PandoraPartyProject

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妖精女王の宿命

 それはある勇者の話だ。
 太陽の翼ハイペリオンと共に旅をする勇者アイオン一行は、西で強大な魔物を退治し、東で争いを調停した。
 そして、今は『未踏の遺跡』を踏破しその地に至ったのだ。

 ――冬の気配が濃い。
 勇者アイオンが辿り着いたのは、絶対零度の地であった。
「さ、寒いっ。ねえ、アイオン。体がいきなり発熱して爆発しそうになる魔法を掛けても良い?」
「そんな魔法を開発する前に大元を倒そう、マナセ」
 赤毛の青年の背中にぴったりと張り付くようにしがみついていた幼い少女は「だって寒いんだもの」と唇を尖らせた。
 強大な大精霊である『冬の王』はその周囲を氷に鎖した。深き根を張る氷が小さな精霊達を怯えさせている。
 後に『妖精』と称される彼女達は怯えた様子でアイオンを見上げ「助けて、人間」と叫んだ。
「マナセ、いけるか?」
「うう……わ、わたしは天才って街で言われてたって、魔法使いなのよ。『封印』は聖女の方が上手――……ううん、フィナリィは此処に来たかったのよね。
 けど、イルシアナの争いを鎮火させるために残った。わたしが、此処で上手くやらなきゃフィナリィに合わせる顔がないじゃない!」
 マナセ・セレーナ・ムーンキーはこの日のために作った魔法道具を取り出した。
 まだ幼い、年端もいかぬ子供であった天才魔法使いが己の魔力を注ぎ込んで作った咎の花(ターリア・フルール)。
 それは『白銀花の巫女』にも負けず劣らずの封印術を用いることの出来る秘術。
 術者の魔力によって華を咲かせ、冬の王を捕らえたまま封じるが為のマナセの『とっておき』である。

「ッ――わたしの魔力じゃ足りないかも。アイオン、アイオンったら!
 こんなにこの大精霊が強いなんて聞いてない! もうっ、ばかあ! ばかばか! ばかアイオン! わたし、がんばるんだから! 冬の王を抑えててね! 此処で負けたらフィナリィが化けて出るわよ!」

 ――だが、『大精霊』は強かった。
 天才と呼ばれた魔法使いがその魔力を注ぎ込んでも尚も抵抗は続く。
 共に戦っていた一人の少女エレインはロスローリエンに「いってくるね」と囁いた。
「マナセさん」
「エレイン……! だめ、だめよ。この魔道具はわたしと波長が合ってる。
 小さなあなたじゃ、冬の王を封じても……きっと、きっと耐えられないわ。死んでしまう!」
 悲痛なる声で叫んだマナセに首を振って、エレインは困ったように笑った。
 彼女が自分の作った魔法道具で誰かが死ぬ場面を見せたくはない。まだ、幼い少女だ。
 それでも、この地を護る為には必要であった。エレインが込めた魔力がターリア・フルールの花を開く。
「きれい……」
 呟いたロスローリエンは息を呑んだ。
 それ以上の言葉は、今は必要ないとでも言う様に目を見開いたまま光を眺め続けた。

『冬の王』は物語の悪役でも、よこしまなる存在でもない。自然に存在した精霊の一角だ。
 エレインやロスローリエンと同じ妖精である。倒すべき邪悪ではない其れを封じたのは『仲間』であるからであった。何時の日か分かり合えるのではないかと願ったエレインの思いを聞き届けるように、冬の王を封じた花は堅く蕾を綴じる。
 ターリア・フルールを握りしめたまま、マナセはへなへなと座り込んだ。彼女の傍にはバランスを崩して落下したエレインの姿がある。
「マナセ!」
 呼ぶアイオンの声にマナセは首を振った。
「エレイン」
 ロスローリエンは何が起こったか気付いて居た。ただ、地へと転がったままの恋人の姿を眺めるだけだ。
「エレ、イン」
 マナセは震える腕を少女に伸ばした。小さい、妖精と呼ばれる精霊種の少女の冷たい亡骸を抱き締める。
「冬の王は、もうわたしが封じたんだよ? だから――起きてよ」
 もう、声を発することのない彼女の魔力の暖かさだけがマナセを包み込んでいた。

 ――――――――
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 当代の『妖精女王』ファレノプシスは物思いに耽る。
 初代妖精女王ロスローリエンは冬の王を封じた後、『未踏の遺跡』であった『妖精郷』を外と繋ぎ続けることが必要であると考えた。
 冬の王より救ってくれたのは外の人間であった。妖精郷が外と特段深く交流必要は無くとも、非常時に外の助けを借りることは必須だ。
『冬の王』の封印を維持しなくてはならない。咎の花はエレインの加護とマナセによる重なる封印術が重ねられているが、それでも時と共に薄れる。
『妖精郷の門』とてそうだ。門を維持するためには強大な力が必要となる。
 咎の花を封じたエレインのように、生命エネルギーを『冬の王の封印維持』と『妖精郷の門の維持』に捧ぐことこそが妖精女王の使命であった。
 使命が女王を短命であることを宿命づけようとも。
 それでも『妖精郷を護る為』には必要なことであった。
 高潔なる宿命からファレノプシスは逃れたいと考えたことはない。誰ぞが呪いのように言おうとも――それが同胞を守る為に必要な力だからだ。
「……冬の王の力は盗まれてしまいました。
 だからこそ、この命はまだ長らえることが出来ましょう。けれど――」
 常春の国から出ることの適わぬファレノプシスは嘆息する。
 自身が命を賭けて守り抜くと誓った封印が解かれた今、それが何らかの暴威を森に振るう事を安全地帯から眺めておかねばならぬ悔しさ。
 英雄『ロスローリエン』と『エレイン』ならばどうしただろうか?
 ……そんな、詮無いことを考えずには居られなかった。

 ※深緑方面で動きが見えるようです……?

これまでの覇竜編深緑編

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