が充分にある――リーヌシュカがそう言った所で歯車卿は顔をあげ、頷くと再び書類に視線を落とした。聞いてくれてはいることに、少しほっとして、そのまま報告を続ける。
 村の外では古代種の魔物類が脅威となる他、ゴーレムのような存在や、精霊を使ったコンロ様の装置も発見された。遺跡は古代に何ものかが生活していた都市である可能性が高い。おそらく高度な文明であり、場合によっては都市の防衛を司るような、それ以上の危険も存在する可能性が推測出来た。
 村の文明レベルは全く高くないが、物資が限られての所以であり、感覚そのものは現代的だ。したがって村人達の気質そのものは鉄帝国人同様に知性的(!?)である。
「イレギュラーズのみんなが、大活躍だったんだから!」
 リーヌシュカは、おおよそ以上のようなことを述べ、資料を机上に載せた。
「以上よ。他の人からも書類が来るんじゃない?」
「歯車卿はローレットへ、引き続き調査依頼を発行させるとのことだ。結構、君は下がりなさい」
「ふん、言われなくてもそうするわ」

 一転してすっかり機嫌を損ねたリーヌシュカは踵を返し、さっさと部屋を出た。
 それから退出した扉に振り返ると、パトリックが居た方へ向け、精一杯「いー!」と歯をみせてやった。
 さっさとレリッカにでも戻って、もう一度イレギュラーズにかまって貰おうと心に決め――


 ――伝説の浮遊島アーカーシュの調査報告が上がっています。


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