PandoraPartyProject
希望ヶ浜で見た夢のこと
あなたは――あなたは夢を見ていた。
夢の中であなたは、黒くて怖くて大きくて理不尽なものの後ろを歩いていた。
それをあなたは、なぜだか『せんせい』だと思った。
『せんせい』はあなたになんの説明もなく、電柱とブロック塀の間をねじこむよに通ったり、民家の植木をかきわけて歩いたり、フェンスの穴をくぐったり、鳥居のマークが沢山マジックで書かれた塀のそばを歩いたり、ブロック塀の上を平均台のように進んだり、枯れた用水路を這ったりしながらどこかへと進んでいく。
あなたがいい加減泥や砂だらけになったころ、なんの変哲も無い塀のあなを抜けた先に、その風景は広がっていた。
ニャアニャアと、声がする。右も左も猫だらけだ。野良猫も飼い猫も境なくそこにいて、日の当たる芝生に転がったり毛繕いをしたりしている。
こちらに注意を向ける猫もいれば、無視して眠るものや近くの猫とじゃれ遊ぶのに夢中なものもいる。
だが『せんせい』が立ち上がった瞬間。
すべての猫がぴたりと動きをとめて『せんせい』を見た。
猫たちの目に、なんともいえない畏怖のような、あるいは恐怖のような、警戒ともとれる色が浮かんでいる。
「またきたのか、あくま人間」
芝生の奥。『せんせい』の背のずっと向こうから声がした。
ふとっちょの猫がむりやり鳴いたような、ごろごろとした声だった。
あなたが身体を傾けるようにしてのぞき込んでみると、それはたしかにふとっちょな猫だ。
赤い服のようなものを羽織った、茶色い縞柄の猫である。全体的にまるくて大きいが、片目の濁った様子やあまり立ち上がらない様子から、それが老いた猫だとわかった。
気になるのは、猫の尻尾が二本か三本か、あるいはもっとはえているように見えたことだ。
その猫が、『ねこがみさま』だと、あなたはなぜだか理解できた。
「そいつはなんだ? ねこではないようだが」
ごろごろと言う猫神様に、『せんせい』が両ポケットに手を入れたまま背を丸くして歩み寄る。
「『結界』が壊れかけている。維持はお前の仕事だった筈だが?」
「わがはいのしごとは、日常の維持だ。けっかいなんか、しらん」
ぷいっと顔を背ける猫神様。伸ばせば手が届くほどの距離に立った『せんせい』に付き添うように横に立ってみると、猫神様が普通の猫の二倍か三倍は大きいことがわかった。尻尾が多いのだ。今更なことかもしれない。
あなたがまじまじと観察していると、『せんせい』が話を続ける。
「結界も日常も意味は同じだ。質問に答えろ」
「ふん……」
猫神様は顔をくしくしとあらうと、手をなめながら『せんせい』を見やる。
そして、まぶしそうに目を細めた。
ゴロロと喉を鳴らすと、周囲の芝生から黒い猫が立ち上がり、ドッドッドと無遠慮な足音を鳴らして近づいてくる。
そこでようやく。
ほんとうに今更ながら、そこが神社の境内だとあなたは気付いた。
お賽銭箱があるような場所にそれがない代わりに、赤い座布団が敷かれ、そこに猫神様は寝そべっている。黒猫は木造の階段をとことこと上ったのだ。
黒猫がくわえていた葉っぱをスッと座布団に置くと、猫神様は肉球でぺたりと葉っぱを抑えた。どういうわけだろう。赤いスタンプのような跡が葉っぱにのこり、黒猫はそれをくわえてどこかへと走って行く。
「夜を見守るように、つたえておいた。けれど、前のようにはいかないぞ。
この町は、こわれすぎた。
あの天狗も、空の神も、こんぴゅーたーも、それはおなじことだ」
「分かっている」
『せんせい』はそうとだけ言って、きびすを返すと元来た道を帰り始めた。
猫神様がその背に問いかける。
「ゆっくりしていかないのか。これから、おひるねによい時間だぞ」
「……」
『せんせい』がぴたりと足を止める。
「今回の事が片付いたら、そうさせてもらう」
そこまで言ってから、『せんせい』は再び歩き始めた。
「何をしている。行くぞ、おまえ」
名を呼ばれて。
そこで、目が覚め――。
※希望ヶ浜地区にて、かわった依頼が出ているようです
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